( ^ω^)奇人達は二十一グラムの旅をしますようです

210: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:06:08.95 ID:zCzmOdzU0
―7― 同日 *時**分 時計塔

( ^ω^)「ツン。決して、僕の側を離れるのではないお」

ξ゚听)ξ「ええ。分かっておりますわ」

時計塔の内部に侵入したブーンとツンの二人は、エッシャーの無限階段のような階段を昇っている
真ん中に空いた空間では、時計の巨大な歯車が回っている。ブーンが見上げるが、頂上は見えない。
暗闇の中を明かりを持たずに、二人は手を繋いで階段を踏みしめて行くと、不意に塔が歪む音がした。
誰かが時計塔に入ったのだ。見下ろすと、懐中電灯の明かりが揺らめいていた。ブーンが呼びかける。

( ^ω^)「・・・・・・そこに居るのは誰だお!」

「僕だよ」

ξ゚听)ξ「ショボンさん?」

控えめな声が返って来た。ショボンである。彼も暗雲の中心を目指し、ここへと赴いたのだった。
ショボンは懐中電灯を頼りに、ブーン達が居る場所までやって来た。風雨で髪や服装が乱れている。



211: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:06:26.30 ID:zCzmOdzU0
(´・ω・`)「やっぱり君達も来ていたんだ。街では異変が起こっている。人が消えて行っているんだ」

( ^ω^)「知っているお。渡辺と佐藤が仕出かしたのだ。僕達は事件を食い止めねばならん」

(´・ω・`)「それなら行こう。渦巻き雲の中心は此処だ。きっと、時計塔の屋上に彼女達は居る」

三人は頷いて、再び歩き出した。懐中電灯の明かりがあるので、足取りはしっかりとしている。
やがて、ブーン達は階段を昇りきり、屋上の両開きの扉の前に立った。そこには光球が浮かんでいた。
最後で最期の、記憶である。ブーンがそれに腕を伸ばすと、意識が追懐へと飲み込まれていった。




“ブーン達は狭い畳敷きの部屋に立っている。煙草の匂いが染み付いていて、空気が汚れている。
 窓の外には一本の木が伸びており、微風により緑の葉々を囁かせている。時間は昼間のようだ。

(´・ω・`)「ん。あれ? 何時もとは感じが違うようだが」

 ショボンは嗅覚、視覚、触覚があることに驚いた。普通なら、意識に記憶が流れ込むだけなのだ。
 だが、ここでは自由に動ける。まるで現実のようにものに触ることが出来る。ブーンが説明をする。



212: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:07:14.06 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)「デレがいうには、強い影の記憶では、自由に動くことが出来るそうだお」

(´・ω・`)「へえ。それで、此処はどこなんだろう。アパートの部屋のようだが」

 辺りを見回せば、部屋が荒れた空間だとすぐに分かった。畳にはビールの空いた缶が散乱しており、
 粗末なテーブルの上には、煙草の吸殻が山盛りの灰皿がある。住人の姿が、容易に想像可能である。
 
ξ゚听)ξ「あら。あれは」

 ツンが片隅に赤子が眠っているのを見付けた。赤子は乱雑に敷かれたシーツの上に寝かされている。
 この子供が渡辺だろうか。平和な面持ちで呼吸をしているが、子供を置いて両親はどうしたのか。
 ブーンが腕を組んで考えていると、玄関の扉が開く音がした。柄の悪そうな男女が部屋に入って来る。
 男女は子供のことなど気にせずに、ビニール袋からビール瓶を取り出し、煙草をくゆらせ始めた。

( ^ω^)「何をやっているのだお。この愚民どもは」

 ブーンは憤慨して低い声を出した。記憶の中なので、男女には彼の姿は見えないし、声も聞こえない。
 自分達の子供を放っておいて、酒盛りをしている男女が許せない。煙草まで吹かせて、鬼畜である。



214: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:08:13.94 ID:zCzmOdzU0
 だから、酒を呑み、煙草を吸う輩は下劣なのだ。非喫煙者であるブーンは男へと近付いて、
 食って掛かろうとするがしかし、伸ばした腕は空を切った。触るのは不可能なのだ。彼は舌を打つ。
 男女が盛り上がっている最中、赤子は泣き声を上げた。抗議のつもりか、腹を空かせたのだろう。
 
 興を殺がれた男はビール缶を握り潰して立ち上がっり、うるさく泣き続ける赤子を、抱き上げた。
 天井へと向けて高く翳し、そしてあらん限りの力で、床へと叩き付けた。ブーン達は言葉を失う。

ξ;゚听)ξ「・・・・・・」

(´・ω・`)「・・・・・・」

(;^ω^)「・・・・・・は?」

 あまりに唐突な出来事であった。ブーンは間の抜けた声を漏らして、ただただ呆然と立ち尽くした。
 男が、畳へと赤子を放り投げたのだ。ようやく理解へと至ったブーンは、その場で両膝をついた。
 今は、赤子は泣き止んでいる。呼吸もしていない。その異変に気付いた女が、金切り声を上げた。

 アルコールに酔っての凶行である。取り乱した男は、救急車を呼ぼうとしている女を制止させた。
 「夜になったら、海に沈めてしまおう」。とんでもない言葉を男が口にすると、女は無言で頷いた。



215: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:08:30.08 ID:zCzmOdzU0
 場面は深夜の海へと変わる。人気のまるでない波止場に、一台の安物の自動車がやって来た。
 車から男女が降りてくる。男の手には、亡き赤子と一緒に石を目一杯に詰めた鞄が持たれている。
 男は汚いものを触るような手付きで、鞄を漆黒の海へと放り投げた。拍子で、海面に波紋が広がる。
 そうして自動車が去って行った。人間はあそこまで残酷になれるのか。ブーン達は一言も発せない。

(´・ω・`)「・・・・・・! あれを!」

 ショボンが珍しく大声を出した。彼の視線の先には、海から這い上がろうとしている少女の姿。
 渡辺である。彼女は空洞の双眸を恨めしげに開かせて、上下の歯をぎりぎりと噛み締めている。
 やがて、彼女はブーン達の足元まで昇りきった。背中には影である証の黒い両翼が生えている。
 
从゚ ゚从「許せ、ない」

 成長した未来の将来の姿を取っている彼女は、憎憎しげに呟いた。大きく息をし、上半身を起こす。
 彼女の身体からは、穢れた海に放り投げられた際に付着した臭いが放たれている。まるで異臭だ。
 渡辺はキッと睨んだ。その視線の先が自分だったのでブーンはとても驚いたが、彼女の視線は、
 先ほどの自動車が去って行った方向へと向けられているのだった。渡辺はゆらりと立ち上がった。

 渡辺はネオンが輝く街へと覚束ない足取りで歩いて行く。ここから、彼女の復讐の旅は始まった――。”



216: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:08:53.49 ID:zCzmOdzU0
(#^ω^)「これは許せないお! 絶対に、彼女を苦しみから解放してやらねばならん!」

意識が現実に戻って来ると、ブーンは怒鳴り散らした。渡辺は、本来保護をする役の両親に殺された。
大事件を企てるのは尤もな話である。彼女の怒りを鎮まらせてやる! ブーンは扉を開こうとした。

ξ゚听)ξ「お待ち下さい。そのような昂ぶった心では、渡辺に言葉を届かせる事は出来ませんわ。
      純然たる気持ちでなくてはいけません。お兄様。お兄様が許せないのは誰でしょうか」

(#^ω^)「決まっている。彼女の両親だお! なんて気の触れた奴らなのだ! 許せんお!」

ξ゚听)ξ「その両親は人間です。渡辺は人間が許せないのです。人間であるお兄様も同じ様に」

( ^ω^)「・・・・・・」

渡辺は両親だけに留まらず、全ての人間に怒りを燃やしている。穏やかな精神を持っていなければ、
彼女との会話が泥沼と化すのは必然である。ブーンは深呼吸をして心を落ち着かせ、扉を開いた。



217: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:09:44.71 ID:zCzmOdzU0

ゆっくりと屋上の扉を開けると、吹き飛ばされそうになるほどの一陣の風が、三人の身体を押した。
負けずに一歩を歩み出せば、風は弱まった。ブーン達の視線のはるか先に、二人の影が立っている。
地面には、半径が五メートルはある魔法陣が赤く輝いていた。魔法陣の円内にはヘブライ語と、
時計を模したローマ数字が描かれている。長針と短針もある。黒魔術めいた儀式の真っ最中である。

( ^ω^)「とうとう追い詰めたお」

渡辺達とは距離のあるところでブーン達は立ち止まり対峙する。これから何が起きるかは分からない。
慎重な行動と言動を求められる。いつかの陳腐な洋服を着ている渡辺は、魔法陣の外周に立った。
笑顔だ。世界を変えようとする影の表情は嫣然としていた。彼女は腕を広げて、明るい声を出した。

从'ー'从「私達を、追い詰めた? 追い詰められているのは、貴方達、人間なんだよ」

(´・ω・`)「渡辺さん。君が人間達を憎む気持ちはよく分かる。しかし、やり過ぎなんじゃないかな」

渡辺はショボンの言葉に答えなかった。別にどうでも良いといった感じだ。無視を決め込んでいる。
光り輝く魔法陣の真ん中まで来て、渡辺は両腕を広げた。くるくると横に回り、屋上の屋根を仰ぐ。

从'ー'从「今は、本来の時間なら、夜の十一時半。あと三十分で鐘がなり、そして世界は終わる。
      柵から、街を見下ろしてみて。にぎやかだった街も、今は声をしずめて、いいるうう。
      何を待っているんだろうね。何を待っているんだろうね。それは、決まっているよ。
      眠りに就いた街を、時間の角に閉じ込めて、そのまま消し去る。そして、誰も居なくなる」



219: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:10:16.87 ID:zCzmOdzU0
渡辺は歌うように言う。あと三十分しか時間は残されていない。時刻が満ちれば、時間融合の完成だ。
ブーンは言葉を選りすぐりながら、彼女へと歩み寄る。ツンの退治方法には必要な行動なのだった。

( ^ω^)「君。君は両親に殺されている。僕もその両親が許せないお。僕はそう思っている。
       だから、それでいいではないかお。一緒に、上手に生きて行く方法を模索しよう」

ブーンが渡辺の肩に触れようとした。そのとき、彼は見えない壁に弾き飛ばされ、後方まで転がった。
不様に、ブーンは屋上を囲っている柵へと背中を叩き付けられた。彼女には近付くことが許されない。
ツンがブーンに駆け寄ると、彼は微かな呻き声を漏らした。口の中を噛んでしまい、唇から血が伝う。

ξ;゚听)ξ「お兄様! しっかりなさって下さい!」

从;'−'从「近寄るから、悪いんだよ。私は、誰にも近寄られたくないの」

渡辺は触られそうになった肩を気持ち悪そうに掃って、佐藤の元へと戻った。後ろ姿には翼がある。
佐藤の隣で、くるりと渡辺が振り返った。彼女は穏やかな表情を浮かべ、睫毛をそっと上下させた。

从'ー'从「魔法には、生贄が必要なの。生贄。時間を操って、人間に、復讐をした時の気持ちがそう。
      晴れ晴れとした感情。それが生贄。彼らは、感情と共に、魔法陣の中へと閉じ込められる。
      それを原動力にして、魔法が発動する。そして魔法は、時計の邸を経て、全世界に拡散する。
      幼年期さながらの精神を持つ、人間達は消え去って、新しく、清い人類が、誕生するの」



221: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:11:05.34 ID:zCzmOdzU0
ならば、ヒートは魔法陣に吸い込まれたのか。彼女は一度、時間を止める懐中時計を扱っている。
時計の邸とは茂良邸のことだろう。渡辺はトソンには興味はなく、邸そのものに用事があったのだ。
トソンが怒ったのは副産物である。ブーンは痛む身体をかばい、ツンの肩を支えにして立ち上がった。

( ^ω^)「・・・渡辺はそれで満足なのかお?」

从'ー'从「私は」

渡辺は言葉を区切った。俯き、口を一文字に結んで表情を鹿爪らしくさせてから、彼女は顔を上げた。

从'−'从「私は、満足するよ。だって、私を苦しめる人間が、居なくなるんだもん。満足だよ」

( ^ω^)「僕は渡辺を苦しめたりしていないお。そのような僕ですら消し去るのか!」

(´・ω・`)「その通りだ。僕は君に対して邪な気持ちを抱いていない。憎むべきはその心だ」

ξ゚听)ξ「きっと、別な形で気を紛らわせる方法があると思う。今すぐ呪いを中止してちょうだい」

ブーンに続いて、ショボンとツンも敵愾心がないことを示す。しかし、それは渡辺には重荷だった。
迷うような言葉を掛けられると、渡辺はどうしようもなく頭痛を覚えるのだ。何とも堪え難き頭痛!

从; − 从「やめて! 気持ちが悪い! 佐藤さん。この人達を、殺してよ・・・」



223: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:11:52.92 ID:zCzmOdzU0
渡辺が両手で頭を抱え、顔を振りながら命令した。ずっと黙っていた佐藤が彼女を守るように立つ。
右手には鞘に収められた真剣が握られている。佐藤は左手で鞘を抜き取り、銀色の刃を露出させた。
左手に黒い鞘、右手に日本刀。彼女は不気味に輝く魔性の刃をブーン達に向けて、静かに歩み寄る。

トソンのときと同じだ。あのときはデレが戦って危機を救ってくれたが、現在居るのは人間三人だ。
実力行使では影に敵わない。刀の錆になってしまうのがオチである。三人は窮地に立たされてしまう。
この物語には、デウス・エクス・マキナなんてものは存在しない。彼らは風向きの変調を願うのみだ。

変調。それは、物語の動向が変わる瞬間である。この場合、屋上の扉が唐突に開いたことが、そうだ。
屋上に居る全員が、扉の方へと顔を向けた。そこには、シワの寄ったスーツを着た男性が立っていた。
騎士の登場である。ダークナイトだろうがホーリーナイトだろうが、どちらで彼を呼んでも構わない。

('∀`) ニコヤカ

大勢の視線が向けられたことにより、存在を認められるのが大好きな騎士はにこやかに微笑んだ。
華奢な身体つきのドクオは、右肩に安楽椅子を担ぎ、左腕には巻かれた赤い絨毯を抱えている。
彼は安楽椅子を置き、幅の狭い絨毯を転がせた。魔法陣の近くに居るショボンの足元まで到達する。

再び、安楽椅子を担いでドクオはせっせと歩き出した。ショボンの近くに豪奢なそれを置いた。
自分に差し出されたものかと、ショボンは目を丸くしたが、違うようだ。ドクオの主人は彼ではない。
ドクオは後ろを向いて深々と頭を垂れた。すると、屋上の扉から穢れのない花の如く淑女が現れた。



224: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:12:31.93 ID:zCzmOdzU0
川 ゚ -゚)「やあやあ。面白そうな事をしているね。なに。私を気にせず、そのまま続けたまえ」

ゴシックドレスの女性は、地面に敷かれた真紅の絨毯の上を悠然と歩く。状況など気にしていない。
黒い髪の毛の横側には、一輪の青い薔薇を模した髪飾りがされている。彼女は安楽椅子に腰掛けた。
まったく隙のない所作だった。クー。一等力の強い影である。・・・彼女が助けてくれるのだろうか。

川 ゚ -゚)「おい。どうした。私は見ているだけだぞ。さっさと、お前達の劇を観覧させてくれ」

居丈高に脚を組んで、クーは催促をする。やはり、高慢ちきな彼女はこの状況を楽しんでいるだけだ。
彼女からすれば、この場面は劇なのである。精神がぶっ飛んでいる。側に居るショボンは肩を竦めた。

リl|゚ -゚ノlリ「・・・・・・嘘。貴女は私を喰らおうとしている」

佐藤が老人のように嗄れた声を出した。彼女が視線を自分の足元に遣ると、クーの影が伸びていた。
黒い影は口を引き裂いて開け、佐藤の影を一飲みにしようとしていた。とても恐ろしい女性である。
見破られたクーは片眉を上げて、肘掛に肘を添えて頬杖をついた。そうして、他所へと向いて一言、

川 ゚ -゚)「気の所為」

罪悪感を覚えずに言った。何か頭脳を刺激するところがあったのか、彼女は珍しくけたけたと笑った。
一頻り口元を弛ませたあと、クーは元の冷淡な面持ちに戻って、遠くに立っている渡辺を見遣った。



225: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:14:26.28 ID:zCzmOdzU0
川 ゚ -゚)「君い。君の所為で、私の邸が消されそうになっているんだぞ。何とか申してみたまえ」

クーは渡辺を鎮まらせようとは考えていないのか、偉そうな口調だ。渡辺はびくりと身体を震わせた。

从;'−'从「あ、貴女は反抗すると、思っていた。でも、そんなの関係ないもん。邸なんて知らない。
       黙ってて、ちょうだい。あと二十分。それで、貴女達は、居なくなってしまうんだから」

川 ゚ -゚)「もっと、きつくお仕置きをするべきだったか。おい。ドクオ。君はどう思うのかね」

('A`)「クー様の申し上げる通りで御座います。彼女はクー様の平穏を乱しました。許せません」

川 ゚ -゚)「だそうだ。全く頭の具合が悪い召使いだよ。私は、起きた当時こそ君達を傷付けたが、
     今はそのつもりは無い。同じ虐待を受けた者同士だしな。君の苦しみは分かっている」

('A`) エエー?

後ろで首を捻るドクオは気にせず、クーは腰を上げた。そして、鋭い目付きと共に、腕を上げた。
人差し指を真っ直ぐに渡辺に向ける。渡辺は息を飲んで、ことの行く先を見守ることしか出来ない。



226: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:15:06.44 ID:zCzmOdzU0
川 ゚ -゚)9m「鎮まりたまえ。渡辺。私が引導を渡してやりたいが、生憎このクーめは人間ではない。
       影となり、人間の心を忘れてしまっていて、君に掛けるべき言葉が凡そ見当が付かぬ。
       君を導くのは、私の隣に立つ人間と――後方で愚かにも呆然としている人間である」

( ^ω^)「クー」

クーは腕を下ろし、椅子に座った。人間のみの愛でしか渡辺は鎮められない。ブーンはツンから離れ、
足を引き摺りながらクーの側に寄った。彼女が座っている椅子の背もたれに手を置いて、顔を上げる。

( ^ω^)「そう。僕達が君を慰めてやらねばならない。どれだけ傷付こうが後退りはしないお」

从; − 从「やめて! 佐藤さん。どうにかしてよお! 後少しで、呪縛は完成なのに!」

渡辺は悲鳴に近い叫び声を上げた。彼女は手を差し伸べようとすると、明らかな拒絶反応を起こす。
これは幾ばくかの後悔がある証拠だ。後悔をしていなければ拒絶はしない。ブーン達には機会がある。

リl|゚ -゚ノlリ「・・・・・・」

渡辺に抱き付かれた佐藤は、刀の切っ先を翳した。黒々とした瞳の視線はブーンへと向けられている。



227: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:15:49.42 ID:zCzmOdzU0
リl|゚ -゚ノlリ「君は、心の旅で何を見た?」

( ^ω^)「・・・・・・お?」

突然に訊ねられ、ブーンは眉を集めた。そう言えば、佐藤の言葉がが心の旅をする起因となっている。
夏の日。農業公園の小道で出会い、意味深な言葉を告げて、ブーンを須名邸へと向かわせたのだ。
そして、影の存在を知った。影は皆一様に暗い過去が背中に圧し掛かっている。彼は静かな声で言う。

( ^ω^)「・・・僕はクーの在り方を見て可哀想だと思った。それと、悪いことをしたとも思った。
      彼女は僕の再来をずっと待ち望んでいたのに、僕は忘れてしまっていたのだお。
      きっと、会いに行っていればクーは死なず、違った未来が在ったに違いないのだお」

川 ゚ -゚)「・・・・・・」

( ^ω^)「ヒートという影が居る。彼女は虐められ、あろうことか電車に飛び込んだのだお。
      僕は電車に関わる事故は絶対に許せない。だけれど、彼女もやっぱり可哀想なのだお。
      あんな優しい娘が虐められる世界があってはいけない。僕は彼女の死ぬ姿が見たくない。
      だから、どうにか現世に留まれるように鎮めた。本人には嫌われているようだがね」

从; − 从「い、一体、何の話をしているの?」



229: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:16:43.41 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)「茂良邸で出会ったトソンは、永遠の愛を探していた。けれどずっと見付からずに、
      彼女は正常な思考を失って夢の世界をさ迷っていた。彼女も可哀想な境遇だったお。
      僕は彼女の最期の、安らかな表情が忘れられない。恋愛映画を観せられた気分だった。
      あれに匹敵する――いや、あれ以上の愛を妻にあげられるか、僕は不安になったのだ。
      だから、あのときから僕は、日記を書くことを怠っていない。ずっと愛を綴って行く」

ブーンは一度唾を飲み込んで喉を潤わせた。

( ^ω^)「次に出会ったのはミセリという少女の影だお。彼女はショボンの実の妹なのだお。
      ミセリは良く出来た少女でね、自ら天国へと向かったのだ。兄との別れを物ともせず。
      そう。ミセリも可哀想だお。どうしてあのような優しい少女が早々に死なねばならん。
      世界は狂っている。あの事件のとき、親友が牙を剥いて来て、心底そう思ったのだお。
      だが、今は仲良くやっている。かけがえのない親友だお。これからも変わらずにね」

(´・ω・`)「・・・・・・」

( ^ω^)「そして、渡辺という子供の影が居る。彼女は可哀想だ。そう。全員可哀想なのだお。
      ――佐藤が言う心の旅で見たものは、ありとあらゆる可哀想のカタチだった!
      世界がどういう風に出来ているのかは知らないが、完全に美しくは出来ていなくて、
      如何なるときでも、目を伏せたくなるような事象が散在している。この世は恐ろしい。
      ・・・僕は、渡辺をこの胸に抱きたいと思っている。だって、可哀想ではないかお
      折角、この世に生を受けたのに、すぐに亡くなったのだから。可哀想。可哀想。
      ――僕はこれほどまでに胸が張り裂け、他人を抱きたいと思ったことはない!」



230: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:17:08.46 ID:zCzmOdzU0
从#゚ ゚从「やめろ! 三文小説はそこまでにしたまえ! 今すぐにその筆を折るのだ!」

渡辺が絶叫した。彼女の声には様々な色があった。身体の中に存在している、別の子供達の声である。
背中に生えている黒い粒子を放つ羽が、巨大化していく。渡辺はその力を持ってブーン達を殺すのだ。
もう彼女には声は届かないのだろうか。一歩一歩、ブーン達へと混沌が這うように近付いていく。

川 ゚ -゚)「やれやれ。また事件に巻き込まれてしまったな。平和な日常は、私を嫌っているらしい。
     これで決着がつけられるのかね。私達が消され、荒涼とした大地に少女が一人佇む・・・。
     だが、ちょっと待って欲しい。まだまだ終わらんよ。此処は小説の中では無いのだから。
     私達が殺されるという綺麗な落ちよりも、ぐねぐねと歪んだ不整形な結末が待っている。
     世界は気まぐれなのだよ。虐げたかと思えば、救う事もある。例えば、この一瞬――」

(;´・ω・`)「ん?」

ショボンが柵の向こうへと目を遣った。何か音が聞こえたからだ。自動車のエンジン音のようだった。
しかし、風景は雷が光る暗雲のみである。気のせいだった。再び、渡辺に顔を向けたそのとき――。
ショボンが目を向けていた反対側から、信じられないものが闖入して来た。一台のセダンである。
自動車が空を飛んでいた。何を書き記しているのかは分からないが、自動車が空を飛んでいた。



231: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:17:55.79 ID:zCzmOdzU0
その車は轟音を響かせて魔法陣の上を通り過ぎ、やがてくるくると回転したのち、動きを止めた。
扉が開き、這い出るように三人の人間が姿を現せた。ブーンが知る女性が二人と、知らない男性が一人。
車から降りた三人は、格好を付けるように肩を並べて立つ。真ん中の女性が腕を上げて大声を出した。

lw´‐ _‐ノv「呼ばれて無いのに現れる! シュー・シュテン、ただ今参上!」

\ζ(゚ー゚*ζ「灰色の頭脳を持つ名探偵、デレ・タマモですの!」

(;゚д゚)「え。その掛け声、僕もするんですか? ・・・・・・ミルナ・ストクです。はい」

ブーンは驚いた。行方不明になっていたデレが居たのだから。愛しの妻の帰来に、彼は安堵した。
一体、どこに行っていたのだろうか! ブーンは嬉々として、デレへと大きく手を振った。

( ^ω^)ノ「デレ! 君は何をしていたのだお! 随分心配したではないかお!」

ζ(゚ー゚*ζ「茂良邸まで行っていたのですの。ああ。もう一度お会い出来て嬉しいですの!」

デレはブーンに駆け寄った。二人は抱き締め合って、愛を確かめあう。そして、熱い口付けをした。
たった二日ではあるが、二人には千年は会っていない気分だった。デレは渡辺へと視線を向けた。



232: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:18:49.11 ID:zCzmOdzU0
ζ(>、<*ζ「渡辺さん! もう悪戯はここまでですの! あたし達がお相手いたしますの!」

この場には四人の影が居る。対して、相手は渡辺と佐藤の二人。人数的にはデレ達に分があった。
しかし、渡辺は睨み付ける。彼女は大人数の子供から成り立っている。それに影では影を倒せない。
いつかデレが言っていた。エル・オー・ブイ・イー。所謂愛の力のみでしか、影は打ち滅ぼせない。

从゚ ゚从「相手? 貴女達は、人間と同じ様に暴力で解決をするのですね。全く笑止である」

lw´‐ _‐ノv「誰も暴力で解決しようとは言っていないさ。君の前の女性。デレのお腹の中には、
       次の世代が宿っているのだ。君と同じ子供。それでも渡辺はやると言うのかい?」

(;^ω^)「本当なのかお?」

( ゚д゚)「僕は元医師です。精密に検査をしなければなりませんが、まあ、間違い無いでしょう」

ブーンは驚き、デレの腹を見つめる。渡辺も同じ様に見遣る。そこには胎児が宿っているという。
シューの言葉が嘘だとしても本当だとしても、卑怯な遣り方だ。渡辺は露骨に不快感を露にした。

从゚ ゚从「・・・・・・子供を盾にすると言うの? 大人って本当にやり方が汚いよね。そうだよね。
     佐藤。何をしているのだ。君は私の親友でしょう。力になろうとは思わないのか」

リl|゚ -゚ノlリ「私は」



233: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:19:31.31 ID:zCzmOdzU0
渡辺の目の前に立っている佐藤は、俯き地面に視線を落とした。束の間、そうしたあと顔を上げる。
そして、彼女は渡辺へと身体を向けて、日本刀の刀身を横にして翳した。渡辺は敵意を感じ取った。

从゚ ゚从「・・・・・・佐藤さん? これはどういう事か説明してくれるかな」


リl|゚ -゚ノlリ「私はどうすれば君が鎮まってくれるか、出会ってからずっと考えていた。・・・親友として。
      だけれど、渡辺は着々と呪いの準備を整えて行った。止めるのは、今この時しかない」

从゚ ゚从「成る程。君は時々、私を苦しめる事を言っていたね。見事に私が嫌いだったんだ」

リl|゚ -゚ノlリ「違うね。私は渡辺が好きだよ。親友だからこそ、心を鬼にして、ただ一撃を放つ。
      在世中に幾多の影を鎮めて来た――この内藤トオノが、親友である君に、慈悲の一撃を」

ξ;゚听)ξ「!?」

(;^ω^)「馬鹿な!」

ブーンとツンは狼狽えた。トオノとは兄妹の母親の名前なのだ。どうして母親が影になっている。
それに、どうして過酷な日々を送るよう仕向けたのか。ブーンには佐藤が母親とは思えなかった。
しかし、母親の名を騙って佐藤に何の得がある。佐藤は刀を翳したまま、背後の兄妹に語りかける。



235: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:20:23.66 ID:zCzmOdzU0
リl|゚ -゚ノlリ「二人とも、良く立派に成長をした。私は嬉しく想い、間も無く天へと召されるだろう。
      ホライゾン。ツン。今すぐにでもこの腕で抱いてやりたいが、私にはやるべき事がある。
      渡辺は心を壁にして、近付けないようにしている。私は、命を懸けてそれを取り除く」

「待ってくれお!」。ブーンが呼び止めるがしかし、佐藤は深く腰を落とし、白刃一閃の姿勢を取る。
刀身が輝く。彼女の動作は暗がりの中で、密やかに止まった。まるで時間が止まったかのような感覚。
玉響。佐藤は顔を上げ、渡辺を横一線に斬り裂いた。目に見えない結界が破られ、赤い飛沫が散った。
渡辺を守っていた壁に亀裂が走る。そして、ガラスの破片のような音を立てて、地面に散らばった。
しばしの沈黙のあと、佐藤は徐に刀を鞘へと収めた。彼女は、呆然としている内藤兄妹へと振り向く。

リl|゚ー゚ノlリ「・・・・・・あとは任せた」

短く告げて、佐藤の身体が粒子となって消え去って行った。・・・彼女は本当に自分達の母親だった。
最期に見せた笑顔が、正しく記憶に残るものと同じであった。ツンは崩折れて、泣き声を上げた。
ブーンもそうしていたかった。だが、母親に後を任されたのだ。彼女をあとを継がなければならない。

渡辺の胸からは血が噴き出している。その内に回復してしまうだろうが、確かに力が弱まっている。
雌雄を決するなら今だ。ブーンはつかつかと歩き出して、渡辺の前の立つと人差し指を向けた。
長々と語るべきことはない。まったく淀みのない瞳で、彼は渡辺を指差す。彼女は呻き声を上げた。

从;' '从「どうして、私の邪魔をするの」



236: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:21:07.15 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)9m「大人だからだ。大人は汚くてね。障害があれば、無理矢理にでも蹴散らしたくなる。
        例えどんな汚い手段を使ってでも排除をしたくなる。君に優しい言葉を掛けたりね。
        だが、そんな汚い大人にも心がある。二十一グラム。不変の重量を胸に抱いている。
        僕は君に本心から優しく言っているのだ。どうにか君を安らかに出来ないか考えている。
        渡辺! どうか君には、安らかに鎮まって欲しい。それが僕の正直な気持ちだお。」

从'−'从「・・・駄目だよ。私達はこんなにも辛いもの。穢れた世界を壊してしまわないといけない」

ζ(゚、゚*ζ「私のお腹の中には赤ちゃんが居るのです。それでも渡辺さんは、すると言うのですの」

デレはブーンの隣へと歩み出て、お腹を撫でた。渡辺はその様子を凝視して、前髪を掻き上げた。

从'−'从「・・・・・・・・・・・・汚いなあ。だから、大人って嫌いなんだ。ちくしょう。卑怯なんだよ」

渡辺は脱力して、両膝を地面についた。ブーンは屈み、彼女の身体を腕の中へと優しく包み込んだ。
ブーンの肌が黒く変色していく。彼女の身体は穢れきっているのだ。しかし、彼は抱擁を止めない。
これこそがツンの言っていた渡辺を鎮まらせる方法である。抱くという行為は愛を確認する為にある。
その基本的な行動を、ブーンは慈愛を伴って渡辺にしてみせたのだった。愛は地球を救うなどという。
それは、那由他の甘い言葉よりも遥かに力があって、愛に満ち満ちている。



237: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:21:51.47 ID:zCzmOdzU0
从'ー'从「・・・・・・ねえ。ペトロ。私の名前を呼んでちょうだい」

胸の中で渡辺が呟いた。ブーン達は渡辺の名前は知らない。赤子だった渡辺もまた自身の名前を知らない。
名前を呼ばれないと天国には行けない。ブーンは暫し悩んだあと、彼女の耳元で名前を告げたのだった。
それは、ブーンが自分の娘に付けようとしていた名前だ。それを繰り返し言って、渡辺は瞼を閉じた。

从- -从「良い名前。きっと貴方達の子供に生まれ変わる。でも、私が行使した呪いは止まらない」

( ^ω^)「なに? どうしたら止まるのだ」

从- -从「鏡を。私の剣となり盾となった鏡を覗き込むの。そして、貴方自身の心の旅をする。
      愛に終わりがあって、心の旅が始まるんだよ。果たして行き着く先は、天国か地獄か」

渡辺はポケットの中から一面の手鏡を取り出し、ブーンに手渡した。何の変哲もない手鏡である。
ブーンが手鏡を眺めていると、渡辺が首に腕を回した。ブーンは穢れで身体が重くなっているが、
力を込めて渡辺を抱き寄せた。彼が頭を撫でると、渡辺の緩やかな頬を沿って一筋の涙が伝った。

从   从「何だか疲れたよ。疲れて、頭が回らなくて、言葉に出来ない。今の私は幸せなのかな。
      うん。言わなくて良いよ。私は疑り深いから、今の気持ちを信じられなくなっちゃう。
      どうか、少しでも美しい世界になるように努めてちょうだい。私はそれだけが言いたいの。
      もう、子供達が悲惨な目に遭って欲しくない。優しい貴方なら、きっと大丈夫だよね。
      緑が見える。緑は平和の色。私が一番好きな色。ああ。私の意識がゆっくりと失って行く」



238: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:22:13.58 ID:zCzmOdzU0

「Viva la Vida」

そう言い残して、渡辺は現世から去ったのだった。ブーンの胸の中には、もう誰も居やしない。
彼は立ち上がり、椅子に座っているクー、その傍らに立っているドクオとショボン、後方のツン、
車の前で立っているシューと見知らぬ男性、そして視線を戻してデレの顔を見つめた。終わった。

渡辺は成仏を果たしたし、影になった原因は不明だが母親も天国へ逝った。あとは呪いを止めるだけだ。
その呪いを止める方法。渡辺は、手鏡を覗き込んで自分自身の心の旅をすれば良いと言っていた。
ブーンは折り畳まれている手鏡を開き、顔を覗き込もうとする。しかし、クーとシューが制止した。

川 ゚ -゚)「待ちたまえ。その鏡は自分自身の記憶を垣間見る代物だ。必ずや君の心は傷付くだろう」

lw´‐ _‐ノv「その覚悟が内藤さんにはあるのかい? 生半可な決心だと、帰って来れなくなるかも」

( ^ω^)「・・・・・・」

ブーンは腕時計を見遣った。時計の針は十一時五十五分を指していて、鐘がなるまであと五分である。
鐘が鳴ってしまえば、渡辺の呪縛は世界へと波紋を広げてしまう。それだと、彼女の願いは守れない。
力強く頷き、ブーンは手鏡を覗き込んだ。彼の身体が追懐へと飲み込まれ、最後の心の旅が始まった。



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