( ゚W゚)ブーンは悪魔憑きとなったようです

8: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/11/05(佐賀県庁) 23:08:38.40 ID:9H/QehZy0
  
「幕間の3」


――ばづん!!

太いゴムが切れたような音を、ブーンは耳と、体から伝わる振動で聞いた。
それは、ブーンの下半身が、『ヴィゾフニル』が、ジョルジュの作り出した鰐の大顎に『喰われ』た音。
腹の辺りで痛覚が爆発し、呻く間もなく血の塊が喉をせり上がってくる。

(;゚ω゚)「ぶ、ぐぷっ……」

濃厚な鉄の味を舌に残し、口から迸る大量の血液。
噛み千切られた胴体の切断面から、大切な器官をいくつもいくつも溢しながら、ブーンは自由落下を開始した。
急速に狭まる視界、遠ざかる夕焼け空。
それらを焦点の合わない目で見つめながら、ブーンは地表に向けて落下していった。

( ゚ω゚)(死ぬ……のかお……)

ごうごうと耳元で唸りを上げる風切り音を聞きながら、ブーンは冷たくなっていく脳味噌で思考する。
考えることは、それほど多くない。
諦観、絶望、そしてほんの少しの恐怖。
どのような英雄でも、いくら勇気のある人間でも、死の間際に考えることは、それほど対して違わない。

死は、人間が生きている限り、必ず平等に訪れるもの。
ホームレスの『死』も、大統領の『死』も、それらは全て無価値である。
なぜなら、死ぬ人間にとって死は終わりでしかなく、それに付加価値を見いだすのは生き残った人間の都合だからだ。



10: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/11/05(佐賀県庁) 23:10:32.78 ID:9H/QehZy0
  
死ぬまでの間、そのほんの少しの猶予時間で、ブーンは最後に大切な人のことを考えた。
ツン。ずっとずっと待ち望んでいた、やっと会えた大切な人。
命を賭けて守ると誓った心は、決して自己満足や安直なヒロイズムによるものではない。
ブーンは本当にツンを助けたいと思っていたし、そのためなら自己犠牲をも厭わないつもりだった。
だけれども、

( ´ω`)(これじゃあ、犬死に……いや、もっと酷い、ボクはただのピエロだお……)

ブーンは、これから先、ツンの身に起るであろう事を知っている。
ブーンを殺したジョルジュは、すぐにツンを、そして都市内に残る全ての人間を喰らってしまうだろう。
喰らって喰らって食らいつくして。それから、全ての魂を地獄に堕としてしまう。

ツンとブーンは、実は一言も会話を交したことはない。
無理矢理つれて行かれた組織の礼拝堂で、ブーンはたった一度、ツンの姿を見ただけだった。
たった一度の、刹那の会合。しかし、それでもブーンはツンを見た瞬間に、頭のどこかで確信した。
目の前の気を失っている女性。その人こそが、自分にとって何よりも大切な存在だと。
だからブーンは『悪魔憑き』となってからずっと、ツンを助けるために奔走し、強大な敵と戦ってきた。

( ´ω`)(せめて、ツンだけは……大切な人だけは守りたかったお……)

ブーンの目は、すでに何も見えていない。
夕焼けの赤も、ジョルジュの不吉な姿も、何も見えない目を、それでもブーンは、必死でツンが居るはずの方向に向けた。
暗闇の中、ブーンの目にはツンが横たわる場所だけが明るく輝いているように見える。
幻覚か、幻か。それともそれは、ブーンの死にかけの脳細胞が作り出した妄想だったのか。

それすらも考えることが出来ず、ブーンはただ落下していった。



11: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/11/05(佐賀県庁) 23:11:54.40 ID:9H/QehZy0
  
暗転。               そして再開。


どれくらいの時間が経っただろう。
それは短いようで長いような、宇宙が終わるまでの時間の様でいて、刹那の間であったような。
不思議な時間感覚の末に、ブーンは気づけば、暗い空間に居た。

そこには上下左右の概念もなく、常に急き立てられているような時間の流れも感じられない。
目を開けても何も見えず、何も聞こえず、何も触れない、ただ何もない空間。

( ´ω`)「ついに……死んでしまったかお……」

完璧な『無』の中に放り出されたブーンは、長くため込んでいた溜息をつく。
ここが『死後の世界』だとすれば、死は思ったよりも優しいものだったのだとブーンは思った。

何もない代わりに、何をする必要もない。
幸福も楽しみも無い代わりに、痛みも苦しみも存在しない。
現実世界のあらゆる事物から切り離されて、ブーンはただ『無』の中を、がらんどうの気持ちで漂っていた。
心はひどく冷静で、一種の悟りを開いたかのような感覚。
良くも悪くもない、一切の『無』。それがこの場所の全てだった。

きっと、自分の意識もまた、この『無』の中に溶け込んで、やがて消えるのだろう。
そうブーンは考えて、最早何の抵抗をする事もなく、静かに暗闇の中目を閉じようとした。
しかし、



13: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/11/05(佐賀県庁) 23:13:19.89 ID:9H/QehZy0
  
( ´ω`)「……お?」

その時、『無』の世界に、突如として何かが出現した。
それは、暗い光を身に纏って、暗い水底から浮かび上がるかのようにブーンの前にやってくる。
その存在は、ひどく曖昧な人の形をしており、背中には黒い翼を生やしていた。

(  ω )「……ブーン……」
( ´ω`)「……あんたは、誰だお」

目の前に立つ人影が、ブーンのよく知った声でブーンに語りかける。
相手が誰なのかすら深く考えずに、ブーンは反射的に問いかけた。
だが、闇色の人影はブーンの問いかけを無視して、一方的に口を開く。

(  ω )「もう、諦めてしまうのかお」
( ´ω`)「……諦めたくなくても、ボクにはもうどうしようも無いお」

再び溜息をつくブーン。

( ´ω`)「悪魔も『喰われ』て、下半身も無くなって。力も命も無くなったボクには、もう何もできることはないお」
(  ω )「……」
( ´ω`)「あんたが誰か知らないけれど、ボクはもう終わったんだお。
      だから、もう……そっとしておいて欲しいお」

そう言って、ブーンは縮こまるように膝を抱えて俯いた。
その姿は、何かから身を守るようにも、何かから逃げ出したようにも見える。



17: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/11/05(佐賀県庁) 23:17:04.72 ID:9H/QehZy0
  
(  ω )「……そうはいかないんだお」

そんなブーンを見ながら、人影は淡々と口を開いた。

(  ω )「お前がそれでいいと思っても、ボクはそうは思わない。そして、ボクはそうすることを許せないんだお」
( ´ω`)「……なんなんだお、偉そうに。あんたには、そんなこと言う権利なんか無いお」
(  ω )「……ボクも昔、お前と全く同じ目にあったんだお」
( ´ω`)「……?」
(  ω )「ボクは自らの過ちで、大切な人を殺してしまった。そして、ずっと後悔し続けていたお」
( ´ω`)「……」

ブーンから視線を離し、俯く人影。
その口調は後悔の色と、自責の念に彩られていた。
他人事とは思えないその感情のうねりに、しかしブーンはがらんとした気持ちで何も応えない。

(  ω )「長い長い間後悔して、眠りについて。その間、ボクはとても卑怯なことをずっと考えて……」
( ´ω`)「卑怯な……こと?」
(  ω )「ボクはずっと、自分では動かずに、自分の都合が良くなることばかり願って過ごしていたお。
      ずっとずっと、それこそ、自分の世界が終わるまで」

小さく溜息をつく人影。
その溜息はとても重く、長い長い年月を感じさせた。



18: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/11/05(佐賀県庁) 23:18:28.24 ID:9H/QehZy0
  
(  ω )「でも、世界は変わらなかったお。それどころか、より悪い方向に流れてしまったんだお」
( ´ω`)「……」
(  ω )「しかも、そうなってもボクは動こうとはしなかったお。
      なぜなら、その時にはすでにボクの出番は終わっていて、代わりにお前がいたんだお」
( ´ω`)「ボクが?」
(  ω )「そうだお。だからボクは、動かなかった。お前が何とかしてくれる、ツンを救ってくれると……」
( ´ω`)「ツンを……知っているのかお」
(  ω )「知っているお。ツンは、ボクの大切な人。何よりも大切な存在だお」
( ´ω`)「……」

人影とブーンの間に、沈黙が降りる。
人影は何かを迷っているように見え、ブーンは話を聞いてもがらんどうの気持ちのまま漂っていた。
そして再び、人影が口を開く。

(  ω )「今からボクは、お前をある場所のある時に連れて行くお」
( ´ω`)「……どこだお?」
(  ω )「それは、行けばわかることだお。お前はそこで大切なことを見て、聞いてこなければならないんだお。
      そして、お前はその後、一つの決断をしなければならないお」

人影の表情は、相変わらず曖昧な輪郭しかなく、相手がどのような顔をしているのかブーンには判らない。
しかしブーンは、人影が思い悩み、こうすることしか出来なかった事に対する悔恨の表情を浮かべていることが、
なぜだかはっきりと判ることが出来た。



20: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/11/05(佐賀県庁) 23:19:31.69 ID:9H/QehZy0
  
( ´ω`)「……一つだけ、聞きたいことがあるお」
(  ω )「……何だお」
( ´ω`)「そこに行けば……もしかしたらボクは、ツンを助けられるのかお?」

その質問を受けて、人影が一瞬黙り込む。
そして、少しの間逡巡する様子を見せた後、

(  ω )「助けられるお」

はっきりとした声音で言い切った。

( ´ω`)「……」
(  ω )「……」
( ´ω`)「わかったお。ボクはそこに行くお」
(  ω )「……ゴメンだお」
( ´ω`)「謝らないで欲しいお。ボクは謝られる覚えはないし、ボクはツンが助かれば、それで……」

そこで言葉を止めるブーン。
何故かは判らない。
でも、ブーンにはその先の言葉を言ってしまえば、何かを永遠に失ってしまうような恐怖があった。



22: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/11/05(佐賀県庁) 23:21:21.96 ID:9H/QehZy0
  
(  ω )「……じゃあ、そろそろ行くお」
( ´ω`)「わかったお」

短くブーンが答えると、人影はゆっくりとブーンに近づいて、ブーンを両手に抱き締めた。

(  ω )「もしかしたら……もしかしなくとも、これから先にお前が見るのは、考えられる限り最低の、
      出来れば絶対に見たくなかったと思うような光景かもしれないお」
( ´ω`)「……それでも、ボクにそれが必要なことなら……ボクはそれを許して受け入れるお」
(  ω )「そうかお……」

ブーンを抱いた人影が、小さく溜息をつく。

(  ω )「ボクにも……もっとその強さがあれば、あるいは……許せたのかもしれないお……」
( ´ω`)「……?」

何のことだ、とブーンが疑問を発するより早く、ブーンの意識は急速に闇に飲み込まれていった。
『無』の空間が遠ざかり、代わりに存在感あふれる明るい光が二人を包む。

(  ω )「決断は、辛く苦しいものだお。でも、絶対にしなければならないんだお。だから――」

――だからどうか、後悔のない選択をして欲しいお。

遠いような近いようなその声を最後に、人影の気配がブーンの中に染み込んでいく。
やがて気配が完全に同化すると、光は一層強くなり、ブーンの体をどこかに弾き飛ばした。

「幕間の3」終



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