( ^ω^)奇人達は二十一グラムの旅をしますようです

113: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:35:25.61 ID:kLLE5Q4M0
―4―

夕食を済ませたあと、ブーンはデレと一緒に風呂に浸かった。浴室は、各客室に設置されている。
浴槽は二人がくつろげるほどの大きさで、デレはブーンに背中を預け、彼の膝の上に座っている。
ブーンの眼にうなじが映る。彼はやや(?)性欲が強いので、むくむくと悪戯心が膨らみを増した。
彼は首にフェティシズムを感じている。だから、デレの繊細な首筋を、右手の中指でなぞるのである。

ζ(/////ζ「んん・・・。ブーンさん。だめ、ですの・・・・・・」

淫靡な声が、浴室に反響する。一頻りデレの反応を楽しんで、ブーンは彼女の首から指を離した。
デレは「いたずらは、よしてくださいですの」と言って、ぷくうっと頬を膨らませる。可愛い。
悪戯っぽく笑い、ブーンは浴槽から出て風呂椅子に座った。男の裸なんて、描写したくはない。
従って、ブーンの生まれたままの体型がどのようになっているのかは説明せずに、話を進めていく。

ブーンはシャワーで身体を払い流す。それを見たデレも、浴槽から出た。湯気で大事な部分が隠れる。
アニメでも漫画でもラノベでも、湯気さんの活躍はマジパネエっす。心に殺意が芽生えるくらいにね!
デレはマットに両膝を着き、タオルで彼の背中を丹念に拭き始めた。うんとこしょ、どっこいしょ。

( ^ω^)「ありがとうだお。デレは本当に優しい人だお」

ζ(゚ー゚*ζ「別に構いませんの。ブーンさんの背中は広くて、洗い甲斐がありますの」



114: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:36:58.70 ID:kLLE5Q4M0
ブーンとデレは同時に嫣然とする。のほほんとして、ブーンは目の前にある鏡を覗き込んだ。
笑顔で、自分の背中を洗ってくれているデレが映っている。透き通るような綺麗な肌である。
だが、全てが美しいわけではない。彼女の心臓の辺りには、縦一線に大きな傷があるのだ。
まるで刺傷痕だ。ちらりと鏡に映り込んだその傷跡を見たブーンは、何気なく訊ねた。

( ^ω^)「・・・デレの胸の傷跡は何なのだお? いつもは気にしないようにしてたのだけど」

ζ(゚、゚*ζ「これは」

デレは腕の動きをぴたりと止めた。もしかして、訊いてはいけなかったことなのだろうか?
彼女の死と関わりがあるのかもしれない。ブーンは頭を掻いて、申し訳なさそうに謝った。

(;^ω^)「いや。言い難いことならすまなかったお」

ζ(゚ー゚*ζ「良いんです。ブーンさんには、あたしの全てを知っていて欲しいのです」

再び、デレは腕を動かせる。そして、二人きりの空間では充分な声量で、述懐する。

ζ(゚ー゚*ζ「十七年前でしたか。あたしはですね。家への帰り道の途中で、殺されたんですの」



115: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:38:27.72 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「・・・・・・」

ζ(゚ー゚*ζ「その事件は、結局犯人が見付からなくて、迷宮入りになってしまったのです。
        もう、その時は口惜しくて口惜しくて。小説の名探偵でも居てくれればなあ、
        と何度も何度も思いました。・・・・・・それで、今のあたしがあるのですね」

重々しい事情を、デレは明るい口調で話す。彼女の探偵への憧れは、こういう理由だったのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ですけど、あれから随分経ちました。今では怨みや憎しみはありません。
        ハインさんが言っていたのと同じですね。達観の境地に達しているんですの」

( ^ω^)「分かったお。デレの苦しみは十二分に分かったから、それ以上は良いお」

ブーンは、デレに風呂椅子に座るように促した。人間は非情の現実で、支え合って生きるものだ。
親切は返さなくてはならない。デレは首を振って遠慮をするが、ブーンが無理矢理に座らせた。
彼はデレの柔肌を優しく拭きながら、この邸について考える。主にモララーについてである

( ^ω^)「それにしても、モララーは姿を現せないね。まだ何か足りないのだろうかお」



116: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:40:13.36 ID:kLLE5Q4M0
モララーは、妻であるトソンと永遠の愛を誓ったが、死後に離れ離れになってしまった。
放火での死である。それを苦に思い、モララーは二十一グラムを、魂を零れ落としたのだ。
ブーン達は彼の在り方を、余すことなく知っている。しかし、一向にモララーは現れないのだった。

ζ(゚ー゚*ζ「ううん。他にも、何か苦しみがあるのかもしれませんの」

( ^ω^)「苦しみねえ・・・」

ブーンが首をひねって考えるがしかし、今の彼にはそれ以上の事象は思い浮かばなかった。
そうしていると、いつの間にか手が止まっていた。いかんいかん、とブーンは再び手を動かせる。
デレの身体はスレンダーである。彼が好きな体型で、見ていると扇情される。こちらの方がいかん。
雑念多きブーンは、顔を横に幾度と振って邪念を振り払う。鏡を眺めていたデレは、疑問に思う。

ζ(゚ー゚*ζ「? どうしたんですの?」

( ^ω^)「いや・・・。ちょっと、自分自身と切磋琢磨し合っていただけだお!」

ζ(゚ー゚*ζ「そうですの。自分自身は最大のライバルですの。漫画でよく言われますのー」

それから、二人は他愛のない会話を交わしたあと、浴室を出た。ベッドの上で二人は寝転ぶ。
窓の外では、雲に丸い白光が薄っすらと浮かんでいる。その内に、吹雪は静まりそうであった。



119: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:41:32.20 ID:kLLE5Q4M0
夜が終わり、朝が訪れる。九時頃。ブーン達は出発する準備をしている。ほぼショボン任せである。
予定が一日遅れたが、キジョへと行くつもりだ。結局、ブーンは邸の正体を見破られなかった。
ショボンとツンが車に荷物を運んでいる最中、ブーンはデレと共に玄関ホールに佇んでいる。
玄関ホールには二人の他に、ハインとガイドライン兄弟の姿もある。見送ろうとしているのだ。

从;-∀从「ねみぃー、心の底からねみぃー」

ハインが眠そうに欠伸をした。彼女の部屋は、ブーンとデレが泊まった客室の真上にある。
この石造りの洋館はそれほど防音性は高くなく、ある程度以上の大きさの音は筒抜けなのだ。
つまり、ハインは下から聞こえてくるあえぎ声や、ベッドが軋む音に夜通し悩まされたのだ。
まったく迷惑な夫婦だぜ! そんな彼女の気持ちを知らず、ブーンは近付いて注意をする。

( ^ω^)「キミイ。客人の前で欠伸は、いけないのではないかお」

从#゚∀从「何を。お前らのセックスがうるさ過ぎて、俺は眠れなかったんだよ!」

(;^ω^)「おっ」

ζ(/////ζ「えっ」



120: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:42:16.16 ID:kLLE5Q4M0
ハインの罵りに、二人はとても驚いた。ハインの部屋がどこかは知らないが、声が漏れていたのだ。
もしや、隣の部屋のツンにも情事の音が聞こえたのではないか。二人の顔はみるみる青ざめていく。

ξ゚听)ξ「ちょっと。暇そうにしてないで、お二人も手伝ってくださいな」

玄関扉を開けて、ツンが入って来た。彼女は着衣類が仕舞われた鞄を、車へと運んでいる。
ブーンは擦れ違おうとするツンを呼び止めて、恐る恐るといった面持ちで訊ねてみた。

(;^ω^)「つ、ツン。君は昨晩、何も聞かなかったかお? ・・・例えば、物音とか」

ξ゚听)ξ「さあ。私は早くに寝ましたので、物音なんて聞いてません」

( ^ω^)「そうかお。いやあ。僕としたことが焦ってしまったお」

どうやら取り越し苦労だったようだ。ツンは肩を竦め、西側の廊下へと後姿を小さくしていった。

从 ゚∀从「さあて。俺たちも見送る準備でもするか。久しぶりの客人だったから楽しかったぜ。
      オッコトワーリから、お前らがご主人様の部屋に入ったと聞いた時は、ヒヤヒヤしたけど。
      終わり良ければ全て良し。うんうん。人生は、すべからく順風満帆でないといけねえ」



122: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:43:58.45 ID:kLLE5Q4M0
人生の歯車が軽やかに回っていないハインが、腕を伸ばして関節を鳴らせる。ポキポキと。
その仕草は、まるで男のようだった。ブーンは奇異の視線を彼女の向け、玄関扉のドアノブに触れた。
夜中にも忍び足で邸を調べたのだが、何一つ成果は得られなかった。まったくの完敗である。
ブーンは、物事を勝ち負けで判断するところがある。ブーンはモララーの影の謎に負けたのだ。

主人は、在り方に気付けば出てくるはずなのだ。そしてそれは、自分やデレも重々承知している。
だが、モララーは出てこない。・・・極度の恥かしがり屋なのか? それは無い。ブーンは顎を上げた。
心の欠片で見た彼は、とてもそういう風には見えなかった。目付きが鋭く、気丈そうな男であった。

从;゚∀从「よお。お客人。扉の前で立ち止まって、何をやってんだ? 後がつかえてるんだが」

ハインがブーンの背中に声をかけた。彼女は、真に男勝りな性格である。滅法、気が強い。
ブーンの周りには、気の強い女性が多い。ツンは勿論のこと、クーやヒートも芯の強い人間だ。
彼女達は詳細に言えば性格が違うが、大まかに見ると素直で手厳しい言葉をぶつける女性陣なのだ。
・・・・・・ブーンはドアノブから手を離して、振り返った。皆、不思議そうな視線を彼へと注ぐ。

( ^ω^)「そうか。そうなのかお」

ζ(゚、゚*ζ「ブーンさん?」



123: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:44:47.18 ID:kLLE5Q4M0
ハインが言う、“ご主人様”に惑わされていたのだ。何も、ご主人様が男性だという決まりはない。
女性だって、資格さえあればそういう風に呼ばれることがある。この邸でもあり得る話なのだ。
――――成分が重い煙草を、男性が吸うとは限らない。写真の映りでは、全ての中心に居たのである。
彼女が頂点だったのだ。モララーは恐妻家で、頭が上がらなかったのだろう。先入観に邪魔をされた。
ああ。出発が遅れそうだ。ブーンは使用人達が恐れ敬う女性と、対峙しなければならないのだから。

( ^ω^)「トソンかお。女々しいのではなくて、真実に女だったのだお」

从 ゚∀从「てめえ――」

「いらんことを口走るんじゃねえ」。言おうとするハインだが、刃物のような視線に遮られた。
いや。強烈な視線を受けているのは、ハインだけではない。この場に居る、誰にもに均等である。
上だ。ブーンが見上げると、天井に吊るされていたシャンデリアが落ち、凄まじい音を響かせた。
幸い下には誰も居なかったがしかし、想像を絶する殺意を全員に知らしめるには充分であった。

「あはは」

正体不明の笑い声。シャンデリアを吊り下げていたロープに、女性がぶらさがっている。
右手には、ブーン達が夫妻の部屋で発見した、ハサミのような刃物の片割れが握られている。
女性はロープから手を離し、シャンデリアの破片の上へと着地した。ジャリ、と嫌な音がした。



127: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:47:44.72 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「君がトソンかお。ふん。確かに、手強そうではある」

ブーンは主人の姿に注目する。フレンチベージュのロングスカートに、白いブラウスを着ている。
地味な格好だ。しかし、トソンの足元からは黒い霧が曲線となり、彼女の身体に螺旋を巻いている。
そして、黒い翼も今までに見た誰のものよりも、一回り大きい。鮮烈な圧倒感を持っているのだ。
彼女はどこか花のようにも見える。ただし、眼の輝きを失った造花である。造花が、くすりと笑う。
トソンは、ポケットから煙草を取り出した。すぐさまハインが近寄って、ライターで火を点ける。

~~-v(゚、゚トソン「・・・・・・」

甘い匂い。煙草とは思えない匂いだが、紅茶フレバーのものもあると聞く。世も末だ。
これならショボンが吸っている煙草の方が遥かにマシだな、とブーンは思いながら話しかけた。

( ^ω^)「ご機嫌うるわしゅう。・・・僕は内藤ホライゾンというお」

~~-v(゚、゚トソン「見過ごしておけば良い物を、よく気付いたな。ええ。気付いてしまったな。
         私は夢の中に居るのだ。そこは時間の角とも謂える。君達全て、逃がさない」

ハスキーな声だ。恐らく、煙草で喉がやられてしまっているのか。ヒントは声質にもあったのだ。
トソンは煙草をくゆらせ、吐き出した。車椅子の夫人はしっかりと立ち、ブーンを見据えている。
使用人達を後ろに横一列に並ばせているのもあって、彼女からはある種のカリスマ性を感じさせる。



128: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:48:45.27 ID:kLLE5Q4M0
ζ(゚、゚*ζ「ううう、恐ろしい人。でも、負けていられませんの。こちらには写真がありますの」

~~-v(゚、゚トソン「写真。ああ。寝室に置き去りにした物か。あれなら、もう見飽きた。
        穴が開くほど見ても、あの人は出て来ない。静謐な瞬間は戻っては来ない」

トソンが口から煙草を離した。ハインが畏まって側に寄り、銀色の灰皿を差し出した。
煙草が灰皿に押し付けられ、潰される。煙は消えたが、独特な匂いが残ったままである。

( ^ω^)「君達は、相当仲が良かった夫婦とみる。あの世でモララーが待っているお。
       きちんと、ね。トソンも今すぐに、彼のあとを追いかけるべきだお!」

(゚、゚トソン「あの世」

( ^ω^)「そう。きっと、向こうで待ってくれている。誓いは嘘ではないのだお」

トソンは眉間に指を押し付けた。正気ではないと言っていたが、まだ狂気には陥っていないようだ。
これは勝機である。矢継ぎ早に鎮まらせる言葉を放てば、無事に彼女を退けられそうだ。しかし。

(゚、゚トソン「何を言っている。此処が彼岸では無いか。どこにも、あの人の姿は見当たらない」



131: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:50:13.00 ID:kLLE5Q4M0
トソンは瞳の光を失ったまま、力強く言った。彼岸と此岸の区別がついていないのである。
やはり正気ではない。トソンは痩せ細った左腕を伸ばし、歌を唄うように言う。

( 、 トソン「神様は居ない。何故なら、私は祈ったのだから。“末永く、一緒に生きていたい”とね。
      祈ったのだ。祈ったのだ。――けれども、現実はどうだ。どうだ、と私は君達に訊いた」

両腕で頭を抱え、トソンは全身を震わせる。涙を流そうとするも、涙はとっくの昔に枯れている。
それは何故か。神経質に、トソンが自分自身に問いかける。しかし、原因を見出せない。
鬱屈とした気持ちのはけ口は、幸せそうに立っている目の前の青年である。彼女は得物を構える。
右腕を不安定にぶるぶると伸ばし、あのハサミのような刃物の先を、ブーンへと向ける。

( 、 トソン「だありん。だありん。何処に行ったと謂うの? あああ。それよりも忌まわしい。
      存在の違いを超えて幸せな二人が憎い。・・・憎ったらしいったら、ありゃあしない!」

玄関ホールに絶叫が響く。トソンは二人に駆けようとした。肩口から腰にかけて斬るのだ。
次いで、首を刎ねる。狂気の中でのシミュレーションは、完璧だった。だが、声に邪魔された。

ξ;゚听)ξ「こ、これは、何なのですか!?」

( 、 トソン「!」



132: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:51:13.23 ID:kLLE5Q4M0
物音に驚いたツンが、玄関ホールに戻ってきたのである。トソンは意識を彼女へと向ける。
そして、トソンはツンに向かって駆けた。この場の誰から殺しても、結果は一緒なのだ!
刃先を地面に引き摺りながら、トソンは一直線に風を掻き分けて走る。目標はツンの首である。

(;^ω^)「ツン! 逃げるのだお!!」

ブーンが叫ぶが、ツンには突拍子もないことなので反応が出来ない。凶器が突き出される。
もう駄目だ。しかし、刃はツンの首からは大きく逸れて、何もない中空を貫くだけに留まった。

ξ;゚听)ξ「あなた・・・」

ζ(゚、゚*ζ「ツンさんを、傷付けさせるわけにはいかないですの。ブーンさんの大切な妹なんです」

デレが左腕で、トソンの腕を払ったのだ。一瞬の出来事だったので、ツンには分からなかった。
トソンは顔中にシワを寄せて、立ちはだかったデレを凶悪な形相で睨む。けれど、彼女は屈さない。

ζ(゚、゚*ζ「あたしは人を殴りたくありません。ですが、今からキミの邪心を殴り付けますの」

(゚ ゚トソン「ああ。そうかい」



133: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:51:59.12 ID:kLLE5Q4M0
呟いて、トソンは大きく凶器を振り上げた。振り下ろすはデレの肩口だ。正確無比な一撃である。
その斬撃を、デレは足を限界まで曲げていなし、即座にトソンの無防備な足首を蹴り払った。

( 、 トソン「っ」

トソンが横向きに転倒しかけるが、咄嗟に床に左手を着き、その反動により立ち上がった。
アクション映画染みた動作だった。だが、デレはトソンが地に両足を着いた瞬間に隙を見出し、
左足の裏で心窩を圧迫した。微かなうめき声を漏らして、トソンは遥か後方へと蹴り飛ばされる。

(;^ω^)(凄いお。けれども、これはそんな物語ではない・・・)

デレの意外な力に驚嘆し、ブーンはメタ的なことを思った。・・・・・・危機は逸したようだ。
ブーンは、急いでツンとデレに駆け寄った。ツンに傷はないが、デレは左腕を赤く染めていた。
ツンをかばった際に、刃にやられたのである。完全に攻撃を打ち払ったわけではなかったのだ。

(;^ω^)「・・・・・・デレ。大丈夫かお?」

平和主義なブーンは、人が争うのが大嫌いだ。血を流す姿を見るなんて、もってのほかである。
あまつさえ、それが最愛の人間の流血なのだから、彼の顔面中から血の気が消えうせる。



135: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:53:19.13 ID:kLLE5Q4M0
ζ(゚、゚*ζ「大丈夫ですの。その内に、傷は塞がりますの。それよりも・・・」

デレは真っ直ぐに青い双眸を向けた。トソンはうずくまって、口から涎を垂らしている。
眼球を血走らせてむせるトソンを、三人の使用人達が介抱しようとするが、彼女は手で振り退けた。

(゚ ゚トソン「よくも、よっくも、私を地に膝を着かせたな。許すまじ、愚行・・・!」

トソンがゆらりと立ち上がる。未だに凶器は手に握られており、殺気は消えていない。
もう、実力行使で戦うしかないのか。ブーンは暗澹たる気持ちになり、こめかみを押さえる。

( ^ω^)「トソン。ここは地獄ではなくて、現実なのだお。逃避をするのはやめたまえお。
       僕も最愛の妻を亡くしたら、きっと君みたいに錯乱に陥ってしまうと思う。
       君の気持ちはよく分かるお。・・・今こそ、使用人共を連れて天国へと向うのだお」

(゚、゚トソン(・・・・・・)

いきり立つトソンをなだめるようにブーンは、彼女との距離を詰めながら優しく語りかける。
この言葉は、彼女の深い部分に届いているだろうか。荒ぶる心を、鎮めてくれるだろうか。
そのような願いを込めて、ブーンがトソンに指を差した。いつもの迫力は、そこにはない。



136: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:54:11.39 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)9m「鎮まりたまえお。君が求める楽園は、此処よりも高いところにあるのだお。
        その黒い翼を穢れなき白に変え、寂滅するのだお。至極簡単な話だお」

(゚、゚トソン「・・・成る程。慥(たし)かに、此処は現実のようだ。厭な事ばかりがある、現実だ。
      しかしね。私は此処と夢以外には、何処にも行けやしないのだ――そうか。夢の中か」

トソンは何やら考え付いたようで、ほくそ笑んで凶器を肩にかけた。彼女は天井を見上げる。
視線が吸い込まれる先は、トソンとモララーが暮らしていた部屋だ。彼女は眼を大きく見開いた。

(゚ー゚トソン「この際、現実など捨ててしまえば良いのです。貴方達もそう思うでしょう?
      返答は要りません。貴方達を、素敵なパライソ(楽園)へとご招待致しましょう」

( ^ω^)「?」

トソンはブーン達へと顔を戻した。彼女は穏やかな表情をして、微笑んでいる。狂人のそれだ。
肩に提げた凶器を下ろし、トソンは左腕を前に伸ばす。呪縛がブーン、デレ、ツンの三人を捉えた。



139: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:55:33.07 ID:kLLE5Q4M0
ζ(゚、゚;ζ「いけません! トソンさんはあたし達を、夢の中へと引き込もうとしていますの!」

(;^ω^)「君達に不可能はないのかお! どうにか出来ないのかお!?」

ζ(゚、゚;ζ「やってみますの!」

デレがブーン達の前に進み出た。負けじと対峙し、彼女はトソンと同じように腕をかざす。
どこからか風が吹き、それはますます圧力を強めて行く。玄関ホールが風で満たされる。
デレはきっとトソンを睨み、腕に力を込めた。そして、何やらぶつぶつと念じ始めた――。

ζ(゚、゚*ζ「舎利子。色不異空、空不異色、色即是空、空即是色・・・」

( ^ω^)「えっ。なにそれ」

+ζ(゚ー゚*ζ「般若心経ですの! きっと、邪念を避けられますの」キリッ

ここで一番頼りになるであろうデレがこれなのだから、ブーン達が夢の世界に行くのは必然なのだ。
トソンは一際強く、呪縛に心力を注いだ。ブーン達は目の前が暗くなり、意識が闇へと沈んでいった。



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