( ^ω^)奇人達は二十一グラムの旅をしますようです

3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:32:15.37 ID:Oc1SQ/8c0




             Le vent se leve, il faut tenter de vivre.                             

                    



4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:33:10.33 ID:Oc1SQ/8c0
ちゅうい:(Leveの最初のeにはアクサングラーヴ)



5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:33:38.15 ID:Oc1SQ/8c0

         4:二十一グラムは永遠の愛を求める ver.死のかげの谷



6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:34:21.48 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「はいはい。起きます。起きます。・・・起きてやるお!」

午前六時。けたたましくベルを響かせる目覚まし時計のスイッチを、ブーンが押した。静かになる。
隣にはデレが眠っている。以前のように下着姿ではなく、ちゃんと水色のパジャマを着ている。
ブーンとデレは付き合い始めてから六ヶ月が経ち、ようやく落ち着いてきたところなのだった。
今は二月に入ったばかりで、ブーン達が住む国では雨季である。外では氷雨が降っている。

( ^ω^)(デレはもう少し、寝かせておいてやるかお)

昨晩、デレはしこたまアルコールを摂っていて、眠りに就いたのがかなり遅かったのだった。
躁気質の彼女は酒好きなのだ。ブーンは崩れた上布団を彼女にかけてやり、スーツに着替える。
今日は雨だから、どこにも行かないでおこう。雨嫌いな青年は、しいんと静まった廊下に出た。

(;^ω^)(今日は、どんな朝食なのかねえ)

昨日の朝食は青椒肉絲だった。一体、ツンは何を考えて、朝ごはんを作っているのだろうか。
やはり、嫌がらせ・・・いや、こんな考えはやめよう。ツンもそれらを食べているではないか。
ブーンは首を横に振って邪念を払い、玄関ホールのすぐ側にある食堂へと入ったのだった。

( ^ω^)「おはよう! マイスウィートシスター! ・・・・・・ってあれ?」



7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:35:47.14 ID:Oc1SQ/8c0
食堂にツンは居なかった。まだ料理を作っている中途かと、キッチンを覗いたが彼女の姿はない。
料理を作っておいた様子もない。ということは、ツンはまだ自室で眠っているということである。
ツンのライフサイクルは精微であり、五時ごろに必ず起床する。ブーンと違い、遅刻とは無縁だ。

( ^ω^)「遅刻とは珍しいね。どれどれ、目覚めの良い僕が起こしてやるかお」

自分の心の中だけで、早起きに良評価のあるブーンが食堂を出た。ツンの自室は二階にあり、
丁度ブーンの部屋の真上にあたる。玄関ホールのらせん階段を昇って、彼は二階の廊下を行く。
やがて、ブーンはツンの部屋の前にたどり着き、ドアノブを掴む。・・・いやいや、待てよ?

( ^ω^)(ノックをしないと、また怒られるね!)

その通りだ。ブーンは以前よりかは幾ばくか賢くなっている。主人公が成長しない物語はない。
ネームプレートがかかった扉を、コンコンと叩く。だが、部屋の中からの返事はなかった。
どうやら、眠っているらしい。普通の人間ならば諦めて引き返すところだが、ブーンは違う。
彼はドアノブを回して扉を開けた。そこら辺は、まだまだ成長の余地が残っているのだった。

( ^ω^)「グッドモーニング! 今日はツンより早起きだお!」

ξ*--)ξ「そうですか。それは、大変よろしかったですね」



8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:36:46.29 ID:Oc1SQ/8c0
(;^ω^)「ツン!?」

ツンはベッドの上でぐったりとしていた。声がかすれていたし、頬がほのかに朱に染まっている。
きっと、病気なのだ。ブーンは大慌てで彼女に駆け寄り、額へと手を押し当てた。とても熱かった。

(;^ω^)「大丈夫なのかお!? ああ・・・薬を飲ませないと。錠剤と座薬、どちらにすれば!
      効果は座薬の方が高そうだお! ツン。下の方のパジャマを脱ぎたまえお」

ブーンはうろたえる。座薬を入れる準備をしようとする彼の腕を掴んで、ツンは小さな声で言う。

ξ*--)ξ「座薬はいいので、散剤でお願いします。苦いのが嫌いなので、オブラートを」

( ^ω^)「よし! 任されよう! 今すぐ華麗に薬を持ってくるお!」

病人の前なのに騒々しく、ブーンは走って行く。しかし、ふと彼は扉の辺りで足を止めた。
薬はどこに仕舞われているのだ・・・。ゆっくりと振り返って、ブーンが眉根を寄せる。

( ^ω^)「・・・・・・薬はどこにあるのだお?」



9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:37:44.79 ID:Oc1SQ/8c0
馬鹿は何とやらで、健康なブーンには薬の在り処の見当がつかない。ツンがぱちりと目を開いた。

ξ*゚听)ξ「一階のリビングの箪笥にあります。一番上の引き出しですわ」

(;^ω^)「オーケイ。今すぐ取って来るから、死ぬのではないお!」

ξ*゚听)ξ「肺炎ならまだしも、ただの風邪で死にません。くれぐれも座薬とお間違いのなきよう」

ブーンが風の如く走り去ったあと、ツンは人知れずため息を吐いた。本当に困った兄である。
十分ほどが経ち、ブーンが帰ってきた。彼の手には薬などなく、何も握られていない。

(;^ω^)「風邪薬が無かったお!」

ξ*゚听)ξ「ああ。いつの間にかきらしていたのですね。どうしましょう」

ツンは身体が丈夫で、ブーンは前述の通りなので、内藤家には薬の必要性があまりないのである。
だから、薬の有無を確認する機会がない。ツンが起きようとすると、ブーンは身体を支えた。
ベッドの縁に座る彼女はしおらしく、少しの艶っぽさがあり、儚くも枯れ行く花のようだ。



10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:39:09.89 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「ツン?」

ξ*゚听)ξ「朝ご飯を作らないと。遅れてしまいましたが」

とんでもない! どれだけ甲斐甲斐しい妹なのだ! ブーンは、立とうとするツンの両肩を掴んだ。

( ^ω^)「待ちたまえお。ツンは休んでおきなさい」

ξ*゚听)ξ「え? でも、お二人はお腹をすかせていることでしょう」

ツンが言うがしかし、ブーンは自分の胸に親指を当てて、強い決意とともに眼を輝かせるのだった。

( ^ω^)「僕が朝食を作ってやろう! それから九時ごろになれば薬屋に行くのだお!」

ξ;゚听)ξ「・・・・・・」

ツンは言葉を失った。ただの一度も料理をしたことがないブーンが、朝食を作ると言うのである。
完成したそれは、はたして食べられるのか? ツンは恐怖する。だが同時に、嬉しくもあった。
兄が親切にしてくれるのだから。それに、雨が降っているのにも関わらず、買い物に行ってくれる。
前と比べて、兄も随分と丸くなったものだ。ツンは陰と陽の感情が入り混じり、複雑な表情をした。



13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:40:34.16 ID:Oc1SQ/8c0
ξ*゚听)ξ「でも、私が作りますよ。お兄様は一度も料理をなさったことがないでしょう?」

( ^ω^)「いや! 確かに一度もしたことがないけれど、僕は料理が上手いはず!
      今日、今から僕の才能が開花するのだお! 君は静かに見ておきたまえお」

ξ;゚听)ξ(どこから、そんな自信が湧くのだか・・・)

これ以上断っても、乗り気のブーンは聞いてくれそうにない。ツンは不安げな面持ちになる。
ブーンはツンを寝転ばせてから、勢い良くツンの自室から飛び出した。二十七歳児の全力疾走。
キッチンに着くと、彼はエプロンをかけた。いつもツンが使っている淡いピンクのものである。

( ^ω^)(さて、何を作るかね。朝ならば、洒落たトーストかお?)

洒落たトーストとはどのようなものかは分からないが、朝食としては間違いなく妥当である。
トーストに必要なのは、パンと野菜類か。ブーンが大きな冷蔵庫の中を、ごそごそと探す。
しかし冷蔵庫にはそれらがなく、彼は悩んで腕を組んだ。一体、何を作ればいいのやら。

( ^ω^)(僕には料理の才がないのかお? ・・・いやいや、そのような筈はない)

いきなり、トーストなどと手間のかかりそうな食べ物を作ろうとするからいけないのだ。
たまご焼きにしよう。そこから、料理道への一歩を踏み出すのだ。卵なら冷蔵庫にあった。



15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:41:33.43 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「よし! この内藤ホライゾンの腕を、とくとご覧あれ!」

自信満々にガッツポーズをして、ブーンは卵を割りました。中身をボウルへと入れる。
解きほぐし、あとはフライパンで焼けば良いだけだ。ブーンはコンロの火を点火させた。

( ^ω^)「簡単過ぎるお。まったくもってつまらん」

程なく焼きあがったところで、ブーンは火を止めた。けれど、上手に皿へと移せない。
仕方ない。ブーンは焼けた卵をかき混ぜた。スクランブルエッグ(仮)の出来上がりである。

( ^ω^)(色具合が最高だお。きっと、歴史に残るたまご焼きに違いない)

皿を持ち上げて、プロフェッショナルさながらの目付きで、黄色く輝くたまご焼きを眺める。
間違いなく至高にして究極だ。ブーンは皿を置いて、フォークですくって一口食べてみた。

(;^ω^)「・・・・・・・・・・・・なんぞ、これ?」

確かにたまごを焼いた味なのだが、パサパサとしていて何かが決定的に足りなかった。
まあ、食塩や醤油を混ぜず、油をひいていなければこうなるだろう。ブーンは首を捻る。



17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:42:24.59 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「おかしい。ツンが作ってくれるものとは、まったく違うお」

一頻り考えていると、キッチンにデレが顔を見せた。パジャマ姿の彼女はテンションが低そうだ。
髪がボサボサである。昨晩、ブーンは彼女より早くに寝たので、アルコール量までは分からない。

ζ(-、-*ζ「ツンさん。おはようございますの」

デレは欠伸をして、眼を擦った。鮮明になる視界に、ちょっとあり得ないものが映る。
夫がエプロンをして、朝から料理を作っているのだった。きょとんとして、デレは首を傾げる。

( ^ω^)「おはよう! 君も体調が悪そうだけど大丈夫かお?」

ζ(゚、゚*ζ「おはようございますの。ちょっと気分が悪いですけれど、大丈夫です。
       ・・・・・・何をしてるんですの? ひょっとしてひょっとするとお料理ですの?」

( ^ω^)「その通りだお。ツンが風邪を引いたから、今日は僕が作るのだお」

ζ(゚、゚*ζ「そうでしたの。ツンさん。心配ですのー。あたし、あとで部屋に行ってみます」



18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:43:26.25 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「うむ。風邪薬がきれているから、九時を過ぎたら街に下りてくるお」

デレは少しだけ驚いた。ブーンは汚れることが嫌い――雨の日には、絶対に外出しないのだ。
本当に妹に優しい兄だ。デレは嫣然となって、ブーンの側に寄り、水道水で手を洗った。

ζ(゚ー゚*ζ「あたしも手伝いますの。あ、スクランブルエッグを作ったんですね。どれどれー」

デレはスクランブルエッグを食べた。咀嚼を繰り返すに従い、彼女の表情が暗くなって行く。

ζ(゚、゚;ζ「お醤油とかお塩を忘れていますの。油はひきましたの?」

( ^ω^)9m「おっお。何かもの足りないと思ったら、それだお」

ブーンは指を差して納得した。この出来損ないのスクランブルエッグはどうしようか。
ツンには食べさせられない。一瞬捨てようかと思ったが、勿体無いので自分が食べることにした。
そして、彼は冷蔵庫から卵を取り出して、もう一度、ツンとデレの分のたまご焼きを作り始める。

ζ(゚ー゚*ζ「たまご焼きなら任せてください! あたしには相当の自信があります。
       影仲間からは、“たまご焼きのデレちゃん”と呼ばれているんですの!」



19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:44:25.52 ID:Oc1SQ/8c0
その呼称はどうかとブーンは思うが、以前にもデレが言っていた影仲間とは誰なのだろうか。
“歩くアーティスト辞書”という、センス溢れるあだ名を彼女に授けたのと同一人物だろうか。
とても気になったのでブーンは、ホイッパーで卵をといているデレに訊ねてみることにした。

( ^ω^)「影仲間って誰なのだお? もしかして男ではあるまいね?」

ζ(゚ー゚*ζ「女の子ですよー。シューちゃんといって、髪の毛が長い女の子なのです」

支配欲の強いブーンは安堵した。デレの影仲間とは男性ではなく、女性のようだ。
それにしても、おかしなあだ名ばかりを付ける人間だ。きっと、奇人に間違いない。

( ^ω^)「その“シュー”とやらは、この街に住んでいるのかお?」

ζ(゚ー゚*ζ「ですのですの。時計塔の屋上に住んでいて、いつも読書をしておりますの」

はい、奇人決定。僕が決めた。今、決めた。時計塔の屋上に住みついて、本を読むなんておかしい。
デレには悪いが、なるたけ関わらないようにしよう。ブーンが頷いていると、良い匂いがしてきた。



22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:45:06.92 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「ほう! 鮮やかな手並みだお。デレは料理人になれるお」

ζ(゚ー゚*ζ「えへへ。ありがとうございますの!」

褒められたデレが喜ぶ。何もせずに焼かれる様子を見ているだけで、手並みも何もないと思うのだが。
やがて良い具合に焼き上がり、デレはたまご焼きを皿に乗せた。形はいびつだが、食べられる代物だ。

( ^ω^)「ふむ。たまご焼きだけでは味気ないし、他にも何か作るかお」

たまご焼きに合う食べ物と言えばハムだ。これは焼くだけなので、何の問題もなく出来た。
無事に完成した朝食を見下ろして、ブーンは腰に両手を当てて勝ち誇る。おっおっおっお。

( ^ω^)「おっお。あとはパンを添えればオーケイだお。ツンを呼びに行こう」

\ζ(゚ー゚*ζ「はいですのー!」

二人は、朝食を食堂に運んでからツンを起こしに行った。そうして、食堂に三人が揃った。
風邪をひいた普通の人間ならば、なかなかにカロリーがありそうな食事に目を伏せるところだが、
毎度重い朝食を摂っているツンはその常識に収まらない。彼女は、パンにそれらを乗せて食べる。



23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:45:37.20 ID:Oc1SQ/8c0
ξ*゚听)ξ「・・・あら。意外と食べられますわね」

( ^ω^)「意外と、ってなんだお。僕とデレが作ったのだお」

ζ(゚ー゚*ζ「お口に合わなかったら、すみませんの」

ξ*゚ー゚)ξ「いえ。美味しいわよ。どうも、ありがとう」

ツンは本心で言った。この二人は変わり者だけれど、他人を思いやる気持ちは欠如していない。
ブーンとデレは顔を見合わせ、ピースをして微笑んだ。ゆるゆると食事の時間が流れていく。
食堂には大きな窓があり、雨水がガラスを滴っている。ブーンが起きたときよりも、雨脚が強い。

( ^ω^)「昨晩、デレはどれだけ酒を呑んだのだお」

ζ(゚、゚*ζ「んんん。きっと、瓶ビール三本くらいです。銀河高原ビールは美味しいですの」

ξ*゚听)ξ「五本よ。私が片付けて、酔い潰れたあなたを部屋まで運んだのよ」

(;^ω^)「呑み過ぎだお。・・・何かいやなことでもあったのかお?」



24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:46:33.83 ID:Oc1SQ/8c0
ζ(゚ー゚*ζ「いいえ。実は、あたしの好きなビールを売ってる店を発見しまして、
       ついつい買っちゃったんですの。そこにビールがあるから呑むのです」

( ^ω^)「深いな」

ξ;゚听)ξ「全然深くありません。ただのお酒好きです」

意味深長にも取れるデレの言葉に、ブーンは腕を組んで唸り、ツンは呆れて肩を竦める。
ビールは良い。呑めば心が洗われるようだ。だけれど、未成年飲酒や飲酒運転はだめです。

ζ(゚、゚*ζ「それでも呑み過ぎましてね。今朝から胃が重くて仕方がないんですの」

( ^ω^)「ふむ。九時になったら風邪薬を買いに街に行くから、
      ついでに胃薬も買って来てあげるお。デレは邸に居とくと良い」

ζ(゚、゚*ζ「ありがとうですの。・・・でも、あたしも一緒に行きたいですのー!」

( ^ω^)「駄目だお。単なる二日酔いとても、無理をしてはいけない」



25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:47:31.76 ID:Oc1SQ/8c0
ぶうぶうと頬を膨らませてデレが抗議するが、心優しいブーンはまったく取り合わない。
ブーンは妹だけではなく、最愛の妻も労わることを忘れない男なのである。いい男なのだ。
しばし、食堂が静かになった。静寂に耐えられないブーンは、無理矢理に話題をひねり出す。

( ^ω^)「最近、いい小説を見付けられなくてね。邸にいるのが暇で仕方ないお」

ξ*゚听)ξ「・・・・・・お兄様、お仕事は?」

おじちゃん、おしごとは? 内藤私立探偵事務所は影が起こした事件ばかりを解決していて、
一般人からの依頼は絶無である。これは勿論、ブーンが大々的に広告をしていない所為だ。
広告をしたところで、この平和なビップにて、きな臭い事件が起こるかは疑問ではあるが。

(;^ω^)「その内、依頼者が来るお。この前だって広告を出したし」

ξ*゚听)ξ「へえ。どのような広告を出したんですか?」

( ^ω^)「電柱に張り紙をしたお! 十枚ほどだけれど」

ξ*゚听)ξ「そうですか」



27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:48:15.13 ID:Oc1SQ/8c0
ブーンには働く気があるようだ。彼からすれば、十枚程度の広告でも仕事をした範疇に入っている。
にこやかに微笑むブーンと、指先で眉間を押すツンの顔とを、順々に見比べてからデレが口を開く。

ζ(゚ー゚*ζ「あたしは、ミステリーなら何でも良いですの。お二人はいかがですの?」

今しがた、ブーンが切り出した話題の続きである。ブーンとツンが好きな本は何なのだろうか。
二人は悩む。ジャンルで選んでいて、「これが一番好き!」という本は特に見当たらないのだ。

( ^ω^)「最後が大団円で締めくくられる本なら、なんでも良いお」

ξ*゚听)ξ「恋愛小説なら、何でも構わないわ」

ζ(゚ー゚*ζ「そうですの。近頃は、それらの良作を発掘出来ないのですね」

「うむ」。ブーンは頷いて、たまご焼きを乗せたパンをかじった。本好きによく見られる悩みだ。
世間の流行に疎いブーンとツンが頼れるものは、小さな書店を営んでいるショボンのみである。
ショボンが好きな本は“風立ちぬ”だ。ブーンは、彼に一度だけ訊ねたことがあったのだった。



29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:49:21.91 ID:Oc1SQ/8c0
ξ*゚听)ξ「ショボンさんは、“風立ちぬ”が好きでしたっけ」

ブーンはパンを飲み込み、紙ナプキンで口を拭く。その仕草が無作法なので、ツンが眉を顰める。

( ^ω^)「そうそう! 僕は、あんな暗い本は読むなと言ったのだけれどね」

ブーンは、いらぬ敵を作るのが得意なようである。だって、こんなにも書き手を怒らせたのだから。
堀辰雄著の風立ちぬは、サナトリウム文学として有名だ。結核を患った婚約者の節子と、
“私”の二人がともかく生きようとする様を描いた読み物である。文章は流麗で、読み易い。

ξ*--)ξ「・・・毎度毎度思いますが、お兄様は最低ですね。その内に友達を失くしますよ」

ζ(゚、゚*ζ「ですの。どんな本を好きになっても良いと思いますのー」

( ^ω^)「しかしね」

ブーンは言葉を喉の奥に飲み込んで、頬を掻いた。最近はデレも反論をすることが多くなった。
別に仲が悪くなってしまったのではない。本音を言い合えるのは、本当に心を許している証拠だ。
さほど、ブーンも気にしてはいない。ただ、女性二人に否定されるとどうしても抗えないのだった。
主人公が成長をしない物語が無いのなら、周囲の環境が変わらない物語もまた無いのである。



32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:50:35.47 ID:Oc1SQ/8c0
ξ*゚听)ξ「ふふふ。お兄様の負けですわね。いい気味ですわ」

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンさんの負けですのー」

( ^ω^)「ふん。徒党を組んで卑怯だお。決して、僕は屈したわけではない!」

居丈高に足を組んで、ブーンは鼻を鳴らした。女性二人って、あまりにも卑怯が過ぎるでしょう?
彼はやけになって、大きく口を開けてパンを頬張った。自分が大嫌いな敗北の味がしたのだった。
その後、三人は談笑した。今日は冷たい雨が降って天候こそ悪いが、和やかな朝食風景であった。

ξ*゚听)ξ「さて。食器を片付けましょうか」

ツンが腰を上げて、食器をキッチンに持っていこうとすると、「待った」とブーンが腕を伸ばした。
彼女は風邪をひいているのだ。なのに作業をさせるのは、男として、人間として許されない!
ブーンはそそくさと彼女の側に寄り、手に持たれた食器を奪い取った。ブーンが食器を洗うのだ。

( ^ω^)「今日の家事は、全面的に僕に任せたまえお。君は大船に乗った気でいなさい」

ζ(゚ー゚*ζ「あたしもお手伝いしますの! 航空母艦に乗ったつもりでいてください」



33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:51:17.95 ID:Oc1SQ/8c0
ξ*゚听)ξ「お二人とも・・・」

どう考えても泥舟以下である。いいや。もしかしたら、何にも乗っていないのかもしれない。
二人に任せれば航海よりも後悔をしてしまうだろう。・・・まあ、食器洗いぐらいなら大丈夫かな。
ブーンとデレの優しさを無下にしない。ツンは二人に家事を頼んで、二階の自室へと戻って行った。

( ^ω^)「いやあ。僕は思いやり溢れる男だお。そこいらの人間には真似出来ない」

ζ(>ε<*ζ「ブーンさんの御心は、宇宙誕生の謎を超越しておりますの!」

ブーンとデレは食器を洗っている。洗剤のぬるぬるとした感触が気持ち悪いが、妹の為である。
今はプライドを捨てて、潔癖症な青年はスポンジで皿を磨くのだった。きゅっきゅっ、と。
それと今更説明するが、この顔文字の時のデレの顔は、両目を瞑って口先を尖らせている形だ。

( ^ω^)「デレも体調が悪いのだから、休んでいたまえお」

ζ(゚、゚*ζ「二日酔いくらいなんともありません。ねえ、あたしも街に行って良いでしょう?」

( ^ω^)「駄目だお。今日は邸でじっとしておくのだお」



35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:52:18.18 ID:Oc1SQ/8c0
「ええー?」、と残念そうにしたが、デレは少しだけ吐き気を覚えて口を手で覆った。
ブーンは彼女の背中を擦りながら、邸で留守番しておくよう強く言った。デレが渋々了承する。

ζ(-、-*ζ「ううう、分かりましたの。あたしは、ツンさんの看病をしておきますの」

( ^ω^)「おっお。頼んだお。なるべく早く帰るようにするお」

薬局へ行って風邪薬を買ってくるだけだ。他に予定はないし、雨なので早く邸へ帰るだろう。
スーツが汚れたら面倒なので、久々に私服を着るか。確か、昔に着ていたものが箪笥にあった筈だ。
食器を洗いながらブーンが考えていると、デレが何気なく訊ねた。彼の母親についてである。

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンさんのお母さんって、どんな方だったんですの?」

( ^ω^)「お母さん? どうして、また」

ζ(゚ー゚*ζ「昔はここで家事をなさっていたのかな、って。ワンパクさんの育児は大変ですの」

にしし、とデレが笑う。ブーンは十七年も昔に亡くなった母親のことを、おぼろげに思い出す。
あまり喋らない人間だったが、家庭を省みない父親とは違って、自分と妹を大切にしてくれた。
顔や背格好は思い出せるが声までは無理だった。記憶に残る母親の幻影を、ブーンは追い求める。



37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:53:13.34 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「・・・さすがに邸の掃除は使用人任せだったけれど、料理は作ってくれていたお」

ζ(゚ー゚*ζ「お母さんの料理は何が美味しかったですの? あたしも作ってみたいです」

( ^ω^)「よく覚えてないお。・・・・・・ラーメンとか天ぷらとか重い食べ物が得意だったかも」

ツンは母親の遺伝子を正統に受け継いだのだ。でも朝食に採用するのはやめた方が良いと思う。
不意にブーンは母親の手料理が恋しくなった。もう、彼は母親の料理を二度とは食べられない。
レシピなんて残されていない。しかし、それでもデレは彼に食べさせてあげようと思った。

ζ(゚、゚*ζ「あたしが頑張って、お母さんの味に近付けてみせますの」

( ^ω^)「デレ」

過去にすがっていないで、新しい味を覚えれば良い。ブーンは手を拭き、デレの髪の毛を撫でた。
今日の彼女も清楚で可愛い。まるで天女のようだ。言うまでもなく、これはブーンの意見である。
食器を洗い終えてから、デレは浴室にシャワーを浴びに行き、ブーンはリビングで本を読んだ。
それから街に下りる予定の九時になるまで、二人は他愛もない会話をして過ごしたのだった。



39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:54:02.22 ID:Oc1SQ/8c0
午前十時。ブーンは街の商店街にある薬局を出た。店員の中年女性(45)の視線がとても熱かった。

(´ェ`ツ子(結構イイ男だったわね。身なりも良いし、夫と別れて口説こうかしら。ああん)

( ^ω^)「よしよし。あとは帰るだけだお」

ブーンは紺色のジーンズに白のワイシャツ、その上に黄土色のカーディガンを羽織ったという服装だ。
まだまだ寒いので、首にはタータンチェックのマフラーを巻いている。手には傘の柄が握られている。

( ^ω^)(ふん。雨の街並も、割と良いものだね)

結局、雨が止むことがなく、ブーンは雨中を歩いている。泥を跳ねないように石畳の道を行く。
ブーンが傘を少しだけ上げる。冷たい雨が降るビップは、行き交う人が少なくて侘しさがある。
薄暗い景色の中、食料品屋のけばけばしいネオンが明滅するさまを、ブーンがじっと見つめる。

あれは、今日のように雨が降る日だった。母親に連れられて、街に買い物へと来たことがあった。
ツンも一緒だ。初めは、大好きな母親との散歩で楽しさを感じていた。確かに、楽しかったのだ。
だけれど、その内に街の風景のつまらなさに愚図って、急遽都会へと赴くことになったのである。

ただの子供の我が儘だ。しかし、このたった一度の我が儘こそが、運命を変える爆薬となった。
ブーンの足が、自然に駅へと向かう。そのとき、彼の目には母親の幻が視えていたのかもしれない。



40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:54:50.89 ID:Oc1SQ/8c0
ビップ駅は長い階段を昇ったところにある。街の住人は、あまり街を出ないので閑散としている。
街の中心部から外れた小高い場所にある所為で、利便性が著しく悪いのも理由の一つにある。

( ^ω^)(どうして、駅なんかに来てしまったのだろうかお)

事故で電車が嫌いになっているブーンは、自らの意味が分からない行動にほとほと呆れた。
駅前のロータリーには、タクシーがまばらに停まっている。あれに乗って邸まで帰ろうか。
タクシーへと近付こうとすると、突然ブーンは何者かに服の裾を引っ張られてしまった。

(;^ω^)「お。・・・だ、誰だお? 僕の服を引っ張りやがったのは!」

lw´‐ _‐ノv「私だよ。黒い髪の毛が魅力的な私。それが君を呼び止めたんだよ」

(;^ω^)「うお!?」

ブーンは吃驚した。振り返れば、女性の顔が真ん前にあったからだ。危うく、口付けてしまうほどに。
後ろへと飛び退いたブーンの両眼に、薄らと目を開けた黒髪を腰の辺りまで伸ばした女性が映る。
女性は飾り気のない服装をしているが、へその辺りで揺らめくタストヴァンにブーンの視線を惹いた。



42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:56:05.12 ID:Oc1SQ/8c0
(#^ω^)「君い! 呼びかけるなら他に方法があるお! 失礼だとは思わないのかね!」

無論、ブーンは激昂する。ブーンではなくても、唐突に服を引っ張られれば誰でも訝しがるだろう。
水色の傘を差す女性は、小さく頭を下げた。そうして、黒い髪をかき上げて女性が口を開いた。

lw´‐ _‐ノv「いやん。これはすみませんでした。ついつい、知った顔が映る自分の眼が悪いんだ」

(#^ω^)「知った顔?」

女性は独特な言い回しをするが、意味は通じるものである。ブーンのことを知っているようだ。
しかし、ブーンは女性を見たことがない。つまり、向こうが一方的に彼を知っているのである。

lw´‐ _‐ノv「前に、デレに写真を見せて貰ったから知ってるよ。ずばり。君は内藤さんだ。
       デレと結婚をした内藤ホライゾンさんだ。そして、あだ名はブーンさんである」

( ^ω^)「ああ。デレの知り合いかお」

よくよく見れば、女性の背中には黒い粒子がはためいている。・・・・・・デレの知り合いの影?
まさか、自分が避けようと決めた“シューちゃん”ではないのか。ブーンの表情が強張っていく。



44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:56:48.19 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「・・・君がシューかお」

lw´‐ _‐ノv「やっべえ。内藤さんも私を知っているようだ。お近づきのしるしにガムをあげよう」

シューという女性は、スカートのポケットから一枚のガムを取り出し、ブーンへと差し出した。
ブーンは受け取ろうとせず、まじまじとシューの顔を眺める。今まで見たことのないタイプの人間だ。
彼女は目を半ば閉じているので表情が読み取り難い。だがしかし、変わった人間なのは断言出来る。

lw´‐ _‐ノv「さあ。受け取って。そうそう。イチゴ味の美味しいガムだよ」

( ^ω^)「・・・・・・」

シューはブーンの手を取って、イチゴ味のガムを無理矢理に渡した。こうして二人は知り合った。
ブーンは厄介な人間とお近づきになったのだ。冒険の書が消えたときの音が、聞こえた気がした。

lw´‐ _‐ノv「そんな嫌そうな顔をしないでよ。ああ。そう言えば、人を探しているそうだね」

傘を傾けなおして、シューが言った。ブーンの探し人とは、親子の影と佐藤と渡辺のことだろう。
彼女はデレから、色々と話を聞かされているのだった。シューは柄を指で挟み、くるくると傘を回す。



46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:57:38.82 ID:Oc1SQ/8c0
lw´‐ _‐ノv「写真は持ってる? 探しているのなら、聞き込み調査をするべきだろう」

( ^ω^)「確かに」

シューの言う通りである。ブーンは出会った人間から話を聞かされただけで、調査をしていない。
「こいつはしまったな」、とブーンは苦い顔をしてポケットに手を入れて、写真を取り出した。
そしてブーンは、佐藤と渡辺の二人の少女が映っている写真を、シューへと手渡したのだった。

lw´‐ _‐ノv「ふんふん。これかあ。ううん。残念だけど、私は見掛けた事がないなあ」

( ^ω^)「そうかお。それなら仕方がないね」

シューも二人の少女を見かけたことがないらしく、ブーンへと写真を返却しようとする。
ブーンが受け取ろうとするがしかし、シューが腕を引っ込めたので、彼の手は中空を掴んだ。
顔に限界まで写真を近付けて、シューはそれを穴を開かんとするほどに凝視する。

lw´゚ _゚ノv「でもねえ。内藤さんが探しているこの少女達と、親子の影とは同一人物だよ」

(;^ω^)「その顔、こええええええ! ・・・・・・なんだって?」



47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:58:49.43 ID:Oc1SQ/8c0
ブーンはとんでもない情報を耳にした。佐藤と渡辺の二人が、親子の影だとシューが指摘したのだ。
露の間。ブーンは呆然とする。だってあの少女達は中学生くらいで、親子には見えないではないか。
ブーンが訝しがっていると、シューは写真の表を彼に向けて、指でさし示しながら説明を始める。

lw´‐ _‐ノv「写真とは、ありのままの風景を写し撮るものだ。分かるね?」

( ^ω^)「うむ」

lw´‐ _‐ノv「この写真を撮った時、内藤さんは影の存在を知らなかった。普通の人間だと思った。
       そして、彼女達を中学生程の年齢だと信じ込んだ。君に話を聞かされたデレも含め、
       余計な先入観を抱いたんだよ。だけれど、素晴らしい事に私の脳はまっさらだ。
       カメラが映した真実の姿の真実を、私だけはまざまざと見て取る事が出来るのさ」

彼女も話が長い。尚且つ、癖のある言葉遣いをする。世の中、常識人は存在しないのかもしれない。
噛み砕いて言えば、ブーンは少女達が「中学生だ」と思い込んでいる所為で誤解をしているのだ。
それを知らずに、初めて写真を見せて貰ったシューだけは、本当の少女達の姿が分かるのだという。
なかなかに難しい理論である。ブーンは顎に手を当てて、「ううん」と唸り声を出しながら訊ねる。

( ^ω^)「君もやけにくどい言い方をするね。・・・つまり?」

lw´‐ _‐ノv「この少女達は姿を変えていた。親子の姿だと、色々とやり難いだろうからね。
       ちなみに、こっちの無表情な子が妙齢の女性で、こっちは幼女だよ。ようじょ」



49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:59:32.67 ID:Oc1SQ/8c0
シューがつんつんと指先で写真を突付く。なるほど。親子の姿では世界中を闊歩し難いだろう。
人間達の目を欺いていたのだ。クーやヒート達には、彼女らの本当の在り方が分かったのである。
こんな事ならクーに、ヒートに、そして丸川に写真を見せれば良かった! ブーンは苦虫を噛み潰す。

lw´‐ _‐ノv「どうかね? 私の口が言った情報は役に立ったかい?」

( ^ω^)「ありがとう。特別に、君は僕の知り合いになることを許してやろう」

lw´‐ _‐ノv「ほっほう。内藤さんは、デレの話から勝手に想像した通りの人間だ」

( ^ω^)「きちんと人に感謝の出来る、懐の広い男ってかお?」

lw´‐ _‐ノv「ウン」

シューは乾いた声で返事をした。この手の人間は、否定すれば向きになって怒るに違いない。
心理を適切に読み取れるシューは、ブーンに写真を返した。とても有意義な時間であった。
佐藤と渡辺が影の眠りを妨げ、良からぬことを企てているのである。人は見かけにはよらない。
これからは調査を慎重にしよう。ブーンはシューから写真を返して貰い、ポケットへと仕舞った。



51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:00:16.63 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「さて。そろそろ、僕は邸に戻らないとならないお。妹が心配だお」

lw´‐ _‐ノv「私は時計塔の屋上に住んでいるから、いつでも訪ねると良い。
       屋上への扉に付けられている鍵の開錠番号は、“2112”だよ。ドラえもんみたい」

( ^ω^)「気が向いたらね」

絶対に行かない。長ったらしく小難しい話を聞かされるのが滅法苦手なブーンは、そう思った。
ブーンはシューと別れた。タクシーの運転手に話しかけ、彼は良い情報と共に邸への帰路に着く。

( ^ω^)「ヘイ! 街の高台に建っている、瀟洒な邸まで頼むお!」

( ^Д^)「はあ? 高台の邸だって? あんな所に何をしに行くんだ?」

態度の悪い運転手が眉根を寄せる。内藤邸は、巷ではお化け邸として知られているのだった。
下々の人間にに内藤邸が馬鹿にされている。誇り高きブーンは癪にさわり、低い声で凄んだ。

( ^ω^)「あそこは僕の邸、内藤家が所有しているものなのだお」

( ^Д^)「ああ。そうなんか。そいつはすまなかったなあ」



52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:01:18.79 ID:Oc1SQ/8c0
ぶっきらぼうに謝って、運転手は車を発進させた。駅前から内藤邸までは二十分ほどの道程である。
ヒーターの暖かい風を受けながらブーンは、街並へと視線を遣った。傘を差した人々が歩いている。
雨の日のそれらの表情には、微かな物寂しさがある。ブーンは顔をフロントガラスへと向けた。

タクシーの運転手は口が悪いが安全運転を心がけているのか、虚しいスピードで勾配を下っている。
内藤邸がある高台に行くには、街の中心部にまで戻る必要があるのだ。ふと運転手は喋りかけた。

( ^Д^)「あんな馬鹿でけえ邸に住んでいるのなら、きっと使用人が大勢居るんだろうな」

( ^ω^)「今は居ないけれどね。昔は、それはそれは有能な使用人を雇っていたお」

( ^Д^)「そうかい。いやあ。羨ましい限りだねえ」

それから、ブーンの自慢話が始まった。父親が経営している会社のこと、我が家の資産のこと、
妹と妻がいかに素晴らしいか。あまりにも長く続く自慢話に、運転手は辟易して目を細める。
資産家のボンボンなのだろうけど、これはひどい。ちょっとは、自重という言葉を覚えろ。
プギャーという運転手は、赤信号での停車中にあるものを発見し、話題を逸らそうとする。

( ^Д^)9m「お! あの変な格好をした兄ちゃん、またこの時間に歩いていやがる」



54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:02:00.97 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「そもそも、内藤家の始まりは四百年前までに遡り云々。・・・・・・なに?」

「ほら」、と運転手は交差点を指差した。そこには、作務衣姿の青年が信号待ちをしていた。
ショボンだ。ショボンが傘を差して街の風景に溶け込んでいる。左手には花束を持っている。

( ^Д^)「あの兄ちゃん、いつもこの時間に花束を持って歩いているんだよ。
      一体、何をしてんだろうね。タクシー仲間の間では有名な話なんだぜ」

( ^ω^)「ほう!」

もしかしたら、誰か女性に花束を贈っているのではないか! ブーンは一度だけ強く手を叩いた。
以前、女性に興味はないと言っていた癖に。ブーンはショボンの弱みを握ったつもりになった。

( ^ω^)「いいね! まったく、今日は良い情報ばかりが手に入るお」

( ^Д^)「何だ。お客さんの知り合いなんか?」

( ^ω^)「まあね。さあ、病気の妹が邸で待ってるのだ。早く車を走らせてくれお」



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