( ^ω^)奇人達は二十一グラムの旅をしますようです

80: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:13:58.82 ID:Oc1SQ/8c0
―3―

(*^ω^)「ふいーい。手伝えなかったのは残念だけれど、やはりツンの料理は絶品だお」

昼食を摂ったあと、ブーンは自室のベッドでだらしなく寝転んで、趣味の読書をしている。
本のタイトルは“不思議の国のアリス”。説明不要のドジソンが出版した児童文学書である。
ちなみに、ここを書いているころに読んでいたもので、別段に深い意味はなかったりする。

ブーンがふと視線を横に遣ると、クッションに座ってギターを弾いているデレの姿があった。
まだ始めたばかりなので四苦八苦している。よくよく見ると、彼女のスカートの裾がはだけて、
上質な絹のような白さを持つ、細い太ももが覗いている。これでブーンが欲情しないわけがない。

だが、彼は己の欲望を堪える。デレは昨晩のアルコールが残っていて、気分を悪くしていたのだ。
今はそう見えなくても、無理をさせてはいけない。それに、夫婦の営みは夜になってからするものだ。
夜がその黒の帳を下ろしてから、じっくりと楽しめば良い。ブーンは壁のほうへと寝返りを打った。

ζ(゚ー゚*ζ「“愛に終わりがあってえ、心の旅がはじまるうー♪”」

激しい曲。ロックだろうか。歌声の音程は合ってはいるが、如何せんギターがなおざり過ぎる。
ブーンが片頬を膨らませていると、ノックの音がした。デレはギターをスタンドに置いて応対する。



81: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:15:00.71 ID:Oc1SQ/8c0
ζ(゚ー゚*ζ「ツンさん。どうしたんですの?」

この邸には、ブーン、ツン、デレの三人の人間が住んでいる。飼い犬がノックをするはずがない。
ツンが部屋中に視線を巡らせる。そして、ブーンの姿を発見すると、ツンが眉を集めて言った。

ξ*--)ξ「ご飯を食べてすぐに、何てだらしのない。本は座って読んでくださいな」

(;^ω^)「お」

まさか妹は超能力でも使い、自分のだらしのなさを知って、わざわざ一階へと叱りに来たのか。
ブーンが言葉を失っていると、ツンは一度だけ咳払いをして、鹿爪らしい表情で話を切り出した。

ξ*゚听)ξ「お兄様にお電話です。どうやら女性のようで、お仕事の御依頼のようですわ。
      あ。御依頼主の名前は訊いておりませんので、ご自分でお確かめになって下さい」

( ^ω^)「・・・・・・?」

一瞬、ツンの言ったことがすぐには理解出来なかった。自分に仕事の依頼が来たのだそうだ。
仕事とはなんだ。僕は無職ではないか。・・・・・・果てしなくニートなせいで、ブーンは忘れていた。
僕は内藤私立探偵事務所の所長なのだ! ブーンは無作法にも本を放り投げて、部屋を飛び出した。



83: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:15:47.36 ID:Oc1SQ/8c0
彼の部屋には、うるさく音を鳴り響かせるものが鬱陶しい、ということで電話が置かれていない。
電話や子機があるのはリビングと、ツンの部屋だ。この場合、ツンは自室で電話を取ったのだろう。
疾走して、ブーンは彼女の部屋へと足を踏み入れた。片隅にある台の上に受話器が置かれている。

(;^ω^)「はい! もしもし! お待たせしちゃお!」

とてもとても取り乱していたので、受話器を耳に押し当てたブーンは、思い切り舌を噛んだ。
ひりひりとした痛みに堪えながら、ブーンは電話の向こうに居るはずの依頼主の声を待っている。
暫くして、女性の声が鼓膜を撫でた。澄み切っていて耳触りが良く、聞き取りやすい声だった。

川 ゚ -゚)『やあやあ。街中で張り紙を見たよ。内藤は探偵をやっているらしいね』

(;^ω^)「ッ!?」

電話の主はクーだった。ブーンは受話器を握ったまま、バンバンと台を叩き付ける。むっきゃー!
初の調査依頼主が、人間ではなく影だとは・・・・・・。断ち切れぬ因縁に、ブーンは顔を蒼白にして、
もう一度受話器を耳に遣った。もうだめぽ。彼は落胆しきった表情と声で、クーに話しかける。

( ´ω`)「何なのだお? 長話なら間に合っているお。手短に用件を頼むお」



85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:17:03.83 ID:Oc1SQ/8c0
川 ゚ -゚)『長話? 私がいつ、長々と喋った事があるのだ。私はいつも要点を纏めて喋っている。
     君は何か勘違いをしている。それに、高貴な私の言葉を聞けるなんて、幸せだと思え』

不遜なもの同士の会話など、進むわけがない。威張り散らして、仲違いの方向へ向かうだけである。
ブーンよりも遥かに知性があるクーは、反論の言葉を飲み込み、一拍置いてから用件を切り出した。

川 ゚ -゚)『そうそう。私は依頼をする為に、電話をしたのだ。受託し、解決すれば礼もしてやろう』

( ^ω^)「依頼? 君は頭が良いのだから、自分で何でも解決してしまえるだろう?」

川 ゚ -゚)『よく分かっているな。私は聡明である。だがね。自分の手は汚したくはないのだ。
      君への依頼はずばり。影の退治さ。街が騒々しくて、ゆっくりと眠れんのだよ』

( ^ω^)「影だと。・・・街が?」

先ほど街に下りたときは、街並は静けさを保っていた。どこにも異変は見当たらなかったのだった。
もしかして、邸へと戻ってからの間に、影が何かを仕出かしたのか? ブーンは眉をひそめる。



87: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:18:03.30 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「また何が起こったのだお。クー。分かりやすく、丁寧に申してみたまえお」

川 ゚ -゚)『街に季節外れの向日葵が咲き乱れたのさ。あろう事か、私の邸の庭にまで咲きやがった。
      これは許せぬ。しかし、私は身体を動かせたくはない。内藤。君が解決をしたまえ』

( ^ω^)(向日葵、かお)

季節を忘れた向日葵。邸の庭で見かけたあれが前触れだったのか。ブーンはスツールに座った。
ペンとメモ帳を持って、彼は話を整理する。ヒートのときのように、街で異変が起こったようだ。
街中に向日葵が咲いたのだという。危険性はまだ把握していない。肩に受話器を挟み、彼が訊ねる。

( ^ω^)「それで、向日葵が咲いたことで何か危険があるのかお?」

川 ゚ -゚)『向日葵が咲いたくらいで、人が死ぬものか。煩くて敵わないから解決して欲しいのだ』

( ^ω^)(この女・・・)



89: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:19:00.37 ID:Oc1SQ/8c0
クーはどこまでも自己中心的な女性だ。自分が動くのが面倒なので、ブーンに依頼をしたのである。
事件を解決出来るだけの力がある癖に。別にメモを取る必要はないが、ブーンはペンを走らせる。
そうして書き上がっていくものは、他人との電話中にありがちな、謎の立体的な絵や文字である。

( ^ω^)「ふん。良いだろう。僕が退治してやるお。だから、影の居場所を言いなさい。
      ヒートのときみたく、クーはちゃっかりと居場所を把握をしているのだろう」

川 ゚ -゚)『ふふん。勿論だとも。ビップは三方を山に囲まれているね。その東側に聳える山だよ。
      その麓から向日葵は咲き始め、街にその範囲を拡げている・・・。詳しい事はドクオに訊け。
      彼をお前の邸へと遣わせるから、小一時間待っておきたまえ。ではでは。御機嫌よう』

早口に捲し立てて、クーは通話を切った。プープーという電子音が、ブーンの耳の奥に届く。
悪魔でも召還してしまいそうな絵が描かれたメモ帳を台の上に置き、彼は受話器を戻した。
息を吐き、ブーンが視線を扉の方へと向ければ、ツンとデレが首を傾げて遠巻きに見守っていた。

ζ(゚、゚*ζ「クーさんだったんですの。何かご用事があったんですの?」

( ^ω^)「街で影が事件を起こしたようだお。今からドクオが迎えに来るそうだ」



90: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:19:30.85 ID:Oc1SQ/8c0
デレは目を丸くする。吃驚している彼女の横に立つツンが、淡々とした口調で話しかけた。

ξ*゚听)ξ「クーというのは、須名家の影ですね。ドクオとは誰なのですか?」

( ^ω^)「クーの下僕の影だお。・・・ああ。ああ。ドクオになど何も出さなくて良いお」

ツンは影が大嫌いだそうなので絶対に在り得ないだろうが、一応ブーンは釘を刺しておいた。
それどころか、ドクオなど邸内に入れなくても良い。門の前に立てるだけでも光栄に思うのだお。
傲慢なブーンは腰を上げた。それから、彼は落ち着かない様子でドクオを待ったのだった。

四十分ほどして、ドクオが訪れた。シワのあるスーツを着て、傘を差さずに門の前で佇んでいる。
やはりツンが持て成そうとする気配を見せたが、ブーンは無理矢理に止めさせたのであった。
ブーンとデレは、門扉を挟んでドクオの前に立つ。風邪をひいているツンは邸内に残っている。

('A`)「・・・・・・どうも」

鬱々とした顔に合った低い声で、ドクオは挨拶をした。ブーンは顎を少し引き、無言で応える。
門を開けて、デレが彼を傘に入れようとするが、背が高すぎて背伸びをしないと届かなかった。



91: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:20:07.08 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「デレ。ドクオに近付くなお。彼は何を考えているのか、いまいち分からん男だ」

('A`)「・・・・・・」

ドクオは掴みどころのない性格をしている。果たして存在感がないのか、あるのか不明である。
とりあえず分かるのは、笑顔が似合わないことだけだ。彼は視線を向けると、大いに喜んでくれる。

('∀`) にこやか

(;^ω^)(きもっ)

ζ(゚、゚*ζ「早く車に乗りましょう。雨の中で待たせたら、ドクオさんが可哀想ですの」

門の外には、一台の黒塗りの車が停まっている。ドクオがここまで運転してきたものだろうか。
影でも車を所有しているのだろうか。傘を閉じ、首を捻りながらブーンは後部のドアを開いた。
そうしてブーンが後部座席に、デレが彼の隣に、ドクオが運転席に座った。車が発進する。



93: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:20:48.38 ID:Oc1SQ/8c0
内藤邸を離れ、街への山道を下っている途中、運転をするドクオにブーンが疑問を投げかけた。

( ^ω^)「この車は、ドクオが持っているものかお?」

('A`)「いいや。知り合いから借りたものだ」

( ^ω^)「だろうね! 君みたいなのが、車など持てるはずがないお」

('A`)「・・・・・・」

車内が居辛い空気が流れる。「ちょっと言い過ぎたかな」と、嫌な雰囲気から逃れるように、
ブーンは流れる景色へと目を遣った。内藤邸は街の西側に建っているので、向日葵の数はまばらだ。
しかし、数は少ないが確かに向日葵が根付いており、街が細菌に蝕まれているかのように思えた。
高速で過ぎ行く風景をブーンが眺めていると、ドクオはバックミラーを一瞥して口を開いた。

('A`)「・・・さっき、地図で確かめたんだが、東側の山には病院が一軒だけ建っているようだ。
    俺はそこに影が居る物だと考えて、車を走らせている。お前達、異存は無いか?」



95: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:21:23.29 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「お」

ζ(゚ー゚*ζ「はい」

山の中にぽつんと建った病院なんて、怪しさが過ぎる。それに、得られている情報も少ない。
今はドクオの言葉に頼るほかないのだった。雨が激しくなって来た。今日はもう晴れないだろう。

ζ(゚、゚*ζ「本当に向日葵が咲いていますの。今回の影は何を考えているのでしょう」

一行を乗せた車が市街地に入ると、雨にも関わらず街中には大勢の人ごみで溢れていた。
普段、まったく事件が起こらないビップでは、これくらいの事件でも騒動になるのである。
報道陣風の人間も見える。向日葵を映した映像を持ち帰り、専門家にとうとうと語らせるのだ。

今のところ実害はない。だけれど、もうこれ以上は何も起こらないと決まったわけではない。
赤信号で車を停めると、ドクオは身体を後ろに乗り出して、何やらブーンに手渡そうとした。

('A`)「クー様からの預かり物だ。あのお方のお気に入りの物で、依頼料代わりとして渡すらしい」

( ^ω^)「依頼料?」



96: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:22:12.32 ID:Oc1SQ/8c0
ドクオから受け取ったものは、ジュエリーケース――開けばルビーが装飾された指輪があった。
流麗にカットされていて、高価な指輪だとすぐに分かる。これがクーからの依頼料だという。
ブーンがルビーをまじまじと見つめていると、車が進み出し、ドクオは静かに語り始める。

('A`)「・・・俺はクー様の眠りを妨げる影を許せない。だから、俺もお前達の手伝いをしよう」

( ^ω^)「君のクーに対する妄信は異常だお。気でも触れているのかお」

('A`)「俺はクー様を愛している。だが、やんごとないあのお方とは一緒になれないだろう。
    それでも、クー様の安寧を保つ為、俺は戦い続ける。だって俺は騎士なのだから」

( ^ω^)「ドクオ・・・」

ブーンは、じいんと胸を打たれそうになった。危ねえ、危ねえ。ドクオはおかしくなっているのだ。
クーの自前の美しさの所為か、力で洗脳されているのかは定かではないが、彼はナイトなのである。
――お姫様を佑く、騎士なのだ。それは結構として、東側の山に入り、風景に木々が混じってきた。
雨で葉々を垂れ下げさせた潅木の根元に、沢山の向日葵が生えている。不思議な力の発生源は近い。



97: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:22:50.17 ID:Oc1SQ/8c0
('A`)「そろそろだな。あの墓地より、数キロメートル坂道を登った先に病院がある」

窓の外には墓地が広がっている。雨降りの曇天の下に墓が並ぶさまは、不気味なものである。
それにしても墓地の近くに病院があるとは縁起の悪い。俗っぽいところがあるブーンはそう感じた。
ほどなくして、ブーン達を乗せた車が病院の前の駐車場に到着する。廃病院らしく、他の車はない。

車を枠線の内にきちんと停車させ、徐にドクオは外へと出た。暖房の効いた車内とは違って寒い。
石階段を昇った場所にある病院をドクオが見上げていると、デレが背伸びをして彼を傘に入れた。
「くっ付くなお!」とブーンが怒鳴るがしかし、デレは悪戯っぽく笑って言い返したのだった。

ζ(゚ー゚*ζ「では、ブーンさんがドクオさんを傘に入れるのですの。ささ。どうぞどうぞ♪」

( ^ω^)「・・・・・・」

('∀`) パアッ

耐え難い悪夢である。ブーンはドクオを傘に入れてあげて、病院へと続く石階段を昇っている。
男二人。足を動かしていると、自然に肩がぶつかり合い、ブーンは不快感を隠せず表情に出す。
ようやく階段を昇りきって病院の門まで来ると、あと少しで解放されるとブーンが鼻息を漏らした。



99: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:23:38.30 ID:Oc1SQ/8c0
ζ(゚ー゚*ζ「ここは“東ビップ病院”というみたいですの。山中の病院とは風情がありますの!」

門に嵌め込まれた銅板には、東ビップ病院と彫られている。銅板は風化していて、緑青に錆びている。
三人が庭の奥に構える病院を見上げると、木造の二階建てで、若干の田舎くささを感じ取った。
入り口は黒い門扉に塞がれている。ブーンは左手の人差し指をぴんと立て、門扉に手を触れた。

( ^ω^)b「ふむ。さっさと中に入るお。ドクオの息がかかって気持ち悪くて仕方がない」

('A`) エエー?

門を開けて庭へと足を踏み入れた三人は、赤煉瓦が敷き詰められた道を歩き、玄関扉へと向かう。
病院の庭は大して広くはない。二分もあれば、きっと端から端まで歩けてしまえる。
花壇が散在しており、そこには向日葵が植えられている。多分、今回の影が好きなのだろう。

庭の中ほどに、水瓶を持った女神像が置かれた噴水がある。ビップの広場の噴水よりかは小さい。
にび色の水が噴水を満たしている。水面には雨が打ち、小さな波紋を飽きることなく作っている。

庭には何もない――と思っていた三人だったが、突如として水面から輝く白球が飛び出してきた。
記憶の欠片はブーン達の足元の水溜りから渦を巻いて飛び、頂点まで達すると、強く光を放った。



101: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:24:27.17 ID:Oc1SQ/8c0


 蝉の鳴き声が聞こえる。肌が焼けるように暑い。この記憶が、夏の頃のものなのは明白だ。

ミセ*゚ー゚)リ『お兄ちゃん。最近、また悪い事をしたでしょう? 私は知っているのよ。
       お父さんとお母さんが怒ってたよ。出来の悪い息子を持って悲しいってさ』

 噴水の前に、車椅子に座った少女が居る。中学生ほどの少女で、身体がひどく痩せ細っている。
 見た目ですぐに病気と分かる。健康なときは可愛らしかったであろう少女は、ため息を吐いた。

ミセ*゚ー゚)リ『聞いてる? 聞いてないよねえ・・・。お兄ちゃんは、人の言葉を聞かないのに関しては
       プロフェッショナルなんだもの。そんな事じゃ、この先の人生を渡っていけないよ』

 少女はまだ小さいのにも関わらず、厳しい言葉を言い放った。少女の視線は側に向けられている。
 噴水の縁に、学生服をだらしなく着た少年が座っている。先ほどから小言を聞かされているのだ。
 少年は自分の妹へと鋭い視線を遣った。まだ若いのに、歴戦のつわもの染みた目付きをしている。

(´・ω・`)『煩いな。今日の僕は、同じクラスの馬鹿と喧嘩をして、凄く気が立ってるんだ。
      内藤とかいう気持ちの悪い人間の屑でね。あの間抜け面を思い出すだけでも苛々する』

 少年はショボンである。現在とは随分と口調が変わっているが、くどいところは同じである。
 当時の彼は内藤――つまりはブーンのことを嫌い、愚痴っている。少女は亜麻色の髪をかき上げる。



102: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:25:03.44 ID:Oc1SQ/8c0
ミセ*゚ー゚)リ『それで、どうしたの? もしかして、その人に負けたから怒ってるの?』

(´・ω・`)『まさか。内藤はね、決闘の指定をした場所に、深い穴を掘っていやがったんだ。
      卑怯なクソヤロウだ。あれで勝った気でいやがる。今度、病院送りにしてやる』

ミセ*゚ー゚)リ『ようは負けたのね』

(´・ω・`)『ミセリ』

 低い声でミセリと呼ばれた車椅子の少女は、微笑んだ。ミセリの発音はミザリイに似ていた。
 ショボンとミセリは、一つ歳が離れた兄妹なのだ。ミセリは以前に、彼が言ってた妹である。
 ショボンが顔を忘れてしまったと言っていた妹。向日葵を咲かせた影は、彼女なのだった。
 彼女は、花壇に植えられた向日葵を見、大きく息を漏らして口を開いた。か細い声だった。

ミセ*゚ー゚)リ『心配だなー。私は長くは生きられない。お兄ちゃんが真人間になれるか心配なの。
       心残りで、安らかに成仏が出来ないかも。きっと無念で、化けて出てしまうわ』

(´・ω・`)『・・・・・・』



104: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:25:28.93 ID:Oc1SQ/8c0
 ミセリは不幸にも重い心臓病を患っていて、医師に長くは生きられないと宣告されている。
 大きな総合病院ならまだ分からないが、ショボンの家は裕福ではないので、諦めるしかないのだ。
 ショボンが無言になっていると、ゴロゴロと雷の音が響いた。遠くには分厚い雲が漂っている。

 夕立が降りそうだ。ショボンは腰を上げて、ミセリの車椅子を押して院内に入ろうとする。
 彼の目に痩せこけたミセリの両肩が映る。確実に彼女は、死の谷へと向かおうとしている。

ミセ*゚ー゚)リ『ねえ。お兄ちゃん。私、本が読みたいわ。何でも良いから、買って来てよ』

(´・ω・`)『分かったよ。今度、僕が気に入ってるのを持って来てやるよ』

ミセ*゚ー゚)リ『漫画は駄目だよ。だって、すぐに終わっちゃうんだもん。時間が潰せないの』

 そうして、ショボンとミセリは病院内に姿を消して行った。ある暑い夏の午後の記憶だった。”



106: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:25:56.83 ID:Oc1SQ/8c0
(#^ω^)「きええええええ! こんな腹の立つ追憶は初めてだお!」

ζ(゚、゚;ζ「穴を掘りましたの。何と言いますか、恐ろしいお人ですの」

(#^ω^)「腕っ節で敵わないと分かっているのだから、知略を張り巡らせるのは当たり前だお!
       ちくしょう! あの時、ぐうの音も出ないほどの目に遭わせておくべきだった!」

心の欠片を見終わったブーンは憤慨した。吐き気や物悲しさを覚えるものなら幾度とあったが、
怒り心頭に発する記憶は初めてだった。ブーンは傘を振り回し、何度も地だたらを踏む。くけけ!

ζ(゚、゚*ζ「・・・ちょっと待ってください。今回の影はショボンさんが関係していますの」

追想ではショボンが登場していた。そして、その妹らしき少女が、余命が少ないのを告白していた。
つまり、ミセリというショボンの妹が死に別れ、現世への無念で影として蘇ったのではないか。

ミセリは兄の将来を心配しているようだった。しかし、ショボンは立派に成長を遂げている。
不良から優等生へと見事に変遷し、街で小さな書店を開くまでになった。妹の不安は杞憂である。
もしそうだとすれば、ショボンを会わせれば鎮まってくれるかもしれない。ブーンは手を打った。

( ^ω^)「ショボンを妹に会わせるのだお。一度、街まで戻ろうかお」

('A`)「待て」



107: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:26:24.03 ID:Oc1SQ/8c0
短く言って、ドクオはポケットから携帯電話を取り出した。このビップでは珍しい代物なのだ。
携帯電話を使わなければいけないほど広い街ではなく、遠くにかけるときには家の電話を使う。
時計代わりとしても無用だ。何故なら、ピップの人々は皆、時計塔を見上げれば事足りるのである。

('A`)「ショボンという人物の電話番号を教えてくれ」

ブーンはドクオに書店の電話番号を教えた。彼は流れるような操作で、番号ボタンを押して行く。

('A`)「とぅるるるるるるるる。とぅるるるるるるるる」

( ^ω^)「・・・・・・」

ζ(゚、゚*ζ「・・・・・・」

ドクオが露骨に存在感を放とうとするが、ブーンとデレの二人は、必死に突っ込むのを堪える。
十数秒経ち、ドクオが携帯電話を持つ手を下ろした。彼は不潔に伸ばされた髪の毛をかき上げた。

('A`)「どうやら不在のようだ。・・・これからどうするんだ?」



110: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:27:09.33 ID:Oc1SQ/8c0
街に引き返した方が賢い選択のような気がするが、このまま無害の状況が続くとは考えられない。
・・・気付けばスーツで来てしまっている。それに、車を停めた駐車場よりも病院の中の方が近い。
汚れるのが一等嫌いなブーンは、実に思慮に欠けた判断で、ドクオの問いかけに答えるのだった。

( ^ω^)「病院を探索しよう。なあに。危なくなれば引き返せば良いのだお」

('A`)「そうか。じゃあ、俺が先頭を進むから、お前達はあとからついて来てくれ」

(#^ω^)「駄目だお! 僕が目立たないではないかお!」

('A`)「そうか」

献身的なドクオの願いを断り、ブーンはドクオを雨の中に置いて、一足先に病院の入り口に立った。
ガラスが嵌め込まれている両開きの扉だ。白いペンキが剥げた扉を、ブーンはゆっくりと開いた。
そうして、まず待ち受けているのは、当然待合室である。待合室は、意外にも荒れていなかった。


ここを住処にしているミセリが、自分の住み易いように変えているのだろう。三人は歩を進める。
部屋の奥にカウンターがあり、壁に沿って長椅子が並んでいる。上部にはテレビが設置されている。
無論、テレビ画面は真っ黒で、ブーンとデレの他に人間は居ない。内部の様相は古臭さを感じる。
ブーンとデレは傘が邪魔になり、入り口の傍らに置かれていた傘立てに、それぞれを刺し置いた。



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