( ^ω^)奇人達は二十一グラムの旅をしますようです

2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:52:34.65 ID:XEQSdgst0



人間の魂は、形状、大きさ、色の違いはあれども、重量は同じである。



3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:53:02.18 ID:XEQSdgst0
1:二十一グラムはあめ色の夢を見る



4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:53:33.15 ID:XEQSdgst0
「よし、君のあだ名はクーだ」

                  「クー。素敵なあだ名ですね。気に入りました」

「また会いに来るよ。僕達はそろそろ帰らないといけない」

                  「本当に、また遊んでくれますか?」

「約束する。指きりしよう」

                  「ありがとう。私はいつまでも待っています」

「それじゃあ、また」

           「こうして、私は待ち続けることに決めたのです           
            ずっと、ずっと、私はあの少年を待っています」           

               目覚めの、ベルが鳴った。



6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:53:57.61 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「おはよう! 僕は起きたのだから音を止めたまえお!」

青年は目を覚ますと、怒鳴りつけた。目覚まし時計にである。
握りこぶしでスイッチを叩き、けたたましいベルの音を止めた。
頭を振って、青年は意識を鮮明にしてからベッドから降りた。

( ^ω^)「すがすがしい朝・・・・・・でもないお!」

窓の外へと視線を遣って、青年が言う。空は灰色一色だった。
この少々喧しい躁の気質がある青年の名は、内藤ホライゾンという。
独り言が多い上に、不遜な性格なので友人は極めて少ない。

因みに、その数少ない友人たちからは、ブーンと呼ばれている。
彼がアルコールに酔いつぶれた時、「ブーン」と叫びながら
両手を広げて走り回ったことから、そのあだ名がついたのだった。

( ^ω^)「久しぶりに早起きだお」



7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:54:33.86 ID:XEQSdgst0
午前六時。ブーンは寝巻きから高級なスーツに着替える。
彼の家は大変裕福だ。幸運の星の下に生まれたのである。

ただ、ブーンは仕事をしていない――出来損ないなのだった。
父親は海外に出張して居ず、母親は幼少の頃に亡くしている。
現在彼は、実の妹のツンと、街の高台に建つ豪邸で二人暮しだ。

( ^ω^)「ツンは起きてるかお。朝飯があれば良いのだけれど」

彼の妹ツンも、兄に負けず劣らずのおかしな人物である。
かなりの美人。だけど、それを駄目にするくらいヒステリックなのだ。
彼女の機嫌次第で、ブーンの一日の予定が変わってしまう。

だが、一度心を許した相手には優しさを見せる一面もある。
俗に言う広義でのツンデレであるが、理由なしに暴力を振るったりはしない。
昨今はそういう人物をツンデレと呼ぶきらいがあるが、それはツンデレでは無い。
・・・断じて違う! 奴らはツンデレの皮を被った何かだ! ただの暴力女です。

( ^ω^)「この匂い。朝からカレーかお? やってくれるお」



8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:54:57.44 ID:XEQSdgst0
廊下に出ると、キッチンの方からカレーの香りが漂ってきた。
朝から胃のもたれそうな料理で、食欲を満たさねばならない。
一瞬、ブーンは眉根を寄せたが、すぐに元の微笑み顔に戻した。
ツンには――彼女の機嫌を損なわないよう、いつでも明朗でいるべきだ。

( ^ω^)「やあやあ。おはよう! 僕の可愛い妹よ!」

ξ゚听)ξ「・・・・・・」

挨拶をして食堂に入ったブーンを、冷ややかな視線が貫いた。
ツンは姿勢良く椅子に座り、彼より先に食事を摂っていた。
大きなテーブルを挟み、ブーンはツンと向かい合って座る。
スプーンを持つ手を止めている彼女は、まだパジャマ姿だ。
木目調のテーブルの上には、やはりカレーが盛られた皿がある。



10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:55:26.89 ID:XEQSdgst0
この家に使用人は居ない。よって、食料は彼らの手で賄わなければならない。
ブーンは使用人を雇いたいのだが、ツンが頑なに拒むのだった。

彼女なりに理由は多々あるが、その内の一つに、我が家に見ず知らずの人間に、
足を踏み入れられたくないというのがある。彼女はあまり心を開くタイプではない。
もう一つ。こちらが一番大きな理由である。・・・ブーンが無職だからだ。
無職が使用人を雇う? 何を云う、アホが! ツンが拒否するのも仕方がない。

ξ゚听)ξ「お兄様。今日はお早いのですね」

刺々しい口調で、ツンは言った。駄目だ。果てしなく不機嫌なようだ。
何をどう間違ったのだ、内藤ホライゾン。彼は目を閉じて考える。
やがて、ブーンはある考えにたどり着き、おもむろに目を開いた。



12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:55:55.09 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「ははあ。さては、僕のスーツの柄が気に入らないんだお」

ξ゚听)ξ「は? 何をお言いになってるのか、分かりませんわ」

( ^ω^)「違うのかお。ツンの機嫌が悪い理由は」

ξ゚听)ξ「ああ。私は朝から騒々しいのが気に入らないんです」

(*^ω^)「そっかお。ごめんね!!」

脳に響く声でブーンは謝った。ますます場の空気が悪くなる。
なので、ツンが嫌みを言うのは仕方がないことなのだった。

ξ#゚听)ξ「お兄様はいつ働きになるおつもりなのですか?
       大学校を卒業してから、一度も仕事をされてませんね。
       世間ではそういう人のことを、ニートって呼ぶみたいですよ」



15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:56:43.46 ID:XEQSdgst0
ブーンは大学を卒業して四年経つが、仕事をしたことがない。
毎月、潤沢な生活費が送られてくる為、自由気ままに過ごしている。

( ^ω^)「分かった分かったお。でも、ツンだってずっと家にいるお」

言い終わってから、ブーンは「しまった」と手で口を押さえた。
どうにも、返すべき言葉の選択を誤ってしまったようだ。
彼は恐る恐るツンの顔を見る。意外にも彼女は笑っていた。

ξ゚ー゚)ξ「私は、その内、誰か素敵な男性に連れ去って貰いますし」

(#^ω^)「おいィ? 今の言葉は聞き捨てならないお。
       ツンに言い寄る男なんて、僕が絶対に許さないお。
フルボッコにして、燃えないゴミの日に出してやる!」

ξ゚听)ξ「ご自由になさって下さい。
      それと、今の私には家から出られない理由があるので」

( ^ω^)「理由?」



16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:57:10.77 ID:XEQSdgst0
ツンは顔を少し伏せた。彼女の表情には若干の翳りが見える。
ブーンは理由を問おうとしたが、中途でツンが謂わんとする事に気づく。
彼女は、特殊な体質をしているようなのだ。

「――私には黒い翼を持つ者が見えるのです」、と彼女は言う。
それをブーンが初めて知ったのは、ツンが中学二年生の時のことだった。
元気な彼女がある日を境に、突然、部屋に閉じ篭るようになったのだ。
ブーンは彼女の身を案じ、執拗に問い質したところ、答え難そうにそう云ったのだ。

“黒い翼を持つ者”は、巧みに人間の姿をして、街の人ごみに紛れている、らしい。
しかし、ツンの眼には一目瞭然で、その存在の背中には、
皆一様に黒いモヤを背負っていることから、彼女はそう名付けたそうだ。
ブーンは妹の言葉を信じて、オカルトの一ジャンルの心霊だと考えている。


( ^ω^)「ふん。とにかく、お兄ちゃんは結婚は許さないからね!」



17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:57:38.03 ID:XEQSdgst0
ξ゚听)ξ「ご勝手に。それより、料理が冷めてしまいますけど」

朝げを勧められ、ブーンは思い出した。何故カレーなのだ。
どうして朝の早くからカレーなのか。マジキチ過ぎる!

(;^ω^)「朝にカレーとは、おかしいと思わないかい?」

ξ゚听)ξ「思いませんね。私は好きですし。カレー」

( ^ω^)「そうかお。好きなら仕方ないね。・・・あとで頂くお」

とは言うものの、ブーンは本当にあとで食べようか迷うのだった。
でも、彼は妹が好きだ。従って、最終的には食べる方向へと決めた。
ツンは食事を再開した。カチャカチャとスプーンが皿に当たる音が食堂に響く。
やがて食べ終えると、彼女はスプーンを置いて、不意にブーンに話しかけた。



19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:58:07.02 ID:XEQSdgst0
ξ゚听)ξ「さっきも言いましたが、今日は起きるのが早かったですね。
      いつもなら、日が真上に昇った時分にお起きになりますのに」

( ^ω^)「ん、ああ。ショボンに用事があるのだお」

ショボンとは、ブーンが中学一年生の時に知り合った友人だ。
下がり眉の優しそうな顔をした青年で、街で小さな書店を開いている。
優しそうと言ったが、だが、ちょっと待って欲しい。彼もなかなか癖がある。

一般の人間とは軸がブレているのだ。例えばラーメンが美味しいと評判の店に行くとする。
普通ならば、「どの味のラーメンにしようかにゃー」と悩むに違いない。
しかし、彼は違う。チャーハンを即座に頼むのだ。狂っていやがる。
それと今では落ち着いているが、彼は昔は手の付けられない不良だった。
諸々のことがあって更正したが、それでも大変灰汁の強い人物なのだ。



20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:58:43.04 ID:XEQSdgst0
ξ;゚听)ξ「まあ! お兄様に付き合わされて。ショボンさん、可哀想」

( ^ω^)「むしろ、この僕と繋がりがあることを誇って欲しいお」

ξ--)ξ「放蕩息子と知り合いだなんて、喜べるものではありません」

( ^ω^)「ツン、言い過ぎだお。僕はあまり酒を呑まないし、女遊びもしない」

ξ゚ー゚)ξ「ああら、ご免なさい。
       それで、ショボンさんの所に、何をしに行くの?」

ツンは、やや上半身を乗り出して訊いた。
件の事情で家に篭り気味のツンにとって、外の話を聞くのは楽しいのだ。
彼女の明るい表情に、ブーンの心の調子もどんどん明朗になって行く。
彼は胸の前で両手の指を組み、焦らすようにゆっくりと言う。



21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:59:13.97 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「それはねぇ、えっとねぇ、フヒヒ」

ξ゚ー゚)ξ「一体、何なんですの? 早く仰って」

( ^ω^)9m「――借りていた本を返しに行くのだお!」

ただ、それだけのことなのに指を差し、ブーンは大きな声を上げた。
感情の起伏の舵を取れない彼に、ツンは眉間を人差し指で押さえる。

ξ;--)ξ「はあ。何という本を借りたんですか?」

( ^ω^)「日本の、外国の本だお。『愛と死』とかいうタイトルの」

ξ゚ー゚)ξ「まあ! 素敵! 武者小路実篤のですね。
      主人公とヒロイン夏子との恋愛を描いた。
      でも、テーマはもっと重い物のようだった筈ですが」

ツンがそう言うと、ブーンはぴくりと眉を動かせ、表情を険しくした。
足を組み、次第にそわそわと体を揺らせ始める。何か気に入らないようだった。
その様子に、兄は次に何を言い出すのかとツンはなりゆきを見守る。
間もなく、椅子に深く座り、ふんぞり返った姿勢で口を開いた。



23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:59:54.02 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「全然素敵じゃないお。恋愛なんて、全く下らないお。
       一瞬一瞬を取り繕い合いながら、仲良しごっこをしているだけだお。
       ・・・所詮は他人同士。僕はそんな物には興味が湧かないお。」

ξ゚听)ξ「・・・・・・」

( ^ω^)「それにあの本には、僕が一番気に入らない場面がある」

ξ゚听)ξ「気に入らない場面?」

ツンに訊かれ、ブーンはグッと身体を起こし、彼女の顔を覗き込むように見る。
その双眸は鋭く輝き、多少ではあるが、ツンを威圧するまでに至った。

( ^ω^)「人が、人が死ぬのだお。僕は人が死ぬ話は大嫌いだお。
       いつまでも、幸せな余韻を残す結末しか僕には許せない」

ブーンは大きく息を吸って、姿勢を正しくした。
詰まるところ、彼はハッピーエンドしか許容出来ないのだ。



25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:00:50.39 ID:XEQSdgst0
ξ゚听)ξ「そう、ですか」

ツンには、何故ブーンが依怙地に譲らないのか、原因が分かっていた。
母親が亡くなったことに理由だ。彼はそれを自分の責任だと思っている。
彼は変わり者だが、奇人には奇人なりの理論があり、優しさも持っている。
わざわざ痕に触れる必要はない。ツンは余計な詮索はせずに、頷いたのだった。

ξ゚听)ξ「・・・・・・」

( ^ω^)「・・・・・・」

無言になる二人。いたずらに広い食堂に、しいんと沈黙の時が流れる。
三十秒くらい経過した頃、ツンが軽く両手を合わせ、ようやく言葉を発した。

ξ゚听)ξ「ああ。私も久々に街に下りたくなりましたわ。
       お兄様、連れて行ってちょうだい。ねえ、良いでしょう?」



26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:01:36.91 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「別に構わないけど、大丈夫なのかお。
      その、例の、正体不明のおかしな奴が居るかもしれないお」

ξ゚听)ξ「日中の明るい時間でしたら、何とか大丈夫。
       久しぶりにクドの散歩をしたいのです」

クドとは内藤家で飼っている、イタリアングレーハウンドという犬種の雌犬だ。
グレーハウンド系の犬はスラリと細身で足が速く、獲物の追跡能力に恵まれている。
なのだが、内藤家の犬は丸々と肥えており愚鈍で、顔は飼い主の誰かさんに似ている。

( ^ω^)「そいつは良い! あれは僕に似ていて気品が溢れている。
       街の住民たちに、内藤家の格を見せ付けてやるのだお!」

(U^ω^) わんわんお!

そうしていると、茶色の毛並みを持つクドが扉の隙間から入ってきた。
正しくはクドリャフカというが、二人は略している。名前の由来はご周知の通り。
クドがブーンの膝の上に飛び乗る。小型の癖にずしりと重い。



28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:02:18.53 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「おっおっお! 見たまえ!
       クドは僕に似て、とても整った顔付きをしているお!」

(U^ω^) わんわんお。

ξ゚听)ξ(・・・・・・何度見てもブサイクね)

( ^ω^)「なにその沈黙は」

ξ゚听)ξ「いえ、見惚れていたのですわ」

( ^ω^)「そうかお。流石は僕の可愛い妹。分かっているお」

ブーンは喜び、バンバンとテーブルを叩く。クドがその手の動きを目で追う。
幸せな人ね。ツンはため息を吐き、皿を持ってゆっくりと席を立った。



29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:02:48.75 ID:XEQSdgst0
ξ゚听)ξ「では、着替えて参りますので、その間に朝ご飯を済ませて下さい」

( ^ω^)ノ「任せたまえお。完膚なきまでに喰らい尽くしてくれるお」

手を上げて元気に挨拶をすると、ツンは台所へと消えて行った。
今日のツンの機嫌は程良いようだ。腕を組んで、ブーンは何度も頷く。

( ^ω^)「さあて」

女性は外出の準備に時間が掛かる。出かけるのは一時間後くらいだろうか。
その間にカレーを口に入れ、咀嚼し、味を楽しみ、食べ切らねばならない。
やっぱり早朝にカレーは有り得ないなあ! ツンはおかしな人間だなあ!

( ^ω^)「クドが食べるかお?」

(U^ω^) わんわんお・・・。

結局、ブーンはカレーを完食し、ツンの準備が整うのを待った。



30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:03:26.09 ID:XEQSdgst0
―2―

ξ;゚听)ξ「街に来るたびに思うのですが、一苦労ですわね」

街までやって来ると、ツンは息を切らして言った。クドもへたばっている。
内藤邸のある丘から街までは、結構距離のある下り坂を歩かねばならない。
この街はビップと言い、石造りの家々が建ち並ぶ、風光明媚な海沿いの小さな街だ。
南側にオーシャンブルーの海、東、西、北側には山々が街を囲むように聳えている。
遠く都会とを繋ぐ大きな駅舎や港があるので、決して田舎といった印象ではない。
ビップの観光名所は、街の中央の広場に聳える、赤煉瓦の巨大な時計塔だ。
毎日正午になると、学校のチャイムのような鐘のメロディーが鳴り響かせる。

( ^ω^)「ハハハ! ツンは身体がなまってしまっているんだお」

ξ゚听)ξ「自動車でもあれば便利なんですけどね。
       お兄様は車校に通うおつもりはないのですか?」

(#^ω^)「どうしてこの僕が、教官の命令など聞かねばならんのだお!」

ξ゚ー゚)ξ「ですわねー」



31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:04:48.07 ID:XEQSdgst0
乾いた笑いを溢して、ツンは空を見上げた。今日も曇り空だ。
ここ一ヶ月、曇天の日々が続いている。陽は、たまにしか雲の隙間から射し込まない。
現在は八月。ブーン達の住む国は夏でも涼しいのだが、今年は例年より肌寒い。
ツンは手に握っているリードを少し引っ張った。クドが面倒臭そうに立ち上がる。

(U^ω^) わんわ・・・んお。(やれやれだよ)

( ^ω^)「さあ、行こう。僕という存在を引き立たせる青年の店へ」

ξ゚听)ξ「最低ですね。けど、まだ八時だわ。開いてるのかしら」

( ^ω^)「訊けばショボンは、毎日朝の四時に起きてるらしいお。
       だから、きっと開いてるはず」

ξ゚听)ξ「お早いですわー。健康的な生活をしてらっしゃるのね」

( ^ω^)「ふん。でも、彼は喫煙者だから台無しだお」



32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:05:32.45 ID:XEQSdgst0
二人と一匹は、まるで迷路のように分岐する細い道を歩いていく。
街の一番低い場所に建ち並ぶ家々は、どれも小さく、薄汚れている。
高級なスーツや洋服を着ている二人には、あまり似つかわしくない場所だ。
ツンが物珍しげにきょろきょろと周囲を見回していると、やがて袋小路についた。
二人は右手の建物へと視線を遣る。そこには他と違って木造の建物があった。
引き戸となっている玄関の上部には、達筆な字で"ショボン書店"と書かれた看板がある。

( ^ω^)「やれやれ、ジャパンかぶれはこれだから困るお。
       周りとの調和を合わせる気が、まったく感じられやしない」

ξ゚听)ξ「素敵な佇まいだと思うんですけど」

玄関の前に立つブーンは、景気良くガラガラと音を立てて扉を開けた。

( ^ω^)「ヘイ! ショボン、僕がわざわざ来てやったお!」

(´・ω・`)「おいおい、静かに入って来いよ。キチガイボーイ」



34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:06:04.67 ID:XEQSdgst0
ブーンが店に入るなり、あんまりな言葉が飛んで来たが、それほど的外れではない。
店主であるショボンは奥の座敷で煙草を吸っていたようだ。仄かに煙の匂いが漂う。
彼は一風変わった紺色の服を着ている。作務衣という服だそうだ。
胡坐をかいているショボンの前には、古ぼけたお粗末なレジスターがある。
商売をするつもりがあるのか、と古書ばかりが収納された本棚を眺めてブーンは思う。
それから、ブーンはツカツカとショボンに歩み寄り、彼の両肩を力強く掴んだ。

( ^ω^)「この野郎、僕の嗜好を知ってるくせに、妙な本を――」

(´・ω・`)「それよりも僕には驚いたことが二つある。
      一つは君が朝早くに来たこと。珍しいにも程がある。
      もう一つは、君の妹のツンちゃんが街に下りて来たことだ。
      もしかしたら、今日は篠突く雨でも降るのかもしれないね」

( ^ω^)「お」



35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:06:39.35 ID:XEQSdgst0
店の外へと視線を向けたショボンにつられて、ブーンが振り返った。
そこには、店内の様子を興味深く窺って佇んでいるツンの姿があった。

(´・ω・`)「犬を中に入れても構わないよ。どうせ、元から汚れてるしね」

大きな声を出すのが苦手なショボンはそう言った。
仕方なく、ブーンがツンに手招きをする。彼女はしずしずと店に入ってきた。

ξ゚听)ξ「お邪魔します。お久しぶりですわね。ショボンさん」

(´・ω・`)「やあ。本当に久しぶりだね。四月の君の誕生日会以来かな」

ξ゚ー゚)ξ「お越し頂いてありがとうございました。素敵なプレゼントも頂いて」

( ^ω^)「素敵? 安物のブックラックじゃないかお。どうかしている・・・」



37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:09:45.07 ID:XEQSdgst0
ξ#゚听)ξ「お兄様!」

(;^ω^)「あひいん!?」

ブーンはツンに肉付きの良いたるんだ臀部を、思いのほか強くつねられた。
まったく予期せぬ痛みに驚いた彼は飛び上がり、奇妙な悲鳴を上げた。

(´・ω・`)「ははは。君達は相変わらず仲が良いね」

ショボンは嫣然とする。とんでもない! 間、髪を入れずツンは否定する。

ξ;゚听)ξ「嫌ですわ。こんな人、私は知りませんし、知りたくなんか――」

( ^ω^)「そんなこと言って。心の底ではお兄ちゃんラブなんだお!」

ブーンは言葉を遮り、ツンの小さな肩に腕を回す。彼女を襲う頭痛の種は尽きない。
「もう、それで良いです・・・」、とツンはため息をついた。ツンデレキャンセルだ。



38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:11:18.49 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「兄妹とは良いものだお。ショボンには居ないのかお」

(´・ω・`)「ん? ああ、居ないよ。正確には妹が居たってのが正しいけど、ね」

ショボンはポケットから煙草の箱を取り出した。パーラメントだ。
やや長さのある煙草を銜え、銀色の模様のないジッポライターで火を点ける。
一息。煙草をくゆらせ、白い息を吐き出す。煙が空間をゆらゆらと漂った。

(´・ω・`)y-~~「僕が中学生の頃に、病であっけなく亡くなってしまったけどね」

( ^ω^)「それは初耳だお。ショボンの妹ってどんな子だったんだお?」

ξ゚听)ξ「お兄様」

ツンが、二人の会話に割って入る。そのようなことは無神経に訊くべきではない。
彼女にキッと睨まれ、場都合の悪くなったブーンは口を尖らせる。



39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:12:13.45 ID:XEQSdgst0
(´・ω・`)y-~~「さて、どうだったかな。年を取るにつれて記憶が薄くなった。
         今ではあまり思い出せないな。ただ、とても可愛かったのは覚えているよ」

( ^ω^)「ふうん」

ξ゚听)ξ「・・・・・・」

ショボンは最後に大きく煙を吐き出し、畳の上にある灰皿に煙草を押し潰した。
そして、ゆったりと余裕のある所作で、二人へとまっすぐに身体を向けた。

(´・ω・`)「で、何の用だっけ? 何か物々しい雰囲気だったけど」

( ^ω^)「お? ・・・・・・ああ、ああ、ああ! 僕に貸した本のことだお!」

ブーンはスーツの上着のポケットから本を取り出し、ショボンに突きつけた。
本を受け取ったショボンが見上げると、ブーンが怒りで顔を赤くしていた。



41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:13:35.97 ID:XEQSdgst0
(#^ω^)「君ねえ。僕が恋愛に興味がないことくらい知っているだろう?
       しかも、人が死ぬし。・・・人が死ぬし! 最悪じゃないかお!」

(´・ω・`)「うん、知ってた」

(#^ω^)「おい!?」

(´・ω・`)「確かに、登場人物が死ぬのを貸してしまったのは悪かったよ。
      けどね、君は恋を知るべきだよ。きっと成長するはず。
      そう思って、僕は君にこの本を貸したのさ。分かったかい?」

(#^ω^)「余計なお世話だお! 僕はもう成長しきって、熟れ熟れだお!」

ξ゚听)ξ(熟れ熟れって)

(#^ω^)「幼年期どころか、青年期まで終わっとるわい!
       それはもう、アーサー・C・クラーク先生も驚くくらいに!」

そこまで言って、ブーンはぜえぜえと呼吸を荒くした。ほぼイキかけたようだ。
両膝を押さえる彼の肩に、ショボンはそっと手を置いた。二人は顔を見合わせる。



43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:14:25.05 ID:XEQSdgst0
(´・ω・`)「アーサー・C・クラークのくだりは個人的に面白かった。
      ブーン、ハイタッチをしよう。息を整えて、そう背筋を伸ばして」

(;^ω^)人(・ω・` )「イエーイ」

ξ;--)ξ(ショボンさんも、よく分からない人ね)

ショボンは普通の人とズレており、笑いのツボも相当斜め上の場所にある。
それとショボンは楽しくなると、顔より高い場所で手を合わせたがる。
奇人と奇人。社会には、似たような性格同士が集まる法則めいたものがある。
兄には型破りな友達しか出来ないのだろう。生涯そうに違いないわ。

そういえば、他にも兄には、女性の豊かな胸のみに異常な興味を示す友人が居たっけ。
本当に変わった友人しか居ない。兄の周囲の人間はネジを外し過ぎだと思う。
・・・けど、それならよく兄と居る私も、同じカテゴリに属しているということだろうか?
実は、自分も周りからは冷たい目で見られているの? ツンは嫌悪感で無意識に叫んだ。

ξ;゚听)ξ「絶対にいやよ! 勘弁してちょうだい!」



44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:15:00.11 ID:XEQSdgst0
ハイタッチをし続けていた二人は、目を丸くしてツンに顔を向けた。

(´・ω・`)「?」

( ^ω^)「いきなり叫んで、変な妹だお」

ξ;凵G)ξ「違う! 私は普通のちゃんとした神経をしているのよ!」

(´・ω・`)「君の妹はどうしたっていうんだい」

( ^ω^)「たまに発作を起こすんだお。僕は病院を勧めてるんだけどね」

ξ;凵G)ξ「病院のお世話にならなくてはいけないのは、お兄様ですっ!」

ツンは複雑でよく分からない人間だ。やれやれ、とブーンは肩を竦める。
そのの様子を心配そうに眺めていたショボンが、ふと手を打った。



46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:15:35.05 ID:XEQSdgst0
(´・ω・`)「君達、暇だろう? まあ、ブーンは言うまでもないけどね。
      もしそうなら、僕も暇になってしまおう。山へ散策に行かないかい?」

ξっ听)ξ「山?」

(´・ω・`)「そうだよ。この街の北部にある山へゆるりと散策に行こう。
      東西の山とは違い、開発されてて見所があるし、それに――」

ショボンは地面に目を落とした。丸々と太った犬がだるそうに寝そべっている。

(U^ω^) ・・・・・・。

(´・ω・`)「君達の犬の運動にもなるだろう。どうにも肥えすぎだよ。その犬は」

( ^ω^)「いや、待て。クドは僕に似てて、丁度良い具合だお」

(´・ω・`)「ねーよ。ファットボーイ。メタボリックシンドロームでじわじわ苦しめ」



47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:16:30.21 ID:XEQSdgst0
ξ゚听)ξ「お兄様、行きましょう。私もたまには外を歩かないと」

ツンがブーンの腕を引っ張って希望する。彼は妹の押しには滅法弱い。
なので、頷くのは当然であるし、彼も心の内では自身の体型を気にしていた。

ξ*゚ー゚)ξ「やったー。お兄様、大好き――」

ξ゚听)ξ「いや、そんなにでも無かった。はい、私は嘘つきなので」

再びツンデレキャンセルを行う。若い女性の心理は複雑怪奇のようだ。
ブーンが頬を弛緩させてにやにやと笑うと、ツンはそっぽを向いた。

(´・ω・`)「本当に仲が良いね。さて、店を閉めて行こうか」

( ^ω^)「待てお。ショボンはその格好で行くのかお?」

(´・ω・`)「勿論さ。これが僕の永久の普段着なんだよ。動きやすくてたまらん」

( ^ω^)「狂っていやがる」



48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:17:12.12 ID:XEQSdgst0
ショボンが運転する車の乗り心地は良好とは程遠いものだった。
まず狭い。たった三人と一匹なのに、嫌な閉塞感に悩まされたのだ。
そして、ガタガタと縦横に揺れた。ブーンが構造の欠陥を疑ったくらいである。
凡そ一時間我慢し、ようやく高原の駐車場に着くと、彼は即座に外へ飛び出した。
牧歌的な風景を背に、ブーンは青い顔をして座り込み、懸命に吐き気を抑えている。

(;^ω^)「おええ。金輪際ショボンの車には乗らないお」

ξ゚听)ξ「帰りはどうするつもりですか」

(;^ω^)「帰り!? そうか、帰りもあの車に。うわあ、もう最悪・・・。
      僕は歩いて帰るお。あの車、命が幾つあっても足らないお」



49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:17:39.81 ID:XEQSdgst0
ぶつぶつと愚痴るブーンを他所に、ツンはぐるりと景色を見回した。
緑。その平和の色を見せ付けるように、見渡す限り草花が芽吹いている。
風がざわめき、花の甘い匂いが届けられる。
軽やかに舞う蝶々のように、ツンの心は自然へと惹かれていく。

ξ゚听)ξ「この街にもこんな場所があったのですね。知らなかったわ」

( ^ω^)「僕とツンは、一度だけここに遊びに来たことがあるお。
       君が五歳くらいのころ、お母さんに連れられてね」

ξ;゚听)ξ「わひゃっ!?」

思わず、ツンは飛び退いた。突然、耳元にブーンの顔が現れたからだ。
ツンは胸を押さえて、ブーンを睨む。彼の顔色は平常のものに直っていた。



50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:18:21.80 ID:XEQSdgst0
ξ#゚听)ξ「お兄様! 驚くからやめて下さい。・・・・・・お母様と?」

( ^ω^)「うん。ここから少し歩いたところに、大きな農業公園があるお。
      そこにお母さんと来たのだお。勿論、行楽にね」

ξ゚听)ξ「お父様は?」

尋ねられ、ブーンは露骨に嫌そうな表情を浮かべた。彼は父親が嫌いである。

( ^ω^)「・・・あの家庭を省みない人間が、一緒に来るわけがないお」

ξ゚听)ξ「そう、ですわね」

ブーンに対し、ツンは精神的に大人で、父親のことは仕様のないことだと思っている。
父親が溌剌に仕事に打ち込んでいるからこそ、自分達はこうしていられるのだ。
ツンが返答を持て余していると、後ろからショボンがやってきて声をかけた。



52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:18:58.03 ID:XEQSdgst0
(´・ω・`)「いやあ、すまないすまない。待たせてしまったね」

( ^ω^)「遅いお。君は、僕の貴重な時間を無駄にするつもりかお」

(´・ω・`)「だからごめんってば。車に積んでたのがなかなか見つからなくて。
      カメラだよ。ブーンだって、君の好きなツンちゃんを写したいだろう」

( ^ω^)「む。それは確かに言えてるお。ショボンは気が利くお。どれどれ」

ブーンは、ショボンが持っている古ぼけたカメラを、無遠慮に手に取った。
ところどころ傷が入っている。一見、何の変哲もない普通のカメラだ。
しかし、ブーンはこのカメラに秘められた価値を見抜いた(ような気がした)。

( ^ω^)「ふむふむ。これは骨董品で高価だお。僕には分かる」

(´・ω・`)「昔、都会に行ったときに買った安物のカメラだよ」

( ^ω^)「そう」



53: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:19:32.65 ID:XEQSdgst0
ξ゚听)ξ「これから、どこに行くんですの? 雨が降らなきゃ良いのですけど」

ツンが二人の会話に割って入った。一同は揃って空を見上げた。
光が射し込む隙間が微塵もない。今にも雨が降ってきそうな気配だ。

(´・ω・`)「最近は曇りばっかりで変な天気だけど、雨は降ってないからね。
      多分、大丈夫なんじゃないかな。今から近くの公園に
      行こうと思ってるんだけど、そこに傘が売ってるかもしれない」

ξ゚ー゚)ξ「そこなら、きっと兄が案内してくれると思いますわ。
      一度訪れたことがあるそうです。私は覚えていませんが」

(´・ω・`)「へえ、そいつは頼もしい。じゃあ、先頭をお願いしようかな。」

( ^ω^)「・・・・・・」



54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:20:49.81 ID:XEQSdgst0
ブーンは返事をしなかった。遥か遠くを眺めたまま、微動だにしない。
彼にしては珍しく、表情から笑みが消えている。どこか重々しさがある。
こんなに静かになるなんて珍しいな、とショボンが彼の肩を揺らした。

(´・ω・`)「おい。マゴットボーイ。不意にサイレスでも喰らってしまったのか」

ξ;゚听)ξ「ショボンさんって、時々辛辣なことを言いますのね」

「これがブーンと上手に付き合う秘訣だよ」、とショボンはツンに言う。
確かにそうかもしれない。呆れたツンは、細目でブーンを見る。
何がブーンの琴線に触れたのか、彼はとても難しい顔をしている。
やがて、ブーンはゆっくりと振り向き、二人の顔を交互に見遣った。

( ^ω^)「いや、何でもないお。ちょっと考え事をしていただけ」

ξ゚听)ξ(お兄様が考え事だなんてありえないわ)

(´・ω・`)「そうかい。では立ち話もなんだし、そろそろ行こうか」



55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:21:28.68 ID:XEQSdgst0
三人が訪れた公園は、ニューソクの丘といい、山を無理やり削って平地にした場所にある。
数々のレクリエーション施設があるのだが、閑散としていて金の無駄のように見える。
それでも一応は見所があり、一面の花畑はツンを喜ばせるものだった。
今は花畑の間にあるまっすぐな小道を三人は進んでいる。人は彼ら以外に居ない。

ξ*゚ー゚)ξ「お兄様。ショボンさん。遅いですよー」

ツンが振り返る。最初はブーンが先頭だったのだが、いつの間にか彼女が前を歩いている。
これが二十五歳の境界を超えた者の体力か。ツンより五歳上の二十七歳のブーンとショボンは、
己の体力の無さを痛感した。体力も知力も、二十五歳を契機に下がっていく(気がする)。
日ごろから運動不足の彼らは、片手を上げて、ツンに返事をするのが精一杯だ。

(´・ω・`)「ちょっと歩いただけでこれだよ? 若者が妬ましくなるね」

(;^ω^)「ふ、ふん。僕は革靴を履いてるから歩きにくいだけだお。
      まだまだ僕は若い。そう! 若いのだお・・・・・・」



56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:22:06.85 ID:XEQSdgst0
(´・ω・`)「ところで」

( ^ω^)「ん?」

ショボンが声を潜めた。視線はツンの背中に向いている。

(´・ω・`)「ツンちゃんは、最近大丈夫なのかい?」

( ^ω^)「何がだお」

(´・ω・`)「ほら、黒い翼を持つ人間が、この世に居るって話だよ」

ブーンは妹の体質について、ショボンに相談を持ちかけたことがあったのだ。
無論、妹のプライバシーなので内証にである。知ると烈火のごとく怒るに違いない。
ショボンは知識がなかなかに豊富なので、もしかしたらと思ったのだった。
しかし、彼も分からなく、ブーンと同じでオカルトの現象だと言うに留まった。



57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:22:39.15 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「ああ。最近は出会ってはいないようだお。ずっと家に居るし。
       黒い翼を持つ者って一体なんなのだお。ツンを脅かすやつらは。
       妹は、構ってもらいたさに嘘を吐くタイプだとは絶対に思えない」

(´・ω・`)「彼女は君の百万倍くらい出来た人間だ。僕も嘘だとは思わないよ。
      ブーン、ひょっとすると僕達の認識が間違っているのかもしれない。
      本当はその異人達は、僕達のすぐ側で生きているのかもしれない。
      昨日、街でふと擦れ違った人間が実は異人なのかも、しれない」

( ^ω^)「ショボンの話はくどすぎる! 簡単に言うとどういうことなんだお」

(´・ω・`)「君や僕が黒い翼を持っているのかも、って話だよ」

( ^ω^)「ハハッワロス。それならツンが黙っちゃいないお」

(´・ω・`)「だよねえ。少なくとも僕達は普通の人間なようだ」

ξ゚听)ξ「・・・・・・何の話をしていらっしゃるの?」



58: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:23:17.18 ID:XEQSdgst0
(;^ω^)「!」

ブーンは、吃驚した。話し込んでいる内に、いつの間にかツンに追いついたのだ。
二人の目の前で、彼女は首を傾げて不思議そうにしている。
どうやら、聞かれてはいなかったようだ。ブーンは心の底から安堵した。
それでも心臓の脈動が止まるほど彼は驚いたので、言葉の呂律が回らない。

(;^ω^)「いや、あのね、そのね・・・」

こいつは駄目だ。言わせていると、その内勝手に自爆してしまうに違いない。
そう判断したショボンが、ブーンの背後に回り、口を両手で押さえ付けた。

(#^ω^)「んが!? ひょぼん、ごごごお!!」

(´・ω・`)「なあに。去年、結婚して都会に行ったジョルジュが居るだろう?
      あいつ、近頃抜け毛に悩まされててね。どんどん抜けていくらしい。
      それで、彼の明るい頭皮の未来について、僕達は語り合っていたんだよ」

――愚かな! そんな話が通用するものか! さっさとこの手をどけろ!
ブーンが必死にもがく。そうしていると、ショボンを背負うような奇妙な格好に収まった。



59: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:24:03.91 ID:XEQSdgst0
ξ゚听)ξ「まあ。そうでしたの。まだお若いのに大変ですわね」

(;^ω^)「までふんびる!? (何故信じる)」

(´・ω・`)「そうそう。うわ、ブーンの背中の乗り心地、柔らかくて気持ち良いなー」

(#^ω^)「んんんん! うっさいお! さっさと離れろお!」

ようやくブーンはショボンから解放された。彼は憤り狂うが、手を上げはしない。
殴ってしまえば、その時点で自分の負けだ。常に紳士たれ。彼にはそんな美学がある。
ブーンはショボンを見据える。しかし、彼は悪びれもせずに言うのだった。

(´・ω・`)「それにしてもちょっと疲れたね。あそこに売店が見える。
      飲み物でも買って、そこいらのベンチで少し休憩しようか」

( ^ω^)「僕、たまにショボンの風のような性格が、無性に怖くなるんだお」



60: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:25:05.13 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「しかしまあ、ジョルジュの変態さには、流石の僕もひいた。
       あいつはね、講義中にも関わらず淫猥な言葉を叫ぶ男なのだお」

(´・ω・`)「あれが結婚だからね。婚約の話を聞いた時は世界の終わりかと思ったよ」

ξ;--)ξ「はあ、何となく分かる気がします。お変わりですものね」

彼らは売店の側に備えられていたベンチに座り、ジュースを飲んで一息ついている。
詳細に言えば、ブーンはオレンジ、ツンはアップル、ショボンはぶどう酒である。
今は昨年まで同じ街に住んでいた、大問題な友人について会話をしている。

( ^ω^)「それで、ジョルジュが細君に告白した時の言葉が何だと思う?
       『おっぱいよりも君が好き』――だってお!!」

(´・ω・`)「根っからの巨乳好きがね。彼の嫁さんはどう見ても貧乳じゃないか。
きっと、宇宙のどこかの星が一つ、青い光を放って命を終えたよ」

ξ;--)ξ「・・・・・・」



62: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:27:40.21 ID:XEQSdgst0
(´・ω・`)「たまには外出も良いもんだ。本当に、良いねえ。ははは」

笑い声を上げて、ショボンは半分ほど残っていたぶどう酒を一気に飲み干した。
ブーンとツンは目を丸くした。彼が酒を呑んでいたことを知らなかったからだ。
ショボンは非常に酒が好きで、仕事中でも呑んでいるくらいである。

( ^ω^)「ショボン。君、帰りの運転はどうするつもりかね?」

(´・ω・`)「んー、その通りだね。そうだ、僕はここで酔いを醒ましているから、
      君達二人は散歩してくると良い。カメラで風景を撮ってきなよ」

( ^ω^)「そうするお。ただ、撮影するのは風景ではないお。ツンだお。
       妹は世界中の何よりも美しい。ありとあらゆる物に勝る」

ξ゚听)ξ「はい、そうですね。でも私はここに休憩しております。
       久しぶりに街のことをお聞きしたいので。お兄様お一人でどうぞ」



63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:28:26.23 ID:XEQSdgst0
―3―

( ^ω^)「はっはっは! ああ突き放していても、本当は兄思いなのだお。
       そうだろう? 僕に似て美犬のクドリャフカよ!」

(U^ω^) ・・・・・・。

一つの場に留まっていられないブーンは、美犬(仮)を連れて石畳の小道を歩く。
色とりどりの花々は綺麗なのだが、生憎の曇天模様が景色をマイナスにしている。
あれからもしつこくツンを連れようとしたのだが、結局は一人で散歩することになった。
きっと、彼女は四六時中家に居るので、最近の街の様子が気になるのだろう。
ツンが男と二人きりになるのは些か不安だが、まあ、ショボンなら大丈夫だ。

( ^ω^)「天気が悪いが、僕の腕ならば立派な写真が撮れるお。
      そうだ。出来上がったものを写真コンクールにでも送ってやろう」

意気揚々なブーンはそう言って、ピントなどを気にせずシャッターを切りまくる。
数枚撮影していると、ファインダーの中に人影を見つけた。二人の少女だ。
少女達は道の先から、ブーンが立っているところへゆっくりと歩いてくる。

( ^ω^)「よし。彼女達を撮ってやろう。きっと良い絵になるお」



64: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:29:38.82 ID:XEQSdgst0
思い立ったが吉日。ブーンは彼女達の側まで歩み寄り、軽快な声をかけた。

( ^ω^)「へろう! 君達、ちょっと被写体になってくれないかお」

从;'−'从「!?」

リl|゚ -゚ノlリ「・・・・・・」

中学生くらいの身長の少女二人は、それぞれの反応を示した。
肩の辺りまで髪がある、大人しそうな少女は飛び退くほど驚いたのに対し、
ショートカットの無表情な少女は、ただ黙ってブーンを見上げただけだった。
どちらも、陳腐な洋服を着ている。自己主張のあるアクセサリもしていない。
だが、短髪の少女は紫色の布に巻かれた、何か長細いものを持っている。

( ^ω^)「僕は内藤ホライゾン。これから写真界で名を轟かせる者だお」

二人の心境など知ろうとしないブーンは、気さくに自分の名前を告げた。



66: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:30:29.86 ID:XEQSdgst0
リl|゚ -゚ノlリ「内藤、ホライゾン」

機械のような印象を受ける少女が声を漏らした。老人のように嗄れた声だった。

( ^ω^)「お? 何か?」

リl|゚ -゚ノlリ「・・・・・・いや。私は佐藤。こっちは渡辺」

佐藤と名乗った少女は、横を向いた。彼女の後ろに隠れている渡辺が顔を出す。
怯えている様子だ。突然声をかけられたからだろう。異常なくらい肩を震わせている。

( ^ω^)「その娘は大丈夫なのかお? 顔が真っ青じゃないかお」

リl|゚ -゚ノlリ「渡辺は人見知りが激しい。・・・それより、何の用?」



67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:31:28.30 ID:XEQSdgst0
ブーンは訊ねられて、はっとした。そして、写真を撮らせてくれと頼んだ。

リl|゚ -゚ノlリ「構わない。・・・・・・渡辺も、それで良い?」

从;'−'从「・・・・・・」

渡辺は警戒を解かなかったが、こくりと弱々しく頷いた。
ブーンはよしよしと嫣然として、山がある方へと立つように二人に言った。

( ^ω^)「いいね! 僕はどんな色の花々よりも山が好きだお。
       色彩心理学で言うとね、緑は命の源の色なのだお。素晴らしい!」

从;'−'从「あ、あのっ」

( ^ω^)「はい?」



68: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:32:32.87 ID:XEQSdgst0
从'ー'从「私も、緑が好き、です。瞼をぎゅっと閉じると、緑色が見えます」

上擦った声で、どもりながら渡辺が言った。目を閉じると緑が見える。
そうして見える色は黒か灰色ではなかろうか。・・・人によっては緑かもしれない。
ブーンは不思議な気持ちで首を捻ったが、とりあえず写真を撮ることにした。

( ^ω^)「何にしろ、好きなものが一緒なのは良いことだお。
       ささ、リラックスして。そうそう。じゃあ、撮るお」

そうして、ブーンはシャッターを切った。カメラが一瞬を捉えたのだ。
ブーンが軽くお辞儀をすると、少女二人は小さく頭を下げてから去った。
前途洋々の若き写真家は、カメラを曇天に翳して一人悦に入る。

リl|゚ -゚ノlリ「内藤さん」

( ^ω^)「お? あれ、まだ居たのかお。どうしたのだお」



69: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:33:06.30 ID:XEQSdgst0
声のした方へと振り向くと、先程の少女達の片割れが傍らに立っていた。
居るのは佐藤だけで、もう一人の渡辺という少女の姿はない。
何か用事でもあるのか。ブーンが疑問に思っていると、佐藤は言った。

リl|゚ -゚ノlリ「私達は、須名邸に行った帰り。あの山を少し登った所にある」

(;^ω^)「!?」

ブーンは声を上げそうになるくらい驚いた。須名という姓に覚えがあるからだ。
大きく目を見開き、両腕を伸ばし、彼は小刻みに震える手で佐藤の肩を掴む。

(;^ω^)「君は一体」

リl|゚ -゚ノlリ「街で噂になってるの。内藤さんは知らない?」

体格があまりに違う男性に揺さぶられても、佐藤は顔色一つ変えない。

(;^ω^)「・・・噂? 僕は知らないお。どんな話なのか、教えたまえお」



71: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:33:57.54 ID:XEQSdgst0
リl|゚ -゚ノlリ「黒い翼を持った少女が、その屋敷には出るそう」

一刹那置いて、さらさらと、風が吹き、花々をざわつかせる。
やがて、花びらが宙へと舞い上げられ、空の遥か高みへと消えて行った。

( ^ω^)「・・・・・・・・・・・・」

リl|゚ -゚ノlリ「なにそれこわい、ってそこへ見に行ったのだけど、誰も居なかった。
       内藤さんも行くのかな、と声をかけた。・・・・・・それだけ」

佐藤は言い終えると、後ろを向いた。それに伴い、肩から腕が離れる。
腕をだらりと下ろして、ブーンは神妙な顔つきで彼女の背中を見守る。

リl|゚ -゚ノlリ「内藤さん。きっと、その話は出鱈目だったんだ。
       黒い翼を持つ人間だなんて、子供の空想みたいなんだもの」

抑揚のない声。佐藤は少しだけ振り返る。黒い瞳が空の灰色を映す。



72: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:35:11.99 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「いや、君達は探し方が甘かったのだお。
      僕はそういった胡散臭い話が好物でね。行ってみるとするお」

リl|゚ -゚ノlリ「・・・・・・そう。本当にいるのかな。もし、居たら何者なの。
      私は考える。それは、人間の闇のようなものじゃないかって」

( ^ω^)「闇?」

リl|゚ -゚ノlリ「人間は誰しも闇を持っている。闇を持っていなければ人間ではない。
      死の時に、二十一グラムが零れ落ちたんだ。レゾンデートルを伴いながら」

( ^ω^)「君も僕の友人みたいな話し方をするね。いやに意味不明だお。
       僕はそういう話を聞く度にいつも思うお。ネット上でやれ、と。
       日本に巨大掲示板がある。そこの主にニュースを扱う場所でやれお。
       そこでなら、論理戦争がいくらでもやりたい放題らしいお。
       ――で、二十一グラムって、一体どういう意味なのだお」

リl|゚ -゚ノlリ「魂の重量のこと。人の魂は二十一グラム。みんなに均等」



73: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:35:55.75 ID:XEQSdgst0
ブーンは顎に手を置いた。佐藤が何を言っているのか、さっぱり不明だ。
もしかしてキケンな人? とりあえず、分かる範囲のことを口にした。

( ^ω^)「つまるところ、君はオカルト支持者なんだお。
       幽霊のことを言ってるのだお。在世中の恨みが具現化すると」

リl|゚ -゚ノlリ「・・・・・・今はそれで良い。そろそろ私は行かなくてはならない」

佐藤は顔を前に戻して、歩き始めた。そこでブーンは既視感を覚えた。
この少女に以前会ったような気がしたのだ。いつだったかは分からない。
彼が思い出そうとしていると、佐藤が不意に、ぴたりと足を止めた。

リl|゚ -゚ノlリ「――君は、君の、君らしい、君を知る、心の旅を」

( ^ω^)「・・・・・・?」

最後に、謎めいた言葉を呟いて、佐藤は風景の向こうへと消えて行った。



74: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:36:50.75 ID:XEQSdgst0

その頃、ツンとショボンは、場所は変わらずにベンチで談話していた。
内容は現在の街の状況から、ショボンの打ち明け話へと変遷していた。

(´・ω・`)「それでね。僕は、ブーンから君の特異な体質について相談されたんだ」

ξ;゚听)ξ「まあ! 兄が!? そんなお恥ずかしい話。申し訳ありません・・・」

(´・ω・`)「おっと。ブーンを責めちゃいけない。君を想ってのことだから。
      責められるべきは僕の方さ。内緒にしておくよう、言われてたのに」

ξ゚听)ξ「いえ、全ては私の、このおかしな体質がいけないのですわ。
      兄もショボンさんも悪くありません。むしろ、感謝しています」

(´・ω・`)「僕はツンちゃんの言うことを信じてるよ。協力したい。
      君は僕の妹に似ていてね。特に気丈なところが生き写しだ」

勿論、悪い意味でじゃないよ。そう付け加えて、ショボンは煙草をくわえた。
「あ」と、か細い声を出してツンを見る。ツンは微笑み顔で可愛らしく頷いた。



77: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:41:49.44 ID:XEQSdgst0
(´・ω・)y-~~「ごめんね。定期的に吸っていないと駄目になってしまう。
        これだから、ブーンに不健康だと言われてしまうんだろうな」

ξ゚ー゚)ξ「いいえ、構いませんわ。あの人の言うことなんて無視して下さい。
       毎日、家でゴロゴロしていて、ずっと不健康なんですから」

(´・ω・)y-~~「彼はジョルジュみたいに結婚すれば良いのに。きっと落ち着く。
        まあ、僕もあまり人のこと言えないけどね・・・」

自虐的な笑みをこぼして、ショボンは煙草をくゆらせ、大きく煙を吐き出す。
自由とやすらぎの香り。そんなキャッチコピーを持つパーラメントの白い煙が、
微風にさらわれて、匂いだけを残して空気中へと掻き消えていく。

ξ゚听)ξ「でも、無理ですわ。結婚の話を持ちかけますと兄は言いますの」

(´・ω・)y-~~「へえ。なんて? 大体は想像がついてしまうのが怖い」



80: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:42:29.36 ID:XEQSdgst0
ξ;--)ξ「『僕に釣り合う女が、この世に居るわけがない』ですって」

(´・ω・)y-~~「おお。僕の予想が当たってしまった。なにこれこわい」

ξ゚听)ξ「それを言ったときの、兄の面持ちの恐ろしさといったら。
      笑いますのよ。けれど、目はまったく笑っておりません」

(´・ω・)y-~~「それはそれは。僕なら裸足で逃げ出してしまいそうだな」

ξ゚ー゚)ξ「またまた、ショボンさんは高等な兄の操縦術を知ってるじゃないですか」

(´・ω・)y-~~「・・・・・・いや、僕は恐れを知らないだけなんだ。
        だから何でも言える。どんな罵詈雑言でも言ってしまえるんだ」

ξ゚听)ξ「・・・・・・? ショボンさん?」

ショボンは笑っているような、或いは悲しんでいるかのような表情をした。
どういう経験をすれば、このような複雑な顔が出来るのだろう。
ツンは心配げな眼差しで、やや上を向いている彼の横顔を見つめる。



81: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:43:33.02 ID:XEQSdgst0
(´・ω・)y-~~「お、噂をすれば帰ってきたよ。内藤家の問題児が」

ξ゚听)ξ「え」

ショボンが見た方向へ視線を遣ると、元気に走っているブーンの姿があった。
二十七歳の全力疾走だ。あんな恥ずかしい兄は居ない、とツンはあさってを見る。
息を切らしてやって来たブーンに、ショボンが労いの言葉を投げかける。

(´・ω・)y-~~「やあ。全力少年。ネズミのジェリーでも見つけたのかい?」

(;^ω^)「うるさい! 僕の居ぬ間に内緒話をバラした腹黒が!」

(´・ω・)y-~~「えっ」

この青年は盗聴器でも仕掛けていたのか。ショボンは服を確かめる。
入念に調べるがしかし、そのような物体は発見出来なかったのだった。



82: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:44:14.24 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「ショボンはその場凌ぎの嘘は吐くが、それを吐き通せない性格だお。
      恐らく気持ち悪いのだろうね。だから君達を二人にさせたのだお。
      君が打ち明ければ、きっと丸く収めてくれると踏んだんだお」

煙草の先の灰がぽろりと地面に落ちた。ブーンは割と鋭いようだ。

( ^ω^)「僕も嘘は嫌いだお。ツンに悪い気がするからね」

(´・ω・)y-~~「なんという洞察力。探偵事務所でも設立してみてはどうだい」

( ^ω^)「ふむふむ。写真だけじゃなく、それも考えとかなくちゃいけないね。
      僕は聡いからお――――って、それどころじゃないお!
      とても凄いことを教えて貰ったんだおーーーーーーーーー!!!」

鼓膜が破れそうな声量で、ブーンは叫んだ。木霊が返ってくる。
ツンとショボンは咄嗟に耳を塞いでいたので、どうにかやり過ごせた。



84: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:44:57.66 ID:XEQSdgst0
(´・ω・)y-~~「オーケーオーケー。君が興奮していることは、ひしひしと伝わった。
        まずは息を吸って。そして吐いて。ほうら、落ち着いただろう?」

ξ#゚听)ξ「お兄様! 場所と年齢を考えてください。そんな子供みたいに」

( ^ω^)「子供! そう、僕は少女達から凄い情報を得たんだお!」

ブーンはショボンとツンの真ん中へ、強引に割り入って座った。
それから、今しがた佐藤という少女から聞いた話を、二人にしてみせたのだった。

(´・ω・`)「ほほう。そんな噂話があったとはね。全然知らなかったな」

ξ゚听)ξ(・・・・・・)

煙草を吸い終えたショボンはしきりに頷いた。興味があるようだ。
ツンは聞いている間も、その後も、ずっと俯いて黙り込んだままである。

( ^ω^)「噂があるということは、特別な体質はツンだけじゃなかったんだお」



85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:45:27.81 ID:XEQSdgst0
(´・ω・`)「確かに、黒い翼を持つ者って、ツンちゃんが視えるのと一緒だしね」

( ^ω^)「僕は須名家の家に行こうと思う。そして、一喝してやるんだお。
       僕の妹を怖がらせるんじゃない! 痴れ者が! ってね」

(´・ω・`)「僕もついて行くよ。興味があるし、君一人だと何かしでかしかけない」

( ^ω^)「ツンはここで待っていると良いお。吉報を持って帰ってくるお」

妹思いなブーンが自信満々の笑みで言うと、ツンはゆっくりと顔を上げた。
そして、彼女が言った言葉は、ブーンを怒らせるものであった。

ξ゚听)ξ「いいえ。私も行きます。きっと何か、役に立てると思います」

(#^ω^)「駄目だお! もし、ツンに災いがあれば大変なことだお!」



87: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:46:26.46 ID:XEQSdgst0
珍しくツンが叱られる。だが、彼女は自分の意思を曲げなかった。
静かにベンチから腰を上げて、特有の強気な目でブーンを見下ろす。

ξ゚听)ξ「お兄様がなんと仰っても、私は頑として譲りません。
       彼らは術を使うのです。森羅万象の法則にはない妖しい術を」

(´・ω・`)「それはまた。一体どんな術だと言うんだい?」

ξ゚听)ξ「世間一般的に、呪いと呼ばれている類のものです。
       私はこの体質になってから、幾度とそれらを経験して参りました。
       ですから、打ち破り方も知っています。お兄様、良いでしょう?」

勝気な雰囲気から一転して、今度は上半身を屈めて愛くるしく振る舞う。
ブーンは妹のこういった仕草に弱かった。腕を組んでそっぽを向く。

( ^ω^)「・・・・・・危なくなったら一番に逃げるんだお。分かったね」

(´・ω・`)(本当に妹には弱いな)



88: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:47:06.64 ID:XEQSdgst0
―4―

三人は須名邸へと到着した。公園の側の山道を登る、ちょっとした登山だった。
ブーンは勿論のこと、洋服のツンも、運動不足のショボンも疲労困憊である。
内藤家の飼い犬は、もう歩けないと途中で足を止めたので、ブーンが抱いている。

(;^ω^)「クドは僕と一緒で軽いおー」

ξ;゚听)ξ「お兄様。そろそろご自分の体型を認めてください」

(´・ω・`)「しかし、これは大きいねえ。ブーンの家よりやや大きいか?」

ショボンは須名邸の外観を見上げた。二階建てのハーフティンバー様式の邸だ。
屋根は赤茶けた寄棟造り。よくあるタイプの洋館である。しかし、敷地面積は広大だ。
人が住まなくなってから随分経つのか、窓が割れ、壁は黒ずんでいる。

( ^ω^)「ふん。庭の面積なら、僕の家のほうがずうっと広いお」



90: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:47:37.25 ID:XEQSdgst0
ξ゚听)ξ「須名家は1960年頃から急成長した、日本の音楽会社です。
       ただ、2000年を過ぎた頃、一族に不幸が訪れました」

(´・ω・`)「不幸?」

ξ゚听)ξ「須名の血を引く者と、その関係者が非業の死を遂げていったのです。
       それからは凋落の一途を辿るのみでした。誰もブレーキが出来ません。
       そして、ついには会社倒産の憂き目に逢ったのです」

(´・ω・`)「なるほど。詳しいね」

( ^ω^)「須名家は、我が内藤コーポレーションとも繋がりがあったんだお」

ξ゚听)ξ「我がって、お兄様の会社じゃないでしょう。お父様のです」

指摘され、ブーンは口先を尖らせて、至極面白くなさそうな表情をした。
ショボンはもう一度洋館を見上げた。灰色の下に映える須名邸は不気味だった。



93: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:48:18.78 ID:XEQSdgst0
ξ゚听)ξ「お兄様が会った女の子は、『黒い翼を持つ少女』と言ったんですよね?
       それが、もし本当ならば、その少女は須名家の次女である、
       須名・コウデルカだと思います。私達の国の読み方でクーデルカです。
       思えば、彼女が亡くなってから、須名家がおかしくなり始めました。
       彼女は、変死したと聞いています。自殺か、或いは――」

( ^ω^)(・・・・・・)

(´・ω・`)「ほうほう。という事は、どうやら幽霊説が濃厚になって来たね。
      そのクーデルカ嬢が、恨めしや、と祟ったのかもしれない」

( ^ω^)「そんなことはどうでも良い。さっさと中に入るお」

何故か苛々とした口調で、ブーンが二人の長話を止めた。
カツカツと革靴の音を周りの森に響かせながら、彼は正面玄関に向かう。
自分勝手さにショボンは肩を竦め、ツンは眉を顰めて額に手を当てる。
それから、二人は目を合わせたあと、ブーンの後姿を追いかけたのだった。



94: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:49:03.47 ID:XEQSdgst0
重厚な茶色の玄関扉は、ドアノブを回すと何の抵抗もなく開いた。
ブーンが薄暗い建物の内部の様子を、目を凝らして注意深く窺う。
玄関というよりはホールさながらで、二階まで吹き抜けになっている。
彼の目の前には、結構幅のある赤い絨毯が敷かれた大階段がある。
階段は中ほどで左右に折れ、二階へと続いている。踊り場の上部にはステンドグラスがある。
ステンドグラスには、小さな子供を囲む、九人の羽ばたく天使が描かれている。

(´・ω・`)「アンゲロスからセラフの、九階級の天使達だね。
      しかし、見たことがない型だな。真ん中の子供は誰だろう」

ブーンの隣に並んだショボンが、正面を見上げて興味深げに腕を組んだ。
ブーンは、彼の話など無視して屋敷に足を踏み入れた。靴が床につくと埃が舞う。
汚れないでは帰れないらしい。高価なスーツを着ているブーンは、眉根を寄せた。
けれども、ツンを半ば家に幽閉させている奴に文句を言わねば気がすまない。

( ^ω^)(そして、クー。もしも、君なら)



95: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:49:31.48 ID:XEQSdgst0
(´・ω・`)「さあて、どこから探索しようか。順当に一階からかな」

ξ゚听)ξ「そうですわね。けど、くれぐれもお気を付けてくださいね。
       いつ、あの奇妙な術を使ってくるか分かりませんから」

( ^ω^)9m「そこの部屋から調べてみるお」

ブーンは左側にある扉三つの内、自分達に最も近い扉を指し示した。
茶色い、両開きの扉だ。三人はそちらへと近づいて行った。

(´・ω・`)「気配はない、か。それじゃあ、開けるよ」

扉がギギギィと音を立てて開かれる。全てを開き終えると、部屋の様子が分かる。
大きなテーブル。それに左に五脚、右に五脚、木造の椅子が置かれている。
食堂だ。壁には開放感を得られるように、出窓が等間隔に並んでいる。



97: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:50:11.51 ID:XEQSdgst0
ξ゚听)ξ「お兄様。良かったですわね。食堂の広さは内藤家が勝っていますわ」

( ^ω^)「ふむ。見たまえ、ショボン。僕の家の方が格が高い」

(´・ω・`)「皮肉に気付け。ご飯を食べる場所の広さなんて、どうでも良いよ。
      それより、ここには目的の人物は居ないようだ」

食堂には人が隠れられる場所は無い。無論、テーブルの下も何もない。

(U^ω^) わんわんお。

( ^ω^)「おっと」

突然、美犬が胸の中で暴れだした。ブーンが慌てて抱きなおす。意識すると重い。
その様子を見ていたショボンは、「おお」と手を打った。

(´・ω・`)「待てよ。そいつは一応犬だ。僕達以外の匂いを嗅ぎ付けたのかもしれない」



98: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:50:48.09 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「一応ってなんだお。・・・本当かお? お前の力を見せ付けてみろ」

ブーンが開放すると、美犬は地面に叩きつけられ、転がりながら着地した。
そうして立ち直ったあと、覚束ない足取りで部屋の隅へと向かった。

(U^ω^) わんわんお!

クドリャフカは、「こっちに来い」とでも言わんばかりに吠え立てる。
顔を見合わせた三人は、とりあえず彼女の側に寄ってみることにした。

( ^ω^)「くずかご?」

部屋の隅には、上質の籐で編まれた小さなサイズの屑籠が置かれてあった。
ブーンは屑籠の中を覗き込んだ。中には、くしゃくしゃに丸められた紙があった。
その紙だけで他にゴミはない。ブーンはそれを拾い上げて、広げた。



99: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:51:31.77 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「なになに、えーっと」

紙には、まるで字を覚えたての幼子が書いたような、くねくねの文字が並んでいた。
一つ一つ丁寧に解読し、ブーンが紙に書かれた文章を読み上げていく。

“いまこそ、めざめのとき。くろいつばさのいみを、おもいだしてほしい。
 つらいことが あったのでしょう。くるしいことが あったのでしょう。
 わたしたちは、わたしたちをうんだせかいを かえなければなりません。
 そのために、どうか あなたのつよいちからを かしてださい。”

( ^ω^)「ヘイ! ショボン! 誰かは知らないが、革命を起こす気だお!」

(´・ω・`)「そうだねえ。この文章にも“黒い翼”とある。
      これは、ツンちゃんの言う奴らに違いないね。楽しくなってきたな。
      それと、この手紙を読んだ人物は断っちゃったみたいだね」

( ^ω^)「丸めてゴミ扱いだしお! しかし、誰が書いたのだろうかお。
      この文章を見る限り、小さな子供としか思えないお」

(´・ω・`)「うーん。でも、文章は割としっかりとしてるんだよなあ」



100: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:52:14.16 ID:XEQSdgst0
ξ゚听)ξ「最後の方、へりくだってますよね。・・・いよいよ気を付けてください。
       “黒い翼の少女”が居れば、それは恐らく強い力の持ち主です」

(´・ω・`)「強弱があるんだ? ツンちゃんは、どうやって渡り合って来たんだろう」

ショボンは口に手を添えて、ううんと唸り声を上げ、部屋中に視線を巡らせた。
問われたツンは返し難そうに、顔を伏せる。暫しの沈黙のあと、呟くように言った。

ξ;゚听)ξ「ええっとですね。どう説明すれば良いか。彼らの心を満たせば良いんです。
        彼らは、それぞれ何らかの“飢え”を持っている場合が多いです。
        その“飢え”を取り除けば、彼らは大人しく退いてくれます」

(´・ω・`)「ははあん。こいつは益々怪談のそれだ。つまりは鎮めるんだね。
      無神経ボーイ。聞いたかい? 相手の心を知らなければ不可能なんだ。
      相手の気持ちを知れば、自分が成長する。今の君にはうってつけだ。
      心の旅をしなければ。ああ、そんな名前の曲が日本にあったなあ」

( ^ω^)「心の旅?」



101: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:52:52.72 ID:XEQSdgst0
それは佐藤にも言われた言葉だ。今思い返せば、彼女は何を告げたかったのだろう。
佐藤の声を思い出し、深く考えてみる。しかし、今のブーンにはどうしても覚ることが出来ない。
それを繰り返していると、心に徐々にどす黒いものが渦を巻いて、こみ上げて来た。

『情けない男だ。君は全くの無力なのだ。そう。だから、母親を助けられなかった。
 違う、だなんて言わせない。もう一度言おう。君は、全くの無力である』

(#;ω;)「違う! 凡百の人間とは違って、誰よりも優れているのだお!」

(;´・ω・)ξ;゚听)ξ「「!?」」

突然の絶叫。テーブルが思い切り叩き付けられる音。ブーンが子供のように喚く。
ツンは勿論のこと、ショボンもこの時ばかりは驚きを隠せなかった。
ブーンは涙を流しながら意味不明な言葉を発して、何度も何度も両拳で叩き付ける。
流石に尋常ではないと判断したショボンは、彼の後ろから羽交い絞めにした。

(;´・ω・)「時に落ち着け。ははあ! 僕が無神経だと言ったのが気に触ったんだ。
      あれは撤回しよう! 君は人の気持ちが分かるグッドボーイさ!」



102: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:53:31.77 ID:XEQSdgst0
( ;ω;)「違うのだお。あれは不可避の、事故だったのだお・・・・・・」

ξ;゚听)ξ「・・・・・・お兄様」

やがて、ブーンは落ち着きを取り戻し、力なく埃の積もった椅子に座った。
彼特有の高い自尊心が戻るのは、まだまだ時間がかかりそうだった。

(´・ω・`)「よしよし。誰にだって、無性に叫び狂いたくなることはあるものさ。
      君が落ち着くように、日本のOTAKUから教えて貰った歌を唄ってあげよう。
      ゆーめどりーむ おーいーかーけてー すなーおーなこのきーもちー♪」

ショボンは調子の外れた声で唄う。日本語で何と言っているか分からない。
ただ一つだけ言えることがある。ブーンは顔を突っ伏したまま呟いた。

(  ω )「音痴だお」



103: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:54:01.53 ID:XEQSdgst0
(´・ω・`)「聞き捨てならないな。OTAKUの友人には上手だと褒められたんだけど」

( ^ω^)「・・・・・・きっと、おべんちゃらを言ったんだお」

ブーンが顔を上げた。そこにはもう、恐慌の表情は張り付いていなかった。
ショボンはほっと胸を撫で下ろし、彼の強張った両肩を優しく揉み解した。

(´・ω・`)「おんやあ? お客さんだらしないね。引き篭もり生活でもしてるんだろう」

( ^ω^)「ショボン」

(´・ω・`)「なんだい?」

( ^ω^)「・・・・・・いや、何でもないお。そろそろその手をどけろお」

ブーンはどうしても言えなかった。「ありがとう」の一言を。
理由を考えてみる。今度は先程とは違って、すんなりと答えが出る。
自分がどうしようもなく傲慢だからである。彼はゆっくりと席を立つ。



105: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:54:53.05 ID:XEQSdgst0
ξ゚听)ξ「お兄様、大丈夫ですの?」

( ^ω^)「もう大丈夫だお。心配かけてすまないお」

(´・ω・`)「天使のゆびーきりー、叶うよーにー♪ いや、僕の歌声はなかなかだろ」

( ^ω^)「分かった分かった。耳が腐るからやめてくれお」

(´・ω・`)「あのね。今度は僕が泣いてしまうぞ。そうなったら介抱してよね」

三人はそれぞれの笑顔になる。無事に、この場は収まったようだ。
そんな中、部屋にガチャリという音が響いた。一同はそちらに注目する。

ζ(゚ー゚;ζ「あ」

扉から女性が顔を見せた。そして、映像の逆再生のように扉を閉じ、出て行った。



107: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:55:18.23 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「今のは?」

(´・ω・`)「・・・・・・」

ξ;゚听)ξ「ほんの一瞬ですが、あの人の背に黒いものが見えました」

(;´・ω・)「・・・・・・ユーメイドリーム! 追いかけろ!」

三人は慌てて部屋を飛び出した。丁度、女性が向こう側の部屋に入る姿を確認した。
女性が入った部屋の扉の前に立つと三人は、一様に緊張の面持ちになる。

(´・ω・`)「よし。僕が先に入ろう。持ってきておいて良かった」

ショボンが懐に手を忍ばせた。そうして現れたものはとんでもないものだった。

(;^ω^)「け、拳銃! どうしてそんなものを!?」



108: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:55:56.53 ID:XEQSdgst0
ショボンは重々しく黒光りする回転式拳銃をぐっと握る。1、2、3。
タイミングを計り、ショボンは扉を蹴破って部屋の中へと足を踏み入れた。
そして、即座に構える。女性は部屋の奥の壁際に居た。照準を合わせる。

(´・ω・`)「フリーズ! 日本語で言うと“動くな!”」

ζ(゚、゚;ζ「どうして、ジャパニーズで言い直す必要があるの」

(´・ω・`)「僕が親日家だからだよ」

ζ(゚、゚*ζ「それは仕方ないですの。あたしも日本は好きですよー。
       スシー、テンプーラ、東尋坊、ナナちゃんにんぎょお♪」

(´・ω・`)「・・・・・・?」

女性は拳銃を突き付けられているのにも関わらず、のんびりマイペースだ。
その内、欠伸でもしそうな雰囲気である。余裕というものなのだろうか。
真っ直ぐに立つ女性の背中を見るが、黒い翼などは生えていなかった。



110: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:56:43.49 ID:XEQSdgst0
(;^ω^)「君は特殊訓練でも受けたのかお。手榴弾がなくて残念だったね」

ξ;゚听)ξ「ショボンさん」

二人が遅れて部屋に入ってきた。ショボンは構えを崩さずに忠告する。

(´・ω・)「気を付けろ。どうにも、この女性は普通じゃないようだ」

( ^ω^)「んー?」

ξ゚听)ξ「・・・」

ツンは悠然と立つ女性を見る。すると彼女の眼には、はっきりと翼が視えた。
そして視線を移動させていると、女性の後ろにある大きな鏡に気付く。

ξ;゚听)ξ「鏡を! 鏡を見てください!」



111: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:57:21.86 ID:XEQSdgst0
ショボンとブーンは言われるがままに、壁に掛けられている等身大の鏡を見る。

(;´・ω・)「・・・・・・本当に、存在していたんだ」

(;^ω^)「・・・・・・」

鏡に写る女性の背中には、確かに、ありありと黒い霧状の翼があった。
翼といっても、誰もが想像する天使みたいに大きなものではない。
丁度、絵本に出てくるキューピッドのような小さな翼だ。

ζ(>ε<*ζ「あやや。だから逃げたのに。おまけに視える人も居るですの。
      鏡は全ての闇を光を、真実を映してしまいますですの」

ぶうぶう、と緊張感など全くなく、外見が大人とは思えない仕草を女性はする。
一見無害そうに見える。だが、ショボンは集中力を欠かない。銃口は女性に向けたままだ。

(´・ω・`)「まあ、なんだろう。もっと劇的な出会いを果たすと思ってたんだけど」

ζ(゚ー゚*ζ「出会いは、いつだって、突然ですの」



112: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:57:59.74 ID:XEQSdgst0
(´・ω・`)「ふうん。まあ、良いか。君達が何者なのか教えて貰おうかな。
      おっと、動かないでね。もし動いたら、大出血がマッハになる」

ζ(>ー<*ζ「だめだめだめですの。あたしに、一切の物理攻撃は効かないのです。
        あたしを討てるのは、エル・オー・ブイ・イー。ええ、清らかな恋だけなのです」

そう言えばそんな話だったっけ。ショボンはツンの方へと視線を向けた。
彼女は頷く。ため息を大きく吐いて、ショボンはだらりと銃を下ろした。

(´・ω・`)「ちぇっ。おてんばガール。もう一度訊いても良いかい。
      君達の正体は何なんだい? お化け? アンブレラの生体兵器?」

ζ(>ε<*ζ「ぶっぶー! 全部違いますですの。大変ゆとっていますですー」

(´・ω・`) イラッ。

ショボンは珍しく苛ついた。なんだこのファニーガールは。死ねば良いのに。
女性じゃなかったら※※ているところだ。口に出していないので、セーフセーフ。



113: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:58:49.81 ID:XEQSdgst0
ζ(゚ー゚*ζ「あたし達はですねー、二十一グラムなんですの」

(´・ω・`)「・・・それは魂の重さのことだね。アメリカの医師が行った実験。
      人間は死ぬ際に、幾ばくかの重量を失うという。
      その変化が二十一グラム。世間に広まっている俗説さ」

ζ(゚、゚*ζ「うんうん。その零れちゃった魂、及び意思があたし達の正体」

(´・ω・`)「幽霊とどこが違うんだい? 似たようなものじゃないか」

ζ(>ε<*ζ「お化けさんは、実体がないじゃないですか! あたしはここに在るもの!」

(´・ω・`)「その顔やめて。ふと僕が、僕でなくなってしまいそうになるんだ」

えへへ、と女性は頭を掻いて微笑んだ。忙しく表情が変わる娘だ。
ゆるいウェーブのかかったブロンドの髪の毛。愛くるしさを振りまく顔立ち。
恐らくショボン、ブーンと同年代だが、童顔なため十代でも通用するだろう。
淡いピンクのスカートと純白のブラウスが、とても彼女の雰囲気に合っているといえる。
肩には浅葱色のショルダーバッグを掛けている。その鞄にはピンバッチが数個付いている。



116: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:00:01.38 ID:XEQSdgst0
ξ゚听)ξ「どうして逃げたの? あなたがもしかしてクーデルカ?」

ずっと黙していたツンが、きつい口調で話しかけた。
女性は、自分の髪の毛を指先でくるくる巻いてブルーの瞳を向ける。

ζ(゚、゚*ζ「ううう、なんて綺麗な人。逃げたのは、キミ達のことを思ってのことですの。
       あたし達の存在を認知してしまえば、もう普通の生活に戻れないのですよ。
       お姉さんなら、分かるはずですの。あたしは他人を不幸にしたくないんです」

髪から指を離す。女性繊細な糸のような髪の先が、ぽよんと跳ねる。

ζ(゚ー゚*ζ「あ、嘘だって顔してますねー? 本当ですですよー。
       あたしはタマモ・デレというですの。ここのお嬢さんではありません」

(´・ω・`)「タマモ、・・・ね。玉藻前。君にぴったりじゃないか。
      僕達も自己紹介しとこうか。こっちはツンちゃん、僕の隣の変なのはブーン。
      ――それで、デレさん。君はここで何をしていたんだい?」



117: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:00:45.97 ID:XEQSdgst0

ζ(゚ー゚*ζ「ご丁寧にどうも。私は“影”の身でありながら“影”を退治しているのです。
       “影”とはあたしの世界での、黒い翼を持つ人達の呼び方です」

ξ゚听)ξ「そんなの、とても信じられないわ。あなた達は人に危害しか与えない」

ζ(゚、゚*ζ「疑り深いですの。証拠に、あたしはここのお嬢さんについて調べたのに」

(´・ω・`)「ほう。ねえ、ブーン。君はどう思う? 彼女を信じられるかい?」

ショボンは左に立っているブーンを、肘で小突いた。反応は返ってこない。
もう一度小突く。しかし、無反応である。疑問に思い、彼の横顔を見た。

(;^ω^)(・・・・・・)

ブーンはまるで氷のように固まっていた。又は大理石の彫像のように微動だにしない。
呼吸をしているのかすら分からないほどに、彼は驚きの顔のまま静止している。

(´・ω・`)「衝撃を受けたのは分かる。けど、君は文句を言うんじゃなかったのかい?」



119: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:01:19.47 ID:XEQSdgst0
怖気づくような性格ではないだろう。ショボンは、ブーンの腕を引っ張った。
すると途端、彼は雷に撃たれたかのように、全身を激しくわななかせた。

(;^ω^)「おおおお、おおおお、おおおお・・・・・・」

(´・ω・`)「お? アストロンボーイの帰還だ。おかえり。
      さあ、妹の敵だ。君は言いたいことがあったんだろう?」

( ^ω^)9m「――――素晴らしい!」

(´・ω・`)「は?」

ξ;゚听)ξ「お兄様?」

ζ(゚、゚*ζ「?」

ブーンはデレを指差して褒め称えた。デレは彼の妹を脅かす存在の同類だ。
デレが何かをしたわけではないが、彼女は、ツンを家に押し込めているものの仲間だ。
罵倒ことすれど、褒める理由はない。ブーンは妹を愛しているのではなかったのか。



120: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:02:01.12 ID:XEQSdgst0
(´・ω・`)「君は動揺しすぎなんだ。心を静かにして、今一度考えてみろ」

( ^ω^)「いや」

ブーンは首を横に振り、つかつかとデレへと近づいた。彼女と並ぶと頭一つ分身長差がある。
そして、次に彼は驚くべき行動を取った。なんと、デレを抱きしめたのだった。

ζ(/////ζ「え、ええ? ちょっと」

( ^ω^)「こんなに美しく可憐な女性は、他に居ないお! 決めた! 
      僕はこの娘さんを妻に迎えるお! 今から結婚式の準備をするお!」

ブーンはデレに熱いベーゼをした。デレは唐突の口付けで、目を大きく見開く。
唇が離れると、彼女の顔は紅潮しきっていた。ショボンとツンに衝撃が走る。

(´・ω・`)「おいおいおいおいおいおい。頼む、理性ある行動を心がけてくれ」

ξ;゚听)ξ「お兄様・・・。何をしているのです!? 破廉恥ですわよ!」



122: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:02:35.12 ID:XEQSdgst0
ブーンはしかし、二人の悲鳴めいた声など聞き入れなかった。
意馬心猿とし、いっそうデレを力強く抱く。髪の毛の甘い香りが鼻腔をくすぐる。
それは、ブーンの情動を攻め立て、とうとうベッドに押し倒すまでに至らせた。
部屋の壁際にあるベッドのバネが、男女の重みに耐えかねてぎしりと音を立てる。

( ^ω^)「デレと云ったね。今から君は僕のものだお。
      僕は君との子孫が欲しい。この意味が分かるね!?」

ζ(/////ζ「う、うん。でも、あたし、初めて、ですの」

( ^ω^)「いいね! 純潔なんだね! 僕も初めてだから大丈夫だお!」

ブーンは白い首筋に舌先を這わせる。デレはびくりと顎を上げて、甘い声を漏らした。
スカートを捲り、彼は膝から太ももへとゆっくりゆっくりと手を移動させていく。
そして、とうとう指先が下着に触れようととした時、ブーンの身体が宙を舞った。

ξ#゚听)ξ「何をしてるんですか! 閲覧注意になってしまいます!」

(´・ω・`)「お。メタ的な発言いただきました」



124: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:03:22.69 ID:XEQSdgst0
(;^ω^)「ぐふう・・・。朝のカレーをもどしそうだお!」

ツンに思い切り蹴飛ばされたブーンは、フローリングをのた打ち回る。
冒頭で、暴力的な女性はツンデレではないと書いたが、これは致し方ない。
ブーンの行動は常軌を逸していたのだから。やって良いことと悪いことがある。
ツンは威圧する眼でブーンを見下ろし、指を震わせながら怒鳴りつける。

ξ#゚听)ξ9m「恥を知りなさい! 内藤家の名を汚すつもりなのですか!」

(´・ω・`)「そうだよ。ツンちゃんの言う通りだ。君は間違っている」

ξ#゚听)ξ「ショボンさんも言ってやってください! 
         ここできつく叱っておかないと、兄はきっと調子付きます!」

(´・ω・`)「こんな荒れ果てた屋敷で女性を抱くなんておかしい。ロマンがない。
      セックスは自分の家で、君の広く清楚な部屋で熱くするものだ」

ξ;゚听)ξ「な、何を仰ってるんですか? そういう問題ではないです・・・」



125: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:04:09.34 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「た、確かに。僕は軽はずみな行動に走ってしまったお。
       ・・・すまなかった。帰ってから、誰も居ないところで子作りに励むお」

蹴られた脇腹をかばいながら、ブーンはよろよろと立ち上がる。
デレを見ると、ベッドの上で頬を赤くしてスカートの裾を正していた。

ζ(/////ζ(び、びっくりしたぁ)

(´・ω・`)「で、ブーンはどう思うの? 彼女は“影”とやらを退治してるそうだ」

( ^ω^)「僕はデレを信じるお。特別に責め立てたりもしない。
       デレはデレであり、彼女がツンを困らせたものではないお。
       そして、僕はデレがしようとしてることを手伝いたいと思う」

(´・ω・`)「ブーンが他人のことを考えるなんて珍しい。しかし、正気かい? 
      僕達がここに来たのは、ツンちゃんがいう奴らの存在を確認するためだ。
      別に、闇で蠢く奴らを退治しようとしに来たわけじゃない」



127: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:05:08.35 ID:XEQSdgst0
ショボンの言う通り、ブーン達は黒い翼を持つものの正体を確認しに来ただけだ。
銃撃が通用しないのが相手なのだ。このまま帰った方が賢い選択である。
それなのに、なにゆえブーンは乗り気なのだろうか。ショボンは腕を組む

(´・ω・`)「僕はこのまま帰った方が良いと思うんだけどな」

ζ(゚ー゚*ζ「いいえ、それは不可能ですの」

デレが遮るように言った。三人は彼女へと注目する。
ベッドの縁に座って、デレは屈託なくにこやかに微笑んでいる。

(´・ω・`)「不可能?」

ζ(゚ー゚*ζ「あなた達は、あたしの存在を知る眼を手に入れてしまったのです。
       そう。その瞬間から、この邸のお嬢さんに目を付けられたんですの。
       深淵を覗くものは、また深淵に覗かれているの――ええ、だから!」

声を大きくさせて、デレは勢いよく立ち上がった。鹿爪らしい表情。
いきなりの変調。デレは戦慄く両手を顔の前まであげる。噛み締める白い歯が覗く。



128: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:05:50.70 ID:XEQSdgst0
ζ( ー *ζ「あたし達は、彼女の流線型に揺らめく呪い。その渦中にいるのだ!
       もう、逃れられない。しつこく計算しつくされた、穴は皆無の呪い。
       目覚めた眼で、窓の外を見ると良い。吸い込まれそうな闇だけが見える。
       希望はない。退路もない。行けば、アカシックレコードから外れる・・・。
       だから、眼を凝らしたまえ。二十一グラムの欠片が視えるだろう。
       それこそ、クーデルカの潜在意識に残された最後の最後のひとかけら!」

(´・ω・`)(また、おかしな人間が僕の前に現れた・・・)

人が変わったように早口で捲くし立てて、腕を下ろす。デレの言葉の行方が掴めない。
静寂が訪れた部屋。その秩序を打ち破ったのは、ツンのかすれた声だった。

ξ゚听)ξ「・・・言われたことは本当です。私達は既にクーデルカの術中に嵌っています。
      私は、この邸に入った時点で呪われていました。ステンドグラス。
      あれはクーデルカの世界の一部分が、漏れ出してしまったものです」

(´・ω・`)「僕とブーンは後から呪われたんだね。いやあ、参ったなあ。
      今日は見たいテレビがあったんだけどな。録画しておけば良かった」



130: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:06:15.80 ID:XEQSdgst0
ζ(゚ー゚*ζ「眼をしっかりと閉じて、そして、ゆっくりと開けて欲しいですの。
       そうすれば、ツンさんが見ている、クーデルカの世界が見えますの」

ブーンとショボンは顔を見合わせてから、瞼を閉じた。黒い空間が映る。
やはり渡辺が言っていた、緑には見えないな、とブーンは目を開けた。

(;^ω^)「お!」

(´・ω・`)「これは驚いたな」

二人は動揺し、ざわめいた。今までの様相が全て一変していたのである。
薄汚れ、埃が漂っていた部屋が、人が住んでいたころのそれへと変わった。
ベッドにはシーツがきちんと敷かれている。鏡は光輝くほど綺麗だ。

ζ(゚ー゚*ζ「ツンさんは、この邸に入った時から、こう見えていた。そうですの?」

ξ゚听)ξ「・・・・・・そうよ。まさか、ここまで力が強いとは思ってなかった」



132: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:08:06.80 ID:XEQSdgst0
ζ(゚ー゚*ζ「そうです。“影”にも強さってものがあるんですの。
       ここのお嬢さんは、エスからイーまでのランクで表せばエスレベルです。
       影には二種類あります。たくさんの思念が積み重なっているもの。
       もう一つは、一つの思念で成り立っているもの。後者の方が強力です。
       そして、クーデルカさんは一つの思念のみで生きておりますの。
       しかも運の悪いことに、お嬢さんは大変聡明で狡猾なのです」

( ^ω^)「デレは、何故そんなに詳しいんだお?」

デレはブーンと目を合わせると、先程押し倒されたことを思い出して赤くなった。
顔を見ないように伏せ目がちにして、デレは質問に答える。

ζ(゚、゚*ζ「さ、さっきも言いましたの。邸に来る前に調査済みですの。
       好きなもの、嫌いなもの。生い立ち。どうして死んだのか」

(´・ω・`)「邸に入る前にツンちゃんに聞いたけど、彼女は変死したらしいね。
      本当のところはどうなのか。教えてくれるかい?」



133: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:08:44.33 ID:XEQSdgst0
デレはこくりと頷いた。青い眼を上目遣いにして、ショボンを見上げる。

ζ(゚、゚*ζ「答える前に一つ、まずは一つ念頭に置いて欲しいことがあるです。
       “影”になる人達は、それぞれ恨みを抱いて亡くなっております。
       クーデルカさんも例外ではなく、耐え難い運命にありました」

ごほん、と咳払いをする。彼女の行動には、オノマトペがいちいち付きまとう。

ζ(゚、゚*ζ「クーデルカさんは、正確には須名家の血を引いていません」

( ^ω^)「なんだって?」

ζ(゚、゚*ζ「彼女は母親の不義の子供です。父親の血を引いていないです。
       父親である須名会長が日本人、母親はこの国の出身なのですが、
       生まれてきた彼女がハーフにはまるで見えないため、
       DNA鑑定をしてみたところ、不義が発覚したようです」

(´・ω・`)「重いね。その話の続きは、嫌な予感しかしないよ」



134: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:09:21.81 ID:XEQSdgst0
ζ(゚、゚*ζ「クーデルカさんの人生は悲惨でした。ずっと父親から疎われていました。
       ・・・ただ嫌われるだけだとまだマシなのですが、彼女が六歳の頃、
       母親が逝去された時から、虐待を受けるようになりました」

ξ゚听)ξ「虐待」

ζ(゚、゚*ζ「はい。ご飯を食べさせて貰えなかったり、日常的に暴力がありました。
       それから、もしかしたらですが――いえ、なんでもありません。
       あ、これらは邸に入って彼女の世界を探索した結果からの推測ですの」

( ^ω^)「・・・・・・彼女は、楽に死ねたのかお?」

ζ(゚、゚*ζ「ブーンさんはお優しいですの。でも、先程言ったように、
       影達は例外なく、恨みや辛みと共にその人生を終えてますの。
       彼女の場合は自殺です。縊死。十五歳の若さで、生涯の幕を閉じました」

( ^ω^)「そうかお」

ブーンは窓の外へと視線を遣った。漆黒で遠くが見えない。どこまでも深淵である。
彼女はこのような精神状態で死んでしまったのだろうか。彼は目を閉じる。



135: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:10:05.88 ID:XEQSdgst0
ζ(゚ー゚*ζ「しかーし! 安心してください。あたしが楽にしてあげますの。
       実は決定的な武器を手に入れましたですよ! 彼女は最後に幸せになれる。
       この世界に生きるツンさんには、それがどういったものか分かるですの!」

ξ゚听)ξ「・・・クーデルカが喜ぶ物や、或いは言葉を与えれば良いのよ。
       彼女が何で喜ぶのか知らないけれど、私はそうして生き延びてきた」

ζ(゚ー゚*ζ「そうなのです! あたしはこの邸で、お嬢さんの日記帳を発見しました。
       それには、ある興味深い一文がしっかりと書かれていました。
       『私のこの家での唯一の話し相手は、母から貰ったクマのぬいぐるみだ』、と」

(´・ω・`)「なるほど。そいつを渡してやれば、クーデルカの心は満たされるわけか」

「正解です!」、と明るい声を出して、デレはカバンの中に手を入れた。
ごそごそと探り、じゃじゃーんと出てきたのは、茶色いクマのぬいぐるみである。
ぬいぐるみを三人にきっちりと見えるように、天井へと向けてかざす。



136: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:10:54.49 ID:XEQSdgst0
\ζ(>ε<*ζ「じゃじゃーん! お待ちかねのクマさんのぬいぐるみですよー!
         可愛い顔して、人一人を輪廻の輪へと叩き送るニクいやつですの」

( ^ω^)「ぬいぐるみよりもデレの方が可愛いお」

ξ゚听)ξ「お兄様・・・・・・」

(´・ω・`)「たった今日一日で、ブーンの趣味が分からなくなりそうだよ」

ζ(゚ー゚*ζ「クーデルカさんがどこに居るかも、目星が付いてますの。
       彼女は在世中、二階の物置部屋に住むよう強制されていたですの。
       きっと、そこに。今は彼女が素敵な空間に変えていると思いますです」

(´・ω・`)「素敵な空間って、万魔殿とか? 君達は化け物なんだな」

デレが言うには、とりあえずどうにかなるらしい。ぬいぐるみがカバンに仕舞われる。
まるでピクニック気分のように鼻歌を唄う彼女に、ショボンは気になっていたことを尋ねた。



137: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:11:50.83 ID:XEQSdgst0
(´・ω・`)「良いよ。君のこと僕も信じてしまおう。ただ、その前に質問がある。
      何故、君は影退治なんてしているんだ。それは云わば、同族殺しだよ」

何のメリットもない。デレがしていることは、人間の世界で言えば殺人である。
鼻歌を止めて、デレは視線をあちこちに泳がせる。考え込んでいる様子だ」
十秒ほど経ち、彼女は眼球の動きを止めた。頬に人差し指を置いて答える。

ζ(゚、゚*ζ「・・・・・・あたしは、ミステリ小説が好きなんですの。
       クリスティ、エラリイ、カー、日本ではアヤツジとかも好きですの。
       あたしはそれらに登場する探偵役に、いつも憧れているのですよ」

(´・ω・`)「つまり」

ζ(゚ー゚*ζ「心の欠片を集めて、災厄を振舞う犯人にびしっと指を突きつけるです!
       その瞬間は生きがいを感じますです。気分爽快、愉快痛快ですのー!」

(´・ω・`)「やい。究極の変人だぜ。ブーンはそれでもこの娘が好きなのかい?」

( ^ω^)「僕の妻となる女性は、これくらい、かしましくなくては務まらん」

(´・ω・`)「そう。もう好きにして」



138: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:12:21.02 ID:XEQSdgst0
もう、ブーンはデレと結婚する気満々のようだ。デレも頬を赤くして否定しない。
相思相愛だ。きっと、素晴らしい家庭を築けに違いない。子供が出きるのかは不明だが。

ζ(゚ー゚*ζ「さあって。あたしは、今からクーデルカさんに会いに行きますの。
       キミ達は、何の心配もせず大船に乗ったつもりで、ここで待っててです。
       あたしが、ズビシイ! っとお嬢さんを指差してあげるですのー」

そう言って、デレは三人の側を通って扉へと歩き始めた。柑橘系の香水の匂いがした。
そうして、ドアノブに手をかけて開けようとしたところ、ブーンが呼び止めた。

( ^ω^)「待ってくれお! 僕も一緒に行きたいのだお!」

ζ(゚、゚*ζ「ううう、素敵な人。もしかしたら、危険になるかもしれませんですの」

( ^ω^)「僕も、クーデルカに会いたいのだお!」

ζ(゚、゚*ζ「もう! しようがないですの。あたしの後ろに居てくださいよ」



139: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:12:55.46 ID:XEQSdgst0
ブーンは、「やった」と歓声を上げてデレに寄った。そして、自然に抱きしめる。
それから、舌を絡ませ合ってるのではないかと思うくらい、情熱的なキスをしたのだ。

(´・ω・`)「もう絶対に突っ込まないぞ。僕も一緒に行かせてくれ。
      君達二人なんて、クーデルカ嬢の前で漫才を始めてしまいそうだ」

人前で、性行為さえしなければ良い、とショボンが投げやりな感情で言った。
彼らを二人にしておけば、必ずやクーデルカの逆鱗に触れるだろう。
それは、何らかの悲劇に発展しかねない。抑える役が必要不可欠である。

ζ(>ー<*ζ「あたしは幸せものですの。どうぞどうぞ、背中は任せたです」

( ^ω^)「ツンは、どうするのだお?」

ξ゚听)ξ「私は・・・・・・」

ツンは床に視線を落として、両拳をぎゅっと握った。すこぶる表情が暗い。
うつむく彼女が如何様の気持ちなのか、ブーンとデレには察せられなかった。
ゆっくりと顔を上げると、ツンの顔には微かな笑みが浮かんでいた。



140: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:13:14.62 ID:XEQSdgst0
ξ゚听)ξ「私はこの部屋でクドと待っています。ほんの少し、疲れました。
       クーデルカのことは、間違いがなければ彼女の言う通りで大丈夫でしょう」

(´・ω・`)(・・・・・・きっと、兄を取られたように思っているんだろうなあ)

( ^ω^)「分かったお。最良の結果を持って帰って来てやるお!」

(´・ω・`)「ブーンのことなら、僕が見張っておくから安心してね」

ξ゚听)ξ「はい。重々お気を付けてくださいね。ごきげんよう」

別れの挨拶をしたブーン達は、ツンを一人部屋に残して、大広間へと出て行った。
ツンはベッドに腰掛け、一呼吸置いてから、ゆるゆるとシーツの上に寝そべった。
側にあった真新しい枕を胸に抱いて、聞こえるか聞こえないかの、小さな声で呟いた。

ξ--)ξ「お兄様の、ばか」



141: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:13:39.32 ID:XEQSdgst0
―5―

ζ(゚ー゚*ζ「感じますの。クーデルカさんが放つ、いてつく波動が」

( ^ω^)「もしもの時は僕が守ってあげるから、安心してくれお

ζ(>ε<*ζ「きゃー、こんな素敵な人と出会うなんて、人生は波乱万丈ですの!」

すっかり人が住んでいたころのように変わってしまった邸内を、三人は進む。
ブーンとデレは、恋人のように腕を組んで歩いている。ショボンは彼らの後ろ。
緊張感のない二人に、頭痛に堪えながらショボンは赤い大階段を踏みしめていく。
高級な絨毯ゆえの弾力性、カットの毛並みは気持ちの良いものだった。
手すりを握ってみる。昔は、ここを歩くクーデルカの姿があったのだ。
彼女は何を思い、ここで生き、そして死んだのだろうか。ショボンは物思いに浸る。

ζ(゚ー゚*ζ「ややや! あれがクーデルカさんの心の欠片ですの!」

階段を登りきると、デレが黄色い声を上げた。ショボンが現実に戻される。
彼女の肩の後ろから見ると、廊下に長い黒髪の少女が佇んでいた。



142: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:14:14.99 ID:XEQSdgst0
まだ小学生くらいになのに、大人びた聡明そうな顔立ちをしている。
顔のそれぞれのパーツが整っており、大人に育てばさぞや美人に違いない。
少女は腰の後ろで両手をくんで、壁に掛けられた絵画を緑色の瞳を向けている。

ζ(゚、゚*ζ「この子がクーデルカです。追憶という名の記憶の欠片です。
       ですので、あちらからは、あたし達の姿を見られないですの」

( ^ω^)「彼女はなにをしているんだお?」

ζ(゚、゚*ζ「絵を見てください。女性の絵。これは、彼女の母親の肖像画です」

三人は少女の背後に立ち並び、母親の肖像画を確かめた。
少女と同様に美しく、幼いころは少女と瓜二つだったのかもしれない。

(´・ω・`)「どんな方向から考えてみても、僕と同じ人種の人だね」



144: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:15:04.63 ID:XEQSdgst0
川 ゚ -゚)(・・・)

暫くすると、少女は淡い光を放ち、細かい粒子となって消え去った。
クーデルカの追想は終わり。夢心地になったブーンが口を開く。

( ^ω^)「このことにより、彼女が母親を好いていたのが分かるんだお。
       あとは、記憶の断片を辿って、何が効くか推理していけば良い」

ζ(゚ー゚*ζ「そうです。そうやって、あたしは強力無比な武器を手に入れたんですの」

クーデルカは母親が好きだった。その母親から彼女はおもちゃを貰ったのだ。
今も想いに変わりはなく、きっと、ぬいぐるみを手渡せば鎮まってくれる。

ζ(゚、゚*ζ「この奥の部屋ですの。あたしが合図をして入ります。おっけい?」

ブーンとショボンは言われ、心を引き締めて力強く頷いた。
デレが二階奥の部屋の扉にぴたりと張り付いて、耳を当てる。
中から音はしない。気配までは分からない。デレは一気呵成に扉を開いた――。



146: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:15:52.37 ID:XEQSdgst0
(;^ω^)「こ、これは! 確かに素敵な空間だお!」

(´・ω・`)「今度こそ内藤家の負けだね。広さから印象まで段違いだ」

二階の物置部屋だった場所は、中世の城の謁見の間のようになっていた。
巨大な広間の天井には燦然ときらめく、シャンデリアが幾つも吊られている。
最上部の明かり取りの窓からは光線が入り、部屋に何本もの筋を造る。
この部屋の主の性格は容易に想像がつく。気位高く、高貴な人物である。

「やあやあ。ようこそ。遅かったね、待ちくたびれてしまったよ」

( ^ω^)「お!」

川 ゚ -゚)「貧民が。みすぼらしい服装で、私の部屋にずけずけと」

不純物のない純粋な水晶のように、透き通った声が響き渡った。
玉座に女性が座っている。肘掛に肘を置き、頬杖をついている。居丈高である。



147: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:16:47.25 ID:XEQSdgst0
女性は非常に華奢だった。少し衝撃を与えれば骨が折れてしまいそうだ。
白い肌の上には、一切の穢れのない純白のワンピースを纏っている。
腰まである長い黒髪、エメラルドグリーンの瞳。、端整な顔。神秘的な美しさがある。
一見して変なところはないが、彼女は頭頂部から左にずれた場所にクラウンを被っている。
斜めに傾いているのに落ちることはない。これもデレやツンが云う力のお陰なのか。
背中からに目を向けると、デレと同じ大きさの黒い翼があるのを確認できた。

川 ゚ -゚)「貴様達がデレにブーンにショボンだね。あとはツンと犬。
      ふふふ。何故知っているといった顔だな。この邸は私の身体の中と同義である。
      身体の中。ということは細菌にやられ易い。貴様達は細菌であれるか」

女性はくっと顎を上げた。口端を歪め、白い歯を見せる。
どうやら、彼女も奇妙な人間のようだ。ショボンはブーンと似ているなと感じた。

ζ(゚ー゚*ζ「クーデルカさんですね!? とうとう追い詰めましたよ!」

川 ゚ -゚)「追い詰めた、って私は貴様達を待っていただけなんだがな」



148: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:17:12.76 ID:XEQSdgst0
m9ζ(>ε<*ζ「年貢の納め時です! あたしがキミを楽にしてあげます!」

ババーン! キャー! デレははしゃぎつつ、鞄からにいぐるみを取り出す。
それを両手で持ち、クーデルカに見せ付けるようにかかげる。

ζ(゚ー゚*ζ「どうですの!? クーデルカさんが大切にしていたクマさん人形ですよ!」

川 ゚ -゚)「ああ、それは・・・・・・失くしていたものだ。見付けてくれたのか」

クーデルカは頬杖を解き、デレが持つぬいぐるみへと、その細い腕を伸ばした。
すると、ぬいぐるみはデレの手から離され、放物線を描いて彼女の手に収まった。

(´・ω・`)「凄いな。まるで超能力者じゃないか。銃では勝てないわけだ」

川 ゚ -゚)「おお。母の匂いが残っている。・・・暖かい思い出が私を包む」



149: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:17:52.68 ID:XEQSdgst0
よしよし、とクーデルカはとても懐かしそうにぬいぐるみを撫でる。
柔らかな手触りがする。優しに満ちた顔をし、彼女は胸の中にぬいぐるみを抱いた。
途端――ぬいぐるみが破裂した。白い綿が彼女の周りを舞い、地面に落ちる。

(;^ω^)(´・ω・`)「「!」」

川 ゚ -゚)「下らぬ。このような馬鹿げた物は、私には不必要である」

ζ(゚、゚;ζ「なんでー!? キミはぬいぐるみが好きだったんじゃないの!?」

デレは悲鳴めいた声を上げた。それから、鞄の中から一冊のノートを取り出した。
ペラペラとページを捲り、開いた頁をクーデルカに向ける。

ζ(>ε<;ζ「見てくださいですの。ここにキミが人形が好きなことが書かれてます」

川 ゚ -゚)「ははははは。君、日記帳をよく目を凝らして見たまえよ。
     新品じゃあないか! 私はからかうのが大好きな性分でねえ。
     デレ。君を担いだんだよ。己の浅はかさを恨むが良いさ」



150: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:18:31.01 ID:XEQSdgst0
ζ(゚、゚;ζ「・・・・・・」

(´・ω・`)(・・・まずいな。この娘は別な策など用意していないだろう)

楽しそうに高笑いをするクーデルカの下で、デレは俯き加減に悄然としている。
先程以上の有利な武器を持ち合わせていないし、現況を打破できるような言霊もない。
一頻り、勝利の余韻に浸っていたクーデルカは、再び頬杖をついた。

川 ゚ -゚)「私はねえ。ここ数年は眠っていたんだ。平穏にしてやってたのさ。
     それが、私を起こしに来た奴が居てね。力を貸して下さい、と」

( ^ω^)「食堂の屑籠に捨ててあった紙かお?」

川 ゚ -゚)「そうだ。私は群れることが嫌いだ。一人で充分である。
      私がその気ならば、世界中を恐慌に至らしめてやっているさ。
      原発でも爆発させれば良い。だが、私はしない。それは何故か。
      そのような野蛮な行為は、私のような気位高い人間はしないのだ」

(´・ω・`)(ブーンと似たようなことを)



151: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:19:27.27 ID:XEQSdgst0
川 ゚ -゚)「私は今年で二十七歳になる。首を吊ってから十二年が経つ。
     十五歳から私という素粒子の波紋は止んでいる。悔しいことだ。
     そう悔しい。恨めしく口惜しい。この家に生まれてなかったら、きっと。
     きっと、別な自分があったに違いない。されるがままでは有り得なかった。
     なのに、他の平凡に育った者共は、満足出来ないと口を揃えて云う。
     幸せであるのに。ずるいよ。本当に――――殺したくなるくらいに!」

語気を荒げて、クーデルカは立ち上がった。三人は身構えた。
身体を大きく後ろに仰け反らせて、ギリギリと歯を軋らせた。
部屋を揺らす程の衝撃を伴い、黒い両翼が膨らみ、その大きさを増す。
翼を広げ終えると、身体をだらりとさせた。黒い髪が乱れきっている。

ζ(゚、゚;ζ「これはまずいですね。彼女は怒り心頭に発しています」

(´・ω・`)「それは見れば分かる。何か別な手段はないものか」

必死に考えるがしかし、デレは何も思い浮かばなかった。
クーデルカは真っ直ぐに、壇上から三人を見下ろす。ヴァンピレスのように犬歯を覗かせている。



152: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:19:57.26 ID:XEQSdgst0

川 ゚ -゚)「ああ。この心の底から漲る慟哭を止めるには、どうすれば良いのか。
     貴様等を裂いてやれば良い。真紅の血を見れば満たされるかもしれぬ。
     しかし、私は力ずくを良しとしない。そこで、貴様等に呪いを施してやる」


( ^ω^)「呪い?」

川 ゚ -゚)「あと二十分ほどで街の鐘が鳴る。正午、貴様等はその時間に死ぬ。
     例外は無い。ここは私の身体の中である。残された時間を満喫するが良い」

残酷に笑い、クーデルカは玉座に腰を下ろした。余裕というものである。
余裕。それは、いつ如何なる時でも、決して見せてはいけないものである。
平静の調子を崩すのだ。だから、彼女はブーンの問いに答えてしまう。
普段の彼女なら、クールに物事を考え、狡猾に処理をしていたことだろう。

( ^ω^)「万事休すかお。では、最後に質問をしても良いかお」



153: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:20:19.95 ID:XEQSdgst0
川 ゚ -゚)「・・・何だ? 心地が良いから、一つだけ答えてやろう」

( ^ω^)「クーデルカは恋をしたことがあるかお?」

川 ゚ -゚)「恋。ははは。恋か。面白い質問だ。勿論した事があるとも。
     人間ならば恋をするものだ。恋をしなければ人間ではあらぬ」

クーデルカは頬杖をついて、一度力強く翼をはためかせた。
目を細くし、脳に残る懐かしい記憶を手繰り寄せて、述懐を始める。

川 ゚ -゚)「あれは私が十歳の時の事だったか。私は家出を決意したのだ。
     父や使用人に見つからないように抜け出すのは、スリリングだったよ。
     この邸の近くに花々が咲き乱れる公園がある。私はそこに辿り着いた。
     もうあの家には帰るまい。希望と不安を胸に、花咲く道を歩いた。
     その時だ。あの男の子に出会ったのは。同い年くらいの男の子だった。
      内藤ホライゾンと名乗った。非常に良い身なりをした子供だったよ」

(´・ω・`)「えっ」



154: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:20:49.95 ID:XEQSdgst0
ショボンは物申しそうになった。しかし、ブーンは手で制止させた。
一瞬、クーデルカは疑問の表情をしたが、思い出の続きをとうとうと述べていく。

川 ゚ -゚)「内藤君は母親と、それと妹と一緒に来ていてね。妹は気が強かったな。
     内藤君は、ベンチに呆然と座る私に声を掛けてくれた。
     どうやら、相当思い詰めた顔をしていてらしい。心配して励ましてくれた。
     子供らしい遊びをし、その日は一日、私にずっと付き合ってくれた。
     しかし、現実は非情である。時間があっという間に過ぎてしまった。
     夕方、内藤は『また、遊ぼう』と云ってくれた。私はその時、決意したのだ。
     家に戻ろう、と。そして、いつか内藤君が邸から連れ去ってくれる事を待った。
     良いかい? これはあめ色の記憶だよ。私はこの記憶を辛い時に思い出し、
     その甘い初恋の味を楽しんだのだ。これからも消えぬ。消されはせぬ。
     私は今、この瞬間でさえも、あめ玉を口の中で転がしているのだから」

長口上を終えて、クーデルカは顔を伏せた。右手で双眸を覆う。

川  - )「結局、あれ以来、彼と会う事は無かった。
     来てくれていたら、今の私は無かったかもしれないのに」

ζ(゚、゚*ζ「・・・なるほど。この邸には、キミに有効な記憶はなかったのですね。
      公園にあるのでしょう。その男の子を見付けていれば、勝ち目はあった」



155: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:21:22.84 ID:XEQSdgst0
川  - )「しかし、もう全て遅い。呪いは発動し、死の時を待つのみである。
     残り十分だ。内藤を見付け、此処に連れてくる時間は無い」

( ^ω^)「内藤ホライゾンは来てくれるお」

川  - )「戯言を。恐怖で頭がおかしくなってしまったかお」

( ^ω^)9m「いいや――――来るね!」

大声。クーデルカは顔を上げた。すると、彼女は眼球を剥いて驚いた。
ブーンが自分に向けて、指差していたのだ。生き生きと、力強く、破邪顕正の如く。

川 ゚ -゚)「き、貴様。誰にその指を向けているのか。須名・クーデルカ様ぞ」

( ^ω^)9m「鎮まりたまえ! 天網恢恢疎にして漏らさず。
         僕は事の有様を見抜き、君の影を薙ぎ払ってやるお!
         須名・クーデルカ。いいや、“クー”。君を満たしてやる!」



156: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:22:00.95 ID:XEQSdgst0
川 ゚ -゚)「クー・・・・・・だと・・・・・・? そのあだ名を知っているのはただ一人の筈だ」

クーデルカ、いや、クーの全身が粟立った。初めて、表情に焦りの色が見える。
まるで力の入らない足へ無理矢理に力を込め、転びそうになりながらも腰を上げる。

川 ゚ -゚)「貴様、もしかして」

( ^ω^)「僕の名前はブーンではない。内藤ホライゾンだお!」

ζ(゚、゚;ζ「そうでしたの!?」

川 ゚ -゚)「ああ」

( ^ω^)「すまないね。クー。あれから我が内藤家で事件があってね。
       会いに行けなかったのだお。でも、君のことは忘れていないお。
       まさか、このような事になっているとは夢にも思わなかったお」



157: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:22:40.40 ID:XEQSdgst0
川 ゚ -゚)「・・・・・・お久しぶりです。内藤君。遅かったですね。私は待ち草臥れました。
     私は夢の中で、何度も何度も迦陵頻伽の声に似せて、呼んでいたのですよ。
     それにしても随分お変わりになられました。全く分かりませんでした」

クーは一歩踏み出した。覚束ない足取りでゆっくりと階段を下りていく。

川 ゚ -゚)「御機嫌よう御機嫌よう。漸く、内藤君へ私の声が届いたのですね。
     何とお呼びしていたのか分かりますか? きっと、喜んで頂けると思います。
     私は貴方への愛を、言葉に乗せていたのですよ。幾度と溢れんばかりに。
     紡いだ想いは素粒子となり、とうとう二十七回目の波紋を広げました。
     満たされて行きます。満たされて行きます。この胸の暖かさは何でしょうか。
     張り裂けそうになるくらいの、この暖かさは! 私には正体が掴めません。
     あ、あ、あ、あ、あ、あ、恋は迷路。何処に行き着くか分かりません。
     けど、影に成り果ててでも生きていて良かった。だって、貴方に会えたのだから。
     あとで外に出たら空を見上げて下さい。夏の青空が戻っています。
     ずっと曇り空だったと思います。あれは私が癇癪を起こしてした事です。
     洗濯物が乾かなくて、貴方を困らせていたと思います。ごめんなさい。
     ああ、そうそう。私が愚かにもかけた呪いも解いておきましょう。
     自由な心地で、あの時計塔が奏でる優しい鐘の音を聴いて下さい」

そして、クーはブーンの胸の中に顔を埋めた。



158: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:22:58.40 ID:XEQSdgst0
川 - -)「内藤君。私、クーデルカは、ずっとお慕い申し上げておりました」

遠くで鐘の音が鳴った。
これにて、クーはあめ色の夢に包まれる、深い眠りへと就いた。



159: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:23:18.22 ID:XEQSdgst0
―6―

ξ゚听)ξ「そんなことがあったのですね。お兄様も隅に置けませんね」

(´・ω・`)「本当に。最初からクーデルカの正体を知ってたんだもん」

午後三時頃。ブーンは帰途へつく、ショボンが運転する車の中に居た。
行きと同じく、揺れが激しく、煙草の匂いも手伝って吐き気を催していた。

(;^ω^)「最悪だお! この車! もっと丁寧に運転したまえお」

ξ゚听)ξ「お兄様は、過去に既にクーデルカに出会っていたのですね。
      あれから程なくしてお母様が亡くなられました。それで会えなかった」

( ^ω^)「・・・別に黙っていたわけじゃない。言い出せなかっただけだお」

ブーンは窓の外へと視線を遣った。遠くには太陽の光を反射させる海原が見える。
クー街一体に及ぶ呪いは解かれた。ようやく夏の暑さを取り戻したのである。



160: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:23:37.19 ID:XEQSdgst0
(´・ω・`)「で、あれから彼女はどうなるんだい?」

ζ(゚ー゚*ζ「クーさんは、類まれなる非常に強力な影です。
      乙女には秘密がたくさんあるから、満ちきれなかったんですの。
      けど、彼女はもう悪いことをしないと思います。寝顔が綺麗だったですの」

(´・ω・`)「問題は、今後彼女が失恋した事実を知ることだね。
      ブーンとデレさんは、“清純な”付き合いをするんだろう」

( ^ω^)「クーなら大丈夫だお。彼女は脆いけど気丈な性格だお」

ξ゚听)ξノ「その辺りに思うことがあるので、少し失礼します」

助手席に座るツンが、小さく手を上げた。何か意見があるようだ。

ξ゚听)ξ「・・・何故、デレが一緒に車に乗っているのですか?
      貴女が帰る場所は、私達と違う場所だと思うのですが」

つんつんとした態度で、ツンは後ろで肩を寄せ合っている二人を一瞥する。



161: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:23:55.81 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「それはね。僕はデレと一緒に暮らそうと思うのだお!」

ξ;゚听)ξ「はあ!?」

間の抜けた声が車内を満たした。何を言っているのだ、この駄目兄は。
ちょっと理解出来ない。一緒に暮らす。同棲するつもりなのか。
それならば、影であるデレを家に迎え入れるということである。
冗談ではない! ツンはヒステリックな声を上げた。

ξ#゚听)ξ「何を仰っているんですか! 私は許しませんわ!」

( ^ω^)「ツン。今回の一件で、僕は愛を知った。この気持ちを大事にしたいんだお」

ξ゚听)ξ「・・・・・・」

( ^ω^)「そして、明日から僕は仕事をしようと思う。デレと同じ探偵業だお。
       表の姿は探偵。でも、裏では良からぬことを企む影の退治師だお!」



163: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:24:22.96 ID:XEQSdgst0
ζ(>ε<*ζ「それは素敵なことですの。ますますブーンさんを好きになりそうですの!」

ξ゚听)ξ「ショボンさぁーん・・・・・・」

涙目になりながら、ツンはハンドルを切るショボンに助け舟を求めた。
しかし、彼は「ははは」と乾いた笑い声を漏らしただけであった。

( ^ω^)「食堂で見つけた紙。何か巨大な陰謀がありそうだお」

ζ(゚ー゚*ζ「ですですの。あたし達はそれを食い止めねばなりません。
      エル・オー・ブイ・イーの力で、世界をきらきらと輝かせるのですの」

車は街へと進む。これからどのような運命が待ち受けているのだろうか。
ささやかな希望と不安を乗せて、彼らは心の旅を始めたのだった。

――――夢色のあめ玉は、音を立てずに、さらさらと消えていった。

二十一グラムはあめ色の夢を見る 了



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