( ^ω^)奇人達は二十一グラムの旅をしますようです

6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:34:35.89 ID:dRjj6WK10
2:二十一グラムは物語の行方を知る



8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:35:23.63 ID:dRjj6WK10


          長い人生に於ける、平和な一瞬を、切り抜きました。          

              何一つ、いやな事件は起こりません。          

          欠伸が出たり、無性に眠たくなる、そのようなお話です。



9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:36:13.10 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「うるさいお! その内、ゴミに出してしまうお!」

ブーンは目覚めると、鼓膜を響かせる音鳴らす目覚まし時計のボタンを叩いた。
この目覚まし時計には、『確実に起きられる』との宣伝文句があるが、その通りなのだ。
設定した時間にきっちり起きられるので、無職のブーンとは違って働き者である。
おっと、厳密に言えば現在は無職ではない。内藤私立探偵事務所の所長である。
ただ、特別に広告はしていないし、訪れる客が絶無なので、無職と同然といった感じだ。

ζ(-、-*ζ「ううん。もう朝ですのー?」

欠伸混じりの、のんびりとした声。ブーンの隣で眠っていたデレが発した声である。
彼女は下着だけで、他には何も身に纏っていない。ちなみに、ブーンも下着のみだ。
何故か? それは言えない。詳細に書いてしまうと、閲覧注意になってしまうからだ。
地の文は多けれど、誰にでも読めるものを書きたい。そういう風に常々思うのである。
まあ、適当に述べるならば、「昨晩はお楽しみでしたね」だ。んふふふふふふふふふ。

( ^ω^)「やあやあ。デレは今日も美しいお! 明日も美しいのだけどね。ふふっ」



11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:36:53.33 ID:dRjj6WK10
そう言って、ブーンはデレの髪の毛を撫でた。彼女は腕に絡み付いて猫なで声を出す。
ゆるやかなウェーブがかったブロンドの髪の毛は、とても触り心地が良かった。
髪の甘い匂い。ブーンはいとおしくて堪らなくなり、デレの身体を強く抱きしめた。

ζ(゚ー゚*ζ「あららら。朝からはだめですの。あたし、寝起きはしんどいのです。
      それに早く起きないと、ツンさんに叱られてしまいますの」

デレの背中にある“影”の証左である小さな黒い翼が、ぴょこんと可愛らしく動いた。
無言で眼差しを彼女に真っ直ぐに遣っていたブーンが、そっと身体から離れる。
妹は可愛く、そして恐ろしい。デレと暮らすようになってから、いつも不機嫌である。

( ^ω^)「・・・仕方ないね。服を着替えて朝ごはんを摂ろう」

ζ(>ー<*ζ「はいですのー! ブーンさんと食べるご飯は美味しいです!」

ブーンは上等のスーツに、デレは飾り気のない淡い色使いの洋服に着替えた。
自室の扉を開け、二人は手を繋いで食堂に向かう。今日は何の香りもしない。
妹のツンという人物は変わっていて、朝からとんでもない料理を作ることがある。
例えば、カレーだったり、天ぷらだったり、チャーハンだったり、シチューだったりする。
胃に重いものを作る傾向がある。食べたくはないが、ブーンは妹思いなのであった。
何が出てこようが食べてやろうではないか。ブーンはデレを連れて、食堂へと入った。



13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:39:05.26 ID:dRjj6WK10
ζ(゚ー゚*ζ「おはようございますの」

( ^ω^)ノ「おはよう! 唯一無二の僕の可愛い妹よ! ご機嫌いかが・・・」

ξ#゚听)ξ「・・・・・・」

「ひい!」、とブーンは叫び声を上げそうになった。ツンの形相が凄まじかったからだ。
一歩退いて、彼はツンの顔を見つめる。頭に角が二本ほど生えていたら鬼と見間違いそうだ。
それは言いすぎだとしても、彼女が怒りのオーラを発しているのは明らかである。
テーブルの上には丼鉢がある。丼鉢の中には狐色のスープの中に麺。・・・今日は、ラーメンだ!

(;^ω^)「ツ、ツン。そんな凶悪な顔は、君に似合わないからやめてくれお」

これ以上妹の気分を損なわないよう、ブーンはやんわりとたしなめつつ椅子に座った。
デレは剣呑なこの場の空気などどこふく風か、にこやかな面持ちでブーンの隣に座った。



15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:39:38.77 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「分かった。きっと、僕の髪型が気に入らないのだお」

いつも通りのやり取り。これに対して、ツンは必ず突っ込みを入れるのである。
しかし、今日のツンは何も言わなかった。無言の重圧に、ブーンは気圧される。
これは相当怒っている。視線が泳ぐ。デレに助けを乞うが、嫣然としているだけだった。

(;^ω^)(ツンは一体何に怒ってるのだお? 何の配慮が足りなかったのだお)

あれこれ考えるが、ブーンに心覚えはなかった。ああ、全く意味が分からん!
「んんんん・・・」、とブーンが低い唸り声を出していると、ようやくツンが口を開いた。

ξ--)ξ「はぁー、おはようございます。お兄様は昨日とお変わりないようで」

ツンは大きなため息を吐いてから、どこか投げやりな口調で言った。
だけれど、ブーンは心の底から安堵した。この瞬間に、緊張の帳が開かれたのだ。

( ^ω^)「おはよう。気分がすぐれないようだけど、大丈夫なのかお?」



17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:40:17.15 ID:dRjj6WK10
少々気性が激しいところがあるが、ツンは他には絶対に居ない、大切な妹である。
ブーンは労わることを忘れない。小さく頷いて、ツンはデレに顔を向けた。
正確に云うと、彼女の首筋にである。そこには一夜の情事のあとが残っていた。

ξ゚听)ξ「・・・・・・私のことなら大丈夫です。少し気分が憂鬱なだけですわ」

実のところ、ツンは兄のことが好きだ。彼女は正直ではないので秘密にしている。
それなのにブーンは、一ヶ月前の事件で知り合ったデレにかまけるようになってしまった。
無論、ブーンはデレにだけではなく、ツンにもきちんと愛情を向けているのだが、
彼女はそれを快く思っていない。一人占めしたいのである。デレに嫉妬をしているのだ。
・・・これではいけないとも思っている。今、ツンは二つの気持ちの、葛藤の真っ只中にある。

( ^ω^)「憂鬱。それはいけない。僕で良ければ相談に乗るお」

ξ゚听)ξ「だから大丈夫ですって。・・・けど、一つだけ大きな悩みごとがあります」

( ^ω^)「ほほう! それは何だお? 気兼ねせずに言ってみると良いお!」



20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:41:07.56 ID:dRjj6WK10
軽快に、ブーンは指を打ち鳴らした。妹の為ならば何だってする気概だ。
ツンは身を乗り出して、声を潜める。同様にして、ブーンも耳を傾ける。

ξ゚听)ξ「この邸。街の住民の間では、“吸血鬼館”と呼ばれているそうですよ。
      先日、ショボンさんから聞きました。何故、そう呼ばれてるか、ご存知ですか?」

( ^ω^)「へえ。知らなかったお。どうして、そう呼ばれてるのだお?」

ξ゚听)ξ「邸の外観が薄汚いからです」

( ^ω^)「うぇっ?」

ツンは姿勢を正した。内藤邸の外観が薄汚れている所為で、“吸血鬼館”と呼ばれている。
名称はなかなか格好がつくものだったが、如何せん理由が気に入らない。
不遜な青年はテーブルを拳で思い切り叩きつけて、荒々しく声を張り上げる。

(#^ω^)「下々の奴らは、我々内藤一族を愚弄しているのかお!
       全く持ってけしからん! 今から街に繰り出して説教してくれるお!」



21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:41:45.71 ID:dRjj6WK10
怒髪天を衝く、怒髪冠を衝くとはこのことを云うのだろう。ブーンは顔全体を赤くしている。
恋愛の存在を知っても、鼻にかける性分は直っていない。人間はそう簡単には変わらない。
ツンは慣れたもので、いきり立つブーンに怯むことなく、茶色の瞳を彼に遣る。

ξ゚听)ξ「どうすれば、汚名を返上できるのか、お分かりになられますか?」

(#^ω^)「ふん! 民衆どもに、内藤家の格の高さを見せ付ければいいのだお!」

ξ゚听)ξ「そのようなことをしなくても、もっと簡単な方法があります」

(#^ω^)「? 奴らに愚かさを思い知らせられるなら、僕がなんだってやってやろう」

ξ゚听)ξ「仰いましたね? この邸を綺麗に掃除すれば良いのです」

( ^ω^)「えっ」

邸、を、掃、除、す、る。言葉とは一度放ったものは元に戻らないものである。
しかし、この時ばかりはブーンは、見事に喉の奥へと戻してみせようと試みた。



23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:42:31.11 ID:dRjj6WK10
(;^ω^)「それはダメだお。邸を綺麗にすれば人類が滅亡してしまう。
       ・・・・・・そう! 掃除はまずい。じゃあ、僕は外に用事があるので」

ξ゚听)ξ「外は雨ですよ」

ツンは、席を立とうとするブーンを止めた。雨。ブーンには効果絶大であった。
内藤ホライゾンという青年が嫌うものの一つに、“汚れること”がある。
雨の中を出歩けばスーツが汚れてしまう。掃除をすれば体が汚れてしまう。
どちらも汚れてしまう。絶対にイヤだ! 彼は、どもりながら次のように答える。

(;^ω^)「いいいいいいいや、雨の日に掃除はするものではない。
      明日。うん、明日に掃除をしよう。僕は約束を守る男だお」

ξ--)ξ「雨、ですか。鬱陶しいですわね。千載一遇のチャンスでしたのに。
        なら、せめてご自分の部屋だけでも掃除してみてはいかがでしょうか」

( ^ω^)「ふむ。それだけなら、考えてみようかお。今は二人の部屋だしお」



24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:43:26.72 ID:dRjj6WK10
ブーンは、隣で黙ったままの妻(仮)に目配せをした。デレは首を傾げて微笑みを返す。
くりくりとしたブルーの瞳が可愛らしい。眉毛の辺りで切り揃えられた前髪も可憐だ。
今すぐにでも抱きたいお。だが、ツンが居る。抱けばどうなるものやら、想像がつきません。

ξ#゚听)ξ「ともかく! 今月、九月は内藤邸美化月間とします! ご協力ください。
         巷では、庭に草が生え放題のここを心霊スポットと勘違いして、
         肝だめしをする計画もあるそうですよ! お嫌でしょう? 私もそうです!」

ガタン、と音を立ててツンが腰を上げた。何か気に障ったようだった。
そして、ラーメンの入った丼鉢を持って、奥の台所へテクテクと入って行った。

( ^ω^)「何故怒ったし。僕はツンのことが、時として分からなくなるお」

ζ(゚ー゚*ζ「あたしには分かりますですの。ブーンさんもまだまだですねえ。
        ヒントはですね、あたしが声を出さなかったことですの。えへへ」

椅子に座ってから一言も発していなかったデレが、口元に人差し指を添えて言った。
彼女は悪戯をした子供のように笑う。ブーンには乙女心が分からぬ。ゆえに理由を察せない。
とにもかくにも、これ以上ツンを刺激するわけにはいかない。情動的ストレスで倒れるかも。



26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:44:18.07 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「はあ。掃除かお。物置にジャージでもあったかしら。
       ジャージなんて着たくないお。僕という美しいイメージが壊れてしまう」

ζ(゚ー゚*ζ「あたしもお手伝いしますの。お世話になっている身分ですし」

( ^ω^)「さすがは僕が見込んだ女性だお。そこいらの人間とはまるで違う」

ブーンは、彼なりの言い方でデレを讃える。それから二人は見つめ合う。食堂は静かだ。
今の彼らを邪魔するものは何もない。微かに聞こえる雨の音でさえ、二人を祝福している。
長い人生の中で、時間が止まったかのように錯覚する一瞬が数度ある。今が正しくその時だ。
二人は額を付け、笑顔で唇を尖らせながら互いに焦らし合う。次第に昂りが極限に向かう。

好き合っているのに、口に触れるまで、こんなに時間のかかるキスは他にないのではないか。
先に耐えられなくなったのはデレの方だった。瞳を潤ませて、ブーンの唇に自分の唇を付ける。
三十秒くらいそうしていると、二人は顔を離した。食堂でのキスは、ある種の緊張感を伴った。
ツンが再び姿を現せるかも、と思ったのだった。デレはどきどきと脈打つ胸を押さえる。
息を苦しくさせている彼女の一方で、ブーンは物足りなかった。口付けの先をしてみたいのだ。

( ^ω^)「デレ。もう少しだけ」

ζ(/////ζ「だ、ダメです! ツンさんが戻ってきちゃうかもしれませんの・・・」



29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:45:12.29 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「ツンなら、これからは読書の時間だお。だから」

ζ(>ε<;ζ「お願いしますのー。見つかったら、コトですのー・・・」

ブーンがデレの腕を取って引き寄せようとするが、彼女はいやいやと首を振って拒む。
童貞を卒業して一ヶ月目は大体こんなものだ。特にブーンのような自分勝手な輩には顕著に現れる。
何度も体のまぐわいを迫ったが、頑なに譲らないので、ブーンは諦めて彼女の身を自由にした。
彼はそっぽを向いて沈黙する。いかにも不貞腐れたかのような様子だ。扱い難い男である。

( ^ω^)「・・・・・・」

ζ(゚、゚;ζ「あ、あの、怒ってますの? それなら、本当にごめんなさいです」

( ^ω^)「・・・いいや。僕はそのくらいで怒る器が小さい人間ではないお」

ζ(゚、゚;ζ「ですけど・・・・・」



30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:46:22.90 ID:dRjj6WK10
幾ばくもなく、ブーンは強張った表情を緩めていったが、顔は違う方向を向いたままだ。
気まずい空気が流れる。二人は何を話題にすればいいか思考する。考えが纏まらない。
場を和ませなければならないのは分かっているのに、両者は口を出せないでいる。
ポツリポツリ。雨が邸を打つ音が聞こえる。数分前よりも、やや激しさを増したようだ。
雨音が二人の気持ちを収れんさせる。どちらからかは知れず、手を取り合った。温かい。

( ^ω^)「すまないお。少々子供っぽかった。気分を害さないで欲しいお。
      僕はいつ如何なるときでも、君へ、愛と尊敬の念を送っているお」

ζ(^ー^*ζ「ええ、ええ! あたしも、いつもブーンさんのことを好いていますの」

手を握るという行為は、愛情を確認する基本的な手段の一つである。嫌いならばしない。
ようやく穏やかな雰囲気に包まれた。ブーンは朝食を摂ることにした。・・・・・・朝食?

(;^ω^)「なんでラーメンなのだお? おかしいだらー? そうじゃんね?」

ζ(゚、゚*ζ「どうして三河弁なんですの。作って貰っているのに文句はいけませんよ」



31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:47:01.61 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「いや。だってね」

もしかして、いやいや、奇跡的な確率での話だが、ツンは自分のことを嫌っているのだろうか。
だから、朝食に重いものを――嫌がらせ? ・・・こんなこと考えてはいかん。ブーンは首を振った。
一瞬でも妹を疑ったことを悔いる。彼は椅子からゆっくりと腰を上げて、背筋をぐぐっと伸ばす。

( ^ω^)「朝ラーメンも結構良いかもしれない。ツンの料理は絶品なのだお!」

ζ(゚ー゚*ζ「ですのー。あたしは、料理ができないから羨ましいかぎりですの」

( ^ω^)「そういうデレの料理も一度は食べてみたいね。謙遜しているのだろう」

ζ(>、<;ζ「およしください! あたしが料理を作ると新種が完成してしまいますの。
       ナポリタンを作ったつもりなのに、PSPが出来上がってしまう勢いですわ!」

( ^ω^)「GK乙。一体どうゆう製造工程があれば、そうなるのだお」

さて、箸はどのようして扱うのだろう。フォークで良いか。ブーンは朝ラーメンに挑んだ。



34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:47:36.56 ID:dRjj6WK10
―2―

朝食を完食したブーン達は、少しの休憩を挟んだのち、自室の掃除を始めた。
ブーンの部屋は広く、高価な調度品や、大画面のプラズマテレビが並べられている。
他にも、心地の良い空間を演出する出窓や、書架、オーディオなどなどがある。
こう書けばとても見栄えのいい部屋だと思われるが、それは早合点というものである。
床には読み終えた書物が無秩序に置かれ、定期的に掃除していないので埃が漂っている。

( ^ω^)「ふん。自分の分かる場所に、それらがあれば良いと思うのだがね」

ζ(>ε<*ζ「同感ですの! ブーンさんの部屋は、ある意味では整っていますの」

ジャージに着替えた二人は、各々清掃に対する意識が容易に察し取れる発言をする。
何はともあれ、内藤邸美化計画が発動されたのだ。二人はどれから片付けようか考える。

( ^ω^)「まずは床に散らばった本とかを片付けるお。それから掃除機を」

ζ(゚ー゚*ζ「いえいえ。片付けたあとは、天井や壁の埃を落とすのです。
      先に掃除機をかけてしまうと、二度手間になってしまいますの」

( ^ω^)「おお! 君は聡いね! まったく考えが及ばなかったお」



35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:48:25.86 ID:dRjj6WK10
ブーンはデレの頬を人差し指で優しく突付く。白い頬には感触の良い弾力がある。
腕を組んで、デレはぷくうっと頬を膨らませた。大人とは思えない愛らしさだ。

( ^ω^)「まあ、まずは本を片付けよう。いらない本をダンボールに仕舞うお」

ζ(゚ー゚*ζ「はーい」

ブーンはクローゼットを開けた。中にはテレビなどを買った時の大きなダンボールが、
そのまま入っていた。彼はそれらの一つを取り出して、フローリングに置く。

( ^ω^)「これに入れるお。この部屋にある本は、全て読み終わった本だお。
      売っても良いのだけどね。また、読みたくなるかもしれないお」

先ず、二人は雑誌系統の重量の軽い本から片付けていく。その次は文庫本である。
そして最後に、ハードカバー。これが一番数量があり、掃除を難航させるのだった。

ζ(゚ー゚;ζ「これは一苦労ですの。やっぱりハードカバーは重いですの・・・」

( ^ω^)「ごめんだお。文庫本よりも見栄えが良いから、ついつい買ってしまうのだお」



36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:49:03.54 ID:dRjj6WK10
ブーンは内容には興味がなく、高価な方が格好がつくからハードカバーを選ぶのだ。
それは本だけではなく、その他の物品にも表れている。例えば、部屋の隅にあるギターだ。
結構の値打ちのあるものだが、ブーンは買ってから一度も触れたことがない。
完全に置物と化してしまっている。時に、彼が高いものを買おうとすると、
ツンにそのことをネタにされ、嫌味を言われるのだった。ものは使ってこそだろう。

( ^ω^)「デレは休んでくれてて良いお。今日は本を片すだけにしよう。
      他の部分は、天気の良い日にでも。空気も入れ替えたいしお」

ζ(゚ー゚;ζ「そうさせて貰いますですの。腕がくたくたですのー」

デレはくたびれた手を振って、ベッドの縁へと近づく。シーツが乱れきっている。
昨晩の色事の跡だ。思い返して、彼女は頬を朱に染めながらシーツの乱れを直す。
それからベッドの縁に座って、人心地つく。近くの小さなテーブルに写真が置いてあった。
それを手に取り、目を細めて見る。二十枚ほどの写真。ブーンが農業公園で撮った写真だ。
風景ばかりの写真の中に人物が写っているものがある。二人の少女。佐藤と渡辺である。



37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:49:51.93 ID:dRjj6WK10
ζ(゚、゚*ζ(・・・・・・)

怯えた風な少女と、無機質な印象を受ける少女が、花々と緑の山を背に立っている。
普通の写真だ。ある特殊なものがなければだが。デレは少女達の後ろに注目する。
二人の背中には、小さな黒い翼が生えているのだった。彼女らは“影”なのである。
佐藤は自分が影であるのを知りながら、クーの噂話を聞いたと言ったのだった。
知らないふうを装って、何故須名邸に向かわせたのか。どう考えてもちぐはぐな話である。

ブーンとデレは、あの二人が邸の屑籠にあった手紙に関係があるとして、考えている。
あれからブーンは街に下りる回数が増えた。佐藤達を探しているのだが、見つからない。
どこへ行ったのだろうか。街の状況に詳しいショボンに訊いても、無駄足に終わった。
ブーンには使命感がある。残念だが、クーを見た限り、影には神妙不可思議な力があるが、
誰よりも目立ちたがりな彼は、愚かなことを企む影を、打ち滅ぼさんとしているのだ・・・!

( ^ω^)「僕はね、長い地の文のある小説は好きではない。簡潔なのが好きだお」

ζ(゚、゚*ζ「え?」

唐突にブーンの声が聞こえた。彼は本を箱に詰める作業を止めて、本を読んでいる。
写真に意識を集中させ過ぎていたようだ。デレは写真をテーブルに置いて話しかける。

ζ(゚ー゚*ζ「あたしも同じですの。長い文章を読んでいると、欠伸をしちゃいます」



39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:50:47.49 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「本選びって結構難しいお。僕はハッピーエンドが好きなのだお。
       まあ、世の中にはバッドエンドにしか興味を示さない人もいるけどね。
       それでも僕は、誰もが納得する幸せな結末がある本しか許せないお。
       ・・・・・・おっと、ミステリー小説はその限りではないお。当然だけど」

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンさんはお優しいですの。そういうところが大好きです」

( ^ω^)「ありがとう。僕も、いつも笑顔をくれるデレが大好きだお」

二人は顔を見合わせて、微笑む。ブーンは、最後の本をダンボールに詰め終えた。
重いものからクローゼットに仕舞う。そして、フローリングは綺麗になった。
掃除前とは見違えるようだ。ブーンの部屋に、幾ばくかの清潔感が蘇ったのである。

( ^ω^)「ううむ。二度手間と分かっていても、掃除機をかけたくなってきたお」

書物は片付いたと同時に、床のあちこちに落ちている綿埃が気になり始める。
二度手間でも、掃除機をかけてしまおうか。ブーンは指を鳴らして、立ち上がった。

( ^ω^)「よし。掃除機をかけてしまうお。しかし――」

掃除機はどこにあるのだ? 普段、掃除をしないブーンには当然の疑問である。
ツンならば知っている。ブーンは彼女に、掃除機のありかを訊ねに行くことにした。
デレは、ツンが自分に部屋に入って欲しくないだろうと、ブーンの部屋に残った。



41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:51:43.12 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「イエス! 麗しの妹よ! 掃除機はどこにあるのかね?」

ξ;゚听)ξ「ノックをしないでなんです! 吃驚するじゃありませんか」

ブーンはツンの部屋を訪れた。彼女の部屋は、一階のブーンの部屋の真上にある。
カウチソファに座って難しい顔で本を読んでいたツンは、大層驚いた様子だった。
まあ、大の男が「イエス!」などと意味不明な言葉を叫んで入ってくれば、当然だ。
ツンはパタンと本を閉じてテーブルの上に置き、目を吊り上げて睨みつける。

ξ#゚听)ξ「私にも、プライバシーというものがあるのです!」

( ^ω^)「まあまあ、そう怒らずに」

ブーンはツンの隣に座り、彼女の肩に腕を回した。ツンがそっぽを向く。
こうするといけない関係に見えるが、ブーンが独特な愛情を注いでいるだけだ。
いやがる様子のツンの胸中など知らず、彼はあまり立ち入らない妹の部屋を見回す。
ツンの自室はブーンの部屋とは、比べ物にならないくらい片付いている。几帳面なのだ。
何から何まで綺麗に整っている。ブーンが感心していると、ツンが口を開いた。



42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:53:11.17 ID:dRjj6WK10
ξ゚听)ξ「部屋の掃除は終わったのですか? 今はお二人の部屋なのでしょう?」

つんつんとした態度で訊ねる。ツンはデレに対して心を許していない。
デレが普通の人間ならまだしも、忌み嫌う影なのだから仕方がないのである。

( ^ω^)「それなのだがね。掃除機がどこにあるのか分からないのだお」

ξ゚听)ξ「掃除機でしたら、一階の物置にありますわ。でも集塵袋がきれてますの」

( ^ω^)「む。困ったお。掃除を完了できないお」

今、この機を逃せば兄は一生掃除をしないかもしれない。ツンは慎重に言葉を選ぶ。
そうして、これならば必ずブーンが掃除を続けるだろうという台詞を考え出した。

ξ゚ー゚)ξ「雨が止んだら、街に買いに行ってくれませんか?
       もしも買ってきて頂けたら、私はとても助かりますわ」

( ^ω^)「・・・・・・ツンが喜ぶのなら、街に下りて、買ってきてあげるお」



43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:54:32.62 ID:dRjj6WK10
ツンは心の中でガッツポーズをした。普段は偏屈だが、時として扱い易い兄である。
ブーンがツンの身体から離れる。そして、腰を上げるとテーブルにノートを発見した。
表紙に“日記帳”と小さく文字が書かれているノートを、何気なく彼は手に持った。

( ^ω^)「これは」

ξ#゚听)ξ「お兄様! 人の日記帳を勝手に覗くものではありません!」

慌てたツンが、ブーンの手から強引に奪い取った。風のように素早い動作であった。
これ以上、部屋を荒らされては堪らないと、ツンはブーンを部屋から放り出した。

(;^ω^)「いたたた。ツンは乱暴だお」

部屋を追い出されたブーンは、頭を掻く。妹はよく分からない人間だなあ。
「お前が言うな」を地で行く彼は、苦笑いを溢しながら広い廊下を歩いていく。
廊下の大きな窓ガラスに雨が叩き付けられている。さっきより勢いを増したようだ。
今日中に止むのか。天気予報を観る習慣が、ブーンにはなかったのだった。

( ^ω^)(昼までに雨が止まなかったら、また後日にするかお)



46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:55:33.07 ID:dRjj6WK10
ブーンが自室に戻ると、デレは静かな寝息を立てて、ベッドで眠っていた。
夜の遅くまで熱く愛を語らう二人は近頃、睡眠時間が不足しているのだった。
ベッドの縁に座り、ブーンはデレの髪の毛を撫でた。彼女は頬を弛める。

背中には小さな黒い翼がある。ついつい忘れがちだが、デレも影なのである。
彼女はどのような悔恨から生じたのだろう。考えるが、すぐにブーンは頭を振った。
あまり想像をしたくはない。ブーンは別なことを考え、意識を眠りに就かせる。
やがて、ブーンはゆっくりと現実から乖離し、夢の世界へと沈んでいった。

( ^ω^)「ふわーあ。よく寝たお」

午前十時半を少し過ぎたころ、ブーンは目を覚ました。雨の音が止んでいる。
窓の外へと視線を遣ると、青々とした空が広がっていた。さわやかな雨上がりだ。
まだ眠っているデレの肩を優しく揺らして、彼は耳元にささやきかける。

( ^ω^)「デレ。起きたまえお。もう昼だお」

ζ(-、-*ζ「ううう、優しい人。あたしは、昨晩あまり寝てないのです」

デレはまだまだ眠り足りないので、寝返りを打ってぐずった。寝顔が可愛い。
諦めずにブーンは、デレの顔に口先が触れそうになるまで近付いて呼びかける。



47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:56:16.38 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「変な時間に寝ると、バイオリズムが崩れてしまうお。
      そうだ。良いことを考え付いたお。二人で海辺にデートへ行こう。
      丁度、街に下りる用事が出来たのだお! さあ、起きて」

ζ(゚、゚*ζ「おデート」

デレは、ぱちくりと瞼を開閉させた。それから身体を起こし、背筋を伸ばした。
爽快に眠れたとはいえないが、デレは少しでも体力が回復したようだ。
ブーンの膝に頭を乗せて、デレが甘える。しばしくっ付いたあと、二人は腰を上げる。
ジャージからブーンはブランドもののスーツに、デレは洋服に着替える。

( ^ω^)「昼食は街で済ませば良いかお」

ζ(゚ー゚*ζ「ですの。あたし、スパゲティが食べたいのです」



48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:57:01.94 ID:dRjj6WK10
ブーンは、ツンに昼食はいらないと告げてから、ビップの街へと下った。
まずはショボンの書店を目指す。出かける際、ツンにことづてを頼まれたのだ。
先日借りた文庫本を返してきて欲しい、との話だった。ブーンは本を確かめる。
“そして誰もいなくなった”。誰もが知る、クリスティー著の推理小説である。

( ^ω^)「これの犯人って誰だったかお?」

\ζ(゚ー゚*ζ「はあい! あたし、知ってますのー!」

m9(^ω^)9m「ヘイ! ユー! その先は、絶対に言ってはならないお。
         ネタバレされるのは嫌だし、袋叩きに遭いかねないお」

ζ(゚、゚*ζ「早くもメタ発言いただきましたのー」

ブーンは両指を差して、デレを制した。この娘なら口を滑らしかねない。
「そんないじわるしませんの」、デレは頬を赤くして頬を膨らませた。
バカップルめいたやり取りをしながら、二人は石畳の道を進んでいく。



53: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:01:41.07 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「くそ! ショボンのやつ、どこかに出かけていやがるお」

二人はショボンの書店についたがしかし、店主の青年は不在であった。
引き戸の鍵が閉められ、日本語で“休憩中”とのプレートがかけられている。
仕方なく、ブーンは郵便受けに本を入れておいた。ショボンならこれで大丈夫だ。

ζ(゚ー゚*ζ「これからどうしますの?」

( ^ω^)「とりあえず、昼食を摂るお。そこら辺のカフェに入ろう」

ζ(゚ー゚*ζ「分かりましたの」

( ^ω^)「ふふん。街の商店街に、僕が気に入ってるカフェがあるのだお」

ブーンとデレは、袋小路に背を向けて、ショボンの書店の軒先から去っていった。
時刻は十一時を過ぎたころ。昼食には少し早いが、店が混まないのに良い時間である。
カフェに入り、ブーンはトーストとコーヒーを、デレはパスタとぶどう酒を胃に入れた。



56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:02:49.41 ID:dRjj6WK10
ζ(゚ー゚*ζ「“赤い秒針はー そんなあたしをあざ笑ーってー♪”」

( ^ω^)(・・・・・・)

昼食を摂った二人は、海岸沿いを散歩している。青空にはカモメが飛び、波はおだやか。
透き通った海を眺めながらブーンは歩く。デレはというと、ギターを弾くふりをして唄っている。
アルコールの所為なのだろうが、ブーンはいささか引いている。でも、そんな彼女も好きである。
デレは陽気に唄い続ける。日本語の曲なので、ブーンにはさっぱり歌詞が分からない。

( ^ω^)「・・・一体、なんという曲なのだお?」

歩みを止めて、ブーンが訊ねてみた。デレも足を止めて、ギターを構えたまま振り返った。
ちなみに、デレは本物のギターが弾けない。俗にいう、エアーギターというものである。

ζ(゚ー゚*ζ「GO!GO!7188のC7って曲ですの。日本のポピュラーなバンドです。
       誰がなんと言いましても、ポピュラーなのです。ええ、人気です」

とにかく、人気があることを強く念を押す。デレのお気に入りのアーティストである。



59: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:04:24.74 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「ふうん。ジャパニーズミュージックが好きとは、ショボンと同じだね。
      僕はマイナーな曲しか興味がないお。誰も知らないのに、優越感を覚えるお」

ζ(゚ー゚*ζ「例えば、なんですの? あたしは音楽にはちょっと詳しいんです。
       影仲間からは、歩くアーティスト辞書と呼ばれてるんですの!」

( ^ω^)「影仲間? ・・・まあ、良いお。僕はアルタンをよく聴くお」

ζ(゚、゚*ζ「アイリッシュ・トラッドですね。難しくて唄えないですのー」

( ^ω^)「おお、知っているのかお。あとはそうだね、FrouFrouとかも好きだお」

ζ(゚ー゚*ζ「あ、それも知ってますのー。Must be dreamingが一等好きです」

( ^ω^)「ほう。僕もその曲が一番気に入っている」

デレは本当に音楽に詳しいようだ。とてもマイナーな楽曲も知っている。
影は歳を取らないので、音楽くらいでしか暇を潰せないのかもしれないが。
デレは歩き出し、高音が辛そうだが、優しく丁寧にブーンの好きな曲を唄う。



60: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:05:25.76 ID:dRjj6WK10
ζ(゚ー゚*ζ「〜♪」

後ろ手を組んで、デレはたおやかに進む。彼女の小さな背中を見ている内に、
ブーンはいとおしくなった。不意にブーンはデレの腕を持って引き寄せた。
デレは驚いた表情でくるりと回って、ブーンの腕の中へと華麗に収まった。

ζ(゚、゚*ζ「どうしたんですの?」

( ^ω^)「デレ。来月に結婚しよう」

ζ(゚、゚*ζ「えっ。でも・・・」

周知の通り、デレは人間ではないため、婚姻などの手続きは不可能である。
そのことを気にして、彼女は視線を逸らした。しかし、ブーンは力強くいう。

( ^ω^)「別に手続きとかはいらないお。僕の君への愛は、半端なものではない」

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンさん」

「煩いな。魚が逃げてしまうだろう」



61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:06:48.37 ID:dRjj6WK10
しばらく抱き合っていると、注意の声が二人の耳に届いた。防波堤の向こう側からだ。
二人は目をぱちくりとさせてから、防波堤から身を乗り出して、声の主の姿を確認した。

川 ゚ -゚)「昼間の長閑(のどか)な雰囲気がぶち壊されたよ」

( ^ω^)「クー」

ζ(゚ー゚*ζ「クーさんですの。お久しぶりですー」

そこにはクーが居た。彼女はガダバウトチェアに座って、釣りをしていた。
上等な釣竿に、ふち付き帽子。なかなか様になっているのだが、服装が合っていない。
黒と白のゴシックドレスを身に纏っているのだ。よく見れば、帽子が斜めに傾いている。
ブーンには、彼女のファッションセンスが理解出来ない。彼は正直にものを申す人間だ。

( ^ω^)「変な服! クーのファッションセンスを疑ってしまうお!」

川 ゚ -゚)「君こそ、真昼間からスーツ姿で海辺を歩くなんて、正常とは程遠い」



63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:07:43.68 ID:dRjj6WK10
無職でスーツ姿のブーンは、服が汚れないように注意を払って防波堤を乗り越えた。
クーの隣に寄って、彼は挨拶を交わす。彼女はやや不機嫌な様子であった。
釣りを邪魔されたからか、それとは別なことが原因なのか。クーは釣り糸に目を向けたままだ。

( ^ω^)「君が釣りとはね。何か釣れるのかお?」

川 ゚ -゚)「ここ二週間ほどやってるけどね。魚が釣れた事は一度もないよ。
     別に釣れなくても良い。私は釣り糸を垂らしてるだけで充分なのだ。
     山中の邸で惰眠を貪っているより、遥かに健康的で有意義である。
     君もそう思わないか? ・・・ああ、良い良い。君に訊いた私が馬鹿だった」

( ^ω^)「・・・・・・」

一ヶ月前、会ったときにもしやと思ったが、クーは果てしなく口数が多いとみる。
素直な性格に違いないが、彼女とショボンが同時に居れば、きっとカオスになる。
なんて恐ろしい妄想! ブーンはかぶりを振って、脳内のイメージを払い去った。

( ^ω^)「釣りは、手が汚れるからしたくないお。それに臭いし」



65: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:08:45.52 ID:dRjj6WK10
それを訊いたクーが、やっぱりと納得した面持ちで頷いた。

川 ゚ -゚)「ふん。君は潔癖症過ぎる。それで本当に生きて行けるのか。
     聞こえていたぞ。君達は、存在の違いを超えた結婚を考えているのだろう。
     多少の穢れや汚れは付き纏う物だと、私は考えているのだけれどね」

一陣の強い風が凪いだ。海に向かって垂れる釣り糸が、横へ横へと流される。
クーの長い黒髪が揺らされる。一体、彼女の胸中では何がざわめいているのか。
まだブーンに淡い想いを寄せているのか。デレの存在ををわずらわしく思っているのか。
一同は無言になる。やがて、風が止み、全ての動きが穏やかなものへと戻る。

川 ゚ -゚)「風立ちぬ。いざ生きめやもってね。私は適当に生きて行くさ」

ようやく、話題になりそうな詩句が出てきた。ブーンは小説をそこそこに好きだ。
人間関係を円滑に整えていく秘訣は、話題を探して盛り上げてやることである。
これは、ツンとの毎日のやり取りで得たコツだ。妹への恐怖感から生じたものだ。

( ^ω^)「堀辰雄の“風立ちぬ”、かお。あれは僕は好きではないのだお。
       なんてったって人が死ぬのだからね。思い出しただけで気分が滅入るお」



66: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:10:09.55 ID:dRjj6WK10
・・・秘訣を把握していても不遜なブーンはしかし、まず否定から入ってしまう。
知人が極めて少ないのも頷ける。彼は、この先生きていけるのか不安が残る。
でも、クーは微かな笑みを浮かべた。そして、初めてブーンに顔を向ける。

川 ゚ -゚)「ヴァレリーの方だが。君は、えらくピュアなのだな。純情青年だよ」

( ^ω^)「その、ものの言い方。誰かに似てて嫌だお。やめてくれお」

やあやあ。純情ボーイ。脳の記憶を司る器官に、ショボンの小声がよぎる。
あれはどうして、あのような性格へと至ったのか。昔は不良だったくせに。
まあ、ショボンのことは置いといて、クーの冷たい表情が弛んだようにみえる。
こちらの方が誰だって話し易い。居づらい雰囲気が好きな物好きはいるまい。

( ^ω^)「クーは、どんな本が好きなのだお?」

適確な質問を、ブーンがする。クーは釣り糸に視線を戻して、ううむと唸る。



68: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:10:39.53 ID:dRjj6WK10
川 ゚ -゚)「ううん。私は基本的に雑食なのでね。何でも読むのだが。
     強いて云えば、ミステリーが好きかな。トリックが奇想天外な物ほど良い」

クーの答えに、デレが表情を晴れやかなものにさせた。デレもミステリーが好きだ。
そして、デレが初めて口を挟む。今まで、彼女なりに空気を読んでいたのだった。

ζ(゚ー゚*ζ「まあ! クーさんもミステリーが好きですの?」

川 ゚ -゚)「まあね。どの作家が好きだと問われると、返答に困ってしまうけどね」

ふっと、クーは髪を掻きあげた。その動作からは、彼女の気位の高さが見て取れる。
それから、クーとデレはミステリーについて語り合った。ほぼ、デレの一方的にだが。
時間の経過は留まることがない。従って、三十分ほど過ぎる。魚は一匹も釣れていない。
デレは、クーが広げてあったシートに座っている。潔癖症な青年は立ったままだ。

川 ゚ -゚)「気まぐれに、グレでも釣れると良いのだけれど。なんてね」



71: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:11:52.38 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「そいつは磯に出なければ無理だお」

川 ゚ -゚)「いや・・・」

ブーンは、クーの高尚な冗談にはついてこれなかった。どうしてギャグが滑ったときは、
いたたまれなくなるのだろう。クーが恥ずかしげに頬を、人差し指で撫でる。

( ^ω^)「それにしても、今日は平和な日だお」

背筋を伸ばして、ブーンが言った。今日は天気がよく、時折吹く風も涼しげだ。
海は穏やか、打ち付ける波の音も心地よい。街で事件が起こっていないのも良い。
きっと、長い人生に於いて、最良に分類される日というものは今日みたいな日だ。

( ^ω^)「今日という日を小説で書き記したら、ほのぼのとしたものだろうね」

川 ゚ -゚)「中々に興味深いことを云う。だが、書き手は苦労するな。
     何と云ったって平坦なストーリーだ。面白くするのは至難の業だ。
     転結も考え難い。私なら、安易に何がしかの事件を起こしてしまうね」



72: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:12:33.86 ID:dRjj6WK10
ζ(゚ー゚*ζ「でも、まだこの先事件が起こるかも知れませんの」

川 ゚ -゚)「それはそれは。そう云えば、君は探偵役に憧れていると、
      私の邸で宣(のたま)っていたね。同類を退治しているのだったか」

ζ(゚、゚*ζ「そうですの。かわいそうな人たちを鎮めているんですの」

川 ゚ -゚)「可哀想な人達ね・・・。君も、その内の一人だろうに」

ζ(゚、゚*ζ「あたしは――」

川 ゚ -゚)「いや、今のは聞かなかった事にしておいてくれ」

クーに断られたが、デレはまだ何か言いたそうにしていた。デレが俯く。
今の話題でブーンには思い出したものがあった。それとなく、クーに訊ねてみる。

( ^ω^)「・・・クーを起こしに来た人物は、二人の高校生くらいの少女じゃなかったかお?」



75: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:13:27.04 ID:dRjj6WK10
川 ゚ -゚)「はてさて、確かに二人の女性ではあったが、随分と年齢が違うね。
      一人は妙齢の女性で、もう一人は小さな女の子だったな」

( ^ω^)「ふむ」

それならば、よからぬことを企てているのは、佐藤と渡辺ではないのか。
しかし、少女たちへの疑惑が薄まったわけではない。佐藤は嘘を吐いたのだ。
まだまだ何かあるものとして、ブーンは佐藤と渡辺に再び会おうと決めた。

川 ゚ -゚)「む。そろそろ昼食にするか。おい、ドクオ。鞄から弁当を出せ」

( ^ω^)「ドクオ?」

ドクオとは誰だ? 他に、人物がこの場に居ただろうか。クーが釣竿を置いて振り向く。
その視線の先には、男性が居た。男性はシートの上に、デレの隣に座っている。
今までまったく気が付かなかった! だって彼は、とてつもなく影が薄いのだから!



77: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:14:29.40 ID:dRjj6WK10
('A`)「・・・」

ドクオと呼ばれた男性は、クーにサンドイッチが入ったケースを手渡した。
彼はよれよれと皺が入ったスーツを着ており、髪は無造作に乱れていてみすぼらしい。
陰鬱とした顔付きで、体格は貧相である。ショボンとは別な意味で病的だ。

川 ゚ -゚)「彼は、私の召使いのドクオだよ。街で倒れていた所を拾ってやったのだ」

(;^ω^)「犬猫みたいに・・・」

川 ゚ -゚)「遅れたが、紹介してやろう。一度しか云わないからよく聞け。
      このやや肥えたのがブーン。陽気なのがデレだ。二人は、・・・私の友人だ」

('A`)「・・・・・・」

ドクオは何も言わない。ただ、隣に居るデレと、立っているブーンとを一瞥した。
普段はリアクションの大きい二人だが、流石に反応できない。彼の空気感はマジヤバイ。

川 ゚ -゚)「こら。君も自己紹介をしたらどうなのだ」



79: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:15:10.30 ID:dRjj6WK10
('A`)「俺はドクオ」

クーに促され、ドクオはようやく口を開いた。風が吹けば消されるか細い声であった。
小さく頭を下げた彼を、ブーンはまじまじと高みから観察をした。
やはり身体つきは貧相なのだが、それなりに身長があるようだ。ブーンより頭二つ分は高い。
彼の背中には黒い翼がある。なんと、ドクオも影なのだ。影なのに影が薄いとはこれいかに。

( ^ω^)「彼も影なのかお。しかし・・・」

弱弱し過ぎる! ドクオとなら、純粋な力比べでも勝てそうだ。
しばらく、ブーンがドクオを見つめていると、彼はにこりと微笑んだ。

('∀`) ニコッ

(;^ω^)「うわあ」

うわあ、とブーンは感じた。いや、もしかしたら口に出していたかもしれない。
ドクオのアルカイックスマイルには、それだけの破壊力があったのだった。



82: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:16:12.84 ID:dRjj6WK10
ζ(゚、゚;ζ「・・・」

その様子を見ていたデレは、なんとも言いがたい感情の色を示している。
他人を馬鹿にしてはいけない。ブーンはともかく、デレはそう思っている。
だがしかし、ドクオには不気味さがある。それでも・・・。デレは良心を強く持った。

ζ(゚、゚*ζ「ドクオさん。よろしくですの」

('A`)「よろしく。俺はクー様を守護するナイト、ドクオだ」

( ^ω^)「は? 騎士がどうしたって?」

不意に邪気眼でも発動したのか。ドクオはクーを守護していると言った。
クーはサンドイッチを持つ手を止めて、ブーンとデレに話しかける。

川 ゚ -゚)「おいおい。あまり虐めてやるなよ。彼にも暗い過去があるのだ。
      ドクオは私が助けてやってから、妙な使命感を持っていてね。
      私を守ることに、その命を懸けているのだ。困ったものだが」



85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:18:20.50 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「ふうん。クーも、変わった人間を召使いにしたお」

川 ゚ -゚)「一人で寂しかったから、話し相手に丁度良いさ」

そう言って、クーは昼食を摂り終えた。空になったケースをドクオに渡す。
彼は鞄にケースを仕舞うと、水平線に視線を向けて黙り込んだ。
再び存在感が消失する。ある意味ではドクオは、影と云えるのかもしれない。

川 ゚ -゚)「――さてと、腹ごしらえも済んだし、同族の姿でも拝見しに行くか」

釣竿を置き、クーが切り出した。立ち上がり、彼女はスカートに付着した埃を払う。
あまりにも唐突で、話に脈絡がなかったので、ブーンは不思議な面持ちをする。

( ^ω^)「同族? クーの知り合いかお」

川 ゚ -゚)「いいや。私は、デレとドクオ以外に、影の知り合いは居ない。
     今し方、街に呪いを仕掛けた影が登場したのだ。良かったな、デレ。
     事件が起こったぞ。これで、小説に華々しい結末が付けられそうだ」

ζ(゚、゚*ζ「えっ?」



87: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:19:03.81 ID:dRjj6WK10
デレが素っ頓狂な声を出した。クーは、「やれやれ」と肩を竦める。
それから彼女は海原に向けて、やや芝居がかったように両腕を広げた。

川 ゚ -゚)「耳を欹(そばだ)ててみろ。波の音、風の音、その他諸々聞こえぬ。雲も流れぬ。
     時間が止まっているのだよ。誰かが、和やかな一瞬を正確無比に切り取ったのだ」

デレが海面を覗き込む。すると、確かに波が動きを止めていたのだった。

ζ(゚、゚;ζ「そ、そう言えば正午の鐘の音が聴こえませんでしたの!」

ブーンとデレは、十一時と少しのころに昼食をし、そのあとは海沿いを散歩していた。
そして、この場所でクーに出会って話した時間は、三十分をゆうに越えている。
平常ならば間違いなく正午を越しているのだ。しかし、時計塔の鐘の音は響かなかった。

( ^ω^)「これは事件だお! デレ。僕達が輝くときがやって来たのだお!」

川 ゚ -゚)「此処で歓喜の声を上げるか。変人め。内藤は、妙な具合に育った物だな」



88: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:19:37.78 ID:dRjj6WK10
クーが幼少のとき出合ったブーンは、落ち着いていて多少なりとも理知的であった。
どこでどういう風に道を踏み外したのやら。クーは二人を置いて、歩き始めた。
それに気付いたブーンが、クーの肩を掴んだ。彼女は気色ばんで眉根を寄せる。

( ^ω^)「待ちたまえお。君はさっき、影の姿を拝見しに行くと言った。
       どうやら、影の居場所を既に把握しているようだお。
       良ければ僕達を連れて行って欲しい。そして、共に影を退治するのだお!」

川 ゚ -゚)「私が退治? 何を莫迦な。私は起こされてから、ずっと暇を持て余しているのだ。
     どのような輩が何をしようとしているのか、見るだけだ。単なるヒマ潰しだよ」

クーは影を退治する気などないらしい。興味があるから会いに行く、それだけのようだ。
ブーンも然ることながら、クーも変人的な気質を持っている。

( ^ω^)「じゃあ、君のあとを尾行するお」

川 ゚ -゚)「尾行・・・。大っぴらに云う事じゃないだろ。もう、勝手にしたまえ」



94: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:24:08.67 ID:dRjj6WK10
話が纏まったのかどうかは不明ではあるが、ブーン達はクーの後ろをつけていく。
いつの間にかドクオが、折り畳んだシートと釣竿を持って、クーの隣に並んでいる。
彼女が街中の道に入る。僻遠の海辺とは違って人気がある。しかし、それは少し前までのはなし。
今や街の住人たちは、大理石の像のように活動を止めてしまっているのだった。
仕事中のもの、街を往くもの、ベンチで本を読むもの、すべてが動いていない。
まったくのしじまである。今息をしているのは、クーとドクオと、その後方のもの達だけだ。

ζ(゚、゚*ζ「今回の影は何を考えているのでしょう。正直、これはやり過ぎですの。
       呪縛の範囲は街一帯とみます。今は良いですが、その内に時間のズレが生じます。
       このままでは他の街の人達が気付いて、大事になってしまいますですの」

( ^ω^)「ふむ。一刻も早く、僕達がどうにかせねばなるまい」

ブーンとデレは街の様子を観察する。クーのときと比べて、遥かに術の範囲が広い。
街一つである。以前、影には強さがあるとデレが言っていたが、今回はどうなのか。

( ^ω^)「この影は、クーと同じくらい強いのかお?」

ζ(゚、゚*ζ「どうでしょう? 力をセーブしてる可能性があるので何とも言えませんが、
       街一つが限界であれば、そんなに強くありません。良くてビーランクです」



95: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:24:46.37 ID:dRjj6WK10
(;^ω^)「ショボンも言っていたが、君達は、その、化け物みたく何でも出来るんだね!」

ζ(゚ー゚*ζ「クーさんに感謝しなければなりませんの。彼女は、とても優しい方です」

その気ならば、世界中の原子力発電所を爆発させられるなどと、クーは危険な言葉を口走っていた。
クーさんの心は宇宙の如く広大で、今もなおその広さを増している・・・・・・のかもしれません。
二人が話し合っていると、クーが道を右に折れて、大通りに出た。この道は街の中心部にある
広場へと続く。ご多分に漏れず、大通りの人間達は、皆一様に凍り付いてしまっている。

ζ(゚、゚*ζ「ちょっと不気味な印象を受けますの」

( ^ω^)「普段は活気のある場所だからね。仕方がないお」

クーが広場へと入る。赤茶けた煉瓦の敷き詰められた道を、ブーツが足音を鳴らしていく。
彼女より若干後ろを歩くドクオは、存在感を皆無にしてずっと前だけを見据えている。
こうして見れば、彼は本当にクーの召使いのようだ。職務をまっとう出来なさそうではあるが。

川 ゚ -゚)「ふむ。丁度、この辺りだな。力の中心――発信源である」



97: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:25:49.49 ID:dRjj6WK10
クーが時計塔の側で足を止めた。ブーン達は探偵らしい尾行をやめて、彼女の元に寄る。

( ^ω^)「案内ご苦労だお。あとは、僕達に任せておきたまえお」

川 ゚ -゚)「君はプライドが有るのか無いのか、どっちなのだ」

ブーンは辺りを窺う。しかし、止まっている人間ばかりで、怪しい人物はいない。
クーが言うには、この場所が街全体を覆う、神妙不可思議な力の中心点だそうなのだが。
顎に手を添えて、ブーンが唸り声を上げていると、どこからか大声が響いてきた。

「はーっはっはっはっ! どこを探しているのだ! アタシはここに居るぞお!」

( ^ω^)「!」

声は噴水の方からだ。ブーンが振り向く。しかし、居ない。気のせいだったのだろうか。
いいや、確かに荒ぶる声が聞こえたのだ。少し顎を上げる。すると、ブーンは発見した。



99: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:26:39.63 ID:dRjj6WK10
ノパ听)「やあやあ、面妖な諸君! こんにちは! ハッハッハっはー・・・!? げほおっ!」

噴水にある騎士像の上に女性が誇らしく立っていた――のだが、今は激しくむせている。
立ち位置だけで、彼女の強烈な個性が手に取るように分かった。ブーンは眉を顰める。

( ^ω^)(また変な奴がきやがって。正常なのは、僕とデレしかいない)

川 ゚ -゚)「貴様が大それた事を仕出かしたのか。とっとと大往生を遂げれば良い物を。
      おまけに、おかしな服装をしやがって。気品という物が、圧倒的に欠けている」


女性は、確かに見慣れない服装をしていた。袖がベルトでの取り外しが可能な白いシャツ。
そのシャツには英語の筆記体が、流れるようにでかでかと赤色でプリントされている。
下は黒色のパンツなのだが、幾つかの銀色のチェーンが太ももの辺りに垂らされている。
頭にはグレイを基調とした、タータンチェックのキャスケットを被っている。
正直、彼女のファッションセンスはよろしくない。髪が赤色なのもあって、合わない。
瞳が燃えるような赤色だが、これはカラーコンタクトでもしているのだろう。

ノハ;゚听)「お前が言うか! 夢見がちな、お姫さまみたいな格好をしてるくせに!」



101: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:27:24.08 ID:dRjj6WK10
叫んで、子供向けのテレビに登場するヒーローのように、女性が地面に着地した。
華麗な跳躍だった。彼女はゆるりと腰を上げて、拳を握り、ガッツポーズを取る。

ノハ#゚听)「うおおおお! 高い所から飛んだから、腰が痛いいいいいいい!!」

(;^ω^)「なんだお、この人」

なんだこの人。周りには居ないタイプの奇人だ。ブーンは軽く身体を引いた。
とりあえず、彼女の背中には小さな霧状の黒い翼があるので、影なのは違いない。
だが、あまり関わり合いたくない。ブーンはクーに目線で合図を送ったのだった。

川 ゚ -゚)「嫌だよ。君達二人が、あのへんちくりんを退治するのだろう」

( ^ω^)「ちぇっ。僕は彼女と喋りたくないのだけどね」

ブーンは諦め顔で、女性の前に立った。彼女は女性にしては身長がある。
百七十センチメートルくらいだ。血色の良い彼女の顔を、ブーンが見据える。



102: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:28:11.39 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「君。君が街をこんな風に変えたので間違いないね?」

じいんとする痛みを堪えていた女性が顔を上げる。そして、指をさして怒鳴った。

ノハ#゚听)9m「アタシは君などという名前じゃない! ヒートさんだ!
         火車(かぐるま)緋糸(ひいと)さんだ! よおっく心に刻んでいろ!」

ショボンが居れば苗字に突っ込んでいたヒートという女性は、日本人である。
相手が名前を名乗ったのだから、こちらも名前を告げなければならない。
妙なところで礼儀の正しいブーンが自身の名を言うと、彼女は不気味に笑んだ。

ノパ听)「ふうん。内藤ホライゾン、か。そうかそうか。へえええー」

( ^ω^)「含みのある言い方だお。もしかして、馬鹿にしているのかお」

ノパ听)「いいや。感心していただけだよ。地平線のかなたまで歩くってね!」



103: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:29:07.89 ID:dRjj6WK10
ヒートは笑った。今気付いたが、彼女は左手に、分厚い辞書のような物を抱えている。
茶色い表紙の本だ。ブーンがそれに注目していると、ヒートが右手を胸の前に上げた。

ノパ听)「そう! アタシがこの街を、こんな風に変えたんだよ。コイツを使ってね」

言って、ヒートが右手をポケットの中に忍ばせた。中から出てきたのは懐中時計である。
銀色に輝く、特に装飾が施されていない陳腐な懐中時計だ。時計の針は止まっている。
それを見たクーが、薄ら笑いを浮かべた。彼女は、懐中時計の正体に気付いたのだ。

川 ゚ -゚)「成る程。時止めの力の発生源は、その懐中時計なのだね。
      自分が造ったのか? 君には、それほどの力は無いように感じるが」

著しく自尊心を傷付けられたヒートは、ムッと露骨に嫌な顔をあらわにした。
子供っぽい彼女は拗ねた面持ちになって、視線を何もない風景へと遣った。

ノパ听)「・・・・・・先週、この街を初めて訪れたとき、同類に貰ったんだよ。
      親子のようだった二人の影にね。一騒ぎ起こしてみないかって」



104: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:30:25.83 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「なに?」

川 ゚ -゚)「ほう」

それは、クーを長い眠りから起こした二人の影達と、同一人物なのではないか。
あれこれ思案し始めたブーンを置いといて、クーはヒートとの会話を進める。

川 ゚ -゚)「ならば、ヒートではなく、魔性の懐中時計がした事なのだな」

ノハ#゚听)「違う! 時計じゃなく、アタシの心がやったんだ!」

負けじとヒートは反論する。冷淡なクーと怒るヒート。水と油のようである。
どちらに分があるかはまだまだ分からないが、今のところクーが優勢だ。
しかし、一つ大切なことがある。クーは彼女を退かせるつもりなど毛頭ないのだ。

川 ゚ -゚)「向きになるな。私は君の事など、どうでも良いと思っているのだよ。
     ただただ、傍観したいだけだ。私の召使いのドクオも同じである。
     君と争いたがっているのは、此方に居る内藤とデレなのだ」



105: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:30:52.44 ID:dRjj6WK10
クーは手を上げて、ブーンとデレを紹介した。ブーンがキリッとした顔付きになる。

( ^ω^)「そうなのだお! 僕達はヒートを止めなくてはならない!」

ζ(゚ー゚*ζ「ですの。ヒートさん。どうか、心を鎮めてくださいですの」

デレがなだめるが、ヒートには通用しない。反論を強めてしまうだけである。

ノハ#゚听)「いやだね。アタシはこれを契機に、世界中の時間を止めてやる気だ!」

全世界の時計の針の動きを止める。それは、全ての進化が途絶えた素敵な世界!
ぎりぎりと、ヒートが懐中時計を握り締める。彼女の決心は強固なものだ。
互いに相容れなく、話が終わらない。ブーンは「ビシイ!」っと指を突きつけた。

( ^ω^)9m「鎮まりたまえお! ヒート! 僕が君を往生させてやる!」

ノハ;゚听)「なっ!?」



108: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:31:32.57 ID:dRjj6WK10
突然、指を差されたヒートは身体を仰け反らせた。凄まじい威圧感がある。
影に地面に膝を付かせられるのは、万物の法則にはない愛の力のみである。
ブーンは腕を下ろす。大きく息を吸って空気を肺に満たし、言葉を紡ごうとした。

( ^ω^)「・・・・・・?」

だがしかし、次にかけるべき言葉が見つからなかった。それも当然の話だ。
ブーンは、ヒートに何があったのか知らないのだから。心の旅などしていない。
彼は隣に立つデレを見る。彼女は手と顔を横に振った。心当たりはないらしい。

( ^ω^)「クー」

クーに呼びかける。すると、彼女は口元を若干弛ませて、ほくそ笑んだ。
察するに知らないか、知っていても言わない気概だ。役に立たない人間め。
ブーンは舌打ちして、ついでにドクオに振り返った。彼は破顔一笑した。

('∀`) ニコッ

ドクオは視線を与えられると嬉しいのだろうか。・・・そうだ。そうに違いない。
面白いことが判明して苦笑したブーンは、巡りめぐってデレに顔を向けた。
彼女は手と顔を横に振る――つまり、ヒートを打破する術を持ち合わせていないのだ。



109: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:32:25.35 ID:dRjj6WK10
(#^ω^)「だあああああ! どうするのだお! 何か妙案がないのかお!」

ζ(゚、゚;ζ「あたし達は、犯人に会うことだけに夢中になっていましたの・・・。
       今は、ヒートさんを落ち着かせるための言葉や物が分かりません」

そういう結論に至ったブーンとデレは、がっくりと肩を落とす。
この状況。悪役は高らかに笑い声を上げるものである。ヒートも例外ではなかった。

ノハ*゚听)「あははは! 茶番劇だったね! お前達ではどうすることも出来ない!
      一人の人間と、三人の影。面白い組み合わせで楽しいけれど、
      全員アタシが始末してやる! 時止めではない。アタシ流の呪いで!」

川 ゚ -゚)「こら、待て。何故に私も入っているのだ。私はただの傍観者なのだよ」

ノハ#゚听)「知るもんか! さっき、アタシを侮辱した罰だ! 裁きを下してやる!」



110: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:33:04.90 ID:dRjj6WK10
ヒートは左手の辞書を、己の胸の高さまで浮かべた。そして、両腕を広げる。
手を触れていないのに、ペラペラと音を立てて、ページが捲られていく。
やがて白紙の頁で止まった。彼女は、ポケットから一本のボールペンを取り出した。

ノパ听)「アタシの呪いを解くのは、黄泉比良坂を引き返すよりかは簡単で、
     セフィロトの樹を正確に描ききるよりかは難しい!」

川 ゚ -゚)「それらに、どういう繋がりがあるのだよ・・・」

ヒートが、ボールペンの先をページに置いた。綺麗とは言い難い字で、文章が書かれる。

ノパ听)「名前というものは大切なものだ。簡単に名乗るものじゃない。
     アタシは、お前達四人の命を頂いた。永遠にこの本の中で生きるんだ。
     光栄に思え! アタシが書く物語は、何よりも素晴らしいものなんだよ!」

文章の終わりに句点を置いて書ききると、ページからまばゆい光が放たれた。
光はこの場に居る全ての者たちを包む。それに次ぐ異変は、すぐさま起こった。
ヒート以外の人間の身体が半透明になり、文字の羅列が浮かんで来たのである。



111: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:33:51.14 ID:dRjj6WK10
(;^ω^)「これはどういうことだお!?」

ζ(゚、゚;ζ「あたし達が文章化して、本の世界に閉じ込められてしまうのです!」

川 ゚ -゚)「やれやれ。はあ、やれやれ。私を面倒な事に巻き込むなよな」

('A`)「・・・・・・」

各々思い思いにどよめく三人に向けて、ヒートが力強く指差す。

ノハ#゚听)9m「現実世界でのお前達の物語は――これで終わりだあ!!」

了。分厚い本がパタンと閉じられた。ブーン達は本の中に吸い込まれてしまった。
・・・クーを一人だけ残して。彼女の力は恐るべきものである。格の違いだ。
しかし、クーにもヒートの呪いは確実に進んでいる。もって数分だろう。
文章化されていく彼女は、虚しい速度で一歩一歩ヒートへと歩み寄っていく。
恐れをなしたヒートは、じりじりと後退する。この頂点を極めた気狂いめ!



112: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:34:37.12 ID:dRjj6WK10
ノハ;゚听)「・・・化け物! こっちに来るな! アタシに近寄るな!」

川 ゚ -゚)「私には分かっている。君は、他人に危害を加えるのは初めてだ。
      ほら。この期に及んで君の手が震えている。寒さで悴んでいる訳ではあるまい」

ノハ;゚听)「っ!」

図星を指されたヒートは、ハッとして右手をポケットの中に隠した。
後ずさりしていると、かかとに硬い物が当たった。噴水の囲いだ。
クーから逃げられる隙を見出せない。ヒートは石造りの段に尻を着かせた。

川 ゚ -゚)「在世中、君には辛い事があった。・・・それは私とて同じ事だ。
      けれど、私は日々を穏やかに生きられている。どうしてか分かるかい?」

高みから、クーはヒートに顔を近づけた。鼻先と鼻先が触れ合う距離である。
緊張が頂点に達したヒートは、青い顔をしてゆっくりと小さく首を横に振った。

川 ゚ -゚)「釣りが楽しいからだ。釣れた試しが無いがね」



114: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:35:37.61 ID:dRjj6WK10
ノハ;゚听)「・・・・・・は?」

顔が離れた。ヒートの視界が広がる。文章は、クーの身体をほとんど埋め尽くしている。
もうお終い。クーは、ヒートが大事そうに持っている本の中へと吸い込まれて行った。
広場に静寂が訪れる。生きた心地がまったくしなかったヒートは、大きく息を吐いた。
呪縛が成功して、優位に立っていたにも関わらず、ヒートは気圧されてしまったのだ。
正真正銘の化け物だ。きっと、自分よりも数倍辛い死に方をしたに間違いない。

ノパ听)(でも)

自分だって、こうして悔恨の二十一グラムになるほどに、とても苦しんだのだ。
ヒートは凍てついた景色を眺めた。人間には果てしない恨みがある。これで良い。
世界がどうなろうが構わない。ようやく緊張が解けたヒートは、本を開いた。

この中に綴られた物語は、ヒートが生前から構築してきたものである。
何一つ事件が起こらず、読むものを嫌な気持ちにさせる登場人物も出てこない。
理想の世界なのだ。ヒートは辛いときや苦しいときに、ひたすた書き上げてきた。
結末も考えていない。永遠に続く楽しい世界があります。アタシはボールペンの先を、
文章の最後の文字の下に添えました。ららら、万感の想いを込めて、書いていきましょう。

ノパ听)(・・・・・・)

素人小説だろうが、皆書きたいことは同じである。自分の気持ちや考えを伝えるのだ。
この破天荒な話だってそう。ヒートは一度躊躇ってから、正直に気持ちを記し始めた。



116: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:36:16.04 ID:dRjj6WK10
―3―

( ^ω^)「クー。起きるのだお。いつまでも寝ている暇はない」

川 - -)「・・・んん。喧しいな。君に指図される覚えはない」

ブーンに肩を揺らされて、クーは瞼を開けた。眩しい白い光が瞳孔を刺激する。
他の三人よりあとから本の中に封印されたので、クーが最後に目を覚ましたのだった。

( ^ω^)「ふん。クーも意外と寝起きが悪いお」

ζ(゚ー゚*ζ「良かったですのー。なかなか起きないので心配しました」

川 ゚ -゚)「私が死ぬ訳が無いだろう。何と言ったって、一度死んでいるのだからな。
     まあ、身体の何処かを打てば痛みは有るがね。神経とは真に邪魔な物だ」

くどくどと長い台詞を、クーが吐いた。いつも通りなので異常はないようだ。
しかし、何かがおかしい。彼女は自分の身体に異変めいたものを感じ取った。
それはすぐに気付いた。自分の身体が、横になりながら宙に浮いているのである。
前を向けばドクオの顔が近くにある。これはつまり、ドクオに抱き上げられているのだ。
巷で猛烈な支持を得ているお姫様抱っこである。一瞬で、クーの顔から血の気が失せた。
常に冷静沈着な彼女だが珍しく激怒し、ドクオの顔を押して矢継ぎ早に命じる。



118: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:36:56.97 ID:dRjj6WK10

川 ゚ -゚)「いつ私に触れて良いと言った! 下ろせ! 今すぐ下ろせ!
      さもなくば、永久に続く苦しみを貴様に与えてやる! 地獄その物だ!」

あまりにもクーが滅茶苦茶に暴れるので、ドクオは彼女を地面に下ろした。
地に足を着けたクーは、顔を上げてドクオを睨み付ける。頭から蒸気が出ている。
高貴な彼女は、屈辱的なことをされたのだ。クーと視線が合った彼は、かぷかぷ笑ったよ。

('∀`) ニコッ

ドクオは殺されかけたよ。平常時は存在感のない彼だが、ここぞというときは違う。
誰よりも目立つ。ドクオはクーに勢い余って殴られ、目に青あざを作ってしまった。。

( ^ω^)「おいおい。漫才なら、都会のホールを借りてやってくれたまえお」

川 ゚ -゚)「したくてしたのではない。ドクオが悪いのだよ」

ζ(゚、゚*ζ「それにしても、本当に本の中に閉じ込められてしまったのですね」



119: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:38:03.08 ID:dRjj6WK10
デレは鹿爪らしい顔で、四方をねめまわした。見渡す限りの草原である。
ソーダを溢したような青い空に、綿菓子に似た雲。遠くでは鳥の群集が羽ばたいている。
牧歌的、といったところだろうか。暖かい日差しが降り注いで、空気はきれい。
日々の生活に疲れた人間に見せれば、誰もが口を揃えて「住みたい」、と漏らすだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「こんな素晴らしい風景を、文章で生み出せるなんて、
       もしかしたら、ヒートさんは悪い人じゃないのかもしれませんの」

( ^ω^)「しかし、彼女は街と僕達を手にかけた。これは紛れもない事実だお」

ζ(゚、゚*ζ「・・・ですの」

デレはしょんぼりとして俯いた。そんな彼女の頭を、ブーンは優しく撫でる。
二人の愛の溢れる行為を横目で見て、クーはどことなく嫌みを含んだ口調で言う。

川 ゚ -゚)「そんな事をしている場合かね。私達は外の世界へ帰らなくてはならない。
      こうなってしまっては仕方が無い。私も君達に手を貸してやろう」

( ^ω^)「お! いいね! 持つべきものは友人だお!」



122: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:38:48.64 ID:dRjj6WK10
「友人ねえ」、とクーは目を閉じた。これからどうしたものか。一同は思考する。
デレに訊けば、完全な呪いは存在しないらしく、無駄な綻びが付き物だという。
不完全を完全に見せるのが、影のやり口だそうだ。ヒートはどんな綻びを承知しているのか。


川 ゚ -゚)「此処でこうしていても時間の無駄だ。取り敢えず、この世界を探索するぞ」

( ^ω^)「うむ。物語ならば、何らかの人物が存在しているお。
      そのもの共に出会って、情報を聞き出してみるのが良いかもしれない」

そう決めて、ブーン達は道なき草原を進むことにした。ブーンを先頭に、一向はひたすら歩く。
この世界は時間が流れないようだ。いつまで経っても、青空がオレンジ色に染まらない。
恐らく、ヒートが時間を経過する表現を書かないことには、時間が流れない仕様だ。
とすると、彼女は自分達を思いのままに操れるのではないか。何とも恐るべき術である。

ζ(゚、゚;ζ「どこまで歩いても、同じ風景が続きますの」

川 ゚ -゚)「物語の創造者は、文字を綾なす能力があまり無いようだ。
     つまらん。こんな話を作るなんて、全くつまらなさ過ぎる」



124: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:39:28.65 ID:dRjj6WK10
何時間ほど歩いただろうか。ブーン達は、ドクオが持っていたシートを広げて休憩している。
デレの他は、活動的とは言いづらいもの達ばかりなのだ。疲労が足に来ている。

(;^ω^)「喉が枯れてしまったお。何か飲み物を持っていないのかお?」

川 ゚ -゚)「鞄にティーが入った水筒があるが、問題が一つだけある」

( ^ω^)「なんだお?」

川 ゚ -゚)「私が口を付けた後なのだ」

( ^ω^)「僕は一向に構わん。ドクオ。水筒を出せお」

川 ゚ -゚)「やめろ。君はデリカシーが欠如しているね。少しは考えてから物を云え」

いがみ合う二人。ドクオは様子を窺いながら、鞄から水筒の出し入れを繰り返している。
いつまでも進展がなければ苛立つものである。デレが珍しくたしなめるように言った。

ζ(゚、゚*ζ「あの、こんな時こそ落ち着かないといけませんの。仲良くしてください」



125: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:39:57.46 ID:dRjj6WK10
ブーンとクーは黙り込んだ。鶴の一声、とまではいかないが効果があったようだ。
自己主張の強い人間が集まれば大変だ。ドクオは水筒のティーを飲みつつ口を開く。

('A`)「・・・デレさんの言う通りだ。俺達は結束を強めなければならない。
    そうしないと、ここで一生を過ごす事になる。クー様も内藤も手を取り合って。
    微力ではあるが、俺も手伝おうと思っている。ヒートさんを放ってはおけない」

川 ゚ -゚)「ドクオ」

( ^ω^)「君・・・」

コップに入ったティーを飲み干して、ドクオは鞄に水筒を仕舞った。
口数の少ない彼だが、言うべきときは言うようだ。今は凛々しい顔をしている。

('A`) キリッ

川 ゚ -゚)「いやいやいやいや。貴様。今、一体全体何を仕出かしたのだ?」

(;^ω^)「よくもまあ、しれっと。こいつ、とんでもない人間だお・・・」



127: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:40:52.83 ID:dRjj6WK10
再び、場がぎゃあぎゃあと荒れ始めた。ドクオが無駄に存在感を放った所為だが。
デレは耳を塞いでやり過ごす。陽気な彼女でも、流石についていけなかった。

ζ(>o<;ζ「もう! ツンさんかショボンさんが居てくれたら良いのにっ!」

強烈な個性を放つ人間達は、誰か絶大な権力を持つ人間が居ないと、収拾がつかない。
デレが天に助けを乞う。すると、願いが届いたのかは知らないが、まともな人物が現れた。

(,,゚Д゚)「おい。お前達が、ヒートさんにこの世界に送られてきた人間だな?」

ζ(゚、゚*ζ「え」

声に気付いたデレが見上げると、そこには筋骨逞しい男性が自分達を見下ろしていた。
デレの驚きが、他のもの達にも伝播して騒ぎは収まった。皆、男性を注目する。

(,,゚Д゚)「俺はギコだゴルア。ヒートさんに、お前達に“挨拶をするよう書かれた”んだ。
     お前達の名前は知ってる。内藤、デレ、クー、ドクオだろう」



128: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:41:38.52 ID:dRjj6WK10
川 ゚ -゚)「君はこの世界の住民かね。丁度良い。此処から出る方法を知らないか?」

クーはギコという大男に、直球に脱出方法を訊ねた。ギコはしかし、首を傾げる。

(,,゚Д゚)「さあね。所詮、俺はこっちの人間だから知らん」

ぶっきらぼうに答えて、ギコはまるで丸太のように太い腕を組んだ。
「ガチムチ」。ニュー速を知っていたあたり、インターネットに詳しそうなブーンの脳裏に、
ふとそのような言葉が浮かび上がった。ギコはいい男である。見惚れそうになる。

(;^ω^)「はっ!? いかん、危ない危ない危ない危ない・・・。
      僕は何を考えているんだお。彼はただの筋肉だるまじゃないかお」

ζ(゚ー゚*ζ「? ギコさんは挨拶をしに来ただけですの?」

(,,゚Д゚)「いや。どうやらお前達に、この世界を案内せねばならないらしい。
     ヒートさんが書く文章は絶対なんだ。俺には逆らうことは出来ん」



130: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:42:17.06 ID:dRjj6WK10
川 ゚ -゚)「怪しいな。ヒートが私達を案内して何の得があるというのだね。
      まさか、この世で生きる為に案内するのではあるまいな」

さもありなん。何故、ヒートがギコに案内を命じたのか。罠の可能性がある。
クーは、彼女の手のひらの上で踊らされている感じが、とても気に喰わなかった。

(,,゚Д゚)「それも分からんゴルア。とにかく、俺の話が進まないからついて来い」

ブーン達一行は、ギコのいうことを本当に信じても良いか、それぞれ顔を見合せた。
・・・ここでこうして座っているよりも動いた方が良い。クーの意向に賛同した。
四人はゆっくりと腰を上げた。ドクオがシートを折り畳んで小脇に抱える。

(,,゚Д゚)「おっ? やっとその気になったか。あんまり手間取らせるなよな。
     じゃあ、行こう。場面を変えるのには、ちょっとしたコツがいるんだ。
     ページを捲る要領でな。目を瞑って、あっという間に俺の街に到着とくらあ」

ギコが言った通り、ブーン達はあっという間に街の喧騒の中に降り立った。
それは魔術みたいで驚いたが、ギコからすれば単にページを捲っただけなのだろう。



131: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:43:17.24 ID:dRjj6WK10
川 ゚ -゚)「ふん。此処がギコの住む街か。何という名称の土地だ?」

(,,゚Д゚)「アスキイアートだゴルア。この世界にはここにしか街がない。
     俺達は、ヒートさんが作り出したこの街で、ずっと暮らしているんだ。
     ・・・良い街だよ。諍いがない、食い物はうまい、皆のんびりとしている」

「良い街」と称する割には、ギコは嬉しそうではなく、憂いを秘めた表情である。
ブーンはそんな彼に目を遣ってから、アスキイアートという街の様子を眺めた。
この街はブーン達が住むビップと大して変わらない。石畳の道。石造りの建築物。
鑑みるに、ヒートはもしかしたら、ブーン達の住む街を気に入ったかもしれない。
ただ、家々が密集していて人通りが非常に多い。喧騒なことおびただしい。
それでも怒声はなく、通行人達は一様に陽気で、笑顔の絶えない人間ばかりである。
汚点が一つもない街なのだ。ヒートの幻想は穢れを知らず、たおやかなのだった。

( ^ω^)(だが、クーの言う通り、つまらんね。欠伸が出るくらいに)

(,,゚Д゚)「まあ、腹ごしらえすると良い。見たところお疲れのようだしな。
     俺の家は商店街の中にあって、食事処をやってるんだ。和食のね」



132: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:44:05.57 ID:dRjj6WK10
川 ゚ -゚)「和食の? へえ、ヒートはリアリティを大事にしないらしいな。
     それが悪だとは一概には言えないがね。しかし、この街並で和食は無い」

クーは、ヒートの考えた設定をこき下ろす。彼女は事件に巻き込まれて機嫌が斜めなのだ。
ひねもす釣りをしている予定だったのに、ブーン達と関わった結果がごらんの有様だよ。
本当に最悪。あの時、ブーンの尾行を断れば良かったのだ。クーはブーンを一瞥する。
彼は微笑みをくれており、緊張している感じはしない。本当に肝っ玉の太い人間である。

( ^ω^)「いいね! 僕達は腹がすいていたところだお! 案内したまえ」

ζ(゚ー゚*ζ「あたし、和食は好物ですの。ざるそばが食べたいですー」

川 ゚ -゚)(・・・・・・)

ブーンとデレは肩を並べてはしゃぐ。実にお似合いのカップルだ。
もう、そこに入り込む余地はない。・・・クーは複雑な想いの中で、諦めた。

川 ゚ -゚)「うむ。馬鹿が、手持ちのティーを飲み干した所為で、私は喉が枯れている。
     早々に連れて行ってくれ。だけど、お金を持っていないが大丈夫かね?
     まさか、こちらと現実世界との通貨が同じ訳ではあるまい」



133: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:44:39.58 ID:dRjj6WK10
(,,゚Д゚)「金なんていらねえよ。アスキイアートには争いになりかねない要素はないんだ」

川 ゚ -゚)「それはそれは。素晴らしい事だね。うん。本当に素晴らしい」

なんと清い世界なのだ。クーが含みのある言い方をして、二三度ほど軽く手を叩く。
それから、ブーン達はギコに連れられてこの場を後にした。どの道でも人通りが多い。
しばらく歩いて、ギコの家へとたどり着く。食事処の外観は、ショボンの書店と似ていた。

(,,゚Д゚)「おおい。しぃ。別世界の人間達を連れて来たぞ」

(*゚ー゚)「お帰りなさい。ギコ君」

ガラガラと音を立てて、ギコが引き戸を開けると、若い女性が声をかけて来た。
しぃという女性は、古臭い木目調のテーブルを、布巾で拭いていたところだった。
布巾をテーブルの上に置いて、しぃはブーン達の前に来て、深々と頭を下げた。



135: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:45:07.28 ID:dRjj6WK10
(*゚ー゚)「どうも、ようこそいらっしゃいました。どうぞ椅子に座ってください」

促されて、四人は席についた。ブーンとデレ、クーとドクオの組み合わせでテーブルを挟む。
食事処と言っても、席はこれ一つしかない。商売の必要がないので当然のことか。
しぃは奥の部屋へと消えて行った。ブーンは隅のスツールに座るギコに話しかける。

( ^ω^)「今のは、ギコの細君かお? なかなかに美人じゃないかお」

(,,゚Д゚)「そうだよ。俺としぃが、ヒートさんの物語の主人公なんだぜ」

ζ(゚ー゚*ζ「そうだったんですの。ヒートさんが描く話はどんなのですの?」

デレが訊ねると、ギコは足を組んでふんぞり返った。

(,,゚Д゚)「特別な事件が起こらん話だ。毎日が平凡。楽しい毎日だよ」



136: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:45:55.39 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「・・・それは楽しいというのではなくて、退屈なのではないかお」

(,,゚Д゚)「・・・・・・」

ギコは言葉を失った。その通りだと思う自分が、心の隅に居たからである。
ふと訪れた沈黙。天使が通る。ギコは目を瞑って、静かに口を開いた。

(,,-Д-)「・・・魂を持っているのは人間だけじゃないんだよ。ありとあらゆる物に宿る。
     お前達は、物をぞんざいに扱っていやしないか? 今に罰が当たるぞ。
     小説の登場人物だって、そうだ。描かれたときに生命が吹き込まれるんだ。
     俺達はここで、こうして生きている。文章上のキャラクターに過ぎないが、
     生き生きと書いてくれ。一切の妥協を許さんでくれ。たとえ、中途で頓挫してもな」

ブーンは、自分の部屋の片隅に置かれてある、飾りと化したギターを思い出した。
あれにも、魂が宿っていて自分を見ているのだろうか。ならば、どのような風に?
それは分からない。自分はギターではないのだ。しかし、良くは思われていないはずだ。

( ^ω^)「ふん。それは作者であるヒートに言ってくれお。僕が作者ではない」

(,,゚Д゚)「そうだな。取り敢えず、心理描写とキャラクター立てをしっかりしてくれないかな。
     俺達はみんな、なんだか薄っぺらいんだよなあ。ヒートさんに伝わって欲しいね」



137: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:46:55.29 ID:dRjj6WK10
そうしていると、しぃが料理を載せたお盆を持ってやって来た。味噌汁とご飯だ。
非常に簡易な料理だが、文句は言えない。テーブルの上にそれらが配膳される。

(;^ω^)「また箸かお。これは使いにくくてありゃしないのだお」

川 ゚ -゚)「私も使えんな。すまないが、スプーンを持って来てくれ」

しぃがまた奥へと戻っていって、スプーンを三本持ってきてくれた。
ブーンとデレとクーの分だ。ドクオは、存在を気付かれなかったようだ。
スプーンをデレは渡されたがしかし、彼女は箸を器用に使って食べ始めた。

ζ(゚ー゚*ζ「やむやむやむやむやむやむ♪ (おいしいですの♪)
       日本の料理は、一度日本を旅していたときにハマりましたの」

川 ゚ -゚)「ふうん。私は邸に幽閉されていたから、日本に行った事がない」

( ^ω^)「和食は時々ツンが作ってくれるお。朝にてんぷらとかね・・・」

('A`)「・・・・・・俺の分はなしか。別に良いけど」



138: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:47:20.87 ID:dRjj6WK10
―4―

四人は軽い食事を終え、人心地ついた。ご飯と味噌汁は美味しかった。
ヒートが日本人であるから、きっと適確に表現が出来ているからだろう。
しぃが洗い物をして、ギコの元に来る。ギコは「よし」と呟いて、腰を上げた。

(,,゚Д゚)「そんじゃあ、案内の続きをするぜ。俺達の出番はまだあるんだ」

(*゚ー゚)「今から、私達の始まりの場所にお連れいたします」

ζ(゚ー゚*ζ「始まりの場所?」

(,,゚Д゚)「この物語が始まった場所だよ。俺としぃが出会った場所でもある」

( ^ω^)(・・・・・・)

一体、ヒートは何を考えて、ギコとしぃに案内をさせるのか。ブーンは考える。
何か意味があるのには違いないのだ。そうでなければ、おかしい話なのである。
扉を開けて、外へ出て行くギコとしぃの背中を追って、一向は続いていく。



139: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:47:54.91 ID:dRjj6WK10
(*゚ー゚)「ヒートちゃんはね、生前はいじめられていたの」

ζ(゚、゚*ζ「いじめ、ですの?」

目的地へ向かう途中、しぃが言った。それは、ヒートの情報に関わるものであった。

(*゚ー゚)「そう。変わった女の子だからね。やっぱり目立ってしまうの」

川 ゚ -゚)「成る程。有り得る話だ。苛めを苦にした自殺と云った所だろう」

しぃは頷く。ヒートは声が大きく、気性も荒々しかった。人間社会では、
目立つ人間は周りの人間から疎ましく思われるものだ。特に、日本という国では。
ブーン達は石畳の長い階段を昇る。やはりここも人の数が多い。寂しさとは無縁だ。

(*゚ー゚)「このほのぼのとしたお話を書いて、ヒートちゃんは心の安寧を保っていた」

('A`)「・・・俺も私小説を書くのは好きだったよ。俺はバトル物だったが」



140: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:48:19.65 ID:dRjj6WK10
しぃは吃驚した。ドクオの存在に、今更気付いたからだ。普段は影が薄い。
先ほど、彼の分のご飯を出していなかった。青ざめた顔で、しぃは謝った。

('A`)「良いよ。俺の事は居ない物だとしておいてくれ」

にこりと笑って、ドクオは髪の毛を指ですいた。あまり格好はよろしくない。
ひたすら謝ったあと、しぃは話を戻す。貴重なことなので、全員耳を澄ます。

(*゚ー゚)「今から、十数年も前のことでした。ヒートちゃんは耐え切れなくなって、
     電車に飛び込んだのです。突然の出来事で、この世界が珍しく揺れました」

(;^ω^)「電車!?」

唐突に、ブーンが大きな声で叫んだ。足を止めたしぃ達は彼へと振り返る。
ブーンは全身を粟立たせて、遠くを見つめながら立ち尽くしている。
電車がどうしたのだろう。デレが心配そうな眼差しで、彼の顔を覗き込んだ。。

ζ(゚、゚*ζ「大丈夫ですの? どうしたんですの?」



141: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:48:55.56 ID:dRjj6WK10
「いや」、とブーンは首を振って歩き始めた。訝しげつつも、他のもの達も足を動かせる。

(*゚ー゚)「私達は、物語が終わるものだと思っていました。ですけれど、それは違った」

川 ゚ -゚)「ヒートは影となったのだね。そして、再び筆を進めた」

(*゚ー゚)「はい。不思議なこともあるんだなあ、って思いました。
     あれから、ヒートちゃんは旅をしながら物語を作って行きました」

どこまでも、ヒートののんびりとしたストーリーが綾なされていく。
留まるところを知らない。辛さを乗り越えるための、優しくも孤独なうた!
独創性はない。特別な技巧もない。ただただ、書きたいものを書くという執念。

(,,゚Д゚)「着いたぜ。ここが全ての始まりの場所だ」

ギコに連れてこられた場所は、街の高台にある広場だった。地面は舗装されていない。
単なる書き損じだ。素人の小説にはよくある。ベンチが幾つかある円形の広場である。



143: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:49:39.39 ID:dRjj6WK10
(,,゚Д゚)「おう! あそこだ。あのベンチで、俺としぃは出会ったんだ!」

目当てのベンチに駆け寄って、ギコは座った。体格の良い所為で、滑稽な姿である。
しかし、いい男の姿でもある。彼は両腕をベンチの背もたれに乗せる。やらないか。

(;^ω^)「や、やらないお!」

(,,゚Д゚)「あん? まあ、良いや。俺はここでギターを弾いていたんだ」

川 ゚ -゚)「君がギターを? 意外な設定過ぎて驚嘆を覚えるよ」

(,,゚Д゚)「うるさいなゴルア! ま、見ておけ。一曲唄ってやる」

ギコはギターを構えるふりをして、歌を唄い出した。見かけによらず美しい声だ。

(,,-Д-)「ラララララー、ラララララー、ラララ、ラーラー♪」

(*^ー^)「そう。そう・・・この歌でした。よく覚えているわ。
      曲名はヒートちゃんにしか分からないけど、綺麗な曲なの」



145: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:51:20.76 ID:dRjj6WK10
しぃが嬉しそうにする。ここで歌うギコの前で足を止めたのが、出会いなのだった。
今でも忘れられない記憶の、物語の一ページめ。それは鮮烈に脳に残っている。
歌を唄い終え、ギコは腕を背もたれに戻した。彼もしぃと同じく微笑んでいる。
穏やかなときである。天からそそがれる陽射しが広場を包む。――と、その瞬間。
ギコとブーン達の目の前に、小さな丸い光の玉が浮かび上がった。白色に輝いている。

( ^ω^)「なんだお? これは」

ζ(゚、゚;ζ「こ、これは記憶の欠片ですの! ヒートさんの追憶です!」

川 ゚ -゚)「こんなのが在るから、影は完全ではないのだよ。内藤、それに触れてみたまえ」

クーにさとされ、ブーンは恐る恐るゴルフボールほどの大きさの光の球に触れた。
手に温もりが伝わる。いつか握った母親の手の温もりに似ていた。光の弾が、手に包まれた。

(;^ω^)「っ!?」

すると、ブーンの脳内に連続的にイメージが映った。それは、いつのことだっただろうか。
ヒートが物語を書き始めたころの話である。さあ、心をうつほにしたまえ。
君には心の旅をしなくてはならない。ブーンは深いまどろみの中へと沈んで行った。



147: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:52:08.55 ID:dRjj6WK10
“ヒートという少女は快活な少女である。小学生のころは人気者だった。
当然だ。小さな子供というものは、楽しい人間が好きなのだから。
しかし、それは小学生までのはなしで、中学生になると状況ががらりと一変する。
半端に大人の歳になった子供は、アイデンティティが芽生え、自己を持ち始める。
自分以外の人間に目が行くようにもなる。従って、気に入らない人物も現れる。
高校受験が目の前に控えているのもあって、無尽蔵にストレスが生じるのだ。

そのストレスの発散の方法は人それぞれであるが、中には愚かなことをする人間も居る。
いじめだ。他者を傷付けて、自己の優位性を保つのだ。いじめを受けるのは弱いものである。
ヒートがその内の一人。彼女は一際目立つ性格が災いして、柄の悪い輩にいじめを受けていた。
彼女は言い返せる術を持っていなかった。無論、いじめを受ける側にもストレスは溜まる。
彼女の場合、私小説を書くことで発散が出来ていた。昔から本を読むのは好きであった。
それなら書くのも楽しいのではないか、という疑問を抱き、実践して趣味になったのである。

ノパ听)(・・・)

今、彼女は自室で机の前に座り、ボールペンを走らせている。話を書くのが苦痛ではない。
それは素晴らしい。ギコという若者と、しぃという綺麗な女性が出会い、生活する話だ。
物語のタイトルはまだ決めていない。いつかは決める日が来るだろうと、保留にしている。



149: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:53:25.65 ID:dRjj6WK10
ヒートは一ページを書き終えるとノートを閉じ、胸に抱いてベッドに寝転んだ。
ノートの中に宿った自分の話に思いを馳せて、目を閉じる。そこは物語の中のせかい。
次の展開はどうしようか。あまり不穏になる話は書きたくない。彼女は瞼を開けた。
寝返りを打ち、ノートを開く。近くにあったボールペンを手に持って文章を書く。

面白いことを考え付いたのだ。『自分を話の中に登場させる』のはどうだろうか。
本屋で売られている書籍にも、時折そういう手法を取っているものがある。
おかしな話ではない。ヒートは自分自身を脇役に加えることにした。グッドアイディア。
アタシはそこでは作家で、物語の誰からも愛されている。誰一人として、馬鹿にしない。
住む場所はどうしよう。・・・・・・広場の少し行ったところにある図書館にしよう。
本に囲まれた生活を、一度してみたかったのだ。現実では不可能だが、空想の中なら可能だ。
ラララララー、ラララララー、ラララ、ラーラー。ヒートは歌を口ずさみ、筆を走らせる。

・・・・・・。

場面は変わる。駅のホームだ。空はどんよりとして曇っている。泣き出しそうな空模様だ。
ヒートは白線の内側に立っている。向かいのホームに快速電車が走り去っていった。
今日もいじめられた。もし、もしもだよ。あの電車に飛び込めば、解放されるのではないか。
彼女は正常な思考回路が働かないほど、追い詰められていた。そう、死にたくなるほどにね!
何なら、誰か自分の頬をつねってくれ。ここが実は夢の世界で、現実の自分は華々しいのだから。
ヒートは白線の外側へと歩み出た。アナウンスがホームに響く。ぽつりぽつりと雨が降り出した。
次は通過列車である。さあ、目覚めのときだ。アタシは――起きなければならない。

                              こうして、二十一グラムが零れ落ちたのです。”



150: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:54:01.94 ID:dRjj6WK10
(; ω )「――――うっ!」

ブーンは目を限界まで見開いた。動悸がして、吐き気もする。嫌な頭痛もする。
胸を押さえて苦しむ彼を、デレが介抱した。彼の様子は尋常なものではない。
二人を横目で見てから、クーは両手の指を胸の前で編んで小さな声を出した。

川 ゚ -゚)「死んでしまった物は仕方が無い。悲しい事だが、現実とは非情なのだ。
     ヒートの事情はよく分かった。乗りかかった船だ。彼女を鎮めてやろう」

('A`)「俺もいじめられていたから、ヒートさんの気持ちが分かる。
    ますますどうにかしてやりたくなった。図書館に、彼女の分身が居るそうだ。
    そこに行けば、何か呪縛を解く鍵があるかもしれない。全てはチャンスだ」

ドクオが前に出る。彼は外見こそひ弱だが、熱い心根を持っているのだった。
ヒートの過去を視て、俯いていたギコが顔を上げる。そして、彼は強い口調で言った。

(,,゚Д゚)「俺はこの街と、ここと図書館を案内するように言われているんだ。
     連れて行ってやる・・・と言いたいところだが、ここに居させてくれ。
     もう案内は済んだことにする。しぃと二人で出会いを語り合いたいんだ」



152: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:54:47.20 ID:dRjj6WK10
これからの目標が決まった。この先の図書館に赴き、ヒートの分身に会うのだ。
ふとブーンは吐き気を堪えながら、声を搾り出した。ギコとしぃ宛てにである。

( ^ω^)「・・・一つ、聞きたいことがある。君達はこの世界が楽しいかお?」

(,,゚Д゚)「・・・・・・ちょーっとだけ退屈だな。何も起こらんってのも考えもんだぜ。
     これは、行動を制限されている登場人物から作者への反抗だ。ギコハハハハハ!」

ギコは白い歯をむき出しにして豪快に笑う。しぃもにこやかな表情で答える。

(*゚ー゚)「私の料理が無料なんておかしいです。本当はお金を取れるくらいだと思うんですけど」

川 ゚ -゚)「強かな女だな。しかし、その心意気や良し。和食は初めてだったが美味だった」

( ^ω^)「オーケイ。僕はヒートの追想を見たとき、面白い策を閃いたのだお。
       勘が当たればだけどね。この世界が変わる覚悟をしておくといいお」

(,,゚Д゚)(*゚ー゚)「??」



153: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:55:28.91 ID:dRjj6WK10
すっかり体調の良くなって溌剌としたブーンは、三人を先導して図書館を目指す。
図書館は木々に囲まれた場所にあって、ギコが言うにはヒートはその中の奥に居るそうだ。
流石に彼女が住む付近は、鳥が歌い、葉々がささやいて美しいものだ。丁寧な描写である。
十分ほど歩いて、ブーン達は図書館の前にたどり着いた。敷地面積は内藤邸よりも大きい。

( ^ω^)「ふん。確かに広大だが、僕の邸の方が格調が高いお」
川 ゚ -゚)「ふん。見てくれは良いが、果たして中身はどうかな」

似たような感想を金持ち二人が同時に述べる。ブーンとクーは、眉を顰めて睨みあう。
どちらも尊大なのだ。まあた始まったといわんばかりに、ドクオとデレは先に進む。
ドクオが豪奢な両開きの扉を開ける。内部は特有の埃っぽい匂いが漂っていた。
床から天井までは大分距離がある。上部に取り付けられた窓から、光線が差している。
陽だまりの出来た図書館内を、ドクオはくたびれた革靴を鳴らして進んでいく。
まだ睨みあっているブーンとクーも、遅れて入ってきた。待っていたデレと合流する。

川 ゚ -゚)「あれ? おい、ドクオはどこに行った?」

ζ(゚ー゚;ζ「ドクオさんなら、先に進まれましたよー」



154: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:55:51.30 ID:dRjj6WK10
(#^ω^)「なに!? さてはあいつめ、僕を差し置いて目立つつもりだお!
       こうしてはいられんね! ドクオより先にヒートに会うお!」

ブーンは疾風怒濤に走り去って行った。残された女性二人は、大きな息を吐く。

川 ゚ -゚)「君は、大変な男と付き合っているね」

ζ(゚ー゚*ζ「でも、ブーンさんは優しいですの。いい人ですの」

川 ゚ -゚)「そうか」

クーも内部へと進んで行った。デレはゆっくりと彼女の背中を追う。
あちこちデレは周囲を見回す。木造の大きな書架は、等間隔で美しく並んでいる。
膨大な数だ。この図書館に所蔵されている本は、数十万冊はあるかもしれない。
本に囲まれた生活か。ヒートと同じく本が好きなデレは、その生活に憧れた。
流石に、本を書こうとまでは思わない。デレは文才のないのを承知しているのだった。

(#^ω^)「くおら! ドクオ! 僕より前を歩くのはやめたまえお!」



156: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:56:53.08 ID:dRjj6WK10
('A`)「・・・・・・なんで?」

図書館の一番奥では、ブーンはドクオを羽交い絞めにしていた。
壁際のここは、本棚を避けるようにデスクがあり、確かな生活感があった。

(#^ω^)「僕が目立たなくなるのだお! 分かったなら、『はい』と返事をしろ!」

('A`)ゝ「サー、イエッサー」

(;^ω^)「な、何だか、君の一挙手一投足が異色を放つが、まあ、勘弁してやる」

('∀`) ニコッ

ブーンがドクオを解放した。ドクオはデスクを調べ始めた彼の背中に笑いかける。
しかし、クーとデレがこの場にやって来ると、ドクオは凛々しい顔をした。
最初の方で、彼に存在感がないと説明したが、あれは間違いだったのかもしれない。
大人しそうに見えて、クレイジーなのか。だからたまに悪ふざけしちゃうんです。



159: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:57:44.86 ID:dRjj6WK10
('A`)「・・・ここがヒートさんが住む場所に違いない。でも、彼女は居ないようだ」

ζ(゚ー゚*ζ「わあ! デスクの上に、山盛り本が詰まれています。ブーンさんの部屋みたい」

川 ゚ -゚)「内藤の部屋の状況が窺い知れる言葉だね。掃除くらいしたまえよ」

( ^ω^)「僕の部屋は綺麗だお。・・・・・・おおっと! やっぱりあった」

ブーンはデスクの本を崩して、その中から一冊の分厚い書物を手に取った。
辞書のように分厚く、茶色い本だ。ここに居る全員に見覚えがあった。

川 ゚ -゚)「それは、ヒートが持っていた本と同じ物か?」

( ^ω^)「その通りだお! ヒートがこの図書館で作家をしていると知った。
       空想世界の彼女も同じ本を書いているのでは、と僕は思ったのだお。
       予想が当たったね。とても素晴らしいことだお。これで僕達は帰られる」



161: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:58:47.92 ID:dRjj6WK10
クー、デレ、ドクオの三人は首を傾げる。同じ書物がある。それがどうしたのだ。
ブーンは椅子に座って、理解の行かない三人に向け、茶色の書物を翳して説明する。

( ^ω^)「この本を開けば、“ギコが広場に行った”との内容で終わっている。
       これはどういうことか。・・・つまり、現実世界のヒートの本とこの本は、
       繋がっているのだお。リンクしているのだ。だとすれば、あとは分かるね?」

川 ゚ -゚)「・・・・・・」

ζ(゚、゚*ζ「?」

('∀`)「・・・・・・」

三人はまだ分からない。ブーンは情けなくなって落胆し、わざとらしく肩を竦めた。

( ^ω^)「時として、ペンは銃に勝る。僕はそれを痛感している。
       ヒートの分身が居ないのは、都合が良い。僕が本に悪戯をやろう」

川 ゚ -゚)「! お前、もしや」



163: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:59:58.62 ID:dRjj6WK10
( ゚ω゚)9m「そう! 物語はある種の破壊を伴って、締めくくらねばならない!!」

あらん限りの力でデスクを叩きつけて、ブーンは立ち上がった。指差す彼の眼は狂喜に満ちている。
彼は、あちこちと忙しなく行ったり来たりする。やがて、クーの前に立って早口で言う。

( ^ω^)「クーは案外と知性がある。君ならいち早く気が付くと思ったお!」

川 ゚ -゚)「案外は余計だ。・・・現実世界とリンクしているのなら、書き足せば良いのだ。
      『四人は元の世界へと戻った』などとね。理由付けは必要かもしれんが」

( ^ω^)「いいね! 僕は今から、文章を書き記してやろうと思う。
       この世界を一変させてね。ギコもしぃも構わないと言っていた」

ブーンはバッと両腕を広げた。そして、神に祈るように天井に顔を向ける。

( ^ω^)「ははははは! 完全な世界なんて、どこにもありやしないのだお!
      不完全だからこそ、美しいと思えるのだ!」



164: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 03:00:31.68 ID:dRjj6WK10
ノパ听)「・・・ふう」

ヒートは噴水の石段に座っている。ブーン達が消えてから数分しか経っていない。
彼女は広場から景色を一望する。真っ直ぐに遠く伸びた道には、動かぬ人間ばかり居る。
彼女の横にはドクオが手放した釣竿が転がっている。クーは釣りが好きだと言っていた。
色々な気の紛らわし方があるものだ。ヒートは空を見上げた。雲は流れていない。
いざ時間を止めてみると、寂しい空間だ。嫌いな人間が居なくなると、随分違うものだ。

ノパ听)「ん?」

ふとヒートが視線を落とすと、ひざの上に置いている本のページが開かれていた。
彼女が開いたのではない。勝手に開いたのだ。ページが風に煽られたのでもない。
微風などで捲られる重量ではない。第一、風は止んでいる。よって自動的に開かれたのだ。

ノハ;゚听)「!?」

そうしていると、一ページ、また一ページずつ捲られ始めた。それは徐々に速度を増していく。
最後のページで止まった。すると、紙からまばゆい光が放たれて、四筋の文章が飛び出した。
四つの文章は形を成していき、最終的には人間の姿となった。ヒートの呪縛は失敗である。



165: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 03:01:06.89 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「おっおっお! 大成功だお! やはり僕は頭脳明晰だお!」

川 ゚ -゚)「ふん。たまたま予想が当たっただけではないか。まぐれだよ」

ζ(゚ー゚*ζ「やっぱり、現実の空気は美味しいですのー!」

('A`)「・・・早く帰って寝たい」

数時間ぶりに現実世界へと帰還出来た四人は、解放感に酔いしれる。
本の中は狭苦しいものだった。一頻り歓喜したあと、ブーンはヒートに顔を向ける。

( ^ω^)「やあやあ。残念ながら、君の目論見は失敗に終わったね」

ノハ#゚听)「何を。もう一度、本にお前達の名前を書き込めばいいんだ・・・・・・!?」

ヒートがポケットを探るがしかし、ボールペンはそこにはなかった。
焦った表情でブーン達に目を向けると、一番影の薄い男がボールペンを握っていた。



167: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 03:01:46.93 ID:dRjj6WK10
('A`)「・・・・・・ヒートさん。もうやめよう。君には度し難い過去がある。
    俺も君と似たような物で、ずっと虐げられて一生を終えたんだ。
    もし良かったら、俺達が相談に乗るよ。君は一人じゃない」

ノハ;゚听)「寄るな! やめてくれ! そんな甘言は、アタシは聞きたくない!」

ドクオが歩み寄ると、ヒートは慌てて立ち上がり、両腕を伸ばして制止させた。
どさりと、分厚い本が地面に落とされる。彼女は総毛立っている。恐慌している。
他人など信じるものではない。ヒートは他人の憐れみが、一等苦手なのだ。

('A`)「しかし」

( ^ω^)「ドクオ。よしたまえお。僕に任せておけお」

ブーンが言い寄るドクオの腕を引っ張った。自分より目立つな、という念もあったりする。
ヒートに身体を向けて、ブーンは両腕を広げた。完全にイった先ほどよりかは軽やかだ。

( ^ω^)「ヒート。君の心の欠片を覗かせて貰ったお。大変だったね」



170: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 03:02:37.74 ID:dRjj6WK10
ノハ;゚听)「・・・・・・」

( ^ω^)「僕には無縁なことだったが、下々にはそういう世界もあるのだろう」

ブーンが一歩を踏み出す。ヒートは、にじり寄る彼を拒否するように身体を後ろに引く。
だがしかし、ブーンは足を止めない。彼の目には強固な意志が宿っている。

( ^ω^)「ただ電車は駄目だ。電車の事故で、僕の母親が亡くなっているのだお」

ζ(゚、゚*ζ「そうだったんですの」

だから階段のところで、電車への飛び込み自殺の話を聞いたとき、ブーンは反応したのだ。
彼は、手を伸ばせばヒートに届く距離で足を止めた。そして、彼女に向けて力強く指を差した。

( ^ω^)9m「今なら君の気持ちが分かる。君の心へと、言葉を届けられる。
         天も僕も、君のことを知っている――鎮まりたまえお。ヒート」



172: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 03:03:35.43 ID:dRjj6WK10
ノハ;゚听)「やめろ! 好きなようにさせてくれ! 憐憫の情を向けないで・・・。
      アタシがアタシでなくなってしまいそうになるんだ! こんなにも怖い!」

( ^ω^)「いやだね。君を放ってはおけないお。この街の時間が戻らない。
      それに君は、僕達に君自身を知って欲しがっていたではないかお」

ノハ; )「っ!」

ヒートは立っていられなくなり、石段にぺたりと腰を下ろした。
ブーンの言葉で脱力下ヒートの様子を見て合点が行き、クーがうんうんと何度も頷いた。

川 ゚ -゚)「そうだとも。最初から全ておかしかったのだ。君が一番よく存じているだろう
      ギコ達に、君に縁のある場所を案内をさせて、終始構って欲しそうだったぞ。
      白状して楽になれ。ヒートは、自分のした事に今更後悔しているのだ。
      君には大それた事をする器が無い。脆く、壊れ易い。しかし、鮮やかである」

クーは長々と喋りきった。批判と擁護の入り混じった、彼女らしい言葉だった。
がっくりとうな垂れて、ヒートは小さな声を出した。そこに、今までの気迫はなかった。



174: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 03:04:41.34 ID:dRjj6WK10
ノハ )「言われた通りだよ。アタシにはやっぱり悪事は無理だった。
      お前達が居なくなったあと、街を眺めたんだ。何もかもが止まっている。
      いざ、嫌いな人間達が誰も居なくなると、寂しくなったんだ。何て矛盾だろう。
      アタシはおかしいんだ。きっと、精神が病んでいるんだ。気持ちの悪い人間だ。
      それは昔と一緒で、アタシの居場所は、世界中のどこを探したって在りえない。
      どこを旅したって、社会からのつまはじき者だ。いいや。もっと悪いかもしれない。
      だからこそ、世界中の時間を止めてやろうと思ったのに。結局はこうだ。
      これからアタシはどうなってしまうのだろう。消えてしまうのだろうか。
      話を聞いて貰って、病的な多幸感を覚えているけど、ああ、怖くて仕方がない!」

( ^ω^)「ヒート」

ブーンが優しい声で呼びかける。彼はドクオの手からボールペンを奪い取った。
そして、ヒートに近寄る。彼女を正しい道に導くのは、まさに今がその時である。
彼はヒートの足元に落ちている本を拾い上げる。ずしりと重い。彼女の軌跡だ。
最後の文章が書かれているページを開いて、ブーンはヒートの膝の上に本を乗せる。
ヒートの赤毛を撫でて、ブーンはボールペンを渡す。それから、真剣な表情で告げる。



176: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 03:05:41.86 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「君はまだ消えない。聞いた話では、ものにも魂が宿るそうだお。
       これで終われば、今度は彼らが納得しない。ギコもしぃも君の仲間だお。
       僕が今までの話を第一部完として、面白い続きを考えておいたお。
       さあ、ペンを握り、話を書くがいいお。他の誰でもない、君の物語を」

ノパ听)「アタシだけの話・・・」

ヒートはボールペンを弱弱しく握り、本に視線を落とした。
ららら、素直な気持ちで話を書きましょう。拙くても、自分の力で書きましょう。

“ほのぼのとした世界は終わった。各地に封印されていた、旧支配者共が蘇ったのだ。
 奴らは世界中を我が物顔で荒らし、蹂躙していく。平和に呆けていた人間達に抗う術はなかった。
 ギコという青年は旧支配者の復活を予見していた。だから、普段から肉体を鍛えていたのだ。
 だが、鍛え抜かれたギコの拳は旧支配者には、まるで通用しなかったのだった。
 誰もがこの星の終末を予感した。――しかし、ある時、別世界の勇者達が現れた。
 ブーン、デレ、クー、それとドクオの四人である。彼らはギコという青年と、
 その妻であるしぃという女性に特別な力を与えたのだ。勇者達は二人に力を託すと、
 元の世界に帰っていった。さあ、震えるが良い。壮絶な戦いの日々の幕開けである。”

ノハ;凵G)「こんなの書けるかあああああああああああああああああああ!!」

久方ぶりに、ヒートは泣いた。しかし、それは心の底から清々しいものだった。



178: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 03:06:41.04 ID:dRjj6WK10
―5―

(´・ω・`)「ふうん。そんな事があったんだね。僕は墓参りに行ってたから知らなかったよ。
      いや、もしかしたら僕にも呪縛が及んでいたかもしれないんだね。怖い怖い」

数日後。ブーンはデレを連れて、ショボンのところへと足を運んでいた。
ブーンは店内のスツールに腰掛けて、暇を潰せそうな本を探している。

( ^ω^)「そうだお。僕の機転は筆舌に尽くしがたいお。ねえ、デレ」

ζ(>ー<*ζ「はい! ブーンさん、格好よかったですの!」

( ^ω^)「集塵袋を買い忘れて、ツンにはこっ酷く叱られたけどね・・・」

ブーンは本棚から本を一冊取り出した。ペラペラとページを結末まで捲る。
酷いラストが嫌いな、ブーン独自の選択法である。楽しみ方は人それぞれなのだ。

(´・ω・`)「そう言えば、ブーン。郵便受けに本を返却するのは、ひどいんじゃないかい?」

( ^ω^)「君なら良いだろう。今まで、何度かそうして返しているし」



180: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 03:07:42.18 ID:dRjj6WK10
(´・ω・`)「ぶち殺すぞ。物臭ボーイ。僕はその度に怒りが湧くんだけど」

( ^ω^)「まあ、ものは大事にしなければいかんお。これからは気を付けるお」

(´・ω・`)「なにそのブーンらしくない発言。僕は感動で涙を流しそうだよ。
      ああ。この先一年分は感動してしまった。今から酒を呑もうじゃないか」

(;^ω^)「いや、君は仕事をしているのではないかお」

ブーンが突っ込むがしかし、ショボンは奥の部屋からぶどう酒を持ち出してきてしまった。
彼のアルコール好きは異常である。前世は、酒場のマスターなのではないかと思うほどだ。

ζ(゚、゚*ζ「あ」

ショボンの奇行にブーンが目を細めていると、デレが間の抜けた声を出した。
「ん」、とブーンが彼女に視線を向ける。彼女はポケットに手を入れて何か探していた。



183: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 03:08:44.69 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「どうしたのだお?」

ζ(゚ー゚*ζ「これ。これですの。ブーンさんの部屋を掃除していたとき、見付けたのです。
       渡すのを忘れていました。はい。玩具のようですが、何なのですの?」

デレのスカートのポケットから出てきたものは、小さな玩具だった。
手のひらに収まるサイズで、赤色青色黄色の三つのボタンが付属している。
それを受け取ったブーンは、懐かしそうな表情をした。そして、静かな声で語る。

( ^ω^)「おお! 見付けてくれてありがとう。これはお母さんに買って貰ったものだお。
       ボタンを押すと、それぞれ違ったアニメキャラクターの声が鳴るのだお。
       電池が切れているのか、壊れたのかは知らないけど、今は鳴らない」

ζ(゚ー゚*ζ「そうだったんですの。ブーンさんにとって貴重なものですのね」

( ^ω^)「うむ。これからは大切に、肌身離さず持っておくお」

ブーンはスーツのポケットに大事そうに仕舞い込んだ。彼も随分と性格が丸くなったものだ。



184: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 03:09:34.53 ID:dRjj6WK10
(´・ω・`)「ラララララー、ラララララー、ラララ、ラーラー♪」

突然、アルコールに浸ったショボンが、胸に手を当てて陽気に唄い始めた。
驚いたブーンは盛大に唾を吐き、額を押さえた。ショボンは本当に奇抜な青年だ。

(;^ω^)「客の前で酔っ払いやがったお。君は一体どうなっているのかね」

ζ(゚ー゚*ζ「どこかで聴いたような歌ですの。何という曲なんですか?」

(´・ω・`)「ゲームをしない君達には分からないだろうね。この曲はねえ――」

と、その時、玄関の引き戸が開かれる音がした。ショボンが慌てて酒瓶を隠す。
そして彼は、居住まいと作務衣のシワを直して、訪れた客に応対する。

(´・ω・`)「やあやあ。いらっしゃい。君みたいな若い人が来るのは珍しいね」

ショボンの演技が上手いが、なにぶん顔が赤い。酒を呑んでいたのがバレバレである。
若い客は店内を見回しながらショボンに近寄る。途中、ブーンとデレに目線が合った。
客は小さく頭を下げた。ブーンとデレは無言で、客を目で追う。客はショボンに訊ねる



186: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 03:10:58.64 ID:dRjj6WK10
「私小説を書いているんだけど、どこかの人間が無理難題を押し付けやがってね!
 文章力を付けるのに、何か良い小説がないか探してるんだけど」

(´・ω・`)「へえ。小説家志望かい」

ショボンは感心した。目の前の客は見てくれは変だが、小説を書いているらしい。

「いや。単なる趣味だよ。誰にも見せるつもりはない。数人には見られたけど!」

客は後ろを向いた。首からかけた懐中時計が揺れる。ショボンの目に小さな黒い翼が映り込む。
客は影なのだ。ショボンが何か言いかけようとするが、客は店内の空気を震わせる声量で怒鳴った。

ノハ#゚听)9m「こいつらにな! お陰で頭を悩ませる日々が続いてるよ!」

ブーンとデレは笑った。ヒートの物語の行方は、どこに向かうのだろうか。
それは彼女にしか分からない。時間は結末へと向かって、ゆっくりと流れていく。

                                      二十一グラムは物語の行方を知る 了



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