( ^ω^)が嫉妬するようです
- 56:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと29,464秒 :2008/01/10(木) 21:52:30.14 ID:ZNuSlLAs0
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夜の十一時、僕は自宅に寒々しい静謐な空気だけを残して、夜の帳が下りた町に飛び出した。
今日母親が帰ってくる時刻は、これまでの慣例どおりなら、
おそらく午前二時から三時くらいになるだろう。
それまでにコトを済まさないとならない。
町は昼間とは対照的に、
あたかも住民たちが皆いなくなってしまったみたいに静かで、ゴーストタウンじみていた。
それも当然だろう、自分のような殺人鬼が住みついているというのに、
夜中のんきに外を出歩くような人が大量にいるはずがない。
行き交う人々は目で追って数えられるほどで、ほんの数人としか出会わなかった。
車もほとんど走っていなかった。
夜の町は死んでいた。
ただのつまらない死骸だった。
- 59:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと29,136秒 :2008/01/10(木) 21:55:10.85 ID:ZNuSlLAs0
- 人気のまるでない町の中でも、特に人通りが少ない街路地を選んでそこに立って、
待ち合わせをしている人を装い、誰か通行人が現れるのを息をひそめてじっと待ち続けた。
殺す相手は誰でもよかった。
殺すという、手段そのものが最大の目的だからである。
僕にとって殺戮行為とは、強烈な精神安定剤を服用するのに等しい。
十月ともなると、夜は若干冷える。
腕時計を確認すると、現在午後十一時半過ぎ。
空気は淀むことなく澄んでいて、雲のない空には星がくっきりと浮かび上がっているのがよく分かる。
けれど、やはり少し寒い。乾いた風が寒気を運んできていた。
上着をはおってきて正解だった、と内心ほくそ笑む。
そこに、一人の若い女性が通りかかった。
僕よりも何歳か年上だろうか。派手な服装をしていて、遊びに行っていた帰りらしかった。
足取りは少々おぼつかなくて、もしかしたら、お酒が入っているのかもしれない。
僕はまたとないチャンスだと思い、彼女の後をつけることにした。
- 60:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと29,136秒 :2008/01/10(木) 21:57:22.87 ID:ZNuSlLAs0
- 女性よりも僕のほうが歩く速度は速かった。
追いついた後は、五メートル程度の間隔と歩行速度を保ったまま、
人の気配が一切しなくなるまで息を殺して彼女の背中を尾行し続けた。
女性が狭い路地に入っていったところで、僕は歩くペースを一気に上げる。
足音に気をつけながら、一歩一歩、着実に接近する。
距離がもうすぐそこまで詰まったところで、僕は意を決し、実行にうってでた。
まずは女性の背後にそっと忍び寄り、悲鳴をあげられないように彼女の口を左手で覆って、
後頭部を思い切り殴りつけた。
女性は「うっ」と短く声を僕の指の隙間から漏らしただけで、瞼を閉じ、全身をぐったりとさせた。
気絶していた。
僕は女性の口を用意していたガムテープでふさいで、
両手を手首の辺りで、これまたガムテープでぐるぐる巻きにして、がっちりと固定した。
これで女性の手の自由は完全に奪われた。
そのまま女性の体をかつぎあげ、以前から目を付けていた、まったく人気のない橋の下に運んでいく。
いつもよりも強引な犯行だった。それだけ餓えていたのだろう。
- 61:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと28,844秒 :2008/01/10(木) 22:00:18.43 ID:ZNuSlLAs0
- 僕が殺人を決行するのは、決まって母親の帰りが遅くなる火曜日だった。
毎週ではないが、その日にしか行わない。
理由は単純で、火曜日なら夜遅くに出歩いても、
家には誰もいないので、母親から不審がられないで済むからだ。
足がつくのは身内からということが多いそうなので、まずはこの心配を取り除く必要があった。
いくら通行人を見かけないとはいえ、気を失っている女性を抱えて歩くのは、
ややもすると甚だしく危険な行為のように思えたが、
事前に調べていた裏道を駆使して、何とか姿をとらえられないように目的の場所を目指す。
「ん……」
危ない。少し乱暴に扱いすぎていた。
もう一つ注意しなければならないのは、途中で女性が気を取り戻さないようにすることである。
たった今、彼女がかすかな呻き声を漏らした。
ここで起きられると非常にまずい。
できるだけ刺激を与えないよう、慎重に、丁寧に女性の体を運んだ。
- 62:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと28,844秒 :2008/01/10(木) 22:02:04.49 ID:ZNuSlLAs0
- 青白い光を放つ月は、ひどく痩せていた。
病的なまでだ。
目的地に到着したところで、女性が目を覚まさないよう優しく地面におろした。
女性は眠っているみたいに動かない。
僕が今夜選んだ処刑場は、小さな川にかかる橋の下にある、ほの暗い空間だった。
一応川辺なのだが、何せ常に影になっているので、夜以外も光が射しこんでくることはあまりなく、
近隣に住む人たちも、あまり気にかけていないような場所である。
そこは草場になっていて、短い野草や雑草がのびのびと生えた、青臭いところだった。
秋なので、ほうぼうから虫の声が聴こえてくる。
今年は梅雨の時期が短く、雨があまり降らなかったせいか、川の水は例年よりも少なくて、
日によっては干上がってしまったようになっている。
たとえば、今日なんかは顕著で、水量に乏しく流れのせせらぎさえも鼓膜に響いてこない。
もう一度月を仰ぐと、あんなに痩せ細っているというのに、冴え冴えと輝いていた。
- 64:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと28,647秒 :2008/01/10(木) 22:04:42.52 ID:ZNuSlLAs0
- 僕は横たわる彼女の姿を俯瞰しながら、肩にさげていたバッグの中から凶器を取り出した。
今回使用するのは、肉を骨ごと切断するのに秀でた、肉切り包丁。
肉屋などでよく見かけるアレである。
僕はこの包丁を先日インターネットで購入した。
便利な世の中になったものだ。
単品では怪しまれるかもしれないと案じたので、その他の種類の包丁とのセットで注文したのだが、
これ以外の包丁はまた次回以降の殺人で使えそうである。
新品の刃物は、どうしてこんなにも禍々しく見えるのだろう。
手足ががくがくと震える。
自分がこれから禁忌を犯そうとしていることへの恐怖と、禁じられた遊びを満喫したいという期待の、
相反する二つの感情が僕の脊髄を支配している。
まず、女性を起こすために頬を軽く叩いてみた。
しかしこの程度の痛みでは不十分だったのか、彼女は瞼を開けなかった。
そこで僕は、今度はもっと大きいショックを与えようと考え、大胆な手法を試みる。
反対側の頬に包丁の刃をあてて、さっと引いた。
すると女性はかっと目を見開いた。切れた傷口から鮮血が流れ出る。
- 68:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと28,553秒 :2008/01/10(木) 22:07:34.00 ID:ZNuSlLAs0
- 覚醒した女性は、けれど依然動けないでいた。
怯えているのと、咄嗟のことであるという双方が作用して、体が思うようにいかないのだろう。
こちらからすれば、とても好都合だった。
僕は肉切り包丁を構え、頭のあたりまで振りかざし、
女性の細い足首に向けてギロチンのように思い切り振り下ろした。
すたん、と丸太を切り落とすような音がした。
にもかかわらず、包丁を握る手に伝わってきたのは、何かを押し潰したような感触だった。
「――――っ!!」
女性は激痛に悲鳴をあげたが、粘着テープが口を完璧にふさいでいるので、
呻くような声にしかならなかった。
肉切り包丁の効果は絶大で、骨まで綺麗に断てた。
血と脂の混じったドロドロとした液体で全体を覆われ、
筋が交差しあう中に、髄がみっちり詰まった骨の見事な切り口が並んだ人間の足首の断面図は、
すばらしく蠱惑的な色合いをしていた。
- 70:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと28,381秒 :2008/01/10(木) 22:09:40.75 ID:ZNuSlLAs0
- もう片方の足も同様に施した。
一回目よりも、うまく切断することができた。
両足を失った女性は、逃げるすべを失い、このまま放っておいてもいずれ失血で絶命する。
救いは微塵もなかった。
彼女は、死にながら生かされているのである。
「ん――――っ! んむ――――っ!」
女性の苦悶にあえぐ声が聴こえてくる。
今、彼女は、僕の想像を絶する激しい痛みと、末端を襲う灼けるような感覚に苦しんでいる。
女性の顔を観察すると、目尻から涙がぼろぼろとこぼれ落ちていた。
酔いもすっかりさめていた。
生きたまま麻酔もなく人体部位を切り落とされるという、
こんなにも無慈悲な、悪夢じみた現実に直面しているのだから、当たり前だ。
僕は心からかわいそうだと思った。
早く死なせてあげなければ。
でも僕は、この肉切り包丁を満足に使役したいという醜い欲望に勝てなかった。
- 73:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと28,381秒 :2008/01/10(木) 22:11:43.72 ID:ZNuSlLAs0
- それはまさしく、蛇の誘惑だった。
包丁を振り上げ、鶏の肉を切り分けるように、女性の太腿の部分に力強く刃を落とす。
これだけ大きな部位を断つのは容易ではない。
勢いが足りなかったのか、最後まで寸断することができなかったので、
包丁が刺さった状態から、さらに上から左手で押さえて力を込め、無理やりに解体した。
ひどく乱暴な切り方だった。
できあがった切断面は、足首よりも肉の割合が断然多く、触るとぶよぶよとしている。
さっき切断に苦労したのはこのためだろう。
赤い血に塗れたまだら模様の断面図は、窓辺に飾られた花を連想させた。
これ以上脚部を切るのは難しいと分かったので、今度は手をターゲットにしよう。
そう心の中で決定し、両手首をガムテープごと断ち切った。
太腿と比べ、随分とあっけなく完了した。
ぼとりと草むらに転げ落ちた二つの手は、何か違う生き物のように僕の瞳に映る。
74:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと28,277秒 :2008/01/10(木) 22:14:05.58 ID:ZNuSlLAs0
- 額に触れると、ひどく汗をかいていた。
心臓は早鐘を打っている。
僕の前頭葉は、この背徳的な悦楽に痺れ、うまく思考がまわらなくなっていた。
脳髄が溶けるようだった。
良心がぎしりと痛むので、女性の悲痛な叫びにならない叫びには耳を傾けなかった。
苦痛に歪んだ顔もなるべく見ないようにした。
ごめんなさい……。
凶行を繰り返しながら、胸のうちで、何度もそう唱え続ける。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。
僕の手によって少しずつ殺されていく彼女の悲惨さを思うと、同情するほかなかった。
僕なんかがいなければ、この女性はこんな目にはならなかっただろうに。
ああ、僕の考え方はひどく矛盾している。
人を殺している時の自分は、どこかおかしい。
罪悪感はあるというのに、命を奪っている間はずっと、脳がとろけそうなほどの甘美に溺れている。
心がだんだんと腐っていくようだ。
怖かった。
だけど、それ以上に愉快だった。
- 76:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと28,054秒 :2008/01/10(木) 22:16:42.48 ID:ZNuSlLAs0
- とにかく、この人を殺してしまわないと。
手際よく作業を終わらせ、早く死なせてあげることが、自分にできる最大限の親切だと思ったので、
僕はとにかく集中して彼女の解体を行った。
ざん、ざん、ざりっ。
ヒトがヒトでなくなっていく音が鳴り響く。
残酷な音に僕の胸は拷問のように締めつけられて、聴覚なんてなくなってしまえとさえ願った。
彼女の、それまで手のあった部分からは、
澄んだ動脈血と淀んだ静脈血がいっぺんに噴き上がっている。
流れ落ちた血液は、長々とのびた草にこびりついて、重みでひしゃげさせていた。
――――お願い。せめて、普通に死なせて……。
そんな言葉が聞こえてくるようだった。
もちろん空耳なのだけれど、女性の怨念がひしひしと伝わってきているのである。
女性の右肘から下側を切断したところで、ふと、もう彼女が唸り声をあげていないことに気がついた。
おそるおそる女性の顔を覗きこんでみると、全体に青白い色を貼りつかせていて、痙攣さえしていなかった。
いつ事切れたのだろう。
四股をすべて失う前に、女性はショックで息絶えていた
彼女の痩身には、外気に触れて腐敗した黒血が汚泥のようにまとわりついている。
- 79:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと27,756秒 :2008/01/10(木) 22:19:34.90 ID:ZNuSlLAs0
- 女性は死んだ。
同時に、僕の中で、急激に自責の念が芽生え始めた。
芽は一瞬で巨樹に成長した。
どれだけ誠心誠意を尽くして謝っても、絶対に許してはくれない。
いや、謝って済む問題ではない。
そもそも、謝る対象はすでにこの世からいなくなっている。
女性は人為的な悲劇、すなわち僕の施した残虐な人体解剖手術により逝ってしまったのだ。
僕の犯した罪は、この先どうあがいてもそそがれることはない。
僕は静寂に包まれて、原型をほとんど留めていない女性の死体を見下ろしながら、泣いた。
なんて自分は身勝手なんだろう。
彼女をこんな風に、かつて人間だったものに過ぎないグロテスクな固体にしてしまった張本人は、
まぎれもなく、狂気に縛られていた僕だというのに。
僕が背負っていく悲哀は、これで七つに増えた。
包丁に付着した黄色い脂混じりの血を、女性の洋服で丹念に拭って、
用意していた紙で刀身を包んでからバッグの中にしまいこみ、僕は逃げるようにその場から立ち去った。
その日は一際寒い夜だった。
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