( ^ω^)ブーンはかえってくるようです

83 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 21:01:46.54 ID:jpnEBPOY0O
  

          ―― 七 ――



花火大会当日の夜、ぼくはしぃを迎えに行った。
しぃは薄い水色のシャツと、紺のジーンズというラフな格好だったが、思いの他似合っていた。

もう一度、しぃのことをよく見る。背はぼくの胸の位置より少し低いくらい。百四十と少しくらいだろうか。
細身の体から、体重はとても低そうだ。もう少し、太ってくれてほしい。腕なんか見ると、バッグさえ持てなんじゃないかと思う。
紺色のジーンズに包まれた両足。大きめでブカブカなそれの下では、立っているのがふしぎなくらいの細い足がある。
それでも、こうやって立派に立脚している。

大き目のジーンズが落ちないために、ベルトで腰をギュッと抑えつけている。
それによって、あらわになったウエストラインは、これもやっぱり弱々しくて。ご飯一杯食べたら、
それだけでお腹イッパイにになりそうなくらいに。まだまだ平たいその胸は、それでも、少しづつ主張をしはじめている。
こんなにちっちゃい体でも、一生懸命成長している。

華奢な肩。思い切り抱きしめたら、砕けてしまうのではないかと、こわくなるくらいな。
顔のラインもほっそりしているが、体に比べればまだ少しふくよかさが残っている。頬の赤みがかわいらしい。
とても瑞々しい、流れるような黒髪。俗に言う、烏の濡れ羽色、というやつだろうか。
瞳の上で切り揃えられた前髪。肩までかかった後ろ髪。はじめてあったときから、変らない髪型。
けれど、夏のはじめにあったときより、いくぶん長くなっている。少しづつ、のびている。

いつも微笑を浮かべている唇。それが怒ったときには“へ”の字になったり、驚いたときに“O”の字になることを知っている。
よく動く、よくわらう、目ほどに語る唇だ。ちょこんと乗っかった、ちっちゃな鼻。動物に例えるのは失礼な気がしないでもないが、
子犬や、小熊の鼻を連想させる。そして、特徴的なその瞳。動くことはないのに、その中心にはいつもやさしさを湛えて。

小さく、愛らしい少女。それでも、はじめて出会ったころから、ずっと大きくなっている。
少しづつ、少しづつ成長していく。小さな成長が連なって、今、きみという連なりが奏でられていく。
そう考えることは、嬉しくて、同時に、寂しくもあった。



84 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 21:03:47.20 ID:jpnEBPOY0O
  

しぃの母親は出かけているようで、ぼくらはすんなりと外に出ることができた。
しぃの家から土手までは目と鼻の先だったが、しぃはその間、何度もこけそうになったりして、見ているこっちがハラハラした。
さいわい、こけて倒れるようなことは一度もなく、順調とは言わないまでも、土手まで辿り着くことができた。

土手には、すでにわいわいがやがやと、大勢のひとたちがいた。主に、カップルか、家族で来ているものが多いようだった。
その中で、ひとりで佇んでいるしぃを不審に思うのではないかと不安になったが、誰もが自分たちのことで精一杯で、気づかなかった。

しぃは、ひとごみに少し怯えるようにしていたが、「大丈夫」と声をかけると、少し不安そうな顔をしながら、わらいかけてきた。
ぼくはもう一度「大丈夫」と言い、しぃの手に手を重ねる。透けて、握ることはできないけど、暖かさが伝わって来た気がした。

(*゚ー゚)「何だか、手があったかい」

そう言うしぃの顔には、もう、不安の色は見られなかった。

( ^ω^)「あっ」
(*゚ー゚)「あっ」

歓声が“わっ!”と上がる。細長い落下音のようなものが鳴り、一瞬静寂。直後に、腹の底に響く爆発音。
豆粒が硬い所に落ちたようなパラパラ音が残響する。子供の叫び声や、大人の感嘆の息が聞こえる。
そして、二発目が打ち出される。

空中へと向かって放たれた種が、空に根付いて、やがて四色に別れた丸い火の花を咲かせる。
その様子が、“あの世”と“この世”の境目のように、水面でゆらゆらと写しだされる。
いくつもの花が咲き、枯れ、散っていく。その行程すべてがうつくしい。

(*゚ー゚)「……きれい」
( ^ω^)「……」
(*゚ー゚)「いつもみたいに……、ううん、いつもより、鮮明に思い出せるの。とってもきれい……。
     昔のままの光景が、まぶたの裏でもう一度起こってるみたい……」
( ^ω^)「……」



86 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 21:05:47.45 ID:jpnEBPOY0O
  

しぃは、空を向きながら目をつむっている。今ではなく、昔を生きている。

(*゚ー゚)「暗い夜空が“ぱっ”と明るく光るの。そのたびにあたしは声を上げて、喜んで……。
     あたしが声を上げるたびにやさしく微笑んで、握った手に力を込めて……」

ひとつ上がるごとに、きみは指をさして声を上げた。ぼくのほうを見て、「あれっ、あれっ」って。
そんなふうに喜ぶきみを見ていると、嬉しくて、自然に握る手に力が入って。……でも。

た――まや――――!!

どこかで誰かが叫ぶ。ついで、「かーぎやー」という声も聞こえてくる。
花火につきものの定例句。小さな子供が真似して、「たーまやー」と大きく叫ぶ。
周りからくすくすとわらい声が漏れる。父親らしき人物が、少し恥ずかしそうに「かーぎやー」と叫ぶ。

( ^ω^)「……しぃもどうだお?」
(*゚ー゚)「あたしが? ……恥ずかしいよ」
( ^ω^)「大丈夫だお。ぼくが応えるから。さっ、次の花火が上がったお」
(*゚ー゚)「う、うんっ」

花火が上がり、そして散る。次の花火が上がり、しぃは躊躇いがちに口を開ける。

(*゚ー゚)「た、たーまやー!」

しぃの声が空の闇に吸い込まれて消えていく。応えてぼくも、声を上げる。

( ^ω^)「か――ぎや――――!!」

しぃが、僕の大声にビックリしたのか、いつもは動かない瞳をまんまるく拡げる。
少し遅れて、どこかで誰かが「かーぎやー」と叫ぶ。ぽかんとしていたしぃが、噴出して、わらう。
ぼくも、つられてわらった。



87 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 21:07:47.44 ID:jpnEBPOY0O
  

( ^ω^)「花火は、きれいかお?」
(*゚ー゚)「うん。きれい、とっても……」
( ^ω^)「そうかお……。でも」

しぃが「でも?」と尋ねるような表情をする。応えて、ぼく。

( ^ω^)「ぼくには、しぃが見ている花火は見えないお」
(*゚ー゚)「……」
( ^ω^)「しぃにも、ぼくが見ている花火は見えないお」

しぃは表情を変えない。これから何を言われるのか、すでに察しているようだった。聡い子、だから。
今からでも話題を変えようとするこころを抑えつけ、身を切るような思いで、次の言葉をつなげる。



( ^ω^)「ぼくは、同じ花火を見たいお」



しぃは答えない。表情も変えない。ただ、握った手に力が込められていくのだけが伝わった。
ぼくも何も言わない。思っていたことはすべて言った。あとは、なにも言うべきじゃない。

花火と、周りの喧騒だけが聞こえる。にぎやかなのに、とても静かだ。
口を開きかけ、閉じる。ともすれば、弁解がましいことを言おうとする自分を、必死で抑える。

空を見上げると、白色の花火が、でっかい線香花火のようにばちばちと滞空している。
しゅるしゅると回るオレンジ色の小さな花火や、オーソドックスな花火の小型版を連発したものも上がっている。
水面も色とりどりにゆらめき、振動で波紋が拡がっていく。

(* ー )「……こわいの」



88 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 21:09:46.84 ID:jpnEBPOY0O
  

( ^ω^)「しぃ……」
(* ー )「こわくて……、こわくてしかたがない……」

語尾がかすれて聞こえなくなる。聞くのはつらい。できれば、聞きたくなんてない。
でも、しぃの方がもっとつらいのだ。聞かないわけには、いかない。

(* ー )「手術をして、失敗したら……。もう、今まで見たいに夢を見ることもできなくなる。
     いつか目が見えるようになるかもしれないって、そんなふうに考えることも、できなく……」

ずっと、考えていたのだ。なんてことないふりをして、ぼくと話していたときも。
あたりまえだ。なんとも思わないはずがない。ずっと、ひとりぼっちで、こんな小さな体で不安と戦ってきたんだ。

(* ー )「けど……、もうダメだって……。もう、願うこともできない……。
     今すぐ手術しないと……、どっちにしても……」

なぜ、しぃなのか。なぜ、ぼくじゃないのか。こんなつらい思いを、なぜしぃが。
できることならば、ぼくが代わってやりたい。

(* ー )「手術をしたほうがいいって……、それはわかってる……。けど、自分で選択するなんて……。
     あたしには……。……こわい……」

しぃは自分を抱きしめ、必死で震えを鎮めようとする。抑えた口から、嗚咽がもれる。

( ^ω^)「大丈夫だお」
(* ー )「……大丈夫じゃ……、……ないよ……」
( ^ω^)「大丈夫」

しぃはふるふると頭を振る。だからぼくは、宣言した。

( ^ω^)「ぼくが“憑いてる”から」



89 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 21:11:47.15 ID:jpnEBPOY0O
  

(* ー )「……ぶ、ぅん……」
( ^ω^)「しぃ、約束をしようお」
(* ー )「やく……ッ、……そく?」

しぃの嗚咽が激しくなる。喉がひくひくと蠕動して、目尻に溜まった粒がぷるぷるとゆれる。

( ^ω^)「そう、約束だお。しぃが手術をして、目が見えるようになったら……」
(* ー )「なっ……ンッ、……たら?」

肩が跳ね上がり、その反動で粒は落ち、線と変って頬を伝う。
伝ったそれは、口を抑えてる手にまで伝わり、そのまま落ちていく。

( ^ω^)「またここに来よう。今度は、同じ花火を見ようお」
(* ー )「……ンッ、……ングッ……」

答えは聞かずに、しぃが泣き止むまで、一緒にいた。涙を拭いてやれないのがつらかった。
しぃが泣き止んだころ、空はすでに静寂を取り戻していた。



しぃを家へ送る途中、ぼくらは一言も口を聞かなかった。ぼくは、それでいいと思っている。
ここから先は、しぃが自分で決めて、自分で決断しなければならないことだから。これ以上は、言えない。
ふと、ショボンさんもこんな気持ちだったのかなと、考えた。やっぱり、ありがたかった。

しぃと別れた後、ぼくは待っていた。そのまま数時間か待っていると、しぃの母親が帰宅してくる。
そして、声を立てず、ふたりの会話を聞く。きっと、ぼくの望む言葉を言うだろうから。

『お母さん……。あたし……』

ぼくは、覚悟を決めた。



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