( ^ω^)ブーンは歩くようです

1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/13(日) 14:58:37.48 ID:WaijMdiZ0

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ちょうど荒野が隆起すればこんな風景になるのではないだろうか?

ヒジャーズの上を歩きはじめた僕は、そんな感想を持っていた。

ヒジャーズ。障壁。イスラムの聖地メッカを目指す者にとって文字通り壁となって立ちはだかる山々。
そこにはごくわずかな肥沃地帯のほかに豊かな土はなく、空気は乾き切っており、舞う砂埃が頻繁に僕の目を襲う。

登り出した山の斜面には雨期にだけ水が流れるワジと呼ばれる谷状の、水のない河が点々としており、
そこを下っては登り、下っては登りを繰り返すことで、僕は旅に慣れていたにもかかわらずかなりの体力を削られた。

さらにヒジャーズは砂漠以上に寒暖の差が激しく、特に「寒」、夜の冷え込みようにはほとほと手を焼いた。
南へ下るということであらかたの防寒具を売ってしまっていたため、夜はエルサレムで買った布に包まるしかなく、
しかしそんなものでは寒さを完全に遮断できるわけもなく、僕の眠りは必然的に浅いものとなってしまう。



3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/13(日) 15:01:54.81 ID:WaijMdiZ0

昼は糞暑い中斜面を上り下りして疲れを溜め、けれど夜は寒さのため満足のいく睡眠はとれない。
そんな悪循環から疲れはどんどんと蓄積し、それに伴い食欲もなくなり、健康状態はますます悪化していく。

唯一の救いは、十分な水と保存食を用意していたこと。
これらの準備がなかったら、とっくの昔に僕は飢えて死んでいる。

それと、厳しい土地だからこそ野党はおろか人の姿さえ無く、彼らに対する警戒に無駄な体力を使わずに済んでいたこと。
肉体的な疲れの上にこれら精神的な疲労が上積みされていたとしたら、冗談抜きで僕は発狂している。

(;メ^ω^)「すごい土地だお……」

まさに「障壁」。名は体を表すとはこのことだった。



4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/13(日) 15:03:37.37 ID:WaijMdiZ0

山の形をした荒野。そんなヒジャーズの上を、僕はひたすらに南下した。

途中で雨季に差し掛かり、鉄砲水がワジの上を流れるようになって何度も足止めをくい、
雨期が去ったら今度は強烈な湿気に悩まされ、
ようやく蒸し暑さに体が慣れた頃には照りつける太陽で空気が乾燥しはじめ、今度はそれに悩まされる。

相変わらず昼夜の寒暖の差も激しく、次々と変わっていく気温や湿度の変化が容赦なく僕の体力を削っていく。

(;メ^ω^)「ふざけてるお……ここの気候は本当にめちゃくちゃだお……」

朦朧とする意識の中で宛てのない文句を空中に投げかけ、それでも僕は歩き続ける。



7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/13(日) 15:05:44.74 ID:WaijMdiZ0

ヒジャーズの上を歩きはじめてどのくらいの時間が経ったのだろうか?

時間の感覚はおろか季節の感覚さえも消え失せ、半ば歩くだけの機械と化していた僕。
体力もかなり低下しており、後々振り返ってみれば、よく僕はここを歩き続けられたなと不思議に思う。

やがて水や食料が目に見えて不足し始めた頃になって、進行方向には下り斜面ばかりが目立つようになる。
ここぞとばかりに積み荷運搬用としていたそりの特性を十二分に活用し、その上に乗って斜面を一気に下る。

そして僕は、ある切り立った崖の上に到着する。

その下に広がる風景をして、限界に近づいていた体が奮い立つ。



13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/13(日) 15:08:26.10 ID:WaijMdiZ0

( メ^ω^)「……きっとここだお」

眼下に広がるのは、山と山のくぼみにぴったりとあてはめられた広大な町。

四角形をした住居と思われる建築物たちが、
その真ん中にある巨大な、屋根が半ドーム状の特徴的な建物を取り囲んでいる。
その特徴的な建築様式は、イスラムの礼拝堂モスクのそれと酷似していた。

間違いない。ここはメッカだ。僕はついにたどり着いたのだ。

( メ^ω^)「だけど……」

――僕の感動とは裏腹に、そこに人の気配は全く感じられなかった。
目を凝らしてみれば町中に動く影は一切なく、遠眼でもわかるほどに建物の表面は荒れている。

その外観は、時代に取り残され完全に忘れ去られた存在のそれ。メッカは完全なる遺跡と化していた。



17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/13(日) 15:10:09.51 ID:WaijMdiZ0

( メ^ω^)「……」

崖の上から風景を見下ろしたのち、下れそうなルートを見つけメッカ内部へと入った僕。
人がいないだけあって町は相応に荒れてはいたが、乾燥したこの近辺の気候のおかげか、
各建築物や道路、町並みといったものはモスクワよりはるかに良い状態で保たれていた。

たとえば住居と思しき建築物は、壁面や天井がひび割れていたり欠けていたりはしたものの、
形だけはほぼ完璧に近い状態で保たれていたし、もともと植物が生育しづらい気候のためか、
道路なども雑草に侵食されることなく、今にも車が通れそうなほどにその表面を保持していた。

それにしても、誰もいない町とは不気味なもので、本来あるべきはずの喧騒が存在しないだけで全く別のものに感じられる。
きっとそこにあるべきはずの重要な何かが欠けてしまったその時、町や建築物に限らず、その存在は遺跡と呼ばれるのだろう。

( メ^ω^)「おっおっお。それならきっと、僕も遺跡なんだお」

そんなことを思い浮かべた自分に笑いかけながら、遺跡の中を歩き回った。

あらかたそれらを見てまわり、特に気にかけるべき事項が存在しないことを確認すると、
町の中心部に悠然と門を構えていた大聖堂と思しき建築物の中へ、最後に僕は足を踏み入れる。



19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/13(日) 15:12:38.57 ID:WaijMdiZ0

( メ^ω^)「……でっかいお」

侵入した大聖堂内部。そこに漂う雰囲気に、僕はなぜだか圧倒されてしまっていた。

広大な講堂のような風情のそこには、
信者が座るための腰かけたちが、未だ目的を果たそうと律儀に規則正しく並んでおり、
それらを二つに分けるようにして、並ぶ腰かけ群の真ん中には一本の通路が敷かれていた。

通路の先には祭壇らしき迫力のあるテーブルがあり、僕はそこに向けて歩を進める。
コツリコツリと、僕の足音がよく響いた。

あたりを見渡せば、天井は空のように高くて広いのに、
壁面に描かれていたであろう絵は、色あせて何を描いたものなのかわからなくなっていたのに、
それを描いた絵師の怨念がそうさせるのか、それともかつての栄華の名残がそう感じさせるのか、
誰もいない、神もいない、そんな抜け殻のような建物なのに、言いようのない威圧感でここは僕を圧迫していた。

人が消え、忘れ去られ、時代に取り残されたにもかかわらず、
大聖堂はかつて有していたであろう荘厳さを、千年後の今でなお確かに保ち続けていた。



20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/13(日) 15:14:48.20 ID:WaijMdiZ0

通路の先、他より数段高い舞台に設けられた祭壇へとたどり着いた僕。
祭壇上に手をついて、かつて教父たちも目にしたであろう大聖堂全体を見渡してみた。

( メ^ω^)「……これはすごいお。自分が偉くなった感じがするお」

誰もいない大聖堂。がらんどうとしているにもかかわらず、僕はそんな感想を抱いてしまった。

一部が欠けて空の青がむき出しになっている天井。荒廃の証しであるそれ。
皮肉なことに、そこからこぼれ落ちたいくつかの日差しが、忘れ去られた大聖堂の荘厳さにさらなる磨きをかけていた。

もし仮に、その日差しに照らされながら祭壇の下に広がっているたくさんの腰掛けに信者たちが座っていたとしたら、
僕は間違いなく自分が神になったような錯覚を起こしていたことだろう。

( メ^ω^)「本当にすごいお。ただの遺跡だっていうのに……」

――ここはこんなにも美しく、こんなにも厳か。
もはやその存在に意味はないというのに、きっと大聖堂は、かつて以上にその存在を確かなものとしている。



22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/13(日) 15:16:47.86 ID:WaijMdiZ0

僕も、こんな風になれるだろうか?

この大聖堂と同じように千年前から続く存在であり、
天才と謳われ尊敬された肉体を持ちながら、今はほとんどの人にその存在を知られていない僕。

そんな僕の存在に意味があるのかどうかはまだわからない。
少なくとも今はまだその意味を見つけられていないし、
ここと同じように僕の存在にも意味なんて無いのかもしれない。

だけどそんな僕でも、この建物のように孤独に世界の影に隠れていても、
ひっそりとでも自身の存在を、しっかりと千年後の今に確立できるのだろうか?

( メうω- )「……」

答えの出ない疑問を思い浮かべたためか、少し眠くなってきてしまった。
一度眠気を感じてしまうと、長旅の疲れがそれに拍車をかけ、まぶたが急激に重くなる。

僕は祭壇から降り、信者たちの腰掛けに横たわると、
日差しに照らされたその上で、欲望のまま一人静かに、久方ぶりの心地よい眠りへと就くことにした。



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