( ^ω^)ブーンはかえってくるようです

79 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 20:53:45.36 ID:jpnEBPOY0O
  

          ―― 六 ――



朝露が葉先に溜まり、きらきらと輝く。緑色の、細く、しなやかな茎がしなる。
まぁるくまとまった朝露は、必死になって葉にしがみつく。葉と茎も、力の限り朝露と手をつなぐ。
しかし、限界はすぐそこまできている。少しの衝撃でも、この危ういバランスは崩壊する。そして、“それ”はきた。

さようなら――。

微弱な風がそよりとなでる。それだけで、彼らの手は離れてしまい、朝露は空の中へと飛散する。
葉と茎が、反動でバネ仕掛けのように上下にゆれる。ぼくにはそれが、別れを悲しんでいる姿に見えた。
出会いがあれば別れもある。陳腐な考えだろうけど、きっと、これがそういうことなんだろうと、そう、思った。

ぼくは歩く。少しでも多くのことをこころに残すために。

空の下に隠れていた太陽が、少しづつ顔を出す。綿菓子型の雲が、ほんのり色を帯びる。
日の光を受けて目を覚ました黄色い花が、太陽に向かってゆっくりと背伸びをはじめる。
空を飛ぶ虫が、朝ごはんを食べるために、花へ向かってふらふらと飛びまわる。

ぼくは立ち止まる。本当の意味で、見るために。

ありたちが列をなしている。地面に落ちた透明でオレンジ色のあめだま。ちょっとづつ、ちょっとづつ運んでいく。
ありたちを応援するように、小鳥たちが並んで合唱する。連なった合唱は、綺麗な色を見せる。
音を立て、車が通る。小鳥たちが、もっと静かな所で歌いたいと抗議の一声を上げ、飛び去っていく。

ぼくは聞く。見るだけではわからないものを感じるために。

小さなことが目に映る。今まで感じなかったような微細なものまで、今は等しくこころ打つ。
そして、また歩く。



80 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 20:55:45.70 ID:jpnEBPOY0O
  

「すっちゃダメよっ」

ツインテールの少女が、自分よりさらに小さな少年に言い聞かせる。
腰に手をあて、おねえちゃんぶっている姿が微笑ましい。

少年は、青色のプラスチックの棒を口にくわえて、頬をぱんぱんにふくらませている。
そして、口の中に溜めたイッパイの空気を、棒を通して一気に吹き出す。ぶーっという音だけが出てくる。

「かしてっ」

少女が少年から棒をもらい、左手に持っていた筒の中にちょんちょんとつけた後、自分の口へと運ぶ。
少年のように勢いに任せて吹くのではなく、壊れものを扱うように、やさしく吹き出す。少女の唇が細かくふるえる。

「わぁ……」

少年が口をイッパイに開けて、感嘆の声を漏らす。少女は、そんな少年を見て満足そうに微笑む。
空には、透明な、見方によっては虹色に光る不定形なまぁるいものが浮かぶ。大小さまざまなそれは、ふよふよと浮かんでは消える。

少女がもう一度吹き出すと、さっきより多く浮かび上がる。空中に浮かぶそれは、周りの景色を写しだす。
曲面にゆがんで写る景色は、現実の中にあるのに、どこか現実離れした風景に見える。

「はいっ」

少女が少年に手渡す。少年は、少女の見よう見真似でそっと吹き出す。
少女のつくったものより小さな、透明で、虹色の球体が浮かぶ。

「できたっ!」
「できたねっ!」

浮かぶしゃぼんの中に、少年と少女が手を取り合う姿が見えた。



81 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 20:57:46.33 ID:jpnEBPOY0O
  

窓を覗く。景色が高速で移り変わっていく。ガタガタと足場がゆれる。
電車に乗るのは随分久しぶりだ。こうなってから乗ったのは、はじめてかもしれない。
今までは、自分が電車に乗れることも知らなかった。

電車の中には、まだ若い母親と、元気にはしゃぎまわる子供。
三人固まっておしゃべりしている女の子たち。高校生くらいだろうか。
スーツ姿のいかつい顔をしたおじさんが、どっしりと椅子に座っている。

「ママー、みてみてー!」

子供は椅子に膝を乗せて座り、後ろ足をパタパタさせながら窓の外を指さす。ちゃんと靴は脱いでいる。
恥ずかしそうにわらいながら、母親が頭を垂れる。「静かにね」と注意をしながらも、子供の指さすほうを一緒に見る。
「うん」と元気良く返事をしながらも、うれしくてしかたがなさそうに、ママ、ママと連呼している。

女の子たちが子供のほうを見ながら談笑している。「かわいー」という声がちらほらと聞こえ、とてもにぎやかだ。
よく見ていると、女の子たちも、みんな違う性格をしていることがわかる。率先して話を振る、いかにも元気といった感じの子。
話を聞いてうんうんと頷く、おとなしそうな子。振られた話を大きくしたり、茶化したりする、ちょっとお茶目な子。
あたりまえだけど、忘れがちなこと。ひとりひとりの個性があることを再確認する。

いかつい顔をしたおじさんが、薄目を開けて子供や、女の子たちを見ている。
表面上興味のなさそうな顔をしているが、ほんの少し、にやけているように見えなくもない。

少し、想像してみる。
このおじさんにも、奥さんがいて、まだ小さな娘もいるのだ。外ではいかめしい顔をして、部下にも頼られる立派な上司だけれども、
家に帰ると奥さんに頭が上がらず、つい愛想笑いをしてしまう。だが、奥さんのおかげで仕事に専念できるという安心感を抱いている。
娘と一緒のときは、いかつい顔をふにゃふにゃにして、一生懸命に娘とスキンシップを取ろうと――。

想像の中のおじさんの顔と、目の前のおじさんの顔のあまりのギャップに、つい、噴出してしまった。

電車が止まり、みんなが下車していく。車内に誰もいなくなっても、ぼくは、想像の余韻に浸っていた。



82 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 20:59:46.34 ID:jpnEBPOY0O
  

月の照らす夜になり、ぼくは自分の家へと戻ってくる。木造二階建ての、すでに半壊している第二の我が家。
結局、今の今まで取り壊されることはなかった。ぼくが来たときにはすでにぼろぼろで、いつ倒壊するかと思っていたのに。
長い間、本当にお世話になった。こいつが壊れなかったおかげで、ぼくはここにいられた。しぃに出会えた。

( ^ω^)「……ありがとうだお」

いつもはひとのいない近所の公園に、今日はわらい声が聞こえる。ブランコがきいきいわらう。
ふたりの大人と、ふたりの子供。父親と母親と、息子と娘。夫と妻と、兄と妹。
娘がしがみつくように父親の手を握る。息子はそれを羨ましそうに見ながら、ポケットの中に手を突っ込んでいる。
母親はそんな息子を見て、呆れたような笑顔をつくる。父親は娘の手を握りながら、蛇口を捻り、バケツに水を満たす。

息子が平たい袋を破る。中から金ピカのセロファンや、ひらひらの紙が付いた細長い棒を取り出す。
息子は「んっ」とだけ言って、母親に花火の棒を渡す。自分で火を点け、勝手に火花を散らしはじめる。

「あたしもっ」

娘の“お願い”に、父親がやさしく微笑む。先っぽにキャンディのようなものが付いた花火を一緒に握る。
母親が少しだけ不安そうな顔をしていたが、父親が目で「大丈夫だよ」と合図をする。
父親は娘の手をいっぱいに伸ばしてから火を点ける。緑から白、白から赤へと変化する火を、娘は魅入られたように見つめる。

大量にあった花火もすべて片付く。頭をふらふらとゆらし、ねむそうに目をこする娘。「おんぶ」と小さな声で呟く。
父親は娘をおぶるが“おっ”とした表情を見せる。うれしそうな、歯がゆいような顔をする。その気持ちは、よくわかった。
母親が息子に近づいて、すっ、と手を差し出す。

「手、つなごっか」
「……いいよ」
「お母さんがつなぎたいのよ」

息子は、何も言わずに手をつなぐ。やさしい顔をして見守っていた父親の姿が印象的だった。
四人の親子が帰っていく。その光景を見ながら、ぼくは、昔のことと、明日のことに、思いをはせていた。



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