(´<_` )おかしな話たちのようです

115: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/10(日) 00:42:12.57 ID:R4lo29wa0

──07.─────────────────


カタカタと、キーボードを打つ乾いた音が無音の室内に響く。
音を出している本人が言うのもなんだが、リズミカルとは言えないまばらな音はあまり宜しくない。

音がまばらなのは、筆がノってない証拠なのだから。

(´<_` )「パソコンに打ち込むのに筆というのも変だな……」

文筆、執筆、才筆、早筆、文章を書くことに関連する熟語には筆の字が使われている物が多い。
だが実際、俺がやってる執筆と言われる作業は、筆のふの字も使っていない。
全てコンピュータに打ち込み、データで入稿される。
そして印刷機で出力され、本という形になる。

いつの間にか執筆活動から筆は締め出されてしまっている。

(´<_` )「そもそも筆自体が使われていないんだがな……」

精々鉛筆止まりだ。
書道家や画家でもなければ、筆には触れないだろう。
画家もパソコンという新たなキャンパスに舞台を移している人間も多いから、やはり筆はどんどん姿を見なくなる。



117: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/10(日) 00:44:15.71 ID:R4lo29wa0

(´<_` )「おっと、そんなどうでもいい事を考えている場合じゃなかったな」

ノートパソコンのモニターに目を落とし、執筆を続ける。
執手や執打はやはり言葉として不自然だから、執筆という言葉を使わざるを得ない。

まだ原稿用紙にして10枚分ほど足りていない。
そして締め切りは明日の昼。
駆け出しの随筆家の俺が、そうそう原稿を落とすわけにもいかない。

仕事自体がそうあるわけではないのだ。
数少ないチャンスを、棒に振るつもりはない。
残り12時間、筆がノっていれば十分いける時間だが、正直な所、今の調子だと厳しいかもしれない。

(´<_` )「……お菓子か」

今回のテーマはお菓子。
どんな切り口にするかは自由らしいが、俺は適当なお菓子に適当なエピソードを付けて物語仕立てにしてみた。
随筆なのか、と聞かれれば多少首を捻らざるをえないが、随筆は気の向くままに記した文章という意味合いもある。
ならば俺の気の向いた文章でもいいのではないか。

社会的な切り口や、仰天ニュース等から書き始める方が一般的で楽だとは思うが、似た様な文章だと埋もれてしまう。
俺みたいな駆け出しは、何処かで気を衒って目を惹かなければ厳しいのだ。



119: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/10(日) 00:46:20.04 ID:R4lo29wa0

(´<_` )「……もう1話欲しいな」

流石に半分以上は書き上げているのだが、まだ文章量が足りていない。
猶予は2週間以上あったのだから、この段階で書き上げ切れてないのは偏に俺の不徳の致す所だ。
気が進まない仕事という事もあったが、昔から、追い詰められないとエンジンがかからなかった。

(´<_` )「俺はスロースターターなんだよ」

誰に言うでもなく、ぽつりと呟く。
静かだった部屋に俺の声が響く。
実際は響くほどの広さもなく、反響し様もないのだが、その辺りは俺の語彙力のなさの所為で、そう表現せざるを得なかった。

(´<_` )「何だ、雨か……」

先ほどからキーの音に異音が混じると思っていたら、いつの間にか雨が降り出していた。
天気予報は見ていなかったが、きっと予報どおりに降り出したのだろう。
最近の天気予報は本当に優秀だと思う。

(´<_` )「やれやれ、気が滅入るな」

実際は既に滅入り切っていて、これ以上気持ちの沈み様がない。
もちろん、一向に進まない筆、執筆活動の所為だが、進まない理由を雨に結び付けて正当性を持たせようとしたのかもしれない。

無駄な事だが。
そんな事をしても締め切りは延びず、俺の筆力も上がるわけではない。



121: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/10(日) 00:49:21.89 ID:R4lo29wa0

カタカタと、リズミカルとは程遠い演奏が鳴り響く。
拙いながらも曲は流れる。
流れた分だけ話が紡がれる。

聴衆のいない独演会。
練習であり、本番。
ここで弾いた曲を、そのまま客に聴かせる事になるのだ。

手は抜けない。抜くつもりはない。
これが、この音が今の俺の唯一の表現手段なのだから。

(´<_` )「……とは言え、流石に疲れたな」

何時間打ち続けたかわからない。
浮かぶ言葉を必死でかき集め、並べ立てる作業に費やした。
無を有に、形に表すという作業に費やした。

それは創作と呼ばれながらも、俺にとっては作業なのだ。

(´<_` )「一息入れ──」



124: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/10(日) 00:51:28.90 ID:R4lo29wa0

( ´_ゝ`)「よう、弟者、精が出るな」

(´<_` )「兄者、まだ起きてたのか」

時刻は既に深夜と呼ばれるの相応しい時間だ。
三流とは言え会社勤めの兄者が起きていていい時間ではない。

( ´_ゝ`)「三流は余計だろ」

(´<_` )「心を読むな、兄者よ」

どうやら口に出ていたらしい。
それに気付かぬほど、疲れているという事か。

(´<_` )「して、何の用だ兄者よ? 寝ないと明日の仕事に差し支えるぞ?」

( ´_ゝ`)「ああ、もう寝るよ。だが、寝る前にがんばってる弟者に差し入れだ」

(´<_` )「兄者にしては気がきくじゃないか。ん、コーヒーか? 丁度淹れようかと思ってたんだよ」

( ´_ゝ`)「ああ、コーヒーだ。だが、ただのコーヒーじゃないぞ。疲れてる時は甘い物だからな」

(´<_` )「……俺、ブラックの方が好きなんだが」



125: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/10(日) 00:53:44.12 ID:R4lo29wa0

( ´_ゝ`)「まあ、そういうな、ほれ」

(´<_` )「いや、好意は有り難く受け取るよ。ありがとう、兄者」

兄者から手渡されたコーヒーカップは、ちゃんとお湯を沸かし直したのか、程よい熱さを保っていた。
兄者にしては気がきき過ぎている。
大方、姉じゃ辺りに突っ込まれながら淹れたのだろう。

(´<_` )「……ん? 何だ、この匂い?」

( ´_ゝ`)「おお、気付いたか? その匂いこそがただのコーヒーではない証明だ」

甘い、と言うより甘ったるい匂いがコーヒーから漂って来る。
どこかで嗅いだ事のある匂いだ。

これは……

(´<_` )「キャラメル?」

(*´_ゝ`)「正解だ、弟者よ。キャラメルマキアートにしてみたんだ」



126: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/10(日) 00:55:46.23 ID:R4lo29wa0

(´<_` )「……兄者よ」

( ´_ゝ`)「何だ、弟者よ」

(´<_` )「キャラメルマキアートはキャラメルシロップをラテに入れるのであって、固形のキャラメルをそのまま入れるんじゃないぞ?」

( ´_ゝ`)「……溶ければ一緒じゃね?」

(´<_` )「……うん、一緒かもね。そうだね、そういう事にしとくよ。ありがとう兄者」

(;´_ゝ`)「いや、そんなすっごい冷たい目で見ないでくれない? お兄ちゃんちょっと凹むから」

(´<_` )「冗談だよ。感謝してる、わざわざありがとう」

( ´_ゝ`)「この位お安い御用だ。……あんまり根詰めすぎるなよ?」

(´<_` )「ああ、わかってるよ。……あ、そうだ兄者──」

・・・・
・・・



127: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/10(日) 00:58:00.15 ID:R4lo29wa0

カタカタカタと、先程までよりは幾分テンポアップした曲を奏でる。
案の定、キャラメルマキアートからは程遠い、不思議なコーヒーもどきの味がしたが、お陰さまで変に目が覚めた。
兄者のボケもたまには役に立つ。

(´<_` )「あと3分の1か……」

あれから数時間、キーを叩き続けた。
無心で叩き続けていると、心のどこかで、何の為に、といった様な疑問が浮かび上がる事もある。

そんな事は決まっている。
生きる為だ。

俺はこれで糧をえているのだ。

同時に、違う言葉も浮かび上がる。

自己実現。

今はそれを、表に出せない。
書きたいものを、書ける身分じゃない。

(´<_` )「……甘い」

書きたいものを書けばいい。
そう言う人もいる。
無責任に言う人がいる。



129: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/10(日) 01:00:27.36 ID:R4lo29wa0

(´<_` )「……甘いな」

兄者から、あのコーヒーもどきに使ったキャラメルの残りをもらった。
眠気覚ましに丁度良いかと思ったから。

ご丁寧にコーヒーキャラメルだ。
最初から、コーヒーに入れるつもりで違和感のないものを買ったんだろう。

兄者らしい。

大本がが間違っているのだが、それでも、その中で最善を尽くそうとする。
兄者はあれでも努力家だ。
俺はそれを知っている。

一方、才能にかまけた俺は努力を疎かにし、夢見るままに気の向くまま、文筆業を選んだ。

そして挫折。

今を生きるのに精一杯だ。

書きたいものは当然あった。

今もあるかはわからない。



132: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/10(日) 01:02:47.33 ID:R4lo29wa0

忙しい今を言い訳にし、本当に書きたいものからは目を背けている。

誰かがそう言った。

誰かにそう言った。

俺には聞こえなかった。

俺は聞いていなかった。

(´<_` )「……本当に甘いな」

書かない言い訳に書く事を使う。
いい加減、気付いてるはずだった。

(´<_` )「……甘いキャラメルだな」

曲が止んだ。
代わりの曲を空が演奏してくれている。
一定のリズムで響き渡る多重奏。

俺が弾かずとも、誰かが弾いてくれるのだ。



133: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/10(日) 01:05:02.97 ID:R4lo29wa0

(´<_` )「……甘いのはキャラメルか」

          ctrl + A

(´<_` )「……それとも」

           Del

(´<_` )「……俺自身だろうか」

          ctrl + S

(´<_` )「……書こう」

誰かが書いてくれる原稿ではなく。

(´<_` )「書こう」

俺しか書けない物語を。

(´<_` )「……甘いかな?」

キャラメルは甘いもんだ。
明日はちゃんとしたキャラメルマキアートを兄者に飲ませてやるか。


 ──07.キャラメル奏でる甘い歌のようです 了──



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