( ^ω^)ブーンはかえってくるようです

34 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 19:43:40.44 ID:jpnEBPOY0O
  

          ―― 三 ――



(´・ω・`)「へぇ、それはめずらしいこともあるものだね」
( ^ω^)「ぼくもはじめはビックリしましたお。
     ぼくらの声が聞こえるひとがいるなんて、考えたこともありませんでしたお」

あの夜の後、ぼくはかなりの時間迷い、何とか家へと戻ってくることができた。
家に着いたころには、もう陽が昇りはじめ、ランニングをしているひととすれ違ったりしていた。

ぼくらはねむることがない。つまり、ねむって時間を飛ばすということができないのである。
よって、時間を潰すことができずに、家の中をうろうろ、うろうろしていた。そこにショボンさんがやってきたというわけだ。

(´・ω・`)「その盲目の少女――しぃちゃんだったっけ? きっとその子は目が見えないから、
      きみの声を聞くことができた。そう、僕は思うよ」
( ^ω^)「どういうことですかお?」

ショボンさんははじめ、ぼくがしぃの家に行ったことを聞いて、顔を曇らせていた。
おそらく、ぼくが他人と接触して傷つくことをおそれたのだろう。このひとは、そういうひとだ。

(´・ω・`)「五感の内の一つでもなくなると、第六感といわれる、
      いわゆるエスパー能力のようなものが発達することがあるらしい。
      これは世界中で確認されている事例で、その中には、ものを探すことが極端にうまくなるとか、
      他人の考えていることを聞き取れるようになるとかあるんだとか。
      僕たちの声を聞くひとが出てもおかしくはないと、僕は考えるね」
( ^ω^)「へー……」

ぼくが詳しく話をすると、ショボンさんは興味を持ったようで、身を乗り出し、ぼくが忘れていたようなことまで聞き出してきた。
そして、しばらく話し合い、今に至るというわけだ。



35 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 19:45:40.49 ID:jpnEBPOY0O
  

(´・ω・`)「興味がないならそう言いたまえ。生返事されるのが一番堪える。
      まあいい、それで、きみは彼女にぞっこんイカレちまったというわけだね?
      ひゅーひゅー、お似合いカップルだわーいわーい」

しょぼんとした顔のまま、声のトーンも何も変えず茶化してくるショボンさん。
このひとにこんな側面があるとは知らなかった。普段とのギャップに思わず噴きだしそうになる。
なおも茶化し続けるショボンさんを制止させながら、自分の考えを整理し、言葉へと換言してみる。

( ^ω^)「いえ、大切と、言うか、特別って感じたのはそうなんですけど、……何て言えばいいのかな、
     かわいい、たしかに、かわいいと思いますお。でも、そのかわいいは、かわいいと言うか、
     かわいらしいと言ったほうが適切な感じで……。だから、まぁ、そんな感じですお」
(´・ω・`)「さっぱりわからん」
( ^ω^)「たしかに」

もう一度自分の気持ちを整理して、今度はわかりやすく説明できるよう試みる。

( ^ω^)「ぼくも……、ぼくもうまく掴めてるわけじゃないんですお。でも、それでも、この感情は、
     一般的に言う恋心とか、そういったものとは違う気がしますお。もちろん、ぼくには恋がなんたるか、とか、
     そんなむつかしいこと、わかりませんお。でもこれは、そんな激しいものじゃなく、もっとやわらかい、
     もっと身近な……、そう、なんだか、懐かしくなるような気持ち――」
(´・ω・`)「……ほぅ」

ショボンさんは黙ってぼくの言葉に耳を傾け、所々で相槌代わりに首肯していた。
ぼくが一通り話し終えた後は、何かに納得したように小さく声を漏らしただけだった。
ぼくは、言ってから何だか恥ずかしくなってきて、取り繕うように口早にしゃべりはじめる。

(;^ω^)「そ、それに! しぃとぼくとでは年の差がありすぎますお! 正確な年齢は知らないけど、
     まだまだ少女然としてましたし、まさかそんな子に惚れるとか惚れないとか!
     いやー、もう何言わせるんですおショボンさん!」
(´・ω・`)「何も言ってねぇよ」



36 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 19:47:40.58 ID:jpnEBPOY0O
  

ショボンさんは座りながら、背中をぱたぱたとはたく。
しょぼんと緩和した顔を引き締め、真剣な面持ちでぼくを見る。

(´・ω・`)「それで、きみはこれからどうするつもりだい? これからもしぃ嬢の家に通い続けるのかい?
      はじめの内はいいかもしれない。だが、そのうちにきみという存在に不信感を抱くかもしれない。
      そうなったときに、きみはどう対処するんだい? もし、そういったことがなく、順調に関係を維持したとしよう。
      けれど、ある日突然、きみの声が彼女に届かなくなってしまうかもしれない。ないとはいえないだろう?
      それに、僕たちにとって時間は無限だが、彼女らにとって時間は有限だ。いつか――」
( ^ω^)「……なぜ、今そんなことを?」

ショボンさんが、しまったといった顔をして、僕から目を逸らす。
“正論”がぼくの胸の内に突き刺さる。これほど痛い“正論”も、ない。

(´・ω・`)「……世話焼きも、行き過ぎればお節介か。いや、これはもはや嫌味、か。
      失態だ、すまない。だが、これが僕の本心なんだ。心の片隅でいいから、置いておいてくれ」

そう言って、またしょぼんと顔を緩和させる。背中をぱたぱたとはたき、立ち上がる。

( ^ω^)「今日も、また何か?」
(´・ω・`)「ん、ちょっとめんどくさい用事があってね。しばらくここには来れそうにない。
      挨拶がてらここに寄ったんだけど、うん、いい話が聞けた。安心して行けるよ」

今度は満足そうな笑みを浮かべて、ぼくを見る。そこにどんな意味が込められているのか、ぼくには計れない。
ただ、ショボンさんが親身になってぼくのことを考えてくれていることだけはわかった。

(´・ω・`)「それとね、激しいだけじゃない恋心というものは存在するよ。寄り添っていたいと、そう願うだけの心は、
      確かにあるんだ。惚れたものはそうと気づかなくてもね。それに、世を見渡してごらん?年の離れた恋人なんて、
      いくらでもいるよ。きみがそうだとは言わないけど、ね。さて、おしゃべりが過ぎた。僕はもう、行くよ」

それだけ言うと、影も残さず、ショボンさんはぼくの家を後にした。



37 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 19:49:41.28 ID:jpnEBPOY0O
  

(;^ω^)「まいったお……」

迷っていた。すでに空は赤みを帯びている。早めに出たつもりだったが、肝心の道を覚えていなかった。
昨日も帰ってくることができたし、思い出しながら歩いていけば何とかなると考えていたが、甘かったようだ。
似たような道路、似たような十字路。どこにでもある標識、かわり栄えのしない家の群れ。

目印になるものがなく、自分が今、どこにいるのかわからなくなる。
そういえば、行きは茫然自失で道を覚えるどころではなかったし、帰りは浮かれてそれどころではなかった。
半ば必然の、自業自得だ。苛立ちをおぼえるが、自分の責任なので、どこにあたることもできない。

「ほら、かえるぞっ!」
「まってよぉ、もうちょっとぉ」
「さっさとしろよっ」
「だってぇ……」

道の真ん中で、ふたりの少年がいた。ひとりは座り込んで何かをしており、もうひとりは立って、急かしているようだ。
二人とも小麦色に良く焼けた肌をしており、白いシャツに汗のあとが残っている。
同じ短パンを穿き、同じ服を着て、同じ髪型で、同じ顔をしている。ただ、立っている少年は少しヤンチャそうな顔つきで、
膝小僧を大きな絆創膏が覆っている。座っている少年の方は、泣きそうな顔で立っている少年を見上げている。

「もうちょっとでかきおわるからぁ……」
「さっきからもうちょっともうちょっとっていって、ぜんぜんおわんねーじゃんっ」
「ほんとに、あとちょっとだからぁ……」

絆創膏の少年はイライラしたように、つま先を踏んだり浮かせたりしながら、ぱたぱた音を鳴らしている。
座っている少年は手に石を握りながら、肩を震わせ、ひっくひっくと泣き出してしまった。

泣いている少年は、どうやら手に持った石で、道路に絵を書いているようだった。
子供特有の、すべてを平面に捉えている絵の上に、道路の凸凹も手伝って何を書いているのかはっきりとはわからなかったが、
家と、同じ顔をした人間がふたり、書きかけの人間がふたり描かれているようだった。



38 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 19:51:41.18 ID:jpnEBPOY0O
  

「……ほらっ!」

絆創膏の少年が泣いている少年から石を取り、地面に叩きつける。業を煮やしたか! と思ったが、どうやら違うらしい。
ふたつに割れた石の片方を泣いている少年に渡し、自分も隣に座る。

「ふたりでやればすぐだろっ。さっさとかくぞっ!」
「! ……ありがとう!」
「そーゆーのいいからっ! ほらっ、あとなにかけばいいんだよ」

絆創膏の少年は、ぶっきらぼうな言い方だったが、それは照れ隠しのために見えて微笑ましかった。
泣いている、いや、涙を拭い、泣いていた少年は、鼻をぐずぐず鳴らしながら、うれしそうに絆創膏の少年に指示をする。
ふたりは、協力しながらひとつの絵を描き上げていく。絆創膏の少年が雑に描いたところを、泣いていた少年が丁寧に直していく。
泣いていた少年が手をつけていない箇所を、絆創膏の少年が素早く手をつけていく。

絆創膏の少年が下地を描き、泣いていた少年が本描きをしていく。お互いの短所を補い合い、お互いの長所を活かし合う。
そうして数十分後、その絵は完成した。

「……へへっ」
「……できたね、かけたね! ありがとねっ」
「だーかーらー、そーゆーのいいからっ! はやくかえんないと、ママ、カンカンになってるぞっ!」
「まってよぉ、おいてかないでーっ!」

少年たちは、そう言いながら走って帰っていった。絆創膏の少年は、ときどき振り向いて泣いていた少年を気づかっていた。
地面に描かれた絵を見る。子供の描いた絵で、お世辞にもうまいとは言えない。
だが、その絵は、ぼくの胸の内の何かを、ぽっ……と、あたたかくさせた。

大きな家の中で、笑顔の父親と母親に抱かれながら、手を繋いでいる同じ顔をしたふたりの少年。
ひとりはヤンチャそうな顔で、ひとりはのんびりとした顔。繋いだ手は、キュッ、と固く結ばれていた。

絵を踏まないように、大きく迂回をする。たまには、迷うのもいいかもしれない。



39 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 19:53:42.12 ID:jpnEBPOY0O
  

結局、ぼくがしぃの家に着いたのは、昨日と同じように陽が完全に沈んでからになった。
見覚えのある土手と川。川の上には数席のボート。水面は空に浮かぶ星が映っている。
川の向こう側の街で、背の高い建物が光を放ち、橋の上を新幹線が行ったり来たりを繰り返す。

しぃの家に入る前に、もう一度よく外観を見渡す。壁面は白く塗装され、ざらつきが少ない。
大きくはないが庭もあり、大きな木が一本植えられている。瑞々しい葉を大量に携えた立派な木だ。
昨日と同じように家の中の電気はすべて点けられているようで、窓から光が漏れ出している。

家の中に入り、真っ直ぐしぃの部屋へと向かう。
そこには、昨日と同じように、ベッドから半身を出したしぃがいた。

( ^ω^)「しぃ、来たお!」
(*゚ー゚)「泥棒さん? ほんとに来てくれたんだ!」

動かぬ瞳をイッパイに開いて、とても、とても嬉しそうな笑顔で迎え入れてくれるしぃ。
これだけでも、ここへ来たかいがあったと思える、極上の笑み。つられてぼくも笑顔になる。

(*゚ー゚)「ねっ、泥棒さん、そこに椅子があるから座って?」

しぃが指をさしたほうに、部屋の雰囲気にそぐわない、どっしりとした椅子が置かれていた。
昨日の記憶の中にはなかったものだ。忘れたのかとも思ったが、こんなに部屋の雰囲気にそぐわないものを忘れるとは思えない。

これは、きっと別の部屋から運んできたのだろう。二階にはこの部屋しかないのだから、一階から、目が見えないというのに。
椅子に座る。しぃの好意のおかげか、それは驚くほどにフィットして、昔から使っているもののような気がした。
ぬいぐるみの視線が、ちょうどぼくの方を向く形になっていたのだけは気になったが、素直に、嬉しかった。

( ^ω^)「しぃ」
(*゚ー゚)「うん?」
( ^ω^)「……ありがとう」
(*^ー^)「うん!」



40 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 19:55:42.94 ID:jpnEBPOY0O
  

ぼくは、しぃへ積極的に話しかけた。昨日とは立場が逆転したかのように、ぼくはしゃべり続けた。
本当に他愛のないこと。セミがうるさいだとか、口うるさくもやさしいひとのことだとか、ここに来るのに迷ったことだとか。
しぃは目を細めて、うん、うんと頷きながらぼくの話を聞いていた。その顔は、とてもうれしそうに見えた。

( ^ω^)「そこで、ヤンチャそうな子の方が、おとなしそうな子と一緒に絵を描きはじめたんだお」
(*゚ー゚)「やさしい子なんだぁ……。お兄ちゃんなのかな? あたしは兄弟とかいないから、ちょっぴりうらやましいな。
     それで、ふたりでどんな絵を描いたの? 怪獣? それともロボットかな? もしかしたら食べ物とかかな?」

ふたりの少年の話に、しぃは特別強く興味を持ったようだった。
ぼくは兄弟がいたかどうかも覚えていないが、兄弟がほしいというしぃの感情は、わかるものがあった。

( ^ω^)「どれもハズレだお。ふたりの少年が手を繋いで、その周りを父親と母親が囲むように抱きしめてる、
     もちろん、子供の絵だからすごい上手だったわけじゃないけど、とても良い絵だったお」
(*゚ー゚)「……そっか」
( ^ω^)「見てるとこっちまであったかくなるような、そんな、やさしい絵だったお」

今思い出してもあったかくなれる、そんな絵だった。
絵を思い出すと同時に、少年たちの兄弟愛まで胸の内に浸透していくようだった。

その後も、ぼくはよくしゃべった。今度は、しぃも色々と話をしてくれた。
普段なにをしているとか、すきな音楽のこと。窓から聴こえる景色について。
しぃの感じているものは、視覚よりももっと感覚的なことで、そんな話を聞くのはとても新鮮だった。

ぼくの考えは、まだ変ったわけではない。在るということは、綺麗なものだけでなく、汚いものとも同居しなければならない。
そして、綺麗も汚いもない、微弱なもので世の中は溢れている。それらは、どんなに大切でも、気づかないうちに失ってしまう。
うれしいよりも、つらいの方がこころの奥で巣食うことになる。これは間違いのないことだと、ぼくは確信している。

だけど、しぃと話していると、ふしぎなことに、世界がとても素敵なものに思えてくる。
擦れた綺麗ごとじゃない、本心からのやさしい気持ち。それがしぃの中にあるからだろう。
ぼくは、世界に在ることは、そう捨てたもんじゃないと思うようになっていた。



41 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 19:57:43.07 ID:jpnEBPOY0O
  

( ^ω^)「さっきから気になってたんだけど、その箱、なんだお?」

しぃの枕元には、インディ・ジョーンズに出てきそうな宝箱のミニチュア版が置いてあった。
何かを入れるもののように見えたが、突出したぜんまいが、その予想を裏切る。

(*゚ー゚)「これね……、泥棒さんに会ったら、なんだか急に思い出したの」

しぃが宝箱の上蓋をそっ、と開ける。きちきちと歯車の動く音に合わせて、金属的に、それでいて暖かいメロディが奏でられる。
いつか、どこかで聞いたことのあるメロディ。これは、どこで……?

( ^ω^)「オルゴール……」
(*゚ー゚)「音楽ってふしぎだよね……。音、ひとつひとつじゃ意味のない、ただの無機質なものに過ぎないのに、
     これが連なっていくと、途端に色を帯びて……。思いを、胸の内に芽生えさせるんだもん、すごいよね……。
     同じ音でも、連なりを変えただけで色が変わって……、がんばろう、って思うようになったり、
     のんびりしたり、……やさしい、気持ちになったり……」

音楽は流れ続ける。暖かく、やさしい音楽。こころの底を喚起させる。
思いが、言葉に乗って、のどのそばまで登ってきている。

(*゚ー゚)「あたしね、人生も音楽と同じだと思うの。ひとつひとつを見ていたら、気づかないような、
     とっても小さい、小さい出来事にすぎないかもしれない。でも、それがどんどん連なると、こころの中に色が芽生えるの。
     芽生えた色に苦しむひとがいるかもしれない。苦しいよ、つらいよって、そう、思うかもしれない。
     でも、それはそのひとが、知らず知らずの内に暗い色の連なりにしているから。見方を、考え方を変えれば、
     連なりも変る。自分で願えば、同じ出来事でも、きっと、やさしく澄んだ、空色が見えてくると思う……」

しぃはそう言った後、少しだけ恥ずかしそうにはにかむ。
ぼくの内に、音楽と一緒に、しぃの言葉がするりと流れ込んでくる。反発もなにもなく、自然に、しぜんに……。
ああ、そうか。今、ぼくから出て行こうとしている、ぼくの内の音楽。それをためらわず、出せば、いいんだ――。

( ^ω^)「……VIPSTAR 腕を……ブーンをさせ……げよう……けに……」



42 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 19:59:43.30 ID:jpnEBPOY0O
  

(*゚ー゚)「……え?」

ぼくの内からたどたどしく流れてきた空色の調べ。頭の記録じゃない、こころの記憶。

(*゚ー゚)「泥棒さん?」

ひとつひとつは弱々しい言葉たち。連なり、流れ、一本の太い旋律へと昇華する。
ぼくのこころは涙が止められないかのよう、言葉の奔流を止めることができなかった。止めようとも、思わなかった。
オルゴールから流れる色に、ぼくの空色が混ざり合う。元々ひとつのものだったかのように、自然に、しぜんに……。

( ^ω^)「キラキラのVIPSTAR 腕を広げ 魔法をかけてあげよう 君だけに――」

言葉の奔流が、止まる。頭が働かず、何も考えられなくなる。すべてを出しきった、心地よい喪失感にうずもれる。
自分の中に今までなかった、いや、気づかなかったものに触れることができた。そう、感じた。

(*゚ー゚)「……泥棒さんも、おんなじだ……」
( ^ω^)「え?」

歌うことにかまけ、しぃのことを忘れていた。しぃは呆然としてぼくを見ている。
その顔は、驚いているような、悲しんでいるような、昔を、懐かしんでいるような――。

(*゚ー゚)「この曲ね、POPSTARって言うんだよ。泥棒さんが歌ったのは間違い。おんなじまちがい……」

それだけ言うと、しぃはいつもの微笑に戻る。しかし、しぃの周りの空気が物悲しさを発している。
どうしたらいいのか考えあぐねていると、しぃが唐突に口を開く。

(*゚ー゚)「ブーン」
( ^ω^)「ブーン?」
(*゚ー゚)「そう、ブーン。いつまでも泥棒さんじゃ他人行儀だもん。だから、間違えた歌詞から取って、ブーン。
     泥棒さんは、これから、ブーンだから。ブーンだから、ね?」



44 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 20:01:42.70 ID:jpnEBPOY0O
  

( ^ω^)「ブーン、ブーン、ブーン……。うん、わかったお。ぼくは今からブーンだお」
(*^ー^)「うんっ。改めてよろしくね、ブーン!」

しぃが嬉しそうな笑顔をつくり、水のようになめらかな前髪が揺れる。物悲しい空気が払拭される。
ぼくも嬉しかった。ブーンという名前。それがつくりもののまがいものでも、
名前があるということ、それは、とても安心できることだった。世界に受け入れられた気がした。

ぼくたちは会話を続ける。楽しい時間は、光のように過ぎ去っていく。

( ^ω^)「そういえば、何で部屋の電気は点けっぱなしなんだお?
     それもこの部屋だけじゃない、全部の部屋がそうだお」
(*゚ー゚)「え? あ、うん……」
( ^ω^)「夜ならまだいいけど、昼間はまったく意味がないお。どうしてだお?」
(*゚ー゚)「うん……。お母さんが、しぃが“目が見えるようになったとき”、すぐにそうと気づけるようにって……」

“めがみえるようになったとき”。他の言葉は聞こえなかった。この部分だけが、耳に強くこびりついた。

『きっとその子は目が見えないから、きみの声を聞くことができた』

ショボンさんの言葉が思い出される。それじゃあ、目が見えるようになったら?
心臓もないのに、胸のうちで、何かがすごい速さで拍動する。内側から、何かがぼくを突き破ろうとしている。

(;゚ω゚)「そ、そうなのかお? それは……、お母さん、あ、お母さん、良い、ひと、だお」
(*゚ー゚)「うん……。あたしも、そう思う……。でも……」

うまく、しゃべれない。のどの奥に粘着質なものが張り付き、ぼくの言葉を阻害する。
自分の声が聞こえない。しぃの言葉も聞こえない。薄い殻に覆われて、内と外に別たれてしまった気がする。
それでも、ぼくは、本当に聞かなければならないことを、聞かなければならない――。

(;゚ω゚)「それで……、しぃは、目が、見えるように、なるのか、お?」



46 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 20:03:42.87 ID:jpnEBPOY0O
  

(*゚ー゚)「お医者さまの話だと、自然治癒はほとんど絶望的だって……。だけど……」

しぃはそこで一旦くぎる。だけど? だけど、何?
聞きたかったが、聞けなかった。オルゴールの音が耳へこびりつく。

(*゚ー゚)「手術すれば、治るかもしれないって……」

『ある日突然、きみの声が彼女に届かなくなってしまうかもしれない』

死刑宣告。いや、もっとおそろしい。死ぬことのない人間が受けた終身刑。
体が震える。逃げ出したくなる。しかし、どこへ逃げても、結局は暗い牢の中の出来事……。

(*゚ー゚)「でも、失敗したらもう二度と目が見えることはなくなるって……。どんなことしたってダメ。
     取り返しはつかないんだって……。それに、そんなに簡単な手術じゃないって……」
(;゚ω゚)「そ、それで……?」

声がうわずる。ぼくは期待している。

(*゚ー゚)「それで、それでね、今すぐ手術をする必要はないと思うのっ。
     もしかしたら、明日にでも新しい方法が見つかるかもしれないでしょ?
     そんな、一か八かで一生、なんて、あたしは……」

しぃは、絞り出すように、身を削るように、ひとこと、ひとことしゃべっていった。
ぼくはこころの中で謝りながらも、感情を抑えることができなかった。オルゴールの音が耳へこびりつく。

(;゚ω゚)「そうなのか、お」

ぼくは、ほっとしていた。ほっとしてしまっていた。こころの中で、自分を優先してしまったのだ。

ぬいぐるみが、ぼくを咎めるように睨んでいた。



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