( ^ω^)ブーンは歩くようです
- 117: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 06:37:42.57 ID:Q1kkINzE0
― 4 ―
ラクダに乗り、荷物を載せたそりを引かせて、なるだけ町から離れようと急ぎ足で南へと下った僕は、
翌々日の夜、食事を取り、砂漠というほどでもない砂地の上にテントを張り、床に就こうとしていた。
すっかり町からは離れたらしく、あたりには砂地と短草の生える土、それが半々に分かれた大地があるだけ。
昼間の暑さが嘘のように冷え切ったその上で、
僕はエルサレムで買っておいた布を毛布代わりに広げようと立ち上がった。
その時「寝る前にラクダに水をやらなきゃな」と思い至り、僕はテントから外に出ることにする。
- 118: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 06:40:05.32 ID:Q1kkINzE0
(;^ω^)「おお……寒いお」
本当に静かな夜。シンと静まり返った空気が、吹く風の冷たさをさらに掻き立てていた。
思わず身震いして、あたりを見渡す。
周囲には月に照らされた砂と短草たちばかり。
その先にどこまでも続く地平線の果てしなさが自分の旅の行方にも見えて、妙な感傷に浸ってしまう。
( ^ω^)「広いお……世界は本当に広いお……」
そう呟きながら小便をし、股間の棒を振る。
滴る水滴が砂になじんだことを確認して、もう一度地平線を眺めた。
(;^ω^)「……ん?」
そして、僕は見つけ出す。地平線の先に浮かぶ、いくつかの動く影を。
- 120: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 06:42:19.70 ID:Q1kkINzE0
(;^ω^)「間違いないお……人だお……」
影が幻でないことを確認した僕は、何食わぬ顔でラクダに水をやり、気づかないふりをしてテントへと戻る。
それから、荷物から少なくなっていた銃弾のストックを、懐から銃をそれぞれ取り出し、万が一に備えセーフティーを外した。
その後、ナイフでテントの壁面に小さな穴をあけ、そこから外の様子をうかがう。
(;^ω^)「ただの行商人かお? でも、行商人なら危険な夜に進む理由がないお……。
となると……野党かお? いや、もしかすると……」
ジッと、身を潜めた。ただでさえ静かで寒い砂地の夜が、ことさら静かに冷たく感じられた。
それなのに銃を握る僕の手のひらには汗が滲み、呼吸は荒くなっていく。一分一秒が非常に長く感じられる。
やがて静寂の中に、足音と潜めた声が交りはじめた。それは確実にこちらへと近づいてくる。
そしてもはや静寂が静寂に感じられなくなった頃。
最後に聞こえてきた潜められた声から、僕はその一団の正体を知ってしまう。
- 121: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 06:44:41.03 ID:Q1kkINzE0
(;^ω^)「シラネーヨたちかお……」
二か月間、嫌というほど聞いてきた声。
彼らのラクダの足音もずっと聞いてきたのだから、誰のものかそれなりに区別が出来た。
ほぼ確実に、こちらに向かって来た一団はシラネーヨたちのものだろう。
もっとも、砂に埋もれるわずかな足音の数から判断するに、
キャラバンの全員ではなくごく一部の者たちを率いてのようではあったが。
(;^ω^)「まさか行商を放棄してまで追ってくるなんて……にしても、何しに来たんだお?」
と、呟いてはみたが、大方の理由は察しが付いていた。彼らは僕を連れ戻しに来たのだ。
しかし、なぜ夜に来る必要がある?
焦りで十分な判断を下せないが、状況から察するに、少なくとも穏便な話し合いをしに来たという風情ではなさそうだ。
- 125: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 06:47:00.85 ID:Q1kkINzE0
(;^ω^)「……すー……はー……」
大きく深呼吸をして、気を落ちつけた。
ここでパニックに陥ったら主導権はあちらのもの。
大丈夫。僕には銃がある。いざとなったらこれを使って逃げればいいのだ。
相手の武器はナイフのみ。有利なのはこちらだ。有利なのはこちらなのだ。
自分に何度も言い聞かせてテント内の明かりを消し、虚勢を張るようにテントの真ん中にどっかりと腰をおろした。
やがて、足音がギリギリまで近付き、止まる。
気配を潜めた彼らが、こそこそとテントの周囲を嗅ぎまわっているのが感じられた。
そして、テントの入り口に一つの人影が現れる。
姿形からして、十中八九、シラネーヨだろう。
ここで先手を取られるわけにはいかない。僕は覚悟をきめ、声をかけた。
- 127: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 06:48:56.74 ID:Q1kkINzE0
( ^ω^)「シラネーヨさん。何の用ですかお?」
僕の声を受け、影が明らかに動揺するそぶりを見せた。
僕は両手を胸の前で組み、握った銃をその下に隠す。いつでも抜けるよう、五感を最大限に研ぎ澄ます。
準備は万端。もう一度息を吸い、おろおろとしている入口の影に向け、声を重ねる。
( ^ω^)「入ってくるといいお。シラネーヨさん」
(;´ー`)「……と、突然の訪問、失礼するだーよ」
予想通り、入口から入ってきたのはシラネーヨ、その人だった。
( ^ω^)「夜中の訪問とは無礼ですおね。ま、そこに座るといいお」
(;´ー`)「も、申し訳ねーだーよ」
僕の言葉を受け、素直に入口の前に腰をおろしたシラネーヨ。
待ち構えていた僕に少なからず動揺しているのだろう。明かりがないため顔はよく見えないが、雰囲気で察しがついた。
僕もそれなりに動揺しているが、今のところ、主導権を握っているのはこちらである。勢いに乗り、そのまま続ける。
- 131: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 06:52:00.16 ID:Q1kkINzE0
( ^ω^)「僕は疲れていて眠いんですお。用件があるなら単刀直入にお願いしますお」
(;´ー`)「……また俺らについて町まで戻ってほしーんだーよ。
俺らはあんたと商売がやりたいんだーよ。あんたがどうしても必要なんだーよ」
やはり、予想通りだった。
これについては彼らに同行した時点ですでに想定していたことなので、動揺はしなかった。
気にかかるのは、これ以後だ。
もともと僕は北への交易ルートなど持っていない。
何より旅を続けなければならない。歩き続けなければならない。
僕の選択肢に彼らと商売をするだなんてものは存在しない。
僕は彼らの申し出を断ることしか出来ない。それは決まっていることなのだ。
だから、僕が断ったとして彼らがどういう行動に出てくるか、
それが一番の不確定要素であり、これからの僕の行動の分かれ目であった。
- 133: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 06:53:52.69 ID:Q1kkINzE0
( ^ω^)「ありがたい申し出ですが……
残念ですがお断りしますお。僕は旅を続けなければならないんですお」
(;´ー`)「そういうわけにはいかねーんだーよ!
あんたを連れ帰らないと俺が町長に見限られちまうんだーよ!」
この返答も、予想通りだ。
見送りの際、不敵な笑みを浮かべていたミルナ。それを目にしたときから、こんなことくらいわかっていた。
それからシラネーヨがどう出るか。問題はこれに尽きるのだ。
- 134: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 06:55:03.40 ID:Q1kkINzE0
( ^ω^)「そう言われましても、無理なものは無理ですお。どうぞお引き取りくださいお」
(;´ー`)「……どうしても無理かーよ?」
( ^ω^)「そうだお。無理だお」
平静を装いつつ、はっきりと言い切った。
組んだ両手のひらからは不快な汗が止めどなくにじんでいる。
胸の鼓動がやけに大きく聞こえてくる。
さあ、どう出る?
シラネーヨ、あんたはこれからどんな行動を起こす?
あんたの行動次第で、この静かな砂地の夜が血で染まることになるぞ?
そして僕は、それを望んではいないぞ?
- 136: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 06:56:09.71 ID:Q1kkINzE0
( ´ー`)「ならば……しかたねーだーよ」
(;^ω^)「!?」
しばらくの沈黙の後、暗いテントの中、シラネーヨがゆらりと立ち上がった。
同時に、最悪の想定が僕の脳裏を駆け巡る。
立ち上がったシラネーヨ。
その姿は暗いテントに影として存在しており、だからこそことさら大きく感じられた。
表情も影となって確認できない。しかしなぜだか、笑っていると感じられた。
- 140: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 06:58:22.99 ID:Q1kkINzE0
( ´ー`)「こっちもビジネス。生きるためにはしょうがねーんだーよ」
(;^ω^)「……どうするつもりだお?」
( ´ー`)「……無理やりにでもあんたを連れて帰るだーよ。そんで、ルートを吐かせるだーよ。
抵抗しない方がいいだーよ。人数を考えれば、圧倒的にこっちが有利なんだーよ。
それでも抵抗するなーら、悪いけーど、腕や指の一本や二本は覚悟してくれだーよ」
そう呟くと、シラネーヨはパチリと指を鳴らした。
それを合図に、テントの周りにあった気配が彼の背後、テントの入り口へと集まっていく。
続いてシラネーヨが、腰につけていたらしいナイフに手をやった。
暗いテントの中、それを抜く音だけが生々しく響く。
そして、それからの数秒間。僕の思考、そして視界は、驚くほどゆっくり動くこととなる。
- 144: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 07:00:35.20 ID:Q1kkINzE0
――こちらに向かって、シラネーヨが右足を踏み出した。
どうする? これから僕はどうする?
決まっている。僕は歩き続けなければならない。彼らに拉致されるわけにはいかない。
ならば、するべきことは一つだ。
――シラネーヨの背後、テントの入口を閉じている幕が少しめくられた。
抵抗する。それしか逃げ伸びる手段はない。それしか歩き続ける道はない。
しかし僕に、相手を殺さず逃げ伸びるといった芸当が出来るわけがない。この中の誰かは確実に死ぬだろう。
いや、誰かじゃない。銃を使用する以上、僕は彼らを皆殺しにしなければならない。
この地域を歩き続ける以上、そうする必要が、僕にはどうしてもある。
- 148: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 07:03:49.15 ID:Q1kkINzE0
――シラネーヨの右足が地に着いた。続けて左足が持ち上げられる。
だってそうだろう? 銃は僕の奥の手だ。
この存在を僕に害をなす他者に知られた場合、つまりミルナ町長に知られた場合、それはもう奥の手とはなりえない。
この中の誰かを逃がせば、より多くの追手がミルナから僕に向かって放たれるだろう。
彼らは、銃の存在を前提とした武装を成してくるだろう。
その時僕は、その追撃を掻い潜り無事逃げ伸びることが出来るだろうか?
否。出来るわけがない。
- 150: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 07:06:03.44 ID:Q1kkINzE0
――シラネーヨの左足が地に着いた。彼の影はもう僕の間近まで迫っている。
さあ、銃を抜くんだ、僕。それ以外に道はないんだ。
右手に握りしめた銃の口を目の前の男の眉間へと突き付け、その引き金を一気に引くんだ。
けれど、右手は動かない。動かさなければならないとわかっているのに、どうしても右手は動いてくれない。
――入口からも数人が入ってきた。その手にはナイフ、そして僕を縛るためであろうロープが握られている。
僕は人を殺したくないのか? 馬鹿なことを。そんなの綺麗ごとだ。
大体僕は、直接的ではないがこれまで多くの人間を殺してきただろう?
なにより僕の体は、千年前の戦争の発端を造り出した内藤ホライゾンのものだ。
僕の手はすでに血で汚れている。僕の体はすでに血でまみれている。
今更、直接的に人を殺したって、何も変わりはしないのだ。だからその銃を抜くんだ、ブーン。
- 152: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 07:07:40.30 ID:Q1kkINzE0
――間近に迫ったシラネーヨの影。彼の右手のナイフが、大きく振り上げられる。
抜け。銃を抜け。けれど人を殺したくない。しかしそれでは旅を続けられない。
だから抜け。抜いて相手の頭を打ち抜け。だけど人を殺したくない。それでも銃を抜くしかないんだ。
歩き続けると決めただろう? 意味を見つけるまでは死なないと決めただろう?
それが僕の自由だ。そしてどんな手段を用いても歩き続けることが、僕の義務だ。
――狭いテント内に数人が転がり込んできた。総勢五人。もはやナイフではダメだ。銃以外に立ち撃つすべはない。
だから、銃を抜け。打ち抜け。殺せ。
相手の眉間に血の花を咲かせろ。静かな夜を赤に染めろ。
道を阻む障壁をなぎ倒し、その屍の上を歩く覚悟を、今、決めるんだ。
- 155: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 07:09:12.86 ID:Q1kkINzE0
――振り上げられたシラネーヨのナイフ。その切っ先が、僕に向かって落とされる。
殺せ。打ち抜け。殺せ。打ち抜け。殺せ。打ち抜け。殺せ。打ち抜け。
殺せ。打ち抜け。殺せ。打ち抜け。殺せ。打ち抜け。殺せ。打ち抜け。
殺せ。打ち抜け。殺せ。打ち抜け。殺せ。打ち抜け。殺せ。打ち抜け。
殺せ。打ち抜け。殺せ。打ち抜け。殺せ。打ち抜け。殺せ。打ち抜け。
それが僕の自由に課せられた、たったひとつの義務なんだ。
だから、その引き金を。
さあ、引くんだ。
- 163: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 07:11:54.44 ID:Q1kkINzE0
(; ゚ω゚)「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
シラネーヨのナイフが落ちてきた瞬間、僕は銃を取り出し、その引き金を引いていた。
わけもわからないまま銃を打ちならし、ただ絶叫を上げながら、くらむ視界の中にある影に穴を開け続けた。
その影から発せられたはずの断末魔の声。それさえも僕の絶叫と銃声はかき消していた。
弾が切れるまで引き金を引き、銃口から何も出なくなってもしばらくの間、僕は無我夢中で引き金を引き続けていた。
(; ゚ω゚)「……はぁっ! ……はぁっ!」
やがて反動の無くなった銃の手ごたえから弾が切れたことを理解し、僕は呆然とテント内を見渡す。
立ち込める消炎の香り。
そして、生臭い血の香り。
テント内にあった五つの影は、僕を残してすべて地面に崩れ落ちていた。
- 168: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 07:14:20.46 ID:Q1kkINzE0
(; ゚ω゚)「……はぁっ! ……はぁっ!……うっぷ!」
ようやく冷静な思考が戻ってきて現状を理解した僕。
そして次に襲ったのは、強烈な吐き気。
すぐさまテント外へ飛び出した僕は、胃の中のものをすべて吐き出す。
(; ゚ω゚)「おええええええっ! がはっ! げぇぇえぇぇえぇえぇっ!」
体中から流れ出る脂汗。
膝はガクガクと震え、立っているので精いっぱい。体の状態は最低だ。
しかし、これですべてが終わったのだ。とりあえずは安心できる。
これ以上の悪夢が起こるはずはない。起こるはずがない。起こるわけがない。
そう、絶対に――
- 172: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 07:17:28.61 ID:Q1kkINzE0
(;-_-)「あ……あ……」
(; ゚ω゚)「ヒ、ヒッキー……」
――しかし、悪夢は起こってしまう。
地面に吐き続けたあと顔を上げれば、眼の前には腰を抜かしたヒッキーが、
この地域で僕が唯一心を許した相手が、砂の地面にへたり込んでいたのだ。
月明かりの下、彼の様子が手に取るようにわかった。
彼の顔には恐怖が張り付いており、股間は失禁したらしく濡れていた。
僕と目のあった彼は足をバタバタとさせ、声にならない声を上げ、
腰の上がらない体で必死にこの場から逃れようとしていた。
- 176: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 07:19:38.72 ID:Q1kkINzE0
(; ゚ω゚)「ヒッキー……なんでお前がいるんだお……」
(;-_-)「う……あ……来るな……来るなあああああああああああああああああああああああああ!」
そして僕が一歩足を踏み出せば、彼は聞いたこともない叫びを上げ、両手をブンブンと振り回し始める。
目の前で何が起こっているのか理解できない。冷静さが失われ、またしても思考が混乱する。
なぜヒッキーがここにいる? 彼はどう見ても争い事には向かない。それなのになぜシラネーヨは彼を連れてきた?
めまいを覚えながら存在しない人物に対し恨み事を浮かべ、拒まれながら、それでも僕はヒッキーへと足を運ぶ。
けれど、僕のその足も止まる。当然の蔑称を彼に浴びせかけられ、僕は微動だに出来なくなる。
- 180: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 07:22:23.60 ID:Q1kkINzE0
(;-_-)「来るな……来るな人殺しいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
(; ゚ω゚)「!!」
人殺し。そうだ。僕は人を殺したのだ。直接。この手で。引き金を引いて。間違いなく。
だから僕はその蔑称を甘んじて受けなければならない。その覚悟は先ほど決めたはずだ。
けれどヒッキーの、僕を慕ってくれた息子ほどの歳の彼の口からそれを告げられば、
これまでの覚悟は音もなく崩れ去り、僕はどうしようもないほどの絶望にさいなまれる。
(#-_-)「うあ……うあああああああああああああああああああああああああ!!」
(; ゚ω゚)「うあっ! ヒ、ヒッキー! 落ち着け! 落ち着くんだお!」
しかし、絶望に陥る暇すら人殺しの僕には許されなかった。
半狂乱に陥ったヒッキーが腰のナイフを抜き、立ち上がって僕に切りかかってきたからだ。
- 187: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 07:25:18.02 ID:Q1kkINzE0
(;メ゚ω゚)「痛っ!!」
不意の第一撃が、僕の頬をかすめた。流れ出た血が頬を滴っていくのがはっきりとわかった。
ヒッキーの手にあるのは、おそらくはエルサレムで買ったあのナイフ。
言ってみればそれは僕と彼との関係性を表す唯一の物体だ。
ドクオやギコ、しぃちゃんとの思い出である原色の着物。ショボンさんとの思い出である絵やナイフ。
それと同じ意味合いを持つナイフで、僕はヒッキーに切りつけられた。
その傷はとてつもなく深い。頬自体の傷は大したことはない。しかし心の傷は、僕にとっては致命傷だった。
- 188: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 07:27:51.69 ID:Q1kkINzE0
それからも続けられるヒッキーのめちゃくちゃな斬撃。
それを避けるのに精一杯で頬の裂傷の痛みを忘れながら、僕は必死に声をかける、
(;メ゚ω゚)「ヒッキー! 落ち着け! そのナイフを仕舞うんだお!」
(#-_-)「うああああああああああああああああ! うああああああああああああああああああ!」
けれどヒッキーに僕の声は届かない。でたらめに振り回されるナイフの刃が次々と僕を襲う。
それを必死に避けながら、なおも僕は説得を続ける。しかし、ヒッキーには全く届かない。
やがて大きく横一線にナイフを振ったヒッキーの体勢が、僕がそれを避けることにより大きく崩される。
物理法則に従い、彼の体は砂の上に転がる。
- 192: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 07:29:36.91 ID:Q1kkINzE0
(;メ゚ω゚)「ヒッキー!」
絶好のチャンスを前にすぐさま彼の体へと飛び乗った僕は、
手からナイフを奪い取り、体を押さえつけ自由を奪い、声を張り上げて最後の説得を行った。
(;メ゚ω゚)「ヒッキー! こうするしかなかったんだお! こうしなきゃ僕は旅を続けられなかったんだお!」
(#-_-)「離せ! 離せ! 離せえええええええええええええええええええええええええええええええ!」
(;メ゚ω゚)「お前には悪いと思ってるお! だけどわかってくれお!
僕の旅の話を聞いてくれたお前なら、絶対にわかってくれるはずだお!
あいつらが僕を連れ去ろうとした以上、僕にはこうするしか出来なかったんだお!」
(#-_-)「うるさい! うるさい! 親父やみんなを返せえええええええええええええええええええええ!」
- 194: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 07:31:16.68 ID:Q1kkINzE0
細い体つきからは想像もできないほどの強列な力であがくヒッキー。
これ以上は押さえつけられないと懸念したその時、彼は僕を打ちのめすに十分な言葉を放つ。
(#-_-)「殺してやる! 地の果てまで追いかけて、絶対にお前を殺してやる!」
(;メ゚ω゚)「!!」
(#-_-)「覚悟しろよ!? 絶対に親父やみんなの恨みを晴らしてやるからな!
あはは……あはははははははははははははははははははははははははは!!」
( メ ω )「……」
まさかのヒッキーの言葉を耳にして、僕の体から力が抜けた。
同時に、恨み事を口にしてすっきりしたのだろう、押さえつけていたヒッキーの体からも力が抜けた。
- 198: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 07:33:39.62 ID:Q1kkINzE0
それ以後、ヒッキーは乾いた笑いを、僕の下から夜に向かって響かせるだけ。
その笑い声をしばらく聞き続け、僕はようやく理解した。
歩き続ける僕にとって、ヒッキーという存在はもはや行く手を阻む障壁に過ぎないのだ。
彼がどんなに僕を慕ってくれていたとしても、僕が心を開いていたとしても、それはもう過去のことに過ぎないのだ。
今、この場にいるのは、歩き続ける義務を負った男と、その障壁にしかなりえない男。
ヒッキーもシラネーヨたちとなんら変わりない、僕の障壁以外の何物でもないのだ。
だから僕は、歩き続けると決めた僕は、彼が僕を殺そうと考えている以上、
自由を振るうものの義務として、歩き続けるこれからのため、彼も同様に殺さなければならない。
- 202: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 07:35:50.54 ID:Q1kkINzE0
( メ ω )「……」
腰に装着していた鞘からショボンさんのあのナイフを引き抜き、漆黒の切っ先を体の下のヒッキーに向けて構える。
もはや狂っていたヒッキーは、それを見てもなんら抵抗はしなかった。
彼はただ、笑い続けるだけ。きっと想像の中で彼は、僕を殺し、崩れ落ちた僕の死体を見下ろして笑っているのだろう。
(#-_-)「あははははははははははははははははははははははははははははははははは」
( メ ω )「……うるさいお」
それだけを呟いて、僕は、彼の心臓に向けてナイフを振り下ろした。
何度も何度も。苦しむ時間を与えないよう、連続して切っ先を突き刺した。
返り血が僕の顔を濡らしていく。頬の傷の血と混じり、もはや誰の血なのかわからなくなる。
その後、ずっと続いていた笑いは一瞬の断末魔を最後に姿を消し、夜の砂地に音は何一つしなくなる。
ヒッキーの体が動かなくなったを確認した僕は、ゆらりと死体の上から腰をあげ、呆然と空を見上げた。
- 207: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 07:38:25.97 ID:Q1kkINzE0
( メ ω )「……やっぱり満月かお」
たくさんの血で濡れた両手を天にかざす。空には、予想通り満月が昇っていた。
クー。ドクオ。ショボンさん。誰かが僕や内藤ホライゾンの目の前で死ぬ際、空にはいつも満月が輝いていた。
その例にもれず、今宵も空には満月が輝いている。
憎らしいほど明るく。憎らしいほど美しく。
( メ ω )「……お前が人を殺しているのかお? それとも僕が……殺しているのかお?」
呟いて、足もとに視線を移した。ヒッキーの死体。流れ出ているどす黒い血。生臭い匂いが鼻を突く。
けれど、吐き気はもう訪れなかった。それはきっと、僕が人を殺すことにもう慣れてしまったから。
今後の僕は、躊躇なく人を殺せるだろう。テントの中での、地獄のような葛藤に苛まれることは二度とないはず。
だからきっと、どこであろうと、これからも僕は歩き続けられる。
だけど、だけど――
- 210: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 07:41:44.49 ID:Q1kkINzE0
( メ ω )「……こんなことをしてまで……僕は歩き続けなければならないのかお?
……そうしなければ、歩く意味は見つけられないのかお?」
うつむいて呟く。視界がにじむ。
強烈なめまいが訪れて、映る世界がグニャグニャに歪んでいく。
再び顔を上げ、視線を地平線のあった方角に移した。その反動で、僕の頬を生ぬるい液体が伝う。
それは、血ではない。内藤ホライゾンの体がブーンとして流す、はじめての涙だ。
親しくしていた誰かに恨まれ、その人を殺す。そうでなければ先には進めない。
これが旅をするということなのか? これが生きるということなのか?
これが歩くということなのか?
- 214: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 07:44:42.33 ID:Q1kkINzE0
(´・ω・`)「……」
そして僕は、めちゃくちゃに歪んだ世界の中に、ショボンさんの幻を捉える。
銀色の満月に照らされた藍色の砂地。ショボンさんの幻はその真ん中にたたずんで僕を見つめていた。
僕に歩き続けろと言ってくれた人を前にして、もはやいるはずのない人を前にして、僕は叫ぶ。
( メ ;ω;)「ショボンさん……これで本当に良かったんですかお!?
誰かを殺して歩き続ければ……本当に歩く意味が見つけられるんですかお!?
ねぇ!? そうだと言ってくれお! あの時みたいに僕を肯定してくれお!
答えてくれお! ショボンさん!!」
(´・ω・`)「……」
けれどショボンさんの幻は曖昧な笑みを浮かべて僕を眺めたまま、何も言わずに消えていった。
やがて歪んだ視界に呼応して平衡感覚を失った僕の体は、死体のようにガクリとひざから崩れ落ち、意識を失った。
- 227: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 07:49:48.96 ID:Q1kkINzE0
翌日。
目覚めた時には日が高く昇っていた。地平線はかげろうに邪魔されて歪んでいた。
テントや砂の上に転がっていた死体は昨晩と変わらず、静かにそこに横たわっていた。
僕は無言で亡骸を葬り、旅の荷物をまとめ、ラクダに乗ってその場を立ち去った。
それからも南へ歩き続けた僕は、二度、野党に襲われる。
一度目は銃を使い、彼らを皆殺しにした。
野党程度であれば、一度力を見せつければ僕を追うなんてしないだろうと予想出来たから、皆殺しにする必要は特になかった。
実際、首領格の男を除いた全員を、僕は生きたまま返した。
けれど、一度逃げ帰った彼らは後日、かたき討ちだと言って再び僕を襲ってきたので、仕方なく全員を皆殺しにした。
やはり襲われた際には、禍根を残さないため、自らの安全を確保するため、皆殺しにするしか方法はないようだ。
ヒッキーやシラネーヨを全滅させた僕の判断は正しかった。そこに情など挟んではいけなかったのだ。
- 230: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 07:51:49.70 ID:Q1kkINzE0
そしてメッカへの最大の試練を前にした僕は、
もう一度別の野党に襲われ、当然のごとく彼ら全員を打ち抜く。
その時の僕は、もう人を殺すことに何の疑問も抱いてはいなかった。
機械的に銃を突き付け、引き金を引くだけ。僕にとって誰かを殺すということは、
単なる機械的な作業にまで落ち込んでしまっていた。
その代償として僕は移動手段としてのラクダを、そしてストックの銃弾のすべてを失ってしまうが、
まだまだ歩き続ける自分が残っている以上、特に悲壮感は感じなかった。
- 233: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/09(水) 07:53:42.43 ID:Q1kkINzE0
( メ^ω^)「残りの弾は一発。本当に最後の切り札になってしまったお」
そう呟いて銃を懐の奥へと仕舞い、前を見る。
どこまでも続く夜の砂漠。
そしてその向こうに広がる、切り立った頂の数々。
それらは「障壁」という意味を持つ、かつてヒジャーズと呼ばれた山々。
聖地への最後にして最大の試練。
その先のメッカに向かい、僕は再び歩きはじめた。
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