( ^ω^)ブーンと川 ゚ -゚)クーは抗い護るようです

5: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:02:55.38 ID:iFGjxXYh0
第五十三話 『ラストメンバー』

その瞬間、戦場から全ての音が消えた。
四方で響いていた、激闘と言える戦いの音が同時に止んだのだ。



東では、赤髪の異獣が身体を両断され

西では、銀髪の異獣が存在を消去され

何処かでは、男が恨みを晴らして死に

南では、青髪の異獣が矜持を粉砕され

北では、傀儡の異獣が呪縛から解放された。




「「――――」」



これは、その結果である。



6: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:04:39.68 ID:iFGjxXYh0
沈黙は数十秒も続く。

誰もが、己の成し遂げたことを実感するのに時間を必要としたのだ。
そして、かつてあったはずの絶望を払拭するように

「……やった、のか?」

と、小さな、そして強い笑みと一緒に誰がが言い

「あ、あぁ……」

「だよな? な? な!?」

「お、おお……確かに俺はこの目で見たぞ!」

「やったんだ! アイツらがやってくれたんだ!」

わ、と戦場に明るい色の声が湧いた。
四方に出現した別格級の敵を、全て倒してくれた者達がいるのだと理解したのだ



9: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:06:33.44 ID:iFGjxXYh0
「通信機能、回復しました!
 おそらくジャミングをかけていた異獣が倒されたのかと……!」

「よし、各隊との連絡だ! 現状を把握する!」

キビキビと命令を送り始めるのは東軍の小隊長だ。
右肩部から血を流しながらも、瞳に意志を込めて命令を出していく。

だが、それに割り込む声があった。

(,,-Д゚)「……待て。 それもいいが、優先すべきことがある」

「ギコさん……!?」

隊員が驚くのも無理はない。
しぃに支えられて立つギコは、両足が折れ砕けているのだ。
ただでさえ異獣を倒すのに無理をしており、本来なら絶対安静なはずなのだが。

ちなみにジョルジュとは応急処置を受けている頃だろう。
両手の全ての指を折っている彼は、それでもまだ戦うつもりらしい。

レモナはリベリオンの傍で、出来る限りの修理と整備を行なっているはずだ。
ショボンは戦いの途中から戦線離脱して衛生兵に任されているはずだが、どうなったのかは聞いていない。



13: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:08:05.11 ID:iFGjxXYh0
「怪我は大丈夫なのですか!?」

(;*゚ー゚)「え、えっと……」

(;,,-Д゚)「……大丈夫なわけがないだろう。 今すぐにでも倒れたいくらいだ。
      だが、やってもらわねばならんことがある」

何を、と隊員が言う前に、ギコは後方を見る。
そこには東軍が苦労して運んできたトレーラーがあり、

(,,-Д゚)「持ってきたミラーを展開しろ。 今すぐだ。
     おそらく本陣の方では準備が進められているか、既に完了している」

「な、何故そのようなことが……?」

問われたギコは、苦痛に耐えながら笑みを浮かべ

(,,-Д゚)「――非常に気に入らんが、アイツはそういう奴だからだ」

と、強く言った。



20: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:09:24.68 ID:iFGjxXYh0
闘志みなぎる東側に対し、西側は比較的暗いムードに包まれていた。

連続する戦いに疲労しているのもあるが、
それよりも何よりも、失ってはならない人を失ってしまった精神的ダメージが大きい。
特にこの世界の生まれで、意気消沈してしまっている者も多かった。

気持ちが解らないでもない他の世界の者達だったが、
同時に、今という状況で作業能率が下がるのはどうかという意見も少なからずあった。
だが、

('、`*川「ま、放っておきなさい」

というのが、全体指揮を執るペニサスの意見だった。

('、`*川「彼らの悲しみは彼らにしか理解出来ないもの。
     立ち直る人もいれば、難しい人もいる。 それは私達が導けるものじゃないわ」

「……そうですね。
 今の今まで生きていた人が突然消えるというのは、筆舌に尽くし難い衝撃がありますから」

('、`*川「んでも、復帰出来た人がいれば何も言わず手伝わせなさいな。
     彼らもきっと、それを望んでるわ」

「了解です」



24: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:11:00.55 ID:iFGjxXYh0
( ´_ゝ`)「……だが、もうドクオは動けんかもしれんな」

(´<_` )「俺達はこうして感情を押し殺すことも出来るが、アイツは……」

弟者が心配そうに見るのは一台の装甲車だ。
ツンとフサギコを巻き込んで砲撃してしまったドクオは、あの中で塞ぎ込んでしまっている。
面倒を見ている兵の報告では、もう何度も嘔吐しているらしい。

('、`*川「難しいところね。
     でも彼は生きている。 どうしようもなく」

( ´_ゝ`)「復帰することがある、と?」

('、`*川「この戦いでは無理かもしれない。
     でも、上手くいけば未来はまだまだ続くのよ?」

(´<_` )「……そうだな。 別に今すぐ復活しなきゃならんわけじゃない」

( ´_ゝ`)「そして、まだ戦える俺達がせめて道を作らにゃな。
     若いモンのためにも」

うんうん、と頷いたペニサスは、すぐ背後でフレームを持ち上げていくトレーラーを見る。

展開していく巨大ミラーは命懸けで運んできた機材だ。
戦場の中心であり、敵の中枢を守る結界を破壊するための切り札でもある。

('、`*川「さぁて……どうなるかしらね」



31: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:12:38.73 ID:iFGjxXYh0
( ゚д゚ )「やはり使えそうにないか」

「はい。 ミラーの大部分も割れてしまっています。
 せめて本体が無事なら人力で展開も可能だったんですが……」

南側の戦場では、破壊されたトレーラーの周囲に人が集っていた。
中心にいるのはミルナで、残骸を調べている隊員の言葉に耳を傾けている。
ミリアによって破壊されたトレーラーを何とか再利用出来ないかと相談してみたのだが
機材に詳しい一人の兵は、諦めたかのように首を振った。

「おいおい……じゃあ、ミラーだけでも修復出来ないか?」

「難しいですね。 角度がシビアですし、そもそも修理の時間もない」

「待て、俺達が鏡になるってのはどうだ?
 全員で肩車して鏡の破片持って『合体!ミラーウォール!』みたいな」

「えぇ、控え目に言わせてもらいますと死んでいいですよ?」

( ゚д゚ )「……ここまできて使えんとは悔しいが、諦めるしかないな」

南が駄目だとすると、他の地点が無事だとしても総数三枚。
確か戦う前、ミラーは最低でも三枚必要だと聞いていたのだが、他は無事なのだろうか。



38: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:15:06.65 ID:iFGjxXYh0
( ゚д゚ )「ともあれ、こうなったらやるべきことは一つ。
    結界が破壊されたと同時に突入するための準備を進めよう」

「「了解!」」

ノハ#゚  ゚)「――ミルナ」

( ゚д゚ )「ヒート……? もういいのか?」

ノハ#゚  ゚)「うん。 いつまでもこんな時に悲しんでいたら、きっと彼女に怒られてしまうから。
      弔いも泣くのも、全てが終わった後にするつもり」

( -д- )「……そうだな。 それがいい」

ミリアの一撃を喰らって気絶していたミルナとヒートは、目覚めた時の状況にひどく驚いた。
程なく離れた場所に半分ほど灰化したミリアと、それに跨る軍神の姿があり、
両者の腹部にはブロスティークが突き刺さっていたのだ。

慌てて駆け寄ったが、既に軍神の生命活動は終わりを告げた後だった。

その身体には無数の傷が刻まれており、どれほど激しい戦いだったのか想像すら難しかった。
一体何をどうやったらあんな決着のつき方になるのか解らず
全てを知っているであろうブロスティークも、もう言葉を発することはなかった。

彼女の遺体は今頃、衛生兵達の手によって丁重な扱いを受けているはずである。
それを見届けるべきかとも思ったがヒートの言う通り、今は前を見るべきだ、と思い直した。



46: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:18:17.98 ID:iFGjxXYh0
( ゚д゚ )「計画通りにいけばもうすぐ決戦だが……まだ戦えるか?」

隣に立つ彼女を見る。
槍と包丁刀を破壊された腰元は、少々心許ない。
しかし、ヒートは強く頷いてみせた。

ノハ#゚  ゚)「大丈夫。 武器が無いわけじゃないから」

その右手には――

( ゚д゚ )「――ブロスティーク、か」

ノハ#゚  ゚)「もう何の能力も持っていないただの大剣だけどね。
      でもまだ残留魔力を纏ってるみたいだし、使えるよ」

( ゚д゚ )「お前は強いな」

ノハ#゚  ゚)「冗談。 これでもさっき泣いてきたんだから」

( ゚д゚ )「だから強いんだ。 泣いたが、もうここに立っている。
     何があっても前に進もうとする意志があるんだ。
     俺は、そんなお前が大好きでな」

素気なく言われた言葉に、ヒートは軽く肩をすくめ

ノハ#゚  ゚)「知ってるよ。 昔からね」



52: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:20:30.55 ID:iFGjxXYh0
ロマネスクを撃破した北の戦場では、既にミラーの展開が終わりつつあった。

「全工程の九十%を完了!
 あと三分もあれば全ての準備が整います!」

<ヽ`∀´>「別格の異獣が倒れたとはいえ、油断せずに作業を続行するニダ」

現在のところ北軍の指揮はニダーが執っていた。
ヘリカルはカートリッジの補給と、ついでに哨戒へ出たらしい。
そして皆が駆け足で作業を続ける中、一つの簡易医療テントの中では、

( ´ω`)「あうあう……」

と、ブーンが両方の鼻にティッシュを詰め込んで寝転がっていた。
すぐ傍にはクーが座っており、医療器具の入った箱を漁っている。

川 ゚ -゚)「鼻血だけでなく発熱、そして身体の各末端部に内出血……無理のし過ぎだな」

( ´ω`)「申し訳ないお……」

川 ゚ -゚)「短時間に限界突破を四回も使い、その内二回は連続使用。
     下手をすれば数時間どころか数日も動けなくなったかもしれんのだぞ」

( ´ω`)「…………」

川 ゚ -゚)「……だが気持ちは解らんでもない。
     そして、その程度で済んで良かった」



56: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:22:22.17 ID:iFGjxXYh0
ブーンを診た衛生兵とクレティウスによれば発熱は一時的なものらしい。
身体に大きな負荷が掛かったためだが、それが一瞬一瞬だったのが幸いしたのだ。
もし長い時間使うような限界突破だったら、もうこの戦いに復帰することは出来なかったかもしれない。

安堵と、心配させてしまった罪悪感を内包した溜息を吐いていると
箱から何かを取り出したクーが、ブーンの首筋に手を当てた。

川 ゚ -゚)「確か鼻血を止めるには釘をこう、首の、この角度を狙って……いいか?」

( ´ω`)「どの角度からでもよくないお……殺す気かお?」

川 ゚ -゚)「ふむ、意識は正常を保っているようだな。 よしよし」

一体どういう確認の仕方だ、と思うが
くらくらする頭と意識がなかなか言葉を発すること許してくれない。

と、その時、甲高い電子音がクーの懐から鳴った。

川 ゚ -゚)「む」

( ´ω`)「それは……?」

川 ゚ -゚)「集合コールだ。 どうやらミラーの展開が終わったらしい」

モララーの性格を少なからず知っているクーは
回復した通信に乗ってくる本陣からのメッセージを受け取るよりも早く、ミラー展開を北軍に命じていた。
そんな中でクーがブーンの看病をする暇があったのは、既に周囲の異獣の掃討が終わっていたからだった。

しかし、これよりは最大限の警戒をしなければならない。
結界を消滅させるためのミラーが破壊されてしまえば、こちらに勝機は無くなる。



58: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:24:14.00 ID:iFGjxXYh0
川 ゚ -゚)「少し安静にしていれば直に良くなるらしい。
     そうしたら、すぐに手伝いに来てくれ」

( ´ω`)「あいおー」

テントから出るクーの、その後ろ髪を引かれる様がよく解ったブーンは
大切に思われているという事実を噛み締めるように額に手を当てた。
そこで待ちかねていたように、新たな声が掛かる。

『――君は幸せ者だな、内藤ホライゾン』

( ´ω`)「おっおっ……ありがたいことだお」

『彼女の気持ちを受け止めるつもりがあるのなら、全力で護ることだ』

( ^ω^)「……クレティウス?」

これは珍しい。
戦闘時以外はほとんど口出ししない彼が、人間関係に意見するとは。
だからブーンは滅多にないチャンスを活かすため、思ったことを口にする。

( ^ω^)「もしかして君も、大切な人がいたのかお?」

問い掛けにクレティウスは沈黙を返した。
ただしそれは拒絶ではなく、躊躇の沈黙だ。
しばらくして、彼(?)は独り言でも呟くように言う。

『……いたとも。 そして、いるとも』



62: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:25:39.24 ID:iFGjxXYh0
( ^ω^)「? どういうことだお?」

『一人は、もうどの世界にもいない。
 もう一人は、どこか遠い世界で今でも待っているかもしれない。
 約束をしてしまったからな』

(;^ω^)「……君は、やっぱり」

『あぁ、元は君達と同じ人間だった』

静かに放たれた言葉は、しかしブーンが密かに予想していたものだった。
機械とは思えない感情を持ち、そして異獣を追う執念は、どこからどう見ても人間のものだったからだ。
今まで教えてくれることのなかった情報に高揚するのを自覚しつつ、ブーンは更に質問を続ける。

( ^ω^)「じゃあ、君が異獣を求めてここへ来たのは――」

『生前……と言えるものか解らないが、やり残したことがあった。
 だから世界を越え、渡り、ここまで来た。
 そして君達の助力のお陰で、もう目的は目の前だ。 礼を言う』

( ^ω^)「そうだったのかお……」



70: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:28:37.84 ID:iFGjxXYh0
何か込み入った過去がありそうだった。
しかし今それを聞く時間、そして資格も自分には無いだろう、と感じたブーンは、

( ^ω^)「それじゃあ、頑張らないと」

『?』

( ^ω^)「待っている人がいるんだお? 約束してるんだお?
      だったら、異獣をぶっ飛ばして会いに行かなきゃダメだお」

クレティウスはすぐに返事を返さなかった。
少しの沈黙。
独特の空気に、ブーンはクレティウスの状態を理解した。


……これはきっと、『きょとん』としているのだろう。


本当に珍しいことがあるものだ、とニヤけ顔になるのを我慢しつつ返答を待っていると
やがてクレティウスは、今までにない柔らかな声で言った。

『――あぁ、そうだな。 そうだと良いな』



74: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:30:24.70 ID:iFGjxXYh0
クーがテントから出ると、既に周囲は慌ただしい雰囲気に包まれていた。

設置展開したミラーを守るため、全員が緊張した面持ちで持ち場につこうとしている。
その中を掻き分けるように移動したクーは、トレーラーの傍に立っているニダーへ近寄った。

川 ゚ -゚)「状況は?」

<ヽ`∀´>「現在、ミラーは合計三つ展開しているニダ。
      南は戦闘中に破壊されてしまったらしいニダ」

川 ゚ -゚)「そうか……」

聞けば、南は他三方を凌駕する激戦だったという。
何名かの死人や怪我人は出たものの、全滅を免れただけでも幸いなことだろう。

*(‘‘)*「ってことで、あと三枚で何とかしないといけないんですが……。
    あの変な博士は大丈夫って言ってましたよね?」

川 ゚ -゚)「アサヒのことか。
     彼は確かに変人の気があるような気もするが、嘘は言わんはずだ」

<ヽ`∀´>「何にせよ、もう後は結果を見守るしかないニダ」

そろそろ本陣から『神の裁き』が送られてくるだろう。
仰々しい名前だが、単なる特殊電磁反射率を応用した局地爆撃のことである。
この世界の純正ルイルを用いて強化したそれは、戦場の中枢を囲うバリアを取り除くための策であった。



80: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:32:44.07 ID:iFGjxXYh0
*(‘‘)*「……ところで、これが失敗したらどうなるんですか?」

川 ゚ -゚)「別の方法であの結界を破る方法を見つけなければならん。
     もっとも、それが出来るのならばこんな回りくどい方法をとるわけもないが」

つまりほとんど最終手段に近い。
これで駄目なら、最悪の場合は撤退すらしなければならないだろう。

いや、撤退を選んでも逃げ切れるかどうか。
それに世界中に散っている異獣が活動を開始してしまえば、もう手を打つことは出来ない。
この世界は、おそらく未曽有の混乱の中で滅びていくのだろう。

川 ゚ -゚)「だからこそ、この作戦を失敗に終わらせるわけにはいかない」

<ヽ`∀´>「解っているニダ。
      皆も、そのために全力を尽くしているニダ」

川 ゚ -゚)「……そうだな。 ここまで来て激励も確認もないか。
     ただ自分達の力を信じて突き進むのみだ」

*(‘‘)*「もちっと堅実な方向でいきたかったんですがねぇ……」

川 ゚ -゚)「それは贅沢というものだな、ヘリカル」



84: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:35:21.76 ID:iFGjxXYh0
その時だ。

川 ゚ -゚)「……ッ!」

「「!!」」

クーの言葉に被さるように一際大きな音が聞こえてくる。
方角からして北軍の背後、それは本陣の方からだ。

川 ゚ -゚)「来たか……!」

クーが言い、その場にいた全員の表情が緊張と興奮で強張った。
同時に、少し遠くで争いの音が大きくなる。
おそらく異獣がクー達の狙いに気付き、妨害するために勢いを増したのだろう。

それを打ち消すように、ニダーが右手を大きく振って大きな声で吼えた。

<#ヽ`∀´>「本命が来たニダ! 
       総員、死ぬ気で現状を維持するニダ!!」

「「合点承知ッ!!」」

川#゚ -゚)「決してミラーに敵を近付かせるな! 結界さえ破壊すればこちらのものだぞ!」

クーの言葉と同時。
彼女達の頭上を、大きな物体が中枢へ向けて飛翔した。



90: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:36:36.94 ID:iFGjxXYh0
結界の上方に、『神の裁き』と呼ばれる物体があった。

直上を位置取ったそれは、灰色の巨大な鉄球に似た球だ。
かつてハインリッヒ戦で見せた紫色の電流を纏っている。

しかし、周りを固めていたはずの六枚の鏡はない。
何故ならその役割を担うミラーは四軍が運び終わっているからだ。
故に展開する手間を省いた『神の裁き』は、既に臨界点へ達している。

生まれていく莫大なエネルギーは周囲の空間を震わせ、捻じ曲げていく。
それは紫電として表現され、時間経過でより多く、濃く色を重ねていった。


そして、限界を超える。


「「!!」」


閃光。
続いて、爆発。


「総員、対閃光衝撃防御――!!」

雷鳴を更にランクアップさせたような轟音が、天に鳴り響いた。
追うように衝撃波が撒き散らされ、地上にいる者達へ降り注いでいく。



95: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:38:25.32 ID:iFGjxXYh0
状況は第二段階へ。

突風と轟音に顔をしかめ、地面に這いつくばっていた一人の兵士は見る。
『神の裁き』から発生している大量の紫電が、三方向へ放射されるのを。

「――!」

三つに分かたれた電流は、北、東、西の巨大ミラーに吸い込まれるように走った。

直撃する。
更なる轟音と衝撃。
勢いにミラーが軽く撓み、支えるトレーラーが一瞬だけ傾く。

だが、それだけで終わらない現象が一つ。

紫電だ。
強烈な光を発する電流は、ミラーにぶつかっても消えることはない。
むしろ一層の力強さを増した光は、激突の勢いを吸収するかのように一旦潰れる。


そして、反射した。


が、という音と、き、という音が重なった硬質な大音。
示すような大きな光の奔流が、今度は鏡面から放たれた。

幾筋かの軌道を描く光は別のミラー、そして天空に浮かぶ球体へ目掛けて迸る。



102: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:40:09.38 ID:iFGjxXYh0
後は、同じことの繰り返しだった。
それぞれのミラーと球体を行き来する紫電は、さながら身をくねらせる龍のようだ。

だが決定的に異なるのは、その反射の度に電流が力強くなっていく点だ。

特殊電磁反射率の理論を元にした仕掛けは成功しているらしい。
反射すればするほど、その密度が濃くなっていく。
その度、鳴り響く雷鳴のような音も大きくなっていく。

「いけ……!」

誰かが、強く呟いた。

「いけよ! そんなクソふざけた拒絶壁なんか、ぶっ壊しちまえ……!!」

応じるように一際強烈な光が生み出された。
連続反射によって編み上げられた高密度の紫電が、全て元の灰色球体へ戻っていく。
最初に放ったものよりも強い閃光を放つそれは、直下にあるバリアに向かって――


――その莫大なエネルギーを爆発させた。


狙った範囲だけに大破壊をもたらす『神の裁き』が、発動する。



105: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:41:34.90 ID:iFGjxXYh0
そこから先、どうなったのかは解らない。

強烈な光と風のせいで誰もが爆心地を直視することが出来ないのだ。
ただ解ったのは、地面が大きく揺れていることだけだった。

そんな大衝撃が終わりを告げたのは、爆発から実に八十秒後であった。

「ぐ、ぅぅ……?」
「けほっ……ど、どうなったの……?」
「あー耳痛ぇ」
「やべ、誰か俺の剣知らない? どっか飛ばされた」

口々に感想を漏らしながら立ち上がるのは、地面に伏せていた兵達だ。
突然のことに装備を吹き飛ばされた者が少数いる以外は、特に目立った被害はない。

*(;‘‘)*「っ……なんつーアホみたいな爆撃ですか……!
     死ぬかと! 死ぬかと!!」

<;ヽ`∀´>「現状を確認するニダ! 他の隊とも連絡をとるニダ!」

川;゚ -゚)「な、内藤は――!?」

背後を見る。
御存知の通り、ブーンは医療テントの中で横になっていたはずだ。

だが、あの突風と衝撃を受けたテントは吹っ飛んでしまっている。



113: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:44:06.52 ID:iFGjxXYh0
川;゚ -゚)(まさか……)

一緒に吹っ飛んで行ってしまったのだろうか。
嫌な予感が脳裏を過ぎり、探し出そうと足を踏み出しかけた時。

軽く混乱している皆の中、ふにゃふにゃしたモノがこちらに近付いてきていた。

(;´ω`)「し、死ぬかと思ったお……」

川;゚ -゚)「内藤! 無事だったか!」

(;´ω`)「いきなりテントが消えた時はどうしようかと……。
     床までくっついてるタイプじゃなくて良かったお」

『勢い余って十メートルほど転がったが。 危なかった』

川;゚ -゚)「君の強運には時々驚かされるな……」

( ^ω^)「とにかく僕は大丈夫だお。 ところで今の爆発みたいなのって――」

川 ゚ -゚)「あぁ、『神の裁き』だ。 先ほど起動してな。
     結果はまだ解らん」

爆心地となる結界は、舞い上がった多量の砂煙に覆われて見えない。
視界の利かない中を下手に突っ込むわけにもいかず、全軍が最大警戒の構えで見守っている状況だ。



119: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:45:39.12 ID:iFGjxXYh0
( ^ω^)「あの先に僕らが倒すべき元凶がいるのかお……」

川 ゚ -゚)「あぁ、そうだ。
    そして、何が出てこようとも絶対に負けられない」

『…………』

<ヽ`∀´>「…………」

*(‘‘)*「…………」

いつしか、それぞれの隊から音や声が無くなっていた。
他方角の軍も同様らしい。
今、ニダーの隣で最後の通信が切られた。

彼らの意志は統一されていた。
結界の破壊が確認され次第、中枢に突入する、と。

「「――――」」

これぞまさに『嵐の前の静けさ』か。
段々と晴れていく煙がひどく焦れったい。

全員が緊張に表情を硬くしている。
特に最前線にいる者は、いつあの煙の向こうから敵が来るか解らないため
いつでも飛び出せるように腰を低く構えていた。



125: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:47:15.67 ID:iFGjxXYh0
十秒が経つ。
二十七秒が経つ。
そして、一分と四十三秒が経過した時。

「!? お、おい! あれを見ろ!」

最前線にいた兵の一人が煙の隙間から事実を見る。
周囲にいた者もそれを認め、そして驚きに目を見開いた。
そうしている間にも煙が晴れていき、結果を目に焼き付けていく。

ざわ、というどよめきが、前方から波として順次走っていった。

*(;‘‘)*「!!」

<;ヽ`∀´>「っ……」

そして、遂にクー達も見ることとなる。

(;^ω^)「あれは……そんな……!!」

赤色だった。
煙が消え、その先に現れたのは紅蓮の壁である。
そしてその結果が示す真実とは


川;゚ -゚)「――馬鹿な!? 失敗だと!?」


そびえ立つ壁は、つまり結界である。
『神の裁き』の直撃を受けて尚、その形を保っていたのだ。



128: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:49:22.03 ID:iFGjxXYh0
破壊されているのは上部だけだった。
半円形状の上三分の一ほどが割れ砕けている以外、特に目立った損傷は見受けられない。

これは、地上から攻め入ることしか出来ない四軍にとって致命的な状況だった。

<;ヽ`∀´>「他に入れそうな場所はないニカ!?」

「ど、どの軍も侵攻口を見つけられないようです!」

川;゚ -゚)「ここまできて……!? そんな馬鹿な!」

残りを破壊しようにも、あの結界の魔力密度を考えるにこちらの攻撃が通じるとは考え難い。
加えてその後に一番重要な戦いが控えている以上、ここで力の消耗は抑えたいところなのだが――

「――ッ!? 待て、あれを!」

誰かが空を指差した。
正確には、『神の裁き』で破壊された部分だ。
戦闘機やヘリでしか侵入出来ないような穴に、変化があった。

(;^ω^)「修復してる、のかお……!?」

砕け、ギザギザの切り口を見せている結界に蠢きが多数。
それは揺らぎを見せながら、徐々に赤い面積を増やしていた。



133: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:50:32.35 ID:iFGjxXYh0
*(;‘‘)*「ま、まずくないですか!?
     このまま時間が経てば元通りになってしまいますよ!」

『神の裁き』は一つしか用意出来ていない。
この世界の純正ルイルの魔力をつぎ込んだ、一度限りの兵器である。
つまりこの機を逃がせば、ブーン達に勝ち目がなくなってしまうということだ。

川;゚ -゚)「もはや悠長に考えている暇はない……!
      出来るか解らんが、私達で残りの結界を破壊する!!」

焦燥も露わにクーが命令し、全員がそれに従う。
遠距離攻撃を可能とする兵が各々の武器を構え、今も修復していく結界へ銃口を向けた。

間髪入れずに発砲。

だが、巨大な壁と化す結界に対し、こちらの攻撃はあまりに小さ過ぎた。
銃声と砲声の中、彼らの顔には焦りが浮かぶ。
おそらく他の軍も同じだろう。

『おい、これが効かなかったらどうするつもりだ』

川;゚ -゚)「それは……」

東軍のギコの声にクーは言いよどむ。
認めたくないが、それがこちらの敗北の瞬間だろう。
手出し出来ない以上、敵を倒す術はこちらにはないのだから。



139: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:51:44.06 ID:iFGjxXYh0
『何か他に手はないのか!
 「神の裁き」と同等の、いや、もっと強力な攻撃が……!』

(;^ω^)「そ、そうだお! まだこっちには『龍砲』があるお!」

南軍のミルナに応えるように、ブーンが言った。
『龍砲』とは、魔法世界の純正ルイルを組み込んで作り上げた巨砲のことだ。
結界を破壊した後に現れるであろう『何か』を破壊するための、最後の切り札である。
今は本陣にて発射の用意が進められているはず。

本来の用途とは異なるが、あれを使えば――

『――だが、不安要素が大き過ぎる』

そこで、兄者の声が割り込んだ。

『「龍砲」を使えば結界を破壊することが出来るかもしれない。 しかし確実とは言えんぞ。
 それに運良く壊すことが出来たとして、その後はどうするつもりだ?』

異獣があれだけ頑なに守ろうとしていた中枢だ。
そこに、今まで以上に強力な敵が鎮座していてもなんら不思議ではない。
そういった最大の危機を打ち砕くのが、『龍砲』に与えられた役目なのだ。

兄者の言葉は正しい。
だからこそ、全員が逡巡した。



145: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:53:30.61 ID:iFGjxXYh0
『……モララーはどうなっている?
 アイツなら何とかすることが出来るかもしれん。 ひどく気に入らんが』

『残念ながら今は話せる状態にないらしいぞ、ギコさん』

『何……? 怪我でもしたのか?
 まったく肝心な時に何を油断している、アイツは』

つまり、今いるメンバーだけで決断しなければならないというわけだ。
少々心許無い気もするが、贅沢など言っていられない。

川;゚ -゚)(どうする……どうすればいい……?
     今ここで切り札を消費して、後の危機を私達だけで何とかするのか。
     それとも後のことを考え、ここは私達の力のみで切り抜けるべきか)

どちらにも全滅の危険性が付きまとっている。
あの結界を破壊しなければこちらに勝利はないだろうし
『龍砲』を使って破壊しても、その中身に負けてしまえば意味がない。

危機が先か後かの違いだ。

どちらにも大きなデメリットがある以上、安易な判断をしてはならないと思う。
だが、そうしている間にも結界は修復されているのだ。



153: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:55:13.98 ID:iFGjxXYh0
砲射撃の先を見る。
数々の光が散っているが、結界にダメージを与えているとは言い難い。
このままでは修復速度の勝っている結界が元の強固な壁へ戻ってしまう。

*(;‘‘)*「急遽決断を要する……ってやつですね」

そしてそれが重要だからこそ、迷う。

<;ヽ`∀´>「……時間がないニダ」

川;゚ -゚)「くっ……」

(;^ω^)「…………」

川;゚ -゚)(時間が無い……どっちつかずになるのが一番危険か……!)

元の形を取り戻しつつある結界を見て判断する。
今の自分達の力では結界をこじ開けることは出来ないだろう、と。

だからクーは、今ある要素を最大限に発揮することが出来る選択肢を選んだ。


川;゚ -゚)「――『龍砲』を使う! 兎にも角にも結界を壊さねば話にならん!」



161: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:57:15.03 ID:iFGjxXYh0
<#ヽ`∀´>「了解したニダ!」

『よし、本陣への連絡と段取りは俺に任せろ。 北軍は射線を開けてくれ』

川 ゚ -゚)「解った……頼むぞ、兄者」

皆はすぐさま応じた。
どちらが正解かなど解らない。
ただ、クーの選択を信じて動くだけだ。

それでもクーは落ち着く素振りすら見せることが出来ずにいた。
隣にいるブーンに向き直り、しかし自分に言い訳するように言葉を吐いていく。

川 ゚ -゚)「……現状での切り札の消費が正しいのかは解らない。
     だが、こんなところで進路を閉ざされるわけにもいかないんだ」

( ^ω^)「解ってるお。 僕も、皆も」

しかしそれでも不安は拭えない。
この選択は、結界を破壊した先にあるモノを自分達だけで何とかする必要がある、ということだ。

川;゚ -゚)(もし今まで以上に強力な敵が出てきた場合……私達は対抗出来るのか……?)

聞けば四方の戦いでの損害も少なくないらしい。
事実、どの部隊が壊滅しただとか、誰某が戦死しただとかいう情報も交錯している。
ただし軽い混乱が起きているため後で真偽を確認しなければならないが、被害は少なくない、とクーは見ていた。
現戦力は、最低でも初期の三分の二以下と判断していい。



164: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 21:59:08.69 ID:iFGjxXYh0
川;゚ -゚)(私の選択は、果たして正しいのか……?)

自信が持てない。
当然だ。
きっと、誰に任せても自信など持てないだろう。

押し潰されそうなプレッシャー。
背に重さを錯覚しつつ、クーは忌々しげに修復しつつある結界を見て、

川 ゚ -゚)「――え?」

言葉を失った。

(;^ω^)「ど、どうしたお?」

川;゚ -゚)「あれは……!?」

彼女の視線の先。
形を取り戻しつつある結界の上部――の更に上方。
追加として突き出された指の先には、真っ赤な空があった。

いや、違う。

彼女が示しているのは、その赤色に溶け込むように存在している――

(;^ω^)「!?」

人影があった。
遠過ぎて確認出来ないが、人らしき形の影が天空から落ちてきている。
真っ直ぐに、まるでスカイダイブしているかのように。



169: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 22:00:25.72 ID:iFGjxXYh0
「なんだなんだ?」
「おい見ろ! あれって人じゃねーか!?」
「まさか超高高度からの飛び降り自殺挑戦者……!?」
「ギネスっ!!」

二人の驚きを察知して周囲の兵達も次々と空を見上げた。
そして誰もが同様の驚きを発し、その正体を見極めんと目を凝らした。

<;ヽ`∀´>「……違うニダ!」

ニダーが言った。
高度と距離、速度から考えて、あれほど人影が大きく見えるはずがない。
確かに人の形をしているが、正体は別物だ。

人型。
それでいて巨大。

だが、EMAではない。
現存する二機はこちらに揃っている。
三機目が存在するという情報はない。

となれば、あれは――



179: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 22:01:49.12 ID:iFGjxXYh0
川 ゚ -゚)「!!」

普通の人間よりも視力の高いクーが、答えを見つけた。

降下している人型のすぐ傍に、小さな人影がいるのだ。
巨人にくらべて七分の一ほどのサイズのそれは、同じように四肢を広げている。

川;゚ -゚)「ぁ……あぁ……!」

一目見て理解した。
この戦場に遅れて参じる者の正体を。

ずっと、ずっと心配していた我が子のような――最後の参戦者を。


今にも壊れてしまいそうな声で、クーは言った。


川;゚ -゚)「ハイン――!!」



188: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 22:03:32.95 ID:iFGjxXYh0
落下という半自由空間に、銀髪の少女が身を任せていた。

从 -∀从「――――」

大きな音が響いている。
風が吹き荒む音だ。
ばたばた、という布を叩いたようなそれは、心地よく鼓膜を震わせる。

周囲に見える色は赤と褐色、正体は空と大地だ。
並行した視線一面に広がる二色は、果てがあるように思えないほど突き抜けている。

単純で壮大な景色に対し、眼下は複雑な景色だった。

灰や黒の色が、赤褐の大地に上塗りされている。
そしてその中心部には円形を描く紅蓮の色が鎮座していた。


……おそらくアレが、僕の目指すべき場所。


そう直感した。



196: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 22:04:43.24 ID:iFGjxXYh0
この戦場へ到着したのは、本当につい先ほどのことだった。

何処なのかまったく解らない孤島から脱出し、
微かに感じる歪な魔力を辿りながら飛び続けること半日。
ようやく辿り着いた戦地では、既に戦いが始まって幾許かの時間が経過していた。

从 -∀从「――――」

まずハインリッヒが最初に見たのは半壊した結界だった。
それでいて戦いの声と音が聞こえてこないのは、異常があるからに他ならない。
おそらく予想以上に高い障害に進路を塞がれているのだろう。

だから、ハインリッヒは迷わず戦場へ降下した。

『――――』

隣には巨大な物質がある。
正体不明の人型自律機動兵器『鉄機人』だ。
機械世界で秘密裏に作られた、最強を支援するためのサポートウェポンである。

从 ゚∀从「――――」

頭を下へ向け、己が落ちようとしている先を見る。

壊れかけた結界の周囲には人の群れがあり、
それらが絶望という色に染まりつつあるのが、手によるように解った。


だから、行く。



204: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 22:06:59.29 ID:iFGjxXYh0
从 ゚∀从「僕は――」

弱かった。
何も出来ずに、何もせずに。
そう決め付けることで、自分を納得させていた。

……違う。

強さを振るうのが怖かった。
強くありたい、と願うと同時に、強さに恐れを抱いていた。

大切な何かを壊してしまわないか、と。
それは例えば、護ってくれる人との関係や、周囲の環境や時間を。
生まれ変わった自分が、また以前のような力に暴走することで壊すのが怖かった。

从 ゚∀从「でもそれは、僕が、僕自身が弱かったんじゃない――」

それは言い訳だ。
本当の弱さを言葉に置き換えただけの、張りぼてだ。
だから誰にも勝てなかったし、護られることばかりだった。

それは――


从 ゚∀从「――僕の心が弱かっただけだ」



209: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 22:08:16.72 ID:iFGjxXYh0
殺さねばならない状況に面した時、きっとトリガーを引くことは出来ないだろう。
そういう類の弱さだ。

ブーンやクー、そして彼らの仲間達が持つ弱さとは違う。
もっと下にあって、情けなくて、しかし誰もが持つことのある弱さだ。

銃――意志がない。
引き金――理由もない。
掛ける指――覚悟もない。

从 -∀从「でも――」

大きく息を吸い、大きく吐き出す。

眼下、ざわめきが大きくなった。
きっと落下している自分に気付き始めたのだろう。
そして戸惑いのざわめきが、徐々に明るい色へ変わっていく。

騒ぐということは、忘れられていなかった、ということだ。

素直に嬉しかった。
戦力外だった上、結果的に黙って行方をくらませてしまったのに
彼らは自分のことを憶えていてくれて、迎えてくれそうな勢いでこちらを見ている。
中には、『ハインリッヒ』と呼んでくれる者さえいた。

期待されているのかもしれない。
ハインリッヒを深く知らない者にとって、自分は『最強』だ。

異獣を滅ぼし尽くすために生み出された兵器である。



214: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 22:10:01.93 ID:iFGjxXYh0
でも、嫌だ。

人間でなく兵器だなんて、そんなの嫌だ。
自分が傷つくのも、誰かを傷つけるのも嫌だ。

从 -∀从(僕は人間でいたい……人間として生きていたい。
      クーさん達がそう見てくれたように、世界からも人間として見てもらいたい。
      たとえそれが難しい願いであろうとも――)


だからこそ、心から強く願うのだ。


从 ゚∀从(そうだ……そうなんだ……)

願えるではないか。
こんな弱い自分でも、本気で求めることが出来るのだ。


――だとするなら、僕は決して弱くなんかない。



227: ◆BYUt189CYA :2008/04/30(水) 22:14:24.64 ID:iFGjxXYh0
この戦いだけに求めよう、とハインリッヒは強く思う。

敵を殲滅する力を。
皆を護れる力を。
自分が恐れる力を。

でも、心配は要らない。
恐れることが弱さなら、きっともう大丈夫だから。


从 ゚∀从「――僕は、この力を恐れずに使ってみせる」


そして、叫ぶ。


从#゚∀从「僕のために用意された真の武装!
      これが本来の僕の姿なら、今日この時だけ僕は兵器となる!
      そして僕は僕の役目を果たし、その上で人間であることを願う!!」


叫びは咆哮となり、


从#゚∀从「いくよ! 僕専用のウェポン『鉄機人』!
      そして、その真の名は――!!」



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