( ゚W゚)ブーンは悪魔憑きとなったようです

6: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:16:15.60 ID:iklecO660
  
その11「生への渇望」


おーん、おーんという耳鳴りを聞きながら、ブーンの意識は再び『無』の空間――ブーンの深層意識へと戻ってきた。
周囲から冷たい闇が消えたことを感じ取り、ブーンがゆっくりと目を開く。

( ´ω`)「……」

周囲には相変わらず何も存在せず、何にも触れることは出来ない。
暗く虚ろな空間は、今のブーンの心境を表わすかのように、どこまでもどこまでも空虚だった。

(  ω )「……思い出したかお」

ふわり、と。
目を開いたブーンの前に、一つの人影が舞い降りた。

曖昧な輪郭をした、闇色の人影。
その背中には六対十二枚の翼がゆらめき、黒い背光のごとくその身を飾っていた。
それは、堕天使『アザゼル』が遺した記憶の欠片であり、ブーンにとっての最後の『鍵』。

( ´ω`)「思い出したお……全て……」

『記憶』の問いかけに、ブーンは俯きながら答える。
その顔には悲痛としか言い表せない表情が色濃く浮かび、今にも泣き出しそうな顔をしていた。



8: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:17:36.33 ID:iklecO660
  
(  ω )「ならば……決断の時だお」

『記憶』が、ばさり、と翼を広げる。

(  ω )「お前は自らの過去と、その過ちを知ったお。お前はブーンでありながら、いまや同時に堕天使アザゼルでもある。
     転生のために分けられた意識と記憶は、今ここに再び一つとなったんだお」

そう言って、『記憶』はブーンの目の前までゆっくりと移動すると、再び口を開いた。

(  ω )「決断しろお。過去の罪と穢れ、それを内包した『記憶』を受け入れるかどうかを。そして……」

ぐう、とブーンの顔に自らの顔を近づけて、『記憶』が問う。

(  ω )「再び、堕天使『アザゼル』として転生する気はあるかを」

ギラついた双眸でブーンを真正面から睨み据えながら。
アザゼルの残した『記憶』は、記憶を失い人間として生きてきたアザゼルを試す。
かつて一つだった彼らは、人間に転生し、輪廻の輪に加わるために二つに分かれ、光と影に住み分けた。

『記憶』と『意識』。
人間になるために二つに分かれた彼らが一つになるということ。
それはつまり、ブーンが再び『堕天使』として転生するということ。
堕天使としての穢れ、その罪、その全てを。
今、再び魂に刻み込むということ。



12: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:19:25.01 ID:iklecO660
  
(  ω )「堕天使として転生すれば……そうすれば、致命傷を負った体は再構築され、無くなった悪魔の力よりもより強い
     『アザゼル』の力を得ることができるお」

『記憶』は続ける。

(  ω )「でも、堕天使として転生したが最後……お前の魂はこれ以上なく穢れて、二度と人間には戻れないお。
     ツンと共に人間として歩むことは出来なくなり、ジョルジュを倒した後に待つのは『地獄堕ち』だお」

そう言って、『記憶』はブーンの額に自らのそれを重ね合わせた。
曖昧な輪郭が額を中心に揺らぎ、ブーンの心を写すかのように不安定に揺らめく。

(  ω )「それでも、お前は転生を望むのかお。許されない罪により、再び冷たい闇の世界に囚われる事を知りながら。
     今ならまだお前は、人間として死ねる。ジョルジュによって堕とされたツンと同じ地獄に行くことも出来るお。
     それでも――」
( ´ω`)「それでも、ボクは転生を望むお」

自らが切り離した『記憶』が次の言葉を綴るよりも早く。
ブーンは大きく頷いて、『記憶』の言葉を遮った。

ブーンの目は静かな色をたたえ、そこには欠片ほどの迷いも見て取ることは出来ない。
あくまでも冷静で、平穏な気持ちをもって、ブーンは自分の運命を決断していた。

堕天使としての転生を望み、ツンを助けることを。



14: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:21:07.12 ID:iklecO660
  
( ´ω`)「……」
(  ω )「……」

しばし至近距離で見つめ合う。
視線を逸らしたのは、『記憶』が先だった。
ブーンの目の前に居る『記憶』が、ぐにゃりととろけて姿を変える。
翼が縮み、髪の毛が伸び、背はブーンよりも小さくなって。
数瞬の後に、それはブーンの、そしてアザゼルの大切な人へと変貌を遂げた。

ξ゚听)ξ「……どうして?」
( ´ω`)「?」
ξ゚听)ξ「何故、そうまでして……昨日までは声も味も覚えていなかった女のために、自分を犠牲にするの?」

わからない、という風に『記憶』が姿を変えたツンが問いかける。
ブーンはツンの言葉に、かぶりを振って答えた。

( ´ω`)「……ボクにも正直、何故そんなことをするのかなんてわからないお。
     きっと理由なんてないんじゃないのかお」
ξ゚听)ξ「……」
( ´ω`)「ボクが過去を知って、記憶を取り戻して思ったことは一つ。ツンを助けたい、ただそれだけだお」
ξ゚听)ξ「それが例え、今は自分の事を覚えてすらいない人でも? 自分が覚えていなかった人でも?」
( ´ω`)「もちろんだお」

『記憶』が縋るように投げかけた問いかけに、ブーンは静かに頷いた。



17: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:23:13.43 ID:iklecO660
  
( ´ω`)「強いて言うなら、贖罪なんだお。ボクは過去に犯した罪を悔いて、人間に転生するために記憶を捨てたお。
      それは、何も行動せず、ただ自分の望みだけを優先させただけのエゴ。醜い行為だお……。
      その代償が今の状況なら、ボクにできることは、今出来る限りの全てをすること。それがボクの理由だお」

そう言ったブーンの瞳には、強い輝きと穏やかな光が、混然一体となって浮かんでいる。
過去の罪を悔やみ続けながら、地獄で過ごした日々。その間、ずっと願い続けるだけだった幸福な未来。
それを受容するために動かなかった結果、その不条理な結果を打ち崩すため。ブーンは今、決断する。

ξ゚听)ξ「……そう」

ブーンから身を離し、ツンは俯くようにして顔を伏せた。
その顔には強い悲しみと諦観が色濃く浮かび、ツンの美しい顔に暗い影を落としている。
愛しい人のそんな顔を見て、ブーンはたまらず口を開いた。

( ´ω`)「でも……ボクが決断した理由は、それだけじゃないんだお」
ξ゚听)ξ「え……?」
( ´ω`)「確かにボクは、過去の過ちを悔いているお。でも、本当はそんなことはどうでもいいんだお」

ブーンはツンに近づいて、優しく小さな肩を抱きしめた。
今目の前にいるのは、本当のツンではなく、ただ『記憶』の中にあるツンの思い出が形を変えて現れたもの。
そう知っていてもなお、ブーンはツンを抱きしめずにはいられなかった。

( ^ω^)「ボクは、ツンを助けたいんだお。過去の罪を払拭するためでも、アザゼルとしてでもなく。
     ボク個人の気持ちとして……今はツンを助けたいんだお」

それは、アザゼルとしての記憶を持たない頃から、ブーンがずっと持っていた行動理念。ただ一つの、ブーンとしての願い。



20: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:24:23.70 ID:iklecO660
  
ξ゚ー゚)ξ「……ありがとう」
( ^ω^)「どういたしまして、だお」

にこりと微笑んで、ツンから身を離すその瞬間、ブーンは、体の中で何かが組み変わる音を聞いた。
ブーンの一番深い場所、その最奥部。そこで組み変わる、ブーンがブーンとして生きていた証。
ブーンは、この短い会合が、終わりを告げようとしていることを理解した。

( ^ω^)「じゃあ……ボクはそろそろ行くお」
ξ゚听)ξ「うん……。気をつけてね」

そう言ったツンの体が、ポロポロと崩れ、小さな粒子となっていく。
小さな粒子になったツンの体は、さらに小さな粒子となり、やがて周囲の闇に溶けていった。

( ^ω^)「また……会えるおね?」
ξ゚ー゚)ξ「……会えるよ。あなたが生きている限り。必ず、会える」

ふと不安になったブーンが口を開く。
ツンは、ふわり、と優しく笑って頷いた。

ξ゚ー゚)ξ「だから……死なないで」

その言葉を最後に残して、ツンの姿をした『記憶』は、跡形もなく溶け消えた。
しかし、ブーンには解る。
『記憶』は消えてしまったのではなく、自分の中に戻ってきたのだということが。



21: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:25:47.37 ID:iklecO660
  
( ^ω^)(ツン……ボクは必ず、ツンを助けるお)

冷たい復讐の気持ちのみを抱えていたブーンの心に、暖かい記憶と意思が流れ込んだ。
それは、魂を穢す汚れた記憶。でも、大切な記憶。
ずっと見つからなかった最後のピースを得たかのように。
ブーンの中で組み変わり続けていた何かが、そのスピードを増す。
確実にブーンの属性を負へと傾倒させるはずのそれは、何故か今のブーンにとって、とても心地よい物に思えた。

全てが組み変わり、根本から再構築されるブーン。
やがてブーンの意識はアザゼルの記憶と完全に一つになり、神話の時代と自分の生きた時代の区別が付かなくなっていく。

闇色に染まるブーンの心。その中にしまいこまれた光の記憶。
それら全てを自分のものとして――


――ブーンは再び、現実世界に産声を上げた。


※ブーン
22歳。元貿易公司社員。
アザゼルとして生きた過去を持つ人間。『メリルヴィルの晩餐』が過去に行った『悪魔降ろし』で召喚された堕天使だが、
『鏡』の支配を振り切って、人間に転生していた。
一ヶ月前に『メリルヴィルの晩餐』にツン共々拉致され、悪魔憑きの儀式を受けさせられる。
空席となっていた『禄存』の座につくべく儀式を受けるが、適正が存在しないために失敗。
しかし、ブーンは『アザゼル』の魂を持っていたため、魂が適合。不完全な形で悪魔が癒合した。
『出来損ない』として組織から解放されてからは会社を辞め、最下層に居を移してツンの捜索に打ち込む。



23: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:27:41.82 ID:iklecO660
  
中方都市 上空


ブーンの下半身を『喰らった』ジョルジュは、落下していくブーンを見るともなしにぼんやりと目で追った。
臓物を撒き散らし、血を振りまきながら落下していくブーン。
悪魔ごと下半身を喰われたその身にはすでに何の力もなく、残った上半身が地面に叩き付けられるのは明白だった。

( ゚∀゚)「……なんだよ。あっさり逝っちまいやがって……」

そう言って、唾を吐き捨てるジョルジュ。
憎々しげな言葉とは裏腹に、しかしジョルジュの顔には、一抹の寂しさのような表情が浮かんでいる。

( ゚∀゚)「せっかく……せっかくよぉ。一緒に居られる奴が出来たと……そう思ったのによ……」

大きくため息をつきながら、ジョルジュはブーンの残りカスから視線を逸らした。
力を失い、命を失いつつあるそれに、ジョルジュはもう何の魅力も感じない。
つい先ほどまでブーンに対して感じていた『親近感』は、ジョルジュの中から消え去っていた。

( ゚∀゚)「ッハ。やっぱり、俺はボッチ……か。一人で生きて、一人で死んで。んで……最後は一人で地獄堕ち、と」

ハハハ、と笑うジョルジュ。
どこまでも乾いた笑いは、砂混じりの空気に混じって、数mも進まないうちに空中へと消えた。
乾いた空気に、乾いた笑い声。
全てを包み込む大空にすら聞き遂げられない嗤いは、どこかもの悲しい。



24: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:28:35.06 ID:iklecO660
  
( ゚∀゚)「は、ハハハ、ヒハハハ、は、はひ、ひっ、ひ……」

笑い続けるジョルジュ。
しかしその声は段々と擦れて消えて、やがて彼は空中で俯くようにして嗚咽をあげ始めた。
体がガクガクと震え始め、暗い青色のブルゾンがこすれて耳障りな音を立てる。
ジョルジュの体の中に、逃れがたい虚無感と恐怖がむくむくと頭をもたげていく。

( ゚A゚)「は、はー、はーっ、っひ……嫌だ……もうひとりぼっちは嫌だ……一人で死ぬのなんてゴメンだ……
     何で……何で俺は地獄に堕ちなきゃなんねーんだよ……嫌だ、いやだぁ……」

両腕で自らの肩を抱きしめ、震えを止めようとするジョルジュ。
しかしそれは叶わず、ジョルジュの震えは一層激しくなって心を揺らした。

(;゚A゚)「くそ、クソ、嫌だ、嫌だよォ……一人で永遠に地獄にいるのなんて、絶対に嫌だ……
     俺はただ、仲間が、トモダチが欲しかっただけなのに。なのに、地獄堕ち? クソ、何でそんな……」

ジョルジュはブツブツと呟くように呪詛の言葉を垂れ流し続ける。
その顔には、常に浮かんでいる人を食った凶笑ではなく、恐怖に震える子供のような怯えだけがあった。

( ;A;)「あぁ、ちくしょう……また、狂えなくなってきやがった……。殺して、ぶちまけて、腐らせてれば、
     その間は狂っていられるのに……クソ、ブーン、くそ、てめぇがあっさり死ぬから、デキソコナイが、っく」

ついには両目から涙を流し、体を大きく震わせてひくつくような嗚咽を漏らすジョルジュ。
都市を滅ぼし、全てを地獄に誘うべく行動するあざ笑う殺人者は、
ひとりぼっちになった夕闇の迫る空で、ただ一人泣いていた。



25: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:30:11.80 ID:iklecO660
  
ジョルジュは27年前、中方都市の最上層で生まれた。
両親は都市政府の要人。
金も人脈も、それこそ有り余るほどに持っていた。

豪勢な食事と、立派な服。
太陽の恩恵を十二分に受けることの出来る、広くて清潔な一人部屋。
欲しい物、欲しくなる物を手当たり次第に与えられて、ジョルジュは何の不自由もない子供時代を過ごした。
その頃のジョルジュは、そんな生活が当たり前であると思っていたし、それ以外の生活は知らない。
同年代の子供達が一生口に出来ないような高価な食事を残飯として捨てても、ジョルジュの心は痛まなかった。

ジョルジュが自分の暮らしに疑問を持ち始めたのは、小等部に入学してから。
退屈な授業を毎日受けて、必要かどうかも判らない知識を詰め込まれる日々。
その中でジョルジュは多くの『友達』を持つことが出来たが、その多くは自分と違う生活を強いられていた。

例えば、服装。
ジョルジュが着ている服は肌触りのいい天然生地のオーダーメイドだったが、友人達はそうではない。
大半が化学繊維の量販品を身に纏い、所々にほつれを直した跡がある。

例えば、食事。
小等部では、毎日の昼食が支給されていたが、友人達の中にはそれを支給されない者達が居た。
その友人達は皆、ふくよかな自分とは違ってガリガリのやせっぽち。
たまにジョルジュの残り物をもらっては、貪るように食べていた。

自分にとって当たり前のように与えられていた物が、与えられていない友人達。
その中で6年間を過ごした彼は、少しずつ自分と友人達との明確な格差を知ることになった。



27: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:31:08.76 ID:iklecO660
  
異変が起こり始めたのは、それから数年の後。
ジョルジュが高校生になった頃、ジョルジュの身の回りでそれは起こり始めた。

異変とは、失踪。昨日までは普通に顔を合わせていた者達が、次々と姿を消していく。
隣のクラスにいた誰それが、前の席にいた誰彼が、ある日突然、唐突に消える。
なんの前触れもなく消えるクラスメイト達は、しかし特に騒がれることもなく、
最初から居なかったかのように処理された。

居なくなるのは、決まって家が裕福ではない者達。
この世界の腐った仕組みを漠然と理解し始めていたジョルジュは、最初これらの現象を深刻には捉えていなかった。
『ああ、金が無くなって夜逃げでもしやがったのかな』
そう考えて、一つため息をつくだけ。
親しい友人が消えた時ですら、ジョルジュは同じ反応を返すのみだった。

しかし、ジョルジュは自分の考えが間違っていたことを知る。
ある日、興味本位で下りた最下層で。
ジョルジュは、腐臭と汚物にまみれながらも無邪気に笑う、消えたはずの『友人』に出会ったからだ。

汚らしい自分の姿を隠すでもなく、道ばたで堂々と佇む友人。
ジョルジュはその姿に驚き、ついで人並みの哀れみの声をかけた。
そんな姿で辛いだろう。
こんな暮らしで苦しいだろう。
自分の持つことのできる金が彼らにとって明日を生きる糧となることを知っていたジョルジュは、
悪意無く彼に手持ちの金を渡そうとした。

だが。



28: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:33:13.62 ID:iklecO660
  
『お前からもらった金などいるものか』

『友人』だったはずの男は、金を差し出すジョルジュの手を払いのけて言い放った。
ぎらぎらと光る双眸でジョルジュを睨み、明確な拒絶を表わす男。
その顔に浮かぶ色は憎しみ。
暗い目はジョルジュを『友人』ではなく、下から睨み上げるように『憎悪』の対象として見ていた。

『お前はそれで満足かもしれんがな。虫唾が走るんだよ、そんな偽善』
『金持ちの家に生まれたからといって、俺達が腹を空かしてる前で残飯を捨てるような奴のくせに』
『友達面して、今更余計なことするな。俺は、組織に入ることが出来て、今とても幸せなんだ』

吐き捨てるようにそう言うと、『友人』だった男はジョルジュに背を向けて歩み去った。
後には、地面に散らばった金と、呆然と立ちつくすジョルジュ。
我先にと金を拾うストリート・キッズから金を取り返そうともせず、ジョルジュはその場に立ちつくしていた。

そしてその時、ジョルジュは気づいた。
自分がいかに恵まれていたのかを。その恵まれた環境のために、どれだけ疎まれていたのかを。
ジョルジュが『友人』だと思っていた関係が、どんなに一方的な物であったのかすらも。

金と地位と名誉。無菌室で育ったジョルジュ。
関係ないと思っていた友人達との格差は、その実最も分かり易い形でジョルジュを完全に隔離してしまっていた。
いると思っていた友人。でも、存在すらしていなかった友人。
そのことを理解した時、ジョルジュは生まれて初めて『一人ぼっちの自分』を見つけ――恐怖した。



30: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:34:57.86 ID:iklecO660
  
( ;A;)「クソ、くそくそくそくそくそ、クソッタレが……収まれ、収まれよ……ガタガタ震えんじゃねぇ」

ジョルジュの心臓を満たす、氷のナイフを突き込まれたかのような孤独感。
それに負けまいとするかのように、ジョルジュは強く強く自分の肩を握りしめる。

( ;A;)「違う……そうさ違うんだ。俺はもう温室育ちの一人ぼっちじゃねぇ。家は捨てたし、
     あいつと同じ組織にだって入った。だから、だから……」

家を捨て、名前を捨て、金を捨てて『友人』と同じ目線に立って。
その上で、彼と同じ組織に入信したジョルジュ。
そうすることによって、ジョルジュは『友人』との垣根を取り払い、一人ぼっちではなくなった筈だった。
なのに。

( ;A;)「なのに、何で俺はこんなに震えてんだ……もう寂しくない筈だろ、トモダチだって出来た筈だろ」

そう言って、強くブルゾンを握るジョルジュ。
ブルゾンの縫合がブチブチと千切れ、生地が破ける音を聞きながら。
ジョルジュは、一つのことに気づいた。気づいてしまった。

( ;A;)「……でも、俺はあいつを殺しちまったじゃねぇか……」

ジョルジュの『友人』。同じ組織に入信した仲間。
『友人』になるために入信した組織をジョルジュが抜けようとした時に、ジョルジュの前に立ちふさがった男。
同じ七柱の『禄存』についていた『渋沢』を、ジョルジュは既にその手にかけて、殺している。



31: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:36:04.84 ID:iklecO660
  
( ;A;)「……ああ、なんだ……。じゃあ、俺はやっぱりボッチなんじゃねーか……」

両目からだらだらと涙を流しながら、ジョルジュはぼんやりと呟いた。
空を赤く染めていた太陽が、ゆっくりと遙か向こうの稜線に沈んでいく。
闇色に染まり始めた紫色の世界で、ジョルジュは一人孤独に浮かんでいた。

風はゆるやかに流れ、ジョルジュの脇をすり抜けていく。
背中に生やした翼の羽ばたきですら、ジョルジュの耳には入らない。
孤独感と、絶望感と、虚無感と。
それらがない交ぜになった、ただひたすらに抑えがたい恐怖心。

人を殺し続け、狂い続けていたジョルジュは、ふと自分の辿ってきた過去を振り返った。
それは豊かな幸福の記憶に始まり、孤独と絶望のうちに収束する記憶。

――『いいよなぁ、お前は。馬鹿みてーに女のケツを追っかけ回して、地獄なんざ怖くねーってな顔して。
   あれかね。俺もそーゆー相手見つけてりゃ、少しはマシだったのかねぇ……』

自分でブーンに言った言葉を思い出すジョルジュ。
その言葉は紛れもないジョルジュの本音で、嘘偽りのない彼の望みそのもの。
孤独を恐れ、殺戮を繰り返し、狂い疲れた殺人鬼の、小さな小さな最後の希望。

( ;A;)「ッハ……。今更、だよなぁ。俺にはもう、誰もいないしよぉ……。共に歩む奴も、
     俺と戦う奴もいない。もう、俺の傍には誰も……いねぇ……」

風邪に掻き消されそうな程に小さな声で呟き、項垂れるジョルジュ。
しかし。



34: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:37:25.43 ID:iklecO660
  
    「何を、泣いているんだお」

突如として背後からかけられた声に、ジョルジュは我に返って、後ろを振り返った。
そして目に入る、漆黒の翼。
六対十二枚の猛禽の翼は紫色に染まりつつあった空を黒く切り取り、禍々しいまでに力強いシルエットを作り出している。

( ゚ω゚)「……ふん。『あざ笑う殺人者』ともあろう奴が、えらく情けない姿を晒しているもんだお」
( ゚A゚)「お、お前……」

ゆっくりと翼をはためかせながら、ジョルジュの前に浮かぶブーン。
その姿を見た瞬間、ジョルジュの中にあった恐怖は、ゆっくりと姿を消していった。

( ゚∀゚)「……ハ。言うじゃねぇか、デキソコナイ……。いや、今はもう、シニゾコナイか?」
( ゚ω゚)「どっちでも構わないお。お前の臭い口がそれ以上喋らないようになるのなら、どちらでも」
( ゚∀゚)「ヒャヒャヒャ!! そいつぁ無理ってもんだ!! 俺の口は死んでも動き続けてやるぜ?」

高らかに哄笑するジョルジュ。
笑いながらも、ジョルジュの内には、奇妙な安堵感があった。

その感覚は、おそらく狂った精神が無理矢理に生み出した代物。
本来ならば安堵を感じるべき状況でないことがその証拠。
しかし、ジョルジュはそれでも構わなかった。
狂うと決めた時から、そんなことはとうに覚悟の内でもあったし、今更その是非を問うても詮無いことだ。

ジョルジュの笑いに顔をしかめるブーン、その顔をニマニマと笑いながら見やるジョルジュ。
もう、寂しくはなかった。



35: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:39:47.96 ID:iklecO660
  
( ゚∀゚)「っかし、てめーもしつこい奴だな。退場してろっつっただろうがよ」
( ゚ω゚)「そうしたいのはやまやまなんだお。でも……お前が居る限り、ボクはおちおち地獄にも行ってられないんだお」

ジョルジュの軽口に答えながら、ブーンは自らの体に力を込めた。
背中の翼から流れ込む凶悪な力が、ごく自然にブーンの内を満たしていく。
その力は、かつて『ヴィゾフニル』から得ていた物よりも遙かに強く、純粋な暴力の塊。

( ゚ω゚)「なにより、こちらにはツンがいる。ツンを置いて一人で堕ちるなんてこと、ボクにはまっぴらゴメンだお」
( ゚∀゚)「だから、ゴキブリみたいに復活ってか? しかもその翼、その力。明らかに人間のもんじゃねーだろ」

両目を細めて見やるジョルジュ。

( ゚∀゚)「言ってみろよ。お前は何モンなんだ。天使か? 悪魔か?」
( ゚ω゚)「……ボクは、どっちでもないお。いや、むしろどちらでもあるお」

拳を握りしめ、ジョルジュの眼光を受け止めながら。
ブーンは、強く言いはなった。

( ゚ω゚)「ボクはブーン。神話の時代、堕天使となったアザゼルの生まれ変わり。そして、お前を滅ぼす者だお!!」

そう言って、堕天使は六対の翼を一斉に打ち振った。
風がごうとうなりをあげ、周囲に嵐のごとき烈風を巻き起こす。
今や完全に自分の従属と成り果てた大気をその身に纏い、ブーンは凄まじい勢いでジョルジュに向かって飛びかかった。



36: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:40:47.19 ID:iklecO660
  
( ゚∀゚)「ひゃあ――ははははは!!」

醜い嗤い声を上げながら、ブーンの突進を交わすジョルジュ。
ボロ布となっていたブルゾンを引きちぎりながら、ジョルジュはたまらないという風に叫んだ。

( ゚∀゚)「アザゼル!! アザゼルかよ!! 『荒野の悪魔』!! 『神のごとき強き者』!! 『地獄の山羊使い』!!
     そうか、お前がアザゼルか!!」

嬉しくて仕方がないといった表情で耳障りな哄笑をまき散らすジョルジュ。
ブーンは突進の勢いもそのままに、大きく旋回して、そのままジョルジュに再度肉薄した。

( ゚∀゚)「なるほどなぁ!! 『鏡』の中から一匹、一番の大物が抜け出したとは聞いてたけどよ、
     まさか人間に転生してるたぁ、あのクソ荒巻もクソ主様も思わなかっただろうぜ!!」

会えて嬉しいぜぇアザゼル!!
そう言いながら、ジョルジュは右腕に鰐の大顎を作り出すと、ブーンに向かって打ち振った。

( ゚ω゚)「ふっ!!」

頭部を狙って伸びてきた攻撃を、しかしブーンはかわそうともせずに、無造作に手を振って撃退。
濃密な密度の風に阻まれた鰐の首は、カマイタチによる無数の傷跡を負ってはじき飛ばされた。

( ゚∀゚)「おぉっと……あっぶねぇ!! ッハハハァ!!」

速度を緩めることなく突っ込んできたブーンを、大きく上昇して回避するジョルジュ。
ブーンの纏った風がジョルジュの肌を細かく傷つけるが、ジョルジュは全く気にせずに言葉を続けた。



39: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:41:47.99 ID:iklecO660
  
( ゚∀゚)「んだよ、じゃあお前と俺は同類どころじゃなく、完全に似たもの同士なんじゃねーか!!
     他人に運命弄ばれて、救われない。憎悪と復讐に狂った者同士だろぉ!!」
( ゚ω゚)「……お前と一緒にされるのはゴメンだお」

ばさり、と翼を打ち振って制止するブーン。
その顔に苦々しげな表情が浮かぶのを見て、ジョルジュは更に笑みを深める。

( ゚∀゚)「まあそう言うなって。アザゼルのおとぎ話なら、俺もちっちゃい頃から聞いてるぜ。
     神の命を無視して人間の女にホネヌキにされて、そのせいで地獄に堕とされたってなぁ」

ニヤニヤと笑いながら、ジョルジュはその目を細めてブーンに問いかけた。

( ゚∀゚)「千年以上も地獄に繋がれて、どうだったよテンシサマ? 俺達組織に召喚されるまで、
     地獄にいてお前は何してたんだ? 暗く冷たい地の底で、愛しい人のオッパイでも妄想してたかよ?」

ヒヒヒ、と下卑た笑い声をあげるジョルジュ。
そんなジョルジュを見ながら、しかしブーンは静かに首を振った。

( ゚ω゚)「いいや。ボクは、ずっと後悔していたお」
( ゚∀゚)「……へぇ。そりゃ殊勝なこった。それで、お前は救われたってのか?」

あくまで茶化そうとするジョルジュの言葉に、それでもブーンはゆっくりと、はっきりと口を開く。

( ゚ω゚)「救われるわけがないお。ボクの罪は、主が許さない限り消えることはない。後悔してもどうにもならないお。
     そして、ボクが許されることはない。永遠の闇に囚われて、その事は嫌になるほど身に染みたお」



40: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:43:21.99 ID:iklecO660
  
太陽光に照らされ、暖められた風が、ゆっくりと宙に浮かぶ二人の間を吹き抜けていく。
その風に前髪を揺らされながら、ジョルジュは少しだけ笑いを納めて口を開いた。

( ゚∀゚)「……じゃあ、お前は何で戦ってんだよ。許されない罪を背負いながら。地獄行きを決められながら。
     ずっとひとりぼっちでいることが決まっていながら。それなのに、何で戦ってんだ」

探るような声色で、下からねめつけるように問いかけるジョルジュ。

( ゚ω゚)「ツンを、守るためだお」

はっきりとした口調で返すブーン。
一瞬、ブーンの脳裏に、遙か過去の記憶が蘇る。
白く泡立つ水の奔流。押し流される家屋。そして、失われる大切な人の命。

( ゚ω゚)「ボクのしたことは、もう許されることはないお。でも、ボクができることは、まだあるんだお。
     たとえ自己満足だとしても、何の意味がないとしても。ボクは――」

ブーンとして生きた日々。アザゼルとして生きた記憶。
その全てに共通する気持ちは、ただ一つ。

( ゚ω゚)「――ボクはツンを守る。それだけが、ボクの願い。そして、ボクのすべき事だお」

ブーンはそれだけの事を言い終えると、再びその身に風を纏い、ジョルジュを鋭く睨み据えた。



41: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:43:58.11 ID:iklecO660
  
( ゚∀゚)「……ッハ。どこまでもオメデタイ奴だな、てめーはよ……」

ブーンの堂々とした宣言を聞いて、ジョルジュはひび割れた笑みを浮かべた。

( ゚∀゚)「自分は地獄に堕ちる運命だっつーのに。カミサマに惚れた女をぶち殺されたってーのに。
     しかも、自分も死んで堕天使に転生までしたってのに、お前は結局それしかねーんだな」

そう言って嘲笑を浮かべようとしたジョルジュは、しかしその行為に失敗した。
どうしても、馬鹿にするような笑みを浮かべられない。
代わりに浮かぶのは、羨む気持ちと嫉妬の心。

( ゚∀゚)「クソ……せっかく、憎しみに狂った仲間だと思ったのに。せっかく、俺はボッチじゃねーと思えたのによ。
     ぶち殺されて地獄から舞い戻って来たっつーのに、俺も神も憎まず、狂うこともせず。惚れた女を守るってか」

そしてジョルジュはため息を一つ。
喉をのけぞらせて見上げた空は、すでにその大半が夜に支配され、星々が瞬き始めていた。
その中に、一際明るく輝く宵の明星を見つけて、ジョルジュはその光を瞼の裏に焼き付けた。

( ゚∀゚)「んじゃ……無理矢理にでも、お前を連れて行くぜ。やっぱり俺は、ボッチがこえぇからよ」

すう、と目を閉じるジョルジュ。
丁度その時、沈みゆく太陽はその身を完全に稜線へと落としきり、地上から完全に光が消えた。
光の時間は終わり、周囲に闇が去来する。

ごきり、とジョルジュの体が歪に歪み始めた。



44: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:45:42.67 ID:iklecO660
  
ごきごきと異音を響かせながら、ジョルジュの体が歪んでいく。
肩が爆ぜ、腕が膨らみ、腰はねじ曲がって、肋骨が飛び出す。
同時に、その身からぞわぞわと生まれ出る真っ黒い獣毛。
一本一本が縫い針のように鋭く光るそれは、瞬く間にジョルジュの体全体を覆い尽くした。
人間の形を捨てながら。時に人間の形を取りながら。
ジョルジュの体は変化し続け、体積を従来の何倍にも膨れあがらせていく。

( ゚∀゚)「あ゛ー……いてぇ。いてぇな、クソ。何で俺こんなことしてんだ? 何でこんな痛い目にあってんだ?
     俺は痛いのもめんどくさいのも疲れるのも嫌だし、健康に気を遣って長生きしてりゃ満足なのによ」

ごりごりと顎を鳴らしながら、ジョルジュが誰にともなく問いかける。

( ゚∀゚)「でも、お前が強くなっちまったら、俺が殺されちまう。殺されないためにゃ、俺も強くならねーとな?」

獣毛に覆われた体から、より大きな猛禽の翼を生やし、大きく空を叩いて羽ばたくジョルジュ。
足の間からぞろりと鱗に覆われた何かが垂れ下がり、それは先端を大きく割って大蛇の形を取った。

( ゚∀゚)「いてぇ。ホントいてぇな、悪魔に喰われるってのはよ……。でも、その分強くなって狂えるんだよな。
     このままいけば、俺の意識も喰われて消えて、一緒に恐怖も消えるかもなぁ。どう思うよ、ブーン?」

もはや首から上しか人間の部分が残っていないジョルジュは、それでもニヤリと笑みを浮かべた。

( ゚∀゚)「でも、俺は死ぬのも消えるのもゴメンだからな。さっさとお前をぶっ殺して、地獄に堕としてやらぁ」

全長数十メートル。尻尾も入れればその倍にはなるだろうか。全身を黒い獣毛に覆われた狼の体に、純白の翼と大蛇の尻尾。
自分の喰らった悪魔達に全身を捧げたジョルジュは、唯一人間の形を残す頭を狼の額に貼り付けて、ニヤリと笑った。



45: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:47:30.21 ID:iklecO660
  
ばさり、ばさりと、巨大な翼を打ち振って、ジョルジュが大質量の獣体を浮遊させる。
あたりにはそれだけで猛烈な風が巻き起こり、ブーンの体を激しく打ち付ける。

その形相は怒り。
『フェンリル』の目は爛々と赤く輝き、視界に入る全ての存在に憤怒する。

その叫びは憎しみ。
『ニーズホッグ』の口からは腐臭と共に激しい呪詛と威嚇音が漏れ、這いずる運命を呪い続ける。

その唸りは苦しみ。
『ヴィゾフニル』の翼は烈風を巻き起こし、ただそこであるだけで鋭い悲鳴をあげる。

そしてその哄笑は狂気。
ジョルジュの顔にはもはや欠片ほども人間らしい表情は残っておらず、ひたすらに狂笑をまき散らす。
ぐるり、と白目をむいておどけて見せて、キメラとなったジョルジュは不自由そうに首を巡らせてブーンを見据えた。

( ゚∀゚)「サヨナラだ、ブーン。一足先に地獄に堕ちてな」

獣頭蛇尾、猛禽の翼を持つ巨大な悪魔は、絶対の自信と絶対の力で命令する。
その言葉には、一言一句にいたるまで、滴るような腐臭と呪いが込められていた。
顔をしかめ、目を細めるブーン。

( ゚ω゚)「お断り、だお」

短く言い放って、再びその身に暴風を纏う。
そして、ブーンは一度大きく翼をはためかせると、爆発的な加速をもってジョルジュに突進した。



47: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:49:05.59 ID:iklecO660
  
一瞬で十数メートルの距離を詰めるブーン。
風を巧みに操ってジョルジュの無防備な腹部に潜り込むと、ブーンは鋭く右腕を振り抜いた。

( ゚ω゚)「はぁっ!!」

ぼ、と空気が爆裂し、衝撃波が発生する。
音速を超えたブーンの拳は、すさまじい勢いでジョルジュの脇腹にめりこんだ。
しかし、

( ゚∀゚)「ぎゃはははは!! 痒いぜぇ、ブーン!!」

ブーンの攻撃は分厚い獣皮に阻まれ、ジョルジュにダメージを負わせることは出来なかった。
舌打ちをして腕を引き抜くブーン。
動きの止まった堕天使めがけて、ジョルジュの股ぐらから黒い影が走った。

(;゚ω゚)「くぉっ!?」

じゃうっ、と空気を裂いて伸びてきたそれを、紙一重でかわす。
そのままの勢いで後退したブーンは、自分に向かって鎌首をもたげる大蛇の姿を確認する。

( ゚ω゚)「くそ……うっとおしい尻尾だお」

吐き捨てるように言って、『ニーズホッグ』に向かって腕を振る。
ブーンの腕から生み出される、巨大な鎌のごときカマイタチ。
だが、不可視の刃は大蛇の首を落とす前に、より強い大気の渦に巻き込まれてその力を失った。



49: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:50:32.16 ID:iklecO660
  
( ゚∀゚)「無駄無駄ァ!! そんななまっちょろい風じゃあ、俺のイチモツにゃ届きもしねーよ!!」

キヒヒヒヒ、と甲高い嗤い声を上げるジョルジュ。
ブーンから喰らった『ヴィゾフニル』を見せつけるように打ち振ると、ジョルジュはその巨体をブーンへと向けた。

( ゚∀゚)「欲しかったんだぜぇ、コレ。やっぱいいよなぁ。俺の『ニーズホッグ』じゃ、腐らせるしか能がねーからよぉ」

うっとりとした表情で、囁くように話しかけるジョルジュ。

( ゚∀゚)「ま、こんな体になった今じゃあ、お前の風を消すぐらいしか使い道ねーんだけどよ。
     どうよ? 自分に憑いてた悪魔で攻撃される気分は」

ジョルジュは、わざわざ『憑いてた』にアクセントをつけて、嫌らしい笑みを浮かべた。
その顔を見ても、ブーンは無言。
口を開く代わりに、十二枚の翼を、ばっ、と大きく広げ――残像が見えるほどの速度で打ち振った。

( ゚∀゚)「うぉっ!?」

ばごん、と音を立てて叩き付けられる風に、思わずよろめくジョルジュ。
あまりの密度に質量さえ感じさせる風は、『ヴィゾフニル』の風をものともせずに突き抜けて、狼の鼻っ柱を強打した。
驚いた表情のジョルジュに向かって、挑戦的に口を開くブーン。

( ゚ω゚)「ナイフで切れない壁があるなら、ハンマーを使ってぶち壊せばいいんだお」
( ゚∀゚)「……やっぱり、堕天使サマともなると一筋縄ではいかねえってか。んじゃ……」



50: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:51:38.83 ID:iklecO660
  
これはどうよ?
そう言って、ジョルジュは嗤いながら『フェンリル』の大顎をがぱりと開いた。

(;゚ω゚)「っ!!」

『フェンリル』の口内に、全てを飲み込む混沌が生まれたのを確認するまでもなく、
ブーンは持てる力を総動員して横っ飛びに飛んだ。

( ゚∀゚)「ガガウッ!!」

それと同時に、『フェンリル』の口が一気にばくりと閉じられる。
『フェンリル』の力、空間を喰らう能力。
その力は対象であるブーンを捉え損なって、その背後、直線上にあった空気全てと浮かぶ雲、
そしてオゾン層の一部までもを、半径10mの円柱状に喰らい尽くした。

( ゚∀゚)「ちぃ、惜しい!! 逃げ足だけはゴキブリ並。数倍上になってやがんなぁ」
(;゚ω゚)「く……」

さして残念そうな様子も見せずに笑うジョルジュ。
ブーンは背中に冷たい汗を流しながら、歯がみしてジョルジュの楽しそうな笑い声を聞いた。

(;゚ω゚)(やはり、『アレ』だけは止めようがないかお……)

『フェンリル』の空間喰らい。
下手な小細工などの付け入る隙もない程に、絶対的で純粋な破壊の力。
いかなる防御策をもってしても、根こそぎ噛み砕いてしまうその力を止めることは叶わない。



52: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:52:47.55 ID:iklecO660
  
( ゚ω゚)(ならば……ボクの力で、直接ジョルジュを叩くしかないお)

へらへらと笑うジョルジュの首。
『悪魔』を制御するために唯一残された、ジョルジュ本来の人間部分。
すべての核となるそこを、叩く。

( ゚ω゚)(チャンスは一度きり……。絶対に、外すわけにはいかない)

そう決めたブーンは、大きく上昇。
ジョルジュのいる水平面上よりも上に陣取って、鋭い目つきで醜いキメラを睨み付けた。

( ゚∀゚)「……はっはーん? なんか楽しいことを思いついた目だな」

不自由そうにブーンを見上げながら、ジョルジュが目ざとくブーンの変化を掴み取る。

( ゚∀゚)「いいぜぇ、ブーン……。来いよ。お前の全身全霊をもって、俺を止めてみせやがれ」

言って、挑み掛かるような獰猛な笑みを口の端に上らせるジョルジュ。
見下ろす堕天使と、見上げるキメラ。
人の形をした人でない者と、人の姿を捨てた人であった者。
二人の間に、一瞬の静寂が舞い降りて。

そして、動いた。



53: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:53:39.66 ID:iklecO660
  
( ゚ω゚)「ぬあっ!!」

強く叫んで、ブーンが背の翼を打ち振るう。
目にも止まらぬ一挙動で羽ばたいた翼は、その一瞬で周囲の大気を隷属させ、巨大な空気の塊に作り替えた。
ジョルジュ目掛けて放たれる不可視の鉄槌。
その大きさは、先ほどジョルジュに放たれた物よりも遙かに大きく、そして速い。

( ゚∀゚)「やっぱそうくるかよ!!」

眼前に迫り来る大質量の空気の壁に対して、しかし、ジョルジュは小馬鹿にした笑みを浮かべた。
同時に打ち振られる『ヴィゾフニル』。
純白の翼は大量の白い羽をばらまきながら、ブーンが放った物と全く同じ空気の塊を作り出した。
激突。

( ゚∀゚)「ヒャーハハハ!! 風を操るなら、『俺のヴィゾフニル』の方が十八番だぜぇ!!」

猛烈な勢いで吹きすさぶ風の奔流に頬をなぶられながら、あくまでも嘲笑を振りまくジョルジュ。
そして、未だ激突の残滓が残る空間を、キメラの尻尾が走り抜けた。



55: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:55:33.84 ID:iklecO660
  
じゃりん、じゃりん、と鱗を鳴らしながら、囲い込むように長く伸びてブーンに飛びかかる『ニーズホッグ』。
ブーンを一呑みにできそうな口が大きく開き、そこから鋭い威嚇音と共に毒液が発射された。

( ゚ω゚)「ふんっ!!」

ばふ、と翼をはためかせ、毒液を吹き散らすブーン。
しかし、

(;゚ω゚)「づあっ!?」

ど、という鈍い音とともに、ブーンの太股に猛烈な痛みが爆発した。
慌てて視線を下げるブーン。
そこに手のひらほどの黒い鱗が突き立っているのを発見して、ブーンは小さく舌打ちをした。



56: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:57:01.77 ID:iklecO660
  
(;゚ω゚)「くそ……忘れてたお、こいつの攻撃を……」

そう言って、鋸歯のような縁を持つ黒塗りの鱗を掴む。
一気に引き抜いた。

(;゚ω゚)「っぐぅ!!」

ブーンの脳内に、痛みが渦を巻く。
しかし、ブーンは金剛石のごとく強い意思の力で、迸りそうになる悲鳴を押し殺した。
細かい肉片をまとわりつかせた鱗を、無造作に捨てる。

(;゚ω゚)(鱗自体の殺傷力は、それほどでもない……でも、痛みがもの凄いお)

気をつけねばなるまい、と思ったブーンが、周囲に目をやる。
するとそこには、すでにブーンを何重にも囲い込んでとぐろを巻く大蛇の姿。

( ゚∀゚)「注意一秒、怪我一生、ってなぁ!!」
(;゚ω゚)「しまっ……!!」

痛みに気を取られて、ブーンはいつの間にか夜の空に制止してしまっていた。
ジョルジュが会心の笑みを浮かべる。
ブーンは全速力で包囲からの脱出を試みる。
その瞬間、『ニーズホッグ』の体表から、数え切れない程の黒い弾丸が発射された。



59: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:57:55.88 ID:iklecO660
  
(;゚ω゚)「く……そっ!!」

鱗が発射されるのを見て、ブーンは吐き捨てるように言うと、速度を緩めて鱗に正対した。
移動の力を削り、周囲の風を支配下に置くブーン。

( ゚ω゚)「はぁっ!!」

裂帛の気合いと共に、ブーンの周囲に巻き起こる風の激流。
台風の暴風域を軽く数倍するその障壁に、鱗は次々とはじき飛ばされていく。
だが、

(;゚ω゚)「うぐっ、あ!?」

翼の一枚に、鈍い衝撃と鋭い痛み。
まんべんなく全周囲から襲いかかる鱗の一枚が、障壁の合間を縫ってブーンに到達していた。
力の源である翼を傷つけられ、ぐらりと空中で傾ぐブーン。
その一瞬の隙は、荒れ狂う風の隙間を増やしてしまう。

( ゚∀゚)「おおーっとぉ、どしたどしたぁ!? お留守でがら空きでユルマンかシニゾコナイ!!」

下卑た野次も、必死で鱗を防ぐブーンには届かない。
づど、と再び衝撃音。
ブーンの脇腹に深くめり込んだ鱗が、致命的な隙を作り出す。
僅かな隙。しかし、限りなく致命的な隙。
ジョルジュの目がギラリと光り、『フェンリル』の口がブーンの方向に向けて噛み合わされた。



61: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 22:59:51.87 ID:iklecO660
  
――じゃ ぐんっ

背筋が震えるような不吉な音を耳元で聞いたブーンは、突如として体が浮力を失ったことに気が付いた。
がくり、と大きくよろめいて、ゆっくりと落下を始めるブーン。
とてつもない喪失感に気づいて背後を見やったブーンは、
己の翼が五枚、ざっくりと囓り取られていることを発見して愕然とした。

( ゚∀゚)「チッ、外したか。でもまぁ、いいか……」

落下を始めたブーンを見上げて、ジョルジュは苦々しげに舌打ちをする。
だが、すぐにぎらついた笑みをその顔に上らせて、『ヴィゾフニル』を強く強く打ち振った。

( ゚∀゚)「自分の持ってた悪魔の力で、死ね!!」

ごう、と音を立てて舞上げられる大気の渦。
渦は巨大なカマイタチとなって、元の主であるブーンを襲った。

( ゚ω゚)「かかった!!」

渦巻く暴力が生み出されたその瞬間。ブーンの目が鋭く細められる。
続いてブーンは、残った七枚の羽を使って大気を収束。強い羽ばたきをもって射出した。
『アザゼル』の力により形成されたそれは、細く、鋭く、強固な風。
まるで槍の様な姿を持たされた風は、その形状に恥じることのない速度と貫通力で飛翔。
渦巻く暴風を一瞬で貫くと、キメラの額、狼の顔の中で笑うジョルジュの頭部に落下した。

そして、命中。



63: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 23:01:17.30 ID:iklecO660
  
( ゚∀゚)「風の……槍、か」

自らの額から一筋の血を垂れ流し、ジョルジュが呟く。

( ゚∀゚)「まさか、捨て身で……俺の手が埋まった隙を突いて、こんなモンをぶち込んでくれっとはなぁ……」

そう言って、狂った殺人鬼はニタリと笑った。

( ゚∀゚)「でも、ちょい読みが浅かったみてぇだな?」

がさり、と。
顔を防御していた大鷲の翼をどけながら、ジョルジュは血に濡れた顔面をブーンに向けた。
ジョルジュの首の横から生えた翼は、風の槍を受けて目茶苦茶に破壊されていたが、自身は傷一つ負っていない。
その姿を見て、ブーンの目が驚愕に見開かれる。

(;゚ω゚)「しまった……『アガレス』か!!」
( ゚∀゚)「ご名答ゥ!! わかったところで、安心して死ねよ!!」

ジョルジュが高らかに叫ぶのと同時に、ブーンは巨大なカマイタチの渦に巻き込まれた。
力を使い切って無防備に晒されていた体は、風の奔流に抗う術を持っていない。
それでも体を縮こまらせて、なんとかカマイタチをやり過ごそうとするブーン。

(;゚ω゚)「ぎゃっ!!」

だが、それだけで暴風を避けきれる筈もなく、ブーンの体には無数の傷が刻まれていく。
最後に大きくはじき飛ばされると、ブーンは黒い羽を撒き散らして落下していった。



64: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 23:03:30.67 ID:iklecO660
  
(;゚ω゚)「うぐ、ぐ…………っあ!!」

長い落下を経て、ブーンはようやく自由を取り戻した。
ばざっ、と傷ついた翼で空を掴み、再び浮力を得ることに成功する。

(;゚ω゚)「はー、はぁ、っぐ、く……」

声も出ないほどの痛みに呻き、肩を握りしめて苦痛に耐えるブーン。
だが、それよりももっと大きい喪失感が、ブーンの体を大きく震わせる。
ブーンの背中にあった、六対十二枚の漆黒の翼。
それらは噛み千切られ、切り飛ばされて、今やその数を僅かに一対残すのみとなっていた。

( ゚∀゚)「ギリギリで風を操ったかよ……。でも、その様子じゃあもう終わりだな」

限りなくボロボロの姿となったブーンを見下ろして、ジョルジュが上空から嘲笑を投げかける。
その声に反応したブーンは、こちらを向いた『フェンリル』の顎にびくりと体を震わせて、残った翼で回避を計る。
しかし、

( ゚∀゚)「おぉっと、動くなよ!! 動いたら後ろのお姫様がガッツリ死ぬぜぇ!!」

鋭い声で、ブーンを制止させるジョルジュ。
ぎくりと体をこわばらせたブーンは、背後を振り返り、自分とジョルジュの直線上に礼拝堂があるのを確認した。

( ゚∀゚)「チェックメイトだ。ダテンシサマ」

ぬらり、と凶眼を光らせて、ジョルジュは不気味な笑みを浮かべた。



65: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 23:04:06.12 ID:iklecO660
  
落下により、キメラを見上げる形となったブーン。
凍り付いたように動かないブーンの、苦々しげな表情を見下ろすジョルジュ。
攻防の前にあった位置関係とは逆転したその光景は、まるで勝敗を表わしているかのよう。

( ゚ω゚)「……正気かお。このまま力を使えば、お前も即座に『地獄堕ち』になるんだお?」

相手の様子を伺いながら、ブーンはジョルジュに問いかけた。
隙を見て攻撃を仕掛けようとする意思が感じられる動き。
だが、ジョルジュはピタリと『フェンリル』の大顎を礼拝堂に定めたまま、ブーンの言葉を鼻で笑った。

( ゚∀゚)「んなこたぁ、とっくのとうに承知の上だぜ。『花嫁』の傍には『鏡』も転がってるしな」

ジョルジュに憑く四体の悪魔、そしてブーン=『アザゼル』を、この世につなぎ止める『鏡』。
地獄の引力を相殺する力を持つ『鏡』を破壊するということは、悪魔達の全てを地獄に還すということに他ならない。
そして、堕天使であるブーンはもちろん、悪魔にその身のほとんど全てを捧げたジョルジュもまた、
悪魔を還した後に待っているものは、『死』、そして『悪魔憑き』に課せられた『地獄堕ち』という運命。

( ゚∀゚)「でもよ。それでも、絶望したお前を地獄に連れて行けるなら、俺はまだ寂しくないような気がしてなぁ」

そう言って、再び暗い笑みを浮かべるジョルジュ。

( ゚∀゚)「動くなよ。動いたら即、全てを噛み砕く。動かなくても、噛み砕く」

きゅう、とジョルジュの顔から全ての表情が消えた。
その顔に残るものは、純粋に目的を遂行しようとする強固な意志のみ。



66: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 23:05:41.31 ID:iklecO660
  
( ゚ω゚)「地獄……地獄、かお……」

ジョルジュの言葉を聞いて。
ブーンは呟くように、だがジョルジュに聞こえるように、ゆっくりと口を開いた。

( ゚ω゚)「地獄は……お前が思っているようなもんじゃないお。あそこには一切の光りが無く、救いも無く、
     ただ永遠に続く苦しみと、逃れられない無限の時間だけがあるんだお」

重苦しい口調で、淡々と語るブーン。

( ゚ω゚)「お前がボクを連れて行こうとするのは構わないお。でも……
     たとえお前が誰と行こうとも、それは欠片ほども救いにはならないお。それこそ、砂粒ほどの希望にも。
     地獄堕ちすれば、待っているものは、終わらない苦痛、消えない意識。そして……狂うことも出来ない絶望」

言葉は流れるように口をつく。
それは、ただ経験ゆえに。
神話の時代から地獄に棲まう堕天使は、ただ事実のみをジョルジュに語った。

( ゚ω゚)「それでもいいのなら……その口を閉じればいいお。
     お前にその覚悟があるのなら、お前は地獄に堕ちる資格があるお」

そう言うとブーンは、ふっ、と体の力を抜いて手を広げた。
背に残るは二枚の翼。
傷ついていない場所は無いほどに傷ついた体は、とめどなく血を流し続けている。
しかし、それでも――その姿は、かつて天上の者であったことを証明するかのように、神々しい姿だった。



68: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 23:06:56.45 ID:iklecO660
  
( ゚∀゚)「……」

ブーンの語った地獄の現実。
その内容を聞いて……しかし、ジョルジュは迷わなかった。

どうせ、いつかは堕ちる身だ。
ならば、堕ちたい時に堕ちてやる。
それが、唯一の望みにして願い。

そのためにジョルジュは虐殺を繰り返し、周囲を腐敗させ、腐臭を撒き散らして、哄笑を上げてきた。
今日、ようやくその長い苦痛が終わろうとしている。

( ゚∀゚)(孤独に生まれて、孤独を知って。孤独と戦いながら、孤独の内に死ぬ、か……)

いい人生とは思えない。
だが、悪くない人生だった、とジョルジュは思った。
しかも、その孤独への旅路には、ブーンという存在までもが同行するのだ。
ジョルジュにとって、不服であろうはずがない。

( ゚∀゚)「んじゃ、逝く前に……何か言い遺すことはあっかよ?」

心を固め、奥底に沈めて。
ジョルジュがブーンに問いかける。



69: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 23:08:29.46 ID:iklecO660
  
言い遺す言葉。
この世での、最後の発言。
だがしかし、ブーンがその言葉を伝えたい人は、未だ深い眠りにつき、
ブーンの言葉が伝わる事は無い。

( ゚ω゚)「ボクが……遺す、言葉は……」

それでも、ブーンは口を開いた。
大切な人。長い長い時の果てに巡り会うことの出来た、約束の人。
その人に伝わることはなくとも、ブーンの言葉は風が聞いてくれる。
この世に存在する物は、全て繋がっているから。
だから、いつの日か、あの人に伝わることがあるかもしれないから。

( ゚ω゚)「ボクが遺す言葉は……後悔や懺悔の言葉じゃないお。そんな物を遺しても、意味はないお。だから……」

だから、言おう。
大切な言葉を。
伝えたい気持ちを。

( ゚ω゚)「ツン……ボクは、ツンと共に生き、笑い、そして死にたかったお……」

それはブーンの望み。ブーンの願い。
ブーンの中にあった全ての行動の原動力にして、大切な大切な気持ち。
それを言い終えると、ブーンは静かに目を閉じた。

――ばぢゅっ



70: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 23:10:04.30 ID:iklecO660
  
( ゚ω゚)「ぐけ……ぶぷっ……」

ブーンの閉じられた目が、激痛にかっと見開かれる。
ゆっくりと視線を降ろすと、そこにはバックリと食らいついた大蛇の頭。
『ニーズホッグ』の牙はブーンの胴体に深く食い込み、全てを腐らせる毒液を注入している。

( ゚ω゚)「んぐっぷ、ろぁ……ぱ……」

喉の奥からせり上がる液体は、どろどろに腐り溶けた自身の中身。
ついには盛大にゲル状の物体を吐き出しながら、ブーンの体は痙攣を始める。

( ゚ω゚)「ぶぷるぁ……けぷ……ぁ……」

がぐがぐと小刻みに震えるブーンの体。
やがてその痙攣は小さなものとなり、最後には時折震えるだけとなって、消える。
だらり、と力なく項垂れたブーンの首が、腐った肉をみちみちと千切りながらボロリと落ちた。

( ゚∀゚)「……」

特に感情を込めることもなく、落下していくブーンの頭を見つめるジョルジュ。
その顔には先ほどまでの強い意思の輝きすらもなく、あるのはがらんどうの気持ちだけ。



75: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 23:13:49.38 ID:iklecO660
  
( ゚∀゚)「……これで、終わり……か。ハハッ、あっけないもんだな」

ひゅう、と風が流れて、ジョルジュの頬を撫でていった。
その風は優しく、そして夜の気温にはない暖かさがある。
キメラとなったジョルジュにも、その風の優しさは伝わった。。

( ゚∀゚)「欲を出すから、死ぬんだよな……。もっと生きたいなんて願わなけりゃ、よ。
     多分、きっちり終わらせて、きっちり気持ちよく地獄に逝けたんだぜ」

相変わらず虚ろな表情で、どこともなく声を重ねるジョルジュ。

( ゚∀゚)「でもよ。やっぱり、地獄は怖いもんな。死にたくない、生きたい、もっと生きたい、って。
     思った。思っちまった。だから、死ぬ」

そう言って、ジョルジュは星の瞬く夜空を見上げた。
夜空はどこまでも澄んでおり、空には一欠片の雲すら見ることは出来ない。

( ゚∀゚)「そうだろ、ブーン?」

微かに自嘲めいた色をにじませて、ジョルジュが呟くように問いかける。

( ゚ω゚)「……そうだお」

そして、ジョルジュの頭部の後ろに膝をついていたブーンが、静かにその言葉に応えた。



77: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 23:15:39.45 ID:iklecO660
  
風が吹いている。
先ほどまでの攻防の時とはうってかわって、穏やかで暖かい風が。

( ゚ω゚)「お前は……最後の瞬間に、まだ生きていたいと思ったお。だから、『フェンリル』ではなく、
     『ニーズホッグ』でボクにとどめを刺そうとした」

ゆっくりと口を開くブーン。

( ゚ω゚)「生きたいという欲が、自分を殺す。だからボクは死なず、お前は死ぬんだお」
( ゚∀゚)「だよな……」

大きくため息をつくジョルジュ。
ブーンは、ジョルジュの首に手刀を当てていた。
避けようのない零距離からの攻撃。
何かの行動を起こそうとした瞬間、ブーンはジョルジュの首をはね飛ばすだろう。
ジョルジュの力をもってしても、その攻撃を防ぐことは不可能だ。

( ゚∀゚)「まずったなぁ……せっかくのチャンスだったのによ。無駄にしちまった」
( ゚ω゚)「ボクのチャンスも、一度きりだったお。どちらが死んでも、どちらも死んでもおかしくはなかったお」
( ゚∀゚)「よせよ……慰めなんていらねぇ。現実を受け止めるぐらいはさせてくれよ」

ジョルジュがチャンスを逃した瞬間。
その瞬間こそが、ブーンの、たった一度のチャンス。



79: ◆DIF7VGYZpU :2006/11/12(日) 23:17:56.59 ID:iklecO660
  
( ゚ω゚)「ボクの力。『スケープ・ゴート』。一人の相手に対して、一度きりの切り札。
     翼の一枚を代償に、死を一度だけ回避するお」

そう言ったブーンの背には、すでに一枚しか翼は残っていない。

( ゚∀゚)「『地獄の山羊使い』らしい力だな……お前もギリギリだったわけだ。
     ッハ、死線なら何度も潜ってきたのによぉ。最後の最後で……ついてねぇぜ、まったく」

ククク、と喉を鳴らして、楽しげに笑うジョルジュ。
その笑いには、もう腐臭も禍々しい色も残ってはいない。

( ゚∀゚)「最後に、聞かせてくれねぇか。俺をぶち殺さなくても、『鏡』をぶち壊せばそれでよかったんじゃねぇのか?
     どうせお前も、いつかはアソコに還るんだしよ。なんで、こんなまどろっこしいことしたんだよ?」

いっそ清々しいほどに虚ろな表情で、ジョルジュが背後のブーンに問いかける。
その問いに、ブーンはしばし逡巡した後、

( ゚ω゚)「……ボクも、結局は生きていきたかったのかもしれないお……」

迷うように。だが、はっきりとした声で答えた。
その答えに、ジョルジュは破顔一笑。
最後に、ブーンにだけ聞こえる声で何事かを呟くと、すぅ、と静かに目を閉じた。

『あざ笑う殺人者』の首が、夜空に舞った。

「生への渇望」終



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