('A`)は丸い部屋に閉じこもっているようです

1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 18:50:59.24 ID:P4OBzRL50
※ホラー
  微グロ注意



6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 18:52:43.49 ID:P4OBzRL50
( ^ω^)「おっお……おー」

僕の目の前に横たわっている物体を、何と表現したらいいのだろうか。
いや、表現するのは簡単だ。
コンクリートで作られた、巨大な、楕円の球体。それだけだ。
ただ、その大きさは尋常ではない。
手が触れる距離まで近づくと、その端が視界に入らないほどだ。

何メートルか下がって、全体を見る。
高さは、恐らく3階建てのマンションと同じ程度。
幅は、高さの3倍ほど。

( ^ω^)「んー、高さは10メートル、幅30メートル、ってとこかお」

しかし、何でこんなものが?
ドクオからの手紙にあった住所は間違いなくここのはずだ。
彼一流のジョーク……にしては、手が込みすぎているようにも思えた。

しばし、考える。
球体の回りを、ぐるりと一週してみる。
程なくして、コンクリートの一部に丸く切り込みが入った箇所を見付けた。
ちょうど腰ぐらいの高さに、金属製の取っ手が据え付けられている。

( ^ω^)「おっ。入り口発見だお。
       ……多分」

力を篭めて押すと、その扉(?)はゆっくり内側に開いていった。



7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 18:54:46.08 ID:P4OBzRL50
久しぶりに会わないか。

ドクオから、その一言だけが書き殴られたハガキを受け取ったのが、先週の末のことだ。
彼は携帯電話を持っていない。
だから、差出人の住所に折り返し返信した。

いつ行けばいいんだお?

いつでもいい。来たいとき来い

彼特有の、ぶっきらぼうな物言いは汚い字からも充分伝わってきた。
だから、夕方の4時に配達されたそのハガキを手に、2時間電車を乗り継いでここまで来た。

ドクオとは数年前から没交渉だった。
大学を卒業してすぐに起業した彼は瞬く間に巨万の冨を築き、
そして、一夜にして姿を眩ませた。

僕も一生懸命働いているつもりだが、年収は今の彼の税金の額にも遠く及ばない。

羨ましくないと言えば、嘘になる。
けれど、僕にはやるべき事があり、守るべき生活があるから。
自分自身を担保に博打を打って勝利した彼を凄いとは思うけれど、
嫉妬する気も、恨む気も、さらさらない。



8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 18:59:38.89 ID:P4OBzRL50
( ^ω^)「何だお、これは。
       一体何事だお?」

部屋の中を見て僕は、思わず息を漏らした。

丸い。

部屋が丸い。
まあ、あの外観からすれば当然なのだろうが。
それだけではない。

すり鉢状にくぼんだ部屋の中央に置かれているテーブルは、球体の上面を切り落とした形状。
その脇に据えられたソファも同様。
部屋の隅にある、薬のカプセルのような形のオブジェは、ベッドだろうか。
その隣の球体には、水平にいくつも切れ込みが入った球体。
その他、部屋の外周に大小いくつもの球状のオブジェ。
全てが、磨かれたように純白だ。

球体。球体。球体。球体。球体。
目に入るもの全てが球体と曲面で構成された、異常な部屋。




三半規管が誤作動を起こしかけて、壁に手を突いた。



9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 19:04:42.38 ID:P4OBzRL50
これは、何だ。

シャボン玉の中に閉じこめられた――

そんなファンシーな幻想を抱いてしまうのに足るほど、その部屋は明るく、透き通っていて、
それでいて、吐き気がするほど現実感を失わせた。

部屋の隅に、球体に疎外されたように、ぽつんと、膝を抱えて座り込む人影。

( ^ω^)「なんだお、これは。
       ギャグにしても冗談が過ぎるお。ドクオ」

部屋の隅で、人影がもそりと動いた。



12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 19:07:00.20 ID:P4OBzRL50
('A`)「閉めろ。ドアを。早く!」

思いがけない叱責の言葉に僕は、慌ててドアを握っていた手を離す。
ドアは、なめらかに閉じて、
僕は、球体の中に閉じこめられた。



13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 19:10:14.94 ID:P4OBzRL50
(閉じこめられた。
 球体の中に。

 シャボン玉の中に。
 海底からごぼごぼと立ち上るそれらの中のひとつに、
 サイダーの中のビー玉の中に、
 占い師が手をかざす水晶玉の中に、
 デパートの屋上のアドバルーンの中に、
 巨大な眼球の中に、
 昆虫の卵の中に、
 母親の子宮の中に、
 地球の中に、
 陰陽図の中に、
 幼い子が初めて親から買い与えられて
 どうしても捨てることができずそっと机に
 しまったビーズのブレスレットを構成するひとつの
 スワロフスキーの中に。

 けれどもここは安全だ。
 ここには奴が来ない。

 ここは安全だ。
 全てから守られている。

 だれも呼びに来ない。
 誰も起こしに来ない)



15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 19:13:15.79 ID:P4OBzRL50
僕は驚いて、声を発することもできずにその場に立ちつくしている。
僕の友達――であるはずなのだが――はゆっくり立ち上がると、
無表情に僕に近づいてくる。

( ゚ω゚)「お、おっ、おー」

逃げ出そうか。
声を掛けてみようか。
それとも。

肩に手が掛けられた。



17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 19:16:42.34 ID:P4OBzRL50
('∀`)「ようブーン。元気してたか?」

けれども。
僕に掛けられたのは、全く想像外の明るい声だった。
おそるおそる顔を上げると、何年前かに見た彼と同じ笑顔がそこにあった。

('∀`)「なんだよ、死んだ魚みたいな目ぇしやがって。
    久しぶりじゃねーか。もっと楽しそうな顔しろよ」

何年前かに見たのと同じ笑顔。
僕は安堵し、彼の肩を突く。

( ^ω^)「なんだお、ビクーリしたじゃねーかおw
       ドクオこそ元気してたかお? 心配したんだお!」

彼には友人と言える人間が酷く少ない。
僕、ツン、ショボン。それだけ。それは僕も同じ。

彼らは、彼らの人生を生きている。
きっと、ドクオの呼びかけにいつでも答えてやれるのは僕だけだ。

('∀`)「なんだよ、俺が勝手に死んだりするかよ!
     死んだらお前がオナヌー中に化けて出るってーのw」
('∀`)( ^ω^)「はははははははっw」

これが、僕のもっとも親しい友人との再会だった。



19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 19:18:25.35 ID:P4OBzRL50
( ^ω^)「ドクオ、ほんとに久しぶりだお。
      でも、一体どこでなにしてたんだお?
      それにこの部y――」

('A`)「あーそうだ、ブーンお前酒飲めるよな。
   いいのを取って置いたんだ。出してきてくれよ。
   あれ、冷蔵庫だから」

ドクオが僕の言葉を遮ったのは、偶然だろうか?
横目で彼の表情を見る。

全くの無表情。
無気力のようにも見える。
けれどもそれは、彼の生まれつきの表情だ。
他に何かあるのか、それは、僕には分からない。

ドクオは、滅多に感情を露わにしない。
そして、自分の感情を隠すのが上手い。

だから僕は、彼に聞こえないように溜息をついて、
部屋の隅(円形の部屋に『隅』という表現は妥当でないかもしれない)で、
ぶぅぅぅぅうん、と唸りを上げる白い球体に近づいた。

近くで見ると、その球体は表面に薄く、円状に切れ込みが入っている。
そこにそっと手を添えて左右に動かす――と、表面が静かにスライドし、開いた。



20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 19:20:51.30 ID:P4OBzRL50
( ゚ω゚)「お――――」

言葉を失うのは、この部屋に入って何度目か。
その球状の冷蔵庫の中には。

牛乳。
醤油。
ジュース。
すり潰した果物。
挽肉。
卵の黄身。
バター。
すり潰した野菜。すり潰した肉。すり潰した魚。すり潰した何か。何か。何か。
それらの色とりどりのものが透明のガラスの球に納められて揺れ、
僕の手の震えに合わせて日の光の下に置いたビー玉のように互いにぶつかり、音を立てる。

かちり。
かちり。
かちり。
かちり。

白い液体が揺れて、肉色の液体の陰に潜る。
冷蔵庫からこぼれ落ちそうなその二つの球体を、僕はあわてて押しとどめた。

冷たい。

ひどくめまいがする。
この常軌を逸した部屋の中で、ドクオはずっと過ごしてきたのか?



22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 19:22:20.44 ID:P4OBzRL50
それでもどうにか濃褐色の液体が封入された容器のひとつを取り出す。
鼻を近付けると、濃厚な揮発臭。

これか。

僕がそれを手に立ち上がり振り返ると、ドクオは別の白い球体の腹を器用に引き出し、
底面が緩くカーブした、ステムのないブランデーグラスのような容器を二つ、手に取っていた。

('A`)「見つかったか?
    あー、それだそれ。悪いな散らかってて、分かりにくかったろ」

何でもないように。
それがなにか? と言いたげに。
眠そうなドクオの声が何の調子も帯びていないことに気付き僕は、
ようやく、ことの重大さに気付き始めている。



23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 19:24:14.70 ID:P4OBzRL50
(中学の頃から友人がいない。
 俺はいつもおちこぼれ寸前。
 どいつもこいつも俺を出来損ないか、さもなければ路傍の石でも見るような目で見る。

 けれど、本当の友人ができた。
 そいつらは口は悪いが情に厚く、お節介で、お人好しで、
 そして俺を本当に心配してくれた。

 幸せだった。
 もう他になにもいらないと思った。

 だから、あいつらに教えてやらなければ。
 俺を脅かす存在の脅威を教えてやらなければ。
 そうしないと、あいつらも。

 俺は見るに忍びない。
 あいつらの苦しむ顔を。
 理解を超えた存在に弄ばれ、翻弄される様を。
 だから救ってやらないと。
 だから助けてやらないと。

 お前だけが大事なんだ。
 短い人生の中で唯一の友人なんだ。
 他の奴らは違う。あいつらとは違う。かりそめの友人とは違う。

 あいつらは? 違う。あいつらは嘘つきだ。お前だけだ。
 お前だけ。
 お前だけ。
 お前だけ)



25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 19:26:40.21 ID:P4OBzRL50
……ン。

……ー…ン。

('A`)「おいブーン、起きろ。
   何寝てんだよ。お前そんなに酒弱かったか?」

( ^ω^)「お……お、おっ、お」

不安定なテーブルに肘をついたまま、一瞬意識を失っていた。

( ^ω^)「おー、ごめんだおドクオ。最近あまり寝てなくて」

僕の目を見て彼は、寂しそうに、少しだけ寂しそうに笑う。

('A`)「なんだよー、心配させんなよ。
   これから良いところなんだからさ」

良いところ?
僕はドクオと、何の話をしていただろうか?

少し前のことなのに、思い出せない。
僕は彼と、何を?

('A`)「どこまで聞いた?
   どこまで覚えてる?
   ……なんだよ。ボーっとして。
   そうだな、じゃあ俺が『るるいえ』に行ったときの話から始めよう」

――るる、い、え?



27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 19:29:54.47 ID:P4OBzRL50
( ;^ω^)「ちょ、ドクオ、悪いけど話が見えないお。
      るるいえ、ってなんだお? ルルの家かお? ギアスかお?
      ルルのいえ、で、ルル家。なんつって。はは、は――」

(#'A`)「人の話を聞け!!
    笑うんじゃねえ!!!!!!」

だん!

いきなり。
ドクオが思い切りテーブルを叩き、立ち上がる。
テーブルの上の、洋酒を納めた球体。それが転がり落ち、砕ける。

ぎん、ぱりん。

緩くカーブした純白の床を、琥珀色の筋がいくつも走り、重力に従って滴る。
それは部屋の一番低いところに集まり、溜まった。
くまのプーさんがこぼした蜂蜜のように。
巨大な虫の体液のように。



28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 19:31:43.72 ID:P4OBzRL50
( ゚ω゚)「――!!」

憤怒の形相で僕の顔を睨み付けていた彼の顔が、徐々に冷めていく。
代わって後悔の色が、やつれた顔に広がっていく。

そのまま、虚脱したように、もはや力を失った両手で顔を覆って、ゆっくりと腰掛けた。
黒々とした血が、裂けた掌から一滴だけ、手首を伝い肘まで流れた。

('A`)「あ――ああ、すまない。済まない、ブーン。
   俺、どうにかしてるよな。ちょっと飲み過ぎたかな。
   ごめんブーン、大丈夫か、ケガしてないか」

両手で顔を覆ったまま、彼は、謝罪する。
その声は、少ししめって、揺らいでいる。

泣いている。

(;A;)「ごめんブーン。
   俺、ただ聞いて欲しかったんだ。
   俺がそこで、何を見たのか。
   るるいえ、という場所で、何を見たのか。
   
   何で俺が、こんな部屋に閉じこもっているのか。
   
   頼む。聞いてくれ。
   この話は、ブーン、お前だけに聞いて欲しいんだ。
   最期に、聞いて欲しいんだ。
   なあ、頼むよブーン、怒らないで、聞いてくれよ。頼むよ……」



33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 19:35:08.31 ID:P4OBzRL50
真っ白い部屋の中に、眼の奥が痛むほどの沈黙が満ちる。
ドクオは、動かない。

僕は、必死で、呼吸を整える。
心拍が早い。アルコールのせいだけではない。
鈍る頭を振って、必死に呼吸を整える。

( ^ω^)「――教えてくれお。ドクオ。
      何故ここにいるのか。
      ドクオをここまで追い込んだのは何なのか、教えてくれお。
      大丈夫、怒ったりしてないお。
      僕はドクオの友達だお?」

僕の言葉に、ドクオがゆっくりと顔を上げる。
その顔には、涙の跡が残っている。

('A`)「――。
   追われてるんだ。あいつらに。
   あいつらはどこにでもいる。
   どこまで逃げても、追ってくる。だから」

君は。
おかしくなってしまったのか? ドクオ。

( ^ω^)「何に、追われてるんだお」

ドクオは、大きく一度、喉を鳴らして唾を飲んだ。
そして、言った。

('A`)「――猟犬に」



34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 19:37:27.95 ID:P4OBzRL50
(るるいえ。
 それは南緯47度9分西経126度43分の海底に座す廃墟。
 俺はそこで、「狂気」という言葉で現しうる全てを見た。
 
 「惑星ソラリス」というSF小説がある。
 要点はこうだ。
 もしかしたら、外宇宙にはわれわれが普段想像するような宇宙人が
 実在するかもしれない。
 けれど、その思考様式が人間の想像するものであるという保証は、
 どこにもない。いや、理解可能である方がおかしいのだと。

 ナメクジが普段考えていることが分かるだろうか?
 分かるはずがない。
 ではもしも、地球の常識を越えた文明をもったナメクジと出会ったらどうすればいい?
 言語も、思考も、感情も、行動も理解不能な存在がある日突然、目の前に現れたら。

 俺は見た。
 そして知った。
 あの建築物。
 景色。
 そしてそこここの岩陰から蝕腕をのぞかせる、ふかきものたちの眼を。それは)



36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 19:40:12.97 ID:P4OBzRL50
ドクオが語った内容。
それは、想像を絶するものだった。
内容が、ではない。
彼の精神が、そこまで壊れてしまっているということが、だ。

('A`)「るるいえ、というのは、場所だ。海域の名前だ。
   そこに、俺は行った。金ならいくらでもある。物見遊山のつもりだった」

僕の予感は正しかった。
彼は、かつての彼の心は、もう今の彼の中にはない。

('A`)「珊瑚礁の棚で、俺は、一冊の古ぼけた本を手に入れた。
   それを拾ってからだ。始まったのは。身の回りのおかしな事が。全てが」

ドクオは、視線を何もない空中の一点に据えて、身体をかすかにゆすりながら、話し続けている。
彼は、誰と話しているのだろうか。
僕か。それとも、彼の中にいる「親友だったブーン」か。

('A`)「その本の名前は」

('A`)「『ししょくきょうてんぎ』」

('A`)「俺は、見るべきじゃなかった。
     俺は、見たおかげで知ることができた。
   止めれば良かった。
     この世界の本当の姿を。
   知るんじゃなかった。助けてくれ、ブーン。
     その日から、俺は。

     決めたんだ。俺は」



38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 19:43:24.94 ID:P4OBzRL50
('A`)「あの本を読み終えてからだ。
   奇妙な獣が、現れるようになったのは。
   そいつは、管のような舌で。全身から蒼い液体を滴らせて。
   そして、どんな閉め切った部屋にでも煙のように入り込んでくる。

   部屋が悪かったんだ。奴は、奴らは、ものの「隅」になっている場所、鋭角な場所になら、
   どこにでも侵入できる。
   部屋の隅から。クローゼットの中から。本棚の角から。ドアから。窓から。床から。冷蔵庫から。
   だから、どこにも「隅」のないこの部屋を作った」

('A`)「ここにいれば、追われることはもうない。あの猟犬に。
   『てぃんだろすの猟犬』に。
   けれど、今度は。今度は、今度は。今度は――」

そこまで行って、彼は、ゆっくりと立ち上がった。
ざりりと不愉快な音がして、僕は眉をひそめた。

透明なテーブルの上に、何枚かの真っ黒な鱗が落ちている。
どこから、こんなものが。

僕は、座ったまま、ドクオの顔を見上げる。

その顔は。
その、剥き出しの腕にびっしりと張り付く、魚のような――

( ゚ω゚)「ド、ドクオ――」



41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 19:44:53.99 ID:P4OBzRL50
('A`)「見るな!!
    ……見ないでくれ。
    呼んでるんだ。
    俺、もう行かないと」

そう言って、彼は、僕の友人だったものは、静かに、
足下に転がっていたガラスの球体を取り上げる。
その中には、黒っぽい、茶色の革の装丁がなされた本が見えた。

('A`)「ブーン、これを、持って行ってくれ。
     そして読んでくれ。
   決して読んではいけない。触れてもいけない。
     全て、読んでくれ。
   捨てても、焼いても、こいつはお前の所に戻ってくる。
     お前も読んでくれ。一緒に行こう。
   銀行の貸金庫にでも入れて、鍵を捨てるんだ。
     呼ぶ声が聞こえるだろう? どす黒い海水の底から。牡牛座の彼方から。
   だから。

   俺は、逆らえなかった。
   お前は、俺と同じものになるな」

ひたり。ひたり、ひたり。
ぴしゃり。ぴしゃり、ぴしゃり。

足音は、いつしか濡れそぼった水音に変わる。



43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 19:46:08.97 ID:P4OBzRL50
濡れた足音は、ドアの前まで行き、一旦止まった。

(  )「牡牛座のアルデバラン。
   そこにある荘厳な宮殿で、名状しがたきものに仕える。
   『はすたあ』が、俺を呼んでいる」

発音のところどころに、ごぼりぼごりと泡を吐くような雑音が混じる。
僕は、耳を澄まして、彼だったものの言葉を聞いた。



僕は、顔を上げることもできずに、

主を失ったその部屋の中に、座っていた。

やがてドアを開閉する音が室内に響くと、もう二度と、

足音も、声も、聞こえることはなかった。






45: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 19:47:04.07 ID:P4OBzRL50
一人残された部屋で、僕は、ガラスの球体を弄んでいる。

中に閉じこめられた本が、ぱたりぱたりと遊ぶ。
その音は、僕には、

――はやく、ここから出して
――はやく、この本を開いて

そう言っているような気がした。

( ^ω^)「……ふざけるなお」

僕は両手を振りかぶり、思い切りそのガラスの球体を床に叩き付けた。
甲高い音を立ててガラスの球体は、砕け、本は透明な粉末に塗れて床に落ちた。



46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 19:47:58.38 ID:P4OBzRL50
――その後、僕は、一人で部屋を出、来た道のりを一人で戻った。
彼の家の外には濡れた足跡がいくつか残っていたが、それは森の中でぷっつりと途切れていた。

彼は、本当に狂ってしまっていた。
しかし、狂気がその肉体にまで及ぶことなど、あるのだろうか。

どうしても、分からない。
彼は何を見たのだろう。
彼はどこに行ったというのだろう。

けれど。
そう遠くない未来、それを知ることができるかもしれない。
なぜなら――



50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 19:49:20.72 ID:P4OBzRL50
気付いたのは数日前だ。

部屋の隅に、何かがいる。

管のように長く、先の尖った舌を、口からだらりとぶら下げて。
全身から、青黒いゼリー状の物体を滴らせて。
腐った肉に汚物と硫黄を垂らしたような、不快な悪臭を振りまいて。

猟犬がいる。
猟犬がいる。
徐々に、一日に数ミリずつ、僕に近づいてくる。

あたらしい獲物を見つけた喜びにしっぽを振って。
生殖器を汚らしく勃起させて。
そいつは僕の部屋にいる。どこにでもいる。

家族に言っても、信じてくれない。
見えないのだ。彼らには。







数日後、僕の掌に、濃い灰色の鱗が生えて来たのに気付いた。
ありったけの力を込めて剥がし取ると、傷口から緑色の体液が流れた。



51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 19:50:17.30 ID:P4OBzRL50
猟犬。そう彼は言った。そして彼はもういない。
犬だ。所詮は犬だ。僕はそいつに負けたりはしない。

はすたあ。それに仕えると彼は言った。そして彼はもういない。

どこにあるのかも分からない場所に行くと言い遺して、
この部屋から出て行ってしまった。
逃げるわけにはいかない。僕は逃げたりなどしない。

でも、どうすればいいのか分からない。
もちろん、覚悟はある。

いつか彼は僕に言った。
るるいえ。そこで俺は、人間には計り知れない存在を目にした、と。



52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 19:50:59.31 ID:P4OBzRL50
あの時の彼の目を僕は決して忘れないだろう。
らんらんと輝く瞳孔を震わせて、彼は言葉を尽くした。
ゆえに、俺達は彼に従属せねばならない。彼に支配されねばならない、と。
るいるいと続く、人間の理解を超えた建築物を見た、と。

所々に浮かぶ、ふかきものの目と触腕とを見た、と。

でも、僕には分からなかった。彼は何を見たのか。何を言っているのか。

君の言ったことは、見たものは理解できなかった。何だというのだろう、君
をそこまで狂熱に駆り立てるほどのものは。今の君を作ってしまったものは。

見えないものに怯え、丸い部屋の中で膝を抱えて過ごす。それが結末だった。
手を震わせて、硝子の球体をいつまでも弄びながら。
いつか見た君の面影は失せていた。思い返す度に、決心は強まる。何が君を。
るるいえ。そこに行けば、君が見たものが理解できるのか。



53: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 19:51:41.25 ID:P4OBzRL50
決心したのはあの時だ。
ししょくきょうてんぎ、というあの書物を見たとき。
手を触れた瞬間、何かとても恐ろしい予感が頭を掠めたのを覚えている。恐ろしい。

気のせいだったかも知れない。そうでなかったかも知れない。でも今は分かる。
付いて来てしまったものがいる。あの時から付いてきてしまったものがいる。
いつでも、どこからも僕を狙っているあの忌まわしい猟犬。
てんてんと全身から滴らせる青い脳漿の跡を残して、錐のような舌で僕を狙う。

はぁはぁと荒い息をつきながら鼻を衝く悪臭を振り撒いている。

いつも僕の後をつけ回し、どんなに逃げても部屋の隅から姿を現す。
毛ほどの隙間もない僕の部屋にまで。ここにいるときしか僕に安全はない。
なんとかして、こいつが僕の命を奪う前に。行かなければ。
いつか彼が見たものを、人間の知性を超えたものを見るために。そして知るために。



54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 19:52:32.31 ID:P4OBzRL50
そうすれば対抗策が見付かるかも知れない。あの忌まわしい猟犬から僕の人生を取り戻す。
のんびりしている暇はない。
瞬きをする毎に、奴は、少しずつ、そう少しずつ、僕に、近づいてくる。
間隔が狭まってくる。

君と同じ所には行きたくない。僕は戻らないといけない。こいつを殺してでも。だから、
もうここに戻ることはない。君のものだった部屋に。僕も行く。るるいえに。君が見たものを確かめるために



57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 19:55:20.70 ID:P4OBzRL50









( ^ω^)は丸い部屋に閉じこもっているようです
                                 終









戻るあとがき