( ^ω^)が嫉妬するようです
- 2:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと33,229秒 :2008/01/10(木) 20:55:42.78 ID:ha0L860p0
- 序
二〇〇X年、四月の初め。
僕は彼に出会った。
二〇〇X年、五月の終わり。
僕は人を殺した。
- 3:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと32,594秒 :2008/01/10(木) 20:57:55.49 ID:ha0L860p0
- 1
秋を迎えたばかりの、とある日の放課後。
僕はいつものように級友の長岡と一緒に下校していた。
( ゚∀゚)「今日もつまんなかったなぁ、授業」
家のある方角が同じなので、彼と家路を共にすることは多かった。
外気は九月にしては冷やかで、半袖の夏服だと少し肌寒い。
長岡は一度くしゃみをした。彼は根っからの寒がりだった。
僕にはせいぜいちょっと冷えるな、くらいにしか受け取れないような気候でも、
長岡にとっては相当なものなのかもしれない。
僕には彼以外に親しい人間はいない。
あまり他者という存在に興味がなく、相互の干渉を好まないからである。
そんな僕に話し掛けてくるような人は長岡だけだ。
クラスのリーダー格である長岡は誰とでも分け隔てなく話をする。
たぶん、彼はクラスメイト全員と会話を交わすことのできる唯一の人物だろう。
ただ一つ不思議な点といえば、彼と最も仲の良いクラスメイトはこの僕であるということだ。
- 5:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと32,594秒 :2008/01/10(木) 20:59:39.83 ID:ha0L860p0
- ( ゚∀゚)「授業もそうだけど、なんといっても朝の全校集会が退屈だったよな」
長岡に同調して、口を閉ざしたままこくんと頷く。
僕はあまり自分から話はしないし、いざ雑談するとなっても、まず話し手に回ることはない。
長岡の話を時折短い相槌を打ちながら聞くばかりだ。
けど長岡は不満げな様子は見せなかったし、僕もこれでいいと思っていた。
そうするだけでお互いに十分楽しかったからだ。
幾度となくこういった関係を続けるうち、僕はいつの間にか結構な聞き上手になっていた。
……果たして喜ぶべきことなのだろうか。
( ゚∀゚)「そういえば、今朝のニュース見たか?」
僕が見たと答えると、長岡はこう続けた。
( ゚∀゚)「昨夜、出たんだって。例の殺人鬼が」
- 7:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと32,501秒 :2008/01/10(木) 21:01:59.21 ID:ha0L860p0
- 長岡が口にした殺人鬼とは、近頃この町に出没している連続殺人犯のことだろう。
ニュースではこの事件について毎日のように報道されているので、誰もが知っている。
その証拠に、町はどこへ行ってもその話題で持ちきりだった。
耳にしない日がないほどだ。
( ゚∀゚)「ほら、これ」
そう言って長岡は鞄から取り出したノートを広げ、僕に見せた。
新聞の切り抜きが所狭しと貼られている。
彼はこうして、事件に関して書かれた記事をスクラップし個人的に集めているのだ。
ずらりと並ぶ文字と写真の羅列は、ある意味壮観だった。
今日付けになっている記事に目をやると、
『連続殺人、これで六件目』という見出しが真っ先に飛び込んできた。
次いで、上空から取られたとおぼしき遺体発見現場の写真に視線を移した。
重要なところ、たとえば死体のあった場所などは、青いビニールシートで覆われて分からなくなっている。
記事の内容を流し読みして、すぐにノートを返却すると、長岡が感想を訊いてきた。
感想といわれても、僕からは特に言いたいことはない。
そう伝えると、長岡は「なら、自分が」とばかりに自らの意見を語り始めた。
- 8:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと32,425秒 :2008/01/10(木) 21:03:32.14 ID:ha0L860p0
- ( ゚∀゚)「俺の予想だけど……殺人鬼はどこにでもいるような奴だと思うんだよ」
彼は、犯人は意外と普通の人間なのではないかと疑っているらしい。
理由を問うと、どうもそのほうが面白いから、そうであってほしいという願望混じりのようだ。
( ゚∀゚)「そういや犯人は『二十一世紀のテッド・バンディ』って呼ばれてるけど、
それって変だよな。バンディは一部からはヒーロー的な扱いを受けてたんだから。
でもなんか、報道のされ方は完全な悪役扱いじゃん。マスコミは矛盾してるぜ」
彼は真顔でそんなことを言う。
長岡はこの事件に対して並々ならぬ関心を抱いていた。
それだけじゃなく、彼は殺人鬼という存在自体に妙に詳しい。
以前、彼からアメリカの連続殺人犯アルバート・フィッシュの生き様に興味があると聞かされた。
その時僕は非常に驚いた。
フィッシュといえば、僕でも知っているほどの、史上最も倒錯した異常者だからだ。
人気者である彼のこういった意外な一面を知っているのは、僕だけである。
- 9:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと32,425秒 :2008/01/10(木) 21:05:38.90 ID:ZNuSlLAs0
- ( ゚∀゚)「何より、バンディの名を拝するなら、犯人はハンサムじゃないといけない。
けど犯人の特徴なんて全然分かってないんだろ?」
彼のいうように、警察は犯人の実態を全くつかめていない。
身体的な特徴だけでなく、男なのか女なのか、若者なのか老人なのか、それさえも判明していない。
外見、性別、年齢。すべてが闇に包まれていて、
だからこそ人々が今回の連続殺人事件に大きな関心を寄せているとも言える。
( ゚∀゚)「一番有名なシリアルキラーってだけで引用されてるんだろうけどさ」
長岡は納得がいかないようで、唇を鳥のひなみたいにとがらせている。
僕はそんな彼の様子を特に気にとめるでもなく、ただ家を目指して歩き続けた。
僕の方が長岡より若干歩幅が大きいので、
少しでも歩くペースを上げるとすぐに距離が開いてしまう。
そんな時、長岡は決まって小走りになりながら僕の背中を追いかけてくるのだった。
- 11:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと32,043秒 :2008/01/10(木) 21:08:04.56 ID:ZNuSlLAs0
- もっとも、僕が急いで帰宅したところで何のメリットもない。
僕は母親と二人で暮らしている。いわゆる母子家庭である。
今の時間、まだ母親は仕事から帰ってきていないはずだから、一人で家にいたってむなしいだけだ。
それならば長岡の一方通行な演説を聞きながらのんびりと下校していたほうがマシだろう。
僕は基本的に人との関わり合いは好きじゃないが、長岡だけは特別だ。
不思議と彼といることだけは厭ではない。
こちらから何か言うことは、向こうから質問されて返答を求められない限りありえないが。
( ゚∀゚)「んじゃ、また明日」
そんな風に考えても、終わりは絶対にやってくるものだ。
長岡の家のほうが僕の家よりも手前にある。僕たちはそこでさよならを言いあった。
( ゚∀゚)「……しかしまあ、犯人ってのは一体どんな奴なんだろうねぇ」
長岡は別れ際にそんなことを漏らした。
もしも――――。
もしも僕が犯人の正体を知っていると告白したら、彼はどんな顔をするだろうか。
- 15:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと32,043秒 :2008/01/10(木) 21:10:12.81 ID:ZNuSlLAs0
- 2
家の玄関をくぐると、案の定母親はまだ帰宅していなかった。
だけどこれが僕の日常なのである。
最低でも午後八時を過ぎないと母親は帰ってこないし、
帰ってきても、疲れている母は食事の準備と入浴を済ませたらさっさと眠ってしまう。
学校でもそうだ。
人と喋るという行動に対して積極的になれないので、僕には長岡以外に話し相手がいない。
今日だって他の誰とも会話をしなかったし、したいとも思わなかった。
つまり僕は一人でいる時間が圧倒的に多いのだ。
寂しさを感じたことはほとんどない。
母親が僕を産んで間もなく離婚して、幼い頃からこんな生活を送っていたせいだろう。
要は慣れてしまったのだ。慣れてしまえば、何のことはない。
それに今日なんかはまだいいほうで、長岡と言葉を交わすことさえなく、
しかもその日が母親の帰りが特に遅い火曜日だったりすると、さすがの自分も気が滅入る。
今日は月曜日。明日が正念場だ。
- 17:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと31,890秒 :2008/01/10(木) 21:12:10.23 ID:ZNuSlLAs0
- 居間の戸を開けると、誰もいない部屋は相変わらずがらんとしていて、静かだった。
時計を確認すると、まだ午後五時にもなっていなかった。
母親が帰ってくるまで、あと三時間以上ある。
何か食べるものが冷蔵庫にあっただろうか。どういうわけか、今日はいつもより腹の減りが早い。
僕は慣習に従いリビングの照明だけをつけて、
ソファのところに置いてあったリモコンを手に取り、テレビの電源を入れた。
夕方のニュースが流れている。
あまり視聴意欲が湧かなかったのでチャンネルを変えてみたが、
いずれも同じようなニュース番組ばかりやっていたので、
仕方なく最初に目に入った放送を見ることにした。
まあ、どのチャンネルに合わせても同じことだろう。
一瞬だけ映った映像を一瞥しただけで分かった。
どれを見ても、例の連続殺人事件に関することしか報道されていない、と。
- 20:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと31,625秒 :2008/01/10(木) 21:14:42.07 ID:ZNuSlLAs0
- とりあえず一旦キッチンまでいき、インスタントコーヒーを淹れることにした。
あのままテレビを見ていても大して意味はなさそうだ、と判断したからである。
ガスコンロの上に置きっ放しにされていたやかんをつかみ、水を適量入れ、火にかけた。
沸騰するまで暇なので、冷蔵庫の中をあさってみたが、
すぐに食べられそうなものはなく、調理しなければならない食材しか入っていなかった。
今度は食器棚の上にある、ちょっとしたスペースから探してみる。
ここにはお茶受けのお菓子や、朝に食べるパンなどが入れられていたりする。
主に母親が買ってくるものが詰められているので、何があるかは開けてみるまで僕も分からない。
見ると、いくつかの菓子パンが雑多に並んでいた。
そのことに気づいた時、やかんから蒸気が噴き出す笛に似た音が聴こえてきた。
ひとまず、パンは後回しにしなければ。
慌ててコンロの火を止めて、それからマグカップを取り出し、
コーヒー粉末とひとさじの砂糖を入れ、やかんのお湯を注ぎ、ポーションミルクを加えかきまぜる。
ホットコーヒーの完成である。
慎重にテーブルへと運んだ。テレビでは、中継先からの情報を伝えていた。
僕の知っているところだった。
- 22:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと31,625秒 :2008/01/10(木) 21:17:14.97 ID:ZNuSlLAs0
- 棚の中にあった菓子パンを二つ持ち出して、
制服のままソファに深く腰掛け、液晶画面に視線をやる。
昨日、六人目の被害者が出た。
とはいっても、遺棄されていた男性の遺体が見つかったのが昨日というだけであり、
実際に殺されたのはいつなのか、未だ明らかになっていない。
遺体には深い刺し傷があったところから、凶器は刃物だと推測される。
遺体が置かれていた場所は人通りの少ないところだったが、
ジョギングをしていてたまたま通りかかった男性が発見したそうだ。
そのような嘘偽りのない客観的な事実を、若い女性キャスターがひどく真剣な口調で説明していた。
続いて、専門家らしき出演者が自分なりの考察を述べ始める。
隣にいた男性キャスターはうんうん頷きながらそのコメントに耳を傾けている。
けれど、やはり犯人に関する情報は公開されなかった。
現在も鋭意調査中だそうだ。
- 25:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと31,625秒 :2008/01/10(木) 21:19:22.65 ID:ZNuSlLAs0
- テレビ画面をぼんやり眺めながら、ふとつまらない思索にふけってみる。
今や、世間の関心はこのショッキングな事件の犯人が誰であるかということにのみ注がれている、
といっても過言ではない。
町を歩けば息をするようにでたらめな犯人の噂を聞くし、
学校でも、長岡はじめ、多くの同級生たちがこの謎に対しての推理を飛ばしあっている。
中には会ってみたいと言い出す者もいた。
連続殺人犯『二十一世紀のテッド・バンディ』は、長岡が熱弁していた本家のバンディ同様に、
一種のアンチヒーローとしての地位を築きつつあるように思える。
僕はあまりこの話題に対して積極的にはなれなかった。
他人との干渉が嫌なせいでもあるが、もう一つ、大きな理由がある。
それは僕がこの凶悪犯の正体を知っているからだ。
おそらく、世界中の誰よりも僕は犯人のことを熟知しているだろう。
すなわち、犯人とは僕なのである。
- 26:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと31,225秒 :2008/01/10(木) 21:21:28.77 ID:ZNuSlLAs0
- 3
翌日の下校時間、僕の隣には変わらずに長岡がいた。
今日は九月らしい、暑くもなく寒くもない、過ごしやすい穏やかな気候だった。
郵便局横の角を曲がると、そこにあった電信柱に「凶悪犯、情報求ム」と、
太い油性マジックででかでかと書かれてある紙片が貼られていた。
見るからに自主的な張り紙である。
どこかの目立ちたがり屋が、例の犯人を捕獲して、一躍有名になってやろうと企画しているのだろう。
そんな簡単に、見つかりはしないと思うのだが。
(;゚∀゚)「あーあ、今週末までに新出英単語二百個暗記とか無理だろ……」
僕たち二人の会話はいつも、こんな風にたわいない話から始まる。
長岡が愚痴半分の話題をふって、そして僕はただ黙って彼の発言に首肯する。
そのため僕らから聴こえてくる音声は常に一つだけである。
- 28:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと31,049秒 :2008/01/10(木) 21:23:01.03 ID:ZNuSlLAs0
- 学校で何があったか、今何を考えているか、などといったようなことは、僕からは決して口に出さない。
長岡も詮索してこなかった。
どうやら彼は僕のよき理解者でいるつもりらしい。
彼が僕の思考を完璧に読めているとは、とてもじゃないが思えないけれども。
でも僕にはそんな長岡のスタンスがありがたかったし、
依存しすぎることもないので、適度な距離感をもって接することができた。
はっきり言って、僕にはコミュニケーション能力が他の人よりも著しく欠けている。
単に交流したいという欲求を抑えつけているだけなのか、
あるいは、そもそも誰かと触れ合おうとする好奇心が、生まれつき備わっていなかったのか。
一つ言えるのは、こうした僕の人格形成に、
母親と二人っきりで暮らしているという環境が影響しているのは間違いない。
そう考えると、おそらく、『僕』という人間はその両方が起因して作り上げられているのだろう。
先天的に与えられた、接触、つまり争いを招くようなことを忌避する性質。
後天的に植えつけられた、自分の中で湧き起こる衝動を制御しようとする作用。
この二つによって錬成された存在が、僕なのだ。
- 31:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと30,974秒 :2008/01/10(木) 21:25:19.69 ID:ZNuSlLAs0
- けれども、長岡は僕の心の隙間に入りこんでくる。
その手口は巧妙で、僕を絶対に傷つけようとはしない。
誰とでも打ち解けられるという彼の性分は、きっと天賦の才能だと思う。
そんな長岡の一言一言が、孤独に浸っていた自分にはとても優しかった。
ずっと聞いていたいと思えるほどだ。
なので僕は自分からは語らない。僕の何気ない言葉が、ともすれば彼を傷つけかねないからだ。
( ゚∀゚)「でも、もうじきセンター試験だしなぁ」
長岡はため息まじりに呟いた。
高校の最高学年である僕たちには、来年明けてすぐにセンター試験が控えている。
当然その心配もしなければならない。
彼は遠くの大学への進学を希望していて、僕とはまるで進路の希望先が違う。
僕が出願を予定しているのは地元の大学だった。経済的にそこしか選択肢がなかったのだ。
- 32:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと30,974秒 :2008/01/10(木) 21:27:23.48 ID:ZNuSlLAs0
- ( ゚∀゚)「お前、二百個も覚えられる?」
僕は一瞬だけ迷って、ただちに「できる」と声に出して答える代わりに軽く頷いた。
( ゚∀゚)「うひゃあ、マジかよ。俺は無理かもしれないな……さすがにさ」
長岡は珍しく弱音を吐いた。
本当のことを言うと、僕も単語をすべて覚えきるなんて不可能だと考えている。
それでも「できる」と意思表示したのには理由がある。
彼は僕なんかよりもずっと頭がいい。
僕ができるようなことは、彼も大抵できていた。彼自身もそのことは分かっていた。
ならば今回のケースでも、僕が「できる」と言ってしまえば、
長岡は「自分も可能なんじゃないか」と思えるようになるのではないか。
要するに彼への隠れたエールである。
こっそり発破をかけたわけだ。
- 35:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと30,715秒 :2008/01/10(木) 21:29:50.53 ID:ZNuSlLAs0
- ( ゚∀゚)「まあ一応がんばってみるか!」
こちらの思惑が通じたのか、長岡は先ほどよりも明らかに力のこもった声でそう言った。
僕は決して長岡を傷つけようとは思わない。
かといって、直接彼に対して何か伝えることもしない。
そんな冒険ができるような勇気は、あいにく、持ちあわせていないのだから。
( ゚∀゚)「そういえば、今日だっけ? お母さんの帰りが遅くなるんだろ」
そう、今日は火曜日だ。母親は深夜を迎えるまで帰ってこない。
( ゚∀゚)「大変だよな」
彼の言う大変とは、たぶん、僕と母親の両方にあてられた労いの言葉だろう。
嘘ではない、正直な同情の気持ちがこもっていた。
それでいてわざとらしくなかった。
- 38:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと30,974秒 :2008/01/10(木) 21:31:37.85 ID:ZNuSlLAs0
- 僕ら親子の糊口をつなぐために、
母親が身を削って夜通し働いてくれていることを思うと、胸が苦しくなる。
( ゚∀゚)「また明日な。ちゃんと飯食えよ!」
長岡の家付近まで来たところで、彼は片手を上げて別れの挨拶を告げた。
ならって僕もそうした。
彼の住宅は僕のとは比べものにならないくらい大きくて、
白く清潔な壁は目に眩しく、全体の外観にいたっては、観察するだけで圧倒されるほどだ。
羨ましい、と素直に感じた。
中にお邪魔させてもらったことはないが、きっと内装も立派なのだろう。
扉を開き、住みなれた我が家へ戻っていく長岡の背中を見送りながら、
僕は門の前に立って、今日あった出来事をふりかえっていた。
彼が殺人鬼に関する話をしなかったのは、久しぶりだった。
- 40:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと30,864秒 :2008/01/10(木) 21:33:53.88 ID:ZNuSlLAs0
- 4
十月になった。
吹く風は涼しく、徐々に中間服へと衣替えし始めるクラスメイトも散見されだした。
学校の植樹に目を向けると、ついた葉は鮮やかに色付き、
黄色や朱色、落ちる寸前の茶色くなったものや、わずかに残った薄緑の葉がかもしだす趣など、
実に色とりどりの彩めいた様相をていしていた。
そんな秋の情景を、僕は教室の窓から眺めていた。
休み時間は一人で過ごすことが多かったが、今日は隣に長岡がいた。
僕が彼含め、誰かクラスメイトと下校中以外の時に雑談するのは、そうそうあることではない。
長岡に聞かされるまで気づかなかったが、僕はどうも、
座っているだけで周囲を寄せつけないような独特の雰囲気を発しているらしい。
( ゚∀゚)「もうすぐ文化祭だな」
僕たちに残されている大きな校内行事といえば、卒業式を除くともう文化祭ぐらいしかない。
- 41:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと30,306秒 :2008/01/10(木) 21:36:11.11 ID:ZNuSlLAs0
- とはいっても、僕はそれほど楽しみにしているわけではない。
( ゚∀゚)「準備めんどくせーなぁ」
口ではこう言っているけれど、彼はおそらく、
去年と同様にクラスの中心になって作業にのぞむつもりだろう。
( ゚∀゚)「その時は、お前もしっかり手伝ってくれよ」
僕は悩むことなく承諾した。
彼が何を言い出そうとも、それに首を横に振る気はない。
思うに、否定とは人間が最も手軽に快感を得られる娯楽なのである。
その代わりに、相手の気分をないがしろにしてしまう。
だから僕は、長岡に対して否定的なことは何があっても言わない。
僕との短い談話を終えると、長岡は違うクラスメイトのところに駆け寄った。
外の景色に目を戻すと、風に舞う幾枚の落ち葉が見えた。
- 44:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと30,306秒 :2008/01/10(木) 21:39:03.03 ID:ZNuSlLAs0
- 5
ある日の昼休み、長岡が興奮した様子で僕の元にやってきた。
( ゚∀゚)「これ、見てくれよ!」
言いながら彼は茶色い革表紙の手帳を差し出してきた。見覚えのないものだった。
ページをめくると、細部まで詳しく書きこまれた市内の地図と、六つの赤い×印があった。
( ゚∀゚)「殺人事件のあった現場をまとめてみたんだ」
訊けば、かねてよりこのマップの作成に励んでいたらしい。
×印は発見現場、すなわち遺体が置かれていた場所を示していて、
さらにページをめくって先を読み進めると、
発表されていた被害者の名前、性別、年齢、特徴などのデータが、六人分載せられていた。
それはまったく、僕の記憶と齟齬がなかった。
- 47:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと30,082秒 :2008/01/10(木) 21:41:23.81 ID:ZNuSlLAs0
- ( ゚∀゚)「ここから分かる部分もあると思うんだ」
彼は刑事みたいな行動を平気でやってのける。
いわく、彼は朝から僕以外のクラスメイトにもこの手帳を見せて、いろいろと考察しあっていたそうだ。
クラスメイトの中には、彼同様に犯人の正体を暴こうと考えている人も結構いたから、
議論はきっと白熱したことだろう。
( ゚∀゚)「なあ、内藤も何か、犯人はどんな奴だとか、そういった予想を持ってないか?」
悪いけれど、僕からは、何も言うことはない。
言えるはずがない。
( ^ω^)「ごめん、僕はないお」
僕は初めて、はっきりと声に出して長岡の申し出に拒否をした。
- 48:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと30,306秒 :2008/01/10(木) 21:43:33.04 ID:ZNuSlLAs0
- ( ゚∀゚)「うーん、そっかぁ……」
まさか、自分が巷を騒がせている『二十一世紀のテッド・バンディ』その人ですと、
宣言できるわけがないだろう。まして長岡にだ。
( ^ω^)「でもたぶん、犯人は僕たちとは遠いところにいるんだと思うお。
殺された人たちはみんな、僕らが知らない人ばかりだから……」
適当に言葉を継いで、ごまかした。この嘘は長岡を傷つけない嘘だろう。
知らないほうがいい真実もある。
( ゚∀゚)「ふぅん、なるほどなぁ。よし分かった、ありがとな」
長岡は人と人との間を器用にすり抜けながら、また違うクラスメイトのところへと歩み寄っていった。
その人との談笑を終えると、今度は女子生徒にも話しかけた。
彼は男女を問わず、誰にでも平等に接する。
ゆえに僕のような無口で目立たない人間にも気さくに声をかけてくれるのである。
- 52:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと29,964秒 :2008/01/10(木) 21:46:59.20 ID:ZNuSlLAs0
- 長岡が手帳を渡すと、その女子生徒はページをぱらぱらとめくり、すぐに返却していた。
彼女はあまり真剣に読んでいないように見えた。
その証拠に、彼女は長岡に問いかけられても、話半分に相槌を打っているだけであった。
( ゚∀゚)「あー、まあそうなんだけどさ……」
そんな、ちっとも懲りていないような声が聞こえてきた。
僕は考える。
長岡はじめ、いろんな人たちがこの事件の真相を追い求めているが、
今のところ、誰一人として近づけていない。
犯人につながる物品も、疑わしげな人物も、すべては彼らが憶測の範囲で語りあっているだけで、
いずれも核心に触れることなく波打ち際の砂に書かれれた文字のように消えていく。
多くの人々がやっていることは、急流の川底から一粒の砂金をつかみ取ろうとする老婆と同じくらい、
または、大草原でひらひら舞う一匹の蝶を捕まえようとしている子どもと同じくらい、無謀だ。
『二十一世紀のテッド・バンディ』は、こんなにも近くにいるというのに。
- 55:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと29,527秒 :2008/01/10(木) 21:50:08.98 ID:ZNuSlLAs0
- 時々自分でも分からなくなる。
どうして、自分は人を殺そうとするのだろうか。
……たぶん、僕がいつも独りであることが原因なのだと思う。
孤独を厭だと感じない、その代償として、殺人をすることで充足を得ようと脳が指示しているのだろう。
人は心が空っぽでは生きていけない。
殺傷行為が僕という人間を人間たらしめる要素の埋め合わせだなんて、ばかみたいだ。
僕は誰よりも人間らしくないのだ。
今月に入ってからはまだ殺人鬼は姿を現していない。
それはつまり、僕の中で殺人衝動を抑えつけている状態が続いているということ。
町は僕であり、殺人鬼は自分の心に潜む渇望である。
僕からそのどす黒いものが目覚めるということは、町に殺人鬼が来襲する、その時の到来なのだ。
そして今。
長岡に被害者たちの情報を見せられてから、僕の脳裏に殺戮を行った時の恍惚が蘇ってきている。
僕の中で、何かが蠢き始めている。
黒板にチョークで刻まれた日付から、今日の曜日を確かめなおした。
今日は火曜日だった。
- 56:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと29,464秒 :2008/01/10(木) 21:52:30.14 ID:ZNuSlLAs0
- 6
夜の十一時、僕は自宅に寒々しい静謐な空気だけを残して、夜の帳が下りた町に飛び出した。
今日母親が帰ってくる時刻は、これまでの慣例どおりなら、
おそらく午前二時から三時くらいになるだろう。
それまでにコトを済まさないとならない。
町は昼間とは対照的に、
あたかも住民たちが皆いなくなってしまったみたいに静かで、ゴーストタウンじみていた。
それも当然だろう、自分のような殺人鬼が住みついているというのに、
夜中のんきに外を出歩くような人が大量にいるはずがない。
行き交う人々は目で追って数えられるほどで、ほんの数人としか出会わなかった。
車もほとんど走っていなかった。
夜の町は死んでいた。
ただのつまらない死骸だった。
- 59:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと29,136秒 :2008/01/10(木) 21:55:10.85 ID:ZNuSlLAs0
- 人気のまるでない町の中でも、特に人通りが少ない街路地を選んでそこに立って、
待ち合わせをしている人を装い、誰か通行人が現れるのを息をひそめてじっと待ち続けた。
殺す相手は誰でもよかった。
殺すという、手段そのものが最大の目的だからである。
僕にとって殺戮行為とは、強烈な精神安定剤を服用するのに等しい。
十月ともなると、夜は若干冷える。
腕時計を確認すると、現在午後十一時半過ぎ。
空気は淀むことなく澄んでいて、雲のない空には星がくっきりと浮かび上がっているのがよく分かる。
けれど、やはり少し寒い。乾いた風が寒気を運んできていた。
上着をはおってきて正解だった、と内心ほくそ笑む。
そこに、一人の若い女性が通りかかった。
僕よりも何歳か年上だろうか。派手な服装をしていて、遊びに行っていた帰りらしかった。
足取りは少々おぼつかなくて、もしかしたら、お酒が入っているのかもしれない。
僕はまたとないチャンスだと思い、彼女の後をつけることにした。
- 60:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと29,136秒 :2008/01/10(木) 21:57:22.87 ID:ZNuSlLAs0
- 女性よりも僕のほうが歩く速度は速かった。
追いついた後は、五メートル程度の間隔と歩行速度を保ったまま、
人の気配が一切しなくなるまで息を殺して彼女の背中を尾行し続けた。
女性が狭い路地に入っていったところで、僕は歩くペースを一気に上げる。
足音に気をつけながら、一歩一歩、着実に接近する。
距離がもうすぐそこまで詰まったところで、僕は意を決し、実行にうってでた。
まずは女性の背後にそっと忍び寄り、悲鳴をあげられないように彼女の口を左手で覆って、
後頭部を思い切り殴りつけた。
女性は「うっ」と短く声を僕の指の隙間から漏らしただけで、瞼を閉じ、全身をぐったりとさせた。
気絶していた。
僕は女性の口を用意していたガムテープでふさいで、
両手を手首の辺りで、これまたガムテープでぐるぐる巻きにして、がっちりと固定した。
これで女性の手の自由は完全に奪われた。
そのまま女性の体をかつぎあげ、以前から目を付けていた、まったく人気のない橋の下に運んでいく。
いつもよりも強引な犯行だった。それだけ餓えていたのだろう。
- 61:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと28,844秒 :2008/01/10(木) 22:00:18.43 ID:ZNuSlLAs0
- 僕が殺人を決行するのは、決まって母親の帰りが遅くなる火曜日だった。
毎週ではないが、その日にしか行わない。
理由は単純で、火曜日なら夜遅くに出歩いても、
家には誰もいないので、母親から不審がられないで済むからだ。
足がつくのは身内からということが多いそうなので、まずはこの心配を取り除く必要があった。
いくら通行人を見かけないとはいえ、気を失っている女性を抱えて歩くのは、
ややもすると甚だしく危険な行為のように思えたが、
事前に調べていた裏道を駆使して、何とか姿をとらえられないように目的の場所を目指す。
「ん……」
危ない。少し乱暴に扱いすぎていた。
もう一つ注意しなければならないのは、途中で女性が気を取り戻さないようにすることである。
たった今、彼女がかすかな呻き声を漏らした。
ここで起きられると非常にまずい。
できるだけ刺激を与えないよう、慎重に、丁寧に女性の体を運んだ。
- 62:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと28,844秒 :2008/01/10(木) 22:02:04.49 ID:ZNuSlLAs0
- 青白い光を放つ月は、ひどく痩せていた。
病的なまでだ。
目的地に到着したところで、女性が目を覚まさないよう優しく地面におろした。
女性は眠っているみたいに動かない。
僕が今夜選んだ処刑場は、小さな川にかかる橋の下にある、ほの暗い空間だった。
一応川辺なのだが、何せ常に影になっているので、夜以外も光が射しこんでくることはあまりなく、
近隣に住む人たちも、あまり気にかけていないような場所である。
そこは草場になっていて、短い野草や雑草がのびのびと生えた、青臭いところだった。
秋なので、ほうぼうから虫の声が聴こえてくる。
今年は梅雨の時期が短く、雨があまり降らなかったせいか、川の水は例年よりも少なくて、
日によっては干上がってしまったようになっている。
たとえば、今日なんかは顕著で、水量に乏しく流れのせせらぎさえも鼓膜に響いてこない。
もう一度月を仰ぐと、あんなに痩せ細っているというのに、冴え冴えと輝いていた。
- 64:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと28,647秒 :2008/01/10(木) 22:04:42.52 ID:ZNuSlLAs0
- 僕は横たわる彼女の姿を俯瞰しながら、肩にさげていたバッグの中から凶器を取り出した。
今回使用するのは、肉を骨ごと切断するのに秀でた、肉切り包丁。
肉屋などでよく見かけるアレである。
僕はこの包丁を先日インターネットで購入した。
便利な世の中になったものだ。
単品では怪しまれるかもしれないと案じたので、その他の種類の包丁とのセットで注文したのだが、
これ以外の包丁はまた次回以降の殺人で使えそうである。
新品の刃物は、どうしてこんなにも禍々しく見えるのだろう。
手足ががくがくと震える。
自分がこれから禁忌を犯そうとしていることへの恐怖と、禁じられた遊びを満喫したいという期待の、
相反する二つの感情が僕の脊髄を支配している。
まず、女性を起こすために頬を軽く叩いてみた。
しかしこの程度の痛みでは不十分だったのか、彼女は瞼を開けなかった。
そこで僕は、今度はもっと大きいショックを与えようと考え、大胆な手法を試みる。
反対側の頬に包丁の刃をあてて、さっと引いた。
すると女性はかっと目を見開いた。切れた傷口から鮮血が流れ出る。
- 68:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと28,553秒 :2008/01/10(木) 22:07:34.00 ID:ZNuSlLAs0
- 覚醒した女性は、けれど依然動けないでいた。
怯えているのと、咄嗟のことであるという双方が作用して、体が思うようにいかないのだろう。
こちらからすれば、とても好都合だった。
僕は肉切り包丁を構え、頭のあたりまで振りかざし、
女性の細い足首に向けてギロチンのように思い切り振り下ろした。
すたん、と丸太を切り落とすような音がした。
にもかかわらず、包丁を握る手に伝わってきたのは、何かを押し潰したような感触だった。
「――――っ!!」
女性は激痛に悲鳴をあげたが、粘着テープが口を完璧にふさいでいるので、
呻くような声にしかならなかった。
肉切り包丁の効果は絶大で、骨まで綺麗に断てた。
血と脂の混じったドロドロとした液体で全体を覆われ、
筋が交差しあう中に、髄がみっちり詰まった骨の見事な切り口が並んだ人間の足首の断面図は、
すばらしく蠱惑的な色合いをしていた。
- 70:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと28,381秒 :2008/01/10(木) 22:09:40.75 ID:ZNuSlLAs0
- もう片方の足も同様に施した。
一回目よりも、うまく切断することができた。
両足を失った女性は、逃げるすべを失い、このまま放っておいてもいずれ失血で絶命する。
救いは微塵もなかった。
彼女は、死にながら生かされているのである。
「ん――――っ! んむ――――っ!」
女性の苦悶にあえぐ声が聴こえてくる。
今、彼女は、僕の想像を絶する激しい痛みと、末端を襲う灼けるような感覚に苦しんでいる。
女性の顔を観察すると、目尻から涙がぼろぼろとこぼれ落ちていた。
酔いもすっかりさめていた。
生きたまま麻酔もなく人体部位を切り落とされるという、
こんなにも無慈悲な、悪夢じみた現実に直面しているのだから、当たり前だ。
僕は心からかわいそうだと思った。
早く死なせてあげなければ。
でも僕は、この肉切り包丁を満足に使役したいという醜い欲望に勝てなかった。
- 73:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと28,381秒 :2008/01/10(木) 22:11:43.72 ID:ZNuSlLAs0
- それはまさしく、蛇の誘惑だった。
包丁を振り上げ、鶏の肉を切り分けるように、女性の太腿の部分に力強く刃を落とす。
これだけ大きな部位を断つのは容易ではない。
勢いが足りなかったのか、最後まで寸断することができなかったので、
包丁が刺さった状態から、さらに上から左手で押さえて力を込め、無理やりに解体した。
ひどく乱暴な切り方だった。
できあがった切断面は、足首よりも肉の割合が断然多く、触るとぶよぶよとしている。
さっき切断に苦労したのはこのためだろう。
赤い血に塗れたまだら模様の断面図は、窓辺に飾られた花を連想させた。
これ以上脚部を切るのは難しいと分かったので、今度は手をターゲットにしよう。
そう心の中で決定し、両手首をガムテープごと断ち切った。
太腿と比べ、随分とあっけなく完了した。
ぼとりと草むらに転げ落ちた二つの手は、何か違う生き物のように僕の瞳に映る。
74:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと28,277秒 :2008/01/10(木) 22:14:05.58 ID:ZNuSlLAs0
- 額に触れると、ひどく汗をかいていた。
心臓は早鐘を打っている。
僕の前頭葉は、この背徳的な悦楽に痺れ、うまく思考がまわらなくなっていた。
脳髄が溶けるようだった。
良心がぎしりと痛むので、女性の悲痛な叫びにならない叫びには耳を傾けなかった。
苦痛に歪んだ顔もなるべく見ないようにした。
ごめんなさい……。
凶行を繰り返しながら、胸のうちで、何度もそう唱え続ける。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。
僕の手によって少しずつ殺されていく彼女の悲惨さを思うと、同情するほかなかった。
僕なんかがいなければ、この女性はこんな目にはならなかっただろうに。
ああ、僕の考え方はひどく矛盾している。
人を殺している時の自分は、どこかおかしい。
罪悪感はあるというのに、命を奪っている間はずっと、脳がとろけそうなほどの甘美に溺れている。
心がだんだんと腐っていくようだ。
怖かった。
だけど、それ以上に愉快だった。
- 76:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと28,054秒 :2008/01/10(木) 22:16:42.48 ID:ZNuSlLAs0
- とにかく、この人を殺してしまわないと。
手際よく作業を終わらせ、早く死なせてあげることが、自分にできる最大限の親切だと思ったので、
僕はとにかく集中して彼女の解体を行った。
ざん、ざん、ざりっ。
ヒトがヒトでなくなっていく音が鳴り響く。
残酷な音に僕の胸は拷問のように締めつけられて、聴覚なんてなくなってしまえとさえ願った。
彼女の、それまで手のあった部分からは、
澄んだ動脈血と淀んだ静脈血がいっぺんに噴き上がっている。
流れ落ちた血液は、長々とのびた草にこびりついて、重みでひしゃげさせていた。
――――お願い。せめて、普通に死なせて……。
そんな言葉が聞こえてくるようだった。
もちろん空耳なのだけれど、女性の怨念がひしひしと伝わってきているのである。
女性の右肘から下側を切断したところで、ふと、もう彼女が唸り声をあげていないことに気がついた。
おそるおそる女性の顔を覗きこんでみると、全体に青白い色を貼りつかせていて、痙攣さえしていなかった。
いつ事切れたのだろう。
四股をすべて失う前に、女性はショックで息絶えていた
彼女の痩身には、外気に触れて腐敗した黒血が汚泥のようにまとわりついている。
- 79:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと27,756秒 :2008/01/10(木) 22:19:34.90 ID:ZNuSlLAs0
- 女性は死んだ。
同時に、僕の中で、急激に自責の念が芽生え始めた。
芽は一瞬で巨樹に成長した。
どれだけ誠心誠意を尽くして謝っても、絶対に許してはくれない。
いや、謝って済む問題ではない。
そもそも、謝る対象はすでにこの世からいなくなっている。
女性は人為的な悲劇、すなわち僕の施した残虐な人体解剖手術により逝ってしまったのだ。
僕の犯した罪は、この先どうあがいてもそそがれることはない。
僕は静寂に包まれて、原型をほとんど留めていない女性の死体を見下ろしながら、泣いた。
なんて自分は身勝手なんだろう。
彼女をこんな風に、かつて人間だったものに過ぎないグロテスクな固体にしてしまった張本人は、
まぎれもなく、狂気に縛られていた僕だというのに。
僕が背負っていく悲哀は、これで七つに増えた。
包丁に付着した黄色い脂混じりの血を、女性の洋服で丹念に拭って、
用意していた紙で刀身を包んでからバッグの中にしまいこみ、僕は逃げるようにその場から立ち去った。
その日は一際寒い夜だった。
- 80:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと27,811秒 :2008/01/10(木) 22:22:18.51 ID:ZNuSlLAs0
- 7
家に着き、ドアノブに手をかけたが、鍵がかかっている。
僕が外出する時に施錠してから、一度も開けられた気配がない。
鍵をさして中に入ったが、真っ暗だった。
蛍光灯のスイッチを入れて部屋中見渡したが、誰もいない。
今夜は普段よりも帰宅が遅くなったが、母親はまだ戻ってきていなかった。
テレビをつけてみたが、面白そうな番組は何一つやっていなかった。
まあ、やっていたとしても、見る気はなかったのだが。
今日はとても疲れた。さっさと寝よう。
お風呂を沸かして、入念に体を洗った後、僕はすぐベッドに倒れこんで、死んだように眠ってしまった。
意識が深淵に堕ちていく。
それさえも夢みたいだった。
- 81:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと27,522秒 :2008/01/10(木) 22:24:08.06 ID:ZNuSlLAs0
- 8
次の日の放課後、長岡に一緒に本屋に行こうと誘われたので、僕はそれに付き合うことになった。
どうも数学の参考書を買いたいらしい。
彼行きつけの書店に足を踏み入れると、インクの匂いがぶわっと鼻腔に染みついてきた。
長岡はこの匂いが好きだと言った。
なんとなく分かる気がする。精神安定効果が含まれていそうだ。
お目当ての参考書を見つけ出したら、長岡が今度は立ち読みがしたいと言いだした。
( ゚∀゚)「ちょっと読みたい本があるんだよ」
僕は先を進む長岡の背中を追いながら、人ごみをかきわけていく。
途中、長岡の影が見えなくなってしまい、へたすると迷いそうになったが、
なんとか彼の後ろ姿を発見し、ようやく彼が読みたいという書籍があるコーナーに立ち寄れた。
長岡は早々と目的の本を手に取っている。
何を読んでいるのか気になって覗いてみると、
ハードカバーの表紙には『ジャック・ザ・リッパー』と刻印されていた。
- 86:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと27,490秒 :2008/01/10(木) 22:25:48.79 ID:ZNuSlLAs0
- ( ゚∀゚)「切り裂きジャックは、テッド・バンディと同じくらい有名なシリアルキラーだ」
長岡が厳かなトーンで囁いた。
殺人鬼について語る時の彼の瞳の奥には、爛々とした、純粋すぎる光が宿っている。
( ゚∀゚)「でも俺はあんまり好きじゃない。なんか頭弱そうだからな。
同じイギリスの連続殺人犯だったら、
毒の扱いに長けていたヤングのほうが学ぶところは多そうだよなぁ」
……果たして、殺人鬼から何を学ぶと言うのだろう。
そんな疑問が浮かんだが、口には出さなかった。面倒なのでとりあえず首を縦に振っておく。
( ゚∀゚)「そういえばさぁ、知ってるか?」
返事をする前に彼は続けた。
( ゚∀゚)「昨日、あの殺人鬼が七人目を殺したらしいぜ」
- 89:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと27,417秒 :2008/01/10(木) 22:28:05.94 ID:ZNuSlLAs0
- はて、どういうことなのだろう。
今朝のニュース番組ではそんな報道はしていなかったはずなのに、
何で長岡が殺人事件があったことを知っているのか。
( ゚∀゚)「実はな、今日隣のクラスにいる奴から聞いたんだ。
そいつ、昨日の深夜に怪しい人物を見かけたんだって」
話を聞いてみると、いろいろとその生徒から入手した情報を教えてくれた。
犯人は男、それもかなり若い男性であり、二十歳前後ではないか。
体格は中肉中背。身体的特徴はいたって普通。
服装は暗かったのではっきりとはわからなかったが、厚手のジャンパーを着ていたのは間違いない。
眼鏡はかけていなかった、などなど。
それらの条件はすべて、完璧に合致していた。
彼の性格からして、この情報を僕以外の人間にも伝達するのは間違いない。
- 92:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと27,204秒 :2008/01/10(木) 22:30:57.17 ID:ZNuSlLAs0
- ( ゚∀゚)「……でも該当者は多いよな、これって」
ううん、と長岡が唸るような声を漏らす。
( ゚∀゚)「ああ、そうだ。身長はおよそ百七十センチぐらいだって」
そう言って、長岡は僕の頭に手を置いた。
( ゚∀゚)「大体お前と同じくらいだな」
長岡にそうされた瞬間、僕はどきりとした。
唐突の行動だったのもあるが、心臓が大きく脈動して飛び出そうになってしまった。
体が奥底から熱くなって、手の平からは汗が噴き始めている。
無意識にさっと身をひいてしまったので、ひょっとすると、彼は訝しんだかもしれない。
( ゚∀゚)「警察に知れたらお前も疑われるぜ……? いや、冗談だけどな」
長岡は無邪気に笑った。僕も笑おうとしたが、焦りと緊張でうまく表情を作れなかった。
- 93:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと26,849秒 :2008/01/10(木) 22:33:23.12 ID:ZNuSlLAs0
- 長岡は僕との一方的な会話を終えると、また読書に復帰した。
( ゚∀゚)「なあ、お前も読んでみるか? 何か感銘を受けるようなことがあるかもしれないぞ」
彼はすっと自分の読んでいた本を僕に差し出し、読むように勧めた。
あまり乗り気ではなかったが、長岡の頼みを断るわけにもいかないので、
とりあえず眼を走らせてみる。
( ゚∀゚)「思うんだけどよ、例の殺人鬼ってテッド・バンディっていうよりチカチーロっぽいよな。
被害者は多種多様に富んでいるからさ」
まったく聞き慣れない人名を並べられても、返答のしようがないのだけど。
( ゚∀゚)「まあ誰でも標的にされるってことだ。お前も気を付けろよ。奴は無差別だ」
長岡の警告に、僕はその心配はないと答えておいた。
犯人は、意外と身近なところにいるんだよ、と言ってやりたかった。
- 95:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと26,675秒 :2008/01/10(木) 22:36:03.21 ID:ZNuSlLAs0
- 立ち読みを頃合のいいところで切り上げて、僕ら二人は再び帰路に立ち戻った。
彼はこの事件にどこまで本気なのだろう。
できることなら、彼には深く関わってほしくない。
その無限がごとく溢れ出る活力を、
何か他のことにぶつけてくれれば幸いなのだが、僕は自分からは言わなかった。
( ゚∀゚)「じゃあなー」
手を振る長岡と別れた後で、僕はつい先程読んだ本の内容を思い出した。
ジャック・ザ・リッパー。
彼は女性ばかりを狙い、殺した相手の身体を切り刻む、悪名高い連続猟奇殺人犯である。
殺害はほとんどが夜の出来事であり、人目のつかない隔絶された場所でそれは実行されていた。
犯行が行われた日にはいくつかの規則性があったと言われている。
犯人の正体は謎のベールに包まれていて、未だ明らかになっていない。
そこまでしか覚えていなかった。
- 98:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと27,053秒 :2008/01/10(木) 22:37:17.71 ID:ZNuSlLAs0
- 9
十月も半ばにさしかかったこの日。
僕のクラスでも文化祭の出し物について話し合いを行うこととなった。
( ゚∀゚)「じゃあ、実行委員は俺たち二人で決定で」
ξ゚听)ξ「よろしいかしら?」
文化祭実行委員、すなわち僕らのクラスの中心になって活動する役職には、
クラスのまとめ役である長岡と、これまた女子で一番精力的なツンの両名が選ばれた。
満場一致の決定だった。
ξ゚听)ξ「それじゃ、今から私たちが小さな紙を配るから、
何でもいいから思い浮かんだ案をそこに記述してね。あとで集めるから」
僕は渡された紙きれに「人形劇」と書いて、提出した。特にこれといって理由はなかった。
- 100:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと26,553秒 :2008/01/10(木) 22:40:19.55 ID:ZNuSlLAs0
- 実行委員の二人が集まったアイディアを黒板に写している間、僕は文化祭当日のことを想像した。
どうだろう。長岡は、僕と一緒に校内を回ってくれるだろうか。
いや、いくらなんでもそれはないだろう。
彼は誰からも好かれるし、誰にでも好意を払っているから、
さすがに他に友人の居ない僕なんかと歩くなんてことはあるはずがない。
それよりも、長岡という名前から、僕は計らずも先日の会話を想起してしまった。
あの時……彼は確かに僕につながる情報を述べていた。
まだ警察にも発覚されていないのにだ。
前回の事件はもうマスメディア中に知れ渡り、連日大報道されているが、
一般の報道機関よりも早く諸事情を手に入れる彼の行動力と情報収集能力は尋常ではない。
いつの日か、長岡は僕が犯人だと感づくのではないか。
この展開は自分が最も恐れていることだった。
彼の口の早さを考えると、そうなってしまったら犯人が僕であると瞬く間に町内に広まってしまう。
それだけは避けたい。
彼に僕の正体を知られてはいけないのである。
- 102:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと26,299秒 :2008/01/10(木) 22:42:29.64 ID:ZNuSlLAs0
- そんな風に思索を繰り広げていると、不意に、あの夜の記憶が脳裏に蘇ってきた。
橋の下で女性を殺害した夜の出来事だ。
思い出した途端、僕は震えを抑えるのに躍起にならなければならなくなった。
殺人を犯してから数日は、自分の行いへの嫌悪と後悔からくる恐怖感が尾を引き、
ただそれだけが僕の心を支配して、こうして人知れず奇病の発作みたいに苦悩してしまう。
でも時間が経つと、今度は人を殺す場面を思い浮かべるたびに、その鮮烈な刹那を求めるようになる。
もう一度誰かを殺してやりたい、あの刺激を得たいという歪な欲望が、
ハイクラスのレーサーが運転する車みたいに、急速に僕の全身を駆け巡るのだ。
そしてその時の感触は、体の内側を幾多の虫がうろうろ這いまわるかのように気味が悪い。
これまでもそうだった。
最初に殺人を実行したのは今年の春頃だったが、当時からこんな状態が続いている。
僕と殺人との間に築かれた関係は、薬物依存者と麻薬のそれとほぼ同じだった。
ξ゚听)ξ「部活をやっていた人は八月まで、委員会をやっていた人も九月までで引退したんだから、
放課後準備をサボるのは絶対に許さないからね!」
ふと我に立ち返ると、ツンが教卓を叩きながらそんなことを喚起していた。
- 103:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと26,604秒 :2008/01/10(木) 22:44:21.42 ID:ZNuSlLAs0
- 10
週が明けて、また新しい一週間を迎えた。
月曜日の授業というのは、どうしてこうも身が入らないのだろう。
さらに今週からは、文化祭の準備という実に厄介な仕事が待ち受けている。
僕の意見は受け入れられず、このクラスでは喫茶店をやることになった。
けどよく考えれば、事前にやっておくべき準備は比較的少なくて済むので、いいのかもしれない。
出し物の準備期間中はクラス全員の下校時間が均等になり、皆が一斉にばらけ始める。
解散の際のあわただしくもにぎやかな光景は、ある意味壮観だ。
僕はあまり喧騒は好きではないのだけれども。
閑話休題。今日こなしておく分の作業が終わったので、一緒に帰ろうと長岡に声をかけた。
すると彼は、なぜか困ったような顔をした。
( ゚∀゚)「ごめん、ちょっと今日は用事があるから無理なんだ。
悪いけど一人で帰ってくれないか?」
珍しく、長岡が僕の誘いを断った。
- 104:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと26,042秒 :2008/01/10(木) 22:46:15.04 ID:ZNuSlLAs0
- 僕は無言で承諾した。
長岡は心底バツの悪そうな表情を作って、僕のいた位置から離れていく。
まあ、一緒に下校できなかったことは今までにも何度かあったので、
特に気にも留めなかったが、その考えは瞬時に吹き飛ばされた。
( ゚∀゚)「んじゃ、行こうぜ」
長岡は親指で行き先らしき方角を指しながら、クラスメイトの女子の一人を誘ったのである。
いつの間に二人はそんな関係になったのだろうか。
彼女は僕の知る限り、それほど長岡と深く付き合ってはいなかった。
突然すぎる。
僕は内心、ショックを受けていた。
自分の勝手な思い込みだけれど、彼はそんな人間ではないと思っていたからだ。
彼が女性と一緒にいるところを、僕は見たことがない。
仲良く並んだ二つの背中に、僕はずっと、羨望と嫉妬が入り混じった眼差しを向けていた。
- 107:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと26,090秒 :2008/01/10(木) 22:47:59.31 ID:ZNuSlLAs0
- 11
週末。
文化祭の準備を終えると、今日も僕は一人で家路についた。
外の景色を望むと、町は紅く染まりつつあった。
だんだん日が暮れるのが早くなってきている。やはり季節は秋なのだなと思い知らされる。
明日からは待望の休日だ。
遅くまで眠っていても大丈夫だし、疲労した体をじっくりと休ませることができる。
何より、学校にいかないで済むということが大きい。
七人目を殺してから結構な日数が経つ。
そろそろ殺戮衝動が無尽蔵に湧いてくる頃だ。
そうなれば自制が効かなくなってしまうので、人前に出る必要がなくなるというのは、とてもありがたい。
しかし、そんな気分はすぐに消え失せてしまった。
教室を出て、玄関に続く混雑した廊下を歩いていると、この日も長岡があの女子生徒といるのを見かけた。
これで今週四度目だった。
一体、二人はどういった関係なのだろう。
僕は気になって仕方がなかった。
焦燥でどうしようもなくなった僕は、決意した。帰り道を変更して、二人の後を尾行しよう、と。
- 109:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと25,852秒 :2008/01/10(木) 22:50:03.12 ID:ZNuSlLAs0
- 二人は僕の家とは正反対の、まるで知らない道を進んでいく。
学校の正門を出ると、長岡たちはそのまま商店の立ち並ぶ方向へと歩を進め、
開けた国道沿いの歩道上を行っていた。
僕は彼らの背後で、決して二人に悟られないよう、物音一つ立てずにその様子を監視していた。
白状しよう。
長岡がともなっている女子生徒は、実は、僕が密かに淡い恋心を抱いていた相手なのだ。
だから、僕は長岡に激しく嫉妬している。
体全身を隅々まで循環する血流が、二人の隣り合って歩く姿を遠目に眺めると、
逆流しそうなほど猛烈に熱く煮えたぎってくる。
僕は長岡のことを羨ましいと感じるだけに留まれず、むしろ恨んでいた。
ちょうど、禁断症状を引き起こした中毒者みたいに、
僕の内側で殺人嗜好が急遽構成されているのも連鎖してか、一切理性が働かない。
体中が痒かった。呼吸は荒い。指先がわなわなと小刻みに震えている。
嫉妬は憎悪に変わり、憎悪は殺意に発展した。
- 112:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと25,852秒 :2008/01/10(木) 22:51:59.96 ID:ZNuSlLAs0
- 僕は、無意識に次のターゲットを決定していた。
初めての、殺したくて殺す人物だった。
ちょうどいい、彼は自分の正体にいずれ気づくであろう邪魔な存在だ。
自分の内に隠れていた、悪鬼のような陰湿性が顔を現す。
覗かせるは冷たい牙。
それまでひきつっていた僕の口元は、知らずのうちにほころんでいた。
- 113:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと25,852秒 :2008/01/10(木) 22:54:39.88 ID:ZNuSlLAs0
- 12
ようやく火曜日になった。
あれほど楽しみにし、心待ちにしていた二連休も、早く終わってくれと願っていた。
億劫な月曜日は無心で過ごした。
寄り道もせず帰宅し、しばらく休憩を挟んだ後、僕はリビングの片隅に置かれた電話機の前に立ち、
連絡網の表を握りしめ長岡の電話番号を探していた。
番号を発見し、受話器を左耳に当て、いざボタンを押そうとしたところで、ふと、躊躇してしまった。
彼は僕と唯一親しい人間だ。
本当に彼を殺しても構わないのか。
長岡だけは傷つけてはならないと誓ったんじゃなかったのか。
思わず、僕は戸惑ってしまう。
ただ、そんなためらいは即座に消え失せた。
ほんの少しだけ残っていた良心よりも、憎しみに満ちた漆黒の感情のほうがずっと強かった。
- 116:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと25,421秒 :2008/01/10(木) 22:56:39.83 ID:ZNuSlLAs0
- 電話機のパネルにデジタル表示された時刻を見ると、たった今午後の七時半をまわったばかりだった。
自分でも驚くほど落ち着いて発信ボタンを押し、長岡宅に電話をかけた。
呼び出し音が四回鳴ったところで、長岡が出る。
( ゚∀゚)『もしもし? あ、内藤?
どうしたんだよ、こんな時間に。学校から伝言でも回ってきてるのか?』
長岡の出席番号は僕の次なので、どうやら彼は連絡網の通達だと勘違いしたようだ。
( ^ω^)「……違うお。ちょっと会って相談したいことがあるんだお」
( ゚∀゚)『電話で片付くような話じゃないのか?』
( ^ω^)「いや、直接話がしたいんだお」
長岡の声は受話器越しにも分かるぐらい明朗だった。自然と胸が痛む。
でも、僕の頭はまるで独裁者から彼を殺すことを強固に命ぜられたかのように、
逃れられない使命感でいっぱいだった。
それは所詮、自己の正当化にすぎないのだとも分かっていた。
- 118:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと25,508秒 :2008/01/10(木) 22:58:13.90 ID:ZNuSlLAs0
- ( ゚∀゚)『うーん、でもなぁ、俺これから約束があるんだよ』
僕はその台詞にはっとした。
その約束とはおそらく、いや間違いなく、僕が好意を寄せているあの人と交わしたものだろう。
( ^ω^)「だけど、今日どうしても話さなきゃならないんだお! お願いだお」
( ゚∀゚)「ううん……仕方ねぇな、分かったよ」
返事はあまり乗り気でないように聞こえたが、最終的に長岡は了解してくれた。
口調に疑いの念はこれっぽっちもこもっていなかった。
彼は本当に人がいい。
これから僕が彼に犯そうとしている地獄に等しき凶行を考えると、罪悪感を抱かずにはいられなかった。
( ^ω^)「とにかく、午後九時に学校の裏門の前に来てほしいお。待ってるお!」
そこまで強引に告げたところで、僕はがちゃりと受話器を叩きつけるように置いた。
静けさだけが充満する部屋で、その音がやけに大きく響いた。
- 121:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと25,508秒 :2008/01/10(木) 23:00:51.68 ID:ZNuSlLAs0
- 約束の時間が来るまで、僕は何もせず、食事さえとらずに、ただただ俯いてソファに座っていた。
そうしているうちに時計の針が九の数字をさしだしたので、僕はやおら立ち上がり、
ゆっくりと自分の部屋へと向かった。
自室にある机の引き出しには、僕が今までに使用した、あるいは今後使う予定の凶器を隠してある。
それは包丁だったり、鈍器だったり、紐だったりした。
僕はその中から買ったばかりの新しいフォールディングナイフを選んだ。
このナイフは携帯性に優れていて、持ち運びに便利だ。外で殺人をするのには非常に都合がいい。
ナイフを茶色い革製のケースから抜き出し蛍光灯にかざすと、
傷一つない新品の刃は曇りなく銀に輝いて、心身共に魅了されそうなほど美しい。
僕はナイフをケースに戻し、着ていた上着の内側のポケットに入れた。
準備は終わった。
決意も固まった僕は颯爽と玄関へと足を運び、扉を開けて鍵をかけ、夜の闇へと溶けこんでいった。
彼の待つ学校へと歩いていく。
心臓が跳ねて刻むリズムは、平時よりもずばぬけて速い。
町はすっかり暗くなっている。
約束した時間というのは、少々遅れて行ったぐらいが、自分にとってはちょうどよかった。
- 127:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと25,421秒 :2008/01/10(木) 23:03:33.73 ID:ZNuSlLAs0
- 13
( ゚∀゚)「……ああ、うん。すまねぇ。じゃあな」
七時半ごろいきなり、内藤から「急用がある」と突如として連絡があったことを伝えると、
彼女は割とあっさり約束の破棄を受け入れてくれた。
電話を切った後で、少し思考を巡らしてみる。
なぜ相談は今日の、それも夜が更けてからでなければならなかったのだろう。
第一、学校で言ってくれればよかったものを。
帰宅してから何か急に心配事ができたのだろうか。考えられるとすれば、母親絡みか。
まあ、そんなどうでもいいようなことを勘ぐってもしょうがない。
無駄に疑心暗鬼に陥ってしまうだけだ。
腕時計に視線を落とすと、午後九時前だった。
両親に外出の許可をもらったあと、ただちに家を飛び出して、俺は待ち合わせの場所へと急いだ。
- 131:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと24,884秒 :2008/01/10(木) 23:07:05.28 ID:ZNuSlLAs0
- 14
おそらく午後十時に少し届かないぐらいだろうか、
僕が学校に到着した時、計算どおりに長岡は苛立つ様子もなく裏門前に立ちつくしていた。
( ^ω^)「ごめんだお、呼び出しておきながら遅れてしまって……」
僕は待ち合わせ時間に大幅に遅刻したことを詫びながら、懐中電灯片手に長岡へと近づき、
校庭に忍びこんで、ちょっと先まで行ったところで話をしようと提案する。
長岡はそれに賛成した。
僕たちは閉じられた裏門をよじ登り内部に侵入して、誰もいない夜のグラウンドを会話もなく歩いた。
静かな夜だった。
旧校舎付近に来た辺りで、長岡に「靴紐がほどけたからちょっと先に行っておいてくれ」と頼む。
これも作戦である。
その場にしゃがんで靴紐を結び直しているふりをした後、
前を進む長岡を追尾、その背中に密着し、ナイフのグリップ部分で彼の後頭部を全力をこめて殴りつけた。
- 134:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと24,884秒 :2008/01/10(木) 23:09:12.20 ID:ZNuSlLAs0
- (;゚∀゚)「ぐっ……!」
油断しきっていた長岡は土の地面に力なく倒れた。
まだ意識はある。
混乱がとけないうちに、僕は彼の身体を無理やりに旧校舎内へと引きずり、舞台を整えた。
旧校舎はもう大分昔から使用されておらず、ほとんど廃墟同然と化していた。
現代ではめったに見られない完全なる木造建築で、
板張りの廊下の床は、ところどころ積年の劣化からか腐食している。
薄汚れた壁からは、古臭いカビた匂いがする。
僕は長岡を適当な教室に連れこみ、ほこりをかぶった崩れる寸前の床に放り出して、睨むように俯瞰した。
教室には机も椅子もなく、がらんどうだった。
この場所が人の訪問を享受するのは、果たして何年、何十年ぶりなのだろうか。
(;゚∀゚)「おいっ、お前……何してんだよ!?」
僕の右手に握られた一振りのナイフを見つめながら長岡が言う。
眼は暗順応しきっていて、彼の表情がよく読み取れる。
彼は動揺を隠せないでいた。同時に、得体の知れない恐怖に怯えているように見える。
- 141:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと24,884秒 :2008/01/10(木) 23:13:10.36 ID:ZNuSlLAs0
- ( ^ω^)「――――すまないお」
僕の中で何かが弾けた。
心の奥底をうつろっていた影が実体化していく。
こうなってしまったら、僕がどんなに彼に対して後ろめたい感情を抱き、また哀切の意を示そうとしても、
完膚なきまでに殺害しなくては気が治まらない。
ナイフを揺らしながら、長岡へと一歩一歩、着実に歩み寄っていく。
(;゚∀゚)「おっ、おい……なぁ、冗談だろ……? 内藤……?」
長岡は事情をようやく呑みこんだようだ。
怖気の正体と、僕の正体が、戦慄が走ったようにいっぺんに理解できたに違いない。
( ^ω^)「そうだお。僕が世間で評判の『二十一世紀のテッド・バンディ』なんだお」
長岡の顔は恐々としていてひきつっていた。冷や汗が額から首筋にかけて流れ落ちている。
ああ、僕はこれから、彼を殺してしまうんだ。
何度も何度も、何度でも尽きることなく、胸の内で彼にあてる魂の謝罪の弁を反芻した。
- 144:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと24,435秒 :2008/01/10(木) 23:15:58.85 ID:ZNuSlLAs0
- (;゚∀゚)「ひっ……」
僕の告白を受けて、長岡は絶句していた。
普段の彼の活発な姿は見る影もなく、今はただ恐れおののき、がたがたと震えているのみである。
僕の手の中で鈍色に輝くナイフは、その鋭い切っ先をまっすぐに長岡の心臓部へと向けている。
(;゚∀゚)「まっ、待て!」
長岡が精一杯の声を発した。
彼は床に尻をつけたまま後ずさりし、手で僕を制しながら懇願の眼差しで見据えてくる。
僕は押し寄せてくる良心の呵責に苦しんだ。
( ^ω^)「きっと僕は気づかなかったんだお……九月までは委員会の仕事があったから……」
(;゚∀゚)「何言ってるんだよ、お前……やめろ、やめるんだ!」
だけど、身体は言うことを聞かない。
哀惜の念は絶えない。
僕の瞳には闇が落ちていた。
脳は麻痺してしまったみたいに、激しく正常さを欠いている。
- 150:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと24,543秒 :2008/01/10(木) 23:18:40.12 ID:ZNuSlLAs0
- 最初に人を殺した時、あれは五月の終わりで、相手は若い男性だった。
夜、なんとなく出歩いていたら、突発的に誰かを殺さなくてはならないという強迫観念に襲われて、
細い路地で遭遇した男性の首を無我夢中で締めつけ、殺してしまった。
それ以来、僕は殺人衝動という、恐ろしき怪物を自分の中に飼うことになった。
次に殺した相手は年老いた女性だった。
六月末、僕は散歩中の女性を狙い、人の気配がすっかりなくなったところで、
彼女を後ろから用意していたアクリル製の紐で絞首した。
七月。三人目は若い女性だった。
廃墟じみたビルの内部に連れ込み、小型ハンマーを勢いよく頭に振り下ろした。
そうすると、割れた頭蓋から出来そこないのチリソースビーンズみたいな血混じりの脳漿がこぼれだした。
四人目、五人目は、どちらも小学生とおぼしき女の子で、八月の、夏休み真っ最中の頃だった。
塾帰りと推定される女の子を、二週続けてナイフで胸を刺して殺害した。
初めての刃物を用いた殺人だった。
六人目は九月の半ば頃。殺したのは中年男性。
通り魔のようにふらふらと近寄り、懐に隠していた出刃包丁で切りつけ、遺体は近くの林に捨てた。
七人目はつい最近のことで、殺したのは若い女性だった。人を切り刻むという、猟奇的な殺し方であった。
そして今、僕は生涯初めて、殺したくて人を、長岡を殺すのだ。
長岡の左胸に照準を合わせ、ナイフを突き刺そうとする。
- 153:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと23,977秒 :2008/01/10(木) 23:20:41.86 ID:ZNuSlLAs0
- その時だった。
誰もいないはずのこの場所に、僕と長岡以外の声が唐突に聴こえてきた。
「待って!!」
僕はその叫び声に全身に電流が疾走したがごとく反応し、脊髄反射的に振りかえった。
まず真っ先に思ったのは、眩しい、ということ。
そこには、僕のよく知る一人のクラスメイトが、大量のライトから放たれる光をバックにして立っていた。
(;^ω^)「どういうこと……だお。どうして……」
不測の事態に、僕はしばしの間軽い錯乱状態に陥ってしまった。
冷静さを取り戻して、突然の、まったくの想定外である訪問者たちに一瞥を投げかける。
ライトを構えているのは、警察服に身を包んだ十数人の男性たちだった。
その集団の前で僕に毅然とした眼差しを向けているのは、
あの例の、此度の殺害計画の引き金となった女子生徒であった。
つまり、僕が恋い焦がれている相手である。
- 156:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと24,354秒 :2008/01/10(木) 23:23:33.15 ID:ZNuSlLAs0
- そう、僕は確かに彼女に惹かれていた。
惹かれて当然だった。
だって彼女は――――僕とあまりにも近かったから。
- 162:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと23,977秒 :2008/01/10(木) 23:25:43.73 ID:ZNuSlLAs0
- 15
僕が危惧していたとおり、長岡は今にも内藤に殺されそうになっていた。
僕がここに到着するまでに、
この古びた旧校舎でどんな悶着が繰り広げられていたのかまでは予測が及ぶ範囲ではないが、
どうやら今は、間に合ったことを素直に安堵するべきのようである。
警察を引き連れた僕の姿を見て、内藤は豆鉄砲をくらったような顔をしていた。
僕は以前から分かっていた。
犯人は、連続殺人鬼『二十一世紀のテッド・バンディ』は、彼なのだと。
(*゚ー゚)「内藤くん……僕は知ってたんだよ。君が連続殺人事件の犯人だって」
つとめて平静を取りつくろって、憐れみをこめた声で、僕は彼にそう言い放った。
- 168:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと23,760秒 :2008/01/10(木) 23:27:48.51 ID:ZNuSlLAs0
- すべてを一から話すと長くなる。
とある夏の日の夜、僕はいつもより随分と遅くに外出した。
その日は火曜日だった。
僕は母親の帰りが遅い火曜日には外で食事を済ませるようにしているのだが、
その日の夕方、うとうととしていたらそのまま眠ってしまい、
目を覚ました時には午後十時を大幅に過ぎてしまっていた。
その頃にはもうほとんどの店は閉まっていたので、
仕方なく、僕はコンビニへ弁当を買いに行くことにしたのだ。
僕が内藤が犯人だと分かったのは、その時だった。
コンビニからの帰り道、僕は少し離れたところにクラスメイトである内藤の影を見かけた。
人気はまったくなかった。僕と、彼しか見当たらなかった。
内藤はズボンのポケットに両手を突っ込んで、目の焦点が定まっていない様子で歩いていた。
こんな時間に一人で何をしているのだろうと思い、しばらく彼の行動を見守っていたら、
彼は前方から来る小さな女の子とすれ違った瞬間、猛然とその少女を追いかけだしたのだ。
ポケットから出した彼の手にはナイフが握られていた。
- 173:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと23,416秒 :2008/01/10(木) 23:30:15.21 ID:ZNuSlLAs0
- それからのことはよく覚えていない。
彼が女の子にナイフを突き刺そうとした瞬間、僕は何も考えずに走りだして、ただちに帰宅した。
心臓がばくばくと興奮気味に鼓動しているのが分かった。
翌日、ニュースで昨夜の事件が大々的に取り上げられていた。
被害者の女の子は小学五年生の、将来に対する不安なんか一切ないような年齢の子どもであった。
状況や地域などの要素から、これまでに起きていた連続殺人事件と関連づけられ、
専門家が今回の事件は『二十一世紀のテッド・バンディ』によるものだという結論を下していた。
それはつまり、殺人鬼が内藤だということの証明だった。
けれど、僕はその恐るべき真実を誰にも言う気にはなれなかった。
人との干渉を極度に避けたがっていたのも動機の一つだが、本当は、もっと大きな理由があった。
僕は内藤に同情していたのだ。
なぜって、彼の境遇は、僕とあまりにも近すぎたから。
- 181:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと23,322秒 :2008/01/10(木) 23:33:08.44 ID:ZNuSlLAs0
- 僕と内藤は同級生だった。
どちらもクラスでは孤立していて、長岡しか話し相手がいなかった。
彼は誰にでも話しかける。
男女も、相手の性格も、外見も問わない。
また、内藤も僕同様に幼い頃から母子家庭で育っていた。
どうして僕がそんなことを知っているのかというと、以前、母親から聞かされたのだ。
僕の母親と彼の母親は同じ職場で働いている。
だから、火曜夜は唯一の家族の帰りが遅いという事柄も共通していた。
そのことを分かっていたから、内藤の殺人は火曜日の深夜に行われているのだろうとも予想できた。
――――そう、あの夜のように。
――――そして、今夜のように。
僕が内藤にそう独白すると、彼は顔を下げたまま、消え入りそうな声で呟いた。
(;^ω^)「でも、どうして僕がここにいるって、長岡を殺そうとしているって分かったんだお?」
- 185:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと23,416秒 :2008/01/10(木) 23:35:47.73 ID:ZNuSlLAs0
- (*゚ー゚)「それは、長岡が今夜会う約束していたのは、僕だから」
僕は今日の下校途中、長岡に一緒に食事に行かないかと誘われたのだ。
彼は今晩母親の帰宅が遅くなることと、そんな時僕が一人で外食しに行っていることを知っていたので、
孤独な僕を気遣って誘ったのだろう。
(*゚ー゚)「……八時半に、長岡から電話があった」
彼は、内藤からどうしても断れそうにない急用が入ったと僕に伝えた。
僕はその時、瞬時にひらめいた。内藤が次の殺す対象に選んだのが、長岡である、と。
内藤の殺人計画を直感した僕は、長岡に待ち合わせの場所と時刻を訊き、警察に通報したのだ。
じゃあどうして自分がこの学校内にいるかというと、
通報したはいいが、長岡が心配でいてもたってもいられなくなって、僕もここにやってきたのである。
それだけ彼の安否が気にかかっていた。
けど、警察は現行犯でないと逮捕できないと言うので、
僕たちは内藤が犯行に及ぶ瞬間まで接近しすぎずに待ち伏せする必要があった。
- 188:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと23,241秒 :2008/01/10(木) 23:37:29.68 ID:ZNuSlLAs0
- 僕が全ての説明を終えると、内藤の右手から、からん、と乾いた音を立ててナイフが転がり落ちた。
彼の顔には虚無が貼りついていた。
無表情すぎて彼が今どう思っているのか読み取れなかった。
僕は、内藤がクラスメイトを殺害しようなどと考えるとは想像できなかった。
彼が自分へと繋がりそうな人間を殺すようなリスクを負うはずがないと高を括っていた。
(*゚ー゚)「とにかく、間に合ってよかった……」
僕は床に伏せている長岡に駆け寄った。
長岡の顔はまだ恐怖に青ざめていたが、なんとか立ち上がらせ、
僕は彼に肩を貸して警察が待ち受けるほうへと連れていき、保護してもらうよう頼んだ。
( ^ω^)「…………」
呆然から覚めた内藤は警察官数人に囲まれ、暴れることもなく、その両手首に手錠をかけられた。
内藤はそうされている間、神経衰弱気味にうっすらと微笑んでいた。
かける言葉が見つからない。
僕は傍観しているだけだった。
- 194:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと23,161秒 :2008/01/10(木) 23:40:35.38 ID:ZNuSlLAs0
- ( ^ω^)「僕は、君のことが好きだったんだお」
……そのぐらい、僕は知っていた。
おそらく、彼も彼の母親から僕と境遇が近いことは聞かされていただろう。
こんなにも似ている僕に内藤が共感や、あるいは好意を抱くであろうことは、予想がついていた。
だけど、僕と内藤の間には決定的な違いがあった。
内藤は孤独でもまったく平気でいられたけど、僕は本当は、孤独であることが嫌だった。
僕は互いに傷つきあいたくなくて人との接触を避けていたけれど、
できることならぽっかり空いた隙間を埋めたいと、心の奥底では願っていたのだ。
でも彼は違う。
彼の心には、人間として大切なものが欠落している。
そうでなければ、連続殺人などという、人の道を踏み外した行いに目覚めるはずがない。
いろいろと思考が脳内を縦横無尽に駆け巡るけれども、結局僕は内藤に、何の言葉もかけられなかった。
- 195:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと22,806秒 :2008/01/10(木) 23:42:25.07 ID:ZNuSlLAs0
- 16
十月も終わりを迎える。
町中を震え上がらせた、時代の寵児『二十一世紀のテッド・バンディ』は、嵐のように去っていった。
ただ多くの傷跡だけを残して。
穏やかな秋の風。
髪に吹きかかれば涼しく、頬をくすぐれば心地良い。
秋も本番である。
歩道には次第に街路樹からはらはらと揺れ落ちる木の葉が積もり始め、
町は夕陽が照らす柔らかい赤光に包まれていた。
僕はこの日も、いつものように長岡と並んで下校していた。
話は前後するが、先週の土曜日、我が校の文化祭が大々的に開催された。
僕はクラスの出し物に本格的な映画を作ろうと提案したのだが、
長岡いわく「金と時間が余裕で文化祭三回分半はかかる」らしく、事前に見事却下されていた。
- 199:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと22,654秒 :2008/01/10(木) 23:45:12.57 ID:ZNuSlLAs0
- ( ゚∀゚)「なぁ、これ見てくれよ。事件についてまとめたんだ。完全版だぜ」
長岡が嬉々とした様子で語りかけてくる。
長岡はあんな目にあったばかりだというのに、
連続殺人事件の犯人が身近なクラスメイトだったという衝撃的な事実を目の前で突きつけられたことで、
逆に殺人鬼に対する興味がより一層燃え上がっているようだ。
長岡から渡されたノートと手帳とルーズリーフの用紙の束には、
これまで以上に事細かく、自分の分まで含んだ殺人事件のデータと考察が記されていた。
……一体、この驚異的なバイタリティは彼の身体のどこから生まれているのだろう。
(*゚ー゚)「……はい」
僕は適当に目を通して、内容もよく把握せずに冊子を返却した。
長岡が毎度のごとく感想を求めてきたので、これまた適当に言葉を繋げて返答した。
僕は最初から犯人を知っていたんだから、これ以上何かを追及されても、困惑してしまうだけだ。
- 204:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと22,654秒 :2008/01/10(木) 23:48:09.76 ID:ZNuSlLAs0
- 事件にお互い関わってしまったにもかかわらず、
僕と長岡の関係には髪の毛一本ほどの影響もなくて、毎日がかつての日々と同じように過ぎていった。
あの一日だけが都合よくカレンダーから抜け落ちているかのように。
内藤は殺人未遂の現行犯で逮捕され、その後全てを自供。
およそ半年という、驚くほど短期の間に七人もの犠牲者を生んだ『二十一世紀のテッド・バンディ』。
彼がもたらした悪夢は、ついに終焉したのであった。
( ゚∀゚)「そろそろ追い込みをかけなきゃいけない時期だな。これからが受験本番だぜ」
長岡が話しかけてくる。
(*゚ー゚)「うん」
僕はそれに頷いた。
そう、何も変わらない。
今はただこの何気ない瞬間が、名残惜しい記憶へと変わっていくだけ。
- 207:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと22,616秒 :2008/01/10(木) 23:50:23.99 ID:ZNuSlLAs0
- そういえば、僕には彼に訊きそびれていたことがあった。
言いにくい事柄だったので話題を避けていたが、思い切って、自分から話してみる。
(*゚ー゚)「あのさ、前にツンと帰った時があったでしょ。あれはどういうことだったの?」
奇妙なことに、彼がツンと一緒に帰ったのはその一回だけで、
以降はこれまでの習慣と何一つ変わらず僕と下校しているのである。
( ゚∀゚)「ああ、あの時のか?
あれはよ、喫茶店をやるのに必要な商品のリストアップに行ってたんだ。
実行委員の辛いとこだな」
長岡はこともなげに、あっけらかんとして僕の疑問を解決してみせた。
( ゚∀゚)「どうしたんだよ、突然」
ほっと胸をなでおろす僕を不思議に思ったのか、長岡は怪訝そうな顔をして尋ね返してきた。
僕は黙っていた。
理由の説明なんてできなかった。
- 210:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと22,129秒 :2008/01/10(木) 23:52:04.39 ID:ZNuSlLAs0
- ( ゚∀゚)「へきしっ!」
行く途中、長岡が盛大にくしゃみをした。
今日は少々冷える。
町行く人々は僕たち含め、夏季と冬季の間に着るような中間服を身にまとっていたけれど、
それでも人によっては寒いと感じるかもしれない。
僕は彼が極度の寒がりだったことを思い出し、彼がいる右側に身体を寄せると、
長岡はぱっと飛び跳ねるようにして離れた。
どうして、と問うと、長岡はこう答えた。
(;゚∀゚)「だってお前、女にしては相当背が高いじゃん。
あんまり近くに並ばれると、俺のほうが背が低いってばれちゃうじゃないか。
女より背が低いって思われるのってさ、結構悲しいんだぜ?」
長岡は割と本気で気にしているようで、苦笑していた。
彼の些細なコンプレックスに、僕は思わずクスクスと、幼い少女のように笑ってしまった。
- 216:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと22,130秒 :2008/01/10(木) 23:56:59.90 ID:ZNuSlLAs0
- 空はすっかり茜色に染まっていた。
一日が長い秋の日の中でも、落陽の時だけは確実に早くなっている。
赤々と燃える夕日を背に受けてできた影は長く、僕ら二人の前にまっすぐに伸びている。
二つの影は平行線をたどるだけで、決して交わることはない。
それでいいのだと思った。
どちらかの直線が傾いて、一度交わってしまったら、もうあとは二本の線は離れていくしかないのだから。
たとえ間隔が開いていたとしても、いつだって長岡は僕の隣にいてくれる。
冷めた僕の孤独を癒してくれる。
僕はそれが嬉しかった。彼に最大限の感謝をしていた。
長岡に対して抱いている、空っぽな心を補完する痛みにも似たこの感情を、僕はひとまず、恋と呼ぼう。
緩やかな秋の夕暮れ。
僕は長岡より少しだけ長い自分の影を追いかけながら、
彼と一定の距離を保ったまま、このひとときの平穏の中を歩き続けた。
<終>
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