( ^ω^)奇人達は二十一グラムの旅をしますようです
- 2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:52:34.65 ID:XEQSdgst0
人間の魂は、形状、大きさ、色の違いはあれども、重量は同じである。
- 3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:53:02.18 ID:XEQSdgst0
- 1:二十一グラムはあめ色の夢を見る
- 4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:53:33.15 ID:XEQSdgst0
- 「よし、君のあだ名はクーだ」
「クー。素敵なあだ名ですね。気に入りました」
「また会いに来るよ。僕達はそろそろ帰らないといけない」
「本当に、また遊んでくれますか?」
「約束する。指きりしよう」
「ありがとう。私はいつまでも待っています」
「それじゃあ、また」
「こうして、私は待ち続けることに決めたのです
ずっと、ずっと、私はあの少年を待っています」
目覚めの、ベルが鳴った。
- 6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:53:57.61 ID:XEQSdgst0
- ( ^ω^)「おはよう! 僕は起きたのだから音を止めたまえお!」
青年は目を覚ますと、怒鳴りつけた。目覚まし時計にである。
握りこぶしでスイッチを叩き、けたたましいベルの音を止めた。
頭を振って、青年は意識を鮮明にしてからベッドから降りた。
( ^ω^)「すがすがしい朝・・・・・・でもないお!」
窓の外へと視線を遣って、青年が言う。空は灰色一色だった。
この少々喧しい躁の気質がある青年の名は、内藤ホライゾンという。
独り言が多い上に、不遜な性格なので友人は極めて少ない。
因みに、その数少ない友人たちからは、ブーンと呼ばれている。
彼がアルコールに酔いつぶれた時、「ブーン」と叫びながら
両手を広げて走り回ったことから、そのあだ名がついたのだった。
( ^ω^)「久しぶりに早起きだお」
- 7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:54:33.86 ID:XEQSdgst0
- 午前六時。ブーンは寝巻きから高級なスーツに着替える。
彼の家は大変裕福だ。幸運の星の下に生まれたのである。
ただ、ブーンは仕事をしていない――出来損ないなのだった。
父親は海外に出張して居ず、母親は幼少の頃に亡くしている。
現在彼は、実の妹のツンと、街の高台に建つ豪邸で二人暮しだ。
( ^ω^)「ツンは起きてるかお。朝飯があれば良いのだけれど」
彼の妹ツンも、兄に負けず劣らずのおかしな人物である。
かなりの美人。だけど、それを駄目にするくらいヒステリックなのだ。
彼女の機嫌次第で、ブーンの一日の予定が変わってしまう。
だが、一度心を許した相手には優しさを見せる一面もある。
俗に言う広義でのツンデレであるが、理由なしに暴力を振るったりはしない。
昨今はそういう人物をツンデレと呼ぶきらいがあるが、それはツンデレでは無い。
・・・断じて違う! 奴らはツンデレの皮を被った何かだ! ただの暴力女です。
( ^ω^)「この匂い。朝からカレーかお? やってくれるお」
- 8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:54:57.44 ID:XEQSdgst0
- 廊下に出ると、キッチンの方からカレーの香りが漂ってきた。
朝から胃のもたれそうな料理で、食欲を満たさねばならない。
一瞬、ブーンは眉根を寄せたが、すぐに元の微笑み顔に戻した。
ツンには――彼女の機嫌を損なわないよう、いつでも明朗でいるべきだ。
( ^ω^)「やあやあ。おはよう! 僕の可愛い妹よ!」
ξ゚听)ξ「・・・・・・」
挨拶をして食堂に入ったブーンを、冷ややかな視線が貫いた。
ツンは姿勢良く椅子に座り、彼より先に食事を摂っていた。
大きなテーブルを挟み、ブーンはツンと向かい合って座る。
スプーンを持つ手を止めている彼女は、まだパジャマ姿だ。
木目調のテーブルの上には、やはりカレーが盛られた皿がある。
- 10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:55:26.89 ID:XEQSdgst0
- この家に使用人は居ない。よって、食料は彼らの手で賄わなければならない。
ブーンは使用人を雇いたいのだが、ツンが頑なに拒むのだった。
彼女なりに理由は多々あるが、その内の一つに、我が家に見ず知らずの人間に、
足を踏み入れられたくないというのがある。彼女はあまり心を開くタイプではない。
もう一つ。こちらが一番大きな理由である。・・・ブーンが無職だからだ。
無職が使用人を雇う? 何を云う、アホが! ツンが拒否するのも仕方がない。
ξ゚听)ξ「お兄様。今日はお早いのですね」
刺々しい口調で、ツンは言った。駄目だ。果てしなく不機嫌なようだ。
何をどう間違ったのだ、内藤ホライゾン。彼は目を閉じて考える。
やがて、ブーンはある考えにたどり着き、おもむろに目を開いた。
- 12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:55:55.09 ID:XEQSdgst0
- ( ^ω^)「ははあ。さては、僕のスーツの柄が気に入らないんだお」
ξ゚听)ξ「は? 何をお言いになってるのか、分かりませんわ」
( ^ω^)「違うのかお。ツンの機嫌が悪い理由は」
ξ゚听)ξ「ああ。私は朝から騒々しいのが気に入らないんです」
(*^ω^)「そっかお。ごめんね!!」
脳に響く声でブーンは謝った。ますます場の空気が悪くなる。
なので、ツンが嫌みを言うのは仕方がないことなのだった。
ξ#゚听)ξ「お兄様はいつ働きになるおつもりなのですか?
大学校を卒業してから、一度も仕事をされてませんね。
世間ではそういう人のことを、ニートって呼ぶみたいですよ」
- 15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:56:43.46 ID:XEQSdgst0
- ブーンは大学を卒業して四年経つが、仕事をしたことがない。
毎月、潤沢な生活費が送られてくる為、自由気ままに過ごしている。
( ^ω^)「分かった分かったお。でも、ツンだってずっと家にいるお」
言い終わってから、ブーンは「しまった」と手で口を押さえた。
どうにも、返すべき言葉の選択を誤ってしまったようだ。
彼は恐る恐るツンの顔を見る。意外にも彼女は笑っていた。
ξ゚ー゚)ξ「私は、その内、誰か素敵な男性に連れ去って貰いますし」
(#^ω^)「おいィ? 今の言葉は聞き捨てならないお。
ツンに言い寄る男なんて、僕が絶対に許さないお。
フルボッコにして、燃えないゴミの日に出してやる!」
ξ゚听)ξ「ご自由になさって下さい。
それと、今の私には家から出られない理由があるので」
( ^ω^)「理由?」
- 16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:57:10.77 ID:XEQSdgst0
- ツンは顔を少し伏せた。彼女の表情には若干の翳りが見える。
ブーンは理由を問おうとしたが、中途でツンが謂わんとする事に気づく。
彼女は、特殊な体質をしているようなのだ。
「――私には黒い翼を持つ者が見えるのです」、と彼女は言う。
それをブーンが初めて知ったのは、ツンが中学二年生の時のことだった。
元気な彼女がある日を境に、突然、部屋に閉じ篭るようになったのだ。
ブーンは彼女の身を案じ、執拗に問い質したところ、答え難そうにそう云ったのだ。
“黒い翼を持つ者”は、巧みに人間の姿をして、街の人ごみに紛れている、らしい。
しかし、ツンの眼には一目瞭然で、その存在の背中には、
皆一様に黒いモヤを背負っていることから、彼女はそう名付けたそうだ。
ブーンは妹の言葉を信じて、オカルトの一ジャンルの心霊だと考えている。
( ^ω^)「ふん。とにかく、お兄ちゃんは結婚は許さないからね!」
- 17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:57:38.03 ID:XEQSdgst0
- ξ゚听)ξ「ご勝手に。それより、料理が冷めてしまいますけど」
朝げを勧められ、ブーンは思い出した。何故カレーなのだ。
どうして朝の早くからカレーなのか。マジキチ過ぎる!
(;^ω^)「朝にカレーとは、おかしいと思わないかい?」
ξ゚听)ξ「思いませんね。私は好きですし。カレー」
( ^ω^)「そうかお。好きなら仕方ないね。・・・あとで頂くお」
とは言うものの、ブーンは本当にあとで食べようか迷うのだった。
でも、彼は妹が好きだ。従って、最終的には食べる方向へと決めた。
ツンは食事を再開した。カチャカチャとスプーンが皿に当たる音が食堂に響く。
やがて食べ終えると、彼女はスプーンを置いて、不意にブーンに話しかけた。
- 19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:58:07.02 ID:XEQSdgst0
- ξ゚听)ξ「さっきも言いましたが、今日は起きるのが早かったですね。
いつもなら、日が真上に昇った時分にお起きになりますのに」
( ^ω^)「ん、ああ。ショボンに用事があるのだお」
ショボンとは、ブーンが中学一年生の時に知り合った友人だ。
下がり眉の優しそうな顔をした青年で、街で小さな書店を開いている。
優しそうと言ったが、だが、ちょっと待って欲しい。彼もなかなか癖がある。
一般の人間とは軸がブレているのだ。例えばラーメンが美味しいと評判の店に行くとする。
普通ならば、「どの味のラーメンにしようかにゃー」と悩むに違いない。
しかし、彼は違う。チャーハンを即座に頼むのだ。狂っていやがる。
それと今では落ち着いているが、彼は昔は手の付けられない不良だった。
諸々のことがあって更正したが、それでも大変灰汁の強い人物なのだ。
- 20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:58:43.04 ID:XEQSdgst0
- ξ;゚听)ξ「まあ! お兄様に付き合わされて。ショボンさん、可哀想」
( ^ω^)「むしろ、この僕と繋がりがあることを誇って欲しいお」
ξ--)ξ「放蕩息子と知り合いだなんて、喜べるものではありません」
( ^ω^)「ツン、言い過ぎだお。僕はあまり酒を呑まないし、女遊びもしない」
ξ゚ー゚)ξ「ああら、ご免なさい。
それで、ショボンさんの所に、何をしに行くの?」
ツンは、やや上半身を乗り出して訊いた。
件の事情で家に篭り気味のツンにとって、外の話を聞くのは楽しいのだ。
彼女の明るい表情に、ブーンの心の調子もどんどん明朗になって行く。
彼は胸の前で両手の指を組み、焦らすようにゆっくりと言う。
- 21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:59:13.97 ID:XEQSdgst0
- ( ^ω^)「それはねぇ、えっとねぇ、フヒヒ」
ξ゚ー゚)ξ「一体、何なんですの? 早く仰って」
( ^ω^)9m「――借りていた本を返しに行くのだお!」
ただ、それだけのことなのに指を差し、ブーンは大きな声を上げた。
感情の起伏の舵を取れない彼に、ツンは眉間を人差し指で押さえる。
ξ;--)ξ「はあ。何という本を借りたんですか?」
( ^ω^)「日本の、外国の本だお。『愛と死』とかいうタイトルの」
ξ゚ー゚)ξ「まあ! 素敵! 武者小路実篤のですね。
主人公とヒロイン夏子との恋愛を描いた。
でも、テーマはもっと重い物のようだった筈ですが」
ツンがそう言うと、ブーンはぴくりと眉を動かせ、表情を険しくした。
足を組み、次第にそわそわと体を揺らせ始める。何か気に入らないようだった。
その様子に、兄は次に何を言い出すのかとツンはなりゆきを見守る。
間もなく、椅子に深く座り、ふんぞり返った姿勢で口を開いた。
- 23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:59:54.02 ID:XEQSdgst0
- ( ^ω^)「全然素敵じゃないお。恋愛なんて、全く下らないお。
一瞬一瞬を取り繕い合いながら、仲良しごっこをしているだけだお。
・・・所詮は他人同士。僕はそんな物には興味が湧かないお。」
ξ゚听)ξ「・・・・・・」
( ^ω^)「それにあの本には、僕が一番気に入らない場面がある」
ξ゚听)ξ「気に入らない場面?」
ツンに訊かれ、ブーンはグッと身体を起こし、彼女の顔を覗き込むように見る。
その双眸は鋭く輝き、多少ではあるが、ツンを威圧するまでに至った。
( ^ω^)「人が、人が死ぬのだお。僕は人が死ぬ話は大嫌いだお。
いつまでも、幸せな余韻を残す結末しか僕には許せない」
ブーンは大きく息を吸って、姿勢を正しくした。
詰まるところ、彼はハッピーエンドしか許容出来ないのだ。
- 25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:00:50.39 ID:XEQSdgst0
- ξ゚听)ξ「そう、ですか」
ツンには、何故ブーンが依怙地に譲らないのか、原因が分かっていた。
母親が亡くなったことに理由だ。彼はそれを自分の責任だと思っている。
彼は変わり者だが、奇人には奇人なりの理論があり、優しさも持っている。
わざわざ痕に触れる必要はない。ツンは余計な詮索はせずに、頷いたのだった。
ξ゚听)ξ「・・・・・・」
( ^ω^)「・・・・・・」
無言になる二人。いたずらに広い食堂に、しいんと沈黙の時が流れる。
三十秒くらい経過した頃、ツンが軽く両手を合わせ、ようやく言葉を発した。
ξ゚听)ξ「ああ。私も久々に街に下りたくなりましたわ。
お兄様、連れて行ってちょうだい。ねえ、良いでしょう?」
- 26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:01:36.91 ID:XEQSdgst0
- ( ^ω^)「別に構わないけど、大丈夫なのかお。
その、例の、正体不明のおかしな奴が居るかもしれないお」
ξ゚听)ξ「日中の明るい時間でしたら、何とか大丈夫。
久しぶりにクドの散歩をしたいのです」
クドとは内藤家で飼っている、イタリアングレーハウンドという犬種の雌犬だ。
グレーハウンド系の犬はスラリと細身で足が速く、獲物の追跡能力に恵まれている。
なのだが、内藤家の犬は丸々と肥えており愚鈍で、顔は飼い主の誰かさんに似ている。
( ^ω^)「そいつは良い! あれは僕に似ていて気品が溢れている。
街の住民たちに、内藤家の格を見せ付けてやるのだお!」
(U^ω^) わんわんお!
そうしていると、茶色の毛並みを持つクドが扉の隙間から入ってきた。
正しくはクドリャフカというが、二人は略している。名前の由来はご周知の通り。
クドがブーンの膝の上に飛び乗る。小型の癖にずしりと重い。
- 28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:02:18.53 ID:XEQSdgst0
- ( ^ω^)「おっおっお! 見たまえ!
クドは僕に似て、とても整った顔付きをしているお!」
(U^ω^) わんわんお。
ξ゚听)ξ(・・・・・・何度見てもブサイクね)
( ^ω^)「なにその沈黙は」
ξ゚听)ξ「いえ、見惚れていたのですわ」
( ^ω^)「そうかお。流石は僕の可愛い妹。分かっているお」
ブーンは喜び、バンバンとテーブルを叩く。クドがその手の動きを目で追う。
幸せな人ね。ツンはため息を吐き、皿を持ってゆっくりと席を立った。
- 29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:02:48.75 ID:XEQSdgst0
- ξ゚听)ξ「では、着替えて参りますので、その間に朝ご飯を済ませて下さい」
( ^ω^)ノ「任せたまえお。完膚なきまでに喰らい尽くしてくれるお」
手を上げて元気に挨拶をすると、ツンは台所へと消えて行った。
今日のツンの機嫌は程良いようだ。腕を組んで、ブーンは何度も頷く。
( ^ω^)「さあて」
女性は外出の準備に時間が掛かる。出かけるのは一時間後くらいだろうか。
その間にカレーを口に入れ、咀嚼し、味を楽しみ、食べ切らねばならない。
やっぱり早朝にカレーは有り得ないなあ! ツンはおかしな人間だなあ!
( ^ω^)「クドが食べるかお?」
(U^ω^) わんわんお・・・。
結局、ブーンはカレーを完食し、ツンの準備が整うのを待った。
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