( ^ω^)ブーンで学ぶ世界史

261: ◆ImMEukpfHw :2010/05/30(日) 22:42:07.14 ID:NK5j/c1aP



                               ちょ、待って! 待って下さい!

      ==二三 (#・∀ ・)⊃         (゚Д゚;川






         第4ラウンド    『露土戦争』(1877〜78)



262: ◆ImMEukpfHw :2010/05/30(日) 22:43:30.51 ID:NK5j/c1aP


                メコリメコリ

         (#・∀ ・)⊃)川








 (・∀ ・) 「か、勝った………」



 (*・∀ ・) 「ついに勝ったんだ!!」




この『露土戦争』は、あまりにも早くロシアが攻撃を始めたために、英仏が介入する余地もなかったのである。
そのためオスマン帝国は惨敗し、ロシアの過酷な要求を呑まざるを得なくなった。



265: ◆ImMEukpfHw :2010/05/30(日) 22:47:06.41 ID:NK5j/c1aP



 (*・∀ ・) 「いやっほおおおおおおおう!!!!!!」



 (*-∀ -) 「まずはねー! ルーマニアとセルビアと、モンテネグロの独立だろ!」



 (*・∀ ・) 「それからブルガリア人の自治領も作ってもらうからな!! そしてボクが管理するんだ!!」





  (-_-) ← セルビア人


  川д川 ← ブルガリア人



267: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/05/30(日) 22:50:20.89 ID:U4kfahAE0
>>265を定めたのが開戦の翌年、1878年に締結された「サン=ステファノ条約」である。



268: ◆ImMEukpfHw :2010/05/30(日) 22:51:17.08 ID:NK5j/c1aP


 (*・∀ ・) 「もちろんブルガリアは地中海まで領土を持つんだぞ!」




    ==二三 ξ;゚听)ξ 「ま、待ちなさい!」





 (*・∀ ・) 「これでボクも地中海クルーズができるんだ! やったー!!」


 ξ;゚听)ξ o0(うああ、一足遅かった………)





この要求は『サン=ステファノ条約』で達成された。
ロシアはついに、地中海へ出ることに成功したのであった。



272: ◆ImMEukpfHw :2010/05/30(日) 22:59:03.27 ID:NK5j/c1aP

しかし、あまりにも過大なこの要求は、イギリス以外の国の干渉も招いてしまった。





  (#゚A゚) 「おいちょっと待てよ。人んちの裏庭で何かましとんじゃ!」



 ξ;゚听)ξ 「………そ、そうよそうよ!!」




なんと、『オーストリア=ハンガリー二重帝国』までもが介入してきたのである。
まあ地理的にも近いわけで、当然といえば当然な話であった。



274: ◆ImMEukpfHw :2010/05/30(日) 23:02:36.02 ID:NK5j/c1aP


  (#'A`) 「セルビアとはキャラが被ってるんだ。あんな奴に出てこられたら困るんだよ!」



 ξ#゚听)ξ 「サン=ステファノ条約反対! ロシアの野望徹底粉砕! 今こそ反対の声を上げる時ー!」



 (;・∀ ・) 「くぅぅ、外野のくせにうるさいぞ! 今回の戦勝国はボクなんだからな!!」



 (+、+ 川  ・・・・・・




かくして話はさらに複雑になり………



276: ◆ImMEukpfHw :2010/05/30(日) 23:03:39.61 ID:NK5j/c1aP

  _
 (;゚∀゚) 「しょうがねえな……俺がなんとかしてやるよ………」




「誠実な仲買人」を自称する『ドイツ帝国』が、問題の解決に名乗りを上げたのであった。

ちなみにこの時のドイツの指導者は、かの有名な『ビスマルク』である。



278: ◆ImMEukpfHw :2010/05/30(日) 23:04:53.47 ID:NK5j/c1aP


  _
 (;゚∀゚) 「お前ちょっとやりすぎだって…… ちょっとは我慢しる」



    (#゚A゚)
          「そうだそうだー! ロシア人は帰れー!!」
  ξ#゚听)ξ




 (ノ∀ ;) 「ちくしょう…… どいつもこいつもボクのことを馬鹿にしやがって………」





そして結論から言えば、ロシアの要求は却下された。
それどころか、ロシアに不利な形で決着したのである。



281: ◆ImMEukpfHw :2010/05/30(日) 23:05:50.54 ID:NK5j/c1aP



  ('A`) 「そんじゃー俺はボスニアをもらうってことで^^」


 ξ゚听)ξ 「私はキプロスを頂いていきますね^^」




 (;∀ ;) 「なんで関係ない国が領土増やしてんだよ……うぅ………」




このように終わった『ベルリン会議』は、ロシアを憤慨させるのに十分であった。
その結果、ヨーロッパの外交関係はまた変化することになるが、それはまた別の機会にお話しよう。



283: ◆ImMEukpfHw :2010/05/30(日) 23:06:56.85 ID:NK5j/c1aP



   (+、+ 川  ・・・・・・



 ξ゚听)ξ o0(こんなのが壁になると考えたアタシが馬鹿だったわね。さっさと死ねばいいのに)




そして当のオスマン帝国は、もはや全く存在感を失ってしまった。

いつしか「瀕死の重病人」と呼ばれるようになったオスマン帝国は、
その後滅亡への道をひた走っていくことになる。



284: ◆ImMEukpfHw :2010/05/30(日) 23:08:29.33 ID:NK5j/c1aP

え? その後のエジプトがどうなったかって?




                            。、_
  ξ.. ∀ )ξ                  ( ;,_ノ゚ )


実はオスマン帝国との二度に渡る戦争の結果、エジプトの経済は崩壊寸前にあった。
頼みの綱の綿花輸出も、アメリカ産の綿に押されて大打撃を受けてしまい、どうしようもならなくなった。

起死回生の策であった『スエズ運河』も、その建設費が負担としかならず、
かくしてエジプトの財政は破綻し、借金のカタに英仏の指導下に入ることになった。

そしてその後、『アラービー=パシャの反乱』をきっかけにして、事実上イギリスの保護国となってしまうのである。


せっかく独立したのに何をやってるんだかねえ………






ここは読み飛ばすところだよww



285: ◆ImMEukpfHw :2010/05/30(日) 23:09:39.62 ID:NK5j/c1aP


正直ロシアが怒るのはもっともだと思うwww

この時のイギリスはマジでうぜえwwwwww






さてここまでは、第4ラウンドまで続いた『東方問題』を見て参りました。

もちろん第5ラウンドは………わかるよね。
という訳で、次は滅亡まで一気に行きますよん。



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