( ^ω^)ブーンは歩くようです

901: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 19:58:47.56 ID:ZC1hkslO0
 
(  ω )「なら、僕はどうすべきかお? 簡単だお。道は二つだお。
     一つは、君から肉体の主導権を奪い取り、肉体の死をもってこの世界から消え去ることだお。
     僕は意識としてのみの存在。そこから死を選ぼうとするなら、それは肉体を通してからでしか得られないんだお。
     でも、ブーン。君という意識を生み出し、代わりに過酷な道を歩かせてしまった以上、僕にはそれは出来ないお。
     君がこの世界を肯定し、この世界に意味を見つけた以上、そうするわけにはいかないんだお」

固い声から、柔らかな言葉が発せられた。それを受けて、駆け続ける僕はうつむけた顔を上げる。
そして、あと一歩のところまで近付いていた内藤ホライゾンへと、手を伸ばす。

僕の体温程度で溶かせるものならば、彼を氷の中から解放してやりたかった。

けれど、それは無理だとわかっている。それほどまでに彼の体は、心は、もう冷え切ってしまっているのだ。

(  ω )「ならば僕は、もう一つの道を選ぶお。君に任せた肉体の奥底で、永遠に眠り続けようと思うお。
     君はもう、様々な経験をしてきたお。もし君がもう一度モスクワへ赴いてビロードの死を前にした場合、
     歳老い経験に満ちた君なら、それ以外に、一定の域を超えた悲しみや驚きを前にすることはもうないと思うんだお。
     そういう意味で、僕はさっき、君にビロードの幻を見せておいたんだお。君がもう、僕を必要としないように」



907: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 20:00:18.35 ID:ZC1hkslO0

おそらく、彼にとっては補足に過ぎない言葉を聞き、
彼はもうすぐそこにいるというのに、僕の足は突然に止まった。

彼が、僕にビロードの幻を見せた理由。
それを聞き、最初に彼に見せられた幻に共通点と例外を見つけ出してしまったからだ。

クー、ドクオ、ショボンさん、ヒッキー。彼らは皆、死んだ人間。
ジョルジュだって、伝統に縛られた彼という観点から見れば、一度死んだ人間だ。

では、ビロードはなんだ? 

思えばなぜ、内藤は幻の中にビロードだけを出して、ちんぽっぽを、三匹の子犬たちを出さなかった?
彼ら四匹は、懐かしの面々という観点から見れば、幻として出してもなんら問題はなかったはず。
それなのになぜ、死んだ者たちの中に一匹だけ、生きているはずのビロードが含まれていたのだ?

「ブーン君はまだ、こちらには来ていないんだ。違う世界に住む僕たちは、彼と手を取り合ってはならない」

幻のショボンさんが口に台詞が、不意に脳裏をよぎった。



912: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 20:02:33.79 ID:ZC1hkslO0
 
(  ω )「つまり、感情の引き出しという僕の唯一の役目は終わったんだお。
     だからこそ、僕はここで、肉体より一足早く、永遠の眠りに就こうと思うんだお。
     その中で、あり得たかも知れないツンとの未来の夢を見るお。
     そうやって、君に明け渡した肉体が朽ち果てるまで、いつまでもここで氷漬けになろうと思うお」

浮かんできたまさかの疑問を前に呆然と立ち尽くす中、内藤ホライゾンの声が急に遠くなった。
その言葉と声の大きさの変化にハッと顔をあげ、間近に迫っていた彼の姿を見る。

止まっていた侵食の反動か、残されていた部分まで、彼は一気に氷漬けになってしまった。

(  ω )「だからもう、僕を起こさないでくれお。僕はもう、ここで眠り続けるんだお」

そして、わずかに揺れていた地面が震えることを止め、静けさを取り戻していく。

その静寂の悲しさに、僕は浮かんできた問いについて尋ねることも忘れ、氷上に膝をついた。
そうやって、涙を流したかった。けれど、やっぱり涙は流れなかった。

だってもう、「泣く」という感情を取り出すべき内藤ホライゾンの意識は、冷たい氷に閉ざされてしまったのだから。



914: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 20:03:58.38 ID:ZC1hkslO0

(  ω )「おっおっお……ホント……クーの言うとおりだったんだお……
     どの道を取ろうが……僕は独り……永遠に……独りぼっちだったんだお……」

終わりに響く、途切れ途切れの涙声。それを耳にした僕は、よろよろと立ち上がり、
無意識に目の前の氷象、閉ざされた内藤ホライゾンの意識の象徴へと手を伸ばす。

そして、手が届こうとしたその時だった。

氷の中で、彼が涙を流した。
最期の呟きが聞こえた。


( ;ω;)「ねぇ……ブーン? 
      あの時クーを好きだと言っていれば……僕にもまた……違った未来があったのかお?」


氷象は涙を流したまま、それきり、声はもう二度と聞こえなかった。



915: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 20:05:19.78 ID:ZC1hkslO0

僕はそっと、天才を覆った氷へと触れた。
その冷たさは、これまで体感してきたどんな冷たさとも異なっていた。

「この冷たさを、天才はどう表現するのだろう?」 

先ほどの問いに対する答えが、直に触れた両手のひらから伝わってきた。

触れた誰をも氷漬けにしてしまいそうなその冷たさを表現するとき、
天才に限らず、人は誰しも、「絶望」という二文字を口にすることだろう。



918: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 20:07:31.16 ID:ZC1hkslO0
 
ξ#゚听)ξ「ねぇ……ブーン? ちょっと! 聞いてんの!?」

(; ^ω^)「……お?」

パンと頭をはたかれた。
何事かと思いまぶたを開けると、そこには頬を膨らませたツンデレが立っていた、

慌てて周囲を確認する。僕は、木の幹に背をもたれて寝ころんでいた。
見上げれば、高い枝葉の上には赤い木の実が生っていた。

あたりには、日の光を浴びて色彩を取り戻している荒野。
赤い大地も、永久凍土も、砂の大地も、氷の地面も、どこにも存在しなかった。

ξ#゚听)ξ「聞いてんのって聞いてんでしょうが! この馬鹿タレ!」

(; ^ω^)「あいたっ! ……何するんだお?」

周囲にきょろきょろと視線を走らせていた僕に、芯だけを残した赤い木の実が投げつけられた。
再びツンデレへ視線を移せば、両手いっぱいに木の実を抱えた彼女が、地面にそれらを置いている最中であった。

それから彼女は二つ、木の実を拾い上げると、その片方を僕に向かって投げ渡す。



923: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 20:09:04.44 ID:ZC1hkslO0

ξ゚听)ξ「食べられるときに食べておくのが旅の鉄則なんでしょ? ほら、もっと食べなさいよ」

( ^ω^)「おお、こりゃすまんお」

手渡された赤い実を口にする。シャリシャリと、耳にするだけで涎が垂れてきそうな音がした。

また、ツンデレを見る。彼女はリスのように口を尖らせると、
芯だけを残しあっという間に木の実を一つ平らげてしまった。その様子がおかしくて、僕は笑う。

( ^ω^)「おっおっお」

ξ;゚听)ξ「ちょ、な、なに笑ってんのよ!」

再び、芯だけの木の実が投げつけられた。今度の僕は右手でそれを受けとめて、すぐさま彼女に投げ返した。
反撃を予想していなかったらしい彼女は、避けきれず、額でそれを受け、大きく後ろにのけぞった。



926: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 20:10:29.17 ID:ZC1hkslO0
 
ξ;゚听)ξ「あいたー……何すんのよ!」

( ^ω^)「おっおっお。お返しだお」

ξ;゚听)ξ「何よ! 大人げないわね!」

( ^ω^)「お前も十分大人げないお」

僕の返しにぐうの音の出ないのか、それからしばらくむすりと黙り込んだツンデレ。
間を置いた彼女は突然駆けだすと、僕の傍らを通り過ぎ、木の幹につかまり、スルスルとその上へ昇り始める。

猿のごとく木を登っていった彼女がドクオのように、
枝に跨ってこちらを見下ろすその無邪気さがギコやしぃちゃんのように思えた。

そう言えば、二人も今ではツンデレと同じくらいの歳になっているなぁ、
出来ることなら、許されることなら、大人になった彼らに会いたいなぁと、
そんなことを考えながらツンデレを見上げていた僕。

そこに、木の枝に跨っていたツンデレから、赤い木の実が無数に投げ落とされてきた。



932: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 20:11:47.47 ID:ZC1hkslO0
 
ξ゚ー゚)ξ「ほれほれ〜! 避けてみなさいよ〜!」

(; ^ω^)「ちょwwwおまwwwwそりゃ卑怯……ってあべし!」

降り注ぐ木の実。しばらくは避けることが出来ていたが、
ついに一つの赤い実が額に直撃し、僕は仰向けに地面へと倒れこんでしまう。

それが、なぜだか心地よかった。
大の字に体を広げ、温かな地面に背を預ける。目を閉じ、五感で世界を感じる。

鳥のさえずり。木々のざわめき。鼻孔を刺激する草いきれと土の香り。
閉じたまぶたの裏まで赤く染める木漏れ日。頬を撫でる風の感触。額に残るかすかな痛み。

ゆっくり、まぶたを開く。

大地から見上げる形の僕の視線の先には、木々の枝葉と赤い木の実、こぼれる木漏れ日、
そして、それらを背に預け、木の枝に跨り、笑いながらわずかに首を傾げ、こちらを見下ろすツンデレの姿。


ξ゚ー゚)ξ「ねぇ、ブーン? あなたはいったい、どこまで歩くの?」


そして、同じ言葉。



940: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 20:13:41.43 ID:ZC1hkslO0
 
ああ、内藤ホライゾン。
これを見てもまだ君は、世界を認めるわけにはいかないと言うのかい?

きらめく木漏れ日の下、無邪気に笑うツンデレを見て、
それでもこれは望んだ別の未来ではないと切り捨ててしまうのかい?

では、君の望んだ別の未来とはいったいなんだったんだい?

いや、わかってる。君は、ツンデレと恋仲になりたかったのだろう?

僕が彼女に感じているような娘に対する情愛ではなく、
彼女に、初めて恋したツンとの青い春の夢を描きたかったのだろう?

でも多分、理性の塊である君には、それさえも認めるわけにはいかなかった。
だから、君はあの日、君の胸の中で泣きじゃくるツンデレを前に、この世界から身を引いたんだろう。
そしてその未来を、眠り続ける夢の中で見ようとしたのだろう。

でも、違うよ。確かに、君の望んだ未来はこの世界になど存在しない。
けれど、天才の君でも想像のつかない未来の先に、これも悪くないと、今の僕のようにそう思えるものが確実に眠っているんだ。

だから、いつか君を覆う氷が溶け、君が僕と同じように世界を認められるその日まで、僕は歩こう。
老い始めたこの身は、そう長くはない。だから、千年先までこの身を保てる場所へと、僕は歩こう。

いつか再び僕たちが一つに戻れるその日まで、千年前と今を繋げながら、僕はこれからを歩こう。



943: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 20:14:23.75 ID:ZC1hkslO0

大の字のままツンデレを見上げる。
枝に跨った彼女は、足をブラブラとさせ、瞳をらんらんと輝かせながら答えを待っている。

はしたないその仕草に苦笑してしまったのは、やっぱり僕が年老いたからだろう。

( ^ω^)「そうだおねぇ……」

ξ゚ー゚)ξ「うんうん!」

僕は腰のナイフを引き抜き、いつかの旅の始まりのようにその黒い切っ先を天に向け、言った。


( ^ω^)「僕はきっと……死ぬまで歩くんだお」



944: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 20:15:07.73 ID:ZC1hkslO0
 
ξ゚听)ξ「……どゆこと?」

見上げる枝の上、ツンデレの首がもう一度傾げられた。
僕は手にした切っ先をわずかにスライドさせる。

それは、延長線上に彼女の足元、纏うマントの隙間を捉える。

その奥に見えていた上半身の肌と、
この位置関係でしか決して見ることのできない布を見据え、僕は言う。

( ^ω^)「ツンデレ」

ξ゚听)ξ「ん? なぁに?」

( ^ω^)「下着、見えてるお」



953: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 20:17:02.06 ID:ZC1hkslO0
 
ξ;゚听)ξ「!?」

慌ててマントの裾を両手で押さえたツンデレ。
そのせいかバランスを崩し、彼女の体は枝の上でグラグラと揺れる。

僕は地面から跳ね起き、まだまだ歩けそうなこの身の動きを確かめた。
そして、再び彼女を見上げる。

ξ;゚听)ξ「ちょっと! 変なこと言うな、このエロじじい! おかげで落っこちそうになったじゃない!」

( ^ω^)「おっおっお。馬鹿言うなお。猿が木から落ちるなんて、そうそうあることじゃないお」

ξ#゚听)ξ「なんですって!?」

そう言って、枝の上から思いっきり木の実を投げつけてきた猿。
それを受け止め投げ返せば、再び額でそれを受け止めた彼女がバランスを崩し、しかしすぐに体勢を立て直す。

やっぱり猿だな、ドクオみたいだなと、僕は笑いながら彼女に声をかける。

( ^ω^)「馬鹿なことやってないで、もう少し木の実を取ってくるお。干して保存食にするから」



956: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 20:18:32.95 ID:ZC1hkslO0

ξ#゚听)ξ「はいはい! わかりました!」

僕には敵わないと観念したのか、
怒りながらも素直に立木のさらに上まで木の実を取りに登った彼女。
またしても下着が見えている体勢の彼女に、僕は言う。

( ^ω^)「ただし、生っている半分は残しておくんだお」

ξ゚听)ξ「え? なんで?」

( ^ω^)「だって……ほら」

見下ろしてきたツンデレにもわかるよう、僕は指差す。
その先には、木の実をついばもうと羽を広げ降り立ってきた小鳥たちの姿。

( ^ω^)「僕たちだけで食べつくすのは、ちょっと申し訳ないお」



963: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 20:20:10.55 ID:ZC1hkslO0

ξ゚ー゚)ξ「……それもそうね」

( ^ω^)「だお」

木の枝にぶら下がりながら小鳥たちを眺め、声を落としたツンデレ。
それから、枝を軸にくるりと回転して、軽業師も顔負けの動きでその上にひょいと立つ。
両手を広げバランスを保ち、僕を見下ろし得意げに笑うそんな彼女に向け、なんとなしに尋ねてみた。

( ^ω^)「ツンデレ。君はどこまで歩きたいのかお?」

ξ゚听)ξ「え? ん〜、そうねぇ……」

ひょいひょいと手にとっては、彼女は木の実を僕へと落とす。落ちてきた木の実を、僕はひょいひょいと受け止める。

それからしばらくその作業を続けた後、枝の上から地面へひょいと飛び降りた彼女は、
結構な高さだったというのに顔色一つ変えず僕の前へと歩み寄り、パンパンとマントの埃をはらって、言った。

ξ゚ー゚)ξ「あたし、ブーンが生まれた所に行ってみたい!」



967: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 20:21:36.52 ID:ZC1hkslO0
 
( ^ω^)「……おっおっお。おっおっおwwwwwwwwww」

可笑しかった。まさか僕の歩く目的地を、
別の口から、それもツンデレの口から聞くことになるとは思わなかったからだ。

面白い。この世界は本当に面白い。

辛いことばかりだったけど、めまいを覚えることばかりだったけど、
こういう出来事が不意に起こりうるから、僕はこれまで歩き続けられたのだろう。
これからも歩き続けられるのだろう。

ξ;゚听)ξ「え? 何? なんで笑うの? ねぇ? ちょっと!」

( ^ω^)「おっおっお。いや、すまんお。特に意味はないんだお」

ξ#゚听)ξ「な、なによそれ! 腹立つわ〜!」

僕の笑いにどぎまぎしていたツンデレは、
僕の返答を聞くや否や、肩をいからせながら木の実を干す作業に入り始めた。

彼女が怒るのももっともだけれど、またそれが可笑しくて笑いがこぼれそうになり、
彼女から顔を隠そうと、僕は立木から離れた。



969: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 20:22:19.94 ID:ZC1hkslO0

木陰から出て、大地の真ん中に立ち、あたりを見渡す。

どこまでも続く青空。どこまでも続く荒野。
そこにぽつりと立った一本の実の生る木。
創世記として描かれた楽園とよく似た場所。

楽園を追放された二人は、それからどこまで歩いたのだろうか?


( ^ω^)「愚問だお。きっと彼らも、歩く道の途中でそれを決めたんだお」


心の中の問いかけに自分で答え、足もとに広がる大地を踏みしめ、
僕はそっと、まぶたを閉じた。



973: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/19(水) 20:23:18.33 ID:ZC1hkslO0
 
彼の望まなかった千年後の世界。
その上を、僕は歩こう。

薄紅色の、薄桃色の季節を歩こう。
眩いばかりの緑の道の季節を歩こう。
白いがゆえに、白さ際立つ季節を歩こう。

知りゆく僕。逆らえず僕。

――永久に、歩こう。











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