( ^ω^)奇人達は二十一グラムの旅をしますようです

112: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:27:29.84 ID:Oc1SQ/8c0
―4―

ζ(゚、゚*ζ「あ。カウンターに新聞紙が置かれていますの」

デレが木目の荒いカウンターにある新聞紙を開く。日付は1998年の八月四日。今から十四年前だ。
特に目が惹かれる記事はない。気になるのは、ビップの電車脱線事故の関係者への追求くらいだ。
電車事故から三年が経ち、様々な会社の不祥事が明るみになったらしい。デレは新聞紙を閉じた。

そして、壁にかけられている病院の案内図を見る。この待合室から北側に廊下が伸びていて、
その先を右へと曲がり、少し歩いた所を左に折れて進むと突き当たり。これが一階の見取り図。
階段はこの待合室と、一番奥まで行った場所にある。まずは一階から調査をするべきである。

( ^ω^)「ヒートのときみたいにならないよう、一部屋一部屋、慎重に調べるお」

\ζ(゚ー゚*ζ「はいですの!」

('A`)ノ「はいですの」

ブーン達は、外来受付のすぐ隣にある診察室へと入った。二脚の椅子と一台のデスクがある。
きょろきょろと、ブーンは診察室を見回す。この部屋には特にめぼしいものはないようだ。



113: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:28:08.92 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「ふうん。こんな小さな病院で、病気を治せるのかねえ」

デスクに腰をかけたブーンが言った。風邪などの病気なら、たちまちに快復が出来るに違いない。
だがしかし、大病ならばどうか。ミセリのような重病患者は、都会の大きな病院でないと治せない。
内藤家くらいの資産があれば、もしも大病を患っても、金を積んで特別な処置が受けられるのだが。

( ^ω^)「ショボンの家は裕福ではないから、妹をここに入院させるしかなかったのだお」

ζ(゚、゚*ζ「そうですね。何だか悲しくなってしまいますの」

('A`)「・・・・・・此処には何も無い様だ。他の部屋も探してみよう」

暗くなり行く空気を気にして、ドクオは診察室を出て行った。空気のような彼は空気の流れに敏感だ。
ブーンが「くおらあ!」と大声を上げて、彼のあとを追う。ドクオはこうなると計算していたのだ。
影の異名を持ち、空気を自在に操り、高貴だかは分からない男性騎士。それこそが、ドクオである。



115: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:28:47.13 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「ドクオはねえ。もう少し、身の程をわきまえた方が良いと思うお。
      聞いてるかお? 君は異彩をかもし出し過ぎて、僕が目立たなくなるのだお」

('A`)「うん」

( ^ω^)「いいや。君は堪えてないお。今回は言わせてもらおう」

('A`) Zzz

リネン室にて、ドクオを捕まえたブーンは、彼を床に姿勢良く正座をさせてくどくどと叱り付ける。
二人を余所に、デレは棚に一切の汚れのないシーツ類が収納された様子を眺める。ここにも何もない。
シーツがミセリを鎮まらせる道具ではあるまい。彼女はブーン達へと視線を遣り、頬を膨らませた。

ζ(゚、゚*ζ「ううう。ここには何もないようですので、他の場所に行きましょう」

デレがドアノブに手をかけたその時、天井の蛍光灯から灰色の鈍い輝きを放つ光球が現われた。
今までに見た心の欠片共とは違って、ふとした衝動で消えてしまいそうな虚ろな輝きを放っている。
弱々しい光の球は床にぽとりと落ちて転がり、ブーンの足元で止まると、三人の意識を吸い込んだ。



117: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:29:41.04 ID:Oc1SQ/8c0

リl|゚ -゚ノlリ『・・・・・・これで良いの?』

 短髪の少女が訊ねた。荒れ果てた部屋の中で、少女――佐藤は、棚に背中を預けて腕を組んでいる。
 彼女の傍らには、紫色の布で巻かれた長細い物が立てかけられている。布が少しだけ捲れている。
 そこから覗くものは黒い柄、そして、つみは。佐藤が持ち歩いているものは日本刀なのだった。

 この部屋はリネン室と構造がまったく同じである。つまり、ミセリが起きる前の病院内なのだ。
 佐藤が窓の外へと視線を遣ると、太陽と青空がすべて灰色の雲に隠されていた。曇天模様である。

从'ー'从『うん。ミセリちゃん。ミセリ・T(テッソ)・ライゴウは、二階の、病室にいる』

 たどたどしい口調で、茶色い髪の毛の少女が答える。渡辺は、部屋の隅々を忙しなく調べている。
 やがて、彼女は佐藤に振り向き、スカートのポケットから腕時計を取り出した。オレンジ色の、
 装飾が施されていない陳腐な女性物の腕時計だ。渡辺は佐藤に寄って、その腕時計を手渡した。

リl|゚ -゚ノlリ『十分だけ、時間を巻き戻す腕時計』

从'ー'从『十分だけでも、時間を巻き戻したら、人間達は混乱する、かも?』

 たった十分を甘く見てはならない。十分もあれば、必ずや人間社会での物事が進むのである。
 それが元へと巻き戻されるのだ。もしかすると、何らかの歪みが生じて混乱に陥るかもしれない。
 それと、時間が巻き戻されて、前と同じ結果になるとは限らない。危険性は無限大なのだった。



118: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:30:26.29 ID:Oc1SQ/8c0
リl|゚ -゚ノlリ『うん』

 佐藤は腕時計の輪に指を入れて、くるくると回してから、ジャケットのポケットに仕舞った。
 遠くで雷鳴が鳴り響いた。そうして、サアア・・・と外で雨が降り始め、窓ガラスに水滴が滴る。

从'ー'从『ミセリちゃんは、早くに死んでしまったみたい。きっと、起きてくれるよ』

リl|゚ -゚ノlリ『・・・・・・渡辺は、それで良いの?』

 佐藤が無機質な声で問いかけた。渡辺は中空へと視線を巡らせて、スニーカーの踵で床を叩く。
 その仕草からは、苛々とした感情が読み取れた。彼女は拳を強く握り、鹿爪らしく眉を集める。

从'−'从『うん。私は、もっと早くに死んだ。悔しい。悔しい。悔しすぎるの』

 誰にも譲れない意志がある。渡辺は、ミセリよりも若いころに命を落としているのだった。
 人間達に、計り知れない怨嗟がある。渡辺は佐藤へと真っ直ぐに視線を注いで、声を出した。



119: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:31:10.91 ID:Oc1SQ/8c0
从'ー'从『行こう。佐藤さんは親友だから、ついて来てくれるよね?』

 佐藤は逡巡し、すぐには答えられなかった。親友じゃないの? 渡辺が不安げな表情を浮かべる。
 束の間不思議な空気が流れる。佐藤は刀を持ち、渡辺の前を通ってドアノブに手を触れた。
 そして佐藤は振り返り、渡辺を見て一度だけ瞼を開閉させて、か細い静かな声で話しかけた。

リl|゚ -゚ノlリ『・・・・・・親友だよ』

从*'ー'从『だよね。だよね! セリヌンティウスみたいに、疑っちゃったよ』

 渡辺が両手を胸に当てる。

从'ー'从『殴ってくれる?』

リl|゚ -゚ノlリ『・・・・・・親友だから殴れないよ』

 そのようなやり取りをして、二人はリネン室をあとにした。二つの足音が遠ざかって行った。
 朽ちた部屋の傷跡がなくなって行く。外界では、一輪の向日葵が咲き、そこから拡大したのだった。”



121: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:31:49.13 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「・・・・・・」

ζ(゚、゚*ζ「・・・・・・」

意外な人物の記憶を垣間見たブーンとデレは、それぞれ言葉を出せなかった。渡辺と佐藤。
どちらのものかは判断がつかないが、確かにこのリネン室に零れ落ち、残されていたのである。
少女達が、何らかの策略をしているのが確定した。ブーンは唸ったと共に、声を絞り出した。

( ^ω^)「ううん。彼女達は、一体何を考えているのやら」

ζ(゚、゚*ζ「思えば、お二人は時間を弄ってばかりですの」

ヒートには時を止める懐中時計を渡し、ミセリには十分だけ時を巻き戻せる腕時計を渡したようだ。
トソンの邸では時計の針の動きを変速させている。クーにも、何かを渡すつもりだったのだろうか。
デレは部屋の真ん中に立ち、両腕を広げて、くるりと回った。彼女はポケットからルーペを出す。
そして、ブーンの顔を覗き込んだ。奇行。彼のあまり見たくはない皮膚環境が拡大し、映される。

ζ(゚ー゚*ζ「えへへ。この前買ったんですの。名探偵には必需品ですのー」



122: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:32:29.45 ID:Oc1SQ/8c0
彼女はブーンから離れ、部屋中のあちらこちらを歩きながら、人差し指を立てて語り出す。

dζ(゚、゚*ζ「憶測ですが、姿を偽った少女達は、過去と現在を融合させる気ではないでしょうか」

(;^ω^)「過去と現在を? ・・・君達は一度、辞書で“不可能”という言葉を調べるべきだ」

ζ(゚ー゚*ζ「不可能はありますです。さすがに未来にまでは力を及ぼせません。ええ。
       未来はいつだって、あたし達の手のひらの中にありますの。誰にも触れられません」

一応、影にも不可能があるらしい。だがしかし、充分すぎる能力を所持しているのに変わりはない。
デレの言った通り、過去と現在が混ざってしまえば、それは世界中を騒がせる大変な事態になる。
地面で律儀に正座をして、二人の様子を見守っていたドクオが立ち上がり、黒い双眸を光らせた。

('A`)「・・・・・・前置きをせずに、過去と現在を融合しようとしたら大変かもしれない。
    けれど、予め時間の概念を弄び弛ませておけば、存外簡単に事が達成されると思う」

(;^ω^)「マジキチ(本当にキチガイ染みているからやめてくれ)」



123: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:33:01.48 ID:Oc1SQ/8c0
ともかく、今は二人の影のトンデモ理論を聞いている場合ではない。ミセリをどうにかするのだ。
佐藤と渡辺を調査するのは、そのあとからでも良いだろう。ブーンはリネン室から出て行った。
少し遅れて、デレとドクオが彼のあとを追った。三人は一階を調べ終え、奥の階段の前に立った。

ζ(゚ー゚*ζ「どうやら、一階にはもう何もないようですね」

('A`)「どうやら、一階にはもう何もないようだな」

ζ(>、<;ζ「真似をしないでくださいの!」

('A`)「真似を――ンンン!」

ブーンが両手で、悪戯っ子なドクオの口を塞いだ。このような人間と住むクーは大変に違いない。
彼女は、話し相手が欲しいと言っていたから丁度良いのかもしれないが、この場では邪魔である。
実はドクオなりに場を和まそうとしているのだが、知らないブーンは彼を羽交い絞めにして言う。

(;^ω^)「ドクオは車に戻りたまえお! ・・・僕達は二階に行くお。ミセリが居る」



124: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:33:29.79 ID:Oc1SQ/8c0
ブーン達は二階への階段を昇る。勿論、ドクオも一緒である。踊り場には二階の案内図があった。
二階は一階よりも面積が狭く、病室が並んでいるようだ。階段から南に向かって廊下が伸びていて、
突き当りを右へと曲がった先に、一階へと戻られる階段がある。階段を下ると待合室がある。

三人は二階の構造を把握してから、階段を昇りきった。右側には等間隔に窓が並んでいる。
窓の外は広いベランダとなっており、物干し竿が置かれている。無論、現在は洗濯物はない。
ベランダは転落事故防止柵で囲われている。ということは、飛び降りてはいけないのである。

( ^ω^)「病室を覗いてみるお。ミセリがどこに居るのか分からないから、注意したまえお」

病室に入ってブーンは、ベッドが並ぶ様子を眺める。多少は古めいているが、陳腐な病室である。
左右に二台ずつ、合計四台のベッドとテレビが置かれてある。窓の向こうは灰色で、室内は薄暗い。
耳をそばだてれば雨の音。ふと彼が腕時計を見ると、三時半だった。夕暮れまでに解決しないと。

( ^ω^)「もうすぐ夕刻だお。ここは電気が通っていないからまずいね」

('A`)「明かりになりそうなのは、俺の携帯電話ぐらいだしな」



125: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:34:09.72 ID:Oc1SQ/8c0
慎重且つ速やかな行動が求められる。ブーン達は現在の病室を出て、他の病室も調べていく。
けれども、心の欠片は見付からない。そのまま、三人は廊下が右に折れるところにまで到達した。
そこで、ブーン達はようやく記憶の欠片を見付ける。病室側にある長椅子から出てきたのだった。
恐らく、これが最後の心の旅である。一同は意識をうつほにして、微熱を放つそれに身を任せた。

 “これは、ミセリが九歳のころのはなし。

ミセ*゚−゚)リ(・・・・・・)
 
 廊下の両側に備え付けられた椅子に、ミセリが腰をかけている。外から激しい雨の音が聞こえる。
 天候を写したかのように、彼女の表情は暗い。いつも見舞いに来てくれる兄が来なかったからだ。
 ミセリは耳を澄まして、雨音に紛れた微かな鼓動を聞く。近い将来、確実に止まってしまう心の音。
 
 彼女は気丈夫であるが、死の恐怖に耐えられるほど心が強くない。誰だって、死は怖いものだ。
 彼女がただじっと座っていると、病室の扉が開いた。中から頭に包帯を巻いた少年が出てくる。
 あとから、その少年の父親らしき人物と、金髪をくるくると巻いた妹らしい幼女が現われた。

(  ω )



126: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:34:50.58 ID:Oc1SQ/8c0
 彼はつい最近、病院に運び込まれて入院した。この前に起きた電車事故と関係があるのだろうか。
 ・・・身なりが良いので、早々にこの病院を退院し、きっと都会の大きな病院にでも転院するのだ。

ミセ*゚−゚)リ(ずるい、なあ)
 
 一度、医師が少年を診察しているところを見かけたが、脳の言語野に異常をきたしているようで、
 語尾に時々“お”が付いているのだ。でもまあ、その道の医師に頼んで地道に治せると思われる。
 ミセリは少年の境遇を羨ましく思い、ため息を吐いた。そんな彼女に、一人の看護士が近寄った。

o川*゚ー゚)o 『あ! 悪い子発見! 部屋でじっとしていなくちゃダメじゃない!』

 看護士は茂良邸の使用人のキューに似ている。それもそのはずで、彼女はキューの妹なのだ。
 一卵性双生児である。彼女は「よいしょ」と屈み、ミセリの細い手を取って顔を覗き込む。

o川*゚ー゚)o 『さては、お兄ちゃんが来なくていじけてるんだ。毎日のように来てくれるもんねえ。
        でも、今日は土砂降りの雨だからねえ。来たくても来れないんじゃないかな?』



127: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:35:14.91 ID:Oc1SQ/8c0
 看護士は姉ほどうるさくはない。やはり身長は低いけど。彼女がなだめたが、ミセリは無言だ。
 姉に似た名前を持つキュートは、どうしたものかと息を漏らして、ミセリの手を優しく握る。

o川*゚ー゚)o 『ほらほら。兄妹は仲良くしないと。そういう私は、姉とは仲が悪いけどねー』

 キュートは愛嬌良くけらけらと笑う。少しだけ表情を弛ませて、ミセリが口を開いた。

ミセ*゚ー゚)リ『・・・看護婦さんにお姉さんが居たんですね。どうして喧嘩しちゃったんですか?』

o川*゚ー゚)o 『いやあ。これが病気みたくうるさい姉でね。私の性格と合わなかったんだ』

ミセ*゚ー゚)リ『仲直りした方が良いですよ。姉妹も仲良くしないといけないんじゃないですか?』

o川*゚ー゚)o 『それがねえ。姉はとある大会社の社長さんの邸に働きに出たんだけれど、
        その邸が全焼してしまってね。姉とはもう二度と会えなくなっちゃったんだ』

ミセ*゚−゚)リ(・・・・・・)



128: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:35:46.13 ID:Oc1SQ/8c0
 ミセリが再び言葉を話さなくなる。看護士はミセリの手を離して、ゆっくりと立ち上がった。
 
o川*゚ー゚)o 『だから、仲良くしないとダメだぞ。じゃあ私は仕事があるから、またねー』

 そう言って、キュートはぱたぱたと去って行った。一人残されたミセリは、中空を見つめる。
 そこに大好きな兄の幻影が映る。彼女は病に蝕まれた身体をかばって、徐に椅子から腰を上げた。
 今日は兄が来ないのは仕方がない。子供のように我が儘をしていないで、病室で眠っていよう。

 ミセリは病室に戻ってベッドに寝転んだ。激しい雨が降り続ける、ある夏の夕方のことだった。”



( ^ω^)(・・・・・・)

ブーンには記憶になかった。あのころは空虚な日々を送っていて、ほとんど覚えていなかった。
ただ漠然とした中で、母親の死を悲しんでいたのだけは覚えている。自分が殺したのと同様だから。
気付けば長椅子に座っているブーンに、デレとドクオが中腰になって心配そうに話しかけた。



129: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:36:13.13 ID:Oc1SQ/8c0
ζ(゚ー゚*ζ「あたしは、いつでもブーンさんの力になりますよ」

('A`)「よく分からんが、辛い過去に堪えられないのなら、俺の懐を貸してやろう」

( ^ω^)「・・・・・・ふん。ドクオはいらないお」

('A`) エエー?

呟いて、ブーンはゆっくりと腰を上げた。デレとドクオも姿勢を正し、真っ直ぐに立った。
今は自分のことなどを考えている場合ではない。彼は心を強く持って、足を動かせ始める。
それから、ブーン達は二階の病室をあらかた調べ終え、残すは一番奥にある病室だけとなった。

( ^ω^)「さて。もうここしかないわけだけれど」

ブーンがドアノブを掴んで開けようとすると、デレが彼の腕を引っ張って、人差し指を立てた。

ζ(゚、゚*ζ「しいーっ! 中から話し声がしますの」



130: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:37:30.78 ID:Oc1SQ/8c0
まるで敵地に侵入した兵士のように、デレが壁に張り付いた。病室から話し声が聞こえたのだ。
誰かが会話をしている。三人は扉から少しだけ顔を出して、病室の中に広がる光景を覗き見る。

(´・ω・`)「それにしても久しぶりだね。再び、ミセリの顔を見られるとは思わなかった」

ミセ*゚ー゚)リ「久しぶりだね。私もお兄ちゃんと会えるとは思っていなかったよ」

ショボンがスツールに腰かけ、クリーム色のパジャマを着た少女がベッドで上半身を起こしている。
少女の背中には、弱々しく畳んだ黒い翼が生えている。

ショボンとミセリだ! 珍しく書店に彼が居ないなと思っていたら、この病院へと来ていたのだ。
どうして彼がここに居るのかは分からないが、これは僥倖である。期せずして、目的が叶った。
兄妹は楽しそうに再会を祝っている。上手く話を運べば、ミセリを鎮まらせることが出来るだろう。

(´・ω・`)「僕は君の墓参りに来ていたんだけど、帰り道に向日葵が狂い咲いているのを見付けてね。
      君は向日葵が好きだった。この異変は、もしや君の仕業なんじゃないかなと思った。
      そして来てみれば、やはりミセリが居た。僕は君の正体を知っているよ。影なんだろう」

そうか。昼前に見かけた花束を持ったショボンは、ミセリの墓参りに行く途中だったのだ。
妹の墓参りのついでにミセリと再開したのなら、彼の驚きは相当なものだったに違いない。
ブーンが部屋に踏み入れようとすると、ドクオが「もう少し待て」、と服の袖を引っ張った。



131: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:38:09.34 ID:Oc1SQ/8c0
ミセ*゚ー゚)リ「お兄ちゃん。私が何者だか分かるんだ。随分と苦労しているんじゃない?」

(´・ω・`)「そりゃあ、ねえ。僕の友人も醒覚してね。その友人に引っ掻き回されているよ」

ミセ*゚ー゚)リ「友人って、もしかしてお兄ちゃんがよく口していた、内藤さん?」

(´・ω・`)「良い勘をしているね。昔の僕は、奴の愚痴ばかり溢していただろうに」

ミセ*^ー^)リ「内藤さんの事を喋っている時のお兄ちゃんは、とても楽しそうだったよ」

(´・ω・`)「そうかなあ。僕にはそう言う、ツンデレ気質は持っていない筈なんだけどね」

ミセ*゚ー゚)リ「ツンデレ?」

(´・ω・`)「いや・・・」

一般人には分からない用語を使ってしまうのは、オタクの性である。心当たりがある人は多いはず。
ショボンは身体を若干丸めて、顎に生えている無精ひげを掻いた。次の言葉を考えているようだ。
ミセリはくすりと笑い、さすがはショボンの妹といったところか、兄の心を覚ったかのように話す。



134: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:41:25.67 ID:Oc1SQ/8c0
ミセ*゚ー゚)リ「ふふ。お兄ちゃん、昔からマニアックなところがあったもんね」

(´・ω・`)「別にオタクじゃないよ。ただのサブカルチャー好きだっただけさ」

大方のオタクはそう反論する。とりあえず、病室の空気は極めて和やかで、割り込みやすそうである。
今なら入っても大丈夫だろう。ブーンは扉を開けて、手を振り上げて大きな声を出して挨拶をする。

( ^ω^)ノ「やあやあ! 素晴らしい兄妹愛を見せ付ける中、突然に登場してすまないね!」

(´・ω・`)「・・・・・・」

ミセ;゚ー゚)リ「?」

うるさく声を上げる闖入者に、ショボンは目を細め、ミセリは驚いた。ブーンに緊張感などない。
彼はショボンの両肩をがっしと掴んで、反応に困っているミセリを見下ろした。病的なほど華奢だ。

( ^ω^)「どうも。僕は内藤ホライゾンだお。ショボンの友人をやってあげている」

ミセ*゚ー゚)リ「ああ! 貴方が内藤さんですかあ。兄から色々と話を聞いています」



135: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:42:18.49 ID:Oc1SQ/8c0
ミセリは表情を明るくした。ショボンに、ブーンに対する数々の愚痴を聞かされているのである。
落とし穴に落とされたこと、級友に罵詈雑言を吐いたこと、放送室を乗っ取って自慢話をしたこと。

ろくな話ではない。だが、その話は生気に満ち溢れており、入院生活を強いられていたミセリには、
とても楽しさを覚えたのだった。ブーンは笑顔でうんうんと頷いて、ショボンの肩から手を離した。

( ^ω^)「ふふ。僕に関する美麗な噂話は、つまらない入院生活に華が添えられただろう」

ミセ*゚ー゚)リ「まあ、そんな感じです」

ブーンは感極まりかけた。自分という存在は、見ず知らずの病弱な人間さえも幸せにさせるのだ!
軽く絶頂に達しかけるがしかし、ブーンにはやることがある。ミセリを鎮まらせなければならない。
ぱっと見たところ、彼女からはまったく殺気といったものを感じられない。むしろ、友愛を感じる。

きっと、兄の成長した姿を見て安心しているのだ。今回の事件は、支障なくことが運ばれそうだ。
ブーンは、ベッドの脇にあったスツールの脚を足先でかけて引き寄せて、それの上に腰を下ろした。

( ^ω^)「・・・つかぬことを聞くけど、ミセリは最近に目を覚ましたのかお?」

ミセ*゚ー゚)リ「・・・? そうですよ。今朝方、親子らしい二人の影に起こされたんです」

( ^ω^)「やっぱりね」



137: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:43:07.81 ID:Oc1SQ/8c0
少女達がミセリを起こしたのだ。今朝方。まだこの街に滞在している、とブーンは指を打ち鳴らした。
それにしても。ブーンは隣に座るショボンに顔を向けて、にやにやと気持ちの悪い笑みを溢した。

( ^ω^)「よく僕を馬鹿にするが、なかなかどうして。ショボンもシスコンではないかお。
      さっき、追憶で視たお。毎日のように妹の見舞いに来ていたそうではないかお」

(´・ω・`)「僕の家は両親が都会に出稼ぎに出ていてね。ミセリは大切な家族だったんだよ。
      ・・・・・・ああ。こう言えば語弊があるかもしれないな。今も唯一無二の家族の一員だ」

( ^ω^)「ショボン」

ブーンはショボンの意外な一面を見出した。いじらしいくらいに、ショボンはとても妹想いなのだ。
以前、妹のことを忘れてしまったと言っていたが、今の彼の様子から察するに嘘を吐いたのであろう。

同じ妹が好きな身として、ブーンは心から同情した。もし、ツンが居なくなったら発狂してしまう。
「実に素晴らしい」。そう言って、彼はショボンの丸まった背中を、右手で優しく撫でたのだった。

( ^ω^)「妹は大切にせねばならない。うんうん。嬉しすぎてイってしまいそうだお」



138: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:44:13.25 ID:Oc1SQ/8c0
(´・ω・`)「気持ちの悪い。やめてくれ。・・・それで、ミセリはこれからどうするつもりなんだい?
      このブーン――内藤は、そちらに居る影のデレさんと結婚して、そして同居している。
      つまり、ミセリは僕と街で暮らす選択肢もあるんだ。君の言葉を聞かせてくれないか」

鎮まってもなお、影として静ひつに街で暮らしているものは、デレの他に、クーやヒートが居る。
ミセリにもその方法が取れる。ミセリはしばらくの間口を一文字にして考え込み、やがて微笑んだ。

ミセ*゚ー゚)リ「始めがあって、終わりもある。また終わりがあって、始まりもある。世界は廻る。
       ・・・あのね。お兄ちゃん。私は、このままずっと安らかにこの世を去りたいの。
       今日、お兄ちゃんが立派になった姿を見て、私はすっごく安心したんだよ」

(´・ω・`)「・・・・・・」

ミセリはショボンとは暮らさないで、輪廻の輪へと赴くことを望んでいる。いつか彼が言っていた。
妹はツンに似ていて気丈だ、と。正にその通りである。ブーンは膝を叩いて、ミセリに指を向ける。

( ^ω^)9m「ううん。偉い! ツンにまでは及ばないが、ショボンは良い妹を持ったお」

今まで、ブーンは色んな影を見てきたが、ミセリみたいに生に執着していない人物は初めてだ。
この場合の鎮まらせる方法は至って簡単で、ショボンが旅立つ彼女を見守れば良いだけである。
ブーンが指を下ろすと、ミセリは口に手を添えて目尻を下げた。兄の友人は、本当に面白い人だ。



140: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:44:56.72 ID:Oc1SQ/8c0
ミセ*゚ー゚)リ「ありがとうございます。兄がよく口にしていた、内藤さんにも会えて嬉しいです。
       ――大地に根を下ろし、力強い茎に支えられ、明るい黄色の太陽の花を咲かせる。
       長くは生きられないと宣告された私は、花壇で誇らしげに咲く向日葵に憧れていました。
       ・・・・・・私よりも、もっと不幸な人が居る事は知っています。でも、口惜しかった」

「それでも」。区切って、ミセリは息を吸った。そして、茶色い眼球をショボンへと動かせた。

ミセ*゚ー゚)リ「私は輪廻に行って、再び人間に生まれ変わるよ。・・・輪廻なんてないのかもしれない。
       もしそうだとしても、そこへ向かう事こそ、死んだ人間の在るべき姿なんだと思うの」

歌うように言って、ミセリは視線を三人に戻した。まるで上質の演劇を観覧しているようだった。
ここに大勢の観客は居ないが、拍手の音がする。ブーンが手を叩いて、彼女を讃えているのだ。

( ^ω^)「ミセリはきっと、来世は幸運の星の下に生まれるお!」

ζ(゚ー゚*ζ「素晴らしい考えです。ミセリちゃんも、ショボンさんに負けないくらい立派ですの」

('A`)「現世に留まっている俺達の方が、おかしいのかもな。見習わなくてはいけない」



141: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:45:38.78 ID:Oc1SQ/8c0
影二人も、死地を求めるミセリを讃えた。ミセリは思慮深く、本当に具合良く熟成した人物である。
ブーンが、黙り込んでいるショボンへと視線を遣った。彼は作務衣の深いかくしから扇子を出した。
きっと、感動して身体が熱くなってしまったのだろう。彼は扇子を広げ、ぱたぱたと煽ぎ始めた。

( ^ω^)「ショボン。君も黙っていないで、天国に旅立つミセリに言葉を贈りたまえお」

ショボンは煽ぐ手の動きを止めた。まるで時間が止まったかのように、微かな動作すらしない。
しばらくして、ようやく彼の顎が動いた。そうそう。いつもの物分りの良さを示せば良いのだ。

(´・ω・`)「僕は反対したいなあ。これからは、僕と一緒に暮らして欲しいよ」

(#^ω^)「おおおおい!」

ブーンは椅子から滑り落ちそうになった。何を子供みたく、愚かしい駄々をこねているのだ!
想定外な友人の言動に憤慨し、彼は目尻を吊り上げて睨み付けた。だが、ショボンは淡々と言う。

(´・ω・`)「もうこれ以上、アインザームカイト(一人ぼっち)の生活には耐えられそうにない。
      今しがたも言ったように、影も人間と暮らせるんだよ。考え直して欲しいなあ」



143: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:47:10.51 ID:Oc1SQ/8c0
ミセ*゚−゚)リ「・・・・・・」

自分の膝へと、ミセリは目を落とした。ショボンは、彼女の決意をぶち壊しにする気なのか。
これでは、彼女が可哀想だ。ブーンはショボンの腕を力強く掴んで、声を大にしてたしなめる。

(#^ω^)「キミイ! 君の妹は生まれ変わろうとしているのだお! どうしてそんな」

ショボンはブーンの手を振り払った。そうして、壁に視線を遣って、誰も視界には入れずに語る。

(´・ω・`)「僕はね、ずっと夢を見ていたんだ。不運にもミセリが死んでしまった夢をね。
      だけど今日、漸く夢から目覚めてくれた。妹が居ない悪夢から解放されたんだよ。
      ――僕は君達と会話をする事が多々あったね。そんな時僕は、君達にだけじゃなく、
      ミセリにも話し掛けていたんだ。妹の幻を脳内に作って、話し掛けていたんだよ」

最後に語気を強めて、ショボンが言い終えた。彼は妄想心を働かせ、妹に話しかけていたらしい。
須名邸のときも、都会に遊びに行ったときも、そしていついつのときも! 気が違っていやがる!
ブーンは身震いをして唾を飲み込んだ。その内に彼の怒気は弱まって行き、完全に悄然とする。

世界は、でんぱ、うちゅうの暗黒物質、るるいえ異本――その他の禍々しい成分で出来ています。
                                     
                    ほんとう、もうやだこの世界!



144: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:48:04.60 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「・・・・・・それで、話の続きがあるのだろう。君の口は喋りたがっているお」

ブーンは顔面を手で覆った。ショボンと付き合いの長いブーンは、彼の心など読みきっている。
頭痛を覚えるほどに承知している。「ふう」と息を漏らし、ショボンは病室の隅へと視線を移した。

(´・ω・`)「・・・夢を見ている時の僕は、いつも虚無感を覚えていた。何一つ恐ろしい物が存在しない。
      平然と罵詈雑言を吐いてしまい、危険だと分かり切っている場所へと足を踏み入れる・・・」

ショボンの飄々とした振る舞いは、そういう理由から成り立っていたのか。夢を見ている彼は、
何にでも立ち向かえる、いわば無敵である。たとえ、勝ち目の無い敵を前にしても立ち竦まない。
錯乱でも、狂気でもない。そして、正気でもない。ショボンは、空虚な世界に佇む人間である。
そこは感情の色が欠けた世界。居ても立ってもいられず、デレはショボンに寄って両手を取った。

ζ(゚、゚;ζ「ショボンさんは心優しい方ですの! 今一度、考え直してください!」

(´・ω・`)「まったく優しくないよ。ああ。ああ。一ミリメートルも僕は優しくなんかない。
      僕の家が貧しいのは知っているだろう。だから、満足にミセリを療養出来なかった。
      もし、僕の家に資産があれば――僕はブーンを羨ましく思い、そして憎んでもいた」



146: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:49:00.33 ID:Oc1SQ/8c0
ζ(゚、゚;ζ「そんな」

ショボンの両手が、デレの手からするりと抜ける。だって、あんなに二人は仲が良かったじゃない。
遠巻きに、或いは近くで見ていたブーンとショボンの友情は、あれは偽りだったのだろうか。
ショボンさんの辛辣な言葉群には、本心も含んでいたの!? デレは次の言葉を紡げなくなった。

(´・ω・`)「それとね」

言って、ショボンは作務衣のポケットから一丁の拳銃を引き抜いた。彼が遊戯銃と説明したやつだ。
彼は銃把を右手で握る。ブーンが以前に見たときと同様に、彼は自らのこめかみに銃口を押し当てた。

(´・ω・`)「ある日、無為に続いて行く一人きりの生活に悲観して、この拳銃を買ったんだ。
      こう。こうして、弾を一つだけ装填して、何度か自分の命を絶とうとしていた。
      その度に失敗して来たけどね。どうにも神様って奴は、僕を死なせたくないらしい。
      おかしいだろう? 生きたがっていたミセリは助けなかったのに、どうして僕だけ」

(;^ω^)「き」

「君は何を考えているのだ」。息苦しく、ブーンは言葉を出せない。十二月に自室に招いたとき、
あのときも死のうとしていたのだ。カチリ。トリガーが引かれた音が、ブーンの脳裏に鮮明に蘇る。
一歩間違えていれば、部屋が血で真紅に染まり、彼は友人の亡骸をみる破目になっていたのだ。



148: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:50:46.07 ID:Oc1SQ/8c0
血まみれの人間。事故のとき、身を挺して庇ってくれた母親の身体がそうだった。気持ちが悪い。
喉の奥が熱くなる。このままブーンは、無様にも地面に吐瀉物をぶちまけてしまいそうになった。
嘔吐感を必死に堪えるブーンのことなど知らず、ショボンは銃を下ろして話を続けるのだった。

(´・ω・`)「ミセリが逝くと言うのなら、僕も一緒に逝ってやろう。一人では心細いだろう。
      ・・・何度も引き金を引いてやる。必ずや死ねる。僕には怖い事なんて無いんだよ」

ミセ*゚−゚)リ「お兄ちゃん!」

(; ω )「ッ!」

一体全体ショボンは、何をのたまっていやがるのだ。その台詞は、ミセリへの脅迫ではないか!
是が非でもやめさせなければならない。しかし、ブーンは口を開けない。思考回路が狂っている。
とうとうブーンは耐え切れなくなり、椅子から転げ落ちてしまい、床に額を押しつけてむせぶ。

ζ(゚、゚;ζ「ブーンさん!?」

(; ω )「どうして・・・」

どうして、この世界は自分が好んで読む上質な小説のように、全くの美しさで出来ていないのだ。
クーが父親から虐待を受けたことがおかしい。ヒートがいじめられて死んだことがおかしい。
トソンが平穏に暮らせなかったことがおかしい。そして、母親が亡くなったことがおかしい。



150: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:51:38.33 ID:Oc1SQ/8c0
人生は上手く行かないこと尽くめである! ショボンはどうして、彼自身と僕とを痛めつけるのだ。
酷い言い合いをしていたが、楽しくやって来たではないか。もう、これからは無理なのだろうか。
絶望に打ちひしがれるブーンは、涙で溢れた瞼を閉じた。暗がりに、彼が望んでいる光景が映る。

脳裏に浮かんだ光景は、ショボンが鎮まり、ミセリが無事に来世へと旅立って行った世界である。
申し分のない、誰もが納得する幸せな結末。母親を亡くしたブーンは、ハッピーエンドを望むのだ。
・・・・・・。ここで崩折れれば、全てが終わる。ようやく意識が醒め始めたブーンは、片膝を立てた。

正視に耐えられなくなったその顔を上げて、ブーンは虚ろな瞳をしているショボンを睨み付ける。
二人の視線が絡まり合う。鎮まらせるべきはミセリではなく、この眼前の憐れな青年――親友だ。

ブーンは純潔な精神にて、女神アルテミスが持つ弓矢の切っ先が如く、鋭い指先を突き付ける。

( ^ω^)9m「・・・・・・鎮まりたまえお。僕の莫逆の交わりであるショボン!
        君は悪霊にでもとり憑かれている。今こそ、清らかな心を蘇らせる時なのだお」

(´・ω・`)「・・・・・・」

異常な覇気に圧されそうになるショボンだがしかし、彼はブーンの眼前に畳んだ扇子を突き付けた。



151: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:52:29.97 ID:Oc1SQ/8c0
(´・ω・`)「君は、いつもいつも調子のいい言葉を並べる。その調子で、強引に納得させるんだ。
      ブーン。もしツンちゃんが死んで影として現われて、成仏させてくれと頼んで来たら、
      君は受け入れる事が出来るかい? 無理だろう。きっと、ブーンも出来やしない」

視線と視線。指先と扇子。それらは微動だにしない。沈黙の中、ブーンはごくりと唾を飲み込んだ。
口腔内にこみ上げていた少量の胃液が流され、喉の奥が熱くなる。もしもツンが影として蘇って、
「輪廻へと赴き、生まれ変わりたい」と言われれば、自分はそれを受け入れることが出来るのか。
ブーンは想いを巡らせて、腕で涙を拭った。そして頭を横に小さく振り、雑念のない表情で答えた。

( ^ω^)9m「・・・・・・受け入れられる。僕は薄弱な精神を持ち合わせていない」

(´・ω・`)「絶対に、かい?」

( ^ω^)9m「絶対に、だお」

(´・ω・`)「本当に?」

( ^ω^)9m「くどい。何度も訊くなお!」

(´・ω・`)「・・・・・・はあ。本当に、ブーンは調子が良いんだから。恐れ入ってしまうよ」



152: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:53:08.79 ID:Oc1SQ/8c0
大きく鼻息を漏らして、ショボンは扇子を下ろした。ブーンもゆっくりと腕を下ろし、起き上がる。
病室内に張り巡らされていた、緊張の糸が解けた。赤く目を腫らしたブーンが、スツールに座った。
ショボンの手に握られている拳銃を一瞥してから、彼はそっぽを向いて言い辛そうに命令をする。

( ^ω^)「・・・・・・その、さっきも言った通り、ショボンは僕の親友だ。拳銃を捨てたまえ」

(´・ω・`)「そんなに正直に言われると、照れるな。・・・分かったよ。捨ててやる」

ショボンは、テレビが置かれている台に拳銃を置いた。友人の命を脅かしていたものが、離れた。
安堵して、ブーンはミセリに顔を向けた。二人を見守っていた彼女は、安心しきった表情である。

( ^ω^)「君の兄上は最低だね。友人を侮辱し、自分自身を人質に取ったのだから」

ミセ*゚ー゚)リ「それでも、他には居ない兄なんですよ。そう悪く思わないでやって下さい」

ミセリとブーンは、それぞれ肩を竦めた。一時はどうなることかと思ったが、無事に収束しそうだ。
ブーンがショボンの肩を揺らせる。ミセリに、妹にかけてあげなければならない言葉があるだろう。



155: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:53:43.90 ID:Oc1SQ/8c0
(´・ω・`)「取り乱して、悪かったよ。ミセリは、君の想い通りにあの世に逝ってくれ」

ミセ*゚ー゚)リ「お兄ちゃんは身体は大きくなっても、根本は変わってないね。とんでもない不良だよ」

(´・ω・`)「うるさいな」

ショボンは頭を掻いた。人間とは、身体が立派に成長を遂げても、心は昔の面影を残すものである。
「さあて」。ミセリがベッドの縁へと座った。地面に下ろされた彼女の足は、ひどく痩せ細っている。

ミセ*゚ー゚)リ「私は行かなくちゃ。まだ起きたばかりで歩き難いから、お兄ちゃん、背負って欲しいの」

外から聞こえていた雨音が、途絶えた。ブーンが窓へと目を向ければ、雲が橙色で染まっている。
ただ染まっているだけではなく、光り輝いてもいる。神秘的で、絵本の世界へと沈んだかのようだ。

(´・ω・`)「・・・もっと話していたいんだけれどね。仕方がない」

ショボンがミセリを背中に抱いて、立ち上がった。もうすぐ、ライゴウ兄妹は永遠に離れ離れになる。
顔が見られない。声が聞けない。こうして触れられない。ショボンは意識が遠のいて行くのを感じた。



156: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:54:18.18 ID:Oc1SQ/8c0
ミセ*゚ー゚)リ「天国へと続く扉は、北側の廊下の奥にあるの。階段を昇った屋上への扉が、そう」

まるで天国への階段である。心残りはないと言えば嘘になるが、ショボンは振り切ることにした。
馬鹿な行いはしたが、たった一人の妹なのだ。彼女の願いを、聞き届けてあげなければならない。
まるで地に足が着いていないかのような感覚で、ショボンはミセリを背負って、病室をあとにした。

ζ(゚ー゚*ζ「わあ、綺麗・・・」

廊下に出たデレは、吃驚した。窓の外に広がる光景。橙色に輝く空に、向日葵の花弁が舞っている。
一片一片、各々きらめく粒子の尾を引いて、蝶々のようにゆらゆらと舞い、空へと向かっている。
幻想的。月並みな言葉で表現するとすれば、そうだ。きっと、街では大騒ぎになっていることだろう。

ミセ;゚ー゚)リ「向日葵を見たかっただけだったんですけどね。力の加減が分からなかったんです」

歩き慣れていないのと同様に、ミセリが力の加減を欠いて、街まで向日葵が咲かせてしまったのだ。
それでも、このような綺麗な風景の中で彼女が逝けるのならば、結果的に良かったのではないか。
実害はないし、三ヶ月もしたら街の住民も忘れてしまっているだろう。ショボン達は廊下を歩く。



157: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:54:43.49 ID:Oc1SQ/8c0
(´・ω・`)「ミセリと過ごした十数年間は、やり切れない悲しみもあったけれど、楽しかったよ。
      不良な兄で、すまなかった。もっと、ミセリに何かしてあげられたかもしれない・・・。
      ああ。上手く言葉に出来ない。ともかく、僕はミセリが居てくれて、本当に良かった」

ショボンは廊下を進みながら、背中に居るミセリに話しかける。出来るだけ沢山の自分の想いを、
去り行く妹に贈りたいのだ。しかし、いざ事が運ぶとなると、上手に言葉を紡ぎ出せないでいる。
ため息を吐くショボンの後頭部に、ミセリは顔を押し付けた。兄の匂い。彼女は静かに、言う。

ミセ*- -)リ「分かってるよ」

(´・ω・`)「・・・・・・」

このまま廊下が永遠に続けば良いのに。思うショボンだが、確実に終着点へと近付いている。
そうしていると、ふと先頭に立っているブーンが振り返った。彼は後ろ向きに歩きながら、
ポケットからジュエルケースを取り出した。事件の依頼料として、クーから渡されたものである。

( ^ω^)「これ。いつまでもポケットに仕舞っていたら邪魔だから、ショボンにあげるお」

(´・ω・`)「何それ」



158: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:55:22.72 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「今回の事件、クーから解決を依頼されて、僕達はこの病院に来たのだお。
      これは彼女からの依頼料というわけだお。でも、指輪なんていらないからあげるお。
      是非とも君のものにしたまえ。そうして、ミセリにプレゼントしてあげるのだお」

(´・ω・`)「そういうのはミセリが居ない時にして欲しいな。バレたら全く意味が無いじゃん。
      ・・・ほら。友人が持っているあれは、僕が買った物だ。ミセリにプレゼントしよう」

ブーンはミセリへとジュエルケースを手渡した。ケースを開けると、彼女の眼に赤い宝石が映る。
兄は、面白くて優しい友人を持っている。ミセリは嫣然として、ショボンを強く抱きしめた。

ミセ*^ー^)リ「あはは。ありがとう、お兄ちゃん」

廊下はいつまでも続くものではない。無情にも、ショボン達は屋上への階段の前にたどり着いた。
たった十数段の階段を昇った先に、あの世へと繋がった扉があるのである。ショボンは一歩を躊躇う。

ミセ*゚ー゚)リ「此処で下ろして。ここから先は、生ある人間は入っちゃいけないんだよ」



159: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:56:07.58 ID:Oc1SQ/8c0
ゆっくりと、ショボンはミセリを地面に下ろした。彼女はふらつきながら階段の手すりを持った。
一段目に足を乗せる。ショボンは、彼女の小さな背中を記憶に刻み込むように、じっと眺める。

(´・ω・`)「ミセリ」

かける言葉が見付からないのに、ショボンが呼びかけた。階段の中ほどまで進んだミセリが振り向く。

ミセ*゚ー゚)リ「なあに?」

(´・ω・`)「・・・・・・いや」

ミセ*゚ー゚)リ「変なお兄ちゃん」

ミセリは再び足を動かせる。だんだんと遠くなって行く彼女の後ろ姿。とても寂しい色をしている。
やがて古錆びた屋上への扉の前までたどり着き、ミセリはショボン達に身体を向けた。微笑んでいる。
見下ろせば、兄達が心配そうな視線を向けている。彼女は頭を下げて、ショボン達に別れを告げる。

ミセ*゚ー゚)リ「お兄ちゃん、それと皆さん。ありがとうございました。私の最期は幸せでした」



161: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:56:48.69 ID:Oc1SQ/8c0
ミセリはドアノブを回して、扉を開いた。開かれた隙間から、眩く白い光が差し込んでくる。
よって、彼女の顔が見えなくなる。今、妹がどんな表情をしているのか、ショボンからは分からない。
ふとショボンは強烈な不安を覚えて、一歩を踏み出し、おぼろげなミセリを食い入るように見つめる。

(´・ω・`)「今、ミセリは笑っているのかい? それとも泣いているのかい?」

ミセ*  )リ「・・・・・・私を起こした人達から、腕時計を貰ったの。十分だけ時間を戻せるみたい。
      此処に来て、私はそれが使いたくて仕方が無い。そこに立っていた時間に戻りたい。
      ――――でもね、私は行きます。そうして、また人間として生まれ変わるのです。
      明日行き着く先が、悲劇だとしても。運命から逃れてはいけません。
      私は、お兄ちゃんとお友達の祝福を一身に背負って、天国へと旅立つのです。だから」

ミセリはゆっくりと扉を開いていく。扉の中から無量の光と、一陣の強い風が吹き込んだ。

ミセ* ー )リ「だから、笑っているよ」

扉が全て開かれた。ミセリの身体が、光へと溶け込んでいく。もう、ミセリとは会えなんだ。
ショボンの脳裏に、妹と過ごした一瞬が浮かんでは消えていく。無意識に、彼は大声で叫んだ。

(´・ω・`)「ミセリ! 僕は君の事を、ずっとずっと、愛しているよ!」

「私も」。ミセリはそう言い残して、現世を去った。ショボンはその場で両膝を着いたのだった。



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