( ^ω^)奇人達は二十一グラムの旅をしますようです

261: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:34:56.60 ID:zCzmOdzU0
―9― 2013年 六月 午前八時 内藤邸

あの事件から二ヶ月が過ぎた。見事にブーンが渡辺の呪いを打ち破ると、魔法陣は音もなく消え去った。
ヒートや、その他の影を開放して消えたのだ。人間も戻った。解呪したのだから、平和な日々が蘇る。
ビップの住人は四月三日の記憶を失っている。大なり小なり騒ぎはあったが、事件は終結を迎えたのだった。

ζ(゚ー゚*ζ「あたし、庭でショボンさんをお待ちしておきますの」

デレが玄関扉を開けて庭へと出て行った。今日は、透き抜けるような晴天で、陽射しが眩しい。
結局、ブーンは父親の後を継がないことに決めた。都会へと進出し、私立探偵事務所を構えるのだ。
これからジョルジュの居る都会へと向かう。荷物一式は、事前に業者に頼んで運んで貰っている。

ブーンは開け放たれた玄関から、庭で佇むデレを見遣る。彼女は淡いピンク色のマタニティウェアを
着ている。妊娠六ヶ月である。本当に子供が出来ていたのだ。生まれるのは人間か、はたまた影か。
どちらかは分からない。だが、ブーンは知恵を振り絞って、子供を立派に育ててみせようと思っている。

時計塔の屋上で、デレとシューと一緒に現れたおっさんは医師だった。出産時、彼に頼むつもりである。
玄関扉を閉める。九時にショボンが内藤邸まで来て、駅舎まで乗せて貰う。勿論、そこからは電車だ。
彼は都会まで運んでやると言っていたが、電車にする。街を出ると同時に、過去を振り切りたいからだ。

いつまでもうじうじとしていては、仕事をやっていけない。ブーンは、踵を返して食堂へと入った。
食堂ではツンが紅茶を飲んでいた。彼女は邸に残ると言ったので、今日から少しの間お別れである。
寂しいがツンも一人立ちの時期だ。しかし、毎日電話を掛けてやる。妹想いな兄は、彼女の前に座った。

ξ゚听)ξ「お兄様にも、お紅茶をお持ちしますわ」



262: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:35:32.58 ID:zCzmOdzU0
九時まで時間がある。ツンの言葉に甘え、紅茶を頂くことにした。キッチンから彼女が戻ってくる。
ブーンの目の前に紅茶が注がれたコップが置かれ、ツンは前の席に腰を下ろした。静ひつな空間になる。
可愛い妹の姿を焼き付けておこうと、ブーンがじろじろと見つめていると、ツンは眉根を寄せた。

ξ゚听)ξ「お兄様は、よくよく私を気持ち悪く見つめますわね。旅立つ前からホームシックですか?」

( ^ω^)「馬鹿な。大切な妹の姿を、忘れないようにしているだけだ。気にせずとも良い」

ξ--)ξ「それって、結局の所寂しいんじゃないですか」

ツンが大きなため息を吐いた。ブーンは湯気の立っている紅茶を一口だけ啜り、乾いた喉を潤した。
これから、彼には言うことがある。それは、妹との関係を崩しかけない事柄だ。とても勇気が要る。
放っておいた方がいいものがある。しかし、ブーンは心にわだかまりを残しておきたくなかった。

最後に対峙するのは、凶悪な影ではなく、また自分自身でもなく、ツン――人間である。一人の人間。
ツンは、「影が嫌い。怖い」と以前は口々に言っていたのに、随分とちぐはぐな行動を取って来た。
トソンを前にしても怯まず、渡辺を鎮まらせる助手も願い出た。忌んでいる割に、積極的が過ぎるのだ。

ブーンはコップを受け皿に置き、きちんとした姿勢で座っているツンを眺めた。そして、彼は言う。



265: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:36:48.35 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)「ツン。ツンは影が嫌いなんだよね」

ξ゚听)ξ「・・・藪から棒に。そうですわ。私は彼らの所為で、邸に閉じこもっているのです」

( ^ω^)「ふむ。だけれど、君は積極的に退治をしてきたよね。まるで歴戦の勇士さながらに」

ξ゚听)ξ「・・・・・・」

( ^ω^)「そこで僕は考えたのだ。
      君は、“影なんて取るに足らないもの”だと思っているのではないかって」

ξ゚听)ξ「・・・まさか。私は影を恐れています。いつの時だってそうです」

( ^ω^)「悪いとは思ったが、以前、君の部屋でお母さんの日記を見付けて、読ませて貰った。
      そこには、とんでもないことが書かれていた。影との戦いの日々が綴られていたのだ。
      お母さんは影が見えていた。どうにも血筋らしい。僕達は、その血を引いている」

ツンが僅かに気色ばみ、ブーンから視線を逸らした。

( ^ω^)「ツンは影を退ける方法を完全に熟知していた。だから、恐れるに足らない存在だ。
      ほう。ここで奇妙なことが発覚する。君は嘘を吐き通して、この邸に篭っていたのだ。
      その理由を教えて欲しい。大好きな妹だ。例え、どんな理由だろうが僕は許してやる」



266: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:37:55.01 ID:zCzmOdzU0
言い終えて、しばしの間沈黙が流れた。ツンは、このまま黙秘をし続けてしまう。
ブーンは危惧したが、彼女はゆっくりと静かに口を開いた。そのつんと尖った唇が上下に動く。

ξ゚听)ξ「仰られる通り、私は影を恐れていません。何度も戦ってきたので感覚が麻痺しています」

( ^ω^)「ふむ。ツンは須名邸の一室で、僕とショボンに知らしめるように鏡を見ろと言ったね。
      須名邸に赴くのも積極的だった。あれは、君にどのような感情が働いたんだい?」

ξ゚听)ξ「ショボンさんには悪い事をしてしまいました。あの人は巻き込みたくなかったのです。
       お兄様にだけ影の存在を知って欲しかった。・・・私は、それまでのお兄様が嫌いでした。
       お母様が亡くなってから、すっかりと不遜になって、まるで小さな子供のようでした。
       だから、私の好きなお兄様に戻られるよう自分勝手に案じて、成長を促したのですわ」

( ^ω^)「心の欠片を見て、人の気持ちを知って成長をする」

ξ゚听)ξ「そうです。そうして、お兄様はご立派になりました。今は私よりも人格が出来ています。
      本当に良かった。これで私はお兄様を好きになれます。けど、邪魔に思う人間が居ます」

( ^ω^)「邪魔、とは?」

ツンは腰を上げて、ブーンに背中を向けた。その背中には、様々な感情の色がが圧し掛かっている。



267: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:38:47.93 ID:zCzmOdzU0
ξ゚听)ξ「デレです。私の愛するお兄様を奪い取って行った。私はお兄様を愛しているのです」

そして、ツンはブーンへと振り向いた。彼女の双眸は、今にも泣き出しそうに潤んでいる。

ξ゚听)ξ「私は、お兄様を一人の男性として愛しています。物心ついた頃からそう想っていました。
       大人になって、行く行くはお兄様と結婚をする。幼年期から、思い続けて参りました。
       でも、兄妹では結婚が出来ないのです。なのに、簡単に結婚をしたデレが許せなかった・・・」

食堂をうろうろと彷徨い始め、ツンは述懐を続ける。

ξ゚听)ξ「中学生の時、私は普通の人間と影とを見分けられる眼を手に入れました。覚醒をした。
       影には何の恐怖も感じなかった。お母様がお残しになった、日記があるのですから。
       そこで、私は一計を案じたのです。影の所為にして、邸に閉じ篭ろうと決めたのです」

( ^ω^)「そうすると、長い時間僕と一緒に居られることが出来る」

ξ゚听)ξ「ええ。ご名答ですわ。閉じ篭る事で、通学の時以外は、お兄様と過ごせられたのです。
       それ程までに愛してしまっているのに、お兄様と一緒になれない。世界は狂っています。
       兄妹なんて絆は、私には必要御座いません。ただ、男女の繋がりがあれば良かった。
       ・・・・・・この邸は音が筒抜けです。真下のお兄様の部屋から、声や物音が聞こえます。
       大体はお兄様とデレがお喋りになっている声です。けれど、夜になると喘ぎ声が響く」



269: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:39:54.93 ID:zCzmOdzU0
ブーンの側までやって来て、ツンは抱き付いた。甘い匂いが鼻腔を擽る。彼は妹へは顔を向けない。

ξ゚听)ξ「お兄様とデレがセックスをしている。その時の私は、暗澹たる気持ちに陥ります。
       私が望んでいる事を、別な女が実現をしているのですから。悔しくて毎晩泣いていました。
       それと同時、情欲が湧いて来て、私は自慰をしていました。枕を濡らしながらの自慰です。
       お兄様に抱かれている自分を想像して、その行為に耽る。お兄様の子種が注がれる・・・。
       ねえ。お兄様。今から私を部屋に連れて行って抱いて下さい。此処でも構いません。
       私はお兄様と離れ離れになるのがイヤ。最後にどうか、私に傷跡を残して欲しいのです。
       ・・・・・・この小さな世界で、一等の奇人は、お兄様ではなく、私なのでした」

とうとうツンは涙を流した。ブーンのスーツが水気を含んで行く。彼女は兄を愛していたのだった。
いいや。兄としてではなく、一人の男性として。ずっと影ながら、ブーンの成長を見守っていた。
気丈夫で健気な女性だ。ブーンは彼女の身体を抱けない。だがしかし、優しく包むことなら出来る。

彼はそっと立ち上がり、ツンの身体を優しく抱いた。頬を寄せ合い、頬に口付けをし合った。
そして、ツンが彼の胸の中へと顔を埋めた。兄妹という関係で可能なのは、ここまでである。

( ^ω^)「ツン。僕もツンのことを愛しているよ。ただ、兄妹としてね」

ξ;;)ξ「失恋、ですか」

( ^ω^)「そうだね。・・・これから僕の束縛から離れ、一人の大人として生きて欲しい」

ξ;;)ξ「いやいや。いやです。どうか、私の身体を滅茶苦茶にして下さい」



270: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:40:42.00 ID:zCzmOdzU0
ツンは言葉を聞こうとはしない。そうしていると、窓から自動車のエンジン音が届いた。
ショボンが早くに訪れたのだ。デレの足音が近付いて来る。二人は徐に身体を離した。

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンさん。ショボンさんが来てくれましたのー!」

明るい声を出して、デレが食堂に入って来た。ブーンは片手を上げ、ツンは後ろを向いて顔を隠した。
くりくりとした青い瞳が二人の様子を窺う。きっと、別れの挨拶をしていたのだ。デレは解釈して、
食堂から出て行った。ブーンはツンの姿を一瞥してから、食堂を出た。ツンが一人食堂に残された。

(´・ω・`)「本当に良いのかい? ブーンは電車が嫌いなのだろう」

( ^ω^)「構わない。ショボンには仕事があるのだろう。僕よりもそちらを優先したまえ」

言って、ブーンとデレが自動車に乗り込むと、ショボンが運転席に座って、エンジンを駆動させた。
ふと、ブーンは後ろを振り返り、内藤邸の巨大な全貌を眺める。ツンは見送りに来てくれなかった。
それもそうだろう。彼女は傷心の最中に居るのだから。動けないのだ。車がゆっくりと進み始めた。

もう一度、ブーンは後ろに振り返る。しかし、小説のように感動的なシーンが起こることはなかった。
車は内藤邸からどんどんと遠ざかり、無情にもブーン達を運んでいく。新たな旅の始まりであった――。



275: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:41:54.04 ID:zCzmOdzU0
――。
  _
( ゚∀゚)「それで聞いてくれよ。娘が俺の事をパパって呼んでくれたんだぜ」

( ^ω^)「そう! そいつは良いね! さっさと、出て行ってくれないかな。仕事の邪魔だ」

あれから一年後。ブーンは都会にて探偵の仕事をしていた。
ピップとは違い、都会には沢山の事件が転がっている。広告をしているのもあって、仕事は順調である。
だがしかし、問題が一つあった。ジョルジュが毎日のように、探偵事務所に入り浸っているのだった。
  _
( ゚∀゚)「まあ、そう言うなって。どうしてか、俺には友達が少なくてな。はっはっは。死ね!」

( ^ω^)「死ね、って・・・。友達が居ないのは、君がおかしな人間な所為だからだ。
      いい加減、女性の胸以外の興味を見付けてみてはどうかね。気持ちが悪い」
  _
( ゚∀゚)「ばか。俺からおっぱいを取ったらどうなると思ってんだ。ただの眉毛になってしまうだろ」

( ^ω^)「ただの眉毛・・・」

ジョルジュは凛々しい眉毛を動かせた。この太い眉はジョルジュのチャームポイントである。
「はあ」、とため息を吐き、肩を竦めて、ブーンは書類へと目を通した。とある既婚男性の素行調査だ。
その書類上に、男性が女性とホテルか出ている様子が撮られた写真を置いた。依頼は達成されている。



276: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:43:15.12 ID:zCzmOdzU0
  _
( ゚∀゚)「おっ。こいつはいけねえな。子供も居るんだろう。結婚をすれば妻子を守らないとな」

ジョルジュが手に取った証拠写真を、ブーンは奪い返した。探偵なのだから守秘義務を果たすべきだ。
秘密が漏れれば、名探偵の名折れである。ブーンが睨み付けると、ジョルジュは悪戯っぽく笑った。
この奇人め。ブーンは眉をひそめて、事務所の片隅へと視線を向けた。そこには、ソファに座って、
赤子に乳をやっているデレの姿があった。赤子の名前は**といい、彼とデレの間に生まれた女の子だ。
ミルナという元医師の影に手伝って貰い、無事に出生したのだった。赤子の背中には白い翼がある。

ζ(゚ー゚*ζ「よしよし♪ **ちゃんは可愛いですのー」

从- -从「・・・・・・」

人間と影の子供。まるで天使のような姿である。現世は悔恨と希望とが入り乱れて構成されている。
  _
( ゚∀゚)「お前達の子供は、どういう風に成長するのだろうなあ」

( ^ω^)「ふん。僕とデレに似て、聡明な人間になるに決まっている」
 _
(;゚∀゚)「ああそう。いつも思うが、ブーンの自信はどこから湧いて来るんだよ」

( ^ω^)「さてね。そろそろ新規の依頼者が来る時間だ。ジョルジュは帰りたまえよ」
  _
( ゚∀゚)「新規? 今度はどんな依頼なんだ? 口外しないから、こっそりと教えてくれよ」

ジョルジュは悪びれずに言った。毎度、彼はこのような調子なのだ。ブーンは教えたくはないが。
そうしないと彼は退散しない。ブーンは背もたれに深く背中を埋めて、ペンをくるくると回した。



278: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:44:16.79 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)「昨日、電話で連絡があった。女性で、行方不明になっている兄を探して欲しいらしい」
  _
( ゚∀゚)「行方不明。それはそれは。調査が難航しそうだな」

( ^ω^)「いいや。僕は一瞬で見付けてみせるね」
 _
(;゚∀゚)「本当に、その自信はどこから湧いて来るんだ? 行方不明なんてただ事じゃねえぞ」

( ^ω^)「実は、その兄の所在は既に突き止めているのだ。どうだ? 素晴らしいだろう」

ジョルジュが驚愕すると、事務所のガチャリと扉が開いた。事務所内の一同はそちらへと顔を遣った。
気の強そうな女性だ。女性は小さく頭を下げると、ブーンに誘導されるがままに、ソファに腰掛けた。
ブーンは女性の前に座った。鋭い目付きをしながら、彼は顎に手を添えて、依頼者に質問をした。

( ^ω^)「どうも。あなたは行方不明の兄を探している。間違いありませんね?」

女性は頷いた。



279: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:44:57.21 ID:zCzmOdzU0
「私の家は、とある大会社を経営しているのですわ。兄がその後を継がなければいけないのですが、
 不良な兄でしてね。ある時、自分の好き勝手に邸を飛び出したのです。何を考えているのやら。
 ・・・そのような兄ではありますが、私は好きなのです。もう一度、兄と暮らしたく思っています。
 今まで、兄の事など忘れて、私は邸にて過ごしておりました。ですけれど、もう限界なのですわ。
 兄は妻子を持っています。私が間に割り入れば、きっと、さぞや邪険に扱われる事でしょう。
 けど、それでも構いません。探偵さん。どうか、愚かで私の好きな兄を探してはくれませんか」

数秒間。ブーンは俯き、それから顔を上げた。彼は破顔一笑し、人差し指の先を女性へと向けた。



( ^ω^)9m「一緒に暮らす。内藤家の名前を捨てるつもりだ。君も不良だね――――ツン」

ξ゚ー゚)ξ「兄妹ですので、似ているのですわ」



人生は複雑に絡まりあいながら続いていく。この先、目を伏せたくなるような事実もあるだろう。
しかし、そんなときこそ心を、二十一グラムを強く持ち、想い、乗り越えていかなければならない。
こうして、青年は幼年期を終えた。彼の行く未来に、幸多からんことを。子供は、嬉しそうに笑った。


       一つの愛に終わりがあって、また一つの旅が始まるのであります。 
           5:二十一グラムは幼年期を終える 了



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