( ゚W゚)ブーンは悪魔憑きとなったようです

3: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/18(水) 23:02:27.72 ID:UbfNnEvZ0
  
その5 「屍は笑う」

都市警察最下層東分署に戻ったギコは、一連の怪死事件についてのレポートをまとめていた。
心臓えぐりはもちろん、ミンチ殺人などの変死事件。
それら全てが『悪魔憑き』によるものであると断定することは難しいが、その可能性は非常に高い。

ギコがこのレポートを上に提出するのは、実はこれで10回目である。
回を重ねるごとに新たな事件を加えて提出。
事件が起こる度に行われるレポート作成は、もはや彼にとってルーチンワークになりつつある。

レポートの内容は明朗にして単純。
だが、『悪魔憑き』を初めとするその内容は、普通人にとっては到底信じられるものではない。
提出される度にゴミ箱で発見されるレポートを見て、ギコは何度もため息をついている。



4: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/18(水) 23:06:04.14 ID:UbfNnEvZ0
  
もちろん、いきなり全てを理解しろというのは難しい要求であることは百も承知だった。
しかし、上層部の反応はなしのつぶて。
内容によっては確実な裏付けを取れているものすらあるというのに。

(,,゚Д゚)「どう思う、兄者」

レポート作成の手は休めずに、ギコが傍らに立つ色の白い男に問いかける。

( ´_ゝ`)「やはり、何らかの手が回っていると考えるべきでしょう」
(,,゚Д゚)「そうか……。しかし、そんなことが可能だと思うか?」
( ´_ゝ`)「我々を動かす存在が絶対的な合理性を持つとはいえ、それは絶対的な不可侵と同義ではありません」
(,,゚Д゚)「そうだな。もはやその可能性は否定できない……。いや、肯定せざるを得ないようだ」

ため息をつくギコ。
兄者と呼ばれた男は、ギコを労うようにコーヒーの準備を始めた。
兄者のコーヒーは薄かった。


その後ギコが提出したレポートは、その1時間後に細切れの残骸となってゴミ箱から発見された。
ギコの不審は確信に変わった。



6: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/18(水) 23:12:22.44 ID:UbfNnEvZ0
  
バーボンハウス レストルーム

気を失ったブーンが目を覚ますと、そこはバーボンハウスのレストルームだった。
白い天井に蛍光灯が灯り、青白い光を放っている。
オーナーのショボンが休む際に使うそこは、主人の性格を反映してか、狭いながらも綺麗に片づいている。
ベッドの脇には小さなテーブル、据え付けの棚にはショボンの趣味であるカクテルや酒類関係の本が数冊。
シーツの清潔な匂いが、ブーンの鼻腔を優しく通り抜けた。
常に腐臭とけばけばしい香水の匂いに満たされている最下層では遭遇できない清潔な環境。
少し前まではブーンも同じような環境で生活していたが、今では若干の違和感を感じる。

( ^ω^)「ボクは……」

気を失う前の記憶をつなぎ合わせて、ブーンは自分の身に起こったことを推測した。
おそらく、ギコに支え起こされてからすぐに、自分は気を失ったのであろう事。
自分をここに連れてきたのは、ギコであろう事。
ここに寝かせているのはショボンのはからいであろうこと。
そして、何よりも大切なツンが生きているであろうこと。

断片的な記憶をとりとめなく浮かび上がらせていると、部屋にある唯一の扉からショボンが顔を覗かせた。



7: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/18(水) 23:19:42.42 ID:UbfNnEvZ0
  
(´・ω・`)「やぁ、起きたようだね」
( ^ω^)「ショボン……」
(´・ω・`)「ああ、無理して起きあがらない方がいいよ。それなりに酷い怪我だからね」

身を起こそうとするブーンを見て、ショボンがそれをやんわりと制した。
ショボンの言葉通り、少し体を動かすだけで体が激しく痛みを訴えた。
軽く消毒液の臭いが漂うことに、ブーンは気づく。
手当もショボンがしてくれたのか。
ブーンは高校時代からの友人に、深く感謝の意を覚えた。

(´・ω・`)「とりあえず、寝ながら話を聞いて欲しい」
( ^ω^)「わかったお」
(´・ω・`)「まずは、そうだな。ここに至るまでの経緯でも説明しようか」

そう言ってショボンは、ブーンが気を失っていた間の出来事を語り始める。



8: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/18(水) 23:24:10.67 ID:UbfNnEvZ0
  
ブーンを運んだのは、やはりギコだった。
気を失ったブーンを運ぶ場所が、他に思いつかなかったのだという。
ブーンはギコにも感謝した。
一度顔を合わせただけの間柄だけに、その場に捨て置かれても文句は言えないところだ。

バーボンハウスにブーンを運び込むと、ギコはすぐに職場へと戻っていったという。
去り際に一言、『ブーンが起きたら俺の所まで来るように言って欲しい』と言い残して。
ついでに、顔パスで出入りできるように取りはからっておくとも言ったそうだ。
どうやらギコはそこそこの地位にいる人物らしい。

だが、ブーンは一向に目を覚まさなかった。
外傷もさることながら、長時間にわたるGの連続負荷が深刻なダメージを与えていた。
ここに運び込まれてから三日間も眠り続けていたことを知って、ブーンはとても驚いた。

近場の闇医者に往診してもらったところ、ブーンは疲労による一時的な昏睡と診断された。
脳への障害等はないと聞いて、ショボンは大きく安堵した。
それからの数日は、医者に渡された栄養剤を一日に一度注射して、あとは安静にさせる日々が続く。
ブーンはその間、死んだように眠り続けて、そして今日やっと長い眠りから起きあがることができた。



9: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/18(水) 23:27:02.24 ID:UbfNnEvZ0
  
( ^ω^)「本当にすまなかったお、ショボン。なんと言えばいいか……」
(´・ω・`)「お礼なんていいさ。当然のことをしたまでだからね」

ベッド脇の椅子に腰掛けて、ショボンはブーンの足の包帯を交換しながら答えた。
当然の行為と断じてはいるが、ブーンはその介護が当然のものではないことを知っている。
寝ていても人間は、特にその内臓は働き続けるものだ。
糞尿等の排泄行為はもちろん、垢やフケ、汗等の汚物を人間は常に吐き出し続ける。
それら全てを、しかも他人のそれを取り除き、世話する労力と精神的不快感は並のものではない。

だが、今のブーンは清潔な状態に保たれていた。
排泄物の処理はもちろんのこと、肌も綺麗に汚れはぬぐい取られ、さらさらとしたシーツの感触を返してくる。
最近は面倒になって洗えていなかった頭髪すらも洗髪され、ブーンは頭が軽くなった感触すら覚えた。

( ^ω^)(ありがとう、ショボン)

礼を言われることを拒む友人に、心の中で深く礼を言う。
最下層に移り住んでからは感じることのなかった人の温もりを、ブーンは安らかな気持ちで受け取っていた。



11: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/18(水) 23:31:57.84 ID:UbfNnEvZ0
  
( ^ω^)「そういえば、ギコ……さん、からは何か連絡はなかったのかお?」

呼び慣れない名前のために、ブーンは少しどもってしまった。

(´・ω・`)「何の音沙汰もないよ。君を連れてきて、それっきりさ」
( ^ω^)「そうかお。じゃあ、こちらから出向くしかないかお」
(´・ω・`)「出向くって……まさか都市警に? 直接?」
( ^ω^)「それしか情報を得る方法はないお」
(´・ω・`)「ちょっとまって、まってよ。何か方法が見つかったっていったじゃないか」
( ^ω^)「確かに見つかったお。でも、新しい情報を得るには、あの人に会うしかないお」
(´・ω・`)「……わかった」

ため息をつくショボン。
ブーンは昔からこうだった。
一度決めたことだけは必ずやり抜く。
年を重ねることによってその手段や知識は変化していったが、その正確だけはかわらなかった。

(´・ω・`)「とりあえず、説明してくれるかな。今度こそ全部をね」



14: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/18(水) 23:37:31.41 ID:UbfNnEvZ0
  
『メリルヴィルの晩餐』 礼拝堂

四方を暗幕に囲まれたそこは、ただひたすらにシンと静まりかえっていた。
100m四方の空間。
照明は正方形を描くようにして立てられた小さなガス灯の明かりのみ。
ゆらゆらと揺らめく青白い炎が、その場に佇む四つの人影を淡く照らし出す。



15: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/18(水) 23:40:49.42 ID:UbfNnEvZ0
  
/ ,' 3「――というわけで、ジョルジュの捕獲は失敗じゃ」

三日前の一部始終を話し終えた老人が、そう言って話を締めくくる。
顎髭をしごきながら、長話に疲れたとばかりに大きく息を吐く。

/ ,' 3「まあ、ジョルジュの性格からして素直に戻るとはおもえんかったがの」
(*゚ー゚)「まあねー。彼、一度思いこんだらとことん突っ走る性格みたいだし」
('A`)「……馬鹿が」
( ゚∋゚)「……」

老人の言葉に対して、他の3人はそれぞれの反応を返す。
青い薄衣を纏った美しい女性は明るく。
赤黒いパーカーを羽織った細身の男は陰鬱に。
白いタンクトップのみの大男は沈黙で。

年齢も性別もちぐはぐな一団は、一見するとたまたま行き会った何の繋がりもない間柄にも見える。
だが、その身から噴出するどす黒い気配だけは、全員がほぼ同一。
それだけで彼らが何らかの目的を共有する者であることがはっきりとわかる。



16: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/18(水) 23:46:11.15 ID:UbfNnEvZ0
  
(*゚ー゚)「それで、荒巻さんはどーするの?」
/ ,' 3「ふむ。儂としてはできるだけ計画を遅延させたくはないのだがな」
(*゚ー゚)「あら。じゃあ、ジョルジュ君は捨てちゃうの?」
/ ,' 3「そんなもったいないことはせんよ。機を見て接触し、説得するつもりじゃ」
(*゚ー゚)「荒巻さんてねばり強いよねー」
/ ,' 3「お前さんがあっけらかんとしすぎておるんじゃよ、しぃ」

荒巻と呼ばれた老人が、明るく笑う女性にたしなめるように話しかける。
孫と祖父ほども歳が違う二人は普通に会話をしているように見えるだろう。
だが、その表情には親しみや仲間意識などは欠片も見受けられない。



18: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/18(水) 23:49:46.62 ID:UbfNnEvZ0
  
/ ,' 3「おお、そうじゃ。ギコからお前さんあてに言づてを預かっておるぞ」
(*゚ー゚)「ギコくんから?」
/ ,' 3「『出来ることなら二度と目の前に現れるな』だそうじゃ」

一見淡々と、だがひたすらに殺伐とした会話を交わしながら。
荒巻が思い出したかのように、ギコから頼まれていた言葉をしぃに伝える。

(*゚ー゚)「ふぅん……そう、ギコくんが。そんなこと言ったんだ。へえー」
/ ,' 3「ほ。嬉しそうじゃな、しぃ」
(*゚ー゚)「もちろん嬉しいに決まってるじゃない」

花びらのような唇をほころばせてしぃが笑う。

(*゚ー゚)「目の前に現れるなっていうことは、現れたら心が揺らぐってことでしょ?
    つまり、まだギコくんは私の事が好きなの。好きで好きで仕方がないのよ」
/ ,' 3「あれだけきっぱりと別れたくせに、大した自信じゃのう」
(*゚ー゚)「当然よ。彼にとって私は、それだけの価値と魅力があると信じてるもの」
/ ,' 3「それは女のカンかね?」
(*゚ー゚)「んーん。どっちかっていうと、深い愛のなせる業、かしらねー。女冥利につきるわー」

いやーん、私ってばア・ク・ジョ☆ などと言いながら身をくねらせるしぃ。
それを憎々しげに見て、細身の男が口を開く。



21: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/18(水) 23:54:37.49 ID:UbfNnEvZ0
  
('A`)「キモい仕草してんじゃねえ、売女が」
(*゚ー゚)「なーによ、いきなり。あ、もしかしてドクオっちてば、妬いてんの?」
('A`)「空っぽの頭、吹き飛ばしてやろうか。つか、何がドクオっちだよ。俺の名前はドクオだ」
(*゚ー゚)「親愛の表現ってやつじゃないの。ツンケンしてたら包茎も治らないわよ? 包茎は相手したげなーい」
('A`)「俺は包茎じゃねぇ。お前の病気持ちクサレマンコに突っ込む気なんざハナっからねぇよ」

ドクオと呼ばれた男としぃの毒舌が絡み合う。
あたりに明確な殺気が沸き立ち、一触即発の雰囲気が周囲を飲み込んだ。
二人の間に挟まれた荒巻が大きく嘆息。

/ ,' 3「やれやれ。あまりドクオを挑発するでない、しぃ」
(*゚ー゚)「だあーってぇー」
/ ,' 3「だまらっしゃい。ドクオもドクオじゃ、安っぽい挑発にのっておる場合か」
('A`)「チッ。わかってるよ」

殺意を無理矢理散らされて、ドクオはバツが悪そうに顔をしかめる。



22: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/18(水) 23:58:44.68 ID:UbfNnEvZ0
  
('A`)「それより、そんな場合じゃねぇってんなら、今すぐにでも動くべきだろ」
/ ,' 3「もちろんその通りじゃ。しかし、迂闊に動けば都市は我々を排除する」
('A`)「ハ。人口無能のご機嫌伺いってか? 俺はやだね」

吐き捨ててドクオがその場を離れようとする。
その背にあわてて荒巻が声をかけた。

/ ,' 3「こりゃ、またんかドクオ!!」
('A`)「うるせーな。やることはわかってんだから、グダグダ言わずにやりゃいいんだよ」

ひたすらに陰鬱な表情に暗い笑みを浮かべながら、ドクオがその場からかき消える。
それを見た荒巻がため息をついて沈黙する大男を見やると、大男もまたその場から姿を消していた。
荒巻は何度目ともしれないため息をついた。

/ ,' 3「やれやれ。話を聞かないやつばっかりじゃ」
(*゚ー゚)「少しなら同情してあげてもいーわよ」

かつての恋人と全く同じセリフを吐くしぃに、荒巻は顔をしかめて見せた。



23: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/19(木) 00:03:44.49 ID:lVpI7dKS0
  
都市警察最下層東分署 応接室

中のスポンジがところどころ飛び出た、安っぽいソファーセット。
座り心地のあまりよくないそれに尻を乗せて、ブーンは居心地悪そうに辺りを見回した。
灰色の壁はところどころ黒い染みが浮かび、その染みは床の薄っぺらなカーペットまで浸食している。

部屋の中の調度品はとても少ない。
ソファーセットに挟まれるように置かれた木のテーブル。
その上のテーブルクロスと、ガラス製の灰皿。
部屋の隅にある予備のパイプ椅子。
それが部屋にある調度品の全てだった。

シンプルと言えば聞こえはいいが、殺風景と言えばそれまで。
都市政府直轄の都市警察といえど、最下層の分署ともなれば中身はこれこの通りだ。



25: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/19(木) 00:08:15.18 ID:lVpI7dKS0
  
ブーンが周囲の観察を終えてしばらくたった頃、ドアを押し開けてギコと二人の男が入ってきた。

(,,゚Д゚)「待たせてすまんな、ブーン」
( ´_ゝ`)(´<_` )「……」

いつも通りの軍用コートを羽織ったギコ。その手には黒いファイルケースを持っていた。
その後ろに続く顔の非常によく似た男達は、グレーの制服を着用している。

(,,゚Д゚)「思ったよりもお前の行動が早かったため、資料を用意できていなかった」
( ^ω^)「いや、かま……いませんお、ギコ、さん」
(,,゚Д゚)「俺のことはギコでいい。敬語も無用だ」

一応年上であることを意識したブーンの気遣いを、ずっぱりとギコが斬り捨てる。
軽くヘコむブーンを顧みることなく、ギコはブーンの向かいに腰を下ろした。
残る顔のよく似た男達は、ギコの後ろにやすめの姿勢で待機する。



27: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/19(木) 00:16:46.85 ID:lVpI7dKS0
  
(,,゚Д゚)「お前を直接こちらで保護することも出来たのだが、こちらにも都合があってな」
( ^ω^)「あ……ボクをショボンの所に運んでくれて、ありがとうだお」

今更ながらに感謝の意を述べるブーン。
ギコは鬼気せまる勢いだった三日前のブーンとの違いに、少し驚いたような表情をみせる。
頭にハテナマークを浮かべながら見返すブーンを見て、ギコは何かに納得したように小さく頷いた。

(,,゚Д゚)「そうか。それがお前の本来の顔か」
( ^ω^)「へ? 顔?」
(,,゚Д゚)「いや、なんでもない。いい顔だ」

突然顔の話を振られたブーンは頭上のハテナマークを増加させる。
更に、脈絡もなく顔を褒められて、ブーンのハテナマークは最大限に増殖した。
そんなブーンを見て、ギコは小さく笑った。



28: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/19(木) 00:20:15.78 ID:lVpI7dKS0
  
(,,゚Д゚)「さて。世間話もいいが、そろそろ本題に入ろう」
( ^ω^)「そっちから振ったくせに……」
(,,゚Д゚)「都合の悪いことはあまり気にしないタチだ。きこえんな」
(;^ω^)(もしかして、この人もの凄く性格悪いんじゃないのかお)

平然と言い放つギコに呆れてものも言えないブーン。

(,,゚Д゚)「ところで、お前の友人はどうした」
( ^ω^)「ショボンのことかお? ショボンは店に残ってるお」
(,,゚Д゚)「そいつは、どこまでこの件に深く関わっている?」
( ^ω^)「とりあえず、ボクの知ってることは全て伝えたお」

ショボンに情報提供を頼んだ際、ブーンはあえて一部のことを秘匿した。
特に『悪魔憑き』に関することに対しては、何一つ情報を公開しなかった。
信じて貰えないかもしれないと思ったのではない。
最後の頼みの綱であるショボンに見捨てられたくはない。
悪魔と一体になった自分を嫌って欲しくない。
そう思ったブーンは、どうしてもそのことをショボンに話すことはできなかったのだ。



29: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/19(木) 00:27:46.71 ID:lVpI7dKS0
  
(,,゚Д゚)「そうか。それで、相手の反応は?」
( ^ω^)「見損なうな、って言われて、思いっきり殴られたお」

そう言って、未だに赤みの残る頬を撫でるブーン。
口の中は激しく切れており、未だに痛みが残っているが、ブーンはその痛みを嬉しく思う。
その痛みは信じ抜くことができなかった友人に対する贖罪。
その痛みは信じてくれた友人との絆。

(,,゚Д゚)「では、完全に巻き込まれた形であるとはいえ、立派な関係者だな」

嬉しそうなブーンとは対照的に、ギコは苦い表情を浮かべる。
そして背後の男達に、ショボンの保護を指示した。
指示を受けた男達のうち左側に立つ男が、頷くと携帯端末を取り出してどこかに連絡を取り始める。
おそらくはショボンの保護を伝えたのだろう。
それらの様子を見て、ブーンは友人を危険に巻き込んだ責任から、暗い気持ちが腹に溜まるのを感じた。



30: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/19(木) 00:30:38.99 ID:lVpI7dKS0
  
落ち込むブーン。
その暗い顔を見て、ギコが取って付けたようにフォローする。

(,,゚Д゚)「起こってしまったことは仕方がない。
    それに、遠からず最下層市民は全て保護する計画だった。気にするな」
( ^ω^)「全市民を……保護?」
(,,゚Д゚)「そうだ。俺の知りうる限りでは、すでに奴らの計画は始まっている。
    そしてその計画の中には、最下層全域を巻き込む計画があったことは確かだ」

淡々と知っている情報を公開するギコ。
その口ぶりは、まるで見てきたかのように確かだ。

( ^ω^)(そういえば……あの時)

ブーンは三日前の、老人とギコのやり取りを思い出す。
組織に属すると思われる老人は、ギコに対して『帰ってこないか』と誘いをかけていた。



32: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/19(木) 00:35:19.80 ID:lVpI7dKS0
  
( ^ω^)(つまり……ギコは、組織にいたことがある?)

それも、計画の段取りを。
全容を知ることができた立場として。

( ^ω^)「ギコ……あんた、昔は」

ブーンは心の内にわだかまる疑問をギコにぶつけようとして口を開いた。
だが、丁度その時。
応接室に、いや分署全体に、不吉なサイレンが鳴り響く。
聞く者を否応なく不安の底にぶち込む音は、全てを圧してがなり立てた。

(;^ω^)「な、なんだお!?」
(,,゚Д゚)「まさか……」

ブーンとギコが慌てて腰を上げる。
その瞬間、ブーンの足、正確にはその不完全な癒合部分が、鮮明な痛みを発し始めた。
その痛みはブーンの足に取り付く悪魔がざわつくことにより生まれる痛み。
そして悪魔がざわつく理由は――同類が近くに現出した場合のみ。

(,,゚Д゚)「どうやら説明している時間はなくなったようだ」

ギコが重苦しい声音で言った。



4: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/19(木) 23:13:54.68 ID:WBP1tTpY0
  
最下層 メインストリート

男「ラーララ〜ララララ〜ララー……っと」

始まりは一人の酔っぱらいだった。
得体の知れない鼻歌を歌いながら、男は千鳥足を楽しむかのように歩き回る。
あっちへふらふら。こっちへふらふら。
人混みでごった返したストリートでそんなことをすれば、当然体は誰かにぶつかる。
豊満な女の胸に顔を突っ込んだかと思えば、横っ面を張り飛ばされて別の女の腰にしがみつく。
女に触ることが目的であることは明らかだったが、男は手慣れた様子で頬をさすりながらふらふら、ふらり。

そのまま5人ばかりに抱きついた頃。
ビンタで激しく頭をふられた男は、そばにある下水口にむかって体を折った。
折った勢いそのままに、げえげえと胃の中身をぶちまける。
おおよそ一食分をフルに逆流。
やっと落ち着いた男が涙目になりながら、排水溝の格子ごしにそう遠くない水面を見やる。
自分の吐瀉物がゆっくりと拡散していくのが見えた。
その中に、一際目立った形で残るナルトを見つけて、男はなんだか笑いたくなった。

あはは、と男が笑おうとして口を開ける。
その瞬間、薄汚れた下水口から、二本の腐った腕がにゅう、と伸ばされた。
異臭漂うその腕はパカリと口をあけた男の頭を鷲づかみにすると、そのまま一気に握りつぶした。

あたりに髪の毛混じりの頭皮と、脳漿と、灰色の肉片が飛び散った。
それをまともに浴びた風俗嬢が金切り声をあげて腰を抜かす。
痙攣を続ける頭欠死体を押しのけて、下水口からゆっくりと無数の人影が這い出てきた。



5: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/19(木) 23:16:55.02 ID:WBP1tTpY0
  
都市警察最下層東分署 玄関前

ブーンとギコが応接室を出て玄関をくぐると、激しい腐臭が鼻を突いた。
煮詰めた汚物のような。
人肌の腐乱死体のような。
筆舌に尽くしがたいその匂いに、ブーンは反射的な嘔吐感を覚えた。

(,,゚Д゚)「人の死体の匂いだな」
(;^ω^)「物凄い匂いだお……」

冷静に分析するギコ。
物凄い腐臭にも、彼はわずかに顔をしかめたのみだった。
あたりは悲鳴と絶叫に包まれている。
目の前の通りを狂乱して走り回るのは最下層市民。
皆が皆、普段の気怠げな様子とは違い、必死で何かから逃げている。



7: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/19(木) 23:20:44.71 ID:WBP1tTpY0
  
(,,゚Д゚)「向こうが騒ぎの発生源のようだな」

恐怖を顔に張り付かせた人々は皆、一様に同じ方向から逃げてきている。
悲鳴と腐臭が濃密な方向を睨み付け、ギコは苦々しげに呟いた。

( ^ω^)「この騒ぎも、やっぱり……?」
(,,゚Д゚)「ああ。奴らの仕業に間違いないだろうな」
( ^ω^)「何故こんなことを……」
(,,゚Д゚)「理由までは俺も知らん。だが、奴らが目的のためにこの計画を必要としていたことは間違いない」
( ^ω^)「こんな計画を必要とする目的なんかクソったれだお」
(,,゚Д゚)「ハ。言うじゃねぇか」

ギコの言葉を、間髪入れずに切り捨てるブーン。
それを聞いたギコは、珍しくどう猛な笑みを浮かべた



8: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/19(木) 23:26:01.46 ID:WBP1tTpY0
  
( ´_ゝ`)「隊長。市民の非難誘導指示完了です」
(,,゚Д゚)「ご苦労。兄者、お前は弟者と共に遊撃行動に出てくれ」

玄関から走り出てきた、顔のよく似た男達がギコに報告する。
それを聞いたギコは、淀みなく二人に指示をした。

( ´_ゝ`)「わかりました。行くぞ、弟者」
(´<_` )「……」

兄者と呼ばれた男が、隣の男に呼びかける。
弟者と呼ばれた男は何も言わず、静かに深く頷くのみ。
二人の会話はそれだけだったが、何かが通じたのだろう。
全くの別方向に散開して走り去った。

(,,゚Д゚)「よし。我々も行くぞ」
( ^ω^)「わかったお!!」

二人の姿が消えると、ギコとブーンも同じく混乱の中心を目指して走り出した。
一歩を踏み出すごとに、腐臭と悲鳴がその密度を上げていく。
阿鼻叫喚の地獄絵図と化した最下層を、二人は走り抜けた。



9: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/19(木) 23:30:04.94 ID:WBP1tTpY0
  
ごろり、と。
先ほどまで確かに生きていた女が、命を失いただの肉人形となって道に転がる。
その顔は恐怖にひきつり、化粧をした顔は正視に耐えない形相を呈していた。
あまりにも強い恐怖のためだろうか。
その口の端は引きちぎれ、目は半ばまで飛び出ている。

('A`)「化粧臭ぇんだよ。商売女」
( ゚∋゚)「……」

くたりと横たわる死体を忌々しげに蹴り飛ばしながら、ドクオが吐き捨てる。
隣に立つ大男は何も言わずに、ちぎり取った女の乳房を放り捨てた。

('A`)「糞。糞糞クソくそくそくそくそくそくそ。うすぎたねぇ、全部が気にいらねぇ。
   いいからとっとと腐って信じまいやがれ、クソッタレどもが」

鬱々とした表情で、ドクオが呪いの言葉を口にする。
若干かがみ込んで、ドクオは女の死体に右手をかざした。
その、途端――

女「ぎぃぃぃやああああああええええ゛え゛え゛え゛え゛え゛」

女の死体がびくりと震え、魂まで凍るような絶叫を迸らせた。
その絶叫は魂の絶叫。
約束された永遠の安息を奪い去られた絶望の悲鳴。



10: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/19(木) 23:33:15.20 ID:WBP1tTpY0
  
('A`)「ッハ。苦しいか? 悲しいか? これでお前は二度と天国にも地獄にもいけねぇ。
   永遠に腐り果てた姿を晒して、苦痛と絶望を抱えて這いずりまわれ」

ギラギラとした目で笑いながら、ドクオがリビングデッドとなった女に話しかける。

('A`)「絶望したか? 絶望したな? ……絶望したなら、お前と同じ思いを他の奴らにも味合わせてやれ。
   憎いだろう。羨ましいだろう、生きている人間が。
   奴らをお前と同じ暗き淵へ引きずり込んでこい」

ドクオが行け、と呟くと、リビングデッドは絶叫をやめてむくりと起きあがった。
その目は何も見ていない。
その耳は何も聞いていない。
その脳は何も考えていない。
ただ、生者を自分と同じ側へと引きずり込むために行動する。



15: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/20(金) 23:45:52.10 ID:ipzZaapw0
  
死体はとりあえず、手近に転がっていたかつての恋人に歩を進めた。
腹に一撃をくらい、腸を破裂させてのたうちまわっていた男。
男は死んだはずの彼女が蘇り、虚ろな視線で歩いてくる姿に恐怖を覚えた。

男「な、なぁ……頼むよ、やめてくれ……愛してる、愛してるから」

何も言われずとも、男は彼女がしようとしていることがおぼろげに理解できた。
ずりずりと腕を動かして、体を少しでも遠ざけようと努力する。
しかし、そんな男の動きを気にも留めず、リビングデッドはゆっくりと男の上に覆い被さった。

笑顔が素敵な女だった。
だが、その笑顔は恐怖を歪ませて虚ろにした顔に取って代わられている。
豊満な胸を自慢げにそらす姿が似合っていた。
だが、豊満な胸はさっき大男がちぎり取って放り捨ててしまった。
何よりも愛していると誓った。
だが、死者に生者の声は届かない。

ぞぶり

リビングデッドの歯が男の首筋を容赦なく噛み千切る。
喉もとで爆発する痛みが息を塞ぐ前に、男は叫んだ。

男「神様!!」

しかし神はいない。



17: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/20(金) 23:48:45.16 ID:ipzZaapw0
  
( ^ω^)「ひどい……酷すぎるお……」

メインストリートに辿り着いたギコとブーン。
逃げ惑う人間がいなくなったそこは、目を覆いたくなるような光景が広がっていた。

死体が転がり、その死体に群がる死体の一団。
死体が歩き回り、無差別にその腕を振るう。
死体は虚ろな目で周囲を見つめ、新しい死体を見つけるとそちらに足を向ける。

どこを見ても死体死体死体。
そこには死体と死体と死体と死体しかいなかった。

(,,゚Д゚)「まさかここまで大きく動くとは予想できなかった……俺のミスだ」

ブーンの隣に立ちつくすギコが歯を食いしばる。
握りしめた拳は白く血色を失い、みりみりと音を立てて絞り込まれていた。
その顔には、明らかな後悔。そして自責の念がありありと浮かんでいる。

ブーンは、ギコの過去を知らない。
だが、その顔を見た瞬間、ブーンはギコを信じることに決めた。



19: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/20(金) 23:51:00.64 ID:ipzZaapw0
  
( ^ω^)「ギコ。今はこの状況をなんとかするのが先決だお」
(,,゚Д゚)「……ああ。わかっている。すまん」

見かねたブーンがギコに話しかける。
ギコはブーンの言葉にはっとしたように、首を一度、小さく振って正面を見据えた。

(,,゚Д゚)「このやり方は知っている。おそらく『武曲』の仕業だろう」
( ^ω^)「『武曲』?」

聞き慣れない単語を耳にして、ブーンが思わずオウム返しに聞き返す。

(,,゚Д゚)「『メリルヴィルの晩餐』には、中心となって行動する七人の悪魔憑きがいる。
    すなわち、『貪狼』『巨門』『禄存』『文曲』『廉貞』『武曲』『破軍』。
    これらは七柱と呼ばれ、組織での実質的なトップに位置する」
( ^ω^)「もしかして、この間のジョルジュも?」

ジョルジュが『破軍』と呼ばれていたことを思い出して、ブーンが尋ねる。



20: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/20(金) 23:52:10.37 ID:ipzZaapw0
  
(,,゚Д゚)「その通りだ。奴は『破軍』の座についている。もっとも、今は違うようだがな」
( ^ω^)「通りで強い筈だお……」

ジョルジュの圧倒的な強さを思い出し、ブーンはその身を震わせる。
デキソコナイとブーンを呼んだジョルジュ。
圧倒的な力量差で全ての攻撃を掻き消した戦闘狂。
あのような存在が、七人も。
その絶望的なまでの巨大さに、ブーンの体が無意識に震える。

(,,゚Д゚)「怖いか?」
( ^ω^)「……正直に言えば、関わり合いになりたくもないし、怖いお。
    でも、ボクには絶対に譲れない理由があるお。だから、やるお」
(,,゚Д゚)「よく言った。それでこそ男だ」

怖いという感情を隠さず、それでも立ち向かう姿勢。
人によってはそれを蛮勇と呼ぶかもしれない。
しかし、それでもギコはその姿勢を評価した。



21: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/20(金) 23:57:08.57 ID:ipzZaapw0
  
その時、リビングデッドの一体が会話を続ける二人に気づいた。
そいつは大きく口を開くと、濁った声で絶叫をあげる。
聞く者の魂を凍り付かせるような人ならぬ者の絶叫。
その声に、周囲にいたリビングデッド達がゆっくりと二人を認識して身を起こす。

(,,゚Д゚)「気づかれたか」
( ^ω^)「一つ聞きたいことがあるお」
(,,゚Д゚)「なんだ?」

ゆっくりとこちらに近づく死体共を見据えて、ブーンが問いかける。



22: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/20(金) 23:59:48.03 ID:ipzZaapw0
  
( ^ω^)「こいつらを救う方法は、何かないのかお?」
(,,゚Д゚)「ない。『武曲』の作り出すリビングデッドは、魂を冒涜する邪法だ。
    こいつらはすでに魂を穢されきった、哀れな被害者。
    肉体を破壊するしか、動きを止める方法はない。救うことは出来ない」

ブーンの問いかけを予想していたのか、ギコが淀みなく答える。
ギコの答えを聞いたブーンは大きくため息を一つ。
目を閉じて、小さく祈りを捧げる。
そして目を開いた。

( ^ω^)「わかったお。じゃあ、やるお」
(,,゚Д゚)「ああ。徹底的にやるぞ」

近づく死体に視線を固定して、ブーンが宣言した。
それに応えるギコ。
二人は迷いなく力を解放した。



23: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/21(土) 00:02:34.33 ID:bvR9X2DP0
  
――づ どぉん

遠くに響く破壊音に、捕まえた男の首をねじ切っていた大男が動きを止めた。
その方向に首を向けて、何かを見透かすかのようにじっと見つめる。

( ゚∋゚)「……」
('A`)「やっと来やがったみてぇだな」

無口な相棒に代わってドクオが口を開く。
積み上げた死体に腰をかけながら、ドクオが鬱々と。敵を評価した。

('A`)「向こうには裏切り者のギコもいる。得体の知れない新人もいる。
   中々楽しい虐殺が楽しめそうだ」

くつくつと笑うドクオ。
そんなドクオに、沈黙を続ける大男が視線を向けた。

('A`)「なんだ? どうかしたか、クックル」
( ゚∋゚)「……」
('A`)「……ああ、わかったよ。やりたいんだろ、腕がうずくってんだろ」

こくりと頷くクックル。
その仕草に、ドクオの笑みが更に深まる。



24: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/21(土) 00:05:55.48 ID:bvR9X2DP0
  
('A`)「お前は本当に人間を千切るのが好きな奴だな」
( ゚∋゚)「……」
('A`)「いや、いいよ。お前は好きなだけ千切ればいい。でもその前に……」

ドクオが姿勢もそのままに、鋭く腕を横に振った。
うなりを上げてうずまく大気。
その流れに巻き込まれて、ドクオに向かって飛来していた五つの炎弾が方向を変えて吹き散らされた。
炎弾はそのまま壁に着弾。それぞれが大きく炎を吹き上げた。

同時にドクオへと接近する影が一つ。
凄まじい勢いで近づいた影は、そのまま白い刀を振り下ろす。
確実にドクオの首を跳ね飛ばす軌跡を描いて飛来する白刃。
だがそれは、驚くべき俊敏さで割って入ったクックルによって阻まれた。
甲高い音を立てて弾かれる刀。
耐性を崩した影にむかってクックルの拳が振られるが、影は無理せずにそのまま後方へと飛び退いた。

('A`)「ピッタリ息のあった攻撃だな。なかなかやるじゃねぇか」

特に感心した様子も見せずに口を開くドクオ。
ま、暇つぶしにはなるかな、と言いながら、ドクオは目の前の兄者・弟者を見つめた。



25: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/21(土) 00:06:58.06 ID:bvR9X2DP0
  
( ´_ゝ`)「お前達がこの襲撃の主犯か」
('A`)「だったらどうする?」
( ´_ゝ`)「無論、殲滅する」

きっぱりと言い切って、兄者が間合いを取る。
弟者は白く光り輝く刀を構え、クックルを牽制するように相対した。
対するドクオとクックルは微動だにしない。
ただ自然体で二人に視線を向けるのみ。
だが、その身から立ち上る殺意は爆発的に増加した。

( ´_ゝ`)「都市警所属、兄者」
(´<_` )「同じく……弟者」
( ゚∋゚)「……『巨門』クックル」
('A`)「七柱が一人、『武曲』ドクオだ。簡単には死んでくれるなよ」

短い名乗りをあげ、四人が動いた。



26: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/21(土) 00:09:32.16 ID:bvR9X2DP0
  
( ´_ゝ`)「燃え尽きろ!!」

鋭く叫び、兄者が右手の指先から五つの炎弾を放つ。
マッチの炎程度の炎弾は、それぞれが全て違う軌跡を辿りながらドクオに接近。

('A`)「馬鹿かてめぇ? きかねってんだよ」

先ほどの奇襲を払いのけたのと同じ仕草で、ドクオは腕を振って炎弾を散らした。

('A`)「無駄無駄無駄。きかねぇ攻撃を続けるほど無駄なもんはねぇぞ。」
( ´_ゝ`)「……」

ドクオの挑発を、兄者は黙殺。続いて炎弾を放った。
先ほどと全く同じ軌跡を描いて迫る攻撃。



27: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/21(土) 00:10:10.27 ID:bvR9X2DP0
  
('A`)「ちっ。ウゼーんだよ、馬鹿が」

期待はずれと言わんばかりに顔をしかめて腕を振り、攻撃を散らそうとする。
だが、

('A`)「うおっ!?」

横合いから突然飛び出てきた炎にあぶられそうになり、慌てて身を捻るドクオ。
何もないはずの、予想外の方向からの攻撃。
反応が遅れたために、パーカーの裾が嫌な音を立てて燃える。

('A`)「くっそ、なんだぁ?」

先ほど自分を攻撃してきた炎を見る。
その炎はドクオを捕捉し損ねて、壁に着弾。その場で燃え続けていた。
と、身をくねらせるようにして燃えていた炎が、突然その場からはじけ飛ぶ。
炎は拳大の小さな人型となり、再度ドクオに向かって攻撃をしかけた。



28: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/21(土) 00:11:27.50 ID:bvR9X2DP0
  
('A`)「くっ!!」

今度は完全に身をかわして避けるドクオ。
だが、自分の背後を見たドクオは、そこに広がる光景に愕然とした。

('A`)「な、なんだこりゃあ!?」

ドクオの背後には、吹き散らされて着弾した炎弾が所々で燃えていた。
そしてその一つ一つが、拳大の人型を取り、ドクオを囲むようにして飛び跳ねている。
呆然と辺りを見回すドクオに、兄者が淡々と言葉を発した。

( ´_ゝ`)「俺の持ち駒は『焔口』。こいつら常に腹を空かしていてな。
     ちょっとやそっとでは、獲物を諦めたりはしない。大人しく燃やされろ」

兄者の声に反応するように、炎が一斉にドクオへと飛びかかった。



29: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/21(土) 00:14:56.12 ID:bvR9X2DP0
  
無数の炎に囲まれるドクオを見ても、クックルは助けようとはしなかった。
それどころか、何かを考えているようにすら見えない。
ただ黙って、弟者の攻撃を捌き続けるのみだ。

(´<_` )「……」
( ゚∋゚)「……」

無口な二人は、無言のままに鋭い攻撃を繰り出し続ける。
弟者は左手の白刃をひらめかし、クックルは鉛色をした両腕を振り回す。

(´<_` )(こいつ……)

幾度となく繰り出した攻撃を全て弾かれて、弟者が少し戸惑いの表情を見せた。
弟者の左腕に憑いている『クルースニク』の刃は、生身で防げるものではない。
にもかかわらず、クックルは素手でその攻撃を弾いているのだ。

(´<_` )(両腕がこいつの『持ち駒』か。ならば……)



30: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/21(土) 00:15:29.84 ID:bvR9X2DP0
  
大きく腕を振って牽制し、間合いをあける弟者。

(´<_` )(これならどうだ!!)

弟者は悠然と構えるクックルに、左腕のクルースニクを間合いの外から鋭く突き出した。
狙うは生身に見える腹の部分。
それは到底届きはしない間合いから放たれた攻撃である。
しかしその瞬間、弟者のクルースニクがいきなり伸長。
その形を槍に変えて、鋭い先端でクックルの腹を確実に捉えた。

( ゚∋゚)「!!」

無表情の中に若干の驚きを見せてそれを防ごうとするクックル。
しかし、交差させた両腕をしなるように避け、槍はクックルの腹を貫いた。
ジャンッ! と焼けた鉄に水をかけたような音があたりに響く。
がぐり、とクックルがその巨体をよろめかせた。



32: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/21(土) 00:16:43.27 ID:bvR9X2DP0
  
('A`)「ッチ、クックル!!」

攻撃を受けたクックルが倒れ込む姿を見て声を上げるドクオ。
その時、一瞬動きを止めたドクオにむかって、無数の炎が殺到する。

('A`)「ッくそっ!!」

再び腕を振り上げるドクオ。
だが、その腕が振り抜かれるよりも早く、炎は我先にとドクオに食らいつく。

('A`)「があっ!!」

肉の焦げる音を立てて、ドクオの体が大きな火柱となった。
腕を目茶苦茶に振り回して炎を払おうとするが、悪魔の炎は消えるどころか、より一層ドクオに激しくまとわりつく。
がくりと膝をつくドクオ。
その体が地面に倒れ伏せるのを、やっと到着したブーンとギコは見ることになった。



33: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/21(土) 00:19:04.28 ID:bvR9X2DP0
  
(,,゚Д゚)「兄者!!」
( ^ω^)「やったかお!!」

大量のリビングデッドを屠って到着した二人が見たものは、燃え続けるドクオとうつぶせに倒れ込むクックルだった。
ドクオは微かに痙攣しながら燃え続け、クックルはぴくりとも動かずに倒れ込んでいる。

( ´_ゝ`)「隊長、ご無事でしたか」
(,,゚Д゚)「ああ、お前達もな。それより、そいつは?」
( ´_ゝ`)「この襲撃の主犯であるようです」
(,,゚Д゚)「『武曲』、それに『巨門』か。成程、こいつららしい襲撃だ」

ドクオとクックルを確認して、ギコが苦々しげに顔をしかめる。

(,,゚Д゚)「あっけない最後だったが、まあいい。ご苦労だったな、二人とも」
( ´_ゝ`)「そうですね。もっと手こずるかと思いましたが、そうでもありませんでした」

息をつく兄者。
続けて弟者にも労いの言葉をかけようとしたギコは、大きく目を見開いて叫んだ。

(;,゚Д゚)「逃げろ弟者!!」



35: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/21(土) 00:20:32.74 ID:bvR9X2DP0
  
ギコの声に、反射的にその場を飛び退く弟者。
しかし、確認しようとして後ろを振り返ろうとしたその数瞬の間が、弟者の運命を決定づけた。

(´<_`;)「がはっ!?」

どん、と爆発するような音を立てて、弟者の胸が爆発するかのように内側から開いた。
赤黒い肉をさらけ出した胸から生える、赤く塗れた一本の腕。
鉛色の肌をしたその腕は、倒れていたクックルのものだった。

(´<_`;)「く、ぐっ……馬鹿な……」

仕留めたはず。
そう思い、首を捻って背後のクックルを見やる弟者。
相変わらず無表情な顔をした大男の腹は、着ていたタンクトップが破けて地肌があらわになっている。
だがその肌は腕と同じ鉛色に染まっており、傷一つついた様子はない。
それを見て、弟者は悔しそうに顔をゆがめた。



37: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/21(土) 00:25:03.64 ID:bvR9X2DP0
  
(;´_ゝ`)「弟者!!」

ボロ切れのように振り捨てられる弟者を見て、兄者がクックルに向けて炎弾を放つ。
だが、クックルはそれを無造作に手で払いのけた。
ドクオにはあれほど激しく食らいついた炎は、しかしクックルの鉛色の肌を滑り落ちるのみ。
ミキミキと音を立ててクックルの肌が全て鉛色に変質し、硬質化していく。

(;´_ゝ`)「くっ、化け物が……っ!?」

歯がみする兄者。
その時、兄者の頭上から何者かが接近する気配が感じられた。
思わず上方を見上げる兄者。
迫る人影を確認して、驚愕のあまりその場に立ちつくす。

(;´_ゝ`)「な、にっ!?」

迫り来る人影は、先ほど確かに燃やし尽くした筈のドクオだった。
満面に狂った笑みを浮かべて、ドクオが風を切り飛来する。



41: ◆DIF7VGYZpU :2006/10/21(土) 00:31:53.76 ID:bvR9X2DP0
  
('A`)「ッハァ!! 死ねよクソカス!!」

全く減速せずに落下してきたドクオは、動きを止めた兄者に向かって左腕を振り下ろす。
さして鋭くもない一撃は、しかし兄者を思い切り吹き飛ばした。

(;´_ゝ`)「っが!!」

肺の中の空気を全て絞り出し、地面に叩き付けられる兄者。
肋骨と背骨が立てる嫌な音を、ギコとブーンは確かに聞いた。

(;´_ゝ`)「……ぐ……」
('A`)「ありゃ? なんか、上手く殺せねぇな」

小さく呻く兄者を見下ろして、ドクオが不思議そうに左手を見つめる。

('A`)「まあいいか。どうせ殺すならどう殺しても一緒だしな」

何らかの疑問は残ったようだが、ドクオは気にしないことにしたらしい。
左手から顔をあげて、ギコとブーンにその暗い視線を向けた。



44: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/21(土) 00:40:50.71 ID:bvR9X2DP0
  
('A`)「よう、ギコ。久しぶりじゃねえか」
(,,゚Д゚)「ああ……。最も、俺は貴様になぞ会いたくはなかったがな」
('A`)「言うねぇ。俺だって、出来ればてめぇなんぞの顔は見たくもなかったぜ」

親しげにドクオがギコに話しかける。
しかし、その口調とは裏腹に、言葉の中には憎々しげな感情が見え隠れしていた。

('A`)「つーかさぁ。お前、抜けるならしぃの馬鹿も一緒に連れてけよなぁ」
(,,゚Д゚)「ほう……余程上手くいっていないらしいな」
('A`)「俺ぁ、ああいう脳味噌のつまってない尻軽が一番キライなんだよ」

ぺっ、と唾と一緒に吐き捨てるドクオ。
その姿を見て、ギコが余裕の笑みをうかべる。
だが、その笑みはドクオの言葉であっさりと消え去った。

(,,゚Д゚)「ふん、お前が嫌な思いをするのなら、残してきて正解だったな」
('A`)「クソが。言ってろよ、未だにあのメスに未練たらたらのクセしやがって」
(,,゚Д゚)「……なんだと?」
('A`)「あぁ? 聞こえなかったか? 未だにお前は、あのメス豚に未練があんだろって言ったんだよ。
   大方、毎日毎晩あのクサレマンコに突っ込むこと考えて、寂しくマスでもかいてんだろ?」

ぎゃははと下品に嘲笑するドクオ。



48: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/21(佐賀) 00:52:02.84 ID:bvR9X2DP0
  
(,,゚Д゚)「ふ……口だけは相変わらず達者だな」
('A`)「おいおい、無理してクールにならなくていいんだぜ?」

冷静に口を開くギコに、ドクオが暗い笑いを投げかける。
だが、ギコはそんなドクオの挑発に欠片ほども頓着する様子を見せず――唐突に左腕を振るった。

('A`)「くぉっ!!」

残像が見えるほどの速度で振るわれた腕。
その腕から弾丸のように射出された黒い物体を、ギコは状態を反らしてかわした。
その場に取り残された前髪が数本、唸りを上げて通過する物体に持って行かれる。

('A`)「くそ……不意打ちとは卑怯じゃねぇか」

避けた勢いで尻餅をつく形になったドクオが、先ほど兄者にした所行も忘れてギコを鋭く睨み付ける。
対するギコは、黙って振り抜いた左手を構え、ドクオを見下ろした。
その腕には一面に光沢のある鱗に覆われている。
鱗は一枚一枚が烏の濡れ羽色に光り、抜き身のナイフの様な剣呑な光を宿していた。

(,,゚Д゚)「貴様の言葉は聞き飽きた。さっさとかかってくるがいい」

まるで道ばたの汚物を見るような目つきでドクオを見下ろすギコ。
ドクオはにやりとわらって、尻をはたきながらゆらりと身を起こした。



52: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/21(佐賀) 00:58:19.17 ID:bvR9X2DP0
  
('A`)「女と喧嘩して組織抜けて、女を馬鹿にされて不意打ちか。お前らしいよ」
(,,゚Д゚)「……」

ドクオの軽口に取り合わず、ギコはドクオとの距離を一定に保ち続ける。
ドクオもまた、その口調とは裏腹に、一部の隙も見せずにギコへ殺意を向け続けた。

('A`)「じゃあ、行くぜ。お前は簡単に死んでくれるなよっ!!」

ふらり、と傾くような仕草をしたのち、そのまま地面すれすれを疾走するドクオ。
常人を遙かに上回るスピードでギコに接近すると、そのまま左手をふりあげ、力任せに叩き付けた。

(,,゚Д゚)「ふっ!!」

自らの左手をすくい上げる様に振り抜き、ドクオの左手を弾くギコ。
その動きは、ドクオの左手を必要以上に警戒しているようにも見える。



54: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/21(佐賀) 01:05:09.43 ID:bvR9X2DP0
  
('A`)「やっぱり、手の内がわかってるとやりにくいもんだな……っと!!」

言いながら、連続して左腕を振り回すドクオ。
その腕は多少力強いものの、見た目にはただ腕を振り回しているようにしか見えない。
だが、ギコはその全てを左腕のみで捌き、決して近寄らせはしなかった。

(,,゚Д゚)「いい加減に……しろっ!!」

攻撃の間隙をつき、ギコが鋭く左腕をなぎ払う。
表面に生えた鱗が逆立ち、触れるそばから空気を細切れにしていく。

('A`)「おおっと、あぶねぇ」

ひょい、と軽いステップで一撃を避けるドクオ。
その一瞬を見計らって、ギコはバックステップ。
左腕をドクオに向け――

(,,゚Д゚)「喰らえっ!!」

ギコが叫んだ瞬間、その手のひらに開いた穴から、物凄い勢いで火線が飛び出した。



57: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/21(佐賀) 01:14:37.18 ID:bvR9X2DP0
  
――きゅ、ボッ

空気を焼きながら空中を走る火線は、その延長線上にあったドクオの腹を貫いた。
何の障害もないかのように貫通する赤いレーザー。
千度を超える熱量を凝縮させた炎は、一瞬でドクオの腹を炭化させ、背後の壁を溶解させた。

('A`)「ぎゃふっ!!」

血反吐を吐き散らして転がるドクオ。
その体が一瞬にして炎に包まれる。
大きな炎の塊になって炭化していくドクオを見て、しかしギコは警戒を緩めなかった。

(,,゚Д゚)「……下手な芝居は辞めろ。見ていて吐き気がする」

周囲を鋭く見回して、左手を構える。

('A`)「おいおい、こっちゃ死ぬ気でやってんだぜ。つれないこと言うなよ」

その言葉を聞いた訳でもないだろうが、ギコの背後の暗闇から、焼け死んだ筈のドクオが再度姿を現した。



59: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/21(佐賀) 01:24:08.69 ID:bvR9X2DP0
  
('A`)「お前の『ファフニール』は相変わらずだよなぁ。気を抜いたら、一瞬で炭になっちまう」
(,,゚Д゚)「そう思うならば、つまらん身代わりなぞ用意せずにかかってこい」
('A`)「へっ、そんなわけにはいくかよ」

ニマニマと笑いながらドクオが言い放つ。
見れば、ドクオの背後にはもう一人のドクオが立っており、その背後には更に数人のドクオの姿が見える。
寸分違わず同じ姿を模したドクオ達は、皆一様に嘲るような笑みを浮かべてギコを取り囲んだ。

('A`)「こいつは、お前がいた頃にはできなかった芸当だからな」
('A`)「お前にコレをなんとかするのは無理だろ」
('A`)「単純にリビングデッドを似た形にしたわけじゃねぇぞ?」
('A`)「俺たち全員がドクオで、持ってる能力も全く同じだ」

数人のドクオが次々と口を開く。
悪夢のような光景に、しかしギコは口を軽くゆがめて笑った。

(,,゚Д゚)「ふん。何かと思えば、臆病者らしい戦い方だな。
     遠慮は無用だ。かかってこい、腰抜け共」
('A`)「……ぶち殺す」

視線に殺意を混じらせて、ドクオがギコに向かって一斉に飛びかかった。



2: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/22(佐賀県庁) 23:01:50.54 ID:ic7+S1XB0
  
都市政府集権装置 主要電算装置室

常時真空状態に保たれたクリーンルーム。
欠片ほども汚れの存在しないその場所は、都市政府の全ての要。
バスケットの試合が3つ同時にできる広さの空間には、大きめの一軒家ほどもあるコンピュータが鎮座している。

毎秒二千もの議題を並列処理することができるこの『学習型人工無脳』は、世界崩壊前から稼働中。
3つのチャンネルに分けられた異なる思考形態は、休み無く問題を提起しつづけ、棄却、裁決し続ける。
それは例えば、明日の集光装置の角度調整に関する議題であったり、トイレの修理依頼であったりした。
そして今、『トリニティ』と名付けられたスーパーコンピュータ内では、3時間前から同じ問題が提起され続けている。

『最下層浄化措置検討案』:提起<チャンネル2

最下層に発生した『感染型大規模災害』が上層に伝わる前に、最下層を速やかに浄化すべしとの問題提起。
最下層の浄化手段には、最下層全域への強制放水による洗浄が提案されている。
実行時間は可決後速やかに。

この案件に対して、他の2つのチャンネルはいずれも否定的立場を取っている。
2:1のパワーバランスにより、案件は否決。
だが、『チャンネル1』は、時間内の解決が望めない場合は浄化もやむなしと、条件付の否定である。

チャンネル1が案件を肯定すれば、最下層の浄化措置は直ちに実行に移される。
チャンネル1が決定したタイムリミットは、三十分。
タイムリミット以内に脅威を取り除かない限り、最下層の全ては強制放水により水の底に沈むこととなる。

カウントダウンが始まった。



3: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/22(佐賀県庁) 23:04:04.19 ID:ic7+S1XB0
  
( ^ω^)「お前は……助けにいかないのかお」

無表情に立ちつくすクックルを見て、ブーンが問いかける。
クックルはギコとドクオの戦いを見ても、一歩も動かない。
申し訳程度にブーンが助勢することを遮るように間に立っているが、それも意図してかどうかは判らなかった。

( ゚∋゚)「……千切るの、好き。だから」
( ^ω^)「……は?」

何の脈絡もなく発せられたクックルの言葉に、ブーンは思わず聞き返す。

( ゚∋゚)「オレ、人を千切るのが、好き。オレ、強いことがわかる。
    人は、よわい。もろい。女は、とくに千切りやすくて、好き」

そう言ったクックルの顔に、初めて明確な感情らしきものが浮かぶ。
恍惚としたその表情は、性的興奮の現われ。
視線は落ち着き無く左右に振られ、股間のシンボルは厚手のジーンズを盛り上がらせていた。
それを見たブーンは、汚らわしいものを見たかのように唾を吐き捨てる。

( ゚ω゚)「お前のような奴は、見ているだけで吐き気がするお」
( ゚∋゚)「……」
( ゚ω゚)「ふん、だんまりかお。じゃあ……」
( ゚W゚)「それ以上喋ることなく、速やかに死ね」

ずっと痛みを抑えていた両足の力を解放し、ブーンはクックルに迫った。



4: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/22(佐賀県庁) 23:05:25.94 ID:ic7+S1XB0
  
('A`)「へぇ……あいつ、なかなかすげぇじゃねぇか」

後から後から現われるドクオの複製。
その中の一人が、力を解放したブーンを眺めて小さく感嘆の声をあげる。

('A`)「あいつの悪魔適正はたいしたことがないはずだがな」
(,,゚Д゚)「そんなことはあるまい。奴は見事に使いこなしていたからな」
('A`)「ありえねぇよ。もともと癒合すらうまくいかないくらい適正がなかったんだぞ?」

即刻地獄落ちしても不思議じゃねぇよ。
そう言ったドクオの頭を火線で吹っ飛ばしながら、ギコが別のドクオに問いかける。

(,,゚Д゚)「ならば、奴の適正は身体的側面で計れるものではないのだろう」
('A`)「なんだぁ? じゃあ精神的側面で適正があるって言いたいのか?」
(,,゚Д゚)「いや、精神論などではない。そうだな、奴の場合は……」

クックルに向かって烈風のごとく攻撃をしかけるブーンを見て、ギコは小さく笑みを浮かべながら

(,,゚Д゚)「魂の適正がある、といったところか」
('A`)「……なんだそりゃ。わっけワカンネ」
(,,゚Д゚)「貴様が理解すべきことではない。安心して死ね」

言い終わるなり転瞬。左腕でバックブローをたたき込み、背後から近づいていたドクオを左腕で細切れにする。
逆立った黒い鱗が、肉片をまとわりつかせながらじゃらりと音を立てた。



5: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/22(佐賀県庁) 23:06:30.34 ID:ic7+S1XB0
  
( ゚W゚)「おおおぉぉぉッ!!」

ブーンの下半身が柔軟なバネにより引き絞られ、鋭い回し蹴りが放たれる。
空を裂くようにして放たれたその一撃は、猛烈なカマイタチを生み出した。
不可視の刃がクックルに向かって飛ぶ。
しかし、クックルは微動だにせず、その攻撃を受け止めた。
鉛色に硬質化した肌が風を弾く。着ていたタンクトップが細切れになって吹き飛んだ。

( ゚W゚)「……なかなかイイ体してるな」

カマイタチが通り過ぎた後も、小揺るぎもせずに立つクックル。
その体表には一筋の傷すらも見いだせず、ブーンは内心舌打ちしながら軽口を叩いた。
『破軍』の座を占めるジョルジュと同格で、『メリルヴィルの晩餐』七柱の一人である『巨門』の座につくクックル。
ジョルジュとの戦闘を鑑みてその力量差は覚悟していたが、ここまで歯が立たないとなると、いっそ清々しい。

( ゚W゚)(間接攻撃は効かない、か……。なら、直接攻撃をするまでだ)

相変わらず悠然と構えるクックルに、目隠し程度のカマイタチを放ってブーンが飛んだ。
一応攻撃を受け止める際には目を閉じたので、フェイントの効果はあったのだろう。
それでも全く動かないクックルの首を刈るようにして、ブーンの足がしなった。
だが、



6: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/22(佐賀県庁) 23:07:47.93 ID:ic7+S1XB0
  
(;゚W゚)「がっ!?」

クックルの首に足が当たった。
そう思った瞬間、ブーンは大きく弾かれて地面に転がっていた。
体が無意識に痙攣し、心臓が嫌な動きをして飛び跳ねる。
馬鹿な。なんだ。一体何が。
自分の身に起った事が把握できず、ブーンはクックルに視線をやる。

( ゚∋゚)「……」

クックルは先ほどと変わらずそこに立っている。
しかし、その体表にわずかな光が走るのを見て、ブーンは理解した。

(;゚W゚)「そうか……電気か」

しかも、触れたブーンを吹っ飛ばすほどに強烈な。
クックルの体表を細かく走る光は、おそらく空気中の塵埃に反応した雷光だろう。
ブーンが自らの悪魔である『ストーンカ』の特性を見抜いたことに、しかしクックルはいささかの動揺も見せなかった。
あくまでも無表情に、ブーンにむけて両腕を無造作に突き出す。

――パリっ

まるで牛の角のように突き出された腕の間に、明確な紫電が走るのを見てブーンが血相を変えた。
未だに痺れの残る体を無理矢理動かして、ブーンはその場から飛び退く。
その瞬間、空気が破裂する音と共に、辺り一面が白色に染まった。



8: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/22(佐賀県庁) 23:12:23.19 ID:ic7+S1XB0
  
(;,゚Д゚)「くぉっ!?」
('A`)「チッ、あの馬鹿!!」

あたりが白色に染まると同時に、周囲の空気が耳鳴りを覚えるほどに帯電する。
首筋の毛が逆立つのを感じ、ギコは戦闘を中断して、慌ててその場から大きく飛び退いた。
しかし、ドクオはそうはいかなかった。
クックルの放った雷撃の余波を受けて、新たに三人ほどのドクオが物言わぬ骸となって転がる。
それらは一様に、壁際に積み上げてあった死体の山の一角となった。

('A`)「くそ、筋肉馬鹿が……気をつけろ!!」

三人を失い、それでも10を越える複製を残しながら、ドクオがクックルに怒鳴った。
その様子を見たギコの中で、ふと小さな疑問が生まれる。
だが、その疑問を明確なものとする前に、ドクオの攻撃が再開した。

相変わらず力任せに左腕を叩き付けてくるだけのドクオの攻撃。
だが、相手が捨て身な上に、その左腕が『命を奪う』という特殊能力を持つ以上、迂闊なことはできない。
ドクオに憑く悪魔は『チェルノボグ』。右手は仮初めの命を与え、左手は生者の命を奪う。
時折火線を伸ばし、あるいは左腕をなぎ払い、堅実にドクオを屠っていくギコ。
自らの左手に憑く『ファフニール』以外の部分で攻撃を受ければ即死であるため、緊張感は極限にまで達している。
しかし、路地裏から新たに四人のドクオが現われたのを見て、ギコは大きく舌打ちをした。
捉えたと思った疑問は、そのまま戦闘に飲み込まれて形を失っていった。



10: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/22(佐賀県庁) 23:14:44.54 ID:ic7+S1XB0
  
――その時、少し離れた地面に倒れ伏す兄者と弟者がぴくりと動いた。

兄者と弟者。顔が非常に良く似ている二人は、実は兄弟ではない。
兄弟どころか人間ですらない彼らは、ギコが作成した亜生体、ホムンクルスである。
細胞レベルで悪魔憑きとしての特性を与えられた彼らは、最初から失う命が無い。
体は動ける限り動くし、死なない限り死なない。
だからこそ、胸を貫かれようが、命を奪う左手で吹き飛ばされようが生きている。

だが、さすがに二人のダメージは大きかった。
言葉を発することもできず、二人は戦いを視線の端で捉え続けるのみ。
そして、その視線の端で白色の雷撃が爆発した時、彼らは確かにドクオの不審な行動を発見した。

あれだ。あれが、あのドクオの弱点であるはず。
なんとかしてギコに伝えなければ。
そう思うも、大破した体は全く動かない。
やがて視線は混濁して定まらなくなり、瞼が鉛のように重くなる。

――暗闇の中に、兄者と弟者の意識はゆっくりと落ち込んでいった。



11: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/22(佐賀県庁) 23:17:17.07 ID:ic7+S1XB0
  
どう、と背中から落下し、ブーンは息を詰まらせた。
肺の中の空気が絞り出され、目の前が急に暗くなったように感じる。

(;゚W゚)「っかはっ!! はっ!!」

無理矢理息を吸い込みながら、ブーンは呼吸を回復させる。
今のは危なかった。素直にそう思う。
クックルの両腕から放たれた雷撃はブーンの足下に命中。
指向性を持った電気の奔流は、床に着弾するとあたり一面に飛び散った。
上方に飛んだブーンですら感電させる一撃。

(;゚W゚)「ぐ、く、ぅ……」

無理矢理に横隔膜を動かしたせいか、胸に不気味な痛みが残る。
ブーンはそれを無理矢理無視しながら、クックルを見据えた。



12: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/22(佐賀県庁) 23:20:58.09 ID:ic7+S1XB0
  
( ゚∋゚)「お前、丈夫。千切りにくそう。いらない」

ブーンが死んでいないことに落胆したのか。
ボソボソと呟くように言って、クックルが身をかがめた。
瞬間、クックルの足下が爆裂する。

(;゚W゚)「うぉっ!!」

床をえぐり、破壊しながら、クックルが猛烈なスピードでブーンに突っ込んできた。
その勢いは先ほどまでの動きがない姿とは別物で、まるで人が変わったかのようである。
だが、表情は相変わらず無感動なままで、それが逆に恐ろしい。

空気を巻き込んで迫り来る巨体。
その勢いもさることながら、鉛色の体表に走る雷はことさらに厄介だ。
分かり易く言えば、スタンガンを遥かに上回る電気が流れ続けるダンプが突っ込んでくるような。

(;゚W゚)「く、調子に――乗るなっ!!」

横っ飛びに飛び退くブーン。
地面を半ば転がるようにして着地しながら、回転はそのままに大きく足を振ってカマイタチを数本走らせる。
だが、その攻撃はやはり空しく鉛色の体表を滑るのみ。
悔しげに顔をゆがめるブーン。直接相手に触れる事が出来ない上に、間接的な攻撃はすべて無効化される。
なんとかして相手を沈める方法を考え、ブーンが立ち上がったその時――

サイレンが鳴り響いた。



13: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/22(佐賀県庁) 23:22:26.22 ID:ic7+S1XB0
  
都市外周 水源確保槽

水源確保槽は、主として雨水を貯蔵している巨大な水槽である。
都市の外周をぐるりと囲むようにして作られた空間は、都市に必要な水の全てをため込んでいる。
いくつかの区画にわけられたその空間は、一つ一つの容量が数万トンにものぼる。

そして今、その一つから最下層地区への緊急放水のために、放水用のバイパスが接続されようとしていた。



14: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/22(佐賀県庁) 23:24:03.92 ID:ic7+S1XB0
  
同時刻 最下層中央エレベータ

地下数千メートルに位置する最下層からの唯一の脱出手段である中央エレベータ。
漏斗を逆様にして伏せたような形をしたその施設は、恐慌に煽られた人々によってごった返していた。
皆が殺到して自分勝手に乗り込もうとする余り、エレベータに詰め込まれた人は圧迫され、中には骨折する者もいる。

死にたくないという一念で行動する集団は、他の生命に対してあまりにも無関心。
背中を押された老婆が転倒するが、誰も助け起こすことはない。
老婆はそのまま背中、頭、首を群衆に踏みしだかれて、内蔵を破裂させて絶命した。

エレベータは本来、このような状況を想定して作られてはいない。
それはつまり、何かがあった場合、最下層市民は救助されることなく見捨てられるということ。
日々の暮らしに埋もれて風化していたその事実を目の前に突きつけられて、民衆はパニックになっていた。

その時、喧噪を圧してサイレンが鳴り響く。
腹の底まで落ち込んで心臓を圧迫するようなその音は、中央エレベータのシャフト部分から鳴り響いていた。
がぐん、と振動が施設全体に走る。
そして、呆然と天を見上げる人々の目の前で。
エレベータシャフトはその根本から接続を断ち切り、遥か上方の天井に向かって回収され始めた。



15: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/22(佐賀県庁) 23:26:23.79 ID:ic7+S1XB0
  
空気をふるわせてサイレンが鳴り続ける。
心臓を鷲づかみにされるような不吉な感覚を覚えて、ブーンは眉をひそめた。

( ゚W゚)「これは、一体……?」

ふと見ると、クックルとドクオもまた動きを止めていた。
クックルは無表情に。ドクオはニマニマと笑みを浮かべて。

(,,゚Д゚)「貴様ら……最初からこれが狙いか」
('A`)「ックク。まぁな。一人一人ぶち殺していくのもいいんだが、それだとあまりにも効率が悪い。
   俺達が欲しいのは、単なる数としての『贄』だからな。殺し方は問題じゃねぇ」
(,,゚Д゚)「外道が……」
('A`)「お褒めに預かり恐悦至極、ってか。まあ、俺達にとっちゃ良い方に転んでくれて何よりだぜ。
   思惑通りに運ぶよう、一応手回しはしてたがな」

その言葉に、ギコの中にあった一つの推論が、急速に形を伴って確信へと変わる。

(,,゚Д゚)「まさか……トリニティを?」
('A`)「ハ。あんな人工無能に支配されてる不幸を呪うんだな。イジったらすぐに従順になりやがったぜ」

周囲を取り囲みながら嘲笑するドクオ達に、ギコが拳を握りしめて苦い顔をする。
都市政府の中心である『トリニティ』は、全ての判断を処理する。
その中には政府直轄の都市警察に関する事柄も存在し、当然ながらギコのレポートに関する事柄も含まれる。



16: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/22(佐賀県庁) 23:28:32.27 ID:ic7+S1XB0
  
(,,゚Д゚)(通りでレポートが握りつぶされ続けていた筈だ……)

レポート作成にかかった時間を軽く嘆いて、ギコは周囲を取り囲むドクオを睨みつける。
ドクオはそんなギコを楽しげに見やるのみだ。

(;゚ω゚)「ギコ、これは何だお? 一体何が起ったんだお?」

一人話について行けていなかったブーンが、ギコに問いかけた。
クックルが戦闘態勢を解いているのを見て、警戒しつつもギコに話しかける余裕は出来たらしい。

(,,゚Д゚)「ああ……これは警告音だろうな。おそらく今頃、中央エレベータのシャフト回収が行われているはずだ」

できるだけ感情を交えずに、淡々と事実のみを語るギコ。
だが、ブーンはその話の内容に激高した。

(;゚ω゚)「何なんだおそれは!! そんなことしたら、市民がどうなるかぐらいわからんのかお!!」
(,,゚Д゚)「もちろん承知の上だろう。だからこそ、この方法が採決された」

おそらく、トリニティの下した判断は『全市民と最下層の投棄』だろう。
市民が次々とリビングデッドになる今の状況は、『大規模感染症の発症』に重なる。
この様な場合で人工無能が下す判断は『最下層の封鎖』及び『強制放水による浄化措置』であると容易に推測できた。



19: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/22(佐賀県庁) 23:30:38.55 ID:ic7+S1XB0
  
(,,゚Д゚)「おそらく、浄化が実行されるまでには、若干のタイムラグがあるはずだ。
     それまでにこの状況を打破出来なければ、最下層は全て水の底に沈むことになる」

浄化は強制放水によって行われるだろう、と付け足すように話すギコ。
そして、被害が拡大しないと確認されるまで、数時間、あるいは数日、数ヶ月、もしかしたら数年ほど。
最下層にはみっしりと水が満たされ、その中で人や物はゆっくりと腐れ果てていくことになる。

(;゚ω゚)「み、水に……全てが」

全てが水の中に沈むと聞いて、ブーンが言葉を失う。
その様子を見てドクオが仄暗い笑いを浮かべた。

('A`)「どうやら力不足だったようだな、ギコ。お前は死なねぇかもしんねぇが、他の市民はそうはいかねぇだろ」
(,,゚Д゚)「……」

並んだドクオのにやけ面を吹き飛ばしたい気持ちに駆られながらも、まったくの図星を突かれて押し黙るギコ。
王手。チェックメイト。詰み。手詰まり。打つ手無し。
敵の計画を読めなかったのが痛恨の、そして致命的なミスだ。
正直ドクオを見くびっていただけに、ギコはことさらに悔恨の念にさらされた。



20: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/22(佐賀県庁) 23:32:45.54 ID:ic7+S1XB0
  
('A`)「んで、どうする? まだやんのか?」

ニヤニヤと笑いながら、ドクオが意地悪くギコに問いかける。
確かに、今からでも事態を収拾させることは可能だ。
ドクオを殺せば術者のいなくなったリビングデッドは死体に戻る。
被害拡大の可能性が無くなれば、浄化措置と封鎖は直ちに棄却されるだろう。
だが、それが難しい。
先ほどからいかなる攻撃にも応える様子がなく、ドクオは複製身の数を増やし続けていた。
今はその数を30人前後にまで増加させている。

(,,゚Д゚)「もちろんだ。貴様に一撃くらわしてやらん限り、気持ちよく眠ることは無理なようでな」

難しいとわかっていても、諦めることはできない。
最下層のような密閉空間で市民が一斉に死ぬようなことになれば、その『贄』としての効果は尋常ではない。
恐らくは、過去にアメリカで彼らが行った『悪魔降ろし』に匹敵する『何か』が召喚されるはずだ。
そのようなことになれば、間違いなく中方都市は『奈落落ち』するだろう。
資料として見せられたアメリカの衛星写真を思い出し、ギコは背筋に冷たい汗が浮かぶのを感じた。
アメリカ大陸に点在する、物理的に考えて異常な大きさの、穴。

させない。あのようなことは、絶対に。

心に決めて、ギコは最優先目標であるドクオへの攻撃に参加させるため、ブーンに目をやる。
そして声をかけようとして、そのまま驚愕のあまり固まった。

ブーンの足から、真っ黒な――ひたすらに真っ黒な翼が生えていた。



21: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/22(佐賀県庁) 23:35:50.13 ID:ic7+S1XB0
  
ばさり、と。
腿の辺りから生えた、身の丈ほどもある一対の翼をはためかせ、ブーンの体が数センチほど静かに浮き上がる。
足下にはゆるやかな風が渦巻き、ブーンを押し上げているのが判った。

(;,゚Д゚)「ブーン……」
(;'A`)「馬鹿な……デキソコナイが形質変化だと? しかも、何で黒い羽なんかが……」

驚愕から立ち直ったギコが、ブーンに声をかける。
しかし、ブーンは答えない。
ブーンはギコを完全に無視して、未だに驚愕の表情を浮かべるドクオへと視線を向けた。

( ゚W゚)「おい、お前……。最下層をどうするって?」
('A`)「あぁ? ……んだよ、偉そうに。舐めてんのか」
( ゚W゚)「うるさい殺すぞ。質問に答えろ」
(;'A`)「く……。ああ、なら言ってやるよ。この最下層をな、水で洗い流してもらうんだよ。
   きれーさっぱり、汚いモン全部を水洗便器みてぇにな」

わざわざレバーを操作するジェスチャーも混ぜて、ドクオが嘲笑しながらブーンに答えた。
その答えを聞いたブーンの体が、小さく震えるのを、ギコは確かに見ることができた。



23: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/22(佐賀県庁) 23:37:33.52 ID:ic7+S1XB0
  
( ゚W゚)「お前ら。何様のつもりだ」
('A`)「知るか。何様だったら納得するんだよ? 神様か? 神様ならやってもいいかもな」

ヒヒヒと笑うドクオ。
だが、その言葉はブーンにとって――今のブーンにとっての、一番の地雷だった。

('A`)「ひひひ……っひ!?」

風が渦巻く。
ドクオの体が、まっぷたつになった。その隣のドクオは頭を割られた。
他の場所に立っていたドクオは、三人ほどまとめて首を飛ばされた。
それを見て逃げようとしたドクオは股関節から足を吹き飛ばされ、胴体が床に落ちる前に胸を斜めに切断された。

吹き荒れる血煙、飛び散る肉片。
それは全て、ブーンの翼の一振りによるものだった。
ドクオが反応する暇もない程に早く、そして圧倒的な力だった。



24: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/22(佐賀県庁) 23:38:56.28 ID:ic7+S1XB0
  
(;'A`)「馬鹿な、ありえねぇ……デキソコナイが、こんな強い力を使えるわけがねぇ」

残ったドクオ達が後じさる。
ドクオは元々、ネクロマンシーの腕を買われて七柱の一人となった存在である。
故に肉弾戦は苦手としていたが、それでもデキソコナイとなったブーンに負けるほど劣っているつもりはなかった。
だが、ブーンはやすやすとドクオの複製身を破壊してのけた。圧倒的な力量によって。

( ゚W゚)「お前。神様ならやっていいと言ったな」

驚愕の表情を浮かべて呆然とする数体のドクオに向かって、冷たく言い放つブーン。
神様なら不要な物を洗い流してもいいと。
神様なら不要と決めつけてもいいと。
神様なら自らの作り出した不要物を排除してもいいと。

( ゚W゚)「そんなわけがあるか……。命も、生活も、そして愛する者も。全ての決定権は所有者にある。
     何人たりとも、他人の勝手で他者の大切な物を奪うことは許されない。たとえそれが神であろうとも!!」

叫んで、ブーンが一際大きく翼を打ち振る。
以前とは比べものにならないほどに大規模なカマイタチが発生し、残ったドクオを切り刻んだ。



25: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/22(佐賀県庁) 23:40:03.65 ID:ic7+S1XB0
  
風が吹き抜けた後、ドクオだった物体が、中身を撒き散らしながら地面に転がった。
全て即死であることは明白。これでこの場にいるドクオは全て片づいた。
だが、

(;'A`)「ッチ。厄介だな、お前……」
( ゚W゚)「次から次へと……ゴキブリのようだな」

物陰から新たに姿を現したドクオにむかって、ブーンが吐き捨てるように呟いた。
ドクオはその言葉に構わず、ブーンに問いかける。

('A`)「おい、お前……お前に憑いてるの、本当に『ヴィゾフニル』なんだろうな?」
( ゚W゚)「知らんし、知りたくもない。憑けたお前らが知る通りだ」
('A`)「その俺達の知りうる情報と違うから戸惑ってるんだろうが、クソ馬鹿が」

ゆらり、と羽ばたくブーンの黒い翼を見て、ドクオが顔をしかめる。
悪魔と一括りにされているとはいえ、本来ヴィゾフニルの性質は光である。
間違ってもあのような翼が……真っ黒な翼が『形質』として現れる道理はない。
何より、癒合すら上手くいかなかったデキソコナイが『形質変化』させることなどありえない。



27: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/22(佐賀県庁) 23:42:12.40 ID:ic7+S1XB0
  
('A`)「……まあ、いい。少し厄介なだけでやることは変わんねぇからな。やれ、クックル」

ドクオは結局、思考することを放棄した。
理由はわからないが、それを考える必要はそれほどあるとは思えない。
邪魔者であることに変わりはないし、殺せばそれですむ話だ。

声を掛けられると同時に、クックルが再度爆発音を響かせて猛烈なタックルをかました。
一瞬でトップスピードに乗ったクックルは、体中から雷光を散らしてブーンへと肉薄した。
ブーンは慌てる様子もなく翼を打ち振って空中へとその身をかわす。
そして地面をえぐりながら急停止したクックルにむけて、数段鋭く強烈になったカマイタチを放った。

( ゚∋゚)「む……だ、無駄」

顔の前で腕を交差させ、目をおざなり程度にガードするクックル。
カマイタチは先ほどまでと同じくクックルの肌に傷一つつけられず、後方へと吹き散らされた。
わずかに風に押されてクックルが後方へと押しやられたが、それだけだ。

( ゚W゚)「ふん。流石に、頑丈だな」
( ゚∋゚)「オレ、お前の攻撃、効かない。オレ、鉄の肌。強い」

薄く満足そうに口をゆがめるクックル。



28: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/22(佐賀県庁) 23:43:22.56 ID:ic7+S1XB0
  
( ゚W゚)「そうか……。なら、これでどうだ」

ブーンは羽を大きく広げた。
羽根の一枚一枚が、大きく膨らむ。
ブーンの周囲に、大きな空気の流れが生まれた。

( ゚W゚)「……っふ!!」

――ごぅ!!

気合い一閃。極限にまで膨らんだ羽が、大気を大きく巻き込んで渦巻く竜巻を再現する。
周囲の全てを切り裂きながら、風は荒れ狂い、地面すらえぐりつつ驀進。
竜巻はそのまま進路上のクックルを飲み込み、布の切れ端と成り果てていた服の残骸を吹き散らした。

だが、クックルが鉄の肌と呼んだ鉛色の肌には、相変わらず傷はついていない。
轟々と音を立てる風の中で、勝ち誇ったかのように口を歪めて笑うクックル。
その目はあからさまにブーンの無力さをあざ笑っていた。
そして、クックルは悠然と腕を突き出し、ブーンに向かって雷撃を放とうとする。
しかし、



29: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/22(佐賀県庁) 23:44:50.58 ID:ic7+S1XB0
  
( ゚∋゚)「……!?」

ふわり、と。1トンを越える重量を持つクックルの体が、風に煽られて持ち上がった。
そしてそのまま、クックルは風に乗せられて、200mほど上方にある天井付近まで急速に上昇させられる。

( ゚∋゚)「う、うっ!?」

予想外の事態に手をじたばたさせるクックル。
空中であわてふためく無様な姿を見て、ブーンは冷たく言い放った。

( ゚W゚)「お前は随分と固い肌をしているが……脳や内臓まで鉄で出来ているわけではあるまい。
     その高さから落ちればどうなるか。試してみるか」

ブーンの言葉が聞こえたわけではないだろうが、クックルの顔がはっきりと恐怖にゆがむ。
そして、クックルの体を支えていた風が鳴りやんだ。

( ゚W゚)「神なんぞクソ喰らえ。だが――せいぜい祈るがいい」

聞いたことのない様な長い長い悲鳴をあげて、クックルは猛烈な勢いで落下していった。



30: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/22(佐賀県庁) 23:47:09.73 ID:ic7+S1XB0
  
(;'A`)「うおっと!?」

クックルが側に落下してきたため、ドクオが思わず身をかわす。

――ッバガン!!

クックルの落着と同時に地面が爆発したかのように大きくえぐられる。
もうもうたる粉塵が風に散らされて収まった後には、小規模なクレーターと、無惨に事切れたクックルの姿があった。
口から内蔵を飛び出させ、穴という穴から血を垂れ流すクックルをドクオは確認、憎々しげに吐き捨てる。

('A`)「クックル……クソ、迂闊すぎんだよ、馬鹿が」
(,,゚Д゚)「これで2対1。貴様がこうなるのも時間の問題だな」
('A`)「クソが……そうはいくかよ」

ニマリとドクオが笑うと、再び湧き出るかのように現われるドクオの複製身。

('A`)「俺はどんだけやられてもしなねぇ。殺せるもんなら殺してみろよ」
(,,゚Д゚)「……そうだな。そろそろ終わらせるか」

静かに言い置いて、ギコが左腕の『ファフニール』を構える。

(,,゚Д゚)「最初は、複製の中に本体が紛れているのだと思った。だが、まんべんなく殺しても本体はいない。
     次に疑ったのは遠隔操作だが、それにしては動きが正確、かつリアルタイムだ」

淡々と話すギコ。
ドクオは、ギコを伺うようにして取り囲んでいる。



31: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/22(佐賀県庁) 23:50:02.41 ID:ic7+S1XB0
  
(,,゚Д゚)「複製の中に潜むでもなく、遠くに潜むでもない。ならば、あと考えられる可能性はそれほどない」

言いながら、周囲を見回す。

(,,゚Д゚)「俺が直接見える場所で、観察しながら複製身をけしかける。自分は何かに潜みながら。
     潜む場所は、出来るだけ攻撃されにくいものがいい。手が出せない、もしくは手を出しづらい場所が。
     そう、例えば――『積み上げられた死体』なんかは最高の場所だろうな」

瞬間――ばしゃり、と水気を伴った音をたてて、ドクオが死体をぶちまけながら飛び出した。
ずっと死体の山に潜みながら複製身を操っていたドクオ本人は、そのまま逃げの一手を打とうとする。
だが、

(,,゚Д゚)「逃がすかっ!!」

空気を一直線に焼いて伸びた火線は、本体を守ろうとした複製身ごと、ドクオの胸に大穴をあけた。
言葉もなく燃え上がり、地面に転がるドクオ。
それと同時に、ギコを取り囲んでいたドクオの複製身が次々と倒れ伏す。
そして、段々とその身は腐り落ち、やがて腐臭を漂わせるゲル状の物体となった。

(,,゚Д゚)「クックルの雷撃の際、お前は三体の複製を使って雷から死体の山を守った。
     そして落下してきたクックルの衝撃からも、死体の山を守った。
     あからさまで迂闊な行動。お前の敗因は、それだ」

もう聞こえてはいないであろう、ドクオであった火柱に向かって、ギコは付け足すように説明した。
火はやがて小さくなり、後にはうずくまるように炭化した人間の死体のみが残った。



33: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/10/22(佐賀県庁) 23:51:34.58 ID:ic7+S1XB0
  
都市政府集権装置 主要電算装置室

最下層の騒ぎなど全く伝わらない静かな場所で。
都市の全てを握っている『トリニティ』が、一つの案件を棄却した。
チャンネル2が提起していた最下層浄化措置は、大規模災害の収束と共に不必要と判断。
続いて封鎖措置の解除を決定し、最下層の運用を通常レベルに移行させた。


同時刻 最下層中央エレベータ

エレベータ施設に詰めかけていた人々は、リビングデッドが倒れ、唐突にサイレンが鳴りやんだ後も沈黙を保っていた。
押しつぶされそうな恐怖の中、じっと息を潜める。
まるで、そうしていれば怖いものがやってこないと信じるかのように。

やがて、その沈黙をやぶるかのように、上方から小さな機械音が鳴り響いてきた。
天井を見上げる人々。その視線の中、収納されていたエレベータシャフトがゆっくりと降りてきた。
だが、市民の中に歓声をあげる者はない。
被害が広がるのを防ぐためにエレベータを封鎖し、危険が無くなれば平然と現状を復帰させる都市政府。
見捨てられ切り捨てられた絶望感は、拭い去ることの出来ない都市政府への不信感として残った。
広がる不信、そしてそれでも頼らなければならないことによる諦め。
様々な感情をのぼらせた顔を見合わせながら、お互いの存在を確認し合う市民達。

エレベータシャフトが接続を終え、再び施設が大きく震えた。


「屍は笑う」終



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