( ^ω^)ブーンは歩くようです

26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 04:15:23.24 ID:AwqA6rio0

― 5 ―

こうして、神話の道、シベリア鉄道をたどる僕たちの長い旅が始まった。

シベリア鉄道の最長距離はおよそ九三〇〇km。
現在地は途中のベルカキトだから距離は短くなるとはいえ、それでも七〇〇〇km近くの道のりはあるだろう。

モスクワ、いや、もすかうか。
どちらにせよ、ショボンさんの言う神の国にたどり着くのは、いったい何年後の話になることか。



28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 04:15:56.53 ID:AwqA6rio0

荒野を南下した僕たちはベルカキト廃駅にたどり着くと、そりと台車を線路の上に乗せた。

ショボンさんの台車に設えられた車輪は、線路の幅とぴったり合致していた。
あらかじめ、線路の幅に合わせて車輪を取り付けていたのだろう。
僕もそれにならい、廃駅に転がっていた木材を加工して車輪を造り、そりに取り付けた。

重い荷物を積んだショボンさんの台車をビロードとちんぽっぽが、
比較的軽い荷物を積んだ僕のそりを僕とショボンさんがそれぞれ引きずり、線路の上を歩き始める。

連なって進むそりと台車は、あまりに原始的とはいえ、貨物列車のようなものだと言って差し支えはないだろう。

ガラガラと音を立てるそりと台車。
千年後のシベリア鉄道の上をまた列車が進むなど、いったい誰が想像できただろうか?



30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 04:17:27.05 ID:AwqA6rio0

( ^ω^)「歴史は繰り返すってやつかお」

妙な感慨にふけりながら空を見上げ、
鳥の目から見た線路上の自分の姿を想像し、薄く笑ってみる。

それから、僕たちと同じようにシベリアの大地を歩いた東洋人がいたことを時の彼方に思い出し、
繰り返す歴史の不思議さにもはや驚きさえも通り越して、僕はまたしても笑ってしまった。

すると、隣で一緒にそりを引いていたショボンさんが僕の笑いを目ざとく見つけたらしく、声をかけてくる。

(´・ω・`)「なんだい? 神話の道を辿れるのがそんなに嬉しいのかい?」

( ^ω^)「おっおっお。まあ、そんなところですお」

今度、機会があったらその東洋人の話をショボンさんにしてあげよう。
僕はいたずらっぽく、三度目の笑みを浮かべた。



33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 04:18:50.16 ID:AwqA6rio0

二日歩いて、一日は休息や狩り、食糧補給のために歩みを止める。

そんな旅のさなか、何度目かの休息の一日の中で、
この地方により適した狩りの方法をショボンさんが教えてくれた。

狩りの仕方は独学で身につけてはいたが、やはりここに住む人間の方法論というのは、
これまで僕が実践してきたものや書物の中のそれとは違い、格段に成果が違っていた。

(´・ω・`)「しかし、ビロード君とちんぽっぽの連携は素晴らしいね。
     息がぴったりだ。獲れる獲物の量がまったく違うよ」

( ^ω^)「そうなんですかお?」

(´・ω・`)「うん。ちんぽっぽはビロード君を蹴飛ばしたりしてるけど、
     もしかしたらそれは、彼に対する彼女なりの愛情表現なのかもしれないね」



34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 04:20:25.47 ID:AwqA6rio0

嫌な愛情表現だな。

そう思いながら、狩りを終えて楽しそうにビロードを蹴飛ばしているちんぽっぽを眺めていると、
二匹が狩ってきた小動物の皮を剥いでいた手を止め、ショボンさんは立ち上がった。

(´・ω・`)「さて、肉の下ごしらえはこのくらいで大丈夫だろう。
     今度は食べられそうな植物でも集めに行こうか」

( ^ω^)「果実が生っているんですかお?」

(´・ω・`)「まさか。この時期に実をつける植物はこの辺には無いよ。
     今から取りに行くのは野草さ」

そう言って、雑草の向こうへと進んでいくショボンさん。
僕は皮を剥ぎかけの獣の亡骸を地面に横たわらせると、あわてて彼の後を追った。



37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 04:22:18.56 ID:AwqA6rio0

ベルカキト廃駅から大分歩いたにもかかわらず、線路を包むのは相変わらずの雑草たち。

荒れた土地に芽吹くのは、まず彼らだ。

彼らは持ち前の生命力でやせた土地にも幹を伸ばし、
そして枯れ、地面へと腐り落ち、自らの亡骸を糧として徐々に大地を肥やしていく。
やがて豊かになったその土地に別の植物群が種を下ろし、あたりは緑色に染まっていく。

それが再生への一つのプロセス。
シベリアの大地も、その過渡期の中にあるようだった。

そして、たくましい雑草たちが風に踊る大地の上でショボンさんは、的確に食べられそうな植物を集めていく。

僕も書物の中で得た知識を活かし野草を集めては見たのだが、
ショボンさんに手渡すと、それらの大半は止めておこうと言われた。

(´・ω・`)「食べられないことはない。しかし、いかんせん、味がひどすぎるんだ」

( ^ω^)「おお、そうなんですかお」

(´・ω・`)「ま、野草っていうのは大体が味の悪いものばかりなのだがね。
     それでも食すべき一番の理由は、やっぱり栄養補給だ。肉だけでは体がおかしくなるからね」



38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 04:23:56.41 ID:AwqA6rio0

それからショボンさんに教わりながら、僕は野草を集め始める。

僕の頭の中にあるのは内藤ホライゾンの専門であった科学知識や、
千年前の書物から得た建築関連の技術論や医学・政治学の類が多くて、
こういった実生活に直結する知識はあまり豊富ではなかった。

もちろん、書物を読んで食べられる野草の勉強もしてはいたのだが、
千年後の世界には書物の中の野草とは微妙に異なった植物群ばかりが生育していたため、
どれが食べられるかの判断がつかず、さらに実生活知識の乏しさも手伝い、
どれがどの植物の亜種で、だから食べられるはずだといった応用もからしきダメだったのである。

そのため、結局これまでの旅の中でも、
こういった応用力のなさや、ツンドラの大地に野草があまり生えていなかったこと、
そして野草自体の味のひどさも相まって、
よほど飢えた時を除いて、僕は野草を食さないようにしていた。

であるからして、ショボンさんの教えは非常に興味深く、僕は時間を忘れて野草集めに没頭してしまった。



39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 04:25:44.07 ID:AwqA6rio0

(´・ω・`)「さて、そろそろ戻ろうか。残念ながら今日は不作だったが」

( ^ω^)「そうなんですかお? でもこんなにいっぱいなのに……」

日が傾きはじめ、吹く風の冷たさが身に染みだした頃、
僕たちは両手いっぱいの野草を抱えて草原にたたずんでいた。

だのにショボンさんはこれを不作だといい、少し残念そうな顔をしている。

(´・ω・`)「水煮すると半分以下の体積になるからね。
     それに実を言うと、君に集めてもらった野草の大半が食べられないものなんだ」

( ^ω^)「あれまー。お前死ねお。
     でも、それじゃどうしてこれを僕に集めさせたんですかお?」

僕は抱えていた野草の中から、その大半を占める長方形の、
手のひら程の大きさの草を取り出して、ショボンさんに見せた。

彼は濃い緑色をしたそれをしげしげと眺め、手で触れて質感を確かめると、満足したように数度うなずいた。



40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 04:26:29.72 ID:AwqA6rio0

(´・ω・`)「うん。これはいい。
     肌ざわり、大きさ、色、どれをとっても申し分ない。
     これに限ってみれば、今日は豊作だったと言えるね」

( ^ω^)「それで、これは何に使うんですかお?」

(´・ω・`)「決まっているだろう? 尻を拭くためだ」

僕は、抱えていた野草をすべて放り投げた。



45: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 04:29:28.90 ID:AwqA6rio0

(;´・ω・`)「ちょwwwww君は一体何をしているんだ!」

(;^ω^)「それはこっちのセリフだお! こんなもの集めさせるなお! 
     尻なんか適当な草で拭いとけけばいいお!」

(;´・ω・`)「馬鹿言ってんじゃない! まったく! 君は何もわかっとらん!」

(;^ω^)「わかりたくもねーですお!」

(;´・ω・`)「いいからこれを持ちたまえ!」

出会った中で一番のあわてぶりを見せたショボンさんは、抱えていた食べられる野草を僕に持たせると、
急ピッチで地面に散らばった尻拭き用の草たちを集めだした。

彼は気持ち悪いほどにぷりぷりと怒りながら、集める手を休めず僕に語る。



47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 04:31:51.94 ID:AwqA6rio0

(#´・ω・`)「いいかい? 尻を拭くというのはね、物を食べるということの最後のプロセスだ!
      その出来の良さ如何でね、食べるということ自体の価値も決まってしまうんだよ!」

(;^ω^)「決まんねーお!」

(#´・ω・`)「決まるんだ! 考えてもみたまえ! どんなに美味なものを食べようと、
      その結果下痢になってしまえば、君はそれを食したことを大いに後悔するだろう?
      たとえ見るも素晴らしい便が出たとしても、それを拭く草が最悪の質感だったらガッカリするだろう?
      そんなとき、素晴らしい質感のこの葉で尻を拭いてみろ! 
      この葉にはかぶれを治す効果もある! 下痢をしたとすれば、君の尻はこの葉で癒される! 
      良い便ののちは、さらに高揚した気分になれる!
      結果、食べるという一連の行為の価値までもが上がってしまうのだ! わかるかね!?」

(;^ω^)「お、おお……」

一気にまくし立てたショボンさん。
なんだかよくわからない彼の威圧感と言葉の説得力に、僕は思わずたじろいでしまった。

尻拭き葉を集め終えたショボンさんはゆっくりと立ち上がると、
興奮を冷ますようにコホンと咳払いして、僕に振り返った。

(´・ω・`)「そしてこれは、人生にもつながる」

( ^ω^)「つながんねーお」



50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 04:34:06.54 ID:AwqA6rio0

思わず横やりを入れてしまった僕を、いったい誰が責められるだろうか。

しかしショボンさんは、相変わらずの真剣な表情のままに僕を一瞥すると、テントの方に戻っていく。
あわてて後を追った僕に向け、興奮はしているようだが先ほどよりは穏やかな声で、彼は語ってくる。

(´・ω・`)「人間はね、終わりというフィルターを通してでしか、物事の価値を評価できないものなんだ。
     食べるという行為でもそう。便を出して尻を拭いてようやく、食べるという一連のプロセス自体を振り返ることができる。
     そしてその際、終わり、食べることで言えば尻を拭いたというフィルターを通して、それまでを見ることになる。
     このフィルターが良いものであれば、それまでの行為すべてがよく見えるし、悪ければ当然、悪く思えてしまう。
     だから物事の終わり、食べるということで言えば尻を拭くことには、大いなるこだわりを持たなければならない。
     僕は常々そう思っているんだが、さて、どうだろう?」



51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 04:36:14.98 ID:AwqA6rio0

(;^ω^)「まあ、わからんこともないですが……」

それがたとえ尻の話であっても、
こうまで順を追って説明されると、なんだか正しいことのように思えてしまうから不思議だ。
一種のレトリックに近い会話の技法を、ショボンさんは自然と身につけているらしい。

半ば場の雰囲気に流されて答えてしまった僕の言葉に、彼はコクリとひとつうなずいて、続ける。

(´・ω・`)「そして、人の一生というのも同じさ。と言っても、これは推論にすぎないんだがね。
     きっと僕たちは人生の最後、その間際、
     目の前に迫った死というフィルターを通してでしか、自分の一生を評価できないと思うんだ。
     その死が納得のいけるものであれば、人生自体にも僕たちは納得するだろう。
     逆に納得ができなければ、それまで辿った道がどんなに素晴らしいものであったとしても、きっと悔いを感じてしまう。
     言うなれば、僕たちは納得のいく死というフィルターを作り上げるために、生きているんじゃないのかな?」



52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 04:37:29.04 ID:AwqA6rio0

( ^ω^)「……」

まさか、尻の話からここまでの人生論に行きつくなんて思ってもいなかった僕。
多少の惑いはあったのものの、同時にショボンさんの言葉に共感も覚えて、不覚にも嬉しく思ってしまった。

ショボンさんが言っていることはつまり、人生の目的は死だということだ。

あの時、内藤ホライゾンに向け、「死ぬために生きている」と言った僕の言葉と合致している。

( ^ω^)「そうですおね。やっぱり僕たちは、死ぬことを目的に生きているんだお」

(´・ω・`)「ん? いや、それはちょっと違うな」

( ^ω^)「お?」

しかしショボンさんは僕の返しを否定すると、しばらく「うーん」と首をひねった。
赤から藍色に染まりはじめた冬空の下、彼は選ぶようにして、ゆっくりと言葉をつないでいく。



56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 04:40:45.85 ID:AwqA6rio0

(:´・ω・`)「確かに……そうなんだ。
      死ぬことは生きることの目的だと……いや、違うなぁ……。
      なんというか、その……ただ死ぬことが目的であればね、
      えっと……どんな死に方でも、構わなくなってしまうんじゃないかな?
      それはちょっとなぁ……って」

どうやらショボンさんは、あらかじめ準備していたことでないと饒舌に話せないタイプの人らしい。

(;´・ω・`)「僕が言いたいのはね、あくまで、納得のいく死に方を……ってことなんだ。
      そういうフィルターを手に入れる、ってことなんだ。
      だから……僕が重視したいのはその……それを作るまでのプロセスってことで、
      えっと……それを作るのは、生きること自体じゃないかなって、思うんだ」

上ずるショボンさんの声。彼の言葉は本当に途切れ途切れだ。
しかし僕には、想定外の問いを前にした彼のそんな答えの方が、なぜかすんなりと耳に入ってきてしまう。

(;´・ω・`)「つまり、死って言うのは、ゴールではあるが目的じゃない。
      ……それはあくまで、振り返るための立ち位置であって、
      そのー……死というフィルターは、そこにたどり着いてからでしか通すことができない。
      そして、死というフィルターは結局……これまで生きてきたこと全体を指すんだと思うんだ。
      だから、生きることの目的が何かって問われれば……それはやっぱり、生きることってなるんじゃないかな……」



57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 04:41:59.97 ID:AwqA6rio0

生きることの目的は、より良い死を獲得することにある。
しかしそれは、より良いフィルターを手に入れなければ獲得することはかなわない。
だからこそ人間はより良いフィルターを獲得するために生きているのであって、
けれどもそのフィルターというのは、これまでの人生すべてから構築されるものである。

ショボンさんが言っているのは、大体こんな感じのことだ。

つまり、より良いフィルターを手に入れるには生きなければならないのであって、
より良いフィルターを手に入れることが生きる目的だとすれば、生きる目的は生きること自体になってしまう。

なんだそれは? 

あまりにも抽象的で、あまりにも漠然とし過ぎている。
まるで禅問答の世界。目的は目的自体が目的だと言っているようなものだ。



59: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 04:44:23.14 ID:AwqA6rio0

しかしこれは、内藤ホライゾンが言っていたことでもある。

「生き物は生きるために生きている」

では、生きるとはなんだ? 
生きるということが目的ならば、現在生きている僕は何を目指し生きればいい?

となると、答えは俄然ひとつ。「死ぬこと」以外に思い浮かばない。

しかし、内藤ホライゾンもショボンさんも、
死とは生きることの延長線上、もしくはゴールにすぎないのであって、
ただの死は生きる目的にはなりえないと言っている。

ならば、なんだ? 

生きる目的は何だ? 僕が歩き続ける意味は何になる?








(´・ω・`)「知らんがな」



61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 04:45:40.40 ID:AwqA6rio0

(;^ω^)「んな無責任な……」

(´・ω・`)「目的の中にいる僕たちにその目的が何なのか、わかるわけがないだろう?
     答えはきっと、死ぬ時になって初めてわかるんだと思うよ」

今度は饒舌に答えたショボンさん。
この答えは、彼があらかじめ想定していたもののひとつなのかもしれない。

そして彼は「ただし、旅の目的はある」と付け加えると、
転がっていた植物をひと房、尻拭き草を抱えた腕で器用に持ち上げながら、言った。

(´・ω・`)「おや、こんなところに藍がある。珍しいな」



62: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 04:47:17.52 ID:AwqA6rio0

( ^ω^)「お? それがどうしたんですかお?」

(´・ω・`)「うん、これは顔料なんだ。
     藍はね、薄めると綺麗な青色になる。空の色に使えそうだ。
     ついでに言うと、先ほど君に集めてもらった草も、尻拭き以外に顔料としての使い道があるんだ。
     こっちは薄い緑になる。草原を書く時なんかに重宝するんだよ」

( ^ω^)「おお。ショボンさんは絵描きなんですかお?」

ショボンさんのテントに画板と筆があったことを思い出した僕は、嬉しそうに色の元を見つめる彼に尋ねた。
彼は笑って答えてくれた。

(´・ω・`)「絵描きではないが、僕の趣味は絵を描くことだ。
     神話の道をたどっているのも、そこにある風景を描くため。
     そして最終的には、神の国もすかうを描くため。そういった目的で旅をしている」



64: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 04:48:56.82 ID:AwqA6rio0

( ^ω^)「……」

旅の目的は絵を描くこと。では、絵を描く目的は?

ショボンさんの答えには、大事なピースが一つ欠けていた。
しかしこれまでの話を聞くに、今の彼にはそれを埋める答えは出せないだろうと思い、僕はそれ以上の追及をしなかった。

そして同じくショボンさんも、神話の道をたどる僕に、その理由を尋ねることはしなかった。

互いが互いに微妙な距離を保ったまま、その日は野草と肉を口にして、静かに床に就いた。



66: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 04:50:28.60 ID:AwqA6rio0

そうやって神話の道を歩き続け二週間ほどが経過して、僕たちは線路の分岐点へとたどり着いた。

この分岐から東へ行けばウラジオストク、北へ行けばベルカキトへ逆戻り、
そして西へ向かえばモスクワ、否、もすかう。

(´・ω・`)「複数人での旅ってのはいいね。来た時よりも早く戻ってこれたよ」

事実、行程は順調に進んでいた。

しかし、問題はこれ以降だ。いよいよ冬も本番が迫っていた。
このまま行けば、僕たちは厳しいシベリアの寒さの中を歩かねばならなくなる。

テントのみでの野営は危険が危ない。
一刻も早く、雪風をしのげる場所を探さねばならなかった。

しかしショボンさんは一向にそんな場所など探そうとはせず、線路の上をただ歩き続けるだけ。

さすがに危機感を覚えた僕は、分岐を西に向かって二日歩いた次の休息日、
ビロードとちんぽっぽを狩りに向かわせたあと、ショボンさんに抗議することにした。



68: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 04:52:00.44 ID:AwqA6rio0

(;^ω^)「ショボンさん! いい加減冬を越せる場所を探さないと危険ですお!」

(´・ω・`)「うん、その通りだ。だけどね、もうすぐのはずなんだ」

(;^ω^)「お? 何がだお?」

(´・ω・`)「村があるはずなんだよ」

(;^ω^)「む、村があるんですかお?」

平然と言い放ったショボンさんの言葉に驚きを隠せなかったが、ありえない話ではなかった。

現に、ショボンさんがいる。彼の故郷、ウラジオストクが現存している。
だとすると、シベリア鉄道沿いに集落が存在していても何ら不思議ではない。

ただ、これまでの二年半でツンドラの大地に人を見つけられなかったという僕の経験が、
容易に類推できる事実を気づかせにくくしていた。それだけの話だ。



70: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 04:54:39.55 ID:AwqA6rio0

(´・ω・`)「ああ。村なら神話の道沿いに転々としているよ。
     といっても、小さな村々ばかりで、村と村の間の距離は結構なものだがね。
     この前立ち寄った村で……といっても、ひと冬前の話になるのだが、
     神話の道が二手に分かれている西側のすぐそばに、
     ツインダという村があると聞かされていたんだよ」

ツインダ。聞き覚えのある地名だ。
頭の中の地図帳をペラペラとめくっていく。

うん。確かに。
ベルカキトから南へ下った分岐の西側に、そういう名前の駅があった。

シベリア鉄道本線とバム鉄道が交わる場所だと記憶している。
分岐からそう距離も離れていなかったはずだ。

しかし――



71: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 04:55:58.47 ID:AwqA6rio0

(;^ω^)「ショボンさん? あなた、
     分岐から西に行けって前の村では言われたんですおね?
     それなのに、なんであえて北に向かったんですか?」

(´・ω・`)「いやだって、その先に何があるか気になるじゃないか。ちょうど冬まで時間もあったしね。
     別に急ぐ旅でもないんだし、もしかしたらそこからもすかうまで行けたかもしれないじゃない?」

(;^ω^)「いや、でも……」

(´・ω・`)「好奇心だよ、好奇心。旅人に必要な好奇心が僕にそうさせたのさ。
     それに、そのおかげで君は命拾いできたんだし、僕はこうして君と旅ができてるんだ。
     それでいいじゃないか。あっはっは!」



73: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 04:56:58.93 ID:AwqA6rio0

つくづく破天荒な人だと思った。

なんというか、彼の行動を逐一記録して分析し体系づけてみたら、
それだけで面白い論文の一つや二つ、容易に書けてしまいそうな気がした。

そして、そう考えてしまった自分が、少し不思議に思えてしまった。

(;^ω^)「なに内藤ホライゾンみたいなことを考えてるんだか……」

またひとつ、自分のことがわからなくなった。そんな冬の一日。

そして翌日、出発して間もなく。

僕たちはツインダ廃駅へたどり着き、
そこから少し離れた場所に村を見つけて、立ち寄ることと相成った。



74: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 04:58:58.66 ID:AwqA6rio0

ツインダの村に立ち寄った僕たちは、
予想だにしないほどの手厚いもてなしを受け、ひと冬の滞在も快く許してもらえた。

そして結論から言えば、今後立ち寄ることになるどの村々でも、
僕たちはすべからく過剰とも呼べる歓迎を受けることとなる。

理由はいたって単純明快。各村々に同じような神話と言い伝えが残っていたのだ。

「神話の道たるシベリア鉄道の重要性、そしてそれを保存すべし」 

伝承を要約すればこのような内容になる。
そのため、シベリア鉄道は千年後の今も保存され続けており、
そこをたどる僕たちは今と神話の世界を結ぶ懸け橋として、どの村においても半ば勇者のような扱いを受けたのである。

(´・ω・`)「村人の期待にこたえるためにも、
     僕たちは何としてももすかうに辿りつかなきゃいけないよね」

真っ白に染まったツインダの村や廃駅、どこまでも続いていく線路などを画板の上に描きながら、
村に滞在したひと冬の間、ショボンさんは旅へのモチベーションをじっくりと高め続けているようだった。



78: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 05:01:53.82 ID:AwqA6rio0

一方、ショボンさんのように時間を潰す趣味のない僕はというと、
ショボンさんに悟られぬように、それとなく村人に千年前の技術を伝えたり
――もっとも、ショボンさんは絵を描くことに夢中でその心配は杞憂に終わったが、
――絵のモデルとしてちんぽっぽをショボンさんに取られ、
僕と同じように暇を持て余していたビロードとともに、
のんびりとあたりを散歩したり、日がな一日を寝て過ごしたりして、
ドクオの村を出て以来、およそ五年ぶりとなる穏やかな日々を満喫していた。

( ^ω^)「……神話の道とはよく言ったもんだお。なあ、ビロード?」

( ><)「わかんないです!」

その最中、白の中に浮かぶ赤茶けた錆色の線路を見つめながら、しみじみと感慨にふけったりもした。
もっともらしい講釈を、傍らのビロードに語って聞かせたりもした。

( ^ω^)「鉄道っていうのは、いわばその国の動脈だお。
      鉄道の通るところに人が集まって、情報や物の交換が行われて、国自体もどんどんと発展していくんだお。
      昔は我田引鉄といって、鉄道を引きたいがために田を潰したりもしたそうだお。
      田舎者が豊かな生活を夢見て、この道をたどって都会へと向かったりもしたんだお。
      鉄道っていうのは、そのくらい人を惹きこむ魔力を秘めているんだお。
      ホント、神話の道とは言い得て妙だお。わかるかお、ビロード?」

( ><)「わかんないです!」



80: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 05:03:43.37 ID:AwqA6rio0

思えば、昔を懐かしみ感傷にふけったり、
自分の知識を頻繁に口に出したりすることが多くなったのはこの頃からだ。

この時点で、僕の肉体年齢は三十をとうに超えてしまっていた。

そろそろ人生も折り返しに来たのかと、
眼の前の真っ白な雪の上に足跡を残すように、自分が生きた証を何かしらの形で残したいと、
そんな一般的な感情がわずかではあるが、僕の中にも芽吹き始めているようだった。

こうして冬と春、合わせ半年近くの時間をツインダの村で過ごし、晩春、夏が姿を見せ始めてようやく、
僕とショボンさんの二人、そしてビロードとちんぽっぽら五匹は、再びの長い神話の旅へと出発することになった。



82: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 05:05:48.71 ID:AwqA6rio0

そうそう、言い忘れていたが、
ツインダの村を旅立つ際、旅の一行に新たに三匹の犬が加わった。
実を言うと、滞在した半年の間に一つの珍事件が起こっていたのだ。

ちんぽっぽが懐妊したのである。

旅立ちが晩春までずれ込んだのも、このせいであった。

(´・ω・`)「やるねぇ、ビロード君。あのちんぽっぽを落とすとは」

(;^ω^)「ビロード、まさかとは思うけど……レイプじゃないおね?」

(;><)「わ、わかんないです! わかんないです!」

必死に否定した――のかどうかは定かではない――ビロードの鳴き声の通り、
事実、懐妊し三匹の子を産んだあとのちんぽっぽとビロードの間には、
相変わらずのかかあ天下ではあったけれども、そこはかとない夫婦の情愛が漂っているように感じられた。



86: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 05:07:39.07 ID:AwqA6rio0

生まれたのはビロードによく似た二匹の雄犬と、ちんぽっぽにそっくりな猫顔をした一匹の雌犬。

ちなみにこの三匹の名前については、ショボンさんが
「インキン肉棒ペニス丸」「シャーミン松中」「マラドーナ」なんてとんでもないものを提案し出したので、
僕が必死に説得して「じゃじゃ丸」「ぴっころ」「ぽろり」とすることで、何とか事態を落ち着つかせた。

(;><)「……」

(;*'ω' *)「……」

顔には出さなかったが、ビロードとちんぽっぽの二匹も、きっと喜んでくれたに違いない。



88: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 05:09:18.95 ID:AwqA6rio0

この三匹が加わってくれたことで、旅はとても楽なものとなった。

線路に載せた台車とそりの荷台に僕とショボンさんが乗り、五匹の犬にそれを引かせる。
彼らが疲れたころ合いになって、今度は五匹を乗せた台車とそりを僕とショボンさんがゆっくりと引いて歩く。

食い扶持も増えたが、同時に狩りの担い手も増えたため、その辺についても特別な問題は生じなかった。
旅はいたって順調だったのである。

そんなある日。休息の一日。

僕とショボンさんは転がっていた枯れ木の幹に座りのんびりと体を休めながら、
うららかな夏の日差しの下、緑色に萌える雑草の中、走り回るビロードたちの姿を眺めていた。



90: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 05:10:44.62 ID:AwqA6rio0

(´・ω・`)「睦まじいね。ビロード君たち親子は」

(;^ω^)「まあ……そうですおね」

ショボンさんの言葉とは裏腹に、ビロードと息子二匹は、
ちんぽっぽともう一匹の娘にこれでもかというくらい尻に敷かれていたのではあるが、
なんだかんだで仲の良いらしいことに間違いはなかった。

(´・ω・`)「家族とはいいものだね。
     彼らにはぜひ……幸せになってもらいたいものだ」

( ^ω^)「……」

連れだって狩りに向かう五匹の後ろ姿。そして、それ追うショボンさんの瞳。

眩しそうに細めたその中に寂しさの色がにじんでいたことを、
彼と別れて十数年が経っても、僕はいまだに忘れることが出来ない。



92: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/29(土) 05:13:00.77 ID:AwqA6rio0

それからも線路沿いのいくつかの村に立ち寄りつつ、旅をつづけた僕たち。

出立が遅れたにもかかわらず、次の冬が来る前には、
かのバイカル湖を有するイルクーツク廃駅近郊の村へと辿りつくことが出来ていた。

前述したが、シベリアの冬はとてつもなく厳しい。
マイナスにいたる月は五か月以上にも及び、冬の最盛期にはマイナス20度を軽く下回ってしまう。

特にイルクーツクなどの内陸部は、海風もなく空気が乾燥し切っていることや放射熱の関係から、
その体感温度はより緯度の高いベーリング海峡周辺よりも低く感じられるときさえある。

よって、冬が来る一歩手前でイルクーツク廃駅に到着した僕たちであったが、
その先すぐに滞在すべき別の村が見つかる確証がなかったため、
その年は一足早く、旅を中断する運びとなった。



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