( ´_ゝ`)ロミオと川 ゚ -゚)ジュリエットのようです

2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 22:10:21.34 ID:55kKqYLn0
1.

ヴィップ州の街角で出会ったその娼婦には片方の乳首がなかった。



川 ゚ -゚)『歯が生えたばかりの息子に噛み切られたんだ。痛かったよ』



彼女はいつもそう言うがそれにしては切り口は綺麗だ。

それでは乳首の一インチ下にある煙草を押しつけた火傷の跡も息子がやったものなのだろうか。

腰にある酷い内出血の痕もそうなのか。
素人が縫ったようにしか見えない右肩の縫合跡は、裁縫の実習の跡だとでも言うつもりだろうか。

嘘を吐いているのだとは思うがその真偽には興味はない。
それに臍のすぐ下にある銃創を見るとどう考えても子供を産める身体には見えない。



( ´_ゝ`)『ああ、そうかい』



それでいつも、それだけ答えてまた彼女の胸に顔を埋める。



3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 22:12:39.16 ID:55kKqYLn0
女の左腕の内側と手の甲は赤く腫れ湿疹に似た発赤とその奥に散らしたような赤紫の内出血が
見える。無数の注射痕。これでは腹を撃たれなくても子供なんかとっくに産むことはできまい。

俺は彼女の部屋で寝泊まりしている。

出会いといえるほどのものはないが意気投合したと言ってしまえばそれだけなのかもしれない。

薄汚いシーツにくるまって昔話をしているといつの間にか朝になっている。
昔話以上のことをする日もあるし、しない日もある。

ただの気分だ。

俺が居候しているので彼女は客を取れず代わりに俺が一日置きにチンピラから脅し取った
小銭を恵んでやっている。

その金でデリバリーのピザやラップサンドやクソ不味いチャイニーズを食べて寝る。
儲けがいい日はフィッシュ&チップス、トロピカルジュース、それにビールが加わる。

食って寝る、それだけの生活だ。

やらなければいけないことも特にない。
日銭を稼ぐより気の合う女とのんびり過ごす方が百倍大事だ。

誰だってそうするだろう? 俺だってそうだ。



4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 22:14:45.67 ID:55kKqYLn0
この州に辿り着いたのは最後のモーテルを出てちょうど五日目のことだったと思う。

乗っていたバイクはもうとっくに燃料が切れたから道端に捨てていた。
この先当分ガス代が入る見込みはない。車庫代は言うに及ばずだ。そもそも盗んだものだ。

数百キロの鉄クズを引きずり回して遊ぶ趣味はなかった。

拳銃は持っていない。護身用のナイフをジャケットに隠したまま何日も歩き通した。

気付いたときにはヴィップ州に着いていて深夜だった。
そこで俺は朦朧とした意識のまま街角に立つ女にナイフを突き付けていた。

カネかメシを寄越せ、と言ったつもりだった。

だが次に意識がはっきりしたときにはこの部屋にいて裸でベッドに入っていたからもしかしたら
違うことを言ったのかも知れない。





それだけの関わり合いで俺と女は同じ部屋で寝泊まりすることになった。



6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 22:17:01.21 ID:55kKqYLn0

( ´_ゝ`)『名前、教えてくれよ』



そう聞くと女はいつも笑って首を振った。



川 ゚ ー゚)『名前はない。ただの娼婦だよ。それで何か問題あるか?』



毎回同じ答えだ。



( ´_ゝ`)『なんて呼べばいいんだよ』



川 ゚ -゚)『いつものように、おい、とか、お前、でいい。第一、君も名乗らないじゃないか』



8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 22:19:00.40 ID:55kKqYLn0

( ´_ゝ`)『俺? ジョン・ドーだよ』



川 ゚ -゚)『じゃあ私は、ベティ・ドーだ』


ジョン・ドー、ベティ・ドー。身元不明者に付けられる名前。

名無しの権兵衛同士。

お互い根無し草だ。

それだけでいい。



9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 22:21:08.93 ID:55kKqYLn0
真っ昼間から全裸で二人並んでシーツにくるまり窓の下を見下ろしていた。

ほぼ毎日の日課だ。

眼下の古びた灰色の煉瓦の上を自動車、自転車、歩行者、金持ち、貧乏人が何人も何人も。
それらが通り過ぎていくのを何も考えずにただ見ている。

一本向こうの通りの影の街灯の下にハンチングを被り厚手のジャケットに両手を
突っ込んだ男が手持ち無沙汰に立っているのが見える。

プッシャー。売人だ。



( ´_ゝ`)『昼間っから精が出るゴキブリだな。
      いや、伝染病をバラ撒くドブネズミか』



冗談めかして言うと女は片眉を上げる。

首を動かした拍子に乳首のない裸の片胸がゆさりと揺れ、そこに視線が行く。



川 ゚ -゚) 『やめてくれ。
      確かに褒められたものじゃないが、私たちの後ろ盾でもあるんだ。
      彼らは、警察よりはアテになる』



11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 22:23:07.54 ID:55kKqYLn0

( ´_ゝ`)『どうだか』



売人は嫌いだ。というよりヤクが嫌いだ。



川 ゚ -゚) 『君は、クスリは嫌いなのか?
      死にかけで淫売にたかるような人種が、珍しいな』



( ´_ゝ`)『貧乏で路頭に迷うのとヤク中で路頭に迷うのとは違う』



俺の苛立ちに気付いたようで女はそれ以上何も言わない。
黙って座りまた窓の外を見ていたが静かに口を開いた。



川 ゚ -゚) 『君は、どうしてこのヴィップに流れてきた?』



答える必要は無い。黙っていると女は本格的に興味を持ったらしく身体を起こし両手で
俺の顔を挟んでまた、どうして、と繰り返す。
面倒臭い。



13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 22:25:09.47 ID:55kKqYLn0

( ´_ゝ`)『弟がジャンキーに殺された。前に住んでた街で』



静かに言う。

女は息を呑む。
こんな掃き溜めでこんな暮らしをしているのに人の死には慣れていないらしい。



( ´_ゝ`)『俺の街ではアジアンが幅を利かせてた。ヤクの出所はチャイナタウンだ』



窓の外を見る。スモッグまみれの空は灰色で重苦しい。



( ´_ゝ`)『弟を殺したジャンキーの裁判に、チャイナタウンの重役が証人として出廷した。
      罪を問うことはできない。検察もあいつを引っ張り出すまでは努力したが、そこから
      先は法律じゃ裁けなかった。当たり前の話だ』



女は黙っている。



15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 22:27:10.39 ID:55kKqYLn0

( ´_ゝ`)『俺は、弟が稼いだ金と自分の貯金をはたいてハマーを買った。裁判所の前で待って、
      出てきたキチガイと得意顔の黄色いチンパン野郎をまとめて轢いた』



言い終えて女の顔も見ずにベッドに寝そべる。
窓に背を向けて腕を組む。



( ´_ゝ`)『で、お尋ね者の流れ者だ。このザマだよ』



川 ゚ -゚) 『それは、本当なのか?』



女の固い声が降ってくる。
手を振り、返す。



( ´_ゝ`)『ああ、ぜんぶ嘘だよ。金は酒とバクチで使い果たした。
      家族にも隣人にも愛想尽かされて放浪さ。ヤクより酒の方が性に合っててね』



17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 22:29:17.89 ID:55kKqYLn0
女は笑い、同じように横になって俺の腹に後ろから腕を回す。
背中に体温と柔らかい脂肪に包まれた皮膚の感触を感じる。



川 ゚ -゚) 『何だ……バカなことを。
      悪い冗談はやめてくれ、怖いじゃないか』



( ´_ゝ`)『ああ、そうだな。悪い冗談だよ』



悪い冗談だ。

ベトナムにいた時は、平地で車に乗っている時は弾が勿体ないから黄ザルは轢き殺せと教わった。
それなのに故郷に戻ってその教えを実践したらこのザマだ。

ベトナムの方がこの国より自由だなどとは知らなかった。

自由の国が聞いて呆れる。





本当に、悪い冗談だ。



18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 22:31:13.02 ID:55kKqYLn0
部屋には時計もカレンダーもない。
だから何年の何月何日のことかは思い出せないが、取り立てて言うこともない朝だ。

ある寒い朝、日課に出ようとしている俺を彼女が呼び止めた。



川 ゚ -゚)『そういえば、君はどこから来たんだ?』



( ´_ゝ`)『オフクロのオマンコから』



川 ゚ -゚)『その後は?』



( ´_ゝ`)『肥溜めだよ』



答えたくないと言うことは十分察したらしい。



20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 22:33:17.97 ID:55kKqYLn0
川 ゚ -゚)『……全く、君という奴は。まあいい。友人が、ラウンジ州から来た男を捜しているんだ。
     ラウンジからこの州に来た知り合いがいれば、教えて欲しい』



彼女の腕の注射痕を見ながら考える。

ヤク中の娼婦にわざわざ人捜しを頼むような真人間がいるだろうか。

真人間の友人なら、大抵は同じ真人間だろう。真人間は当然ヤク中の娼婦を買わない。
つまり、その友人とやらは真人間ではない。

第一そもそも推測などしなくても尋ね人の見当は付く。
いや、見当どころではない。



川 ゚ -゚)『知っているか?』



( ´_ゝ`)『いや。覚えはないね』



ラウンジから来た友人に心当たりはない。だから嘘じゃない。



22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 22:36:25.63 ID:55kKqYLn0

( ´_ゝ`)『で、誰がお前にそんなこと聞いたんだ?』



川 ゚ -゚)『……友人だよ。昔からの友人だ』



昔。

恐らくは彼女がヤク中になるのと同時期にできた友人だろう。



( ´_ゝ`)『ふーん。ま、会えるといいな。そのラウンジから来た男に』



それだけ言って部屋を出る。

色々あって帰ってくる頃には夕方になっていた。



24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 22:38:37.97 ID:55kKqYLn0

帰った俺の顔を見るなり女は言う。



川 ゚ -゚)『お腹が空いた。飢え死にするところだったぞ』



( ´_ゝ`)『奇遇だな。俺も空腹で死にそうだ』



答えながら懐から出したホットドッグを整理整頓とは縁遠いテーブルに放る。

女は半裸のままベッドを下りてテーブルに座った。

飢え死にするところだったと言う割には、ナイフの血脂を落として来るまでその姿勢でいた。

そのまま二人で無言でホットドッグを食べ、シャワーも浴びずにベッドに入って寝た。



25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 22:40:24.44 ID:55kKqYLn0
身体の傷痕を除けば女は上玉だった。
髪を整えて化粧し毛皮のコートを着ていれば淫売じゃなく指名制のコールガールと言われても
疑いはしなかっただろう。

だが女は片方の乳首がなく代わりに根性焼きの跡が残っていてしかも十中八九ヤク中だ。
たまにもどかしそうに洗面所に歩いていき、数分後弛緩しきった顔で戻ってくる所を見ると
ヤクと完全に決別しているわけではないようだ。

明け方前にふらりと出て行って何時間か戻らないこともある。それも定期的にだ。



川 ゚ -゚)『君はなぜこんな私を好いてくれる? なぜ、いつまでも居てくれるんだ?』



女は聞く。俺は答えない。



川 ゚ -゚)『私はこんな身体で、貧乏人だ。学もない。それなのに、なぜなんだ』



( ´_ゝ`)『成り行きだよ』



眠い目を擦り答える。それもそのはずで今は明け方の三時だ。



26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 22:42:35.93 ID:55kKqYLn0
首を捻り彼女の顔を見ると瞳が不自然に痙攣し僅かに左右に絶え間なく動いている。
唾を飲み込む頻度はやけに高いし決して暑くもないのに汗を掻いている。

良くない入り込み方をしているのだろう。



川 ゚ -゚)『適当な事を言うな。成り行きなんかでこんな惨めな女と暮らせるか。
     なあ、本音を教えてくれ。怖いんだ、気になるんだ。だから、どうしても知りたくて』



面倒臭い。



( ´_ゝ`)『……惚れてるからだよ。
      お前に惚れてるから』



川 ゚ -゚)『本当か? 本当に? 本当に、そう思ってくれてるのか?』



( ´_ゝ`)『ああ、そうだよ』



28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 22:44:34.65 ID:55kKqYLn0
何日かおきにタチの悪いトリップを繰り返す女の質問に同じ答えを返す。

惚れてるんだ。一目惚れだよ。愛してるんだ。本当だよ、嘘なんか吐かない。俺の目を見ろよ。



川 ; -;)『本当に? ……嬉しい。私、嬉しいよ。
      ごめん、いきなりバカなこと聞いてしまってごめん。私を許して、許してくれ……』



その度に女は泣き、詫びる。



( ´_ゝ`)『ああ。いいんだよ。いいんだ。気にするな』



そして俺はその嘘にいつしか疲れてくる。



川 ; -;) 『ごめん、許してくれ。私、こんな身体で、娼婦で、汚れていて、だから誰かに
      愛されたことなんて無くて、それでも君は一緒にいてくれて……幸せだけど、
      幸せすぎて怖くて、それでどうしても聞かないと我慢ができなくてそれで――』



30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 22:49:15.17 ID:55kKqYLn0
バカ女が。

鏡を見てみろ。

なぜ俺がこんなヤク中で全身傷痕だらけのバケモノ女に心底惚れないといけないんだ。

ああ、そうだ。

きっとこいつが余りにもしつこくバカらしい質問ばかり繰り返すから俺は自分の心を偽るようになって
しまって、それでこの女と同じように俺は女に惚れているとそう思い込むようになったんだ。

疲れているだけ。

惚れてなどいない。

絶対に惚れてなんかいない。

しゃくり上げながら全裸でベッドの上に起き上がり、片方の乳首が無い大きな胸を揺らしてガキのように
泣きじゃくる女を宥めながら何度もそう思い返す。

こいつに対して感じる愛着など、三本足のノラ犬に対して感じるそれと大差はない。

そうだ。

その通りだ。



33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 22:52:15.85 ID:55kKqYLn0

いつかこいつがオーバードーズで死んだりしたら。

そうしたらこの部屋から見えるアパートメントの裏庭に埋めてやろう。

冗談半分にそう思った。





だがその時、俺はきっと泣くだろう。

自分が掘った墓穴が流れて埋まってしまうぐらい本気で泣くだろう。



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