( ^ω^)ブーン系小説・短レス祭典!のようです('A`)

>>1Bあの頃の思い出 >>420B日本刀


531: 家族 ◆y7/jBFQ5SY [>>1B >>420B] :2008/02/02(土) 11:41:02.46 ID:QP+uWdVu0
 思い出すのは、青い空。何よりも大きく、何者にも動かされない白い雲に、何よりも高く、高く、高く掲げられた太陽。
手を伸ばしても、届くのは何もない虚空。届かない気持ちは、掴みたい心に変わって、けれど、どうしたって届かない。
だから、地面の土くれを、固めて固めて、空に向かって放り投げた。冷たく固まった土くれは、とても、とても重かった。
おれは、笑った。空に向かって、強がって、強ぶって、笑ってやった。そうして、もう一度腕を伸ばして、そして、そして――。


 十二月の頬を裂く風が、彼を現実へと引き戻した。振り上げていたはずの腕は今、冷たくしみる土の上に置かれている。
朦朧とした視界に映るのは思い出の中と同じ、昔から変わることのない青い空と白い雲、高く掲げられた太陽。
乾いた空気を飲み込み、彼は咳き込んだ。咽の奥に詰まっていたものが吐き出されていく。
彼は口端から漏れ出たものを拭い、少しの間手の甲に付着したそれを見つめていたが、すぐに視線を外した。

 葉の落ちた枯れ木が、枯れ木の枝先が、空気にほだされ微細に振動している。
少数の砂の群が、風に乗せられ舞い上がっていく。しかしそれも、風が吹き止むまでの間。
自力を知らぬ砂の群は、やがてちりぢりばらばらとなって、彼らより大きな世界へと堕ち、埋没していった。

 彼は聞いていた。何もせず、寝転んだ姿勢のまま、今まで忘れさっていた世界に耳を傾けていた。
彼は酷い格好をしていた。元はしっかりとした造りであったろう白のスーツも破れ、千切れ、外気の下、直に肌を晒している。
晒された肌は、最早肌色ではない。空気にほだされ揺られている枯れ木と同じ色をしていた。

 視界が歪んだ。深く、無数に刻み込まれた皺の谷を、涙が伝っていく。嗚咽がもれる。
後悔などないはずだった。間違いなどあるはずもなかった。すべては幸せになるため、そのために全力を尽くしてきたのだ。
しかし、涙は止まらない。様々な思いが頭の中を駆け巡り、どうしようもなく手を握り締めてしまう。

 しばらくして彼は、握り締めた自分の手の中に、小さく強張った土が入り込んでいることに気付いた。
手を開くと、掌紋がはっきり写されているほどに歪み固められた土くれが、そのままの形で落下し、地面にぶつかり、砕け散った。
砕け散った土くれの破片が、彼の顔にまで跳ね飛んできた。だが彼は、まばたきなど一切せず、一部始終を見届けた。
彼は砕けた土を寄せ集め、新たに土を掘り返しながら、同時に、取り上げられた思い出を掘り返し、寄せ集めていった――。

532: 家族 ◆y7/jBFQ5SY [>>1B >>420B] :2008/02/02(土) 11:42:44.19 ID:QP+uWdVu0
「ちくしょう」

 腹立ち紛れに、手に持っていた土を砂山に叩きつけた。砂山に亀裂が走り、自重に耐え切れず少しだけ崩れた。
砂山の横から、あいつが顔を出してきた。怯えているような素振りを見せながら、表情はいつもどおりの笑顔。
しかし、右頬だけは青く腫れ上がっている。内心申し訳なく思いながら、おれは意地を張って顔を背けた。左頬が痛む。
おれに相手をする気がないと悟ったのか、あいつは、砂山に走った亀裂を補完するため、土を上塗りしていった。

 「おい」。おれはあいつに呼びかけた。あいつはちょっとだけ驚いた顔をしたが、すぐにうれしそうな顔でおれのことを見てきた。
「怒んねえのかよ」。笑いながら、困った顔をしている。そんなあいつの顔を見ていると無性に腹が立って、つい声を荒げてしまった。

「お前が殴られたの、おれのとばっちりだろ! むかつかねえのかよ、おれが、あのじじぃが憎くねえのかよ!」

 あいつは今にも泣き出しそうな顔をして、それでも、おれから目を逸らそうとはしなかった。
おれも意固地になって、あいつの目を睨んでいた。どれだけの時間が立ったのか、やがてあいつは、ゆっくりと口を開いた。

「……ひとりは、かわいそうだと思ったから」
「……おれだけ殴られんのはかわいそうだと思ったって、そういうことか?」

 あいつは言葉では答えず、首だけを小さく前に倒した。「なんだそりゃ」。おれは思わず声を上げて、ついで、笑い出した。
おれの笑いに誘われて、あいつも遠慮がちに笑い出した。本当に、久しぶりに人前で笑えた気がした。

「おれさ、もっとでっけえ城を作ってやるよ」。おれは立ち上がって、そう言った。あいつはおれの言葉を聞き、砂山を見た。

「違う、そんな偽物じゃねえ。もっとでかくて、高い、そう、あの太陽に届くくらい高い城を作ってやる。
そこで、本物の家族を作るんだ。ここの偽物の家族じゃねえ、本物の家族を。絆で繋がった、本物の家族を!」

 「ぼくも、家族になれるのかお?」そう問うあいつに、おれは言葉では返さず、笑った顔で応えてやった。
そうして、砂山の天辺を無造作に掴み取り、拳大のボールに作り直す。出来上がった土くれは、予想よりもずっと、ずっと重かった。
おれは土くれを握り締め、大きく振りかぶってから、太陽に届かせるくらいの気持ちで思い切り放り投げた。
土くれはすぐに落ちてしまったが、おれが乗せた想いは、真っ直ぐ、真っ直ぐ太陽へと直進した――。

533: 家族 ◆y7/jBFQ5SY [>>1B >>420B] :2008/02/02(土) 11:44:06.52 ID:QP+uWdVu0
 手の中に拳大の土くれが出来たのと同時、彼は忘れていた思い出をすべて取り戻した。手の中の土くれは、軽い。
思い出の中の土くれは、あんなにも重かったというのに。太陽にすら届ないほど、重かったというのに。
何を間違ったというのか。太陽はもう、腕を伸ばせば掴める位置にあったのだ。土くれなど投げる必要のないほど、近くに。

「毒島毒男、組織の掟を、先代の仇を、討たせてもらう」

 黒い男の影が、太陽を遮った。男は一般的なサラリーマンが着ていそうなスーツと、スーツとはまるで相容れぬ日本刀を握っていた。
日本刀はゆっくりと掲げられていき、最上段まで持ち上げられた。日本刀の刃先が陽の光を反射し、男の顔を照らしている。
男の顔を見て、彼はすべてを理解した。生じた亀裂を補完するように、あの当時の心が上塗りされていく。
自分が本当に求めていた家族の顔が、一人一人鮮明に、頭の中で思い起こされる。ショボン、ジョルジュ、ギコ、ミルナ。そして――。

「……短い間だったが、俺たち家族だったよな、ブーン」
「……ああ、僕たちは家族だお、ドクオ」


 思い出すのは、青い空。何よりも大きく、何者にも動かされない白い雲に、何よりも高く、高く、高く掲げられた太陽。
手を伸ばしても、届くのは何もない虚空。届かない気持ちは、掴みたい心に変わって、けれど、どうしたって届かない。
だから、地面の土くれを、固めて固めて、空に向かって放り投げた。冷たく固まった土くれは、とても、とても重かった。
おれは、笑った。空に向かって、強がって、強ぶって、笑ってやった。そうして、もう一度腕を伸ばして、そして、そして――。

 隣にはいつもあいつが、ブーンがいた。ブーンの笑顔があったから、俺は、俺たちは駆け上がれた。
だが、いつの間にか、俺の中の土くれは軽くなっていた。高く上がることが、太陽に届くことだけが、俺の目的になっていた。
気がつけば俺は、誰よりも太陽に近い場所にいた。それが幸せだと思っていた。誰よりも幸福だと信じていた。
けれど、それは違った。俺は家族を失ってしまった。家族を失っていたことすら、気付かずにいた。
手の中の土くれは軽い。だが今は、土くれの重さを思い出せる。家族を求めたときのあの心を思い出せる。だから、だから――。

「だから泣くなよブーン。いつもみたいに笑ってくれ。お互い笑って別れようぜ」


     『家族』 〜終〜



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