川 ゚ -゚)クーたちは想像上の生物のようです

4: ◆xh7i0CWaMo :2008/11/15(土) 22:27:48.39 ID:Zi9U2ye50
第四話『クラッシュライフ』

不安や狂想や恐怖や孤独や愉悦やその他諸々の感情を抱えつつ、ブーンは扉の前に立っている。
例によって周りには何もない。目の前の扉を開けるしかないのだが、
ブーンはあまり気が進まなかった。さてもさても巡る巡る不可思議の数々。
逃れられぬが逃れたい、だのに何かがブーンを混沌の方向へ沈ませる。

件の魔法少女の言葉が気にかかったままだ。
ドクオの存在の正体。いや正体と言っていいのだろうか。
彼がもしもブーンの知らない彼の面を持ち或いは彼がもはや彼ではなくもとの彼というべき彼は、
ああもうめんどくさい。

やけくそ気味に扉を押し開けながらブーンは、夢を見ずに済む方法を考えた。

( ・∀・)「や、またお会いしましたね」

そう声をかけたのはモララーだ。彼はこの前と変わらずパソコンと対面している。
そしてもう一人。今回は別の男がいた。
ボサボサに伸び散らかした髪の毛の中に溶け込むように沈んだ表情をして、
部屋の片隅で体育すわりをしている男。よく聞けばなにやらぶつぶつ呟いている。

いつかの大量殺人犯がブーンの頭をよぎった。ともかく、この男に近づくのは有意ではない。
いや、いっそのことこのまま部屋を出てやろうか。そうすれば夢から覚めてハッピーライフ。

( ・∀・)「どうです、最近」

( ^ω^)「え、何がですかお?」

( ・∀・)「変わったこと、ありましたか」



6: ◆xh7i0CWaMo :2008/11/15(土) 22:30:09.70 ID:Zi9U2ye50
変わったことは結構ある。自分では変わっていないと思っていることも変わっているのかもしれない。
そうなればもう、キリが無い。

( ・∀・)「物語……ええ、広義の意味での物語ですが、それにいよいよ波が立ちだしたようです」

( ^ω^)「どういうことですかお?」

( ・∀・)「少し、聞いてもらえませんか、ブーンさん」

(;^ω^)「……はあ」

あまり押しの強くない、むしろ弱い方のブーンである。
渋々ながらモララーの向かいの椅子に腰掛けた。それにしても片隅の男が気になる。

( ・∀・)「先日、妹から電話がかかってきたんですよ。
      彼女は僕の声を聴いて泣き出さんばかりに喜んだ。
      なにしろ、十年以上前に離れ離れになったんです。両親の離婚が原因でね。
      それから僕たちは一度も会わせてもらえなかった。
      最近ようやく、妹も大学生になって、一人前と認めてもらったのでしょう。
      それでようやく、電話をかけてきてくれたんです。でもね、おかしいんですよ、ブーンさん」

彼はごく自然にブーンの名前を口に出した。以前会ったときに自己紹介しただろうか。
逡巡する。思い出せない。

(;^ω^)「何が、おかしいんですかお?」

( ・∀・)「私の知る限り、私に妹なんていないんですよ。それに、両親だって離婚していない。
      そのはずなんです。でも、実際に電話口の向こうに妹を名乗る女性がいる。
      後で母に電話して確認してみたところ、離婚していることが事実だと判明しました。
      でも、おかしいんです。そんなはずがない。そんなはずがない……はずなんです」



10: ◆xh7i0CWaMo :2008/11/15(土) 22:33:13.20 ID:Zi9U2ye50
( ^ω^)「……」

ブーンは沈黙した。自分に同じような心当たりがありすぎるからだ。

( ・∀・)「しかし、記憶を掘り返せばその端々にやはり妹の存在が確認できる。
      ただ、おかしいと思うのは私の直感とでも呼ぶべき意識……それだけなんです。
      ……どうやら」

そこでモララーは、狡猾そうな目つきでブーンを見る。

( ・∀・)「貴方にも、似たような経験があるようですね」

(;^ω^)「……」

( ・∀・)「この際です。情報は共有しましょう。何か有益なことが見つかるかも知れない。
      もっとも……仮にも私の、ほんの直感が正しいとすれば、
      所詮意識上に生きている私たちにはどうしようも出来ない問題でしょうけどね」

さて話すべきだろうか。ブーンは迷う。
実は件の魔法少女が吐いた台詞について、直接ドクオに問いただしてみようとも思ったのだが、
やめたのだ。彼がもしも変革しているとして、その事実を彼自身が知ろう筈もない。
ではブーンには話す相手がいないことになる。
近しい知り合いに話せばどうなるか。きちがい扱いされるのがオチだ。

( ^ω^)「えっと……」

どこまで話すかで再び迷ったブーンだが、結局ほとんど全てを話した。
具体的には第一話から第三話までに起こった出来事全てと考えてもらえればよろしい。



16: ◆xh7i0CWaMo :2008/11/15(土) 22:36:33.23 ID:Zi9U2ye50
( ・∀・)「ふうむ」

やはり似ていますね、とモララーは呟いた。

( ・∀・)「しかし魔法少女とは、いやしかし、なんでしょうねえ」

( ´ω`)「……」

今更気付いたが魔法少女というパーソナル情報は話すべきではなかったかもしれない。
心に魔法少女を飼っていてそれが具現化したと宣っているのだ。
考えようによっては気持ち悪くて仕方がない。

( ・∀・)「……まあ、仮にその魔法少女さんの言うことが正しいのだとすれば、
      私のこの、妙な記憶の雑音も同じ理由で説明がつくんでしょうね」

( ´ω`)「僕は……信じたくありませんお」

( ・∀・)「しかし彼女が貴方の意識の欠片だとすれば、知っていてもおかしくはない。
      換言すれば、彼女は貴方自身でもありますから」

( ´ω`)「……」

認めたくないことはこの世に多々ある。
例えば同年代の女子の半数ぐらいがすでに処女膜を失っていることだとか、
昔モテないことで有名だったアノ男がすでに童貞を捨てて居るだとか、仮性包茎だとか、
色々ある。ブーンの現状はそれに相当し、ドクオの変革を彼は受け入れることが出来ない。

つまるところブーンは気付いていた。ドクオは変わった。
過去の性格が如何なる物であったかは定かでない。
しかし、今いる、引き籠もり的性格の以前に、もう一人、いた。



18: ◆xh7i0CWaMo :2008/11/15(土) 22:38:44.36 ID:Zi9U2ye50
( ・∀・)「しかし、それに気付いているのはおそらくは貴方だけでしょうね。
      ビロードさんの言葉も真実だと考えられる、しかしビロードさん自身、
      自分に危害……いや新しい世界を与えたのがドクオさんだとは信じられずにいる」

( ´ω`)「……なんでこんなことに」

ここらで一つ、ここまでの展開を整理しておこう。
まずブーンやモララーそして未だぶつぶつ呟き続けている片隅の男は病気持ちである。
それは夢を見ているとき、彼らの身体は現実世界から消失するというものだ。

ある時ブーンの前にクーと名乗る魔法少女が現れた。
彼女は自分をブーンの想像上の創造物だと称している。
その次にブーンはこの、モララーが集合的無意識と呼ぶ共有空間に出会った。

ここまでで十分訳が分からないのに、更に自分の思い人をいつしかブーンと勘違いしていた女、
しぃが出刃包丁を持ってブーンの前に現れた。ブーンは彼女に殺されそうになるが、
間一髪のところでクーに救われる。そして、おそらくはクーの手で、しぃは死んだ。

そして、この間のどこかの時点でドクオが変革した。以上が現在までの経緯である。
以下に生じた疑問点を羅列すると、

・何故しぃはブーンを恋人と勘違いしたか
・何故クーはブーンの想像上の創造物でありながら現実に存在するのか
・何故ドクオは変革したか。
・何故ドクオが変革したことに対して本人やブーン以外の誰もが気付いていないのか。
・何故このような共有空間が存在しているのか。
・そもそもブーン達の病気の真相は何か。

さっぱりだ。さっぱり意味が分からない。最低限合理的であるべき筋道も立っていない。



22: ◆xh7i0CWaMo :2008/11/15(土) 22:41:28.93 ID:Zi9U2ye50
( ・∀・)「しかし、一言二言で解決しようと思えば、出来ないことでも無いような気がしますね」

実にカラリとモララーが言った。

( ´ω`)「……どういうことですかお」

( ・∀・)「全てが私たちの関知できない意識……つまり無意識のイタズラでは無いでしょうか。
      そうすれば、全ての出来事に説明がつきます」

( ´ω`)「……」

( ・∀・)「考えてもみてください。まず起こったのは私たち自身への症状です。
      これは夢を見ているときに現実世界から消えているというものでした。
      根本的に考えて、この時私たちはどこにいたのか?」

( ´ω`)「夢の中……」

( ・∀・)「つまり意識の中ですよ。
      夢は元来無意識が意識内に混入して起こる物だと言われてますから。
      無意識が私たち……意識的存在としての私たちを引きずり込んだのではないでしょうか」

聞いているうち、ブーンの頭にMMRの三文字が浮かび上がったが、多分何の関係も無いだろう。

( ・∀・)「そして無意識が活躍していることは、この空間の存在からしても明らかです。
      ここが集合的無意識で在る可能性は、以前お話ししましたね?
      更には、魔法少女さんの件。無意識が具現化したということでしょうから、
      彼女がブーンさんに言ったことがほとんど正しいことになります。
      そしてしぃさんやドクオさんの件も、無意識によると結論づければ、
      極めて容易に解決することが出来ます」



23: ◆xh7i0CWaMo :2008/11/15(土) 22:44:29.94 ID:Zi9U2ye50
( ´ω`)「……確かに説明はつくような気がしますけど……。
      なんというか、それだと何でもアリ、ってことになりませんかお?」

( ・∀・)「その、何でもアリ、の状況がいま現実として存在して居るんですよ。
      いいですか、ブーンさん。この世界は小説の世界では無いのです。
      小説にはある程度の自由とある程度の制約が必ず存在します。
      それは小説という形式のためでもあり、内容を面白くするためでもあります。
      ですが現実ならば話は別。形式に囚われる必要も、面白くする必要もない」

( ´ω`)「……じゃあ、例えば、この世界が一秒後に崩壊することも?」

( ・∀・)「仮に無意識の気心がそちらに振れれば、そうなるでしょうね。
      普通無意識は意識へ繋がる物です。意識はその無意識によって何らかの変調を起こす。
      それから、形而上から形而下へと発現することもあります。
      例えば、躁鬱病患者の涙や思い出し笑いなどは、とても意識的とは言えないですよね。
      勿論、自己で体現出来ないような物は形而下へ降りてくることが出来ません。
      それらはただの妄想や想像や着想として脳内にこびりつくのみです。
      でも今回、このような面倒な手続きを飛び越え、無意識がそのまま現実へ影響を及ぼす。
      そして、大多数の人々は、その変化に気付くことなく、ごく普通に許容する。
      それは何も人だけじゃありません。引いては世界全体が無意識の思いのままです」

( ´ω`)「何故、そんなことに……」

( ・∀・)「さて、何故なのでしょうね。もはや、辻褄を考えることは無意味でしか無いでしょう。
      無意識は確かに私たちの内側にある。しかし誰もその正体を知ることは出来ないのです。
      知覚してしまえばそれは、無意識ではなく意識になるわけですからね」

( ´ω`)「じゃあ、僕たちはどうすればいいんですかお?」

( ・∀・)「流れに身を任せる……それだけでしょうね」



26: ◆xh7i0CWaMo :2008/11/15(土) 22:47:17.51 ID:Zi9U2ye50
(-_-)「くひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃはひひひひひひひひひひひひひ」

突然片隅の男が笑い声をあげた。沈鬱な表情のまま、口を分からぬほど薄く開いて、
笑い声を絞り出す。何故そんな面倒な笑い方をするのかまったく理解できない。
ひとしきり笑い終えた男は再びぶつぶつ呟き続ける作業に戻った。

( ´ω`)「……それにしても、なんでモララーさんはそんなに落ち着いていられるんですかお」

僕なんか、今にも泣き出したいくらいなのに、とは言わないでおく。

( ・∀・)「なんでしょうね、私なんかはほら、小説家を目指しているわけでして、
      のべつ無意識にはお世話になっておりましてね」

( ´ω`)「?」

( ・∀・)「小説を書く際には着想が必要なのですが、これは大抵無意識の方から湧いてくる物です。
      私なんぞはそれをよく利用していましてね。
      それに、この世の出来事などは、面白ければそれで良いとも思っていますし」

( ´ω`)「……」

楽天家なんだか暢気なんだか無責任なんだか。
ともかく彼はこの状況を楽しんでいるのだ。図太いとは言えるだろう。

( ・∀・)「まあ、それに……あくまでも私の推論でしかありませんからね。
      間違っている可能性だって十分あります。どうでしょうか、そちらの……」

そこでモララーは初めてブツブツ男に触れた。
ブーンとしてはこのままスルーして終わりたかったのだが、仕方がない。
ブツブツ男はゆっくりとこちらに首を傾けた。



29: ◆xh7i0CWaMo :2008/11/15(土) 22:49:28.89 ID:Zi9U2ye50
つまるところブーンたち、特殊夢遊病の患者のみに与えられた特権なのだろう。
あらゆる方向に変わりゆく世界を眺め続けることが出来る。
以前の世界での意識記憶を持ち込んだまま、変遷を知ることが出来るのだ。
しかしそれはモララーが言うように幸福なことであろうか。

何も知らないまま、全ての変化を受け入れ何事も無いかのように生活し続ける方が、
一般的な幸福ではないだろうか。皆が変わっていき自分だけが変わらない、
それは或いは狂気の入り口ではないのか。

( ・∀・)「……おや、すっかり話し込んでしまいましたね。そろそろお暇すべきやもしれません」

( ´ω`)「モララーさんは、よくここに来るんですかお?」

( ・∀・)「以前も言いましたように、意識的に来れる場所ではありませんからね、ここは。
      しかしなんだか、ここに訪れる頻度が最近増しているように思います。
      ……ああ、そういえば、ブーンさん」

モララーはパソコンの電源を落として立ち上がる。

( ・∀・)「ブーン、けい? 小説というものをご存じですか」

( ^ω^)「ぶーんけい?」

自分の名前を敏感に感じ取ってブーンは首を傾げる。

( ^ω^)「そんなの、聞いたことがありませんお」

( ・∀・)「そうですか。いや、失礼。先程このパソコンで色々調べておりましたら、
      そういった小説ジャンルを見つけたものですからね」



32: ◆xh7i0CWaMo :2008/11/15(土) 22:51:58.29 ID:Zi9U2ye50
扉の前に立つ。
ふと思うのが、扉を開けても眼が覚めなければどうしようかということだ。
広がる何もない世界。無。宇宙が始まる前の空間。無意識の片隅。無為に広大な世界。
例え踊り狂おうが波一つ立たないであろう空気。

だがすべては、考えても無駄なことだろう。
人間は眠る際にもしも目が覚めなければどうしようなどとは考えない。
その程度の杞憂なのだ、おそらくは。誰にも分からないことだが。

( ・∀・)「しかし……振れ幅が小さすぎますよね」

( ^ω^)「え?」

( ・∀・)「仮に私の推論が正しいとして、今までの現象はすべて、
      あまりにもちっぽけすぎることであると思いませんか?
      私が感知したのは在りもしなかった妹の存在、そしてあなたは、
      ご友人の性格の変遷や想像物の登場、恋愛感情の倒錯……。
      すべてが、個人的単位に縛られてしまっているような気がします。
      私としては、もっと宇宙的規模……たとえば地球の形が円錐形になるだとか、
      そういう大きな変化を観測したいですね。そして、そこで普通に住む人々を」

( ´ω`)「……」

( ・∀・)「……失礼。個人的嗜好に走りすぎました」

モララーは一礼して扉を開く。何もない空間の中へと彼は消えていった。ブーンも続いて踏み込む。

(-_-)「ごめんねぇ、ママあ!」

意識がストンと鉄球のように落下して消失する寸前に、ニート男の叫びが聞こえた。



33: ◆xh7i0CWaMo :2008/11/15(土) 22:54:33.73 ID:Zi9U2ye50
( ´ω`)「……」

目が覚める。適度な爽快感と倦怠感。いつもと変わらない覚醒。ベッドの上。
さらさらと雨の音が聞こえる。時折タタンタタンと窓を打っている。
ブーンは上半身を起こした。このまま何も変わらない日常で終わればいい。
それでいいのだ。そうやって終わることに何の罪があろう。何の罰を受ける必要があろう。
或いは今すぐ核爆弾が地上を焼けばいい。無数の黒い屍が這い蹲ればいい。死ね死ね。

寝惚けた頭でそんなことを考えながらブーンは窓の方を見やる。
彼がその時期待していたのは雨に濡れた窓とその向こうの風景……風景といっても、
隣は普通の民家なのでそのクリーム色の壁が見えるだけなのだが。

だがその当たり前の希望はあっさりと打ち砕かれた。
窓ガラスが真紅に染まっている。真っ赤な液体がつつつと桟に向って流れ落ちている。

( ゜ω゜)「……!」

すわ殺人。まずブーンにそんな考えが浮かんだ。赤い液体は血液と相場が決まっている、
あるいは血液に似せたトマトケチャップやトマトジュースだ。

怖いもの見たさ半分にブーンは窓に近づく。べっとりと付着した赤。向こうの景色がほとんど見えない。
彼は茫然としながら液体を眺め、そして小さな物体を発見した。

( ゜ω゜)「え、あ……」

小人だった。体長5mmほどの小人の残骸が赤い液体とともに付着しているのだ。
そしてそれは無数に……窓全体に付着している。

単純な結論はすぐに導かれた。この世界に降る雨はブーンが、
当然そうだと思い込んでいた透明な水を運ぶ雨ではない。この世界の雨雲は、無数の小人を降らせるのだ。



37: ◆xh7i0CWaMo :2008/11/15(土) 22:57:07.62 ID:Zi9U2ye50
また一つタンと音がする。小人が窓に衝突したのだ。彼はぶつかった瞬間にここが先途とばかりに、
精一杯身体を破裂させて血液を飛び散らせる。残った残骸は窓にこびりついたまま痙攣し絶命した。

J( 'ー`)し「ブーン、早く起きなさい、遅刻するわよ!]

階下から母親の声が聞こえる。その声は昨日の母親のそれと何ら変わりない。
茫然自失……というよりは現実認識能力が麻痺したまま、ブーンは窓の傍から離れ階下に降りる。
考えても無駄なのだ。「何故雨が赤くなってしまったのか」など考えても分かるはずがない。
所詮誰かの妄想なのだから。つまらない、誰かの妄想なのだから。

そしてそれと同時に徐々に確信が芽生える。
今の……ひきこもり体質としてのドクオ以前に、違う性格のドクオがいたこと。
変態気質の、無駄に行動力のあるもう一人のドクオがいたこと。
それを発見したときブーンは、自分は悲しめばいいのかどうすればいいのか分からなくなる。
ビロードが微かに以前のドクオの片鱗を覚えていたのは、
彼がドクオから最上級のトラウマを与えられたからであろう。

洗面所の水道の蛇口を捻り、出てきた水は当然真赤だった。
これで顔を洗うのだろうか。そう思っていると母親がやってきて歯ブラシを取り、歯磨きを始める。
たちまち母の口内は真っ赤に染まり、吐血した病人のようになる。
嘔吐欲を覚えながらブーンは真っ赤な水で顔を洗った。
血液特有の……鉄の臭いはせず、いつものようにわずかな塩素臭しかしなかったのが幸いだ。

顔を洗い、丹念にタオルで拭いてからブーンは自分の顔を鏡で眺める。そして笑顔を作った。

( ^ω^)「大丈夫だお」

J( 'ー`)し「何かうれしいことでもあったのかい?」

母親が隣で、赤まみれの歯をむき出しにしながらそう言った。



39: ◆xh7i0CWaMo :2008/11/15(土) 23:00:21.51 ID:Zi9U2ye50
( ^ω^)「それじゃあ、行ってきますお」

朝食や着替えなど、諸々の準備を終えてブーンは、傘をさして家を出る。
道行く小学生が、ブーンもそのころよくやっていたように、口を開いて空を仰ぎ、
舌で小人を受け止めていた。彼らは入ってきた小人を一旦咀嚼した後に呑み込んでいる。
小人の体は水ぶくれのようにぶよぶよしていて、何にぶつかってもべしゃりと弾けてしまうようだ。

血だまり、いや水たまりには無数の小人が浮かんでいる。
うっかり足を踏み入れようものなら靴やズボンの裾に赤が飛び散ってしまう。

しかし周囲の人々はやはり、まったく気にせず歩いている。
それが普通なのだ。ブーンも真似してごくふつうに歩くよう努める。
制服の肩に小人が着地し破裂する。
ブーンの鼓膜を小さな断末魔の声が揺らした。ような気がする。
落下中の小人が叫んでいる、ような気がする。
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないと絶叫している。ような気がする。

叫びそうになる口角を、顎を必死におさえてブーンは歩き続ける。
走り出してはならない。あくまでも冷静でなければならないのだ。それが普通なのだから。
それはむしろ他人の眼を気にするというよりは、ブーン自身の矜持のようなものだった。

( ^ω^)「普通に……」

普通に。普通に。
普通に普通に普通に普通に普通に普通に普通に普通に普通に普通に普通に普通に普通に普通に。
周りに倣う。右に倣え。前へ倣え。A型社会。長いものには巻かれろ。民主主義。多数決万歳。
半数以上が雨の色は赤いと言っています。常識だね。雨が透明? そんなこたあありません。
あ、そうか。あなたきちがいなんですね。異常者なんだ。おうい、誰か黄色い救急車を呼んでくれい。
ほらあなた、汗と涙で顔がぐちゃぐちゃだ。その液体の色は何色ですか? 赤色でしょう。
水は赤色なんです。ほら、あなたも賛同しなさい。水は赤だと。透明だなんて、間違いだったと。



45: ◆xh7i0CWaMo :2008/11/15(土) 23:03:29.94 ID:Zi9U2ye50
教室に入ると騒々しいおしゃべりの音に包み込まれる。

( ^Д^)「どうしたよブーン、汗で顔が真っ赤だぜ」

(;^ω^)「は、走ってきたんだお」

ポケットからハンカチを取り出して顔を拭い、薄く笑ってブーンは答える。
そういえば、カバの汗は赤いんだよなあと、冷静なのかよくわからないことを考え、
それから、あれ、あんな奴クラスにいたっけと、どうしようもない疑問を覚えながら自分の席に着く。

体中至る所が赤いがこれは他のクラスメイトも同じである。
乾けばこの赤色も取れるだろう。そう思い込むことにする。
ふと斜め前のほうから視線を感じてブーンはそちらを見る。
目線の先にドクオはいた。彼は視線がぶつかるとすぐに目をそらす。
いつものことだ。彼は明確に何か意思表示をしようとはしない。
……だが、いつものこととはいえ、それは本当に「いつものこと」ではないのだが。

ブーンはあえてドクオを無視する。今彼と話したところで、冷静に会話できるとは思えないのだ。
そしてそれは今のドクオにとっては不条理なことでしかない。
彼は何も悪くない。だがブーンだって悪くない。何が悪いのかわからないが、
確かに負の連鎖が目の前に存在している。

小人の雨は降り続いている。
これから先、自分はすべての不条理に耐え抜いていかなければならないのだ。
誰もが普通だと思っていることを普通にこなし、笑う時に笑い泣く時に泣く。
笑う時に泣いてはいけない。正常な時に狂ってもいけない。

人間は世界に生きるのではない、社会に生きるのだ。
人間と人間を切り離すことなどできはしない。ロンリーウルフなど夢想の生物だ。
ましてブーンは一介の高校生でしかないのだから。



51: ◆xh7i0CWaMo :2008/11/15(土) 23:06:26.97 ID:Zi9U2ye50
さてそれから目立った変化は現れずに午前の授業が終わった。
ブーンは購買でパン二つとペットボトルの茶を買って教室に戻る。
食物飲料それぞれが赤っぽいのは気のせいではないだろう。

机に戻り一人で食べる。普段はドクオのところに行って一緒に食うのだが今日はそれをしない。
消極的な彼のことだから、彼のほうからこちらに来るようなことはない。
小人の雨は小降りになった。服についた赤はほとんどとれた。
やはり、これは水であって血液とは根本的に違うらしい。

ようやく平静を取り戻し始めたブーンのところに、朝一瞬だけ会話した生徒が近づいてくる。

( ^Д^)「おい、遊びに行こうぜ。久々にドッジボールが出来そうなんだ」

体育館で、とその生徒は言う。断る理由は特になかった。
運動に興じれば、不快な心情を一時でも忘れることができるかもしれない。

( ^ω^)「わかったお」

( ^Д^)「先行っとくからな、早く来いよー」

試されているのだ、とブーンは思う。
自分は、児戯のように無邪気で残酷な妄想どもに試されているのだ。
この先、数々の不条理を死ぬまで、世界が終るまで乗り越え続けられればクリア。
途中で狂えば罰ゲーム。精神病棟に隔離されるか或いは障害者扱いを受けるて寵児となるか。
到底クリアできるゲームとは思えない。しかし、やらねばならない。



56: ◆xh7i0CWaMo :2008/11/15(土) 23:08:58.59 ID:Zi9U2ye50
食事を終えてブーンは体育館へ向かう。
館内にはすでに結構な人数が寄り集まっていた。狂騒が渦巻く。

(;^ω^)(というか……少し、多すぎじゃないかお?)

見た限り百数十人の男女がそこにいるのだ。小学生じゃあるまいし、
たかがドッジボールをするぐらいでこんなに沢山の生徒が興味を持つだろうか。
むしろ、動きづらくなったり一度に何人もが連鎖的にボールに当たったり、
いろいろとカオスなことになってしまいそうだが。

ブーンはキョロキョロと辺りを見渡し、先ほどの男子を見つけて近寄る。

( ^Д^)「おう、ブーン。来たか」

( ^ω^)「なんなんだお、これは?」

( ^Д^)「言っただろ、ドッジボールだ」

( ^ω^)「それにしては、人が集まりすぎているような気がするお」

( ^Д^)「そうか? いつもこんなもんじゃないか」

いつも、という言葉が嫌いになりそうだ。
他者と記憶が相違することがこんなにも不快だとは思わなかった。

( ^Д^)「まあ最近はドッジボール出来る機会も無かったしな。みんなストレス溜まってんじゃねえの」

ドッジボールごときにストレスもクソもあるかい。
そう思った矢先、歓声が湧いた。演壇の袖から、二人の男女が現れたのである。



60: ◆xh7i0CWaMo :2008/11/15(土) 23:11:43.16 ID:Zi9U2ye50
( ゚∀゚)「うっしゃ、やるか」

マイクを通してそう言った体格の良い男子生徒が両手に抱えているものを見てブーンは息を呑んだ。
それは赤ん坊だった。血にまみれ、まだ臍の緒が付いたままの全裸の赤子。
小さく息づいているが、当然あのままにしておいていいはずがない。

( ゚∀゚)「チーム分けは、クラス毎でいいかな。
     ああそうそう、今回ボールを提供してくれたのはこいつ。みんな感謝しろよな」

ξ゚听)ξ「……」

その生徒は言いながら隣に立つ女子生徒の肩を叩く。
女子生徒は金髪のツインテールをわずかに揺らしながら直立している。
可愛い。可愛い。そしてあの可愛い子の子宮から捻り出された赤子が男の抱えるそれ。
そしてその赤子はボール。

( ゜ω゜)「……」

出来の悪い喜劇を見ている感覚に陥る。やるせない、つまらない感覚。
笑えと脅迫されているようだ。しかし当然笑えるはずがない。
何しろ彼らは本気だ。おそらく、本気で赤子を投擲しようとしているのだ。

冗談じゃない。赤子をボールにドッジボールなど出来るものか。逃げだそうか。逃げだそう。
いや駄目だ。普通に振る舞わなければならない。全ての非日常を、
退屈な日常として受け入れなければならない。

ああ、毎日毎日変わらないな。歯車のようだ。撥条のようだ。
これもつまらない日常の中の一イベントに過ぎないのだ。
僕はこのドッジボールを普通に楽しまなければならない。何故なら僕は社会の一員なのだから。



68: ◆xh7i0CWaMo :2008/11/15(土) 23:14:59.44 ID:Zi9U2ye50
誰かが吹いた笛とともにドッジボールが始まった。
ブーンは内野側に立っている。一旦は外野を志願したのだが、叶わなかった。
飛び交う赤子の下にいるのは気が進まないが、しかし自ら当たりに行く気には到底なれない。

男子も女子も背の低い奴も高い奴も太い奴も細い奴もみんな嬉々として赤子を投げている。
ボールほどの弾力はないから当然跳ねない。
生まれたばかりの赤子はまだ骨が柔らかいから、地面に落ちたり人にぶつかったりするたびに、
頭蓋骨が面白いほどにぐにゃぐにゃと変形する。それすらも、みんなの楽しみになっていた。

( ゜ω゜)「……いっつも、こんなことやってるのかお?」

隣でワーワーと煽っている件の生徒に話しかける。

( ^Д^)「何いってんだ、お前もいつも楽しんでるじゃねえか」

( ゜ω゜)「……」

それは僕じゃない。僕じゃないはずだ。

( ゜ω゜)「……あの、赤ちゃんはどこから?」

( ^Д^)「ああ? そりゃ多分、トイレかどっかで産み落としたんだろ。知らんけど。
      それより、あんまり話しかけるなよな」

大体この男の名前は何なのだろう。そう思っていると前の方から赤子が飛んできた。
まだ半開きの眼と自分の視線がぶつかったような気がして、ヒィと声にならない叫びを叫ぶ。
それから、慌てて回避した。赤子は外野にべちゃりと落ちた。

( ^Д^)「おいおい、受け止めろよな、そこは」



78: ◆xh7i0CWaMo :2008/11/15(土) 23:17:09.07 ID:Zi9U2ye50
受け止める姿勢を全く無しにして逃げ続けると割合最後まで生き残ることが出来る。
ドッジボールに於ける、運動音痴の基本スタイルだが、今のブーンがまさにそうである。
周りの味方が次々と外野に消えていく。敵味方双方随分と数が減り、
もう十人そこらがコート内に残っているだけとなってしまった。

その時、ぽとりと目の前に赤子が落ちてきた。周りに味方はいない。
つまり、自分が投げなければならないのだ。そして周囲もそれを期待している。
ブーンは足下のそれを見下ろす。
もはや赤子は踏みにじられた握り飯のように原形をとどめていない。
手足の指が二、三本ちぎれており、ちぎれかかっている指も何本か見受けられる。

拾い上げると、微かにそれは呼吸をした。そして小さく呻いた。まだ、生きているのだ。

(  ω )「……」

おお素晴らしいかな人間。これほどに蹂躙されてなお命を保ち続けているとは。
何故生きているのだ。もう死んでしまえば楽になれる。
赤子だからそれも分からぬのだろう。無知は罪だろう。無知は罪だろう。

もう精一杯泣くことも出来ない。母親の名前を呼ぶことも出来ない。
この子の母親はすでに館内にはいない。
病院にでも行ったのだろうか。身勝手な母親なことだなァ。

ブーンは赤子を投げるように持ち直す。
投げなければならない。周りの視線が集中している。投げなければ、僕はどうなる。
非常識人間。空気の読めない。協調性がない。病人。犯罪者。きちがい。



83: ◆xh7i0CWaMo :2008/11/15(土) 23:20:26.39 ID:Zi9U2ye50
それがほとんどブーンのパラノイア的妄想であることは否めない。
そしてその妄想が彼を一気に躁病状態にまで引き上げた。

( ゜ω゜)「いっくおおおおおおおおおおおおお!!」

さようならさようなら。もしかしたら君は将来イケメンになって女性をはべらせることができる、
とても充実した生活を送る男になったかもしれない。
もしかしたら君はその天賦の才能でもって芸術家として大成していたかも知れない。
もしかしたら君は努力の鬼となって新しい宇宙の物質を発見したかも知れない。
もしかしたら君は絶大なる歌唱力で世界を席巻する大歌手になっていたかもしれない。

でも全部叶わない。全部が全部叶わない。
赤子の内に君の生命は絶たれてしまうのだから。
しかし、もしかしたらそれは幸福なことかも知れない。

僕は知っている。部屋の片隅で壁に向かってぶつぶつと呟き続けるようなオカシナ人を。

君は大成する可能性もゼロになったけれど廃人になる可能性もゼロになったんだ。
そのことについて、君は僕に感謝してもいいぐらいじゃないだろうか。じゃないだろうか。

( ゜ω゜)「ほいさああああああああああああああああああああっ!!」

ブーンは渾身の力を込めて赤子を投げ、それは敵の一人に正確にヒットした。
ぐしゃりという音と、凄まじい赤子の泣き声、という幻聴がブーンを劈いた。

予鈴が鳴り、ドッジボールは終わりを告げる。



91: ◆xh7i0CWaMo :2008/11/15(土) 23:23:34.36 ID:Zi9U2ye50
躁の時のテンションが高ければ高いほど、鬱の時のテンションは下降する。
躁鬱病の場合、その振れ幅が大きいことが原因で自殺する患者も多いそうだ。
躁の時だった自分を、鬱の時に激しく後悔するのである。

帰り道、また勢いが強くなった小人の雨の中をブーンは一人しずしずと歩いている。

赤子は、まさにあの時死んだのかも知れない。そう思うと罪の意識に苛まずにはいられない。
あの時はああするしか仕方がなかったじゃないか。他にどうしろというのだ。
しかし、モラル的な問題として許される行為ではなかった。
どれだけ正当化しようと殺人者は冷ややかな眼で見られるものなのだ。

赤子を投げるという想像は、おそらく現在に至るまで数多の人間が夢想してきたはずだ。
何故実行に移さないか。モラルという箍が人間を固定していたからだ。
今回、その箍が外されただけのことにすぎない。因子は誰しもに眠っているのだろう。

だが、無理だ。無理なのだ。これが例えば不条理の入り口だとすれば、
ブーンには以降の変化についていけるほどの強さはない。

涙が止まらなかった。今更正当性を主張することなど出来ない。自分は赤ん坊を殺したのだから。

家までの道がいつも以上に長く感じられる。
息が上がる。汗が垂れる。赤い涙を拭う。何故あんなことをした。何故こんなことになってしまった。

ようやく自宅にたどり着いたとき、門の前に傘も差さずに佇んでいる女子生徒がいるのを発見した。

( ;ω;)「……」

从 ゚∀从「よう」



96: ◆xh7i0CWaMo :2008/11/15(土) 23:26:52.06 ID:Zi9U2ye50
( ;ω;)「ハイン……」

それは確かにハインだった。変わらない笑みをたたえ、塀にもたれかかるその姿は間違いなく、
ブーンの知るハインなのだ。変わっていないことがこんなに嬉しいとは。

从 ゚∀从「いやあ、お前から情報もらってさ、寝る間も惜しんで色々調べてたのよ。
      あんまり良い情報は無かったけどな……。
      ま、とりあえずお前にも有益かもしれねえと思って、報告に来たわけよ。
      ……って、なんだお前。泣いてんのか?」

( ;ω;)「ハイン……ハインんんん……」

言葉が見つからない。感情が不自然に揺らめいていた。荒い吐息ばかりが口から漏れる。
傘を取り落とし、止め処なく流れる涙をそのままにブーンは泣き続ける。

ハインはそのブーンの姿をしばし茫然と眺めていたが、やがて何かを思いついたような顔をし、
ブーンに近寄った。身長差がほとんど無いのは、ハインが女子にしては高い方だからである。

从 ゚∀从「何があったか知らないけど、とりあえずあんま泣くな。高校生だろ、お前」

そう言ってハインは、どこかの安い恋愛ドラマのように、ブーンを正面から抱き締めた。

・・・

・・



第四話『クラッシュライフ』終わり



戻る第五話