( ^ω^)ブーンは歩くようです

114: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/02(水) 03:28:37.64 ID:+KGR+USB0

― 8 ―

辿り着いたもすかう、否、モスクワは、遺跡のようなたたずまいをしていた。
いや、「ような」ではなく、モスクワは完全なる遺跡と化していた。

崩れ落ちたビル群。路上に転がっている無数のコンクリート片。
割れてすっかり風化してしまっているアスファルトの隙間からは雑草たちが芽吹いていた。

吹く風は砂埃を巻き上げ僕の視界を霞ませていて、
空から照りつける晩春の太陽でさえ、そこに色を作り出せないようであった。



116: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/02(水) 03:29:22.81 ID:+KGR+USB0

(;^ω^)「……思ったより狭いお」

遺跡は、歴史上のモスクワに比べて明らかに狭かった。狭すぎた。
遠目から眺めた際には広く見えていたのだが、どうやらそれは僕の錯覚に過ぎなかったらしい。

現存しているのはかつてのほんのひと区間だけのようであり、
都市の大部分はきっと、消滅したか、この赤土の下。

(; ゚ω゚)「……うっ!」

その元凶の名前を思い出した僕は、
モスクワに足を踏み入れて以来ずっと襲われ続けていためまいの限界を迎え、
胃の中のものをすべて吐き出してしまった。



120: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/02(水) 03:31:13.52 ID:+KGR+USB0

(; ゚ω゚)「ゴェェ!!ガハッ!ゴェェェ!!」

すっかり風化し土色となっていた道路の上に、それとよく似た色の吐しゃ物が流れ落ち、馴染んでいく。
それでもめまいは去ってくれず、僕はその後十数分に渡って廃墟の上に吐き続けることとなった。

その間、悲鳴を上げ続ける体とは正反対に冷静な意識の中で、このおう吐の原因は何かと考えてみたりもした。

はじめに思い浮かんだのが、僕も結核を発症してしまったのではないかということ。
しかし子どもの頃に予防ワクチンを接種していたことを思い出し、結核はすぐに否定された。

では、他に原因はあるのかと考えた時、唯一思い浮かんだのが、内藤ホライゾンの存在だった。



122: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/02(水) 03:33:25.46 ID:+KGR+USB0

世界有数の大都市であったモスクワを遺跡へと貶める原因を作り出したのは、ほかならぬ彼。
僕を包むこのモスクワの廃墟は、言ってみれば内藤ホライゾンの罪の象徴だ。

そして、この体のどこかにある内藤ホライゾンの意識が、
己の原罪を前にして一刻も早くこの場から離れたがっている。

それがこの体をして胃液を吐き出させ続けている原因なのではないだろうかと、僕は考えた。
真偽のほどは定かではないが。

(;^ω^)「うぇ……もう吐くもんがないお……」

吐いて吐いて吐きまくって、もはや口から何も出てこなくなってようやく、僕は再び立ち上がることが出来た。
まだフラフラとめまいはするけれど、先ほどに比べればかなりマシな状態まで回復していた。

それからしばらく廃墟の中をうろうろとさまよって、
おそらくはその中心部であろう場所にたどり着き、僕は足を止める。



126: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/02(水) 03:35:31.65 ID:+KGR+USB0

( ^ω^)「ショボンさん。お借りしますお」

台車の荷台に載せてあった亡骸の懐からあのナイフを取り出し、皮鞘から抜く。
手頃なアスファルトの割れ目に刀身を這わせ、その下の赤土を人の体の大きさほど露出させる。
その後、浅くではあるが、人間一人分は収められるだろう穴をそこに掘った。

(; ^ω^)「大した強度と切れ味だお」

遺品の有用性に舌を巻きつつも作業を終えた僕は、
いったんそれを地面の上に置き、台車へと歩を進めた。
それから遺体と彼が最期に描いた絵、そして画材一式を抱え、掘った穴の中にそっと横たえる。

その上に土をかぶせた後、
傍らでじっと動かず埋葬の様子を眺めていたちんぽっぽの頭をひと撫でして、僕は口を開く。



132: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/02(水) 03:37:45.92 ID:+KGR+USB0

( ^ω^)「ショボンさん。これで約束は果たしましたお。
      もすかうの絵も入れておきましたから、あっちでご家族に見せてやってくださいだお。
      それと、残りの他の絵は、墓掘りの駄賃として僕が頂いておきますお」

笑いながらそう呟いて、置いていたナイフを皮鞘におさめ、手に取る。
そのまま、ザクッと、盛った土の上へ深く突き刺した。最後に目をつむり、静かに両手を合わせた。

これが、神の国を目指した男の墓標。

その名前はわからなくていい。ただ、いつか誰かがここを訪れた際、
このナイフを目印にして、僕と同じようにその手をそっと合わせてくれればいい。そう、願った。



136: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/02(水) 03:39:55.11 ID:+KGR+USB0

( ^ω^)「ショボンさん。本当におめでとうございますだお」

いつの間にか、墓の周りに集まっていたビロードと三匹の子犬たち。
目を開いた僕は彼らに囲まれたまま、もはやどこにもいやしないショボンさんへと話しかけた。

( ^ω^)「正直言うと、僕はあなたをここに連れてくるべきなのか、ずっと悩んでいましたお。
      僕は千年前の人間ですお。神話が神話になる前から生き続けている人間ですお。
      だから神の国なんて無いこと、僕は初めから知ってたんですお。ごめんなさいですお」

それを聞いて、ずっと僕の傍で墓標を見続けていたちんぽっぽが、ぴんと耳をそば立てた。
すぐさま彼女の頭へと手をやり、同じように「ごめんなさい」と声をかけて、続ける。

( ^ω^)「だけど、結局それを言えないまま、僕はここまで来てしまったお。
      それはたぶん、ショボンさんやちんぽっぽと旅することが楽しかったせいだお。
      ずっと独りで、途中からはビロードと二人っきりで旅してきたあの時の僕は、
      自分では気づいてなかったけど、きっと寂しかったんだと思うんですお。
      ビロードだって寂しかったと思うお。なあ、ビロード?」



141: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/02(水) 03:42:26.35 ID:+KGR+USB0

( ><)「わかんないです!」

声を掛ければ、僕とちんぽっぽを囲んでいた輪から
ビロードがひと鳴きして足を踏み出し、僕の隣へ歩み寄った。
彼とちんぽっぽに挟まれる形で再び墓と向き合った僕は、泣いてなどいなかった。

( ^ω^)「あなたと旅した三年間、一緒に歩いて、家族が増えて、同じ風景を僕は見ていられたお。
      ずっとこうやって歩いていたいって、僕は心のどこかでそう思っちゃってたんだお。
      だからあなたにこのことを言い出せなかったんだお。
      だけど今こうやって振り返ってみれば、言わなくて正解だったとも思えるんだお。
      だってあなたは、神の国を見たんだお。最期に描いたあなたの絵が、その何よりの証拠ですお」

本当なら、僕が普通の人間なら、ここで泣くべきなのだろうし、そうでなくても自然と涙がこぼれてくるんだろう。
だけど、僕は泣かなかった。いや、違う。どんなに頑張っても、僕は泣けなかった。

腐り落ちた孤独な死体を前にしても、暗い森の中で爆発を耳にしても、
丘の上で殺してやると憎まれても、息をのむほどの美しい風景を前にしても、僕は一度だって泣けやしなかった。

これまでの経験を思い返し、やはり僕には何かが欠落しているのだと、
自分の非情さを皮肉りながら、薄く笑って目を細めた。



142: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/02(水) 03:45:04.13 ID:+KGR+USB0

( ^ω^)「僕には廃墟にしか見えないもすかうも、
      あなたにとっては紛れもない神の国だったんだお。
      ずっとずっとそれだけを目指して旅を続けてきたあなたは、
      いつしか現実さえ夢に書き換えてしまえるほどの力を手に入れていたんですお。
      ……いや、そうじゃないお。ずっともすかうを信じ続けてきたあなたにとっては、
      たとえそれがどんな姿をしていたとしても、きっとその絵と同じような神の国に映ったはずですお」

だから僕の心配など、空から天が落ちてくると心配したどこかの王様の故事ように、無駄で意味のないことだったのだ。
予想だにしなかった最良の結果を迎えた今となっては、本当にどうでもよい悩みだったと笑えてくる。

クーを埋めるしかことが出来なかったし、ドクオの行動を止められなかった。
その結果ギコやしぃちゃんには恨まれるだけだったし、三年もの旅の中でもショボンさんに何も告げられなかった。

やっぱり僕は何も出来ない傍観者に過ぎなかったけれど、こうやって笑っていられるなら、それで十分かなと思える。
こうやって歩き続けていれば、いつか必ずその意味が見つけられると、漠然とだけどそんな風に思えてくる。



146: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/02(水) 03:46:25.26 ID:+KGR+USB0


( ^ω^)「ショボンさん。死んで人生を振り返って、
      生きる意味を後付けすることが出来ましたかお?」


最後にそんなことを尋ねて、僕はもう一度手を合わせた。
答えなんて望んではいなかった。聞き手さえもいらなかった。

ただ自分に言い聞かせるように問いを声に出すことが出来れば、それだけで十分だった。



148: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/02(水) 03:48:23.78 ID:+KGR+USB0

(;^ω^)「……お? おっとっとっと……」

それから立ち上がった僕は、再びのめまいを覚えて、廃墟の上で不思議な踊りを踊った。
僕のどこかにいる内藤ホライゾンは、どうやら早急にここから立ち去りたいらしい。

(;^ω^)「まったく……感傷くらい浸らせてくれてもいいのに……」

ぶつぶつと独り言を呟いたあと、とりあえず吐くほどの気持ち悪さではない健康状態を確認した僕は、
台車へと足を運び、次の旅への荷造りを始めた。

ショボンさんのテントはひとり旅には大きすぎる。僕が以前使っていたテントだけを持っていくことにした。
遺された大量の絵は一つにまとめればそんなにかさばりはしないので、思い出として超繊維の袋の底に入れる。
ショボンさんの使っていた調理用のナイフ、食器なども必要最低限は貰っておくことにしよう。
あと、予備の防寒具、ロープや杭といった雑貨も拝借する。

ショボンさんの台車はここに置いていく。この程度の荷物なら、僕のそりだけで十分に運べる。



149: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/02(水) 03:50:51.34 ID:+KGR+USB0

(; ^ω^)「うっぷ……またぶり返してきたお……」

あらかた旅の支度が整ったと同時に、またしても吐き気が腹の底から襲ってきた。
まったくせっかちな男だと、どこにいるかもわからない内藤ホライゾンに舌打ちをして、僕は彼らに声をかける。

( ^ω^)「おーい。そろそろ行くお。これ以上ここにいても何も……」

――無いお。
そう言おうとしたのだけれど、僕は思わず口をつぐんでしまった。

(;><)「……わかんないです」

ビロードが困った表情――少なくとも僕にはそう感じられた――で、僕ともう一方を交互に見ていた。
彼は僕を見たあと、しばらくして視線を隣に移した。その先には、墓の前でじっと座っているちんぽっぽの姿。

(; ^ω^)「ちんぽっぽ? どうしたのかお? そろそろ出発するお?」

(*'ω' *)「……」

しかし彼女は僕の声など聞こえていないと言わんばかりに押し黙ったまま、
ショボンさんの墓標だけを眺め続けている。それを見て、さすがの僕でもすべてを理解する。

ちんぽっぽの旅はすでに終わっている、ということを。



154: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/02(水) 03:53:40.98 ID:+KGR+USB0

ずっとずっと、ショボンさんと一緒に旅を続けてきたちんぽっぽ。

ショボンさんが目的を達成した今、たとえ彼がいようがいまいが、
それでもう彼女の旅も完結してしまっているのだ。

そしてショボンさんがいない今、彼女にこれ以上の旅をする理由はないし、
彼女をここから連れだせる人物ももうどこにも存在してはいない。
きっと彼女は、死ぬまでここで墓守を続けるに違いない。

ならば、見据えている先が違う以上、
僕とちんぽっぽが同じ道を歩く必然性などもはやどこにも有りはしない。
むしろ彼女を一匹の旅犬として尊敬するのなら、僕は笑って彼女と別れ、
いつか出会う日を夢見て大きく手を振らなければいけない。

何より僕はここに留まれない。
これ以上出発を遅らせれば、僕はこみ上げる吐き気により冗談抜きで死んでしまうことだろう。
だから、僕と彼女はここでお別れだ。

そうなると、一番困るのがこいつになる。

(;><)「……わかんないです」

そうです。ちんぽっぽの夫であり、三匹の子犬の父親でもあり、そして僕の旅のパートナーでもあるこいつです。



161: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/02(水) 03:56:48.04 ID:+KGR+USB0

(;><)「……わかんないですー……わかんないですー……」

所在無げに右往左往しながら、犬なのに器用に語尾を伸ばし、
自分の気持ちを正確無比に鳴き声として表しているビロード君。

妻や子どもたちを取るべきか? それとも僕を取るべきか?

おそらく彼は今、生涯で最も難しい選択を迫られているのだろう。
だけど僕は、それを鼻で笑った。

(; ^ω^)(なーにやってんだお、あの馬鹿は。答えなんて決まってるお……)

家族と友人、どちらを選ぶべきかと問われた場合、
そこによほどの関係性がない限り、家族を選ぶべきだと相場が決まっている。

大体、僕とビロードにはよほどの関係性など存在しない。

何年も、おそらく生涯で一番長い時間を共有してきた仲だけど、所詮はそれに過ぎない間柄だ。
何より生き物としての種別が違う。僕たちの間に家族を上回るほどの関係性など有りはしない。

それなのになぜ、彼には悩む必要があるのだろうか?

( ^ω^)(……いや、待つお)

しかしよくよく考えてみると、ひとつだけ思い当たる節があった。
それは、僕とビロードとの出会いにまで遡る。



166: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/02(水) 04:00:28.99 ID:+KGR+USB0

あの時、僕は死んでいた彼の両親の毛皮を剥いだ。臭いのついたままのそれをすぐさま着込んだ。
そして、ビロードはなぜか僕についてきた。

僕を親と勘違いしているのかと疑ったものだが、
こうやって思い返して見ると、やっぱりそうであったとしか思えない。

群れを作りそのリーダーに従うイヌの習性も手伝って、
僕をそのリーダーたる自分の親と勘違いしたビロードは、
だから今までどんなつらい道の上でも僕に従ってきたし、きっとこれからも従ってしまうのだろう。

( ^ω^)(僕に騙されているのも知らずに……哀れだお……)

しかし、それならそれで方法はある。

確かに彼を失うのは手痛いが、これからの彼の幸せを願うなら、
これまで騙し続けてきた罪滅ぼしをしたいのであれば、僕は僕からビロードを解放しなければならない。

( ^ω^)(……潮時だお)

それにもう、僕は充分すぎるほどの助けをビロードから受けてきた。そのおかげでここまで歩いてこれた。
僕はビロードに拠って生きる必要は無くなったし、生きていくだけの手段はこの三年間でショボンさんから十分に学んできた。

だからビロードがいなくても、僕はもう大丈夫なんだ。



168: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/02(水) 04:03:08.59 ID:+KGR+USB0

( ^ω^)「それじゃあ、僕はもう行くお」

そりを引くひもを握り、相変わらず墓前に座り続けるだけのちんぽっぽ、廃墟でじゃれあう子犬たちに声をかけた。
そして、そりを引きずり歩きだす。案の定、ビロードが後ろからついてくる。

( ><)「わかんないです!」

( ^ω^)「おお、ビロード。お前にもいろいろ世話になったお。だけど、もう用済みだお」

振り返って声をかけ、着込んでいた毛皮をゆっくりと脱いだ。
それをビロードの前へと投げ捨て、僕は笑う。
毛皮の下に着ていた原色の衣服から銃を取り出し、向けて引き金を引く。

( ^ω^)「バイバイだお、ビロード」

(;><)「わ、わかんないです!」

何度も何度も、まるで親の敵が目の前にいるかのごとく、ありったけの銃弾を撃ち込んだ。
閑散とするかつての大都市。放った銃声は、ことさら大きく響き渡った。



178: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/02(水) 04:07:29.89 ID:+KGR+USB0

( ><)「……」

( ^ω^)「おっおっお」

空になったマガジンをアスファルトの上に落とす。
カチャンと情けない音が僕の足元に響いたけれど、ビロードは僕の方を見てはいなかった。

( ^ω^)「おっおっお。そういうわけだお。今まで騙していてすまんかったお」

( ><)「……」

ビロードはアスファルトに横たわった、彼と体毛と同じ色をした穴だらけの毛皮を見つめていた。
耳をそばだてているところを見ると、一応、僕の声は聞こえているようだ。

( ^ω^)「お前はホントに有能だったお。おかげで僕は何度も命拾いしたお。
      ま、これに懲りて、今後は人に気をつけることだお。ここに人が来ることはもう無いだろうけど」

( ><)「……」

そりに積んでいた超繊維の袋からストックのマガジンを取り出し、銃に装填した。
それからショボンさんの遺品たる予備の防寒具を羽織って、内ポケットに銃を仕舞った。 

いつの間にかこちらを向いていたビロードは、僕と目が合うとぷいと顔をそらして、ちんぽっぽの隣へ歩き出す。
そしてそれ以降、二度と僕へとふり返ることはなかった。

( ^ω^)「……」

僕は墓前の二匹の背中を無言で眺めて、ゆっくりその場をあとにした。



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