( ^ω^)死人に口はないから歌えないようです
- 1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/10(金) 23:18:31.34 ID:o9ZYWhzD0
- 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
まだ 生きたい
まだ 生きたい
- 2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/10(金) 23:19:53.39 ID:o9ZYWhzD0
- 閑散とした公園で一人、僕はギターを抱えて俯いていた。
最近作曲に行き詰っていて、何かいい気晴らしにでもと思ったのだが、
訪れた先はまるで死んだように静かだった。
( ^ω^)「えーと……」
CからDへ、そしてB5。
どちらかというと寂しげな音のつながりだ。
ここからBmadd9……。
( ^ω^)「E……」
何か違和感は残るが、ひと先ずこれでいいだろう。
自分自身納得がいかないまま、僕は一度ギターを手から放した。
腰掛けるベンチの隣には当然誰もいない。
代わりに冷めきった缶コーヒーがポツリと置いてある。
- 5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/10(金) 23:21:58.59 ID:o9ZYWhzD0
- しかし、やはりマイナーコードを加えるべきだろうか。
曲のイメージ的に、僕はそう思った。
メジャーは明るい曲調になる。もっと暗くしたい。
( ^ω^)「けど、違うんだおねー……」
缶コーヒーを傾ける。微糖と書いてあるが少し甘すぎる気がした。
( ^ω^)「しかし静かだお」
先ほど死んだように、と思考したが、あながち間違いではない。
むしろ、正しいのかもしれない。
気持ちが沈む。どうにも悲しくなる。
僕は寒空の下、一つため息をついた。
- 7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/10(金) 23:23:29.31 ID:o9ZYWhzD0
- 自宅の扉を――防音マンション――を開けて、僕はようやく生きた心地がした。
外を歩いているとどうにも生きている気がしない。
生気を感じぬ場所にいると、不安になる。
果たして僕は今生きているのか。歩いてる場所は存在しているのだろうかと。
しかし普段の生活空間を見つめてみれば、不思議と僕は生きているのだと気付く。
床に散らばった譜面集や、投げ捨てたままの衣服。
何日間も放置されたままのコンビニ弁当やシンクに放置されたままの食器類。
そして煙草と酒の渦巻く空気。
( ^ω^)「ただいま」
当然同居人はいない。悲しい事に浮いた話の一つもない。
だがしかし僕はこの空間を気に入っていた。
ここは僕の存在できている一つのシーンだから。
ソフトケースからギターを取り出し、スタンドに立てかける。
終えると同時に煙草に火をつけて、テレビのリモコンを手に取り、スイッチをつけた。
- 9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/10(金) 23:25:21.08 ID:o9ZYWhzD0
- ( ^ω^)「毎日変わらず砂嵐ばっかりだお」
昼の時間帯、特に目ぼしい番組もなく。
日本引き籠り協会の面白みのないニュースが視覚に入ってくる。
それ以外の番組は全て砂嵐だった。僕はそれに抵抗するように全てのボタンを一から順に押して回る。
ようやく飽いたころには、やはり一つだけのニュース番組が画面に収まった。
( ^ω^)「あ……」
目に止まるその文字。
『自殺者増加。謎の自殺因子』
( ^ω^)「アポトーシス……」
つい半年ほど前からの話だ。
最初は、鳩の大量の死骸が世界各地で発見され、次にカラスの大量死骸が発見された。
空に生き物がいなくなると、次は海だった。
鯨の上陸死体なんて珍しいものでもないと思っていたが、ある日テレビに映し出された海面は
まさしく死海だった。
そして、陸。
- 11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/10(金) 23:27:31.45 ID:o9ZYWhzD0
- 最初に死んだ動物は忘れたが、今や地球上に残っているのは人間と植物だけとなった。
しかしそれも数が激減し、今や世界人口も億を切った。
植物もほとんどが死に枯れ、やれオゾンだCO2だ意味の分からない羅列が飛び交った。
( ^ω^)「皆死ぬのかお」
死んだ友人を思い出す。
まだ間もない話だ。先週あたりのことだった気がする。
そう思いいたったとき、僕自身ままならないほど精神にきているのだと理解した。
( ^ω^)『もしもし』
携帯電話にかかってきたのは、僕の親友でもありバンドメンバーのドクオという奴だった。
大人しい奴で、しかし事音楽面でも性格面でも僕とはとにかく馬があった。
『ブーンか』
( ^ω^)『僕の携帯だからそうに決まってるだろうお』
- 12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/10(金) 23:29:35.55 ID:o9ZYWhzD0
- これも彼なりのジョークだろうかと少し笑む。
ところがどこか様子がおかしい。電話越しでもただならぬ雰囲気を僕は理解した。
何故だろう。きっと僕が彼と付き合いが長いからだろう。
( ^ω^)『どうしたんだお』
訊ねる。だが返答はない。
何度も僕は繰り返し訊ねた。
そんな事が十を数える頃、ようやく彼は口を開いた。
『生きたいよ』
すぐさま理解した。
彼にもきたのだと。
『俺、死にたくねーよ。まだ国外でライブもやってねーんだよ。クーを一人にできねーよ』
『苦しいよ。怖いよ。何でだよ。何でこんなに死ななきゃいけないんだよ』
『因子だ。これは自殺因子だ。崩壊因子だ』
『ブーン、今までありがとう。お前の声、大好きだったぜ』
- 13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/10(金) 23:31:34.71 ID:o9ZYWhzD0
- その明くる日、彼が自ら首を包丁で貫いたことを知った。
( ^ω^)「ドクオ……」
そして彼に続くように、残りのメンバー二人も、僕の知らぬところで生を断ってしまった。
聞くところによると彼の彼女のクーという人も死んだらしい。
今や世界は恐怖の中にある。
荒れ果てた市街や崩壊したビル、路上で泣きわめく子供を見た時は僕も涙をこぼした。
そんな最中でも僕は音楽活動を続けていた。
どうせ死ぬ。それは分かっている。本能で理解している。
それはたぶん、きっと全生物がそうだったに違いない。
けど僕は止めようとは思わなかった。
例え現状、一人になったからと言って僕がギターと歌を捨てることはしなかった。
- 15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/10(金) 23:33:16.46 ID:o9ZYWhzD0
- アポトーシス。
多細胞生物の体を構成する細胞の死に方の一種で、個体をより良い状態に保つために積極的に引き起こされる、
管理・調節された細胞の自殺すなわちプログラムされた細胞死。
これがこの世界で起こっている病気。
いや、治療なのかもしれない。
憶測を出はしないが、これは地球という個体を修復するために起こされたことだと思う。
テレビの中でお偉いさん方が言っていたからね、間違いではないだろう。
しかし身勝手な話だ。
生み出したのは、必要としたのは地球だろうに。
いや、自分勝手なのは僕たち動物の方だったのかも。
地球を傷つけてきたことは事実だ。様々な環境問題や地球に関する取組、いろいろとあった。
もしかしたら当然の報いなのかもしれない。
だけど――
( ^ω^)「止め止め。らしくないお」
- 17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/10(金) 23:36:34.87 ID:o9ZYWhzD0
- 考えを打ち切る。こんなことじゃ僕らしくない。
そうだ、そう言えば腹が空いている。
( ^ω^)「今日はどのラーメンにしようかお〜」
お、グータの豚骨がある。
しかしこんな贅沢なカップラーメン、他にはあるまい。
この厚い叉焼。濃厚かつスッキリとした豚骨スープ。
そしてこの麺のしなり具合と言い、申し分ない。
( ^ω^)「……手料理食べたいお」
母の味が恋しい。死んだけど。
こう言うときお嫁さんが欲しくなる。ほとんど死んでるけど。
( ^ω^)「まあ恋愛なんて僕らしくないですおね」
バンドマンならモテて当然だと思うだろうが、残念ながら現状がこれである。
あまり夢を見ない方がいい。
- 18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/10(金) 23:38:18.98 ID:o9ZYWhzD0
-
※
よどうを垂れて見つめてる、今か今かと死を急かす……
( ^ω^)「いやこれはおかしい」
パソコンのメモ帳に書き連ねたばかりの詞をドラッグ、削除。
先のメロディーに詞をつけようとしたのはいいのだが。
( ^ω^)「どうにも破滅願望がむき出しだお」
元々僕のバンドはそういうスタンスだ。
ノリノリで腕を振って暴れまわるようなバンドではなく、むしろ葬式並みに暗い。
暴れるというのも一つあるが、それは静かに暴れて爆発するタイプだ。
鬱系バンド。それが僕らに与えられた世間からの評価だった。
ファンもそれなりに居る。自慢じゃないがCDの売り上げもライブの売り上げも絶好調だ。
いや、だったが正しい。
そう考えると現代人は皆、暗いのかもしれない。
どこか居場所を求めるが、しかし日のあたる場所を嫌う。
内に秘める鬱憤や苛立ちを吐き出せばいいのにそれができない。
負の感情が積もりに積もった挙句、たどり着いたのが僕等の音楽なのだろう。
- 19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/10(金) 23:40:27.38 ID:o9ZYWhzD0
- 皆、疲れているんだ。
癒しを求めたり、安らぎを欲しがる。
けど一番欲しいのはそうじゃない。
誰もが共感を求めたがる。自分一人が辛いという分けではないと理解したがる。
そしてまた頑張ろうと思える。或いは自分に悲観し酔いしれたいのだろう。
孤独の賛歌……
ある時、そう題うった曲を出した時がある。
僕自身が経験してきた理不尽な世間や人を信じぬ疑心暗鬼を現した曲だ。
これも静かで葬式のようなイントロから入る。
だがサビに入ると劈くようなギターと吹き飛ぶほど激しい歌声。
僕の一番得意な種類の音楽だ。
これが見事にヒットした。僕等のバンドの代表曲とまで謳われた。
けれどその時僕は言いようもない悲しみに囚われた。
皆、辛いのか……
孤独になりたがる癖に、その実人と触れ合いたいと願っているのか……
全てを吐き出せば楽になれるだろう。
だが日本人という奴はそれができない人種が多い。
だから僕の歌を求める人が多かった。
自分の気持ちを表してくれる僕の音が。
- 22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/10(金) 23:44:31.37 ID:o9ZYWhzD0
- けれど今回は違った。
それまでの僕の音楽とは何かが違う。
デストルドーに包まれていた僕だが、何故かリビドーを帯びていた。
何故だ?
( ^ω^)「ドクオ……」
君のあの言葉が耳を着いて離れない。
『生きたいよ』
そんな、まさか。
君は僕のように破滅願望を持ち合わせ、なおかつ孤独を好いていたのに。
その君がそう言うとはどういうことなんだ。
( ^ω^)「…………」
そんな時だった。
ふいに心に妙なものが突き刺さった。
それを僕は驚いた。
嘘だ。僕にそんな気持ちがあるわけがないのに。
だが僕の指は、今感じたものをメモ帳へと書き連ねていた。
- 24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/10(金) 23:46:37.99 ID:o9ZYWhzD0
- 車にギターを積むと、僕はすぐさま目的の場所へと飛ばした。
先ほどCD-Rに焼きつけたデモを小さな音量で流し続ける。
( ^ω^)「いい歌だお……」
隣の席に、プリントアウトした詞を広げ、何度も見つめる。
満足いく出来だった。これまでにないほど。
あの孤独の賛歌という悲惨な歌をも忘れるくらい。
頭の中に他のパートのイメージを描き出す。
ギターはすぐさま完成した。
間奏はどうしようか悩んだが、ここだけは激しくいきたかった。
今やリビドー溢れる僕の、活き活きとした音を刻みたかったから。
ベースも案外楽にイメージできた。
どちらかというと僕はベースから曲を作る性質だ。
フィンガーにしよう。優しく、しかし力強く、滑らかな音を奏でたい。
ドラムは迷った。しかしこの曲には小難しいのは一切必要ない。
ここは彼女に任せるとするが吉だ。
- 26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/10(金) 23:48:56.39 ID:o9ZYWhzD0
- 到着したのは僕の事務所のレコーディングスタジオだ。
駐車スペースにはたった一台の車が止まっているのみで、僕はわざとらしくその隣に車を止める。
デモと詞、そしてギターを担ぐと僕は迷わぬ足取りでスタジオへと向かった。
階段を上り、待合室へと到着するとそこには見慣れた女性の姿があった。
ξ゚听)ξノ「よっ」
彼女はツンデレと言って、我がバンドのマネージャーだ。
小柄なくせに男勝りな性格でお転婆。
しかし音楽の知識は豊富で時に彼女には活躍の場面がある。
そして今日がその活躍する日だった。
( ^ω^)「ツン、話は電話でした通りだお」
ξ゚听)ξ「あたしは別にかまわないけど、あたしでいいの?」
と言う割には、彼女の手元はノートパソコンの上に置かれている。
彼女持参のものだろうが、スリープを解除したらきっと待ち構えているのはGuitar Proだろう。
- 27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/10(金) 23:51:24.51 ID:o9ZYWhzD0
- ( ^ω^)「君だからこそ、だお」
そう言うと、彼女はいやらしい笑みを浮かべてノートパソコンを開いた。
やはり予想通り待ち構えていたのはGuitar Pro……流石はツン。
このソフトは作曲の際使いやすくて、プロの間でも結構使っている人が多い。
簡単にいえば譜面を書き起こしてそれを読み込んで音まで出してくれる、そんなソフト。
ξ゚听)ξ「じゃ、早速起こしましょうか」
ツンと共にTABを起こしていく。
ξ゚听)ξ「ふんふん、ベースはこんなもんでしょ」
僕のベースのラインは彼女も同意してくれた。
即席の割に素晴らしい出来だと僕も思う。
ξ゚听)ξ「ギターは……うーん……」
と唸り声をあげた。
どうやらサビと間奏以外に違和感を感じるらしい。
- 29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/10(金) 23:53:46.58 ID:o9ZYWhzD0
- ξ゚听)ξ「ここはこうじゃない?」
( ^ω^)「おっ!いい感じだお!」
少しずつ手直しを加えていく。
別にMTRで録ってもよかった。
だが、僕はそれに違和感を覚えた。
どうしても一気に演奏したかったのだ。
そう、僕の思いつきのため、その日のため。
一度も演奏せず、当日の本番のみで、演奏したかった。
ξ゚听)ξ「……オッケー。全パート完璧よ」
よくこんなの出来上がったわね、とツンが僕に言う。
( ^ω^)「稀に起きる、才能の発揮だお」
ξ゚听)ξ「天才、ね」
- 31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/10(金) 23:56:08.73 ID:o9ZYWhzD0
- 正直僕も異常な速度の仕上がりだと思った。
けど彼女と作り上げたこれを、僕はこれ以上手の加えようがないと思った。
完璧だ。
これは僕の音楽で、人生の内で一番の傑作だ。
ξ゚听)ξ「さーてと、テレビ局の方にも許可もらっとくかなー」
( ^ω^)「何から何まですまんお」
ξ゚ー゚)ξ「いいのよ。あたしはあんたのマネージャーなんだから」
あんたは奥で休んでなさい。そう言われて僕は大人しく従うことにした。
防音扉を押して、レコ室の空気を胸一杯に吸い込んだ。
ああ、機材のニオイ。ミクスチャーやアンプ、マイクにドラム。
セットしたままの状態なのは、きっと僕に好きに使えという意味合いなのだろう。
- 35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/11(土) 00:01:01.34 ID:i0Jtv5Nf0
- ( ^ω^)「――――」
意識せず、声を出してみる。
ドレミ、ミソド、何でもあり。
ハミングもしてみた。
( -ω-)「――――」
優しく、小さな声量で声を奏でる。
安らかな気持ちだ。とても気持ちがよかった。
( ^ω^)「ぁあ――」
少し悲しげな音程を取る。
釣られて僕の心境も悲しくなってくる。
歌はいい。人の心を露わにしてくれる。
自分をさらけ出せる。
きっと、この気持ちは歌の所為だ。
不安と悲しみが募るのはこの音程の所為。
- 36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/11(土) 00:04:21.82 ID:i0Jtv5Nf0
- 彼等を、死んでいった人や動物の事を思い浮かべる。
その中にドクオの姿もあった。
僕に関係してきた全ての人々。適当に思い浮かべたのは亡くなった有名人。
どんな気持ちだったのだろう。
分からない。
もしも彼等が今歌を歌えたのなら、どのような音を奏でるのだろう?
けれど死人には口がない。だから歌えはしない。
当然だ。
だが死人に意思はないのだろうか。所謂魂というものは音を奏でないのだろうか?
僕もいずれ死ぬ。もしかしたら明日かもしれない。
いいや、数秒後にはこのビルから飛び降りるのかもしれない。
けれど僕は死んでも、音を奏でようと思う。
いいや、音を残そうと思う。
- 37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/11(土) 00:06:22.30 ID:i0Jtv5Nf0
- 僕は孤独を好んだ。人を信用しようとしなかった。
無関心を貫きたかった。誰にも理解してほしくなかった。
けれどどうだろう。
僕が音楽を始めると、人々は僕に共感しようとしてくれた。
僕の心の奏でる音に、皆が心を開いて一つになろうとしてくれた。
僕は最初それを拒んだ。
けれど次第に気持ちがよくなった。
僕は孤独を好むが、孤独になりたくはない。
人と触れ合い生きたい。
( ^ω^)「あぁ――」
けれど僕たちは死んでしまう。
結局、いつかは死ぬことになるんだ、生き物というやつは。
けれどこのアポトーシスに支配されて死ぬのは御免だ。
- 38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/11(土) 00:09:29.58 ID:i0Jtv5Nf0
- だが抗いようは無い。死を受け入れるしかないのだろう。
それならそれでいい。やはり諦めるしかない。
自分の中の矛盾に苛立ち、心が乱れた。
ξ゚听)ξ「随分と悲しげな旋律ね」
( ^ω^)「…………」
僕の背後にいる彼女は、僕が歌い終わるとそうとだけ呟いた。
彼女が僕の心に入ってきていたのは理解していた。
途中から彼女の寂しさも伝わってきたから。
ξ゚听)ξ「明日、いけるそうよ」
( ^ω^)「そうかお」
ξ゚听)ξ「何人が見てくれるかは知らないけどね」
いいさ。
僕の歌を聴いてくれる人がいる。
それだけで僕はいい。
- 39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/11(土) 00:11:15.61 ID:i0Jtv5Nf0
-
※
絶対的な死を間近に控えた僕たち人類は、いつ訪れるとも知れないそれに恐怖し竦みあがっている。
ξ゚听)ξ「準備はオッケー。スタートまで後三十分よ」
( ^ω^)「了解だお」
ギターを握る手が、知らずうちに強張っていた。
ここは日本引き籠り協会のメインスタジオ。
数少ないスタッフが忙しそうに走くり回る中、僕とツンはそれをぼけっと見つめていた。
ξ゚听)ξ「内藤ホライゾンの独占生ライブ。なんでまたこんなことを思いついたのかしら?」
ツンが僕に目線を向けてそう訊ねた。
( ^ω^)「さぁ。……ただ」
視線を落とすと、そこには僕の相棒のグレコ ゼマイティス。
この2800IFSは僕と非常に相性がよかった。
切れ味の好いサウンド。テールピースのダイアモンド・インレイ。
優美だった。何もかもが僕の好みだった。
その相棒のネックを握りしめる。
- 42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/11(土) 00:14:00.44 ID:i0Jtv5Nf0
- ( ^ω^)「まだ歌いたいんだお」
死人に口なし。死んだら歌うことはもうできない。
そんなこと、考えられるのか?
今まで、生まれてから今に至るまで。
僕はずっと歌を、音楽をやり続けてきたんだ。
僕の人生は音楽無くしてあり得ない。
けど、もう逃れられない死が目前に迫ってきている。
遅かれ早かれ人は死ぬ。
だが或る意味予告に近いこのアポトーシスに、僕は少しばかり感謝した。
今だって死ぬのは御免だ。
けれど突然に死ぬよりはマシかもしれない。
ドクオの件を察するにアポトーシスとは猶予を少しばかり与えてくれるものらしい。
ならばその日に至るまで。
僕の全てを音楽に。
歌に。
- 43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/11(土) 00:16:39.59 ID:i0Jtv5Nf0
- 死ぬのは御免、か。
有り得ない話だな。この僕という人間がそんなことを。
鬱系バンド。成程、間違ってない。
僕もドクオも、その他二名も。
僕のバンドのメンバーは誰もがいつ死んでも構わないと考えていたんだから。
だから僕の書く詞はデストルドーを引き起こす。
僕のギターは悲鳴をかき鳴らす。
さながらそれは葬式会場のよう。
「スタンバイオッケー!本番五分前!」
スタッフ――数は十を切る――の一人が、広いスタジオで、それでも寂しい場所でそう声を上げる。
エコーが僕の胸を締め付けた。
( ^ω^)「よっと」
照明テストも終わり、僕は真っ暗闇の中、ただ一つのライトが照らすその中に佇む。
- 44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/11(土) 00:18:15.94 ID:i0Jtv5Nf0
- 「十、九、八」
カウントが始まった。
少しも不安なんてものはない。
マイクの反射光が僕の頬に当たるのが分かる。
きっと今、僕は何よりも輝いて見えるだろう。
この暗闇の中、まるで一輪だけ咲いた花のように。
「……!」
スタートのカンペが上がる。
カメラがギラリと僕を見つめた。
( ^ω^)「…………」
始まったんだ。
今、僕の人生で最高のものを発表する時が。
- 47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/11(土) 00:20:07.86 ID:i0Jtv5Nf0
- ( ^ω^)「…………」
暗闇の奥。
スタッフの一同が僕を見ているのが分かる。
そして、カメラ越しに感じる視線。
僕は今、僕を知る人も知らない人も関係なしで、僕を見られている。
( ^ω^)「 」
言葉はいらないと思った。
だから、僕はもう心を奏で始めていた。
- 49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/11(土) 00:22:20.80 ID:i0Jtv5Nf0
- 暗闇の中。ただ一つのスポットライトの下。男が一人。
優美なギターを静かに奏で、俯いている。
きっと僕は今、そう映っているんだろう。
( -ω-)「………ツン」ボソッ
インカムにマイクに拾われない程度の小声で彼女の名を呼ぶ。
『了解』
その返答が帰ってすぐ、音が流れだした。
ベース音、ドラム音。
彼女が打ち込んでくれたものだ。
あまりにもタイミングがよかったものだから、少々驚く。
成程確かに。君は最高のマネージャーだ。
彼女の打ちこんだ音は、僕の望んでいたものだった。
逆に、よくもここまで僕を理解してくれたものだと感嘆する。
- 50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/11(土) 00:24:37.83 ID:i0Jtv5Nf0
- 実のところを言えば、僕は生き残っているミュージシャンを引き連れて今回に挑もうとしていた。
何故なら打ち込みと生の演奏は違う。
その人の感情を、心を織り込んだ音楽という物はどうしても機械とは別物だ。
けれどツン、やはり僕は正しかったのかもしれない。
僕の事を理解してくれる君にこそ相応しい。
この音には、機械でも違うものがある。
例え指先一つでできることでもこれは違うんだ。
やすっぽっちな音じゃない。
これにはちゃんと君の心が描かれているんだ。
( ^ω^)(ツン、ありがとうお)
君の心、確かに受け取った。
ありがとう。僕の一番の理解者。
( ^ω^)「……――」
さあ、感謝はここまで。
ここからは僕の音楽の時間だ。
- 51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/11(土) 00:26:58.06 ID:i0Jtv5Nf0
- 斜腹筋を緩めると、一瞬で空気が入ってくる。
これも僕の努力の賜だ。
毎日百回繰り返して作り上げられた筋肉は伊達じゃない。
お腹を膨らませるのではなく、脇腹を膨らませる。
初心者に多い間違いはこれの逆だ。
( ^ω^)「――――」
はは、しかし。
どうにもおかしいね。
何だか頭の中がスッキリしていた。
こんなことまで考えてしまうほどリラックスしている。
しかし僕よ。
あと二小節もすれば、歌が始まるというのに。
- 53: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/11(土) 00:28:07.86 ID:i0Jtv5Nf0
- ( ^ω^)(問題無いお)
口を、開いた。
その瞬間、思考は途絶えて。
僕は心を解放した。
- 54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/11(土) 00:30:25.73 ID:l/8IYws50
- ( ^ω^)「〜――」
僕のグレコ ゼマイティス。
いつもの彼の面影はない。
あの葬式のような。悲しみの雨のようなギラついた音はない。
全てを切り裂くような不安にさせるような音を彼は奏でなかった。
ベース音が僕を包む。
フィンガーからなるその旋律に僕は安堵と喜びを覚えた。
優しくも力強いドラム。
何も難しい要素はない、けれど聴いていて気持ちがいい。
そして。
僕のこの歌声はどうしてこうも、悲しいのだろう。
- 55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/11(土) 00:32:46.44 ID:l/8IYws50
- けれど戸惑いはなかった。
僕の心がそう奏でろと言っているから間違いじゃない。
このフレーズは唸るんだ。
ここは掠れさせて。
ここは落ち込め。
そんな指示を僕は感じる。
不安な音色?
違う。
これは悲しみの歌。
死にたくないという、生きたいという心の叫びなんだ。
- 56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/11(土) 00:35:00.95 ID:LRVRlQLj0
- サビ。
CからDへ、そしてB5。
どちらかというと寂しげな音のつながりだ。
ここからBmadd9……
そして、Gadd11/B。
その瞬間、僕の心が全開した。
これだ。これが僕の音楽だ。
僕の全てを現した音だ。
( ω )「〜――!!」
孤独を好み、闇を愛し、死を望んでいた僕。
だが違う。
僕はただ、生きたいと願った。
- 59: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/11(土) 00:37:20.79 ID:LRVRlQLj0
- この詞を書けたきっかけ。
それは僕の親友ドクオのお陰だ。
誰だって死ぬのは怖かったんだ。
本当は死にたくなんてないんだ。
苦しくても明日を望んでるんだ。
何が鬱系バンドだ。
そんなもの糞くらえだ。
何がデストルドーだ。
僕は今やリビドーに溢れている。
生きたいんだ。
生きたいんだよ。
死にたくなんてない!!
( 。 ω )「〜――!!」
心がざわめく。
涙が零れた。
- 60: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/11(土) 00:39:47.84 ID:LRVRlQLj0
- 孤独の賛歌。かつて僕が書いた僕の歌。
疲れているのなら、逃げればいい。
泣きたいのなら泣いて、暴れたければ暴れよう。
頑張らなくてもいい。
いいじゃないか……何故進んで傷つく必要がある。
誰だって傷つきたくないじゃないか。
だから逃げるんだ。
孤独になれば全てが楽になる……
誰ともかかわらずに済む。傷つく必要も傷つける心配もない。
だから逃げるんだ……孤独になろう。
そして真の意味での孤独とは死なんだ。だから受け入れよう……
孤独の賛歌。死の賛歌。
全てが楽になる。全部から解放される……
- 61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/11(土) 00:41:25.86 ID:LRVRlQLj0
- 或る意味、僕はそれを救いの対象として曲に変えたんだ。
死という甘い罠が、逃げ道が生物にはいつでも用意されている。
だから苦しくなったら死ねばいい……
死ねば孤独になれる。全ての柵から解き放たれる。
( 。 ω )(違う!)
それを僕は否定する。
かつて僕が最高の作品と称えたそれを認めない。
( 。 ω )(孤独になったら、死んだら何もありゃしないんだお!)
そこには虚無が広がるだけ。
何も感じない。それこそ即ち死んだということ。
- 62: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/11(土) 00:43:19.04 ID:LRVRlQLj0
- けどそれを救いだと、思えるのか?
何も感じないのが救いなのか?
( 。 ω )(そんなの御免だお!)
美味い飯が食いたい。
高い服で着飾りたい。
高級車に乗ってみたい。
どこぞのマネージャーとデートしてみたい。
各国で認められるアーティストになりたい。
あわよくば最高の音楽家と褒め立てられたい。
( 。 ω )(生きてなきゃ全部できないお!)
今ある世界で、僕はそれを実現させたいんだ。
例え死んだ先に新たな世界があったところで、興味なんてない。
僕はこの世界で生きたいんだ。
- 63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/11(土) 00:44:30.25 ID:LRVRlQLj0
- そりゃ傷つくのは嫌だ。苛立ちだって募るし、死にたくなることだってあるさ。
もしかしたら、やっぱり死ねば楽かもしれない。
けれども。
死ななければ望んでいた何かが叶ったかもしれないというのなら、僕は生きよう。
そしてそれが叶ったなら次の望みのために生きよう。
ほら、見ろ。
( 。 ω )(生きることは、そんなに悪くねーんだお)
- 64: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/11(土) 00:46:31.82 ID:LRVRlQLj0
- 生きたい。生きたい。生きたい。
生きたい。生きたい。生きたい。
生きたい。生きたい。生きたい。
生きたい。生きたい。生きたい。
あふれ出てくる生への渇望。
それが歌声となり、僕の心を通過していく。
( 。 ω )(生きろ)
死を恐れるんだ。
生きることを望め。
( 。 ω )(生きろ!)
孤独なんて求めるな。
苦しみなんかに負けてなるものか。
( 。 ω )(生きるんだお!!)
- 67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/11(土) 00:48:37.14 ID:LRVRlQLj0
- カメラのレンズの向こうから、僕の心へと様々な人々が通過していく。
感じるんだ。今この瞬間。
誰もが死を恐れている。生への執着がある。
そうだ。
生きよう。
そして僕は歌い続ける。
死人になるまで、口がなくなるまで歌い続けて見せる。
なあドクオ。
君もきっと、こんな気持ちだったんだろうね。
分かるよ。
今は死ぬのが怖くてたまらない。
そして何よりも、歌えなくなるのが恐ろしくてたまらないんだ。
こんなにも僕に共感を求めてくる人達と、もう二度と繋がる事が出来なくなるなんて考えたくもない。
- 69: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/11(土) 00:50:28.91 ID:LRVRlQLj0
- 演奏が終わると、全てが静寂に満ちた。
闇の中、スポットライトの下。
僕はそこに居る。
スタジオ内からすすり泣く声が聞こえた。
おいおい、今は生中継だぜ。
まるぎこえじゃないか。
( ;ω;)(なんて、僕が言えた義理でもないおね)
レンズ越しから伝わってくる。
彼等の生きたいという想い。
悲しませてしまったかもしれない。
でも、それでいい。
僕は満足だ。
皆が生きたいと願ってくれただけ、僕は満足だ。
- 70: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/11(土) 00:54:02.11 ID:LRVRlQLj0
-
※
いつ放送は終わったのだろうか?
果たして僕は知る由もない。
もしかしたらずっと、僕が大声で泣きながらツンと抱き合っていたのも映っていたかもしれない。
( ^ω^)「よっと」
車に僕のギターを積んだ。
準備なんてこれだけでいい。
僕にはこの歌声とギターさえあれば十分だ。
ξ゚听)ξ「へーそうなんだ」
と、僕が運転席へと乗り込もうとした時だ。
彼女が僕の後ろに立っていた。
ξ゚听)ξ「どこへ行くの?」
その質問の答えはね、ツン。
残念ながら僕も持ち合わせてなどいないよ。
ただあてもなく、僕は旅しようと思う。
そしてその先々で、僕は歌うよ。
求められなくても、構うものか。
ξ゚ー゚)ξ-3「あんたらしいわね」
- 71: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/11(土) 00:56:16.18 ID:LRVRlQLj0
- どっこいしょ、とツンが助手席に乗り込んだ。
(;^ω^)「ツン?」
ξ゚听)ξ「さ、行きましょう?」
……まったく、このマネージャーは本当に。
いいだろう。ならツン、君と行こうじゃないか。
僕の歌を、共に世界へ伝えよう。
この命が燃え尽きるまで、歌い続けようじゃないか。
( ^ω^)「……おおっ」
またひとつ、僕の願いが叶ったようだ。
でもこれは、デートなのだろうか?
いいや、深くは考えなくていい。
とにかく、目的地はない。
目標は、死ぬまで歌うこと。
僕は一つ、ガラにも無くにこりと笑って、アクセルを踏みつけた。
end
- 72: ◆EYa/H5FhY2 :2009/07/11(土) 00:56:56.79 ID:LRVRlQLj0
- 死を恐れろ
生きろ
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