( ^ω^)奇人達は二十一グラムの旅をしますようです

4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:09:18.05 ID:kLLE5Q4M0
         その洋館は、山奥にある湖のほとりに建っていた。        

       茂良家が所有している洋館で、“九時館”と呼ばれていた。        

     主は、残忍だった。気に入らない使用人が居れば、即刻解雇である。   

       いつ如何なる時でも、使用人達の働きに目を光らせていた。      

       周りのもの達は畏怖を覚えながら、仕事に従事していた。    

     そのような人間ではあるが、主には一人だけ気を許す人物がいた。     

     連れ合いである。そちらは主とは対照的に、穏やかな性格だった。    

      心の底から愛していたのだ。誰だって、愛の前では平等だ。       

            「末永く、君と生きていたい」               

     祈った。居るのか分からない神にね。祈ったのだ。祈ったのだ。      

                         
                            ――確かに、祈ったのだよ。



5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:09:45.07 ID:kLLE5Q4M0

       3:二十一グラムは永遠の愛を求める ver.パライソ          



6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:10:27.31 ID:kLLE5Q4M0
―1―

(#^ω^)「うるさいお! このポンコツ時計め! ぶっ潰してやる!」

ブーンは、目覚まし時計のベルに起こされた。仕返しとばかりに何度もボタンを叩く。
執念深く幾度となく。しかし、この目覚まし時計は精巧かつ頑丈だ。壊れることがない。
根負けして肩を落とし、ブーンはベッドから滑り落ちた。ベッドに、彼の妻の姿はない。
もう正午過ぎだからだ。きっと、デレは邸のどこかに居るのだろう。ブーンが立ち上がって、
カレンダーに視線を遣る。今日は十二月十四日である。一年の終わりが、すぐそこに来ている。
だけれど、彼には関係のないことだ。大事なのは、その少し前にあるクリスマスである。

(*^ω^)「クリスマス。クリスマス。ふっふーん♪」

パジャマから上等のスーツに着替えて、ブーンは調子はずれな鼻歌を奏でる。
クリスマス。神が人間として生まれた日を祝う、キリスト教の記念日である。
彼はその前日、つまりクリスマスイブの日に、何かイベントを計画しているのだった。
デレと熱い夜を過ごす? またまたご冗談を。彼の考えるものは、もう少しだけ高尚である。

( ^ω^)(ツンとデレは仲が悪いようだお。僕がその仲を取り持つのだ)



7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:10:57.11 ID:kLLE5Q4M0
どうしてかは分からないが、妹のツンとデレは仲が悪い。目を合わそうとしないのだ。
見たところ、ツンが一方的にデレを嫌っているようだが、これではいけない。
心優しいブーンは、二人を仲良くさせるために、イブの日にイベントを予定している。
この企画は、驚かせたいので二人には内証にして、友人のショボンにだけ打ち明けるつもりだ。
彼は口が軽いきらいがあるが、物事の分別が出来る人間だ。秘密を守ってくれるだろう。

(*^ω^)(僕って、なんて他人の気持ちが分かる男なのだろう!)

ブーンは浮かれ出した。自分は配慮の出来る人間である! おお、さといさとい。
腰に両手を当てて、廊下をスキップで進む。そして、リビングに入るとツンが居た。
彼の登場の仕方に驚愕して、ツンは丁度飲んでいたジュースを噴き出しそうになった。

ξ;><)ξ「けほっ! けほっ! お兄様は本当に二十七歳なのですか!?」

カウチソファでくつろいでいた彼女は、コップをコースターに置いて自分の胸を撫でる。
飲み物が気管に入りかけた。ごほごほと、むせながらツンはブーンを鋭い目付きで睨む。
ブーンはそんな彼女の後ろに回り、両肩に手を置いて、優しく揉み解した。そう。優しくね。



8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:11:20.84 ID:kLLE5Q4M0
ξ;゚听)ξ「な、なんですか・・・? お兄様らしくありませんわ」

普段とはかけ離れた兄の労いの行為に、ツンはどぎまぎとして振り返る。
兄がにかやかな表情で自分の肩を揉んでくれている。この人は、一体誰なのだろう。
肌が粟立つ。頭を何かにぶつけてしまって、ブーンはおかしくなってしまったのか。

ξ;゚听)ξ「はっ!? もしや、私に知られると、怒られるようなことをしましたね?」

( ^ω^)「そんなことはしてないお。ただ、僕は労ってあげているだけだお。
       いつも料理を作ってくれたり、邸を掃除してくれている君をね」

ξ゚听)ξ「お兄様・・・」

ツンは感動して、涙を流しそうになった。不遜で高慢だった兄が親切にしてくれている。
二十七歳になって、ようやく成長したのだ! ツンが急に熱を帯び始めた目頭を押さえる。

ξ;凵G)ξ「やっと大人になってくださったのですね。私、ツンは嬉しゅうございます」



10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:12:38.33 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「大げさな。それに僕は、元から成熟しきった大人だお」

ξ;凵G)ξ「はい。もうそれでも良いので、どうかこれからもお願いします」

何度も念入りに揉んでから、ブーンはツンの肩から手を離した。彼女の肩は少しこっていた。
ツンは朝昼夕料理を作り、ブーンの自室以外の部屋を綺麗に掃除していて、無職とは若干違う。
内藤邸は使用人を雇っていた頃があり、彼らが寝泊りしていた場所もあって部屋数が多い。
今は使われていないが、それでもツンは掃除をしているのだ。彼女と結婚する男性は幸せだろう。
しかし、ツンには現在懇意にしている男性は居ないし、兄が猛反対するのは目に見えている。
物思いにため息を吐くツンの隣に、ブーンが腰を下ろす。そして彼は、ツンの肩に腕を回した。

( ^ω^)「嬉しそうにしたかと思えば物憂げにしたり、ツンの表情はよく変わるね」

ξ゚听)ξ「・・・私には色々と悩みがあるのです。ああ、心配なさらなくても大丈夫ですわ。
      自分で解決出来ることですので。お兄様はご自分の心配だけなさってくださいね」

( ^ω^)「うむ。ツンは強い女性だお。だけど、耐えられなくなったら僕に言いたまえお。
       僕が相談に乗ろう。ツンは可愛い妹なのだ。ひたすら尽力するお!」



11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:13:16.45 ID:kLLE5Q4M0
もしも、ブーンに相談などを持ちかけると、とんでもない行動に走るに違いない。
それを把握しきっているツンは話半分に聞き、「はい」とにこやかに受け答えた。
二人は顔を前に向ける。大型のテレビに、ニュースを読み上げるキャスターが映っている。
特に恐ろしい事件は報道されていない。至極良いことではあるが、つまらない内容でもある。
大きな欠伸をしたブーンは、ふと思い出した。そういえば、デレはどこに居るのだ。

( ^ω^)「・・・デレは? デレはどうしたのだお?」

一人きりにされた子犬のような目をして、ブーンが尋ねた。ツンは目を細めて答える。

ξ゚听)ξ「お昼ご飯を食べたあと、クドリャフカを連れて散歩に行きましたわ」

素っ気ない言い方だった。ツンは本当にデレを嫌っているようだ。まあ、当然の話だが。
やはり、ブーンには理由が分からないが、このまま放っておくわけにはいかない。
二ヶ月前の十月に、ブーンとデレは内藤邸にてささやかな結婚式を挙げたのだ。
正式にとはいえないが、デレは内藤家の一員になったのである。仲たがいは駄目だ。

( ^ω^)「ふむ。散歩に出たのかお。・・・ツン、デレと仲良くして欲しいのだけど」



13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:14:03.92 ID:kLLE5Q4M0
ξ゚听)ξ「・・・・・・」

ツンは黙して答えなかった。じっとニュースのテロップを目で追っている。
政界のニュースが終わり、クリスマスの話題に移った。都会でイベントが催される。
全長十キロメートルほどの大通りに、幾何学的な模様のイルミネーションが飾られるそうだ。
その都市はキジョという名称で、ブーンの大学時代の友人が住んでいる場所である。
友人はジョルジュ長岡といい、女性のふくよかな胸に異常な好奇心を示す好青年だ。

( ^ω^)「ジョルジュが住んでいるところだお」

ξ*゚听)ξ「そうでしたわね。電飾が色鮮やかですわー。一度行ってみたいです」

映像に写るきらびやかなイルミネーションを見て、ツンが茶色の瞳を輝かせる。
彼女は都会には赴いたことがない。大学も電車で数駅乗ったところのに通っていた。
ここで、ブーンはぴんと閃いた。クリスマスイブに都会に連れて行けばいいのではないか。
ショボンと事前に打ち合わせをして、ツンとデレが二人きりになる時間を作るのだ。
二人になれば、いやでも会話をしなくてはならない。頭脳明晰な青年は指を打ち鳴らした。



14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:15:12.59 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「いいね! 僕は類まれなる知性の持ち主だお!」

ξ;゚听)ξ「? よく分かりませんが、それは有りえないと思います」

( ^ω^)「善は急げだお!」

ブーンはすっくと立ち上がった。リビングの隅に設置されている電話の受話器を取る。
かける相手はショボンだ。流れるような指使いで、ショボン宅の電話番号を入力する。
十回ほどのコールのあと、電話が繋がった。友人の声は少し上擦っていた。

『もしもし。ショボン書店だよ』

客からかかってきたかもしれないのに、ショボンはくだけた言葉で応対した。
何でもありだな、この人間は。眉を顰めて、ブーンは馬鹿にした態度を取る。

( ^ω^)「君ねえ。また酒を呑んでいただろう。声が高くなってるのだお。
       それに仕事をする気があるのなら、丁寧な対応を心がけたまえお」



16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:16:24.50 ID:kLLE5Q4M0
『黙れよ。無職ボーイ。僕の家の電話番号を知っているのは、君ら兄妹とジョルジュだけだよ。
 だから、敬語を使う必要はないのさ。分かったかい? なら、用件を言ってくれよ』

ショボンの話は、クーほどではないが長い。そして、彼は辛辣な言葉を吐くときがある。
降って湧いた頭痛に、ブーンはこめかみを押さえる。口では彼に、一生敵いそうにない。

( ^ω^)「ふん。威張っていうことじゃないお。その内、店を潰してしまえ。
       ・・・用件はね。僕の邸に来て欲しいのだお。なるべく早くね!」

『ちょっと待ってくれ。急だね。ブーンはね、いつも自分勝手が過ぎるんだよ。
 一度肺を空気で満たして、大きく吐いた方が良い。それで、用件は何なんだい?』

( ^ω^)「だから、内藤邸に足を運びたまえと言ってるのだお! しつこいお!」

『・・・・・・どうやら、本気らしい。ううん。酒が抜けたら行かせて貰うよ』

(;^ω^)「やっぱり呑んでたのかお。ショボンはね、自由が過ぎるのだお。
       じゃあ、夕刻以降だお。それでも良いから、よろしく頼んだお」



19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:17:37.26 ID:kLLE5Q4M0
ブーンは受話器を置いた。ショボンとの会話は短かったが、精神をすり減らすまでに至った。
額に手を置いて、彼は天井を仰いだ。そんなブーンの側には、慌てた様子のツンが立っている。

ξ;゚听)ξ「ショボンさんが来られるのですか。どうしよう。お茶菓子を用意しなくっちゃ」

( ^ω^)「いらないいらない。ショボンになんて、何も出さなくていいのだお」

言って、ブーンが手を振るがしかし、心優しいツンはリビングを去って行ったのだった。
何か菓子でも作って、ショボンをもてなすつもりだろう。兄とは違って、立派な妹である。
手持ちぶさたになったブーンは、「これから何をしようかね」と唇の先で手を合わせた。
デレは散歩に行っているようだし、ツンは菓子を作りに台所に行ってしまった。
ツンの手伝いでもしようかと思ったが、自分は料理が出来ない。邪魔になるだけだ。
仕方がない。ブーンは居間でくつろぐことにした。彼はソファに深く腰を埋める。

( ^ω^)+(テレビは低俗だお。僕のような慧眼の持ち主は、読書が似合う)

テレビの電源を落として、ブーンはテーブルの上にある一冊の本に手を伸ばした。
“ハサミ男”。ミステリーというジャンルに於いて、人々によく知られた小説である。
デレもツンもミステリーが好きなので、どちらの所有物かは不明だ。彼はページを開く。



20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:18:34.13 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)(・・・どんな話だったかお)

随分と前に読んだので、話の内容を忘れてしまった。・・・その方が楽しめるか。
べ、別に、記憶力がないわけではないのだお! 鼻を鳴らせて、ブーンは寝転んだ。
そうして読み進めていると、ツンが部屋に顔を出した。ツンはブーンに注意をする。

ξ゚听)ξ「何ですか! お兄様、だらしのない格好で。きちんと座ってください」

( ^ω^)「うーん。それは確かに言えてるお。仕方ないね」

ブーンは身体を起こして姿勢を正した。妹の言葉だけは、よく聞く男である。
栞代わりに親指を挟んで本を閉じ、ブーンは扉の側に立つツンを見遣る。

ξ゚听)ξ「材料が足りないので、急いで街に行ってきます。お兄様は留守番をお願いします」

( ^ω^)「なに? ツンが街に出なくても良いお。僕が買いに行ってやる。
       もしかしたら君を口説こうとする、不届きな輩が居るかもしれない」



21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:19:33.81 ID:kLLE5Q4M0
果てしなく過保護なブーンがお使いを買って出るが、ツンは即座に拒否をした。

ξ゚听)ξ「お兄様にお任せしたら、きっとおかしなことになりますわ。
       いつでしたか。紅茶の葉を頼んだのに、ゲーム機を買ってきましたよね。
       最新式の。どうすれば、そんな事態になるのですか? ゲームをしないのに」

(;^ω^)「う・・・」

ブーンは言いよどんだ。ツンが言った通り彼は、頼んだものとは別なもの買ってくる。
それはまだマシな方で、時には何も買ってこない場合もある。これでは信頼を得られない。
ツンは、ブーンの言葉を待たずに出て行ってしまった。一人になったブーンは肩を落とす。
悄然とした気持ちで、再び本を読み始めた。三十分ほど経つと、玄関の方が騒がしくなった。
デレが帰ってきたのだ。カチカチと、飼い犬の爪が廊下を鳴らす音が近付いてくる。
やがて、ブーンに似た顔をした犬と、ふわふわとした髪の毛が可愛い女性が部屋に入って来た。

ζ(゚ー゚*ζ「ただいまですのー! クドちゃんが途中で疲れて大変でしたの」

(U^ω^) わんわんお。 (小型犬に、何キロも歩かせないでよね)



23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:20:27.93 ID:kLLE5Q4M0
デレはブーンの元に寄ってきて、彼の膝の上に乗った。甘い香りが彼の鼻腔をくすぐる。
女性はどうして、良い匂いがするのだろうか。ブーンは本を置き、彼女を抱き寄せる。
服と服がこすれあう。ブーンがデレの首筋に口付けしようとするがしかし、抵抗された。

ζ(゚ー゚*ζ「だあめ! ツンさんがいらっしゃいますの」

( ^ω^)「ツンなら、街に買い物に行ったお」

ζ(゚ー゚*ζ「そうですの? でも」

昼間からは――。と言いかけたデレだったが、首に腕を回されて引き寄せられた。
ブーンはデレの雪のように白い首筋に、舌先を這わせる。温かな感触に、デレの肩が震える。
一分間。執拗にそうしたあと、ブーンは首から顔を離した。彼は確認のために、顎を上げた。
ブーンの首に腕を回し、きつく抱きしめているデレは頬を赤くして、瞳にうすら涙を浮かべている。
きちんと感じてくれているようだ。高鳴る胸の鼓動を抑え、ブーンは彼女をソファに寝転ばせた。
口に手を添えて緊張の面持ちのデレに馬乗りになり、ブーンはスーツを脱ぎ始めた。



25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:22:24.35 ID:kLLE5Q4M0
これから二人がすることは決まっている。未来にまで子孫を残そうとする、神聖な生殖行為である。
はたして、身体の形は同じだが厳密にいえば存在が違うので、子供が出来るのかは分からないが。
・・・そのようなことは構わないのだ。人間と影との違いなんて、二人には些細な問題である。
スーツを脱いだブーンは、デレに熱い口付けをした。彼女は瞼を閉じて、身体を強張らせる。
ああ。とうとう閲覧注意になってしまう。なるたけ避けたかったのだが、なってしまうのです。
ブーンは彼女のあまり発達をしていない胸に手で触れながら、耳元でささやきかける。

( ^ω^)「僕はデレを愛しているお。死ぬまで、ずっとね。
       でも、僕が死んでしまったら、僕の愛はどうなるのだろう。
       ・・・君の方がずっと長生きだ。死の概念なんてないのかもしれない。
       考えると無性に怖くなるのだお。だから、僕は愛の形を残しておきたい。
       つまり、僕とデレの子供を作るのだお。それなら、永遠に愛は残る」

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンさん」

デレは、身体の抵抗を全て解いた。あとはブーンの行動に身を委ねた。
二人の性行為は、各々の一風変わった性格があらわれていて、非常にねちねちとしている。
まず、前戯には時間をかけ、最中にも時間をかけ、それから後戯にも時間をかける。
その中でも、特に入念にしているのは後戯である。これは男女の関係を保つ上で重要な
スキンシップの内の一つである。ブーンがデレをどれほど愛しているかが窺い知れる。
大体の男性は、性行為のあとは眠ってしまうものだ。仕方がないけど、だらしないものだ。
それにしても、この程度の描写ならば大丈夫だろう。・・・・・・んふ。セーフでしょう。



27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:24:09.77 ID:kLLE5Q4M0
一時間が経過し、二人はセックスを終えた。デレはシャワーを浴びに行っている。
ブーンは未だ興奮冷めやらない表情で、ソファに座って余韻に浸っている。

(U^ω^) わんわんお。 (そのはしょり方、イエスだね)

人知れず、クドリャフカは早い段階でメタ的なことを思った。彼女はブーンの足元に居る。
丸まって、壁を見つめている仕草が可愛らしい。ブーンに似ていなければの話だが。
ブーンは肥えた飼い犬を、両手で抱き上げて膝の上に乗せた。小型犬の重さじゃあ、ない。

( ^ω^)「む。クド、また痩せたかお? まさか病気ではあるまいね」

(U^ω^) わんわんお。 (実際は、二キロくらい太ったんだけどね)



28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:25:13.23 ID:kLLE5Q4M0
茶色い毛並みを、ブーンが撫でる。太ってはいても、犬の手触りは気持ちの良いものだ。
ゆるやかに時間が過ぎる。壁にある、からくり時計の鳩が二度鳴いた。二時になったのである。
ツンはまだ帰って来ない。まさか、本当に軟派な男に声をかけられてしまったのではないか!
黒々とした不安が湧き上がる。「こうしてはいられない!」、とブーンは腰を上げた。
自分も街に出て、ツンを追いかけるのだ。見付けられるかは知らないが、黙ってはいられない。
暴風のように廊下を駆け、玄関の扉を開ける。すると、丁度ツンが目の前に立っていたのだった。

ξ゚听)ξ「・・・どうしたのです?」

ブーンは、口を結んでいない風船の如く萎んで、ゆるゆると地面に崩折れた。
杞憂だったのだ。この時のブーンの安堵感といったら、途方もないものであった。
彼はスーツに付着してしまった土埃を、気持ち悪そうに何度もしつこく払って立ち上がる。

(;^ω^)「ツンの帰りが遅くて心配になって、探そうとしていたのだお!」

ξ゚听)ξ「それはすみません。久々に街に下りたので、日用品も買っていたのです」

「ほら」、と言って両腕を上げる。ツンは、満杯になって膨らんだビニール袋を持っている。
かなりの重量がありそうだ。妹は重い荷物を持って、街から自宅への坂を登ってきたのか!
ブーンはくっと涙を堪え、荷物を持ってやった。彼女はとても甲斐甲斐しいのである。



29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:26:10.03 ID:kLLE5Q4M0 ?PLT(15125) sssp://img.2ch.net/ico/nagato.gif
さてさて。それから更に時間は流れ、夕方の五時になった。ショボンはまだ来ない。
食堂にて傲岸不遜なブーンは、待たされて苛々としている。ショボンは凡百な人間である。
人間であるからには、肝臓の機能の限界に従うべきだ。アルコールが抜けるのには時間がかかる。
彼は、内藤邸に来るときは自動車を用いるのだ。飲酒運転をしてはいけないのは明らかだ。
それでも、長い時間待つのは気に入らない。さっさと、来たまえよ。呑んだくれボーイ。

(#^ω^)「ツン! 紅茶のおかわりを頼むお!」

ξ--)ξ「ご自分で淹れてくださいよね。・・・・・・ちょっと待っててください」

ため息とともにツンは腰を上げた。本当に自由奔放な人間だが唯一の兄なのだ。
彼女はブーンに紅茶のおかわりを入れて来てあげようと、キッチンへと足を運ぼうとする。

\ζ(゚ー゚*ζ「あ。あたしもお手伝いしますの」

デレが元気よく手を上げたがしかし、ツンは「結構です」と、つんとした態度で断った。
その様子を横目で見ていたブーンは、頬杖をつく。この二人の状態を解決せねばなるまい。
そのためにショボンを呼んだのだけれど。遅いなあ! 僕を待たせるなんて、大したやつだ!
怒りが頂点にまで達したブーンが、不気味に笑う。怒りが有り余った分は笑顔と化すのだ。グフフ。



31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:27:08.33 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「ふふ。こうやって待ちくたびれるのも、たまにはいいね!」

ζ(゚、゚;ζ「目が笑っていませんの。ショボンさんなら、その内に来られますの」

( ^ω^)「その内ねえ。あと三十分して来なかったら、絶対に許さないお!」

三十分以内に、ショボンは内藤邸に来た。正確にいえば、二十九分後に訪れたのだった。
これはどう扱えば良いのだ。釈然としない面持ちで、彼はショボンの車を誘導した。
駐車スペースに車を止めると、ショボンはドアを開けて姿を見せた。いつもの服装である。

(´・ω・`)「やあやあ。遅くなってごめんね。君のことだから、きっと怒っているだろう。
      『あと数分で来なかったら許さない』、とか数分前に言っていたに違いないね」

( ^ω^)「三十分を限度に、二十九分後だお。君はギリギリだったのだお。だが、僕は許さない」

(´・ω・`)「おお。そんなにも猶予をくれたのかい。君も心が広くなったもんだ」



34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:29:54.09 ID:kLLE5Q4M0
ショボンが内藤邸の中へと通される。相変わらず、広々として優美な空間だ。
内藤邸は二階建ての洋館である。複雑な構造はしていない。内部の説明はとても簡単だ。
玄関ホールから東西に、廊下が伸びているだけだ。それでも、部屋は一つ一つが広い。
廊下の両側に部屋があって、ブーン達――三人と一匹が住むには巨大過ぎる建物である。

ξ゚听)ξ「こんにちは。遠いところまで来ていただいて、申し訳ありません。
      また兄が馬鹿なことを考え付いて、ショボンさんを呼び出したのですわ」

玄関ホールで待っていたツンが、挨拶をする。彼女特有の棘はなく、流麗な物腰だった。

(´・ω・`)「ツンちゃん。お久しぶり。前に会ったのは確か、十月の中旬だったね。
      ブーンとデレさんの結婚式さ。いやあ。あれから仲良くやっているかい?」

ショボンが訊ねるが、どうにも話が長くなりそうだ、とブーンは頷くだけにした。
クーが長くて冷淡とした物言いならば、ショボンは長くて粘着質なのである。
玄関で長話などしていられない。ブーンは早々に、友人を自室に招き入れることにする。

ξ゚听)ξ「あら。応接間でお話をするのではないのですか?」



36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:31:21.46 ID:kLLE5Q4M0
自室へとショボンを連れて行こうとする兄を見て、ツンが呼び止めた。

( ^ω^)「この男に応接間を使うなんて勿体ない。僕の部屋で充分だお。
       ああ。そうそう。僕はこれからショボンと大事な相談をするから、
       部屋に入る際はノックを確実に頼むお。デレもツンと一緒に居てくれお」

ζ(゚ー゚*ζ「? はいですの」

ξ゚听)ξ「大事な相談、ですか?」

(´・ω・`)「二人きり・・・。はっ!? まさか僕の身体が目当てじゃないだろうね。
      勘弁してくれよ。僕は女性に興味はないけど、男にも興味がないんだよ」

(#^ω^)「気色の悪いことを言うなお! 僕も男色の気はないお!
       ・・・ともかく、大事な話だからくれぐれも入って来ないように!」

ξ゚听)ξ「はあ。あ、ショボンさん。今夜は、夕食をお出しいたしますので」

ブーンは「はいはい」と手を振って、ショボンを連れて玄関ホールをあとにした。



37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:32:02.41 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「さて。君はそこらへんの椅子に腰をかけてくれお」

ブーンの自室は、西側の廊下の一番奥にある。以前片付けたのに、また汚れてしまっている。
整理整頓の技術を会得するのは、彼には一生不可能だ。ショボンは近くにあった椅子に腰掛けた。

(´・ω・`)「それで、何の用なんだい? 大事な話があるらしいけど」

( ^ω^)「おっおっお。それはね――」

思わせぶりに言って、ブーンは窓の側に立った。夕日の光線が、彼の輪郭を明るく浮かばせる。
後ろ手を組んで、遠くを流れる巻積雲(いわし雲)を眺める。そして、彼は静かに口を開いた。

( ^ω^)「・・・僕が見るに、ツンはデレを嫌っている。デレが影だからだろうか。
       しかし、デレは良い人だお。影ながらも、そこいらの人間より良い人格だお。
       ツンにはデレと仲良くして欲しいのだお。だからね。僕は君を呼んだのだお。
       何か案を考えて、二人の仲立ちをするのだ。分かったかお? ショボン」

(´;ω;`) ブワッ



38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:32:49.96 ID:kLLE5Q4M0
ブーンの慈愛に満ち満ちた言葉を耳にして、ショボンは大げさに涙を流した。
振り返ったブーンは、彼が泣いている姿を見て吃驚した。何が友人の琴線に触れたのだ。

(;^ω^)「ど、どうしたのだお!? 目に、馬鹿みたいにでかいゴミでも入ったのかお?」

(´;ω;`)「いいや。僕の目に入ったのは、一回り成長したブーンの姿だよ。
      あんなにも屑みたいな人間が、他人を心配するなんて・・・。泣ける話じゃないか。
      良いとも、良いとも! 地球は愛で廻っている。僕も君の手伝いをしてやろう」

ショボンは了解してくれたが、言葉の間にとんでもない卑語がありやしなかったか?
ブーンが思い出そうとするが、ショボンの泣き顔で全ての記憶を吹き飛ばされていた。
・・・まあ、良いや。悠然と両腕を広げ、ブーンは考えていた計画を披露する。

( ^ω^)「ジョルジュが住む街。“キジョ”で、クリスマスに催し物があるそうだお」

(つω・`)「ひっくひっく。そうだね。目抜き通りにイルミネーションを飾るらしいね」



39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:33:53.50 ID:kLLE5Q4M0
ショボンもニュースを観て知っていた。それならば、話は早い。ブーンは要点だけを口にする。

( ^ω^)「イブの日に、ツンとデレをそこに連れて行こうと思うのだお。
       キジョに行くには、電車か車しかない。・・・僕は電車が大嫌いだお。
       ゆえにショボン。君の車に乗せて欲しいのだお。把握してくれたまえお」

ブーンは、母親を電車の脱線事故で亡くしている。十数年も昔に、平和なビップで起こった
数少ない凄惨な事件だった。乗車していた人間が多くはなかったのが不幸中の幸いではあるが、
そんなことは関係ない。母親を電車事故で亡くした。だから、彼は電車を忌み嫌っている。

(´・ω・`)「ふうむ。僕は一人身だし、確かにその日は暇だよ。しかし、
      ツンちゃんとデレさんを都会に連れて行って、どうするんだい?」

( ^ω^)「打ち合わせをしておいて、二人っきりにさせる時間を作るのだお。
       二人だけになれば、話をする他はあるまいお。ううん。僕って賢いお」

言い終え、ブーンは椅子に座った。居丈高に足を組んで、身体をふんぞり返らせる。
一方、ショボンはというと、「そんなに上手く行くのかなあ」と首を傾げている。
ブーンの言っていることは、理想だけがやたらと高く、緻密な計算がなされていない。



40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:34:59.74 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「勿論、君は了承してくれるよね!? 友人の頼みなのだお」

こういうときだけ調子の良いことを言い、ブーンはにやにやと笑う。
ショボンは腕を組んで一頻り考えてから、彼に視線を真っ直ぐに遣った。

(´・ω・`)「まあ、構わないよ。君が珍しく他人を思っているのだから。
      それに、うん。“友人”の願いは断ってはいけないしね。ふふふ」

たまには友人の頼みを素直に聞いてあげるか。ショボンはブーンの話しに乗ることにした。

(*^ω^)「実に素晴らしい。これでツンとデレを仲良くさせられる。ううん。
       さすがはショボン。僕の引き立て役を、担っているだけはある」

おもむろに、ブーンは立ち上がった。窓から射し込む光は、先ほどと比べて弱くなっている。
夕空が終わり、夜空がやってくるのだ。空は黒色と橙色が入り混じって、紫色に染まっている。
夕日は最後の力を振り絞って、暗がりの部屋で座るショボンの顔をおぼろげに映し出した。
その光が消えれば、これから数時間は部屋は漆黒に包まれる。ブーンは電気を点けようとする。
パチン。スイッチが押されたからには、部屋の様子が鮮明になる。再度、彼は椅子に座った。



41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:35:41.56 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「ショボン。前々から聞こうと思っていたのだけれどね。
      君はどうして拳銃を持っていたのだお? 須名邸での話だお」

(´・ω・`)「・・・・・・単なる護身のためだよ。それに――――」

ショボンは、作務衣の大きなポケットに手を入れた。姿を現せたのは、一丁の拳銃である。
回転式の拳銃だ。リボルバーと呼んでもいい。彼はそれを握り、自らのこめかみに銃口を当てた。
撃鉄が引き起こされ、射撃準備が整う。ショボンの細い人差し指が、トリガーに触れる。

(;^ω^)「な、何を」

何をしているのだ。慌てて、ブーンが手を伸ばす。すると、カチリと金属の音がした。

(´・ω・`)「エアソフトガンなんだよ。弾も装填されていない」

銃が下ろされ、ポケットの中に仕舞われた。ただの遊戯銃だったのか。
ブーンは安堵して、椅子にもたれた。とんでもないジョークを飛ばす男である。



43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:36:21.63 ID:kLLE5Q4M0
(;^ω^)「君ねえ。笑えない冗談はよしたまえお。心臓に悪い・・・」

(´・ω・`)「ブーンがそんなに驚くとは、すまない。最近は、物騒な世の中だからね。
      玩具の拳銃でも、役に立つかなって思ってさ。ほら、僕って痩せぎすだろう。
      喧嘩は苦手だし、何らかの武器でも持たないと、襲われたらひとたまりもない」

( ^ω^)「ふん。君なら、どんな奴でも負かしてしまいそうだがね」

(´・ω・`)「そんな事はないよ。昔は荒くれだったけど、今は無害な人間なんだ。
      ほら。見てよ。僕の腕を。筋肉が削がれきっているじゃあないか」

ショボンは、藍色の服の袖をめくって腕を見せ付ける。腕の皮膚には骨が浮かんでいる。
確かに、これだけ貧弱ならば喧嘩では勝てないだろう。口喧嘩では圧勝出来そうではあるが。
それからしばらくして、ツンやデレの話題をブーンがしていると、ノックの音が聞こえた。
もう部屋に入れても良いだろう。ブーンが返事をすると、ツンが紅茶とお菓子を持ってきた。



44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:37:24.21 ID:kLLE5Q4M0
ξ゚听)ξ「失礼します。つまらないものですが、どうぞ」

ツンはデスクの上に、紅茶の入ったコップと、クッキーが散りばめられた皿を置いた。
紅茶もクッキーも温かい。作り立てなのだろう。二人は腰を上げてコップを手に取った。

( ^ω^)「これはね。ツンが、街に買い出しにまで行って作られたものなのだお。
       感謝したまえ。ツンの手料理を食べるのを、君だけは特別に許してやる」

そう言って、ブーンは感謝の“か”の字もなく、ボリボリとクッキーを貪り食う。
ツンは笑顔で、無作法な彼の臀部をつねった。クッキーの欠片が口から噴き出される。

(;^ω^)「ぶひいっ!? ツン! 何をするのだお!」

ξ゚ー゚)ξ「はしたない召し上がり方は、よしてくださいな」

微笑んでいるのに、何故か怖い。ブーンはぞくっと背筋を凍らせた。

ξ゚听)ξ「お話は済んだのですか?」



46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:38:04.48 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「うむ。有意義な時間だったお。ねえ? ショボン」

(´・ω・`)「まあね。ブーンにしては、まともな話だった」

( ^ω^)「君の言葉は、いちいち僕の癇に障るお。一言多いのだお」

ξ゚听)ξ「そうですか」

ツンは話の内容を訊ねなかった。男同士でしか話せない話題も、世の中にはあるのだろう。
ショボンさんも嫌そうな顔をしていないので、きっと、本当にまともな相談だったんだわ。
思い、ツンは納得した。そして彼女は、二十四日に密談の内容の一端を知るのだった。



49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:39:59.56 ID:kLLE5Q4M0
―2―

二十四日の早朝。ブーンは、ショボンが運転をする車の後部座席に、腰を下ろしていた。
計画が実行に移されたのである。前の日に、ブーンから小旅行の話を聞かされたツンは驚いた。
そして、喜んでもいた。滅多に旅行はしないので、彼女が狂喜するのは必然なのである。
一行は一泊する予定だが、泊まる場所も考えてある。友人のジョルジュに連絡を入れてあるのだ。
今のところ、滞りなく予定が進んでいて完璧である。ブーンは余裕綽々の笑みを溢した。

ξ゚听)ξ「今日は、都会では雪が降るそうですわ」

助手席では、ツンが嬉しそうな表情で、ハンドルを握るショボンと会話をしている。
彼女の装いは飾り気のない洋服である。ツンという人物は、目立つ服装を好まないのだ。
ファッションとは人柄が如実に表れるものである。つまり、クーやヒートは変わっている。

ζ(゚ー゚*ζ「とぅっとぅとぅーう。とぅっとぅとぅーう。とぅっとぅとぅーうう♪」

ブーンの隣にはデレがちょこんと座っている。スピーカーから流れる音楽に合わせて、
彼女は歌を口ずさんでいる。ブーンには曲名が分からないが、今日も彼女はかわいい!
中途に彼の主観が入ったが、デレは明るい性格に合った洋服を着ていて、可愛いのは間違いない。

( ^ω^)「ふふふ」



50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:41:28.92 ID:kLLE5Q4M0
なんという至福の時間か。妹が楽しそうにしていて、最愛の妻がすぐ側に居てくれている。
膝の上では、預かってくれる人間が居なかったので、連れて来た飼い犬が寝息を立てている。
都会に着くのが何だか惜しい。とてつもない多幸感に包まれたブーンは、目を閉じた。
瞼の裏に笑顔のツンが映り、同じく嫣然としたデレが映る。腹が膨れるほど幸せだ。
・・・しかし一つだけ、そんな幸福感をぶち壊しにするものがある。ショボンの存在である。

(´・ω・`)「雪か。キジョに着いてからなら良いけど、運転中には降って欲しくないなあ」

やがて、瞼の裏にショボンの格好が映る。赤と白の、もこもことした服だ。サンタルック。
そう。ショボンはサンタクロースの格好をしているのだ。奇人め。ブーンは目を開けた。

( ^ω^)「ずっと黙っていたが、そろそろ君の格好について突っ込もう。
       ヘイ。ショボン。君は作務衣とやらが、永遠の服装じゃなかったのかお?」

(´・ω・`)「今日はクリスマスだよ。クリスマスと言えばサンタクロースじゃないか。
      一年に一度のこのイベントを、僕なりに盛り上げようとしているんだよ」

( ^ω^)「そう。それは分かったが、恥ずかしくはないのかね。みんな笑ってるお。
      ツンもデレもたしなめてやるべきだお。馬鹿な考えをやめるんだ、って」



52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:43:24.13 ID:kLLE5Q4M0
ブーンは腕を組んで鼻を鳴らした。人が見れば、ショボンのコスプレは恥ずかしいものがある。
子供みたいに浮かれる彼を、ブーンは見過ごせない。しかし、ツンとデレは言うのだった。

ξ゚听)ξ「ショボンさんは、私たちを楽しませようとしてくれているのです。
       運転までして頂いて、お兄様も何か役に立ってみてはいかがですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「クリスマスといえばサンタクロースですの! プレゼントが欲しいですのー」

なんだ? 不意にショボン教でも発足されたのか? 二人はショボンを擁護した。
ツンだけならまだしも、いつもはブーンの意見に賛同しているデレも、反論めいた言動を取った。
人徳の差というものであるが、不遜なブーンには気付けない。彼は不貞腐れて黙り込む。
そして、窓の外に視線を遣った。街を出てから山道に入ったので、周りは木々ばかりである。
擦れ違う車も少なく、躁気質なブーンにとって、つまらない景色が続いているのだった。

ふと視線を上に向けると、にび色の空が広がっていた。寒々しく、今にも雪が降り出しそうだ。
ブーンは雪が好きだ。精微に言うと、雪の日が好きなのだ。雪が舞う日は街の様子が変わる。
白い景色の中では、人々がにわかに活気付く。母親と手を繋いで雪の中を歩いた記憶が蘇る。
あの日は、結局雪は積もったのだろうか。それは、記憶のピースが欠けていて思い出せない。
けれども幸せな記憶である。ブーンは暖かな追憶に心をもたれさせて、そっと目を閉じた。



53: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:44:10.03 ID:kLLE5Q4M0
(´・ω・`)「あれれ。おかしいな。地図通りに車を走らせたはずなんだけど」

ξ;゚听)ξ「すごい雪・・・。先の景色が見えませんわ」

ζ(>ε<;ζ「もしかして、あたし達は遭難しちゃうんですの? そうなんですの!?」

( −ω−)「んんん・・・・・・。静かにしたまえお」

三時間ほどが経ってブーンが目を覚ますと、車内は何やら騒然としていた。
ツンとデレ、そしてショボンも慌てた様子である。ブーンが後ろから身を乗り出して訊ねる。

( ^ω^)「どうしたのだお?」

(´・ω・`)「どうにも道に迷ったようだ。ちゃんと地図に従って運転していたのだけどね。
      おまけに、視界が白で埋まるほどの雪が降っている。困ったなあ・・・・・・」

本当に困った表情のショボンが説明する通り、フロントガラスから見える景色は白一色だ。
叩き付けると言っても良いぐらいの勢いで、雪が曇天から降っている。猛吹雪である。
これでは、車を走らせるのは厳しい。引き返して停車させた方が賢いのは、明らかだ。



54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:45:15.09 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「一度、安全な場所に車を停めるべきだお」

(´・ω・`)「そう思ってトンネルに戻ろうとしたんだけど、無くなっていたんだよ」

( ^ω^)「なにが?」

(´・ω・`)「トンネルが」

( ^ω^)「馬鹿な」

ξ;゚听)ξ「本当ですよ。長いトンネルを抜けると、猛吹雪になっていたんです。
      ショボンさんは、すぐにトンネルに戻ろうとしたんですけど――」

ζ(>、<;ζ「消えていたんですの! それから全く知らない道が続いているのです!」

ツンとデレが補足した。話をまとめれば、“来た道が消えてしまった”ということである。
まさか、マヨイガにでも入ったのか。そんなはずはあるまい。あれは日本に伝わる奇談である。
それにマヨイガは、花々が咲き乱れる素敵な場所だ。雪が吹き荒れる場所では、決してない



55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:46:09.82 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「・・・・・・今、僕達はどこに居るのだお?」

(´・ω・`)「すまない。分からないんだ。薄っすらと木々が見えるから、山道だと思う。
      地図によれば、トンネルを抜けると小さな町に入るはずだったのに。
      今は車を停めて、雪の勢いが弱まるのを待っている。・・・その気配はないけど」

ブーンは勢い良くシートに背中を埋め、大きなため息を吐いた。まったくの災難である。
折角の楽しい旅行が台無しだ! ブーンは、ぶつぶつと運転手を務めるショボンに愚痴る。
五分ほどして、ブーンはすっかりと黙り込んだ。愚痴を溢しても、状況は好転しない。
以前よりかは、やや大人になったらしい彼は、腕を組んでフロントガラスの外へと目を遣る。

荒れ狂う雪は止む気配がない。ワイパーに除けられても、すぐに降り積もろうとする。
ブーンに一種の恐怖がこみ上げる。自分達は本当に、遭難してしまったのかもしれない。
雪は好きだが、程度を自重してこそのものだ。眉根を寄せ、ブーンはただじっと中空を睨む。

( ^ω^)「――お」

「城だ」、とブーンは思った。白に染められた景色の中に、灰色のシルエットが浮かんだのだ。
その形状が、歴史の書物に描かれていた城と酷似していたのである。あまりにも巨大な城だ。
ここから数百メートル先に、山のように巨大な城が聳えている。ブーンは心を奪われた。

( ^ω^)9m「・・・ショボン。あれは、何だろうかお?」



56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:46:45.90 ID:kLLE5Q4M0
(´・ω・`)「え?」

ショボンは、ブーンの指の先を追った。そこには、ブーンが視認したシルエットがある。
城。ショボンも彼と同じ感想を抱き、感嘆の息を漏らした。そして、ハンドルに手を置いた。

(´・ω・`)「誰かの邸かな・・・。けど、これは僥倖だ。あそこに、一時的に避難させて頂こう。
      人が住んでいるかは分からないけど、ここで立ち往生しているよりかはマシだ」

ζ(゚ー゚*ζ「そうですの。きっと、素敵なお邸ですの。ミステリー小説みたいです」

ξ゚听)ξ「目視のままの想像ですと、完膚なきまでに内藤邸の負けですね。お兄様」

( ^ω^)「ふん。ただ、大きいだけの代物かもしれない」

そうして、車は遠くに見える城のような邸の影に向かって、ゆっくりと動き始めた。
時刻は十時。依然として雪は勢いを増すばかりで、風は唸り声を上げて吹き荒れていた。



57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:47:38.00 ID:kLLE5Q4M0
(´・ω・`)(とてつもない大きさの邸だな)

ブーン達を車の中に残し、ショボンは吹雪の中を遮二無二進んで門の前に立った。
邸はいかめしい石壁に囲われている。高さは標準的な人間の身長で測ると、四人分はある。
赤錆びた鉄製の門の側に、インターホンがある。これは通常のサイズで、何だか滑稽である。
まあ、インターホンまで巨大にするわけにはいくまい。ショボンはスイッチを押した。
メロディは鳴らなかった。邸の中に、音は響いたのだろうか。ショボンは反応を待った。

暫くして、誰も出て来ず、ショボンが諦めて引き返そうとすると、門が重々しい音とともに開かれた。
インターホンの音はちゃんと邸の内部に鳴り渡り、無事に住人の耳に届いてくれたのである。
門が開いて現れたのは、三人の人間であった。給仕服の女性が一人と、スーツ姿の男性が二人。
まずショボンは、男性二人に挟まれた給仕服の女性に目が行った。彼女が一番に目立っている。
オレンジ色に染められた髪の毛に左目が隠され、何というか・・・ガラが悪い印象を受けるのである。
右目の目付きが鋭い。給仕服を着ていなかったら、男性と勘違いしてしまうかもしれない。

从 ゚∀从「何の用だ? ・・・つっても、俺達には分かってるけどな。迷い込んだんだろ」



58: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:48:32.91 ID:kLLE5Q4M0
自分のことを“俺”などと呼んだが、声は女性特有の高いものだった。仄かに優しさもあった。
女装をした男性ではない。きっと、両親に男らしく育てられたか、元々の性格なのだ。
それよりも、ショボンは重大な事実に気が付いた。目の前の三人の背中には、黒い翼があるのだ。
三人は影なのであった。自分達が“迷い込んだ”ことを知っている。罠なのかもしれない。

(´・ω・`)「いやあ。仰られる通りだよ。道に迷って――此処の住人は人間ではないようだ」

从 ゚∀从「うほっ! おい、デブとノッポ! 聞いたか!?」

ショボンの言葉を聞いた三人は、顔を寄せてひそひそと話し始めた。デブとノッポ。
確かに、男性二人の体型を的確に表していた。一方が小太りで、もう一方は長身である。
小太りの男性は、じろじろとショボンを見て落胆し、のんびりとした口調で言う

(*´ω`*)「君は、まるくないなあ。おまんじゅうみたいじゃないなあ。かわいくない」

(´・ω・`)(・・・・・・)

ショボンには、小太りの男性の言葉の意味を、即座に理解出来なかった。・・・かわいくない?
男なのだから当然だろうに。自分が丸くてお饅頭みたいであったら、気に入られたのか。
ということは! ショボンはハッとして、男性から距離を置いた。ガチホモの可能性がある。
その様子を見ていた女性が男性の肩に腕を回して、けらけらと笑いながら紹介する。



60: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:49:32.04 ID:kLLE5Q4M0
从 ゚∀从「ああ。こいつは丸川・ガイドラインといって、ゲイだ。気を付けろ」

(*´ω`*)「僕は、まるくておまんじゅうみたいな男の子しか、興味がないの」

(´・ω・`)(やっぱりか)

この太った丸川という男。ショボンが推理した通り、男色家であった。危険な男だ。
警戒心を強めるショボンを他所に、女性は紹介を続ける。彼女は親指で後ろを指した。

从 ゚∀从「俺の後ろに居る寡黙な男は、オッコトワーリ・ガイドラインだ。丸川の弟だぜ。
      何でも拒絶してしまう男だ。そう! 相手の幸せな人生さえも、な。クックック」

( ゚ω゚ )「・・・・・・」

オッコトワーリという男は、低身長の兄とは対象的に、身長が二メートルはあり、細身の男だ。
身体は無駄な贅肉がなく引き締まっており、相手を射抜くような鋭い目付きをしている。
こういう男は何を考えているのか分からないので、注意しておくに越したことはない。
女性は気だるげに指を下ろし、自分の胸に手を置いた。胸部には女性らしい起伏がある。



62: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:51:39.69 ID:kLLE5Q4M0
从 ゚∀从「そして、俺が給仕長のハインリッヒ・高岡だ。よおっく覚えていろ」

(´・ω・`)「ご丁寧にどうも。僕はショボン。仲間と一緒に都会へ行く途中だったんだが、
      この悪天候だ。軒を貸して貰おうと思ったんだけど、どうしたものかな。
      見たところ皆さんは影のようだ。ということは、ここの主人も影なんだろう。
      僕は全く気にしないけど、実はこっちの連れにも影の女性が一人だけ居てね。
      これがまた、見過ごしておけば良い問題に、顔を突っ込んでしまう女性なんだ。
      普通の人間も二人居るんだけど、どちらも影が視える。やあやあ。参ったもんだよ」

从 ゚∀从「これはこれは。しかし、俺達にはお前らに何かしようというつもりはないぜ。
      邸の中に入れば良いさ。よおく、相談してからな。話が纏まったら言ってくれ」

(´・ω・`)「うん。そうさせて貰うよ。命に関わることかもしれないし」

ショボンは車の中へと戻って、ハインという女性から聞かされた話を三人に語った。
ブーンとデレの二人は、ショボンが思った通りに興味を示し、ほがらかに了承した。
向こうに悪意はなさそうなのだから、何もしなければ良いのだが。・・・無理な話か。
問題はツンである。彼女は影が嫌いと言っていた。反対するだろう、と彼は思っていたが、
意外にもツンも了解した。話がまとまり、ショボン達は邸に入れてもらうことになった。



64: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:53:05.71 ID:kLLE5Q4M0
―3―

(*´ω`*)(やだ。あの、まんなかの男の子かわいい。おそっちゃおうかな)

(;^ω^) ブルッ

邸の中に入ったブーンを襲ったのは、言い知れぬ寒気であった。彼は狙われている。
命をではなく、体をだ。それは置いといて話を進めるが、邸内は偉観であった。
今、彼らが立っているのは玄関ホールである。格調高いホテルのロビーのように広大だ。
内藤邸とは段違いで、ブーンがこき下ろす部分を目ざとく発見しようとしても見付からない。
外観だけではなく、内部もブーンの自宅の完敗である。ブーンは沈黙したままだ。
ハインは、丸川とオッコトワーリを自分の後ろに並ばせ、清楚な動作で片腕を横に伸ばす。

从 ゚∀从「この邸は、茂良家の長男であるモララー様が建てたもんだ。
      上空から邸を見れば、時計の針が九時を差している形になっている。
      だから、昔は“九時館”と呼ばれていた。どうでも良い話だけどね」

                 北
              湖         ←茂良邸
           西   _|   東   このAA作成に一時間を消費しました从;∀从
           
                 南



66: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:55:10.40 ID:kLLE5Q4M0
ξ゚听)ξ「茂良家ですって? もしかして、茂良時計製作社の?」

やや緊張した面持ちで、ツンが口を開いた。その高い声は邸の空間へと吸い込まれて行った。
ハインはにやりと笑んで腕を下ろす。一拍休んで、彼女は肩まである髪の毛をくしゃりと掻いた。

从 -∀从ゝ「そうだよん。俺達は、いわれ正しき茂良家に雇われた使用人なのさ」

胸を張るハインからは、茂良家の使用人としての誇りを持っている印象を受ける。
恐らく、茂良家は従順な使用人に恵まれているに違いない。それは素晴らしいことだ。

ξ゚听)ξ「でも、茂良家長男の家は、不審火で全焼してしまったと聞きますわ。
       昔、ニュースで知りました。住人は全員遺体として見付かったはず――ああ」

从 ゚∀从「うんうん。放火でむざむざと殺されたから、俺達は人間に恨みがあるんだ。
      ・・・だが、もう十何年も昔の話だ。怒りを通り越して、笑いが出てくるっつーの。
      そんなワケで。今日は、雪が止むことはない。この邸を満たしている力の影響だ。
      客人用の部屋もあるし、一晩泊まって行けばいいさ。食事も出そう。おい。丸川」



67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:56:32.41 ID:kLLE5Q4M0
パチン、とハインが指を鳴らした。丸川はブーン達の前に立って一礼し、鍵束を出した。

(*´ω`*)「僕が案内するよ。でも、おかしいんだよ。僕は執事なんだ。
       どうして、メイドのハインがえらそうなんだろう。ヘンだよねー」

从 ゚∀从「へえ! とんまの丸川も言うようになったなあ!」

ハインの声に、丸川は身体を震わせた。ブーン達一同は、使用人の間の力関係を把握した。
粗暴そうなハインが一番地位が高く、丸川やオッコトワーリは彼女の下に控えているのだ。
女性はどこでだって強いものだ。ブーン達は丸川に先導され、邸の西側へと案内される。
かなりの幅がある廊下に一同が足を踏み入れると、ふとハインが大きな声で呼び止めた。

从 ゚∀从「ああ。一つだけ注意事項がある! 俺達はお前らに危害を加えないが、
      ご主人様はそうじゃない。決して、ご主人様の在り方に気付くんじゃないぞ!
      気付けば、絶対にお前たちを無事では済まさない。分かったな!」



68: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:57:14.39 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「気付けば? どういう意味だお」

“気付けば狙われる”とは、おかしな話である。“気付かれたら狙われる”、なら分かる。
ハインが投げかけた言葉にブーンが疑問を覚えていると、丸川が説明を付け加える。

(*´ω`*)「シンエンをのぞいたとき、シンエンにもまたのぞかれるんだよう」

从 ゚∀从「ご主人様は既に正気を失っていて、現実とは乖離したところに居る。
      時折、甘い匂いを伴って姿を見せるけど、大体は“あちら側”に居る」

(´・ω・`)「甘い匂い?」

从 ゚∀从「ご主人様は、ガラム・スーリヤっていう銘柄の煙草が好きでね。
      その煙草の匂いだ。匂いがすれば、その場から一目散に逃げるのを勧めるよん」

(´・ω・`)「あの重い煙草かい。うん。ここの主人は、どうやら相当おっかない方のようだ。
      主人を見付けてしまわないよう、僕が見張っておくよ。この二人を、ね」



69: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:58:06.93 ID:kLLE5Q4M0
ショボンは、ブーンとデレの肩に腕を回した。一行の中で、もっとも危険な二人である。
この二人の問題児は、厄介な騒動を起こしかねない。終始、鎖で縛り付けておくべきだ。
デレはわけが分からず首を傾げ、ブーンはショボンが彼女に触れたことに腹を立てる。

ζ(゚ー゚*ζ「? どういうことですの?」

(#^ω^)「ショボン! 汚らしい手でデレに触るなお! さっさと離せ!」

予想していたままの反応であった。ぱっと、ショボンが二人から腕を離す。
それから、ブーン達は丸川に連れられて、西側の廊下の最奥にある客室へと目指す。
この邸の廊下。隅から隅まで上等の絨毯が敷かれ、美しいのだが何かもの足りない。
はたして、何がもの足りないのか。それは、賢明なブーンの眼には一目瞭然であった。
廊下には何も飾られていない――つまりは殺風景なのである。まったく面白みがないのだ。
折角、内も外も古城然としているのだから、甲冑の一つや二つ置けば良いのに。つまらん。

( ^ω^)「つまらん。やっぱり、内部は圧倒的に内藤邸の勝ちだお」

ξ゚听)ξ「・・・・・・」



71: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:59:19.29 ID:kLLE5Q4M0
(*´ω`*)「あの。ちょっと、お尋ねしたいことがあるんだよう」

ふと、丸川が足を止めて振り向いた。彼の視線はブーンへと真っ直ぐに向けられている。
ブーンも丸川へと視線を遣る。彼の顔は贅肉が集まっていて、つぶらな瞳の童顔である。

( ^ω^)「なんだね? 早く案内したまえお」

(*´ω`*)「ナイトウさん、だっけ? ナイトウさんの、あだ名をおしえてほしいの」

( ^ω^)「・・・? どうして」

(*´ω`*)「親しみをこめたいんだよう。ねえ。おしえてよー」

気持ちの悪い男だ。執事の身分で、客人に自己紹介を望むとは。ブーンは無視しようとする。
だがしかし、丸川の子猫のように可愛らしく純真な瞳にやられ、彼は目を瞑って渋々答えた。

(;−ω−)「・・・・・・ブーンだお。あまり好きじゃないから、連呼するなお」



72: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:59:59.83 ID:kLLE5Q4M0
(*´ω`*)「ブーン、ブーン」

両拳を握り、丸川は何度も反芻して、内藤ホライゾンという青年のあだ名を記憶に刻み込む。
そのうっとりとした様子は恋する乙女に似ていて、ショボン以外の人間は不思議に思った。
そして、ぱあっと晴れやかな表情で丸川は天を仰いだ。ヘブン状態といった表現が適切だろう。

(*´ω`*)「ブーンちゃん。おまんじゅうみたいで、まるくてかわいい。あいしてる」

(;^ω^)「!?」

ξ;゚听)ξ「・・・・・・」

ζ(>、<;ζ「ブーンさんは、あたしの旦那さんですの! 渡しませんの!」

(´・ω・`)「ハインさんが言ってたけど、丸川君は男性が好きだそうだよ。
      クーさんに引き続き、君は罪な男だね。ははは。いやあ。愉快愉快」

(#;ω;)9m「それを早く言いたまえ! いいかお! 僕に絶対に近付くなお!」



74: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:00:47.56 ID:kLLE5Q4M0
絶対に近付くな、絶対にだ。ブーンは丸川の胸に指を突きつけて、幾度と厳しく忠告する。
一途な愛を拒否された丸川は、しょげ返って泣き出しそうなるが、しっかりと職務を続ける。
長い廊下だ。いつまで経っても、客室がある突き当たりに着かない。ブーンは右へと顔を遣る。
廊下の右側は大きな透明のガラスが嵌め込まれていて、外の吹雪の様相を眺めることが出来る。
相変わらず横殴りの風雪だ。空は黒色に近いねずみ色で、重々しい雲が低いところに留まっている。

(*´ω`*)「お邸の近くには湖があるんだけど、最近は雪がひどくてみえないんだよねえ。
       思い返したら、あの親子の影がイタズラしてからなの。ご主人さまが怒ってるんだ」

( ^ω^)「親子の影だって?」

ζ(゚、゚*ζ「もしかして、クーさんとヒートさんが言っていた人達ですの?」

二人には心当たりがあった。クーを起こし、ヒートに魔性の懐中時計を授けた二人の影である。
丸川は顎を上下に一度動かして、吸い込まれそうな廊下の向こう側へと視線を遣りつつ語る。


(*´ω`*)「あれれ。ブーンちゃんの知り合い? だったら、きちんと注意しておいてね。
       その人達が、お邸中の時計の針の動きをめちゃくちゃにしちゃったんだ。
       早くしたり、遅くしたり。全部元に直すのに、もう大変だったんだよー。
      一時的にとはいえ、みんなのバイオリズムがおかしくなったんだから」



75: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:01:49.66 ID:kLLE5Q4M0
なかなか面白い情報だ。クーの眠りを妨げ、ヒートに得物を託し、茂良家の主人を怒らせた。
二人の影は、一体何をしようとしているのか。須名邸で発見した置手紙から鑑みるに、
人々を混乱させる悪事を働こうとしている。良い行いではないことだけは、確かである。

(*´ω`*)「はい。ここが客室だよ。部屋割りはどうするの?」

丸川とブーン達は、客室の前に立った。最も奥には二階への階段が配置されている。
ブーンは、ツンとデレと自分の三人で一つの部屋を借りようと申し出たが、ツンが断った。
比翼の邪魔は出来ませんわ。ツンは端から二番目の部屋の扉を、丸川に開けて貰った。
ショボンは三番目の部屋を。残されたブーンとデレは、階段側の部屋を借りることになった。

( ^ω^)「やっぱり、部屋の中も殺風景だお」

ζ(゚ー゚*ζ「何も飾り物がありませんの。テレビも・・・。あ、時計がありますの」

客室は、客人をもてなす機能が欠如している。ベッドが二つあり、ソファが置かれてある。
それ以外はソファに備えられた木造のテーブルくらいで、目を楽しませるものが一つもない。
やたらと広い洋間は、寂しいものだった。デレは、壁の上部にかけられた時計を見上げている。
陳腐な鳩時計である。時計の針は正午をさそうとしている。ブーンはベッドに寝転んだ。



76: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:02:44.14 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「それにしても、外からの見てくれだけで、つまらない邸だお」

ブーンが寝返りを打ってベッドを軋ませると、時計を眺めていたデレが振り向いた。

ζ(゚ー゚*ζ「この邸のご主人が力を使って、燃やされる前の姿に変えていますの。
       小道具にまでは、さすがに手が回らなかったのだと思います」

( ^ω^)「へえ。ここの主人、モララーとやらの力量は、如何ほどのものなのかお」

ブーンは手招きをして、デレを呼び寄せた。彼女はてててと足を動かせ、ベッドに飛び乗る。
二人に、ベッドは二つも必要ないのである。一つで充分なのだが、一人用のベッドなので狭い。
デレの頭を胸の中に抱いて、ブーンはシルクのように繊細な髪を撫でながら言葉をかける。

( ^ω^)「街一つに呪縛をかけたヒートでも、それほど強くないと君は言ったね。
       じゃあ、邸一戸にしか力を及ばせられないここの主人は、もっと弱いのだお」

ζ(゚、゚*ζ「そうとは限りません。あたしは、呪縛の範囲はこの辺り全てだと見ます。
       しかも、あたし達を見知らぬ道に迷わせた――この邸は動いているのです」



77: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:03:33.28 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「邸が、動いている?」

まさか邸に足が生えて、テクテクと歩いているわけではあるまい。怪談ではないのだから。
凡庸で無力な人間のブーンは、影であるデレの言いたいことが、ちっとも理解に至らなかった。

ζ(゚、゚*ζ「邸ごとが、世界を転々と旅をしているのです。入念に姿を隠しながら。
       たまたまあたし達は、その場所に行き当たって迷い込んだのです。
       この邸は、時計の針のリズムを刻んでいる・・・・・・生き物と同じなのですの」

先ほどよりは、想像し易い説明だった。つまり、邸の主人の不思議な力が働いているのだ。
そして、邸は世界中を旅している。今回、ブーン達一行は邸の力に巻き込まれたのである。

ζ(゚、゚*ζ「だとするとですね。ここのご主人は、極限に近い力の持ち主だと思われます。
       ええ。影の中でも最強ですの。邸ごと移動させるなんて、通常では考えられません。
       玄関でハインさんは、ご主人が正気を保っていないと仰っていました。
       今回ばかりは、退治を勧めません。皆がみんな、優しいわけではないのです」

( ^ω^)「実力行使をしてくる可能性がある、っていうことかお。でもね」



78: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:04:16.11 ID:kLLE5Q4M0
ブーンはむくりと身体を起こした。力強く握った右手を見つめ、彼は決心を固める。

( ^ω^)「僕は、つらい過去を背負った影共を見過ごせないのだお。
       僕自身。母親を事故で亡くしたから、彼らの気持ちはよく分かる。
       まあ、僕の聡明な頭脳を見せ付けたい、というのが一番の理由だけどね!」


ζ(゚、゚*ζ「・・・・・・」

目立ちたいためだけではなく、救済の念もあるのだ、とブーンはらしくないことを言った。
本当に彼の言葉か疑わざるを得ないが、確かにブーンが言い放った言葉である。
ブーンはベッドから降り、廊下へと続く扉の前に立って、ドアノブに手を触れた。

( ^ω^)「さあ、今からこの邸を探検し尽してやるお! デレも手伝ってくれ!
       主人の正体を知り、決定的な愛を突き付けてやるのだお! おっおっお!」

ζ(゚ー゚*ζ「・・・! はいですの!」

謎多き洋館の隅々を調べ、館の主人であるモララーを苦しみから解き放ってやるのだ!
ブーンはデレの手を取って勢い良く扉を開き、静かな廊下へと飛び出したのだった。



79: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:05:59.26 ID:kLLE5Q4M0
| 扉 |・ω・`) ジィー

| 扉 |゚听)ξ ・・・・・・

(;^ω^)「うわ!? 君達は何をしているのだお!」

ブーンが廊下に出ると、ショボンとツンが半分だけ扉を開けて、それぞれ顔を覗かせていた。
二人ともじとじととした目線で、浮かれ調子のブーンとデレを見つめている。ちょっと、怖い。

| 扉 |・ω・`)「いやね。そろそろ話が纏まって、君達が探索を始めるんじゃないかなと」

| 扉 |゚听)ξ「私も右に同じです。お二人とも、どうか騒動は起こさないでください」

ショボンとツンには、二人の行動パターンを読まれきっていた。さすがは保護者である。
見抜かれたブーンは平静を装って、顔を見せている二人を指差す。彼の身体は震えている。

(;^ω^)9m「ふふふん。君達の勘は外れだお。僕達は、そう。花を摘みにいくのだお!」

| 扉 |・ω・`)「ふうん。まあ、良いけどさ。あまり、邸の方々に迷惑かけちゃだめだよ」



80: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:07:37.28 ID:kLLE5Q4M0
言って、ショボンとツンは同時に扉を閉めた。まるでコメディ映画のような顛末だった。
ブーンは「やれやれ」と肩を竦め、デレは苦笑いをしてそんな彼の顔を見遣る。
なにはともあれ、ブーン達は二人の識者によってたしなめられ、行動を止められた。
仕方なく、ブーンはデレと共に、ただ邸を歩くだけにした。友人はともかく、妹は怖い。

茂良邸を俯瞰で見れば、“L”の字を左へとひっくり返したものとなっている。
二階建ての洋館で、敷地面積は内藤邸の五倍はあるだろう。石造りで重厚な佇まいだ。
主人であるモララーが人間として生きていたころは、さぞや栄華を誇っていたに違いない。
・・・モララーは、“あちら側”に居るとメイドが言っていたが、“あちら側”とはどこなのか。
そのようなことを考えながら、ブーンは玄関ホールを折れて、北側の廊下を進んでいる。

( ^ω^)「ふむ。一階は全て客室のようだお。おや、ここは食堂かお」

ブーンは、テーブルとたくさんの椅子が並ぶ部屋へと入った。二十人は収容が出来る広さだ。
幻想が具現化した邸でも汚れは表れるらしく、薄暗い食堂にはわずかに埃が漂っている。
それでも、テーブルにも床にも埃は積もっていないので、ハイン達の勤勉さが窺い知れる。
一脚の肘掛け椅子に座り、ブーンは足を組んで食堂を見渡す。壁に一枚の絵が飾られていた。

( ^ω^)「肖像画かお」



81: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:08:26.24 ID:kLLE5Q4M0



                     ( ・∀・)     (゚、゚トソン                         



額に収められた肖像画には、鋭い目付きをした男性と、大人しそうな女性が描かれている。
黒いスーツを着た男性が、車椅子に座る女性の後ろに立っているといった構図である。
もしかしたら、男性がモララーなのではないだろうか。ならば女性は、彼の夫人だと思われる。
一頻り絵を眺めながら推測していると、扉が開く音がして、ブーンとデレは振り返った。

从 ゚∀从「おいおい。あまり邸をうろつくなよな。掃除の行き届いてないところがバレる」

ハインが、ワゴンを押して食堂に入ってきた。ワゴンの上には白い食器が置かれている。
そういえば、もう昼食時なのだ。テーブルを布巾で丁寧に拭く彼女に、ブーンは話しかけた。

( ^ω^)「君。あの絵に描かれているのは、ここを所有している夫妻かお?」

从 ゚∀从「さっきの話を聞いてたのか? ご主人様のことを知ろうとするなっての。
      ・・・まあ、名前ぐらいは良いか。奥様のトソン様と、その旦那様のモララー様だ。
      お二人は本当に仲が良かった。生涯一人身の俺からしたら、羨ましかったよ」



82: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:09:49.21 ID:kLLE5Q4M0
ζ(゚ー゚*ζ「“良かった”ということは、今は仲がよろしくないんですの?」

ハインの言葉は過去形なのだ。それは、現在は仲たがいをしているということである。
デレが問いかけたが、主人の話題を避けるハインは、無言でテーブルクロスを敷いていく。
これ以上は教えてくれそうにない。ブーンはデレの手を握って、食堂を出ようとする。

从 ゚∀从「おう。もうすぐ昼食の準備が整うから、お前らのツレを呼んでこいよな。
      久しぶりの客人だ。嬉しさ余って、完全無欠に歓迎してやろうじゃないか」

犬歯を見せて自信あり気に笑うハインではあるが、如何せん言葉使いや行動が乱暴すぎる。
その証拠に、テーブルクロスはいびつに敷かれており、彼女の給仕としての能力は高くない。
モララーが履歴書に採用の判を押したとき、他の人物と間違ってしまったのかもしれない。
・・・それは言いすぎだとしても、ハインはちょっぴり粗野である。しいー。彼女には内緒だよ。

( ^ω^)「昼飯は何なのだお? この内藤に、つまらないものは出すなお」

从 ゚∀从「サンドイッチとコーンスープだよ。特別に、デザートもお出ししてやろう」

( ^ω^)「すぐに呼んでくるお!」



83: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:10:39.25 ID:kLLE5Q4M0
外では雪が降りしきっている寒い空間で、じっくりと煮込まれたコーンスープは有り難かった。
ブーンは食事を摂り終えたあと、ややだらしのない姿勢で椅子に座って人心地ついている。
ツンは使用人から不要になった毛布を借りて、車の中に置いたままの飼い犬の様子を見に行った。
あの犬なら脂肪という防寒具があるので大丈夫だろうが、念には念を入れておくべきである。
ブーンが視線を食堂の端に遣ると、ハインを呼び止めて会話をしているショボンの姿があった。

(´・ω・`)「いやあ。ご馳走様でした。是非、ここの主人に礼を言いたいんだけど無理かな」

从 ゚∀从「やめておいた方が良い。お前らが帰ったあと、俺がご主人様に伝えておくよ」

(´・ω・`)「よろしくお願いするよ。・・・そう言えば、茂良時計製作社って大企業だよね。
      時計業界では、世界の六十パーセントくらいのシェアを誇っているらしいね」

从 ゚∀从「七十パーセントだぜ。今はどうなっているかは知らないが、昔はそうだった。
      モララー様が他界したあとは、弟のモララエル様が会社を後継したようだけど」

不思議な会話だ。モララーは既に亡くなったのに、二十一グラムとして現世に居るのである。
知らない人が聞けば混乱してしまうような話を二人がしていると、ブーンが割り入って来た。



84: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:11:48.92 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「ふん。所詮、時計だけで成り立っている会社ではないかお。
       我が内藤コーポレーションは、多岐に渡る分野を手がけているのだお」

从 ゚∀从「は?」

(´・ω・`)「気にしない方が良い。ブーンは金持ちの息子――いわゆる一つのボンボンでね。
      それにありがちな病を患っているんだ。真面目に受けていると、疲れるだけだよ」

从 -∀从ゝ「あー、把握した。道理で、偉そうな態度を取る男だと思ったぜ」

歯に衣着せぬ性格のハインは忌憚なく言って、オレンジ色の髪の毛を左手でくしゃりと掴んだ。
主に話を受け答えしたときに取る、彼女の癖なのだ。ブーンは腕を組み、口調に怒気を孕ませる。

( ^ω^)「僕は偉そうになどしていないお。他者に配慮が出来る、謙虚な人間なのだお」

从;゚∀从「・・・どこが? アンタ、よくこれまで生きて来られたな」

(´・ω・`)「心が大河のごとく広くて穏やかな、僕達友人が支えているおかげです」



85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:12:57.30 ID:kLLE5Q4M0
どこが広くて穏やかなのだ! ショボンの生き様を知っているブーンは、叫びそうになる。
だがしかし、何とか堪えて平静を装った彼を見るに、少しは成長をしているのだろう。

(;^ω^)「この男は・・・。そうだ。ハイン。この邸には、見所のある場所はないのかお?」

从 ゚∀从「見所? この邸自体が見所だとは思わねーのか」

( ^ω^)「思わないね! 時計会社の邸のくせに、変わった時計はないし。つまらんお!」

从 -∀从「本当は色んな時計があったんだけど、ご遺族の方々に持って行かれたんだよなあ。
      あるのは各部屋に一つずつある、からくり時計だけ・・・。書斎になら何かあるかもな」

( ^ω^)「書斎かお。僕は本が好きだお。あとで行ってみよう」

从 ゚∀从「書斎は二階の北側だ。ご主人様の本だから、絶対に汚すんじゃねーぞ」



87: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:13:48.50 ID:kLLE5Q4M0
食事後。一時間してから、ブーンはデレと共に、二階の北側にある書斎へとやって来た。
何かで言っていたが、「愛し合う二人は、いつも一緒」。そいつが何より大切なのだ。
多少狂気めいているほど、愛は美しい。二人は常に手を繋いで、恋の歌とやらを唄うのである。
書斎は高等学校の図書室ほどの広さがあり、大量の木製の書架が等間隔に並べられている。
ただし、収められている本の数は少なく、だらしなく横に倒れている本の姿が散見される。
邸の主人の力が及んでいないところである。ブーンは一冊の本を手に取り、本棚にもたれた。

( ^ω^)(チェコ語かお。何が書かれているのか、まったくもって分からん)

ζ(゚ー゚*ζ「あ! ブーンさん、難しそうな本を読んでますの。凄いですの」

( ^ω^)「まあね」

ζ(゚、゚*ζ「どんな内容ですの。あたしには、タイトルすら読めませんの」

(;^ω^)「あ、あとで教えてあげるお。デレも何か探してくると良い・・・」

\ζ(゚ー゚*ζ「はあい!」



88: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:15:20.29 ID:kLLE5Q4M0
デレはいつも元気だ。世界にあまねく、うつ病や社会不安障害といったものとは無縁である。
ととと、と彼女は駆けて行った。気取り屋なブーンは、読める風を装いながらページを捲っていく。
しばらくして、デレがブーンの元に戻ってきた。手には、一冊の薄いノートが握られている。

ζ(゚、゚*ζ「本棚に置かれてましたの。誰かの日記帳みたいですの」

( ^ω^)「日記帳?」

デレにノートを差し出されたブーンは、難解難読な本を本棚に戻して、それを受け取った。
そして彼は、怪訝そうに眉を集めてノートを開く。そこには大きく豪快な文字が書かれていた。

“私は死んだのだ。不届き者が、悪戯に火を放ったのである。いくら石造りの邸とはいえ、
 内部はそうではない。時刻が深夜だったという事もあり、使用人を含め皆死んでしまった。
 ・・・だったのだが、どういう事か私は生きている! 幽鬼ではない。地に両足を着いている。
 鏡を見れば、自分の背中に黒い翼が生えていた。きっと、在世中への悔恨の証左なのだ。
 何か面白みでもあれば永遠を過ごせるだろう。しかし、私の最愛の人間はこの邸には居ない。
 私はこうして現世に留まったが、君は天国へと旅立ってしまったのだ。ああ、恨めしい。
 命がその寿命を終えても一緒に居ようと、誓い合ったのに、あれは偽りだったのだろうか。
 今は日記を認められるまでに正気を保っているが、いつまでそうしていられるかは分からない。
 私には不思議な力が使える。少しでも長く正常でいられるよう、邸を平穏な時の姿にしておこう。
 ・・・・・・私はこんなにも恋焦がれているのだ。邸の何処かに隠れているのなら、出てきてくれないか。



89: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:16:28.83 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「・・・いいね! これはモララーの日記帳だお!」

ζ(>、<*ζ「ですの! トソンさんとはぐれてしまって、嘆き悲しんでおられるんですの!」

ブーンとデレは歓喜の声を上げた。これは、主人が命を落としたのちに、書かれた日記である。
日記によれば、死後に連れ合いが傍らから居なくなっていたことに、モララーは悲嘆しているらしい。
ショボン達に行動を制止させられていた二人の心に、ここに来て再び好奇心が首をもたげ始めた。
日記をペラペラと捲っていると、後ろに行くにつれて徐々に文字が精微を欠いていく様が見れた。
文字数も少なくなっていく。恐らく、モララーが孤独に耐えられなくなって行ってしまったのだ。
最後の頁にはこう書かれている。“誰もが私を見過ごしていてくれ。私は夢の世界へと沈んでいる。”

( ^ω^)「夢の世界、かお?」

ζ(゚ー゚*ζ「きっと辛い現実から逃れて、夢に意識と身体を預けたんですの。
       だから、ここにはモララーさんは居ないのです。夢の中に居るのです」

( ^ω^)「なるほど。業界の頂点に君臨していたくせに、女々しい男だお」



91: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:19:23.43 ID:kLLE5Q4M0
これで茂良邸の現在の状況が、ある程度判明した。モララーは夢に浸っていて姿を現せないのだ。
ハインは気付けば狙われると言っていたが、どれくらい知ってしまえばモララーが現れるのか。
しかし、自分達が気付いたころには、モララーの心を満たす品々を発見していそうな気がする。
それなら具合が良い。指を鳴らしたブーンは、日記帳を拝借して邸内を探索することに決めた。

( ^ω^)「よし! 探索を再開するお! モララーを白日の下に晒し、輪廻に送るのだお!」

ζ(゚ー゚;ζ「でも、ツンさんとショボンさんが・・・・・・」

( ^ω^)「ふっ。暗中飛躍して、内々に処理をしてしまえば良いのだお。僕達なら可能だお」

「出来るのでしょうか?」。逡巡しているデレの背中を押して、ブーンは書斎を出た。
これから探すのは、何らかのヒントが残っていそうなモララーの部屋か、トソンの部屋である。
一階にはそれらしき部屋が見当たらなかったので、ただいまブーン達が居る二階の線が濃厚だ。
広間、応接室、また広間。一部屋ずつ確認していき、ようやく夫妻の部屋を発見した。



93: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:20:38.91 ID:kLLE5Q4M0
廊下の折れ曲がったところに位置しているこの部屋は、他のものとは明らかに感じが違う。
まず、扉が重厚な黒塗りのものだったし、部屋の中には様々な時計が飾られた棚があるのだ。
マントルピース(暖炉の上の飾り棚)の上には、砂時計や高価な腕時計などの小物が置かれている。
ガラス張りの物入れにあらゆる用途の時計が収めてあったりと、いかにも時計会社らしい部屋だ。
デレが部屋の真ん中に立ってぐるりと見回すと、隅の方に奇妙な物体を見付けた。

ζ(゚、゚*ζ「何ですの? これ」

腰を屈めたデレが眺めるもの。それは長さが一メートルはある、背を丸く反らせた刃物だ。
ハサミのような緑色の持ち手がある。刃は銀色に輝き、錆がなく、生命の息吹を感じさせる。
一体何に使うのやら、その正体不明の異質の刃物は、ぽつんと壁に立てかけられている。

( ^ω^)「分解したハサミの片割れ・・・? それにしても大きい」

それとは別にも用途不明なものはある。ベッドの近くに置かれてある、等身大の木造の人形だ。
ガラス玉の眼球は空を見つめている。四肢が可動する人形には、ご丁寧にもスーツが着せられていた。
モララーには、おかしな蒐集癖があったのだろうか。金持ちのセンスは、常人には計り知れない。



95: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:21:44.69 ID:kLLE5Q4M0
ζ(゚、゚*ζ「あ。あそこに、写真立てがありますの」

デレがデスクに寄って、写真立てを持ち上げた。収められている写真は、集合写真であった。
茂良邸の玄関前で撮られた写真で、数人の使用人達と、茂良夫妻が写されていた。
車椅子に乗ったトソン夫人が真ん中におり、その隣には気難しそうなモララーが立っている。
あとはその二人を中心として、使用人達が並んでいる。ハインや兄弟の姿も確認出来た。

( ^ω^)「ふん。昔は、内藤邸にも使用人が居たのだお。モナーと言ってね――」

ζ(゚ー゚*ζ「それにしても、優しそうな奥さんですの。あたしもこうでありたいですの」

( ^ω^)「・・・・・・」

ブーンの自慢話は、デレの感想によって遮られた。一応彼のために、書き記しておくと、
モナーとは内藤家に仕えていた初老の男性で、勤勉なところをブーンの父親に気に入られていた。
今は仕事を辞めており、老人会の催しに積極的に参加して楽しんでいる。どうでも良い話です。

( ^ω^)「確かに、気難しい男の妻は、あまり目立たない人間が良いのかもしれない。
       でもね、僕は今のデレが好きだお。無理に変わろうとしなくても良いお」

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとうございますのー」



96: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:22:39.79 ID:kLLE5Q4M0
場をわきまえないバカップルはキスをし、写真立てをデスクに置いた。部屋を調べなくては。
デスクの引き出しを開けてみたが、目ぼしいものは見当たらなかった。ブーンは引き出しを閉じる。
そして、顎に手を添えて唸り声を上げていると、“甘い匂い”が彼の鼻腔をくすぐった。

( ^ω^)「! この匂いはもしや」

ハインが言っていたことを思い出す。ここの主人は、特殊な香りがする煙草を吸っているのだ。
主人が現れるときは、その匂いが伴うという。この果物のような匂いがそうではないのか。
とうとう、モララーが姿を現せるのか! ブーンが顔を引き締めるが、異変は起こらなかった。

( ^ω^)「お?」

ζ(゚、゚;ζ「これです。これ。気持ちが悪くなる匂いですの」

デレが鼻を押さえて、デスクにある小さな缶を手に取った。開けると、煙草が詰まっていた。

(;^ω^)「うわ!? 臭すぎる。こんな煙草を吸うなんて、狂っているとしか言えないお!」

全国のガラムファンの神経を逆撫でする言葉を放ち、ブーンがデレに蓋を閉めるよう命令する。
蓋を閉めても酷い匂いが残る。一度気付けば、二度と頭から離れない匂い。ガラム・スーリヤ。



98: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:23:40.10 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「ショボンといい、こんな身体に悪そうなものを吸うなんて信じられないお」

ζ(゚ー゚;ζ「これはちょっと、ですね。タールが四十二ミリグラムと記されています」

にははと笑い、デレは缶入り煙草をデスクに戻した。世の中には色々な煙草の銘柄がある。
ちなみに書き手はパーラメント一筋なので、あまり他の銘柄に興味が湧かない。高いけれども。
それから部屋の隅々を調査したが、実を結ばなかった。同じような仕草で、二人が腕を組む。

( ^ω^)「特に気になるものはないお。けれど、一つだけ分かったお」

ζ(゚ー゚*ζ「なんですの?」

( ^ω^)「夫妻の間には子供が居なかったようだお。タンスに子供用の服がない」

ζ(゚ー゚*ζ「そうですね。子供の遊び道具も見当たりません」

この部屋には、夫妻の子供が居た形跡がない。モララーとトソンは、子供に恵まれなかったのだ。
もしも二人の間に子供が居れば、その子に未来への願いを託し、安らかに逝けたのかもしれない。



100: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:24:18.13 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「まあ、これくらいかお。他の部屋も調査してみよう」

そう言って、ブーンが夫妻の部屋を出ようとする。すると、何らかのメロディーが聴こえた。
からくり時計のメロディーだ。ブーンが見上げれば、木製の時計の上部にある小さな窓が開き、
そこから出た三人の女性の人形が、メリーゴーラウンドのようにくるくると横に回転している。
十数秒ほどして、三人の女性は窓の中へと消えた。時計の針は、二時丁度を指し示している。
ブーンが時計に注目していると、予想だにしなかった事態が起きた。中空に光球が浮かんだのだ!
時計から出でた小さなそれは、ひらひらと部屋中を舞ったあと、ブーンとデレの間で留まった。
記憶の欠片だ。光の球は暖かさで部屋を満たして窓の雪を溶かし、やがて強烈な光を放った――――。


 “コンコン、と扉をノックする音がした。肩を寄せ合っていた二人は、すぐさま身体を離した。
  三十歳半ばの目付きが鋭い男性は、より気難しい顔をして、「入りたまえ」と命令した。”
  そうして、畏まって部屋に入ってきたのは、給仕服をだらしなく着た使用人の女性である。

从 ゚∀从『トソン様。モララー様。お食事の準備が整いましたので、食堂までお越しください』

( ・∀・)『ああ。うん。分かったよ。トソンを連れて、今から向かおう』



101: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:25:17.23 ID:kLLE5Q4M0
 使用人の女性は、若干の含みのある笑みを浮かべてから、しずしずと部屋から出て行った。
 きっと、彼女に覚(さと)られたに違いない。ハインという使用人は、鋭い勘を持っている。
 モララーは、「どうしてあのような使用人を雇ったのか」と考えながら椅子に座った。

(゚、゚トソン『どうしたんです? お疲れのようですが』

 車椅子に乗った病弱そうな女性、トソンが話しかけた。見た目の印象に反して嗄れ声だった。
 彼女は足が悪く、車椅子生活を余儀なくされていて、夫や周りの人間に支えられている。
 モララーは椅子のキャスターを器用に動かせて、そんな彼女へとくるりと身体を向けた。

( ・∀・)『いや。何でもないよ。ハインはもう少し、清楚でいるべきだよね』

(゚、゚トソン『・・・・・・』

 トソンは何も言わない。ハインのお転婆ぶりは、邸の誰もが知っていることなのだ。
 おきゃん(死語)である。彼女が割った皿の枚数は、三桁――いや、四桁に到達しているかも。
 ギネスブックに登録すべきだ。夫妻は、彼女の素晴らしい働きに大いに頭を悩ませている。
 奇妙な無言の空気が流れる中、モララーが口の前で両手の指を組んで切り出した。



104: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:26:55.64 ID:kLLE5Q4M0
( ・∀・)『まあ、良いか。それで、さっきの話の続き』

(゚ー゚トソン『“死んだ後も一緒に居て欲しい”、ですか。心配し過ぎなんですよ。
       勿論ですよ。私が先に死んだとしても、きちんと天国の入り口で待っています』

( ・∀・)『そうか。私が先に逝ったとしても、君の事を待っているんだからな』

 二人は愛の語らいの途中だったのだ。どんな堅物な人間でも、愛の前では無力である。
 モララーとトソンの二人は互いに信じ合いながら、そしてそっと肩を寄せ合ったのです。
 息を引き取ったあとも一緒に居る。そんな甘い願いが叶えば、どんなに素敵なのでしょうか。
 しかし、願いの大半は叶わないものである。現実は、非情という成分が多めに出来ている。
 両者、命を落とせば、永遠の時間を共に出来なくなったのである。パライソなどないのだよ!
 ただ在るのは地獄のような時間であり、ミルトンの失楽園でのルシファーのそれと同じである。
 未来を露知らないモララーとトソンは、それでも愛し合い、幸せ溢れる道を祈ったのだった。

( ・∀・)『愛しているよ』

(゚ー゚トソン『私もです』”



105: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:27:35.57 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「だけど、叶わぬ願いごとだった、かお」

意識が現実へと引き戻されたブーンは、呟いた。過去を視るのは一瞬の出来事である。
脳には処理能力というものがあり、一刹那で大量のイメージが流れ込むと疲弊が生じる。
ブーンは腕を上げて、疲れきった筋肉を解しながらデスクの前の椅子に腰を下ろした。

ζ(゚、゚*ζ「モララーさん。何をしてあげれば、心を鎮めてくれるのでしょう」

( ^ω^)「さてね。例えば、この写真が良いかもしれない。これを翳して、
       “トソンはいつも君を見てくれている”、と語りかけるのはどうかお?」

ブーンは写真立てから写真を取り出し、両手で広げて持った。なかなか良い作戦かもしれない。
弱み、とはあまりにも酷い言い方だが、モララーに愛を気付かせるには有効な手段ではある。
主人の目の前で、芝居がかった所作で写真を見せるのだ。そうすれば、自分は輝き目立てる。
ふっ、とブーンは不敵な笑みを溢した。そんな彼を、アイスピックのような鋭い目線が貫いた。

( ゚ω゚ )「・・・・・・」

(;^ω^)「!」



111: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:33:23.86 ID:kLLE5Q4M0
扉のところに、長身の使用人が立っていた。丸川の弟で、オッコトワーリといったか。
雲を衝くばかりの大男が、真っ直ぐにブーンへと視線を遣っている様は、少しの恐怖を覚える。
ブーンは、咄嗟に写真をポケットに忍ばせてから腰を上げ、素知らぬふりで彼に声をかける。

( ^ω^)「やあやあ。扉が開いていてね。ちょっと気になったから入らせて貰ったお」

( ゚ω゚ )「お断りします」

( ^ω^)「は?」

ζ(゚、゚*ζ「・・・?」

オッコトワーリはその体型に合った低い声で、“お断りします”と言ったのだった。
意味の分からないブーンとデレは顔を見合わせて、首を傾げた。使用人が二人に近寄る。
そしてオッコトワーリは、後ろから二人を小脇に抱え上げて、部屋の外へと放り出した。
まったく豪快な男である。デレは目を回し、ブーンは彼女をかばいながら怒鳴り散らす。



112: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:34:37.91 ID:kLLE5Q4M0
(#^ω^)「君! 客人に無礼――」

( ゚ω゚ )「お断りします」

だがしかし、ブーンは自分を見下ろす長身の男の視線に気圧され、二の句を継げなかった。
オッコトワーリは部屋の鍵を閉める。お断りします、としか喋っていない彼ではあるが、
態度から言葉の意味を推し量れた。「勝手にご主人様の部屋に入る事は、お断りします」、だ。
今まで出会った三人の使用人は、皆一様に職務に忠実である。癖が強い人間ばかりではあるが。

( ^ω^)「まあ、勝手に入ったのは謝るお。だが、強引過ぎるだろう」

( ゚ω゚ )「お断りします」

( ^ω^)「・・・・・・」

今度は、何を断るのか分からない。この使用人とは話しにならなさそうだ、とブーンは思った。
写真とそれなりの情報は手に入れたし、この部屋には用事はない。ブーンは一階の客室へと戻った。



113: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:35:25.61 ID:kLLE5Q4M0
―4―

夕食を済ませたあと、ブーンはデレと一緒に風呂に浸かった。浴室は、各客室に設置されている。
浴槽は二人がくつろげるほどの大きさで、デレはブーンに背中を預け、彼の膝の上に座っている。
ブーンの眼にうなじが映る。彼はやや(?)性欲が強いので、むくむくと悪戯心が膨らみを増した。
彼は首にフェティシズムを感じている。だから、デレの繊細な首筋を、右手の中指でなぞるのである。

ζ(/////ζ「んん・・・。ブーンさん。だめ、ですの・・・・・・」

淫靡な声が、浴室に反響する。一頻りデレの反応を楽しんで、ブーンは彼女の首から指を離した。
デレは「いたずらは、よしてくださいですの」と言って、ぷくうっと頬を膨らませる。可愛い。
悪戯っぽく笑い、ブーンは浴槽から出て風呂椅子に座った。男の裸なんて、描写したくはない。
従って、ブーンの生まれたままの体型がどのようになっているのかは説明せずに、話を進めていく。

ブーンはシャワーで身体を払い流す。それを見たデレも、浴槽から出た。湯気で大事な部分が隠れる。
アニメでも漫画でもラノベでも、湯気さんの活躍はマジパネエっす。心に殺意が芽生えるくらいにね!
デレはマットに両膝を着き、タオルで彼の背中を丹念に拭き始めた。うんとこしょ、どっこいしょ。

( ^ω^)「ありがとうだお。デレは本当に優しい人だお」

ζ(゚ー゚*ζ「別に構いませんの。ブーンさんの背中は広くて、洗い甲斐がありますの」



114: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:36:58.70 ID:kLLE5Q4M0
ブーンとデレは同時に嫣然とする。のほほんとして、ブーンは目の前にある鏡を覗き込んだ。
笑顔で、自分の背中を洗ってくれているデレが映っている。透き通るような綺麗な肌である。
だが、全てが美しいわけではない。彼女の心臓の辺りには、縦一線に大きな傷があるのだ。
まるで刺傷痕だ。ちらりと鏡に映り込んだその傷跡を見たブーンは、何気なく訊ねた。

( ^ω^)「・・・デレの胸の傷跡は何なのだお? いつもは気にしないようにしてたのだけど」

ζ(゚、゚*ζ「これは」

デレは腕の動きをぴたりと止めた。もしかして、訊いてはいけなかったことなのだろうか?
彼女の死と関わりがあるのかもしれない。ブーンは頭を掻いて、申し訳なさそうに謝った。

(;^ω^)「いや。言い難いことならすまなかったお」

ζ(゚ー゚*ζ「良いんです。ブーンさんには、あたしの全てを知っていて欲しいのです」

再び、デレは腕を動かせる。そして、二人きりの空間では充分な声量で、述懐する。

ζ(゚ー゚*ζ「十七年前でしたか。あたしはですね。家への帰り道の途中で、殺されたんですの」



115: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:38:27.72 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「・・・・・・」

ζ(゚ー゚*ζ「その事件は、結局犯人が見付からなくて、迷宮入りになってしまったのです。
        もう、その時は口惜しくて口惜しくて。小説の名探偵でも居てくれればなあ、
        と何度も何度も思いました。・・・・・・それで、今のあたしがあるのですね」

重々しい事情を、デレは明るい口調で話す。彼女の探偵への憧れは、こういう理由だったのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ですけど、あれから随分経ちました。今では怨みや憎しみはありません。
        ハインさんが言っていたのと同じですね。達観の境地に達しているんですの」

( ^ω^)「分かったお。デレの苦しみは十二分に分かったから、それ以上は良いお」

ブーンは、デレに風呂椅子に座るように促した。人間は非情の現実で、支え合って生きるものだ。
親切は返さなくてはならない。デレは首を振って遠慮をするが、ブーンが無理矢理に座らせた。
彼はデレの柔肌を優しく拭きながら、この邸について考える。主にモララーについてである

( ^ω^)「それにしても、モララーは姿を現せないね。まだ何か足りないのだろうかお」



116: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:40:13.36 ID:kLLE5Q4M0
モララーは、妻であるトソンと永遠の愛を誓ったが、死後に離れ離れになってしまった。
放火での死である。それを苦に思い、モララーは二十一グラムを、魂を零れ落としたのだ。
ブーン達は彼の在り方を、余すことなく知っている。しかし、一向にモララーは現れないのだった。

ζ(゚ー゚*ζ「ううん。他にも、何か苦しみがあるのかもしれませんの」

( ^ω^)「苦しみねえ・・・」

ブーンが首をひねって考えるがしかし、今の彼にはそれ以上の事象は思い浮かばなかった。
そうしていると、いつの間にか手が止まっていた。いかんいかん、とブーンは再び手を動かせる。
デレの身体はスレンダーである。彼が好きな体型で、見ていると扇情される。こちらの方がいかん。
雑念多きブーンは、顔を横に幾度と振って邪念を振り払う。鏡を眺めていたデレは、疑問に思う。

ζ(゚ー゚*ζ「? どうしたんですの?」

( ^ω^)「いや・・・。ちょっと、自分自身と切磋琢磨し合っていただけだお!」

ζ(゚ー゚*ζ「そうですの。自分自身は最大のライバルですの。漫画でよく言われますのー」

それから、二人は他愛のない会話を交わしたあと、浴室を出た。ベッドの上で二人は寝転ぶ。
窓の外では、雲に丸い白光が薄っすらと浮かんでいる。その内に、吹雪は静まりそうであった。



119: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:41:32.20 ID:kLLE5Q4M0
夜が終わり、朝が訪れる。九時頃。ブーン達は出発する準備をしている。ほぼショボン任せである。
予定が一日遅れたが、キジョへと行くつもりだ。結局、ブーンは邸の正体を見破られなかった。
ショボンとツンが車に荷物を運んでいる最中、ブーンはデレと共に玄関ホールに佇んでいる。
玄関ホールには二人の他に、ハインとガイドライン兄弟の姿もある。見送ろうとしているのだ。

从;-∀从「ねみぃー、心の底からねみぃー」

ハインが眠そうに欠伸をした。彼女の部屋は、ブーンとデレが泊まった客室の真上にある。
この石造りの洋館はそれほど防音性は高くなく、ある程度以上の大きさの音は筒抜けなのだ。
つまり、ハインは下から聞こえてくるあえぎ声や、ベッドが軋む音に夜通し悩まされたのだ。
まったく迷惑な夫婦だぜ! そんな彼女の気持ちを知らず、ブーンは近付いて注意をする。

( ^ω^)「キミイ。客人の前で欠伸は、いけないのではないかお」

从#゚∀从「何を。お前らのセックスがうるさ過ぎて、俺は眠れなかったんだよ!」

(;^ω^)「おっ」

ζ(/////ζ「えっ」



120: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:42:16.16 ID:kLLE5Q4M0
ハインの罵りに、二人はとても驚いた。ハインの部屋がどこかは知らないが、声が漏れていたのだ。
もしや、隣の部屋のツンにも情事の音が聞こえたのではないか。二人の顔はみるみる青ざめていく。

ξ゚听)ξ「ちょっと。暇そうにしてないで、お二人も手伝ってくださいな」

玄関扉を開けて、ツンが入って来た。彼女は着衣類が仕舞われた鞄を、車へと運んでいる。
ブーンは擦れ違おうとするツンを呼び止めて、恐る恐るといった面持ちで訊ねてみた。

(;^ω^)「つ、ツン。君は昨晩、何も聞かなかったかお? ・・・例えば、物音とか」

ξ゚听)ξ「さあ。私は早くに寝ましたので、物音なんて聞いてません」

( ^ω^)「そうかお。いやあ。僕としたことが焦ってしまったお」

どうやら取り越し苦労だったようだ。ツンは肩を竦め、西側の廊下へと後姿を小さくしていった。

从 ゚∀从「さあて。俺たちも見送る準備でもするか。久しぶりの客人だったから楽しかったぜ。
      オッコトワーリから、お前らがご主人様の部屋に入ったと聞いた時は、ヒヤヒヤしたけど。
      終わり良ければ全て良し。うんうん。人生は、すべからく順風満帆でないといけねえ」



122: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:43:58.45 ID:kLLE5Q4M0
人生の歯車が軽やかに回っていないハインが、腕を伸ばして関節を鳴らせる。ポキポキと。
その仕草は、まるで男のようだった。ブーンは奇異の視線を彼女の向け、玄関扉のドアノブに触れた。
夜中にも忍び足で邸を調べたのだが、何一つ成果は得られなかった。まったくの完敗である。
ブーンは、物事を勝ち負けで判断するところがある。ブーンはモララーの影の謎に負けたのだ。

主人は、在り方に気付けば出てくるはずなのだ。そしてそれは、自分やデレも重々承知している。
だが、モララーは出てこない。・・・極度の恥かしがり屋なのか? それは無い。ブーンは顎を上げた。
心の欠片で見た彼は、とてもそういう風には見えなかった。目付きが鋭く、気丈そうな男であった。

从;゚∀从「よお。お客人。扉の前で立ち止まって、何をやってんだ? 後がつかえてるんだが」

ハインがブーンの背中に声をかけた。彼女は、真に男勝りな性格である。滅法、気が強い。
ブーンの周りには、気の強い女性が多い。ツンは勿論のこと、クーやヒートも芯の強い人間だ。
彼女達は詳細に言えば性格が違うが、大まかに見ると素直で手厳しい言葉をぶつける女性陣なのだ。
・・・・・・ブーンはドアノブから手を離して、振り返った。皆、不思議そうな視線を彼へと注ぐ。

( ^ω^)「そうか。そうなのかお」

ζ(゚、゚*ζ「ブーンさん?」



123: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:44:47.18 ID:kLLE5Q4M0
ハインが言う、“ご主人様”に惑わされていたのだ。何も、ご主人様が男性だという決まりはない。
女性だって、資格さえあればそういう風に呼ばれることがある。この邸でもあり得る話なのだ。
――――成分が重い煙草を、男性が吸うとは限らない。写真の映りでは、全ての中心に居たのである。
彼女が頂点だったのだ。モララーは恐妻家で、頭が上がらなかったのだろう。先入観に邪魔をされた。
ああ。出発が遅れそうだ。ブーンは使用人達が恐れ敬う女性と、対峙しなければならないのだから。

( ^ω^)「トソンかお。女々しいのではなくて、真実に女だったのだお」

从 ゚∀从「てめえ――」

「いらんことを口走るんじゃねえ」。言おうとするハインだが、刃物のような視線に遮られた。
いや。強烈な視線を受けているのは、ハインだけではない。この場に居る、誰にもに均等である。
上だ。ブーンが見上げると、天井に吊るされていたシャンデリアが落ち、凄まじい音を響かせた。
幸い下には誰も居なかったがしかし、想像を絶する殺意を全員に知らしめるには充分であった。

「あはは」

正体不明の笑い声。シャンデリアを吊り下げていたロープに、女性がぶらさがっている。
右手には、ブーン達が夫妻の部屋で発見した、ハサミのような刃物の片割れが握られている。
女性はロープから手を離し、シャンデリアの破片の上へと着地した。ジャリ、と嫌な音がした。



127: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:47:44.72 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「君がトソンかお。ふん。確かに、手強そうではある」

ブーンは主人の姿に注目する。フレンチベージュのロングスカートに、白いブラウスを着ている。
地味な格好だ。しかし、トソンの足元からは黒い霧が曲線となり、彼女の身体に螺旋を巻いている。
そして、黒い翼も今までに見た誰のものよりも、一回り大きい。鮮烈な圧倒感を持っているのだ。
彼女はどこか花のようにも見える。ただし、眼の輝きを失った造花である。造花が、くすりと笑う。
トソンは、ポケットから煙草を取り出した。すぐさまハインが近寄って、ライターで火を点ける。

~~-v(゚、゚トソン「・・・・・・」

甘い匂い。煙草とは思えない匂いだが、紅茶フレバーのものもあると聞く。世も末だ。
これならショボンが吸っている煙草の方が遥かにマシだな、とブーンは思いながら話しかけた。

( ^ω^)「ご機嫌うるわしゅう。・・・僕は内藤ホライゾンというお」

~~-v(゚、゚トソン「見過ごしておけば良い物を、よく気付いたな。ええ。気付いてしまったな。
         私は夢の中に居るのだ。そこは時間の角とも謂える。君達全て、逃がさない」

ハスキーな声だ。恐らく、煙草で喉がやられてしまっているのか。ヒントは声質にもあったのだ。
トソンは煙草をくゆらせ、吐き出した。車椅子の夫人はしっかりと立ち、ブーンを見据えている。
使用人達を後ろに横一列に並ばせているのもあって、彼女からはある種のカリスマ性を感じさせる。



128: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:48:45.27 ID:kLLE5Q4M0
ζ(゚、゚*ζ「ううう、恐ろしい人。でも、負けていられませんの。こちらには写真がありますの」

~~-v(゚、゚トソン「写真。ああ。寝室に置き去りにした物か。あれなら、もう見飽きた。
        穴が開くほど見ても、あの人は出て来ない。静謐な瞬間は戻っては来ない」

トソンが口から煙草を離した。ハインが畏まって側に寄り、銀色の灰皿を差し出した。
煙草が灰皿に押し付けられ、潰される。煙は消えたが、独特な匂いが残ったままである。

( ^ω^)「君達は、相当仲が良かった夫婦とみる。あの世でモララーが待っているお。
       きちんと、ね。トソンも今すぐに、彼のあとを追いかけるべきだお!」

(゚、゚トソン「あの世」

( ^ω^)「そう。きっと、向こうで待ってくれている。誓いは嘘ではないのだお」

トソンは眉間に指を押し付けた。正気ではないと言っていたが、まだ狂気には陥っていないようだ。
これは勝機である。矢継ぎ早に鎮まらせる言葉を放てば、無事に彼女を退けられそうだ。しかし。

(゚、゚トソン「何を言っている。此処が彼岸では無いか。どこにも、あの人の姿は見当たらない」



131: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:50:13.00 ID:kLLE5Q4M0
トソンは瞳の光を失ったまま、力強く言った。彼岸と此岸の区別がついていないのである。
やはり正気ではない。トソンは痩せ細った左腕を伸ばし、歌を唄うように言う。

( 、 トソン「神様は居ない。何故なら、私は祈ったのだから。“末永く、一緒に生きていたい”とね。
      祈ったのだ。祈ったのだ。――けれども、現実はどうだ。どうだ、と私は君達に訊いた」

両腕で頭を抱え、トソンは全身を震わせる。涙を流そうとするも、涙はとっくの昔に枯れている。
それは何故か。神経質に、トソンが自分自身に問いかける。しかし、原因を見出せない。
鬱屈とした気持ちのはけ口は、幸せそうに立っている目の前の青年である。彼女は得物を構える。
右腕を不安定にぶるぶると伸ばし、あのハサミのような刃物の先を、ブーンへと向ける。

( 、 トソン「だありん。だありん。何処に行ったと謂うの? あああ。それよりも忌まわしい。
      存在の違いを超えて幸せな二人が憎い。・・・憎ったらしいったら、ありゃあしない!」

玄関ホールに絶叫が響く。トソンは二人に駆けようとした。肩口から腰にかけて斬るのだ。
次いで、首を刎ねる。狂気の中でのシミュレーションは、完璧だった。だが、声に邪魔された。

ξ;゚听)ξ「こ、これは、何なのですか!?」

( 、 トソン「!」



132: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:51:13.23 ID:kLLE5Q4M0
物音に驚いたツンが、玄関ホールに戻ってきたのである。トソンは意識を彼女へと向ける。
そして、トソンはツンに向かって駆けた。この場の誰から殺しても、結果は一緒なのだ!
刃先を地面に引き摺りながら、トソンは一直線に風を掻き分けて走る。目標はツンの首である。

(;^ω^)「ツン! 逃げるのだお!!」

ブーンが叫ぶが、ツンには突拍子もないことなので反応が出来ない。凶器が突き出される。
もう駄目だ。しかし、刃はツンの首からは大きく逸れて、何もない中空を貫くだけに留まった。

ξ;゚听)ξ「あなた・・・」

ζ(゚、゚*ζ「ツンさんを、傷付けさせるわけにはいかないですの。ブーンさんの大切な妹なんです」

デレが左腕で、トソンの腕を払ったのだ。一瞬の出来事だったので、ツンには分からなかった。
トソンは顔中にシワを寄せて、立ちはだかったデレを凶悪な形相で睨む。けれど、彼女は屈さない。

ζ(゚、゚*ζ「あたしは人を殴りたくありません。ですが、今からキミの邪心を殴り付けますの」

(゚ ゚トソン「ああ。そうかい」



133: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:51:59.12 ID:kLLE5Q4M0
呟いて、トソンは大きく凶器を振り上げた。振り下ろすはデレの肩口だ。正確無比な一撃である。
その斬撃を、デレは足を限界まで曲げていなし、即座にトソンの無防備な足首を蹴り払った。

( 、 トソン「っ」

トソンが横向きに転倒しかけるが、咄嗟に床に左手を着き、その反動により立ち上がった。
アクション映画染みた動作だった。だが、デレはトソンが地に両足を着いた瞬間に隙を見出し、
左足の裏で心窩を圧迫した。微かなうめき声を漏らして、トソンは遥か後方へと蹴り飛ばされる。

(;^ω^)(凄いお。けれども、これはそんな物語ではない・・・)

デレの意外な力に驚嘆し、ブーンはメタ的なことを思った。・・・・・・危機は逸したようだ。
ブーンは、急いでツンとデレに駆け寄った。ツンに傷はないが、デレは左腕を赤く染めていた。
ツンをかばった際に、刃にやられたのである。完全に攻撃を打ち払ったわけではなかったのだ。

(;^ω^)「・・・・・・デレ。大丈夫かお?」

平和主義なブーンは、人が争うのが大嫌いだ。血を流す姿を見るなんて、もってのほかである。
あまつさえ、それが最愛の人間の流血なのだから、彼の顔面中から血の気が消えうせる。



135: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:53:19.13 ID:kLLE5Q4M0
ζ(゚、゚*ζ「大丈夫ですの。その内に、傷は塞がりますの。それよりも・・・」

デレは真っ直ぐに青い双眸を向けた。トソンはうずくまって、口から涎を垂らしている。
眼球を血走らせてむせるトソンを、三人の使用人達が介抱しようとするが、彼女は手で振り退けた。

(゚ ゚トソン「よくも、よっくも、私を地に膝を着かせたな。許すまじ、愚行・・・!」

トソンがゆらりと立ち上がる。未だに凶器は手に握られており、殺気は消えていない。
もう、実力行使で戦うしかないのか。ブーンは暗澹たる気持ちになり、こめかみを押さえる。

( ^ω^)「トソン。ここは地獄ではなくて、現実なのだお。逃避をするのはやめたまえお。
       僕も最愛の妻を亡くしたら、きっと君みたいに錯乱に陥ってしまうと思う。
       君の気持ちはよく分かるお。・・・今こそ、使用人共を連れて天国へと向うのだお」

(゚、゚トソン(・・・・・・)

いきり立つトソンをなだめるようにブーンは、彼女との距離を詰めながら優しく語りかける。
この言葉は、彼女の深い部分に届いているだろうか。荒ぶる心を、鎮めてくれるだろうか。
そのような願いを込めて、ブーンがトソンに指を差した。いつもの迫力は、そこにはない。



136: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:54:11.39 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)9m「鎮まりたまえお。君が求める楽園は、此処よりも高いところにあるのだお。
        その黒い翼を穢れなき白に変え、寂滅するのだお。至極簡単な話だお」

(゚、゚トソン「・・・成る程。慥(たし)かに、此処は現実のようだ。厭な事ばかりがある、現実だ。
      しかしね。私は此処と夢以外には、何処にも行けやしないのだ――そうか。夢の中か」

トソンは何やら考え付いたようで、ほくそ笑んで凶器を肩にかけた。彼女は天井を見上げる。
視線が吸い込まれる先は、トソンとモララーが暮らしていた部屋だ。彼女は眼を大きく見開いた。

(゚ー゚トソン「この際、現実など捨ててしまえば良いのです。貴方達もそう思うでしょう?
      返答は要りません。貴方達を、素敵なパライソ(楽園)へとご招待致しましょう」

( ^ω^)「?」

トソンはブーン達へと顔を戻した。彼女は穏やかな表情をして、微笑んでいる。狂人のそれだ。
肩に提げた凶器を下ろし、トソンは左腕を前に伸ばす。呪縛がブーン、デレ、ツンの三人を捉えた。



139: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:55:33.07 ID:kLLE5Q4M0
ζ(゚、゚;ζ「いけません! トソンさんはあたし達を、夢の中へと引き込もうとしていますの!」

(;^ω^)「君達に不可能はないのかお! どうにか出来ないのかお!?」

ζ(゚、゚;ζ「やってみますの!」

デレがブーン達の前に進み出た。負けじと対峙し、彼女はトソンと同じように腕をかざす。
どこからか風が吹き、それはますます圧力を強めて行く。玄関ホールが風で満たされる。
デレはきっとトソンを睨み、腕に力を込めた。そして、何やらぶつぶつと念じ始めた――。

ζ(゚、゚*ζ「舎利子。色不異空、空不異色、色即是空、空即是色・・・」

( ^ω^)「えっ。なにそれ」

+ζ(゚ー゚*ζ「般若心経ですの! きっと、邪念を避けられますの」キリッ

ここで一番頼りになるであろうデレがこれなのだから、ブーン達が夢の世界に行くのは必然なのだ。
トソンは一際強く、呪縛に心力を注いだ。ブーン達は目の前が暗くなり、意識が闇へと沈んでいった。



141: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:56:57.81 ID:kLLE5Q4M0
―5―

現実に存在する空が、風が、色がなくなってしまえばどうなるのか。夢の中では、それが分かる。
玄関ホールに倒れていたブーンは、目を覚まして起き上がった。目を擦って視界を鮮明にさせる。

( っω−)「んんん。・・・ここは?」

ζ(゚、゚;ζ「あ! お気付きになられましたの?」

ブーンの側にはツンとデレの二人と、注意深く辺りを観察しているハイン達使用人の姿があった。
玄関ホールの様相は今しがたと打って変わって、大理石の彫像などが飾られた空間になっている。
見上げれば、天井にシャンデリアが吊るされている。廊下には、窓から燦々と光線が差し込み、
絨毯や甲冑を優しく照らしている。ブーン達は、トソンが保持する夢の世界に閉じ込められたのだ。

从;-∀从ゝ「やれやれ。とんでもねえ事になっちまったな・・・」

ハインが髪をかき上げて、呆れた表情をした。彼女もブーンと共に巻き込まれたのである。
彼女は夢の世界の存在を知っていたが、来るのは初めてだった。埃を掃い、ブーンが立ち上がる。

( ^ω^)「君は僕達が帰ったあと、トソンに報告すると言っていたお。
       どうやって伝えるつもりだったのだね? 何か入り口でもあるのかお」



142: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:58:44.05 ID:kLLE5Q4M0
从 ゚∀从「いや。夢旅行は初めてだ。ご主人様は時々姿を現せるから、書置きしとくんだよ」

( ^ω^)「ふむ。彼女しか知らない出入り口があるのかもね!」

時折現世に姿を現せるのだから、出入り口がないとおかしい。今は見当がつかないが。
まるで昔の邸に戻ったかのような内装を、ハインが見回していると、何者かの足音が聞こえた。
一同がそちらへと顔を遣れば、ハインと同じ給仕服を身にまとった女性が歩いて来ていた。

('、`*川「ああ。ハインがまた粗相を仕出かしたよ。何でクビにならないのかねえ」

从#゚∀从「あ!? 本人の目の前で。ペニサス、良い度胸じゃねーか!」

ハインは、ペニサスという女性に食ってかかろうとする。だが、彼女の手はするりと空を掴んだ。
ペニサスの身体をすり抜けたのだ。何度も手のひらを開閉させ、ハインは驚き顔で振り返った。

从;゚3从「イィィィィーーーーーーーーーーーーーー!?」内場勝則風に

ζ(゚、゚*ζ「あちらからは、あたし達の姿が見えていないのですの。
       あたし達は、まだ完全にはこの世界に染まっていません。なぜなら」



146: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:00:17.36 ID:kLLE5Q4M0
そこまで言って区切り、デレは「えっへん」と腰に両手を当てて、あまり大きくはない胸を張った。

ζ(゚ー゚*ζ「あたしが抵抗したのです! ええ! 他の誰でもないあたしが!」

なんと、窮地の場でボケをかましたかに見えたデレだが、必死の抵抗をしたのだという。
マジカッケエっす。マジハンパネエっす。とにもかくにも、少しは一安心といったところか。

ζ(゚、゚*ζ「でも、もって二時間ですの。それまでに何とかしないと」

完全に夢の中の存在と化す。ブーン達は、可及的速やかな対処を迫られているのだ。
ここで実のない会話をしている暇はない。ブーン達は西側の廊下に進もうとするが、
ハインは動かなかった。物思いに悄然と立ち止まっている彼女に、ブーンが話しかける。

( ^ω^)「どうしたのだお。ハインは元の世界に帰りたくないのかね?」

从 ゚∀从「・・・分からねえ。元はといえば、俺もご主人様と同類で、非業の死を遂げているんだ。
      さっき、俺の同僚の姿を見て、ここにずっと居ても良いかなって思ってしまった。
      こんな世界があるのなら、ここで暮らしていたいなって思ってしまったんだよ」



147: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:01:13.66 ID:kLLE5Q4M0
男勝りな正確のハインではあるが、根元は女らしく、寂しがりなところがあるようだ。
丸川とオッコトワーリが彼女の側に寄り、心配そうな表情をする。彼らも同じ気持ちなのだ。

( ^ω^)「ふん。勝手にしたまえお。・・・僕は心が広い。ショボンなどには負けていない。
      君達も本当の天国に行けるよう、善処してやろう。大いに感謝したまえお」

从 ゚∀从「・・・・・・お前。案外と良いところがあるんだな」

ブーンはハインの賛美には応えずに、デレとツンを引き連れて玄関ホールをあとにした。
客室に後回しで良い。何かあるとすれば、二階の夫妻の部屋か、まだ調べていない部屋である。
壁に絵画がかけられ、西洋の甲冑も置かれて、すっかりと瀟洒になった廊下を三人は歩く。
ありとあらゆる時計も一定間隔に配置されていて、これならば見所のある邸といえる。

ペンデュラム(振り子)が揺れる音が、絶えず聴こえる邸。ブーンは窓の外へと視線を遣った。
外では木々がささやき、太陽の光が湖面を輝かせている。どこまでも果てしなく平和な風景だ。
ヒートの時もそうであったが、影という存在は、穢れのない世界を創り出す傾向にあるようだ。
苦しみや、恨み。それらを偽りのみを写す鏡にかざして、まったくの平穏を映し出しているのだ。

ξ゚听)ξ「ねえ。怪我は大丈夫なの?」



149: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:02:13.87 ID:kLLE5Q4M0
ツンが声を出した。誰宛に? ブーンは一瞬自分かと思ったが、怪我などはしていない。
ツンに顔を向ければ一目瞭然だった。デレにかけた言葉だ。彼女がデレに話しかけるのは珍しい。

( ^ω^)「ほっほう! ツンがデレの心配をするのは珍しいお!」

言ってしまってから、ブーンは「まずい!」と両手で自分の口を塞ぎ、己の軽率さを呪った。
今の発言は、ツンを向きにさせるのには充分な一言である。恐れおののく彼は、ツンを一瞥する。

ξ゚听)ξ「身を挺して助けて頂いた方を心配するのは、人として当然のことです」

ツンは正直に答えた。巧妙な一計を案じずとも、期せずして二人の仲は良好にほぐれたのだ。
このツンツンツンデレ妹め! 感極まり、足を止めたブーンはるいるいと涙を流した。

( ;ω;)「いいね! 素晴らしいね! もう僕は死んでもいいお!」

ξ゚听)ξ「それは困ります。事件を解決して頂いてからでないと。お兄様が原因なのでしょう?」

( ^ω^)「はい」



151: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:03:49.09 ID:kLLE5Q4M0
そうそう。感動して涙している場合ではない。自分は、トソンの呪縛を断ち切らねばならない。
ハインにも大見得を切ってしまっている。ブーンは口の前で両手をすり合わせ、歩き始めた。
隣には、怪我をしたデレの腕を支えるツンが居る。この二人になら、安心して背中を預けられる。
しかし、そのような危険に二人を晒すわけがなく、ブーンは一人で事件を解決する気概だ。
三人は階段を登っていく。途中に使用人と擦れ違ったが、彼らはブーン達の存在に気付かない。

( ^ω^)「ふうむ。こうしてみると異質な感じだお。僕達が除け者にされているみたいだお」

ζ(゚ー゚;ζ「すみませんの。あたしの力が、トソンさんに及ばなくて」

( ^ω^)「いや。デレは謝らなくていいお。助けて貰ったのだから」

ξ゚听)ξ「そうです。お兄様は気にせず、ここから出られる方法に頭を働かせてください」

傍目から見れば、デレと腕を組んでいる状態のツンが、彼女に感謝の意を交えつつ言った。
ツンとデレは仲が良くなったようだが、これからブーンは言葉に気を付けなければならない。
女性二人に対して、男性は無力である。クーやヒートが交じれば、絶対に敵いそうにありません。
そこにショボンも交じれば――いらぬ想像を浮かべたブーンは、悚然として背筋を震わせた。

(;^ω^)(おお、こわいこわい。今ごろ、ショボンはどうしてるのだお)



154: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:04:51.84 ID:kLLE5Q4M0
ショボンなら、「あのファッキンボーイ。また妙な事を仕出かしたね」と思っているだろう。
そんなブーンの予想は当たっており、彼は現実世界の邸で、閉ざされた玄関扉の前で呆れていた。
まあ、ショボンのことなどどうでも良い。二階へとたどり着き、三人は右側の廊下を見渡した。
一直線に歪みなく廊下が伸びている。廊下の半ばほどに、彼は空中に浮く白い光球を発見した。
もう説明は不要だろう、記憶の欠片である。ブーン達は駆け寄り、放たれる温もりに身を任せた。



(゚、゚トソン『ハイン。また貴女なのですね。絨毯にお茶を溢して、弁償物ですよ』

 車椅子に座るトソンが、肘掛に肘を置いて頬杖をつきながら、大きなため息を吐いた。
 嫌味な言い方だった。彼女は大人しそうな見かけとは反して、きつい性格をしているのである。
 だからこそブーンとデレは騙されたのだが、夫と一緒でないときの彼女は高圧的な人格なのだ。
 茂良邸内に於ける実質的な支配者の鋭い視線に、強気なハインが随分と浮き足立っている。

从;-∀从ゝ『ええ。はい。いやあ。何と申し上げれば良いか、すみません』

(゚、゚トソン『その、直ぐに頭を掻く癖は御止めなさい。とても見苦しいのです』



155: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:06:04.66 ID:kLLE5Q4M0
 『また始まった』、と遠巻きにざわめいている使用人達を掻き分けて、一人の男性が駆け付けた。
 トソンの夫であるモララーだ。ひどく慌てている彼は、いきどしい様子で二人の間に立つ。

(;-∀-)『ま た 君 達 か 。ハイン。君は行きなさい。ほら、皆も仕事に戻って』

(゚、゚トソン『ちょっと』

(;・∀・)『分かっている。あとで私が、ちゃんと注意しておくんだからな!』

 ハインと他の使用人達は、それぞれの職務に戻って行った。モララーは安堵の息を吐く。
 このモララーという男性。厳しそうな外面とは裏腹に、使用人達には優しいのであった。
 トソンはカーディガンのポケットから小さな缶を出し、その中にある煙草を一本、口にくわえた。
 煙草と一緒に収められていたライターで、火を点ける。バナナのような匂いが辺りに漂う。
  (※こぼれ話ですが、カーディガンで検索をし、ウィキペディアを閲覧してはなりません)

~~-v(゚、゚トソン『もう。あなたは優しさが過ぎます。他の者に示しがつきませんよ』

 先ほどとは違い、甘々しい口調だ。トソンはモララーと二人きりになると、態度を豹変させるのだ。
 現在ではあまり見られなくなった、狭義でのツンデレである。こちらもなかなか好きなのだけれど。
 トソンが唇を尖らせて煙草をふうっと吐くと、長く尾を引く白い煙が、日光の中へと消えて行った。



156: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:07:57.97 ID:kLLE5Q4M0
( ・∀・)『ははは。それにしても、今日のトソンは不機嫌そうだけど、どうしたんだい?』

 モララーはトソンの前で屈み込んで、彼女の顔を覗き込んだ。トソンは照れて、そっぽを向く。

~~-v(゚、゚*トソン『い、いいえ。何でもありませんよ。全て、ハインが悪いのです』

( ・∀・)『そうか。しかし、ハインにも良いところがある。きつく当たってはいけない』

~~-v(゚、゚トソン『・・・・・・良い所。例えば、どんな所が良いと謂うのです?』

(;・∀・)『え? それは、ほら。元気で微笑ましいところとか、かな』

 必死に思い当たった結果がこれだよ! 何はともあれ、快活なのは長所ではある。
 モララーが腰を上げ、トソンに散歩をしようと話を持ちかけると、彼女は首を横に振った。
 『少しの間。此処で陽射しに当たっていたいのです』。モララーは頷き、彼女の元を去った。
 彼女が視線を窓へと遣る。この邸の窓が床から天井までガラス張りなのは、彼女への配慮である。
 太陽が、木々が、湖が――この景色が私一人だけの物になってしまったら、何て悲劇でしょう!
 トソンは、自分の心を昂らせている原因を思い出した。それは、レム睡眠時に見た夢のことだ。

~~-v(-、-トソン『あの人と別れる夢を見たから、だなんて私には恥かしくて謂えません』”



158: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:09:20.91 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「なんて――」

面倒な女性だ! 二人も女性が近くに居るので、ブーンは明言を避けた。
夫が居なければとても厳しく、夫と二人ではしおらしい。ちょっと、付き合い難い人物である。
低い唸り声を上げるブーンを他所に、ようやく現在の事態を把握したツンが口を開いた。

ξ゚听)ξ「なるほど。今のトソンさんが、モララーさんと離れ離れになってしまったのですね。
       お兄様達は、邸の主人を勘違いしていて、なかなか彼女が姿を現さなかった。
       ・・・取り合おうにも、彼女は常軌を逸している。お兄様、デレ。言わせてください」

ツンは片手を上げた。ブーンとデレの二人は不思議な面持ちになって、顔を見合わせた。

( ^ω^)「なんだお?」

ζ(゚ー゚*ζ「はいですの?」

ξ;凵G)ξノ「私を巻き込まないで! 少しは、お考えになってから行動してください!」

ツンはまったくの不運である。あの時、客室に忘れ物がないかを確かめに行かなければ、
彼女は夢の世界に閉じ込められることはなかったのだ。トソンに命まで狙われてしまった。
・・・ショボンさんと口を酸っぱくして忠告をしたのに、事件を起こして。なにこの二人こわい。
自分は、巻き込まれ体質なのだろうか! ツンがめそめそと涙を流し、ハンカチで雫を拭う。



159: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:10:34.82 ID:kLLE5Q4M0
ξ;凵G)ξ「ああ、こんなにも心が張り裂けそうな気持ちになったのは、初めてです」

ζ(゚、゚;ζ「ツンさん、どうしたのですの?」

( ^ω^)「ツンは時折、発作を起こしてしまうのだお。病院を勧めているのだけれどね・・・」

ζ(゚、゚;ζ「まあ! それは大変ですの! あたし、お薬を持ってますの。
       トリプタノールと言ってですね。抗うつ剤ですの。はい。どうぞ、お飲みください」

デレはポケットからピルケースを取り出した。その中の一錠を指で摘んで、デレに渡そうとする。

(;^ω^)「どうして、デレがそんなものを持っているのだお?」

ζ(゚ー゚*ζ「いえいえ。これは、ただのビタミン剤ですの。プラシーボ(偽薬)効果ですの!」

ξ;凵G)ξ「バラしたら、意味がないでしょう! いらない!」



162: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:14:55.38 ID:kLLE5Q4M0
泣き喚いて、ツンは廊下を歩んで行く。ブーンが肩を竦めていると、ふとツンが振り向いた。
そこに涙はなかった。顔にあるのは鹿爪らしい表情と、悲惨になり行く運命に抗おうとする力だ。
ツンはそっと腕を上げ、人差し指のみを立てた。窓から降り注ぐ光線が、彼女を白いベールで包む。

ξ゚听)ξb「良いですか? お二人は、玄関でのトソンをしっかりと観察していましたか?
       私はきちんと覚えております。彼女の動作も、言動も、全てが記憶にあります。
       一瞬だけ敬語になりました。これがどういうことか、お分かりになるでしょうか」

( ^ω^)「ふむ。確かに、僕達を夢へと送るときに、トソンの口調が変わったお」

ζ(゚、゚*ζ「ちょっと怖かったですの」

その通りである。トソンは、狂人めいた振る舞いでブーン達を呪縛で捕らえたのである。
ツンは腕を下ろし、ブーンとデレの前を行ったり来たりする。妹はブーンに似たところがある。
やがて、ツンは二人に背中を向けた形で止まり、胸の前で両手を合わせた。彼女は静かに語りだす。

ξ゚听)ξ「狂人のごとく見えた。果たして、そうなのでしょうか。私は違うと思います。
       一刹那。彼女の意識は、現実へと戻ったのです。証拠に、現実を否定しました。
       当然のことですが、現実を否定するには、現実を知っていなければなりません」



163: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:15:36.04 ID:kLLE5Q4M0
ζ(゚、゚*ζ「仰られる通りですの。トソンさんは現実世界を嫌っております」

( ^ω^)(・・・・・・)

ツンの言葉は理にかなっている。須名邸でのクーとのやり取りを、ブーンは思い出した。
最後、彼女は昔の自分に戻り、敬語で話したのである。その後は冷淡な口調に戻ったようだが。
くるりとツンが振り向く。彼女の茶色い瞳には、確固たる意思と意志が煌煌と輝いている。
ブーンとデレは忘れているが、彼女は早い時期に影を知っており、所謂歴戦の退魔師なのだ。

ξ゚听)ξ「トソンは影の中でも一等強い。でも、リアルを覚えているのなら勝機はあります。
       置き去りにされたままの真っ白な現実――そこに、私達が色を零しててあげましょう」

二度とは忘れられない極彩色を。ツンの言葉は、戸惑っていたブーンとデレの心を収れんさせた。
「行こう」。ブーンは言って、絨毯の上を歩き始めた。ツンとデレの二人も、彼のあとをついていく。



164: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:17:43.26 ID:kLLE5Q4M0
ξ゚听)ξ「ここが、夫妻の部屋ですか?」

( ^ω^)「いや。書斎だお。残された時間は少ないお。縁の強そうな場所だけを選ばないと」

ζ(゚ー゚*ζ「ここで、死後にトソンさんが書いた日記を発見したんですの」

三人は書斎の前へとやって来た。夢の世界の書斎は、本当に図書室のようになっているに違いない。
その予想は、彼らが部屋の中に進むと的中した。歯抜けだった本棚には、沢山の書物が収まっている。
ここに心の欠片があると良いのですけど。デレが注意深く探索していると、何やら話し声が聞こえた。
先ほど玄関ホールで愚痴っていたペニサスという女性と、もう一人、三人が知らない女性である。

~~-v('、`*川「それにしても、悪辣な職場だねえ。奥様はうるさいし、給仕長は最悪だ。
        とんだブラックな職場だよ。給料が良くなければ、さっさと辞めているわ」

ここでもペニサスは愚痴っている。夢の世界の住人は、個人個人の性格が良く出来ている。
邸の使用人達を見張っていたトソンが、精巧にルーチンワークを創り上げているのである。
まるでロボットだ。窓際で煙草を吸うペニサスの隣に居るロボットが、甲高い声を出した。

o川*゚ー゚)o「どうしてハインが給仕長なの! 世界は不思議だけで出来ているのです!
       違う違う。きっと旦那様と寝たんだね! きゃあ。禁忌を知っちゃった!?」



165: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:19:00.00 ID:kLLE5Q4M0
姦しい女性だ。背の低いその女性は、窓際に取り付けられた手すりに背中をもたれさせ、
開かれた窓から上半身を乗り出している。ペニサスは女性の横顔を手のひらで押した。

~~-v('、`*川「キューは病院で口を縫合してもらえ。ああ、そうそう。聞きたいんだけどさ」

o川*゚ー゚)o 「なに? 身長のこと以外なら、何でも質問を受け付けるよ!」

~~-v('、`*川「お前の、顔の横に付いているものは何なんだ? 気になって、夜も眠れん」

o川*゚ー゚)o 「訊くな。死ぬぞ」

~~-v('、`;川「えっ。ごめんなさい・・・」

キューと呼ばれた女性のただならぬ殺気に圧され、ペニサスは謝った。しばし、無言になる。
やがて、キューは頂点に昇った太陽に笑顔を向けて、鼓膜を刺激する特徴的な高い声で言った。

o川*゚ー゚)o 「あー! 何だか良いよねえ。何が良いって、この邸のこと」

~~-v('、`*川「はあ? 邸のどこが良いんだ。ただ広いだけじゃんか。掃除が面倒くさい」



168: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:20:56.68 ID:kLLE5Q4M0
「違う違う」。キューの口癖なのだろうか、彼女は手をひらひらと振って、手すりから背を離した。
キューはブーン達の前までやってきて、ペニサスに身体を向けた。彼女はブーン達に気付かない。
近くで見る彼女は低身長である。どれくらい低身長かというと、中学生でも通用するほどだ。

o川*゚ー゚)o 「邸中に時計があって、素敵じゃない? 何やら事件の臭いがしますよ!?」

~~-v('、`*川「お前はミステリー小説が好きだったね。大丈夫。事件なんて起こりません」

やんわりと否定され、キューは口先を尖らせて抗議する。ペニサスは、「ははは」と笑った。
創られた人格とは思えないくらい、彼女達は感情が豊かである。悲しいほどに個性がある。

o川*゚ー゚)o 「いやー。実は、邸中の時計の針が少しずつズレていて、それらを合わせるとヤバいことに」

~~-v('、`*川「どうなるんだ?」

o川*゚ー゚)o 「爆発する。邸が。炎が燃え上がり、崩れ行く邸の中で私達は逃げ惑うの!
        壮絶なクライマックスなの! 助けて! 助けやがれ! ペニサスさーん!」

~~-v('、`;川「ぶっ! 馬鹿馬鹿しい展開だな。して、その後はどうなるのさ」



169: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:21:33.52 ID:kLLE5Q4M0
o川*゚ー゚)o 「その後は、考えてないよ。クライマックスはクライマックスじゃんか」

~~-v('、`*川「ああ、そう。お前の脳みそは、トコロテンで出来ていそうだな」

ペニサスは、エプロンのポケットから携帯灰皿を出し、蓋を開けてセイラムを押し潰した。
そして、背筋を伸ばす。さあて、仕事を再開しますかね。彼女はキューの前を過ぎようとする。
キューはペニサスの袖を引っ張り、止めた。眉をひそめるペニサスを見上げて、小さな声を出す。

o川*゚ー゚)o 「・・・ハインさ。最近、見てなくない? でも記憶にはあるの。変なの」

('、`*川「何を言っているんだ。ハインなら、さっき皿を割ったじゃないか。食堂で・・・」

ペニサスは難しい顔をした。彼女もハインの姿を見ていない気がするのだ。だが、記憶にはある。
ハインは影と化して現実に居たので、トソンはわざわざ彼女を夢の世界に置いていないのだった。
ちぐはぐな記憶に唸っていたペニサスは、ため息を吐いた。彼女は細かい事を気にしない性質だ。

('、`*川「この時間。ハインなら廊下を掃除している。行こう。思いっきり馬鹿にしてやるんだ」

o川*゚ー゚)o 「うん! けど、やり過ぎたら殴られるから、慎重にね! たんこぶが出来ちゃうの」



170: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:22:34.42 ID:kLLE5Q4M0
ペニサスとキューは書斎を出て行った。ブーン達三人は、それぞれ物思いな表情を浮かべている。
今しがた見た光景は、作り物の癖にリアルに創造されていたのだ。もう気持ちが悪いくらいに!
ツンは、二三度強く手を叩いた。それにより、ブーンとデレの意識が覚醒し、そちらへと向いた。

ξ゚听)ξ「呆然としている場合じゃありませんよ。トソンを、彼女達の元に送らないと」

ツンは気丈夫である。二人の女性のやり取りを見、寂々とした気持ちに浸ったのは少しの間だけだ。
ブーンとデレは頷き、書斎を出ることにした。心の欠片はなかったが、三人の決意は、一層固まった。
そして、三人は廊下へと出て夫妻の部屋に入った。時間的に鑑みて、この部屋が最後の希望である。

( ^ω^)「ツンは物入れを、デレはデスクを。僕は部屋全体を調べてみるお」

ξ゚听)ξ「分かりましたわ」

\ζ(゚ー゚*ζ「はいですの!」

三人は夫妻の部屋を調査し始めた。この部屋は、現実とはそんなに変化を遂げていない。
何故なら、部屋に対するトソンの思い入れが一際強く、夢も現実も変えるところがなかったのだ。
二十分ほどして、デレとツンは困った表情で行き詰っていた。捜査が難航しているのである。



172: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:23:57.59 ID:kLLE5Q4M0
ξ--)ξ「ううん。絶対に何かある筈なんですけど。完全な世界なんてあり得ませんのに」

ζ(>、<*ζ「ブーンさんはどうですの? 何か発見しましたの?」

( ^ω^)「いや」

クローゼットを調べていたブーンが顔を向けて、肩を竦めた。彼もお手上げといった感じだ。
ブーンはクローゼットの扉を閉め、部屋全体を見回した。ハサミの片割れ、木造の人形、車椅子、
そして様々な種類の時計。もしやトソンの打破を叶える様な物品は、ここにはないのだろうか。
しかし、あまり時間がない。ブーンは壁にかけられている、からくり時計へと視線を遣った。
時計の針は、十時半を差している。現実世界とリンクしているのか不明なので、使い物にならない。

( ^ω^)(そう言えば)

ブーンは腕を組んだ。昨日、この部屋に忍び込んだ際に見た心の欠片は、一体なんだったのだ?
時計の扉から出たあの追想は。実は、自分は答えを垣間見ていて、それを取り逃しているのでは。
ブーンが神に祈るように額の前で両手を組み、必死に思い出そうとしていると、扉が開く音がした。



173: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:24:45.44 ID:kLLE5Q4M0
ξ;゚听)ξ「あ」

ζ(゚、゚;ζ「!」

( ^ω^)「トソン」

(゚、゚トソン「・・・・・・」

部屋に入って来たのは、トソンだった。彼女は三人の顔を順々に見たあと、車椅子に腰を下ろした。
足を組み、膝の上に両手の指を編んで乗せ、彼女は居丈高に座る。とてつもない知性を感じる。
数秒間。ブーン達が言葉を失っていると、彼女は両手を広げ、あの威圧感を与える口調で話しかけた。

(゚、゚トソン「・・・どうかね。私の傑作である夢の世界を、お前達は楽しんでくれているか。
      此処には、嘗(かつ)て私と主人が築き上げた姿が、ありありと映し出されている。
      だが、不完全ではある。影と成った者だけが扱える力、それは完璧では無いと知る。
      お前達はその綻びを探している。私が編み上げた世界の何処か在る、僅かな綻びをね。
      しかし、私は編み上げた世界の上にもう一つ、別に編み上げた物を覆い被せている。
      無理なのだ。お前達がその綻びを探すには、余りにも時間が残されていない。そうだろう」



174: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:25:59.73 ID:kLLE5Q4M0
ブーン達は反応しない。自身の力に酔ったトソンに反応すれば、隙を見失ってしまうからだ。
話しかけるのは、彼女が何らかの弱点を現したときである。だが、トソンは聡明な女性である。
その辺のことも熟知しており、危険性を把握している。余裕は、結果を得てから表明するべきだ。

(゚、゚トソン「ハイン、丸川、オッコトワーリの三人は、もうすぐ私の世界へと存在を染める。
      この邸の使用人共は皆、変わり者ばかりではあるが、私の世界には欠かせない者達だ。
      そして、私もこの世界と完全に同化する。漸(ようや)く、私の悲願が成就するのだ
      主人も居る。そこの木偶人形を見たまえ。私の蒐集品のそれを、主人へと変えるのだよ」

ブーン達は、等身大の関節付き人形を見遣った。トソンはこれをモララー役に任命するのだ。
なんという悲しき世界だろうか。彼女の理想郷たる楽園には、作り物しか居ないのである。
ブーンはすがめ(片目だけを閉じ)、トソンを真っ直ぐに見据えて、慎重に静かな声で切り出した。

(  ω^)「なるほどなるほど。君は、今まで見てきた誰よりも頭がきれるお。素晴らしい」

(゚、゚トソン「そうやって、煽(おだ)て、私が口を滑らせるのを待つつもりか。見苦しい事は嫌いだ」

( ^ω^)「いいや。僕の本心だお。・・・しかし、困った。僕達はここで終わるのかお」

ツンとデレが見守る中、ブーンは片目の瞼を上げて歩み始めた。彼は部屋の中心に立つ。
次いで、パチンと指を打ち鳴らし、「んんん」と首を傾げた。ブーンの視線は壁紙を見ている。



176: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:27:14.65 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「でもね。僕は諦めないお。都会へ行き、クリスマスを楽しまねばならないのだお」

(゚、゚トソン「既に時間の概念を失くしているので知らなかったが、今日はクリスマスだったのか。
      お前達は、良い日に迷い込んだ物だ。夢の世界と謂う最高のプレゼントを進呈しよう」

何でもない、ブーンの負け惜しみだった。実際、彼の頭には敗北を喫する可能性が巡っていた。
だが、ふとトソンはそれに反応した。演技っぽくない彼の言動に、気が弛んだのかもしれない。
ブーンは彼女へと視線を戻した。トソンという人間は、まだまだ現実とは乖離しきれていない。

( ^ω^)「わあお! ツン、デレ。聞いたかお!? クリスマスプレゼントだお!」

叫んで、ブーンが後ろを向くと、ツンは額に手を当てて息を漏らし、デレは苦笑いを浮かべた。
ゆっくりとテンションが上がってきたブーンは、目をらんらんと輝かせてトソンに訊ねる。

( ^ω^)「あまり欲しくはないプレゼントだけどね! プレゼントなら時計が欲しいお。
       ――例えば、あの壁にあるからくり時計とか。相当な値打ちものに違いないお」

ブーンは、壁にかけられたからくり時計を指で指し示した。トソンは頬杖をついて、睨む。

(゚、゚トソン「そうやって、お前は馬鹿を装い生きて来ているのだ。油断のならない男だ。
      夢の世界の住人となれば、邸中の全ての時計をくれてやる。時計は一つで充分だ」



178: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:28:00.31 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「僕も時計は一つで充分だお! 自室の目覚まし時計がうるさくて敵わないお。
       御宅の会社が作ったものかもしれん。そうなら、早々に引き取って貰いたいね!」

あの物語の始まりを告げる目覚ましは時計は、確かに茂良時計製作社が造り上げたものである。
「ベルが騒々しい時計より、こちらの方が良いお」。ブーンは駄々をこねてからくり時計に近寄り、
あろうことかそれに触れようとした。驚愕したトソンが、瞳孔を拡げて悲鳴の如く声を上げる。

(゚、゚#トソン「触れるな! お前のような、下賤の者が触れて良い代物ではない!」

ξ;゚听)ξ「お兄様!」

あまりの迫力に、ツンがブーンを取り押さえようとする。相変わらず無茶苦茶をする兄だ。
ブーンの腕を掴んだツンが顔を覗き込むと、彼は笑みを湛えていた。上下の歯を食いしばった、
まるで狂人の笑顔! ぞっとして、ツンが腕を離すと、ブーンはトソンへと身体を向けた。
顔は平素に戻っている。彼は人差し指をトソンに突き付けた。その仕草は、魔法みたいに見えた。

( ^ω^)9m「鎮まりたまえお! 茂良トソン! くだらない幻想は、これで終いだお!」

(゚、゚トソン「くだらない」



179: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:28:53.81 ID:kLLE5Q4M0
自身が創った渾身の世界を、「くだらない」と評され、トソンはわなわなと肩を震わせる。
その内、襲い掛かりいそうな雰囲気を全身から発して、トソンがブーンを睨み付ける。
だがしかし、ブーンは怯まない。破邪顕正の一振りは、依然として彼女に向けられたままである。

( ^ω^)9m「この時計は、君にとって特別なものなのだお。特別とは素敵なことおびただしい。
         ―――さあ、トソン。今から僕達三人は、君という悪因悪果に挑もう!」

(゚、゚トソン「!」

途端、まるで申し合わせたように時間が十一時になって、からくり時計の窓が開かれた。
耳触りの良いメロディーを奏でながら、三人の女性の人形が順々に登場し、回転していく。
窓が閉まり、音が止む。そして、小さな光の球が現れた。もう後はなく、これで最後である。
巡り来る時に、巡り行く出会いに。部屋に居る全てのものの姿が、まばゆい光に包まれた。


                              永遠に愛し合うって、本当に難しいのです。



181: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:29:57.81 ID:kLLE5Q4M0
 “これは、現実世界でブーンとデレが見た、追憶の続きである。
 昼食を摂り終えたトソンは、自室にて本を読んでいる。タイトルは『R.U.R(エルウーエル)。』
 カレル・チャペック作の戯曲で、日夜人間が口にするロボットという言葉はこれにより生まれた。
 1920年に発表された作品だが、ロボットが人間に反乱するさまを描いたもので、予言的である。
 トソンはこの本が大好きだった。これをヒントに、夢の世界の住人を創ったのかもしれない。

(゚、゚トソン『ううん。・・・最近、随分と目が悪くなりましたね』

 トソンはデスクの上に置かれた眼鏡を取って、耳にかけた。霞んで潰れていた文字が鮮明になる。
 彼女は視力が弱く、日常生活に支障をきたしているほどなのだが、眼鏡が嫌いなのだった。
 耳にものを置くという発想が信じられないのだ。彼女が進んで眼鏡をかけることはない。
 本を読み進めていると、ノックの音が聞こえた。彼女は本を閉じ、使用人を招き入れる。

(*´ω`*)『奥さま。奥さまにお荷物がとどいておりますう』

(゚、゚トソン『そう。丸川はもっときちんと喋りなさい。・・・で、何かしら』

 丸川が扉へと顔を向ける。すると、大きなダンボール箱を抱えたオッコトワーリが現れた。
 彼はダンボール箱をトソンの前へと下ろす。後退して、オッコトワーリは丸川に並んだ。



183: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:30:36.62 ID:kLLE5Q4M0
(゚、゚トソン『一体、何なのでしょう。あなた、ちょっと開けてみなさい』

( ゚ω゚ )『お断りします』

(;*´ω`*)『ちょ!』

 命じられるが、オッコトワーリは断固として拒否した。隣の丸川が大量の汗を流す。
 トソンは何度も注意してきたが、オッコトワーリは聞き入れない。彼はそういう男だ。
 怒りを通り越して呆れ返るトソンの前に、丸川が歩み出てダンボール箱を開け始めた。
 中から姿を現せたものは、一メートルほどの巨大なハサミだった。彼はそれを持ち上げる。

(*´ω`*)『これは、大きなハサミですね。何なんだろう。・・・はっ!? もしや脅迫』

(゚、゚トソン『違います。そのハサミは、私が特別に作らせたものです』

 トソンは意味の分からないもの、或いは意味をなくしたものが好きなのである。
 小さな包丁、巨大な爪きり、回転ドラムのないライター、無用扉、関節があるくせに動かない人形。
 見ているだけで死んでしまうわ! 人の考え方はそれぞれではあるが、彼女の嗜好は難解だ。



184: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:31:58.24 ID:kLLE5Q4M0
(*´ω`*)『へえー。何に使うんですか? あ、大きな紙を切るときですかねえ』

(゚、゚トソン『そんな訳無いでしょう。大きな紙にも、小さなハサミやカッターを使いなさい』

 こともなげに言ってトソンは、丸川とオッコトワーリの二人を部屋から追い出した。
 隅に置かれたハサミを眺めながら、彼女はにやける。これは本当に良い物ですねえ。
 良い心地になって煙草を吸おうとすると、彼女の主人であるモララーが部屋に入って来た。

(;・∀・)『なあに、このハサミ。また意味不明なものを買ったんだな』

(゚ー゚トソン『良いでしょう。絶対に差し上げませんわよ』

(;・∀・)『いらんがな・・・』

 モララーは気分を引き気味にして、デスクの椅子に腰を下ろした。椅子が、キイと軋んだ。
 トソンがモララーと居られる時間は極僅かである。普段、彼は仕事で各地を飛び回っているのだ。
 今は大切な時間ということだ。モララーは『そうだ』と呟き、デスクの下に身体を潜り込ませた。



185: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:32:41.97 ID:kLLE5Q4M0
( ・∀・)『トソンはもうすぐ誕生日だろう? 今のうちに渡しておくんだからな!』

 モララーは、車椅子に座るトソンに話しかけた。彼の両手には包装された大きめの箱がある。
 重いので彼が包装を解くと、中身はからくり時計だった。時計は邸に沢山あるので、彼女は困った。

(゚、゚;トソン『嬉しいですけれど、時計ですか。・・・どう見ても時計ですね。ええ、時計です』

( ・∀・)『おおっと! この時計はただの時計じゃないんだからな! 普通の時計ではない』

 モララーは手でトソンを制止するようにして、腰を上げた。キャスター付きの椅子を手押す。
 そして、不安定な椅子に乗って壁にからくり時計を設置すると、モララーは意味ありげに笑った

(゚、゚;トソン『その笑いは何ですか? 何か身体に悪い物でも、お食べになったのですか?』

 かすれた声でトソンが問いかけると、モララーは椅子から下り、それに座って言う。

( ・∀・)『人間とは、いつか死ぬもんだ。僕が先か、君が先かは分からない。しかし、
      いつかは終が訪れる。まあ、女性の方が男性よりも少しだけ長命だと知る。
      僕が先に逝ったら、君へと想いを届けられなくなる。それを考えると、僕は怖い』

(゚、゚トソン『・・・・・・』



187: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:33:24.10 ID:kLLE5Q4M0
 昼食前にも、夫婦は同じ事柄を話し合っていた。きっと、モララーは相当不安なのだろう。
 『だからね!』モララーは腰を上げて、車椅子のトソンの背後に立った。彼は破顔一笑する。

( ・∀・)『あの時計を特別に作ったのさ! 定刻になると、ノルニルが姿を見せる。
      ウルズ、ヴェルザンディ、スクルド・・・。三人の運命のノルン(女神)達だよ』

(゚ー゚トソン『それは分かりました。それで、どこがどう特別なんですか?』

 トソンが微笑むと、モララーは彼女の肩に腕を回して、後ろからぎゅっと抱きしめた。
 お願い、時間よ止まれ。モララーが願うが、時間とはゆるゆると流れていくものである。
 大きなため息を吐くモララーの腕に、トソンがそっと触れると、彼は静かに口を開いた。

( ・∀・)『あの時計には、魔法が仕組まれている』

(゚、゚トソン『魔法』

 素っ頓狂な声を、トソンが上げた。魔法。現実世界では、絶対にあり得ないものの一つである。
 主人は何を言っているのでしょうか。彼女は首を傾げる。モララーは耳元で囁きかける。



188: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:33:59.92 ID:kLLE5Q4M0
( ・∀・)『未来へと、想いを届ける魔法だよ。君には見破れないだろう』

(゚、゚トソン『あら。どうしてですの?』

( ・∀・)『・・・・・・それは、秘密さ。魔法は、謎が多い方が良い』

 モララーは悪戯っぽく鼻を鳴らした。厳しい顔付きだが、まるで無垢な少年のようだ。
 トソンは考えあぐね、諦めた。それよりも重要なのは、主人がプレゼントをくれたことだ。
 気持ちが華やかになり、トソンは湖のほとりへの散歩を願い出た。モララーが頷いた。
 部屋には誰も居なくなる。あるのは、飾り用の時計と、用途不明の物体と、からくり時計。
 
 人知れず、からくり時計の窓が開いた。運命の女神達は、音楽と共に悠久に続く魔法を奏でる。
 過去から現在へと。そして、未来へと想いを託す魔法だ。それは、果てることを知らない魔法だ。


                                       意識が、鮮明になって行く。”



190: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:34:44.48 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「という、話だったのかお。いやあ。君は良いご主人を持ったお!

(-、-トソン「・・・・・・」

心の欠片を見終えたブーンは、とてつもない疲労感で腕を下ろした。トソンは目を瞑っている。
過去の愛を垣間見たトソンの胸中には、滾る闘争心を失って様々なものが渦巻いている。

( ^ω^)「本当に良い主人だお。僕にも妻が居て、同じことを悩んでいたのだお。
       けれどもモララー氏が、永久に想いを託す方法を伝授してくれたのだから!」

ξ゚听)ξ「それは何なのです? 私にはさっぱりですわ」

ブーンは魔法の正体を見破ったのだと言う。それは、トソンの呪縛を断ち切る代物である。
とても得意気に鼻歌を奏でてもったいぶって、ブーンは無作法にもデスクに座った。

( ^ω^)「んふ。それはね。一つだけ、トソンに許可を頂かないと答えられないお」

(゚、゚トソン「・・・・・・何だ」



193: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:35:15.73 ID:kLLE5Q4M0
目を開けて、トソンが応えた。彼女はすっかりと鋭い牙を失い、脱力感を覚えている。
ブーンは髪の毛をかき上げ、彼女を見下ろす。とてつもない陶酔境である。軽くイキそうだ。

( ^ω^)「ふん。あのからくり時計に触れさせて欲しいのだお」

(゚、゚トソン(・・・・・・)

トソンが無言になる。ブーンは了承してくれたものと判断し、デスクから飛び降りた。
椅子を動かせて、彼はからくり時計の下に立つ。それから、彼は椅子の上に両足を乗せた。
重い体重で椅子が軋む。やがて、からくり時計が壁から下ろされて、ブーンの両手に収まる。

( ^ω^)「さあて! 魔法を公開しようではないかお! よくよく見ておきたまえ」

椅子から下りたブーンは、からくり時計を床に置き、何やら窓を開けてごそごそし始めた。
ブーンは目当てのものを発見し、嬉しそうにガッツポーズを取る。彼はいつでも全力である。

( ^ω^)「ああ。ぞくぞくするお。今僕は、誰よりも目立っているのだお。
       それにしても、君の主人は見てくれとは裏腹に、随分と奥手だねえ!」

身体を震わせるブーンの手には、紙片が握られている。彼はそれをトソンへと手渡した。
トソンが紙切れのシワを伸ばして、視線を落とした。そこには、一文が添えられていた。



194: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:36:26.44 ID:kLLE5Q4M0
(゚、゚;トソン「これは」

トソンは紙片を破りそうになるくらいに、腕をわななかせた。衝撃的な内容だったのだ。
影となってからの人生を、否定された。彼女は表情を覚られないよう、手で顔全体を覆い隠した。

( ^ω^)「そう! モララー氏は、時計に手紙という魔法を仕組んだのだお!
       三人の女神達は、過去から現在へと想いを届けた。それは未来へも続く・・・」

自分は四六時中、主人の賛美を受けていた。時計が時刻を告げるとき、想いを鳴らせていたのだ。
不器用且つ、大胆な魔法! トソンは耐え難い苦しみに胸を締め付けられ、嗚咽を漏らし始める。

( ^ω^)「トソンは眼鏡をかけるべきだお。それが嫌なら、コンタクトレンズでも良い
       こんな簡単なものを見破れないほどに、君の眼は曇っているのだから」

( 、 トソン「・・・・・・あはは。私は、これからどうしたら良いのでしょう」

追憶で見たものと同じ口調で、トソンが呟いた。ようやく、彼女の精神が現実と重なったのだ。
ブーンはぐるりと部屋を見回した。ツンがデレが、部屋中に存在しているもの全てが彼を見ている。
――――今こそ。今こそが、決断を迫るときだ。だって、そうじゃないとピリオドを打てない。
この邸を満たす邪悪を蹴散らして、正義を示すのだ! ブーンは眼球を剥いて、トソンを指差した。
あらん限りの力で、全てを終わらせる。最大にまでみなぎった力で、トソンを討ち破るのである。



196: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:38:05.22 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)9m「それこそ単純明快だお! 今すぐハイン達を連れて、主人のあとを追うのだお!
         こうして現実に魔法が存在しているのだから、天国もある! さあ!」

( 、 トソン「今に至って、果たして主人の言葉を信じて良いのかどうか、不安になっています。
      本当はパライソになんて何処にも無くて、暗闇が待ち受けているのではないか。
      私は、使用人達に沢山の罵詈雑言を吐きました。逝く所は地獄のような気がします」

( ^ω^)9m「暗闇でも、地獄でも構わない。それでも、モララーは待ってくれているお!」

ブーンは腕を下ろした。そして、トソンへとゆっくりと歩み寄り、紙片を握る手を取った。

( ^ω^)「確かに、待ってくれているお。僕は約束を破る男が、大嫌いなのだお!」

トソンはぐぐっと身体を丸めた。彼女の背中に生えている黒い翼が霧散し、消えうせた。
今、苦しみという鎖から、彼女は解放されたのだ。彼女は腰を上げ、覚束ない足取りで歩く。
ブーンは彼女の手を離し、これから起ころうとしていることを、ただじっと見守る。

( 、 トソン「ああ。なんて心が軽いのでしょう。あなた。待っていて下さい――」

床に両膝をつき、トソンはからくり時計に抱き付いた。窓からの柔らかな陽射しが彼女を照らす。
やがて、皮膚がとけて、彼女は骸骨と化す。二十一グラムが、空へと昇って行ったのだった。



198: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:39:04.62 ID:kLLE5Q4M0
―6―

果たして、天国は存在しているのだろうか。単なる絵空事なのでは無いのだろうか。
実際あったとしても、このような暗闇では無い筈だ。呆然と、トソンは真っ暗な道を歩く。

(゚、゚トソン「・・・・・・」

今、自分は何処を歩いているのか。行くあても無く、トソンは疲弊した足を引き摺るように歩く。
あの青年の言葉は間違いだったのだ。真実は、誰も待ってはいやしない、前後左右が不明な道だ。
今更後悔していても仕方が無い。現世で散々と悪態をついた自分には、此処がお似合いである。
トソンは、その場に両膝をついて屈みこんだ。彼女は、数時間と道なき道を歩んでいたのだった。
そろそろ力の限界である。彼女は、全身をどさりと地面に預けて、ただ朽ちていこうとする。

(-、-トソン「冷たい」

トソンは手に持っている手紙を握り締めて、意識を閉ざした。何時間そうしていただろうか。
ふと、彼女は何者かの唸り声を聞いた気がした。そっと瞼を上げて、彼女は耳を澄ませる。
すると、やはり言葉では言い表せない唸り声が聞こえた。彼女は慌てて、身体を起こした。
あれに喰われれば、自分が虚無になってしまう! どこに、そのような力が眠っていたのか。
一心不乱にトソンは駆ける。何度も足がもつれ転びそうになっても、彼女は走り続けた。



200: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:41:07.51 ID:kLLE5Q4M0
しかし、いつまでも体力が持つわけではない。トソンはとうとう精根尽き果ててしまった。
背後ではあれが、牙を光らせている。一歩、また一歩、近付いてくる。トソンは気が狂った。

( 、 トソン「はははははは! もう、どうにでもなってしまえ!」

すぐ後ろにまで、あれが来た。巨大な口を広げ、トソンを丸呑みにしようとした――。
しかし、そんな場所に現れたものが一人あった。小心者のあれは驚き、闇へと戻っていった。

从 ゚∀从「ハーッハッハッハイーンリッヒ! やあやあ! ハイン様の登場だ!」

奇声を発して、崩折れるトソンの前にハインが現れた。彼女はトソンを抱き起こす。

( 、 トソン「・・・・・・貴女。どうして此処に居るの? 貴女は何も悪い事をしていないでしょう」

息も絶え絶えにトソンが訊ねると、ハインは「ちっちっち」ときざに指を振って答えた。

从 ゚∀从「何を仰られるやら、ご主人様。俺達、死後の給金を頂いてませんぜ。
      これはこれは、何とも放っておけません。地獄の沙汰も金次第らしいですし」

(゚、゚トソン「そう。でも、私はお金など持っていませんよ。・・・他にも誰か居るのですか?」



201: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:42:46.83 ID:kLLE5Q4M0
ハインは「俺達」と言ったのだった。彼女はトソンを立ち上がらせると、右腕を振って合図した。
闇の中から、背が低く小太りの男性と、長身で細身の男性が現れた。あの癖のある兄弟である。

(*´ω`*)「早くこんなところ出たいよう。真っ暗で、おまけに変なのもいるし。
       天国で、おまんじゅうみたいにまるくてかわいい男の子を探すの」

( ゚ω゚ )「お断りします」

从 ゚∀从「おう! ノッポ。ご主人様を背負うんだ。暗闇を本気で駆け抜けるぜ、イエーイ」

オッコトワーリは今度ばかりは断らずに、トソンを背負った。それから、一同は走り始めた。
どこまで駆けても闇だ。身体が上下に揺らされるトソンは、不思議な気持ちで口を開いた。

(゚、゚トソン「何故、私を助けるの。私は生前、アナタ達を馬鹿にして来たでしょう?」

从 ゚∀从「ずっと長い事、一緒に居たでしょう。俺はそれだけで充分ッス!」

(*´ω`*)「ご主人さまがやとった、若い男の子をたくさん食べることができましたあ」

( ゚ω゚ )「お断りします」



202: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:43:56.56 ID:kLLE5Q4M0
皆、おどけた口調で返答した。丸川だけは本気かもしれないが、とても人情味が溢れている。
素晴らしい人材に恵まれていたのだ! この三人はこんなにも、頼りになる人間だったのだ。
トソンの頬に一筋の涙が伝う。ふと顔を後ろに向けるとハインは、苦虫を噛み潰した表情をした。

从;゚∀从「やっべえ! また来やがったぞお!」

あれが再び闇から姿を現した。正体不明の唸り声を上げて、走るハイン達を追いかける。

从#゚∀从「よし! お前ら、必殺技を使うぜ!」

(*´ω`*)「ひっさつわざ? なにそれ。あれをたおすの?」

丸川が訊く。すると、ハインは腕を力強く振り上げて、腹の底から大声を出した。

从#゚∀从「もっと本気で走るんだあああああああーーーーーーー!!」

(;*´ω`*)「いや。なにそれ」

(-、-;トソン(・・・・・・)



203: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:44:41.07 ID:kLLE5Q4M0
もっと本気を出して疾走する三人。まだまだ闇、かと思いきや、トソンはとあるものを見付けた。
まるでジグソーパズルが欠けたかのように、上方の暗闇に小さな白く輝く部分があるのだ。
それは、進むにつれて数を増していき、散在するようになる。光だ。トソンが小さな声を出した。
ここは深い森の中なのだ。その証拠に、白い部分の隣では黒が揺らめいている。風がそよいでいる。

(゚、゚トソン「綺麗」

真っ暗だった四方が、淡白く変わって行く。まるでトソン達を導き、祝福しているようだった。
四人を追いかけていた者も、いつの間にか居なくなっている。それでも三人はひた走る。
遅れてしまった時間を取り戻すのだ。森に太陽光が射し込み始めた。出口まであと少しである。
邸ごと動かせて、世界中を旅をしても終ぞ見付からなかったものが、もうすぐ手に入る。

从;゚∀从「見えたぞ! もう少しだぜ!」

ハインが叫んだ。遥か前方に、丸く縁取った白光が見える。ハイン達の速力が上がった。
ようやく、四人は煉獄という名称を持つ深い森を抜け、天国へと到達するのであった――。

从 ゚∀从「ッ! 俺様、いっちばーん!」

闇が晴れる。柔らかな草花が、勢い良く飛び込んだハインの身体を優しく受け止めた。
続いて、丸川とオッコトワーリとトソンの三人も森を抜ける。トソンは景色を見渡した。
抜けるような青空。その下では風が穏やかに流れ、ありとあらゆる草花が咲き誇っている。



205: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:45:36.85 ID:kLLE5Q4M0
从;-∀从「もう、向こう一年間は走りたくねえッス」

(;*´ω`*)「僕もだよお・・・」

ハインと丸川が、大の字になって地面に寝転ぶ。トソンは二人のさまを叱りはしなかった。
身体の出来が違うオッコトワーリに背負われながら、彼女はじっと大草原を眺めている。
ここが天国なのか。邸で内藤という青年が言ったことは、本当に正解だったのである。
では、此処に主人がいるのか。トソンが不安そうにしていると、オッコトワーリが指差した。

( ゚ω゚ )9m「あれを」

初めて、オッコトワーリが普通の言葉を喋った。一瞬驚き、トソンは指の指し示す方向を見遣る。
遥かに遠い。そして、視力も悪い。だけれども、トソンには最愛の人間の姿だとすぐに分かった。
モララーが、過去の使用人達を後ろに控えさせて立っている。あの丘の上で、待ってくれている。

(;、;トソン「あ、あ、あ――」



206: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:46:20.45 ID:kLLE5Q4M0
トソンの全身から力が抜け、握られていた手紙がするすると抜け、風に運ばれて行った。
ハインがむくりと身体を起こして、中指を突き立てる。彼女はお怒りのご様子だ。

从#゚∀从「ペニサス。待っていやがれ。今から、ぶん殴りに行ってやる」

よろよろと立ち上がり、ハインは寝転んだままの丸川の手を掴んだ。不承不承彼も立つ。

(*´ω`*)「ああ。足ががくがくだよ。もうちょっと、寝かせておいてくれよ」

从 ゚∀从「天国にも、良い男の子が居るかもしれんぜ?」

(*´ω`*)「さあ、行こう」

四人はゆっくりと進む。約束通り待ってくれていた、先に逝ってしまった者達の元へ。
その後どうなったかは、彼女ら以外に知る者は居ない。ただ、幸せになったのは確かだろう。

風に連れ去られた手紙が、木の枝に引っかかり翩翻している。それには、短くこう書かれている。

                 “ずっと、君を愛している。”                



209: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:49:34.37 ID:kLLE5Q4M0
――。

あの後。ブーン達はからくり時計の窓へと吸い込まれ、無事に現実世界へと戻る事が出来た。
トソンの思い出が詰まったあのからくり時計こそが、夢から現実への出入り口だったのだ。

( ^ω^)「はあ」

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンさん。どうしたんですのー?」

ブーンは車の後部座席に座り、さきほどからずっと、ため息を何度も繰り返している。
トソンとモララーの愛を知った彼は、自分のデレへの想いが負けている気がしてならないのだ。
何かラブロマンス映画を観せられた気分である。心が空虚になって仕方がないのだった。
「はあ」。百度目くらいのため息を聞いて、ショボンがバックミラーに映るブーンに声をかけた。

(´・ω・`)「ヘイ。桃色吐息ボーイ。ちょっと、気が散ってしまうんだけど」

ξ゚听)ξ「まあまあ。今は、お兄様の好きなようにさせてやってくださいな」



211: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:50:35.61 ID:kLLE5Q4M0
(´・ω・`)「おお?」

ツンちゃんが、僕を制止させる事もあるんだなあ。ショボンはいささか目を丸くした。

(´・ω・`)「ふむ。茂良邸で何かあったようだね。あとで話を聞かせて貰おうかな。
      聞かせて貰うのは本当に良い。だって、僕が危機に直面せずに楽しめるからね」

ショボンは運転に集中する。結局、キジョに着くまでの数時間、ため息が止むことはなかった。
長岡夫妻が住むマンションの地下。ショボンは、友人が使用しているスペースに車を停めた。
ジョルジュは気を利かせて、別な場所に車を停めてくれているのだ。きっと、会社に違いない。

何号室だったかねえ。車から降りたショボンが、ジョルジュから送られた葉書で確認していると、
エレベーターが到着を知らせる音がした。エレベーターから、久方振りに合う友人が姿を現せる。
ジョルジュはショボンの奇抜なファッションに目が行ったが、慣れたことなので無視を決め込む。



213: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:52:03.10 ID:kLLE5Q4M0
  _
( ゚∀゚)「よう! 俺のおっぱいレーダーが、そろそろ着くんじゃないかと、告げていたぜ!」

いきなり、溌剌とした声で卑猥な言葉を口走った。ジョルジュとはそういう人間なのだ。
ツンは若干引き気味に挨拶をした。ジョルジュは、彼女の胸を凝視しながら頭を下げる。

(´・ω・`)「おっぱいレーダーというか、さっき電話を入れた時間から計算しただけじゃないの」
  _
( ゚∀゚)「いやいや。俺のおっぱいレーダーは、最新鋭の潜水艦のソナーを超えている」

ξ;--)ξ「・・・・・・」

ツンはあんぐりと口を開いた。性根は良いのだけど、本当に変わった人ね。それも悪い意味で。
呆れた様子ツンを見て、ジョルジュは“そう言えばあの馬鹿兄はどうしたんだ”と、思った。
  _
( ゚∀゚)「あれ? ブーンは来てねえの? あいつが来るって言い出したんだろ」

(´・ω・`)「それがねえ。愚図って、車からなかなか降りてこないの。もう困っちゃう」



214: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:52:43.82 ID:kLLE5Q4M0
  _
( ゚∀゚)「なにそれ。突然、幼児退行しちまったのか? しょうがねえなあ・・・」

ジョルジュは車の扉を開け、ブーンを引っ張り出そうとした。しかし、彼の動きが止まった。
ブーンの隣に、見知らぬ女性が座っていたからだ。鼻梁の形が整った、青い瞳の女性が。
  _
( ゚∀゚)「・・・・・・あんた、誰?」

ζ(゚、゚*ζ「キミこそ誰ですの?」
  _
( ゚∀゚)「まあ、良いか。俺はジョルジュ長岡だ。ショボン達の友人だ」

ζ(゚ー゚*ζ「ああ! 聞いていますの! ほらほら、ブーンさん。長岡さんですよお〜」

デレはブーンの腕を引っ張るがしかし、彼は唸り声を上げて車の外へ出ようとしなかった。

( ^ω^)「放っておいてくれお。僕はもう少しの間、ここでこうしているのだお」



215: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:53:19.46 ID:kLLE5Q4M0
デレが急かしても、ブーンは言う事を聞かない。重症である。だが、次の一言が彼を怒らせる。
肩を竦めたジョルジュが、何気なくデレの胸を見たのだ。そして、本当に小さな声で彼は言った。
  _
( ゚∀゚)「ちっせえ、おっぱいだな」ボソリ

ζ(゚、゚;ζ「えっ?」

(#^ω^)「くおらあああああああああ! ジョルジュ、絶対に許さんお!!」

絶叫して、ブーンがジョルジュに襲いかかった。わけの分からないジョルジュは両腕を上げる。
 _
(;゚∀゚)「ちょ、おま!? Quieting! Quieting! なに怒ってるんだよ!?」

(#^ω^)「貴様は僕の妻を愚弄したのだお! これからが本当の地獄だお!」
  _
( ゚∀゚)「・・・・・・は? なんつった? 誰の妻だって?」

(#^ω^)「デレは僕の妻だお!」
 _
(;゚∀゚)「なん・・・・・・だと・・・・・・」



217: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:54:30.07 ID:kLLE5Q4M0
相手の隠された力が解放されて、絶句した漫画の主人公のような面持ちに、ジョルジュはなった。
さて、一つずつ処理をして行きましょう。ブルーの瞳の可愛らしい女性はブーンの妻だそうです。
ブーンは友人です。その友人はとても変わった性格をしていて、手の付けられない奇人です。
その奇人が妻を娶ったそうです。ジョルジュの脳内処理が終わります。とても速い処理でした。
 _
(;゚∀゚)「なん・・・・・・だと・・・・・・」

ジョルジュの言葉は変化しない。事情を知らなければ誰だって、驚いてしまうだろう。
ブーンは彼の胸から手を離した。何だかんだ言っても、彼は人を殴ることを嫌うのである。

( ^ω^)「ふん。デレの目の前だお。今回限りは特別に許してやるお」
  _
( ゚∀゚)「やっべえ。びっくりしたわ。いやあ、とうとうお前も身を固めたんだな。
     結婚式に呼ばないなんて水くせえ。・・・つーことは仕事もしてんのか」

( ^ω^)「私立探偵事務所を開設したのだお。不倫調査でも申し込むかお?」
  _
( ゚∀゚)「やめれ。探偵事務所ねえ。何か事件の一つや二つ解決したのかよ?」



220: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:56:18.63 ID:kLLE5Q4M0

( ^ω^)「勿論! 今さっきだって、大きな事件を解決したのだお!」

ξ゚听)ξ「お兄様」

ツンはブーンのスーツを軽く掴んだ。ジョルジュは影の存在を知らない。
知ってしまえば、彼は平和な日常を過ごせなくなる。ブーンは「いかんいかん」と首を振った。
  _
( ゚∀゚)「? ・・・ここで立ち話もなんだし、俺の部屋に来いよ。嫁さんも待ちわびている」

(´・ω・`)「おお。そういやあ、もうすぐ子供が生まれるらしいね。男の子?」

ジョルジュの妻は、子供を妊娠している。彼は、少しつまらなさそうな顔で答えた。
  _
( ゚∀゚)「いいや。女の子だよ。これじゃあ、成長してもおっぱい談義は出来ねえなあ」

(´・ω・`)「君なら、娘のおっぱいに興味を示しそうだね。やっべ。危険な発言しちゃいました」
 _
(;゚∀゚)「あほか! ブーンもそうだけど、お前も相変わらずだなあ・・・」



221: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:57:47.53 ID:kLLE5Q4M0
ほとほと呆れ果てて、ジョルジュはエレベーターへと向かう。ツンとショボンは彼を追った。
ブーンは、遠くなっていくジョルジュの背中を見詰める。彼にはもうすぐ娘が出来るそうだ。
大学校時代と比べて、彼は立派に父親の背中になっていて、ブーンには少し羨ましく感じた。

デレが自分の手を取り、引っ張る。彼女は確実に長生きだ。彼女に永遠の愛を注げるだろうか。
未来にまで愛を伝えられるだろうか。分からない。しかし、一つだけ言えることがある。
“ずっと、君を愛している。”ブーンは一歩、足を動かせた。それから、笑んで舌を出した。


( ^ω^)「なんてね」

ζ(゚ー゚*ζ「?」


いつからセンチメンタルな男になったのだ、内藤ホライゾン。ブーンは気持ちを切り替えた。
これから先がどうなるか不明だが、帰ってからデレへの愛を綴った日記でも、書き始めるとするか。
今は、この一瞬を大切にして行こう。ブーンは天国へと旅立った夫婦に向けて、手を振った。



                    3:二十一グラムは永遠の愛を求める ver.パライソ 了



222: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:58:29.66 ID:kLLE5Q4M0
おまけ

(´・ω・`)「犬はどうしたの。筆力のない作者にありがちな、小説時空に連れていかれのかい?」

( ^ω^)「“了”を打つまで気付かんかったね。何処に行ったのだろうかお」

ξ゚听)ξ「これではいけません。きっちり合点が行くように、描写をしましょう」

その後、飼い犬に気付いたブーンは、地下の駐車場へと急いで引き返したのだった。

( ^ω^)「なんという、魅力的な一文。誰だって、納得が出来るお」

(´・ω・`)「ふうん。でも、ちょっと強引過ぎるんじゃないかい。強引ならもっと強引にさ」

突如、クドリャフカは超能力に目覚め、テレポーテーションの技能を会得したのであった。
そして、他の超能力に覚醒した犬達と共に、世界を蝕もうとする邪犬を討たんとするのだった。

( ^ω^)「もう、それでも良いや」

(U^ω^) わんわんお (こいつら、寝てる顔におしっこかけてやりたい)



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