( ^ω^)ブーン系小説・短レス祭典!のようです('A`)

875:他殺願望 ◆y7/jBFQ5SY :2008/02/03(日) 19:20:40.62 ID:hNidenhj0
「私、死にたいって思うことがあるの」

 僕の腕にもたれかかりながら、デレは物騒な事を言い出した。慌ててデレの顔に目を向けると、いたずらっぽい瞳で笑っている。
なんだ、冗談か。僕は僕の腕に絡み付いているデレのいましめを解き、デレの肩を掴んで強引に引き寄せた。
デレは少しだけ呻き声を上げたが、気付かない振りをした。甘いカクテルの匂いに混じって、より濃く甘ったるい香りが昇ってくる。
香水は付けるなとあれ程言っておいたのに。僕はデレの顎先に指を当て、顔をこちらに向けさせる。

「冗談じゃないわよ」

 デレは小さな子供に言い聞かせるような口調でそう言い、唇付近の頬に軽く口付けてきた。温めの吐息がふりかかる。
カウンター越しのバーテンダーを一瞥する。無表情を装っているが、ちらちらと視線を寄こしていることが解る。
口髭など生やしているが、まだ顔には若さが目立つ。無意識の内に自分と比べてしまっていることに気付き、グラスを呷った。
咽から胸が一気に焼灼されていく。痺れた口内から熱い息を吐き出し、デレの方へと向きなおした。

「酔ってるのかお?」

 「違う」。デレは僕の質問を、屹然とした態度で否定した。

「私ね、綺麗な内に死んでおきたいの。皺だらけで、髪にも艶が無くなって、そんなになってまで生きていたくないの。
生き恥よ。そんな姿を誰かに見られて、覚えられたりなんかしたら、それこそ不幸だと思わない? 想像するだけで身震いしちゃう。
それとね、ただ死ぬだけじゃだめなの。自殺なんてみっともないのはいや。本当は、誰かに殺して欲しいって、そう思ってるの」

 デレはあの時のような濡れた瞳で見上げてくる。僕はデレの髪を撫でながら、バーの薄い照明へと視線を移した。

「自殺なんてしたら、表面上はかわいそうだなんて言いながら、みんな心の中で馬鹿にして笑うもの。そんなの耐えられない。
私はね、みんなに心から悲しんで欲しいの。あんなに良い子だったのに、殺されるなんてかわいそうに、不運だったねって」
「そろそろ、出ようか」

 僕はデレの体を抱き寄せ、立ち上がった。デレも自分から体を預けてきた。酩酊こそしていないものの、やはり体は重い。
会計時に、表示された金額より多めに払う。口髭を生やしたバーテンダーは、無言のまま受け取った。

876: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/02/03(日) 19:21:10.90 ID:hNidenhj0
 外には雪が降り出していた。デレは無邪気な顔をして、落ちてくる雪を掴もうとしている。綺麗なものだ。
デレを見ていると胸の高まりが抑えられなくなる。頬の赤く染まった箇所目掛けて、口をつけた。唇を伝い、デレの体温が感じられる。
デレはくすぐったそうに僕から離れたが、顔は笑ったままだ。今度は、どちらからともなく、唇同士を近づけた。


 ビルの隙間の暗がりで、僕はデレの体をまさぐった。依然雪は降り続けているが、まるで寒さを感じない。
体内に満たされた熱い酒が燃料となって、体の火照りに拍車をかけていた。デレも同様のようで、寒がっている様子はない。
男には存在しない場所を、丁寧に、丹念に愛撫した。デレは小さな嬌声を上げ始めている。唇も締まりきっていない。
自分の行為に素直な反応が返ってくることは、僕のやる気を増進させるのに、一役も二役も買っていた。

「さっきのつづきなんだけどね」

 荒い呼吸の隙間を縫って、デレは話しかけてきた。僕は言葉を返さず、デレのやわらかさを堪能する。
鼻を首筋に沿わせて、デレ本来の、人間が生み出す汗と皮膚の匂いを嗅ぎ取ろうとする。だが、忌々しい香水の香りが邪魔をする。
僕は舌を這わせて、纏わりつく香水の匂いを全部舐めとってしまおうとした。だが僕の企みは、デレが身を捩ったことによって阻まれた。

「私、わかったの。一番綺麗な愛って、どちらかが死んで初めて完成されるんだって。だってそうじゃない?
思い出は現実と違って、汚れたりしないもの。いつまでも綺麗なままだわ。悲恋だけが、綺麗なままでいられる愛なの。
私は、綺麗なまま愛されたいわ。ねえ、内藤さん。私のこと、すき? 私のこと、愛してる? もし愛してるなら――」

 デレの言葉を聞いている内に、僕は手を止めてしまった。次に言われるであろう言葉が、想像できてしまったから。
いつの間にかデレは呼吸も整って、まるで恋人同士がするような瞳で僕の事を見ていた。無邪気な笑顔をしている。
しかし、今はその笑顔が残酷なものに感じられた。虫を殺す子供の笑顔。そう感じる原因は、僕の心にあるのだろうか。

「私のこと、殺してくれない?」
「それは……」

 息を呑む。言葉は思い浮かんでいる。だが、口に出せない。そんな僕の怯えを見抜いているのか、デレはより一層やわらかく笑った。

「そうよね、無理言ってごめんなさい。ううん、気にしないで。おかしなこと言ってるなって、自分でもそう思ってたもの。だって――」

877:他殺願望 ◆y7/jBFQ5SY :2008/02/03(日) 19:21:42.16 ID:hNidenhj0
 突然、腹の中心に冷たい感触が侵入してきた。冷たい感触は全身に波及していき、鋭い痛みと灼熱の恐怖を喚起させた。
神経のすべてが腹の中心に据えられたため、天地は真逆になり、立っているのか、いないのか、それすらも解らなく、考えられなくなる。
腹に溜まっていた酒が、抉じ開けられた脱出口から漏れ出していく。危機感を覚えた僕は、必死になって両手を押し付けた。

 今度は背面から冷たい感触が侵入してきた。視界がぐるりと回る。もはや、傷口を抑えることも叶わない。
頭の中が、逃げなければという思考に埋め尽くされていく。どこに向かっているかも、動いているかも解らぬまま、地面と思しき場所を這った。
ぬめったものが手を滑らせ、思ったように地面を掻くことができない。焦れば焦るほど、掴むのは空気だけになってしまう。

「内藤さん、おねえちゃんのこと好きなんだもんね。おねえちゃんのこと愛してるんだもんね。知ってたよ、私は知ってた。
私が香水つけるのをいやがったのも、匂いが移ると困るからだよね。それとも、おねえちゃんと同じ香水を使うからいやだったのかしら?」

 重たいものが圧し掛かってきた。残っていた酸素と酒が、一滴残らず吐き出される。今は痛みよりも、酸素が欲しい。
しかしすることは変わらず、腕を伸ばして空を掻くだけだった。だがそれすらも、デレの体によって押さえつけられる。
デレは全身を使って僕に抱きついていた。脚も手もがっちりと、しかし乱暴な感じはしない。むしろ、とても優しく、愛おしそうに。

「良かったね、内藤さん。おねえちゃんはきっと、ううん、絶対悲しんでくれるよ。ずっと、ずーっと愛しつづけてくれるよ」

 最後に見たのは、間近に迫ったデレの顔。無邪気で残酷な、子供の笑顔。触れ合った唇からは、ツンと同じ匂いがした――。


 デレは血溜まりの中でうつ伏せになっている内藤を、心底うらやましく思っていた。綺麗で、美しいとさえ思っていた。
これから内藤は、綺麗な思い出とともに姉の中で愛されつづけるのだ。自分がその一翼を担えたことは誇りに思うが、それでは足りない。
やはり、殺す側ではなく、殺される側にならなければならない。生きる不浄を払拭し、逸速く綺麗な存在にならなければならない。

 自分が殺される甘美な想像に浸り、デレは恍惚とした。巨大なナイフが腕や脚、生きるのに必要な器官、女の大事に差し込まれていく。
けれど、想像は想像。痛みも喜びも、現実によって飲み込まれてしまう。だからこそデレは、自分を愛してくれる人を探さなければならなかった。
自分の望みを叶えてくれる、殺してくれるほど愛の深い男を。デレの頭からは、すでに、内藤のことなど忘れ去られていた。


     『他殺願望』 〜終〜



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