( ^ω^)奇人達は二十一グラムの旅をしますようです

121: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:52:05.17 ID:zCzmOdzU0
―4― 四月二日 午後十三時 ショボン書店

( ´ω`)「もう死にたいお。デレが家出をしたのだお。もう死にたいお」

(´・ω・`)「おいおい。傷心ボーイ。仕事の邪魔になるから、泣き言は軒先でやってくれ」

ブーンはスツールに腰を掛けて、古ぼけたレジスターが置かれているカウンターに、顔をつけている。
彼の背中には悲愴が漂っている。昨日。デレは家を出て、そのまま邸には帰って来なかったのだった。
自分がきつく言ってしまったからだ。ブーンの胸中では罪悪感が渦巻き、失意へと昇華されて行く。

( ´ω`)「ああ。愛しのデレ。君はどこに行ったというのだお。僕が悪かったお」

(´・ω・`)(重症だな。こいつは)

横目でブーンを見ていたショボンは、大きく息を漏らして書物の夥しい数の活字へと視線を移した。
書籍のタイトルは“幼年期の終わり”だ。アーサー・C・クラークの長編小説で、SF史上の傑作である。
親友想いなショボンは文字を目で追いながら、ブーンに話し掛ける。いつまでも愚痴られては堪らない。

(´・ω・`)「ヘイ! カレルレン。ずっと泣かれていては、地球に訪れた目的が達成出来ないぜ」



123: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:53:23.22 ID:zCzmOdzU0
( ´ω`)「うるせえお。デレの居ない地球なんて進化しなくても良い。潰れてしまえ」

(´・ω・`)「いや。デレさんは地球上に存在しているし、潰れたらそれこそ会えなくなるんだけど」

( ^ω^)「確かに。今の言葉はナシだお。地球なんて適度に崩壊してしまえ」

ブーンが徐に顔を上げた。昨晩充分に寝ていなかったので、彼の目の下には黒い陰翳が出来ている。
いつも隣に居たデレがどこかに行ってしまったゆえ、一人寝の寂しさに耐えられなかったのである。

( ^ω^)「今日はクーの邸に行く予定だったけど、何だかもうどうでも良くなったお」

(´・ω・`)「須名邸へ? 何をしに行くんだい? まさか昔の女性と縒りを戻そうなんて」

( ^ω^)「バーロー! 僕は探偵なのだお。調査をしに行くつもりだったのだ」

(´・ω・`)「・・・調査?」

( ^ω^)「そうだお。ショボン。君にだけは特別に教えてやる。僕とデレの輝かしい足跡を!」



124: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:54:39.26 ID:zCzmOdzU0
ショボンは、ブーンとデレが影と対峙した話を、あまり聞かされていなかった。十二分に脚色をして、
ブーンは今までの事件を語る。天才的頭脳をいかんなく発揮して、難事件を解決して来たのだと。
それは十四時になるまで続いた。つまり、一時間ほどブーンがショボンに自慢げに話したのだった。

( ^ω^)「――だから僕達は、佐藤と渡辺による悪巧みを止めなければならないのだお!」

(´-ω-`) Zzz

( ^ω^)「・・・聞いてるかお? 聞いてないね! ショボンも長話が好きな癖に」

ブーンがカウンターを右拳で叩き付けると、ショボンはビクリと身体を跳ね上げさせて瞼を開けた。

(´・ω・`)「聞いてるよお。クーさんの邸に、少女達の追憶がないか、探しに行くんでしょう」

夢うつつで聞いていた言葉を必死に手繰り寄せて、一字一句を気を付けながらショボンは答えた。
憶測が異なればブーンが烈火の如く怒るだろう。どうやら正答だったのか、ブーンは力強く頷いた。

( ^ω^)「うむ。けれど、クーの邸だけではない。ヒートが二人に出会った場所も行く。
      ・・・でもね。デレが居なくては、何もやる気が起きないのだお! 死にたいお!」



125: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:55:48.60 ID:zCzmOdzU0
再び、ブーンは顔を突っ伏した。こいつは真剣に駄目だ。ショボンは肩を竦めて、諭すように言った。

(´・ω・`)「君ねえ。もっとどっしりと構えていないと、本当に嫁さんに逃げられてしまうよ。
      ブーンはデレさんの夫なんだから、心が広くないといけない。分かったかい?」

( ^ω^)「・・・・・・む」

のそりと、ブーンは面を上げてショボンを見遣った。彼は痩せ細った頬を弛ませて微笑んでいる。

(´・ω・`)「もしかすると、恐ろしい事になるかもしれないんだろう。僕が暇になってやろう。
      まあ、男と組むなんて厭だと言うのなら、僕は仕事を続けるけど。どうするんだい」

( ^ω^)「ショボン」

ブーンは唸る。デレが帰って来るのを待っていたら、渡辺達が呪縛を行使してしまう恐れがある。
ここは一つ広量なところを示して、ショボンと組んだ方が得策である。ブーンは大親友に感謝をする。

( ^ω^)「・・・よし! 今から須名邸に向かうお! 君は車を運転したまえお。丁寧にね」



126: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:57:07.58 ID:zCzmOdzU0
ブーンはショボンと共に須名邸を目指す。途中、広場の辺りで車を止めさせて時計塔に立ち寄った。
以前、デレが友人は屋上に住んでいると言っていたからだ。人目を気にしながら時計塔の扉を開け、
歯車の軋む音が聞こえる階段を昇って、屋上に出ると小屋があった。小屋の扉は鍵がされていて、
開けることが叶わなかったが、人の気配はなかった。デレはシューとどこかに行っているのだろうか。
落胆した面持ちでブーンは車に戻り、須名邸が建っている山の麓にまでやって来た。車が山道に入る。

(´・ω・`)「クーさんの邸まで、車で行けたっけ?」

( ^ω^)「どうだかね。あんな辺鄙なところに建っているのだから、車道に面しているのでは」

(´・ω・`)「いいや。もしかすると、須名邸の主人は山登りが趣味だったのかもしれないよ」

( ^ω^)「馬鹿なことを。無理なようなら、前みたく農業公園の駐車場に停めれば良い」

(´・ω・`)「また坂道を登る事になるよ」

( ^ω^)「・・・・・・」

もうすぐ二十八歳になる二人の体力は、減少の一途をたどっている。二人の身体はボロボロだ!
ショボンは煙草やアルコールを嗜んでいるので、特にボロボロだ。煙草や酒は危険な嗜好品である。
ほどほどにしたいところではあるが、無理です。ショボンは作務衣のポケットから煙草を抜き出した。
ハンドルを片手で操作して、器用にライターで火を附けた。狭い車内に煙草の白い煙が立ちこめる。



127: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:58:12.27 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)「ショボン。煙草は一度に飽きるほど吸ったらやめられるそうだお。挑戦したまえ」

(´・ω・`)y-~~「あほか。煙草って連続で吸うと、吐き気がするんだよ。結婚でもしたらやめるさ」

( ^ω^)(こいつは本当に駄目だお)

ショボンには禁煙、禁酒は一生無理だ。結婚をしても絶対に嗜んでいる。子供が出来ても隠れて吸う。
想像しただけで呆れ返り、ブーンは前方の景色を見渡した。北部の山は、他と違って整備されている。
煉瓦が敷き詰めれた歩道があり、春の花を植えた花壇もある。両脇の木々の陰の中を車はひた走る。

(´・ω・`)y-~~「おっと。多分、あの道を折れるんだね。通れるかなあ」

ショボンはハンドルを左にきり、細い道へと曲がった。砂利道で車が上下左右に激しく揺らされる。
今までは我慢出来ていたが、ブーンは嘔吐感を覚える。このポンコツ車は構造がおかしいに違いない。
昨日のモナーの車とは天と地ほどの差がある! ブーンは急いで窓を開けて、上半身を乗り出した。

(´・ω・`)y-~~「そんな事をしたら危ないだろう。青年が木に頭をぶつけて死亡、なんて記事は嫌だぞ」

(;´ω`)「青年が荒い運転で嘔吐して死亡、よりかはマシだお。もっと慎重に運転をしてくれ」



128: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:59:49.25 ID:zCzmOdzU0
ショボンの車が須名邸の門前へと到着した。外へ飛び出したブーンは、青い顔をしてうずくまった。
二階建てのハーフティンバー様式の外観は変わらないが、窓は割れていないし、壁も新築さながらだ。
影の術を見破り、真実を見抜けるブーンの眼にはそう映った。クーが邸に力を及ぼしているのだった。
冷酷無比のパラノイド・アンドロイドであるブーンは、インターホンを押さずに庭へと足を踏み入れた。

(´・ω・`)「インターホンは鳴らさないのかい。クーさんが怒ってしまうんじゃないか?」

( ^ω^)「彼女のことなど放っておけ。僕はクーにではなく、須名邸に用事があるのだお」

おかしな論理を述べて、ブーンは芝生の絨毯が敷かれた庭を歩く。ショボンも彼のあとへと続いた。
どこかで鳥が飛び立ち、葉々が擦れる音がした。茶色の玄関扉を開き、ブーン達は須名邸に入った。
広大な玄関ホールは二階まで吹き抜けになっていて、すぐ目の前に赤色の大階段が待ち構えている。
ブーンは先ず、手紙が置かれていた食堂から調べようとするが、反対側から物音が聞こえた気がした。

(´・ω・`)「・・・・・・あっちの部屋からだ」

ショボンが、デレと出会った部屋へと視線を注いでいる。ブーンが忍び足でそちらへと近付いて行く。
部屋の前に立ち、ブーンは扉に耳を押し当てた。部屋の中で、クーとドクオが会話をしているようだ。
まさかセックスをしているわけではあるまい。あの二人を見る限り、距離のある付き合いをしている。
ブーンが少しだけ扉を開け、隙間からこっそりと覗くと、そこには信じられない光景が広がっていた。



131: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:01:16.87 ID:zCzmOdzU0
あまりに信じられなかったので、ブーンは扉を蹴破って部屋に入った。クーが驚愕の眼差しを向ける。
ベッドの縁に腰を掛けていた彼女は、居住まいを正して、憤慨した様子でブーンを怒鳴り付けた。

川 ゚ -゚)「無礼者! 邸に入る時は呼び鈴を鳴らしたまえ! というか、今すぐ出て行け!」

(;^ω^)「子供が見て、真似をしたらどうするのだお。責任は取れるのかね」

お馴染みのメタ発言をして、ブーンは側にあった肘掛け椅子に腰掛けた。絶対に出て行くものか。
そういう気持ちを行動で表したのである。ふんぞり返って、ブーンは鼻を鳴らして腕を組んだ。

(;^ω^)「・・・・・・しかし、君達がそういう関係とはね」

クーは自身の秘密を最も知られてはいけない人間に見られ、頭痛を抑えるように額へと手を当てた。
彼女の傍らに居たドクオは、そそくさと部屋を出て行った。彼も大変な主人に仕えているものである。

( ^ω^)「まあ、僕の懐は広い。いかなる性的倒錯を目の当たりにしても、動揺一つしないお。
       今日、クーの邸を訪れたのは、君を起こした影達の追想がないか確かめるためだお」

川 ゚ -゚)「ああ」



132: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:02:08.08 ID:zCzmOdzU0
クーは腰を上げて、大きな鏡のまえに立った。鏡には、影である証左の黒い翼が映り込んでいる。
ブーンが懐かしい気持ちになると同時に、ある疑念も思い出す。あのときのツンの言動が気に掛かる。

「影の存在は知らない方が良い」という精神を持っているのに、彼女はわざわざ鏡を確かめさせた。
邸に引き篭もり勝ちになってしまうくらいに影を恐れてる。だが、彼女は乗り気で須名邸へと赴いた。
ツンは言動と行動が不一致である。ホワイダニット? 彼が思いを巡らせていると、クーは口を開いた。

川 ゚ -゚)「あの親子らしい影か。手紙の内容から察するに、大事件を起こそうとしているのだろうね。
     けど、私には関係の無い事だ。世界が滅びようが宇宙が爆発しようが、私はどうでも良い。
     私の安寧を掻き乱さない限りはね。その時は考えよう。まあ、全てはドクオに任せるがね」

まずい。クーの口から次々と言葉湧いてが出て来る。話題を逸らさせまいと、ブーンが強い口調で言う。

( ^ω^)「それで、君が言う親子の影の心の欠片はあるのか、ないのか、どちらなのだお」

川 ゚ -゚)「人の話は最後まで聞け。・・・邸の裏口を出た所で見付けたよ。見たいなら勝手にしたまえ」

(´・ω・`)「クーさん。ありがとう。今しがた見た事は誰にも言わないよ。ブーンも見張っておく」

川 ゚ -゚)「・・・ふん。秘密を守ると云うのなら、私が案内をしてやろう。ついて来たまえ」



133: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:02:53.63 ID:zCzmOdzU0
クーはブーンとショボンを邸の裏へと案内した。邸の裏というからには、辺りは木々ばかりである。
いちいち邸の裏を、花々で飾っても仕方がない。数十歩歩いたところで、彼女は草むらに手を入れた。
そろそろと引き抜かれた彼女の掌には、一個の白球が握られている。彼女は、そっと手を開いた。



从 − 从『痛いよ。痛いよ』

 渡辺の身体が無残に切り裂かれ、皮膚から血を流している。須名邸の主人に傷付けられたのである。
 クーデルカは恐ろしい女性だった。起きたと同時に、澄ました面で攻撃をして来た。渡辺は崩折れる。

リl|゚ -゚ノlリ『・・・・・・大丈夫?』

 佐藤は渡辺の肩に腕を通し、立ち上がらせた。彼女の右手には鞘に収まった日本刀が握られている。
 佐藤がクーの相手をして渡辺を逃げさせたのであった。しかし、彼女自身も深手を負っている。
 右腕が痛々しく裂かれている。長き眠りを妨げられたクーの怒りは、計り知れないものだった。

从'−'从『クーデルカは、私の仲間に、なってくれない』

リl|゚ -゚ノlリ『そうだね』



135: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:03:51.79 ID:zCzmOdzU0
 渡辺が、佐藤の身体から離れて、覚束ない足取りで歩く。既に彼女の怪我は、塞がりかけている。
 くるりと振り返り、渡辺はけたけたと笑う。瞳孔に光がなく、その笑顔は壊れているようだった。

从'ー'从『彼女みたいな、強い影を得られなかったのは残念だけど、あとちょっとだよ。
      もうちょっとで、生贄が揃う。生贄達を使って、月に吼ゆる悪魔を、呼ぶんだよ』

リl|゚ -゚ノlリ『書き置きを残したから、きっと仲間になってくれるよ』

 渡辺は首を横に振った。「ううん」。彼女は傷付いた両腕を広げて、三百六十度の景色を見回す。

从'ー'从『佐藤さん。私は一歳で知能がないけど、分かるよ。彼女は芯の強い、女の人なんだ。
      仲間には、なってくれない。惜しくはある。でも、あと二三人集めて、それで呪縛は完成』

 渡辺の年齢は一歳だという。影になってから数年間、彼女は生きて育ったのだった。だから幼女だ。
 くるくると横に回り過ぎたゆえ、渡辺は目を回して、地面にへたり込んだ。三半規管が未熟である。

从 − 从『うう。気持ち悪いよお。嫌な夢でも、視てるみたい。この世界の全ては、嫌な夢!』

リl|゚ -゚ノlリ『ほら。立って。そんな所に座ったら、心はともかく、服が汚れてしまうよ』



136: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:04:38.52 ID:zCzmOdzU0
 佐藤は、まるで母親のような優しい口調と慈愛のある所作で、渡辺の両手を取って起き上がらせた。
 本当に彼女の母親みたいだった。ゆらゆらと蜃気楼の如く立って、渡辺は佐藤の胸に抱き付いた。
 温かい。幼児たる渡辺は、“抱き付く”という行為が好きである。無論、心を許したものだけだが。

从'ー'从『もう、ずっとこうしていたいの。そうしたら、私は何もしなくても、済むのに』

リl|゚ -゚ノlリ『・・・・・・無理だよ。時計の針は、絶えず動いているもの』

从'ー'从『えへへ。いじわる。佐藤さんは、影になる前、お母さんをしていたんでしょ?』

リl|゚ -゚ノlリ『そうだよ。お母さんをしていた』

从'ー'从『佐藤さんとは、この街で出会ったから、ここに住んでいたんだよね』

リl|゚ -゚ノlリ『うん』

从'ー'从『佐藤さんみたいな、お母さんが居たら、子供は幸せだろうなあ』

 『私は君のお母さんだよ』。佐藤はそう言って、渡辺の手を握りながら遠くへと去って行った。
 やがて、二人の姿が見えなくなる。この場には、二人分の血だまりだけが残されていたのだった。”



139: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:05:32.17 ID:zCzmOdzU0
(´・ω・`)「渡辺という影は赤子だったのか」

( ^ω^)「お」

意識が起きたブーンは右手で目を擦って、おぼろげな視界を鮮やかにする。渡辺は一歳児であった。
影とは悔恨により堕ちた二十一グラムだ。しかし、幼児が人間を怨み、執念を燃やせるものだろうか。
世界を革新させようとするほどの恨み。言葉を話せない程度の知能で、世界の醜さを知れるだろうか。
ブーンが地面へ目を落として考えていると、ショボンは手を叩いた。知恵ある彼は想像力を働かせる。

(´・ω・`)「渡辺さんは虐待をされていたんだ。それなら、同じバイアスの範囲に留まる影が集まる。
      “親に虐待を受けた子供達”が、彼女を形成している。どうだい。尤もな意見だろう」

ショボンの推測は極めて道理に敵っている。誰が聞いても、すんなりと受け入れられる意見である。
両親から虐待を受けて亡くなった渡辺は、影となって幼年期に居る。ブーンは頭に入れておいた。

川 ゚ -゚)「私も内藤の友人の意見に賛成だね。私が彼女に触れようとしたとき、酷く怯えていた。
     あれは、昔に虐待を受けた瞬間を思い出したのだ。・・・私も同じ様な者だから分かるさ。
     そうすると、鎮まらせる方法が見えてくる。優しい母親を探すのだ。まあ、無理だけどね」

( ^ω^)「ううん・・・」



140: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:06:52.89 ID:zCzmOdzU0
クーとショボン。嫌な組み合わせ。
相変わらず言葉が長すぎて、ブーンの理解が追いつかなくなる。短時間で母親を探すのは不可能に近い。
よしんば影の母親になっても良いという殊勝な人間が現れても、決心の固い渡辺は突っぱねるだろう。
それに、佐藤が彼女の母親代わりをしているようだった。だけれど、渡辺が鎮まる様子はなかった。
渡辺は必ずや時間を弄る。全世界の時計の針は、彼女が掌握をしている。性急に解を見付けるのだ。

( ^ω^)「そう言えば、渡辺は生贄がどうとか不穏なことを言っていたね。あれは何なのだお?」

ブーンはクーへと顔を向けた。影のことは影に訊くのが一番である。彼女は自身の黒髪に指を通した。

川 ゚ -゚)「ふん。子供の考える事を大人が精確に知られるか。生贄。起こされた者がそれに当たる。
     呪いを行使する時に使うのだ。構造は分からないが、口振りから察するに間違っていない」

そのような黒魔術めいたことも影は出来る。彼女らの辞書からは、“不可能”の文字が抜け落ちている。
マジキチ。ブーンは目頭を押さえた。一頻り彼は考えていると、ドクオが扉を開けて話し掛けて来た。
応接間に来るよう彼は言う。だが、ブーンにはまだ用事がある。紅茶だけ頂き、須名邸をあとにした。

ブーン達は病院へと赴いたが、以前に見たものだけで全てだったのか、心の欠片は見当たらなかった。
街に戻る中途で、ショボンは墓場に寄らせてくれとブーンに言った。昼間の墓場はたおやかだった。
花束を持ってきていなかったショボンは、簡単な祈りだけ済ませて、ブーンを連れて車に乗り込んだ。
生まれ変わったのか星々の一つになったのかは定かではないがしかし、ミセリは兄を見ているだろう。



141: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:07:49.78 ID:zCzmOdzU0
(´・ω・`)「後はヒートちゃんだっけ。あの子は夕刻になると、時折僕の書店をふらりと訪れるんだ。
      もし広場に居なかったら、僕の店で待つと良い。今日も来てくれるかもしれないからね」

( ^ω^)「ショボンの偏った書籍が集められている店に来たって、得られる物がないだろうに」

(´・ω・`)「ファックユー。ぶち殺すぞ。あの書店には取っ付き易い書籍だけを集めているんだよ」

事実、ショボンの店は読み易い本だけが売られている。智慮が浅いブーンにも読めてしまうほどだ。
だがしかし、どうやって生計を立てているのかは不明である。貧窮の生活を送っているのは確実だ。
煙草とアルコールさえあれば充分だ。時々、ショボンが口にする言葉である。彼は幸せな人間だ。

それから、広場に寄ってブーン達はヒートを探したが、見当たらなかった。ベンチにも居なかった。
ブーンはショボンの書店にて待機することにした。十八時、十九時、二十時・・・時刻は流れて行った。
二十一時。書店内にてブーンはスツールに腰を掛けている。ショボンはカウンターに頬杖ついている。
裸電球の淡い光で、憂鬱にしている二人のシルエットが壁に映し出される。結論。ヒートは来なかった。

( ^ω^)「・・・・・・それで、彼奴は来なかったのですが」

(´・ω・`)「僕に言われても困るがな。また明日探せば良いさ。午前中なら広場に居ると思うよ。
      さあ。もう帰った方が良い。きっと、ツンちゃんが心配しているだろう。車で送ろう」



142: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:09:05.31 ID:zCzmOdzU0
ブーンが夜遅くまで街に居たことは、滅多にない。なので、夜の街並を眺めるのは久しぶりだった。
石造りの家々の窓がこうこうと光っている。見晴らしの良いところから見ると、まるで夜空のようだ。
車が坂道に入り、街の景色が遠くなった。遥か前方に、巨大な建築物の影が聳える。内藤邸である。
その黒の邸は、民衆から畏怖される建物だ。明かりはまったく灯っていない。不気味な印象を受ける。
やがて、内藤邸の門前にショボンがやって来る。彼はブーンを車から降ろし、窓を開けて話しかける。

(´・ω・`)「それじゃあ、お疲れ。僕は酒を呑んで寝るよ。また調査するのなら店に立ち寄ってくれ」

( ^ω^)「うむ。また明日にでも行くとするお。というか、そろそろ禁酒をしやがれ」

(´・ω・`)「無理だね」

ショボンの車が排気ガスを噴かせて走り去っていった。ブーンは門を開け、庭園を抜けて邸に入る。
玄関ホールは真っ暗だった。電気を点けて、彼は自室へと向かった。デレが帰っているかもしれない。
しかし、部屋には彼女の姿はなかった。落胆したままブーンは、遅めの夕食を摂る為に食堂へと入る。

そうして電気を点けると、ツンが椅子に座って眠っていた。妹の目の前にはラップがされた料理がある。
不良の兄の帰りを待っていたのだ。ブーンは感動して涙を流しそうになり、彼女の肩を揺り動かした。
どんなに強く動かしてもパジャマ姿の彼女は起きない。呼吸をしているので、死んでいるわけではない。



144: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:10:00.68 ID:zCzmOdzU0
ここで眠っていては風邪をひいてしまう。ブーンはツンを負ぶって、彼女の部屋へと運ぶことにした。
妹の身体は軽い。昔から変わっていないように感じる。それは、ブーンの身体が成長をした証である。
彼は部屋に入り、ツンをベッドへと寝かせた。頬に軽い口付けをすると、今日は抵抗されなかった。
ノンレム睡眠にまで差し掛かっているのだ。ブーンが部屋を去ろうとしたとき、あるものを見付けた。
テーブルの上にノートが置かれている。見覚えがある代物であった。ブーンはその場で正座になった。

( ^ω^)(日記帳)

ノートの表紙には“日記帳”と書かれている。前に、ブーンが覗き見ようとして怒られた日記帳だ。
ブーンはツンが眠っているのを一瞥して確認すると、ノートを手に取った。日記帳を名乗るからには、
開いてしまえば日々の生活の話題が書かれているものだ。それは、このノートとて例外ではなかった。

( ^ω^)(・・・・・・)

ツンには悪いと心の底から思うが、ブーンは日記を読み進めていく。彼は彼女の秘密を知って行く。
ほとんどが陳腐な暮らしの話を書き綴っているが、中には影を鎮まらせる方法にも触れた箇所がある。
“相手の恨みを知り、純心な気持ちで、全てを受け入れてあげる事”。影の退治には大切なようで、
数度に渡り、繰り返して記されている。それが伴っていなければ、影の心は満たされず、現世に留まる。
粗方日記帳を読み終えた彼は、テーブルの上に返して部屋の照明を落とした。扉がしずしずと閉じた。



戻る