( ^ω^)ブーンは歩くようです

246: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 21:35:44.15 ID:ZC1hkslO0
 
― 2 ―

(ヽ^ω^)「僕が死んだら……僕の体を食べるんだお……お前……一人で……」

旅の全てを話し終えたのち、体を横たえる穴倉の中で、ブーンがあたしに言いました。
当然あたしは、何度も首を横にふります。嫌だ嫌だと、駄々っ子のように否定の言葉を繰り返しました。

僕を食べろ。その意味は簡単でした。あたしたちには食料がなかった。
それからくる飢えに真っ先に倒れたのが、年老い、体に蓄えのなかったブーンだった、というわけです。
だから、生き伸びるために僕を食べろと、彼はあたしにそう言ったのでした。

けれども、だからと言って「はい、食べます」と、いったい誰が言えるでしょうか?
これまで八年半、ともに旅したかけがえのない仲間を、あたしに足をくれた恩人を、どうして食べることが出来ましょうか?

だからあたしは拒み続けます。ブーンを食べるくらいだったら死んだ方がマシだ、と。

だけど、ブーンは許してくれません。痩せ衰えたその体で、二度と歩けはしないその体で、
かすれた途切れ途切れの弱弱しい声で、けれど断固として引かず、彼はあたしにこう言い放ちます。



254: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 21:37:41.61 ID:ZC1hkslO0
 
それが、サナアを出て、ジョルジュや両親を捨てて、
そうまでして歩きだしたあたしの、たった一つの自由に対する責任なのだ、と。

この穴倉で身を震わせたまま、歩く意味を見つけられずに果ててしまったら、そのあとには何が残るんだ、と。

残るのはサナアの伝統をかき乱したこと、ジョルジュからジャンビーヤを奪ったという事実、
娘が伝統にそむいたことで虐げられているかもしれないあたしの両親や親類縁者、たったそれだけじゃないか、と。

そこまでの犠牲を払って歩き出した以上、あたしは可能性のある限り、生きて歩き続けなければならないのだ、と。
その先に歩く意味を見出し、世界に何かを残せるよう、出来る得る限りの最善のことをしなければならないのだ、と

それが、歩くという道を選び取ったあたし、その自由に課せられた、たった一つの義務なのだ、と。

だから、あたしは生きなければならない。たとえそれが、ブーンを食べるという方法であったとしてもだ、と。
二匹には食べさせてはならない。一度人の肉の味を覚えれば、今度はあたしが食べられるかもしれないからだ、と。

そうやって薄情なまでに生き延びて、あたしだけの歩く意味を、この世界の中に見出して見せるんだ、と。



261: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 21:39:34.39 ID:ZC1hkslO0
 
たどたどしく、けれど最後まで言い切った後、ブーンは眠るようにまぶたを閉じ、こう呟きました。

――申し訳ない、内藤ホライゾン。僕は君をこの世界に引き戻せないまま、不覚、道半ばで果てる。
――この身を今より千年後、君がツンから未来を託された世界に贈ることは、ついに叶わなかった。

あたしは泣きじゃくりながら彼の冷たい手を握り、「死なないで」と、それだけを叫びます。
けれどブーンにはもう、あたしの声は聞こえていなかったのでしょう。独り言のように彼は続けます。

――生まれ落ちて、歩き始めて二十年あまり。様々な人々と出会い、様々な風景を見て、僕はここまで歩き続けた。
――その中に意味を見出した。それを最後まで果たすことは出来なかったが、こんな僕には、上出来な人生だった。

そして、ゆっくりとまぶたを開いたブーン。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃであったろうあたしの顔を見て、彼は諭すように微笑みました。

それからギュッと強く、彼の手を握りしめたあたしの手を握り返し、最期にこう、尋ねました。


(ヽ^ω^)「……ツンデレ……今夜は……満月かお……?」



267: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 21:41:33.84 ID:ZC1hkslO0
 
問いかけだけを遺し、力の無くなった彼の手。
開いた彼のまぶたの奥には、もう色も光も映し出すことのないの瞳。

彼のまぶたを閉じ、彼の両手を胸の上に合わせたあたしは、
冷たい彼の体へと崩れ落ち、大声をあげて泣き続けました。

泣いて泣いて泣き疲れて、いつの間にか、あたしは亡骸の胸の上で眠っていました。
それからゆらりと立ち上がり、地面の感触さえわからぬまま外へと歩き出し、空を見上げます。

ξ ゚−゚)ξ「ブーン……月は出ていないよ……」

夜空には、月は出ていませんでした。それは、満月とは対極にある新月。

ブーンの旅の話を聞いていたあたしには、
なぜブーンが最後にそう尋ねたのか、手に取るようにわかっていました。

だからあたしは、もういるはずのない彼に向かって、ぽつりとこう呟きます。

ξ ;−;)ξ「だから……月は……あなたを殺さなかったんだよ……
       月が誰かを殺すなんて……そんなの……なかったんだよ……」



276: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 21:43:47.29 ID:ZC1hkslO0
 
ブーンの死後、すぐに吹雪が吹き荒れました。
それはずっとずっと終わりの見えないほどに続く、激しいものでした。

当の昔に無くなっていた保存食。
だから残されたあたしたちは、水分は確保できても、食糧を確保することは出来ませんでした。

そして飢えに飢えた次の晴れの日。

あたしは朦朧とする意識の中でブーンの死体を引きずり、
穴倉に二匹を遺し一人外に出て、雪の中に死体を横たえ、ジャンビーヤを引き抜き、
青空の下、死体に残っていた肉片や皮膚を切り取り、火を起こして、それを口にしました。

ξ;゚听)ξ「……おえ! うええええええええええええええ!」

初めは、仕事を忘れた胃が受け付けず、すぐに吐き出してしまいましたが、
徐々に、だけど確実に、あたしの飢えは消えていきました。

そうやって、あたし一人が、生きる力を取り戻しました。



279: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 21:45:43.60 ID:ZC1hkslO0
 
冬はまだまだ続きます。
穴倉の中には、痩せこけた二匹の犬と、ほとんど健康体のあたし。

立ちあがるのがやっとなほどに衰弱していた二匹を横目に、たまの晴れ間は外に出て、
雪の中で保存していたブーンの死体を泣きながら食べるということを、あたしは繰り返していました。

ξ;凵G)ξ「ごめんなざい……ほんどうにごめんなざい……」

それは、ブーンに対する、ジャンビーヤをこんなことに使ってしまったジョルジュに対する、
そしてなにより、ずっと一緒に旅を続けてきた二匹に対する謝罪でした。

仲間の死体を食べることは当然として、まだ息のある仲間を出し抜いて、
そうやって一人だけ空腹を満たしているあたしの気持ちが、どんなに辛く、みじめで、
狂いそうなほどに申し訳ないものだったか、それはきっと、誰も理解してはくれないでしょう。

それでもあたしは狡猾に、ブーンの肉を焼く匂いが二匹に届かないよう、穴倉から離れたところで肉を焼き、
その匂いが染みつかないよう、煙は絶対に浴びないようにし、
穴倉に戻るときは、木の樹皮や雪に服をこすりつけてにおいを消し、そうやって冬と飢えをしのいでいたのです。

もちろん、空腹が満たされたあと、二匹の食糧を探すため雪山をさまよったりもしました。

けれど食料はごくわずかしか見つからず、しかしそれさえも、二匹の空腹を満たすにはほとんど意味のないものでした。



285: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 21:47:39.77 ID:ZC1hkslO0
 
なぜ、あたしはこうまでして生き延びなければならないのか。どうして、歩き続けなければならないのか。

それはあたしの自由に対する責任だからです。
そんなことはわかっていました。それでも、納得は出来ませんでした。

それなのに、いつしかブーンの体を食すことに、
確実に死へ向かっていく二匹を尻目に腹を満たすことに、あたしは何の疑問も感じなくなっていました。
その時のあたしはきっと、極限まで追い込まれていたのでしょう。

そしてある日、確か最後の吹雪の夜、まんこっこ君が息絶えました。

わっかないですちゃんは生きていました。どんな生き物も、女の方がしぶといということでしょうか。
そんなことをただ思うだけで、息をしなくなったまんこっこ君を見ても、あたしには何の感情も湧いてはきませんでした。

しかし、です。そのあと、よろよろと立ち上がったわっかないですちゃんが、
動かなくなった死体、その腸をむしゃむしゃと食べ出した時、食べながら何度も悲しそうな鳴き声を漏らしたその時、
あたしは彼女の姿に自分自身の行いを重ね、なんてことをしてしまったのだと、溢れる涙を止められませんでした。

そんなことまでして生き延びて何の意味があるのかと、そうまでして見つけた歩く意味があたしの所業に見合うものなのかと、
誰も答えてくれない疑問に、誰も答えることのできない疑問に、あたしはただただ苦しめられました。



288: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 21:50:00.05 ID:ZC1hkslO0
 
そうやって、最悪の冬は過ぎ去りました。

うららかな春の日差しの下、活動を始めた小動物をわっかないですに狩らせ、
その肉を貪るように二人で食しました。

そして、骨と皮だけになっていた一匹と、頭部を残して骨だけになっていた一人の死体を、
雪の下から現れた黄土色の土の中に、あたしは泣きながら埋めました。

それから、ブーンの遺品として彼の足の骨を二つ、
そして彼の身につけていたすべてをそりに積み込み、歩き始めました。

途中、河にたどり着きました。
雪解けの透き通った水で一季ぶりに顔を洗おうと、水面に顔をのぞかせたその時でした。

ξ ゚−゚)ξ「……ひどい顔」

水面に映ったあたしの顔は、かつてものとは程遠い、とても人間とは思えない醜い形相をしていました。

だからあたしは顔を洗ったのち、衣服の裾をジャンビーヤで切り裂いて、
戒律ではなく自らの意思で、自らの顔を覆いました。



293: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 21:51:48.07 ID:ZC1hkslO0
 
それからの道のりは、あまり覚えていません。
わっかないですと二人きりで、そりを引きずり、いつかブーンが手渡してくれた地図を頼りに、南へと下ったんだと思います。

そうやって山中を歩き回り、確か夏のことだったと思います、目的地とは異なった別の村へとたどり着きました。

(  ゚ ゚)「道を尋ねたい。この近辺に、石で作られた村は有るだろうか?」

そう尋ねると村の門番は、あからさまに警戒のまなざしをたたえながら、
「もう少し南に下った所にあるはずだ」と、ぶっきらぼうな口調で教えてくれました。

それから「案内をしてはくれないか」「よろしければ一泊させてもらえないか」と、つたない英語でそうお願いしてみたものの、
獣を引き連れた顔を布で覆った女など、彼らには脅威の対象以外の何物でもなかったのでしょう、即座に断られてしまいました。

けれど、心優しい彼ら。立ち去ろうとしたあたしに、ひと袋の食料と香辛料の種を分けてくれました。
ありがたく受け取り、丁重に礼をして、身を翻したあたし。去り際、背中に問いを投げかけられました。

「あんた、昔もここに来なかったか?」

あたしは振り返り、もう一度深くお辞儀をすると、傍らの旅の友と一緒に、南へと下りました。



298: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 21:53:37.94 ID:ZC1hkslO0
 
そして、秋の初めのころだったと思います。

ブーンが残した地図にあった通り、出来るだけ山の高い部分を進んでいたあたしは、
とある小高い丘へとたどり着き、そこから見下ろした景色の中に、石の村を見つけ出します。

(  ゚ ゚)「あれか。ドクオさん、とかいう人の村は」

( *><*)「わっかないです!」

石の村は、まるで森の隙間を縫うようにしてそこにありました。

それがあたしには、ブーンに聞かされていたものより規模の大きなものに思え、
きっと、カミという存在が消えても、村人たちはブーンとドクオさんの望みどおりしっかりと生きてきたのだなぁと、
覆った布の下、辿りつけなかったブーンの代わりに緩んだ頬と、こぼれ落ちた涙を、
あたしは抑えることが出来ませんでした。



304: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 21:55:04.14 ID:ZC1hkslO0
  
それから、山道を下りしばらくして、あたしとわっかないですは石の村の門をくぐります。
門番がいなかったあたり、初めは相当に平和な村なのだろうと思いましたが、それは違いました。

村に足を一歩踏み入れた瞬間、あたしは石槍を手にした屈強な男衆に囲まれます。

門に見張りがいなかったのは、たまたまだっただけか、もしくは、
村に誰かが侵入してもすぐさま追い返せる自信が彼らにあったからなのでしょう。

突きつけられたたくさんのたくさんの石槍と、男衆の鋭いまなざし。
「なにしに来ただか?」と、彼らは低い声であたしに問います。

しかし、あたしもわっかないですも動じることはありませんでした。
極限の飢えという死線をくぐり、それ以上に辛い体験をしたあたしたちには、
石槍など何の脅威にも感じられないのですから。

(  ゚ ゚)「あたしは死んだあなた方のカミ、ブーンよりの使者だ。ギコさんとしぃさんに話がある」

あたしが要件を口にすると同時に、村人たちの様子は一変しました。



308: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 21:56:20.56 ID:ZC1hkslO0
 
突如眼を見開き、互いに顔を見合せて口々に驚きの声を上げ出した彼ら。

しかし彼らの言葉はブーンから習っていた英語ではあったものの、微妙な差異も含んでいたため、
騒然とする場にどんな内容の言葉が飛び交ったのか、あたしは完全には理解できませんでした。

やがて、一人の男が村の奥へと駆け出します。

それからもあたしは「動くんじゃねぇべ」と、依然として石槍を突き付け続ける男衆に取り囲まれたまま。
けれども、彼らの眼からは先ほどまでの鋭さが減り、代わりに困惑の色が現れていました。

そんな中、石槍を突き付ける男たちの肩越しに村の奥の方をちらりと眺めれば、
村の男の子が、彼の妹でしょうか、その背に一人の女の子を隠し、あたしをキッと睨みつけていました。

女を守る小さな男のその姿に、知らず昔のジョルジュの面影を重ねてしまったあたし。
やはりここは良い村なのだろうと、顔を覆う布の下、自然と頬が緩みました。

それからしばらくして、彼女は現れます。
トテトテと危なっかしい足取りで細く小さな体を精一杯に動かしながら、可愛らしい声で叫んで。


(;*゚听)「ブーン兄ちゃ……ブーン兄ちゃはどこだべさ!」


それが誰であるのか、会ったこともないというのに、あたしにはすぐに分かりました。



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