( ^ω^)ブにも奇妙な物語のようです

38: 以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします :2011/03/10(木) 11:16:43 ID:PPw1Q34Q0
記憶の障害を持った人がいた。
しかし、その人はとても素晴らしい偉人であった。
そしてその人は、自分が偉人であることに今日も気づいてはいない――――



39: 以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします :2011/03/10(木) 11:17:46 ID:PPw1Q34Q0



川 ゚ -゚)記憶の障害のようです



40: 以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします :2011/03/10(木) 11:19:38 ID:PPw1Q34Q0
多分、朝の日差しのせいで目が覚めた。
私はいつの間にベッドの上で寝ていたのか。それよりもここはどこなのだろうか。
どう見ても夕方の日差ししか入らないピンクで固められていたような小さな部屋ではない。

ベッドの柔らかさというのも格段に違う。
でもそれに対して心地がいいと考えるような気力が無い。
知らない部屋にいる驚きよりも、もっと大きな不快感がある。頭痛と吐き気が他のすべての気持ちを打ち消していた。

川 ゚ -゚)「死にそうだ……」

思わず口から出た言葉がますます私を気持ち悪くさせた。
起き上がることも出来ない。
この頭痛はきっと二日酔いから来ているのだろう。
酒も飲めないのに友達のやけ酒につきあわせられた。そしてその友達の部屋でもないようだ。

ビール缶どころかゴミや塵が一切見つからない。
家具がアンティークで固められていてドラマのセットのように見える。
そんな空間の中に一枚、机の上に読んでくれと言わんばかりに紙が置いてあった。
もしかしたら、この部屋の持ち主が私に向けた置き手紙ではないかと思いおもむろに立ち上がり、千鳥足で向かった。

川;゚ -゚)「何だこれは……」

手紙には長々と今の状況について書かれていた。それは、私の頭痛も吐き気もすべて吹き飛ばすような内容だった。



41: 以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします :2011/03/10(木) 11:20:34 ID:PPw1Q34Q0
 まず、驚かないで落ち着いてこの内容を読んでほしい。
 今の私には多分友と一緒に酒を飲んで酔った時の記憶までしかないだろう。
 今この時の私も覚えのないことだが、私は泥酔していて電柱にぶつかり頭に障害を残してしまったらしい。
 それからというもの、私の記憶は一日毎に消えてしまうようになってしまったらしいのだ。
 この時の私が言えるのは、今日の私がしたいことをしてくれればいい。それだけだ。



43: 以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします :2011/03/10(木) 11:24:05 ID:PPw1Q34Q0
その後に続く私への文。驚いたには驚いたが、それは私が記憶障害になっていたらしかったことではなくて、
単にこれほどの格調高い文を書けていることに、だ。
長々と続くその文には、こうなった自分の、消え失せた自分の生々しい葛藤などがあらわに出ていた。
文学をたしなんでいる人には低い文章なのかもしれないが、私にとっては高すぎる。一種の興奮を覚えた。

いとも簡単に頭痛や吐き気が消えて興奮を感じられるようになったのか。
今までの頭痛がヒステリックからきたものに思えて何か恥ずかしい。
ともあれ、これで私は冷静に今の状況を考えられることになった。

だが、周りを見ても時計やカレンダーはない。時間がわかるものといえば太陽だけである。
一体どれだけの時間がたったのか。肌に皺が一本や二本はあったって不思議じゃない。
きっといきなり変わり果てた顔を見るのが嫌だから、いきなり過ぎ去った時間を知るのは残酷だから、
そういった意味で鏡やカレンダーが無いと推測してみた。
だが、どんなことをしたって結局この文以外に今の自分の状況をちゃんと知るすべは無かった。

少し経てば空腹も尿意も感じてくるだろう。
しかし、今は何も感じはしない。呆然と手持無沙汰でいるだけだ。
どうやって毎日を過ごしているのか。金銭面のこともそうだけど、私の時間が止まっているのだ。
ジェネレーションギャップだってあるだろう。やることが無いと不安が募る一方だ。



44: 以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします :2011/03/10(木) 11:25:16 ID:PPw1Q34Q0
川 ゚ -゚)「……」

ふと、あの手紙のことを思い出した。したいことをしてくれればいい、と。
机の隣の本棚にはなにやら別の国の言語のタイトルがついた本がハンバーガーのように積み重ねられていて、
その一番上には白紙の用紙が何枚も、そしてペンが置かれていた。
頭を使えば昔の私もこれだけの文を書けていたのだ。ペンと紙を前にしたらないか思いつくことだろう。

頭の中でゆっくり数を数える。
素数を数えて落ち着く脳なんて持ち合わせていないからただ単に一、二、三と数字を数えていくだけ。
それだけでも私は何か思いつきそうな気がしてきた。随分とお気楽な脳だ。
二十も数えないうちのもうアイデアが生まれた。

川 ゚ -゚)「小説でも書いてみるか」

今の状況だ。記憶が消えてしまう主人公の話にでもしてみたらどうだろう。
早速気力がましてきた。この気持とこの記憶を失う前に今すぐに書き始めよう。

一週間分の自分の生活のために毎週日曜だけ、殺人も厭わない罪を犯している主人公なんてどうだろう。
ああ、そうだ。この話の主人公を自分と間違えないように主人公は男にしておかないといけない。
私はペンを持った。冒頭は、さっきの文をまねて始めればいいだろう。



45: 以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします :2011/03/10(木) 11:26:46 ID:PPw1Q34Q0
川 ゚ -゚)「ふぅ。結構出来たな」

書き始めて数分、思った以上にペンが進む。私には作家の才能があったのかもしれない。
早速一ページ書きあげることが出来た。なかなかの出来栄えだと思う。
やればできるものだ。まぁ、大体はあの文を写しただけになるが。

何か体の中からわき出てくるものをそれとなく感じているとノックの音が聞こえた。
驚いてペンを一旦置いた。ドアの方に目をやると、老年の白髪が目立つ男性が立っていた。

/ ,' 3 「あ……」

川 ゚ ー゚)「どうも」

私に対して少しおびえているように見える。ドアが開かれるまで、私もそうであったが今では別だ。
害のあるような人には見えない。善人であるというようなオーラが纏われているように見える。
もしかすると、私の夫なのであろうか。それとも使用人か。出来れば後者であって欲しい。
前者であれば私がこの男と同様に年をとっていることになるから。

どちらの場合においてもこの男性が今怯えているのは、私に記憶障害になったこの現状を話すのがつらいからだろうか。
私は別に気にはしないのに、寧ろ気分がいい。



46: 以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします :2011/03/10(木) 11:28:09 ID:PPw1Q34Q0
/ ,' 3 「すみません。あなたは誰なんですか?」

川;゚ -゚) 「は?」

訊かれた内容があまりにも予想と食い違っていたので腑抜けた声が出てしまった。
男性は私に右腕を見せつけてきた。マジックで何か書いてある。

/ ,' 3 「昨日私の家の前で泥酔したあなたが倒れていたらしく」

川;゚ -゚)「え?」

/ ,' 3 「危ないと思って私が家に入れたらしいのですが身に覚えが無いのです……」

男性の腕をよく見ると今言われた内容とほぼ同じことが簡単に書かれていた。
その内容を頭の中で反芻することで事実を理解することが出来た。

/ ,' 3 「あの、大丈夫ですか?」

川;゚ -゚)「あ……はい! 大丈夫です! もう結構です! ありがとうございました!」

何と言うことだ。私はとんだ勘違いをしていた。
別に記憶障害などではなく、皺なんてものは一切なく、特に高い文才も備わってはいなかった。
泥酔していたのは昨日のこと。記憶障害なのはこの男性だ。
何たる羞恥。恥ずかしくて仕方が無い。私は一目散にその部屋を出た。



47: 以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします :2011/03/10(木) 11:31:16 ID:PPw1Q34Q0
/ ,' 3 「何なんだ一体……」

偉人は呟いた。わけもわからないことが連続して起きているからだ。
目が覚めると体は老いていて、知らない女性が自室にいたが記憶が無い。

しかし、こういったことは毎日のことであった。朝の日課なのである。
そして、いつもならここで彼は未来の自分宛てに書かれた手紙を読むのだ。
彼は学者であった。とても多くの発見をしているが、それは記憶障害を患ってからのことである。
さらの状態でたくさんの論文を読む。そのことが、彼に多くのことを発見させるのに起因するのだろう。

この二十数年間、いつもそうであった。
だが、今日だけは違っていた。彼が目にしたのは彼女の書いた駄文。
功績を称えられ得た金を使って生活する偉人ではなく、毎週日曜だけ罪を犯して生活している愚かな主人公。

しかし、それはさらの頭の中に綺麗に入ってしまった。これは、自分のことだと。
そうなった彼に先の彼女とその慌てようはどのように見えるだろうか。自分の生活のための被害者である。
このまま放っておけばどうなるか。自分が警察に掴まるのは一目瞭然だ。

早く探し出して、彼女を逃がさないようにしないといけない。
今までの自分がやってきたことと同じことだ。臆することは無い、と。



48: 以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします :2011/03/10(木) 11:35:08 ID:PPw1Q34Q0
彼が物音をたてずその部屋を出ると、彼女が目の前にいた。とても焦り、顔を真っ赤にした彼女が。

川;゚ -゚)「あの、昨日一緒に持っていたはずのバッグってどこにありますか? 探しても見つからないんですけど……」

それを見た彼の笑みは紛う方無き悪そのものだった。
彼の姿には善人のオーラなど一欠片もなく、数分後彼女の書いた主人公は彼になった――――



記憶の障害を持った人がいた。
しかし、その人はとても素晴らしい偉人であった。
そしてその人は、自分が偉人であったことに今日も気づいてはいない――――




川 ゚ -゚)記憶の障害のようです 終



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