( ^ω^)ブーンは歩くようです

18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 04:49:20.31 ID:Q1kkINzE0

― 2 ―

モスクワを旅立ってから一年。
そりを引きずりのんびり歩き、僕はユーラシア西部を南北に分断するカフカス山脈を越えた。

新たに「歩く意味を見つける」という目的が僕の旅には加わり、その当初、ちょうどこの時期の僕は、
何の疑いもなく歩き続ければ道は見つかると信じていた。意味が見つかると信じていた。

だから、僕の横を過ぎ去っていく様々な風景が、空の色が、風の匂いが、寝転がった草原の温かみが、
そんな千年後の世界全体が美しいものだと、この頃の僕には純粋にそう感じられていた。

歩き続けるというのはそんな甘いものではない、幻想に満ちたものではないと、
これまでの旅で嫌というほど経験していたのに、だ。



19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 04:51:30.38 ID:Q1kkINzE0

そんな、言ってみれば物語の中にだけ存在するような淡い理想の上を歩いた僕は、
カフカス山脈のふもと、かつてグルジア、アルメニア、アゼルバイジャンの領土であったザカフカース地方を縦断し、
トルコ東部の高原までたどり着く。その先で見た村、いや、町の姿に、僕は大いに驚いたものだ。

( ^ω^)「おお……すごい人の数だお……」

町は、これまで見たどの集落よりも発展していた。
周りにはレンガによる城壁が作られおり、ターバンを巻きポンチョのようなマントを着こんだ男、
スカートのような民族衣装に身を包んだ男など、実に雑多な人々が中にはひしめいていた。

大通りにはたくさんの露店が連なっており、人と人、物と物の交流が活発に行われていた。

もっとも、その町の姿はかつての中世よりわずかに低そうな文明のレベルのそれではあったが、
千年後の世界においてはかなり発展している部類だと言えた。

ちなみにここで「部類」とつけたのは、この町以上に発展した町に、後々僕が辿りつくことになるからである。



20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 04:53:03.85 ID:Q1kkINzE0

はてさて、城壁の門から町中へと足を踏み入れた僕。

初めて体験する人波というものに圧倒されながらも、露店に並ぶたくさんの見たこともない品を前に好奇心をそそられていた。
同時に、「これからの旅は今までの旅と全く違うものになるだろうな」と、並ぶ商品を前にそんな懸念も覚え始めていた。

そんな僕のもとに、ある一団が群れをなして近づいてくる。
露店の親父に話を聞けば、どうやら彼らは露店の統括を行っているものたちらしく、言ってみれば町の運営幹部のようだった。

よほど僕のいでたちが周りから浮いていたのだろう。
見慣れぬ服装の僕をまじまじと眺めた彼らは、いぶかしげな眼差しをたたえ、僕にどこから来たのかと問う。



22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 04:55:07.05 ID:Q1kkINzE0

( ^ω^)「北の山の、そのまた北から歩いてきましたお」

特に問題はないだろうと思い、そう述べた。
この発言が問題ありありだったのには後々嫌というほど気づかされるのであるが、とりあえず話を進める。

僕の発言を聞くや否や、全員が同じように生やしていた鼻の下の口髭をなぞり、互いに顔を見合わせた。
それからなんと、ぜひ町長と面会してくれと僕に頼みだしたのである。

流石に浅はかな僕もこれには何か裏があると感じたのではあるが、
相手の人数、何よりこの町が彼らのホームグラウンドであることを考えれば従うほかなく、
僕は渋々、この町の町長宅へと向うこととなった。



25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 04:56:52.40 ID:Q1kkINzE0

( ゚д゚ )「旅でお疲れのところお呼び立てして申し訳ありません。
    町長のミルナです。どうぞ、お見知り置きを」

( ^ω^)「……ブーンと申しますお。よろしくお願いしますお」

町長と名乗るミルナは身の細い、ギョロリとした眼が特徴的な、いかにもやり手の商人といった風情をしていた。
連れられた彼の自宅には交易地の長であることを裏付けるように、
高級そうな、様々な文化圏から集められたらしい様式の異なった調度品が数多く置かれている。

( ゚д゚ )「いえいえ。それで、北の山脈を越えて来た、と伺いましたが?」

( ^ω^)「……はい。その通りですお」

( ゚д゚ )「ふむ……それは珍しい。
    いえね、これはあなたにとって大変失礼な話になるのですが、
    我々の間ではまだ、北の山脈以北は未開の地として認識されているのですよ」



27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 04:59:58.50 ID:Q1kkINzE0

( ^ω^)「……そうなんですかお」

話し方そのものは丁寧だがどこか高圧的な彼の言葉を受けて、そりゃそうだろうな、と単純に僕は思った。
実際問題、カフカス山脈以北はほとんどといって村がなかった。まさに未開の地だ。

それにカフカス以北は核兵器を使われた地域でもあるし、
その戦乱を生き伸びて千年後を生きるこの町やこの地方の人々が
カフカス以北を未開の地と称して目を背けようとするのも無理ないことだ。しかし、である。

( ゚д゚ )「それで、本日はどのような目的でこの町へ参られましたか?」

( ^ω^)「えっと……まあ、旅ですお。旅行、とは言いませんが、特別な理由のない個人的な旅ですお」

( ゚д゚ )「そう……ですか」

僕に旅の理由を問うたミルナ町長は、あからさまに期待外れといった顔をしてうつむいた。
それから取りなしたように顔をあげ、聞いてもいないのに以下のようなことをまくしたてる。



28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 05:01:15.49 ID:Q1kkINzE0

( ゚д゚ )「……ん、これは失礼。
    実はね、あなたが商業目的でここを訪れてくれたのではないかと密かに期待しておりまして……。
    いえね、これは我々にとって、何よりあなたにとって有益なことなのですよ。
    ちょっと話を聞いてはもらえませんかね?」

( ^ω^)「……構いませんお」

( ゚д゚ )「それはありがたい。ちょっとお待ちください。飲み物を用意させますから」

そう言って従者を呼びつけたミルナ町長。
どうやら彼は未開の地から目を背けるどころか、むしろそれを商業の標的として見定めているらしい。

しばらくして液体の満たされたカップが僕の前に置かれる。それを見て僕はハッとした。
一目見てもしやと思い、はやる気持ちを抑えながらも、断りを入れて僕はカップに口をつける。

――間違いないなかった。まさか千年後もこれを飲むことになるとは思ってもみなかった。



30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 05:03:17.53 ID:Q1kkINzE0

( ゚д゚ )「どうですか? これはコーヒーと言いまして、ここより遥か南方の地、モカという町の特産なのですよ」

懐かしの――といっても内藤ホライゾンの味覚がそう感じているだけだが――嗜好品を前につい頬が緩んだ僕。
それを見逃さなかったミルナが、ここぞとばかりに言葉を連ねる。

( ゚д゚ )「実はこのコーヒー、モカでは子どもでさえ飲むようなありふれた品なのですが、
    この町を始め、他の多くの町ではかなりの値段で取引されております。
    まあ最近は大分安くなり、一般民の間にも嗜好品として流通し始めましたがね。
    このように、我々の町は様々な地域から特産品を仕入れ、別の地に流通させる際の利ザヤで発展をしてきました」

他所に出向き特産品を安く仕入れ、さらなる他所で高く売る。
まあ、ごくごく初歩の経済論だ。だが、重要なのはそこではない。

この地域では経済論が発生するほど活発に地域間の交流が行われているということ。
そして露店の存在からもわかるように、確実に通貨というものが存在していること。

これまでの旅ではまったく考慮に入れる必要のなかったこの二点。
ミルナ町長の話、そしてここの町並みから推測されるこの二点こそが、僕にとって何より重要なことであった。



33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 05:05:24.35 ID:Q1kkINzE0

それから誇らしげにつらつらと町の発展の歴史を語ったミルナ。しかし途中で、彼の口が鈍り始める。

( ゚д゚ )「……しかしですね、旅をしてこられたならご存知でしょうが、われらの町は内陸にあります。
    一応、内陸部における流通地としてはわれらの町が一番の規模を誇ってはいるのですが……
    沿岸部の流通地、西のイスタンブール、南のサナア、そして最大の交易地エルサレムに比べれば、
    我々には流通ルート、人の流れ、その他交易地に必要なものが圧倒的に不足しているのですよ……」

それは明らかな演技を含んだ口の鈍り方。完全に僕をなめ切っているといって過言ではないその態度。
さすがに腹の立った僕は、彼の口から提案すべき言葉を、あえてこちらから口にしてみた。

( ^ω^)「そこで、独自の交易ルートとして僕と関係を持ちたい、と?」

( ゚д゚;)「……そ、その通りです」

僕の言葉を聞いて、カップを手に取っていたミルナの手が震えた。
まさかなめ切っていた僕から話の要所を突かれるとは思っていなかったのだろう。

それから彼は、場をとりなすようにカップに口をつける。
その後こちらを見返した彼の眼に、僕を舐めているという色は全く感じられなかった。



36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 05:08:43.67 ID:Q1kkINzE0

( ゚д゚ )「単刀直入に申し上げましょう。『未開の地の品である』
    これだけであなたの持ってくる品には十分な付加価値が発生します。
    我々と独占的に取引していただけることを約束してくだされば、
    我々はその付加価値を最大限に引き上げてみせましょう。いかがですか?」

( ^ω^)「……」

ジッと、そらすことなく僕の目をまっすぐ見つめてくるミルナ。

「こっち見んな」ではなく、「なるほど、商人だな」と感じた。

自らを下に位置付け、相手を持ち上げるその話し方。
ショボンさんとは別の意味で話の技法というものを習得している。



38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 05:09:47.13 ID:Q1kkINzE0

しかし、だからこそ信用してはならないと理解した。それは何もこの男だけではない。
これから出会うことになるであろうこの地域すべての人間を、安易に信用してはならない。
そして先ほどのように、自分の素姓を絶対に明かしてはならない。

下手をすれば利用される。
その挙句すべてを吸い取られ、ボロ切れのように捨てられる自分が、まざまざと想像出来た。

町が点在しているのなら、この地域の旅は肉体には楽になるであろう。

しかし、こういう人物とも関わることになるであろうこれからの旅は、
何より通貨が存在しているこの地域での旅は、かつてないほど精神的に厳しいものになるかもしれない。

そう、感じた。



39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 05:11:00.66 ID:Q1kkINzE0

それから僕は、しばらくの沈黙に徹することとした。コーヒーをすすり終え、もう一杯を所望する。

ミルナはそんな僕の様子を、額に汗を浮かべながらじっと窺っていた。
僕は「こっち見んな」ではなく「もっと焦れ」と思いながら、差し出されたコーヒーをゆっくりと飲み続ける。

この沈黙はいわば、交渉における間合い取りの一つだ。今、僕たちは沈黙を通じて互いの間合いを取りあっている。
そしてしびれを切らして相手の間合いに先に飛び込んでしまった方が、交渉における主導権を失うことになるのだ。

( ゚д゚;)「……ブーンさん。とりあえず、しばらくこの町に滞在してはみませんか?」

そして沈黙に耐えかねたミルナが口を開いたこの瞬間、交渉の主導権はこちらに移った。
僕は内心のほくそ笑みを表に出さないよう平静を装い、答える。



40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 05:12:10.75 ID:Q1kkINzE0

( ^ω^)「……申し訳ありませんが、この町に特別な用は無いので、明日には発ちますお」

( ゚д゚;)「そ、そこを何とか……そ、そうだ! お荷物を見せていただけませんか!?
     我々の誠意をもって、最大限のお値段を見積もらせていただきますから!」

( ^ω^)「……構いませんけど」

仏頂面でそう呟いた僕だが、内心「ktkr!」と思っていた。
彼の話を聞くからに、これからの旅では通貨が必要になってくることは容易に想像出来たからだ。

そして何より、交渉次第では労せず当面の旅の資金を手に入れられるまたとない機会を、
今、僕は招き寄せていたのだから。



42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 05:14:55.78 ID:Q1kkINzE0

提案を受けた僕は、切り札、
つまり銃と残り少なくなっていた銃弾のストック以外のすべてを一つ一つ取り出してミルナに提示した。
僕が取り出すその一つ一つに、彼は目を輝かせながら品定めをしていく。

提示された金額による判断から言えば、もっとも高価だったものが予想通りショボンさんのナイフ、
次に高価なものとしてエスキモーからもらったテントやショボンさんの防寒具や食器といった実用的なもの、
そして大きく差が開いてその他のもの、となった。
思い出として持ってきたショボンさんの絵には、残念ながら二束三文の金額しか提示されなかった。

一通りの値段付けが終わった後、ミルナは自信たっぷりにこう尋ねてくる。

( ゚д゚ )「いかがですか? 金額にかなり色を付けさせていただきましたが?」



43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 05:16:02.43 ID:Q1kkINzE0

( ^ω^)「……」

しかし僕は、それを聞いてほとほと彼に呆れかえっていた。
ここまで人をコケにしてくれた人間とはついぞお目にかかったことがない。
先ほど彼は僕を舐めることを止めるそぶりを見せていたが、やはり田舎者だと思っていることに間違いはないようだった。

( ^ω^)「残念ですけど、このままじゃお売りできませんお」

( ゚д゚;)「な、なぜですか? これ以上高値で買い取るのは不可能ですよ?」

( ^ω^)「馬鹿言っちゃいけませんお、町長。
      こちらに物の相場の知識がないのに金額を提示して、何が高値での買い取りですかお?」

そうである。相場を知らないのに金額を提示されても、僕には判断の付けようがないのだ。
そしてこれこそが、彼が信用ならない、さらには彼が僕を見下しているという、確固たる証拠だった。



44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 05:17:26.69 ID:Q1kkINzE0

( ゚д゚;)「も、申し訳ありませんでした! では、ちゃんと相場をお教えしますので……」

( ^ω^)「いえ、これから直に市場に出向いて、自分で判断させてもらいますお」

もはや彼の口から発せられた言葉は何も信用できない。本来なら交渉を続ける価値さえのない相手だ。
しかしある程度のものは売らないことには旅を続けられないし、交渉相手がどうしても彼でなければならない理由もある。
結局は売って通貨を手に入れなければならない僕は、相場を知るため、再び露店へと足を向けることにする。

露店で食料や日用品、芸術品、その他様々な品の金額を見て、ある程度の相場をすぐに把握することが出来た。
町長も無理やりついてきたが、彼の言葉に耳を貸さなければ害はないので、放っておくことにした。

それから再び町長宅に戻り、売買の交渉を再開する。

さすがに懲りたのか、このときばかりは一応の納得がいく金額をミルナは提示してくれた。



48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 05:19:23.77 ID:Q1kkINzE0

( ^ω^)「では、防寒具と食器を売ることにしますお」

季節は春。これから暑くなり、さらに南へと向かう僕にとって、防寒具はさして必要なものではない。
ショボンさんとの思い出は、ナイフ、そして彼の絵があれば十分なので、申し訳ないが売らせてもらうことにした。

なぜこの二つなのかと言えば、これらは相場から見てかなり高額な値段をつけられていたからだ。
ミルナ町長の弁によればこの二つ、他に高値のついたナイフやテントといったものは、
この地域から見れば非常に珍しいつくりをしており、実用品と言うよりはむしろ芸術、資料品としての価値の方があるそうな。

そうなるとまたしても最初の彼の金額の付け方に疑問が出てくるのだが、僕はあえてそれを言わず交渉を終える。
防寒具と食器分の金額を受け取り、荷物をまとめ、交渉の打ち切りを示唆する。

( ゚д゚;)「ちょ、ちょっとお待ちください!」

そして案の定、彼は餌に食らいついてきた。



49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 05:21:35.14 ID:Q1kkINzE0

( ^ω^)「……なんですかお?」

( ゚д゚;)「さ、先ほど見せてもらった絵についてなのですが……売ってはいただけないのですか?」

( ^ω^)「……それ相応の値段で買い取ってもらえるなら考えましょう」

そう。その餌とはショボンさんの絵である。
これまでの会話で彼は、重要な二つのことで口を滑らせている。

「北からの品であるだけで付加価値がつく」「防寒具や食器は芸術的、資料的価値が高い」

ショボンさんの絵はシベリアの大地を描いたものだ。
絵本来の芸術的価値はともかく、資料的な価値が間違いなくそこにはある。

そして防寒具や食器に付けられた芸術的、資料的価値がこの地域の流通において付加価値として成立しているのであれば、
北に興味を持ちその物品を手に入れたいという、おそらくは富裕層が中心と思われる市場が、
この地域の流通網には確かに存在するはずなのだ。

以上の要件から判断すれば、他の何より、ショボンさんの絵にこそ高値がついて当然なのである。



51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 05:23:34.56 ID:Q1kkINzE0

そして僕は、この絵をどうしてもミルナに売らなければなかった。
町の長となるほど社会的信用がある人物が売ってこそはじめて、芸術品、資料品とはそれ相応の価値を持つことになるからだ。
だからこそ僕は、ひたすらに僕を騙そうとするミルナとの交渉を打ち切ることなく続けてきた、というわけである。

( ゚д゚ )「いやはや、まったくもってあなたには感服いたしました」

以上のことを種明かしとしてミルナに述べれば、彼は脱帽だと言わんばかりに頭を垂れ、再び顔をあげた。
その眼にはもはや僕を見下した色はなく、むしろ尊敬しているといった風情が漂っていた。

( ゚д゚ )「すべて、あなたの言う通りです。これ以上小細工を使っても無駄なようですね。
    これまでの言動を詫びたい。そして出来うる限り、あなたの納得いく金額で、これらを買い取らせていただきます」

( ^ω^)「おっおっお。信用こそビジネスで一番大切なものですお。以後、注意した方がいいお」

もっとも、彼を一人の人間としてではなくビジネスマンとして捉えたならば、
味方としてのミルナはなかなか有能であり信用のおけそうな男であると言えた。信用する気はさらさらないが。



52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 05:25:30.50 ID:Q1kkINzE0

( ゚д゚ )「ではこちらの絵の半分を売っていただけるのですね? この金額でいかがでしょう?」

( ^ω^)「十分だお。妥当な金額の提示に感謝するお」

ショボンさんの絵のうち、気に入っているものを除外した半分を売ることにした僕。
提示された金額はかなりのもの。他所の相場でどうなのかはわからないが、
少なくともこの町でなら数年は生きていけそうな金額を手に入れることに、僕は成功した。

ただ、絵を売る際、罪悪感を覚えたのは確かだ。

しかし、僕は生きて歩き続けなければならない。ならばこの罪悪感も甘んじて受けるしかない。
何より彼の描いた絵がここまでの評価を得え、これ以後誰かの手に渡り未来に残っていくのだ。

僕の手の中にあるよりよっぽどいい。ショボンさんだって、きっと許してくれるさ。



57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 05:27:29.90 ID:Q1kkINzE0

こうして当面の旅の資金を手に入れた僕は、
最後にもう一杯コーヒーを所望し、飲み終え、丁重にミルナへ礼を述べて、その場を立ち去ろうとした。

しかし彼は僕を引きとめると、こともあろうかこんなことを提案し出す。

( ゚д゚ )「ブーンさん。あなたの手腕は相当なものです。あなたの北からの交易ルートとその手腕、
    そして私の流通網と社会的地位が合わされば、一大ビジネスを成功させることができるに間違いはありません。
    いかがでしょう? 私と手を組みませんか? あ、ご安心ください。あなたに対し小細工は一切用いません。
    というより、用いても無駄でしょう。私があなたに敵わないことは、先ほど存分に思い知りましたから」

(;^ω^)「いや……僕は旅を続けなければならないので……」

( ゚д゚;)「そこを何とか! こちらも町の盛衰がかかっているのです! どうか!」



58: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 05:29:58.80 ID:Q1kkINzE0

(;^ω^)「……いや、しかし……」

――もともとも僕は北への流通ルートなど持っていないのだ。
これまでの交渉は相手の勘違いを利用したまったくのでまかせ。
どんなに頼まれても無駄なものは無駄なのである。

彼の言う町の盛衰とやらに多少の興味は湧くが、だからといって僕にどうこうしようもない。
けれどミルナは執拗に食い下がり続け、僕が「うん」と頷くまで開放する気はまったくなさそうであった。

(;^ω^)「申し訳ありませんお! 僕はこれで失礼しますお!」

( ゚д゚;)「ブーンさん! ブーンさん! どうかお待ちをおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

だから僕は無理やり彼の手を振り払い、逃げるように、というかまさに逃げて、その場を立ち去るしかなかった。



61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 05:31:54.02 ID:Q1kkINzE0

それからその日は適当な宿に泊まり、久方ぶりのベッドの温もりを享受した僕。
翌日の朝早く、誰にも見られない内に町を立ち去ろうとしたのではあるが――

( ゚д゚ )「お待ちしておりました、ブーンさん。これから旅に向かわれるのでしょう?
    そこで余計なお世話かとは思いましたが、旅の従者をこちらで用意させていただきました」

(;^ω^)(本当に余計なお世話だお……)

――町の城壁を出たところで僕は、見事、ミルナ町長に捕まってしまったのである。
そして、彼の言う旅の従者とはなんと大人数のキャラバン。ご丁寧に僕用のラクダまで用意されている。

( ゚д゚ )「それにちょうど、エルサレムまで行商に向かわせる時期でしてね。
    あなたの旅が急ぐものでないのならば、彼らを同行させてエルサレムまで向かってはいかがでしょうか?
    あそこに行けば、この地域の物流のあらかたを理解することができます。
    何より未開の北の大地とは違い、この地域、特に南の砂漠は野党なども多く、ひとり旅とは何かと危険なものです。
    あなたの身を案ずるからこそ従者を用意したことを、どうかわかっていただきたい」



64: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 05:35:33.10 ID:Q1kkINzE0

( ^ω^)「……」

どこか引っかかるところもあるが、ミルナの言うことにはもっともな部分があるので、
総勢十数人が連なるキャラバンを眺めながら、僕はじっくりと考えてみた。

野党が出るというのは物騒である。キャラバンの人数や彼らの武装――おもにナイフ――を見るからに、
野党が出るというのはあながち嘘ではなさそうだ。

それに、彼の言うエルサレムにも興味がある。このキャラバンに同行すれば、水や食糧の心配をすることもないだろう。
なぜこの地域に文明が発達したのか、そもそもなぜこの地域の祖先が生き延びたのかを、彼らの口から聞くこともできる。
なにより、ラクダが用意されているというのはなんとも魅力的だ。

ただし、心配ごともいくつかある。
まず、このキャラバンは道中で僕を説得するため用意されたに間違いないだろうということ。
だがこれは、僕が話を聞き流せばそれで済む。

それと、彼らが僕を脅迫して、あるはずもない北への交易ルートを吐かせようとする危険も十分にある。

けれど僕が銃を隠している以上、彼らが無理やり僕を説き伏せることは不可能だし、ましてや僕を殺すなどもってのほかだ。
彼らが欲しいのは僕の持つはずもない交易ルートであって、僕を殺してしまえばそれは聞き出せなくなる。



67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 05:40:11.74 ID:Q1kkINzE0

( ^ω^)(……どうしたもんかお)

メリットとデメリットを天秤に掛ける。なかなか微妙なところである。
最悪の場合殺し合いだって起こりうるのが集団での旅。旅で何より危険なのは他人の存在である。

しかし、それ相応のリスクを背負わなければ旅に対する有益な情報は得られない。
まして通貨が存在し、情報までもが金銭的な価値を帯びているだろうこの地域ではなおさらだ。

歩き続けることが旅の目的。ならば、自分から危険に足を突っ込むのはこれ以上ない愚行だ。
けれど、ただ悠々と歩き続けるだけでは何も得られないんじゃないかと、そんな考えが浮かぶのもまた事実。

なにより、たとえ僕がキャラバンへの同行を断ったところで、彼らは無理やり僕についてこようとするだろう。
昨日や今のミルナの様子を考えれば容易に想像がつく。彼らの同行を断ることは至難の技だろう。

だから僕の心中は、自然とキャラバンに同行する方向へと傾いてしまう。そして――

( ^ω^)(最悪の場合は……)

――誰かを殺すことも辞さない。そう覚悟を決めて、僕は言った。



69: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 05:42:06.67 ID:Q1kkINzE0

( ^ω^)「わかりましたお。一緒にエルサレムまで連れて行ってくださいお」

( ゚д゚ )「それは良かった! どうぞ、遠慮なく彼らをこき使ってください!」

そう言ってニヤリと口の端を釣り上げたミルナ町長。
この時点で、僕の短い平和な旅は終わりを告げた。

そして、キャラバンを率いて町を発った僕。

その時見た、見送るミルナのいやらしい笑みを、僕は一生忘れることはないだろう。



戻る最終部 ― 3 ―