( ^ω^)ブーンはかえってくるようです

93 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 21:19:48.52 ID:jpnEBPOY0O
  

          ―― 九 ――



『刺激が強すぎて、脳が錯綜しているんでしょう。大丈夫、たまにあることですから、すぐに治りますよ』
『そう、でしょうか……、でも、あの子……』
『大丈夫ですよ。少しひとりにしてあげて、今の状況をゆっくりと認識してくれれば、すぐですから』
『そう、ですか……』

先程までの、ふたりの会話。この部屋には今、ぼくとしぃしかいない。
しぃの部屋でのことを思い出す。こんなふうに、しぃとふたりっきりになるのは久しぶりだった。
ぼくは、いつものようにしぃへと話しかける。

( ^ω^)「しぃ、目が治って良かったお。これで一緒に花火を見に行けるお。
     今度は、浴衣姿なんかも見てみたいお。うちわ持って、髪は結い上げて。そうだお、髪をもっと伸ばしたらどうだお?
     きっと似合うと思うお。ふふ、しぃはかわいいから、どんな髪型でも似合うお」

しぃは、いつもみたいにベッドに入ったまま、窓の外を眺めている。
窓から風が流れ込み、しぃの髪がふわりと浮かび、さらりと落ちる。

( ^ω^)「なにか、見えるのかお? ……これからは、いろんなものを、いっぱい見れるお。
     今まで見てこなかったこと、取り返すくらいの勢いで、いっぱい、いっぱい見るといいお」

ぼくは話しかけ続ける。声が届かないことはわかっている。これは、一種の儀式だ。
話しかけることによって、しぃの部屋での会話を、会話の空気を思い出そうとするための。
そうしていないと、ぼくの中の思い出がどんどん色を失っていくような気がするから。だから、話しかける。他に、意味はない。

それでも、それでもどこか、返事が返ってくるんじゃないかと期待している自分がいる。

( ^ω^)「……あ」



94 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 21:21:49.03 ID:jpnEBPOY0O
  

ぼくの指先や足先が、ちりちりと粒子状になって飛散していく。淳二の言葉を思い出す。

『死んだときに強い思いを残していると、成仏できずに、磁石みたいにね、強く引っ張られて現世に留まってしまんですよ』

今まで漠然と感じてきたことが、確信へと変る。ぼくは、達したんだな、と。
記憶を取り戻したころから、薄々気づいてはいた。なんのために、ぼくが“この世”にいるのかを。
ぼくは、しぃの目のことが気がかりで、気がかりで、“この世”をさまよっていたのだ。

なぜ、記憶が失われていたのか。それはわからない。
多分、ショボンさんが言っていた、“この世”と“あの世”の規約の内のひとつなのだろう。
自分の欲や、誘惑より、はじめの思いを優先できるかどうか。それを、誰かが確かめるためなのかもしれない。

消える指先を、しぃの頬にそっとあてる。しぃは今、あの日のように暖かさを感じてくれているだろうか。
しぃは窓の外を見つめている。無表情なその顔からは、何も窺えない。

ぼくは今、消えようとしている。はじめの思いを達成して、“この世”の未練を晴らしたからだ。
しかし、本当にそうだろうか? ぼくは、すべての未練を跡形もなく晴らしたと言えるのだろうか?

無表情なしぃの顔を見つめる。その顔を見ていると、ぼくにはまだやり残したことがあるような気がしてくる。
このまま消えてしまっては、また、未練が残ってしまうのではないかと感じる。

掌が消え、手首まで粒子化していく。どうしてか、消えていくことに恐怖はなかった。

突然、ぼくの目の前に白い羽が舞い落ちる。それは次第に数を増し、ひとの形をなしていく。
集まった羽がふわりと散らばり、キリンの首のように細長い体躯が現れる。しょぼんとした顔がこちらを見る。

「やぁ」
( ^ω^)「……お久しぶりですお」

背中をぱたぱたとはたき、翼をはためかせながら、ショボンさんが登場した。



95 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 21:23:49.38 ID:jpnEBPOY0O
  

(´・ω・`)「おめでとう、かな? お疲れ様、の方がしっくりくるかもしれないね。ともかく、本当によくがんばった。
      最後を看取るのが、こんなしょぼくれた天使じゃ申し訳ないくらいだね」
( ^ω^)「……どうして、ここに?」
(´・ω・`)「なに、先の話は蹴ってやったさ。ここまで面倒見てきて、最後の役目だけ他のやつに取られるなんてゴメンだからね」

茶化すようなしゃべり方をするショボンさん。いつもより、なんだか浮かれているように見える。
しかし、ぼくを見て、次いでしぃを確認すると、途端に締まった顔つきへと変る。

(´・ω・`)「……僕はこれから、きみの魂が“あちら”へ行くのに迷わぬよう、案内人をさせてもらうためにここに来た。
      “こちら”で残した思いを解消した魂を、“あちら”へと向かわせるためにだ」
( ^ω^)「……ショボンさん」
(´・ω・`)「伝えきれて、いないのだろう?」

そうだ。ぼくにはまだ、言わなければならないことがある。
話したいことは沢山あるが、言わなければならないことは――。

( ^ω^)「でも、ショボンさん。ぼくの声はもうしぃには……」
(´・ω・`)「それで、いいのかい? このままだと、彼女も死後、きみのようにさまようことになるかもしれないぞ」
( ^ω^)「……そう、言われても……」

ぼくには、もう、しぃと話す手段がない。しぃに伝える手立てがない。
ぼくの体は、すでに腕から先が消えていた。

(´・ω・`)「どうしようもなくても、それでも、伝えたいことがあるんだな……?」

ぼくは頷く。どうしても、どうしても伝えておきたいことが、ある。

(´・ω・`)「……そう、か」

ショボンさんの手が、ぼくの頭の上に置かれる。



96 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 21:25:49.70 ID:jpnEBPOY0O
  

(´・ω・`)「安易な奇跡はひとを堕落させる。そう、“あちら”の住人は言っている。ぼくも、そう思う。
      求めれば助けられると、願えばそれだけで叶うと、自分でなにかをしようとしなくなると」

ショボンさんの掌から光が流れ、散っていった粒子が戻ってくる。

(´・ω・`)「けど……、きみはもう、充分にがんばった。つらい思いもした。苦しい思いもした。
      だから、僕はきみに奇跡を与えるんだ。これは、今までがんばってきたきみに対する、僕なりのプレゼントさ。
      僕がやろうとしていることは、あきらかな越権行為で、やつらに咎められるかもしれないが、そんなもの、構うものか」
( ^ω^)「どうして……、そこまで……?」

ぼくの疑問に、ショボンさんはわらって答える。いつも通りの、父親のような笑顔。

(´・ω・`)「僕は……、信じたかったのだと、思う。ひとを、信じていたかったのだと。
      僕らはひとを、愚かで、下卑た、下賎なものと教えられてきた。ゆえに、我々が管理統制しなければならないと。
      けれど、ぼくはそうは思えない、それは違うと言い続けてきた。ひとは、我らと同じように、善悪を知るものだ。
      痛みを知るぶん、我らよりやさしいこころが持てるのだ、と」

粒子はすべて体へと戻り、あやふやだった体が、固定されていく。

(´・ω・`)「だが、僕の考えは、長い間ひとを見ることによって、段々と弱くなっていってしまった。
      ひとはひとを思うより、己のために生きる、愚かな生物なのではないかと。僕の考えは間違っていたのではないかと。
      しかし、きみのおかげで確信が持てた、ありがとう。……さ、行ってやりたまえ。残された時間は、長くはないのだから」

そう言うと、ショボンさんの体が消える。同時に、床の感触が足の裏にあたる。……ありがとう、ございました。
ぼくは呼ぶ。最愛の子の名を。思いを、伝えるために。

( ^ω^)「……しぃ」


(*゚ー゚)「……おとう……、……さん……?」



97 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 21:27:49.63 ID:jpnEBPOY0O
  

( ^ω^)「しぃ、本当に、本当に、会えて、嬉しいお」
(* ー )「おと、……おとうさん!」

しぃがぼくの胸に飛びついてくる。心地よい重さが伝わってくる。
そっか、これがしぃの重さなんだな。今のしぃの重さ。もう、だっこはできそうにないかな……。

( ^ω^)「やっぱり、見るだけじゃわからないお。ちゃんと、大きくなってたんだお……」
(* ー )「ングッ! ……おとうっ……さッ……おとッ……ックッ……」

しぃの涙がぼくの胸を伝う。あったかい涙。あったかい吐息。あったかい、しぃの体。
久しく忘れていた感覚を噛みしめるように、ぼくはしぃを抱く腕に力を込める。

ずっと、こうしていたいけど、残された時間は長くはない。
伝えなければならないことを、伝えよう。

( ^ω^)「しぃ、そのままでいいから聞いてくれお。お父さん、もうすぐ、またいなくなっちゃうお。
     だから、よく聞いておいてほしいお」

しぃがいやいやと、首を押し付けるようにしながら振りまわす。
ぼくはしぃの頭に手を置いて、やさしくなでる。艶やかな髪の流れが気持ちいい。

( ^ω^)「しぃ、しぃはこれから、いろんな出来事にあって、いろんなひとに出会うお。
     楽しいことも、悲しいことも、つらい……、別れもあると思うお。どうしようもなく、つらいときがあると思うお。
     すきなひとができて、結婚……、結婚して、愛し合って、子供を産んで……。きっと、いろいろあると、思うお」
(* ー )「……ックッ……おとッ……やぁッ……だぁッ……」

胸の中で押し付けられた声が、耳ではなく、体の中心から直接波及していく。
ぼくだって、いやだ。ずっと、こうしていたいさ……。

( ^ω^)「……でもね、しぃ……」



99 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 21:29:49.83 ID:jpnEBPOY0O
  

ぼくは、しぃに教えて、しぃに教えられたことを、また、返す。

( ^ω^)「出会いがあれば、別れもある。楽しいこと、悲しいこと、嬉しいこと、つらいこと、いろいろ、いろいろある。
     でもねしぃ、ひとつの出来事だけで、すべてが決まるんじゃないんだお。ちっちゃいこと、おっきいこと。
     それらの連なりが、きみになっていくんだお。しぃ、自分で言ってたじゃない。
     暗い色の連なりにしちゃうひとは、知らず知らずの内にその考え方に捕われてるんだって。
     お父さんは、しぃにそんなふうになってほしくないお。しぃには、やさしく澄んだ、空色でいてほしいお……」

ぼくの体がまた、粒子へと変じていく。もう、残された時間はわずかしかないらしい。
しぃの手に一層力がこもる。その行為は、まるで、ぼくを“あちら”へ連れて行かせないための小さな抵抗のようだ。

(* ー )「……ンクッ……そく……じゃ、なぃ……」

ふるえる声で、一生懸命になにかを伝えようとする、しぃ。
なにを言っているのかはわからなかったが、なにを言おうとしているのかは、わかった。

(* ー )「ンックッ! ……やく……そくぅ……ヒクッ! ……はな……いっしょ……ックッ! みよ……て……」
( ^ω^)「……しぃ」

しぃの頭をなでようとするが、もう、なでる手がなくなっていた。
もう少し、あと少しだけ、もってくれ。あと少しだけ、ぼくに、奇跡をお願いします……。

( ^ω^)「……かえってくるお」
(* ー )「か……ンクッ! え、て……?」

なくなった手の代わりに、自分の頬でしぃをなでる。やさしいにおいがした。
泣き止まないしぃをあやすように、ゆっくりと、ゆっくりとなで続ける。

( ^ω^)「ああ、かえってくるお。夏の終わりの一日だけ。お父さんの声はしぃに届かないけど、しぃはお父さんを見れないけど。
     しぃ、同じ花火を見よう。夜空にかがやく火の花を。水面でゆらめく儚い花を。ねっ、しぃ、一緒に見よう」



100 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 21:31:50.31 ID:jpnEBPOY0O
  

(*;ー;)「……あっ!」

しぃの腕が空を切る。ぼくの体は、もう、胴もなくなっていた。

「……しぃ、ひとつだけ、お願いがあるお……」
(*;ー;)「な……ックッ……に……?」

ぼくの、もうひとりの最愛のひと。今まで本当に――。

「お父さんが、……苦労をかけてごめん、それと、今までしぃを育ててくれてありがとう……。
 そう言っていたって、お母さんに伝えてくれお。しぃ、お母さんと仲良く暮らすんだお――」

視界がゆらめいていく。ああ、ぼくはもう、消えるんだな。最後に、ひとこと、だ、け――――。








                 ありがとう











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