ξ゚听)ξ嘘が紡いだ物語のようです
- 1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 14:49:45.01 ID:BvFhMvL/0
-
全てが眠る、深い夜。
物音を立てないよう、注意をしながら部屋を出る。
立派な装飾が施されいる大きな扉を、音も立てずに閉めるのには一苦労する。
暗い部屋から外に出て、暗い廊下を静かに歩く。
目を慣らすために、予め部屋の灯りを全て消し、真っ暗にしておいた。
経験の末に覚えた知識。おかげで、石の壁に頭をぶつけることはなくなった。
靴を履くと音が反響してとてもうるさいから、裸足で歩く。
何日も何日もそれをしているうちに、いつの間にか足の痛みはどこかに消えた。
石の壁、石の廊下、石の階段。冷たい石に囲まれた、城の中。
暗闇も手伝って、まだ秋の口なのに、とても寒く感じる。
おまけにここは最上階に近い場所。目指す裏口までは、かなりある。
それでもわたしは、暗闇を進む。
音を立てず、周囲に注意を払いながらお城の中を歩くのは、少しスリルがあっていい。
兵士さん達が巡回する時間も、回数を重ねるうちに覚えていった。
でもたまに遅れたりしている事があるから、気を抜けない。
一度見つかれば、警備を強化されてしまうかもしれない。それは避けたい。
……よし、今日はなかなかの好記録が出た気がする。
終点地点、木の扉の前でそんなことを思う。
扉の向こうは、城の外。
わたしは構わずに、扉を開けた。
- 2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 14:54:09.51 ID:BvFhMvL/0
-
見上げれば満天の星空。大きな丸いお月様も、煌々と輝いていた。
息を張り詰め、警戒をしながら歩いていたせいだろうか。
外に出た途端、気持ちの良い解放感に包まれた。
だけど、それに浸っているだけでは時間が勿体ない。
そんなものを感じる為に、ここへきたのではないのだから。
空から目を落とせば、わたしに気がついて駆け寄ってくる影が一つ。
隠れる必要はもうない。わたしには、その影が誰なのかわかっているから。
わたしはその人に、会いに来たのだから。
(;^ω^)「ツン様……」
軽装の胸当てに、夜に紛れる黒の外套に身を包み。
鉄のすねあてをがちゃがちゃと鳴らしながら、その男は現れた。
そう高くない身長のわりに肩幅は広く、緩んだ顔が手伝って中太りに見えるが、
贅肉は少なく、その実は意外とたくましい体をしていることを、わたしは知っている。
ξ゚听)ξ「見回り、ご苦労様です」
困ったような表情をしていた彼に、形式上の労を労う言葉を返す。
彼の名は、ブーン=ラダトスク。
なんてことない、ただの兵卒だ。
- 3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 14:57:44.66 ID:BvFhMvL/0
-
ヴィップ国正統第一王女、ツン=ヴィップ。
それがわたしの重苦しい肩書と、名前だ。
本当なら謁見することすら許されない身分の違い。まったく、面倒臭い。
そんなだからわたしは毎晩盗人みたいな真似をして、こうして会いに来ているのである。
彼がどう思っているかは知らないが、会う度にそんな顔をしないでほしい。
ともあれあのまま放っておいても、わたしが話さない限り会話は生まれない。
( ^ω^)「勿体ないお言葉です」
胸に手を添え片膝立てて跪き、こうべを垂れて予想通りお決まりの返事。
多分これは本心から行っている。自爆なのだが、それをされると、少し寂しい。
ξ゚ー゚)ξ「はいっ! そういうのはやめましょう!」
現実を見せられるのはもう十分。
気分も態度も切り替えて、今だけは忘れよう。
( ^ω^)「……わかりました」
ξ゚听)ξ「……わかってないじゃない」
まだだめ。敬語が抜けてない。
だけどそんなやり取りも、ブーンと会話している実感が沸き、寂しい反面嬉しい部分もある。
それだけでわたしは少し、顔がほころんでしまっていた。
- 4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:00:11.56 ID:BvFhMvL/0
-
にこにこと微笑むわたしの顔を見上げ、彼は息を静かに吐いた後に立ち上がる。
立ち上がった後の顔は困ったような表情ではなく、独特の、優しい笑顔だった。
( ^ω^)「わかったお」
────ああ。
────これだ。
この笑顔を、この声を求めて、わたしはここにきたんだ。
彼に会えたことを、全身全霊で実感することができるこの瞬間が、たまらなく好き。
一瞬体に震えが走り、両腕を胸の下で交差して、肘をぎゅっと抱きしめた。
( ^ω^)「夏も過ぎたし、そろそろもう少し暖かい恰好をした方が……」
寒さで身震いしたと思ったらしい。
彼の言う通り、そろそろネグリジェだけでは肌寒く感じる。
明日からはガウンを羽織ってこようと思った。
それでも、この震えは治まるものではないのだけれど。
きっと彼は、一生気付くことがないんだろうなと、苦笑した。
- 5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:03:11.31 ID:BvFhMvL/0
-
ξ゚ー゚)ξ「ご忠告、ありがたく受け取っておくわ」
彼の優しさは、決して無駄にしない。
だから、どうか。
月が夜空にある時だけは。
星が輝くこの時だけは。
あなたを好きで、いさせてください。
───ξ゚听)ξ嘘が紡いだ物語のようです
- 7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:06:08.10 ID:BvFhMvL/0
-
裏口近く、城壁の手前に彼が外套を地面に敷いた。
それはいつものことで、この上に座れという意味だ。
ξ゚ー゚)ξ「ありがとう」
男だらけの軍の中で育ったのに、こういう紳士的な面がある所も好き。
わたしが腰を下ろすと、彼はその隣に座った。
そして、どちらから言い出すともなく、同時に星を見上げる。
一日で最も深く暗い夜に散らばる星達は、吸い込まれてしまいそうな澄んだ輝きを放っていた。
あれに比べたら、宝石などただの石ころに思えてしまう。
絶対に届かないから尊く、そう思えるのかもしれないけれど。
ふと、ほぼ等間隔に位置する四つの星が目に止まった。
ξ゚听)ξ「……綺麗……」
思わず言葉が飛び出してしまう。
( ^ω^)「どれだお?」
ξ゚听)ξ「ほら。あそこの四つの星」
身を寄せ、その辺りを指差して伝えた。
彼はわたしの腕の位置に顔を近づけ、斜線上をじっと見つめる。
ちょっと、腕が疲れた。
- 8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:09:06.72 ID:BvFhMvL/0
-
( ^ω^)「あれはペガスス座だお」
ξ゚听)ξ「へ?」
予想外すぎる彼の言葉に、素っ頓狂な声をあげてしまった。
ξ゚听)ξ「星座……詳しいの?」
今まで彼がそんな素振りを見せたことは一切無かったから、驚いてしまった。
何度か、というか結構な頻度で星を見上げてはいたけど、星座の話題に転じたことはない。
わたしが綺麗と言ったら、彼はそうだねと相槌を打つだけだったのに。
( ^ω^)「いや、偶然あれは知ってただけだお」
ξ;゚听)ξ「あぁ……」
なるほど、納得した。わたしの感動を返せ。
彼が話す事と言えば、軍の遠征中の出来事だとか、軍に関係したことばかりだったから、
たまには別のお話をしてもらおうと思ってたのに。
別にそればかりでも退屈ではないんだけどね。
( ^ω^)「ツンの視線を追って、もしかしてと思って……」
とはいえ今は、いつもと違うお話が聞けるチャンス。
それに神秘的なお話は大好きだから、この機は逃さない。
- 9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:12:06.87 ID:BvFhMvL/0
-
ξ゚听)ξ「あの四つでペガススなの?」
( ^ω^)「あれは胴体だお。あの四つを線で結んで、ペガススの四辺形っていうんだお」
ξ゚听)ξ「頭はどっち?」
( ^ω^)「右下の星から右の方に線を伸ばしたとこが頭だお」
ξ゚听)ξ「えっと……」
わたしが必死に探していると、彼はわたしの手を上から握る。
そのまま人差し指をぴんと立てて、目当ての星の辺りを指差した。
( ^ω^)「あそこの明るいのが、頭」
ξ゚听)ξ「……妙に首が長いのね」
(;^ω^)「おっ……そんなもんだお。絵にすればよくわかるんだお」
ξ゚听)ξ「ふーん……」
小さい頃に絵本で見たペガサスを思い浮かべる。
うん。あの四角形からペガサスなんて、全く想像できない。
昔の人達の想像力には感心してしまう。
- 10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:15:06.80 ID:BvFhMvL/0
-
絵を重ねて見てみれば、きっともっと神秘的に映るのだろう。
そんなことを考えながら星を見つめていたら、ふと暖かい風が頬をくすぐった。
季節外れのその風を不思議に思い、横を向く。
ξ*゚听)ξ「ッ!」
真横。本当に真横。
息がかかる程の距離に、星を見つめたままのブーンの横顔があった。
今もわたしの手を握り、空を指差したままで。
彼が今こちらを向いたら、唇が当たるほどの、距離。
ξ*゚听)ξ「ひゃぁっ!」
一気に頭に血が上り、咄嗟に体が跳ね上がる。
握られた手も思い切り引っ込めて、彼の隣から飛び退いてしまった。
(;^ω^)「おっ?! ど、どうしたんだお?」
そんなわたしの突然の行動に、彼も驚いていた。
いや、うん、悪かったけど、けど……う、うん……。
ξ*゚听)ξ「…………」
落ち着け。落ち着けわたし。深呼吸して、動悸を抑えて頭を冷やせ。
- 11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:18:06.69 ID:BvFhMvL/0
-
ほら、ブーンが不思議そうな顔をしてわたしを見てる。心配してる。
ああ、だめだ。顔が熱い。
( ^ω^)「……虫でもいたかお?」
そう言ってきょろきょろと自分の周辺を見回す彼。
……こいつは全部、何の気無しにああいう行動に出ていたのだろうか。
わたしの手を握ったのも、わたしにあそこまで急接近したのも、素でやってたのか。
ξ*゚听)ξ「ん、あ、そ、そうよそう!」
……一人で慌てふためいたのが馬鹿みたいじゃない……。
月明かりだけの暗い中、わたしの返事を本気にした彼は、いもしない虫を探し続けた。
そんな彼を見つめながら、胸元で右手の甲を握りしめた。
ξ*゚听)ξ(……)
彼に触れていた手は、まだ少し暖かかった。
そういえば、肌に触れたことなんて今までになかった。多分。
顔が熱い。そして、彼と接していた右の半身も熱い、気がする。
そうなのだ。たしかわたしから身を寄せて、ずっと彼に触れていたのだ。
星に夢中になっていて……気がつかなかった……。
ξ* )ξ「〜〜〜〜ッ……」
自分でしたことが恥ずかしくて、更に顔が熱くなった。
- 12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:21:07.48 ID:BvFhMvL/0
-
( ^ω^)「どっかいったみたいだお」
最初からいない虫の捜索を終えて、わたしの方を向く。
少し不思議そうな顔をした後に、
( ^ω^)「大丈夫だお」
にっこりと、いつもの笑顔。
ああ、だめ。
ξ*゚听)ξ「そ、そう、よかった! わたし、そろそろ戻るわね!」
(;^ω^)「おっ? も、もうかお?」
まだ、半刻も一緒に居ていない。わたしだってまだまだ一緒に居たい。
でもだめ。もう無理。変に意識してしまって彼の顔を直視できない。
照れくささと気恥ずかしさがわたしの胸で大暴れしている。
そそくさと駆け出し、裏口へと戻る。
冷たい木の扉に手をあてた後、彼の顔をもう一度見た。
(;^ω^)?
困ったような、どうしていいかわからないって顔をしていた。
大丈夫。わたしだって、どうしていいかわからないんだからね。
……でも、ごめんなさい。
- 13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:24:06.76 ID:BvFhMvL/0
-
ξ*゚听)ξ「……また明日、ね」
そう言い残し、わたしは扉を開けてすぐに中へと飛び込んだ。
こんな時でも、閉める時は大きな音がたたないようにしている自分。
もう体に染みついているんだと、苦笑した後にため息を一つ。
ξ )ξ「…………」
少し俯いた後、また靴を脱ぎ冷たい石の上を歩く。
行きも帰りも、つま先立ちで音をたてないように。
そういえばいつからか、足の痛みも消えていた。
ξ゚听)ξ
いつからだろうか。こんなに彼を想うようになったのは。
一国の王女とただの兵卒。本来ならば目を合わすこともない。
そんな二人……ううん、少なくともわたしは、彼に惹かれている。
切っ掛けは本当に、偶然だった。
どんな出会いもそんなものなのだろうか。
わからない。そもそも、同じ年の女性と話したことがない。
初めてあった時は……あ、そういえば、三日後は誕生日だ。
ということは、もう出会ってから二年近く経過したことになる。
二年近くこんなことをしていたのなら、足が痛くなくなる事も納得してしまう。
- 14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:27:10.58 ID:BvFhMvL/0
-
ξ゚听)ξ「二年、かぁ……」
呟いて、あの時の事を思い出した────
※
二年前。正確には一年と十一ヶ月前の、十六歳の誕生日パーティー。
祝ってもらえる事は嬉しいけれど、毎年少しだけ作業的に感じていた。
式辞やら色々と気を遣うことが多く、あまり落ち着けないからだ。
お昼は街でのパレードに、夜はいわゆる社交界のパーティー。
パーティーには周辺の領主一族に、果ては隣国の王族までもやってくる。
わたしの為にきてくれている。とはその時には既に思っていなかった。
誕生日を祝うことは建前で、実の所は上流階級同士の親睦会のようなもの。
半数以上がその為にきていることは、わかっていた。
それでも純粋に祝ってくれる方々がいることも知っていたし、
総合すれば、やはり嬉しいことに変わりはなかった。
入れ替わり立ち代り踊りの相手が代わる事には、正直疲れてしまうけど。
そして一応主役ということで、ホールの中央で踊るのも嫌だった。
……ダンスは苦手だからだ。
- 15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:30:29.04 ID:BvFhMvL/0
-
爪'ー`)「誕生日、おめでとう」
何人目か数えるのもやめて、疲れてきてしまった時。
祝福の言葉と共にわたしの前に現れたのは、お父様だった。
つまりは国王様。フォックス=ヴィップ、その人だ。
ξ゚ー゚)ξ「ありがとうございます」
ドレスの裾を軽く持ち上げ、膝を曲げてそれに応えた。
爪'ー`)「踊ってくれるかな」
静かにわたしの胸の高さまで手をあげて、笑顔で申し出た。
見れば周りで踊りを楽しんでいた人達も足を止め、こちらを見ていた。
最も注目を浴びる瞬間だけど、お父様とならば嫌ではない。
ξ゚ー゚)ξ「喜んで」
手を取り、そのまま全身を委ねる。
幾多の場数をこなしてきたお父様のリードには、さすがの一言。
少し疲れた重い足に加え、ダンスが苦手なわたしでも自然に足が出た。
その頃は身近にいた男性はお父様と兄だけで、二人を尊敬していたっけ。
国を背負う姿も、肉親としての姿も、素晴らしい人達だって。
勿論、それは今も変わらないことなのだけど。
- 16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:33:51.74 ID:BvFhMvL/0
-
パートナーがお父様ということは、次に踊る方はもういないということだ。
お腹も空いてしまっていたし、ほんの少し胸を撫で下ろしていた。
……お父様には失礼だけど、ね。
そんな不謹慎なことを考えている時、ふいにお父様がわたしの右手を持ち上げた。
そのままわたしの頭の上でぐるりと囲うように腕を滑らせる。
まったく意識をしていなかったのに、わたしの体はくるりと回ってしまった。
ドレスの裾が花開くように舞い、止まると同時に綺麗な円を描き、ふわりと沈む。
視線を下ろせば、自分の手をわたしの右手に添えたまま片膝をつくお父様の姿。
その瞬間、ホールに響いたのは感嘆の声。そして、盛大な拍手だった。
お父様は跪いたまま胸の内ポケットを探り、小さな箱を取りだした。
そのまま握るわたしの右手にそれを乗せ、わたしの指を曲げて包み込む。
爪'ー`)「私からのプレゼントだ。中身は、言わなくてもわかるだろうがな」
ξ゚ー゚)ξ「……ありがとうございます。お父様」
笑顔と笑顔を少しの間交わした後、お父様は立ち上がり、
爪'ー`)「さぁ、皆様。今宵は時の許す限り、我が最愛の娘ツンの誕生───」
爪'ー`)「……っと、こういうのは少し、親馬鹿ですかな?」
おどけたように言ってみせたお父様の言葉に、ホールは笑いに包まれた。
- 17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:38:21.40 ID:BvFhMvL/0
-
お父様と来賓の方々に一礼をした後、わたしはその場を後にした。
グラスに注がれた葡萄酒を受け取り、カナッペをいくつか小皿に乗せ、
自室へ戻ると従者に告げて、パーティー会場を後にした。
華やかな広間の外は、別世界のように静かで、暗かった。
あの時はまだ夜の城内が薄気味悪くて、ちょっと怖かったっけ。
見回りの兵士さんの足音にも、びくびくしていた気がする。
しかし、いくら危険から身を守る為とはいえ、お城の最上階近くの部屋は不便だ。
いつもいつも長い階段を登らないといけないことが、かったるくてたまらなかった。
やっと自室のあるフロアに辿り着くと、曲がり角から急に人が現れた。
ξ;゚听)ξ「わっ」
驚いて、思わず声を上げてしまう。
でもその人を見て、わたしは静かに胸を撫で下ろした。
( ・∀・)「あぁ、驚かせてすまなかった」
その人は、王族でありながら、王直属部隊である『白騎士団』を束ねている人。
お父様と同じく、わたしが尊敬している男性の一人、兄のモララーだった。
- 18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:42:15.53 ID:BvFhMvL/0
-
父曰く、国を背負う者は強くあらねばならぬ。
そんな理由で、兄は十三の頃から騎士団に入団させられたらしい。
そして兄は、実力だけで齢二十四にして、白騎士団の団長にまで上り詰めた。
五年前の団長を決める御前試合は、今でもわたしの目に焼き付いている。
実力だけなく人望もあり、文字通り自慢の兄だった。
ξ゚听)ξ「ん……見回りですか?」
( ・∀・)「そ。ここらは自分で見てみないと、不安だからね」
ξ゚ー゚)ξ「相変わらずですね」
( ・∀・)「神経質なだけさ。……それよりも」
一歩下がって、わたしの足元から頭へとゆっくり視線を動かす。
腕を組んで、大きく一つ頷いた。
( ・∀・)「ツンも大人になった。とても綺麗だ」
ξ゚ー゚)ξ「あら。わたしにお世辞なんて、どういう風の吹き回しですか?」
( ・∀・)「おっと。世辞の返事も、上達したじゃないか」
ξ゚听)ξ「えー。やっぱりお世辞なんじゃないですか」
- 19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:46:07.52 ID:BvFhMvL/0
-
口をとがらせ言ったわたしに、兄は少し笑うと、
( ・∀・)「冗談だ。綺麗にはなった、が、大人と呼ぶにはまだまだだな」
うまく乗せられたということ、ね。
兄にはいつもそうして子ども扱いされるのだけど、嫌な気はしなかった。
今思えば、甘えられる人が兄しかいなかったから、かもしれない。
お父様は今日のような特別な日にだけ、それもごく少しの時間だけ父親の顔を見せる。
あの時はおどけて見せていたが、普段は国王として、とても厳しい人だ。
寂しい反面、しっかりとけじめをつけている事が、尊敬している面だった。
そして、兄のモララー。
騎士団長に座する前はわたしとの交流はほとんどなく、顔見知り程度の認識だった。
この大役に即いた今は、お城にいることが多くよく顔を合わせている。
それ以前に、御前試合での勇猛果敢な兄の戦いぶりに、わたしは誇りを覚えていた。
自分の兄はすごい人なんだと、その時に初めて自覚をした。
それから接していく内に、兄の優しさにも触れるようになった。
お父様に感じる寂しさと、今まで兄に触れることができなかった期間を埋めるように、
わたしはどんどんと兄に依存し、甘えていったのだった。
母はわたしを産んですぐに亡くなったので、幼い頃からずっとそんな人を、
甘えられる人を心のどこかで求めていたのかもしれない。
今もブーンに依存している自分を鑑みるに、それはきっと、確実にあるのだろう。
- 20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:49:07.15 ID:BvFhMvL/0
-
( ・∀・)「自室へ戻るなら、付き添おうか」
ξ゚ー゚)ξ「……はい。ご厚意、甘えさせて頂きますわ」
兄は小さく頷くと身を翻し、わたしの自室の方向へ進みだした。
わたしもその背に続く。長身の兄の背はとても大きく、広かった。
多分、わたしが兄に感じている物も、兄の背を広くみせているのだろう。
( ・∀・)「パーティーは、退屈だったか?」
ξ゚ー゚)ξ「そんなことはありませんわ。とても有意義な時間でした」
( ・∀・)「そうか……」
そう答えた兄の声は、少し元気がなかった。
( ・∀・)「顔を出せなくて、すまなかった」
ξ゚ー゚)ξ「……気にしないで下さい。お兄様には、大事な務めがあるのですから」
なるほど、それを気にしていたのか。それは少し、意外だった。
女の式典に軍の男が参加することは無礼に値するなどと、慣例というものは面倒臭い。
しかし、いかに肉親と言えどそれを良しとしなかったのは父であり、
王族たるもの他の模範と成るべきだと、断固として兄の参加を許さなかったのだ。
- 22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:53:08.60 ID:BvFhMvL/0
-
気に掛けてくれていただけで、わたしはとても嬉しかった。
( ・∀・)「国王はいかん。少し頭が固い……」
( ・∀・)「……っと、聞かなかったことにしてくれ」
ξ゚ー゚)ξ「でも確かに。同意しますわ」
( ・∀・)「……耳に入れば、不敬罪も免れないがな」
ξ゚ー゚)ξ「では、お兄様と二人だけの秘密ということに」
( ・∀・)「ああ、そうしてくれると助かる」
足音だけが反響していた暗い廊下に、二人分の笑みが漏れる。
兄は時々、お父様の愚痴を零す。その度に、二人だけの秘密が増えていくのだ。
もちろんわたしまで怒られてしまうので、その秘密を漏らしたことは一度もない。
そうでなくても、秘密厳守はするのだけど。
( ・∀・)「ツンももう十六、か」
ξ゚听)ξ「はい」
( ・∀・)「そうか……どうりで綺麗になったわけだ」
- 23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:56:27.20 ID:BvFhMvL/0
-
ξ*゚听)ξ「あぅ……」
( ・∀・)「自信を持て。兄として、お前は誇れる女になった」
ξ*゚听)ξ「ありがとう……ございます……」
他の人に言われるよりも、兄に言われた方が、心に響いた。
尊敬する人に認められた気がして、嬉しくて、でもそれが恥ずかしかった。
お父様には、未だそんなことを言われた事がない。まだまだ、ということだろう。
今思えば、兄に対する気持ちは恋心に似ていたのかもしれない。
優しい言葉に、心をくすぐられるような感覚。
それを恋心と自覚したのが、ブーンと会うようになって少し経ってからの事。
今でもそれには、どうしても慣れなくて困っている。
照れたり恥ずかしくなると、口ごもるか断固否定し出すかのどちらかだ。
そんな自分の性格には、今でも戸惑ってしまう。
顔を少し熱くさせ兄の背中を追っていたら、いつのまにか自室の前についていた。
( ・∀・)「さ、ゆっくりと休みなさい」
兄が部屋の扉を開けてくれる。笑顔を返して、自室に入った。
- 24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:59:16.98 ID:BvFhMvL/0
-
ξ゚ー゚)ξ「……おやすみなさい、お兄様」
( ・∀・)「おやすみ」
静かに扉が閉まりかけ、顔だけ覗ける隙間を残し、兄はそこで手を止めた。
隙間から兄がじぃっとこちらを見ている。なんだろうか。
ξ゚听)ξ「……?」
( ・∀・)「……」
( ・∀・)「……誕生日、おめでとう」
その後にすぐ、扉を閉めた。
その一言を言いたくて、しかしどこか気恥ずかしくて言えなかったのか。
だとすれば、兄は照れていたと言うことで……。
ξ゚ー゚)ξ「ふふっ」
そんな貴重な兄を見ることができて、思わず笑みが溢れた。
テーブルに葡萄酒と、カナッペをのせた小皿を置き、ひとつまみ。
薄く切られたバケットを生地に、子牛のパテにふりかけたトリュフソルト。
口に含んだ固いバゲットを、しっとりとしたパテが優しく包み込み、
トリュフの香りが口の中いっぱいに広がり、喉を通る塩気が葡萄酒を誘った。
- 25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:02:44.64 ID:BvFhMvL/0
-
葡萄酒を一口、口に含んだ後、重いドレスをよいしょと脱ぐ。
ξ゚听)ξ「はーっ……」
やはり少し、息が詰まっていたらしい。
大きく息を一つ吐くと、風に当たりたくなった。
バルコニーに出ようとした所で、はっとする。
ドレスを脱いだわたしが纏っている服は、ビスチェにペチコート。
服というか、もう下着だ。いくら人目につかないとはいってもこの恰好はいささかまずい。
クローゼットから全身が隠れるガウンを取り出して、それを羽織った。
そしてこの時、お父様から貰ったプレゼントを持って、
今までに貰った物をいれた宝石箱も一緒に持ち出した。
その時、それを持ってバルコニーに出なければ、ブーンと出会うことはなかったと思う。
二年前のあの夜も、星は変わらずに、煌々と輝いていた。
宝石箱をバルコニーの手摺りに置き、プレゼントを開ける。
そこには指先程の大きさの、宝石があった。
星の下でも美しく輝くそれは、オパール。
十月の、誕生石だった。
- 27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:07:06.10 ID:BvFhMvL/0
-
主となる色はあるものの、一色だけに留まらず多彩な輝きを放つのがオパールだ。
プレゼントのオパールは毎年色が違い、今年頂いたオパールは赤く輝いていた。
ξ*゚听)ξ「はぁ……」
オパールを星にかざし、この世界と別世界の輝きの共演に、感嘆の溜息。
わたしが二十になった時、それまでの宝石を装飾したティアラを作ってくれるとのこと。
年を重ねる毎に一つ、一つと輝きを増し、それに見合う女になれというお父様の言葉。
全ての輝きを束ねた時、わたしはそれに負けないくらいの女になっているだろうか。
そうして星と一緒に眺め、神秘的な輝きを放つそれを見ていると、自信がない。
そう思っている時点で、まだまだわたしは宝石には遠く及ばない、ということだ。
その時。
身を揺らされるほどの強い風が吹いた。
ξ;゚听)ξ「あっ!」
声を上げた時にはもう遅く、手摺りに置いた宝石箱は風に流され落ちてしまっていた。
その時ほど、背筋が冷たくなったことはなかった。勿論、冷たい風のせいではなくて。
どうしていいかわからずに、わたしはしばらく暗い地面を見つめていた。
どのくらいの時間そうしていたかわからない。
突然我にかえり、とにかく、宝石箱を探しに行かなくてはと、駆け出した。
- 28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:10:15.22 ID:BvFhMvL/0
-
わたしの部屋は城内で最奥の棟にある。
つまり城の裏側なのだが、落ちた場所には裏口からしか出ることができない。
ξ;゚听)ξ「はぁっ……はぁっ……」
人生であれだけ走ったのも、あれが初めてだった。
子どもの時ですら、あんなに息を切らせて走ったことは恐らくない。
とにかくもう、無我夢中だった。
お父様に怒られるとか、そういう考えはなかった。
大切な物を無くしてしまうかもしれない焦燥感が全てだった。
足が痛くなっても、それでも走り続けた。
「ツ、ツン様?!」
途中、数名の衛兵さんにどうしたのかと呼び止められたが、
なんでもないと言いくるめ先を急いだ。
今思えば、そんなことを言われても心配しただけだろうなと思う。
やがて裏口に到着し、急いで扉を開けた。
吹き込んだ冷たい風が、火照った体と頭を冷やしてくれる。
呼吸を落ち着かせると、バルコニーの下へと向かった。
その時に居た、黒い影。
身を屈めて、地面を探る人の影。
それが、ブーン=ラダトスクだった。
- 29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:13:33.09 ID:BvFhMvL/0
-
ξ;゚听)ξ「あなた!」
(;^ω^)「おっ?! ひゃ、ひゃい!」
ほぼ怒鳴りつけたようなわたしの声に、ブーンは驚いていた。
彼もまた、振り返ったらわたしがいることに、更に驚いたことだろう。
物音がしたから、その周辺を調べていただけだったのだろうに。
(;^ω^)「ツ……ツン様?!」
一瞬慌てふためいた後に、すぐに地にふせ頭を下げた。
ただの外回りの兵卒の前に、突然王女が現れたのだ。
ブーンは混乱の極みだったに違いない。
(;゚ω゚)「ご、ごごごご機嫌うるるわしゅ、ほ、本日はまことに異常ありませんっ!」
ξ;゚听)ξ「落ち着いて下さい……貴方が異常よ……」
(;゚ω゚)「いいいいえっ! 決してそのような! 異常無しであります!」
ひとまず彼を落ち着かせないとと思い、わたしはゆっくりと近づいた。
ξ゚听)ξ「……見回り、ご苦労様です」
(;゚ω゚)「勿体ないお言葉ですっ! 恐悦しゅ極にじょんじましゅ!」
- 31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:18:09.96 ID:BvFhMvL/0
-
ξ゚听)ξ「……えぇと……あの、ここはいいので、持ち場に戻って下さい」
(;^ω^)「お……もしかして、お部屋から何かを落としましたか?」
ξ゚听)ξ「貴方には関係ありません」
(;^ω^)「で、出過ぎた真似を……申し訳ありません!」
ξ゚听)ξ「えぇ……わかったから、早く戻りなさい」
早く宝石箱を探したくて、ブーンには悪いけど冷たくあしらったっけ。
というかその時は、まともに顔すら見てなかった気がする。
(;^ω^)「あの……ツン様……」
ξ゚听)ξ「……?」
ブーンが恐る恐る顔を上げて、両手をわたしに差し出した。
その手には、蓋が取れて壊れてしまった宝石箱が乗っていた。
ξ;゚听)ξ「っ!」
わたしはそれを奪い取るように、荒々しくひったくる。
手に取った宝石箱はわたしの手の中でも、見るも無惨な姿のままだった。
- 33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:21:33.81 ID:BvFhMvL/0
-
ξ;゚听)ξ「……」
もちろん、中にあるはずの宝石は、一つも残っていなかった。
宝石箱の中に入っていた十五個の指先程のオパールが、この暗い地面に───
その周囲は足首の高さにまで草がのびていて、
文字通り草の根を分けて探さないと、見つからないだろう。
大きく一つ、溜息をついた。
(;^ω^)「……その中に、大切な物が……?」
こんな暗い場所で小さな物を探さなければいけない。それも十五個も。
そんな絶望感が、わたしにブーンの問いを答えるようにと背を押した。
ξ;゚听)ξ「……おとうさ……国王様からの……誕生日プレゼントが……」
(;^ω^)「えっ……そ、それはどういった物ですか?」
口が渇いてうまく話せなかったが、ゆっくりとブーンに説明した。
わたしの顔が余程追い詰められたような表情だったのか、彼も心配した顔をしていた。
そしてその事実を知って、さらに困った顔になる。
(;^ω^)「それは……」
ξ;゚听)ξ「……」
- 35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:24:57.43 ID:BvFhMvL/0
-
(;^ω^)「……松明……後は人を呼んできます」
ξ;゚听)ξ「っ! だ、だめ! だめよ!」
(;^ω^)「え……」
ξ;゚听)ξ「わたしのことで……兵士さん達に迷惑はかけられないわ……」
(;^ω^)「ツン様……」
ξ;゚听)ξ「……ありがとう。貴方、お名前は?」
(;^ω^)「はっ。ブーン=ラダトスクと申します」
ξ゚听)ξ「ラダトスクね、覚えておきます」
( ^ω^)「……」
ξ゚听)ξ「心配をかけました。後は自分で片付けます。持ち場に戻って下さい」
その言葉は、意地だった。
お父様と兄の姿を見てきたわたしの、王族としての、欠片ほどの意地。
自分のことは自分でしなければいけないと、その時はそうしようと強く思った。
ブーンはその時に、わたしの言葉の意図を察したのだろう。
わかりましたと告げ、すんなりとその場を後にした。
- 36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:28:45.58 ID:BvFhMvL/0
-
そしてわたし一人が残り、頭を左右に大きく振った後、宝石を探し始めた。
手が、足が、服が汚れても、構わずに続けた。
あの夜は……人生で初めての経験を、たくさんしたと思う。
兄の意外な一面を垣間見たことから始まり、地に這いつくばって宝石を探すまで。
ブーンという、ただの兵卒と会話したことも、初めてのことだった。
ξ;゚听)ξ「…………」
──暗い。
ξ;゚听)ξ「…………」
──寒い。
ξ;゚听)ξ「……ぁ」
指先に当たる石の感触。それがただの石だった時は、思い切り城の壁に投げてやった。
それでも一つ、二つと。
ブーンに聞いた宝石箱が落ちていた周辺を探すと、案外と簡単に宝石達は見つかった。
でもそれは最初だけで、六個目を見つけた後からは、なかなか見つけることができなかった。
少し、泣きそうになった。
- 37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:32:05.55 ID:BvFhMvL/0
-
だけど、泣くわけにはいかない。
手を止めるわけにはいかない。
自分一人で、なんとかしなければいけない。
手が汚れても。
手が草ですり切れても。
手がどうしようもなく、痛くなっても。
自分の問題は、自分で解決しないといけない。
一カ所を探し終える度に、兄に相談しようと考えては、やめた。
兄にそうすることも、お父様に謝ることも、簡単だ。
だけどそれをしたらきっと、わたしの知らない間に問題は解決してしまう。
その時はそれだけが嫌で嫌で、意地で探していた。
お父様も兄も、辛いことを乗り越えてきたのだから。
わたしだって、自分の手でやり遂げなくては……。
そもそも自業自得なのだから、いちいち言い聞かせることでもなかったはずだ。
やらなくては、いけない。
一人だって、辛くないんだから。
一人だって、泣いたりしないんだから。
- 38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:36:33.91 ID:BvFhMvL/0
-
そんな時、足音が聞こえた。
ブーンが去る時に聞こえた、がちゃがちゃという鉄の靴の音。
ξ;゚听)ξ「あ……」
彼が左手に松明を持って、戻ってきていた。
( ^ω^)「ツン様。及ばずながら、お手伝いを……」
ξ;゚听)ξ「い、いいのよ別に……」
内心、その時はどれだけほっとしたことか。
口をついたのは、強がり以外のなんでもなかった。
ブーンの存在と闇に慣れた目に映る松明の火が、とても頼もしく見えた。
( ^ω^)「ツン様。私の役目は国に仕えることです」
( ^ω^)「そしてツン様は、国の宝と呼んでも過言ではないお方です」
( ^ω^)「ならばこのブーン=ラダトスク、助力を尽くす事こそ忠義であると……」
ξ゚听)ξ「…………」
感銘を受けるとは、きっとああいうことを言うのだろう。
全ては自分の不注意から生まれたことという事実が、どうしようもなく情けなかった。
- 39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:39:42.02 ID:BvFhMvL/0
-
ξ゚听)ξ「……ありがとう、ございます」
肉親以外の優しさに、初めて触れた。
決して自己利益の為ではないブーンの言葉は、胸の奥までしっかりと届いた。
その背には国という大きなものがあることはわかっていたけれど。
少しでもわたしという人間を見ていてくれていることが、嬉しかった。
そんな感動を胸に秘め、松明を地面に固定している彼の背を見つめていた。
後は自分に任せろと言わない辺り、わたしの意見を尊重してくれているのだろう。
そこも少し、他の人達と違うと感じた部分でもあった。
もしかしたらこの時既に、わたしは彼に惹かれ始めていたのかもしれない。
( ^ω^)「さぁ、始めましょう」
ξ゚ー゚)ξ「……えぇ」
彼が振り返った時、不安は既に消えていた。
月と星と、松明の光の下。
わたしと彼は、初めて出会った。
- 41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:44:27.55 ID:BvFhMvL/0
-
二人とも無言のまま、一刻程探していただろうか。
真っ白だったはずのガウンは、膝から下が土で真っ黒になっていた。
手も同じく、真っ黒だ。数刻前まで華やかなパーティー会場に居たことが信じられない。
だけど不思議と、後悔はなかった。
もちろん反省はしていたのだけど、なぜか心は満たされていた。
黙々と地に這いつくばり宝石を探すブーンの姿に、本当に支えられた。
彼の背中を見る度に、わたしも頑張らなくちゃと励まされたのだ。
───………
───………
(;^ω^)「ありましたお!」
ξ;゚听)ξ「! こ、こっちも!」
同時に顔を上げて、お互いの手の平を見せ合う。
土で汚れた手の中できらきらと輝く宝石。
真っ黒に汚れ、宝石とわたしは更に差が開いてしまったと、自虐的に笑った。
- 43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:47:51.95 ID:BvFhMvL/0
-
(;^ω^)「これで……」
ξ;゚听)ξ「十個目……ね……」
残りは、五つ。
とてもその夜の間に見つけられる気がしなかった。
それでも、探さなくては……そう、思った時。
( ^ω^)「ツン様」
ξ;゚听)ξ「……?」
( ^ω^)「今日はもう、切り上げましょう」
ξ;゚听)ξ「え、で、でも……」
( ^ω^)「大丈夫です。私は誰にも言いませんし、ここは人も通りませんから」
たしかにこちらの裏口は、普段は高台に見張りがついているだけだ。
夜と、視界が悪い天候の時だけに、見回りの兵がつく。
加えて、指先ほどの宝石など目を凝らして探さない限り見つけられないだろう。
( ^ω^)「時間を見つけて、探します。その時は届けに」
ξ;゚听)ξ「ど、どうやって?」
- 44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:51:42.43 ID:BvFhMvL/0
-
(;^ω^)「おっ……し、忍び込んで」
ξ;゚听)ξ「だ、ダメよ! そんなことしたら死刑よ死刑!」
冗談抜きで、ただの兵卒が王室に忍び込んだら首が飛ぶ。
だからここは、私が動くべきだと考えた。
ξ゚听)ξ「……夜に、また来ます」
(;^ω^)「へっ?」
ξ゚听)ξ「普段は衛兵さんが多いから無理だけど……深夜なら」
(;^ω^)「いや、それは国王様に知れたら……」
ξ゚听)ξ「大丈夫です。少なくとも、わたしは殺されませんから」
(;^ω^)「ですが……」
ξ゚听)ξ「ブーン。貴方の場合は本当に殺されるんですよ?」
(;^ω^)「うっ……」
ξ゚听)ξ「わたしからのお願いです。……どうか」
(;^ω^)「め、滅相もございません! 承知致しました!」
- 45: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:55:40.68 ID:BvFhMvL/0
-
正直その時は、不安だった。
見つかった時にする言い訳もまったく浮かばなかったし、
衛兵さんに見つからずにこれる自信もなかった。
最初に向かう時に見つかったけど、一度だけならどうとでもなる。
しかし毎晩となると、話は別だ。
それでも自分でまいた種だもの、自分がなんとかしなくてはいけない。
ブーンの言葉はありがたかったけど、その時は一人で続けるつもりだった。
例え宝石がいつまでも見つからなくても、だ。
( ^ω^)「ツン様、少し、お待ち下さい」
ξ゚听)ξ「?」
わたしにそう告げると、ブーンは最初に去った方向へ駆け出していった。
不思議に思いながら、夜空を仰ぐ。
ξ゚听)ξ「…………」
当たり前のことだけど、星はその時も、今と同じ輝きを放っていた。
わたしはその時から変わっていない。
……汚れた、ままだ。
- 46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:59:43.20 ID:BvFhMvL/0
-
(;^ω^)「お待たせしました」
戻ってきたブーンの手には布切れと、木の桶が。
桶には水が、なみなみと注がれていた。
( ^ω^)「これで手と足だけでも……」
ξ゚听)ξ「……」
呆然としてしまった。
( ^ω^)「? ツン様?」
ξ*゚听)ξ「ぇっ? あ、うん、あいや、はい、ありがとう」
何故かとても照れてしまって、しどろもどろになる。
ぎくしゃくした動きでブーンから布切れを受け取り、桶にそれを突っ込んだ。
ξ;><)ξ「いたっ!」
水だと思ったそれは少し温めのお湯で、手にできた擦り傷がしみた。
(;^ω^)「だ、大丈夫ですか?!」
- 47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 17:02:30.29 ID:BvFhMvL/0
-
ξ;゚听)ξ「だっ、大丈夫よ!」
まるで叱りつけたような剣幕で言ってしまった。
ブーンはびくりと体を震わせ、困った顔でわたしを見ていた。
弁解をすればいいのに、その時はどうしていいかわからず痛みをひたすら我慢していた。
ξ;゚听)ξ「……いたた」
我慢しながら、手と足を洗う。
水だったら寒かっただろうけど、お湯にしてくれたおかげで寒さを感じることはなかった。
……出会った当初から、彼はそういう所によく気がつく人だった。
白かった布切れとお湯は、すぐに真っ黒になってしまう。
服はどうにもならないので、仕方がない。
( ^ω^)「お湯を取り替えましょうか?」
ξ;゚听)ξ「だ、大丈夫よ!」
( ^ω^)「着替えは……ツン様が袖を通せるお召し物は……」
ξ;゚听)ξ「だ、大丈夫よ!」
- 49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 17:05:40.34 ID:BvFhMvL/0
-
どうしたことか、同じ言葉しか出てこない。
兄以外に優しくされることに、慣れていなかったからだろうか。
二年経った今も、彼の優しさをまともに受けきることができないのだから。
とにかくその晩は、そんな調子でそそくさとブーンの前から去り、自室へと戻った。
お礼すら、言わずに。
部屋についた時それに気がつき、激しく後悔したけれど時既に遅し。
王族なんたら以前に、人としてそれはいかがなものだろうか。
ベッドに突っ伏してから頭を巡ったのは、情けない自分の姿ばかりだった。
宝石のことももちろんあるけれど、明日はとにかく、お礼を言わなければ。
そう強く思いながら、その日は眠りについたのだった。
───………
───………
- 50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 17:08:58.68 ID:BvFhMvL/0
-
そして今。いつの間にか、わたしは部屋の目の前にいた。
彼と初めて会った日のことを思い出していたら、のぼせた熱も冷めていた。
あの夜からほとんど毎晩、こんな夜を繰り返している。
ξ )ξ「…………」
常々思う。こんなことをしていて、はたして良いのだろうかと。
良い……わけがない。
お父様がいつも兄に言っている。王族たるもの他の者の模範となれと。
宝石はまだ、最後の一つだけが見つかっていない。
それが見つかったら、二人の関係も終わる。
わたしが会いに行く口実がなくなるからだ。
彼に対する感情を押し出したら、それが口実になるのだろうけど、それは……。
きっと彼を、困らせてしまうだけになる。
それに、彼の感情も見えない。わからない。それを知るのが、とても怖い。
だから宝石が見つかったら、もう会うことをやめようと思う。
思う。思っている。思っていた。思いたい。何度も、何度も、繰り返した。
現実はどうだ。
いつの頃からか、宝石を探すことをやめている自分。
これが、現実だった。
- 52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 17:12:29.70 ID:BvFhMvL/0
-
見つけてしまったら、終わってしまう。
いつの日からかそれが嫌で嫌で仕方がなくなった。
だからわたしは、探すことをやめた。
それで後何年、これを続けることができる?
後何年、こんな生活を繰り返せば、わたしの心は満たされるのだろう。
わからない。何もわからない。
結局わたしは、ずっと子どものままで、あの夜に汚れていたままで。
ずっとあの場所に、ブーンの隣に、留まっているだけだ。
離れたく、ない。わたしはずっと、あの場所に、居たい。
彼は優しい人だ。
……優しいことが、彼をあの場に留めている原因でもあったのだけど。
彼は、人を斬ることができなかった。
そしてそれが、戦場で仇になった。
三年前、山賊の討伐に出陣した青騎士団の中に、彼はいた。
その戦いで、彼は敵にとどめをさすことが出来なかったという。
そのためらいが隙を生み、彼はそこで利き腕の親指を失った。
命に別状はない。しかし利き腕の親指が無くては、もう両手で剣は握れない。
騎士としての出世は、完全に断たれたのだ。
- 55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 17:16:34.51 ID:BvFhMvL/0
-
それでも、一度は国に忠誠を誓った身として、軍に残りたいと進言した。
彼が所属していた青騎士団団長は、快諾してくれたらしい。
戦場に立つ事はできなかったが、雑用や退屈な見回りを、積極的に行っていた。
利き腕を血の滲む訓練で変更し、私生活に支障をきたさない程まで扱えるようにもなった。
その話を聞いた時、わたしはただただ涙を流すだけだった。
そこまで、そうしてまで作った居場所に、わたしは割り込んでしまった。
下手をすれば、彼は軍にいることができなくなるのに。
何故わたしが泣いたのか、きっと彼はわからなかっただろう。
自分の甘さが情けなくて、それでも彼に甘えてしまう自分が、許せなくて。
このままではだめだと思い、わたしはそれから数ヶ月、彼に会うことをやめた。
ξ )ξ「……」
今日は色々な事を思い出してしまった。
誕生日が近いせいかもしれない。今日はもう、休もう。
そして、そろそろけじめをつけなくてはいけない。
例えどんな結果になろうとも、彼の居場所を奪うことだけは、決して───
重い気と肩のせいか、ドアノブを下げる手は素直に、真っ直ぐ降りた。
- 56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 17:19:58.07 ID:BvFhMvL/0
-
※
( ・∀・)「…………」
自室に戻ったツンの姿を確認して、私はその場を後にした。
二年前……ツンの十六歳の誕生日のあの夜から、どうも様子がおかしい。
毎夜毎夜、外へと抜け出しているようだ。
何度か衛兵からの報告を受け、警備を強化したりした日もあったのだが……。
どうにも彼女の様子が普通ではないので、何事かと思ったら。
ヴィップ国青騎士団所属、ブーン=ラダトスク。二十四歳。
まさか男と会っていたとは、夢にも思わなかった。
( -∀-)(はぁ……)
自分の妹に限って、まさかとは思ってはいたが……。
一国の王女ともあろう者が、一体何をしているのだろうか。
父に知れたら、発狂ものだろうな。
考えたくもなかった。
- 58: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 17:23:26.23 ID:BvFhMvL/0
-
進む足が重い。事実を受け入れたくない証拠だろう。
しかし一年と少し前、彼に直接話を聞いて、それが事実であることを思い知らされた。
尤も、ツンが毎夜抜け出していることが、何よりの証明になるのだが。
静寂が支配する中、石の階段を降りる。
今夜もツンが辿った、この階段を。
そこまでツンを熱くするものは、感情以外の何者でもないのだろうが。
こと恋愛感情を抱いたことのない私には、あまり理解できる物ではなかった。
それに近い物、妹として彼女を愛してはいたが、愛故に私は耐えてきたからだ。
この地位に上り詰めるまでの十二年の間、遠くから彼女を見つめ、ひたすらに。
父の曲がった愛に耐え、我ながらよくひねくれなかったと思う。
しかし元々、私にはこっちの方が合っていたのだろう。
王室でぬくぬくと暮らす自分の姿は、想像できなかった。
王女と兵士。
物語の世界では、よくある話だ。
そしてそのほとんどが、悲恋で終わることもまた、よくある話だ。
当たり前だ。常識で考えれば、決して成就する関係ではない。
それも二人はわかっている……はずだ。はずだよな、多分。
- 60: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 17:26:42.14 ID:BvFhMvL/0
-
それは自分にも言えることだ。
叶うはずのない二人の関係には、同情すら抱く。
愛する妹であるし、尚更だ。
だからこそ、現実を見せてやらなければならない。
( ・∀・)(だが……)
無下に引き裂くことも、私にはできない。
父のように、国を第一に考え非情に徹することができない。
すまない、父上。
貴方は私の体と心を鍛える為に軍に入れたようだが、心は弱いままのようだ。
( ・∀・)
階段を抜け、ツンが通った木の扉を、開けた。
少し冷たい風が、なんとも、私を叱りつけているように感じた。
周囲を見渡す。
( ・∀・)「……ブーン」
目的の男は、すぐに見つかった。
- 61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 17:30:20.86 ID:BvFhMvL/0
-
( ^ω^)「……モララー様」
私の姿を見て、彼は驚かなかった。
当然だ。私が二人のことを知っている事は、彼にだけは伝えているから。
二人は決して、結ばれない運命にあるというのに。
( ・∀・)「……今日は早かったみたいだな」
こんなことをしている自分は、一体なんなのだ。
兄として、騎士団長として叱りつけてやらねばならないのではないか。
どう足掻いても終わりの見える二人だからこそ、せめて最後まで夢を。
そんなものは、自分の行いの美化にすぎない。
しかし私には、どうしても、どう悩んでもこうすることしかできなかった。
(;^ω^)「はっ……怒らせてしまったようで……」
( ・∀・)「それはない」
(;^ω^)「そっ、そうですか?」
この男の鈍感さといったら、私でも舌を巻く領域だ。悪い意味で。
確かに自室へ入る前のツンは落ち込んでいたようだったが、恐らく別の理由だろう。
私と同じように、二人の未来について悩んでいたのかもしれない。
しかし、ブーン=ラダトスク……か。
- 63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 17:33:58.72 ID:BvFhMvL/0
-
彼がうまく出世でもしたら、まだ望みはあるのだが……。
それは彼の体が、そうさせてくれないのだから、嘆いても仕方がない。
実力の世界なのだから、そこは私も譲ることは出来ない。
それにこの男は、決してそれを望まないはずだ。
関係を知ってから話すようになり一年と少し経ったが、
そのくらいの本質は理解しているつもりだし、認めてもいる。
( -∀-)「なぁ……ブーン……」
( ^ω^)「……はい」
( ・∀・)「私も人間だ。頭でわかっていても、感情でどうにもならなくなるのはわかる」
( ^ω^)「…………」
( ・∀・)「その……ツンのことは……本気なのか?」
何度この質問をしたことか。聞きすぎて、私のことを鳥頭と思っていないだろうか。
わかっているが、どこかで嘘であってほしい気持ちがそれを言わせていた。
いや嘘だったらツンが泣くからそれも……ああくそ。
( ^ω^)「……はい。私は、本気です」
( -∀-)「そう……だよな」
- 65: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 17:37:11.20 ID:BvFhMvL/0
-
結局また同じ答えを聞く羽目になっただけだった。
しかしそれが本当でも嘘でも、ツンは泣くことになるのは同じだ。
だとしたら、取り返しがつかなくなる前に手を打った方がいいのではないのか。
( ω )「しかし……モララー様」
( ・∀・)「……ん」
( ω )「自分は最近、自分がどうしたらいいのかがわかりません」
( ・∀・)「……続けろ」
( ^ω^)「身分不相応であることは、承知しています」
( ^ω^)「それでも……ツン様の笑顔を見ていると、その時はどうしようもなく……」
( ω )「今目の前から去ると、このままではいけないと自制心が働き……。
私は去るべきだと……強く思うのです」
ああ、そうだろうな。私だってそうだし、ツンもきっとそうだ。
お前を含め、私もツンも、弱いんだよ、心が。
だから同じ様に、悩むのだ。私が完全に国に仕えているだけの身分だったら、
とっくにお前を他の地域へ飛ばしていることだろうさ。
- 66: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 17:40:42.10 ID:BvFhMvL/0
-
( ^ω^)「……それに」
( ・∀・)「……?」
( ^ω^)「これが自意識過剰である可能性も、怖くて……」
( ・∀・)「……は?」
( ^ω^)「ですから、実はツン様は私など気にもかけていない場合──」
( ・∀・)「それはない」
(;^ω^)「おっ……」
( -∀-)「それはないから……私も悩んでるんだよ……」
(;^ω^)「そ、そうですか」
なんだこの男は。ツンはもしかしたらお前を愛していないと言いたいのか。
私自身そういう経験がないから確かに確実とは言えないが……。
普通に考えて、それはあり得ないだろう。
いくら悩んでも、考えても、話を聞いても。
結局答えは出ずに、別の事を考えての繰り返しだ。
- 67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 17:43:14.50 ID:BvFhMvL/0
-
( ・∀・)「……お前も、参ってないか?」
( ^ω^)「……?」
( ・∀・)「頼むから、血迷った真似はしないでくれよ」
(;^ω^)「そ、それは勿論です」
(;^ω^)「確かに最近……ツン様がいないのに視線を感じたりして……。
疲れているのかも、しれません」
( ・∀・)「……それは気のせいか?」
(;^ω^)「はい。ツン様が、いるような気がして……」
( ・∀・)「……」
重傷だな、これは。
気を張り詰めすぎている証拠だ。
というか、本来の見張りの役目を忘れていないかこいつは。
……しかし、元々真面目な奴だ。大丈夫だろう、きっと。
多分。
- 68: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 17:46:29.44 ID:BvFhMvL/0
-
( ・∀・)「……そろそろ、戻る」
( ^ω^)「はっ」
( ・∀・)「お前も、休め」
( ^ω^)「……はい」
色恋沙汰などとは、当事者で解決する問題だ。
しかし二人に関しては、二人だけでは済まないのだ。
王女の婿となる者は、やはりそれなりの地位と血筋の者がなるべきだ。
彼は別段、何かに突出しているわけでもない。多少剣が扱えるくらいの男、のはずだ。
それは父も、大臣達も認めないだろうし、他国からは嘲笑の的となるだろう。
世には未だ、貴族と平民の差別は根強く残っている。
父はまだ寛容な方だが、他国には奴隷制度すら残っていると聞く。
王族に平民の血が混ざれば、どうなるか。
他国は勿論、国内の領主達すら手の平を返すことだろう。
ヴィップの貿易が、経済の流通が滞る程度に治まるはずがない。
他に取り残された最悪の状況で最後に起こる事は、戦争だ。
大凡の大義名分は、汚れた血に粛清をと言ったところだろう。
- 70: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 17:50:09.07 ID:BvFhMvL/0
-
互いが貴族同士、平等の立場で、この大陸の国間は成り立っている。
それでもどこかに野心家という奴はいるはずだ。
その機を逃さず、動く者は、必ず居る。
……恐らく、この国にも、そんな奴が。
ならばやはり、二人を認めることなどできはしない。
( ・∀・)「…………」
幾度となく、繰り返してきた。
見つからない答え。辿り着けない答え。
国に座する自分と、兄である自分との決着のつかない戦い。
終わらせなければ、いけない。
いや、そもそも最初から、答えは見えている。
決断の剣を、感情の盾がいつまでも防いでいたのだ。
答えはそこにあるのに、踏み切れないことは己の甘さ以外何者でもない。
二人が泣くか、民が泣くか。
違いは、それだけだ。
- 72: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 17:53:15.24 ID:BvFhMvL/0
-
宿舎に戻ると、真っ直ぐに自室へと向かう。
団長室。代々の騎士団長達が腰を据えた大きな椅子に座る。
先代達も、ここで様々な事を思い、戦い抜いてきたのだろう。
そうして築き上げられてきたこの国を、終わらせるわけにはいかない。
( ・∀・)「ドクオはいるか」
無人のはずの団長室、虚空へと言葉を投げ掛けた。
数瞬の後、扉の前に生まれる気配。静かに、扉が開いた。
('A`)「ここに」
足まで隠れた漆黒の外套を羽織った男、ドクオ。
ぼさぼさの髪は相変わらずで、一見するとただの浮浪者にも見える。
が、その実は代々ヴィップに仕える暗殺部隊の、隊長だ。
今のような統制が成立していない時代は、暗殺はごく日常的に行われていた。
最近は勿論、そんな話は聞かない。戦の種を生むだけだからだ。
しかし彼らの手練は、暗殺以外でも有能だ。今は主に偵察が役割になっている。
そういえば久しぶりに、この男を呼んだ気がする。
隊長は常に騎士団長に付き添い、護衛もしているという。
呼べばすぐに現れることがその証明なわけだが、あまり良い気はしなかった。
- 73: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 17:56:23.35 ID:BvFhMvL/0
-
( ・∀・)「……呼ばれた意味は、わかるな?」
('A`)「万が一認識の相違があった場合、責任は持てません。明確にお願いします。
どんな指令であれ、我々はそれを遂行する力を持っております」
( -∀-)「…………」
ドクオの口調に感情はこめられていない。あくまで事務的に、だ。
だがそれでも、私を試しているのかと勘繰ってしまっていた。
決断することが、できるのか。
自分の口から、それを告げることができるのか。
後悔はしないか。本当にそれが正しいのか。
最善は───
( ・∀・)「ドクオ」
('A`)「はい」
( ・∀・)「ブーン=ラダトスクを、監視しろ」
確信はないが、今はこれでいい、はずだ。
- 74: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 17:59:43.82 ID:BvFhMvL/0
-
('A`)「……監視、ですね」
( ・∀・)「そうだ」
('A`)「了解しました」
( ・∀・)「何かあれば、逐一報告しろ。追加の指令がある場合、その時に話す」
('A`)「了解しました」
( ・∀・)「では、行け」
ドクオは音も立てず、退出していった。
椅子に深く体を預け、背を伸ばす。全身に血が巡る感覚が、心地良かった。
できれば全てが、杞憂であって欲しい。
( -∀-)「…………」
いや、自分がそんな考えでは、いけない。
全ての可能性を考慮して、全てに備えなければならない。
だが、どんな可能性を考えようとも、二人が結ばれる道は、見えなかった。
───………
- 76: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 18:02:25.22 ID:BvFhMvL/0
-
※
翌日。
ξ゚听)ξ「……突然、ですね」
朝食中に言ったお父様の言葉に、わたしはそう返す事しかできなかった。
爪'ー`)「すまないな。何分、予定が詰まっていて、仕方がないのだ」
ξ゚听)ξ「ネーヨ公、ですか」
爪'ー`)「そうだ。お前のことを大層お気に入りのようだ」
話題にあるのはヴィップを構成する国の一つ、タス公国を治める領主、ネーヨ=ザクセン公爵。
昨日使者が到着し、わたしを同伴の上で食事会へ招待したい、とのことらしい。
そしてお父様は、今日すぐに発とうといきなり切り出してきたのだ。
爪'ー`)「二日後はお前のパーティー、それ以降は少し忙しくてな」
爪'ー`)「今日しかない、というわけだ」
お父様はそう言った後にポタージュをすする。どうやらこれは決定事項のようだ。
こうなってはわたしが何を言おうとも、覆ることはない。
- 77: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 18:06:45.52 ID:BvFhMvL/0
-
タス公国はここからそう遠くない。馬車で片道三刻といった所だろう。
別に面倒ではないし、わたしにできる数少ない国への奉公なのだから、
それに応じること自体に全く問題はない。
問題は、ネーヨ公だ。
お父様が言った通り、どうやらわたしの事を気に入ってくれているらしい。
今まで顔を合わせた時も会話の端々にそんな魂胆が見え隠れしていた。
尤も、『王女であるわたし』を見ているのだろうけど。
爪'ー`)「……ネーヨ公は嫌いか?」
ξ;゚听)ξ「えっ? いえ、そんなことは……」
考えていたことを当てられ、心の中を見透かされたような気がして、驚いた。
ネーヨ公は嫌いでは、ない。品位もあるし、タス公国は彼が領主になってから繁栄した。
紳士としても、領主としても素敵な男性であることは、わかっていた。
だからこそ、困るのだ。
ネーヨ公に会うことが、ブーンへの裏切りのような気がしてしまう。
もちろん彼は、そんなこと微塵にも思わないはずだ。
それでも、ううん、ブーンだけじゃない。ネーヨ公にも、失礼だ。
……やっぱりこのままでは、いけないんだ。
- 80: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 18:09:37.65 ID:BvFhMvL/0
-
爪'ー`)「正午に発つ。準備をしておいてくれよ?」
ξ゚听)ξ「わかりました」
わたしにそう告げると、先に朝食を終えたお父様は席を立った。
思い出したようにナイフを持ち、スイートポテトを小さく切ると、口へ運ぶ。
砂糖を控えめにされたそれは、サツマイモ本来の甘みが生かされていた。
そのお蔭で甘ったるさは全く無く、なめらかな食感も手伝いすんなりと喉を通る。
お芋なのにお腹に残った違和感も無く、朝食用に工夫されて作られたのだろう。
食べる事に集中しだしたら、あっという間に平らげてしまった。
従者達がお皿を下げ、紅茶を淹れてくれる。
毎朝の一連の流れは、幼い頃からずっと変わらず。
あの頃と変わった事と言えば、厳しいしつけ係がいなくなったことくらいか。
彼女がいなくなってから今日まで、特に変わったことはない。
いや、一日することも大して変わっていない。
予定がなければ本を読んだりして退屈に過ごすし、
今日のように予定があれば、それをして、一日を終えるだけ。
ずっと、そうだった。二年前までは。
- 81: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 18:13:05.77 ID:BvFhMvL/0
-
……ブーンと出会ったあの夜が明けた朝は、落ち着かなかった。
早々に朝食を平らげて、すぐに自室へ戻った。
そのままの足でバルコニーに出て、宝石箱を落ちた辺りを見つめる。
そこに彼が、いた。
まさか寝ずに探し続けていたのだろうかと、心配になった。
後から聞いた話ではそうではないようで、朝食後にできた時間を使っただけだとか。
ともあれ、わたしのいない時に探していてくれた彼に、非常に申し訳なくなった。
あの夜にわたしを励ましてくれた背中が、バルコニーからは豆粒くらいに小さくて。
それがなんだかとても寂しくて、すぐにそこへ駆け出したくなった。
でもそれは、お父様が許さない。
理由無き外出は一切禁じられている。理由がある場合は、父に進言しないといけない。
そしてその理由はもちろん、正直に話せる内容ではなく……。
とにかく、わたしには夜を待つことしかできなかった。
ブーンがそこからいなくなるまで、わたしは彼をずっと見つめていた。
わたしはそこにいなければいけない気がしたから。
それともう一つ。
彼の背中を見ているだけで、わたしはとても幸せだったから。
- 82: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 18:16:57.95 ID:BvFhMvL/0
-
今ならはっきりと言える。
二年という月日の中で、それを確信していた。
わたしはブーンを、愛している。
お父様に抱くものとも、兄に抱くものとも、違う。
初めてのこの感情気がついてから、受け入れることには時間がかかった。
彼と出会って三ヶ月が過ぎた頃に、わたしは一つの提案をした。
言葉遣いを改めることだ。
最初、彼はもちろん承諾しなかったが、その時は職権乱用、つまり命令。
命令ならば仕方がないと、渋々首を縦に振ったのだった。
態度には表れてはいたが、口調も変えて、完全に素の彼でわたしに接して欲しかった。
まるっきり、子どものわがままだった。
時々言葉の端々に見せていた独特の語尾が目立つようになり、
それがとても嬉しく、可笑しく、本当に楽しくなっていった。
多分、その頃にはもう、宝石のことはどうでもよくなっていたと、思う。
- 83: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 18:20:03.92 ID:BvFhMvL/0
-
お忍びの本旨が、宝石捜索から彼に会うことへと変わっていった。
彼の口から宝石を探そうと聞かされることが、とても嫌だった。
もちろん罪悪感はあったのだけど、彼への感情は何よりも勝っていた。
彼もわたしの心中を察してくれたのか、今日まで子どものわがままに付き合ってくれている。
自分のしていることは明らかに間違っているのに、どうしようもなかった。
毎日夜が楽しみで、物語のヒロインになったような気分に、浮かれていた。
現実をまた見るようになったのは、親指の話を聞いた時だった。
浮かれていた自分が情けなくて、馬鹿みたいで、彼に申し訳なくて。
もうやめようと誓った。宝石はいい。素直にお父様に告げよう、と。
でもわたしは結局、何もすることができなかった。
もう会わないと決めたのに、一日を越える度に、胸が締め付けられていった。
その日から、泣かない夜はなかったと思う。毎夜どれだけ泣いても、涙は涸れなかった。
私生活でも些細な事にイライラするようになり、反抗期かとお父様に言われた気がする。
心がどんどんと荒んでいったことには、はっきりと自覚していた。
数ヶ月経って、ついにわたしは耐えきれずに、またあの場所へと向かった。
変わらずに、彼はいてくれた。
驚いた顔をした後に、いつもの優しい笑みを浮かべてくれて……。
たまらずに、ブーンの胸に飛び込んだ。
- 84: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 18:23:29.68 ID:BvFhMvL/0
-
胸に顔を埋めるわたしの頭を、優しく撫でてくれていた。
それだけでわたしの数ヶ月分は、あっという間に満たされた。
( ^ω^)『ツン様』
太い腕でしっかりとわたしを抱きしめて、彼は言った。
( ^ω^)『私は、大丈夫ですから』
全てを、見透かされていた。
わたしが彼のためを思い会わなかったことに、彼は気がついていた。
( ^ω^)『私はいつでも、ここにいます』
その言葉に、わたしがどれだけ救われたことか。
その時初めて、自分は彼を愛しているという確信を持った。
そしてそれが、どれだけ罪なことなのかも───………
確信と共に訪れたものは、予感。蜜月の時は、永遠には続かない。
いつかその時がくる。本当に彼から離れないといけなくなる時が。
背に這い寄る予感から逃げたくて。後ろを振り向きたくなくて。
あの時はただひたすらに、彼の温もりを感じ続けていた……。
- 85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 18:25:53.69 ID:BvFhMvL/0
-
※
───………
タス公国、ザクセン城前。
ネーヨ公爵は門前で待機しており、到着したわたし達を迎えた。
( ´ー`)「お待ちしておりました」
爪'ー`)「この度のお招き、感謝する」
ξ゚听)ξ「ありがとうございます」
( ´ー`)「おお……ツン王女も、日を増す毎に美しくなられておりますな」
爪'ー`)「あぁ。母親の面影が、日毎に色濃くなってきている」
( ´ー`)「……父から伺っております。素晴らしい御方だったと……」
爪'ー`)「有り難う。しかし、食事の前にこういうのも、な」
( ´ー`)「非礼をお詫び致します。さぁ、どうぞ中へ」
ネーヨ公の後に続きに、わたしとお父様は城門を通る。
- 86: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 18:28:59.33 ID:BvFhMvL/0
-
爪'ー`)「騎士団長」
( ・∀・)「はっ」
近くに控えていた兄を、お父様が城門の下で呼んだ。
そういえば、二人が親子のように接している所を見たことがない。
爪'ー`)「白騎士団は城門前で待機。お前はついてこい」
( ・∀・)「……わかりました」
( ´ー`)「申し訳ない。城内に騎士団全員を受け入れるスペースがないのです」
爪'ー`)「構わんよ」
兄は即座に伝令を回すと、こちらへまた駆け戻る。
そうしてわたし達四人は、城内へと歩き始めた。
( ´ー`)「……しかし、ヴィップ白騎士団は聞き及んだ武勇の通り、素晴らしい」
( ・∀・)「勿体ないお言葉です」
爪'ー`)「ははは、もっと言ってくれてもいい」
……機嫌良いな、お父様。
- 88: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 18:31:21.80 ID:BvFhMvL/0
-
( ´ー`)「しかし、まさか即日にお返事を頂けるとは」
爪'ー`)「すまないね、どうしても今日しかなかったのだよ」
( ´ー`)「とんでもありません。こちらも突然の招待でしたので」
爪'ー`)「……で、急にこんな呼び出しをしてどうしたのだね?」
(;´ー`)「いえ、激務をこなしておられる国王に、せめて羽を伸ばしていただこうと……」
爪'ー`)「ほう。書面には、ツンを指名していたようだったが……」
(;´ー`)「……いやはや、お恥ずかしい限りです」
今日のお父様は、なんだかとてもはしゃいでいるように見えた。
もう五十も半ばに差しかかろうとしているのに、外見はとてもそうには見えない。
それも手伝って、なんだか子どものように思えてしまう。
兄は無言で、わたしの後ろを歩いていた。
爪'ー`)「ネーヨ公は……たしか三十五、だったか」
( ´ー`)「えぇ。時の流れは早い物です」
爪'ー`)「いかんぞ。早く伴侶を見つけないとな」
- 91: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 18:35:02.28 ID:BvFhMvL/0
-
(;´ー`)「……いや、はい、ははは……」
爪'ー`)「ツン、お前もそう思うだろう?」
ξ;゚听)ξ「えっ?」
爪'ー`)「いかんぞ。人の話には常に耳を傾けておくべきだ」
ξ;゚听)ξ「いやその……はい……」
爪'ー`)「ははは」
ネーヨ公の思惑を知った上で、からかっているのだろう。
というか、お父様ってこんな人だったっけ……?
伴侶……結婚。結婚、かぁ……。
そういえば、女は十八から結婚が許されるのだった。
やけにはやし立てているのは、そういうことなのだろうか。
お父様は、どう考えているのだろう。
少なくともわたしの相手には、それなりの人を思っているのだろうか。
それなり、というのは、立場と血筋の事だ。
領主であったり、他国の王子であったり、そういう人達。
言ってしまえば政略結婚なのだが、それはもう、王女として生まれた運命だ。
- 92: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 18:38:30.42 ID:BvFhMvL/0
-
話によると、お母様もそうして嫁いできたそうだ。
いつかわたしにも、その時がやってくるということはわかっていた。
そして今、実際にそれが目の前にちらついている。
全ては、国のために。
それなのに、今わたしの心に浮かんでいる人は、ただ一人。
ブーンの姿。平民出の、騎士団の雑用を受け持つ、兵卒の姿。
彼との結婚が許されるものならば、それほど嬉しいことはない。
でも、聞くまでもない。許されるはずがない。
そんなことをしたらどうなるかくらい、世間知らずのわたしにもわかる。
年寄り達の思考はわからないけど、待っているのは最悪の結末だけだろう。
お父様、わたしは兵卒に恋をしています。
それを告げたら、彼は一体どうなるか。
よくて追放、悪ければ、処刑。……それ程の、事なのだ。
もちろんそのことは、彼も十分承知しているはずだ。
わたしの言葉を、待っているのだろうか。
その言葉が良いものでも、悪いものでも、わたしの意思を。
……彼はいつも、笑ってわたしを受け入れてくれる。
- 94: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 18:42:40.01 ID:BvFhMvL/0
-
そしてわたしは、それに甘えているだけ。
そんな日を積み重ねて、今日を迎えた。
ξ゚听)ξ「…………」
前を行くネーヨ公。その背はお父様に負けない程に、逞しい。
地位が目的だけなのかもしれない。本心は、まったくわからない。
しかし、統治者としての器は、タス公国の繁栄を見るに、素晴らしい方であることは間違いない。
ヴィップ構成国の一つとして、その名に恥じぬようにと尽力してきた方だ。
ネーヨ公の代で、タス公国は本国ヴィップの右腕と謳われるまでに発展した。
多少、手段が強引すぎるという話も聞くが、結果だけを見れば素晴らしいことだ。
お父様もきっと、わたしの婚約者候補にこの方を入れているのだろう。
というか、ネーヨ公以外の男性に会わせようとしない。
多分、お父様はこの方しか考えていないのだろう。
( ´ー`)「さぁ、こちらへ」
広い城内の左側を抜け、大きく抜けた空間が広がった。
天井の中央に設置された豪華なシャンデリアが、広い室内を明るくさせている。
来賓を持て成す為の、特別な部屋なのだろう。
中央には長大なディナーテーブルが置かれ、三人分のカトラリーが並べられていた。
- 95: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 18:46:08.43 ID:BvFhMvL/0
-
( ´ー`)「騎士団長殿の分も、すぐにご用意致します」
爪'ー`)「すまないな」
( ´ー`)「とんでもありません。それでは少し、席を外します」
頭を下げた後、ネーヨ公は奥の扉へと消えていった。
爪'ー`)「ツン。そこへ座りなさい」
ξ;゚听)ξ「え……こんな上座には……」
爪'ー`)「今回は、お前が主賓だ。座りなさい」
ξ゚听)ξ「……わかりました」
そこは普通ならお父様が座るべき場所だった。
そして、ネーヨ公の席に最も近い場所でもある。
ξ゚听)ξ「……」
いよいよお父様は、わたしとあの方を結ばせたいのだろうか。
胸が少し、痛くなった。
- 96: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 18:48:14.64 ID:BvFhMvL/0
-
爪'ー`)「……そういえば、三人で食卓についたことはなかったな」
ξ゚听)ξ「そうですね」
( ・∀・)「……」
爪'ー`)「なんだ騎士団長。嬉しくないか?」
( ・∀・)「いえ、特には」
爪'ー`)「可愛くない奴だな……いいんだぞ? 今日は特別だ」
( ・∀・)「何がですか」
爪'ー`)「父と呼んでも、いいんだぞ」
( ・∀・)「…………」
爪'ー`)「どうした。嫌か?」
( ・∀・)「そんなわけでは……」
爪'ー`)「ん〜? ほら、言ってみろ」
ξ;゚听)ξ(た、楽しそう……)
- 97: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 18:50:06.82 ID:BvFhMvL/0
-
(;・∀・)「……」
爪'ー`)「物が話せんのか、お前は」
(;・∀・)「……ち、」
爪'ー`)「うむ」
(;・∀・)「ちち……うえ……」
爪'ー`)「言えるじゃないか。馬鹿息子め」
(;・∀・)「……」
なんなんだろう、このやり取り。
もう三十路近い兄が、まるで子どものようだ。
こういうのを、家族の団らんと呼ぶのかな。
初めての家族の会合はとても心地良く、同時に少し、罪悪感に嘖まれた。
二人に隠し事をしている自分がいて、この場を心から楽しむことが、できなかった。
( ・∀・)
わたしの少しぎこちない様子に気がついたのか、兄と目が合った。
なんでもないと、嘘の笑顔を返す自分が、とても嫌だった。
- 99: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 18:52:18.26 ID:BvFhMvL/0
-
豪華な食事が並べられても、それを口に運んでも。
お父様の機嫌がどれだけ良くても、いくら会話が弾もうと。
わたしだけ取り残されているような、そんな気分。
自業自得なのだけど、皆が心から愉しんでいる所で、わたしは上辺だけ。
この場から逃げてしまいたい。
ブーンと一緒に、遠い所へ逃げてしまいたい。
でもそれこそ、ただのわたしのわがままだ。
そうして見つかれば、罰せられるのは彼だけ。
わたしが何を言おうとも、問答無用で断じられるのは、彼だけ。
彼のためにも、お父様のためにも、国のためにも、どう考えても。
彼と離れることが、最善なのに。
ξ )ξ
心がかたくなに、それを拒否し続ける。
ブーンと会わなかった数ヶ月の時と、同じ。
頭ではわかっているのに、心が、どうしようもない。
わたしは結局、何も変わっていない。
- 101: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 18:55:09.75 ID:BvFhMvL/0
-
( ´ー`)「ツン様……お口に合いませんでしたか?」
ξ;゚听)ξ「えっ? いえ、そういうわけでは……」
( ´ー`)「……何か思い詰めたお顔をされていましたので……」
ξ;゚听)ξ「も、申し訳ありません……」
( ´ー`)「いえ。何かあれば、すぐにお申し付け下さい」
ξ゚听)ξ「ありがとうございます」
知らない内に表情に出てしまっていたようだ。
ネーヨ公に、失礼な振る舞いをしてしまった。
用意された料理は、どれも素晴らしいものだった。
だけどわたしの心に浮かぶのは別のことで……。
これではだめだ。水を飲み、頭を冷やして思考を切り替えよう。
( ´ー`)「……時に、フォックス王」
爪'ー`)「どうしたね」
( ´ー`)「ここだけの話なのですが……」
- 102: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 18:57:43.47 ID:BvFhMvL/0
-
( ´ー`)「確信はありませんが、不穏な噂を耳にはさみました」
爪'ー`)「不穏な噂?」
( ´ー`)「えぇ。なんでも、ヴィップ打倒を企む国がおり……内通者がいると」
爪'ー`)「騎士団長。だそうだが、何か知っているか?」
( ・∀・)「いえ、何も」
爪'ー`)「そうか。なら単なる噂だろう」
( ´ー`)「……」
爪'ー`)「噂の出所は?」
( ´ー`)「いえ、軍内部でそういう話があると報告を受けたもので」
爪'ー`)「なるほど。安心してくれ。我がヴィップに限ってそのようなことはない」
( ´ー`)「……杞憂ならば、それでよいのです。出過ぎた真似を致しました」
爪'ー`)「構わんよ」
( ・∀・)「……」
- 103: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 19:00:23.50 ID:BvFhMvL/0
-
わたしもそんな話は、聞いたことがない。
お父様と兄も知らない事を、わたしが知るはずがないのだけど。
知っているとすれば……ああ、だめだ。
どんなことからでもブーンの事に結びつけてしまう。
いけないいけない。思考を切り替えなければ。
その後はゆったりと、国のことやお父様の武勇伝など、
談笑を交えつつおいしい食事を愉しんだ。
滅多に酒を飲まないお父様が、珍しくよく飲んでいた気がする。
そのせいか、後半はネーヨ公とわたしの事を一層からかわれた。
あははと、渇いた笑いを返すのが精一杯だった。はぁ……。
誕生日を迎えたら、いよいよ真剣に考えないといけないのだろう。
だから、その前に───………
その後の会話は、あまり覚えていなかった。
───………
- 105: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 19:04:03.55 ID:BvFhMvL/0
-
※
爪'ー`)「お前が馬車に乗れ。久しぶりに、馬に乗りたくなった」
食事会を終え、ネーヨ公と城前で別れた後、父は無茶なことを言いだした。
(;・∀・)「いや、危険ですよ。だめです」
爪'ー`)「堅いことを言うな。それとも、白騎士団は馬に乗る一人の人間も護衛できんのか?」
酔っているせいか、普段以上に口が悪い。
城内では変なことを言わされたし、そんなに機嫌がいいのか。
しかしここまで言われたら、騎士団長として退くわけにはいかない。
( ・∀・)「……わかりました。全力で護衛致します」
爪'ー`)「うむ」
満足し頷いた後に、父は私の馬にまたがり、先陣を切った。
各部隊長達に何が何でも父に怪我をさせるなと告げて、馬車に乗り込む。
爪'ー`)「では、出発!」
張り切った父の声が、馬車の中にまで聞こえた。
- 106: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 19:06:53.51 ID:BvFhMvL/0
-
ξ゚ー゚)ξ「……楽しそうですね、お父様」
( ・∀・)「あぁ……まったく……」
ξ゚ー゚)ξ「ふふっ」
( ・∀・)(…………)
無理をしている。
食事の時から、そう感じていた。
間違いなく、ブーン=ラダトスクのことを思っていたのだろう。
私達に隠し事をしている事実と、ネーヨ公の心算を計った上で。
その華奢な体には重すぎる重圧を、感じていたのだろう。
ξ゚听)ξ「……?」
兄として、私にできることはなんだ。
( ・∀・)「…………」
愛する妹が、重圧に押し潰される前に。
部下が間違いを犯し、罰せられる前に。
- 107: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 19:09:02.25 ID:BvFhMvL/0
-
彼の方は、一応の手を打った。
何か動きがあれば、即座に私に伝わるはずだ。
それに……信じても、いる。ツンが愛した男だ。私自身、見極めているつもりだ。
ならば、ツンに私がしてやれることは。
ξ゚听)ξ「お兄様?」
重い悩みを背負った彼女に、してやれることは。
( ・∀・)「……ツン」
馬車が音を立て、揺れる。
しかし、確かに聞こえる虫の音が、心を落ち着かせた。
一つ息を吐いて、強く、ツンを見つめる。
彼女もまた、私の雰囲気を察して神妙な面持ちになっていた。
( ・∀・)「……石は」
私に、できること。
( ・∀・)「宝石は、見つかったか?」
それは、重圧の、共有。
- 109: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 19:11:18.80 ID:BvFhMvL/0
-
ξ;゚听)ξ「…………」
ツンは言葉を発しなかった。
発せない、が、正しいのかもしれない。
まさか私が知っていようとは、夢にも思っていなかっただろう。
( ・∀・)「……知ってるよ、全て」
ああ。今のツンの心は、私の言葉一つ一つに抉られるている事だろう。
ツンの顔が、青ざめていく。それはきっと、彼の事を考えて。
( ・∀・)「心配するな……私は、どうするつもりもない」
ξ;゚听)ξ「お兄……様……」
( ・∀・)「ブーン=ラダトスクのことは、知っている。彼もそのことは、知っている」
ξ;゚听)ξ「…………」
もっと早く、話すべきだったのだろうか。
ツンの心の中で、彼がここまで大きな存在になる前に。
……それも私の甘さだ。今更悔いても、仕方がない。
ξ;゚听)ξ「……いつから……知っていたのですか」
- 112: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 19:14:44.83 ID:BvFhMvL/0
-
( ・∀・)「わりと最初から、気付いていたよ」
ξ;゚听)ξ「…………」
ツンは大きく息を吐いた後に俯いて、また私を見た。
お前には悪いが、こちらも遊びでやっているわけではない。
世間知らずのお姫様のお忍びなど、すぐに私の耳に入ったよ。
真相を知った直後は警備を強化したが……それも無駄だった。
この事を知られないようにと、衛兵達の口止めにも苦労した。
最も信用できるものを配備するようにもした。それは全て、私の感情一つでだ。
ξ;゚听)ξ「お兄様……! ブーンには罪はありません!」
( ・∀・)「落ち着きなさい。私は何もしないと言っただろう」
ξ;゚听)ξ「…………」
( -∀-)「……どれほどのことしているのかは、自覚しているようだな」
ξ;゚听)ξ「……はい」
それは信じていた。単なる遊びではないとツンの口から聞け、少し安堵する。
その直後に、私の危惧が確たる物になったことを、嘆いた。
やはり、後戻りはできないのか。
- 114: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 19:18:00.60 ID:BvFhMvL/0
-
( ・∀・)「……どうするつもりなんだ?」
ξ; )ξ「…………」
沈黙。
やはりツンも、わかっていながら感情が歯止めをかけているのだろう。
終わらせなければいけない事だが、どうしてもそれができない。
それはきっとブーン=ラダトスクも、そして私も、同じことだ。
( ・∀・)「すまなかったな」
ξ; )ξ「いえ……」
答えられるなら、とうにそうしているはずだろう。
我ながら馬鹿な質問をした。予想していたツンの胸中は、見事的中していた。
だからこそ、どうしようもないのだが。
( ・∀・)「ツン」
ξ; )ξ「……はい」
( ・∀・)「私は───俺は、どうするべきか答えは見えている」
ξ; )ξ「…………」
- 117: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 19:20:05.30 ID:BvFhMvL/0
-
( ・∀・)「お前も、わかっているはずだ」
ξ; )ξ「……はい」
( ・∀・)「しかし感情が、そうさせない。その答えを、選ばせない」
( ・∀・)「違うか?」
…………。
ξ; )ξ「……違いません」
( ・∀・)「……そうか」
( ・∀・)「……私も、そうだよ」
考えていたことは、寸分違わず、合致してしまった。
ならばもう、これ以上口を閉ざす道理はない。
- 118: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 19:23:31.19 ID:BvFhMvL/0
-
( ・∀・)「ツン」
ξ )ξ「……はい」
( ・∀・)「俺が何故、今まで傍観していたか、わかるか?」
ξ; )ξ「……いえ」
( ・∀・)「…………」
( ・∀・)「……お前を」
( ・∀・)「愛しているからだよ」
ξ゚听)ξ「……お兄様……」
( ・∀・)「お前を愛しているから、ブーンを追放しなかった。罰しなかった。
父にも進言しなかった。それをすれば、お前が泣いてしまうから」
ξ゚听)ξ「……」
( ・∀・)「全て、俺の甘さだ」
( -∀-)「……国を背負う者ならば、そこに私情を挿むべきではない」
- 120: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 19:26:01.99 ID:BvFhMvL/0
-
( ・∀・)「しかし、どうにもならなかった」
( ・∀・)「お前の心に生まれた物が、ここまで膨れ上がる前に、対応できたのに、だ」
( -∀-)「……」
ξ;゚听)ξ「……」
( ・∀・)「……逆に、酷なことをしてしまった。すまなかった」
ξ;゚听)ξ「そんな……全ては私の勝手で……」
( ・∀・)「物事とは、結果が全てだ。こうなった責任は、俺にもある」
ξ;゚听)ξ「お兄様……」
( ・∀・)「だから───ツン」
( ・∀・)「お前の負担を、少しでも、俺に預けてくれ」
それで、少しでもお前の心が軽くなるのなら。
許せ。未熟な兄の、全てを背負えぬ器量の無さを。
- 121: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 19:28:11.82 ID:BvFhMvL/0
-
:ξ )ξ:
ツンは俯き、小刻みに震えていた。
辛かっただろう。ずっと一人で、悩んでいたはずだ。
遅れて、すまなかった。
向かいに座していた私は、ツンの隣へ移動し、座る。
そして静かに、肩を抱いた。小さな肩は壊れそうな程に、震えていた。
ξ;凵G)ξ「おにぃ……さま……っ……」
私の胸で泣くツンの頭を、優しく撫でた。
存分に泣け。
この時ばかりは、全てを忘れて、泣けばいい。
───………
- 122: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 19:30:48.32 ID:BvFhMvL/0
-
───………
( ・∀・)「……落ち着いたか?」
身に感じる揺れが、馬車によるものだけになったことを感じた。
ツンはどうやら、泣き止んだようだ。
少しは彼女の負担を軽減することができただろうか。
問題は何も解決していないことは、重々承知している。
だが、彼女が少しでも楽になってくれたのなら、今の自分はそれで満足だった。
本当に、情けない兄だ。
ξ゚听)ξ「……はい」
顔を上げたツンの目は少し、充血していた。
ハンカチを取り出し、顔を拭ってやる。
ξ゚听)ξ「……ありがとう……ございます……」
( ・∀・)「大丈夫か?」
ξ゚ー゚)ξ「……はい」
- 123: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 19:33:36.26 ID:BvFhMvL/0
-
ξ゚听)ξ「お兄様。ご迷惑をおかけして本当に……」
( ・∀・)「気にするな。何度も言うが、起きてしまったことは仕方がない」
自分で言っていることが、冷静に考えればおかしいことは承知の上だ。
ツンに言ったように、私の責任もあることは事実だ。
それを含めて、自分に対する甘えも露呈させた言葉だった。
行いを、甘さを、何を悔いても先へは進むことはできない。
後悔も反省も、それが済んでからいくらでもできるのだ。
するべきことは、例え牛歩であろうとも、確実に進むことだ。
( ・∀・)「ツン」
ξ゚听)ξ「はい」
( ・∀・)「行動に移すことは、今はいい」
( ・∀・)「……それを踏まえて、お前はもう、答えを見つけているか?」
ξ )ξ「……」
少しの、沈黙の後。
- 124: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 19:36:24.01 ID:BvFhMvL/0
-
その後に。
ξ )ξ
こくりと、頷いた。
( ・∀・)「……そうか」
口で肯定をできないのは、まだ決心がついていない証明だ。
だが、ツンに覚悟があるのなら、自分はもう、それで十分だった。
ξ゚听)ξ「……お兄様」
( ・∀・)「どうした?」
ξ゚听)ξ「……ブーンは」
( ・∀・)「あぁ」
ξ゚听)ξ「ブーンは……私の事を、どう思っているのでしょうか……」
( ・∀・)「……」
まさかブーン=ラダトスクと同じ台詞を吐くとは、思わなかった。
惹かれ合い、ブーンも彼女のことをよく理解している事は感じていたが……。
- 125: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 19:39:01.37 ID:BvFhMvL/0
-
二人はそこだけ、ピンポイントに鈍感なのだろうか。
普通に考えたらわかりそうなものなのに。
恋愛をしたことがない自分でも、話を聞くだけでそれが本気である事は解る、が。
( ・∀・)「それは、俺から言ってもいいことなのか?」
ξ;゚听)ξ「そ、それは……」
( ・∀・)「違うだろう、な?」
ξ;゚听)ξ「……はい」
それは私が告げることではない。
しかし、不安な気持ちも少しは理解できる。
( ・∀・)「ブーン=ラダトスクは……」
ξ゚听)ξ「……?」
( ・∀・)「二年前のあの夜は、偶然あそこの見回りを担当していた」
ξ゚听)ξ「……そう……なんですか?」
( ・∀・)「そうだ」
- 126: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 19:42:03.04 ID:BvFhMvL/0
-
( ・∀・)「そしてその夜から、あいつは青騎士団の団長に、
今後も夜の見回りをしたいと、進言した」
ξ゚听)ξ「え……」
( ・∀・)「最初は宝石を探す為だったとは思うが……」
( ・∀・)「まぁ、お前に会うためだろうな」
ξ*゚听)ξ「…………」
( ・∀・)「……俺から話せるのは、このくらいだ」
ξ*゚听)ξ「……はい」
ツンの瞳は見る間に潤いを増していき、頬は桃色に紅潮していた。
そんな顔は今までに見たことがないぞ……まったく。
ともあれ、これで少しは不安は拭われただろう。
互いの気持ちを知ることが恐ろしい事の理由は、二つあるのだろう。
一つは、片想いであることだ。自分のわがままで、相手を振り回しているのではないか。
もしかしたら相手は、そんな感情を抱いていないのではという、不安と怖さ。
どこからどうみても片想いではないから、それは払拭されたはずだ。
実際そんなものは、大した問題ではない。問題なのは、もう一つの理由だ。
- 128: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 19:45:48.25 ID:BvFhMvL/0
-
互いが愛していることを知ったら、余計に歯止めが効かなくなる。
気持ちが繋がり成就しても、関係は成就しないのだ。
それにより突き付けられる、明確な破局。
今の時点でも二人が結ばれることはないと、理解しているはずだ。
それを色濃く感じてしまう上に、気持ちを知れば尚更引っ込みがつかない。
男と女……いや、感情というものは、本当にややこしく、面倒だ。
それに気がついた時、ツンはまた気落ちしてしまうのだろう。
しかし、既に答えは出ていると聞いた時、ツンは頷いた。
それならば、俺はお前を信じよう。
だから今は、笑っていてくれ。
馬車の揺れと、身を寄せる妹の温かさが、心地良かった。
その時。
( ・∀・)「……」
馬車の外に突然気配が生まれ、窓の隙間から一枚の紙切れが差し込まれた。
深い赤色をしたその紙は、ドクオからの伝令を報せる物だ。
- 130: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 19:49:03.30 ID:BvFhMvL/0
-
( ・∀・)「ツン、すまない」
軍部の伝令と知り、ツンは即座に私から離れた。
四つ折りにされたその紙を丁寧に開く。
=================================
伝令
ブーン=ラダトスクを監視中
虫を一匹捕獲しました
薬で眠らせ、拘束してあります
D
=================================
( ・∀・)「…………」
『虫』とは即ち、侵入者。
言い知れぬ悪寒が、背を走る。
- 131: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 19:50:46.55 ID:BvFhMvL/0
-
( ・∀・)「…………」
即座に筆を取りだし、手を走らせた。
『全て吐かせろ 決して殺すな』
簡単にそう書いて、窓の隙間に紙を差し込んだ。
すぐに紙は外側から引き抜かれ、気配は消えた。
( ・∀・)(……どういうことだ)
城の警備は、怠ってはいない。
ドクオの部隊には、絶対の信頼を寄せている。
普段の衛兵に加え、彼の部隊も常に目を光らせているはずだ。
相当の手練れでない限り、彼らの目を欺くことはできない、はずだ。
それが、今まで影さえ見えなかった者が突然現れ、捕獲された。
影、さえ───………
( ・∀・)(ネーヨ公の……あの言葉……)
『不穏な噂を耳に……ヴィップに内通者が……』
あれは本当に、初耳だった。
- 132: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 19:53:35.33 ID:BvFhMvL/0
-
ブーン=ラダトスクを監視している時に、捕まえた?
どういう、ことだ。何故あいつの周囲に、そいつは居た。
(;・∀・)(…………)
ξ゚听)ξ「……お兄様?」
落ち着け。落ち着け、白騎士団団長、モララー=ヴィップ。
あいつが担当しているのは、警備が最も手薄な、城の裏側だ。
目的はわからないが、城へ侵入するならあそこしかないはずだ。
……しかし、あそこを警備すると進言したのも、あいつだ。
偶然、私がブーンの監視をドクオに指示をしたから。
偶然、私達が留守にした日に、内通者がいると聞いた、その日に……
偶然、それらが重なった日に現れた侵入者を、その場で捕らえた……?
……そんなことが、あるのか。
ともあれ、侵入者はドクオによって捕獲されている。
事実究明は、城に戻ってからでいい。慌てるだけでは、結果は出ない。
一転して、心地良かった馬車の揺れが、不快感に変わっていた。
───………
- 133: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 19:59:48.75 ID:BvFhMvL/0
-
※
爪'ー`)「あぁ、気持ち悪いな」
ヴィップ城について、お父様は開口一番にそう言った。
酒に酔った上で馬に乗ればそうなるだろうに。
今日は色々と、お父様の意外な一面を見てしまった。
……そして、兄と話したことも、わたしの心に深く届いた。
不安は随分と軽くなり、久しぶりに、解放された気分を味わった。
それでもまだ、終わってはいない。
でも、もう決めた。
これから、どうするか。
これ以上、ブーンにも、兄にも、迷惑をかけることはできない。
宝石がついに見つからなかったことが、心残りだったけど。
答えをついに掴むことができたから……それで、よかった。
結局、最後までわたしのわがままで終わることだったのだ。
- 134: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 20:02:50.06 ID:BvFhMvL/0
-
それにしても、兄の様子が急変した事には驚いた。
軍からの伝令らしき紙を見た途端に、表情が変わった。
何か大事な事が起きたのだろうか。
それは兄達、騎士団に任せていればきっと大丈夫だと思う。
ついでに、今日はブーンと会うなと言われてしまった。
やっと覚悟が決まったというのに、でも何かあったのなら、仕方がない。
爪'ー`)「ツン。部屋までエスコートをしてあげよう」
ξ゚ー゚)ξ「はい。お願い致しますわ」
( ・∀・)「おい。数名、お二人に付き添え」
爪'ー`)「なんだ? 私なら大丈夫だぞ」
( ・∀・)「念のためです。というかふらふらしてるじゃないですか」
爪'ー`)「なんのこれしき。私はまだ若い」
(;・∀・)「……まぁ、付き添いは少し離しますから……」
兄も今日のお父様は、扱いきれないようだった。
- 135: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 20:05:34.70 ID:BvFhMvL/0
-
爪'ー`)「騎士団長」
( ・∀・)「はい」
爪'ー`)「用が済んだら、私の部屋に来い」
( ・∀・)「……は」
爪'ー`)「……」
爪'ー`)「……無理はするなよ」
そんな会話を交わした後、兄は軍の宿舎へと駆けていった。
やっぱり、何かあったのだろうか。
浮かんだのはまた、ブーンの姿。
今はもう、夜の警備を始めているはずだ。
あの時のネーヨ公の言葉が重なり、少し不安になった。
爪'ー`)「ツン。お前は、心配するな」
わたしの様子に気付いたのか、お父様が優しく頭を撫でてくれた。
それだけで幾分か、心が落ち着いた。
- 137: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 20:07:44.76 ID:BvFhMvL/0
-
爪'ー`)「では、行こうか」
ξ゚ー゚)ξ「はい」
お父様が僅かに肘を浮かせる。わたしはそこへ腕を絡めた。
こうして二人で歩くのも、久しぶりのことだ。
というか本当にふらふらしているのだけど、大丈夫だろうか。
爪'ー`)「ツンよ」
ξ゚听)ξ「はい?」
爪'ー`)「ネーヨ公は、どうだ?」
ξ゚听)ξ「……どうだ、とは?」
爪'ー`)「わかってるだろう。婚約者候補として、どうだ?」
ξ;゚听)ξ「う〜ん……」
タガが外れたのか、直球を投げられてしまった。
突然そんなことを言われても、困る。
何度も思ったことを、無難に口に出すことにする。
- 138: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 20:10:55.15 ID:BvFhMvL/0
-
ξ゚听)ξ「……素敵な方だと思いますわ」
それは本心だったから、問題はないはずだ。
爪'ー`)「そうかそうか」
それで満足したのか、お父様はにっこりと笑った。
あまり急がずとも良い、ということだろうか。
爪'ー`)「一つ、教えてやろう」
ξ゚听)ξ「何をですか?」
爪'ー`)「人は、二種類の嘘をつく」
ξ;゚听)ξ「へ?」
爪'ー`)「愛のある嘘と、愛のない嘘の二つ、だ」
爪'ー`)「そして、男は後者をよく使う」
爪'ー`)「……私もその内の一人だ」
ξ;゚听)ξ「お、お父様……」
爪'ー`)「ははは」
- 140: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 20:14:03.65 ID:BvFhMvL/0
-
何を言いたいのだろう、ただ自虐したいだけなのだろうか。
でも、無意味な事を話す人ではない。……酔ってるけど。
爪'ー`)「見極めろ」
爪'ー`)「愛のある嘘をつける男は、イコール、愛に溢れた男だ」
ξ゚听)ξ「……愛のある……嘘……」
爪'ー`)「という話を昔、王妃にしてな」
ξ゚听)ξ「お母様、ですか」
爪'ー`)「そうだ。自分の嘘を正当化するなと、怒られたよ」
爪'ー`)「ははは」
ξ;゚听)ξ「…………」
爪'ー`)「……どんな物でも愛は測れる。本質を見抜け」
ξ゚听)ξ「……」
爪'ー`)「わかったな?」
ξ゚ー゚)ξ「……はい」
- 141: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 20:18:14.80 ID:BvFhMvL/0
-
愛のある嘘……か。
そんな嘘なら、つかれてもいいなと思う。
二年の間、わたしは嘘をついてきた。
それがお父様の話の中で、どちらの嘘かは、わからない。
爪'ー`)「さぁ、今日は疲れただろう」
わたしの部屋につき、扉を開け優しく背中に手を添えた。
今日は兄に加えて、お父様の温かさまで感じることができた。
こんなにも優しい二人を、わたしは今まで騙してきた。
ごめんなさい、二人とも。
もう少しで、わたしはわたしの、決着をつけます。
爪'ー`)「おやすみ。良い夢を、な」
ξ゚ー゚)ξ「おやすみなさい。お父様」
ゆっくりと、扉が閉まる。
いつもならやっと彼に会えると喜んでいた。
だけど今日は、久しぶりにゆっくりとできる、というか、そうするしかない。
着替えを済ませ、ベッドに腰掛けた。
枕元に置いてあった本を手に取り、お気に入りのページを開く。
- 143: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 20:21:04.25 ID:BvFhMvL/0
-
本の内容は、貴族の娘に恋をした平民の男のお話。
よくある物語だけど、わたしはこの本が特に好きだった。
この本では、二人は悲恋の終末を迎える。
思いは、成就した。
だけど周囲が、許さなかった。
悲しみに暮れた二人は、ついに互いの命を絶ってしまう。
実はこれが初めて読んだ本で、そのシーンが強く印象に残っていた。
愛故に死を選ぶということに、幼いながら感動を覚えた。
それはとても悲しいことで、絶対に死にたくないと思った。
今は少し、考え方が違う。
死にたくないという答えは変わらないのだけど。
物語は、そこで終わる。でも現実は、まだまだ続く。
わたしが死んでも、お父様と兄はこの世界で生き続ける。
そしてきっと、わたしの死は二人を悲しませてしまう。
だからわたしは、絶対に死は選ばないと誓った。
それに近い事で、ブーンと遠くの国へ逃げることを、考えた事があった。
でもそれは、彼にも迷惑がかかるし、二人が悲しむことにも違いはない。
何をどうしようが、わたし達は結局、どうしようもないのだ。
- 144: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 20:24:10.70 ID:BvFhMvL/0
-
ページをめくる。
物語は、ヒロインの胸に短剣を突き立てる所だ。
兄の話を聞く限り、ブーンもわたしと同じ気持ちを抱いてくれている。
でもやっぱり、それは本人の口から聞きたい。
わたしもこの気持ちを、伝えたい。彼の顔を、真っ直ぐに見て。
その時わたしは、どうなってしまうのだろう。
決心は、鈍らないだろうか。彼は、怒らないだろうか。
……ううん、彼は絶対に、怒らないはずだ。
あの笑顔で、全てを受け入れてくれるに、違いない。
──ぽたりと、本に水滴が落ちた。
物語に感動してしまったのだろうか。涙が、溢れて、くる。
終わる。終わって、しまう。
彼の笑顔を、もう、見られなく、なってしまう。
彼の温もりを、もう、感じ、られな……く……。
あれ、おかしいな。
もう、決めた、はずじゃない。
ついさっき、決めた、ばかりで、まだ彼にも、会って、な……。
- 146: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 20:27:33.70 ID:BvFhMvL/0
-
止まらない。涙が、止まらない。
全部、全部、ぜんぶ、ぜんぶ。
明日全てが、終わってしまう。
ブーンとお別れしたら、将来は、違う人と結婚して。
ブーンとは、完全に、会うことはなくなって。
この先にあるわたしの世界から、ブーンはいなくなって……。
いやだ……やだよ……そんなの……無理だよ……。
ブーンが……いないなんて……会えないなんて……。
やだよ……やだ……お父様……お兄様……ごめんなさい……。
明日もう……お別れなんて……やだよ……。
せめて、会うなと言われたけど、今日だけは一緒に……居たい。
行こう。彼に会いに。今夜だけは、彼を愛した、わたしのままで───……。
───………
- 148: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 20:30:48.14 ID:BvFhMvL/0
-
※
虫の音を流す秋の風が、心地良い。
見上げれば真円の満月が、誇らしげに世界を照らしていた。
あの日から数えれば、もうすぐ二年の月日が経つ。
二年もの時を、あの月と星の下、この場所で過ごしてきた。
ツン様と共に。
( ^ω^)(…………)
それももうすぐ、終わる。
いや、終わらせなければ、ならない。
気がつけば、ツン様への想いはどうしようもない程に、大きくなっていた。
課せられた使命も、誓ったはずの忠義も、全て忘れて。
次に彼女が現れた時、僕は決断しなければならない。
本来の使命に、従順に。
できるだろうか、ではない。
やらなければいけないのだ。
- 151: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 20:34:05.04 ID:BvFhMvL/0
-
風が吹いた。
月は満ち、時も満ちた。
きっと僕は、この夜を忘れない。
耳に走るのは、いつものあの音。
木が、扉が、軋む音。
彼女は今日も、僕の前に現れた。
さあ、僕と貴女の、最後の夜だ。
別れの言葉は、この剣で、始めよう───
- 152: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 20:39:50.54 ID:BvFhMvL/0
-
ξ )ξ「……ブーン」
( ^ω^)「ツン様……」
ξ; )ξ「……やだ」
( ^ω^)「……?」
ξ;凵G)ξ「ブーン!!」
ツン様は顔を上げるとすぐに駆け出し、僕の胸に飛び込んできた。
その姿が、数ヶ月の期間を空けた直後の姿に重なった。
あの時も目に涙を浮かべ、真っ直ぐに僕へと駆けていた。
温もりと涙を通して、彼女の気持ちが伝わってくる。
たまらずに、強く、抱きしめた。
( ^ω^)「……大丈夫、大丈夫だお」
もはや形式上の言葉は捨てた。
今夜の僕に、それはもう、必要ない。
ξ;凵G)ξ「ぅ……ブーン……っく……」
- 157: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 20:57:59.90 ID:BvFhMvL/0
-
( ^ω^)「……ツン」
ξ;凵G)ξ「……っ?」
( ^ω^)「少し離れたとこにある丘に、大きな切り株があるんだお」
( ^ω^)「そこへ、行かないかお」
僕の胸の中で、ツンはこくりと頷いた。
ツンを抱きかかえ、僕らは丘へと向かう。
ここまで彼女が追い詰められているのは、恐らく、決心をしたのだろう。
僕と、離れることを。
こんなに軽く、華奢な体で、悩み苦しんで。
きっと僕以上に、辛かったのだろう。
自分の立場に苦しみ、僕への責任に悩み。
( ^ω^)「……ごめんお」
小さく、呟いた。
せめてこの腕の中でそれが軽くなるのなら、それで……。
ツンはまた泣きながら、首を何度も横に振っていた。
- 159: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 21:02:06.26 ID:BvFhMvL/0
-
丘の頂上。
辺りは一面草原で、月も、星も、よく見えた。
振り返れば、ヴィップ城も見下ろせる場所だ。
そこにぽつりと残された、大きな切り株。
静かにツンを、座らせた。
隣に座ると、またすぐに胸に顔を埋め、彼女は泣いた。
僕はその間、ずっと彼女を抱きしめて、頭を撫でた。
明日以降、もう二度としてやることができないから。
たくさん、たくさん、彼女の温もりを感じ、与え続けた。
心が、痛い。
何度も思い、感情がそれを止めた。
今もそれが、僕の心の中で、何度も、何度も。
彼女を連れて、逃げようとも思った。
それで捕まり、自分が死ぬのはどうでもよかった。
だけどそれでは、彼女が悲しむ。
それならば、二人一緒に───
何度も何度もそう考えては、やめた。
本当に殺すべきは、私情なのだ。
黒い感情が思考を凌駕する前に、動かなければと、悩み続けた。
- 161: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 21:05:05.94 ID:BvFhMvL/0
-
ξ )ξ「……ブーン」
泣き止んだ彼女が、胸に顔を埋めたまま僕の名を紡ぐ。
( ^ω^)「なんだお?」
ξ )ξ「私……ブーンを……」
ξ )ξ「愛してる……」
ツンの言葉が、胸を貫いた。
初めて聞いた、彼女の本心。
心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚えた。
胸が、痛い。張り裂ける程に。
( ^ω^)「ツン……」
ξ゚听)ξ「……?」
( ^ω^)「僕も、愛してるお」
- 164: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 21:07:37.67 ID:BvFhMvL/0
-
互いの口から、初めて紡がれた愛の言葉。
互いが求め、互いが恐れた、想いの告白。
ξ;凵G)ξ「うん……ぅん……」
そしてまた交わされる、抱擁。
このまま時が止まってしまえばいいのに。
このまま別の世界に、二人で飛び立てればいいのに。
時間は流れ、座する場所も当然、変わらないままだ。
( ω )「ツン」
彼女が別れを、自分から決意する前に。
僕は彼女に、しなければいけないことがある。
( ω )「僕はツンに、言わないといけないこと」
( ω )「そして、しないといけないことがあるお」
- 167: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 21:10:29.16 ID:BvFhMvL/0
-
ξ゚听)ξ「……?」
彼女を座らせたまま、立ち上がる。
この手が届くように、彼女の、目の前で。
言わなければ、いけないこと。
( ^ω^)「僕はツンに……ずっと嘘をついてたお」
ξ゚听)ξ「う……そ……?」
静かに頷いて、外套の中へ手を滑り込ませる。
手に当たる、固い感触。
それはいつも帯刀している、短刀だ。
僕はそれを、ゆっくりと引き抜いた。
- 170: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 21:12:27.99 ID:BvFhMvL/0
-
そして。
しなければ、いけないこと。
短剣を、握り締め。
ゆっくりと、突き立てた。
- 171: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 21:15:11.90 ID:BvFhMvL/0
-
ξ;゚听)ξ「ブーン?!」
突然の僕の行動は、やはり驚かせてしまったようだ。
外套の内側に短剣を突き立て、それをゆっくりと引く。
縫い付けた縫合を、離すために。
秋からは厚手の外套に。
春からは薄手の外套に。
どんな時も、君を傍に感じていられるように。
小さな布袋を毎日着用する外套に、縫い付けていた。
糸を解かれた布袋は、添えられた手の中にとさりと落ちた。
( ^ω^)「……嘘をついてて、ごめんお」
紐を解き、ツンの手をとる。
手の平を開いてもらい、その手に、袋の中身を、落とした。
ξ゚听)ξ「…………」
もう、ツンも、わかっていたようだ。
- 174: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 21:17:41.51 ID:BvFhMvL/0
-
布袋から落ちて、ツンの手に転がる物。
それは彼女が探し続けて、
探しているのに、見つけたくない、探し物。
十五個目の、オパールだった。
- 176: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 21:20:50.66 ID:BvFhMvL/0
-
それはとっくに、見つけていたのだ。
でも僕は、ずっと隠していた。
渡したら、ツンに会うことができなくなってしまうから。
理由はそれだけだった。
僕はずっと、ツンに嘘をついていたのだ。
彼女が宝石探しをしなくなった時は、正直ほっとした。
国に仕える使命を忘れ、自身の身分から目をそらし。
ツンといることが、僕の全てになっていた。
利き腕の親指を無くし、両の手で剣を握ることができなくなった。
あの時は本当に絶望した。死のうとも思った。
それでも青騎士団長は、僕をここに留まらせてくれた。
涙を流し、地に頭を擦り付けて感謝したことを覚えている。
騎士団へ、国へ、生涯を賭して尽力しようと、あの時に誓った。
その誓いは、一人の女性を前にした途端、ガラスの様に砕け散った。
出会った当初は王女の為にと、最善を尽くしただけだった。
そして一週間、一ヶ月と月日を重ねる毎に、ツンへの想いは強くなっていった。
彼女はじっと、僕を見つめている。きっと軽蔑をしているのだろう。
- 179: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 21:23:52.50 ID:BvFhMvL/0
-
( ω )「……自害する覚悟も、できています」
当然の報いだ。王女を騙し続けていたのだ。万死に値する。
跪き、彼女の言葉を待った。
( ω )
風が、心地良い。
全てを話した今、胸のつかえが取れたように、解放感に包まれた。
僕はなんと、虫の良い男なのだろう。
こんな男に、王女に二年もの月日を使わせてしまった。
そして僕は、純粋な王女を弄んだ。
( ω )
どんな罵詈雑言も、拷問も、死も、全てを受け入れよう。
それが僕の償いであり、けじめなのだから。
- 180: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 21:26:29.37 ID:BvFhMvL/0
-
ξ゚听)ξ「…………」
( ω )「……?」
ξ゚听)ξ「馬鹿」
(; ω )
ξ゚听)ξ「ばーか」
(;^ω^)「……?」
ξ゚听)ξ「……もう嘘は……ついてないの?」
(;^ω^)「は、はい」
ξ゚听)ξ「……そう」
- 182: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 21:29:19.82 ID:BvFhMvL/0
-
ξ゚听)ξ「ねぇ、ブーン?」
( ^ω^)「……はい」
ξ゚听)ξ「あなたは、私に会うために嘘をついたんでしょう?」
( ^ω^)「……その通り……です」
ξ゚听)ξ「そう。なら、許します」
( ^ω^)「はっ……どんな罰もお受け致します」
ξ゚听)ξ「許します」
(;^ω^)「え……あれ……」
ξ゚听)ξ「ばか。」
(;^ω^)「おっ……」
ξ゚听)ξ「少し驚いたけど……ね」
ξ゚听)ξ「それだけ、かな」
(;^ω^)「そ、それだけ?」
- 183: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 21:32:03.72 ID:BvFhMvL/0
-
ξ゚听)ξ「えぇ、それだけです」
(;^ω^)「……」
まったく理解ができなかった。
自分の事だけを考えて、自分勝手な振る舞いをしたというのに。
ξ゚听)ξ「……ともかく」
ξ゚ー゚)ξ「見つけてくれて、ありがとう」
まだ貴女は、僕にそんな笑顔を向けてくれるのか。
そんな資格、僕にはありはしないというのに。
これでは、諦めがつかないじゃないか。
このままでは、また振り出しに、戻ってしまう。
ξ゚听)ξ「……ブーン」
( ^ω^)「はい」
ξ゚听)ξ「宝石があってもなくても、私はもう決めていたの」
( ^ω^)「…………」
- 185: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 21:35:08.30 ID:BvFhMvL/0
-
ξ )ξ「でも、だめなの」
( ^ω^)「ツン……」
ξ )ξ「心が、まだだめ……」
ξ )ξ「明日になったら、変わるから……今日だけは……」
ξ )ξ「今日……この日だけは……いつものままで……」
( ^ω^)「……わかったお」
立ち上がり、隣に座る。
そしてまた、彼女を強く、抱きしめた。
僕も今日だけは、いつもの二人のままでいよう。
明日からは、元の関係に、王女とただの兵卒に、戻ろう。
そして生涯を、国へ仕える為に、使おう。
僕はもう、十分に満たされた。
今日のブーン=ラダトスクは、明日へは連れて行かない。
だけどこの温もりは、絶対に忘れない───
- 187: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 21:38:58.51 ID:BvFhMvL/0
- 。 . 。 '
゚ . 。 ゜ + ゜
。 ' o ゜ ☆ ゜ +.
゜ 。 ゜ 。 o ゚
* . ゜ 。 ゜ +
゚ 。 . + 。
。 + 。 * . ゜ ゜
゚ ,;/ 。 . + 。 . '
。 ゚ 。. + 。 . ' ゚
。 ,;/ ' ゜ o .
。 *'' * .゜
ξ゚听)ξ「ねぇ、ブーン?」
( ^ω^)「お?」
ξ゚听)ξ「また、星のお話をして?」
( ^ω^)「任せておけお」
ξ゚ー゚)ξ「うん」
もう、僕とツンの心に迷いはない。
二年の時を、永遠に。今日という日を、永遠に。
大切に、大切に心に刻みながら、二人で星を、見つめていた。
- 189: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 21:42:54.97 ID:BvFhMvL/0
-
突如。
( ^ω^)「───ッ?!」
虫の音が、一斉に止んだ。
同時に生まれたのは、気配と、殺気。
( ^ω^)「ツン。できるだけ、ここから動くなお」
ξ;゚听)ξ「え……?」
( ^ω^)「心配するなお」
ツンに笑顔を見せた後に、立ち上がる。
城とは逆側、僕らの位置からさほど遠くない位置に、そいつはいた。
夜間の見回りに慣れた僕の目でも見えづらい程に、闇に溶け込んでいた。
近づいてくる。
全身を覆う真っ黒の外套に身を包み、それに加え、放ち続ける殺気。
それがそいつを、ただの山賊や浮浪者であることを、否定していた。
- 192: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 21:46:22.62 ID:BvFhMvL/0
-
腰に帯刀していた剣を抜く。城外で剣を抜いたのは、久しぶりのことだった。
( ^ω^)「誰だお」
(:::::::::)「…………」
一応聞いてはみたが、やはり、答える気はないようだ。
だが言わなくても何が目的かは、わかる。
そして『黒ずくめ』は、無言のまま駆け出した。
( `ω´)「……!」
僕も前へ駆け、迎え撃つ。
この場はツンに近い。それだけは、避けなければ。
『黒ずくめ』の外套から覗く両手には、逆手に持たれた短刀が握られていた。
殺気の通り、ということか。
恐らくはツンの命を狙いに来たのだろうが、先に僕を消すつもりのようだ。
ξ;゚听)ξ「ブーン!」
初撃同士の、邂逅。
月の下、鋼と鋼が交錯する甲高い音が響いた。
- 195: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 21:50:15.44 ID:BvFhMvL/0
-
右下方から切り上げられた短剣。体を右に寄せ、剣で受ける。
思った通り、左手を止めたら今度は右手で斬りかかってきた。
( `ω´)「おおおおッ!」
読み、動き出していた僕の方が、速い。
右に体を寄せたのは、あちらからの斬撃を遠ざけるためだ。
互いが繰り出した攻撃が当たるのは、僕の左足の方が早かった。
(:::::::::)「───ッ?!」
左足が『黒ずくめ』の腹を捉える。
感じた衝撃から、どうやら鎖かたびらを仕込んでいるようだ。
しかしこちらとて、鉄の靴での回し蹴り。
衝撃は十分に、内臓まで達したはずだ。
『黒ずくめ』はよろめきながら後方へと下がり、距離を取った。
なめられていたのか、慢心なのかは知らないが、慎重になったようだ。
三年前に山賊に不覚をとってから、利き腕を変えた。
剣は両手で握れないが、左手で扱えるようにはなっている。
尤も、実戦は久しぶりだが……。
- 196: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 21:53:15.34 ID:BvFhMvL/0
-
後ろには、ツンがいる。
そして前には、僕しかいない。
王女は、愛する人は、僕が守る。
少しの対峙が続き、先に動いたのはまたしても『黒ずくめ』。
初撃は右手を振りかぶり、短剣を投げつけてきた。
それを即座に剣で叩き落とす。
その隙に眼前まで迫った『黒ずくめ』は、左上方から斬撃を放つ。
僕はそれを剣を振り上げ、止める。
二度目の交錯の刹那、『黒ずくめ』の右手には三本目の短刀が握られていた。
素手と思い込み、軽視していた。その分、反応が遅れる。
がら空きの脇腹目掛け、凶刃が迫った。
(;`ω´)「こっ……おおおッ!」
『黒ずくめ』が放ったのは、『突き』。
上方の短刀を受け止めた剣を引き、突きに沿うように体を捻る。
(:::::::::)「ッ?!」
- 198: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 21:56:57.33 ID:BvFhMvL/0
-
脇腹を、短刀が掠る感触。
僕も鎖かたびらを仕込んでいる。掠った程度では、ダメージはない。
そのまま突きを脇腹でいなし、半身を押される形で体を回転させた。
途中、視界の端に捉えたのは、僕の後方へと体を泳がせる『黒ずくめ』。
旋回。遠心力を全て、左手の剣へ。
( `ω´)「はあああッ!」
振り向きざまに、『黒ずくめ』の背を目掛け斬撃を放つ。
しかし、反響したのは、鋼と鉄の音だった。
位置が高すぎたか、肩胛骨の辺りは軽鎧で覆われていたようだ。
そのまま前方に押し出された『黒ずくめ』は……。
(;゚ω゚)「! しまっ!」
ツンが、いる。
体の回転を意地で止め、僕はすぐに駆け出した。
ダメージはあるだろうが、構わず『黒ずくめ』も駆けていた。
ツンが、危ない。
急げ。追いつけ。あいつを、止めろ───
- 201: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 22:00:21.28 ID:BvFhMvL/0
-
脳に次々と指令を送り、足を必死に前へと出した、その時。
白い影が、僕の視界を横切った。
それが通り過ぎた後。
『黒ずくめ』は地に倒れ、二度と動かなくなっていた。
(;^ω^)「…………」
白い影は『黒ずくめ』と交差した時に、首を飛ばしていたのだ。
慣性を止めたそれは振り返り、こちらを見た。
( ・∀・)
ヴィップ白騎士団団長、モララー様。
団長専用の白の外套は月の下でも眩しく、存在感に満ち溢れていた。
(;^ω^)「……モララー……様……」
( ・∀・)「はぁ……ひやひやさせるなお前達は。ほんと……」
ξ;゚听)ξ「お、お兄様……」
ツンの声に、モララー様は彼女を射すように見つめた。
- 202: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 22:03:10.00 ID:BvFhMvL/0
-
( ・∀・)「ツン。今日は部屋を出るなと、言ったはずだ」
ξ;゚听)ξ「すみません……」
( ・∀・)「まったくお前達は……もう少し自覚してくれ」
(;^ω^)「申し訳ありません!全て私の責任です!」
剣を置き、地に伏せて詫びた。
元々、ツンをここへ連れてきたのは僕だ。
普通なら処刑されて当然のことをしてしまった。
( ・∀・)「……まぁ、無事だったのならいい」
モララー様はツンの隣へと歩き、切り株に腰を下ろした。
( ・∀・)「さて、面倒なことになったぞ」
(;^ω^)「……お?」
( ・∀・)「ソレだ」
剣で指したのは、事切れた『黒ずくめ』。
そういえば、一体こいつは……。
- 204: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 22:06:12.61 ID:BvFhMvL/0
-
( ・∀・)「狙われたのはお前だよ、ブーン」
(;^ω^)「……え?」
( ・∀・)「今日、こいつの仲間を捕まえて、全部吐かせた」
( ・∀・)「まったく……とっとと吐かないから……足止め食ったじゃないか」
( -∀-)「はぁ……」
(;^ω^)「……」
どうやらモララー様は相当機嫌が悪いようだ。
こんな姿は初めて見た。ツンも面を食らったような顔をしている。
( ・∀・)「……ひとまず、それはいい」
( ・∀・)「……お前達。どうするつもりなんだ?」
( ^ω^)「今日で、終わりにしようと……」
ξ゚听)ξ「……はい」
( ・∀・)「……今日で終わり、か」
- 206: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 22:09:09.38 ID:BvFhMvL/0
-
( ・∀・)「で、ツン」
ξ゚听)ξ「はい」
( ・∀・)「そうしてお前は、その先をどう生きる」
ξ;゚听)ξ「先……?」
( ・∀・)「先、だ」
ξ゚听)ξ「……王女として、国に尽力する所存です」
( ・∀・)「ああ、当然だな」
ξ゚听)ξ「……お兄様?」
( ・∀・)「ネーヨ公と、結婚するつもりはあるのか」
ξ;゚听)ξ「…………」
ネーヨ公。素晴らしいお方だと、軍内部でも良く聞く名だ。
ツンも二日後には、十八。つまり結婚が許される歳になる。
そういう話も、あるのだろう。
ネーヨ公なら、それ以上ない人選だと、僕も思う。
- 209: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 22:11:49.57 ID:BvFhMvL/0
-
ξ゚听)ξ「……今は……考えられないです」
( ・∀・)「……ま、順当にいけば、そうなるだろうとは思っている」
ξ )ξ「……」
( ・∀・)「嫌か?」
ξ;゚听)ξ「え……」
モララー様は、一体どうしたと言うのか。
僕らのことには、この方も悩んでいたはずだ。
それはこれが、決して叶わぬ関係だから。
未来にあるのは、ツンが悲しむ世界だけ。
だから兄として、悩んでいたはずだ。
しかし今の口振りを見ると、これでは、まるで。
( ・∀・)「ブーン=ラダトスク」
( ^ω^)「……は」
( ・∀・)「ツンと離れるのは、嫌か?」
- 212: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 22:15:26.36 ID:BvFhMvL/0
-
何故、そんなことを聞く。
今日で終わると、さっき告げたのに。
( ω )「……」
答えたら、すべてがまた元通りになりそうで。
明日のことは考えず、ツンと今日を最後まで感じていようと思っていたのに。
何故また、そんな事を聞くのですか、モララー様。
( ・∀・)「……『今のお前』は、どうなんだ」
今。今の自分。
明日の自分は、ツンを諦めた自分。
でも今は、今は───……
( ω )「……嫌ですお」
( ・∀・)「……」
ξ゚听)ξ「ブーン……」
( ω )「本当は離れたくなんか、ないですお」
( ω )「ずっと一緒に、彼女と共に、この空の下を生きていきたいですお」
『今の自分』が感情を吐き出すことを止める術は、なかった。
- 215: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 22:18:21.33 ID:BvFhMvL/0
-
ξ゚听)ξ「……私も、同じです」
( ・∀・)「…………」
ξ゚听)ξ「明日のことなんて、考えたくない」
ξ )ξ「叶うのなら……今日が永遠に続けば……どんなにいいか……」
ツンも僕と、同じ気持ちだった。
そしてこれもきっと同じ。互いの口からそれを聞くのが、辛い。
二人の終わりを最も突き付ける物は、互いの言葉だからだ。
貴方はそれを、わかっているでしょう。
何故、二人の心を揺らすのですか。
ツンを悲しませたくなかったのではないのですか。
今までの言葉は、全て仮初だったのですか。
貴方は彼女の兄であり、将来は国を背負う方。
だからこそ、苦悩していたのでは───
…………国を、背負う。
- 216: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 22:22:14.17 ID:BvFhMvL/0
-
そうか。
貴方も悩み、苦しみ抜いた末に。
軍の頂点の立つ者として、決意したのですね。
ならば僕らと、同じ答えに辿り着いたという事だ。
国を思い、国の為に生きようと選択をした、僕達と。
至極真っ当。それが本来の、当然の行動だ。
今の僕は、国の宝を奪おうとした反逆者。
決意を固めたモララー様に、最早私情などありはしない。
貴方の真意は、解りました。
それならば、僕はそれに、応えましょう。
静かに、モララー様が立ち上がる。
月光を帯びた白の外套と、柔らかな銀髪が風に靡いた。
大陸に名を馳せる大国、ヴィップ。
色を冠した騎士団の中で、精鋭のみを集められた王直属部隊、白騎士団。
その、頂。最強の中の、最強。ヴィップ白騎士団団長、モララー=ヴィップ。
その男が、僕に剣を突き付けた。
- 218: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 22:25:08.13 ID:BvFhMvL/0
-
( ・∀・)「ブーン=ラダトスク」
( ・∀・)「剣を抜け。お前が我が国に忠誠を誓った、剣を取れ」
( ・∀・)「最早言葉はいらん。お前がツンを、国の宝を」
( ・∀・)「俺の妹と、生きたいというのなら───」
( ・∀・)「その剣で、語ってみせろ」
- 221: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 22:27:07.99 ID:BvFhMvL/0
-
静かに、剣を抜いた。
背を見せることは、許されない。
それは全ての裏切りを意味するからだ。
ξ;゚听)ξ「ブーン!お兄様!」
ξ;゚听)ξ「お兄様!やめて!明日からもう、会わないから!」
ξ;凵G)ξ「……そう……誓ったから……お兄様……!」
夜の丘に、風の音と、ツンの嗚咽が木霊する。
明日からは元通りに。
二人の関係は、それでいい。
でも違う。それではけじめに、ならないのだ。
僕がしてきたことは、王女を騙し、欺き、裏切り……。
万死に値する罪を、重ねてきた。
そしてそれは、償わねばならない。
もう、引き返すことは、できないのだ。
- 224: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 22:30:08.28 ID:BvFhMvL/0
-
それでも僕は、剣を抜き、モララー様の前に立った。
抵抗でも、悪足掻きでもない。
モララー様は、剣で語れと言った。
それは自分の志を、剣で証明しろという意味だ。
罪の代価は、己の命。
それを賭して戦うことで、己の誓いを見せてみろ、と。
前線に立つ事ができない僕を、騎士として見てくれた。
騎士ならば、最期まで主君の為に戦ってみせろと。
裏切り者としての処刑ではなく。
最期まで忠誠を誓った騎士として、果てる。
ツンが悲しむ事を、恐れていた。
しかし今は、それすらも厭わない。
ツンもこの先生きていく為には、乗り越えなければならないのだ。
そしてそれは礎となり、受け入れることで、彼女もまた大きく成長する。
これでいい。あの夜から、決まっていた結末だ。
- 226: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 22:33:26.60 ID:BvFhMvL/0
-
風が、
止んだ。
(# ・∀・)「はあああああああああぁぁぁぁぁぁぁああああッ!!!」
(# `ω´)「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおッ!!!」
駆け、全身全霊をのせた剣を、振り下ろした。
- 228: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 22:36:01.69 ID:BvFhMvL/0
-
刃と刃が、ぶつかり合う音がした、直後に。
「ブーーーーーーーン!!!!」
彼女の声が、耳に飛び込んだ。
- 229: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 22:37:59.31 ID:BvFhMvL/0
-
一瞬の邂逅の後、すれ違う。
( ω )「…………」
がっくりと、膝を折った。
左手には、剣の柄。
その先にある刀身は、中間から先が、無くなっていた。
( ・∀・)「……お前の忠義は、折れた」
わかっていた。
モララー様には、僕が命を賭しても、届かないことは。
国に生涯を尽くすと誓った僕の剣は、あっけなく両断された。
もう、僕には何も、残っていない。
- 230: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 22:41:08.90 ID:BvFhMvL/0
-
ξ;凵G)ξ「ブーン……お兄様……やめて……」
ああ、ツン。どうか泣かないで。
最期は君の笑顔を、連れて行きたいのに。
背中に感じる、モララー様の気配。
僕の真後ろに立っている。
次にモララー様が動いた時、僕の首は胴から離れ。
最期までツンを愛した今日という日に、永遠に留まるのだろう。
風を切る、音がした。
( ^ω^)
ツンを見て。
せめて、と、いつもと変わらぬ笑顔を、向けた。
- 231: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 22:43:56.97 ID:BvFhMvL/0
-
眼前に、モララー様の剣が突き刺さった。
剣は僕をではなく、大地を突き刺したのだ。
( ・∀・)「お前の覚悟、見事だった」
( ・∀・)「ヴィップに忠誠を誓ったブーン=ラダトスクは、今日死んだ」
( ・∀・)「……ブーン。この剣を持て」
( ・∀・)「そして、もう一度誓え」
( ・∀・)「ツンの為に、生きることを」
ξ;凵G)ξ「……お兄……さま……」
……モララー様。
……貴方は。
罪人である僕に。
生まれ変わる機会まで、与えてくれたというのか。
- 233: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 22:46:57.50 ID:BvFhMvL/0
-
熱いものが、目に、胸に、こみ上げた。
眼前の剣ですら、霞んで見える。
( ・∀・)「泣いてる場合か、馬鹿」
背中を小突かれた。
( ω )
跪いたまま手を伸ばし、剣の柄を、しっかりと握った。
顔を上げる。
そこには、愛しい人の姿。
刀身と柄を持ち、彼女へ、剣を捧げた。
ξ゚听)ξ
ツンは僕に近づき、僕の手から剣を受け取る。
僕は片膝をついて跪き、頭を下げた。
- 234: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 22:50:00.43 ID:BvFhMvL/0
-
肩にカチリと、刀身が当たる音。
ツンが剣を突き付け、僕の肩に乗せたのだ。
本来ならば、騎士団長に上り詰めた者が王によって執り行われる、忠誠の儀。
モララー様も通った儀式。ツンはそれを、しっかりと覚えていたようだ。
僕は誓う───
ξ゚听)ξ「ブーン=ラダトスク……」
僕はもう、嘘をつかない───
ξ゚听)ξ「……私を護る、騎士として……」
僕は生涯───
ξ )ξ「わたしに……忠誠を……誓いなさい……」
貴女を、護ります───
- 235: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 22:51:38.83 ID:BvFhMvL/0
-
ツンが剣を引く。
契りは、交わされた。
立ち上がり、ツンを見つめる。
剣を受け取ると、大事に、大切に、鞘へ収めた。
この剣はもう、絶対に、折ってはならない。
この忠誠は、もう二度と、曲げたりはしない。
ξ;凵G)ξ「ブーン……!」
両腕の中にいるこの人を、生涯護ると誓ったのだから。
───………
───………
- 238: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 22:53:45.13 ID:BvFhMvL/0
-
忠誠の儀を受けて、明日を待たず僕の心は、決まった。
ツンもきっと、もう大丈夫だろう。
結局、僕達が結ばれる道は、初めからありはしないのだ。
ツンだけの騎士の称号を与えられただけで、これ以上の喜びはない。
モララー様の粋な計らいを、無駄にするわけにもいかない。
( -∀-)「……さて」
( ・∀・)「二人に、話がある」
二人同時にモララー様を見た。
これ以上、まだ何かあるというのか。
( ・∀・)「この件はもう、お前達だけの問題じゃないんだ」
( ・∀・)「ついてこい」
モララー様は、城へと歩き出した。
ここでは話せない事なのだろうか。
ツンと顔を見合わせた後に、僕らはモララー様の後に続いた。
- 242: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 22:56:28.62 ID:BvFhMvL/0
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※
僕達だけの問題ではないと言った、モララー様の言葉の意味。
その場所に近づくに連れ、予感していたものは確信に変わっていった。
今僕は、固い床に跪いている。
僕の前に立つ御方。
ツンと、モララー様の、父上。
即ち、フォックス王。
爪'ー`)「ああ、立ってくれて構わんよ」
モララー様に連れてこられた場所は、国王の部屋だった。
こんな場所に僕如きが入って、いや、近づくことすら恐れ多い。
立てと言われても、とてもそんなことはできない。
しかし何故、この方が。
- 244: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 22:58:27.98 ID:BvFhMvL/0
-
爪'ー`)「ま、いいか……」
爪'ー`)「さて、ツンよ」
ξ;゚听)ξ「……はい」
爪'ー`)「先ず私に、言わねばならんことがある、な?」
ξ;゚听)ξ「……はい」
僕とのことだ。
当たり前だ。フォックス王に、こんな関係を話せるはずがない。
だが今となっては、隠しても意味はない。
ツンは静かに、二年前の夜から、つい先程までの事実を、全て述べた。
爪'ー`)「まったく、馬鹿どもが」
ξ;゚听)ξ「申し訳ありません……」
爪'ー`)「何故もっと早く言わんのだ」
- 246: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 23:00:33.08 ID:BvFhMvL/0
-
ξ;゚听)ξ「それは……」
爪'ー`)「王女と兵卒。そんな恋が認められるわけがない、と」
ξ;゚听)ξ「……はい」
爪'ー`)「何故だ」
ξ;゚听)ξ「……え?」
( -∀-)「…………」
爪'ー`)「私がそんな古狸だったとでも思っていたのか」
爪'ー`)「お前達の事は、知っていたよ」
ξ;゚听)ξ「……」
爪'ー`)「モララーにも言われただろう。所詮は、子どもの秘め事だ」
全て、筒抜けだったのか。
でもどうして、今になって。
- 248: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 23:02:48.51 ID:BvFhMvL/0
-
爪'ー`)「ツン。今日お前に言ったことを、覚えているか?」
ξ;゚听)ξ「……?」
爪'ー`)「嘘の話だ。愛のある嘘と、愛のない嘘、だな」
ξ;゚听)ξ「はい」
爪'ー`)「お前は、そこの男を選んだのだろう」
ξ゚听)ξ「……はい」
爪'ー`)「……愛のある嘘に、心当たりはないか?」
ξ゚听)ξ「……」
何の話をしているのだろうか。
嘘と言えば、僕は一つだけ、彼女に嘘をついていた。
宝石を隠し持っていたことだ。
それがフォックス王の言う話に繋がるのかはわからない。
それ以前に、フォックス王は何故それを知っているのだろうか。
ξ゚听)ξ「……あります」
- 249: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 23:05:34.87 ID:BvFhMvL/0
-
爪'ー`)「なら、それでいいんじゃないか」
ξ゚听)ξ「…………」
爪'ー`)「そして最近、愛のない嘘をついた男が居る」
爪'ー`)「それが誰だか、わかるか?」
ξ゚听)ξ「……」
ξ゚听)ξ「……お父様?」
爪'ー`)「ああ、実はそうなんだよ……っと、怒るぞ」
ξ;゚听)ξ「ご、ごめんなさい……」
爪'ー`)「まぁ、そいつがお前の前で嘘をついたのは、今日の一度だけだったがな」
爪'ー`)「生意気にもそいつは、私に嘘を吐き続けていたのだよ」
爪'ー`)「……そいつの名は、ネーヨ=ザクセン」
ξ;゚听)ξ「…………?!」
- 251: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 23:08:03.86 ID:BvFhMvL/0
-
ネーヨ公が……嘘を?
話が見えない。一体どういうことなのだろうか。
爪'ー`)「モララー」
( ・∀・)「はい」
( ・∀・)「今日、俺達がザクセン城へ行っていた時、ヴィップ城に侵入者が現れた。
さっきあの丘に現れた黒ずくめも、恐らくその仲間だ」
あれが……ネーヨ公の……刺客……?
( ・∀・)「侵入者を拷問にかけた。そして全てを、話したよ」
( ・∀・)「ブーンを暗殺しようとしたことと、黒幕の名前を、な」
僕を、暗殺?
それになんの得があるというのか。
( ・∀・)「どうやら、ネーヨ公は頻繁にこちらを偵察していたようだ」
( ・∀・)「決して近づかずに、遠くから、な」
( ・∀・)「……それで、ツンとブーンが毎夜会ってる事を、知ったようだ」
ξ;゚听)ξ「……」
- 253: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 23:10:08.68 ID:BvFhMvL/0
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( ・∀・)「俺も、甘く見ていた。もっと城の周囲へ、警備を向けるべきだった」
( ・∀・)「王女が深夜に城から抜け出し、兵卒と会っている。
普通に考えたらこれは異常だ。そして理由も、想像がつくだろうな」
( ・∀・)「そしてネーヨ公は、ブーンを利用することを考えた」
( ・∀・)「ブーンを殺して、ツンの心を、自分に向けようと、な」
ξ;゚听)ξ「そんな……」
( ・∀・)「あの場で内通者などと言ったのは、俺達を撹乱しようとしたんだ。
……腹立たしいが、危うくそれに引っかかるとこだった」
爪'ー`)「黒幕自ら注意を促すとは普通には考えられないからな」
( ・∀・)「はい。……しかし奴は、こちらの力を甘く見た。
長く偵察を許していたことが、相手側の慢心になったようだ」
爪'ー`)「即日招待に応じてやれば、慌ててボロを出すと思ったが、正解だったな」
( ・∀・)「はい。……まんまと捕まった侵入者は、全てを話した、ということだ」
頭が追いつかなかった。
ともかく、ネーヨ公がヴィップへ……僕を殺そうと刺客を放ったことは理解できた。
- 254: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 23:12:53.13 ID:BvFhMvL/0
-
爪'ー`)「どうもあいつは信用ならなかったが……こんなことをしてくれるとはな」
ξ;゚听)ξ「そんな……私はてっきりお父様はあの方を気に入っているのかと……」
爪'ー`)「あぁ、お前を連れていれば油断をしてボロを出すかと思ってな」
爪'ー`)「あいつはお前にご熱心だった。お前達の密会を見つけたのも、大方ツンの監視の、延長だろうな」
(;・∀・)「……」
ξ;゚听)ξ「……」
爪'ー`)「まぁ、それはいい。奴にはきついお灸を据えてやる」
爪'ー`)「私を騙し、ツンに纏わり付いた事に留まらず、ツンの婿を暗殺しようとしたのだから、な」
(;^ω^)「……え?」
ξ;゚听)ξ「おとう……さま?」
爪'ー`)「なんだ?」
ξ;゚听)ξ「今、なんて」
- 256: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 23:15:08.61 ID:BvFhMvL/0
-
爪'ー`)「なんだお前達。愛し合ってるんじゃないのか?」
ξ;゚听)ξ「……そ、それはそうですけど」
(;^ω^)「……」
爪'ー`)「結婚はしないのか? 嫌ならいいが」
( -∀-)「……結局、全くの杞憂だったな……」
爪'ー`)「おい。お前」
(;^ω^)「はっ!」
爪'ー`)「ブーン=ラダトスク、だったな」
(;^ω^)「はっ!」
爪'ー`)「ツンを、よろしく頼むぞ」
( ^ω^)「…………」
爪'ー`)「……返事は、どうした?」
- 260: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 23:17:14.09 ID:BvFhMvL/0
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( ^ω^)「…………必ず」
( ^ω^)「必ず! ツン様を幸せにしてみせます!」
───………
- 263: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 23:19:08.59 ID:BvFhMvL/0
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【エピローグ】
本に囲まれた、なんとも乱雑に散らかった部屋に、一人の男が居た。
風情のある木製の椅子に座り、窓から月を見上げている。
月は見事な真円を描き、空と男の瞳に浮かぶ。
月が、かつてその下で契りを交わした二人の男女のことを、男に思い出させた。
ヴィップ国国王、フォックス=ヴィップ。
男は数年前まで、そう呼ばれていた。
今は息子モララーに王位を渡し、静かに余生を送っている。
爪'ー`)「…………」
早くに妻を亡くし、国政に尽力してきた彼の顔は、実に穏やかだ。
あの時、渦中の中心となった男、ブーン=ラダトスク。
平民出の彼と、王女ツンの結婚は、大方の予想通り大陸中に波紋を広げた。
モララーが危惧していた、貴族達の不満と、反発。
それは、ヴィップの領土だけに留まらず、大陸中で巻き起こった。
しかし、貴族達以上に奮起した者達がいた。
- 265: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 23:21:49.94 ID:BvFhMvL/0
-
その者達とは、平民だ。
ブーン=ラダトスクの存在は平民達の支えとなり。
結婚を許したフォックス王は、一切の偏見を持たぬ者と、称えられた。
そのあまりの数に、貴族達も迂闊なことは言えず、勢い段々と衰えていった。
二人の結婚は、実の所フォックスの賭けだった。
彼はヴィップという大国だけでなく、大陸全土を変えようとしていたのだ。
貴族支配の世界から、平等の世界へと。
これを唱える為に、二人の男を利用した。
私欲のために人を殺そうとした男と、人のために命を捨てようとした男。
前者は貴族、ネーヨ=ザクセン。後者は平民、ブーン=ラダトスク。
『人の本質は、血筋に左右されるものではない』
『人であれば、可能性は誰にでも存在するのだ』
実際の人間を例に出し、提唱したのだった。
平民を中心に賛同者は次々に声を挙げ、王を称えた。
爪'ー`)「…………」
それでもまだ、反発を続けた者達は居た。
そこに論理的根拠はない。貴族こそが民を支配するべき存在だ、と。
- 269: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 23:24:51.79 ID:BvFhMvL/0
-
フォックスは時間をかけ、提唱し続けた。
貴族も、平民も問わず、多少の血が流れたこともあった。
だが決して、彼から仕掛けることはしなかった。
十余年の月日をかけ、彼の理想は現実へ、限りなく近づいていった。
そして、彼が齢七十を迎えた、冬の頃。
『疲れた』
そう言って、息子モララーに王位を明け渡したのだった。
爪'ー`)(今宵は……良い風が吹く)
窓から訪れた柔らかな風を身に受け、背を伸ばした。
理想を叶え、戦い疲れた王は、静かに、静かに、目を閉じた。
爪'ー`)(……すまないな……ツン……)
我が道を突き進んだフォックスの、一つの後悔。
爪'ー`)(私はお前達の関係を、利用してしまった)
一つの、心残り。
- 270: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 23:26:55.64 ID:BvFhMvL/0
-
爪'ー`)(私は、嘘ばかりついてしまった)
爪'ー`)(お前達を認めたのは……全て、理想を叶える為だった。
内心、うまくいくかどうかは……わからなかった)
爪'ー`)(それが不安で……素直に祝福もしてやれなかったな……)
愛する娘に、子ども達に、己が王であることを貫く為についた、嘘。
その罪は彼にとって何よりも重く、心を覆い尽くす程に大きな物だった。
爪'ー`)(……もう、私はお前に嘘をつかない)
爪'ー`)(……だからツン。卑怯な父をどうか、許してくれ)
爪'ー`)(……モララーには少し厳しくしすぎたか……あいつにも、苦労をかけた。
そのせいで勘違いをさせた……あの時、お前を無駄に、悩ませてしまった)
フォックスはもう、意地も虚勢も張る必要はない。
国政から退き、一人の『父親』に戻ったのだから。
ふと、扉を叩く音がした。
爪'ー`)「入りなさい」
フォックスが応答すると、木の軋む音を立て、扉が開いた。
- 273: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 23:33:23.76 ID:BvFhMvL/0
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ξ゚听)ξ「お父様」
現れたのは彼の最愛の娘、ツンだった。
ξ゚听)ξ「お食事ができましたわ」
爪'ー`)「ああ、わかった」
フォックスの返事を聞くと、ツンは扉を閉めようと───
爪'ー`)「ツン」
ξ゚听)ξ「はい?」
ふいに、呼び止めた。
不思議そうな顔をして父を見つめるツン。
フォックスは視線をツンの頭へ移す。
十九個のオパールが見事に装飾されたティアラが、美しく輝いている。
その後に、彼はツンの顔を見た。
ξ゚ー゚)ξ「?」
- 275: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 23:36:20.02 ID:BvFhMvL/0
-
───………
爪'ー`)
ツン。
その宝石に負けないくらいの女になれと、いつか私は言ったな。
今の私には、お前の姿は宝石が霞むくらいに美しく、映っているよ。
…………本当さ。もう嘘は、つかないよ。
───………
「……綺麗になったな、ツン」
Fin.
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