( ^ω^)ブーンはかえってくるようです
- 19 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 19:17:35.19 ID:jpnEBPOY0O
―― 二 ――
女と少女のいたマンションから逃げ出し、ぼくは家へと帰ることに決めた。
どちらに家があるかもわからなかったが、とにかく歩いていれば着くだろうと決め、歩き続けた。
赤色が空から降り注ぎ、昼とは違う景観を見せる。セミがぼくをわらう。
『きもちわるい』
頭の中で先程の言葉が反響する。忘れたいことこそ忘れられない。
これは、ぼくらも、彼らも同じなんだな。そう考えると、ほんの少しだけわらいがこみ上げた。
なぜ、ぼくらには心があるのだろう。
辛いこと、苦しいことだけが残るなら、そんなもの、ただの悪夢じゃないか。
永遠に醒めない悪夢の中を、目的地を見失って歩いて歩いて、まるで、今のぼくみたいじゃないか。
(# ゚ω゚)「うるさい!」
声高く笑い続けるセミに対して、恫喝する。
セミはぼくの声など無視し、一層声高に笑い続ける。
セミの声だけではない。葉が擦れる音。風の音。川が流れる音。それらすべてが、ぼくを嘲笑しているような気がする。
被害妄想だとはわかってる。それでも、一度そうと思い込んでしまうと、他の考えなど頭の中には入ってこなかった。
(# ゚ω゚)「うるさい、うるさい、うるさいっ!!」
声を限りに、叫ぶように鳴くように、喉の奥から搾り出す。
ぼくの声は、誰に届くこともなかった。
- 21 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 19:19:40.21 ID:jpnEBPOY0O
しばらく歩き続けていると、いよいよ迷ったことに気づく。
赤色はすでになりをひそめ、明るい闇の下を歩く。ブブブ……と街灯の周りをほこりのような虫が舞っている。
自分は今、土手沿いにいる。向こう側にも岸があり、その間を幅の広い川が分断している。
バカでかい橋がいくつか架かっており、その内の一つは、先程から新幹線が行ったり来たりを繰り返している。
橋の下では新幹線が通るたびに、鼓膜を破るような轟音が空気ごと辺りを振動させる。
川の色は夜だからか、それとも元々汚れているからかはわからないが、黒く歪んで底を見ることはできなかった。
川の上には数席ボートが点在し、男女の楽しそうな声が、遠く離れたこの岸まで聞こえてくる。
ぼくは、体育座りでその光景を眺めていた。何もせず、ただ、眺めていた。
そうして、何分か、へたをしたら何時間か経ったころ。水面にぽちょんと飛沫があがり、波紋を広げて消えていった。
それは、ひとつ、ふたつと増えていき、ついには確かな音として地面のほうにも襲いかかってくる。
空を見上げる。溶けたソフトクリームのような雲が、ぐねぐねと軟体動物のように空を覆っていく。
自分の身を切り切り、目尻に溜まった涙粒が、今にも零れ落ちそうな状態である。
ぼくはあせり、避難場所を探す。橋の下にいることも考えたが、橋は網目のようになっており、雨粒をしのげるとは思えない。
隣の橋まではかなりの距離がある。どうしようかと考えあぐねていた、そのとき――。
涙粒、ぽとり。
決壊した防波堤は留まることを知らず、天から滝のような雨が降り注ぐ。
ボートに乗っていたひとたちが苛立ちまぎれの声を上げるが、そんなものに構っている暇はない。
案の定、この橋ではこの滝雨を塞ぐことはできず、ぼくは直接豪雨の中へと晒される。
例えば、海の中で目を開けた状態を想像してみよう。視界一面を水に遮られ、自分がここにいる、その感覚が希薄になっていくことだろう。
だが、ぼくらの場合、その程度ではすまない。普通のひとは、所詮外側を覆われるだけだ。
ぼくらは、内と外とを一辺に奪われ、前後左右、どころか、上下の感覚すらなくなるのだ。
徐々に自分と世界との関係を断たれていくこの感覚は、恐怖以外のなにものでもない。
恐怖にかられ、遮二無二走る。チラと見えた灯りを灯台代わりに、全速力で駆けて行った。
- 22 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 19:21:40.42 ID:jpnEBPOY0O
水分を含み、滑りやすくなっている泥の上を何度も転びそうになりながら駆け、灯りの下へ辿り着く。
運の良いことに、灯りの発信源は二階建ての一軒家だった。比喩でなく、家の中へと転がり込む。
(;゚ω゚)「……ふぅ」
息を乱すことはないが、心を整えるため、大きく深呼吸をする。
目の前に掌を持ってくる。……うん、三本。
落ち着きを取り戻し、上がりこんだ家の中を見回す。よく整理された綺麗な家、そんな第一印象を受けた。
目に優しい暖色を基調とした家具。蛍光灯の灯りも、真っ白というより、ほのかに赤みがかっている。
ふと、自分がまだ挨拶をしていないことを思い出す。
どうせ誰にも聞こえるわけはないのだが、こういった儀礼的なものは、意識していないときは何とも思わないのに、
意識すると途端に“しなくちゃいけない”気がしてくるから不思議なものだ。
( ^ω^)「おじゃましますおー」
当然、返事はない。
そのまま家の中へ足を踏み入れ、少しの間雨宿りをさせてもらおうかと思った瞬間、違和感を感じる。
具体的なことはわからない。でも、何だかにおいが軽いような、希薄なような。
ひとが生きている空気が極端に少なく感じるのだ。かといって、まるでない、というわけでもない。
長いこと留守にしているのだろうか? しかし、電気を点けっぱなしにして出て行くだろうか?
それに、そんなに長い間空けていたら、もっとほこりが溜まったりしていてもいいはずだ。ここはまるで逆。
ロボットが掃除したようにチリ一つない。整理のされ方も、人間的というより機能的、動きに支障が出ないようにといった感じ。
ともかく、こうして何もせずにいるのも退屈なので、探索がてらに家の中を見回ってみる。
洋間がいくつかとダイニングキッチン。お風呂とトイレは別々にあった。
見る限り、異常に綺麗にされている以外は、普通の家と変わりないようだ。一階を調べ終わり、二階へ続く階段を登る。
- 23 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 19:23:40.00 ID:jpnEBPOY0O
二階には一部屋しかなかった。肌触りのよさそうなカーペットに、柔らかそうなベッドに張り出し窓。
棚の中にはチマチマとした小物があり、棚の上でふわふわなぬいぐるみが番人のようにたたずんでいる。
一階にはなかったひとが住んでいる気配が、一階の分まで合わせて、ここには詰め込まれていた。
そして、ベッドはふくらみを持ち、枕側から、華奢な上半身が起き上がって窓のほうを向いていた。
背中を向けているので顔は見えないが、肩にかかった艶やかな黒髪と、細い体から女だと感じた。
それも、まだ成長しきっていない、少女と言って差し支えのない年齢のようだ。
嫌でも、昼の出来事が思い起こされる。
この少女は、昼の子とは違う。ぼくに気づくこともないだろう。
それでも、どうしても、気になる。喉が、張り付いてしまったように、苦しい。
ぼくは、まくしたてるように“挨拶”をする。不安も何も、すべてを吐き出すように。
( ^ω^)「どうも、おじゃましてますお。いや、こんばんわのほうが正しいかもしれませんお。こんな夜分にすみませんお。
いやね、雨がすごくてね、ちょっとの間でいいんで雨宿りさせてもらおうと思ったんですお。
雨が止んだらすぐ出て行きますので、少しの間だけご厄介になりますお。
いえいえ、別に問題は起こしませんからその点は心配しなくてもいいですお。いや、ほんとう、ほんとうですお」
少女は微動だにせず、窓の方を見つめている。大丈夫か、と嘆息した、その瞬間。
切りそろえられた後ろ髪がスローモーションのように流れ、それにつられるようにして、少女の顔がこちらに向けられる。
美人と言うより、かわいい、と思った。微笑をたたえた口元に、少し赤みがかった頬。
鼻は高くなく、小さくかわいらしいつくりをしている。目の上で切り揃えられた髪は、水の流れのようななめらかさがある。
少女の周りだけ、空気がほわんと柔らかくなっている。
瞳だけが他のパーツと比べ異質で、大きくやさしい目をしているのに、命を感じさせなかった。見ているのに、どこも見ていない。
少女の目はぼくを射すくめ、その場から一歩も動けなくなってしまった。少女の口が、開く。
「あなた、だれ?」
- 24 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 19:25:40.27 ID:jpnEBPOY0O
頭の中が、白に染まる。何か言おうとするが、あたふたと口を開くだけで、言葉が出てこない。
少女は、あの瞳でぼくをすくめ続けさせる。ぼくを見ているような、すべてをみているような、何も、見ていないような。
「ね、どなた?」
少女がもう一度問う。答えないと、答えないと、と、気持ちばかりがはやり、頭の中で言葉がまとまらない。
それでも、どうしてもたずねなければならないうことを、言語化する。
(;゚ω゚)「あ、あの……ぼく、が、見えるのか、お?」
ぼくは、最も聞きたいことを何とかしぼり出す。声が震えているのが、自分でもわかる。
少女は目をぱちくりさせて、いかにも驚いていますといった顔をし、次第にくすくすとわらいだす。
口に手を当ててわらう、大人の女みたいなわらい方で、少女の雰囲気とアンバランスにマッチしていた。
「ふふ、おかしい。まるで透明人間みたいな言い方だね?」
そう言って、少女はまたわらう。しかし、ぼくはますますわからなくなってきた。
ぼくの声は少女に届いている。それは疑いようのない事実だ。信じられないけど、事実だ。
彼らの中に、ぼくの声を聞くことができるひとがいる。そんなこと、今の今まで、知らなかった。
ぼくは少女をもう一度よく見てみる。とてもかわいらしく、優しそうな子だけれども、特別変ってるとは思えない。
いや、唯一、瞳だけは特異だ。ぼくを見ているようで、その後ろを見ているような、何も見ていないような。
そして、最も異質なのが、先程から瞳が微動だにしていない、ということだ。これは、もしかしたら……。
(;^ω^)「ねぇ、きみ。きみは……」
「しぃ」
ぼくが小さく驚きの声を上げると、少女は含んで聞かせるように、やわらかい声でしゃべりだす。
(*゚ー゚)「あたしの名前はきみじゃないよ。しぃっていうの」
- 25 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 19:27:40.81 ID:jpnEBPOY0O
( ^ω^)「しぃ……」
口の中で何度も反芻する。特別な意味があるかのように、何度も、何度も。
(*゚ー゚)「そろそろ教えてくれない? そうしないと、これ」
言いながらしぃは、水戸のご老公のように、ではなく、そのお供のように腕を伸ばし、手の中のものを見せ付ける。
それは白色の細長い四角の物体で、天辺に小さな円柱が乗っかっている。ディスプレイと、キーが数個。
(*゚ー゚)「これで警察さん、呼ぶよ」
今までとは違った、冷めたような口調でそう言うしぃ。が、どうも芝居がかった印象が先行して、緊迫感がない。
(;^ω^)「あ、あの……」
ぼくは通報されてもまったく困らない。しぃが特別なのであって、警察にぼくの姿は見えないだろう。
困るのは、むしろしぃの方だ。いたずらと思われて叱られるくらいならいい。幻聴が聴こえるなどと思われたら……。
どうにかして通報させないようにしてあげたいが、どうやって説明すればいいのかわからない。
何と言えば納得してくれるかわからない。ぼくは誰にも見えないから警察を呼んでもむだだよ、とでも言えというのか。
そうして良い言葉が思い浮かばず、しどろもどろになっていると、しぃが堪えきれないといった様子でわらいはじめる。
(*゚ー゚)「だいじょーぶ。そんなにあわてないで。なにか悪いことをしようとしてるんだったら、
あんなふうに長々と話したりしないもんね。それに、あなたやさしい感じがするもの。
だから、これはあたしが気になってるだけなの。ね、あなたは誰? どうしてうちに来たの?」
そういって、しぃは首をかしげる。瞳はやはり動かない。どうやら、彼女は単純に好奇心でぼくのことを知りたいようだ。
ぼくも別に隠さなければいけないわけではないし、素直に答えようとする。
( ^ω^)「ぼくはー……あれ?」
- 26 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 19:29:40.97 ID:jpnEBPOY0O
(*゚ー゚)「ん? どうかしたの?」
(;^ω^)「いや、その……」
しぃの言葉をさえぎり、必死に考える。違う、必死に思い出す。
おかしい、どうしても思い出せない。たしかに、最近、いや、こうなってから一度も口に発した覚えはない。
こんな“普通”なことを、忘れるだろうか。どんなに思い出そうとしても、少しも思い浮かばない。ぼくは、ぼくは――。
(;^ω^)「えっと、さっきも言った通りにちょっと雨宿りに……」
(*゚ー゚)「うそ。雨宿りでひとの家に上がりこむなんて話、聞いたことないもん」
(;^ω^)「いや、ほんとなんだけど」
(*゚ー゚)「うそだぁ」
しぃは断固としてぼくの証言を信じようとしない。客観的に見て、ぼくよりしぃの言っていることのほうが正しい。
雨宿りでひとの家におじゃまするなんて、ぼくら以外でするわけがなく、
おそらくしぃも、ぼくみたいなやつに出会ったのははじめてだろう。
しかし、そんなことよりも、思い出せないこと、そのことに恐怖を感じていた。
誰かに呼ばれた記憶も、ない。なぜ、思い出せないのか。ぼくは、何をして生きていたのか。何も思い出せない。
(;^ω^)「ど、泥棒! 泥棒だお!」
(*゚ー゚)「泥棒? うそっ。泥棒だってあんなふうにしゃべったりしないよ」
(;^ω^)「う、まぁ、それは……」
(*゚ー゚)「言いたくないの?」
軽く肯定の意を述べる。しぃは不満そうではあったが、納得してくれたみたいだった。
そして、当然のように、当然の疑問を、投げかけた。
(*゚ー゚)「それで、あなたのお名前は?」
ぼくは――ぼくは、だれだ?
- 27 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 19:31:41.08 ID:jpnEBPOY0O
( ^ω^)「……教え、られないお」
自分でも驚くくらいに、冷たい声がでた。ぼくは、自分の名を、自分が誰かを、思い出せなかった。
教えたくとも、教えられない。ぬいぐるみが、ぼくを責めるような眼つきで睨んでいた。
当然、嫌われるだろう。こんな得体の知れないやつなど、……“きもちわるい”と思われるだろう。
ぼくは、しぃに背を向け、部屋から出て行こうとする。
だが、しぃの反応は、ぼくの予想とは違うものだった。
(#゚ー゚)「あれもダメ! これもダメじゃ、全然わかんないよっ!
あたしはぁ、あなたのことが知・り・た・い・のっ!!」
( ^ω^)「……知りたい?」
しぃはやわらかそうな頬をぷくーっとふくらませる。両の拳を握り締めて必死になっている姿は、とてもかわいらしい。
それより、知りたい? ぼくを? しぃは動かぬ瞳に熱を宿して、一点を見つめる。
( ^ω^)「……なぜ?」
(*゚ー゚)「なぜって、だって、気になるし。それに……」
しぃの瞳は動かない。
(*゚ー゚)「……似てるんだもん……」
( ^ω^)「似てる?」
(*゚ー゚)「ううん、なんでもない。優しそうなひとだからお話したいと思ったのっ」
そう言って、しぃは黙って“ぼくが先程まで立っていた場所”を見つめ続ける。ぼくの疑問は、確信へと変る。
動かぬ瞳、違和感の正体。それは――。
( ^ω^)「しぃ、きみ、もしかして目が……?」
- 28 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 19:33:40.58 ID:jpnEBPOY0O
(*゚ー゚)「……うん」
何ともないといった表情で返すしぃ。強がりなのか、本当に気にしていないのかはわからない。
むしろぼくのほうが気にしてしまい、どう言葉を繋げばよいかわからず、どもってしまう。
(*゚ー゚)「……ね、今、外はどんななのかな」
( ^ω^)「外?」
窓の方を向きながら、先程までとまったく変らない口調でしゃべる。
何を思っているのか、ぼくにはわからない。勝手な感傷かもしれないけど、華奢な体が、先程より小さい気がした。
( ^ω^)「雨が、降ってるお」
(*゚ー゚)「そうじゃなくってね」
何を思っているのか、それはわからない。だが、何を聞きたがっているか、それはわかる。
しかし、ぼくが感じていることをそのまま伝えてよいのだろうか。
世界に飽いているぼくが見た世界を、伝えてよいのだろうか。
( ^ω^)「……別に、そんなすごい事件とか、そんなことはないお。毎日、変らずに過ぎているお。
驚くようなできごとはないけど、みんなしあわせ――、かはわからないけど、そこそこ平和にすごしてるお」
迷った末に、普段思っていることの、ほんの末端だけを話すことにした。
しぃがもし、世界に対してあこがれやゆめのようなものを抱いているとしたら、それを壊すわけにはいかないから。
ぼくの言葉など聞いていないかのように、窓を向いたまましぃは微動だにしない。
ぼくはしゃべらない。しぃもしゃべらない。そうして、数分間沈黙が続く。
(*゚ー゚)「……雨をね」
( ^ω^)「ん?」
(*゚ー゚)「雨の音をね、聞いてたの」
- 29 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 19:35:40.67 ID:jpnEBPOY0O
しぃは窓の方を向きながら続ける。
(*゚ー゚)「雨が窓にあたると、バタバタって音がするでしょ? 今みたいにすごい雨だと、バダバダバダってなるの。
でもね、よーく耳をすませて聞くと、ぱたん、ぱたんって、大人に混じって、雨の子供が音を鳴らすの」
( ^ω^)「よく、わからないお」
素直な感想を述べる。そういうこともあるかもしれない。だが、それがどうしたと言うのか。
(*゚ー゚)「イッパイの中にも、小さな変化はあるんだよ。それが積もって、毎日が変っていくの。
すごいこととか、驚くような出来事よりも、もっと、もっともっと大切で、やさしいことが――」
雨の音に耳を傾ける。バダバダバダと、ぼくにとって忌むべき音に混じって、ぱたんぱたんと、弱々しい音が聞こえた。
しぃは雨色の微笑を湛えながら、ぼくのほうへ振り向く。
(*゚ー゚)「きっとあなたは、雨の子供の声が聞こえてなかったんだと思う。ちっちゃくて、やさしいこと。
本当に大切なこと、見てるのに、見逃してきたんだよ。じゃないと、毎日が同じなんて言えるはずないもん」
( ^ω^)「それは……」
(*゚ー゚)「ないもんっ」
わらってはいるが、しぃは意固地になったように、有無を言わさずぼくのセリフを封殺する。
真剣な瞳。にごりのない、綺麗な。見えていないから、こんなに綺麗でいられるのだろうか。
( ^ω^)「そうかも、しれないお」
しぃが嬉しそうにほほえむ。罪悪感をおぼえる。ぼくは、うそをついた。
しぃは目が見えないから、外に過剰な期待をしているから、そんな綺麗ごとを言えるのだ。正論だということは、わかる。
たしかに、それは大切なものなんだろう。でもね、弱い刺激はすぐに消えるんだ。現実は、もっと大変で溢れている。
それさえも、すぐに消えていくんだよ。在ることは、辛いんだよ。けれど、ぼくはそんなことを言う勇気はなかった。
( ^ω^)「そうかも、しれないお」
- 30 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 19:37:40.24 ID:jpnEBPOY0O
それからしぃは、他愛のない日常のことを聞いてきたり、何がすきなの、きらいなのと、質問攻めをしてきた。
どうやら随分とおしゃべりな子のようで、ぼくは終始圧倒され続けていた。
(*゚ー゚)「あなた……ううん、あなたっていつまでも言ってるのも変だね。ね? もう教えてくれてもいいでしょ?
大丈夫。誰にも言わないから。もちろんお母さんにも言わない。秘密にするから、ね?」
(;^ω^)「ん、それは……」
(*゚ー゚)「やっぱり、ダメ?」
微笑を浮かべながら、かなしいよー、さみしいよーといった空気を醸し出す。
普通のひとも気分で空気を作り変えることがあるが、しぃは言葉やジェスチャーよりも雄弁に、空気で語りかけてくる。
なにかをしてあげたくなる空気、例えなにもできなくても、なにかをしないでいられなくなる。
( ^ω^)「泥棒、でいいお。あなた〜よりはマシだお?」
(*゚ー゚)「泥棒、泥棒さん? 泥棒じゃないのに?」
(;^ω^)「いやまぁそれは……」
(*^ー^)「アハハ、冗談だよ。あたしのために考えてくれたんだよね? ありがとう、泥棒さんっ」
(;^ω^)「ああ、んにゃ、その……、どう、いたしまして」
目を細めて、直視することがはばかられるような笑顔が、ぼくへと向けられる。
真っ直ぐな感情があまりにむず痒くて、……ちょっぴり嬉しくて、つい、顔をそむけてしまう。
窓の外では、大人も子供も音を立てていなかった。
(*゚ー゚)「泥棒さんは普段なにしてるの?」
( ^ω^)「ぼくは……」
充実した時間だった。ショボンさんに色々な所に連れて行かれたときとは違って、のんびりとしているのに、退屈しない。
しぃは本当によくしゃべった。答えられることと答えられないことがあったが、できるだけ全部答えるようにした。
ぼくからも話題を振ったりした。しぃは若いからか、はたまた目が見えないからかはわからないが、幼稚で、
ふわふわした考えの持ち主だった。だが、ぼくにはない、澄んだこころが根底に流れているのが見えた。
しぃと話していると、ぼくのこころまで澄んでいくような気さえした。錆びた時計に、オイルが差し込まれた。
- 32 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 19:39:40.48 ID:jpnEBPOY0O
しばらく、そうやって話し合っていると、突然家の中に振動音が響き渡る。
一階の方から、女の声で「ただいま」と聞こえてくる。あまり若い声ではない。
( ^ω^)「お母さん?」
(*゚ー゚)「……うん」
しぃが答える。ぼくは深く考えず、しぃの年齢なら母親がいるのはあたりまえか、くらいに考えていた。
だから、しぃが何をやろうとしているのか、さっぱりわからなかった。
(*゚ー゚)「ほら、はやく!」
( ^ω^)「……え?」
しぃは窓を開け放ち、慌てた様子で外を指さしている。
(*゚ー゚)「はやく! お母さんに見つかっちゃうよ!」
( ^ω^)「あっ」
ぼくは誰にも見られることはない。それは認識している。だが、しぃはそんなことは知らない。
しぃの気持ちになって考えれば、こんなふうにあわてるのは当然のことで、ぼーっとしてるぼくが異常に映るだろう。
誰もいない部屋でひとりでしゃべり続けているしぃを見られるのもわるいので、言われたとおり出ようとする。
だが、気づく。
今、ここで出て行けば、こんなふうに会話をする機会を、永遠に失うのではないか、と。
しぃは、理由はどうあれ、ぼくがここに来たことを偶然だとか、気まぐれだとか、必然性のない行動だと考えているだろう。
もう一度ここへくれば、今度こそこわがられるかもしれない。“きもちわるい”と思われるかもしれない……。
かといって、今出て行かなければ、しぃに不思議がられるだろう。迷惑をかけることになるかもしれない。
どちらを選んでも、選ばなくても、ぼくはこの先しぃとは――。眉根を寄せ、困惑したような表情でこちらを向いているしぃ。
そのとき、ぼくの中で、この小さな少女が、とても大きな存在になっていることを知った――。
- 33 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 19:41:40.47 ID:jpnEBPOY0O
結局、ぼくは出て行くことを選択した。ここにいて、迷惑をかけるのはいけないと思ったから。
気にすることはない。元の生活に戻るだけ。今日の出来事は、一夜だけの夢だったのだ。
しぃの手に招かれるように、ぼくは窓へと足をかける。
(*゚ー゚)「気をつけて」
( ^ω^)「……うん」
窓から下を覗くと、ひさしが出っ張っており、それをクッションにすれば問題なく降りることができそうだった。
あとは、自分自身の決意の問題。そう思いながらも、少し、少しと、決断を先延ばしにしようとしている自分に気づく。
こんなことではいけない。意を決し、今飛び出そうと体を乗り出したとき、しぃがしゃべりだす。
(*゚ー゚)「泥棒さん。明日も、これる?」
聞き間違いだと思った。ぼくの願望が、空耳となって聞こえてきたものかと思った。
しかし、それは間違いなく、しぃの口から発せられた、しぃの言葉だった。
(*゚ー゚)「忙しくて、ダメかな……?」
( ^ω^)「……しぃ」
(*゚ー゚)「うん?」
( ^ω^)「外の出来事、いっぱい、いっっっぱい仕入れて、また明日、くるお」
(*^ー^)「! うんっ!!」
飛ぶように外へ出て行く。軽い感覚の後、地面を踏みしめる。
『しぃ、なにかしゃべってたみたいだけど、どうかしたの?』
『ううん、なんでもないよ』
しぃと、母親の会話が聞こえる。今まであそこにいたことが、遠い昔のことのように感じられる。
ぼくは背を向け、帰路へと向かう。浮きそうになる足を地に着けて、明日のことを考えながら。
空を見上げる。星たちが自己主張するようにきらめいている。空を見たのは、随分と久しぶりな気がした。
戻る/三