( ^ω^)ブーンで学ぶ世界史
- 194: ◆ImMEukpfHw :2010/05/04(火) 22:12:01.50 ID:x0CD2VAbP
- ┃
- ┗━┓ ガ ズ ナ 朝
- ┌──────┐┌─────┐┃┏━━━━━━━━……
- │ ││.サーマーン朝 │┗┛┌───────……
- │ │└─────┘ └─┐
- │ └──┐┌──────┐│セルジューク朝
- │ ││ ブワイフ朝 .││
- │ │└──────┘└─────……
- │ └───────────────────┐
- │ア ッ バ ー ス 朝 │
- │ ┌───────────────────┘
- │ │┌────────────┐┌──┐┌────
- │ ││ ││アイ .││
- │ ││ フ ァ ー テ ィ マ 朝 ││ユーブ││マムルーク朝
- │ ││ ││朝 ││
- └─────────┘└────────────┘└──┘└────
- ┌──────────┬────┐ ┏━━━━┓ ┏━━━━━┓
- │ │ │ ┃ ┃ ┃ ┃
- │ 後 ウ マ イ ヤ 朝 │ ┃ムラービト朝┃.┃ムワッヒド朝┃
- │ │ │ ┃ ┃ ┃ ┃
- └──────────┴────┘ ┗━━━━┛ ┗━━━━━┛
- ────┼────┼─────┼─────┼─────┼─────┼─
- 8 9 10 11 12 13
- 太線のやつが次にやるところだよー
- 195: ◆ImMEukpfHw :2010/05/04(火) 22:13:51.56 ID:x0CD2VAbP
- │ アフガニスタン インド
- ───┼─────────────────
- │ ┏━━━━┓
- 11C │ ┃ガズナ朝.┠───→ 侵入
- │ ┗━━━━┛
- ───┼─────────────────
- │ ┏━━━━┓ ┌────┐
- 12C │ ┃ゴール朝.┠───┤支配下に│
- │ ┗━━━━┛ └────┘
- ───┼─────────────────
- │ ┏━━━━━┓
- 13C │ ┃ 奴隷王朝 ┃ ← 『デリー・スルタン朝』始まる
- │ ┗━━━━━┛
- ───┼─────────────────
- ついでにこいつもうp
- 197: ◆ImMEukpfHw :2010/05/04(火) 22:15:37.08 ID:x0CD2VAbP
- ●イスラム圏の再拡大
- 次の主役はこの子です。
- ノハ#゚听) 「あたしだぁぁぁぁ!!」
- まずはインドのイスラム化から。
- 199: ◆ImMEukpfHw :2010/05/04(火) 22:17:20.17 ID:x0CD2VAbP
- 時は10世紀まで遡る。
- 10世紀といえば、『アッバース朝』のカリフがボコボコにされていた時期だ。
- 忘れていた方は>>104あたりを見て思い出して欲しい。
- そう、アッバース朝が弱体化して、各地に独立政権が乱立した時代である。
- ノハ ><) 「うちも独立するぞぉぉぉぉ!!!!」
- そんな独立ラッシュの中で現在のアフガニスタンあたりに登場したのが、『ガズナ朝』であった。
- 203: ◆ImMEukpfHw :2010/05/04(火) 22:26:11.62 ID:x0CD2VAbP
- ノパ听) 「独立したのはいいけれど………」
- 从*゚∀从 「ヒャッハアアアア! 次は耳だあああああ!!!」 ← ブワイフ朝
- lw´‐ _‐ノv 「大ありなごやは………米でもつ」 ← サーマーン朝〜カラ=ハン朝
- ノパ听) ・・・・・・
- 207: ◆ImMEukpfHw :2010/05/04(火) 22:28:32.37 ID:x0CD2VAbP
- ノハ;゚听) 「いったい何をすればいいんだ!?」
- この『ガズナ朝』は、西アジアの歴史の中よりも、インドの歴史の中で語られることが多い。
- それは何故かというと………
- 209: ◆ImMEukpfHw :2010/05/04(火) 22:30:08.09 ID:x0CD2VAbP
- ....川 ゚ -゚) ← インド人
- ノパ听) 「ふおおお、ふと見ると異教徒が! これはイスラム教を布教しなければ!!」
- ノハ#゚听) 「うおおおおおお、そこのあんた!!!!」
- 川 ゚ -゚) 「む、なんだ?」
- 211: ◆ImMEukpfHw :2010/05/04(火) 22:32:06.58 ID:x0CD2VAbP
- ノハ*゚听) 「唯一神アッラー!!」
- 川 ゚ -゚) 「は?」
- ノハ*><) 「預言者のムハンマドが! メッカで礼拝で!! それから……」
- 川 ゚ -゚) 「お前は何を言ってるんだ」
- 214: ◆ImMEukpfHw :2010/05/04(火) 22:34:09.02 ID:x0CD2VAbP
- ノハ;゚听) 「えっと、五行と六信が……」
- 川 ゚ -゚) 「ふん、くだらんな。そんなことに囚われているようでは解脱できんぞ」
- ノハ;゚听) 「ぅ……」
- 川 ゚ ー゚) 「あまり俗世のことに惑わされぬことだ。そうすれば涅槃の境地に入ることができる」
- ノハT听) 「うぅぅ……」
- 215: ◆ImMEukpfHw :2010/05/04(火) 22:36:01.15 ID:x0CD2VAbP
- 川 ゚ -゚) 「だからもっと修行を積んで悟りを開きたま――」
- ==二三 ノハ;凵G)つ 「うおおおおお!! もっと熱くなれよぉぉぉぉぉ!!!!!」
- 川;゚ -゚) 「ちょ」
- こうして(?)、『ガズナ朝』はインドの攻略に活路を見出したのであった。
- それゆえガズナ朝はインドの歴史で重要になってくるのである。
- 217: ◆ImMEukpfHw :2010/05/04(火) 22:37:49.19 ID:x0CD2VAbP
- そして、ガズナ朝の後を継いだ『ゴール朝』も、
- ノハ;凵G) 「君がッ! 改宗するまでッ!! 攻撃するのを止めないッッ!!!」
- 川;゚ -゚) 「ま、待て。こっちに来るな」
- 本格的にインドへ侵入し支配地を広げていった。
- 219: ◆ImMEukpfHw :2010/05/04(火) 22:39:31.41 ID:x0CD2VAbP
- その結果………
- ノハ#゚听) 「震えるぞハート! 燃え尽きるほどヒートぉぉぉ!! アッラーーーーフッ、アクバァァァァァルッッ!!!」
- 川;- o-) 「勘弁してくれ………」
- 『奴隷王朝』の時代になって、イスラム教は完全にインドに根付いてしまった。
- インドにおける、『ヒンドゥー教』と『イスラム教』の対立が始まった瞬間であった。
- 221: ◆ImMEukpfHw :2010/05/04(火) 22:41:41.19 ID:x0CD2VAbP
- ・・・・・
- ・・・
- ・
- さて、次はイベリア半島のその後を見てみよう。
- (*゚∀゚) 「あっひゃっひゃ、オレだぞー」
- (;゚Д゚) 「くそ、出て行けゴルァ!!」 ←スペインのご先祖
- シィィィッ!! マターリ パーンチ!!! >
- この地域は、あの『後ウマイヤ朝』がいたところだ。
- 覚えてない人は>>92あたりを参照してね。
- 222: ◆ImMEukpfHw :2010/05/04(火) 22:43:35.72 ID:x0CD2VAbP
- だが、11世紀にもなると、さしもの『後ウマイヤ朝』も滅亡してしまう。
- 後を継いだのは、アフリカからやって来たベルベル人たちであった。
- (*゚∀゚) 「でもあとちょっとだけ続くんじゃ」
- (#゚Д゚) 「逝ってよし! 続くなゴルァ!!」
- ハニャーンキーック!!! >
- 彼らは始め『ムラービト朝』を建てて、モロッコとイベリア半島を支配した。
- ムラービト朝の後は『ムワッヒド朝』がこれを支配した。
- 225: ◆ImMEukpfHw :2010/05/04(火) 22:46:03.36 ID:x0CD2VAbP
- しかしここで注目したいのは、むしろアフリカの方である。
- 『ムラービト朝』は、サハラ砂漠を越えてアフリカの中部に進出したことで有名なのだ。
- (#゚;;-゚) サキン ホルヨ イパーイ ホルヨ
- (*゚∀゚) 「アタシらよりも豊かな生活を送るなんてふてえ奴だ………」
- 229: ◆ImMEukpfHw :2010/05/04(火) 22:49:06.66 ID:x0CD2VAbP
- ∧∧ アヒャヒャ イイキミダナ!
- (*゚∀゚)
- ∪ | アゥゥ…
- 〜( | (,.、、,. ,,,_∧
- U"U と;; ;;;;つ#゙;;-゙)つ
- 当時の西アフリカは、金が取れたためにそれなりに豊かな地域だったそうだ。
- そのため『ムラービト朝』は、貿易を独占していた『ガーナ王国』を攻撃しこれを征服した。
- 230: ◆ImMEukpfHw :2010/05/04(火) 22:51:03.31 ID:x0CD2VAbP
- そうしてその後、この地域ではイスラム教が広まった。
- ∧_,,, ジュンレイ スルヨ
- (#゚;;-゚)
- ノ;;つつ ____
- ((( 〜(;; ;;;ノ | メッカ→|
- (/"U  ̄ ̄|| ̄
- ^^
- 『マンサ=ムーサ』
- ムラービト朝が侵入した後は『マリ王国』とか『ソンガイ王国』といった国が栄え、
- 時には本当にメッカへ巡礼をしようとする国王も現れるほど繁栄していたとか。
- まあ、アフリカが「暗黒大陸」ってのは白人の偏見だわなー。
- 234: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/05/04(火) 22:55:15.85 ID:HJJACDOO0
- マンサ・ムーサ
- 別名カンカン・ムーサ
- マリ王国の第9代国王
- メッカ巡礼の際に大量の金を運び、道中気前良く配ったためにカイロの金相場が暴落した
- 232: ◆ImMEukpfHw :2010/05/04(火) 22:52:58.89 ID:x0CD2VAbP
- このように見ると、11世紀からそれ以降にかけて、
- イスラム教の世界は拡大していったということがわかる。
- インド亜大陸やサハラ砂漠以南のアフリカ、
- 果ては東南アジアにまで、イスラム教は広まっていったのだ。
- しかしイスラム教と言えば、厳しい戒律やわかりづらい教義など、
- なんとなく庶民ウケはしないイメージが強いだろう。
- 特にイスラム教は、『ウラマー』と呼ばれる学者が理論的に教義を固めていったので、一般人には非常にわかりづらかった。
- では、どうしてこんな難しい宗教が世界中に広まっていったのだろうか?
- 236: ◆ImMEukpfHw :2010/05/04(火) 23:00:14.71 ID:x0CD2VAbP
- 理由は二つある。
- 一つは、イスラム商人の存在だ。
- ∧_∧
- ( ) < この宗教は貿易に使えるもn……使えますね
- ( O )
- │ │ │
- (__ (__)
- 当時のインド洋はイスラム商人が支配していたが、
- 彼らと円滑に取引をするために、イスラム教に改宗しようと考える人々もそれなりにいたのだ。
- インド洋の周辺部にイスラム教徒が多いのは、実はこの影響だったりする。
- 238: ◆ImMEukpfHw :2010/05/04(火) 23:02:09.24 ID:x0CD2VAbP
- そしてもう一つの理由は、庶民にもわかりやすい『スーフィズム』が発展したことである。
- この『スーフィズム』は、『スーフィー』と呼ばれる人々によって広められた。
- /■\ /■\ /■\
- ( ´∀`) ( ´∀`) ( ´∀`)
- ⊂ つ⊂ つ⊂ つ
- .人 Y 人 Y 人 Y
- し'(_) し'(_) し'(_)
- 『スーフィー』の皆さん
- 240: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/05/04(火) 23:03:30.92 ID:HJJACDOO0
- スーフィー=「羊毛の粗衣を纏った者」の意
- 241: ◆ImMEukpfHw :2010/05/04(火) 23:04:09.49 ID:x0CD2VAbP
- 『スーフィズム』とはぶっちゃけて言えば、
- 「一心不乱に踊り続ければアッラーに近づけるんじゃね?wwwwwうはwwwwwwww」
- こんな思想である。
- アッラーワッショイ!!
- \\ アッラーワッショイ!! //
- + + \\ アッラーワッショイ!!/+
- +
- . + /■\ /■\ /■\ +
- ( ´∀`∩(´∀`∩)( ´∀`)
- + (( (つ ノ(つ 丿 (つ つ )) +
- ヽ ( ノ ( ヽノ ) ) )
- (_)し' し(_) (_)_)
- 『スーフィー』の踊り
- 243: ◆ImMEukpfHw :2010/05/04(火) 23:05:47.79 ID:x0CD2VAbP
- | | ア
- | | ッ
- | | ワ ッ ラ
- + + /■\ シ ョ ー +
- + ( ´∀`∩ ./■\ ッ イ
- (( (つ ノ(´∀`∩)./■\ !!.//
- + ヽ ( ノ(つ 丿(. ´∀`) // +
- (_)し' ( ヽノ (つ つ )) +
- | | ワ ッ し(_) + ) ) )
- | | ワ ッ シ ョ (_)_) +
- + (( /■\ シ ョ ッ イ
- . (( /■\ ∩/■\ ッ イ !!
- + (( /■\ ∩/■\ .)/■\!!//
- .+ (( /■\ ∩/■\ .)/■\ .)つ )) +
- (( /■\ ∩/■\ .)/■\ .)つ ))
- + (( ( ∩/■\ .)/■\ .)つ )) +
- . (( ( ノ( .)/■\ .)つ )) +
- ヽ . )( 丿( )つ )) +
- . し'(_) ( .ノ_)( つ )) +
- . し(_) .) ) )_)
- . (_(_) +
- 踊るだけで神様に会えるのだから、一般人にも非常にわかりやすかったのであろう。
- そのため11世紀以降、イスラム教は庶民にも受け入れられていった。
- 「それって単にラリってるだけじゃないの」って突っ込みはしないであげてくだち。
- 245: ◆ImMEukpfHw :2010/05/04(火) 23:07:59.96 ID:x0CD2VAbP
- 理由1:スーフィズムでわかりやすくなったから。
- 理由2:商人が貿易を通して布教していったから。
- こうしてイスラム教は、交易路をとおして世界中に広まっていった。
- そのため現在でも、アフリカから東南アジアに至る地域ではイスラム教徒が多いのである。
- 参考:イスラム教分布地図
- ttp://homepage1.nifty.com/yukiko_world/IslamMap.html
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