( ^ω^)奇人達は二十一グラムの旅をしますようです

105: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:36:14.03 ID:zCzmOdzU0
―3― 同日 午後十五時 時計塔屋上

ζ(>、<*ζ「ブーンさんはきっと、あたしがお嫌いなんですの。あんなに愛していたのに」

lw´‐ _‐ノv「ふうん。それはとても良かったね。あ。ちょっと、そこのお茶を取ってよ」

デレが、時計塔の屋上の片隅にある小屋で愚痴っている。シューは安楽椅子に座って本を読んでいる。
その昔、この小屋には時計塔を設計した人間が住んでいたという。一般的な洋室で、広くはない。
屋根の下に小屋は建っているので室内は暗い。床に沢山の本が積まれたここでシューは暮らしている。
夫婦喧嘩なんて聞いてはいられない。マイペースなシューは、ペットボトルのお茶で喉を潤した。

lw´‐ _‐ノv「私は日本生まれだから、お茶に限るね。紅茶? コーヒー? 何それ飲み物なの?」

飲み物です。朱点(しゅてん)愁という本名を持つシューは、ペットボトルを書物の塔の頂へと置いた。
すると、ぐらりと本の塔は揺れて崩れ去った。バベルの塔のようだ。それでもシューは気にしない。
神は大らかなのだ。だがしかし、床に腰を下ろしていた市民は違う。デレは本を片付けようとする。

ζ(゚、゚*ζ「シューちゃんは、昔から細かいことを気にしなさ過ぎですの」

lw´‐ _‐ノv「いやいや。私の神経は繊細だよ。腕時計の針の数秒のズレを許せないくらいにね」



108: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:37:20.33 ID:zCzmOdzU0
シューは本を閉じて、銀色の腕時計をした右腕を振った。へその辺りにあるタストヴァンが煌く。
彼女はソムリエではない。ただ格好が良いから、という理由からタストヴァンを首に掛けている。

lw´‐ _‐ノv「近頃、時間がおかしい。時間が過ぎるのが早いと感じたり、又は遅く感じたりする。
       十度くらいなら思い過ごしだろうけれど、何十回も感じたらそれは気の所為ではない。
       デレはこの前此処に来た時、二人の影が時間を弄くろうとしている、と言っていたね。
       もしかすると、彼女らの術が始まっているのかもしれない。さて。どうなる物やら」

ζ(゚、゚*ζ「・・・・・・」

デレにも心当たりがあった。今朝、邸の二階で本を読んでいるとき、時間の経過がやけに早く感じた。
少女達の呪いは既に始まっている? それなら急がねばならないが、デレは内藤邸を飛び出している。
すぐに邸に戻りたいがしかし、ブーンからまた冷たい言葉を吐かれるのでは、とデレは恐ろしくなった。
それに彼女は、夫に対して珍しく多少の怒りを覚えている。悪い事をしていないのに、突き放された。

ζ(゚、゚*ζ「シューちゃん、久しぶりにあたしと組みませんの。由々しき事態ですの」

シューは本を閉じ、自身の周辺に無造作に置いてデレを指差した。デレも彼女の横で同じように返す。

lw´‐ _‐ノv9m「探偵ごっこだね」
m9ζ(゚ー゚*ζ「探偵をするんですの」



109: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:38:17.66 ID:zCzmOdzU0
デレとシューは腕を下ろした。二人はビップに流れ着くまでは、コンビを組んで影を退治して来た。
シューが相手の影の出生を調べ、シューが影と対峙し、シューが影を鎮まらせる。良いコンビである。
クーのときも、シューが彼女の生い立ちを下調べしている。彼女はマイペースながら慎重派なのだ。

ζ(>ε<*ζ「ごっこ遊びじゃないですの! 小説のように、本格的な探偵のお仕事です!」

lw´‐ _‐ノv「うん。そうだね。それで、デレは二人の影についてどれだけ把握しているの?
       君は私の知らない事を知っている。私に聞かせれば、君の知らない事も分かるかも」

デレは今まで調査して来た事を、全てシューに聞かせた。佐藤と渡辺が影を起こし回っていること。
どうやら、渡辺が危険な存在らしいこと。渡辺の記憶の断片が、ぼろぼろと零れ落ちていること。
凡そのこれまでの話を、シューは知った。彼女は安楽椅子の背もたれに、深く背を埋めて脚を組んだ。
煙管でも口にくわえていれば、名探偵さながらである。彼女は屋上の地面が見える窓へと視線を注ぐ。

lw´‐ _‐ノv「デレは、旦那と二人の影が立ち寄った場所へと足を運ぶ予定だった。そうだね?」

ζ(゚ー゚*ζ「はいですの。須名邸と、ヒートさんが少女達に出会った場所。それと、一応病院も」

lw´‐ _‐ノv「・・・茂良邸は? そいつらは、トソン夫人も起こしたのだろう? 何故行かない」



112: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:42:26.81 ID:zCzmOdzU0
シューは糸のように細い両目を少しだけ開けて、デレに顔を向けた。デレはほっぺたを掻く。

ζ(゚、゚*ζ「それが、場所が分からないんですの。あたし達が迷い込んだ邸は力の効果が切れて、
       元の場所へと戻ったと考えます。トソンさんの本来の邸は世界のどこにあるのでしょう」

lw´‐ _‐ノv「いいや。もっと考えるんだ。何かの点と点が存在して、それは一本の線で繋がるはず」

ζ(゚、゚;ζ「と、言われましても・・・」

茂良邸が建っている場所は、デレは知らない。あそこに迷い込んだとき、使用人に尋ねれば良かった。
放火事件になっているのだから、記録を調べれば所在が判明するのかもしれないが、時間がかかる。

デレは腕を組んだ。茂良邸に関係する全ての人間の顔を思い出す。茂良夫妻、影となった使用人達。
そして、夢の中にて働いていたロボット達・・・・・・。「あ」。デレは素っ頓狂な声を出し、手を叩いた。

ζ(゚、゚*ζ「茂良邸の使用人の中に、この街と関係する人物が居ます。キューさん。双子の姉です
       彼女は火事で亡くなりましたけど、彼女の妹がビップの病院に勤務していたようです」

lw´‐ _‐ノv「その通りだよ。世界とは不思議と狭い物でね。意外な所で繋がっている場合がある。
       キュートだったっけ。病院は潰れているらしいが、関係者に当たれば見付かるだろう」



113: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:43:50.94 ID:zCzmOdzU0
デレとシューはコンビを組んで動き始めた。まず東ビップ病院で勤務をしていた人間を探し出すため、
現在、ビップにて開院をしている医師から元患者の振りをして訊ねた。ビップという街は広くはない。

縦横の繋がりがあってもおかしくはない。一人目に当たった医師が元院長の所在を知っていたのは、
幸いだったと言えよう。シューは元院長に電話をして、「都会からビップに戻ってきたのですが、
昔世話になったキュートさんにお礼を言いたくて、所在を知りたいのです」とまた元患者を装って、
キュートの電話番号と住所を聞き出した。現在彼女は、街のアパートで一人暮らしをしているようだ。
電話をして許可を貰ってから、二人は彼女の住居へと赴いた。夕刻。二人はアパートの前に立った。

ζ(゚ー゚*ζ「さすがはシューちゃん。演じるのがお上手ですの。あたしでは、そうはいきません」

lw´‐ _‐ノv「はっはっは。さあ。私は再び元患者の振りをする。デレはその付き添いだね。
       それとなくキュートの姉の話題へと逸らして、巧みに茂良邸の住所を突き止める」

ζ(゚、゚*ζ「上手く行きますでしょうか?」

lw´‐ _‐ノv「上手く行くようにするのさ」

「まあ、君はじっとしていたまえ」。シューは言って、街の片隅にあるアパートに足を踏み入れた。
アパートは外観が汚れていたが、内部も荒れていた。石造りの地面には、チラシが散らばっている。
家賃が安い建物である。二人は階段を昇り、キュートの部屋の前にたどり着く。インターホンがない。
シューが木製の扉を数回ノックすると、ガチャリと扉が開いた。女性が扉の隙間から顔を覗かせる。



114: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:45:26.89 ID:zCzmOdzU0
o川*゚ー゚)o 「さっき電話をくれた人ね」

キュートの声は、デレが病院で記憶で聞いたときと著しく変わっている。がらがらとして嗄れている。
彼女からはアルコールの臭いがする。恐らく、アルコールの呑み過ぎで声帯が潰れてしまったのだろう。
服装もジーンズにスポーツブラとだらしのない格好だ。彼女は荒れた人間だと、二人はすぐに察した。
まったく化粧をしていない顔を上下に動かして、彼女はシューの爪先から頭の頂点までねめまわした。

o川*゚ー゚)o 「ふうん。まあ、良いか。部屋の中は散らかっているけど、どうぞ」

キュートはシュー達を部屋の中へと通した。キュートが言った通り、床には本やゴミが散乱している。
二人は彼女に勧められ、黒ずんだ灰色のソファに座る。キュートは台所からビール缶を三本持ってきた。
その内二本をシュー達に差し出して、彼女は二人の前のソファに腰を下ろした。プルタブを開ける。

o川*゚ー゚)o 「私の家には、紅茶などの気品がある飲み物はないのだよ! アルコールしかないの」

呂律を怪しくさせて言って、キュートはビールを一気に飲み干した。「ふう」、と彼女は悦に入る。

o川*゚ー゚)o 「それで、シューさんは私が看た患者さんだっけ? お礼の品とかはないの?」

きししと悪戯っぽくキュートは笑う。シューは、持って来ていた包装された菓子折りを渡そうとする。



116: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:46:23.98 ID:zCzmOdzU0
lw´‐ _‐ノv「その節は、お世話になりました。つまらない物ですが、どうぞ」

しかし、キュートは受け取ろうとしなかった。彼女は身体を丸めて、膝に肘を置いて頬杖をついた。

o川*゚ー゚)o 「嘘を吐け。私はプライドを持って仕事をしていた。患者さんの顔は全て覚えているの。
        本当は何の用事があって、私のアパートを訪ねたの? 私は正直な人が好きだなあ」

空になったビール缶をゆらゆらと揺らせる。キュートにはシューの演技が見抜かれているのであった。
不安になったデレが、シューの服を軽く引っ張る。シューは「ううん」と弱った顔で菓子箱を戻した。

lw´‐ _‐ノv「いやはや。これはまいっちんぐマチコさん。お姉さんは慧眼の持ち主のようだ。
       実は、私は探偵をしているのです。隣は助手のデレです。あまり使えませんけど。
       キュートさんの、姉上であるキューさんが仕えていた邸。そこを探しているのです。
       とある事件が発生していまして、私達は早急に茂良邸を見付け出さねばなりません」

o川*゚ー゚)o 「とある事件?」

lw´‐ _‐ノv「・・・・・・」

シューは黙して語らなかった。事件の詳細を知ってしまえば、キュートは味方をしてくれるだろうが、
同時に影の存在も知ることになる。頑なに口を閉ざす彼女を見て、キュートは右足をソファに乗せる。



117: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:47:35.50 ID:zCzmOdzU0
o川*゚ー゚)o 「・・・・・・私の姉ね。あいつが死んでからというもの、私の人生は滑り落ちる一方よ。
       学校は留年するし、病院が潰れて職を失ったし、再就職しても上手く行かなかった。
       結婚をして、ようやく落ち着くのかと思ったら、浮気をされて別れる破目になったし。
       きっと、姉が呪っているのよ。ずっと邪険に扱っていたしね。人生も短かった・・・」

キュートはシューの分のビールを手に取って、それを呑み始めた。先ほどと同様に、一気に空になる。
テーブルに缶が置かれると、上手に立たずに転がった。彼女は酔っ払って夢心地の虚ろな瞳になった。

o川*゚ー゚)o 「本当は姉の事なんて思い出したくなかった。姉の事なんて最近は忘れていたしね。
       ・・・お若い探偵さん。姉が仕事に行った茂良邸は、ラウンジの山間に建っている。
      ちょっと待っていなさい。姉から送られて来た手紙を探して、住所を教えてあげる」

lw´‐ _‐ノv「有り難う御座います」

立ち上がり、キュートは箪笥の引き出しを開いて手紙を探す。シューとデレは安堵の息を漏らした。
彼女は姉の居場所を知っていた。茂良邸へと向かい、渡辺と佐藤の足跡を辿ることが出来るのである。
数分ほどして、キュートは茂良邸の住所を詳細に書き記したメモと、一葉の封筒をシューに手渡した。

lw´‐ _‐ノv「この封筒は何なのでしょうか。薄い封筒だから手紙が収められてるのは確実ですが」



118: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:48:27.96 ID:zCzmOdzU0
o川*゚ー゚)o 「妙な言い回しをする人ね。それは姉宛の手紙が入っているの。決して見ちゃだめよ。
        茂良邸に着いたら、土にでも埋めてちょうだい。姉の呪いが解けるかもしれないしね」

ソファに腰を下ろしたキュートは、楽しそうに笑う。シューとデレには彼女の本心は計れなかった。
それから、彼女から姉の愚痴を聞かされたあと、二人は菓子折りを置いてアパートをあとにした。
キュートはあれからもアルコールを飲み続けた。しかし、いつの日か新しい人生が来る事だろう。

ζ(゚ー゚*ζ「ラウンジは遠いですの。どうやって行きましょうか。影らしく姿を消して飛行機かなあ」

lw´‐ _‐ノv「私達は旅をしている間、よくその手段を取ったよね。だから飽きた。船にしよう」

二人は港へと向かい、フェリーに乗ることにした。二人分の料金を払い、フェリーへと乗船する。
物語にはなるたけリアリティを持たせているが、影達のお金がどこから沸いてくるのかは不明である。
きっと、尋常ならざる力で人々の懐から――ゲフンゲフン! 身分を偽って仕事をしているのだろう。

時刻は、日がすっかりと落ちた午後十九時である。星々が輝く夜空の下で、デレは前部甲板に立った。
彼女は柵に両手を置いて、身を若干乗り出す。船の胴体が、漆黒の海に波を作りながら進んでいる。
遠くでは月が海面に沈み、珈琲に落とされたミルクのように揺らめいている。船が街から離れて行く。



119: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:49:49.33 ID:zCzmOdzU0
少しの間、ビップには帰られない。愛しの旦那様には会えないのだ。デレは泣き出しそうになった。
毎晩、隣にはブーンが居て一緒に眠っている。だけれど、今晩は船室で一人で寝なければならない。
愁腸の念に包まれて、デレの頬に涙が伝った。項垂れていると、突然頬に冷たいものが当てられた。
彼女が吃驚して振り向くと、缶ジュースを突き出したシューが立っていた。彼女はデレに缶を渡す。

lw´‐ _‐ノv「さすがに夜風は冷たいね。温かい飲み物が良かったかな。でも、火傷しちゃうよね」

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとうございますの。頂きますです」

デレは缶ジュースを開けて一口飲んだ。グレープフルーツだ。酸っぱさが彼女の口内で弾ける。
シューは彼女と肩を並べて、夜の海の景色を眺める。遥かに明かりが見える。他の船が漂っている。
明日の朝方にはラウンジに到着する。彼女はくるりと身体の向きを変えて、柵に背中を預けた。

lw´‐ _‐ノv「船が到着する港から茂良邸までは結構距離がある。ヒッチハイクをして向かおうか」

ζ(゚ー゚*ζ「はいですの。シューさんの魅力なら、すぐに車が泊まってくれますの」

lw´‐ _‐ノv「そうだと良いんだけれどね。ダメだったら、時間が掛かるけど電車にしよう」



120: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:50:44.53 ID:zCzmOdzU0
ζ(゚ー゚*ζ「ええ。以前に行ったことのある場所ですので、そう迷わないと思いますの」

lw´‐ _‐ノv「そこで迷うのがデレだ。前に見晴らしの良い一本道で迷ってなかったっけ」

ζ(゚、゚*ζ「ひっどおい。あたしは迷子になったことは一度もありませんの」

lw´‐ _‐ノv「どうだかね」

ζ(゚ー゚*ζ「本当ですの! あたしはしっかりとしています。はい。しっかり屋さんなのです」

デレは落ち着いたようで得意の笑顔を溢した。シューは柵から離れて、彼女に背中を向けた。

lw´‐ _‐ノv「じゃあ、私は船室に戻っているから。デレも夜風に当たるのは程々にね」

「心が風邪をひいちゃうからね」とシューは言い残して、船室へと向かって行った。デレが一人になる。
デレは船首に立ち、船が海を掻き分ける様子を眺める。速度は遅いが、着実にラウンジに向かっている。
ああ、明日の今頃は、自分は何をしているんだろう。デレはブーンのことを想いながら、目を閉じた。

ζ(-、-*ζ(早く帰って、ブーンさんと一緒に居たいですの)



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