( ^ω^)悪意のようです
- 203: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:06:33.84 ID:NWof9Dr30
- 8章
暗い室内で男が一人、佇んだままただ一点を見つめていた。
(;´_ゝ`)「……」
彼の視線の先にあるものは、控えめながら可愛らしい装飾の施された携帯電話。
何を隠そう、実の娘の携帯である。
(;´_ゝ`)「ツンめ……なんと言うタイミングで携帯を家に置き忘れて行くんだ……」
眼前にパンドラの箱を捕らえながら、男は苦悩した。
それを開けることで訪れる災厄は、想像するだに恐ろしい。
しかし、心の奥底で何者かが彼に開けてしまえと囁きかけるのだ。
- 205: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:07:36.95 ID:NWof9Dr30
- (;´_ゝ`)「いかん、いかんぞ。いくら休日で俺が家に一人だからといって、
他人様の、あ、いや、娘の携帯を覗き見るなどと言う行為は……」
男は聡明であった。
その行動に伴うリスクおよび自己の倫理観の欠落した行動を認識しており、
誰に見られずとも、己の目に監視されている恥を知っていた。
しかし、知は時として混乱を招く。
( ´_ゝ`)「そう言えば、パンドラの箱は開けたものの急いで閉めたから希望が残ったとか……
ん、待てよ? 絶望だったか? いや、違うな。確か希望が残ったおかげで、
人類は希望を捨てずに生きられるようになったとか。きっとそうだ。おお!」
この箱には希望が残っている。
危惧している事実など全く存在せず、それどころか喜ばしい知らせの一つでもあるのでは。
男はありもしない現実を作り上げ、携帯に手を伸ばした。
- 210: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:08:41.24 ID:O1eAIe2e0
- と、その時。
すぐ傍で、ガタンと、なにかが椅子にぶつかる音がした。
――見られてしまった。
男は瞬間慄然(りつぜん)とし、背中を丸め早口で自己を弁護し始めた。
(;´_ゝ`)「うお! ス、スマン! ほんの出来心だったんだ! 本当だ! 神に誓う!
自分でもダメだとは思ったんだが、ついツンが心配で……って俺の足かよ」
単に自分の足が椅子に引っかかっただけだと知ると、男は大きく溜息を吐いた。
(;´_ゝ`)「心臓破れた……」
訂正。男は愚鈍であった。
すっかり見えない何かに怯えてしまった男は、携帯に手を伸ばす気など毛頭無くなっていた。
- 213: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:10:03.75 ID:O1eAIe2e0
- ( ´_ゝ`)「心配にはなるが……まあ、既に俺が口出しをする年齢じゃないのかもな」
年齢と口に出して、ふと娘が小さい頃に三人で囲んだ夕食の席を男は思い出した。
まだ器用とは言えない箸使いながら、一生懸命に食べ物を口に運び、
一々微笑む幼い娘の姿は、それだけで仕事を早く終わらせてきた甲斐を感じさせた。
( ´_ゝ`)「ツンは、よく笑う子だったよな」
食べ物を食べる度に笑い、そしてそれを見る彼と目が合うと、また笑うのだ。
妻はよく「美味しそうに食べるから嬉しい」と言っていた。彼もそう思っていた。
しかし、いつしか食卓からはポツリポツリと会話が失せ、
それに呼応するように多感な娘の笑顔は消えていった。
時が経つままに冷え切っていった食卓は、そのまま凝固し、割れた。
- 214: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:11:10.54 ID:O1eAIe2e0
- ( ´_ゝ`)「……」
思い返す度に後悔の念が涌き、
今では自尊心を護ろうと心の中で唱える言い訳も、随分と陳腐なものとなった。
誰が悪いと言うことは当事者には決め難いことだが、幼子に罪が無いことは明白であった。
( ´_ゝ`)「本当ならお前に付いていった方が、ツンだって幸せだったのかもな」
娘がここまで真直ぐ育ってくれたことに男は本当に感謝していた。
男親に娘ではどうしても気配りが行き届かないところがあるのだ。
恐らくは色々と我慢したこともあったはずだし、
本来してやるべきことでも、出来ずにいたことがあったはずだ。
( ´_ゝ`)「……もし、今も――」
呟きかけたところで、唐突に軽快な歌が何処かから流れてきた。
見るとさっきまで手を伸ばしかけていた携帯のランプが、七色に光っていた。
- 219: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:12:31.62 ID:O1eAIe2e0
- (;´_ゝ`)「うお! お、お……えーと、ん? あ、おお!」
光り輝く携帯を前に、男はうろたえながら一体どうしたら良いものかと焦った。
もしかしたら忘れたことに気が付いて電話を掛けてきているのかもしれないと思い、
いや、しかしそれは携帯を手に取るための都合の良い言い訳なのではないかとも思い、
少しの葛藤をした後、結局は携帯を手に取り、開いてしまった。
ディスプレイに表示されていた文字は『内藤ホライゾン』。
( ´_ゝ`)「内藤ホライゾン? ……知らん名前だな」
娘の交友関係はなんとなく把握しているつもりであったが、
やはり大学ともなると、そうもいかないようだと男は少しばかり気を落とした。
そして若干の背徳感を覚えながら、通話ボタンを押した。
- 222: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:14:06.84 ID:O1eAIe2e0
- ( ´_ゝ`)「ん、もしもし」
『もしもし? ツンかお?』
(;´_ゝ`)「ん? あ、その、あ、しまった……う、あ……」
男はその瞬間になって、ディスプレイの表示など気にせずに、
娘が出るものだとばかり思っていたことに気が付いた。
予想外の男の声にすっかり何を言って良いのか分からなくなった結果、
(;´_ゝ`)「ま、間違えました!」
そう叫んで終話した。
一体何を間違えたのか。それを知るものは居ない。
(;´_ゝ`)「……」
そして男は放心状態で携帯の待ち受け画面を眺めていた。
考えるべきことは沢山有るのだが、精神に掛かった負荷がそれを消化するために、
思考に裂く分の処理能力さえも奪っていた。
- 223: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:15:13.85 ID:O1eAIe2e0
- そんな折に訪れた一つの影。
不幸といえば不幸ではあるが、
すべてが自業自得であり、男には誰をも恨む権利は無かった。
ξ゚听)ξ「ただい……え?」
( ´_ゝ`)「……あ」
真昼の居間で、娘の携帯をジッと見つめる父親。
想像するだに身の毛のよだつ光景である。
無論、どちらの立場にしても、だ。
ξ;゚听)ξ「……何、してんの?」
( ´_ゝ`)「……」
ξ;゚听)ξ「……」
( ´_ゝ`)「……」
ξ;゚听)ξ「……」
( ´_ゝ`)「……」
暫しの沈黙。
そののち男は手に持っていた携帯を畳むと、
それをテーブルの上に置き、居住まいを正した。
そして、勢いよく右腕を振り上げると声高に叫んだ。
- 226: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:16:46.40 ID:O1eAIe2e0
- (;´_ゝ`)「ハンターチャンス! さて、お父さんは何をしていたでしょーか!」
ξ;゚听)ξ「……え? ハンター……何?」
(;´_ゝ`)「……」
空気を換えると言う男の計画は、ジェネレーションギャップの前に脆くも頓挫(とんざ)した。
ξ;゚听)ξ「あのさ、それ、私の携帯だよね?」
( ´_ゝ`)「ごめんなさい」
為す術無しと知ると、男は床に音を立てて額を打ち付け土下座した。
加えて涙まで滲ませていた。
決して惨めだからじゃない、額が痛かっただけだと心の中で言い訳しながら、
男は娘から見えぬようにフローリングに涙を落とした。
- 228: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:17:46.39 ID:O1eAIe2e0
- ξ;゚听)ξ「い、いや、別にそこまで謝らなくても良いけどさ……」
( ;_ゝ;)「え!?」
恥も外聞もなく泣き顔を上げた男の目に映っていたのは、女神だった。
何故こんなにも寛大な心を持っているのか。
そしてその持ち主が自分の娘であると言う事実。
多種の感動が男の中を渦巻き、涙となってあふれ出した。鼻からも少し。
ξ;゚听)ξ「あーあー……ほら、ティッシュ」
( ;_ゝ;)「……ツン」
なんと神々しいことか。
男はそのあまりの清らかさに、自らの汚れた心までもが浄化されていくかのような、
そんな感覚を今まさに体験していた。
- 230: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:18:53.40 ID:O1eAIe2e0
- この子を育てていたとは、なんとも痴(おこ)がましい思い違いをしていたものだ。
私はこの子に育てられていたのだ。
そう考えると男は、また涙を溢れさせた。
今度はほとんど鼻から。
( ;_ゝ;)「ツン……お父さん、立派なお父さんになるよ」
ξ;゚听)ξ「はぁ……そうですか」
止め処なく溢れる鼻水をティッシュでかむ男を見ながら、娘は困惑の表情を浮かべていた。
そして掴んだティッシュが五枚目に差し掛かったところで、男がふと質問を投げかける。
( ´_ゝ`)「ところで、ツン。内藤って誰だ?」
ξ゚听)ξ「え? 大学の友達だけど?」
( ´_ゝ`)「そうか」
予想通りの回答だったため、男はまた、はなをかむ作業に戻った。
一体どんな男なんだろうとか、そう言えば名前で呼んでいたなあとか、
そんなことを考えながら、男はヒリヒリする小鼻の辺りを手でさすった。
- 231: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:20:01.21 ID:O1eAIe2e0
- ξ゚听)ξ「お父さん」
( ´_ゝ`)「なんだ?」
ξ゚听)ξ「中、見たの?」
( ´_ゝ`)「……え?」
ξ゚听)ξ「携帯」
( ´_ゝ`)「え? え? だって、そりゃあ……」
ξ゚听)ξ「……」
(;´_ゝ`)「あ、あれ? さっきそれを許してくれたんじゃ……」
その言葉が示すものは、ただの質問、疑問である。
しかし男が今まさに体感している空気。
そこには決して言語を媒介できない不穏な雰囲気が混ざりつつあった。
- 234: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:21:19.64 ID:O1eAIe2e0
- (;´_ゝ`)「待て。世の中には誤解から生まれる冤罪が沢山ある。
こと個人間においては、対話不足から様々な軋轢(あつれき)が生まれることがあるだろう。
だがな、ツン。我々はそう言った前例を知ることで……いや待て、
そもそも俺は中身なんか見てないんだ。そう、そこがポイントなんだ。
さっきはつい動揺して誤解を招く表現をしたが、それだけは事実だ。まずは話を聞いてくれ」
ξ゚听)ξ「言い訳が長い男は?」
(;´_ゝ`)「あ、う……嘘吐き。いや! だがな、ツン! この世に絶対の法則など――」
ξ )ξ「……もういい」
(;´_ゝ`)「なっ!」
その言葉は男の胸に深々と突き刺さり、体中を駆け巡り、
あらゆる場所を凍りつかせながら、頭の中で木霊(こだま)し続けた。
(;´_ゝ`)「ツ、ツン。そんなことを言わないでくれ。せめて、怒ってくれ。頼む……」
自らに背を向けたままの娘に男は懇願した。
怒りはまだ良いものだ。関心があると言うことなのだから。
関心を持ってくれてさえいれば、後の関係修復も可能と言うものである。
- 237: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:22:16.43 ID:O1eAIe2e0
- しかしそれに比べ「もういい」と言う言葉のなんと恐ろしいことか。
無関心。全くの無関心である。
口をパクパクとさせながら、
男は娘の背に投げかけるべき言葉を必死に搾り出そうとしていた。
ξ ー )ξ「……フフ」
(;´_ゝ`)「?」
と、その時、その背中から笑い声が漏れた。
ξ*゚听)ξ「あはははは! ごめんごめん、冗談」
(;´_ゝ`)「……?」
ケラケラと笑いながら振り向いた娘の顔は紅潮していたが、
起こっている様子は微塵も感じられなかった。
二転三転する状況を全く把握できず、男は未だ口をパクパクとさせていた。
- 239: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:23:26.62 ID:O1eAIe2e0
- ξ゚听)ξ「私ロックかけてるから、どうやっても見れないんだよね、これ」
( ´_ゝ`)「え?」
――――――
――――
――
ξ;゚听)ξ「もう、ごめんってばー」
(#´_ゝ`)「……」
ξ;゚听)ξ「機嫌直して。ね?」
(#´_ゝ`)「別に怒ってなんかない」
ξ;゚听)ξ「もー、絶対怒ってるし」
(#´_ゝ`)「怒ってない」
ξ;゚听)ξ「ごーめーんー」
(#´_ゝ`)「……」
心を傷付けられた男は、腕を組んだまましばらく娘の謝罪の言葉に耳を傾けていた。
そして、ふとあることを思いついた。
- 242: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:24:30.44 ID:O1eAIe2e0
- ( ´_ゝ`)「……写真」
ξ゚听)ξ「はい?」
( ´_ゝ`)「ツンの写真が欲しい」
ξ;゚听)ξ「……」
( ´_ゝ`)「……」
ξ;゚听)ξ「えーと……私の写真で……ナニをするの?」
( ´_ゝ`)「ここまで信用無いのは、本気でお父さんショックですよ」
ξ;゚听)ξ「え、いや、だって……」
( ´_ゝ`)「……」
ξ゚听)ξ「……」
( ;_ゝ;)「父親だもん! 娘の写真欲しいもん! 自慢とかしたいもん!
わざとデスクでツンの写真見て、同僚から『かわいい娘さんですね』とか言われたいもん!」
ξ;゚听)ξ「……」
( ´_ゝ`)「と、言うわけで……」
自らの携帯を取り出すと、男は陽気に笑った。
- 243: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:25:58.05 ID:O1eAIe2e0
- ( ´_ゝ`)「はい、チー……」
ξ;゚听)ξ「待った!」
( ´_ゝ`)「何かね」
ξ;゚听)ξ「そんな急に写真とか……ちょっと待ってて、この間買った服が――」
( ´_ゝ`)「待てません。後五秒。服を取りに行くと、間に合わずにシャッターが下りて、
もれなく写真のタイトルが『娘の尻』になります」
ξ;゚听)ξ「この変態!」
( ´_ゝ`)「まったく……何を気にしているが分からんが、その格好も可愛いじゃないか」
ξ゚听)ξ「え、そうかな? で、でも……」
( ´_ゝ`)「隙あり!」
ξ;゚听)ξ「あ、ちょっと!」
- 246: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:26:56.10 ID:O1eAIe2e0
- ウィーン……キュイーン……。
ξ;゚听)ξ「オートフォーカス遅っ! どっちが隙だらけよ!」
カシャッ。
( ´_ゝ`)「油断したな小娘が。シャッターは下りた。最早貴様の負けだ」
ξ゚听)ξ「……もう。別に良いけど、あんまり他の人に見せないでよ。恥ずかしいから」
(*´_ゝ`)「わ〜い、みんなに一括送信だ〜」
ξ゚听)ξ「聞けよ」
実に仲の良い親子だった。
続
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