( ^ω^)悪意のようです

302: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:56:33.70 ID:O1eAIe2e0
十一章



 美府警察署留置場。
市役所とも病院とも違う種類の非日常的な雰囲気に包まれた建物内は、
目立った人影も見当たらず、ただロビーに置いてあるテレビの音だけが聞こえるのみである。
そこにやってきた今日始めての来訪者は、車椅子を押した一人の男だった。

 男は車椅子を押したまま受付の前に立ち止まり、備え付けのボールペンを手に取ると、
面会申し込み用紙に必要事項を記入し、そのまま窓口に提出した。
そして番号の書かれた紙を受け取ると、促されるままにロビーまで移動し、
ゆっくりとソファに腰を下ろした。



304: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:57:52.80 ID:O1eAIe2e0
 薄汚れた灰色のブラウン管テレビから、ひっきりなしに笑い声が響いていた。
どうやら誰が居ずともテレビはずっと点けているらしく、所々に画面焼けが見られる。
しかし男はテレビなどまるで気にしてはいなく、車椅子に乗せた少女の背中をただ摩っていた。

 車椅子の少女は頭から白いヴェールを被っていて、その視線はただ下ばかりを向いていた。
強い紫外線から身を護るためなのか、はたまた宗教的な理由からそのような服装をしているのか。
しかし外気温に見合わない全身を覆う厚着の様を見るに、後者の理由が強いのかもしれない。

 やがて番号を呼ばれた男は立ち上がり、少女と共に検査室へと向かった。
男は手に持っていた鞄や携帯電話をロッカーに入れて金属探知機を通ったが、
車椅子に乗っている少女はそうもいかず、女性係員による検査が行われた。



305: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:59:17.40 ID:O1eAIe2e0
 手で持てるタイプの金属探知機を取り出し、少女の体に当てていく。
それが終わると係員は手袋をはめ、少女に向かって

 「お体に触れたいと思いますが、宜しいでしょうか」

と、告げた。
しかし少女から返事は無い。

 すると男はすぐさま

 「長旅で疲れて眠ってしまっているんです。検査はして下さって構いません」

と、答えた。

 それを受け、係員は「はあ」と返事をすると、上半身から足元、ポケットに至るまでを検査し、
何事も無いと確認すると検査を終了した。

 少女を連れた男はそのままエレベーターに乗り、指定された階へと向かった。
辿り着くと、窓口に持っていた紙を見せ、そこで指定された部屋へと歩いていった。
そうして男がようやく面会となった人物。その名前は内藤ホライゾン。
悲しいことに、これが逮捕後における彼の初めての面会であった。

 面会に現れた男の姿を見るなり、ブーンは手元の紙にペンを走らせた。



308: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:01:00.03 ID:O1eAIe2e0
( ^ω^)『誰ですか?』

 ブーンには見覚えが無い男だった。
横には顔を窺えない人物も居るようだが、
そもそも車椅子を必要とする知り合いなど、見当が付かなかった。

 その言葉を聞いて、男は表情を変えることなく、
言葉にも微塵の抑揚をつけることなく、極めて落ち着いた様子でこう言った。

( ´_ゝ`)「はじめまして、ツンの父親です。いつも娘がお世話になっています」
( ^ω^)「……」

 その言葉を聞き、ブーンは俄に事件当日の事を思い出した。
忌々しく、悲しい出来事であり、思い出したくないが、忘れることも出来ない。
今では随分と心も落ち着いていたが、目の前の人物に謝ろうと言う気が、
自然に涌いてくることは無かった。



309: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:02:26.89 ID:O1eAIe2e0
 それはブーンの思考が未だ混乱していたこともあるが、
加えて拘禁のストレスによる原始衝動への立ち返りによって、
暴力的な思考に支配されつつあったせいもある。

( ^ω^)『僕を、なじりに来たんですか?』
( ´_ゝ`)「君も一人では寂しいと思ってな、こうして面会に連れてきたんだよ」

 まるで意思疎通を図れていない両者は、立会い看守の目に見ても不気味だった。
ややこしいことになる前に、面会を終了させようかと考えていたほどだ。

( ^ω^)『誰をですか?』
( ´_ゝ`)「随分と薄情者だな、君は。ほら、ツン。内藤くんだぞ」

 その言葉と共に外されたヴェールの下にあった顔。

ξ--)ξ「……」

 その顔は、見紛う事なきツンのものだった。



314: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:03:48.96 ID:O1eAIe2e0
(;^ω^)「……」

 さすがのブーンもこれには息を飲んだ。
青白い顔をしているが、目を閉じたその顔に、あの夜の記憶がより鮮明に蘇る。

(;^ω^)「う……ああ……」

 鼻腔に広がる血腥(ちなまぐさ)い蒸気、罵倒の言葉、
部屋の照明、床の血溜まり、自分の荒くなった呼吸音、心臓の鼓動。
滑りを帯びた拳。腫れあがった顔。頬を切る夜風。
舌を切った時、右耳に響いたブツリという音。

( ´_ゝ`)「ほら、よく顔を見て。これがお前に殺された私の娘の顔だ。
      人生も始まったばかりだと言うのに、お前に出会ったが為に無念のまま死んだ、
      私の娘の顔だ。目を逸らすな!」

 語気を荒げて詰め寄る男を見るなり、看守は面会終了の旨を伝え、
男を半ば強制的に退出させようとする。



319: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:05:29.50 ID:O1eAIe2e0
(#´_ゝ`)「いいか! お前に安息の日は訪れない! お前が出てきたら私はお前を殺す!
      脅しではない! お前は刑務所を出ても、いつ俺に殺されるかをビクビクしながら、
      その余生を過ごすのだ! 殺してやる! 殺してやる! 忘れないぞ! 絶対に!」

 看守に取り押さえられ、ついには部屋の外へ連れて行かれたが、
その怒声はドアを隔てても十分に聞き取れるほどに凄まじいものだった。

 そうして取り残されたブーンは、力なくペンを落とし、狂ったように叫んだ。
頭の中ではあの夜の光景が際限なく駆け巡り、視界に何が映っているかを認識できなくなる。
喉の奥がギュッと絞まって悲鳴は細く濁り、ついにブーンはその場で理性を失い、
頭を抱えたまま足をバタつかせて暴れ始めた。

何もかも、舌でさえも失ったブーンの気持ちの代弁者は、
この世のどこにも居なかった。



321: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:06:38.65 ID:O1eAIe2e0



                   *



  ( ∵)「……で、親御さんはどうなったんだ」
 (-_-)「厳重注意の後、自宅まで送りました。告別式は今日執り行われるようです」
  ( ∵)「そうか。首を切りとって、とかじゃなくて良かったな。弟さんも一人になったら堪らんだろう」
 (-_-)「……そうですね」

 こうして遺体消失事件は発生した時と同様、突然に解決をした。
遺体を持ち出しはしたものの、傷付けた形跡は見られず、
また、脅迫に関しても、その心中を察してお咎めなしとなった。

結果、兄者が罪に問われることは無かった。



326: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:07:26.56 ID:O1eAIe2e0
 以上をもって全ての謎がここに一応の解決を見て、
ブーンによるツン殺害事件は事実上終了した。
被疑者ブーンは、こののち起訴され、実刑は免れないだろう身となった。

 友人の自殺と言う精神的に不安定な時期に加え、
そこに訪れた偶発的な痴情の縺(もつ)れからなった口論が、引き金となった衝動的犯行。
このような犯行動機をもって、ブーンは公判を待つ身となった。







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