( ^ω^)ブーンは歩くようです

262: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 16:07:41.81 ID:ZC1hkslO0

― 13 ―

覚悟した衝撃とは程遠い手ごたえのなさで、扉は開いた。どうやら鍵は掛けられていなかったらしい。
余った勢いをそのままにゴロゴロと床を転がり続けた僕は、体の節々に痛みを覚えながらもバッと立ち上がる。

見えたのは扉。扉の先に扉があるのか? 
いや、違う。あれは僕が飛び込んできた扉。つまり僕は今、進行方向の逆を向いているのだ。

そう気づいた直後、慌てて僕は振り返る。瞬間に流れていく風景は、メッカで見た大聖堂と全く同じだった。

僕が転がってきたのは聖堂の中心に設えられた通路。その左右を信者たちが座るべき腰かけたちが挟んでいる。



266: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 16:09:26.24 ID:ZC1hkslO0
  _
( ゚∀゚)「よう。待ってたぜ」

そして振り返った先には、教父たちがたたずむべき祭壇。その上に、ジョルジュが行儀悪く腰かけていた。

彼のすぐ傍、祭壇に最も近い腰掛けの上にはツンデレ。突然の乱入者である僕に驚いているのだろう。
顔を布で覆っているにもかかわらず彼女が眼を見開いているのが、遠目にもすぐにわかった。

立ち尽くしたまま呆然と僕の姿を眺めている彼女を一瞥したのち、こちらに視線を移したジョルジュは、笑っていた。
  _
( ゚∀゚)「ツンデレを奪いに来る『誰か』とやら。そいつはやっぱりあんただったか。
     ま、なんとなくそんな予感はしてたぜ。今朝、あんたの言葉を聞いた時からな」

そう言って、ひょいと壇上から飛び上がったジョルジュ。音もなく軽やかに。

床、聖堂内部を縦断する通路の上、つまり僕の正面へと降り立った彼は、ケラケラと笑いながら矢継ぎ早に声を連ねる。



268: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 16:11:22.22 ID:ZC1hkslO0
  _
( ゚∀゚)「ひゃひゃひゃ! だったらもっと早くあんたから話を聞くべきだったんだろーが、
    まあ、あれだ、余興みたいなもんさ。オワタたちを振り切る力もねーのに、
    花嫁を奪うなんて抜かす口だけヤローの話なんざ、聞く価値もねーからな」

( ^ω^)「……」
  _
( ゚∀゚)「ひゃひゃひゃ! そうムッとすんなって! 
    俺はあんたのこと、そんなヘタレだと思っちゃいねーからよ!
    あんたならここに来れるだろうと思ってたし、実際あんたはこうやってここに来たんだ。
    それでいいじゃねーか。なあ、おい?」

そこまで言って、突如雰囲気を変えたジョルジュ。
彼の背から発せられたのは身の毛もよだつほどの殺気。眼光にはジャンビーヤの鋭さ。

しかし今の僕は、その雰囲気に飲まれることも、縛りつけられ動けなくなることもなかった。

臨戦態勢は整えているし、気も張っている。久方ぶりの実戦も経験してきたし、血の匂いも思い出している。
ジョルジュから押し寄せてくる威圧感に多少の負荷は感じるものの、動くに支障は何もない。



269: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 16:12:56.98 ID:ZC1hkslO0
  _
( ゚∀゚)「……そんじゃ、聞くぜ? なんでツンデレを奪いに来た?」

ジョルジュの声が屋内に反響する。
発せられる彼の声一音一音に、腹の底を揺さぶるような重い響きが込められていた。

背中にじんわりと汗がにじんでくる。
下腹に力を込め、声の響き、それに乗ってくるジョルジュの迫力に耐え、僕は答える。

( ^ω^)「……奪いに来たわけじゃないお」
  _
( ゚∀゚)「ああん? そんじゃ、なにしに来たんだ?」

( ^ω^)「ツンデレに、道を与えに来たんだお」
  _
( ゚∀゚)「道?」

( ^ω^)「そうだお。お前にもだお、ジョルジュ」



271: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 16:14:14.34 ID:ZC1hkslO0

訝しげな色をたたえたまま、瞳に僕の顔を捉えて離さないジョルジュ。

ちらりとツンデレへ視線を外せば、相変わらず彼女は何が起こっているのかわかっていないようで、
ただ切れ長の眼を見開いたまま。
  _
( ゚∀゚)「……解せねーな。大体何なんだ? その……道ってのはよ?」

( ^ω^)「選択肢のことだお」
  _
( ゚∀゚)「選択肢ぃ? ……まあいい。詳しく聞こーか」

ジョルジュの、彼だけでなくツンデレの、合わせて四つの視線が僕に注がれる。
それに気押されたわけでないが、僕はあえて彼らのまなざしから目を外し、天井を見上げた。



275: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 16:17:31.77 ID:ZC1hkslO0

メッカ大聖堂ほどではないだろうが、建てられて相当の年月が経っているらしいこの建物。
目についた天井のほころびからは、メッカ大聖堂と同じように空の色が見えた。

ちょうどそのほころびは、今の時間帯の太陽の位置にある。
しかし、日の光は差し込まない。雲にでも隠れているのだろうか。

( ^ω^)「伝統って言うのは恐ろしいもんだおね。それにどっぷり浸って育った人間は、
     それが正しいのだとか間違っているのだという認識すらなく、
     疑うことなくその伝統に従ってしまうもんだお。別にそれを否定するつもりはないお。
     多くの人間に疑いの余地すら与えない伝統っていうのは、
     それだけで十分に正しい存在なんだと思うお」



280: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 16:18:53.19 ID:ZC1hkslO0
 
天井の向こうに空を捉えたまま、呟く。いや、そうじゃない。口が勝手に呟いていく。
それは本当に小さな呟きで、けれども建物内に反響して、確かに祭壇の二人にも届いているはずだ。

( ^ω^)「伝統に何の疑いも覚えない人間は幸せだお。そんな彼らに別の道を与えるなんてのは愚行だお。
      でも稀に、その伝統に疑いを持つもの者が現れるお。
      『伝統は本当に正しいのだろうか?』『伝統に従えば本当に幸せになれるのだろうか?』
      そんな疑いを持ってしまった人間には、どうしても別の道が必要になるんだお。
      どちらかを選ぶことが必要になるんだお」

勝手に呟いてくれる口。いや、やっぱり僕が動かしているだけなのだろうか。わからない。
それとは裏腹に、天井へ釘付けになった瞳だけは、僕自身がそうやっているのだとハッキリわかる。

体の芯がほのかに熱を帯びていく。それはとても心地よい、冬朝の毛布にも似た暖かさ。

その暖かさの中で、体の芯がぼんやりと曖昧なものに変化していく。意識がどこかへ溶け出していく。
どこへ? 夢の中にか? ならば僕は直ちに目覚めなければならない。眠って良い場合ではないのだ。

けれど、日はまだ差し込まない。



282: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 16:20:25.84 ID:ZC1hkslO0

( ^ω^)「そんな人間は、伝統とは別の選択肢との間で、どちらを選び取るか悩まなければならないお。
      そうしなければ、いつか必ず出会う後悔に囚われたまま、よほどのことがない限り前へ進めなくなるお。
      内藤ホライゾンと同じように。死ぬことしか見えなかった、昔の僕と同じように」

視線を天井から正面へ移す。いや、視線が天井から正面へ移った。
ぼんやりとする視界に映ったのは、依然として僕の姿を捉えてやまない四つの瞳。

一方で当の僕はというと、相変わらず夢うつつのまま、意識が溶け出していくのを止められないでいた。

まるで液体のように流れていく意識。その先端に、ふいに別の何かが触れる。



284: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 16:21:22.01 ID:ZC1hkslO0

( ^ω^)「同じ状況に立たされた人間が今、僕の目の前にいるお」

別の何か、きっと体の奥底に眠るもう一つの意識だろう、
それが僕の意識の先端に触れ、反発する。溶け合うことを拒むように。

触れたその意識に向けて、心の中で僕は呟く。
怖くなんかない。さあ、こっちに来て、あり得たかも知れない別の未来を君も一緒に見るんだ、と。

まるで水と油のように混じり合わないまま、境界をはっきりとさせたまま、しかし互いは複雑に絡まりあっていく。
対照的に境界が曖昧となってしまった現実では、ジョルジュらしき姿とツンデレらしき姿が二つ、こちらを見つめたまま。

( ^ω^)「ツンデレ、君のことだお。多分……お前もだお、ジョルジュ」

そう僕が呟いた瞬間だった。天井のほころびから、幾筋もの光が差し込んだ。



286: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 16:22:56.84 ID:ZC1hkslO0
 
雲に隠れていた太陽が姿を現したのだろう。
それはこれまで見たどんな光景よりまばゆく輝いていた。

無数の光の線はまるで雨のように天井から降り注ぎ、僕を、ジョルジュを、ツンデレを照らしていく。
曖昧だった視界はその光景を前にハッキリとしたものに変わる。

時を同じくして、体の中で絡まりあっていた意識が溶け合い、同質化し、急速に冷えて固まる。
自然と口をついた、僕の一つの呟きとともに。

( ^ω^)「……千年後の世界も、悪くないお」

ピントの合った世界。ピントの合った意識。欠けていた何かがすべて埋まった気がした。
体は牢獄から解き放たれたかのように軽く、奥底からは確固たる自信が湧き上がってくる。

威圧感しか感じられなかった目の前のジョルジュが、今はただの若者にしか感じられない。
さらには、すべてがうまくいくのだとさえ思えてくる。

この自信の正体はいったいなんだ?

申し訳程度にそう考えてはみたものの、正直なところ、僕は自分の変化に戸惑いさえも覚えていない。
むしろ、これまでの僕が異質だったのだと思えていた。僕は今、本来あるべき状態に戻っただけなのだ、と。

そうだ。僕は天才。そうだ。僕の名前は――



295: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 16:26:05.90 ID:ZC1hkslO0

\(^o^)/「ジョルジュさN!」

バンと、背後の扉が開く。同時に、オワタの叫び声が屋内に響いた。
首だけを回して見れば、右手に包帯を巻いたオワタを筆頭に、誓いの儀まで同行した面々がワッと屋内になだれ込んできていた。

前方にはジョルジュ。後方にはオワタら。これで完全に逃げ道はなくなった。
しかし、それでも僕は欠片も動揺を覚えない。次に発せられるであろうジョルジュの言葉を容易に予想できたからだ。
  _
( ゚∀゚)「でぇじょうぶだ。お前らは手を出さないでくれ。これは俺とブーンの問題だ」

予想通りの言葉を低く発し、ジョルジュは僕の背後をキッと睨みつける。
それだけで、オワタらの気配は縛りつけられたかのように動かなくなった。続けて、ジョルジュの視線が僕へと向けられる。
「役者はそろった」と言いたげに、一瞬だけ三日月形に歪められたそれは、すぐさまジャンビーヤの刀身の鋭さを帯びる。

その視線を受けた僕は、けれども、先ほどのように動けなくなるということはまったくといってなかった。



297: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 16:27:30.72 ID:ZC1hkslO0
  _
( ゚∀゚)「俺に選択肢がない? 俺が伝統を疑っている? 馬鹿言うなよ。
     俺は選択肢が必要なほど迷っちゃいねーし、何にも疑っちゃいねーよ。
     俺はこの伝統が正しいものだと確信している」

差し込む光の中、祭壇を背にしたジョルジュが声を張り上げる。その顔に笑みはない。
  _
( ゚∀゚)「しかしまあ、あんたの言いたいことはわかった。だが、どーしてもわからねぇことがある。
     ツンデレはあんたにとっちゃ単なる他人だろうが。
     それなのに、どーしてあんたは、こんな危険を冒してまで助けたがる?」

( ^ω^)「そうすることで、これまで与えられてきた道を僕自身のものに出来るから。
      そして、昔の僕と同じ状況にあるお前たちを救って、あり得たかも知れない未来を代わりに見てほしいから。
      ……って言うのは、単なる口実だおね。もちろんそれも理由の一つではあるんだけど」

笑わないジョルジュの問いかけに対し、僕は笑って言葉を返す。

( ^ω^)「一番の理由は、ツンデレがツンに……僕の昔の想い人に似てるから。
      そしてジョルジュ、お前が息子のように思えてならないから。それだけだお」



301: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 16:28:59.34 ID:ZC1hkslO0

まっすぐにツンデレを、続けてジョルジュの顔を眺めた。
もはや顔を覆いつくした布だけでは隠しきれないほどに驚いてしまっているツンデレ。

対照的にジョルジュはというと、一瞬だけ片眉をピクリと動かしたものの、それ以外表情に変化は見られない。
  _
( ゚∀゚)「へぇ。あんたにも色々とロマンスがあったんだねぇ。意外だったぜ。
    それにしても、昔の想い人に似た女が歩けなくなるから、ねぇ……。ちょいと女々しすぎやしねーか?」

( ^ω^)「おっおっお。何とでも言えお」

それはジョルジュに対し放った言葉ではない。
かつて僕が分離した二つの意識だった頃の、その片割れだったブーンという意識に対し放った言葉だ。

もっとも、ブーンを含めて今の僕が成り、今の僕は基本的な意識体系をブーンから受け継いでいるようなものだから、
それは僕自身に対し放った言葉も同然なのだが。

( ^ω^)「感情が人の大きな原動力となることもあるんだお。当たり前だからこそ中々気づくことはできないけど。
      これから為政者になるなら、ジョルジュ、お前もよく覚えておくといいお」



305: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 16:30:08.01 ID:ZC1hkslO0

千数年前に思ったことを、自分に言い聞かせるようにジョルジュへと語った。

道を与え返すことでそれを真に自分のものにしたいからだとか、
救われなかった昔の自分を救いたいだとか、そう言った理由ももちろんある。

けれど、着飾ることなく本音を語るなら、
「ツンデレがツンに似ている」「ジョルジュが息子のように思えてならない」
僕がこうやっている一番の理由は、きっとそういうことなのだろう。

女々しい感情だって、人の大きな原動力となることもある。

そうだ。これは他ならぬツンが僕に教えてくれたこと。間違っているはずがない。



308: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 16:31:48.41 ID:ZC1hkslO0
  _
( ゚∀゚)「ひゃひゃひゃ! ご忠告、胸にとどめておきますわ!」

そして、語る僕がよほどおかしかったのだろう。
ジョルジュは身をかがめて笑いをあげ、おどけながら返事をする。
その後顔を上げ、目元をぬぐうと、先ほどまでと比べ幾分か柔らかい眼差しで、言った。
  _
( ゚∀゚)「しかし、あんたのロマンスを成就させるわけにはいかねぇ。ツンデレの足は俺が切る」

( ^ω^)「……どうしてもかお?」
  _
( ゚∀゚)「ああ……どうしてもだ!」

キッと、ジョルジュのまなざしに光が走ったような気がした。
数瞬の間も置かず、彼の腰からジャンビーヤが引き抜かれる。

同時に、背後からも殺気を感じる。ちらりと盗み見れば、オワタたち全員がジャンビーヤを抜いていた。



309: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 16:33:42.56 ID:ZC1hkslO0
  _
( ゚∀゚)「おめーらは手を出すな! こいつは俺の獲物だ!」

大きく口を開いたジョルジュ。背後から殺気が消える。響く声は続く。
  _
( ゚∀゚)「ブーン、最後に言い残すことはあるか?」

( ^ω^)「おっおっお。もちろんあるお。
      実を言うと、本題を切り出すのをすっかり忘れてたんだお。
      せっかくだから、この場を借りて言わせてもらうお」

ジャンビーヤを構えるジョルジュ。
丸腰のままの僕は、祭壇を背にした彼の隣、腰掛けの傍で立ち尽くすだけのツンデレへと語りかける。

( ^ω^)「ツンデレ。僕が君に道をあげるお。君が歩きたいと望むなら、僕がこの場から連れ出してあげるお。
      このまま足を切られるか、それともサナアを出て歩き始めるか。君の好きな方を選ぶといいお。
      もちろん、すぐに決められないことはわかってるお。だから多くはないけど、そのための時間を今から稼ぐお」



313: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 16:35:38.25 ID:ZC1hkslO0

(; ゚ ゚)「バ、バカじゃないの!?」

そう言ってナイフを引き抜こうとした直後、ツンデレの悲鳴にも似た大声が屋内に響き渡った。

視線は思わず彼女の方へと移ってしまう。
視界の端に映った、ジャンビーヤを構えているジョルジュもまた、
姿勢はそのままで、けれど眼だけは彼女の方を向いている。おそらく、僕の背後のオワタたちも。

屋内の全員が注視しているだろう中で、差し込む日の光を浴びたツンデレは、肩を震わせながら僕に向け叫ぶ。

(; ゚ ゚)「な、なにが昔の想い人に似てるからよ! あたしはその人なんかじゃないわ! 人違いもいいところよ!
     だ、大体、誰が助けてって頼んだのよ! あたしがあんたに助けてもらう筋合いなんかどこにもないのよ! 
     それに、あ、あたしはもう覚悟を決めてるの! バカにするんじゃないわよ!」

( ^ω^)「自惚れるんじゃないお。僕はお前を救うためだけに動いてるんじゃないお。
      僕は僕自身のためにも動いているんだお。そこんとこ、勘違いするんじゃないお」

低い声で、即座に言葉を返した。
少しばかり狼狽したそぶりを見せたツンデレは、しばらく肩を震わせたままうつむいて、それでも気丈に続ける。



319: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 16:37:39.00 ID:ZC1hkslO0
 
(; ゚ ゚)「カ、カッコつけてるんじゃないわよ! 
    第一、あんたなんかがジョルジュに勝てるわけないでしょ!」

ふり絞るように声をあげた彼女。布に覆われた顔が再びこちらへと向く。
日差しの下、ハッキリと見えた。彼女は泣いている。

(  ; ;)「な、なにが道をあげるよ! あんたなんかに道が作れるわけ無い! 
     あたしが歩ける道なんて、もうどこにも有りはしないのよ!!」

声は嗚咽に近かった。ああ、千年前と全く逆だなと思う。
深い地下施設への門の前。あの時は僕が嗚咽に近い声を出していて、ツンが優しく声をかけてくれたっけ。

それならば、千年の時を経て立場が逆転した今、僕は彼女にどんな言葉をかける?

――決まってる。全く同じ言葉だ。

( ^ω^)「そのくらい僕が作るお。僕を誰だと思ってるんだお?
      世界に名をとどろかせた天才、内藤ホライゾン博士だお」



325: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 16:40:25.03 ID:ZC1hkslO0
 
ナイフを引き抜く。黒い刀身を前面に構える。
黒の先ではツンデレが「わけがわからない」と言いたげに涙目を瞬かせていて、
その隣ではジョルジュが訝しげなまなざしを僕に向けている。

天井から降り注ぐのは、帯状に連なる光のカーテン。
認めたくないほどに美しい千年後の世界へ、僕は叫ぶ。

( ゚ω゚)「ツンデレ! 好きな方を選べお! どちらでもいいんだお! 本当にお前の進みたい道を選ぶんだお!
     何度も言うお! お前の考える『歩く』ということは幻想だお! 歩くことに楽しいことなんかほとんど無いんだお! 
     この町に留まった方が絶対に幸せになれるお! ジョルジュなら必ずお前を幸せにしてくれるお!」

かつてないほどに声高に叫んでも、もう視界はくらまない。
当たり前だ。今の僕には、欠けているものなど何も無いのだから。

ゆがみなどまったくない視界の中、自分の名前が叫ばれたのに呼応して、ジョルジュの腰が深く下がる。
まなざしにはあの時、メッカ大聖堂で相対した際の、相手を絶望に追いやるほどの鋭い刃が宿っている。

( ゚ω゚)「でも! ジョルジュを捨ててでも、家族を捨ててでも、生まれ故郷のサナアを捨てでも!
     それでもお前が歩きたいと言うなら、僕がお前の道を切り開いてやるお! さあ来い! ジョルジュ!」



328: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 16:42:33.10 ID:ZC1hkslO0
  _
(# ゚∀゚)「抜かせっ!」

腰を落としていたジョルジュ。
収縮されていたその太ももから一気に力を解放し、床を蹴りあげ駆け出してきた。
腰をかがめ、前傾姿勢のまま、弾丸のような勢いでこちらへと跳躍してきた。

目算で十mは離れていたであろう僕たちの距離が、瞬時に縮まる。
  _
(# ゚∀゚)「おらっしゃあああああああああああ!」

建物の中心である通路の上を一直線に駆けながら、ジョルジュは獣のような雄たけびをあげる。
彼の右手に握られているジャンビーヤが大きく振りかぶられる。
そのまま右から左へ、横薙ぎに切りかかってくるつもりだろう。



332: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 16:44:18.62 ID:ZC1hkslO0

(; ゚ω゚)「……」

それを捉えた瞬間に思考が巡った。なぜだ。おかしい。
ジョルジュともあろうものがそんな隙だらけの、見え見えの攻撃をしてくるはずがない。

ジャンビーヤ――ナイフとは基本的に、超近接戦における「突く」ための武器である。
人体の頭頂部から股の間までを結ぶ線、これを正中線というが、
その線上に点在している急所を突くことを目的としている。

もちろん、相手を殺すのではなく行動不能にするためだとか、
急所を狙う布石とするために「切りかかる」ことは大いにあるが、
今のジョルジュはあまりに隙だらけであり、あまりに次の攻撃を読まれやすい体勢だ。

絶対に何か別のことを狙っている。

そうやっているのがズブの素人ならば気にする必要はないが、
相手はほかならぬジョルジュだ、必ずこの攻撃には裏があるはずだ。



335: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 16:46:03.70 ID:ZC1hkslO0
  _
(# ゚∀゚)「つあああああああっ!」

腰をひねり、通路を駆けた勢いすべてを込め、
踏み込んだ左足を軸に、振りかぶったジャンビーヤを横薙ぎに動かしたジョルジュ。

さすがに速い。僕程度の腕ではカウンターをかますことは不可能。
即座に戦術を切り替え、上体を反らしてそれを避けることにする。

(; ゚ω゚)「くっ!」

横薙ぎにされたジャンビーヤが、彗星の尾にも似た銀色の軌跡を描いた。
上体を反らした反動で翻った超繊維のマントが、その軌跡に触れ、横一文字に切り裂かれる。

しかし、軌跡は僕の体にまでは届いていない。僕は回避に成功したのだ。

眼前のジョルジュは床を駆けた勢い、
そしてジャンビーヤを振った勢いが抜けきらないのだろう、そのまま大きく体勢を崩す――



338: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 16:47:11.32 ID:ZC1hkslO0

(; ゚ω゚)(……違うお! これは!)

――ことはなく、驚異の身体バランスで体勢を維持したまま、
ジャンビーヤ右から左に振った勢い利用し体をぐるりと一回転させ、
勢いを殺さないよう滑らかに軸足を左足から右足に移し――
  _
(# ゚∀゚)「ぬるぽぅっ!」

――強烈な左後ろ蹴りをかましてきた。



343: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 16:48:56.59 ID:ZC1hkslO0
 
(; ゚ω゚)「ガッ!」

駆けた勢いは削がれることなく、蹴りの上に相乗されていた。
まるで馬の後ろ蹴りをモロに頂戴したかのような衝撃。

(; ゚ω゚)「おうふっ!」

寸でのところで両腕による防御に成功した僕は、けれども、背後の扉、建物の入口まで吹き飛ばされてしまう。
床の上をゴロゴロと転がり、背中から扉に激突することでようやく、床を転がり続けた僕の体は止まった。

(; ゚ω゚)「痛っ……」

ぐわんぐわんと揺れる頭を抱え、懐に手をやる。よかった。銃はまだあった。
しかし安心したのもつかの間、ジョルジュの追撃を想定しすぐさま跳ね起きた僕。

左右ではオワタたちが腕を組み、僕を見つめていた。
ナイフを構え警戒したが、彼らは動くそぶりを見せない。ジョルジュの言葉に従うつもりなのだろう。

背後には、入口の扉。それはどうやら彼らによって鍵がかけられていたらしい。
そうでなければ、僕の体は扉をぶち破って、建物の外まで転がっていたに違いない。



348: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 16:51:06.60 ID:ZC1hkslO0
  _
( ゚∀゚)「うひゃひゃひゃ! いいねー! ちゃんと訓練どおりにやれてるじゃん? そうこなくっちゃ!」

(; ^ω^)「……」

そして、前方には満面の笑みを浮かべているジョルジュ。高らかな彼の笑い声が屋内に響いた。
彼は先ほどの攻撃で軸足としていた右足一本で立ったまま、僕へと繰り出した左足を中空でぷらぷらとさせている。
悠然としたその姿を前にして、僕は、当然のことではあるが、銃無しでは彼には勝てないと改めて認識させられた。

彼の言うとおり、以前、訓練の際、僕は似たような攻撃パターンの練習を彼にさせられていた。
リーチの短いジャンビーヤでは、相当の技量差がある場合を除き、いきなり相手の急所を突くことは難しい。
そのため、斬撃をフェイクとした体術により相手にダメージを与え、疲弊させたのちに急所を突く。
これがジャンビーヤによる近接戦の定石となっているのだと、以前ジョルジュが教えてくれたのだ。

先ほどのジョルジュの攻撃をガード出来たのは、後ろ蹴りを頂戴する直前にこのことを思い出したからに過ぎない。
このような想定内の攻撃でも僕はガードするだけで精いっぱいで、
おまけにジョルジュの攻撃は、ガードの上からでもダメージを与えるに十分な威力を持っている。

これを繰り返されたらたまったもんじゃない。さらには、見たこともない攻撃が繰り出されたら間違いなく僕は反応できない。

この分だと、稼げる時間はわずかしかなさそうだ。



349: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 16:52:30.56 ID:ZC1hkslO0

(; ^ω^)(……ツンデレは!?)

不敵に笑うジョルジュの後方、祭壇の隣の腰掛けの上にツンデレの姿を見る。
彼女は顔面のうち唯一外界に晒された両眼を両手のひらで覆い、泣いているかのようにうつむいていた。

彼女が答えを出すには、まだまだ時間が必要だろう。
当然のことだ。しかし、なるべく早く答えを出してくれと、願う。
  _
( ゚∀゚)「どうした? 足がすくんじまったのかい? まさかな?」

(; ^ω^)「……」

けれども、前に立ちはだかるのはジョルジュ。
今朝の迷いなど微塵も感じさせないニンマリとした表情で、超然と構えていた。
浮かせていた左足を地面につけ、そのままこちらへと駆け出してくる。



358: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 16:55:27.01 ID:ZC1hkslO0
  _
(# ゚∀゚)「そらぁ! 訓練の成果、見せてみーや!」

(; ゚ω゚)「ちぃっ!」

瞬きする間もなく距離が詰まった。僕の心臓を狙い突きを仕掛けてくるつもりだろう。
背には扉。左右にはオワタら。真正面から受け止めるしかない。

僕の目前まで距離を詰めたジョルジュは、屋内に響き渡るほどの音を鳴らし右足を踏み込み、一直線に突いてきた。

目で追うのがやっとスピードだが、バカ正直な攻撃だったことが幸いした。
予想していた攻撃を前に、かろうじてではあるが、ナイフの刃でそれを受けることに僕は成功する。
  _
(# ゚∀゚)「そおおおおおおおおおおおおおぃ!」

(; ゚ω゚)「んああああああああああああっ!」

接触した刀身同士が火花を放つほどの、すさまじい衝撃。しかし、こちらも十年近く歩き続けてきた身。
しっかりと踏ん張りさえすれば、先ほどの後回し蹴りに勝るとも劣らない衝撃でも、僕の足腰は十二分に耐えてくれた。

ジャンビーヤの刃とショボンさんのナイフの刃は互いの身を削りながら滑り合い、つばの部分でカチリと重なり合う。



360: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 16:57:03.95 ID:ZC1hkslO0
  _
(# ゚∀゚)「……この勢いの突きを受け止めるか。
     さすがの足腰だな……ここで殺すにゃ惜しいぜ!」

(; ゚ω゚)「……そりゃ……どうもだお」

ナイフ同士の戦いではめったに見られないつばぜり合い。
拮抗する力と力の狭間で、銀色の刀身と漆黒の刀身がぶるぶると震えた。

じりじりと互いが互いの隙を窺う中で、自然と、立ち位置が反対になった。

ジョルジュが扉を背に。僕がはるか後方の祭壇を背に。
そうやって至近距離で顔と顔を突き合わせる中で、ジョルジュが不意に笑う。
  _
(# ゚∀゚)「……このままじゃラチがあかねぇな……っとぃ!」



366: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 16:58:53.77 ID:ZC1hkslO0

(; ゚ω゚)「おっ!?」

ジョルジュが手首を巧みに使い、拮抗したつばぜり合いを上へ弾かせて解いた。
反動で僕たちの体がのけぞり、後方へ流れる。僕はよろよろと後ろへよろめくだけ。

しかしジョルジュは背にした扉にぶつかり、跳ね返される勢いを利用して、すぐさま突きを仕掛けてきた。
彼はそのように扉を用いるため、つばぜり合いの最中、自然を装い立ち位置を変えていたのだ。
  _
(# ゚∀゚)「そらそらぁっ! 右! 右! 左! 右!」

(; ゚ω゚)「おっ! おっ! おっ! おっ!」

まるで訓練時のように攻撃箇所を声に出しながらジョルジュが突いてくる。

つばぜり合いが解けた反動で体勢を崩していた僕だが、
ジョルジュのかけ声のおかげか、すれすれのところで受けることが出来た。



368: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 17:00:45.32 ID:ZC1hkslO0
  _
(# ゚∀゚)「うひゃひゃ! やるねぇ! だがしかーし! リズムに乗るぜ!」

(; ゚ω゚)「おっ! わっ! たっ!」

\(^o^)/「HEY!」

しかし、次々と繰り出される突きを受けるので精いっぱいの僕は、
前へ前へ踏み込んでくるジョルジュの成すがままに、じりじりと後ずさるしかなかった。

そしてちょうど祭壇、入口の扉、両方から等距離に離れた通路の上まで流されたその時、
わざとらしく大きく振りかぶられたジョルジュの横薙ぎを僕は受けとめ、僕たちは再びのつばぜり合いへと移る。

まるで誘導されるように移ったつばぜり合いに対し「なぜだ」と不審に思った直後、
間近に迫ったジョルジュの表情に思わぬ陰りが現れた。



375: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 17:03:03.10 ID:ZC1hkslO0
  _
( ゚∀゚)「……ブーン。ナイフを仕舞え」

(; ^ω^)「お? どういうことだお?」

虫の音のようなかすかな声がジョルジュの口から発せられた。
彼の言葉どおりにつばぜり合いを演じたまま、潜めた声で僕は聞き返す。
  _
( ゚∀゚)「これ以上の抵抗は無駄だ。あんたに勝ち目はねぇぞ。
     ここで降伏すりゃ、俺の権限で今回の件帳消しにしてやる。だからもう、こんな馬鹿な真似は止めろ」

(; ^ω^)「……残念ながら、それは無理な注文だお」
  _
( ゚∀゚)「なんでだ? そこまで必死になることか? 
     あんたが足を切り取られるわけじゃねぇ。あんたが足を切る取るわけじゃねぇ。
     切り取られるのはツンデレだ。切り取るのはこの俺だ」

(; ^ω^)「だからこそだお」

足を踏み込む。ナイフを握る両手に力をこめる。
演じているつばぜり合いとは到底考えられない力の拮抗の中、低く小さなジョルジュの声が聞こえる。



380: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 17:04:18.94 ID:ZC1hkslO0
  _
(  ∀ )「あんたさっき、俺のことが息子に思えてならねぇって言ったな? あれ……嬉しかったぜ」

( ^ω^)「……」
  _
(  ∀ )「俺も、いつの間にかあんたを親父みたいに感じてたよ。
     つっても、親父は俺が物心つく前に死んじまったから、親父ってのがどんななのかはわかんねーんだけどな。
     ただ、親父が生きていたら、きっとあんたみてーな感じなんじゃねーかなって思うよ。
     へへ、遺跡で初めて会った時はこぎたねーおっさんだとしか思ってなかったのに、不思議だよな」

照れくさいのか、顔をしかめて呟くジョルジュは、けれどもジャンビーヤにこめる力は緩めない。
発せられた嬉しい言葉に思わず緩みそうになった気を引き締め、僕も改めてナイフを握る手に力を込める。



383: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 17:06:02.49 ID:ZC1hkslO0
  _
(  ∀ )「オワタは口が軽いからな。もう聞いてんだろ? 
     俺はこれから長老になる。そんで、あんたと一緒にサナアをもっと良い町にしたいんだ」

( ^ω^)「……」
  _
(  ∀ )「あんたはサナアを気に入ってくれてる。
     だから、この伝統を隠し通しさえすれば、きっとあんたは二つ返事でサナアに留まってくれただろう。
     でもやっぱり、俺にはそれが出来なかった。あんたに嘘をつき続ける自信がなかった。つき続けたくなかった。
     あんたにはサナアのすべてを知ってもらって、その上で一緒にサナアを良くしたかったんだ」

( ^ω^)「じゃあ、ツンデレを僕の家によこしたのは……」
  _
(  ∀ )「そうさ。歩きたがってたあいつが、身の上話ついでに足を切る伝統のことを話してくれると思ったんだ。
     その上であんたが結婚式に参加してくれりゃ、あんたは伝統を知った上でこの町に残ってくれたことになる。
     しかし、実際はそうじゃなかったみてーだな。朝のあんたの一言で、こうなるだろうことは何となくわかってたよ」

発する声と同じように、ジョルジュがジャンビーヤにさらなる力をこめる。負けじと僕も。
全身全霊を込めたつばぜり合いはまだまだ続く。腕が、足が、ビリビリと痺れはじめる。



386: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 17:07:43.44 ID:ZC1hkslO0
  _
(  ∀ )「もちろん、この伝統が他の奴らからすればイカれたもんにしか思えねーのは承知してる。
     だけど、あんたなら理解してくれるはずだと思った。この伝統は、俺たちにとっちゃ正しいもんなんだよ」

( ^ω^)「……なぜ、そう言いきれるんだお? 伝統が正しいという保証はどこにもないお。
      頭のいいお前なら、足を切る伝統を疑ったことはあるはずだお?」
  _
(  ∀ )「あたぼーよ。昨日の夜まで疑ってたさ。
     ……いや、無理やり納得しようとしているが、今でも俺はこの伝統を疑ってるのかもしれんな」

(; ^ω^)「ならなんで……」
  _
(  ∀ )「そうするしかねーからさ!」

発せられたのは、やっぱりかすかな声。しかし僕には、それが叫びと同じくらい大きなものに聞こえた。
続けて、まるで声の強さに呼応するように、ジョルジュのジャンビーヤに力が込められる。

不意の出来事に、僕は思わず後ろへとよろめいてしまう。
直ちに足に力を込め、つばぜり合いをなんとか膠着状態にまで戻す。



390: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 17:10:04.46 ID:ZC1hkslO0
  _
(  ∀ )「俺だってな、ツンデレの足なんか切りたかねーよ! 
     好き勝手歩きまわってたあいつが……帰ってきて土産話するあいつの笑顔が好きだったからよ!
     だけどそうするしかねぇんだ! そうするしかねーんだよ!」

(; ^ω^)「おっ!?」
  _
(  ∀ )「考えてもみろ! こんな南の果てにあるサナアがどうしてここまで発展できたのかをよ!
     それはジャンビーヤの存在があったからなんだ! 好きな女の足を切る伝統があったからなんだ!
     その罪悪感がサナアの男をがむしゃらに働かせて、だからサナアは発展したんだ! 
     それ以外に考えられねーんだよ! やっぱりこの伝統は正しいんだよ!」
  _
( ;∀;)「他に答えがあるんなら教えてくれよ! なあ、ブーン!」

(; ^ω^)「!!」

潜められていても強く鼓膜を揺さぶる、震えた彼の声。同時に顔を上げた彼の眼からは、涙が流れていた。
小さなその体のどこにあるのかと疑うほどに、ジョルジュの腕に力がこもる。

彼の問いかけに答えられない僕は、せり合うジャンビーヤの押しに耐えきれなかった。
わずかずつではあるが確実に、じりじりと、僕の体は後方、祭壇の方へと追いやられていく。



394: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 17:11:37.50 ID:ZC1hkslO0
  _
( ;∀;)「ツンデレを連れてサナアから逃げ出そうとも考えた! 実際そうした奴は何人か見てきたからよ!
     だけど、俺はサナアが好きなんだ! ツンデレと同じくらいにこの町が好きなんだよ!
     サナアを捨てることは、俺に取っちゃツンデレの足を切るのと同じくらい辛ぇことなんだよ!」

(; ^ω^)「ジョルジュ……」
  _
( ;∀;)「それに俺は長老の後継者だ! そのために俺は、恵まれた環境の中でここまで育てられてきたんだ!
     その期待を裏切れるか!? 好きな女一人のために、伝統をふいにすることなんて出来るか!?
     ツンデレには悪いけどよ、そんなこと出来るわきゃねーだろ!? 
     町を治める人間は、町を守るためならそれが悪行だってやんなきゃなんねー! 
     誰かを不幸にだってしなきゃなんねーんだよ! 
     マキャベリズムだ! いつかあんたがそう教えてくれたじゃねーか!」

吐き出された言葉に導かれ、いつかの夜、日が昇るまで講義したことを思い出した。



398: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 17:13:35.12 ID:ZC1hkslO0

マキャベリズム。「君主論」を著した政治思想家ニッコロ・マキャベリにより提唱された、
「政治の本質である国家の保全のためには、政治家は時として悪と称される手段も用いねばならない。
そしてその結果について、政治家は全責任を負わなければならない」とする結果重視の政治思想のことだ。

ジョルジュはこの思想について、並々ならぬ興味を見せていた。夜通し質問を浴びせかけるほどに。

当時はその理由に気がつかなかったが、今にしてみればハッキリとわかる。
この思想がジョルジュの中に存在していた葛藤を解決する拠所となることを、彼はその時から薄々感づいていたのだ。
  _
(  ∀ )「ツンデレが足を失わずに済むことと、それが町にもたらす動揺を比べりゃ、
     長老が選ぶべきことなんて決まりきってんだろ? そんなら俺は、ツンデレに恨まれようと足を切るしかねーんだ。
     それに、俺が消えたら、いったい誰がサナアを導く? 誰もいねーだろ?
     だから、俺にはこうするしかねーんだ。さっきあんたが言ったとおり、俺には選べる道なんてなかったんだよ」

震えたかすかな声が、僕の胸に響いた。
またうつむいたジョルジュの握るジャンビーヤから、わずかに力が抜けたのを感じた。

「ナイフを離して降参するなら今だ」とでも言いたいのだろう。そうまでして僕に留まれと言ってくれるのか。



402: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 17:15:50.37 ID:ZC1hkslO0
 
ああ、ジョルジュ。息子にも思える愛おしい僕の教え子よ。
君はなんと力強い青年だろう。

他人には恵まれているようにしか思えない厳しい境遇の中で、
苦しみを分かつ相手もいなかっただろうに屈することなくまっすぐに育ち、
絡まる立場という鎖に縛られ、辿るべき道は僕と同じように一つしかなかったと言うのに、
「選択肢なんていらない」と、それでも君はその上を突き進もうとしている。

君ならばきっと、道を選ぶというプロセスを経ずとも先へと進めることだろう。

君が切り取ることで片足を失ったツンデレが、寝床の上で地平の彼方を眺めている姿を前にしても、
張り裂けそうな胸の痛みに耐え、押し寄せる後悔を撥ね退けることが、きっと君なら出来るだろう。

僕なんかとは比べようもなく、君は強い。
教え子と、息子と、そう呼ぶことがおこがましいほどに、君は強い。

けれど、そんな君だからこそ、ツンデレと同じように救いたい。

ドクオが、ギコが、ビロードが、ショボンさんが、僕にそうしてくれたように、
この世の地獄とも呼んでもいい君の一本道の上に、別の道を切り開いてあげたい。



405: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 17:17:20.63 ID:ZC1hkslO0

そのカギを握るのはツンデレ。
どちらでもいい、彼女が道を選びさえすれば、彼女もジョルジュも救われるのだ。

彼女が歩くことを選べば、僕が連れ出す。
ジョルジュは足を切らずに済む。彼女の夢を奪わずに済む。

彼女がサナアに残ることを選べば、ジョルジュの罪悪感は軽減される。
少なくとも、今ある道を辿るよりかは幾分も楽になる。

だから僕は、彼女が選び取るための時間を稼ぐ。
だから僕は、ナイフを握る両手の力を、緩めない。

( ^ω^)「……何度も言うお。そいつは無理な注文だお」

笑顔のまま、ジョルジュに返した。
顔を上げて僕の顔を眺めたジョルジュは、一瞬、とても悲しそうに顔をゆがめ――



412: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 17:19:33.21 ID:ZC1hkslO0
  _
(# ゚∀゚)「……馬鹿野郎が!」

――ささやきではなく、吠えるように叫び、つばぜり合うジャンビーヤを持つ手首を返し、体を右にひねった。
それにより僕のナイフを、その黒い切っ先を受け止めていたジャンビーヤという壁がなくなり、僕の体は前のめりになってしまう。
同時に身をひねっていたジョルジュの左ひざが、倒れこむように前へよろめいた僕の鳩尾へと繰り出された。

(;゚ω゚)「……っ!」

悲鳴さえ漏らすことの許されない衝撃。続けて繰り出された後ろ蹴りにより、僕の体は後方へと吹き飛ばされる。
固い何かが背にあたる。腰掛か祭壇にぶつかったのだろう。全身を駆け抜けた痛みに息をすることさえままならなかった。

それでも起き上がろうとはしたのだが、体が言うことを聞かない。かろうじて、懐の銃の重みだけは感じ取れた。
握っていたはずのショボンさんのナイフは、床に転がっていた。手をのばそうとしても、それはもう届かなかった。

追撃を受け止める刃はない。仰向けに倒れたまま、もうこれまでかと覚悟した。吐息のような呟きが聞こえた。



415: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 17:21:28.08 ID:ZC1hkslO0

(; ゚ ゚)「あ……」

見上げた視線の先にツンデレの顔が見えた。どうやら僕は彼女の傍へと蹴り飛ばされていたらしい。

倒れこんだ僕を見下ろしているその顔を覆う布の隙間、近距離から見る動揺した彼女の瞳は、
「一緒に冷凍睡眠に入ろう」と誘ったあの時わずかに見せた、ツンの動揺したそれとそっくりだった。

(; ^ω^)「ごめんお……もう……時間を稼げそうにないお」

絞るように、かすれ声をかけた。見下ろすツンデレはそれを聞いてびくりと肩と目を震わす。

(; ^ω^)「こんな短時間で無茶だってのはわかってるお。
      だけど……決めてくれお。そうしなきゃ……君も……ジョルジュも……僕も……」

(; ゚ ゚)「ブ、ブーン……」



416: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 17:22:49.61 ID:ZC1hkslO0
  _
(# ゚∀゚)「おらぁ! 立ちやがれ!」

うろたえながらも、僕におずおずと手を差し出そうとしてくれたツンデレ。
しかし同時に響いたジョルジュの怒鳴り声に、その手は止められた。

またびくりと肩を震わせたツンデレは、そろそろとジョルジュへと顔を向ける。
同じように僕も。
  _
(# ゚∀゚)「ツンデレの目の前でてめぇを串刺しにするわけにはいかねぇんだよ!
     てめぇも男なら、さっさと立ってこっちに来いや!」

ジョルジュが眼をむき、立てた中指をくいっと何度も折り曲げながら叫んだ。
僕への説得はもうあきらめたのだろう。賢明な判断だ。

動かすだけで全身に針を刺したような痛みが走る中で、
ゆっくりと立ち上がりながら、僕はツンデレへと言う。



419: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 17:24:26.76 ID:ZC1hkslO0

( ^ω^)「選ぶのはどっちでもいいんだお。君が選びさえすれば、どっちにしてもジョルジュは楽になれるお。
      ジョルジュは、君が不本意のまま伝統のせいで足を切られるから苦しんでるんだお。
      君が『歩く』という選択肢の中から、それでも足を切られることを選べば、
      それは君の意思だから、ジョルジュの苦しみは和らぐお。君が何もかもを捨てて『歩く』ことを選べば、
      ジョルジュは君の足を切らなくて済むお。ジョルジュが苦しんでる原因は無くなるお」

(; ゚ ゚)「でも……あんたはどうなるの?」

( ^ω^)「安心するお。君がどっちを選ぼうが、
      僕は生きてここから脱出できるお。そのための手段はとってあるお」

ようやく立ちあがることができた。
一度立ち上がってしまえば痛みは和らぎ、まだまだ体は動けそうである。
思ったより近くに転がっていたナイフを拾い上げながら、続けた。

( ^ω^)「ジョルジュに聞いていないかお? 
      二年前、エルサレム近くの砂漠で野党が大量に殺された事件があったはずだお。
      その犯人は、この僕だお。野党からだって逃げきれたんだから、ここからだって逃げきれるお」



421: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 17:25:16.21 ID:ZC1hkslO0
  
(; ゚ ゚)「!?」

布の隙間からのぞく眼を見開いたツンデレ。ああ、ツンとそっくりだなと思った。

( ^ω^)「だから、大丈夫。余計なことは考えないで、君は道を選ぶだけでいいんだお。
      ただ、やっぱり言わせてくれお。ここに残った方が、君は幸せになれると思うお」

彼女の眼をまっすぐに見つめて、それだけを残した。
切れ長の、けれども大きなその瞳の中に僕の顔が見えた。彼女が問うた。

(  ゚ ゚)「ねぇ?」

( ^ω^)「何だお?」

僕の目にはもう、ツンデレの瞳に映る僕の顔しか見えていなかった。
だから、次に放った彼女の問いかけは、僕が僕自身に問いかけているように思えてならなかった。

(  ゚ ゚)「この世界は……奇麗なの?」



424: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 17:26:26.82 ID:ZC1hkslO0

この世界。千年後の世界。望まなかった未来の姿を、さあ、僕は奇麗だと思うか?

目覚めて二度目に上がった地上で目にした、赤茶けた大地。
点在していた緑色の木々。赤い大地を流れる河。風に揺れていたトウモロコシ畑。眩しい太陽。濃い空の青。
その中で笑っていた、クーの顔。そして今、天井のほころびから降り注いでいる、幾重にも連なる光の帯。

それだけじゃない。どこまでも広がる、地上の空のようなベーリング海峡。地平に続いていく線路と、永久凍土。
地上に落ちた三日月のようなバイカル湖の眺め。どこまでも緑の続くザカフカース地方の山並み。
音さえも存在しない砂漠の夜。悠然とそこにあったメッカ大聖堂。降り積もる雪の町のようなサナアの遠景。

辛いことばかりだった。泣いたことばかりだった。それでも死に切れず、ブーンという意識にその後を託した。

だけども、ブーンの後ろから僕が垣間見てきた後者の光景はもちろんのこと、
僕という意識が直に目にした前者に上げた数少ない光景だけでも、悔しいけれども、認めたくないけれども、

この世界は――

( ^ω^)「……綺麗だお」



431: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 17:29:35.07 ID:ZC1hkslO0
 
ツンデレが目を伏せた。決断にはまだまだ時間がかかりそうだ。

ナイフを握り、ジョルジュを見る。鬼のような形相をしていた。
もう遊びのようなナイフのぶつかり合いは終わりだろう。
真っ向から向かっていけばたちまち彼に打ち負かされるだろう。

さて、どうして時間を稼ごうか。無様な姿をさらして、必死に逃げ回ることにしようか。
まさに、千年後の世界から逃げ出した僕にふさわしい方法だ。うん。それがいい。
  _
(# ゚∀゚)「お遊びはおしめぇだ! 一瞬でけりをつけてやる!」

( ^ω^)「おっおっお。そりゃあ、困るお」

すっと腰を落とし、ジョルジュがジャンビーヤを構えた。
さあ、逃げ回れるだけ逃げ回ってみせるぞ。ナイフを構えつつ、そう思った瞬間だった。


「あたし、歩きたい!」


屋内に、甲高い叫びが響き渡った。



438: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 17:31:26.31 ID:ZC1hkslO0
 
逃げ回ろうとしていた僕の足が止まった。
こちらに切りかかろうとしていたジョルジュの動きが止まった。
その後方で誓いの儀を見守っていたサナアの男たちが、響いた声に呆然と立ち尽くしていた。

視線を隣に移せば、ツンデレが顔を覆った布を剥ぎ、ジョルジュを、サナアの男たちを、見つめていた。

ξ;゚听)ξ「わがままだってわかってる! ひどい女だってわかってる! だけどあたしは歩きたいの!
      ジョルジュが好き! パパとママが好き! サナアが好き! それでもあたしは歩きたいの! 歩くしかないの!」

両手を握り締めツンデレが叫んだ。その瞳はうるんでいたけど、頬には何も伝ってはいなかった。
涙をかみ殺すようにほんの少し口をつぐんだ彼女は、震えた声で、途切れ途切れに言う。

ξ )ξ「だって……足がなくなってもみんなが好きだって……あたし絶対言えないもん……
      みんなが嫌いになっちゃうよ……生まれてくるジョルジュの子どもだって……きっと嫌いになっちゃう……
      家の窓から外を見て……その子が楽しそうに走り回ってるのを見たら……
      あたしは間違いなく嫉妬しちゃう……絶対に気が狂っちゃう……
      その子を純粋に愛せない……好きな人の子どもを産んで……その子が歩けるからって嫉妬する自分を……
      ジョルジュの子どもを愛せない自分を……自分の子どもを愛せない自分を……あたしは絶対に好きになれないよ……」



444: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 17:33:25.08 ID:ZC1hkslO0

そして、ツンデレは笑った。

無理やり釣り上げたのだろう、口の端も、頬も、ヒクヒクとふるえていた。
涙がこぼれることを恐れたのだろう、三日月形を描くべき眼は、中途半端な形で歪んでいた。

ξ;゚ー゚)ξ「だから……あたしは結婚できないよ……
       だから……あなたはあたしと結婚したらダメだよ……
       だから……歩きたいって夢を捨てきれないあたしは……
       サナアを出て……全部を捨てて……あなたを捨てて……歩くしかないんだよ……」

それから彼女は口を真一文字に結び、けれど決して泣くまいと、何かに必死に耐えていた。
うるんだ瞳でジョルジュを見つめたまま、それ以上、彼女は何も言えないようだった。

その代わりに声を発しようとした僕に先んじて、新郎の呟きが屋内に響く。



453: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 17:34:54.91 ID:ZC1hkslO0
  _
( ゚∀゚)「……そうか」

ジョルジュは脱力したように肩を落とし、ツンデレの瞳を見つめ返したまま立ち尽くしていた。
しかしその顔は、笑っていた。

無言で見つめあう新郎と新婦を前に、僕は何も言えなかった。
ジョルジュの後方で見守るオワタや長老らも、かける言葉がないのだろう、呆けたように立ち尽くしていた。

だが、このままでは何も始まらない。花嫁は道を決めたのだ。
彼女をその先へ導くのが、僕の本当の仕事だ。

( ^ω^)「ツンデレ、よく決めてくれたお」

身を切るような彼女の決断に、短いながら最大限の賛辞をかける。
続けてショボンさんのナイフを腰に仕舞い、シンと静まり返る建物の中、道を阻むジョルジュへと語りかける。

( ^ω^)「サナアの花嫁は道を決めたお。お前も男なら、ジョルジュ、その道を開け渡すんだお」



456: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 17:36:15.81 ID:ZC1hkslO0

ツンデレを見つめていたジョルジュは、笑顔を崩さないまま、ゆっくりと僕へ顔を動かす。
そして再び腰を落とし、誓いが込められることのなかったジャンビーヤを構える。
  _
( ゚∀゚)「そういうわけにはいかねえよ。俺だってサナアの花婿だ。
     たとえ花嫁に拒まれようが、引くわけにはいかねぇのさ」

( ^ω^)「そうかお」

即答で返した。ジョルジュならそう言うと思っていたからだ。
ここですぐさま道を開ける男なら、僕はこんな苦労はしなかったし、彼を救いたいとも思わなかった。

それでいい。

さあ来い。ジョルジュ。

僕の息子よ。教え子よ。

お前の道も、開いてやろう。



461: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 17:37:25.95 ID:ZC1hkslO0
  _
(# ゚∀゚)「つあああああああああああああああああああああああああっ!」

いくつもの陽光がゆらめく通路の上、ジョルジュがこちらへと駆けだした。
差し込む光を受け、彼のジャンビーヤが涙色に輝くのが見えた。

僕は、懐に手を入れた。

銃。最後の一発。

始まりに、孤独な女のこめかみを穿った死神よ。

ならば終わりに、古に続く伝統に囚われた、哀れな男の魂を連れて行ってみせろ。



462: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 17:38:05.85 ID:ZC1hkslO0

ジョルジュと僕の距離が詰まった。

銃を引き抜く。
瞬時にセーフティを外し、引き金に指をかけた。

今、楽にしてやる。

引き金を絞った。
同時にジョルジュの顔を見た。

ヒッキーの死に顔が、重なって見えた。



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