川 ゚ -゚)クーたちは想像上の生物のようです

6: ◆xh7i0CWaMo :2008/10/06(月) 23:08:40.47 ID:Hry+4DKa0
第三話『拒に棲むひとびと』

川 ゚ -゚)「この女が、何故こんな風になってしまったかを、説明してやろうか」

出刃包丁を持ったパラノイド女しぃと、自称魔法少女、自称ブーンの想像物クー。
存在しないはずの存在二人が数メートルの距離を置いて対峙している。
ブーンとドクオは何も出来ずにただただ立ち竦み経緯を眺めるばかりだ。

川 ゚ -゚)「この女、確かに実在の人物を愛していたんだよ。
     ただ、それはブーンじゃない」

(;^ω^)「どういう、ことだお?」

川 ゚ -゚)「奴が愛していた男は違う人間だ。
     ただ、彼女の意識の中でその男のいるべき居場所に、貴様が居座った。
     だから、奴はその男ではなく、ブーンを自分の思い人であるかのように、錯覚した」

(* ー )「……」

しぃは何も言わない。顔全体を歪め、笑っている。おそらくはクーの台詞など耳に入っていないのだ。
彼女が渇望するのはただブーンの声。ただ、それすらクーによれば、真の望みでは無いという。
そんな馬鹿な、と一蹴出来ればどれほど楽だろう。

(;^ω^)「そんな……ば……か、」

川 ゚ -゚)「馬鹿馬鹿しい存在じゃないか、この女は。お前にとって」

実際しぃはブーンを自分の想い人だと信じ込んでいる。
そして実際、しぃはそのために今、出刃包丁片手に渡り廊下に屹立しているのだ。



8: ◆xh7i0CWaMo :2008/10/06(月) 23:10:55.46 ID:Hry+4DKa0
川 ゚ -゚)「ある意味、こいつは憐れな被害者だ。もっとも、頭の方も憐れだが」

(;^ω^)「で、でも、僕はしぃさんのことなんてちっとも知らなかったし……それに、
      しぃさんだって僕のことを……」

川 ゚ -゚)「記憶していない、そう言いたいのだろうが、貴様の言葉には何の確証も無い。
     人間が、貴様の思っている以上に記憶作業を行っていることを知っているか」

(;^ω^)「え?」

うわぁ、この状況でもご高説かよ、と頭の隅で思う。

川 ゚ -゚)「五感から得られるあらゆる経験が、貴様の頭には格納されている。
     どんなに僅かな情報でさえも、だ。そして、不必要な情報は無意識に追いやられる。
     この女の情報が、お前にとってはそうだったんだろう」

(;^ω^)「……」

川 ゚ -゚)「例えば駅を歩くとき、お前は数多の人とすれ違う。
     その人物一人一人の姿形横顔歩き姿声頭髪等々の情報が、
     貴様の脳には保管されている。それは永遠に引き出されないだけで、な。
     おそらく、貴様はこの女とどこかですれ違いでもしたのだろうさ」

(;^ω^)「たった……それだけ、で?」

川 ゚ -゚)「十分過ぎる」

クーがそう断じた時、不意にしぃが吠えた。



9: ◆xh7i0CWaMo :2008/10/06(月) 23:13:46.71 ID:Hry+4DKa0
吐血するかの如き咆吼。とても人間のものとは思えない獣じみた雄叫び。
それが今しぃの口から断続的に発せられている。ドクオが怯えて後ずさった。

次いで、彼女は倒れ込むように身体の重心をぐらりと前へ預けた。
そしてそのまま、両手で出刃包丁を腰のところで握りしめて駆けだした。
クーは彼女を無表情に見下している。動こうとはしない。避けようともしない。

鈍重な音が鼓膜を撫でた。それほど心地いい音では無かった。
熟れきって腐敗しかけた果実を握りつぶすような、不気味な音だった。
しぃの刃が、クーの腹あたりを刺し貫いた。

(* ー )「……くひ」

得られた確かな感触にしぃは笑う。今時の猟奇ゲームにありがちな表情。

(*゚ー゚)「殺せた、やった、殺せた殺せた万歳万歳万歳万歳万歳わーいわーいわーいわーいわー」

ブーンとドクオがせえので悲鳴を上げそうになったとき、
歓喜に震えるしぃの腕をクーがしっかりを掴んだ。

(* − )「!?」

川 ゚ -゚)「生憎だが、私は本来この世界に住むべきものではない。
     何しろ、ブーンの想像によって出来た生物だからな」

しぃの瞳に恐怖が入り交じり始める。歯がしきりに擦れる。
咆吼が止んで、代わりにか細い声が喉の奥の方から漏れ出した。

川 ゚ -゚)「私はブーンが存在する限り、死ぬことは無いんだよ」



10: ◆xh7i0CWaMo :2008/10/06(月) 23:16:27.05 ID:Hry+4DKa0
その場にへたり込んだしぃを見遣りつつ、クーは腹の包丁を引き抜いた。
見てみればその刃には一滴の血液も付着していない。
貫かれたはずの制服にも、穴一つ開いてはいなかった。

彼女の腹部は瞬時の内に再生を果たしていたのだ。
まるで、元々刺されたという事実すら無かったとでも主張するかのように。

ブーンは眼前の出来事が今まで以上に理解できない。
何があればこれほどに奇怪極まりないことが起こりえるのか。起こりえることが許されるのか。

川 ゚ -゚)「さて、どうするブーン」

( ゜ω゜)「え……」

川 ゚ -゚)「この女の意識を改変しようと思うが、構わないか」

( ゜ω゜)「そんなこと、出来るのかお?」

川 ゚ -゚)「造作ない。こいつの記憶、意識に私の存在はしっかりと刻み込まれたはずだからな。
     こいつの心の中の私という対象物に潜入し、意識内無意識内を組み替えればいい」

言っている内容はさっぱりわからないがともかく、
相当危険なことをやらかそうとしていることはわかる。

足下のしぃは何やらぶつぶつと呟きながら地に付けた腕をしきりに震わせながら、
顔を面妖に歪ませながらなんとかして立ち上がろうとしている。
クーはそんな彼女の頭頂部を靴底で踏みつけ、彼女が小さな呻きをあげるのも気にせず、
そのままコンクリート床に顎から叩きつけた。鈍く嫌な響きが流れる。

川 ゚ -゚)「殺すぐらいが、丁度いいな」



11: ◆xh7i0CWaMo :2008/10/06(月) 23:19:46.76 ID:Hry+4DKa0
( ゜ω゜)「殺す……のかお?」

川 ゚ -゚)「貴様や私を殺すばかりか、こいつは自分も死にたがっているようだ。
     ならばその願いを寸分たりとも叶えてやるのが適当だろう」

( ゜ω゜)「いやいやいや、でも、そんなの……」

川 ゚ -゚)「不満か」

振り返ったクーの鋭い眼光にブーンはたじろぐ。
しかしブーンとて現代社会的常識を持った常識人なのだ。
たとえ自分が襲われたからといって、この少女を殺すのは正しいとは思えない。
それが彼女の本望だったとしてもだ。いけません。人殺しは。いくないいくない。

助けを求めるかのように肩越しにドクオを見るが、彼はいつもどおり、
不安げに視線を中に彷徨わせているばかりだ。
許されることならば、今すぐにでもここから逃走したいに違いない。

川 ゚ -゚)「……まあ、お前には分からないだろうが」

相変わらずしぃの頭部を踏み躙ったまま、クーは汚物を吐き出すように言った。

川 ゚ -゚)「この女にとっての最上の望みが、死なんだ」

そしてブーンが台詞を吐くまでもなく、彼女の体は足の先からしぃの体内へと吸い込まれていった。
彼女が完全にしぃの中へ消えたと同時に、そのしぃの体そのものもブーンたちの前から消失した。
後にはブーンとドクオだけが残り、後ろから誰とも知れぬ生徒が現れた。

そういえば、なぜ今まで人通りが皆無だったのだろうかなどと考えるほどの、
精神的余裕はブーンには存在しなかった。



13: ◆xh7i0CWaMo :2008/10/06(月) 23:23:43.11 ID:Hry+4DKa0
(*゚ー゚)「……よし、こんなものかな」

深夜、静まった部屋の中でしぃはキーボードのエンターキーを軽く叩き、大きく伸びをした。
彼女の目の前にあるディスプレイには、今し方出来上がったばかりの創作小説の字面が映されている。
内容はごく普通の青春小説だ。顔文字や大量の改行などはなく、いたって常識的な文面である。
彼女の書く小説は、彼女を取り巻く知人友人などには人気があった。

シャワーを浴びるため、しぃは階下へ向かう。家人はもう眠っており、家の中は静寂に包まれている。
彼女が小説を書くことに熱中するあまり、夜更かしすることはたびたびあった。
それが彼女にとって第一の趣味であり、将来は作家になりたいと本気で考えていたりもしたからだ。

大体の家と同様に、彼女の家の浴室も洗面所に隣接している。
そして大体の家と同様に、彼女の家の洗面所には大きな鏡があった。
電気のつけると当然のように彼女のほぼ全身がその鏡に映し出される。

しぃはその鏡を出来るだけ見ないようにと努める。
しかし服を脱いでいたりなどすれば、どうしても見てしまうものだ。
彼女は映った自分の顔面を見て愕然とする。斯様に不完全な醜形が存在してよかろうかと。

そろそろ地の文に飽きてきたころだろうが、まだまだ続く。
彼女は、所謂身体醜形障害を患っていた。
これは一種の精神病であり、簡単に言えば自身の体の一部あるいは全体に対して、
「私のこの部分は欠陥ではないか」不可解なコンプレックスを持ってしまう病気である。
顔の美醜に限らず、陰茎の大小や身長の高低、髪の量などもこの障害を引き起こす一因である。

こう言えば、まあ世の人間の半分くらいはこの病の患者とも言えるが、
症状が進行すると鏡を極端に嫌ったり、逆に極端に欠陥と思い込む部分を見ようとしたり、
引きこもりになったり、「ワタシキレイ?」などと口裂け女ばりに家族に幾度も問うてみたり、
挙句の果てには自殺してしまうことすらあるという。詳しくはウィキペディアなどを参考にするとよい。
ともかくしぃはこの病を患っていて、彼女が気にしているのは彼女の顔面に他ならなかった。



15: ◆xh7i0CWaMo :2008/10/06(月) 23:26:56.17 ID:Hry+4DKa0
そもそも彼女の容姿が人より醜いということはない。むしろ人並み以上の可愛さを持っている。
周囲の人も「かわいいかわいい」というのだが、自分の中のコンプレックスが強すぎるので、
それらの言葉が全くもって信用ならなかった。

(* − )(なんでこんな顔なんだろう、どうすれば治るんだろう)

四六時中こんなことを考えているから当然勉強その他に身が入らない。
しかも彼女の場合、実際すごく可愛らしいので、家族などに自分の顔の醜さ如何を訊いても、
「まあこの子は自慢したいがためにこんなことを言ってるんだわ、いやらしい子」
と、少なからず思われてしまうのである。
その意味で、しぃは酷く孤独だった。彼女自身、上記の理由で自らの強迫観念を抑えようとしており、
誰もしぃを理解してはくれなかった。

そんな彼女の憂さ晴らしが創作作業だったのである。
みんなが褒めてくれる。自分でも面白いと確信できている。
自分の小説への評価は確かなものだと信じ込んでいるのだ。

などと、無駄な地の文を書き連ねているうちにシャワーを浴び終えたしぃは、
寝巻に着かえて私室に戻っていた。
弱々しいイルミネーションでメール受信を知らせている携帯を手に取る。

(*゚ー゚)「……ギコくんだ」

彼女は高校二年生ですでに彼女がいる。可愛いから当たり前である。処女か否かは定かでない。
ツーといえばカーという風に、しぃといえばギコである。だからしぃの彼氏はギコだ。
当然ギコはしぃの創作趣味を知っており、それどころか彼は読者の一人であった。

メールには労いの文面が書かれている。しぃが今、新作に精を出していることを知っているのだ。
ありがたいなあ、と思わずにいられない。
自分の趣味を理解してくれ、なおかつ恋い慕ってくれる。こんな私なのに。こんな顔の、私なのに。



17: ◆xh7i0CWaMo :2008/10/06(月) 23:30:56.82 ID:Hry+4DKa0
翌日、しぃは印刷し終えた作品を鞄に入れてウキウキ気分で登校した。

教室に入ると彼女は、早速めぼしい友人数人を見つけて作品完成を報告する。
待ってましたとばかりに聞こえてくる「見せて見せて」「すごおい」などの声。声。声。
その瞬間、彼女は自らの顔面について忘れることができた。

とはいえ、読者数はよくても両手で数えられる程度の人数だ。
大体、今時の高校生が同級生の書いた小説に興味を示すことなどほとんどない。
それでもしぃは満足だった。今目の前にいるこの人たちは確実に、
自分の小説を面白いと思ってくれているのだから。

印刷した原稿を一人に渡し、放課後には大体自分の手元に戻ってくる。
そしてそれと同時にみんなが口々に感想を言い合うのだ。
「このキャラが好き」「感動した」「面白かったよ」「次の作品が楽しみ」「私も書いてみようかな」
この時こそしぃが最上の喜びに出会える瞬間だった。だが、この日は少しばかり具合が違っていた。

( ^Д^)「ちょっといいかな」

そういってしぃの背後から声をかけたのは同じクラスの男子生徒、プギャーである。
どうやら彼もしぃの小説を今回初めて読んだらしいのだ。
しぃはにこやかに彼を受け入れた。感想があったら、どんどん言ってね、と。
すると彼は「じゃあ、遠慮なく……」という台詞と咳払いを前置きに、怒涛の勢いで語り始めた。
かいつまんで言えば以下のようになる。

( ^Д^)「まずさあ、君の小説、ちょっとキャラが立ってないんじゃないかな。
     それと、文章の雰囲気もあまりよくないね。これじゃあ、魅力的とは到底言えないな。
     あと、前半の盛り上がりが欠けているよ。小説は基本的に竜頭蛇尾。
     これ常識だと思うんだけど。誤字も一つあったねえ。推敲がちゃんと出来てないんじゃない?
     それからこの展開、ありがちすぎるよね。こんなので今更感動もできないよ。
     まあ、要するにこの小説のどこが面白いのか、僕にはさっぱりわからないんだよね」



18: ◆xh7i0CWaMo :2008/10/06(月) 23:33:42.47 ID:Hry+4DKa0
惚れぼれするほどに空気の読めない発言を連発し、プギャーはその場を後にした。
彼自身も小説を書き、先日ネットで発表して袋叩きにされた事実をしぃが知る由もない。
いわば彼の言動はただのやつあたりだったが、それでもしぃにダメージを負わせるには十分だった。

しぃのような素人創作者が多いのと同じように、素人批評家の数も多い。
ただ、この後者というものはどうにもタチが悪いものである。
特に、プギャーのような頼まれてもないのに勝手に批評しだすような奴の批評は酷くロクでもない。

聞きかじった知識をそのまま使うから自分でも何を言ってるのか分からなくなる。
抽象的なことばかりを口にし、参考にできるのは些細な誤字脱字程度。
自分の中にある極端な価値基準に依存して肝心の批評対象を表面的にしか見ることができない。
時に私怨や嫉妬などを交え、腹いせとしか思えない罵詈雑言を並べ立てる。
挙句、「この作品のどこが面白いのか分からない」などと平気で言い放つ。

これらような理由から素人批評家の意見は三流ゴシップ誌並に信用ならないのだが、
この手の意見に慣れていない人種にとっては、時に大きなダメージとなりえる。
今のしぃがまさにそうで、彼女はいつになく落胆していた。

彼女自身に非が無いといえばウソになる。
彼女はこれまで、自分の作品が面白くないと断じられる可能性を微塵も考えていなかった。
書き始めた当初から知り合いには褒められていたため、有頂天になっている部分もあったのだ。

本屋に並ぶベストセラーの恋愛小説などを手にとってパラパラをめくり、
「この程度なら私でも書ける」「これなら、私の書いた小説のほうがおもしろい」
と、過剰な自尊心を抱いていたこともあった。

ゆえに、通りすがりの悪意に満ちたコメントにさえ、彼女の肥大化した自信は呆気なく瓦解したのだ。



19: ◆xh7i0CWaMo :2008/10/06(月) 23:36:16.59 ID:Hry+4DKa0
その日の帰り道、しぃの隣にはギコがいた。

(,,゚Д゚)「……たく、ロクでもねえ奴だな、あいつは。ごめんな、しぃ。あいつが見せろっていうからつい」

(* − )「ギコくんは悪くないよ」

(,,゚Д゚)「……ほら、あいつも素人だし、あいつの言ってることが絶対ってわけでもないから」

(* − )「……」

(,,゚Д゚)「それに、俺は面白かったと思うぜ……うん」

(* − )「……」

(,,゚Д゚)「他のみんなも、面白かったって、言ってたし」

(* − )「……ありがと」

(,,゚Д゚)「いや……」

(* − )「……」

(,,゚Д゚)「……と、とりあえず、次の作品、期待してるからさ」

(* − )「……」

(,,゚Д゚)「また……書いてくれるよな?」

(*゚ー゚)「……うん、私、頑張るよ」



20: ◆xh7i0CWaMo :2008/10/06(月) 23:41:27.96 ID:Hry+4DKa0
そもそもしぃの自尊心は、小説に関すること以外では非常に脆弱なものであった。
だからこそ身体醜形障害を患ったのであり、そのことをしぃ自身ある程度理解していた。
ゆえにしぃはいくら周囲に褒められても小説の腕をあげようとすることに余念が無かった。
いつか、もしかしたら自分の作品がけなされるかもしれない。
それでも、せめて自分自身が納得できたらそれでいい……そう思えるようにしよう、と。

しかし、なんのことはない、彼女が短くない時間で培った自尊心の芽はいとも容易く摘み取られた。
売る目的で書いているわけでもない彼女が小説を書くことに求めることは、
自己満足と他人の好評だけだった。そしてその自己満足も、好評無しにはありえない。

執筆行為そのもので満足感を得るなどは到底不可能な話だ。
彼女が何故自分の書いた小説をわざわざ印刷し、それを学校に持っていくのかといえば、
他人に褒められたいからであり、他人に期待されたいからなのである。
本当に執筆だけで満足できるのならば他人に見せる必要などない。
文書ファイルのままでパソコンの中に眠らせておけばいいのである。

しぃは読者を全て盲目的に信じていた。
自分に与えられる高評価は彼らの心の底からのものだと確信していた。
だが、それが今日、猜疑へと変貌した。

もしかしたら、自分をほめてくれるのは、友人ゆえの気遣いからのものではないか。
本当は、たびたび自作小説を見せてくる私のことを鬱陶しく感じているのではないか。
陰で、「あの子ウザい」「もうつまんない小説読むのウンザリ」などと囁かれているのではないか。
友達だと思っていた全員がそう思っているのではないか。ギコくんでさえも。

何もかもが信用ならなくなり、気づけばしぃは自室のベッドに突っ伏して泣いていた。
その日一日泣き明かしたが、それでも不信と自虐の感情は消えなかった。
目を赤くした彼女に家人は心配を垣間見せたが、しぃは何も話さなかった。



22: ◆xh7i0CWaMo :2008/10/06(月) 23:44:03.61 ID:Hry+4DKa0
その日以降、しぃの小説を書くペースは明らかに減っていった。
何か書こうと決意しパソコンの前に座ってみるも、良い着想が全くない。

ふとした瞬間にはプギャーの言葉が蘇る。
どこが面白いのか分からない。ということはつまり、面白くないということ。
じゃあ、面白さって何。誰しもが納得できる面白さって一体どんなもの。

そんな取り止めもないことを延々と考え続け、気がつけば一文字も書かずに一時間が経過している。
時々良さそうなアイデアが思い浮かんでも、心の声が否定してくる。
「ちょっと待て。それは本当は面白くない。お前は面白いと思ってるかもしれないが、
 読者にとってはまったくもってつまらない、くだらない話でしかないのだ」

日々を重ねても、やはり何も書けない。相変わらず自分の顔面は気になる。
誰にも相談できない……いや、一人だけ相談出来る人物がいるではないか。
今日も心配してメールを送ってきてくれる、ギコという男子生徒が。

ギコとは一応恋愛関係を結んではいるが、どちらかといえばしぃは、
受動的すなわち「愛される」方であった。
これは別に彼女が高慢な女だからではなく、自分に自信が持てなかったからである。

だが、今自分の周囲を見渡したとき、彼女は初めて頼れるものがギコしかいないことに気付いた。
その瞬間から、しぃにとってギコがたまらなく愛しい存在へと昇華したのである。
ここより、恐らくしぃの意識は本格的に壊れ始めたのだろう。

彼から送られてくるメールにはほとんど分間隔で返信するようになった。
今までは控えていた、自分から送るメールも頻繁に行いはじめた。
学校でも人目を余り気にせずに馴れ馴れしくするようになった。
性的衝動において、彼の姿がたびたび登場した。



25: ◆xh7i0CWaMo :2008/10/06(月) 23:46:42.36 ID:Hry+4DKa0
さて、一方ギコのほうであるが、最初はしぃの変化を、歓喜でもって受け入れた。
彼にしてみればしぃのあまりの消極性にやきもきさせられていたからである。
あんなに可愛いのに。どうして顔にコンプレックスを持っているのだろう、と悩んでいた。
だから、それを吹っ切ったかのように甘えてくるしぃが、一層好きになった。

ただ、物事には限度がある。しぃの馴れ馴れしさは日に日に程度を増していた。
段々彼はしぃを避けるようになった。この時点でまだ彼は彼女を嫌いになっていない。
避けられていると感じたしぃは、遂にはギコの家にまで押しかけるようになった。
最初は羨ましがったり妬んだりしていたギコの友人達も、次第に彼に同情し始めた。
曰く、「地雷を踏んだな」と。

ギコは本気でしぃを嫌い、避け始めるが、一方では良心の呵責も存在した。
彼は身体醜形障害のことを、病名は知らずともある程度は理解していた。
しぃに無理矢理教えられたからでもあるが。

ゆえに、彼女のこの過剰な鬱陶しさはその病気に由来しているに違いない。
最近彼女が小説を書かなくなったのは、
プギャーのせいで創作に対する自尊心が失われたからなのだろう。
彼女には、頼れるのが今自分しかいないのではないか。そうだとすれば……。

だがしかし、ギコとてそんじょそこらの恋愛小説の勇猛たるヒーローではない。
病人である彼女といつまでも付き合う自信はなく、またその気もなかった。
遂に彼は、もう俺に出来ることは無い云々と適当に結論づけて、
しぃに別れを宣告した。その時、彼女は白痴のようににたあと笑っていた。

ただ言葉だけでは効果がなかったので、休み時間は彼女から逃走、
休日も出来るだけ家にいないようにし、彼女の追跡に備えた。
友人や、最近のしぃに辟易していた女子生徒も彼に協力するようになった。



26: ◆xh7i0CWaMo :2008/10/06(月) 23:49:39.45 ID:Hry+4DKa0
(*゚ー゚)「どうしてギコくんは最近メールを返してくれないんだろう?」

(*゚ー゚)「どうしてギコくんは最近私と話をしてくれないんだろう?」

(*゚ー゚)「ねえ、ギコくん、新しい小説書いたよ、見てみて」

(*゚ー゚)「やっぱりこの顔、変だよね。どうすればいいのかなあ」

(*゚ー゚)「ねえ、どうして答えてくれないの? 私はこんなにギコくんが好きなのに」

(*゚ー゚)「ねえ、答えてよ」

(*゚ー゚)「ブーンは私のことが嫌いになったの?」

(*゚ー゚)「そんなはず、無いよね。だってブーンは、すごく優しいもの」

(*゚ー゚)「私の小説も褒めてくれたし」

(*゚ー゚)「何より、私のことを好きになってくれた」

(*゚ー゚)「大好きだよ、ブーン」

(*゚ー゚)「ブーン」

(*゚ー゚)「それなのに、なんでだろう。すごく辛いよ。すごくしんどいよ」

(*゚ー゚)「ねえ、ブーンなら、私のお願い、聞いてくれるよね?」

(*゚ー゚)「私と一緒に、死んでくれるよね」



27: ◆xh7i0CWaMo :2008/10/06(月) 23:53:20.80 ID:Hry+4DKa0
と、以上の情報をクーはしぃの意識から獲得した。
具体的には>>13から以降の情報をクーはしぃの意識から獲得した。

川 ゚ -゚)「ふむ……」

地の文が多すぎて途中からは斜め読みだったが、それでも何となくは理解できた。
つまり彼女は精神病の持ち主であり、唯一の拠り所だった小説も他人にけなされ、
最終的には恋い慕ってくれた恋人も離れていき孤独になった。そして壊れた。

川 ゚ -゚)「まあ、順当なところだな」

さほど驚くほどでもない、とクーは思う。
この程度の異常精神の持ち主は世の中にざらにいるのだ。彼女の飼い主だって。
まあ、ギコの部分が唐突に脈絡もなくブーンに置き換えられたところだけは別だが。
しかし、これとてこれからはごく普通の現象となっていくだろう。

興味深いのは、彼女の中にはまだギコの存在がインプットされていることである。
元々ギコとブーンは全く違う学校に通っていた。
しぃがブーンを意識し出した瞬間から、彼女の住所や学校は完全に書き換わったが、
それでも無意識にはギコの全てがしっかりと刻みつけられているのである。

それより何より、一番面白いのは彼女を取り巻いているしぃの首だ。
まるで斬首されたかのようなしぃの首が無数に、クーを上下左右に取り巻いている。彼女たちは歌っていた。

(*゚ー゚)「√わたしはきれい わたしはかわいい ランランララ ララリラ
     √わたしはすごい わたしはてんさい ランランララ ララリラ
     √あいつはキモい わたしはすごいの ランランララ ララリラ」

以下、つまらない一定のリズムで歌は続いている。
それは、抑圧された自尊心ばかりが一気に解放されたかのような幼稚な歌詞だった。



28: ◆xh7i0CWaMo :2008/10/06(月) 23:56:39.19 ID:Hry+4DKa0
その中には、ほんの少しだけ違う歌を歌ってる首もいる。

(*゚ー゚)「√わたしはみにくい わたしはきたない ルンルンルー ルンルー
     √わたしはおろかだ けっかんひんだ ルンルンルー ルンルー」

川 ゚ -゚)「これが表層意識か」

彼女の無意識には膨大な自信が潜んでいた。
それにどういうわけか反発した表層意識は自らの自信を認めず、
結果バランスを崩した精神は身体醜形障害を負う形となってしまったわけである。

川 ゚ -゚)「……まあ、正しいのかどうかは分からんが」

無数の首を眺望するうち、クーは一つ、口を噤んだままの首を発見した。
彼女に近づき、問いかける。

川 ゚ -゚)「貴様は、歌わないのか?」

(*゚−゚)「……」

川 ゚ -゚)「何故歌わない。貴様に、自尊心や自虐心は無いのか」

(*゚−゚)「私……そういうの、どうでもいい」

川 ゚ -゚)「ほう」

(*゚ー゚)「私は……ただ、ギコくんに愛されたかった。小説も、見て貰いたかった。
     それだけ……でも、私の中にはあまりにも欠陥が多かった」



29: ◆xh7i0CWaMo :2008/10/07(火) 00:00:09.48 ID:9B3i35lb0
川 ゚ -゚)「……ふん。まあいいが、これより私はお前を殺すぞ」

(*゚ー゚)「構わない……別に」

川 ゚ -゚)「つまらんな」

あまりにも詰まらないので、クーは発現させた巨大なハンマーで、
彼女を叩きつぶした。ゴシャァと奇妙な音がして、骨や髪や血液が飛び散る。

クーは静かに彼女の意識を殺し始めた。
彼女に何故そんなことが出来るかといえば、彼女が魔法少女だからである。
ではどうやってそんなことをやってのけるのかといえば、これはもう、誰にも分からない。

ただ、しぃという個体の存在は確実に消えていった。意識が消え、やがて命そのものが消滅する。
クーは、自滅に向かわせたしぃが完全に崩壊する前に、彼女の意識から抜け出す。
後には、無数の首と歌が残った。

(*゚ー゚)「√わたしはきれい わたしはかわいい ランランララ ララリラ
     √わたしはすごい わたしはてんさい ランランララ ララリラ
     √あいつはキモい わたしはすごいの ランランララ ララリラ」

(*゚ー゚)「√わたしはみにくい わたしはきたない ルンルンルー ルンルー
     √わたしはおろかだ けっかんひんだ ルンルンルー ルンルー」

(* ー )「√わたしは……」



30: ◆xh7i0CWaMo :2008/10/07(火) 00:03:48.35 ID:9B3i35lb0
しぃの自殺をブーンが知ったのは、夕飯の食卓でテレビを見ていた時だった。
それについてブーンは特別何も感じなかった。
ただ、ああ、クーはちゃんと仕事を成し遂げたのか、と思ったぐらいで……。

次の日は休校となり、土日を挟んだ月曜日、彼はごく普通に登校していた。

( ^ω^)「おはようお」

('A`)「あ……ああ、おはよう」

目の前の席に座っているドクオが小さく肩を震わせた。

( ^ω^)「……どうだったお、ドクオ。ちゃんと眠れたかお?」

('A`)「ま、まあ……な。お、お前は?」

( ^ω^)「うん……」

しぃの自殺以来、彼は夢を見ていない。
つまり彼の身体はずっと現実世界に在り続けたということであり、
それはひどく僥倖なことであった。今また、夢の世界に放り出されたら発狂しかねない。

魔法少女ともあれ以来会っていない。
色々聞きたいことはあるが、どうにも踏ん切りがつかないのだ。

( ^ω^)「もう、こんなことが起きなければいいのに……」

メンヘラ女から逃れられたのは嬉しいが、あまりにも胸糞悪い結末である。



33: ◆xh7i0CWaMo :2008/10/07(火) 00:08:03.93 ID:9B3i35lb0
この学校にはおあつらえむきの屋上がある。
昼休み、何の気無しにブーンは階段を上り、そこへ辿り着いていた。
弁当を広げて食っている者、明らかな告白シーンなど、様々な場面が展開されている。

それらには目もくれず、ブーンは手摺りに寄りかかって街並みを眺めた。
気のせいか、少し家の建ち並びなどが変化したのような気がする。
そんなことは有り得ないのだが。あんなマンション、あったっけか。

( ><)「はぁ……」

溜息に横を向くと、そこでブーンと同じような恰好で黄昏れている男子生徒がいた。

( ^ω^)「あ、ビロードじゃないかお」

( ><)「ブーンさん……」

内気な表情、微妙なショタ声、痩身で弱々しい体つき。
腐れ女の餌食になってもおかしくないような男子生徒、名前はビロード。
ブーンとは、今は別のクラスだが一年の頃は同級だったので、知り合い程度の関係である。

( ^ω^)「どうかしたのかお?」

( ><)「ああ、ブーンさん、もう僕はなんにもわかんないんです。
      これからどうやって生きていけばいいのか……」

(;^ω^)「何やら深刻そうだお……」

自分の悩みを悩むよりは人の悩みを聞くほうが身体に良い。



34: ◆xh7i0CWaMo :2008/10/07(火) 00:10:38.99 ID:9B3i35lb0
( ><)「この前の放送で……」

そういえば、ビロードは放送部員だったな、と思い出す。

( ><)「それで、そのう、ええと……お、男に」

( ^ω^)「ほうほう」

( ><)「襲われて」

( ゜ω゜)

( ><)「いやもう僕なんにもわかんないんです。何かこう、あ、アレが僕のお尻をこう……
      しかも、その音がぜ、全校生徒に……流れたって……流れたって!
      それになんかこう、僕もああちょっと気持ち良いなとか思っちゃったりなんだったりして。
      ああもう、僕は駄目です。だめなんです! こ、殺してください!」

(;^ω^)「ちょ、と、とりあえず落ち着くお」

( ><)「わ か ん な い ん で す !!」

記憶が微かに蘇る……そういえば数日前、そんなことがあったような、無かったような。

( ^ω^)「とりあえず、死んじゃ駄目だお。その、相手は誰なんだお?」

( ><)「相手……」

( ^ω^)「これはもう立派な強姦だお! 訴えるべきだお!」

( ><)「でもちょっと気持ち良かっ……」



35: ◆xh7i0CWaMo :2008/10/07(火) 00:14:15.96 ID:9B3i35lb0
( ><)「相手は……そのう」

流石に言いにくそうである。しかし「気持ちよかった」とカミングアウトして、
今更口ごもることもないと思うのだが。
やがて、ビロードは非常に言いづらそうに、おずおずと口を開いた。

( ><)「ど、ドクオさん…・・」

( ゜ω゜)「へ?」

( ><)「あの、多分ブーンさんの友達だと思うんですけど、その、ドクオさんに……」

しばし沈黙が流れた。周りの喧騒がやかましい。
やがてブーンが大口を開き、そして、大笑いした。

( ^ω^)「んなわけねーおwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」

というのにも理由がある。
ブーンはドクオと幼稚園以来の付き合いなのだが、彼は昔から人見知りだった。
喋るときはほぼ確実にどもるし、何よりコミュニケーション不全である。
そんな彼がシモネタを口にすることなどこれまでに一度も無い。
ましてや同性愛など。ホモなど。放送部員をレイプなど。

( ><)「で、でも僕は確かに……!」

( ^ω^)「ビロードも、ドクオのことは知っているお?」

( ><)「は、はい、去年一緒のクラスでしたから」

( ^ω^)「あいつが、そんなこと出来ると思うかお?」



36: ◆xh7i0CWaMo :2008/10/07(火) 00:16:36.68 ID:9B3i35lb0
( ><)「……」

ビロード、沈黙。
彼の思考回路は今、忙しなく動き回っているに違いなかった。
ドクオという男について。あの日、放送室での記憶。その他諸々を鑑み、彼はやがて結論を出した。

( ><)「有り得ない……気がします」

( ^ω^)「ですよねー」

あの引き籠もり寸前の男が、そんなこと出来るわけが無いのだ。

( ><)「でも……じゃあ、あの日僕のお尻を、そのう、ナニしたのは誰だったんですか……
      わかんないんです……」

( ^ω^)「それは、是非とも探さなくちゃいけないお」

( ><)「ええ、是非一度、ゆっくりとお話を」

(;^ω^)「……」

( ><)「なんですか」

ビロードを見送り、ブーンは未だそこに立ち尽くしていた。
彼の悩みが解決したのはよかった。だが、自分自身の悩みは、いくら考えてもどうしようもない。
何せ、しぃはもうこの世にいないのだ。今更何を思っても、後の祭りだろう。

川 ゚ -゚)「案外、そうではないかもしれないな」

振り返ると、昇降口のところに件の魔法少女が立っていた。



38: ◆xh7i0CWaMo :2008/10/07(火) 00:18:13.84 ID:9B3i35lb0
川 ゚ -゚)「嵐の前の静けさだ。もうすぐ、怒濤の嵐が訪れるぞ」

( ´ω`)「相変わらず、何言ってるのかさっぱりだお……」

川 ゚ -゚)「貴様は、気付いていないようだな」

( ´ω`)「何がだお?」

川 ゚ -゚)「ドクオのこと」

( ´ω`)「?」

川 ゚ -゚)「……まあいい。いずれお前にも分かるときが来るさ」

短い会話だけで、クーはまた昇降口の向こうへと去っていった。
何か作為的なものを感じながら、ブーンはドクオのことを考える。
ドクオのこと……について、自分は何に気付いていないというのだろう。

すぐにブーンは思い直す。
そうだ。そもそもポッと出の魔法少女などに色々言われる筋合いが無い。
ドクオとはもう十年以上の付き合いである。自分の方が、彼のことをよく知っているのだ。

そう、絶対に。

第三話『拒に棲むひとびと』終わり



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