( ^ω^)奇人達は二十一グラムの旅をしますようです

64: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:53:05.71 ID:kLLE5Q4M0
―3―

(*´ω`*)(やだ。あの、まんなかの男の子かわいい。おそっちゃおうかな)

(;^ω^) ブルッ

邸の中に入ったブーンを襲ったのは、言い知れぬ寒気であった。彼は狙われている。
命をではなく、体をだ。それは置いといて話を進めるが、邸内は偉観であった。
今、彼らが立っているのは玄関ホールである。格調高いホテルのロビーのように広大だ。
内藤邸とは段違いで、ブーンがこき下ろす部分を目ざとく発見しようとしても見付からない。
外観だけではなく、内部もブーンの自宅の完敗である。ブーンは沈黙したままだ。
ハインは、丸川とオッコトワーリを自分の後ろに並ばせ、清楚な動作で片腕を横に伸ばす。

从 ゚∀从「この邸は、茂良家の長男であるモララー様が建てたもんだ。
      上空から邸を見れば、時計の針が九時を差している形になっている。
      だから、昔は“九時館”と呼ばれていた。どうでも良い話だけどね」

                 北
              湖         ←茂良邸
           西   _|   東   このAA作成に一時間を消費しました从;∀从
           
                 南



66: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:55:10.40 ID:kLLE5Q4M0
ξ゚听)ξ「茂良家ですって? もしかして、茂良時計製作社の?」

やや緊張した面持ちで、ツンが口を開いた。その高い声は邸の空間へと吸い込まれて行った。
ハインはにやりと笑んで腕を下ろす。一拍休んで、彼女は肩まである髪の毛をくしゃりと掻いた。

从 -∀从ゝ「そうだよん。俺達は、いわれ正しき茂良家に雇われた使用人なのさ」

胸を張るハインからは、茂良家の使用人としての誇りを持っている印象を受ける。
恐らく、茂良家は従順な使用人に恵まれているに違いない。それは素晴らしいことだ。

ξ゚听)ξ「でも、茂良家長男の家は、不審火で全焼してしまったと聞きますわ。
       昔、ニュースで知りました。住人は全員遺体として見付かったはず――ああ」

从 ゚∀从「うんうん。放火でむざむざと殺されたから、俺達は人間に恨みがあるんだ。
      ・・・だが、もう十何年も昔の話だ。怒りを通り越して、笑いが出てくるっつーの。
      そんなワケで。今日は、雪が止むことはない。この邸を満たしている力の影響だ。
      客人用の部屋もあるし、一晩泊まって行けばいいさ。食事も出そう。おい。丸川」



67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:56:32.41 ID:kLLE5Q4M0
パチン、とハインが指を鳴らした。丸川はブーン達の前に立って一礼し、鍵束を出した。

(*´ω`*)「僕が案内するよ。でも、おかしいんだよ。僕は執事なんだ。
       どうして、メイドのハインがえらそうなんだろう。ヘンだよねー」

从 ゚∀从「へえ! とんまの丸川も言うようになったなあ!」

ハインの声に、丸川は身体を震わせた。ブーン達一同は、使用人の間の力関係を把握した。
粗暴そうなハインが一番地位が高く、丸川やオッコトワーリは彼女の下に控えているのだ。
女性はどこでだって強いものだ。ブーン達は丸川に先導され、邸の西側へと案内される。
かなりの幅がある廊下に一同が足を踏み入れると、ふとハインが大きな声で呼び止めた。

从 ゚∀从「ああ。一つだけ注意事項がある! 俺達はお前らに危害を加えないが、
      ご主人様はそうじゃない。決して、ご主人様の在り方に気付くんじゃないぞ!
      気付けば、絶対にお前たちを無事では済まさない。分かったな!」



68: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:57:14.39 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「気付けば? どういう意味だお」

“気付けば狙われる”とは、おかしな話である。“気付かれたら狙われる”、なら分かる。
ハインが投げかけた言葉にブーンが疑問を覚えていると、丸川が説明を付け加える。

(*´ω`*)「シンエンをのぞいたとき、シンエンにもまたのぞかれるんだよう」

从 ゚∀从「ご主人様は既に正気を失っていて、現実とは乖離したところに居る。
      時折、甘い匂いを伴って姿を見せるけど、大体は“あちら側”に居る」

(´・ω・`)「甘い匂い?」

从 ゚∀从「ご主人様は、ガラム・スーリヤっていう銘柄の煙草が好きでね。
      その煙草の匂いだ。匂いがすれば、その場から一目散に逃げるのを勧めるよん」

(´・ω・`)「あの重い煙草かい。うん。ここの主人は、どうやら相当おっかない方のようだ。
      主人を見付けてしまわないよう、僕が見張っておくよ。この二人を、ね」



69: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:58:06.93 ID:kLLE5Q4M0
ショボンは、ブーンとデレの肩に腕を回した。一行の中で、もっとも危険な二人である。
この二人の問題児は、厄介な騒動を起こしかねない。終始、鎖で縛り付けておくべきだ。
デレはわけが分からず首を傾げ、ブーンはショボンが彼女に触れたことに腹を立てる。

ζ(゚ー゚*ζ「? どういうことですの?」

(#^ω^)「ショボン! 汚らしい手でデレに触るなお! さっさと離せ!」

予想していたままの反応であった。ぱっと、ショボンが二人から腕を離す。
それから、ブーン達は丸川に連れられて、西側の廊下の最奥にある客室へと目指す。
この邸の廊下。隅から隅まで上等の絨毯が敷かれ、美しいのだが何かもの足りない。
はたして、何がもの足りないのか。それは、賢明なブーンの眼には一目瞭然であった。
廊下には何も飾られていない――つまりは殺風景なのである。まったく面白みがないのだ。
折角、内も外も古城然としているのだから、甲冑の一つや二つ置けば良いのに。つまらん。

( ^ω^)「つまらん。やっぱり、内部は圧倒的に内藤邸の勝ちだお」

ξ゚听)ξ「・・・・・・」



71: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:59:19.29 ID:kLLE5Q4M0
(*´ω`*)「あの。ちょっと、お尋ねしたいことがあるんだよう」

ふと、丸川が足を止めて振り向いた。彼の視線はブーンへと真っ直ぐに向けられている。
ブーンも丸川へと視線を遣る。彼の顔は贅肉が集まっていて、つぶらな瞳の童顔である。

( ^ω^)「なんだね? 早く案内したまえお」

(*´ω`*)「ナイトウさん、だっけ? ナイトウさんの、あだ名をおしえてほしいの」

( ^ω^)「・・・? どうして」

(*´ω`*)「親しみをこめたいんだよう。ねえ。おしえてよー」

気持ちの悪い男だ。執事の身分で、客人に自己紹介を望むとは。ブーンは無視しようとする。
だがしかし、丸川の子猫のように可愛らしく純真な瞳にやられ、彼は目を瞑って渋々答えた。

(;−ω−)「・・・・・・ブーンだお。あまり好きじゃないから、連呼するなお」



72: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:59:59.83 ID:kLLE5Q4M0
(*´ω`*)「ブーン、ブーン」

両拳を握り、丸川は何度も反芻して、内藤ホライゾンという青年のあだ名を記憶に刻み込む。
そのうっとりとした様子は恋する乙女に似ていて、ショボン以外の人間は不思議に思った。
そして、ぱあっと晴れやかな表情で丸川は天を仰いだ。ヘブン状態といった表現が適切だろう。

(*´ω`*)「ブーンちゃん。おまんじゅうみたいで、まるくてかわいい。あいしてる」

(;^ω^)「!?」

ξ;゚听)ξ「・・・・・・」

ζ(>、<;ζ「ブーンさんは、あたしの旦那さんですの! 渡しませんの!」

(´・ω・`)「ハインさんが言ってたけど、丸川君は男性が好きだそうだよ。
      クーさんに引き続き、君は罪な男だね。ははは。いやあ。愉快愉快」

(#;ω;)9m「それを早く言いたまえ! いいかお! 僕に絶対に近付くなお!」



74: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:00:47.56 ID:kLLE5Q4M0
絶対に近付くな、絶対にだ。ブーンは丸川の胸に指を突きつけて、幾度と厳しく忠告する。
一途な愛を拒否された丸川は、しょげ返って泣き出しそうなるが、しっかりと職務を続ける。
長い廊下だ。いつまで経っても、客室がある突き当たりに着かない。ブーンは右へと顔を遣る。
廊下の右側は大きな透明のガラスが嵌め込まれていて、外の吹雪の様相を眺めることが出来る。
相変わらず横殴りの風雪だ。空は黒色に近いねずみ色で、重々しい雲が低いところに留まっている。

(*´ω`*)「お邸の近くには湖があるんだけど、最近は雪がひどくてみえないんだよねえ。
       思い返したら、あの親子の影がイタズラしてからなの。ご主人さまが怒ってるんだ」

( ^ω^)「親子の影だって?」

ζ(゚、゚*ζ「もしかして、クーさんとヒートさんが言っていた人達ですの?」

二人には心当たりがあった。クーを起こし、ヒートに魔性の懐中時計を授けた二人の影である。
丸川は顎を上下に一度動かして、吸い込まれそうな廊下の向こう側へと視線を遣りつつ語る。


(*´ω`*)「あれれ。ブーンちゃんの知り合い? だったら、きちんと注意しておいてね。
       その人達が、お邸中の時計の針の動きをめちゃくちゃにしちゃったんだ。
       早くしたり、遅くしたり。全部元に直すのに、もう大変だったんだよー。
      一時的にとはいえ、みんなのバイオリズムがおかしくなったんだから」



75: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:01:49.66 ID:kLLE5Q4M0
なかなか面白い情報だ。クーの眠りを妨げ、ヒートに得物を託し、茂良家の主人を怒らせた。
二人の影は、一体何をしようとしているのか。須名邸で発見した置手紙から鑑みるに、
人々を混乱させる悪事を働こうとしている。良い行いではないことだけは、確かである。

(*´ω`*)「はい。ここが客室だよ。部屋割りはどうするの?」

丸川とブーン達は、客室の前に立った。最も奥には二階への階段が配置されている。
ブーンは、ツンとデレと自分の三人で一つの部屋を借りようと申し出たが、ツンが断った。
比翼の邪魔は出来ませんわ。ツンは端から二番目の部屋の扉を、丸川に開けて貰った。
ショボンは三番目の部屋を。残されたブーンとデレは、階段側の部屋を借りることになった。

( ^ω^)「やっぱり、部屋の中も殺風景だお」

ζ(゚ー゚*ζ「何も飾り物がありませんの。テレビも・・・。あ、時計がありますの」

客室は、客人をもてなす機能が欠如している。ベッドが二つあり、ソファが置かれてある。
それ以外はソファに備えられた木造のテーブルくらいで、目を楽しませるものが一つもない。
やたらと広い洋間は、寂しいものだった。デレは、壁の上部にかけられた時計を見上げている。
陳腐な鳩時計である。時計の針は正午をさそうとしている。ブーンはベッドに寝転んだ。



76: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:02:44.14 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「それにしても、外からの見てくれだけで、つまらない邸だお」

ブーンが寝返りを打ってベッドを軋ませると、時計を眺めていたデレが振り向いた。

ζ(゚ー゚*ζ「この邸のご主人が力を使って、燃やされる前の姿に変えていますの。
       小道具にまでは、さすがに手が回らなかったのだと思います」

( ^ω^)「へえ。ここの主人、モララーとやらの力量は、如何ほどのものなのかお」

ブーンは手招きをして、デレを呼び寄せた。彼女はてててと足を動かせ、ベッドに飛び乗る。
二人に、ベッドは二つも必要ないのである。一つで充分なのだが、一人用のベッドなので狭い。
デレの頭を胸の中に抱いて、ブーンはシルクのように繊細な髪を撫でながら言葉をかける。

( ^ω^)「街一つに呪縛をかけたヒートでも、それほど強くないと君は言ったね。
       じゃあ、邸一戸にしか力を及ばせられないここの主人は、もっと弱いのだお」

ζ(゚、゚*ζ「そうとは限りません。あたしは、呪縛の範囲はこの辺り全てだと見ます。
       しかも、あたし達を見知らぬ道に迷わせた――この邸は動いているのです」



77: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:03:33.28 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「邸が、動いている?」

まさか邸に足が生えて、テクテクと歩いているわけではあるまい。怪談ではないのだから。
凡庸で無力な人間のブーンは、影であるデレの言いたいことが、ちっとも理解に至らなかった。

ζ(゚、゚*ζ「邸ごとが、世界を転々と旅をしているのです。入念に姿を隠しながら。
       たまたまあたし達は、その場所に行き当たって迷い込んだのです。
       この邸は、時計の針のリズムを刻んでいる・・・・・・生き物と同じなのですの」

先ほどよりは、想像し易い説明だった。つまり、邸の主人の不思議な力が働いているのだ。
そして、邸は世界中を旅している。今回、ブーン達一行は邸の力に巻き込まれたのである。

ζ(゚、゚*ζ「だとするとですね。ここのご主人は、極限に近い力の持ち主だと思われます。
       ええ。影の中でも最強ですの。邸ごと移動させるなんて、通常では考えられません。
       玄関でハインさんは、ご主人が正気を保っていないと仰っていました。
       今回ばかりは、退治を勧めません。皆がみんな、優しいわけではないのです」

( ^ω^)「実力行使をしてくる可能性がある、っていうことかお。でもね」



78: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:04:16.11 ID:kLLE5Q4M0
ブーンはむくりと身体を起こした。力強く握った右手を見つめ、彼は決心を固める。

( ^ω^)「僕は、つらい過去を背負った影共を見過ごせないのだお。
       僕自身。母親を事故で亡くしたから、彼らの気持ちはよく分かる。
       まあ、僕の聡明な頭脳を見せ付けたい、というのが一番の理由だけどね!」


ζ(゚、゚*ζ「・・・・・・」

目立ちたいためだけではなく、救済の念もあるのだ、とブーンはらしくないことを言った。
本当に彼の言葉か疑わざるを得ないが、確かにブーンが言い放った言葉である。
ブーンはベッドから降り、廊下へと続く扉の前に立って、ドアノブに手を触れた。

( ^ω^)「さあ、今からこの邸を探検し尽してやるお! デレも手伝ってくれ!
       主人の正体を知り、決定的な愛を突き付けてやるのだお! おっおっお!」

ζ(゚ー゚*ζ「・・・! はいですの!」

謎多き洋館の隅々を調べ、館の主人であるモララーを苦しみから解き放ってやるのだ!
ブーンはデレの手を取って勢い良く扉を開き、静かな廊下へと飛び出したのだった。



79: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:05:59.26 ID:kLLE5Q4M0
| 扉 |・ω・`) ジィー

| 扉 |゚听)ξ ・・・・・・

(;^ω^)「うわ!? 君達は何をしているのだお!」

ブーンが廊下に出ると、ショボンとツンが半分だけ扉を開けて、それぞれ顔を覗かせていた。
二人ともじとじととした目線で、浮かれ調子のブーンとデレを見つめている。ちょっと、怖い。

| 扉 |・ω・`)「いやね。そろそろ話が纏まって、君達が探索を始めるんじゃないかなと」

| 扉 |゚听)ξ「私も右に同じです。お二人とも、どうか騒動は起こさないでください」

ショボンとツンには、二人の行動パターンを読まれきっていた。さすがは保護者である。
見抜かれたブーンは平静を装って、顔を見せている二人を指差す。彼の身体は震えている。

(;^ω^)9m「ふふふん。君達の勘は外れだお。僕達は、そう。花を摘みにいくのだお!」

| 扉 |・ω・`)「ふうん。まあ、良いけどさ。あまり、邸の方々に迷惑かけちゃだめだよ」



80: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:07:37.28 ID:kLLE5Q4M0
言って、ショボンとツンは同時に扉を閉めた。まるでコメディ映画のような顛末だった。
ブーンは「やれやれ」と肩を竦め、デレは苦笑いをしてそんな彼の顔を見遣る。
なにはともあれ、ブーン達は二人の識者によってたしなめられ、行動を止められた。
仕方なく、ブーンはデレと共に、ただ邸を歩くだけにした。友人はともかく、妹は怖い。

茂良邸を俯瞰で見れば、“L”の字を左へとひっくり返したものとなっている。
二階建ての洋館で、敷地面積は内藤邸の五倍はあるだろう。石造りで重厚な佇まいだ。
主人であるモララーが人間として生きていたころは、さぞや栄華を誇っていたに違いない。
・・・モララーは、“あちら側”に居るとメイドが言っていたが、“あちら側”とはどこなのか。
そのようなことを考えながら、ブーンは玄関ホールを折れて、北側の廊下を進んでいる。

( ^ω^)「ふむ。一階は全て客室のようだお。おや、ここは食堂かお」

ブーンは、テーブルとたくさんの椅子が並ぶ部屋へと入った。二十人は収容が出来る広さだ。
幻想が具現化した邸でも汚れは表れるらしく、薄暗い食堂にはわずかに埃が漂っている。
それでも、テーブルにも床にも埃は積もっていないので、ハイン達の勤勉さが窺い知れる。
一脚の肘掛け椅子に座り、ブーンは足を組んで食堂を見渡す。壁に一枚の絵が飾られていた。

( ^ω^)「肖像画かお」



81: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:08:26.24 ID:kLLE5Q4M0



                     ( ・∀・)     (゚、゚トソン                         



額に収められた肖像画には、鋭い目付きをした男性と、大人しそうな女性が描かれている。
黒いスーツを着た男性が、車椅子に座る女性の後ろに立っているといった構図である。
もしかしたら、男性がモララーなのではないだろうか。ならば女性は、彼の夫人だと思われる。
一頻り絵を眺めながら推測していると、扉が開く音がして、ブーンとデレは振り返った。

从 ゚∀从「おいおい。あまり邸をうろつくなよな。掃除の行き届いてないところがバレる」

ハインが、ワゴンを押して食堂に入ってきた。ワゴンの上には白い食器が置かれている。
そういえば、もう昼食時なのだ。テーブルを布巾で丁寧に拭く彼女に、ブーンは話しかけた。

( ^ω^)「君。あの絵に描かれているのは、ここを所有している夫妻かお?」

从 ゚∀从「さっきの話を聞いてたのか? ご主人様のことを知ろうとするなっての。
      ・・・まあ、名前ぐらいは良いか。奥様のトソン様と、その旦那様のモララー様だ。
      お二人は本当に仲が良かった。生涯一人身の俺からしたら、羨ましかったよ」



82: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:09:49.21 ID:kLLE5Q4M0
ζ(゚ー゚*ζ「“良かった”ということは、今は仲がよろしくないんですの?」

ハインの言葉は過去形なのだ。それは、現在は仲たがいをしているということである。
デレが問いかけたが、主人の話題を避けるハインは、無言でテーブルクロスを敷いていく。
これ以上は教えてくれそうにない。ブーンはデレの手を握って、食堂を出ようとする。

从 ゚∀从「おう。もうすぐ昼食の準備が整うから、お前らのツレを呼んでこいよな。
      久しぶりの客人だ。嬉しさ余って、完全無欠に歓迎してやろうじゃないか」

犬歯を見せて自信あり気に笑うハインではあるが、如何せん言葉使いや行動が乱暴すぎる。
その証拠に、テーブルクロスはいびつに敷かれており、彼女の給仕としての能力は高くない。
モララーが履歴書に採用の判を押したとき、他の人物と間違ってしまったのかもしれない。
・・・それは言いすぎだとしても、ハインはちょっぴり粗野である。しいー。彼女には内緒だよ。

( ^ω^)「昼飯は何なのだお? この内藤に、つまらないものは出すなお」

从 ゚∀从「サンドイッチとコーンスープだよ。特別に、デザートもお出ししてやろう」

( ^ω^)「すぐに呼んでくるお!」



83: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:10:39.25 ID:kLLE5Q4M0
外では雪が降りしきっている寒い空間で、じっくりと煮込まれたコーンスープは有り難かった。
ブーンは食事を摂り終えたあと、ややだらしのない姿勢で椅子に座って人心地ついている。
ツンは使用人から不要になった毛布を借りて、車の中に置いたままの飼い犬の様子を見に行った。
あの犬なら脂肪という防寒具があるので大丈夫だろうが、念には念を入れておくべきである。
ブーンが視線を食堂の端に遣ると、ハインを呼び止めて会話をしているショボンの姿があった。

(´・ω・`)「いやあ。ご馳走様でした。是非、ここの主人に礼を言いたいんだけど無理かな」

从 ゚∀从「やめておいた方が良い。お前らが帰ったあと、俺がご主人様に伝えておくよ」

(´・ω・`)「よろしくお願いするよ。・・・そう言えば、茂良時計製作社って大企業だよね。
      時計業界では、世界の六十パーセントくらいのシェアを誇っているらしいね」

从 ゚∀从「七十パーセントだぜ。今はどうなっているかは知らないが、昔はそうだった。
      モララー様が他界したあとは、弟のモララエル様が会社を後継したようだけど」

不思議な会話だ。モララーは既に亡くなったのに、二十一グラムとして現世に居るのである。
知らない人が聞けば混乱してしまうような話を二人がしていると、ブーンが割り入って来た。



84: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:11:48.92 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「ふん。所詮、時計だけで成り立っている会社ではないかお。
       我が内藤コーポレーションは、多岐に渡る分野を手がけているのだお」

从 ゚∀从「は?」

(´・ω・`)「気にしない方が良い。ブーンは金持ちの息子――いわゆる一つのボンボンでね。
      それにありがちな病を患っているんだ。真面目に受けていると、疲れるだけだよ」

从 -∀从ゝ「あー、把握した。道理で、偉そうな態度を取る男だと思ったぜ」

歯に衣着せぬ性格のハインは忌憚なく言って、オレンジ色の髪の毛を左手でくしゃりと掴んだ。
主に話を受け答えしたときに取る、彼女の癖なのだ。ブーンは腕を組み、口調に怒気を孕ませる。

( ^ω^)「僕は偉そうになどしていないお。他者に配慮が出来る、謙虚な人間なのだお」

从;゚∀从「・・・どこが? アンタ、よくこれまで生きて来られたな」

(´・ω・`)「心が大河のごとく広くて穏やかな、僕達友人が支えているおかげです」



85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:12:57.30 ID:kLLE5Q4M0
どこが広くて穏やかなのだ! ショボンの生き様を知っているブーンは、叫びそうになる。
だがしかし、何とか堪えて平静を装った彼を見るに、少しは成長をしているのだろう。

(;^ω^)「この男は・・・。そうだ。ハイン。この邸には、見所のある場所はないのかお?」

从 ゚∀从「見所? この邸自体が見所だとは思わねーのか」

( ^ω^)「思わないね! 時計会社の邸のくせに、変わった時計はないし。つまらんお!」

从 -∀从「本当は色んな時計があったんだけど、ご遺族の方々に持って行かれたんだよなあ。
      あるのは各部屋に一つずつある、からくり時計だけ・・・。書斎になら何かあるかもな」

( ^ω^)「書斎かお。僕は本が好きだお。あとで行ってみよう」

从 ゚∀从「書斎は二階の北側だ。ご主人様の本だから、絶対に汚すんじゃねーぞ」



87: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:13:48.50 ID:kLLE5Q4M0
食事後。一時間してから、ブーンはデレと共に、二階の北側にある書斎へとやって来た。
何かで言っていたが、「愛し合う二人は、いつも一緒」。そいつが何より大切なのだ。
多少狂気めいているほど、愛は美しい。二人は常に手を繋いで、恋の歌とやらを唄うのである。
書斎は高等学校の図書室ほどの広さがあり、大量の木製の書架が等間隔に並べられている。
ただし、収められている本の数は少なく、だらしなく横に倒れている本の姿が散見される。
邸の主人の力が及んでいないところである。ブーンは一冊の本を手に取り、本棚にもたれた。

( ^ω^)(チェコ語かお。何が書かれているのか、まったくもって分からん)

ζ(゚ー゚*ζ「あ! ブーンさん、難しそうな本を読んでますの。凄いですの」

( ^ω^)「まあね」

ζ(゚、゚*ζ「どんな内容ですの。あたしには、タイトルすら読めませんの」

(;^ω^)「あ、あとで教えてあげるお。デレも何か探してくると良い・・・」

\ζ(゚ー゚*ζ「はあい!」



88: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:15:20.29 ID:kLLE5Q4M0
デレはいつも元気だ。世界にあまねく、うつ病や社会不安障害といったものとは無縁である。
ととと、と彼女は駆けて行った。気取り屋なブーンは、読める風を装いながらページを捲っていく。
しばらくして、デレがブーンの元に戻ってきた。手には、一冊の薄いノートが握られている。

ζ(゚、゚*ζ「本棚に置かれてましたの。誰かの日記帳みたいですの」

( ^ω^)「日記帳?」

デレにノートを差し出されたブーンは、難解難読な本を本棚に戻して、それを受け取った。
そして彼は、怪訝そうに眉を集めてノートを開く。そこには大きく豪快な文字が書かれていた。

“私は死んだのだ。不届き者が、悪戯に火を放ったのである。いくら石造りの邸とはいえ、
 内部はそうではない。時刻が深夜だったという事もあり、使用人を含め皆死んでしまった。
 ・・・だったのだが、どういう事か私は生きている! 幽鬼ではない。地に両足を着いている。
 鏡を見れば、自分の背中に黒い翼が生えていた。きっと、在世中への悔恨の証左なのだ。
 何か面白みでもあれば永遠を過ごせるだろう。しかし、私の最愛の人間はこの邸には居ない。
 私はこうして現世に留まったが、君は天国へと旅立ってしまったのだ。ああ、恨めしい。
 命がその寿命を終えても一緒に居ようと、誓い合ったのに、あれは偽りだったのだろうか。
 今は日記を認められるまでに正気を保っているが、いつまでそうしていられるかは分からない。
 私には不思議な力が使える。少しでも長く正常でいられるよう、邸を平穏な時の姿にしておこう。
 ・・・・・・私はこんなにも恋焦がれているのだ。邸の何処かに隠れているのなら、出てきてくれないか。



89: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:16:28.83 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「・・・いいね! これはモララーの日記帳だお!」

ζ(>、<*ζ「ですの! トソンさんとはぐれてしまって、嘆き悲しんでおられるんですの!」

ブーンとデレは歓喜の声を上げた。これは、主人が命を落としたのちに、書かれた日記である。
日記によれば、死後に連れ合いが傍らから居なくなっていたことに、モララーは悲嘆しているらしい。
ショボン達に行動を制止させられていた二人の心に、ここに来て再び好奇心が首をもたげ始めた。
日記をペラペラと捲っていると、後ろに行くにつれて徐々に文字が精微を欠いていく様が見れた。
文字数も少なくなっていく。恐らく、モララーが孤独に耐えられなくなって行ってしまったのだ。
最後の頁にはこう書かれている。“誰もが私を見過ごしていてくれ。私は夢の世界へと沈んでいる。”

( ^ω^)「夢の世界、かお?」

ζ(゚ー゚*ζ「きっと辛い現実から逃れて、夢に意識と身体を預けたんですの。
       だから、ここにはモララーさんは居ないのです。夢の中に居るのです」

( ^ω^)「なるほど。業界の頂点に君臨していたくせに、女々しい男だお」



91: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:19:23.43 ID:kLLE5Q4M0
これで茂良邸の現在の状況が、ある程度判明した。モララーは夢に浸っていて姿を現せないのだ。
ハインは気付けば狙われると言っていたが、どれくらい知ってしまえばモララーが現れるのか。
しかし、自分達が気付いたころには、モララーの心を満たす品々を発見していそうな気がする。
それなら具合が良い。指を鳴らしたブーンは、日記帳を拝借して邸内を探索することに決めた。

( ^ω^)「よし! 探索を再開するお! モララーを白日の下に晒し、輪廻に送るのだお!」

ζ(゚ー゚;ζ「でも、ツンさんとショボンさんが・・・・・・」

( ^ω^)「ふっ。暗中飛躍して、内々に処理をしてしまえば良いのだお。僕達なら可能だお」

「出来るのでしょうか?」。逡巡しているデレの背中を押して、ブーンは書斎を出た。
これから探すのは、何らかのヒントが残っていそうなモララーの部屋か、トソンの部屋である。
一階にはそれらしき部屋が見当たらなかったので、ただいまブーン達が居る二階の線が濃厚だ。
広間、応接室、また広間。一部屋ずつ確認していき、ようやく夫妻の部屋を発見した。



93: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:20:38.91 ID:kLLE5Q4M0
廊下の折れ曲がったところに位置しているこの部屋は、他のものとは明らかに感じが違う。
まず、扉が重厚な黒塗りのものだったし、部屋の中には様々な時計が飾られた棚があるのだ。
マントルピース(暖炉の上の飾り棚)の上には、砂時計や高価な腕時計などの小物が置かれている。
ガラス張りの物入れにあらゆる用途の時計が収めてあったりと、いかにも時計会社らしい部屋だ。
デレが部屋の真ん中に立ってぐるりと見回すと、隅の方に奇妙な物体を見付けた。

ζ(゚、゚*ζ「何ですの? これ」

腰を屈めたデレが眺めるもの。それは長さが一メートルはある、背を丸く反らせた刃物だ。
ハサミのような緑色の持ち手がある。刃は銀色に輝き、錆がなく、生命の息吹を感じさせる。
一体何に使うのやら、その正体不明の異質の刃物は、ぽつんと壁に立てかけられている。

( ^ω^)「分解したハサミの片割れ・・・? それにしても大きい」

それとは別にも用途不明なものはある。ベッドの近くに置かれてある、等身大の木造の人形だ。
ガラス玉の眼球は空を見つめている。四肢が可動する人形には、ご丁寧にもスーツが着せられていた。
モララーには、おかしな蒐集癖があったのだろうか。金持ちのセンスは、常人には計り知れない。



95: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:21:44.69 ID:kLLE5Q4M0
ζ(゚、゚*ζ「あ。あそこに、写真立てがありますの」

デレがデスクに寄って、写真立てを持ち上げた。収められている写真は、集合写真であった。
茂良邸の玄関前で撮られた写真で、数人の使用人達と、茂良夫妻が写されていた。
車椅子に乗ったトソン夫人が真ん中におり、その隣には気難しそうなモララーが立っている。
あとはその二人を中心として、使用人達が並んでいる。ハインや兄弟の姿も確認出来た。

( ^ω^)「ふん。昔は、内藤邸にも使用人が居たのだお。モナーと言ってね――」

ζ(゚ー゚*ζ「それにしても、優しそうな奥さんですの。あたしもこうでありたいですの」

( ^ω^)「・・・・・・」

ブーンの自慢話は、デレの感想によって遮られた。一応彼のために、書き記しておくと、
モナーとは内藤家に仕えていた初老の男性で、勤勉なところをブーンの父親に気に入られていた。
今は仕事を辞めており、老人会の催しに積極的に参加して楽しんでいる。どうでも良い話です。

( ^ω^)「確かに、気難しい男の妻は、あまり目立たない人間が良いのかもしれない。
       でもね、僕は今のデレが好きだお。無理に変わろうとしなくても良いお」

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとうございますのー」



96: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:22:39.79 ID:kLLE5Q4M0
場をわきまえないバカップルはキスをし、写真立てをデスクに置いた。部屋を調べなくては。
デスクの引き出しを開けてみたが、目ぼしいものは見当たらなかった。ブーンは引き出しを閉じる。
そして、顎に手を添えて唸り声を上げていると、“甘い匂い”が彼の鼻腔をくすぐった。

( ^ω^)「! この匂いはもしや」

ハインが言っていたことを思い出す。ここの主人は、特殊な香りがする煙草を吸っているのだ。
主人が現れるときは、その匂いが伴うという。この果物のような匂いがそうではないのか。
とうとう、モララーが姿を現せるのか! ブーンが顔を引き締めるが、異変は起こらなかった。

( ^ω^)「お?」

ζ(゚、゚;ζ「これです。これ。気持ちが悪くなる匂いですの」

デレが鼻を押さえて、デスクにある小さな缶を手に取った。開けると、煙草が詰まっていた。

(;^ω^)「うわ!? 臭すぎる。こんな煙草を吸うなんて、狂っているとしか言えないお!」

全国のガラムファンの神経を逆撫でする言葉を放ち、ブーンがデレに蓋を閉めるよう命令する。
蓋を閉めても酷い匂いが残る。一度気付けば、二度と頭から離れない匂い。ガラム・スーリヤ。



98: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:23:40.10 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「ショボンといい、こんな身体に悪そうなものを吸うなんて信じられないお」

ζ(゚ー゚;ζ「これはちょっと、ですね。タールが四十二ミリグラムと記されています」

にははと笑い、デレは缶入り煙草をデスクに戻した。世の中には色々な煙草の銘柄がある。
ちなみに書き手はパーラメント一筋なので、あまり他の銘柄に興味が湧かない。高いけれども。
それから部屋の隅々を調査したが、実を結ばなかった。同じような仕草で、二人が腕を組む。

( ^ω^)「特に気になるものはないお。けれど、一つだけ分かったお」

ζ(゚ー゚*ζ「なんですの?」

( ^ω^)「夫妻の間には子供が居なかったようだお。タンスに子供用の服がない」

ζ(゚ー゚*ζ「そうですね。子供の遊び道具も見当たりません」

この部屋には、夫妻の子供が居た形跡がない。モララーとトソンは、子供に恵まれなかったのだ。
もしも二人の間に子供が居れば、その子に未来への願いを託し、安らかに逝けたのかもしれない。



100: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:24:18.13 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「まあ、これくらいかお。他の部屋も調査してみよう」

そう言って、ブーンが夫妻の部屋を出ようとする。すると、何らかのメロディーが聴こえた。
からくり時計のメロディーだ。ブーンが見上げれば、木製の時計の上部にある小さな窓が開き、
そこから出た三人の女性の人形が、メリーゴーラウンドのようにくるくると横に回転している。
十数秒ほどして、三人の女性は窓の中へと消えた。時計の針は、二時丁度を指し示している。
ブーンが時計に注目していると、予想だにしなかった事態が起きた。中空に光球が浮かんだのだ!
時計から出でた小さなそれは、ひらひらと部屋中を舞ったあと、ブーンとデレの間で留まった。
記憶の欠片だ。光の球は暖かさで部屋を満たして窓の雪を溶かし、やがて強烈な光を放った――――。


 “コンコン、と扉をノックする音がした。肩を寄せ合っていた二人は、すぐさま身体を離した。
  三十歳半ばの目付きが鋭い男性は、より気難しい顔をして、「入りたまえ」と命令した。”
  そうして、畏まって部屋に入ってきたのは、給仕服をだらしなく着た使用人の女性である。

从 ゚∀从『トソン様。モララー様。お食事の準備が整いましたので、食堂までお越しください』

( ・∀・)『ああ。うん。分かったよ。トソンを連れて、今から向かおう』



101: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:25:17.23 ID:kLLE5Q4M0
 使用人の女性は、若干の含みのある笑みを浮かべてから、しずしずと部屋から出て行った。
 きっと、彼女に覚(さと)られたに違いない。ハインという使用人は、鋭い勘を持っている。
 モララーは、「どうしてあのような使用人を雇ったのか」と考えながら椅子に座った。

(゚、゚トソン『どうしたんです? お疲れのようですが』

 車椅子に乗った病弱そうな女性、トソンが話しかけた。見た目の印象に反して嗄れ声だった。
 彼女は足が悪く、車椅子生活を余儀なくされていて、夫や周りの人間に支えられている。
 モララーは椅子のキャスターを器用に動かせて、そんな彼女へとくるりと身体を向けた。

( ・∀・)『いや。何でもないよ。ハインはもう少し、清楚でいるべきだよね』

(゚、゚トソン『・・・・・・』

 トソンは何も言わない。ハインのお転婆ぶりは、邸の誰もが知っていることなのだ。
 おきゃん(死語)である。彼女が割った皿の枚数は、三桁――いや、四桁に到達しているかも。
 ギネスブックに登録すべきだ。夫妻は、彼女の素晴らしい働きに大いに頭を悩ませている。
 奇妙な無言の空気が流れる中、モララーが口の前で両手の指を組んで切り出した。



104: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:26:55.64 ID:kLLE5Q4M0
( ・∀・)『まあ、良いか。それで、さっきの話の続き』

(゚ー゚トソン『“死んだ後も一緒に居て欲しい”、ですか。心配し過ぎなんですよ。
       勿論ですよ。私が先に死んだとしても、きちんと天国の入り口で待っています』

( ・∀・)『そうか。私が先に逝ったとしても、君の事を待っているんだからな』

 二人は愛の語らいの途中だったのだ。どんな堅物な人間でも、愛の前では無力である。
 モララーとトソンの二人は互いに信じ合いながら、そしてそっと肩を寄せ合ったのです。
 息を引き取ったあとも一緒に居る。そんな甘い願いが叶えば、どんなに素敵なのでしょうか。
 しかし、願いの大半は叶わないものである。現実は、非情という成分が多めに出来ている。
 両者、命を落とせば、永遠の時間を共に出来なくなったのである。パライソなどないのだよ!
 ただ在るのは地獄のような時間であり、ミルトンの失楽園でのルシファーのそれと同じである。
 未来を露知らないモララーとトソンは、それでも愛し合い、幸せ溢れる道を祈ったのだった。

( ・∀・)『愛しているよ』

(゚ー゚トソン『私もです』”



105: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:27:35.57 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「だけど、叶わぬ願いごとだった、かお」

意識が現実へと引き戻されたブーンは、呟いた。過去を視るのは一瞬の出来事である。
脳には処理能力というものがあり、一刹那で大量のイメージが流れ込むと疲弊が生じる。
ブーンは腕を上げて、疲れきった筋肉を解しながらデスクの前の椅子に腰を下ろした。

ζ(゚、゚*ζ「モララーさん。何をしてあげれば、心を鎮めてくれるのでしょう」

( ^ω^)「さてね。例えば、この写真が良いかもしれない。これを翳して、
       “トソンはいつも君を見てくれている”、と語りかけるのはどうかお?」

ブーンは写真立てから写真を取り出し、両手で広げて持った。なかなか良い作戦かもしれない。
弱み、とはあまりにも酷い言い方だが、モララーに愛を気付かせるには有効な手段ではある。
主人の目の前で、芝居がかった所作で写真を見せるのだ。そうすれば、自分は輝き目立てる。
ふっ、とブーンは不敵な笑みを溢した。そんな彼を、アイスピックのような鋭い目線が貫いた。

( ゚ω゚ )「・・・・・・」

(;^ω^)「!」



111: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:33:23.86 ID:kLLE5Q4M0
扉のところに、長身の使用人が立っていた。丸川の弟で、オッコトワーリといったか。
雲を衝くばかりの大男が、真っ直ぐにブーンへと視線を遣っている様は、少しの恐怖を覚える。
ブーンは、咄嗟に写真をポケットに忍ばせてから腰を上げ、素知らぬふりで彼に声をかける。

( ^ω^)「やあやあ。扉が開いていてね。ちょっと気になったから入らせて貰ったお」

( ゚ω゚ )「お断りします」

( ^ω^)「は?」

ζ(゚、゚*ζ「・・・?」

オッコトワーリはその体型に合った低い声で、“お断りします”と言ったのだった。
意味の分からないブーンとデレは顔を見合わせて、首を傾げた。使用人が二人に近寄る。
そしてオッコトワーリは、後ろから二人を小脇に抱え上げて、部屋の外へと放り出した。
まったく豪快な男である。デレは目を回し、ブーンは彼女をかばいながら怒鳴り散らす。



112: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:34:37.91 ID:kLLE5Q4M0
(#^ω^)「君! 客人に無礼――」

( ゚ω゚ )「お断りします」

だがしかし、ブーンは自分を見下ろす長身の男の視線に気圧され、二の句を継げなかった。
オッコトワーリは部屋の鍵を閉める。お断りします、としか喋っていない彼ではあるが、
態度から言葉の意味を推し量れた。「勝手にご主人様の部屋に入る事は、お断りします」、だ。
今まで出会った三人の使用人は、皆一様に職務に忠実である。癖が強い人間ばかりではあるが。

( ^ω^)「まあ、勝手に入ったのは謝るお。だが、強引過ぎるだろう」

( ゚ω゚ )「お断りします」

( ^ω^)「・・・・・・」

今度は、何を断るのか分からない。この使用人とは話しにならなさそうだ、とブーンは思った。
写真とそれなりの情報は手に入れたし、この部屋には用事はない。ブーンは一階の客室へと戻った。



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