( ^ω^)奇人達は二十一グラムの旅をしますようです

34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:47:36.56 ID:dRjj6WK10
―2―

朝食を完食したブーン達は、少しの休憩を挟んだのち、自室の掃除を始めた。
ブーンの部屋は広く、高価な調度品や、大画面のプラズマテレビが並べられている。
他にも、心地の良い空間を演出する出窓や、書架、オーディオなどなどがある。
こう書けばとても見栄えのいい部屋だと思われるが、それは早合点というものである。
床には読み終えた書物が無秩序に置かれ、定期的に掃除していないので埃が漂っている。

( ^ω^)「ふん。自分の分かる場所に、それらがあれば良いと思うのだがね」

ζ(>ε<*ζ「同感ですの! ブーンさんの部屋は、ある意味では整っていますの」

ジャージに着替えた二人は、各々清掃に対する意識が容易に察し取れる発言をする。
何はともあれ、内藤邸美化計画が発動されたのだ。二人はどれから片付けようか考える。

( ^ω^)「まずは床に散らばった本とかを片付けるお。それから掃除機を」

ζ(゚ー゚*ζ「いえいえ。片付けたあとは、天井や壁の埃を落とすのです。
      先に掃除機をかけてしまうと、二度手間になってしまいますの」

( ^ω^)「おお! 君は聡いね! まったく考えが及ばなかったお」



35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:48:25.86 ID:dRjj6WK10
ブーンはデレの頬を人差し指で優しく突付く。白い頬には感触の良い弾力がある。
腕を組んで、デレはぷくうっと頬を膨らませた。大人とは思えない愛らしさだ。

( ^ω^)「まあ、まずは本を片付けよう。いらない本をダンボールに仕舞うお」

ζ(゚ー゚*ζ「はーい」

ブーンはクローゼットを開けた。中にはテレビなどを買った時の大きなダンボールが、
そのまま入っていた。彼はそれらの一つを取り出して、フローリングに置く。

( ^ω^)「これに入れるお。この部屋にある本は、全て読み終わった本だお。
      売っても良いのだけどね。また、読みたくなるかもしれないお」

先ず、二人は雑誌系統の重量の軽い本から片付けていく。その次は文庫本である。
そして最後に、ハードカバー。これが一番数量があり、掃除を難航させるのだった。

ζ(゚ー゚;ζ「これは一苦労ですの。やっぱりハードカバーは重いですの・・・」

( ^ω^)「ごめんだお。文庫本よりも見栄えが良いから、ついつい買ってしまうのだお」



36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:49:03.54 ID:dRjj6WK10
ブーンは内容には興味がなく、高価な方が格好がつくからハードカバーを選ぶのだ。
それは本だけではなく、その他の物品にも表れている。例えば、部屋の隅にあるギターだ。
結構の値打ちのあるものだが、ブーンは買ってから一度も触れたことがない。
完全に置物と化してしまっている。時に、彼が高いものを買おうとすると、
ツンにそのことをネタにされ、嫌味を言われるのだった。ものは使ってこそだろう。

( ^ω^)「デレは休んでくれてて良いお。今日は本を片すだけにしよう。
      他の部分は、天気の良い日にでも。空気も入れ替えたいしお」

ζ(゚ー゚;ζ「そうさせて貰いますですの。腕がくたくたですのー」

デレはくたびれた手を振って、ベッドの縁へと近づく。シーツが乱れきっている。
昨晩の色事の跡だ。思い返して、彼女は頬を朱に染めながらシーツの乱れを直す。
それからベッドの縁に座って、人心地つく。近くの小さなテーブルに写真が置いてあった。
それを手に取り、目を細めて見る。二十枚ほどの写真。ブーンが農業公園で撮った写真だ。
風景ばかりの写真の中に人物が写っているものがある。二人の少女。佐藤と渡辺である。



37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:49:51.93 ID:dRjj6WK10
ζ(゚、゚*ζ(・・・・・・)

怯えた風な少女と、無機質な印象を受ける少女が、花々と緑の山を背に立っている。
普通の写真だ。ある特殊なものがなければだが。デレは少女達の後ろに注目する。
二人の背中には、小さな黒い翼が生えているのだった。彼女らは“影”なのである。
佐藤は自分が影であるのを知りながら、クーの噂話を聞いたと言ったのだった。
知らないふうを装って、何故須名邸に向かわせたのか。どう考えてもちぐはぐな話である。

ブーンとデレは、あの二人が邸の屑籠にあった手紙に関係があるとして、考えている。
あれからブーンは街に下りる回数が増えた。佐藤達を探しているのだが、見つからない。
どこへ行ったのだろうか。街の状況に詳しいショボンに訊いても、無駄足に終わった。
ブーンには使命感がある。残念だが、クーを見た限り、影には神妙不可思議な力があるが、
誰よりも目立ちたがりな彼は、愚かなことを企む影を、打ち滅ぼさんとしているのだ・・・!

( ^ω^)「僕はね、長い地の文のある小説は好きではない。簡潔なのが好きだお」

ζ(゚、゚*ζ「え?」

唐突にブーンの声が聞こえた。彼は本を箱に詰める作業を止めて、本を読んでいる。
写真に意識を集中させ過ぎていたようだ。デレは写真をテーブルに置いて話しかける。

ζ(゚ー゚*ζ「あたしも同じですの。長い文章を読んでいると、欠伸をしちゃいます」



39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:50:47.49 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「本選びって結構難しいお。僕はハッピーエンドが好きなのだお。
       まあ、世の中にはバッドエンドにしか興味を示さない人もいるけどね。
       それでも僕は、誰もが納得する幸せな結末がある本しか許せないお。
       ・・・・・・おっと、ミステリー小説はその限りではないお。当然だけど」

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンさんはお優しいですの。そういうところが大好きです」

( ^ω^)「ありがとう。僕も、いつも笑顔をくれるデレが大好きだお」

二人は顔を見合わせて、微笑む。ブーンは、最後の本をダンボールに詰め終えた。
重いものからクローゼットに仕舞う。そして、フローリングは綺麗になった。
掃除前とは見違えるようだ。ブーンの部屋に、幾ばくかの清潔感が蘇ったのである。

( ^ω^)「ううむ。二度手間と分かっていても、掃除機をかけたくなってきたお」

書物は片付いたと同時に、床のあちこちに落ちている綿埃が気になり始める。
二度手間でも、掃除機をかけてしまおうか。ブーンは指を鳴らして、立ち上がった。

( ^ω^)「よし。掃除機をかけてしまうお。しかし――」

掃除機はどこにあるのだ? 普段、掃除をしないブーンには当然の疑問である。
ツンならば知っている。ブーンは彼女に、掃除機のありかを訊ねに行くことにした。
デレは、ツンが自分に部屋に入って欲しくないだろうと、ブーンの部屋に残った。



41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:51:43.12 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「イエス! 麗しの妹よ! 掃除機はどこにあるのかね?」

ξ;゚听)ξ「ノックをしないでなんです! 吃驚するじゃありませんか」

ブーンはツンの部屋を訪れた。彼女の部屋は、一階のブーンの部屋の真上にある。
カウチソファに座って難しい顔で本を読んでいたツンは、大層驚いた様子だった。
まあ、大の男が「イエス!」などと意味不明な言葉を叫んで入ってくれば、当然だ。
ツンはパタンと本を閉じてテーブルの上に置き、目を吊り上げて睨みつける。

ξ#゚听)ξ「私にも、プライバシーというものがあるのです!」

( ^ω^)「まあまあ、そう怒らずに」

ブーンはツンの隣に座り、彼女の肩に腕を回した。ツンがそっぽを向く。
こうするといけない関係に見えるが、ブーンが独特な愛情を注いでいるだけだ。
いやがる様子のツンの胸中など知らず、彼はあまり立ち入らない妹の部屋を見回す。
ツンの自室はブーンの部屋とは、比べ物にならないくらい片付いている。几帳面なのだ。
何から何まで綺麗に整っている。ブーンが感心していると、ツンが口を開いた。



42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:53:11.17 ID:dRjj6WK10
ξ゚听)ξ「部屋の掃除は終わったのですか? 今はお二人の部屋なのでしょう?」

つんつんとした態度で訊ねる。ツンはデレに対して心を許していない。
デレが普通の人間ならまだしも、忌み嫌う影なのだから仕方がないのである。

( ^ω^)「それなのだがね。掃除機がどこにあるのか分からないのだお」

ξ゚听)ξ「掃除機でしたら、一階の物置にありますわ。でも集塵袋がきれてますの」

( ^ω^)「む。困ったお。掃除を完了できないお」

今、この機を逃せば兄は一生掃除をしないかもしれない。ツンは慎重に言葉を選ぶ。
そうして、これならば必ずブーンが掃除を続けるだろうという台詞を考え出した。

ξ゚ー゚)ξ「雨が止んだら、街に買いに行ってくれませんか?
       もしも買ってきて頂けたら、私はとても助かりますわ」

( ^ω^)「・・・・・・ツンが喜ぶのなら、街に下りて、買ってきてあげるお」



43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:54:32.62 ID:dRjj6WK10
ツンは心の中でガッツポーズをした。普段は偏屈だが、時として扱い易い兄である。
ブーンがツンの身体から離れる。そして、腰を上げるとテーブルにノートを発見した。
表紙に“日記帳”と小さく文字が書かれているノートを、何気なく彼は手に持った。

( ^ω^)「これは」

ξ#゚听)ξ「お兄様! 人の日記帳を勝手に覗くものではありません!」

慌てたツンが、ブーンの手から強引に奪い取った。風のように素早い動作であった。
これ以上、部屋を荒らされては堪らないと、ツンはブーンを部屋から放り出した。

(;^ω^)「いたたた。ツンは乱暴だお」

部屋を追い出されたブーンは、頭を掻く。妹はよく分からない人間だなあ。
「お前が言うな」を地で行く彼は、苦笑いを溢しながら広い廊下を歩いていく。
廊下の大きな窓ガラスに雨が叩き付けられている。さっきより勢いを増したようだ。
今日中に止むのか。天気予報を観る習慣が、ブーンにはなかったのだった。

( ^ω^)(昼までに雨が止まなかったら、また後日にするかお)



46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:55:33.07 ID:dRjj6WK10
ブーンが自室に戻ると、デレは静かな寝息を立てて、ベッドで眠っていた。
夜の遅くまで熱く愛を語らう二人は近頃、睡眠時間が不足しているのだった。
ベッドの縁に座り、ブーンはデレの髪の毛を撫でた。彼女は頬を弛める。

背中には小さな黒い翼がある。ついつい忘れがちだが、デレも影なのである。
彼女はどのような悔恨から生じたのだろう。考えるが、すぐにブーンは頭を振った。
あまり想像をしたくはない。ブーンは別なことを考え、意識を眠りに就かせる。
やがて、ブーンはゆっくりと現実から乖離し、夢の世界へと沈んでいった。

( ^ω^)「ふわーあ。よく寝たお」

午前十時半を少し過ぎたころ、ブーンは目を覚ました。雨の音が止んでいる。
窓の外へと視線を遣ると、青々とした空が広がっていた。さわやかな雨上がりだ。
まだ眠っているデレの肩を優しく揺らして、彼は耳元にささやきかける。

( ^ω^)「デレ。起きたまえお。もう昼だお」

ζ(-、-*ζ「ううう、優しい人。あたしは、昨晩あまり寝てないのです」

デレはまだまだ眠り足りないので、寝返りを打ってぐずった。寝顔が可愛い。
諦めずにブーンは、デレの顔に口先が触れそうになるまで近付いて呼びかける。



47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:56:16.38 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「変な時間に寝ると、バイオリズムが崩れてしまうお。
      そうだ。良いことを考え付いたお。二人で海辺にデートへ行こう。
      丁度、街に下りる用事が出来たのだお! さあ、起きて」

ζ(゚、゚*ζ「おデート」

デレは、ぱちくりと瞼を開閉させた。それから身体を起こし、背筋を伸ばした。
爽快に眠れたとはいえないが、デレは少しでも体力が回復したようだ。
ブーンの膝に頭を乗せて、デレが甘える。しばしくっ付いたあと、二人は腰を上げる。
ジャージからブーンはブランドもののスーツに、デレは洋服に着替える。

( ^ω^)「昼食は街で済ませば良いかお」

ζ(゚ー゚*ζ「ですの。あたし、スパゲティが食べたいのです」



48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:57:01.94 ID:dRjj6WK10
ブーンは、ツンに昼食はいらないと告げてから、ビップの街へと下った。
まずはショボンの書店を目指す。出かける際、ツンにことづてを頼まれたのだ。
先日借りた文庫本を返してきて欲しい、との話だった。ブーンは本を確かめる。
“そして誰もいなくなった”。誰もが知る、クリスティー著の推理小説である。

( ^ω^)「これの犯人って誰だったかお?」

\ζ(゚ー゚*ζ「はあい! あたし、知ってますのー!」

m9(^ω^)9m「ヘイ! ユー! その先は、絶対に言ってはならないお。
         ネタバレされるのは嫌だし、袋叩きに遭いかねないお」

ζ(゚、゚*ζ「早くもメタ発言いただきましたのー」

ブーンは両指を差して、デレを制した。この娘なら口を滑らしかねない。
「そんないじわるしませんの」、デレは頬を赤くして頬を膨らませた。
バカップルめいたやり取りをしながら、二人は石畳の道を進んでいく。



53: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:01:41.07 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「くそ! ショボンのやつ、どこかに出かけていやがるお」

二人はショボンの書店についたがしかし、店主の青年は不在であった。
引き戸の鍵が閉められ、日本語で“休憩中”とのプレートがかけられている。
仕方なく、ブーンは郵便受けに本を入れておいた。ショボンならこれで大丈夫だ。

ζ(゚ー゚*ζ「これからどうしますの?」

( ^ω^)「とりあえず、昼食を摂るお。そこら辺のカフェに入ろう」

ζ(゚ー゚*ζ「分かりましたの」

( ^ω^)「ふふん。街の商店街に、僕が気に入ってるカフェがあるのだお」

ブーンとデレは、袋小路に背を向けて、ショボンの書店の軒先から去っていった。
時刻は十一時を過ぎたころ。昼食には少し早いが、店が混まないのに良い時間である。
カフェに入り、ブーンはトーストとコーヒーを、デレはパスタとぶどう酒を胃に入れた。



56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:02:49.41 ID:dRjj6WK10
ζ(゚ー゚*ζ「“赤い秒針はー そんなあたしをあざ笑ーってー♪”」

( ^ω^)(・・・・・・)

昼食を摂った二人は、海岸沿いを散歩している。青空にはカモメが飛び、波はおだやか。
透き通った海を眺めながらブーンは歩く。デレはというと、ギターを弾くふりをして唄っている。
アルコールの所為なのだろうが、ブーンはいささか引いている。でも、そんな彼女も好きである。
デレは陽気に唄い続ける。日本語の曲なので、ブーンにはさっぱり歌詞が分からない。

( ^ω^)「・・・一体、なんという曲なのだお?」

歩みを止めて、ブーンが訊ねてみた。デレも足を止めて、ギターを構えたまま振り返った。
ちなみに、デレは本物のギターが弾けない。俗にいう、エアーギターというものである。

ζ(゚ー゚*ζ「GO!GO!7188のC7って曲ですの。日本のポピュラーなバンドです。
       誰がなんと言いましても、ポピュラーなのです。ええ、人気です」

とにかく、人気があることを強く念を押す。デレのお気に入りのアーティストである。



59: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:04:24.74 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「ふうん。ジャパニーズミュージックが好きとは、ショボンと同じだね。
      僕はマイナーな曲しか興味がないお。誰も知らないのに、優越感を覚えるお」

ζ(゚ー゚*ζ「例えば、なんですの? あたしは音楽にはちょっと詳しいんです。
       影仲間からは、歩くアーティスト辞書と呼ばれてるんですの!」

( ^ω^)「影仲間? ・・・まあ、良いお。僕はアルタンをよく聴くお」

ζ(゚、゚*ζ「アイリッシュ・トラッドですね。難しくて唄えないですのー」

( ^ω^)「おお、知っているのかお。あとはそうだね、FrouFrouとかも好きだお」

ζ(゚ー゚*ζ「あ、それも知ってますのー。Must be dreamingが一等好きです」

( ^ω^)「ほう。僕もその曲が一番気に入っている」

デレは本当に音楽に詳しいようだ。とてもマイナーな楽曲も知っている。
影は歳を取らないので、音楽くらいでしか暇を潰せないのかもしれないが。
デレは歩き出し、高音が辛そうだが、優しく丁寧にブーンの好きな曲を唄う。



60: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:05:25.76 ID:dRjj6WK10
ζ(゚ー゚*ζ「〜♪」

後ろ手を組んで、デレはたおやかに進む。彼女の小さな背中を見ている内に、
ブーンはいとおしくなった。不意にブーンはデレの腕を持って引き寄せた。
デレは驚いた表情でくるりと回って、ブーンの腕の中へと華麗に収まった。

ζ(゚、゚*ζ「どうしたんですの?」

( ^ω^)「デレ。来月に結婚しよう」

ζ(゚、゚*ζ「えっ。でも・・・」

周知の通り、デレは人間ではないため、婚姻などの手続きは不可能である。
そのことを気にして、彼女は視線を逸らした。しかし、ブーンは力強くいう。

( ^ω^)「別に手続きとかはいらないお。僕の君への愛は、半端なものではない」

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンさん」

「煩いな。魚が逃げてしまうだろう」



61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:06:48.37 ID:dRjj6WK10
しばらく抱き合っていると、注意の声が二人の耳に届いた。防波堤の向こう側からだ。
二人は目をぱちくりとさせてから、防波堤から身を乗り出して、声の主の姿を確認した。

川 ゚ -゚)「昼間の長閑(のどか)な雰囲気がぶち壊されたよ」

( ^ω^)「クー」

ζ(゚ー゚*ζ「クーさんですの。お久しぶりですー」

そこにはクーが居た。彼女はガダバウトチェアに座って、釣りをしていた。
上等な釣竿に、ふち付き帽子。なかなか様になっているのだが、服装が合っていない。
黒と白のゴシックドレスを身に纏っているのだ。よく見れば、帽子が斜めに傾いている。
ブーンには、彼女のファッションセンスが理解出来ない。彼は正直にものを申す人間だ。

( ^ω^)「変な服! クーのファッションセンスを疑ってしまうお!」

川 ゚ -゚)「君こそ、真昼間からスーツ姿で海辺を歩くなんて、正常とは程遠い」



63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:07:43.68 ID:dRjj6WK10
無職でスーツ姿のブーンは、服が汚れないように注意を払って防波堤を乗り越えた。
クーの隣に寄って、彼は挨拶を交わす。彼女はやや不機嫌な様子であった。
釣りを邪魔されたからか、それとは別なことが原因なのか。クーは釣り糸に目を向けたままだ。

( ^ω^)「君が釣りとはね。何か釣れるのかお?」

川 ゚ -゚)「ここ二週間ほどやってるけどね。魚が釣れた事は一度もないよ。
     別に釣れなくても良い。私は釣り糸を垂らしてるだけで充分なのだ。
     山中の邸で惰眠を貪っているより、遥かに健康的で有意義である。
     君もそう思わないか? ・・・ああ、良い良い。君に訊いた私が馬鹿だった」

( ^ω^)「・・・・・・」

一ヶ月前、会ったときにもしやと思ったが、クーは果てしなく口数が多いとみる。
素直な性格に違いないが、彼女とショボンが同時に居れば、きっとカオスになる。
なんて恐ろしい妄想! ブーンはかぶりを振って、脳内のイメージを払い去った。

( ^ω^)「釣りは、手が汚れるからしたくないお。それに臭いし」



65: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:08:45.52 ID:dRjj6WK10
それを訊いたクーが、やっぱりと納得した面持ちで頷いた。

川 ゚ -゚)「ふん。君は潔癖症過ぎる。それで本当に生きて行けるのか。
     聞こえていたぞ。君達は、存在の違いを超えた結婚を考えているのだろう。
     多少の穢れや汚れは付き纏う物だと、私は考えているのだけれどね」

一陣の強い風が凪いだ。海に向かって垂れる釣り糸が、横へ横へと流される。
クーの長い黒髪が揺らされる。一体、彼女の胸中では何がざわめいているのか。
まだブーンに淡い想いを寄せているのか。デレの存在ををわずらわしく思っているのか。
一同は無言になる。やがて、風が止み、全ての動きが穏やかなものへと戻る。

川 ゚ -゚)「風立ちぬ。いざ生きめやもってね。私は適当に生きて行くさ」

ようやく、話題になりそうな詩句が出てきた。ブーンは小説をそこそこに好きだ。
人間関係を円滑に整えていく秘訣は、話題を探して盛り上げてやることである。
これは、ツンとの毎日のやり取りで得たコツだ。妹への恐怖感から生じたものだ。

( ^ω^)「堀辰雄の“風立ちぬ”、かお。あれは僕は好きではないのだお。
       なんてったって人が死ぬのだからね。思い出しただけで気分が滅入るお」



66: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:10:09.55 ID:dRjj6WK10
・・・秘訣を把握していても不遜なブーンはしかし、まず否定から入ってしまう。
知人が極めて少ないのも頷ける。彼は、この先生きていけるのか不安が残る。
でも、クーは微かな笑みを浮かべた。そして、初めてブーンに顔を向ける。

川 ゚ -゚)「ヴァレリーの方だが。君は、えらくピュアなのだな。純情青年だよ」

( ^ω^)「その、ものの言い方。誰かに似てて嫌だお。やめてくれお」

やあやあ。純情ボーイ。脳の記憶を司る器官に、ショボンの小声がよぎる。
あれはどうして、あのような性格へと至ったのか。昔は不良だったくせに。
まあ、ショボンのことは置いといて、クーの冷たい表情が弛んだようにみえる。
こちらの方が誰だって話し易い。居づらい雰囲気が好きな物好きはいるまい。

( ^ω^)「クーは、どんな本が好きなのだお?」

適確な質問を、ブーンがする。クーは釣り糸に視線を戻して、ううむと唸る。



68: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:10:39.53 ID:dRjj6WK10
川 ゚ -゚)「ううん。私は基本的に雑食なのでね。何でも読むのだが。
     強いて云えば、ミステリーが好きかな。トリックが奇想天外な物ほど良い」

クーの答えに、デレが表情を晴れやかなものにさせた。デレもミステリーが好きだ。
そして、デレが初めて口を挟む。今まで、彼女なりに空気を読んでいたのだった。

ζ(゚ー゚*ζ「まあ! クーさんもミステリーが好きですの?」

川 ゚ -゚)「まあね。どの作家が好きだと問われると、返答に困ってしまうけどね」

ふっと、クーは髪を掻きあげた。その動作からは、彼女の気位の高さが見て取れる。
それから、クーとデレはミステリーについて語り合った。ほぼ、デレの一方的にだが。
時間の経過は留まることがない。従って、三十分ほど過ぎる。魚は一匹も釣れていない。
デレは、クーが広げてあったシートに座っている。潔癖症な青年は立ったままだ。

川 ゚ -゚)「気まぐれに、グレでも釣れると良いのだけれど。なんてね」



71: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:11:52.38 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「そいつは磯に出なければ無理だお」

川 ゚ -゚)「いや・・・」

ブーンは、クーの高尚な冗談にはついてこれなかった。どうしてギャグが滑ったときは、
いたたまれなくなるのだろう。クーが恥ずかしげに頬を、人差し指で撫でる。

( ^ω^)「それにしても、今日は平和な日だお」

背筋を伸ばして、ブーンが言った。今日は天気がよく、時折吹く風も涼しげだ。
海は穏やか、打ち付ける波の音も心地よい。街で事件が起こっていないのも良い。
きっと、長い人生に於いて、最良に分類される日というものは今日みたいな日だ。

( ^ω^)「今日という日を小説で書き記したら、ほのぼのとしたものだろうね」

川 ゚ -゚)「中々に興味深いことを云う。だが、書き手は苦労するな。
     何と云ったって平坦なストーリーだ。面白くするのは至難の業だ。
     転結も考え難い。私なら、安易に何がしかの事件を起こしてしまうね」



72: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:12:33.86 ID:dRjj6WK10
ζ(゚ー゚*ζ「でも、まだこの先事件が起こるかも知れませんの」

川 ゚ -゚)「それはそれは。そう云えば、君は探偵役に憧れていると、
      私の邸で宣(のたま)っていたね。同類を退治しているのだったか」

ζ(゚、゚*ζ「そうですの。かわいそうな人たちを鎮めているんですの」

川 ゚ -゚)「可哀想な人達ね・・・。君も、その内の一人だろうに」

ζ(゚、゚*ζ「あたしは――」

川 ゚ -゚)「いや、今のは聞かなかった事にしておいてくれ」

クーに断られたが、デレはまだ何か言いたそうにしていた。デレが俯く。
今の話題でブーンには思い出したものがあった。それとなく、クーに訊ねてみる。

( ^ω^)「・・・クーを起こしに来た人物は、二人の高校生くらいの少女じゃなかったかお?」



75: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:13:27.04 ID:dRjj6WK10
川 ゚ -゚)「はてさて、確かに二人の女性ではあったが、随分と年齢が違うね。
      一人は妙齢の女性で、もう一人は小さな女の子だったな」

( ^ω^)「ふむ」

それならば、よからぬことを企てているのは、佐藤と渡辺ではないのか。
しかし、少女たちへの疑惑が薄まったわけではない。佐藤は嘘を吐いたのだ。
まだまだ何かあるものとして、ブーンは佐藤と渡辺に再び会おうと決めた。

川 ゚ -゚)「む。そろそろ昼食にするか。おい、ドクオ。鞄から弁当を出せ」

( ^ω^)「ドクオ?」

ドクオとは誰だ? 他に、人物がこの場に居ただろうか。クーが釣竿を置いて振り向く。
その視線の先には、男性が居た。男性はシートの上に、デレの隣に座っている。
今までまったく気が付かなかった! だって彼は、とてつもなく影が薄いのだから!



77: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:14:29.40 ID:dRjj6WK10
('A`)「・・・」

ドクオと呼ばれた男性は、クーにサンドイッチが入ったケースを手渡した。
彼はよれよれと皺が入ったスーツを着ており、髪は無造作に乱れていてみすぼらしい。
陰鬱とした顔付きで、体格は貧相である。ショボンとは別な意味で病的だ。

川 ゚ -゚)「彼は、私の召使いのドクオだよ。街で倒れていた所を拾ってやったのだ」

(;^ω^)「犬猫みたいに・・・」

川 ゚ -゚)「遅れたが、紹介してやろう。一度しか云わないからよく聞け。
      このやや肥えたのがブーン。陽気なのがデレだ。二人は、・・・私の友人だ」

('A`)「・・・・・・」

ドクオは何も言わない。ただ、隣に居るデレと、立っているブーンとを一瞥した。
普段はリアクションの大きい二人だが、流石に反応できない。彼の空気感はマジヤバイ。

川 ゚ -゚)「こら。君も自己紹介をしたらどうなのだ」



79: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:15:10.30 ID:dRjj6WK10
('A`)「俺はドクオ」

クーに促され、ドクオはようやく口を開いた。風が吹けば消されるか細い声であった。
小さく頭を下げた彼を、ブーンはまじまじと高みから観察をした。
やはり身体つきは貧相なのだが、それなりに身長があるようだ。ブーンより頭二つ分は高い。
彼の背中には黒い翼がある。なんと、ドクオも影なのだ。影なのに影が薄いとはこれいかに。

( ^ω^)「彼も影なのかお。しかし・・・」

弱弱し過ぎる! ドクオとなら、純粋な力比べでも勝てそうだ。
しばらく、ブーンがドクオを見つめていると、彼はにこりと微笑んだ。

('∀`) ニコッ

(;^ω^)「うわあ」

うわあ、とブーンは感じた。いや、もしかしたら口に出していたかもしれない。
ドクオのアルカイックスマイルには、それだけの破壊力があったのだった。



82: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:16:12.84 ID:dRjj6WK10
ζ(゚、゚;ζ「・・・」

その様子を見ていたデレは、なんとも言いがたい感情の色を示している。
他人を馬鹿にしてはいけない。ブーンはともかく、デレはそう思っている。
だがしかし、ドクオには不気味さがある。それでも・・・。デレは良心を強く持った。

ζ(゚、゚*ζ「ドクオさん。よろしくですの」

('A`)「よろしく。俺はクー様を守護するナイト、ドクオだ」

( ^ω^)「は? 騎士がどうしたって?」

不意に邪気眼でも発動したのか。ドクオはクーを守護していると言った。
クーはサンドイッチを持つ手を止めて、ブーンとデレに話しかける。

川 ゚ -゚)「おいおい。あまり虐めてやるなよ。彼にも暗い過去があるのだ。
      ドクオは私が助けてやってから、妙な使命感を持っていてね。
      私を守ることに、その命を懸けているのだ。困ったものだが」



85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:18:20.50 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「ふうん。クーも、変わった人間を召使いにしたお」

川 ゚ -゚)「一人で寂しかったから、話し相手に丁度良いさ」

そう言って、クーは昼食を摂り終えた。空になったケースをドクオに渡す。
彼は鞄にケースを仕舞うと、水平線に視線を向けて黙り込んだ。
再び存在感が消失する。ある意味ではドクオは、影と云えるのかもしれない。

川 ゚ -゚)「――さてと、腹ごしらえも済んだし、同族の姿でも拝見しに行くか」

釣竿を置き、クーが切り出した。立ち上がり、彼女はスカートに付着した埃を払う。
あまりにも唐突で、話に脈絡がなかったので、ブーンは不思議な面持ちをする。

( ^ω^)「同族? クーの知り合いかお」

川 ゚ -゚)「いいや。私は、デレとドクオ以外に、影の知り合いは居ない。
     今し方、街に呪いを仕掛けた影が登場したのだ。良かったな、デレ。
     事件が起こったぞ。これで、小説に華々しい結末が付けられそうだ」

ζ(゚、゚*ζ「えっ?」



87: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:19:03.81 ID:dRjj6WK10
デレが素っ頓狂な声を出した。クーは、「やれやれ」と肩を竦める。
それから彼女は海原に向けて、やや芝居がかったように両腕を広げた。

川 ゚ -゚)「耳を欹(そばだ)ててみろ。波の音、風の音、その他諸々聞こえぬ。雲も流れぬ。
     時間が止まっているのだよ。誰かが、和やかな一瞬を正確無比に切り取ったのだ」

デレが海面を覗き込む。すると、確かに波が動きを止めていたのだった。

ζ(゚、゚;ζ「そ、そう言えば正午の鐘の音が聴こえませんでしたの!」

ブーンとデレは、十一時と少しのころに昼食をし、そのあとは海沿いを散歩していた。
そして、この場所でクーに出会って話した時間は、三十分をゆうに越えている。
平常ならば間違いなく正午を越しているのだ。しかし、時計塔の鐘の音は響かなかった。

( ^ω^)「これは事件だお! デレ。僕達が輝くときがやって来たのだお!」

川 ゚ -゚)「此処で歓喜の声を上げるか。変人め。内藤は、妙な具合に育った物だな」



88: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:19:37.78 ID:dRjj6WK10
クーが幼少のとき出合ったブーンは、落ち着いていて多少なりとも理知的であった。
どこでどういう風に道を踏み外したのやら。クーは二人を置いて、歩き始めた。
それに気付いたブーンが、クーの肩を掴んだ。彼女は気色ばんで眉根を寄せる。

( ^ω^)「待ちたまえお。君はさっき、影の姿を拝見しに行くと言った。
       どうやら、影の居場所を既に把握しているようだお。
       良ければ僕達を連れて行って欲しい。そして、共に影を退治するのだお!」

川 ゚ -゚)「私が退治? 何を莫迦な。私は起こされてから、ずっと暇を持て余しているのだ。
     どのような輩が何をしようとしているのか、見るだけだ。単なるヒマ潰しだよ」

クーは影を退治する気などないらしい。興味があるから会いに行く、それだけのようだ。
ブーンも然ることながら、クーも変人的な気質を持っている。

( ^ω^)「じゃあ、君のあとを尾行するお」

川 ゚ -゚)「尾行・・・。大っぴらに云う事じゃないだろ。もう、勝手にしたまえ」



94: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:24:08.67 ID:dRjj6WK10
話が纏まったのかどうかは不明ではあるが、ブーン達はクーの後ろをつけていく。
いつの間にかドクオが、折り畳んだシートと釣竿を持って、クーの隣に並んでいる。
彼女が街中の道に入る。僻遠の海辺とは違って人気がある。しかし、それは少し前までのはなし。
今や街の住人たちは、大理石の像のように活動を止めてしまっているのだった。
仕事中のもの、街を往くもの、ベンチで本を読むもの、すべてが動いていない。
まったくのしじまである。今息をしているのは、クーとドクオと、その後方のもの達だけだ。

ζ(゚、゚*ζ「今回の影は何を考えているのでしょう。正直、これはやり過ぎですの。
       呪縛の範囲は街一帯とみます。今は良いですが、その内に時間のズレが生じます。
       このままでは他の街の人達が気付いて、大事になってしまいますですの」

( ^ω^)「ふむ。一刻も早く、僕達がどうにかせねばなるまい」

ブーンとデレは街の様子を観察する。クーのときと比べて、遥かに術の範囲が広い。
街一つである。以前、影には強さがあるとデレが言っていたが、今回はどうなのか。

( ^ω^)「この影は、クーと同じくらい強いのかお?」

ζ(゚、゚*ζ「どうでしょう? 力をセーブしてる可能性があるので何とも言えませんが、
       街一つが限界であれば、そんなに強くありません。良くてビーランクです」



95: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:24:46.37 ID:dRjj6WK10
(;^ω^)「ショボンも言っていたが、君達は、その、化け物みたく何でも出来るんだね!」

ζ(゚ー゚*ζ「クーさんに感謝しなければなりませんの。彼女は、とても優しい方です」

その気ならば、世界中の原子力発電所を爆発させられるなどと、クーは危険な言葉を口走っていた。
クーさんの心は宇宙の如く広大で、今もなおその広さを増している・・・・・・のかもしれません。
二人が話し合っていると、クーが道を右に折れて、大通りに出た。この道は街の中心部にある
広場へと続く。ご多分に漏れず、大通りの人間達は、皆一様に凍り付いてしまっている。

ζ(゚、゚*ζ「ちょっと不気味な印象を受けますの」

( ^ω^)「普段は活気のある場所だからね。仕方がないお」

クーが広場へと入る。赤茶けた煉瓦の敷き詰められた道を、ブーツが足音を鳴らしていく。
彼女より若干後ろを歩くドクオは、存在感を皆無にしてずっと前だけを見据えている。
こうして見れば、彼は本当にクーの召使いのようだ。職務をまっとう出来なさそうではあるが。

川 ゚ -゚)「ふむ。丁度、この辺りだな。力の中心――発信源である」



97: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:25:49.49 ID:dRjj6WK10
クーが時計塔の側で足を止めた。ブーン達は探偵らしい尾行をやめて、彼女の元に寄る。

( ^ω^)「案内ご苦労だお。あとは、僕達に任せておきたまえお」

川 ゚ -゚)「君はプライドが有るのか無いのか、どっちなのだ」

ブーンは辺りを窺う。しかし、止まっている人間ばかりで、怪しい人物はいない。
クーが言うには、この場所が街全体を覆う、神妙不可思議な力の中心点だそうなのだが。
顎に手を添えて、ブーンが唸り声を上げていると、どこからか大声が響いてきた。

「はーっはっはっはっ! どこを探しているのだ! アタシはここに居るぞお!」

( ^ω^)「!」

声は噴水の方からだ。ブーンが振り向く。しかし、居ない。気のせいだったのだろうか。
いいや、確かに荒ぶる声が聞こえたのだ。少し顎を上げる。すると、ブーンは発見した。



99: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:26:39.63 ID:dRjj6WK10
ノパ听)「やあやあ、面妖な諸君! こんにちは! ハッハッハっはー・・・!? げほおっ!」

噴水にある騎士像の上に女性が誇らしく立っていた――のだが、今は激しくむせている。
立ち位置だけで、彼女の強烈な個性が手に取るように分かった。ブーンは眉を顰める。

( ^ω^)(また変な奴がきやがって。正常なのは、僕とデレしかいない)

川 ゚ -゚)「貴様が大それた事を仕出かしたのか。とっとと大往生を遂げれば良い物を。
      おまけに、おかしな服装をしやがって。気品という物が、圧倒的に欠けている」


女性は、確かに見慣れない服装をしていた。袖がベルトでの取り外しが可能な白いシャツ。
そのシャツには英語の筆記体が、流れるようにでかでかと赤色でプリントされている。
下は黒色のパンツなのだが、幾つかの銀色のチェーンが太ももの辺りに垂らされている。
頭にはグレイを基調とした、タータンチェックのキャスケットを被っている。
正直、彼女のファッションセンスはよろしくない。髪が赤色なのもあって、合わない。
瞳が燃えるような赤色だが、これはカラーコンタクトでもしているのだろう。

ノハ;゚听)「お前が言うか! 夢見がちな、お姫さまみたいな格好をしてるくせに!」



101: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:27:24.08 ID:dRjj6WK10
叫んで、子供向けのテレビに登場するヒーローのように、女性が地面に着地した。
華麗な跳躍だった。彼女はゆるりと腰を上げて、拳を握り、ガッツポーズを取る。

ノハ#゚听)「うおおおお! 高い所から飛んだから、腰が痛いいいいいいい!!」

(;^ω^)「なんだお、この人」

なんだこの人。周りには居ないタイプの奇人だ。ブーンは軽く身体を引いた。
とりあえず、彼女の背中には小さな霧状の黒い翼があるので、影なのは違いない。
だが、あまり関わり合いたくない。ブーンはクーに目線で合図を送ったのだった。

川 ゚ -゚)「嫌だよ。君達二人が、あのへんちくりんを退治するのだろう」

( ^ω^)「ちぇっ。僕は彼女と喋りたくないのだけどね」

ブーンは諦め顔で、女性の前に立った。彼女は女性にしては身長がある。
百七十センチメートルくらいだ。血色の良い彼女の顔を、ブーンが見据える。



102: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:28:11.39 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「君。君が街をこんな風に変えたので間違いないね?」

じいんとする痛みを堪えていた女性が顔を上げる。そして、指をさして怒鳴った。

ノハ#゚听)9m「アタシは君などという名前じゃない! ヒートさんだ!
         火車(かぐるま)緋糸(ひいと)さんだ! よおっく心に刻んでいろ!」

ショボンが居れば苗字に突っ込んでいたヒートという女性は、日本人である。
相手が名前を名乗ったのだから、こちらも名前を告げなければならない。
妙なところで礼儀の正しいブーンが自身の名を言うと、彼女は不気味に笑んだ。

ノパ听)「ふうん。内藤ホライゾン、か。そうかそうか。へえええー」

( ^ω^)「含みのある言い方だお。もしかして、馬鹿にしているのかお」

ノパ听)「いいや。感心していただけだよ。地平線のかなたまで歩くってね!」



103: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:29:07.89 ID:dRjj6WK10
ヒートは笑った。今気付いたが、彼女は左手に、分厚い辞書のような物を抱えている。
茶色い表紙の本だ。ブーンがそれに注目していると、ヒートが右手を胸の前に上げた。

ノパ听)「そう! アタシがこの街を、こんな風に変えたんだよ。コイツを使ってね」

言って、ヒートが右手をポケットの中に忍ばせた。中から出てきたのは懐中時計である。
銀色に輝く、特に装飾が施されていない陳腐な懐中時計だ。時計の針は止まっている。
それを見たクーが、薄ら笑いを浮かべた。彼女は、懐中時計の正体に気付いたのだ。

川 ゚ -゚)「成る程。時止めの力の発生源は、その懐中時計なのだね。
      自分が造ったのか? 君には、それほどの力は無いように感じるが」

著しく自尊心を傷付けられたヒートは、ムッと露骨に嫌な顔をあらわにした。
子供っぽい彼女は拗ねた面持ちになって、視線を何もない風景へと遣った。

ノパ听)「・・・・・・先週、この街を初めて訪れたとき、同類に貰ったんだよ。
      親子のようだった二人の影にね。一騒ぎ起こしてみないかって」



104: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:30:25.83 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「なに?」

川 ゚ -゚)「ほう」

それは、クーを長い眠りから起こした二人の影達と、同一人物なのではないか。
あれこれ思案し始めたブーンを置いといて、クーはヒートとの会話を進める。

川 ゚ -゚)「ならば、ヒートではなく、魔性の懐中時計がした事なのだな」

ノハ#゚听)「違う! 時計じゃなく、アタシの心がやったんだ!」

負けじとヒートは反論する。冷淡なクーと怒るヒート。水と油のようである。
どちらに分があるかはまだまだ分からないが、今のところクーが優勢だ。
しかし、一つ大切なことがある。クーは彼女を退かせるつもりなど毛頭ないのだ。

川 ゚ -゚)「向きになるな。私は君の事など、どうでも良いと思っているのだよ。
     ただただ、傍観したいだけだ。私の召使いのドクオも同じである。
     君と争いたがっているのは、此方に居る内藤とデレなのだ」



105: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:30:52.44 ID:dRjj6WK10
クーは手を上げて、ブーンとデレを紹介した。ブーンがキリッとした顔付きになる。

( ^ω^)「そうなのだお! 僕達はヒートを止めなくてはならない!」

ζ(゚ー゚*ζ「ですの。ヒートさん。どうか、心を鎮めてくださいですの」

デレがなだめるが、ヒートには通用しない。反論を強めてしまうだけである。

ノハ#゚听)「いやだね。アタシはこれを契機に、世界中の時間を止めてやる気だ!」

全世界の時計の針の動きを止める。それは、全ての進化が途絶えた素敵な世界!
ぎりぎりと、ヒートが懐中時計を握り締める。彼女の決心は強固なものだ。
互いに相容れなく、話が終わらない。ブーンは「ビシイ!」っと指を突きつけた。

( ^ω^)9m「鎮まりたまえお! ヒート! 僕が君を往生させてやる!」

ノハ;゚听)「なっ!?」



108: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:31:32.57 ID:dRjj6WK10
突然、指を差されたヒートは身体を仰け反らせた。凄まじい威圧感がある。
影に地面に膝を付かせられるのは、万物の法則にはない愛の力のみである。
ブーンは腕を下ろす。大きく息を吸って空気を肺に満たし、言葉を紡ごうとした。

( ^ω^)「・・・・・・?」

だがしかし、次にかけるべき言葉が見つからなかった。それも当然の話だ。
ブーンは、ヒートに何があったのか知らないのだから。心の旅などしていない。
彼は隣に立つデレを見る。彼女は手と顔を横に振った。心当たりはないらしい。

( ^ω^)「クー」

クーに呼びかける。すると、彼女は口元を若干弛ませて、ほくそ笑んだ。
察するに知らないか、知っていても言わない気概だ。役に立たない人間め。
ブーンは舌打ちして、ついでにドクオに振り返った。彼は破顔一笑した。

('∀`) ニコッ

ドクオは視線を与えられると嬉しいのだろうか。・・・そうだ。そうに違いない。
面白いことが判明して苦笑したブーンは、巡りめぐってデレに顔を向けた。
彼女は手と顔を横に振る――つまり、ヒートを打破する術を持ち合わせていないのだ。



109: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:32:25.35 ID:dRjj6WK10
(#^ω^)「だあああああ! どうするのだお! 何か妙案がないのかお!」

ζ(゚、゚;ζ「あたし達は、犯人に会うことだけに夢中になっていましたの・・・。
       今は、ヒートさんを落ち着かせるための言葉や物が分かりません」

そういう結論に至ったブーンとデレは、がっくりと肩を落とす。
この状況。悪役は高らかに笑い声を上げるものである。ヒートも例外ではなかった。

ノハ*゚听)「あははは! 茶番劇だったね! お前達ではどうすることも出来ない!
      一人の人間と、三人の影。面白い組み合わせで楽しいけれど、
      全員アタシが始末してやる! 時止めではない。アタシ流の呪いで!」

川 ゚ -゚)「こら、待て。何故に私も入っているのだ。私はただの傍観者なのだよ」

ノハ#゚听)「知るもんか! さっき、アタシを侮辱した罰だ! 裁きを下してやる!」



110: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:33:04.90 ID:dRjj6WK10
ヒートは左手の辞書を、己の胸の高さまで浮かべた。そして、両腕を広げる。
手を触れていないのに、ペラペラと音を立てて、ページが捲られていく。
やがて白紙の頁で止まった。彼女は、ポケットから一本のボールペンを取り出した。

ノパ听)「アタシの呪いを解くのは、黄泉比良坂を引き返すよりかは簡単で、
     セフィロトの樹を正確に描ききるよりかは難しい!」

川 ゚ -゚)「それらに、どういう繋がりがあるのだよ・・・」

ヒートが、ボールペンの先をページに置いた。綺麗とは言い難い字で、文章が書かれる。

ノパ听)「名前というものは大切なものだ。簡単に名乗るものじゃない。
     アタシは、お前達四人の命を頂いた。永遠にこの本の中で生きるんだ。
     光栄に思え! アタシが書く物語は、何よりも素晴らしいものなんだよ!」

文章の終わりに句点を置いて書ききると、ページからまばゆい光が放たれた。
光はこの場に居る全ての者たちを包む。それに次ぐ異変は、すぐさま起こった。
ヒート以外の人間の身体が半透明になり、文字の羅列が浮かんで来たのである。



111: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:33:51.14 ID:dRjj6WK10
(;^ω^)「これはどういうことだお!?」

ζ(゚、゚;ζ「あたし達が文章化して、本の世界に閉じ込められてしまうのです!」

川 ゚ -゚)「やれやれ。はあ、やれやれ。私を面倒な事に巻き込むなよな」

('A`)「・・・・・・」

各々思い思いにどよめく三人に向けて、ヒートが力強く指差す。

ノハ#゚听)9m「現実世界でのお前達の物語は――これで終わりだあ!!」

了。分厚い本がパタンと閉じられた。ブーン達は本の中に吸い込まれてしまった。
・・・クーを一人だけ残して。彼女の力は恐るべきものである。格の違いだ。
しかし、クーにもヒートの呪いは確実に進んでいる。もって数分だろう。
文章化されていく彼女は、虚しい速度で一歩一歩ヒートへと歩み寄っていく。
恐れをなしたヒートは、じりじりと後退する。この頂点を極めた気狂いめ!



112: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:34:37.12 ID:dRjj6WK10
ノハ;゚听)「・・・化け物! こっちに来るな! アタシに近寄るな!」

川 ゚ -゚)「私には分かっている。君は、他人に危害を加えるのは初めてだ。
      ほら。この期に及んで君の手が震えている。寒さで悴んでいる訳ではあるまい」

ノハ;゚听)「っ!」

図星を指されたヒートは、ハッとして右手をポケットの中に隠した。
後ずさりしていると、かかとに硬い物が当たった。噴水の囲いだ。
クーから逃げられる隙を見出せない。ヒートは石造りの段に尻を着かせた。

川 ゚ -゚)「在世中、君には辛い事があった。・・・それは私とて同じ事だ。
      けれど、私は日々を穏やかに生きられている。どうしてか分かるかい?」

高みから、クーはヒートに顔を近づけた。鼻先と鼻先が触れ合う距離である。
緊張が頂点に達したヒートは、青い顔をしてゆっくりと小さく首を横に振った。

川 ゚ -゚)「釣りが楽しいからだ。釣れた試しが無いがね」



114: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:35:37.61 ID:dRjj6WK10
ノハ;゚听)「・・・・・・は?」

顔が離れた。ヒートの視界が広がる。文章は、クーの身体をほとんど埋め尽くしている。
もうお終い。クーは、ヒートが大事そうに持っている本の中へと吸い込まれて行った。
広場に静寂が訪れる。生きた心地がまったくしなかったヒートは、大きく息を吐いた。
呪縛が成功して、優位に立っていたにも関わらず、ヒートは気圧されてしまったのだ。
正真正銘の化け物だ。きっと、自分よりも数倍辛い死に方をしたに間違いない。

ノパ听)(でも)

自分だって、こうして悔恨の二十一グラムになるほどに、とても苦しんだのだ。
ヒートは凍てついた景色を眺めた。人間には果てしない恨みがある。これで良い。
世界がどうなろうが構わない。ようやく緊張が解けたヒートは、本を開いた。

この中に綴られた物語は、ヒートが生前から構築してきたものである。
何一つ事件が起こらず、読むものを嫌な気持ちにさせる登場人物も出てこない。
理想の世界なのだ。ヒートは辛いときや苦しいときに、ひたすた書き上げてきた。
結末も考えていない。永遠に続く楽しい世界があります。アタシはボールペンの先を、
文章の最後の文字の下に添えました。ららら、万感の想いを込めて、書いていきましょう。

ノパ听)(・・・・・・)

素人小説だろうが、皆書きたいことは同じである。自分の気持ちや考えを伝えるのだ。
この破天荒な話だってそう。ヒートは一度躊躇ってから、正直に気持ちを記し始めた。



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