( ^ω^)ブーンはかえってくるようです

47 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 20:05:41.80 ID:jpnEBPOY0O
  

          ―― 四 ――



ばくはしぃの家に通い続けた。あの夜、しぃのあの告白の夜からも、毎日のように。
喜んでしまったこと、ほっとしてしまった罪を胸に抱きながらも、惹かれるように。
しぃもぼくが来ることを喜んでいる。ぼくもしぃの所へ行くのは楽しい。なら、それでいいじゃないかと、自分を騙しながら。

(´・ω・`)「やあ、久しぶり」

そんなおり、数日振りにショボンさんがぼくの下へ現れた。
数日見なかっただけなのに、いつも通りのしょぼんとした顔が随分と懐かしいものに思えた。

(´・ω・`)「土産話がたんまりあるんだが……。そんな気分じゃなさそうだね」

ショボンさんはいつも通りの鋭い洞察力を発揮して、今ぼくに何か問題が起こっていることを察したようだった。
しかし、根掘り葉掘り聞くようなことはせず、あえて触れないでいてくれた。説教も控えてくれた。

(´・ω・`)「今日はきみに土産話と、おもしろい“出来事”を教えに来たんだが……」
( ^ω^)「……ブーン」
(´・ω・`)「うん?」
( ^ω^)「ブーン。ぼくの名前は、ブーンになりましたお」

ショボンさんは「そうか」と小さく呟く。少しだけうれしそうに見えたのは気のせいだろうか。

(´・ω・`)「それじゃあブーン。今日は、僕と出かけないかい?」

本当は行く気は起きなかったが、ショボンさんの気持ちを無下にするわけもいかず、首肯する。そして、“出来事”についてたずねる。

(´・ω・`)「野で起こる男たちの本気の闘い……。喧嘩さ」



48 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 20:07:42.03 ID:jpnEBPOY0O
  

日の差さない路地裏で数人の男たちが殺気を放ちあう、クラシックなシュチュエーション。
背の高い男、低い男、ピザ、ガリ。喧嘩に資格はない。『覚悟』があれば、誰であろうと参加できる。
ルールはなく、審判もいない。汚い手を使おうと、勝つことこそが絶対の真理。ゆえに、強者が常に勝者とは限らない。

ぼくは、争いごとは苦手だ。それは、相手を殴る、殴られるのが苦手、というよりも、
相手を傷つける、そのことに恐怖心を覚えるのだ。肉体的なことだけではなく、精神的な意味でも。
それに、ぼくらは相手に触れることが不可能なのだから、肉体的に傷つけることなどない。

しかし、ぼくはショボンさんに連れられ何度も眺めるうちに、喧嘩というもののおもしろさを知った。
ルールの内にある闘い。それは結局安全の中での闘いに過ぎない。もちろん、彼らにも勝ちたいと願う気持ちがあるだろう。
だが、喧嘩とはもっと濃度の高い、必死な死闘なのだ。そこにはドラマがある。逆転がある。意地がある。
一対一に限ることもない。多対多の乱戦もある。そして、今回の場合は――。

現場では、大勢の野次馬でごった返していた。この中に“彼ら”の存在はない。みな、ぼくと同じ眺めるだけのものたちだ。
彼らはこういった“出来事”に群がる。彼らも飽いているのだ、この世界に。だからこそ、
少しでも刺激の強い出来事を眺めようとする。それは当然、ぼくも変らない。ショボンさんはどうかはわからないが。

(´・ω・`)「ふん、どうやら間に合ったようだね」

ショボンさんが言うとおり、開戦はまだのようだった。充足した殺気が鎖に繋がれ、解放の瞬間を待っている。
男が五人。バンダナ、巨漢、長髪、ヒゲ、少し離れた所に、白髪。

(´・ω・`)「多人数……。しかも、一対四、か。あの白髪の青年が標的ってところかな」

たしかに、ひとりだけ離れた白髪の青年は他の四人とは空気が違った。小柄なバンダナは、目つき悪く白髪を睨みつけている。
巨漢は握った右手を左手に叩きつけ、バチンバチンと音を鳴らしながら威嚇している。長髪は、猫背というよりも、
相撲取りの構えほどに前傾し、今すぐにでも飛びかかりそうである。ヒゲは逆にふんぞりがえっているが、臨戦態勢は崩さない。

四人に共通する空気は、ぼくにまで伝わってきそうな熱気。今すぐにでもやってやろうという殺気。
しかし、白髪はそんな殺気を軽くいなし、不適にわらっている。気負いも何もない、自然体。身に纏うは、冷たい闘気。



50 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 20:09:42.53 ID:jpnEBPOY0O
  

「ぅ……ぉぉぉぁぁぁああああああああああああ!!」

長髪が弾かれたように飛び出す。場は眺めるものたちの歓声に包まれる。
長髪の長い腕が高く振り上げられ、うねりを上げて白髪へと襲い掛かる。

しかし、長髪の渾身の一撃は白髪に軽く避けらる。逆に、勢いを利用され後頭部を掴まれ、顔面から思い切り叩きつけられる。
長髪はそのままずるずると倒れ、壁には赤い血の跡が、長髪が倒れていくのにあわせて描かれていく。
白髪は人間のものとは思えない邪悪な笑みを浮かべ、身も凍るような冷たい声で挑発する。

「ククク……。まとめて来いよ、凡夫共……。一人ずつ相手にしていたら、退屈すぎて欠伸が出る……!」

白髪の一言を契機に、他の三人も動き出す。小柄なバンダナが一番に飛び出し、それに合わせるように、
白髪が下方から回し蹴りを放つ。バンダナは攻撃を予想していたのか屈んで避けたが、
その後ろにいたヒゲは避けることができず、首を刈られる。白髪はそのままヒゲを足で地面に叩きつける。
ヒゲは地面に叩きつけられた反動で一度だけ跳ね上がり、そのまま動かなくなる。

白髪は地面まで下ろした足を再び跳ね上げ、至近距離にまで迫っていたバンダナの顎を正確に蹴りぬける。
バンダナは後方へハデに吹き飛ぶ。吹き飛ばされたバンダナは後ろで迫ってきていた巨漢の体へぶつかり、その進行を止めさせた。

(´・ω・`)「……見事だな。たった二回の蹴りで攻撃と防御を兼ねている、力だけではない、知恵をも使った戦闘……、戦略……!」
( ^ω^)「たしかにすごかったですけど、知恵とはどういう意味ですかお?」

(´・ω・`)「まず、最初の蹴りが肝要。これは普通の回し蹴りよりも下方から上方へ一気に蹴り抜くものでなければならなかった。
      そして、この蹴りの狙いは初めから、ヒゲ……! ヒゲだけを狙っていた……!
      このときバンダナに避けてもらわないと、この戦略はすべて破綻。水泡に帰す……!
      そのために、下方から上方へ“避けやすくする必要があった”。そして、この行動の意味はこれだけではない……!
      白髪は、バンダナを目隠しに“使ったんだ”……! バンダナがいくら小柄とはいえ、
      普通に蹴っていたら、ヒゲに対する目隠しにはならなかっただろう。フフ……、おそらくヒゲは、
      蹴りを喰らった瞬間、何が起きたかわからなかっただろうね……!」
(;^ω^)「は、はぁ……。それで、次の二撃目はどんな意味が?」



51 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 20:11:42.17 ID:jpnEBPOY0O
  

(´・ω・`)「フフ……、それより、彼らを見てごらん」

そう言われ、吹き飛ばされたバンダナと巨漢の方へと目を移す。
バンダナは喉を押さえて咳き込んでいるが、まだまだ動けそうだ。巨漢も当然闘えるだろう。

だが、ふたりとも白髪と一定の距離を保ったまま動かず、攻撃を仕掛けようとしない。

( ^ω^)「どういうことだお? 攻めないと状況は打破されないお?」
(´・ω・`)「フフ……、これは当然。当然の心理さ。ここで滅茶苦茶に向かって行かなかったこと。むしろ懸命……!」
( ^ω^)「どういうことですかお?」

(´・ω・`)「彼らは窺っているのさ……、機を……! いや、先程の質問、二発目の蹴りの疑問から答えようか。
      下方から上方へ蹴りだしたことにより、当然足は高い地点まで上がっている。
      そう、すでにこのときから網は張られていた……! 上方から下方へ叩き落すことによってヒゲへのダメージを増大、
      しかし、真の狙いはもっと別の場所にある……! このとき、バンダナは屈んでいる。つまり、
      自分の頭上で何が起こっているかわかっていなかった……! ヒゲが蹴られた音は聞こえていたかもしれないが、
      白髪の足が自分の頭の上を通って、それが加速度的に地面に向かっているなど、考えもしなかっただろう。
      そして、ヒゲが地面を跳ねたときはすでに遅い……! バンダナは屈んでいたから、白髪の足と距離が離れていなかった。
      そんなもの、狙い撃ち……! 狙い撃ちにされて当然……! バンダナが避けようとするよりも、
      遥かに白髪の蹴りの方が速い……! そして、バンダナを吹き飛ばし、動きの遅い巨漢にぶち当てることによって、
      敵の進撃を同時に防いだ……! 攻撃と防御を兼ね備えた、正に神技……! 神技的戦略……!」
(;^ω^)「す、すげぇ……」

(´・ω・`)「彼の真に凄いところは、一瞬でこんな戦略を立てる知恵や、それを実行に移すことのできる肉体ではない……!
      たしかに、それらも卓越した能力を持っている。常人には届かない、遥か高みにいるだろう。
      しかし、彼の真の強さは、むしろそのこころにある……! 一発目の蹴りのとき、もしバンダナに当たっていたら、
      中途半端な威力でバンダナを倒すこともできなかったろう。そうなれば、必然、ヒゲや巨漢の攻撃を受けることになる。
      そして二撃目、バンダナがほんの少し速く動き、蹴りをかわしていたならば、それこそ最悪……!
      無防備になった状態では、いくら白髪といえど攻撃を避けること敵わない。そこでやられていた可能性が濃厚……!
      自分の判断を信じる揺れないこころ……! それこそが白髪の最大の武器……! 才能……!」



52 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 20:13:42.26 ID:jpnEBPOY0O
  

周りの眺めるものたちが、ショボンさんの言葉に耳を傾けている。
ショボンさんが言っていることは一見もっともで、それしかないように思える。
だが、その実推測だらけで、本当に言う通りか疑わしいところがある。

しかし、断定的に話すその姿勢や、独特な間の使い方。それらが相まって、どうしても信じ込んでしまう力がある。
この語り……、質は違えど淳二……! 淳二の語りと同等……!

(´・ω・`)「彼らがなぜすぐに攻撃を仕掛けないか、だったね? これは簡単さ。
      彼らは今、真剣なんだ。一切の不純も混じっていない、純度百パーセントの真剣……!
      もちろん、勝負前も真剣であっただろう。しかし、それは余裕のある真剣、今は、
      鋭い刃が喉下に突きつけられている状態……! 少しでも隙を見せたらやられると感じる、焼け付くような心理……!
      自分たちより白髪の方が強いことも、身を持って味わった。当然、軽々に動くわけにはいかない。
      この戦いを自分たちが有利に進めるには、これはもう、白髪の心理の裏を突かなければならない……!
      それには、自分たちが進んで動いてはダメだ。白髪の視界、心理の外……、そこから崩していくほかない……!
      つまり……、その牙、まだ折れてはいない……!」

ショボンさんの声に呼応したように、床に倒れ付していた長髪が白髪の足首を思いっきり引っ張る。
白髪は意表を突かれたようで、正面から地面へ倒れる。手を緩衝材にし、地に激突することは避けるが、無防備な背を晒してしまう。

この好機に乗じて、バンダナと巨漢が襲い掛かる。長髪が鼻と口から血を流しながら、前歯の抜けた口を薄く開け、不気味にわらう。
長髪が白髪の背に馬乗りになり、動きを制限させる。バンダナと巨漢が踏みつける。
それでも白髪は、避け、防御し、致命傷は避けているようだった。しかし、このままでは早晩決定打をもらうことは明らかだ。

(´・ω・`)「フフ……、これだから喧嘩はおもしろい。圧倒的に有利な状況が、
      たったひとつの出来事でたやすくひっくり返ってしまう……! 通常の試合ではありえない逆転劇……!」

この状況で二人の攻撃を避けている白髪は、あきらかに異常で、人間技とは思えなかった。
だが、それでも少しづつ避けきれなくなり、直撃を食らい始める。地面には白髪が流したと思われる血が付着し、
白髪の口元からも赤いものが見え隠れしていた。長髪が、中々決着がつかないことに苛立ったのか、
両腕をハンマーの形にして、白髪の無防備な後頭部目掛けて振り下ろす。



53 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 20:15:42.87 ID:jpnEBPOY0O
  

(;^ω^)「……なっ!」

白髪は予知していたかのように振り下ろされた長髪の両腕を掴み、前方へ投げる。その反動で自分の体を後方へと運ぶ。
長髪は勢いを抑えきれず前方へ飛び出し、白髪を踏みつけようとしていた巨漢の足に頭を踏みつけられる。
巨漢はあわてた様子で足をどけるが、長髪は地面に突っ伏したまま、焦点の合わない目をして微動だにしなくなる。
その間に白髪は立ち上がり、態勢を整える。額や口元から血は流しているが、未だに、あの冷たい闘気は消えていない。

(´・ω・`)「……おそろしいな。あの白髪、あんな状況でさえも罠をうっていた……!」
(;^ω^)「どういうことですかお? たしかに状況は打破しましたけど、それは偶然長髪が攻撃したからで……」

(´・ω・`)「それが偶然じゃないのさ。無論、紛れは多い。粗の多い戦略だが、あの状況を打破するにはこれしかなかった……!
      僕らが見ていたように、白髪はあの態勢から脅威の防御をしていた。常人には真似できない圧倒的神技だ。
      あの一事だけでも白髪が常人離れしている事がわかる。しかし、真に肝要なのはむしろここから……!
      あの態勢のままでは、いくら白髪とはいえ避けるだけで手一杯、いや、疲れを見せたら捉えられていただろう。
      そこで白髪は罠をうった……! 白髪は、避けられる攻撃をわざと喰らっていたのさ……!
      フフフ……、僕でさえ騙されたよ。避けきれずに攻撃を喰らっているんだとね。しかし、そう思わせることが重要……!
      これはすんなり避け続けていてはダメ。ギリギリを演出しなければならなかった……!
      三人は攻撃が当たり始め、もう少しで倒せると考えるだろう。だが、白髪は中々倒れない。
      そこで長髪が業を煮やし、攻撃に打って出たわけだが、それはすでに白髪に絡め取られた心理……!
      すんなり避け続けていたら長髪も攻撃に出るより、押さえつけることに専念していただろう。
      わざと攻撃を喰らうことによって、もう少しで倒せる状況を演出、意識をそちらに向かせた……!
      さらに長髪は、一番最初に飛び掛ったことから、この中で一番血気盛んだったと言える。そこを突いた……!
      長髪の頭を巨漢に踏ませたのは、おそらく運が良かったのだろう。そこまでは狙ってできることではない。
      しかし、バンダナと巨漢は絶えず攻撃をしていた。こうなる確立は高いと考えたのだろう……!
      この戦略は、本来褒められたものではない。成功率も高いとはいえない。鮮やかに決まったから良かったものの、
      リスクを考えればおいそれとできるものではない。わざと攻撃を喰らうということは、それだけ危険も増す。
      ヘタをすると、そこでやられるかもしれない。長髪が意識を押さえつけるほうに寄こせば、無論アウト……!
      巨漢が長髪の頭を踏み潰さなければ、態勢を立て直す前に囲まれていた。これも当然アウト……!
      一歩間違えばどうしようもなくなる、安全を突き放した異端の戦略……! 異端の感性……!
      常軌を逸している……!!」



54 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 20:17:43.12 ID:jpnEBPOY0O
  

ショボンさんの長台詞が終わる。眺めるだけのものたちが、こちらを向いて聞き入っている。中にはふんふん頷いているものもいる。
ショボンさんは喧嘩を見るときいつもこうだが、今日は特に饒舌だ。あの白髪の青年が予想以上におもしろいのだろう。

「ククク……」

白髪が邪悪にわらう。その気配自体に圧力があるかのように、バンダナと巨漢が後ずさる。
白髪が一歩進む。巨漢とバンダナが一歩下がる。一歩進む。一歩下がる。磁石の同極を合わせたように、一定の距離から近づかない。
場は完全に白髪のテリトリーとなっていた。相対しているふたりはもとより、ぼくらでさえ飲まれている。

「う……、ぅぁ、うぉぉぁぁあああああ!」

突然、巨漢が弾かれたように、いや、引き寄せられたように飛び出す。磁石の極が、反転した。
巨漢は勢いに任せて右ストレートを放つ。白髪は前方へ出ながら軽くかわし、巨漢の鼻へと頭突きをかます。
巨漢はぐるりと目を反転させるが、白髪は攻撃の手を休めない。巨漢の頭を掴み、今度は膝蹴りを顔面へ放つ。
白髪が手を離すと、巨漢の体は支えを失い、くず折れる。

(´・ω・`)「堪えきれずに遮二無二飛び出したか。実力の劣る巨漢が正面から戦いを挑めばこの結果は必然……!
      そして、残るバンダナと白髪。この実力差もすでに歴然。ひっくり返ることのない決定的差……!
      この喧嘩、最後まで見るまでもなく、すでに勝敗は決した……!!」

バンダナの顔が恐怖で歪む。青ざめ、引きつり、映画で見たゾンビのようになっている。

『青ざめ、引きつり、映画で見たゾンビのようになっている』

あれ? 今、何かにダブって……。

バンダナは歯の当たる音がガチガチと鳴るほどに震え、前へも後ろへも動けなくなっている。
そんなバンダナを見ながら、白髪は邪悪な笑みを湛え、ゆっくり、ゆっくりと近づいていく。

決着がつく。そう思ったとき、バンダナの胸元から鈍い光が走る。



55 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 20:19:44.27 ID:jpnEBPOY0O
  

光は横一線に走り、白髪の額を掠める。光が止まる。一瞬の間が空き、白髪の額から血が噴出す。
バンダナは目を血走らせ、息荒く、自分の手の先のものを見つめる。赤く塗れた、しんと冷える硬質を確認する。

『しんと冷える硬質を確認する』

(´・ω・`)「ナイフ……!」

赤色に塗れながらも、鈍い光沢を放ち続けるナイフ。鞘や鍔のあるようなちゃんとしたものではなく、
くるりと回すと刃が出てくるような簡易ナイフ。所要バタフライナイフと呼ばれるものだ。

バンダナは、傍から見ていても異常さが認められるほどに危険だった。
血走らせた瞳はどこを向いているのかわからず、口元で何かをぶつぶつと呟いている。流れる唾液を拭おうともしない。
暴走状態。かろうじて保っていた正常の線が、ぷっつりと途切れてしまっている。

白髪の方は、出血が多く、傷口こそハデだが、どうやら今のナイフもほとんど避けていたようだ。
動きにも支障はでていないらしい。だが、先程までのように安易に動くことはせず、バンダナの様子を注意深く窺っている。

(´・ω・`)「これで状況はまた変ったね……。もはや、どちらが有利かもわからなくなった。
      白髪もナイフを警戒せざるをえないが、それよりも、バンダナが異常な心理状態にあるのが響いてくるだろう。
      バンダナはこれから“理”で動くことはない。心理の読みが利かなくなる。つまり、裏が取れなくなる。
      相手に一撃必殺の武器がある以上、自分から動くのはうまくない。できれば裏を取って動きたいのに、それができない。
      状況は五部と五分……。ここから先は、修羅の刻……!」

ショボンさんの言うとおり、白髪はじっと動かず、バンダナの同行を窺う。そこに纏うは冷たい闘気。
バンダナは正反対に、落ち着きなく、ややもすると今すぐ飛び出しそうな気配だ。そこに正常な意思は見られない。
時間だけが静かに、ゆっくりと推移する。太陽に雲がかかる。

「どぅぅるぁぁあああああああああああ!!」

バンダナではない。当然、白髪でもない。それは、白髪を羽交い絞めにした、ヒゲが上げた咆哮だった。



56 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 20:21:44.69 ID:jpnEBPOY0O
  

ヒゲが鼻血を垂らしながら、白髪を羽交い絞めにする。白髪は引き剥がそうとするが、ガッチリとロックされて外れない。
バンダナは何が起こっているのかわかっていないようだったが、ナイフを脇に構え、唾液を撒き散らし、吼え、特攻する。

「ぁぁぁああああぁぁ……ぁぁぁあああああああぁぁああああ!!」

光が駆ける。『光が駆ける』。光は持ち手の意思を奪い、一直線に駆けさせる。『光は持ち手の意思を奪い、一直線に駆けさせる』。
彼は必死な顔をする。悲痛な、かわいそうなくらいに悲壮な。『彼は必死な顔をする。悲痛な、かわいそうなくらいに悲壮な』。

『そんな顔、しないでくれよ。何だか、ぼくがわるものみたいじゃないか』

白髪がおもいきり後方へと跳ねる。ヒゲは予想していなかったようで、勢いのまま後方へ飛ばされる。
派手な音が響く。ヒゲが後方の壁と、白髪の体に挟まる。ヒゲは口から息を漏らし、苦しそうな顔をするが、それでも腕を外さない。
白髪とバンダナとの距離が縮まる。衝突まではもう幾許もない。そして――。



( ゚ω゚)「あっ」



血飛沫が舞う。跳ねた飛沫が壁に散り、重力に従い床へと伝う。
ナイフから、バンダナの手へと赤いものが伝う。顔に付着した血液が、涙のように零れ落ちる。

バンダナは、今気づいたといった表情でナイフを見、小さな悲鳴を上げ、ナイフから手を離す。
先程までの狂気は也を潜め、バンダナの顔が恐怖一色に染まる。まるで、ナイフへと狂気を置いてきたようだ。

白髪は動かない。静かに、静かにナイフを見ている。狂気も、恐怖も感じられない瞳。
何かを悟ってしまったような、飽きてしまったような瞳で、刺されたものを見ている。

ヒゲが、血を流して呻いていた。



57 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 20:23:45.03 ID:jpnEBPOY0O
  

白髪はつまらなそうに、二人を残して去っていく。
バンダナは震えるだけで、何もしようとしない。
ヒゲは呻きながら、床上をのたうちまわっている。

バンダナがナイフを刺そうとしたその瞬間。白髪は背を丸め、腕を使わず体だけでヒゲを背負い投げた。
ヒゲの体は白髪の盾になり、バンダナのナイフはヒゲの肩へと刺さることになった。

だが、もはや、そんなことはどうでもいいことだった。誰も、ショボンさんでさえ声を上げない。
ヒゲの呻き声だけが辺りにこだまする。勝負の熱が引いていく。喧嘩は終わったのだ。おそらく、白髪の勝利で。

次第に、眺めていたものたちが散りだす。みな、てんでんバラバラに、自分の住処へと帰っていく。
ぼくはその場から離れられず、みんなが捌けてからもその光景を眺め続けていた。

(´・ω・`)「……僕らも行こうか。もうここに居る意味はないよ。大丈夫、ヒゲが刺されたのは肩だ。
      ヘタをすると後遺症が残るかもしれないけど、死にはしない。もう少し時間が経てば、
      バンダナや、他の連中も目が覚めるだろう。そうすれば救急車でも何でも呼ぶさ」
( ^ω^)「……」
(´・ω・`)「ブーン?」
( ^ω^)「……え? あ、はい。今行きますお」

ショボンさんの声で我にかえる。そのまま、ショボンさんについて家路へと足を運ぶ。
帰りの道でも、ぼくは口を開かなかった。ショボンさんも、察してくれたようにしゃべらなかった。

家に着いたころにはすでに日が落ちはじめ、カァカァ誰かが泣いていた。

(´・ω・`)「それじゃ、僕はここで。またちょっと忙しくなるから、しばらくはここに来ないと思う」
( ^ω^)「そうですかお……。今日は、ありがとうございましたお」
(´・ω・`)「いや、なんだか逆に気を張らせたようですまない。……あまり、自分を追い詰めるんじゃないよ」

そう言って、ショボンさんは背中をぱたぱたとはたき、ぼくの前から消えた。



58 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 20:25:46.28 ID:jpnEBPOY0O
  

(*゚ー゚)「どうしたの? 今日はなんだか、ぼーっとしてる」
( ^ω^)「え、そうかお? ごめんだお」

しぃが小さく「もうっ」と怒る。かわいらしい仕草で怒るので、威厳もなにもない。
いつも通りのオルゴールの音が、今日は一段と心地よい。

(*゚ー゚)「それでね、花火のことなんだけど」
( ^ω^)「……ごめん、ちょっと話が見えてこないお」
(*゚ー゚)「んもうっ!」

しぃは一から話はじめる。最近、土手の方からロケットのような音や、爆弾が爆発するような音が聞こえてくることを。
花火の音に混じって聞こえる、楽しそうな笑い声を。それを話すしぃも、とても楽しそうだ。

(*゚ー゚)「ひゅ〜……ドン! って鳴ったら、歓声が沸くの。たまにドン! がなくて、歓声の代わりに『なんだよー』とか、
     そんな声がね、ここまで聞こえてくるの。ふふ、きっと不発なんだなって思うと、ちょっとおかしくなっちゃう。
     はじめからドン! のない花火のときもあってね。ヒューン、ヒューンって音に紛れて、男の子たちの声が聞こえるの。
     戦争ごっこでもやってるのかな? 危なそうだよね。でもね、声を聞いてるだけで、あたしも何だか楽しくなってくるの」

しぃの話を聞き、情景を思い浮かべ、窓の外の土手の方へ目を向ける。
今は誰もいないが、なんだかわらい声が聞こえてきそうな気がした。

( ^ω^)「しぃも花火、やったことあるのかお?」
(*゚ー゚)「うん。ちっちゃなころに、少しだけ。危ないからって、ほとんどやらせてもらえなかったけどね。
     花火って言ったら、やっぱり、そこの土手でやる花火大会を思い出すな」
( ^ω^)「花火大会?」

しぃは窓の外を見つめ、昔を懐かしむようにひっそり語りだす。

(*゚ー゚)「そこの土手でね、毎年夏が終わりに近づいてきたころ、花火を打ち上げるの。
     色とりどりの花が空に咲いて、それが水面に写って、ゆらめいて……」



59 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 20:27:46.56 ID:jpnEBPOY0O
  

( ^ω^)「うん……」

しぃはこちらを見ない。昔を懐かしんで、ほほえんでいるようにも思える。昔がうらやましくて、泣いてるようにも見える。
花火大会の夜。それはきっと、しぃにとっての忘れられない“たからもの”なのだろう。

(*゚ー゚)「はじめて見た花火は、まだ鮮明に思い出せる……。ううん、あの日のことは、どれも忘れられない。
     何回上がったのかも、どんな色をしていたのかも……。それが、どんな順番で上がったのかも、全部……。
     花火を待っているときのわくわくも、上がった瞬間のびっくりも、終わったときのさびしさも……。
     それだけじゃない。あのとき食べた夜店の焼きそばの味だって。浴衣を着こなした、とても綺麗な女のひとも覚えてる……。
     やさしいほほえみ……。一緒に握り合った、てのひらに伝わるぬくもり……」

しぃの見た情景が、ぼくにも見える。たくさんのひとの中で、離れ離れにならないように手を取り合った、ふたり。

(*゚ー゚)「毎年ね、そこの土手で花火が打ち上げられるたび、思い出すの。
     花火が爆発して、びりびりって振動が伝わって……。その振動が、あたしが見た花火に変って……」

今よりも、もっと小さなしぃの姿。ちゃんと浴衣を着て、キャラクターもののうちわを持って……。
花火が上がったとき、それが何かもわかってないのに、わぁって感嘆の声を上げて……。
上を向いて、首をかしげる仕草は、他の誰よりも色っぽくて……。

( ^ω^)「素敵な、思い出だね……」
(*゚ー゚)「素敵な、思い出だよ……」

空と水面に、色とりどりの花々が咲きほこる。ひとつひとつ花が咲くたびに、目をまんまるく、声を上げる。

( ^ω^)「ねぇ、しぃ……」
(*゚ー゚)「ん?」
( ^ω^)「……なんでも、ないお」

窓を越え、何もない黒い空を、ぼくは、いつまでも見続けていた――。



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