('A`)は世界に魔法を見つけるようです
- 240: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/20(日) 02:03:22.20 ID:iherNopz0
- *
ドクオは森に到着すると先行したクーとブーンを探した。
ドラゴンの姿はまだ見えない。生い茂った葉や草が視界を遮っている。
音を立てないように歩いていると、不意に襟首を掴まれた。
声も出せずに草むらに引っ張り込まれ、そこでようやくクーだとわかった。
「……いるぞ。ドラゴンが」
「え……ほんと?見えなかったけど……」
「……20メートルほど先……今は寝ているようだ。
突然知らない場所に飛ばされてすぐ寝るとは大胆なものだな……」
「あいつの皮膚、めちゃめちゃ堅そうだお」
「……やっぱりヒャドで冷やして攻撃するのがいいかな……いまなら
動かないから当たると思うし……」
「いやそれよりも」とクーが言った。
「……直接『筒』を使えるのではないか?」
三人が顔を見合わせる。いまならドラゴンは眠っている。
もし『筒』に入らなくても、ドクオの作戦をあらためて実行するだけだ。
なんのリスクもない。議論するまでもなかった。
- 241: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/20(日) 02:04:28.16 ID:iherNopz0
- クーは腰のカバンから『筒』を出してドラゴンに向けた。
そしてよく狙いを定めて言った。
「……イルイル」
グン、と空間が歪む。空気が動いている様子はないのに、ドラゴンの体は
『筒』に吸い寄せられるように揺れた。まるで『筒』の口に重力の中心が
あるかのようだ。体を妙な力に引っ張られたドラゴンはそれでも
目を覚まさなかったが、『筒』は確かにドラゴンをとらえている。
「……遠いか……?」
「……大きいね……」
「……でも、いけそうだお」
油断禁物と知っていても、つい言葉が出た。
これで戦闘を避けることが出来ると確信していた。
8メートルはあろうかというドラゴンの体が地面からもう持ち上がりそうだ。
成功は時間の問題だ。
しかし、持ち上がらんとしたその時、ドラゴンの目が開いた。
静かに開いた目は自らの置かれた状況を把握も出来ず、ただ
なにかに吸い込まれる恐怖を感じ、それに反応した。
その間も『筒』は力を振り絞るようにドラゴンを引っ張り、ついに巨体が
地面から離れた。
- 243: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/20(日) 02:05:29.77 ID:iherNopz0
- 「ブルァァァアアア!!!」
頭から一直線に飛んできた巨体が、啼きながら身をよじる。
クーは生物として、その光景に戦慄した。
そして『筒』まであと数メートルというところで大きく尻尾を振った。
その勢いでドラゴンの体は横向きになり、クーはドラゴンが頭から
突っ込んでくる恐怖からは解放された。しかし事態の変化に絶望した。
腕ほどもある枝を折り、緑の葉を散らしながら飛んできたドラゴンは、
『筒』には入らず、その勢いのまま『筒』にぶつかった。
ぶつかられたクーは必死に身を翻してドラゴンの直撃は辛うじて避けた。
逃げる中、クーの目はひしゃげて壊れる『筒』を見た。
ドラゴンは慣性でさらに数メートル飛んだあと地面を擦るように落ちた。
土煙がわずかしか上がらないのは、大気中の湿度が上がってきたからだろうか。
すぐに体勢を整えると、周囲をぐるりと見渡しもう一度啼いた。
「ドラゴブルァァァアアア!!!」
- 247: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/20(日) 02:06:33.84 ID:iherNopz0
- 肌が啼き声に震える中、ドクオは声を出した。
「……いけない!最初の作戦に変更しよう!クーは撹乱、僕がヒャドで
凍らせたら、ブーンがとどめを……」
喋り終わるより前に、ドラゴンは標的を見つけて突進した。
巨体に似合わぬ速さに恐怖を反応する間もなく、ドクオの眼前にせまった。
「……攻撃して……攻撃……」
絶望して言葉を繰り返すドクオをドラゴンの爪が薙いだ。
- 249: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/20(日) 02:07:16.38 ID:iherNopz0
- *
必死でマホカンタを唱えた。魔法力が四角く展開し、固体化すれば
いかなる魔法も跳ね返す鏡となる。
飛竜の口から放たれた光はポップに襲い掛かるも、鏡に反射して
来た道を戻り、飛竜の頭を消し飛ばした。
しかしポップは油断しない。禁呪生命体は核を攻撃しない限り
肉体を再生し続ける。しかもこの飛竜には複数の核を感じる。
頭を失った飛竜は、やはり墜落することもなく滞空している。
すると全身の三箇所から強い波動を発し、頭部を再生した。
「……三つ……いや!?頭部にももう一つ……他の三つの核が
失った核すら再生してる、ホ……てことは……
一つ一つ潰すのは効かねえってことか!?ホハ!」
あらためて化物だと確認した。
全身が薄紫色の毛に覆われているように見えるが、
これは高熱と冷気のエネルギーが毛のように噴出しているのが
なびいているだけだ。
- 252: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/20(日) 02:08:25.04 ID:iherNopz0
- 手足のようなものが数本生えたり縮んだりしている。
顔は全てツノで出来ているかのように鋭角で、触れれば重傷を負うだろう。
「ハ、もっとも触れる距離まで近づけさせてはくれないだろうけどな、ホ」
一つ呼吸をしてポップは作戦を練った。
全ての核を一度に消すには、飛竜が直進してきたときに、串刺しにするように
メドローアを打つしかない。しかし……
「……試してみるしかねえか、ホ」
ヒャドとメラを両手に発生させる。両方の魔法力を感じて、混ざる
イメージをしながら弓を射るように構える。そのままポップは
空中を後へと移動した。
「……ついてこい!」
飛竜はよく知った魔法力の波動を感じた。それは仲間かもしれないと
思ったとき、ふらふらとついて行ってしまった。
ゆっくりと、一直線に。
ポップはにやりと笑った。
- 254: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/20(日) 02:09:07.20 ID:iherNopz0
- 「……おめえも迷い込んだ先で不幸だったな……ハ
メドローア!」
空間を切り裂く死の光の矢。狙いはあやまたず、飛竜を串刺しにした。
ポップは核の消滅を感じていた。一つ、二つ、三つ。そして四つ目が
消えようとした時、魔法力の波動を感じた。
その波動が空中に四角く凝固したのを感じると、ポップはすばやく
両手にメラとヒャドを作った。そして両手を前に突き出し、覚悟した。
今まさに消えんとした四つ目の核から、空気をはじきながらメドローアが
跳ね返ってきた。飛竜はマホカンタをつかった。
「相殺!」
ポップの眼前で二つのメドローアがはじけて、大気と混ざって消えた。
ゆったりとしたローブが風にはためく。
恐れていたとおりの事態に対応できたが、嬉しさは感じなかった。
「……ありやがったねえ、マホカンタ、ホ」
- 257: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/20(日) 02:10:02.88 ID:iherNopz0
- *
金属音が鳴り響く。
ドクオが薙ぎ切られる直前に、ブーンが割って入った。斧を盾にして
体ごとぶつかった。斧に衝撃を感じると同時にドクオを蹴り飛ばし、
自分も地面を蹴った。
「ぶはあっ!だ、大丈夫かお!ドクオ!」
「……だ、大丈夫……」
蹴られた肩をさすりながら、ドクオはやるべきことを探す。
「ヒャド!」
パーティーを立て直す暇はない。ドラゴンの脚は想像以上に速い。
ならば、渾身の一撃を振るった直後の今こそがチャンスだとわかった。
作戦続行を決意すれば、ドクオは狙うべき場所もわかった。
「作戦……変更だ!おとりは僕!ブーンがトドメをさしてくれ!ヒャド!」
まず狙いを定めたのは口だった。呼吸を止める。白い吐息が漏れるのも
かまわず、ドクオはヒャドを唱え続けた。
次に前脚。キバとツメを封じて攻撃手段を奪う。足先だけでなく
付け根の筋肉を凍らせることも忘れなかった。
そしてその隙にブーンが後頭部を攻撃すれば、いずれ倒せるはずだった。
- 260: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/20(日) 02:11:04.17 ID:iherNopz0
- 「よし……!ブーン!攻撃を!後頭部を狙って……」
ドクオはブーンに向けて叫んだ。しかしそこにいたのは、ボロボロに
壊れた斧を持って困ったようにたたずむブーンだった。
柄を何度もさすり、柄に致命的なヒビが入ってることが自分の見間違い
ではないことを確かめている。泣きそうな目で斧とドクオを
交互に見ていた。
とどめをさす手段を失った。
しかしその絶望をドクオが理解するより早く、クーが駆けた。
ドラゴンの背に片足をかけたかと思うと、身軽に首の後にまたがり、
ドラコンの頭に左手を置くと静かに剣を横から突いた。
剣はドラゴンの右目から入り、左目から出ていた。
「……すまなかった。私の作戦が甘かった」
大勝利の実感が沸くより早く反省の言葉を言った女性は、
ドクオに襲い掛からんとするドラゴンの頭の上で、逆光に
かき消されそうな小さな引きつった笑みを見せた。
ドクオは美しいと思った。
しかし弱い雨は、抜いた剣の血を洗い流してはくれなかった。
- 262: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/20(日) 02:11:50.05 ID:iherNopz0
- *
二つの呪文を同時に使うのは知性のなせるわざである。
ポップは幾つかの実験的攻撃を通して、この飛龍に知性は
乏しいと見極めた。
「……となると、ホ。こいつはメドローアを撃ちながらマホカンタを
使うことはできねえってこったな、ハ」
朗報だ。ならば倒すことは不可能ではない。
むしろ簡単なことなのだ。魔法力はこの辺一帯に売るほどある。
技術も幸い、過去の戦いで習得済みだ。
飛竜は乏しい知性で、ポップに頭から突っ込むのは危険だとだけ
理解したようだ。それも好都合だった。核は縦より横に並んでいてくれた
ほうが都合がよい。
あとは実行するだけだ。命を賭けて。
- 263: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/20(日) 02:12:31.84 ID:iherNopz0
- *
あらためてドラゴンの死体をみる。ドクオは自分が生きていることに
確信が持てなかった。実は自分だけ死んでいるのではないか、とすら思った。
しかしブーンが突進するように抱きついてきたので
自分の体の存在を思い出した。
「……はは……。倒しちゃった……。ドラゴンを……」
「うむ。倒せたな。……ところでドクオ、ヒャドは合計何発打った?」
「え……?えーと……8発くらい……かな」
「ふむ……やはりまだ鍛えてもらう必要があるようだな……」
大勝利のすぐあとに説教だ。ドクオは心の中で「きみがクーなんだね」と言った。
「……おっ!そういえばししょうはどうなったんだお!?」
ドクオとクーは顔を見合わせて、すぐに駆け出した。
偉大なる老人の戦いを見たかった。
伝説の魔法使いポップの戦いを。
- 265: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/20(日) 02:13:15.54 ID:iherNopz0
- *
尻尾と、ときどき飛来するメドローアを避けながら、ポップは
被害の大きさを測り「島の形が変わっちまうな」とつぶやいた。
「お前はつよいな……、ハ。でも俺は……ダイを助けに行くんだ、ハ!」
ポップの左拳が光る。薄い灰色に絶望を混ぜたような光が左手に宿る。
そして拳をひらき、甲を上にして五本の指を飛龍に向けた。
飛龍の尻尾がうむ強風を紙一重でかわせば、マントがバサバサと翻った。
甲の上に右拳を重ね、飛龍の動きを見極めると、右手をつよく引いた。
大気に混じった魔法力が、ポップを中心に肉眼で見えるほど色濃く気流をつくる。
気流の中心では絶望の灰色が力を増してゆく。
左手にはじけそうなほど膨らんだ灰色を確認して、飛龍の動きを探る。
次に飛龍がメドローアを撃ってきたときがタイミングだ。
飛龍が尻尾をふるい、それをポップは避け、距離をとれば
飛竜は遠距離攻撃としてメドローアを……撃った。
- 268: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/20(日) 02:14:07.33 ID:iherNopz0
- 飛来する死の光線をひきつけるように待って、ポップは呪文を唱えた。
「名づけるなら……フィンガー・メド・アローズ、ハ!」
五本の絶望が、空間を意味ごと飲み込んで飛龍を襲う。
一本は飛龍の撃ったメドローアと相殺した。
残る四本は、四つの核を同時に貫いた。
メドローアの軌跡が大気を求めて大いに呼吸して巻き上がる砂塵に
数本の大木も混じっていた。
その向こうに、核を失った肉体の爆発が見えた。マホカンタの波動、
肉体再生の波動は感じさせず、時代によっては神か悪魔と称された
であろう飛龍は、この世から消え去った。
そしてドクオたちは、遠い空中に神のごとき戦いを見て、言葉がなかった。
- 271: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/20(日) 02:15:15.28 ID:iherNopz0
- *
「ま、貯めてた魔法力をちょいとつかったけどな、ハ。たいして予定は
かわらねえよ、ホ」
ポップはマパ茶をすすりながら、軽く放り投げるように言った。
心底マパ茶を堪能しているように見える。
ドクオはまだ自分の神経が落ち着いていないことと比較して、
ポップの戦歴に思いをはせた。
ドクオはあの恐ろしい光も呪文によるものだと気づいて、自分が
唱えるギラすら少し恐ろしかった。
そして、その恐ろしさを抱えながら唱えるのが呪文戦闘なのだと
理解できた。
今日見たポップの覚悟が、決して達人ゆえの余裕ではないことはわかった。
ならば、とドクオはおびえる自分を奮い立たせる男ではあった。
考え込んでいるドクオを見てポップは孫を見る目で言った。
「人間が……最初に持った道具はきっと武器だろうな、ハ。
で、人間が一番最後に持った道具が魔法さ、ハ。
道を踏み外さなきゃ、使い道を誤ることもねえ、ヘ。
だからドクオ、安心しな。お前には仲間がいるさ、ヘハ」
- 273: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/20(日) 02:16:30.76 ID:iherNopz0
- 「なぜ考えていることがわかったのだろう」とも思わなかった。
目の前の老人の人生経験は、自分の想像を超えている。
老人の過去が、どのような精神を老人にもたらしたとしても、
それはありうる事だと思った。
「道具って言やあ、ブーンの斧が壊れちまったみたいだな、ハ。
ドラゴンのツメは堅かっただろう?ホハ」
「そ、そうなんだおししょう……。斧が……壊れちゃったんだお……」
「ん、まあ俺が預かってる斧をやるよ、ホ。おめぇさんなら持ち主も
喜ぶと思うぜ……」
パァっとブーンの顔が花開く。
その斧を早く見せろとブーンがポップを引っ張ってゆこうとするが、
ポップはニコニコとそれを押しとどめて、やわらかい笑顔のままクーに言った。
「殺しは」
クーの肩がわずかに震えた。
「……はじめてだったんだな、ホ。でもそれが戦闘……」
- 276: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/20(日) 02:17:13.59 ID:iherNopz0
- さえぎって、クーは「慣れてみせる」ときっぱり言った。
ドラゴンの死の現実感に気づくにつれて震えがきた。
自分が死んでいたかもしれないと思った。
自分が宣言した「死地を蹂躙する」ということばは、この震えの
先にある境地であろうとは予感できた。
それでも今は、怖かった。
料理長はフルーツを丁寧に木の皿に盛り、クーの目の前にゆっくり置いた。
そして「ありがとうな、騎士さまよ」と言い、クーの頭を引き寄せ抱いた。
クーは「もう二度と国民を涙で濡らしたりしません」と呪文のように
繰り返しながら、泣いた。
ブーンは「ねえちゃん心配すんなお!新しい斧でブーンが
たくさんやっつけるお!」とポップを引っ張って行った。
いつの間にか、空は晴れていた。
- 278: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/20(日) 02:17:56.79 ID:iherNopz0
- *
ある夜のことだった。
ドクオはポップにトベルーラを教えてくれとねだった。
上から見たほうが状況を把握しやすいから、と理由付けたが、
もう一度、あの空を体験したかった。
ただそれだけのために魔法をねだったとき、素直に
魔法は道具だと思えた。
*
メルルーラという呪文がある。ポップのオリジナルだ。
効果は、仲間に手紙を届ける、ただそれだけだが、
リリルーラより遠くまで届けることができるため、
居場所がわからない仲間への連絡に使うことができる。
ポップはある夜、メルルーラで三通の手紙を飛ばした。
その直後、パプニカの宝物庫から、ボロボロの槍状の神具が忽然と消えた。
- 280: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/20(日) 02:18:44.06 ID:iherNopz0
- *
晴天。風はあるものの、これもポップの計画が終了すれば
止むものだとわかっている。少し名残惜しくもあった。
地上保管で歪んだ小船も、水に浮かべれば数日で元に戻った。
岸には五人が別れを惜しんでいた。
「……どうしても、見届けてはいけませんか?」
ドクオの問いに、ポップは何度も繰り返した返答をする。
「ダメだって、ハ。俺以外はみんな危険なんだ。悪魔の目玉たちも
一旦海中に逃げてもらうくらいなんだぜ、ヘ。
気持ちは嬉しいけどよぉ、ホ、まあ聞き分けてくれや、ハ」
何度も聞いた答えだ。ドクオは反論できないことを知っていた。
クーもブーンも、偉大な先達の一世一代の旅立ちを見送りたい気持ちだったが、
もうわがままは言わなかった。
- 282: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/20(日) 02:19:31.89 ID:iherNopz0
- 料理長は、港町ではすでに廃れた古いハーブの苗をいくつか見つけ、
丁寧に土ごと袋に入れて船に積み込んでいた。
強い有機塩を含む、漁師向けのハーブだという。
ブーンは既に巨大な斧に背負われてはいなかった。背負えば背丈より高い
斧だったが、重心を惑わされることもなく、船上でしっかり立っていた。
クーは全身を包むマントをはためかせながら、尊敬できる大人に向ける目が
涙で潤まないようにこらえていた。
悲願をかなえようという師を、さわやかに見送りたかった。
ドクオは……困っていた。
どうしようもないとわかっていても、ポップについて行きたい気持ちが
消せなかった。
ポップが言うには、魔界の大気は人間には刺激が強いおそれがあるらしい。
だから魔法力で濾過して、自分は呼吸をする。それができないドクオは
魔界に行ったところで文字通り自殺行為だという。
それはウソの臭いがしたが、足手まといになるだろうことは
自分でもわかっていた。
それに自分は役人であり、これまでの訓練は国民を守るためのものだと
いうこともわかっていた。
だから結論は決まっていたが、それでも、という思いがぬぐえなかった。
後ろ髪を引かれる思いで、四人は岸を離れた。
- 284: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/20(日) 02:20:29.65 ID:iherNopz0
- ポップは岸で、悪魔の目玉といっしょに手を振っている。
クーは、そろそろ目が潤んでもバレないだろうと気を抜いた。
途端に涙があふれてきて、ついにうつむかざるを得なかった。
傍らでブーンが手の代わりに斧を振る。かつて獣王が持った
グレイトアックスを、獣王の半分程度の身長の彼が振る。
明るいグリーンの法服を着たドクオは、声をからして感謝の言葉を叫んだが、
船は岸から遠くポップにはきっと届かなかった。
ましてや、そのあとに叫んだ「魔法使いじゃなければなんなんですか」という
問いなど、少しも聞こえてはいなかった。
太陽が、ただただ海を照らしていた。
- 288: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/20(日) 02:21:34.02 ID:iherNopz0
- *
旧港に接岸すると、四人は荷物を降ろした。
久しぶりの平らな地面に懐かしさがかおる。
荷物を降ろしきると、ポップに言われていたとおりロープで固定し、
目印の布を結わえ付けた。
食堂へつくと、いつかより痩せたおばちゃんはいろんな顔を見せてくれた。
驚いて、怒って泣いて笑って悪態をついて、その間中「信じてた、信じてた」と
繰り返した。
その日は豪勢な料理を楽しみ、ドクオたち翌日料理長に町長を紹介してもらい、
いずれ旧港を王軍が使いに来ると伝えた。
そして王都への道を歩き出した。
- 290: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/20(日) 02:22:23.45 ID:iherNopz0
- *
「どうだ?島を離れても呪文は使えそうか?」
歩きながらのクーの質問に、小さな炎を指先にともしてドクオは返答に代えた。
すれ違う旅人が、一瞬その指を見た。驚くでもなく「へえ」と言った
その旅人二人は、フードを深くかぶり、完全に素肌を隠していた。
それでいて歩き方は堂々と、迷いなくシーベイを目指していた。
ドクオは「きっとそうだ」と思った。だから立ち止まり、旅人に
駆け寄った。
「……すみません、おそらく……魔界の方々とお見受けします」
旅人の足取りが浮く。立ち止まったものかどうか判断に迷った末、
諦めたように立ち止まった。
「……言ってみなよ」
一人が言った。
- 291: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/20(日) 02:23:13.26 ID:iherNopz0
- 「はい……きっとポップさんと一緒に行く方々ですよね。あの……
ポップさんを……よろしくお願いします……まだまだ、教えてほしいことが
あるんです……」
ドクオは言うだけ言うと、すぐ振り返り、クーとブーンを追った。
残された二人はしばらくそれを見送った。
「へえ、あれが手紙にあった弟子たちかねえ。ずいぶん人望があるもんだ。
それに……なかなか強そうだ」
「ダイ様のために一生を生きた男だ。それくらいの人望は、フッ……
当然だろう」
旅人は驚いたような目で相方を見て、静かに歩き出した。
ウサギが野を駆けていた。
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