- 4: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:04:41.83 ID:cI9aKVKdO
- ―━頬を撫でる風に目を開くと、既に太陽は昇っていた。
( ´ω`)「ふぁ…もう朝かお」
開け放した窓から吹き込んでくる春風が肌に心地良い。
( ´ω`)「……」
覚醒直後のまどろみを楽しんでいると、ブラウン管の中のニュースキャスターが黄色い声を上げた。
『いやぁ、始まりましたねぇゴールデンウイーク』
( ´ω`)「そうですおねぇ」
欠伸混じりにテレビへ返答する。
『一年に一度の黄金週間、旅行に行く方、里帰りする方、家でゴロゴロする方……』
( ´ω`)「里帰り…ねぇ。そういえば母ちゃん元気かお…」
そこで、気付いた。
- 6: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:05:06.65 ID:cI9aKVKdO
- ( ゚ω゚)「母ちゃん!?」
そうだ。
( ;^ω^)「今日は母ちゃんが来るんだったお!」
( ^ω^)違和感のようです
- 7: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:07:07.20 ID:cI9aKVKdO
- 慌てて布団を飛び出し、洗面台へと駆けていく僕。
この春晴れて大学に受かり、念願の一人暮らしをすることになったのだが、母ちゃんはそれに対してまだまだ心配しているようだった。
毎日のように電話口で、やれ「布団はちゃんと干してるか」だとか、やれ「味噌汁は赤味噌使え」だの、とにかく口やかましく言うもんだから一人暮らしをしているような気がしない。
- 8: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:08:02.81 ID:cI9aKVKdO
- そしてつい先日、母ちゃんが遂に電話口でこう切り出した。
J( '-`)し『ゴールデンウイーク、あんたん所に行くから』
( ;^ω^)「な、なんだってー!?」
J( '-`)し『だってあんた、まともに家事も出来てないみたいじゃない。あたしが行って家事のイロハを叩き込んであげるから、安心しなさい』
( ;^ω^)「いや、その……」
J( '-`)し『なんだい、あんたもしかしてあたしが行くのが受け入れられないってのかい?あたしはそんな薄情な子に…』
( ;^ω^)「いえ、何も文句はございませんお!」
J( '-`)し『楽しみにしときなさい』
- 9: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:10:37.10 ID:cI9aKVKdO
- そんなこんなでなし崩し的に決まった母ちゃん訪問。
迷惑かと言われれば、正直嬉しいと思っている自分も居るわけで……。
なんだか、こそばゆい感じだ。
( ^ω^)「母ちゃんかお……」
1ヶ月ぶりくらいか。
時間にすればごく短い間だったけれど、今まで毎日顔を合わせてたのもあって、何だかこうして改めて会うとなると感慨深いものがある。
( ^ω^)「……確か、こっちに着くのが昼過ぎだから…家に来るのは夕方くらいかお」
- 11: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:11:44.61 ID:cI9aKVKdO
- 僕のアパートは母ちゃんと一緒に決めたものだから、場所もわかるし、そこまでの電車の乗り継ぎだとかも完璧だと言っていた。
J( '-`)し『あたしゃ行動派だからね。あんたに心配されるようなことは無いよ』
全く仰る通りである。
母ちゃんは昔からアグレッシブでパワフルだった。
パートをしているにも関わらす、幼稚園への毎日の送迎も母ちゃんの自転車だったし、この歳まで僕は救急車の代わりに母ちゃんのチャリンコの荷台に乗せられて病院に行っていた。
( ^ω^)「女手一つ、とか言うけど母ちゃんの場合手が三つも四つもあったお」
女手一つ。
僕には父がいない。
生まれてこの方、見た試しが無い。
- 13: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:13:28.31 ID:cI9aKVKdO
- 僕が生まれる前に死んだとか、蒸発したとか、母ちゃんは聞く度に適当な返事をしていたけれど。
たまに家に知らない男の人が居たけれど。
結局はみんなその内来なくなった。
( ^ω^)「忙しい中じゃ、再婚も出来なかったのかおかね……」
そう考えると、母ちゃんがどれだけ僕のことを大切に育ててくれたのかが伺える。
たまにあまり忙しい時は、母ちゃんの兄にあたるジョルジュ叔父さんが僕の面倒を見に来たりもしていたけど。
やっぱりというか、なんというか。
柄にもなく涙ぐんだりしちゃったりするわけで。
( うω^)「母ちゃん、せっかく一人になったんだから、もちょっと自分のことも考えていいのに……」
- 14: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:14:29.80 ID:cI9aKVKdO
- こうして、また僕の世話を焼くために電車を乗り継いではるばる雪国からコンクリートジャングルにやって来る。
それならせめて、母ちゃんに心配かけないよう、ある程度僕も自立出来てるって事を見せてやろう。
( ^ω^)「さしずめ、部屋の掃除かお」
六畳二間、バスとトイレ完備、フローリング。
新たなねぐらを見回す。
- 16: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:16:27.46 ID:cI9aKVKdO
- ( ;^ω^)「大分、きちゃないお」
読みかけの漫画、食べかけのジャンクフード、脱ぎっぱなしの下着。
魔窟一歩手前の汚れ具合。
浄化作戦の第一歩を踏み出し、僕は大変なものを見つけた。
( ;゚ω゚)「ここここれはぁぁぁ!」
四角い紙のパッケージ。
配色豊かな愛らしい少女のイラスト。
裏返せば、あられも無い姿で男を誘う彼女達。
( ;゚ω゚)「たまねぇたまんねえぇぇぇ!」
世に言うエロゲーが、そこに転がっていた。
- 17: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:17:23.66 ID:cI9aKVKdO
- ( ;^ω^)「いやいや、こんなとこにほっぽりだしとくことこそたまんねえお!」
健全な苦学生という姿を母ちゃんの前で演じている僕としては、こんな物を所持しているのを彼女に見つかるわけにはいかない。
一刻も早く、然るべき対処をとらねば。
( ;^ω^)「押し入れ!君に決めた!」
万能隠蔽ツールの戸を開ける。
黴臭い空間には、まだまだ余裕がある。
良し、このアルバムの下なら……。
( ^ω^)「アル…バム…?」
未知のアーティファクトを発見。
自然、それに手が伸びる。
そこいらの写真屋で売っているような安っぽい装丁に、茶色く褪せた表紙。
( ^ω^)「卒業アルバムじゃないみたいだおけど……」
- 18: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:18:49.73 ID:cI9aKVKdO
- 間違って持って来てしまったのか?
“PHOTO ALBUM”とだけ書かれた表紙を捲る。
( ^ω^)「やっぱり、間違いだお」
適当に開いたページに貼り付けられた写真には、見慣れぬ男女の笑顔。
( ^ω^)「一体誰のアルバムなんだお?」
僕に兄弟は居ない。
母ちゃんと僕と、家族は二人だけ。
( ^ω^)「母ちゃんのアルバムかお?」
つまりは、そういう事なのか。
見開き一ページ、そこに一枚だけ貼り付けられたスナップ写真。二十代の女性と、同じくらいの男性。
もしかして、この女性が母ちゃんなのか。
そして、この男性が……。
- 19: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:19:21.62 ID:cI9aKVKdO
- ( ^ω^)「父ちゃん…?」
考えてみれば、この写真の中の女性は母ちゃんの面影がある。
若かりし頃の二人というわけか。
俄然、興味が湧いてきた。
僕はアルバムのページを捲る。
次のページには、赤ん坊を抱いた母ちゃんが、我が家の前で微笑んでいる姿が写っていた。
( ^ω^)「いきなりここかお……」
左ページに写真。右には、“我が家にて、ブーンの誕生を祝し”とある。
- 22: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:20:57.63 ID:cI9aKVKdO
- 母ちゃんが抱いている赤ん坊は僕だろう。
まだ張りのある肌と、聖子ちゃんカットに今との落差を見て少し不思議な気分になる。
( ^ω^)「母ちゃんにも若い頃があったんだおね」
当たり前である。
歌にもあるではないか。
「あの偉い発明家も凶悪な犯罪者もみんな昔子供だってねぇ」。
( ^ω^)「ブーンは赤ちゃんの頃から可愛いお」
母ちゃんの腕の中の赤ん坊は、猿みたいな顔を更に皺くちゃにしてしかめっ面。
母ちゃんとの笑顔の対比が、笑いを誘う。
- 24: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:21:53.23 ID:cI9aKVKdO
- ( ^ω^)「そういえば、父ちゃんは?」
写真の中に居るのは、かつての母ちゃんとかつての僕の二人。
この写真を撮ったのが父ちゃんなのか。
そう考えると辻褄が合う。
( ^ω^)「しっかし昔は僕の家も結構立派じゃないかお」
昭和何年くらいだろうか。
ドラマなんかで見た当時の建物に比べたら、なかなかモダンな様式ではないか。
切妻屋根のログハウス風の造りに、望郷の念が湧く。
( ^ω^)「さぁてお次は?」
- 27: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:23:22.72 ID:cI9aKVKdO
- ページを捲る。
二つのページに二枚ずつ。
左上から順に、小学校入学、運動会、学芸会、芋煮会とそれぞれの様子を撮った写真が並んでいる。
( ^ω^)「テラ懐かしすwww」
入学式。
黄色い帽子に、分不相応な子供用燕尾服を着た僕はハナタレ小僧。
「VIP小学校」の門柱の横で、ピンクのスーツを着た母ちゃんと二人で写っていた。
( ^ω^)「母ちゃん、ピンクのスーツはねぇわ……」
どぎついショッキングピンクは、式場でも浮いていたのを幼心に覚えている。
『あれ誰の母ちゃんだよ?』
そうだ、PTAの親子参観の時も母ちゃんはこのスーツだったっけ。
正直、恥ずかし過ぎていてもたっても居られなかった。
- 28: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:24:04.74 ID:cI9aKVKdO
- ( ^ω^)「運動会…輝ける僕の記録もちゃんと残ってるのは評価に値するお」
最終種目の100メートル走。
最終走者。
僕は並み居る強豪達を押しのけて、ぶっちぎりの一位だった。
写真は、僕が栄光のゴールテープを切る瞬間をバッチリ捉えていた。
( ^ω^)「ブーンは走るのは得意だったお」
思えばこの一位がきっかけで、中学高校と陸上部に所属していたのだ。
- 30: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:25:18.07 ID:cI9aKVKdO
- J( '-`)し『それだけがあんたの取り柄だったものね』
なんて母ちゃんは言っていた。
我が母ながら、なかなかのこき下ろしっぷりだ。
( ^ω^)「芋煮会は……あれは……」
黒歴史だ。
生徒達が材料や調理器具を持ち寄る中、僕はコロコロコミック担当。
燃やすもの、と言われて母ちゃんが当日僕に持たせたのがそれだった。
ファインダーには、涙ぐましい貯金の結晶達が灰塵と化す姿を呆然と見やる僕の間抜け面が写っている。
( ^ω^)「燃やしてみるまで気付かない僕も大概だおけどね……」
- 31: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:26:23.25 ID:cI9aKVKdO
- 続く学芸会も、黒歴史だ。
( ^ω^)「確か、浦島太郎をやったんだったおね」
自分の役は覚えていない。
総勢35人のクラスの中、主役じゃなかったのは確かだ。
覚えているのはただ一つの台詞。
( ^ω^)「“脂っこい”」
( ;^ω^)「浦島太郎のどこにそんな台詞を言うシーンがあったんだお……」
写真にも、乙姫様と浦島が踊り狂っている様子が写っているだけで、肝心の僕の姿は無い。
( ^ω^)「母ちゃん、僕の出番を間違えて撮ったんだお」
- 33: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:27:42.89 ID:cI9aKVKdO
- 幾つものパートを掛け持ちして生活費を稼いでいた母ちゃんは、パートの休憩時間を縫って何とか学芸会に来てくれた。
今考えれば、いくら忙しくても何かしら行事がある時は必ず来てくれていたっけ。
( ^ω^)「……僕って幸せものだおね」
二人暮らし。
父ちゃんがいない事を、そんなに気にした事は無かったけれど。
ジョルジュ叔父さんがたまに面倒見に来てくれたけれど。
母ちゃんの努力は、並大抵のものじゃ無かったのだろう。
- 35: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:28:41.69 ID:cI9aKVKdO
- ( ^ω^)「あ、そういえば父ちゃんだお!」
懐かしさに忘れるところだった。
父ちゃんだ。それが目的じゃないか。
他にも何か重要な事を忘れている気がするけど、取り敢えずこのアルバムを探せば父ちゃんの写真が一枚くらいは載っている筈だ。
( ^ω^)「探し物は何ですか〜♪」
アルバムのページを、父ちゃんらしき姿を探しながら捲っていく。
写真の中の僕はページが移るごとにみるみる大きくなっていき、そのうち高校を卒業した。
( ^ω^)「あるぇ〜なかなか無いもんだお」
するうちページは白地を写し出し、写真はアルバムから姿を消した。
- 37: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:30:22.02 ID:cI9aKVKdO
- ( ^ω^)「これで終わり、かお?」
父ちゃんらしき姿は最初の一ページだけで、結局後は全部母ちゃんと僕の二人暮らしを記録に残した月並みなアルバム。
( ^ω^)「ま、そんなもんかお」
少し拍子抜けしながら、何とはなしにアルバムを逆から開いてみる。
( ^ω^)「ん?」
急な違和感。
それが真っ先に来た。
( ^ω^)「これ……」
背表紙から開いたアルバム。
見開き一ページ。
そこに広がる、茶色い染み。
( ^ω^)「コーヒーでも、零したのかお……」
慌てんぼさん。
くすり、笑いながらページを捲る。
- 39: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:31:19.97 ID:cI9aKVKdO
- 何の事は無い、戯れの指先。
男が。見知らぬ男が写った写真が、そこにあった。
- 40: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:31:57.65 ID:cI9aKVKdO
- ( ^ω^)「え?」
誰?
フーイズフー?デタラメ英語で問いかけたくなる、僕の心境。
そこに写っていたのは、初めのページに居た父ちゃんらしき人でも無ければジョルジュ叔父さんでも無い、僕の知っている誰でも無かった。
( ^ω^)「母ちゃんの昔の男かお?」
七三に分けた髪型と、真面目そうな顔つき。
一昔前の大学生といった出で立ちの彼は、ファインダーの中に僕のかつての家の門柱を背負って一人立ち尽くしている。
- 42: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:33:25.00 ID:cI9aKVKdO
- ( ^ω^)「だとしたら、めっけものだおwwwこれをエサに母ちゃんゆすれるおwwwwww」
茶色く変色したページに三枚程、様々なアングルから撮られた姿で居座る名も知らぬ男。
誰なのかな。
ささやかな疑問の答えは、隣のページに丁寧に書かれていた。
- 43: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:34:49.24 ID:cI9aKVKdO
- ( ^ω^)「藻名元茂納夫、1952年生まれ、牡牛座、AB型、右手の薬…指に、火傷の…あと……」
何だこれは。
プロフィールだろうか。
恐らく隣の男の事であろう、詳細な書き込み。
経歴から癖、出身地や持病まで、そこには「藻名元茂納夫」という男に纏わる事の全てが網羅されていた。
( ;^ω^)「えっ…ちょっと、待つお……」
何故、こんな事を?
これは履歴書じゃない。アルバムなんだ。
母ちゃんが書いたのか?
何のために?
何を思って?
( ;^ω^)「……これは…」
異常だ。異常過ぎる。
ストーカー。
直ぐにその言葉が頭に浮かんだ。
- 44: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:35:15.30 ID:cI9aKVKdO
- ( ;^ω^)「いやいやまさかまさか」
だが直ぐに打ち消す。
いくらアグレッシヴな性格の母ちゃんとはいえ、その行動力をこんな方向に向けはしないだろう。
- 45: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:36:55.98 ID:cI9aKVKdO
- じゃあ、何故こんな事を?
( ;^ω^)「き、きっとお見合い写真かなんかだお。そうだお、そうに決まってるお」
無理矢理に否定。
気を紛らす為、もう一つページを捲る。
( ;^ω^)「……」
また、同じ光景がそこにあった。
五流阿擬古太。1956年生まれ。趣味は……。
( ;^ω^)「…次、次はどんな男なのかお〜?」
疋田独夫。1955年生まれ。魚座……。
( ;^ω^)「……」
またも写真の中で笑う見知らぬ男、連綿と書き連ねられた彼の生い立ち。
そして。
- 48: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:39:25.34 ID:cI9aKVKdO
- ( ;^ω^)「……不味かった?」
ページの一番下、隅の方。
その一文だけ、粗野な文字で。
一言。
“不味かった”
- 49: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:40:00.77 ID:cI9aKVKdO
- ( ;^ω^)「どう…いう…意味だお」
わからない。
何が不味かったのか。
あまりにも唐突過ぎて。
わからない。
それでも、僕はまたページを捲るのを止めない。
何故か。
それもわからない。
ただ、気付いたら捲っていた。
そして。
( ;^ω^)「……っあぅ…ああ」
わかった。
何が、不味かったのか。
- 52: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:42:05.33 ID:cI9aKVKdO
- “酒屋曙凡。1951年生まれ。獅子座。O型。
中肉中背。運動不足により贅肉が多めについていた。
太もも→甘い。脇腹→塩辛い。総評→久しぶりのご馳走”
( ;^ω^)「……っ」
ページを、捲る。
何故、なんて聞かないでくれ。
僕が聞きたいくらいだ。
( ;^ω^)「…っい…」
“流石家兄弟。1949年生まれ。双子。兄→全体的に締まりの取れた体の為、歯ごたえがあった。味はいまいち。弟→不味い。最悪”
( ;^ω^)「……ぁっ」
ページを捲る度、次から次へと現れる見知らぬ男の写真と、彼らについての「感想」。
母ちゃんはグルメだなぁ、なんて頭の中の冷めた部分が呟いた。
- 53: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:42:57.63 ID:cI9aKVKdO
- ( ;^ω^)「……はは、冗談…だおね。冗談。母ちゃん、僕を驚かせようとしてこんなアルバムを……」
冗談。そうか、冗談か。
それならどうして僕はこんなにも取り乱している?
どうして次のページを捲ろうとしている?
わからない。
わからない。
捲りたくない。
捲るべきか。
どうして。
わからない。
わからない。
僕は、ページを捲った。
- 56: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:44:34.45 ID:cI9aKVKdO
- ( ;^ω^)「……あ」
茶色いシミが点いたページ。
写真の中で僕を見ている男の顔を、僕は知っている。
( ;^ω^)「……この人、確か…」
僕が中学一年生の夏頃、家に出入りしていた男だ。
交際相手だと思って複雑な気持ちで彼を見ていたが、1ヶ月も経たない内に姿を見なくなったのを覚えている。
( ;^ω^)「まさか……」
“雄綿祐二。1958年生まれ。美味”
( ;^ω^)「はは…まさか、だお。馬鹿馬鹿しい」
ページを捲る。
次の男にも、見覚えがあった。
その次も、その次も。
みんな、少しの間僕の家に出入りしていた男の人だ。
- 57: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:45:06.70 ID:cI9aKVKdO
- 母ちゃんは、どんな目的であの人達を家に招いていたのか。
( ;^ω^)「……僕の、考え過ぎだお」
考え過ぎだ。
第一、この訳のわからないコメントだって、僕には不気味に映るとしても母ちゃんはまた違った意味で書いていたのかも知れないじゃないか。
( ;^ω^)「……そうだお。もしかしたら」
もしかしたら、何か別の意味があるかも知れないじゃないか。
( ;^ω^)「早とちりは、良くないお」
- 59: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:46:02.84 ID:cI9aKVKdO
- そうだ、早とちりは良くない。
確認、しなきゃ。
だから、僕はページを捲ったんだ。
- 60: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:47:08.32 ID:cI9aKVKdO
( ;゚ω゚)「うわぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
六畳二間、バスとトイレ完備、フローリング。
僕の新たな根城に、絶叫が響き渡った。
( ;゚ω゚)「あああ……ぅっ…ああ…うあぅ……」
アルバムを、放り投げた。
自己防衛の為に投げた。
逃避の為に投げた。
そこに写っているものから目を背ける為に、アルバムを投げた。
( ;゚ω゚)「はぁ…はぁ…はぁ…嘘だお…嘘だお…嘘だお…」
出来るなら嘘であって欲しい。
出来るなら嘘であって欲しかった。
- 63: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:48:15.17 ID:cI9aKVKdO
- だが、それを嘘と言い切る自信は今の僕には無い。
( ;゚ω゚)「なんなんだお…これ、なんなんだお……」
そのページは、かつては真っ赤だったのだろう。
赤茶けた染みが、ページ全体を覆う中、その写真は、そこに映し出された被写体は、未だ色褪せず生々しい光沢を持って僕の眼球に飛び込んで来た。
- 68: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:49:35.14 ID:cI9aKVKdO
- 腕、脚、胴、頭。それら全てが綺麗にベッドの上に並んでいた。
目玉、歯、性器、指。それら全てが綺麗に皿の上に並んでいた。
鋸、鉈、ナイフ、メス、フォーク、スプーン。それら全てが綺麗に朱色を帯びていた。
解体現場、屠殺工場、解剖実験。そんな言葉が頭に浮かんできた。
認めたくない。
どうしても認めたくない。
これが殺人現場の、人を殺して解体した後を写した写真だなんて認めたくない。
( ;゚ω゚)「……あっう…うぅあ…」
そして、何よりも認めたくない事は。
- 72: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:50:37.72 ID:cI9aKVKdO
- ( ;゚ω゚)「この…顔…もしか、して」
目玉の無い、虚ろな空洞。
その周りを象る、青ざめた輪郭は。
その物言わぬ輪郭は、若かりし日の母ちゃんの横で笑っていた男性、その人では無いか。
( ;゚ω゚)「……父ちゃん…?」
確証は、無い。
ただ、もしもこの人が父ちゃんだとしたら。
( ;゚ω゚)「父ちゃんが…いないのは…母ちゃんが……」
殺したから。
( ;゚ω゚)「違う!母ちゃんはそんな事…!」
母ちゃんは、父ちゃんがどうしていないのかを聞く度にごまかしていた。
( ;゚ω゚)「違う!母ちゃんは…!」
- 75: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:52:28.55 ID:cI9aKVKdO
- 交際相手も、次々と姿を見なくなった。
( ;゚ω゚)「違う!母ちゃんは、僕の事が一番大事だったから男と遊んでいる暇が無かったんだお!」
アルバムには、彼らの「味」についての感想が記されていた。
( ;゚ω゚)「違う!母ちゃんは…母ちゃんは……」
認めたくない。
母ちゃんはそんな人じゃない。
僕の母ちゃんは、いつも優しく笑っていた。
僕の知っている母ちゃんは、いつも僕の為に愚痴一つ言わずに頑張っていた。
( ;゚ω゚)「僕の知っている母ちゃんは…!」
僕の知っている母ちゃんは、どこだ。
そうだ、僕の知っている母ちゃんはどこだ。
- 77: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:53:07.69 ID:cI9aKVKdO
- ( ;゚ω゚)「……ああぁ…嘘だ…」
アルバムの、血塗られたページのもう一方。
目玉の無い男の顔の隣に並んだ、目玉の無い女の顔。
( ;゚ω゚)「あぅ…あぁぃ…ぃぃイヤだ…嘘だお…」
見覚えがあった。
( ;゚ω゚)「そんな事…あるわけ無いお」
よく知っている人の顔だった。
昔から、誰よりも一番よく知っている人の顔だった。
( ;゚ω゚)「嘘…だお」
母ちゃんの、顔だった。
( ;゚ω゚)「嘘だおおおぉぉぉぉお!!」
- 86: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:55:59.40 ID:cI9aKVKdO
- 生首だった。
首から下は、どこにいったのか。
探せば、簡単に見つかった。
皿の上に、綺麗に盛り付けられていた。
美味しそうに、盛り付けられていた。
( ;゚ω゚)「嘘だお!嘘だお!嘘だお!母ちゃんは!母ちゃんは!母ちゃんは!」
胃液が喉元までこみ上げてきた。
気持ち悪い。
吐きそうだ。
吐けばすっきりする。
吐けば夢から覚める。
- 87: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:56:47.06 ID:cI9aKVKdO
- そうだ。これは夢だ。悪趣味な夢だ。
吐けば覚める。目が覚める。目が覚めたら僕はベッドの上。今日からのゴールデンウイークを、いつも通り漫然と過ごすんだ。
そこに母ちゃんが加わって……。
( ;゚ω゚)「夢だお…夢だお…」
乾いた電子音が、耳を震わせた。
- 91: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:57:38.84 ID:cI9aKVKdO
- ( ;゚ω゚)「ひっ!」
唐突な音に、びくつく。
落ち着け、僕、ただの電話の音だ。
僕の携帯が鳴っただけだ。
( ;゚ω゚)「携帯……」
取り出す。
呼び出し者、母ちゃん。
( ;゚ω゚)「うわぁっ!」
- 96: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:58:49.17 ID:cI9aKVKdO
- とっさに、終話ボタンを押す。
留守録メッセージへの切り替わり。
『もしもし、ブーン?どうして出ないの?居るんでしょ?ねぇ?ブーン?どうして出ないの?居るんでしょ?携帯、握ってるんでしょ?ねぇ?ブーン?どうして出ないの?ねぇ?ブーン?携帯、今、握って居るんで…』
( ;゚ω゚)「あぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
飛び退く。
携帯を取り落とす。
流れ続ける、「母ちゃん」の声。
- 98: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:59:55.23 ID:cI9aKVKdO
- ( #;ω;)「誰だお…誰だお…こいつは誰なんだおぉぉぉお!!」
叫ぶ。
泣き叫ぶ。
かきむしる。
頭をかきむしる。
誰だ。こいつは誰だ。
僕の母ちゃんはどこだ。
何なんだ。一体何なんだ。
どうしたってんだ。
落ち着け。落ち着こう。落ち着きたい。
助けて。誰か助けて。僕の母ちゃんを返して。僕の母ちゃんはどこに居るんだ。
家族だ。母ちゃんは家族なんだ。僕の一番よく知っている、僕の一番近くに居た人なんだ。
- 101: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 01:01:39.39 ID:cI9aKVKdO
- ( ;ω;)「家…族…?」
そうだ、家族だ。忘れるところだった。
もう一人、居るじゃないか。二番目に僕のそばに居た家族が。
( ;ω;)「そうだ…ジョルジュ…おじさん……」
ジョルジュおじさんなら。
ジョルジュおじさんに会えば、こんな夢も覚める筈だ。
ジョルジュおじさんは僕の家の近くに住んでいる。
呼べばすぐ来てくれる。
そうだ、ジョルジュおじさんに電話しよう。
( ;ω;)「はぁ…はぁ…はぁ…」
力無く立ち上がり、据付の電話に歩み寄る。
携帯電話は、使う気になれない。
たどたどしい指先で、ダイヤルを回す。
- 105: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 01:02:33.61 ID:cI9aKVKdO
- ( うω;)「う…あ…ふっ……」
受話器を耳に当てる。
小さな小さな呼び出し音。
それでも、聞いてるだけで落ち着くような、音。
間もなく、繋がった。
『おぅ、どうしたブーン?』
あっけらかんとした声。
肩が急激に軽くなるのがわかった。
ため息が、思わず漏れた。
『…ん?なんだいなんだい、ため息なんかついちまって。なんか悩み事か?』
( うω;)「ううん…そんなじゃなくて…あの……」
- 107: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 01:03:48.14 ID:cI9aKVKdO
- なんと言ったものか。
いきなり全てを伝えていいものか。
僕自身、訳が分からないこの状況。
ジョルジュおじさんも混乱させるだけだ。
無難なのは……。
( ´ω`)「その…今日、母ちゃんがこっちに来るんだけど、何かちょっとしたサプライズを用意したいお。それで、ジョルジュおじさんも……」
母ちゃん。そうだ、今日は母ちゃんが来るんだ。
母ちゃんか…久しぶりだなぁ。
『ん?あいつが来るのか?……あぁ、そういえばそんな事も言ってたっけ』
( ´ω`)「うん…何か、母ちゃんをこう…びっくりついでに喜ばせるようなこう…」
- 110: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 01:04:18.69 ID:cI9aKVKdO
- 母ちゃん……。
『おkおk、それじゃあ何か美味いもんでも買って行ってやんよ』
元気にしてるかなぁ……。
( ´ω`)「それは…助かるお」
ああ、ジョルジュおじさん……やっぱりあれは、僕の思い過ごしなんだろうね。
ジョルジュおじさんはいつも通り、変わらないし、開け放した窓の外では小鳥がいつも通りにさえずっている。
付けっぱなしのテレビからはいつも通りにニュースキャスターの声が……。
- 117: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 01:06:42.44 ID:cI9aKVKdO
- ( ^ω^)「……えっ?」
付けっぱなしのテレビ……?
『うーん…何がいいかなぁ。やっぱり寿司かなぁ……』
昨日寝る前に、テレビは付けっぱなしだったっけ?
( ^ω^)「いや、そんな…事は……」
昨日、寝る前に窓は開けっ放しだったっけ?
( ;^ω^)「……そんな筈…」
『ブーン、何がいいと思う?』
後ろで、何かが立ち上がる音がした。
( ;゚ω゚)「……ま、さ、か」
『おい、ブーン?』
- 120: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 01:07:24.73 ID:cI9aKVKdO
- 後ろで、何かが立ち上がる音がした。
( ;゚ω゚)「……ま、さ、か」
『おい、ブーン?』
後ろで、何かが動く音がした。
「ねぇ、どうして電話に出ないの?ねぇ?どうして?」
う し ろ で
…end
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